(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6398575
(24)【登録日】2018年9月14日
(45)【発行日】2018年10月3日
(54)【発明の名称】靭性に優れた鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20180920BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20180920BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20180920BHJP
C21D 1/18 20060101ALI20180920BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20180920BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/54
C21D8/02 B
C21D1/18 A
C21D1/18 E
C21D1/18 P
!C21D9/00 L
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-209166(P2014-209166)
(22)【出願日】2014年10月10日
(65)【公開番号】特開2016-79424(P2016-79424A)
(43)【公開日】2016年5月16日
【審査請求日】2017年6月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001977
【氏名又は名称】特許業務法人なじま特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古谷 仁志
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 洋志
【審査官】
河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】
特開2000−345281(JP,A)
【文献】
特開2012−172258(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/142285(WO,A1)
【文献】
特開2011−184754(JP,A)
【文献】
特開平05−339674(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0205016(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 − 49/14
C21D 1/18
C21D 8/02
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼が、質量%で、
C :0.10%以上0.20%以下、
Si:0.02%以上0.80%以下、
Mn:0.30%以上1.00%以下、
P:0.0010%以上0.0150%以下、
S:0.0001%以上0.0035%以下、
Cu:0.00%以上0.50%以下,
Ni:0.010%以上0.500%以下,
Cr:0.00%以上1.80%以下,
Mo:0.00%以上0.80%以下,
Ti:0.012%以上0.030%以下,
Al:0.010%以上0.090%以下,
B:0.0005%以上0.0014%以下,
N:0.0005%以上0.0090%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であり,下記式(A)で表されるXが0.200以上であり,有効結晶粒径の平方根の逆数が9.0mm−1/2以上で,応力除去焼鈍後の鋼板の−32℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが27J以上で,引張強さが515MPa以上690MPa以下であることを特徴とする、靭性に優れた鋼板。
X=1.78Al+Ti−3.4N+346B (A)
ここでAl:Alの質量%,Ti:Tiの質量%,N:Nの質量%,B:Bの質量%である。
【請求項2】
有効結晶粒径の平方根の逆数が10.0mm−1/2以上で,応力除去焼鈍後の鋼板の−32℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが54J以上であることを特徴とする、請求項1に記載の靭性に優れた鋼板。
【請求項3】
さらに質量%で、
Nb:0.005%以上0.030%以下,
V:0.020%以上0.070%以下,
Ca:0.0003%以上0.0040%以下、
Mg:0.0003%以上0.0040%以下、
REM:0.0003%以上0.0040%以下
のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であることを特徴とする請求項1または2に記載の靭性に優れた鋼板。
【請求項4】
鋼が、質量%で、
C :0.10%以上0.20%以下、
Si:0.02%以上0.80%以下、
Mn:0.30%以上1.00%以下、
P:0.0010%以上0.0150%以下、
S:0.0001%以上0.0035%以下、
Cu:0.00%以上0.50%以下,
Ni:0.010%以上0.500%以下,
Cr:0.00%以上1.80%以下,
Mo:0.00%以上0.80%以下,
Ti:0.012%以上0.030%以下,
Al:0.010%以上0.090%以下,
B:0.0005%以上0.0014%以下,
N:0.0005%以上0.0090%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(A)で表されるXを0.200以上としてなる鋼組成のスラブを1100℃以上1280℃以下に加熱して,圧下比が1.5以上となる粗圧延を行い,さらに圧下比が1.3以上で仕上1パス前温度が800℃以上となる仕上圧延を行い,その後,880℃以上960℃以下に再加熱したのちに水冷する焼入れを行い,その後670℃以上770℃以下に加熱したのちに空冷を行う焼戻しを行い、有効結晶粒径の平方根の逆数が9.0mm−1/2以上で,応力除去焼鈍後の鋼板の−32℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが27J以上で,引張強さが515MPa以上690MPa以下である鋼板を得ることを特徴とする,靭性に優れた鋼板の製造方法。
X=1.78Al+Ti−3.4N+346B (A)
ここでAl:Alの質量%,Ti:Tiの質量%,N:Nの質量%,B:Bの質量%である。
【請求項5】
粗圧延の終了から仕上圧延の開始までの時間を100秒以下とすることを特徴とする,請求項4に記載の靭性に優れた鋼板の製造方法。
【請求項6】
さらに質量%で、
Nb:0.005%以上0.030%以下,
V:0.020%以上0.070%以下,
Ca:0.0003%以上0.0040%以下、
Mg:0.0003%以上0.0040%以下、
REM:0.0003%以上0.0040%以下
のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であることを特徴とする請求項4または5に記載の靭性に優れた鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、靭性に優れた鋼板およびその製法に関するものである。この製法で製造した鋼板は、造船、橋梁、建築、海洋構造物、圧力容器、タンク、ラインパイプなどの溶接構造物一般に用いることができるが、特に200〜500℃程度の高温で使用され,かつPWHT(Post Weld Heat Treatment)と呼ばれる溶接後熱処理後の鋼板に−32℃で27J程度の靭性が必要とされる圧力容器での使用において有効である。
【背景技術】
【0002】
原油精製プロセスの脱硫塔などに用いられる圧力容器は,生産性向上のため大型化の傾向にあり,板厚の大きい鋼板,例えば板厚100〜200mmの鋼板が使用されることがある。このような圧力容器用鋼板は,常温強度で515〜690MPa程度の引張強さと200〜500℃といった高温で種々の強度が求められるとともに,製造時の点検や使用中の定期点検の際には外部環境と同様の温度に晒されることから,設置環境温度での低温靭性も必要になる。ここでの靭性とはPWHT後の鋼板の靭性を指す。鋼板の板厚が大きくなるにしたがって,板厚中心部の靭性は低下することから,板厚が大きく,高温強度に優れ,かつ板厚中心部の靭性に優れる鋼板,特にPWHT後の靭性に優れる鋼板を提供することは困難である。
【0003】
このような課題に対して,圧力容器用鋼板の靭性を改善する技術が提示されている。特許文献1には,NbやCaを添加することで靭性を改善した発明が示されている。しかし,この方法では焼入れ時の冷却速度の小さい板厚の大きい鋼板では,十分に焼入性が改善しないため,靭性の改善効果が小さい。
【0004】
また,特許文献2には,組織をベイナイト,焼戻しマルテンサイトとするとともに微細化し,さらに炭化物の粗大化を抑制することで靭性を改善した発明が提案されている。しかし,この技術では,Alの添加量が高いため,製鋼工程における溶鋼の再酸化を通じて,アルミナクラスターの増大による靭性低下を引き起こすため,靭性の改善効果が小さい。
【0005】
つまり、現在の技術では、板厚が大きく,高温強度に優れ,かつ板厚中心部の靭性に優れる鋼板を提供することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2743765号公報
【特許文献2】特開2014−95130号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、板厚が大きく,高温強度に優れ,かつ板厚中心部の靭性に優れる鋼板およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、板厚が大きく,高温強度に優れ,かつ板厚中心部の靭性に優れる鋼板およびその製造方法を提供するものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
(1)鋼が、質量%で、C:0.10%以上0.20%以下、Si:0.02%以上0.80%以下、Mn:0.30%以上1.00%以下、P:0.0010%以上0.0150%以下、S:0.0001%以上0.0035%以下、Cu:0.00%以上0.50%以下,Ni:0.010%以上0.500%以下,Cr:0.00%以上1.80%以下,Mo:0.00%以上0.80%以下,Ti:0.012%以上0.030%以下,Al:0.010%以上0.090%以下,B:0.0005%以上0.0014%以下,N:0.0005%以上0.0090%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であり,下記式(A)で表されるXが0.200以上であり,有効結晶粒径の平方根の逆数が9.0mm
−1/2以上で,応力除去焼鈍後の鋼板の−32℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが27J以上で,引張強さが515MPa以上690MPa以下であることを特徴とする、靭性に優れた鋼板。
X=1.78Al+Ti−3.4N+346B (A)
ここでAl:Alの質量%,Ti:Tiの質量%,N:Nの質量%,B:Bの質量%である。
【0009】
(2)有効結晶粒径の平方根の逆数が10.0mm
−1/2以上で,応力除去焼鈍後の鋼板の−32℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが54J以上であることを特徴とする、前記(1)に記載の靭性に優れた鋼板。
【0010】
(3)さらに質量%で、Nb:0.005%以上0.030%以下,V:0.020%以上0.070%以下,Ca:0.0003%以上0.0040%以下、Mg:0.0003%以上0.0040%以下、REM:0.0003%以上0.0040%以下のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の靭性に優れた鋼板。
【0011】
(4)鋼が、質量%で、C :0.10%以上0.20%以下、Si:0.02%以上0.80%以下、Mn:0.30%以上1.00%以下、P:0.0010%以上0.0150%以下、S:0.0001%以上0.0035%以下、Cu:0.00%以上0.50%以下,Ni:0.010%以上0.500%以下,Cr:0.00%以上1.80%以下,Mo:0.00%以上0.80%以下,Ti:0.012%以上0.030%以下,Al:0.010%以上0.090%以下,B:0.0005%以上0.0014%以下,N:0.0005%以上0.0090%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(A)で表されるXを0.200以上としてなる鋼組成のスラブを1100℃以上1280℃以下に加熱して,圧下比が1.5以上となる粗圧延を行い,さらに圧下比が1.3以上で仕上1パス前温度が800℃以上となる仕上圧延を行い,その後,880℃以上960℃以下に再加熱したのちに水冷する焼入れを行い,その後670℃以上770℃以下に加熱したのちに空冷を行う焼戻しを行
い、有効結晶粒径の平方根の逆数が9.0mm−1/2以上で,応力除去焼鈍後の鋼板の−32℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが27J以上で,引張強さが515MPa以上690MPa以下である鋼板を得ることを特徴とする,靭性に優れた鋼板の製造方法。
X=1.78Al+Ti−3.4N+346B (A)
ここでAl:Alの質量%,Ti:Tiの質量%,N:Nの質量%,B:Bの質量%である。
【0012】
(5)粗圧延の終了から仕上圧延の開始までの時間を100秒以下とすることを特徴とする,前記(4)に記載の靭性に優れた鋼板の製造方法。
【0013】
(6)さらに質量%で、Nb:0.005%以上0.030%以下,V:0.020%以上0.070%以下,Ca:0.0003%以上0.0040%以下、Mg:0.0003%以上0.0040%以下、REM:0.0003%以上0.0040%以下のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であることを特徴とする前記(4)または(5)に記載の靭性に優れた鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、板厚が大きく,高温強度に優れ,かつ板厚中心部の靭性に優れる鋼板およびその製造方法を提供することが可能であり、産業上の価値の高い発明であるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】有効結晶粒径の平方根の逆数と合金成分の相関を示すグラフである。
【
図2】−32℃のシャルピー衝撃吸収エネルギーを示すグラフである。
【
図3】有効結晶粒径の平方根の逆数と輸送時間との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明を詳細に説明する。
発明者らは、ASTM,ASMEでA387−11−2,SA387−11−2と呼称される鋼板,すなわちCrを1.25%程度,Moを0.5%程度含有して,200〜500℃程度での高温強度に優れる鋼板のうち,板厚が大きく,かつPWHT後の靭性が低い鋼板のシャルピー衝撃試験片の破面調査を行い低靭性の原因を調査した。その結果,低靭性の鋼板は破面単位が大きいこと,さらに粗大な炭化物が存在し、これらに起因して低靭性かすることを見出した。破面形態はへき開であった。前記の形態は,鋼板においても,またPWHT後の鋼板においても同様であり,特に靭性が低いPWHT後の鋼板においては,炭化物の粗大化傾向が著しかった。
【0017】
発明者は,鋼板およびPWHT後の鋼板の靭性を改善するための方法を種々検討した。その結果,有効結晶粒径,すなわち大角粒界で囲まれる組織の単位を微細化することで,破面単位を小さくすることができ,結果として靭性が向上すること,を知見した。マトリクスの微細化には,焼入れ時の加熱オーステナイトを微細化することが有効である。しかし,A387−11−2,SA387−11−2の,板厚が大きい鋼板の場合,焼入れ時の加熱オーステナイトを微細化することで焼入性が一層低下して,鋼組織におけるフェライト分率が増大する。このような,板厚が大きい鋼板において生成したフェライトは成長して粗大になるため,加熱オーステナイトが微細であっても,最終的な組織の有効結晶粒径は小さくならない。そのため,焼入れ時の加熱オーステナイト粒径を微細化するとともに,焼入性を増大するためにBを添加することが微細化に有効となる。
【0018】
Bによる焼入性を機能させるためには,Nを固定するTiを添加することが有用であるが,過剰なTiの添加はTi炭化物の生成によって靭性を却って低下させることから,Tiで固定できないNを固定するために,Alを複合添加する。発明者は,Al,Ti,N,Bの種々の組み合わせについて,有効結晶粒径と合金成分の相関,有効結晶粒径と靭性の相関を調査した結果,
図1および
図2の関係を得た。すなわち,下記式(A)
X=1.78Al+Ti+3.4N+346B (A)
ここでAl:Alの質量%,Ti:Tiの質量%,N:Nの質量%,B:Bの質量%
で表されるXが0.200以上のとき,有効結晶粒径d
−1/2が9.0以上となり,靭性すなわちPWHT後の鋼板の−32℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーが27J以上と,優れた値を得ることが出来る。よって,本発明におけるX=1.78Al+Ti+3.4N+346Bで表されるXの値を0.200以上と規定する。
【0019】
なお,Xの上限は特に設けないが,4つの合金成分の規定から0.67が上限となる。また,本発明において,有効結晶粒径とは,EBSDにより測定された粒径を指す。たとえば,EBSDにおいて,160μm×160μmの面積について,0.2μm/stepの間隔で測定したデータをもとに,方位差15°以上を粒界と定義して,OIM−AnalysisなどEBSDに付属するソフトウェアを用いて算出した各結晶粒の面積のデータをもとに,表計算ソフトを用いてヒストグラムを作成し,区分した各区間の平均面積とその区間の面積の合計が全体に占める割合を掛けて,この値を全区間について足しあわせた値をもとに,円相当直径として算出した値を有効結晶粒径とする。
【0020】
以下に鋼板の合金元素の範囲を規定する。
Cは、強度確保に必須の元素であるため、その添加量を0.10%以上とする。しかし、一方でC量の増大は粗大析出物の生成による靱性の低下を招くため,その上限を0.20%とする。
【0021】
Siは、強度確保に必須の元素であるため、その添加量を0.02%以上とする。しかし、一方で0.80%超のSi添加は靭性や溶接性の低下を招くためその上限を0.80%とする。
【0022】
Mnは、強度増大に有効な元素であり、最低でも0.30%以上の添加が必要となるが、逆に1.00%を超えて添加すると焼戻し脆化感受性が高くなって靭性が低下する。よって、Mnの添加量を0.30%以上1.00%以下と規定する。
【0023】
Pは、0.0010%未満とするには精錬負荷の増大により生産性が大幅に低下し、好ましくない。また0.0150%を超えると焼戻し脆化により靭性が低下する。よって、Pの添加量を0.0010%以上0.0150%以下と規定する。
【0024】
Sは、0.0001%未満では精錬負荷の増大により生産性が大幅に低下し、好ましくない。また0.0035%を超えると靱性が低下する。よって、Sの添加量を0.0001%以上0.0035%以下と規定する。
【0025】
Cuは,0.50%を超えると靭性が低下する。よって,Cuの添加量を0.01%以上0.50%以下と規定する。下限は特に規定せず、0.00%でも構わないが、強度の確実な確保のため,0.01%以上添加することが好ましい。
【0026】
Niは,靭性確保のため,最低でも0.010%以上の添加が必要となるが,0.500%を超えると製造コストが大幅に増大する。よって,Niの添加量を0.010%以上0.500%以下と規定する。
【0027】
Crは1.80%を超えて添加すると靭性と溶接性が低下する。よって、Crの添加量を1.80%以下と規定する。下限は特に規定せず、0.00%でも構わないが、Crは耐酸化性と高温強度に有効に働く元素であり、1.00%以上添加することが好ましい。
【0028】
Moは0.80%を超えて添加すると靭性と溶接性が低下する。よって,よって、Moの添加量を0.80%以下と規定する。下限は特に規定せず、0.00%でも構わないが、Moは高温強度に有効に働く元素であり,0.30%以上添加することが好ましい。
【0029】
Tiは,本発明において重要な元素である。窒化物を形成してBの焼入性を確保するのに有効な元素であり,最低でも0.012%の添加が必要である。逆に0.030%を超えて添加すると炭化物の生成により靭性が低下する。よって,Tiの添加量を0.012%以上0.030%以下と規定する。なお,Tiの添加量が0.024%以下の場合は,靭性低下が大幅に抑制されることから,望ましくは,Tiの添加量を0.012%以上0.024%以下と規定する。
【0030】
Alは、本発明において重要な元素である。脱酸材として有効であるとともに,窒化物を形成してBの焼入れ性を確保するのに有効な元素である。最低でも0.010%の添加が必要である。逆に0.090%を超えて添加すると,溶鋼再酸化を通じたアルミナクラスター形成を通じて靭性が低下する。よって、Alの添加量を0.010%以上0.090%以下と規定する。なお,Alの添加量が0.045%以下の場合は,靱性低下が大幅に抑制されることから,望ましくは,Alの添加量を0.010%以上0.045%以下とする。
【0031】
Bは、本発明において重要な元素である。0.0005%未満では焼入性増大の効果が得られないこと,0.0014%を超える添加ではB炭窒化物の形成により靭性が低下する。よって、Bの添加量を0.0005%以上0.0014%以下と規定する。なお,Bの添加量が0.0010%以下の場合は,B炭窒化物の形成による靱性低下が大幅に抑制されることから,望ましくはBの添加量を0.0005%以上0.0010%以下とする。
【0032】
Nは、0.0005%未満では精錬負荷の増大によって生産性が低下し、0.009%を超える添加ではBによる焼入性確保が困難となる。よって、Nの添加量を0.0005%以上0.009%以下と規定する。なお,Nの添加量が0.005%以下の場合は,Bによる焼入性確保が容易になって靭性改善することから,望ましくは,Nの添加量を0.0005%以上0.005%以下とする。
【0033】
なお、本発明では、さらに以下の元素を添加することができる。
Nbは強度確保に有効な元素である。0.005%未満の添加では効果が小さく、0.030%超の添加では靱性の低下を招く。よって、Nbの添加量を0.0005%以上0.030%以下と規定する。
【0034】
Vは、強度確保に有効な元素である。0.020%未満の添加では効果が小さく、0.070%超の添加では靱性の低下を招く。よって、Vの添加量を0.020%以上0.030%以下と規定する。
【0035】
Caは、ノズル閉塞防止に有効な元素である。0.0003%未満の添加ではその効果が小さく、0.0040%超の添加では靭性の低下を招く。よって、Caの添加量を0.0003%以上0.0040%以下と規定する。
【0036】
Mgは、靱性向上に有効な元素である。0.0003%未満の添加ではその効果が小さく、0.0040%超の添加では靭性の低下を招く。よって、Mgの添加量を0.0003%以上0.0040%以下と規定する。
【0037】
REMは、靱性向上に有効な元素である。0.0003%未満の添加ではその効果が小さく、0.0040%超の添加では靭性の低下を招く。よって、REMの添加量を0.0003%以上0.0040%以下と規定する。
【0038】
なお、鋼板および溶接材料を製造する上で、添加合金を含めた使用原料または溶製中に炉材等から溶出する不可避的不純物として混入しうる、Zn、Sn、Sb等も0.002%未満の混入であれば何ら本発明の効果を損なうものではない。
【0039】
次に本発明の鋼板の製造方法について記載する。鋼板は、連続鋳造で製造されたスラブを熱間圧延したのちに,焼入れ,焼戻しによって製造される。
【0040】
最初に,熱間圧延について説明する。熱間圧延の加熱温度を1280℃超にすると、オーステナイトが粗大化して靭性が低下する。また、加熱温度を1100℃未満にすると、生産性が大幅に低下するので1100℃以上が好ましい。よって、熱間圧延時の加熱温度を1100℃以上かつ1280℃以下と規定する。加熱後の保持時間は、特に規定しない。しかしながら、均一加熱と生産性確保との観点から、上記加熱温度での保持時間が、2時間以上かつ10時間以下であることが好ましい。
【0041】
加熱後は,粗圧延,仕上圧延を行う。粗圧延の圧下比が1.5未満となると,再結晶が十分に進行せず,組織が粗大化して靭性低下する。よって,粗圧延における圧下比を1.5以上と規定する。仕上圧延では圧下比が1.3未満となると,再結晶が十分に進行せず,組織が粗大化して靭性低下する。よって,仕上圧延における圧下比を1.3以上と規定する。また,仕上圧延の仕上1パス前温度が800℃未満になると,生産性が大幅に低下するため,仕上1パス前温度を800℃以上が好ましい。なお,ここで圧下比とは,粗圧延,仕上圧延それぞれの圧延において,圧延開始前の板厚を圧延終了後の板厚で除した値である。また,仕上1パス前温度とは,仕上圧延の最終パスの直前に鋼板表面で測定された温度を指す。
【0042】
次に,焼入れについて説明する。焼入れ時の加熱温度は,960℃超ではオーステナイトの粗大化により,880℃未満では二相域加熱となって靭性低下することから,焼入れ時の加熱温度を880℃以上960℃以下と規定する。焼入れ時の加熱・保持後は水冷を行う。ここでは100℃以下まで冷却することが好ましい。
【0043】
次に、焼き戻しについて説明する。焼き戻し時の加熱温度は770℃超では強度不足となり,670℃未満では靭性低下することから,焼戻し時の加熱温度を670℃以上770℃以下と規定する。焼戻し時の加熱・保持後は空冷する。
【0044】
前記のように,本発明の鋼板は,合金成分の範囲が発明の範囲に規定され,一般的な焼入れ・焼戻しにより製造することで優れた靭性が得られるが,粗圧延と仕上圧延の間の時間を制御することでさらに優れた靭性とすることができる。本発明における粗圧延・仕上圧延の温度域は板厚が大きいこともあり大半が再結晶温度域のため,極力再結晶を進行させてオーステナイトを微細化することで,最終的な有効結晶粒径を小さくして靭性を改善できる。
【0045】
発明者は,熱間圧延,焼入れ,焼戻しが前記の範囲にある場合について,粗圧延と仕上圧延の間の移送時間の影響を調査した。その結果,移送時間を短くすることで移送時の回復を抑制して,粗圧延と仕上圧延で導入された歪を効果的に再結晶に活用し,有効結晶粒径微細化を通じてさらに靭性改善できることを見いだした。
図3に示すように,移送時間を100秒以下とすることで,有効結晶粒径d
−1/2が10.0以上となり,
図2に示すように,−32℃におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーを54J以上とすることができる。よって,本発明における移送時間を,必要に応じて100秒以下とすることで,一層優れた靭性を得ることが出来る。なお,ここで移送時間とは粗圧延の最終パスの噛み込み時を起点として,仕上圧延の第1パスの噛み込みを終点とした際の所要時間を指す。
【実施例】
【0046】
種々の化学成分、製造条件で製造した板厚50、135、200mmの鋼板について、PWHTを想定した熱処理を行った鋼板の引張試験およびシャルピー衝撃試験を実施した。鋼板の化学成分,板厚、X,有効結晶粒径の平方根の逆数、製造方法、特性の評価結果を表1に示す。PWHTを想定した熱処理は682℃加熱,2005分保持とした。引張試験はJIS Z 2241に記載の金属材料引張試験方法に基づいて行った。試験片は、板厚の1/2だけ鋼板表面から内部に入った部位において,試験片の長手方向が圧延方向と垂直になるように採取した。常温で2本の試験を行い、2本の平均値が515MPa以上690MPa以下を合格とした。シャルピー衝撃試験は,2mmVノッチ試験片のフルサイズ試験片を,板厚の1/2だけ鋼板表面から内部に入った部位において,試験片の長手方向が圧延方向と垂直になるように,またノッチの前縁を結ぶ線が板厚方向に平行になるように採取した。試験温度−32℃で3本の試験を行い,3本の平均値が27J以上を合格とした。表1の実施例1〜29に示すように,本発明に規定した成分および製造方法で鋼板を製造することにより,優れた靭性の鋼板が得られた。
【0047】
【表1-1】
【0048】
【表1-2】
【0049】
以上の実施例から,本発明により製造された鋼材である発明例1〜29の鋼板は,靭性に優れた鋼材であることは明白である。