特許第6402051号(P6402051)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6402051
(24)【登録日】2018年9月14日
(45)【発行日】2018年10月10日
(54)【発明の名称】低分子リグニンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 41/50 20060101AFI20181001BHJP
   C07C 43/315 20060101ALI20181001BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20181001BHJP
【FI】
   C07C41/50
   C07C43/315
   !C07B61/00 300
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-36064(P2015-36064)
(22)【出願日】2015年2月26日
(65)【公開番号】特開2016-50200(P2016-50200A)
(43)【公開日】2016年4月11日
【審査請求日】2017年8月30日
(31)【優先権主張番号】特願2014-175464(P2014-175464)
(32)【優先日】2014年8月29日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「非可食性植物由来化学品製造プロセス技術開発研究開発項目(2)「木質系バイオマスから化学品までの一貫製造プロセスの開発」」の委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004086
【氏名又は名称】日本化薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】海寳 篤志
(72)【発明者】
【氏名】酒井 亮
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆司
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 香織
【審査官】 高橋 直子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−102297(JP,A)
【文献】 特開平08−225653(JP,A)
【文献】 特開2012−006857(JP,A)
【文献】 Green Chemistry,2015年,Vol.17,No.5,2780−2783
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 41/50
C07C 43/315
C07B 61/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニンを含有するバイオマス又はバイオマスより分離したリグニンを、炭素数6から10の芳香族炭化水素及び炭素数1から4のアルコールの混合溶媒中において酸触媒存在下加熱する工程を含む、低分子リグニンの製造方法。
【請求項2】
炭化水素がトルエン又はキシレンである、請求項1に記載の低分子リグニンの製造方法。
【請求項3】
アルコールがメタノール又はエタノールである、請求項1又は2に記載の低分子リグニンの製造方法。
【請求項4】
混合溶媒中における炭化水素及びアルコールの体積比が13:2〜11:4である、請求項1からの何れか一項に記載の低分子リグニンの製造方法。
【請求項5】
酸触媒が硫酸である、請求項1からの何れか一項に記載の低分子リグニンの製造方法。
【請求項6】
加熱時間が5分〜60分である、請求項1からの何れか一項に記載の低分子リグニンの製造方法。
【請求項7】
加熱温度が、100〜200℃である、請求項1からの何れか一項に記載の低分子リグニンの製造方法。
【請求項8】
低分子リグニンが、4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体である、請求項1からの何れか一項に記載の低分子リグニンの製造方法。
【請求項9】
リグニンを含有するバイオマスが木紛であり、木紛1g当たり10mg以上の4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体が製造される、請求項1からの何れか一項に記載の低分子リグニンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な低分子リグニンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題の観点からカーボンニュートラルな資源としてバイオマス(動植物から得られる再生可能な有機性資源)が注目されている。例えば、糖質原料やデンプン原料といった食糧にもなる可食性バイオマスを用いたバイオエタノールの製造が挙げられるが、この場合は食糧との競合が問題となっている。一方、非可食性バイオマスは食糧との競合がなく、注目されている。例えば非可食性バイオマスの一つであるリグノセルロースバイオマスには、未利用の間伐材や製材工場での残材、住宅の解体で発生する木材等がある。リグノセルロース系バイオマスの利用は、廃棄物の抑制やエネルギー資源としての利用が期待されており、環境的観点から重要である。
【0003】
リグノセルロースバイオマスは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンから構成されている。リグニンはセルロールを繋ぎ合わせる接着分子である。その構造はフェニルプロパン骨格が重合したものであるため、芳香族化合物の資源として注目されている。
【0004】
リグニンの低分子化技術はこれまで製紙業を中心に発達してきた。製紙プロセスにおけるリグニンの低分子化技術としてはクラフト蒸解、サルファイド蒸解、アルカリ蒸解等が挙げられる。クラフト蒸解では、リグニンは主として熱源として利用され、サルファイト蒸解では、リグニンを熱源とする他、スルフォン化したリグニンを分散剤などにも利用してきた。しかし、従来の製紙プロセスより得られるリグニンは変性を受けており、更なる低分子化も難しい。このため従来の製紙プロセスで得られるリグニンは燃料や分散剤等としての利用に限られており、化学工業製品の原料として利用するのは困難である。
【0005】
リグニンを化学工業製品の原料として利用するには、リグニンを低分子化する必要がある。特許文献1の特許請求の範囲には水とアルコールのモル比が1/1〜20/1である溶媒を用いてリグニンを含有する材料を分解する工程が記載されている。しかし、水/アルコール系の溶媒ではリグニンの低分子化は十分に進行しない。特許文献1の請求項3には該溶媒の温度が200〜350℃と記載されており、反応条件には高温が必要とされている。
他の分解条件として、水とアルコールの混合溶媒を用い、酸性下でのリグニンの低分子化が非特許文献1に記載されている。この条件下では、リグニン骨格で約50%を占めるβ−O−4結合が開裂し、ホモバニリンが生成する。しかしながら、この系では生成したホモバニリンが酸性条件で再縮合するため、リグニンの低分子化は十分ではない。
非特許文献2にはアセトン、エタノール、エチレングリコール、トルエン、水のいずれかを用いリグノセルロースバイオマスを分解することが記載されているが、反応温度が275℃と高温を必要とし、多種のリグニン分解が有機酸等の不純物との混合物として得られるため化学工業品としての使用に限りがある。
【0006】
また、分解後の低分子化リグニンを化学工業製品の原料として利用するには、特定の低分子化リグニンを選択的に得る必要がある。しかしながら、選択的な分解方法は未だ確立されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2014−15439号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】R.B.Santos,BioResources,2013,8(1),p.1456−1477
【非特許文献2】R.B.Santos,Bioresource Technology,2011,102,p.3521−3526
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、新規な低分子リグニンの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下に記載の低分子リグニンの製造方法に関する。
(1)リグニンを含有するバイオマス又はバイオマスより分離したリグニンを、炭化水素及びアルコールの混合溶媒中において酸触媒存在下加熱する工程を含む、低分子リグニンの製造方法。
(2)炭化水素が沸点150℃以下の芳香族炭化水素である、(1)に記載の低分子リグニンの製造方法。
(3)炭化水素がトルエン又はキシレンである、(1)又は(2)に記載の低分子リグニンの製造方法。
(4)アルコールがメタノール又はエタノールである、(1)から(3)の何れかに記載の低分子リグニンの製造方法。
(5)混合溶媒中における炭化水素及びアルコールの体積比が13:2〜11:4である、(1)から(4)の何れかに記載の低分子リグニンの製造方法。
(6)酸触媒が硫酸である、(1)から(5)の何れかに記載の低分子リグニンの製造方法。
(7)加熱時間が5分〜60分である、(1)から(6)の何れかに記載の低分子リグニンの製造方法。
(8)加熱温度が、100〜200℃である、(1)から(7)の何れかに記載の低分子
リグニンの製造方法。
(9)低分子リグニンが、4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体である、(1)から(8)の何れかに記載の低分子リグニンの製造方法。
(10)リグニンを含有するバイオマスが木紛であり、木紛1g当たり10mg以上の4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体が製造される、(1)から(9)の何れかに記載の低分子リグニンの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の低分子リグニンの製造方法により、リグニンは効率的に低分子化され、特にリグニンモノマー成分として4−2,2−ジアルコキシエチルフェノール誘導体を選択的に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、炭化水素及びアルコールの混合溶媒の比率の検討結果である。「Lignin Oligomer」はモノマーではない低分子化されたリグニン(ダイマーなど)、「4−(2,2−dimethoxyethyl)−2−methoxyphenol」はリグニンモノマーであり、「methoxymethylfurfural(以下MMF)」、「levoglucosenone」及び「levlic acid methyl ester」はいずれもセルロース成分の分解物である。
図2図2は、加熱時間の検討結果である。
図3図3は、反応温度の検討結果である。
図4図4は、アルコールの混合溶媒と水及びアルコールの混合溶媒の比較した結果である。
図5図5は、原料の検討結果である。
図6図6は、混合溶媒で用いられる芳香族炭化水素及びアルコールの検討結果である。
図7図7は、触媒として用いられる酸の検討結果である。
図8図8は、リグニン分解物の1H NMRチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の低分子化リグニンの製造方法は、リグニンを含有するバイオマス又はバイオマスから分離したリグニンを、炭化水素及びアルコールの混合溶媒中において酸触媒存在下で加熱する工程を含む。
【0014】
本発明におけるバイオマスとは、再生可能な生物由来の有機性資源で化石資源を除いたものを言う。リグノセルロース系バイオマスとしては、未利用の間伐材や製材工場での残材、住宅の解体で発生する木材等の木質系バイオマス、稲わら、麦わら、もみ殻等の未利用バイオマス、サトウキビ、トウモロコシ、ユーカリ等の草本系バイオマスが挙げられる。
【0015】
リグニンとは木化した植物体中に15〜35%程度存在する芳香族高分子化合物である。本発明におけるリグニンを含有するバイオマスとはリグノセルロース系バイオマスであり、例えば、木化した植物体を起源とするバイオマスであり、具体的には、スギ、ヒノキ、トウヒ、マツ、ユーカリ、ブナ、ヤナギ、タケなどの木材、麦わら、稲わら、もみ殻、サトウキビの絞りかす、テンサイ残渣、キャッサバ、ナタネ残渣、大豆残渣、トウモロコシの茎葉、アブラヤシの果実殻、タバコの残管、ネピアグラス、エリアンサスなどが挙げられる。
【0016】
本発明においては、リグニンを分離していないリグノセルロース系バイオマスそのものを用いてもよいし、バイオマスから分離したリグニンを用いてもよい。本発明におけるバイオマスから分離したリグニンとは、本発明の工程とは別に予めバイオマスより分離されたリグニンであり、分離方法の違いにより、硫酸リグニン、塩酸リグニン、過ヨウ素酸リグニン、ジオキサンリグニン、アルコールリグニン、チオグリコール酸リグニン、リグノスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン、Brauns天然リグニン、摩砕リグニン、セルロース糖化残渣リグニン、水熱リグニン、水蒸気爆砕リグニンなどが挙げられる。バイオマスから分離したリグニンは、本発明により効率よく低分子化されることから、本発明においては、β−O−4型結合を多く含んでいる、Brauns天然リグニン、摩砕リグニン、セルロース糖化残渣リグニンが好ましい。
【0017】
リグニンは芳香族高分子化合物で4−ヒドロキシフェニルプロパンを単量体とする重合体である。本発明において低分子リグニンとは、リグニンを分解して得られるリグニンオリゴマー及びリグニンモノマーを指す。リグニンモノマーとは分子中に一つのフェニル基を有する化合物であり、リグニンオリゴマーとは分子中に二つ以上のフェニル基を有する化合物である。
【0018】
本発明において4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体とはリグニンを分解して得られるリグニンモノマーであり、好ましくは下記式1で表される化合物である。
【化1】
【0019】
式1中、R1及びR2は同一又は異なっていてもよく、炭素数1から10のアルコキシ基を示すか、またはR1及びR2は、R1及びR2が結合する炭素原子と一緒になって環となっていてもよく、R3及びR4は同一又は異なっていてもよく、水素原子又はメトキシ基を示す。R1及びR2は同一であることが好ましい。炭素数1から10のアルコキシ基の具体例としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基などが挙げられ、メトキシ基又はエトキシ基が好ましい。また、R1及びR2が、R1及びR2が結合する炭素原子と一緒になって環となっている場合の環としては、1,3−ジオキソラン−2−イル基、または4−メチル−1,3−ジオキソラン−2−イル基などが挙げられる。
【0020】
4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体として好ましくは、4−(2,2−ジメトキシエチル)フェノール、4−(2,2−ジメトキシエチル)−2−メトキシフェノール、4−(2,2−ジメトキシエチル)−2,6−ジメトキシフェノール、4(2,2−ジエトキシエチル)フェノール、4−(2,2−ジエトキシエチル)−2−メトキシフェノール、及び4−(2,2−ジエトキシエチル)−2,6−ジメトキシフェノールが挙げられる。
【0021】
本発明において用いられる炭化水素は、炭素数が6〜10の炭化水素であることが好ましく、具体例としては、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、クロルベンゼン、ジクロルベンゼン、ガソリン、石油エーテル、石油ナフサ、石油ベンジン、ミネラルスピリット、リモネンが挙げられる。回収・再利用にエネルギーがかからず容易な事から、沸点は150℃以下が好ましい。また、本発明により得られる低分子リグニンの溶解性が良いことから芳香族炭化水素が好ましく、中でもトルエン、キシレンが最も好ましい。
【0022】
本発明において用いられるアルコールは、炭素数が10以下のアルコールが好ましく、具体例としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、1−ブタノール、2−ブタノール、イソブチルアルコール、イソペンチルアルコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、シクロヘキサノール、メチルシクロヘキサノール、エチレングリコール、プロピレングリコールが挙げられる。中でも4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体が安定に得られるメタノール及びエタノールが好ましい。
【0023】
本発明において用いられる混合溶媒中における炭化水素とアルコールの体積比は19:1〜1:19であることが好ましい。アルコールの比率を高くすると、低分子リグニン中の4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体の比率は上がるが、高すぎる場合低分子リグニンの収率が低下する。またアルコールの比率を低くすると、バイオマス中に存在しているセルロースの分解により不純物が増加する。本発明においては、炭化水素及びアルコールの体積比は13:2〜11:4が好ましい。
【0024】
本発明において用いられる酸触媒としては、ブレンステッド酸、ルイス酸が挙げられる。ブレンステッド酸としては硫酸、塩酸、硝酸、メタンスルホン酸等であり、ルイス酸としては三フッ化ホウ素、塩化亜鉛、四塩化錫、三塩化鉄、塩化アルミニウム等が挙げられる。このうち、硫酸、メタンスルホン酸、塩化アルミニウムが好ましく、4−(2,2ジアルコキシエチル)フェノール誘導体の収率が最も高い硫酸が最も好ましい。
【0025】
本発明において用いられる酸触媒の使用量は、少なすぎると反応が進行しにくく、また多すぎると反応後の除去が困難である理由から、使用する溶媒に対し0.01質量%〜5質量%で、好ましくは0.05質量%〜2質量%である。
【0026】
本発明の低分子リグニンの製造法は以下の工程を含む。
(1)リグニンを含有するバイオマスまたはバイオマスから分離したリグニンを炭化水素及びアルコールの混合溶媒に懸濁する。
(2)酸触媒を加え、加熱する。
(4)反応溶液に水を加えろ過する。
(5)溶媒を水層と分離する。
(6)溶媒を溜去し低分子リグニンを得る。
【0027】
リグニンを含有するバイオマスまたはバイオマスから分離したリグニンを炭化水素及びアルコールの混合溶媒に懸濁する場合、リグニンを含有するバイオマスまたはバイオマスから分離したリグニンにあらかじめ調製しておいた炭化水素及びアルコールの混合溶媒を添加することでも、あらかじめ調製しておいた炭化水素及びアルコールの混合溶媒にリグニンを含有するバイオマスまたはバイオマスから分離したリグニンを添加することでもよい。また、リグニンを含有するバイオマスまたはバイオマスから分離したリグニンに芳香族炭化水素又はアルコールのいずれかを添加し、懸濁した後、もう一方を添加し、さらに懸濁することでもよい。懸濁する際の温度は通常10〜50℃であるが、諸条件に応じて適宜変更してよい。
【0028】
リグニンを含む炭化水素及びアルコールの混合溶媒に酸触媒を加える場合は、酸触媒を直接加えても、炭化水素もしくはアルコール、炭化水素及びアルコールの混合溶媒のいずれかに溶解し加えてもよい。炭化水素もしくはアルコール、炭化水素及びアルコールの混合溶媒のいずれかに溶解し加える場合は炭化水素及びアルコールの混合溶媒の混合比が好ましい範囲となるようにする。酸触媒が炭化水素及びアルコールの混合溶媒に十分に溶解しない場合は懸濁させて反応を行っても良い。酸触媒を加える温度は10〜50℃であるがこれにこだわらない。
【0029】
本発明の加熱工程の温度は、低分子リグニンが製造できる限り特に限定されないが、100℃〜200℃であることが好ましい。温度が高すぎるとバイオマス中に存在しているセルロースの分解により、「MMF」、「levoglucosenone」及び「levlic acid methyl ester」などの不純物が増加し、温度が低すぎると低分子化反応が十分に進行しないため、好ましくは120℃〜180℃であり、さらに好ましくは130℃〜150℃である。
【0030】
加熱方法に特段の限定はない。反応液の容量等に応じて適宜選択できる。例えば反応液の入った容器をウォーターバス、オイルバス等公知の加熱装置で加熱するほか、マイクロ波の照射により加熱してもよい。
【0031】
加熱時間は、低分子リグニンが製造できる限り特に限定されないが、加熱時間は短すぎると低分子化反応が十分に進行しないので、5分〜60分であることが好ましく、10分〜60分がより好ましく、10分〜40分がさらに好ましい。
【0032】
加熱後、反応溶液を室温まで冷却し、通常行われる濾過・溶媒除去を行い、低分子リグニンを精製する。精製手法に特段の限定はない。なお、濾過の際、酸触媒を取り除くために水を加える。水を加えて濾過する温度は10℃〜50℃である。50℃より温度が高いと得られた低分子リグニンが分解する。
【0033】
水層と分離する温度は10℃〜50℃である。酸触媒の除去が十分でない場合はさらに水を加え洗浄する。必要に応じて水層から有機溶媒を用いて抽出しても良い。
【0034】
溶媒を溜去する場合は、使用する溶媒の沸点より高い温度で蒸発させ溜去する。高温にすると、リグニンの高分子化が進むので減圧下で行うのがよい。
【0035】
本発明の低分子化法ではリグニンモノマーである4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体、特に
4−(2,2−ジメトキシエチル)フェノール、4−(2,2−ジメトキシエチル)−2−メトキシフェノール、4−(2,2−ジメトキシエチル)−2,6−ジメトキシフェノール、4−(2,2−ジエトキシエチル)フェノール、4−(2,2−ジエトキシエチル)−2−メトキシフェノール、及び4−(2,2−ジエトキシエチル)−2,6−ジメトキシフェノールを選択的に得ることができる。
【0036】
また、本発明の低分子化法においては、1−(4−ヒドロキシフェニル)−1−アルコキシプロパ−2−オン誘導体、例えば1−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オン、1−(4−ヒドロキシ−3,5−ジメトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オンが含まれる。
なお、1−(4−ヒドロキシフェニル)−1−アルコキシプロパ−2−オン誘導体は下記式2で表される化合物である。
【0037】
【化2】
【0038】
式2中、R5は炭素数1から10のアルコキシ基を示し、R6及びR7は同一又は異なっていてもよく、水素もしくはメトキシ基を示す。炭素数1から10のアルコキシ基としてはメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基などが挙げられる。
【0039】
4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体を選択的に得たい場合は、混合比が炭化水素:アルコール=19:1〜1:19、好ましくは13:2〜11:4の炭化水素及びアルコールの混合溶媒に原料を投入し、酸を原料の0.5質量%〜2質量%添加して、130℃〜150℃にて加熱する。加熱後、反応液を精製し、低分子化リグニンを得る。リグニンを含有するバイオマスとして木紛を使用した場合、好ましくは、木紛1g当たり10mg以上の4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体を製造することができる。
【0040】
本発明の分解方法により得られた低分子化リグニン及び4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体は化学工業製品の原料として利用される。
【実施例】
【0041】
次に、実施例により本発明を更に詳細に説明する。以下の実施例においてマイクロ波合成装置はBiotage社のInitiator +を用いた。なお、本発明は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0042】
実施例1及び比較例1
木粉(スギ、1.5φ)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、トルエン(一級、純正化学株式会社)を表1に記載量加えた。メタノールで100倍に希釈した硫酸(特級、純正化学株式会社)を0.67mL、メタノール(一級、純正化学株式会社)を表1に記載量加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、反応温度140℃で20分間加熱した。反応溶液の温度が室温まで下がった後に、水(10mL)を加え、桐山漏斗でろ過を行った。水層をトルエン(10mL)で3回抽出し、有機層を塩水で洗浄し、硫酸マグネシウムで脱水した後に、ろ過を行い、エバポレーター(60℃、水浴)で溶媒を除去した。減圧乾燥を行い、リグニン分解物の収量を求めた。
リグニン分解物の濃縮物をTHF溶媒によるゲル浸透クロマトグラフ(GPC)にて、分子量分布を測定した。得られたリグニン分解物を重クロロホルムに溶かし、内部標準として1,1,2,2−テトラクロロエチレンを用い、得られたリグニン分解物の1H NMRを測定した。1H NMRスペクトルに基づき、得られたリグニン分解物のうち、4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体のリグニンモノマーである(4−(2,2−dimethoxyethyl)−2−methoxyphenol、並びにセルロース成分の分解物であるMMF、Levoglucosenone、及びLevulinic acid methyl esterの収量を算出した。リグニンオリゴマー(Lignin Oligomer)の収量は、全体の回収量から、算出したリグニンモノマー各成分の収量を引いたものである。また、収量が少なく、図には明示していないが、1−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オンも検出された。収量を図1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体の収量は炭化水素とアルコールの混合溶媒のうち、アルコールの比率の増加に伴い、低下した。炭化水素の比率が高くなるにつれ、4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体の収量が下がり、他のセルロース成分の分解物の収量が増えた。また、炭化水素が用いられない場合、全体の収量が減った。また、炭化水素が用いられない場合、全体の収量が減った。
【0045】
実施例2
木粉(スギ、1.5φ)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、トルエンを13mL加えた。さらにメタノールで100倍に希釈した硫酸を0.67mL、メタノールを1.33mL加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、反応温度140℃で表2に記載の時間加熱した。そのほかは実施例1と同様に行った。収量を図2に示す。収量が少なく、図には明示していないが、1−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オンも検出された。
【0046】
【表2】
【0047】
加熱時間が長くなることにより、若干、全体の収量が増加し、及びMMFの収量が増加した。
【0048】
実施例3
木粉(スギ、1.5φ)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、トルエンを13mL加えた。さらにメタノールで100倍に希釈した硫酸を0.67mL、メタノールを1.33mL加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、表3に記載の反応温度で10分加熱した。そのほかは実施例1と同様に行った。収量を図3に示す。収量が少なく、図には明示していないが、1−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オンも検出された。
【0049】
【表3】
【0050】
高温になるにつれて全体の収量が増加したが、セルロース分解物の収量も増加した。温度が低いとセルロース分解物は生成しないが、全体の収量が減った。
【0051】
比較例2
木粉(スギ、1.5φ)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、水を表4記載量加えた。さらにメタノールで100倍に希釈した硫酸を0.67mL、メタノールを表4記載量加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、反応温度140℃で20分間加熱した。反応溶液の温度が室温まで下がった後に、トルエン(10mL)を加え、桐山漏斗でろ過を行った。ろ液をトルエンで3回抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄後、硫酸マグネシウムで脱水した。そのほかは実施例1と同様に行った。収量を図4に示す。
【0052】
【表4】
【0053】
炭化水素を用いず、水を用いる場合、4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体は得られないことがわかる。また、炭化水素を用いる場合(実施例1〜3)、4(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体が選択的に得られることがわかる。
【0054】
実施例4
表5記載の原料(乾燥)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、トルエンを12mL、メタノールで100倍に希釈した硫酸を0.67mL、メタノールを2.3mL加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、反応温度140℃で20分間加熱した。そのほかは実施例1と同様に行った。収量を図5に示す。実施例4−2、及び4−4では、4−(2,2−ジメトキシエチル)−2−メトキシフェノールに加え、4−(2,2−ジメトキシエチル)−2,6−ジメトキシフェノールが得られ、実施例1と同様に1H NMRスペクトルに基づき収量を算出した。実施例4−2では、収量が少なく、図には明示していないが、1−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オン、1−(4−ヒドロキシ−3,5−ジメトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オンも検出された。また、実施例4−3では、4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体として4−(2,2−ジメトキシエチル)フェノール、4−(2,2−ジメトキシエチル)−2メトキシフェノール、及び4−(2,2−ジメトキシエチル)−2,6−ジメトキシフェノールの3種類が混合物として得られ、NMRでの化合物ごとの収量の算出が困難であったため、図5には記載していない。
【0055】
【表5】
【0056】
スギやユーカリ由来のリグニンの分解により4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体が得られた。なお、ユーカリからは4−(2,2−ジメトキシエチル)−2,6−ジメトキシフェノールが効率よく得られた。
【0057】
実施例5
木粉(スギ、1.5φ)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、表7記載の炭化水素を12mL加えた。表7記載のアルコールで100倍に希釈した硫酸を0.67mL、表7記載のアルコール(一級、純正化学株式会社)を2.3mL加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、反応温度140℃で20分間加熱した。そのほかは実施例1と同様に行った。エタノールを用いた場合は4−(2,2−ジエトキシエチル)−2−メトキシフェノールが得られるが、実施例1と同様に1H NMRスペクトルに基づき収量を算出した。収量を図6に示す。収量が少なく、図には明示していないが、1−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オンも検出された。
【0058】
【表6】
【0059】
以上の結果から、炭化水素とアルコールの種類にかかわらず、4−(2,2−ジアルコキシエチル)フェノール誘導体が得られることがわかる。なお、エタノールを用いた場合は4−(2,2−ジエトキシエチル)−2−メトキシフェノールが効率よく得られた。
【0060】
実施例6
木粉(スギ又、1.5φ)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、トルエンを12mL加えた。表8に記載の酸を10mg、メタノールを3mL加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、反応温度140℃で20分間加熱した。そのほかは実施例1と同様に行った。収量を図7に示す。収量が少なく、図には明示していないが、1−(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェニル)−1−メトキシプロパ−2−オンも検出された。
【0061】
【表7】
【0062】
以上の結果から、硫酸が本発明においては最も効率のよいリグニン分解の触媒であり、他の酸、メタンスルホン酸やルイス酸である三塩化アルミニウムも触媒として有用であることがわかる。
【0063】
実施例7
木粉(スギ、1.5φ)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、トルエンを13mL加えた。メタノールで100倍に希釈した硫酸を0.67mL、メタノール(一級、純正化学株式会社)を1.33mL加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、反応温度170℃で10分間加熱した。そのほかは実施例1と同様に行った。得られたリグニン分解物を重クロロホルムに溶かし、内部標準として1,1,2,2−テトラクロロエチレンを用い、得られたリグニン分解物の1H NMRを測定した。1H NMRスペクトルに基づき、1H NMRチャートを図8に示す。
【0064】
NMR data
・1,1,2,2,-テトラクロロエタン
5.94 ppm (2H, s, CHCl2)
・4-(2,2-ジメトキシエチル)-2-メトキシフェノール
2.78 ppm (1H, d, J = 5.6 Hz, CH(OMe)2)
・MMF
9.56 ppm (2H, s, CHO)
・Levoglucosenone
4.96 ppm (1H, t, J = 4.0 Hz, -CH=CHCH)
・Levlic acid methyl ester
2.53 ppm (2H, t, J =6.4 Hz, CH2)
【0065】
実施例8
木粉(スギ又はユーカリ、1.5φ)をマイクロ波反応容器に1g量りとり、トルエンを12mL加えた。メタノールで100倍に希釈した硫酸を0.67mL、メタノール(一級、純正化学株式会社)を1.33mL加えた。反応容器にキャップを取り付け、マイクロ波合成装置にセットした。マイクロ波を照射し、反応温度140℃で20分間加熱した。そのほかは実施例1と同様に行った。得られたリグニン分解物の濃縮物をTHF溶媒によるゲル浸透クロマトグラフ(GPC)にて、分子量分布を測定した。
【0066】
GPC data
Column: TSKgel SuperMultiporeHZ-M×3 (4.6 mmI.D. × 15 cm × 3)
Mobile Phase: THF
Flow Rate :0.35 ml/min
Column Tmperature: 40℃
Sample Concentlation : ca. 2 mg/ml THF
Detection: RI
Standard : Shodex STANDARD (s-0.5, SM-105)
スギ:Mn=380、Mw=530
ユーカリ:Mn=442、Mw=671(Mn:数平均分子量、Mw:重量平均分子量)
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明のリグニンの低分子化法はリグニンの化学工業製品の原料としての利用を推進し、資源循環に寄与するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8