【実施例】
【0031】
薄膜法により種々の試料を製造し、第二相となるAl
8Mn
5相自体の特性と、Al
8Mn
5相が、第一相である磁性相(特にその一例であるL1
0型MnAl相)に及ぼす影響を評価した。これらの実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。
【0032】
《薄膜法》
MgO単結晶基板(適宜、単に「基板」ともいう。)を用意した。このMgO単結晶基板は、(001)面が成膜面になるように加工し、表面粗度を小さくするため研磨を行ったものである。特に断らない限り、その(001)面上へ、スパッタリングにより直接に成膜した。
【0033】
実施例でいうスパッタリングは、特に断らない限り、マグネトロンスパッタ法に基づき、成膜前の到達真空度を5x10
−8Pa以下、製膜形状をφ8mmとして行った。各膜厚は、成膜速度と成膜時間の積から算出した。ちなみに成膜速度は、本実施例では0.4〜1Å/sとした。
【0034】
成膜後の基板を室温(35℃以下)まで冷却し、その室温域で、膜表面に酸化防止のためのTa層(保護層)を形成した(保護層形成工程)。
【0035】
《第一実施例》
(1)試料の製造
Al
8Mn
5 自体の特性を調べるため、上記の基板上に直接Fe層のみを形成した試料A0と、基板上に直接Al
8Mn
5層を形成した後、その上にFe層を積層した試料A1とを用意した。Fe層の厚さはいずれも5nmと、Al
8Mn
5層の厚さは45nmとした。試料A0およびAlのFe層成膜時の基板温度は50℃以下とし、試料A1のAl
8Mn
5層の成膜時の基板温度は650℃とした。
【0036】
(2)測定
こうして得られた各試料を用いて、膜面に対して垂直方向の磁化を、振動試料型磁力計(VSM)で測定した。このとき得られた各試料に係る磁化曲線を
図1に併せて示した。
【0037】
(3)評価
先ず、試料A0に係る磁化曲線から次のことがわかる。Feは結晶磁気異方性エネルギーが小さいが、試料A0に係るFe層(薄膜)は形状異方性の影響を強く受けて、その磁化容易方向は膜面に平行な方向(適宜、「面方向」という。)となっている。このためFe層は、測定している膜面に直交する方向(適宜、「面直方向」という。)が磁化困難方向となる。このため面直方向の磁化を測定して得られる磁化曲線は、
図1に示すようになる。このFe層に係る磁化曲線から、磁化が飽和する磁界を読み取ると、試料A0に係るFe層の異方性磁界は約20kOeと見積もれる。
【0038】
次に、試料A1に係る磁化曲線から次のことがわかる。試料A1に係るFe層も、面直方向が磁化困難方向である点は、試料A0に係るFe層と同じである。但し、試料A1に係るFe層は、その下層側でAl
8Mn
5層と隣接しており、その異方性磁界は約10kOeにまで減少している。これは、Al
8Mn
5層により、Fe層が面直方向に磁化され易くなったことを示す。換言するなら、Al
8Mn
5層によって、Fe層の磁気異方性が面直方向に誘導されたことがわかる。
【0039】
このようにAl
8Mn
5は、その隣接域または近傍域にある磁性材に誘導磁気異方性を生じさせることから、Al
8Mn
5は、フェロ磁性材かフェリ磁性材であるかは別にして、磁性材であるといえる。また、本実施例に依り、Al
8Mn
5相(第二相)が作用を及ぼす相手材(第一相)は、硬質磁性材(例えば、後述するMnAl系磁性材)に限らず、軟質磁性材でもよいことが明らかとなった。
【0040】
《第二実施例》
(1)試料の製造
上述した薄膜法により、合金組成または成膜時の基板温度を種々変更した合金層を基板上に成膜した。こうして、表1に示す種々の試料を得た。なお、試料C0は、基板の(001)面上へスパッタリングによりCr層(下地層)を形成した後(下地層形成工程)、そのCr層上へMn−Al合金層を形成したものである。ちなみに、各合金層の膜厚は全体としてCr層10nm、MnAl層45nmとした。
【0041】
《試料の観察・測定》
(1)組織
各試料に係る合金層について、X線回折法(XRD)を行うことにより、L1
0型MnAl結晶(第一相)とAl
8Mn
5結晶(第二相)の生成の有無を確認した。XRD回折強度と共に相生成の有無を、表1に併せて示した。表1中の「○」は相生成がされていることを意味し、「×」は相生成がされていないことを意味する。
【0042】
(2)磁気特性
表1に示す結果に基づき、両相からなる複合相が生成されている試料について、室温(23℃)における磁気特性(飽和磁化と保磁力)を振動試料型磁力計(VSM)で測定した。その結果も表1に併せて示した。
【0043】
また、試料12と試料C0について、印加磁場:27kOeとしたときの磁気トルクの変化を
図2に示した。また、それら試料に係る回転ヒステリシス損失Wrの印加磁場Hに対する変化を
図3に示した。さらに、試料14に係る磁化曲線を
図4Aに示した。
【0044】
《評価》
(1)
図2から次のことがわかる。
図2に示す磁気トルク曲線の起伏は磁気異方性を示しており、試料C0の場合、0°(360°)と180°で磁気トルクが正から負に変化している。このため、試料C0には、L1
0型MnAl相(表1参照)に起因する一つの磁化容易軸が存在することがわかる。これに対して、試料12の場合、180°付近で、試料C0の場合とは異なる新たな起伏を生じている。これは、Al
8Mn
5相(表1参照)に起因して、L1
0型MnAl相の本来の磁気異方性とは別に、新たな磁気異方性(誘導磁気異方性)が付加されたためと考えられる。
【0045】
図3から次のことがわかる。試料C0に係る回転ヒステリシス損失Wrは、飽和磁化を示す磁場に相当する異方性磁界H
Aに向かって減少している。一方、試料12に係る回転ヒステリシス損失Wrは、少なくとも同レベルの磁場内において、増加傾向のみを示している。このことから、複合相からなる試料12の異方性磁界H
Aは、単相からなる試料C0の異方性磁界H
Aよりも、かなり大きくなっていることがわかる。
【0046】
(2)表1から次のことがわかる。上述の薄膜法で合金層を製造する場合、その全体組成と基板温度が所望の範囲にあるときに、L1
0型Mn相とAl
8Mn
5相とからなる複合相が形成され易いことがわかる。
【0047】
また、試料C0のようにL1
0型MnAl単相の保磁力は約4kOe程度であることから、試料11〜25のように複合相が形成されることによって、単相の場合よりも保磁力が大幅に増加することも表1からわかる。
【0048】
さらに、L1
0型MnAl相とAl
8Mn
5相とに係るXRD回折強度から、Al
8Mn
5相はL1
0型MnAl相に対して僅かに存在する程度でも、全体としての保磁力は大幅に増加することがわかる。従って、L1
0型MnAl相とAl
8Mn
5相が共存する複合相からなる永久磁石は、L1
0型MnAl相による高磁化と高保磁力を両立し得ることがわかる。
【0049】
(3)このことは、一例として示した試料14に係る磁化曲線(
図4A)からもわかる。すなわち、その磁化曲線では、二段階の磁化反転が起こっており、2種類の磁性相(複合相)が存在していることがわかる。そしてL1
0型MnAl相(第一相)により高磁化が発現されていると共に、Al
8Mn
5相(第二相)との複合化により高保磁力が発現されている。特に保磁力に着目すると、L1
0型MnAl相の保磁力は約4kOe程度であるが、Al
8Mn
5相の存在により、複合相の保磁力は40kOeを遙かに超えている。なお、
図4Aに示した磁化曲線は、測定時の印加磁場の上限が50kOeであったため、完全に着磁した状態で測定されたものではない。それでも、Al
8Mn
5相が生成されることにより、その生成量に依らず、複合相の保磁力が大幅に増大することは十分に確認できる。
【0050】
このように、高磁化を発現する第一相と高磁気異方性を発現する第二相とが共存することにより、それぞれの高特性を兼ね備えた複合相からなる永久磁石が得られる。この機序を
図4Aの磁化曲線を参考に模式的に示すと、
図4Bのようになる。つまり、複合相からなる永久磁石の磁化曲線は、第一相の磁化曲線と複合相の磁化曲線とを融合させた形態となり、高磁化と高保磁力が両立され得る形態となり得ることがわかる。
【0051】
【表1】