【文献】
アルカン燃料の分子構造と着火遅れ時間の関係,自動車技術会論文集,2012年11月,Vol.43, No.6,p1227-1232
【文献】
アルカン燃料の分子構造と着火遅れ時間の関係(第2報),自動車技術会論文集,2013年 3月,Vol.44, No.2,p363-368
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0020】
<自着火エンジン用燃料>
本実施形態に係る自着火エンジン用燃料は、パラフィン系炭化水素からなる合成燃料である。具体的には例えば、パーム、ヤトロファなどの植物油脂やシュードコリシスチスなどの藻類産生油等を原料として水素化処理して得られる炭化水素燃料の水素化処理油(BHD)や、天然ガスや石炭、バイオマス、オイルサンド等の原料から生成されたCOとH
2からFT法によって合成して得られる炭化水素燃料のFT合成油(FTD)等が挙げられる。パラフィン系炭化水素燃料は既存の内燃機関や燃料インフラ等の改良・改造の必要性も少なく、硫黄分や芳香族化合物を殆ど含まないため、触媒への悪影響や煤の発生も殆どないクリーンな燃料として期待される。本実施形態に係る自着火エンジン用燃料は、例えばディーゼル機関、ガソリンHCCI機関、火花点火機関等のエンジンに好適に用いることができる。
【0021】
パラフィン系炭化水素燃料は、直鎖アルカン及び分岐アルカンを含み、原料の種類や燃料化の工程によりその成分比や炭素数分布などは異なり得る。
【0022】
ここに、本実施形態に係る自着火エンジン用燃料は、複数のアルキル基を有する分岐アルカンを含有する。そして、上記分岐アルカンの主鎖を構成する炭素のうち、3級炭素及び4級炭素に隣接する少なくとも1つの炭素の級数は3以上であり、上記分岐アルカンの含有量は、好ましくは83体積%以下、より好ましくは20体積%以下であることを特徴とする。以下、その詳細について述べる。
【0023】
<着火遅れ時間及び沸点>
着火遅れは、エンジン燃焼における重要な燃焼特性の指標の一つである。着火遅れ時間が長くなる程、着火性が劣ることになる。
【0024】
また、一般的な炭化水素系燃料では、炭素数に対する着火性と蒸発性(沸点)は相反する関係にある。即ち、着火性の高い燃料は蒸発性が劣り、蒸発性に優れた燃料は着火性が劣る。それゆえ、エンジン燃焼において優れた燃費と排気エミッションを両立させることは困難となる。従って、着火性及び蒸発性の両方に優れた燃料が燃費及び排気エミッション向上の観点から望ましい。
【0025】
<着火遅れ時間の計算方法>
本願発明者らは、燃料自体の化学反応に由来する化学的着火遅れについて、燃料の化学構造や化学反応機構と関連付けて検討した。特に分岐アルカンによる着火遅れの変化を把握するため、詳細反応モデルにより計算された定容断熱条件下での均一予混合気の着火遅れ時間と分岐アルカンの分子構造を比較した。そして、分岐構造を形成する置換基の数、置換位置やその相対位置関係などの影響について検討した。また、低温酸化領域の反応経路を解析し、分岐アルカンの低温酸化反応への影響について考察した。
【0026】
詳細反応を考慮した反応動力学ソフトウェアCHEMKIN−PROを用いて数値解析を行った。燃焼の計算モデルは、予混合密閉容器とし、液体の要素や壁面からの熱損失を除外した。また、計算解析に必要な各化合物の反応動力学データベースおよび熱物性データベースは、燃焼詳細反応機構自動生成システムKUCRSで作成した。計算条件を表1に示す。初期条件は温度700〜1100K(50K毎)、圧力40atmとし、燃料は空気(N
2:79%,O
2:21%)と混合し、当量比は1.0とした。
【0028】
着火遅れは、圧力上昇や温度上昇、OHラジカルの変動に基づいて定義され得る。本解析においては、「OHラジカルのピーク発現時間」を「着火遅れ時間」として定義した。
【0029】
<沸点予測方法>
式(1)は、Marrero and Pardilloらが提案する、group interaction contribution technique [AIChE J.,45: 615 (1999)]と呼ばれる手法によって、純物質の沸点を予測するものである。
【0030】
分子中のすべての結合を、原子や原子団の種類とその組み合わせごとに分類し、それらの沸点への寄与度を与えて計算する。
【0031】
表2は、アルカンの場合のC−C結合のタイプごとの寄与度である。なお、本明細書において、「C1」、「C2」、「C3」、「C4」はそれぞれ、「1級炭素」、「2級炭素」、「3級炭素」、「4級炭素」を意味する。本予測式での誤差は、5%以下であることが示されており、特に後述するC
9H
20アルカンの構造異性体の沸点の予測に使用した。
【0032】
T
b=M
−0.404ΣN
k(tbb
k)+156.00 ・・・(1)
但し、式(1)中、T
b、M、tbb、N及びkは、各々沸点(K)、分子量、沸点への寄与度、C−C結合の数及びC−C結合タイプを表す。
【0034】
<直鎖アルカン及びC
9H
20異性体の着火遅れ時間と蒸発性>
図1に、炭素数5〜炭素数16の直鎖アルカン及びC
9H
20異性体の沸点と初期温度750Kにおける着火遅れ時間との関係を示す。なお、表3、表4A及び表4Bに炭素数5〜炭素数16の直鎖アルカン及びC
9H
20異性体の炭素原子数及び置換基数を示す。表4A及び表4Bに示すように、炭素数9のノナン(C
9H
20)は、炭素数が比較的少ない一方で、様々な構造異性体をとることができる。
【0038】
図1に示すように、直鎖アルカン(nC7、nC9、nC10、nC12、nC13、nC16)の結果から、燃料の沸点は、炭素数が増えるほど高くなる傾向があることが判る。これは炭素数(=分子量)が増えるほど、分子間に働く分散力(ファンデルワールス力)が大きくなるためである。一般に、この分散力は、分子の表面積に比例して増加する。例えば、直鎖アルカンのように表面積が大きいと、周りの分子同士がより強い力で結びつく。これに対して、分岐アルカンのように側鎖を持つと、分子の構造が空間的にコンパクトになるため、周りの分子と接する表面積が減少し、分子間に働く力は弱くなる。このため、例えば直鎖アルカンnC9の沸点は高く、分岐アルカン(モノメチルオクタン、ジメチルヘプタン、トリメチルヘキサン、テトラメチルペンタン)ではnC9に比べて沸点が低くなる傾向を示す。従って、アルカン成分の全炭素数及び主鎖の炭素数は、特に限定されるものではないが、沸点の上昇を抑える観点から、全炭素数は好ましくは4以上300以下、より好ましくは5以上100以下、特に好ましくは5以上30以下であり、主鎖の炭素数は好ましくは4以上50以下、より好ましくは5以上20以下、特に好ましくは7以上16以下である。
【0039】
軽油は、平均分子式C
15.6H
30で表されるが、沸点(ここでは、90%留出温度)は610K程度と直鎖アルカンnC16に比べて高く、着火遅れ時間も1.9ms程度と直鎖アルカンやモノメチルオクタン、ジメチルヘプタンに比べて長くなっている。これは炭素数が広範囲に分布した複数成分の混合物である軽油中に、相対的に沸点が高く、着火遅れ時間の長い(セタン価の低い)アルキルベンゼンや、着火遅れ時間が顕著に長い(セタン価が顕著に低い)多環芳香族を多く含むことによるものと考えられる。なお、90%留出温度とは、液体の温度を徐々に上げていった場合に、当該液体の全容積の90%が蒸発する温度である。
【0040】
ガソリンは、平均分子式C
7.5H
14で表されるが、沸点(ここでは、90%留出温度)は450K程度と直鎖アルカンnC10に近い値となっているが、着火遅れ時間が4.5msとC
9H
20異性体よりも長くなっている。これは炭素数が広範囲に分布した複数成分の混合物であるガソリン中に、着火遅れ時間が顕著に長い(セタン価が顕著に低い)トルエンなどの芳香族やペンテンなどのオレフィン、環状アルカンなどを多く含むことによるものであると考えられる。
【0041】
初期温度750Kにおいて、C
9H
20異性体における沸点は、380K〜420K程度となっている。一方、着火遅れ時間は、nC9の0.9ms程度からテトラメチルペンタンの4.0msまで、
図1中破線で示すように、分岐アルカンの種類により大きく異なっていることが判る。
【0042】
以下、表3、表4A及び表4Bに示す直鎖アルカン及び分岐アルカンについて、着火遅れ時間について検討する。
【0043】
<直鎖アルカンの主鎖の鎖長の着火遅れ時間への影響>
直鎖アルカンについて、主鎖の鎖長が着火遅れ時間へ与える影響について検討した。
【0044】
まず、
図2に示すように、全ての直鎖アルカンにおいて、初期温度900Kから950Kにおいて、着火遅れ時間は遅れ側に立ち上がっていることが判る。これは、初期温度900Kから950Kにおいて、燃料の酸化反応が、低温酸化反応から高温酸化反応に遷移することが原因と考えられる。一般に、アルカンの酸化反応は、C−H結合からのOHラジカル等によるH原子引き抜きにより生じたアルキルラジカルに対して、O
2分子の付加が起こるか否かにより反応経路が異なる。即ち、アルキルラジカルへのO
2分子の付加は平衡反応であり、低温領域では、O
2分子の付加反応が起こって低温酸化反応の進行が優勢となる。一方高温領域では、O
2分子が付加せずC−C結合等の開裂を伴いアルケン類を生成する高温酸化反応の進行が優勢となる。
【0045】
図2に示すように、初期温度950K以上の高温度領域では、鎖長による着火遅れ時間の差が殆ど見られず、着火遅れ時間の分子構造への依存性が低いことが判る。一方、初期温度900K以下の低温度領域では、着火遅れ時間は鎖長に依存し、鎖長が長くなるにつれて着火遅れ時間が短縮する。これは、後述するように、C−H結合解離エネルギがC1よりも低いC2の数が増加することによる着火時期短縮の効果と考えられる。しかしながら、この着火遅れの短縮時間は、鎖長の増加と伴に次第に小さくなり、鎖長が12以上の高級炭化水素では、着火遅れ時間の更なる短縮は見られない。これは、本結果が同一当量比(当量比1.0)での比較であり、鎖長5、7、9、10、12、13、16と長くなるにつれて、初期燃料濃度が0.026、0.019、0.015、0.013、0.011、0.010、0.009と減少しているため、初期燃料濃度の低下に起因するOHラジカル生成量の低下とそれらOHラジカルと反応できる燃料濃度の低下の相乗作用のためと考えられる。
【0046】
<分岐アルカンの置換基の鎖長の着火遅れ時間への影響>
置換基数2のC
9H
20異性体について、側鎖の鎖長の影響を検討した。なお、表4A及び表4Bに示すように、置換基数2のC
9H
20異性体では、メチル基2つを側鎖とする場合、主鎖はヘプタンとなる。また、メチル基1つ及びエチル基1つを側鎖とする場合、主鎖はヘキサンとなる。
図3に、ノルマルノナンnC9と分岐アルカン23MC7、3E2MC6、24MC7、4E2MC6、34MC7、3E4MC6について、初期温度と着火遅れ時間との関係を示す。なお、ノルマルノナンnC9と分岐アルカン23MC7、3E2MC6、24MC7、4E2MC6、34MC7、3E4MC6の分子構造は以下の通りである。
【0054】
図3に示すように、側鎖の鎖長が長くなっても着火遅れ時間の大きな変化はなく、着火遅れ時間は側鎖の鎖長には依存しないと考えられる。即ち、側鎖のアルキル置換基の炭素数は、特に制限されるものではないが、主鎖との均衡の観点から、好ましくは1以上300以下、より好ましくは1以上50以下、特に好ましくは1以上5以下である。
【0055】
<分岐アルカンの置換基位置の着火遅れ時間への影響>
図4に示すように、ノルマルノナンnC9と置換基数4のテトラメチルペンタンの異性体2233MC5、2234MC5、2244MC5、2334MC5の初期温度に対する着火遅れ時間を検討した。また、
図5に示すように、テトラメチルペンタンの異性体2233MC5、2234MC5、2244MC5、2334MC5の沸点と着火遅れ時間の関係についても検討した。なお、テトラメチルペンタンの異性体2233MC5、2234MC5、2334MC5、2244MC5の分子構造は下記式に示す通りである。
【0060】
図4に示すように、いずれの温度域においても、nC9に比べてテトラメチルペンタンの着火遅れ時間が長い。また、
図5に示すように、初期温度750Kの低温度域において、テトラメチルペンタンの中でも、2つのC4が隣接する2233MC5が最も着火遅れ時間が長いことが判る。以下、nC9及び2233MC5の酸化反応の反応経路から着火遅れ時間について考察する。
【0061】
図6は、nC9の低温度域(初期温度750K)での主要な反応経路を示す。
図6中の構造式に付与した・印は、ラジカルを表す。酸化反応は、OHラジカル(・OH)等による初期燃料からのH原子の引き抜きが起点となる。この時、燃料の分子構造により、H原子の引き抜き易さが異なる。
【0062】
一般に炭素原子は、結合している他の炭素原子数により、1級、2級、3級に分類される。表5は、1級〜3級炭素原子(C1〜C3)のC−H結合を切断するのに必要なエネルギを示している。表5に示すように、C−H結合解離エネルギはCの級数によって大きく異なり、それに基づいて水素の引き抜き反応の速度が決まる。C−H結合エネルギが高いほど結合が切れ難く、水素の引き抜き速度が遅いため、反応性が低くなる。
【0064】
表5に示すように、燃料分子の末端のC1−H結合は、その他のC2−H結合よりも強く、切断し難いため、その経路を辿る割合(16.4%)は、他の経路と比べて低い。
図6において、それ以降の反応は、2位の2級炭素原子からH原子が引き抜かれたアルキルラジカルの反応経路のみを、その代表として記載している。そのH原子が引き抜かれた箇所に、O
2分子が付加する。その後、O−O基の酸化作用により、分子内部でのH原子の引き抜き反応が進む。O
2分子が付加することなく直ちに熱分解に至る経路として「前期熱分解経路S4」があるが、初期温度750Kにおいて、nC9ではO
2分子が付加する反応経路を辿る割合はほぼ100%で、この反応以降、経路が3つに分かれる。1つ目は、分子内部でH原子が引き抜かれた箇所に、再びO
2分子が付加する反応を経て連鎖分岐に至る、「低温酸化経路S1」である。2つ目は分子内部のH原子を引き抜いたO−O−H基のO−O結合が切断され、切れた箇所とH原子が引き抜かれた箇所が繋がり、環状のエーテル構造を形成する「サイクリック経路S2」である。3つ目は、H原子が引き抜かれた炭素原子から1つ炭素原子を飛ばした箇所のC−C結合が切断されて熱分解を起こす「後期熱分解経路S3」である。なお、上記高温酸化反応では「前期熱分解経路S4」等のO
2が付加しない反応が主に進行し、上記低温酸化反応では、「低温酸化経路S1」、「サイクリック経路S2」及び「後期熱分解経路S3」の反応が主に進行する。
【0065】
図7に、2233MC5の反応経路を示す。初期燃料からH原子を引き抜く箇所の割合が大きく異なるが、これには、C−H結合の強さ(切断の難易度)のみならず、その結合の数も影響している。表6に、nC9と2233MC5のC−H結合の分類と数を比較した。
【0067】
本燃料中のH原子20個のうち、1級炭素原子と結合しているものが18個を占め、その半数が、2位の炭素原子に結合している3個の1級炭素原子のC−H結合のものであり、それが、
図7中40.1%と高い割合を示す反応経路を辿る要因となる。同図において、それ以降の反応は、代表としてこの反応経路のみを記載しているが、基本的な反応はノルマルノナンnC9の場合と変わらない。
【0068】
図6および
図7より、初期燃料が熱分解に至るまでに、上述のごとく、4つの経路を辿ることが判る。まず、O
2分子が2回付加し、熱分解に至る低温酸化経路S1、O
2分子が1回付加した後、環状エーテル構造を経て熱分解に至るサイクリック経路S2、環状エーテル構造を取ることなくそのまま熱分解に至る後期熱分解経路S3、そして、初期燃料からH原子の引き抜きが終わった後に、1回目のO
2が付加することなく直ちに熱分解に至る前期熱分解経路S4である。これら4つの経路は、初期燃料からH原子が引き抜かれる位置が変わっても、変化することはない。一方、熱分解に至る経路ごとに、OHラジカル生成と消費は異なる。低温酸化経路S1では2つのOHラジカルが生成される。サイクリック経路S2ではOHラジカルが一度生成されるが、熱分解に至るまでに消費するため、OHの生成/消費の収支は見かけ上±0となる。後期熱分解経路S3では1つのOHラジカルが生成される。そして、前期熱分解経路S4はOHラジカルの生成も消費もない。これらOHラジカルの生成/消費に関わる反応経路の割合が、酸化反応速度、ひいては着火遅れ時間に関連していると考えられる。
【0069】
表7に各々の初期燃料が熱分解に至るまでに辿る反応経路の割合を示す。ここで、反応経路の割合は、燃料分子から水素原子がひとつ引き抜かれたアルキルラジカルの消費速度の速度比で表した。2つの燃料での最も顕著な相違は、2233MC5において、OHラジカルを生成しない前期熱分解経路S4の割合が多いことである。これにより、初期燃料のOHラジカルによる消費反応の速度が抑制され、その結果、着火遅れ時間が増大すると言える。
【0071】
この前期熱分解経路S4は、
図7に示すように、2位炭素原子と3位炭素原子の間のC−C結合の切断によるものであるが、その要因は、当該C−C結合の結合エネルギの弱さにあると推察される。
【0072】
表8は、アルカンのC−C結合を切断するのに必要なエネルギを示している。C−C結合解離エネルギは相互に結合される炭素原子の級数の組み合わせによって異なり、それに基づいて炭素原子間の結合の切れ易さが決まる。C−C結合エネルギが低いほど結合が切れ易く、熱分解が起こり易くなる。表8に示すように、隣接する炭素の級数の和が増加するにつれてC−C結合解離エネルギは低下する傾向がある。例えば、C1−C1、C2−C2、C3−C3、及びC4−C4では、級数の和は各々2、4、6、及び8となり、級数の和が増加するにつれて、C−C結合解離エネルギが低くなる。また、C1−C1、C1−C2、C1−C3、及びC1−C4でも、級数の和は各々2、3、4及び5であるが、同様にC−C結合解離エネルギは低下し、結合は切れ易くなる。
【0074】
図5に示すように、テトラメチルペンタンでは、初期温度750Kにおける着火遅れ時間は2233MC5が最も長く、2234MC5、2334MC5、2244MC5の順に短くなっている。
【0075】
表9にnC9及び4種のテトラメチルペンタンのC−C結合の本数を示す。表9に示すように、4種のテトラメチルペンタン2233MC5、2234MC5、2334MC5及び2244MC5では、最もC−C結合解離エネルギが低いC−C結合は、各々C4−C4、C3−C4、C3−C4及びC2−C4であり、そのC−C結合解離エネルギ(kcal/mol)は、各々68、74、74及び78である。これらのC−C結合はいずれも2位炭素原子及び3位炭素原子間の結合に該当する。
【0077】
従って、例えば2233MC5のように、2つのメチル置換基をもつ4級炭素原子が隣接する構造の異性体の場合、最も結合エネルギが低い、C4−C4結合が容易に切断され、熱分解を起こす。この熱分解はOHラジカルを生成しない。また、熱分解で生じる鎖長の短いアルキルラジカル(
図7)は、C1と結合する水素原子の割合が相対的に増加するため、水素の引き抜き速度も低下する。これらにより、2233MC5の着火遅れ時間が、テトラメチルペンタンの全ての構造異性体の中で最も遅くなると考えられる。
【0078】
また、
図5に示すように、4種のテトラメチルペンタンの中で沸点も2244MC5が最も低くなっている。
【0079】
これは、2233MC5、2234MC5及び2334MC5では、表2に示す沸点への寄与度の大きいC3−C4結合やC4−C4結合を有するのに対し、2244MC5では、これらの結合のいずれも有さない構造であることが低沸点の要因と考えられる。
【0080】
従って、これらの結果から推察すると、テトラメチルアルカンの場合には、同一の炭素原子に重なるメチル置換基が他のメチル置換基と隣接しないことが、高い着火性と高い蒸発性を両立する構造条件と考えられる。換言すると、複数のメチル基を有する分岐アルカンを含有する自着火エンジン用燃料において、上記分岐アルカンの主鎖を構成する炭素のうち、3級炭素及び4級炭素に隣接する炭素の級数が2以下であるときに、その分岐アルカンは高い着火性と高い蒸発性を両立する可能性があるとともに、3級炭素及び4級炭素に隣接する少なくとも1つの炭素の級数が3以上であるときに、その分岐アルカンは着火性及び/又は蒸発性の低下の原因となり得る。
【0081】
<C
9H
20異性体で構成される混合燃料の着火遅れ解析>
本実施形態に係る自着火エンジン用燃料は、パラフィン成分のみで構成される合成燃料であるが、多数の小濃度の分岐アルカンの混合物により構成される。このような多成分混合燃料の着火遅れを検討すべく、表4A及び表4Bに示すC
9H
20異性体の中から複数種類の成分を、比率を変えて混合し、それら混合比率の違いがどのように着火遅れ時間に影響を及ぼすかを検討した。アルカン成分の混合割合(体積%)を表10に示す。
【0083】
表10に示すように、直鎖アルカンはノルマルノナンnC9、分岐アルカンは、モノメチルアルカンとしてモノメチルオクタン2MC8、3MC8及びテトラメチルアルカンとしてテトラメチルペンタン2233MC5を混合した。
【0084】
なお、
図1より、nC9及びモノメチルオクタン2MC8、3MC8は、テトラメチルペンタン2233MC5よりも着火遅れ時間が大幅に短いことから、nC9及びモノメチルオクタン2MC8、3MC8を高自着火性成分、テトラメチルペンタン2233MC5を低自着火性成分という。
【0085】
参考実験例1及び実施例2〜4では、直鎖アルカン及びモノメチルアルカンの含有量とテトラメチルアルカンの含有量との比率を、体積比で各々1:0、2:1、1:1、1:2とする試料を準備した。また、比較例1として、テトラメチルアルカン2233MC5のみの試料を準備した。さらに、参考例1として、軽油を準備した。即ち、高自着火性成分及び低自着火性成分の総量に対する低自着火性成分の含有量は、
参考実験例1、実施例2、実施例3、実施例4及び比較例1では、各々、0体積%、33体積%、50体積%、67体積%及び100体積%である。
【0086】
図8に初期温度に対する着火遅れ時間の比較結果を示す。
図8より、[直鎖アルカン・モノメチルアルカン]のみの
参考実験例1の試料と[テトラメチルアルカン]のみの比較例1の試料の着火遅れ時間が大きく異なることが判る。これは、上述のごとく、分岐アルカン構造の特性によるものである。[直鎖アルカン・モノメチルアルカン]と[テトラメチルアルカン]を1対1に混合した実施例3の試料は、
参考実験例1と比較例1のちょうど中間に位置する着火遅れ時間を示した。また、実施例2と実施例4のように、混合割合を変えた場合、相対的に多い成分の着火遅れの特性に近づくことが分かった。このことから、完全予混合において、同一炭素数の構造異性体を複数成分混合した場合、それらを構成する各成分単体の高着火性(短い着火遅れ特性)の燃料を、低着火性(長い着火遅れ特性)の燃料によって、成分割合に準じて希釈した現象を呈するものと推察される。
【0087】
なお、参考例1の軽油では、初期温度700K〜1100Kにおいて、着火遅れ時間は1ms程度から10ms程度の範囲を示した。
【0088】
図9及び
図10は、
参考実験例1、実施例2〜4及び比較例1における2233MC5の含有割合に対する着火遅れ時間を初期温度毎にプロットしたものである。なお、
図9では、初期温度962K以上の高温度域及び初期温度769K以下の低温度域のデータについてフィッティング結果を実線で示している。また、
図10では、初期温度833K〜952Kの温度域におけるデータについてフィッティング結果を実線で示している。
【0089】
図9に示すように、上記高温度域及び上記低温度域では、低自着火性成分2233MC5の含有割合が増加するにつれて比例的に着火遅れ時間が長くなることが判った。
【0090】
また、
図10に示すように、初期温度833K〜952Kの温度域では、低自着火性成分2233MC5の混合割合が増加するにつれて、高自着火性成分単独の場合よりも着火遅れ時間は増加するが、緩やかに増加する領域と、顕著に着火遅れ時間が増加する領域が存在することが判った。
【0091】
即ち、初期温度952K、909K、889K、870K、851K、833Kでは、低自着火性成分2233MC5の含有割合が各々20体積%、23体積%、40体積%、56体積%、73体積%、83体積%を超えると着火遅れ時間が顕著に増加する。この着火時間が顕著に増加する現象は、上述のごとく、低温酸化反応から高温酸化反応への移行に伴うものと考えられる。
【0092】
一方、緩やかに着火遅れ時間が増加する領域、即ち初期温度952K、909K、889K、870K、851K、833Kでは、低自着火性成分2233MC5の含有割合が、各々20体積%以下、23体積%以下、40体積%以下、56体積%以下、73体積%以下、83体積%以下である領域では、高自着火性成分の低温酸化反応における発熱と活性化学種の生成により、低温酸化反応から高温酸化反応への移行を促す効果を支配し、低自着火性成分を多く混合した場合でも着火は促進されると考えられる。従って、初期温度952K、909K、889K、870K、851K、833Kでは、低自着火性成分2233MC5の含有割合は、各々20体積%以下、23体積%以下、40体積%以下、56体積%以下、73体積%以下、83体積%以下であることが望ましい。
【0093】
なお、例えば833K以上851K以下の低温雰囲気下での燃焼状態を維持する定置型運転を行う自着火エンジンにおいては、低自着火性成分2233MC5の含有割合は、好ましくは83体積%以下、より好ましくは80体積%以下、特に好ましくは73体積%以下とすることができる。
【0094】
また、
図8に示すように、広い環境下において、軽油と同等ならびに優れた、即ち短い着火遅れ時間を得るためには、低自着火性成分2233MC5の含有割合を20体積%以下にすることが好ましい。
【0095】
なお、
図1に示すように、置換基数が好ましくは3以上、より好ましくは4以上の分岐アルカンが、軽油よりも着火遅れ時間が長く、低自着火性成分であることが判る。また、置換基数に伴い、主鎖の炭素数は好ましくは4以上、より好ましくは5以上の分岐アルカンが低自着火性成分である可能性が高いことが判る。従って、これらの分岐アルカンの含有量を上記所定値以下とすることにより、着火遅れ時間の増加を抑制し、燃費やエミッション性能を向上させることができる。
【0096】
以上述べたように、本実施形態に係る自着火エンジン用燃料によれば、複数のアルキル基を有する分岐アルカンの主鎖を構成する炭素のうち、3級炭素及び4級炭素に隣接する少なくとも1つの炭素の級数は3以上であるもの、即ち低自着火性成分について、このような低自着火性成分の分岐アルカンの含有量を所定値以下とすることにより、着火遅れ時間の増加を抑制し、燃費やエミッション性能を向上させることができる。