【実施例1】
【0019】
本発明の固溶体単結晶の製造方法において、まず、シリコンSiとゲルマニウムGeが半々に混ざり合った固溶体Si
0.5Ge
0.5を製造する場合を例にとって説明する。
【0020】
窒化ボロンBN製で、内径50mm、深さ100mm、肉厚2mmのルツボ1と、石英製で、外径49.5mm、厚さ10mm、中心に内径3mmの穴3の開いた治具2を用意する(ルツボ1と治具2により、本実施例における「容器」が構成される。)。
図1aに窒化ボロン製ルツボ1の断面図を、
図1bに平面図を示し、
図2aに石英治具2の断面図を、
図2bにその平面図を示す。次いで、Si製で<100>方位を有する種結晶4(外径2.95mm、長さ20mm)を石英治具2の中心部の穴3に差し込んでルツボ1の底に設置する。次いでその周りにショット状に砕いた多結晶Si原料(重量約46グラム。)5を配し、その上に円柱状に成形された多結晶Ge原料(外径49.5mm、厚さ20mm、重量約204グラム)6を順次挿入し、ルツボ1を石英アンプル7内に挿入し、石英アンプル7の一端の開口部から真空引きし、封止用プラグ8とともに端部を溶着して約1×10
-4Paの真空度で真空封止する。
図3はこの状態の試料を示す断面図である。
【0021】
以上のようにして準備した真空封入試料を温度勾配炉内に設置して加熱し、結晶成長を行わせる。結晶成長については、
図4に示すSi−Ge系の状態図を基に説明する。
図4のグラフ中、縦軸は温度を表し、横軸は固溶体又は固溶体融液におけるGeの割合(組成をSi
1-xGe
xで表した時のx)を表す。
【0022】
状態図から、Siの融点は1414℃、Geの融点は938℃であり、両者はどんな比率でも融け合って固溶体を形成することが分かる。また、Si
0.5Ge
0.5組成の結晶を製造しようとすると、Ge濃度83at%(原子パーセント。融液全体の原子数に対する、Ge原子数の割合。)の融液を用意する必要のあることが分かる(
図4のグラフ中、約1100℃の等温線と固相線、液相線との交点における横軸値参照。)。5〜50℃/cmの温度勾配(
図3の紙面上方に温度が上昇)の下で、石英治具2から突き出た種結晶4側の温度が約1100℃となるように加熱すると、融解したGe原料6が種結晶4の一部とSi原料5の一部を溶かすことによって、上で述べた条件であるGe濃度83at%の融液9が実現する。なお、Si
0.5Ge
0.5以外の組成で固溶体単結晶を製造する場合は、石英治具2の種結晶4側の表面温度が、
図4のグラフ中、所望の組成(横軸値)における固相線の温度と一致するよう、石英アンプル7を加熱すればよい。
【0023】
なお、この場合、Ge原料6は融点が938℃であるので全量が融け、Si原料5はこのGe融液中に飽和濃度になるまで溶け込んでいく。Ge約204グラムは約2.81モルに相当し、Si約46グラムは約1.64モルに相当するので、Si
0.17Ge
0.83組成の融液9が形成された際には、Siは約16.6グラムが融液中に溶け込み残りは固体のままである。
【0024】
溶け残ったSi固体5’は、比重がSi
0.17Ge
0.83組成の融液9よりも小さいので、融液9の上に浮く。この状態の断面図を
図5に示す。この状態で、温度勾配を付与しておくと融液の上下では温度勾配の分だけ温度が異なり、Geの飽和濃度も異なることになる。種結晶4から離れる側(
図3中、紙面上方)が高温になるよう温度勾配を付与すると、
図4の状態図から明らかなように、
図5中で種結晶4から離れる側の高温部のGe濃度は低濃度となる。融液内のGeのこのような濃度差は、融液内に拡散を生じさせ、Geは濃度の高い方から低い方へ輸送される。すなわち、種結晶4の設置された側から離れる方向へ輸送される。すると、Ge濃度の高い種結晶4側はGe濃度が低下し、Siが過飽和となり結晶成長が起こる。
【0025】
図6は、融け残った種結晶4上に、Si
0.5Ge
0.5組成の結晶10が成長し始めた状態を示す断面図である。Si
0.17Ge
0.83融液からSi
0.5Ge
0.5の結晶が成長するので、結晶化に際してGeが融液9中へ排出され、融液9中のGe濃度が上昇しようとするが、結晶成長界面の融液9の温度を1100℃に保っておけば、溶け残って融液9の上部に浮いていたSi固体5’が融液9中に溶け込んで再び1100℃における飽和濃度のSi
0.17Ge
0.83組成の融液9となるので、融液内のGe拡散による上記Siの過飽和を介して、Si
0.5Ge
0.5の一定組成の結晶が成長し続けることになる。融液9に浮かんだSi固体5’は結晶成長が進むにつれて融液9中に溶け込むので、その量が少なくなっていく。
図7は、Si
0.5Ge
0.5の結晶成長がさらに進んだ状態を示す断面図である。
【0026】
なお、ルツボ1内では種結晶4から離れる一方向に向かって高温となる温度勾配が生じているため、結晶10が成長するに伴い結晶成長界面の温度も上昇する。成長界面での融液温度を常に1100℃に維持するには、結晶成長した長さだけ石英アンプル7を低温度側へ移動させたり、ヒータ部を結晶成長した長さだけ高温側へ移動させたり、あるいはヒータの温度分布を変更して結晶成長界面の温度を調整すればよい。
【0027】
温度上昇による成長結晶の組成変化を抑えるため、本実施例1及び後述の実施例2,3においては、特許文献1に記載の手法に倣い石英アンプル7をヒータの低温側へと移動させつつ結晶を成長させた。
【0028】
具体的には、
図8に示すとおり、上部ヒータ12,下部ヒータ13を備え、2つのヒータ部の温度設定を調整することにより所望の温度勾配が付与できるようになっている温度勾配炉11によって、支持棒14に取り付けられた石英アンプル7を加熱しつつ、駆動機構15によって、駆動機構15に接続された支持棒14を一定速度で移動させることにより、結晶成長界面の温度を1100℃付近に調整しつつ結晶を成長させた。
【0029】
温度勾配炉11はドーナツ状をなしており、その中空部にはその中心線の方向すなわち軸方向に沿って、
図3に示すとおり種結晶4からGe原料6までが配置されたルツボ1を真空封入した、石英アンプル7が配置される。石英アンプル7は、軸方向に延びる支持棒14の先端に取り付けられており、支持棒14の基端側には、ステップモータを動力源とする駆動機構15が備えられ、支持棒14上に形成された溝と噛み合って降りるラックアンドピニオンによる動力伝達を受けるようになっている。これによって支持棒14の先端に取り付けられた石英アンプル7は温度勾配炉11のドーナツ型空間内を軸方向に制御された速度で温度勾配炉11に対して相対的に移動することができる。石英アンプル7の温度勾配炉空間内での移動速度は、制御機構(不図示)によって所定の速度に制御されるようになっている。この制御機構は、速度を入力することによって、石英アンプル7の温度勾配炉11に対する速度を設定することもできるが、所定の速度となるようにマイクロプロセッサを組み込んでプログラムに従って速度制御を行うようにすることもできる。温度勾配炉11は、図示のように軸方向に上部ヒータ12と下部ヒータ13を備えており、それぞれ独立に温度制御できるようになっている(各ヒータにおいて軸方向連続に温度制御が可能であるため、温度勾配炉11全体として任意の軸方向温度分布での加熱が可能である)。本実施例では、下部ヒータ13から上部ヒータ12に向かって温度が高くなるように、それぞれのヒータ温度が図示していない制御回路によって制御されるようになっている。
【0030】
本実施例においては、結晶成長界面の高温側への移動速度に合わせて石英アンプル7を低温側へ移動させ、成長界面の温度すなわち成長界面でのGe濃度を一定に保ち、均一組成の結晶を成長させる。結晶成長界面の移動速度、すなわち石英アンプル7の移動速度は、特許文献1に記載の手法に倣って決定することができる。
【0031】
具体的に、偏析によって結晶化の際に融液中へ排出される溶質量が拡散によって界面前方融液中へ輸送される量と等しい場合(拡散律速定常状態結晶成長)、界面の移動速度をVとすると、次の関係が成立する。
【数1】
…(1)
ここで、C
Sは溶質Geの結晶中の濃度(原子数比。例えば50 at%の場合は0.5)、C
LはC
Sと平衡関係にある液相組成の溶質Ge濃度(原子数比)、Dは液相中での溶質と溶媒間の相互拡散係数(m
2/s)である。Tはルツボ1内の温度(℃)、Zは温度勾配炉11の軸方向に向かって(下部ヒータ13から上部ヒータ12に向かって)の位置(cm)、Cは液相線において温度に依存して変化するGe濃度(原子数比)である。温度勾配∂T/∂Z=G(℃/cm)、液相線の勾配∂T/∂C=m(℃/mol)とおき、Vについて解くと、
【数2】
…(2)
が得られる。この速度が、拡散律速定常状態結晶成長が成り立っている場合の成長界面の移動速度である。本実施例1においては、
図4の状態図からC
L=0.83, C
S=0.5であり、液相線の勾配mはC
L=0.83の近傍で約−650℃/molである。Dは測定から約9.5×10
-9m
2/sであることが判っているので、温度勾配G=10℃/cmの場合、V=0.15mm/hと計算される。したがって、
図8の駆動機構15等により石英アンプル7をVに合わせて低温側に移動させれば、結晶成長界面の温度を一定に保つことができる。あるいは、Vに合わせて温度勾配炉11を高温側に動かしたり、上部ヒータ12,下部ヒータ13において1100℃となる位置をVに合わせて
図8の紙面上方へと動かしたりしてもよい。ここで、石英アンプル7の移動等を開始する時点は、事前に数値解析等によって決定してもよいし、任意の手段により結晶成長が始まったことを実際に観測して決定してもよいし、あるいは同条件で実験を繰り返すことにより経験的に決定してもよい。本実施例においては、種結晶4が設定温度である1100℃に達してから2時間程度後に結晶成長が始まることを数値解析により予測した上で、この予測された時刻から石英アンプル7の移動を開始した。
【0032】
図9は、直径50mmの平面内で観察されるクラックの数を従来法(a)(
図3の構成とは異なり治具2を用いず、種結晶、多結晶Ge原料、多結晶Si原料の順にルツボ1に収容して温度勾配下で加熱した。)と本発明の実施例1の方法(b)とで比較したグラフである。それぞれ10回の結晶成長のクラック数平均値、最大クラック数および最小クラック数で示してある。
図9に示すとおり、従来法に比べて本発明の方法ではクラック数が大幅に減少しており、平均で面内2個程度である。また、クラックが完全になくなった状態も実現できていることが分かる。
【0033】
図10は、本発明の実施例1の方法で製造した固溶体の直径50mm基板の、成長方向垂直面内Ge濃度分布を示したものである。
図10から分かるようにGe濃度は50±1at%の、非常に均一性に優れた分布を示している。
【0034】
以上のように、本発明の方法を用いてSi
1-xGe
x固溶体単結晶の製造を行えば、組成均一性に優れた単結晶が、クラックの発生を防止して製造できることが分かる。
【実施例2】
【0035】
実施例1ではシリコンとゲルマニウムの固溶体(混晶)Si
0.5Ge
0.5を製造する場合を例にとって説明したが、本発明の方法はシリコンとゲルマニウムの固溶体(混晶)を製造する場合に限られるのではなく、各種固溶体(混晶)に適用できる。以下では、砒化ガリウム(GaAs)と砒化インジウム(InAs)の混晶であるIn
0.1Ga
0.9Asを製造する場合について説明する。
【0036】
実施例1と同様にして、ルツボ1の中に、GaAs製で{100}面を有する種結晶(外径2.95mm、長さ20mm)16を石英治具17に保持された状態で挿入し、種結晶16の周囲に多結晶の塊状のGaAs原料18を挿入する。次いでやはり塊状の多結晶InAs原料19を挿入する。
図11にGaAs-InAs状態図を示す。状態図からIn
0.1Ga
0.9As組成の結晶を得るためには、In
0.6Ga
0.4As組成の融液を形成する必要があることが分かる。今回の組合せでは、両原料18,19のうちInAs原料19の方が融点が低いので、InAsが先に融け、GaAs原料18はInAs融液の中に溶け込んでいく。GaAs原料18を約150グラムとInAs原料19を約200グラム仕込んだ状態を出発試料とした。なお、今回、石英治具17の片面には漏斗形状の穴が設けられ、この穴に種結晶16が保持されている。これは種結晶16の方位と形状を引き継いで成長するIn
0.1Ga
0.9As結晶の口径を徐々に大きくして多結晶化の確率を減らすためである。
【0037】
石英アンプル7に真空封入された状態の出発試料の断面図を
図12に示す。上記のようにして準備した石英アンプル封入試料を温度勾配炉11内に設置して加熱し、GaAs種結晶16の融液側表面が、約1120℃、種結晶16近傍での温度勾配が約10℃/cmとなるよう(
図12の紙面上方に温度が上昇)加熱した。GaAsの融点は1238℃であるので、GaAs原料18は固体のままであるが、InAsは融点が942℃であるため融けて融液を形成する。種結晶16の融液側表面で1120℃の温度を保持し続けると、固体のGaAs原料18が徐々にInAs融液に溶け込む。約3時間でGaAs原料18がInAs融液に1120℃の飽和濃度まで溶け込んでIn
0.6Ga
0.4As組成の融液が形成され、結晶成長が始まった。実施例1において
図5〜
図7を用いて説明したものと同様の過程で、結晶成長が起こる。すなわち、温度勾配に起因する濃度差によりInAsが高温側に拡散し、GaAsの過飽和により種結晶16と接触する部分の融液が結晶化する。実施例1と同様に、結晶化に際してInAsが固溶体融液中に排出されるが、結晶成長界面の融液温度を1120℃に保っておけば、溶け残って融液上部に浮いていたGaAs原料18(GaAsの比重はIn
0.6Ga
0.4Asの比重よりも小さいため、溶け残ったGaAs原料18は融液に浮いていた。)が融液中に溶け込んでGaAsの飽和状態が維持されるので、In
0.1Ga
0.9Asの一定組成の結晶が成長し続けることになる。結晶はルツボ1の中で種結晶16から離れる方向(高温側)へ向かって成長するので、
図8と同じ移動機構を用いてルツボ1を0.1mm/hの速度(上述の式(1),(2)に基づいて決定した。)で温度の低い下側ヒータ13方向へ移動させ、結晶成長界面温度が常に1120℃に保たれるようにした。こうすることによりIn
0.1Ga
0.9As組成の結晶を40mm以上の長さにわたって成長させることができた。今回の原料18,19の組合せではGaAs原料18の方が軽いので、溶け残ったGaAs原料18が融液の上に浮き、融液成分調整、ひいては成長結晶の成分調整の役割を果たし、均一組成の結晶が得られた。
【0038】
図13は、本発明の実施例2において成長させた結晶の軸方向(
図12の紙面下から上方向)組成分布を示す。種結晶保持治具17として円錐形状の窪みのある治具を用いたため結晶径は一定ではなかったが、成長した結晶の組成はInAs濃度が10±1mol%の範囲に収まっており、非常に良い均一性を示した。クラックに関しては、結晶径を徐々に太くした効果もあり、完全にゼロにすることができた。
【実施例3】
【0039】
混晶を形成する両端成分の種結晶を用いることは必須ではない。その例を実施例3で示す。シリコンSiとゲルマニウムGeの固溶体単結晶製造において、
図14に示す溝切り石英治具20を種結晶の代わりに使用した。
【0040】
溝切り石英治具20の片側表面には深さ1mm、幅1mmの線状溝21が間隔3mmで全面にわたって掘られている。治具20をまずルツボ1の底に配し、その上に塊状の多結晶Si原料22(約20グラム)と円柱状に加工された固溶体の多結晶Si
0.05Ge
0.95原料23(約230グラム)を挿入し、石英アンプル7中に真空封入した(
図15)。
【0041】
溝切り石英治具20の溝側表面部分の温度が1068℃となるよう、石英アンプル7を加熱したところ、Si
0.05Ge
0.95固溶体原料23の液相線温度は1008℃であるのですべて融けて融液を形成し、さらにSi原料22を飽和濃度のSi
0.11Ge
0.89になるまで溶かした。この場合は、固溶体Si
0.05Ge
0.95の液相線温度1008℃が結晶成長温度である1068℃より50℃以上低いので所望の組成の融液を形成することができた。種々の実験から、出発原料として固溶体とSiの組合せを用いる場合は、固溶体の液相線温度が成長温度より50℃以上低い場合に良い結果が得られることが判明している。
【0042】
以上のようにして飽和融液を形成した後、ルツボの軸方向温度勾配を約15℃/cmに保ちつつ(
図15の紙面上方に温度が上昇)、ルツボを約0.15mm/h(上述の式(1),(2)に基づいて決定した。)で下部ヒータ13の方向へ移動させた。
図5〜
図7を用いて説明したものと同様の過程で連続的に結晶化が進む。すなわち、温度勾配に起因する濃度差によりSi
0.05Ge
0.95が高温側に拡散し、Siの過飽和により溝切り石英治具20と接触する部分の融液がSi
0.4Ge
0.6組成(
図4の固相線における、1068℃に対応する組成)で結晶化する。実施例1,2と同様に、結晶化に際してSi
0.05Ge
0.95が固溶体融液中に排出されるが、結晶成長界面の融液温度を1068℃に保っておけば、溶け残って融液上部に浮いていたSi原料22(Siの比重はSi
0.11Ge
0.89の比重よりも小さいため、溶け残ったSi原料22は融液に浮いていた。)が融液中に溶け込んでSiの飽和状態が維持されるので、Si
0.4Ge
0.6の一定組成の結晶が高温側に成長し続けることになる。このようにしてSi
0.4Ge
0.6組成の単結晶が得られた。溝切り石英治具20が種結晶の代わりをして単結晶化の核生成の役割を果たした。製造したSi
0.4Ge
0.6単結晶は溝切り石英治具20から容易に分離することができ、得られたSi
0.4Ge
0.6単結晶にクラックは入っていなかった。また組成も、輪切りにした結晶面内でGe濃度60±1 at%の均一性を示し、非常に均一性の高いものであった。
【0043】
なお、本実施例では、出発原料として固溶体Si
0.05Ge
0.95とSiの組合せを用いたが、SiとGeからなる固溶体と、Geとの組合せでも構わない。その場合は用いる固溶体の液相線温度がGeよりも50℃以上高いことが望ましい。また、実施例1,2のように種結晶を用いる場合でも両端成分ではなく固溶体原料を用いてよい。