特許第6402541号(P6402541)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6402541
(24)【登録日】2018年9月21日
(45)【発行日】2018年10月10日
(54)【発明の名称】異常診断装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G05B 23/02 20060101AFI20181001BHJP
【FI】
   G05B23/02 302S
【請求項の数】4
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-171561(P2014-171561)
(22)【出願日】2014年8月26日
(65)【公開番号】特開2016-45861(P2016-45861A)
(43)【公開日】2016年4月4日
【審査請求日】2017年3月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100096091
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 誠一
(72)【発明者】
【氏名】田川 貴章
【審査官】 黒田 暁子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−288625(JP,A)
【文献】 特開平04−363705(JP,A)
【文献】 櫻田 麻由, 矢入 健久,"オートエンコーダを用いた次元削減による宇宙機の異常検知",人工知能学会全国大会論文集,2014年 5月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の信号の時系列データに基づいてシステムの異常を診断する異常診断装置であって、
正常であることが既知の基準データを取得し、前記基準データにノイズを添加し、denoising auto encoderによって、任意のデータを入力すると再構成データを出力する前記システムの監視モデルを学習する監視モデル学習手段と、
異常診断の評価対象となる評価データを取得し、前記評価データを前記監視モデルに入力して前記再構成データを算出し、前記評価データと前記再構成データとの差である再構成誤差を算出する再構成誤差算出手段と、
前記再構成誤差に基づいて、前記基準データに対する前記評価データの新規性の度合いを示す新規度を算出する新規度算出手段と、
を具備し、
前記denoising auto encoderは、前記システムの事前知識である各信号間の重要度の値で前記ノイズの除去の度合が制御されることを特徴とする異常診断装置。
【請求項2】
前記重要度及び前記再構成誤差に基づいて要因解析を行い、前記新規性の原因候補となる信号の組を抽出する新規性原因提示手段、
を更に具備することを特徴とする請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項3】
コンピュータを、複数の信号の時系列データに基づいてシステムの異常を診断する異常診断装置として機能させるためのプログラムであって、
正常であることが既知の基準データを取得し、前記基準データにノイズを添加し、denoising auto encoderによって、任意のデータを入力すると再構成データを出力する前記システムの監視モデルを学習する監視モデル学習手段と、
異常診断の評価対象となる評価データを取得し、前記評価データを前記監視モデルに入力して前記再構成データを算出し、前記評価データと前記再構成データとの差である再構成誤差を算出する再構成誤差算出手段と、
前記再構成誤差に基づいて、前記基準データに対する前記評価データの新規性の度合いを示す新規度を算出する新規度算出手段と、
を具備する異常診断装置として機能させ
前記denoising auto encoderは、前記システムの事前知識である各信号間の重要度の値で前記ノイズの除去の度合が制御されることを特徴とするプログラム。
【請求項4】
コンピュータを、
前記重要度及び前記再構成誤差に基づいて要因解析を行い、前記新規性の原因候補となる信号の組を抽出する新規性原因提示手段、
を更に具備する異常診断装置として機能させることを特徴とする請求項3に記載のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、システムの異常を診断する異常診断装置等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、車両に搭載される車載システムは、大規模化、複雑化の傾向にある。車載システムでは、複数のECU(「Electronic Control Unit」の略)が、CAN(「Controller
Area Network」の略)等の車載ネットワークを介して互いにデータの送受信を行い、協調して動作を行っている。このような車載システムでは、車両の動作データ(以下、「車両データ」と省略する。)を時系列データとして保存しておき、車両の異常診断に利用している。
【0003】
システムの異常診断を行う技術の一例として、例えば、特許文献1には、プロセスを測定するセンサに発生する故障を検出し、識別し、分類するための装置等が開示されている。特許文献1によれば、プロセスの標準モデルを取得し、標準モデルから残差を計算し、既知故障に関する事前知識に基づいて故障の発生する方向を示す故障ベクトルを設定し、特定の故障ベクトルのみの感度を最大化する変換を残差ベクトルに行うことによって、故障検知や識別性能を向上させる。
【0004】
特許文献2には、製品の製造における品質への影響要因を解析する方法が開示されている。特許文献2によれば、製品の製造における種々の条件を示す互いに相関があるN種類の条件データを、互いに無相関なN>PであるP種類の成分へ変換し、正常及び異常データの両方を含む教師データに基づいてP種類の成分の夫々の品質への影響を示すP個の影響指標を多変量解析により計算し、P個の影響指標を、N種類の条件データの夫々の品質への影響を示すN個の影響データへ変換し、この解析結果を利用して品質の予測および制御を行う。
【0005】
特許文献3には、動力設備などの複数の設備を遠隔監視するシステムが開示されている。特許文献3によれば、主成分分析を用いて正常データのモデル化を行い、テストデータと学習したモデルデータとの差異に基づいて異常を検出し、既知故障に対して発生する前記差異において、各データ系列のずれを故障モデルとして記憶し、テストデータにおいて異常を検出した際、その差異の傾向を基に故障モデルを用いて故障の種別を判別する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−198213号公報
【特許文献2】特開2005−242818号公報
【特許文献3】特開2005−149137号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜3の技術を車載システム等の異常診断に適用する場合、以下に示す技術的な課題が存在する。
【0008】
特許文献1に記載の技術によれば、既知故障に関する事前知識に基づいて故障ベクトルを設定する。しかし、特許文献1に記載の技術では、既知故障の検出しか行うことができず、未知故障には対応できない。
【0009】
特許文献2に記載の技術によれば、正常及び異常データの両方を含む教師データに基づいて影響指標を計算する必要がある。しかし、現実のシステムでは、異常データと判断されるべき全てのパターンを事前に得ることはできず、未知故障には対応できない。
【0010】
特許文献3に記載の技術によれば、主成分分析で得たモデルを用いている。しかし、主成分分析で得たモデルは各異常現象に即したものではないため、ノイズが入り易い。そのため、特に要因解析によって真の原因を解析する際、ノイズの影響を受けて精度が不十分となる。
【0011】
本発明は、前述した問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とすることは、未知故障の検出や要因解析を精度良く行うことができる異常診断装置等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前述した目的を達成するための第1の発明は、複数の信号の時系列データに基づいてシステムの異常を診断する異常診断装置であって、正常であることが既知の基準データを取得し、前記基準データにノイズを添加し、denoising auto encoderによって、任意のデータを入力すると再構成データを出力する前記システムの監視モデルを学習する監視モデル学習手段と、異常診断の評価対象となる評価データを取得し、前記評価データを前記監視モデルに入力して前記再構成データを算出し、前記評価データと前記再構成データとの差である再構成誤差を算出する再構成誤差算出手段と、前記再構成誤差に基づいて、前記基準データに対する前記評価データの新規性の度合いを示す新規度を算出する新規度算出手段と、を具備し、前記denoising auto encoderは、前記システムの事前知識である各信号間の重要度の値で前記ノイズの除去の度合が制御されることを特徴とする異常診断装置である。第1の発明によって、未知故障の検出を精度良く行うことができる。
【0013】
例えば、第1の発明は、前記重要度及び前記再構成誤差に基づいて要因解析を行い、前記新規性の原因候補となる信号の組を抽出する新規性原因提示手段、を更に具備する。
【0014】
第2の発明は、コンピュータを、複数の信号の時系列データに基づいてシステムの異常を診断する異常診断装置として機能させるためのプログラムであって、正常であることが既知の基準データを取得し、前記基準データにノイズを添加し、denoising auto encoderによって、任意のデータを入力すると再構成データを出力する前記システムの監視モデルを学習する監視モデル学習手段と、異常診断の評価対象となる評価データを取得し、前記評価データを前記監視モデルに入力して前記再構成データを算出し、前記評価データと前記再構成データとの差である再構成誤差を算出する再構成誤差算出手段と、前記再構成誤差に基づいて、前記基準データに対する前記評価データの新規性の度合いを示す新規度を算出する新規度算出手段と、を具備する異常診断装置として機能させ、前記denoising auto encoderは、前記システムの事前知識である各信号間の重要度の値で前記ノイズの除去の度合が制御されることを特徴とするプログラムである。
【0015】
例えば、第2の発明は、コンピュータを、前記重要度及び前記再構成誤差に基づいて要因解析を行い、前記新規性の原因候補となる信号の組を抽出する新規性原因提示手段、を更に具備する異常診断装置として機能させる。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、未知故障の検出や要因解析を精度良く行うことができる異常診断装置等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】異常診断システムの概要を示す図
図2】異常診断装置のハードウエア構成図
図3】基準データ学習処理の流れを示すフローチャート
図4】評価データ診断処理の流れを示すフローチャート
図5】システムの事前知識の一例を説明する図
図6】拡張した「denoising auto encoder」に与えられる制約を説明する図
図7】拡張した「denoising auto encoder」による監視モデルの学習を説明する図
図8】再構成誤差と新規度を説明する図
図9】再構成誤差に基づく要因解析を説明する図
図10】データ群に対する要因解析を説明する図
図11】解析例で用いた車両データを説明する図
図12】解析例で用いた重要度行列を説明する図
図13】AUCによる異常検出性能の比較結果を示す図
図14】本発明による要因解析結果を示す図
図15】比較例2による要因解析結果を示す図
図16】比較例3による要因解析結果を示す図
図17】比較例4による要因解析結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下図面に基づいて、本発明の実施形態を詳細に説明する。本発明の実施形態では、診断対象のシステムとして車載電子制御システムを例に説明する。但し、本発明は、前述の課題を有するシステムに適用すれば、本発明の実施形態と同様の効果を奏するものである。
【0019】
図1は、異常診断システムの概要を示す図である。図1に示すように、異常診断システム1は、異常診断装置2と車両3とから構成される。車両3には、異常診断対象となる車載電子制御システム4が搭載される。車載電子制御システム4には、データロガー装置5が設けられる。
【0020】
車載電子制御システム4は、複数の実行パスが並行して動作する制御システムである。車載電子制御システム4では、複数のECUが並行動作したり、単一のECUが複数の変数の値を同時に出力したりする。
【0021】
データロガー装置5は、車両3の動作データ(車両データ)を記録する。データロガー装置5は、無線又は有線の通信手段によって、車両データを異常診断装置2に送信する。
【0022】
異常診断装置2は、データロガー装置5から送信される車両データに基づいて、車載電子制御システム4の異常を診断する。異常診断装置2は、後述するように、基準データ学習処理(図3参照)と評価データ診断処理(図4参照)を実行する。
【0023】
尚、図1では、単一の車両3のみを図示したが、異常診断システム1には、複数の車両3を含めても良い。例えば、異常診断装置2は、同一の制御プログラムに従う車載電子制御システム4を同一の評価対象とし、複数のデータロガー装置5から複数の車両データを受信しても良い。
【0024】
また、図1では、単一の異常診断装置2のみを図示したが、基準データ学習処理と評価データ診断処理を別々のコンピュータが実行しても良い。すなわち、異常診断装置2は、複数のコンピュータから構成されても良い。
【0025】
図2は、異常診断装置のハードウエア構成図である。尚、図2のハードウエア構成は一例であり、用途、目的に応じて様々な構成を採ることが可能である。図2に示すように、異常診断装置2は、制御部11、記憶部12、メディア入出力部13、通信制御部14、入力部15、表示部16、周辺機器I/F部17等が、バス18を介して接続される。
【0026】
制御部11は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等によって構成される。CPUは、記憶部12、ROM、記録媒体等に格納されるプログラムをRAM上のワークメモリ領域に呼び出して実行し、バス18を介して接続された各装置を駆動制御し、異常診断装置2が行う後述する処理を実現する。ROMは、不揮発性メモリであり、コンピュータのブートプログラムやBIOS等のプログラム、データ等を恒久的に保持している。RAMは、揮発性メモリであり、記憶部12、ROM、記録媒体等からロードしたプログラム、データ等を一時的に保持するとともに、制御部11が各種処理を行う為に使用するワークエリアを備える。
【0027】
記憶部12は、HDD(Hard Disk Drive)等であり、制御部11が実行するプログラム、プログラム実行に必要なデータ、OS(Operating System)等が格納される。プログラムに関しては、OSに相当する制御プログラムや、後述する処理をコンピュータに実行させるためのアプリケーションプログラムが格納されている。これらの各プログラムコードは、制御部11により必要に応じて読み出されてRAMに移され、CPUに読み出されて各種の手段として実行される。
【0028】
メディア入出力部13(ドライブ装置)は、データの入出力を行い、例えば、CDドライブ(−ROM、−R、−RW等)、DVDドライブ(−ROM、−R、−RW等)等のメディア入出力装置を有する。通信制御部14は、通信制御装置、通信ポート等を有し、コンピュータとネットワーク間の通信を媒介する通信インタフェースであり、ネットワークを介して、他のコンピュータ間との通信制御を行う。ネットワークは、有線、無線を問わない。
【0029】
入力部15は、データの入力を行い、例えば、キーボード、マウス等のポインティングデバイス、テンキー等の入力装置を有する。入力部15を介して、コンピュータに対して、操作指示、動作指示、データ入力等を行うことができる。表示部16は、液晶パネル等のディスプレイ装置、ディスプレイ装置と連携してコンピュータのビデオ機能を実現するための論理回路等(ビデオアダプタ等)を有する。尚、入力部15及び表示部16は、タッチパネルディスプレイのように、一体となっていても良い。
【0030】
周辺機器I/F(Interface)部17は、コンピュータに周辺機器を接続させるためのポートであり、周辺機器I/F部17を介してコンピュータは周辺機器とのデータの送受信を行う。周辺機器I/F部17は、USB(Universal Serial Bus)やIEEE1394やRS−232C等によって構成されており、通常複数の周辺機器I/Fを有する。周辺機器との接続形態は有線、無線を問わない。バス18は、各装置間の制御信号、データ信号等の授受を媒介する経路である。
【0031】
図3は、基準データ学習処理の流れを示すフローチャートである。図3に示すように、異常診断装置2の制御部11は、データロガー装置5から車両データを入力し、正常である事が既知の基準データ(教師データ)を取得する(ステップS1)。車両データは、複数の信号(「多系列」、「多変数」、「多変量」とも言う。)の時系列データである。
【0032】
次に、制御部11は、ステップS1において取得された基準データを、平均0、分散1となるように各信号を標準化する(ステップS2)。制御部11は、このときに得られる標準化された基準データとともに、標準化に用いた基準データの平均および標準偏差の値も記憶部12に記憶する。
【0033】
次に、制御部11は、システムの事前知識を取得する(ステップS3)。システムの事前知識は、例えば、各信号間の重要度である。システムの事前知識は、予めユーザが記憶部12に記憶させても良いし、制御部11が予め統計的手法によって算出し、記憶部12に記憶させても良い。システムの事前知識を算出するための統計的手法としては、例えば、共分散構造分析やスパース構造学習等が挙げられる。
【0034】
各信号間の重要度として、各信号間の依存関係の強さを用いる場合、記憶部12には、各信号間の依存関係を数値で表した行列情報を記憶させておく。例えば、信号数がM個(Mは自然数)の場合、この行列情報はM×Mの行列で表され、i行j列の要素はそれぞれi番目、j番目の信号間における依存関係の強さを示す値を表している。例えば、各値は、0〜1の値を取り、0は無依存、1は強依存を意味する。
【0035】
図5は、システムの事前知識の一例を説明する図である。図5に示す例では、信号が{а、b、c、d}の4つである。f()、f()、f()は関数である。f()は、信号aを入力し、信号bを出力する。f()は、信号bを入力し、信号cを出力する。f()は、信号a及び信号cを入力し、信号dを出力する。このようなシステムにおいて、例えば、信号bと信号dの関係が多少崩れても大きな問題はないが、信号aと信号bの関係が崩れたら問題がある、といったことが事前知識として既知であるとする。ユーザは、こういった事前知識に基づいて、行列情報の値を設定する。図5に示す例では、例えば、信号aと信号bの依存関係を示す値が1、信号bと信号dの依存関係を示す値が0となっている。
【0036】
図3の説明に戻る。次に、制御部11は、システムの事前知識を制約とし、統計的手法を用いて、標準化された基準データが分布する主要な空間を監視モデルとして学習する(ステップS4)。監視モデルは、例えば、任意のデータを入力すると、システムの事前知識を考慮したデータを再構成データとして出力するものである。本発明の実施の形態では、監視モデルを学習するための統計的手法として、ニューラルネットワークの1つである「denoising auto encoder」を拡張し事前知識を導入可能にしたモデルを用いる。但し、任意のデータを入力すると、システムの事前知識を考慮したデータを再構成データとして出力する監視モデルが構築可能な統計的手法であれば、他のニューラルネットワークの手法を用いても良いし、種々の機械学習手法や、遺伝的アルゴリズム等の進化的計算手法を用いても良い。
【0037】
ここで、「denoising auto encoder」について説明する。通常の「auto encoder」(自己復号器)は、ニューラルネットワークの1つであり、「入力層と出力層のユニット数が同一」、「基準データ(教師データ)として入力そのものを与える」という特徴がある。しかし、基準データにノイズがある場合、「auto encoder」では、ノイズに対しても過剰適合してしまう。本発明が想定する基準データはノイズを含むため、「auto encoder」によって学習される監視モデルでは精度良く異常診断を行うことができない。そこで、本発明の実施の形態では、「denoising auto encoder」を用いる。「denoising auto
encoder」の場合、基準データにノイズを添加し、ノイズ入りデータから、ノイズを入れる前のデータを復元することが可能な監視モデルを学習することができる。従って、異常診断においてノイズの影響を低減することができる。
【0038】
「denoising auto encoder」による監視モデルの学習は、具体的には、下記に示す目的関数J(θ)を最小化するモデルパラメータθを求めることを意味する。但し、Pはデータ数(サンプル数)である。
【0039】
【数1】
【0040】
特徴空間を表現する関数として、非線形関数であるシグモイド関数を用いることによって、監視モデルの表現力を向上させることができる。
【0041】
本発明の実施の形態では、特に、重要度が高い信号間の関係が重点的に学習されるための制約が与えられる拡張した「denoising auto encoder」によって監視モデルを学習する。すなわち、重要度が低い信号間の関係はあまり学習されず、重要度が高い信号間の関係は重点的に学習される。このように学習される監視モデルは、重要ではない信号間の関係に対して過剰適合することがなくなり、精度良く異常診断を行うことができる。
【0042】
図6は、拡張した「denoising auto encoder」に与えられる制約を説明する図である。例えば、信号aと信号bの依存関係を示す値が1、信号bと信号dの依存関係を示す値が0とする。「denoising auto encoder」に与えられる制約は、依存関係が強い信号間、すなわち注目したい信号間についてはノイズを除去し、依存関係が無い信号間、すなわち無視したい信号間についてはノイズを除去しない、というものである。これによって、注目したい信号間では、元データと再構成データとの間で再構成誤差が発生する。一方、無視したい信号間では、元データと再構成データとの間で再構成誤差が発生しない。
【0043】
ここで、拡張した「denoising auto encoder」に与えられる制約をi番目の信号とj番目の信号との間の重要度αij(αij=αji)で一般化し、式(1)の目的関数J(θ)を定式化すると、次式のようになる。
【0044】
【数2】
【0045】
αij=1の場合、式(3)の再構成誤差eijは、eij=xr,i−xとなるから、再構成データと元データとの差分に等しくなり、再構成誤差が発生する。一方、αij=0の場合、式(3)の再構成誤差eijは、eij=xr,i−xn,iとなるから、再構成データとノイズ添加データとの差分に等しくなり、再構成誤差が発生しない。このように、目的関数J(θ)を式(2)で定式化することによって、重要度αijの値で、ノイズ除去の度合を信号間ごとに制御することができる。
【0046】
図7は、拡張した「denoising auto encoder」による監視モデルの学習を説明する図である。制御部11は、元データxとして、ステップS2において標準化された基準データを入力する。次に、制御部11は、元データxにノイズを添加して、ノイズ添加データxとする。そして、制御部11は、元データxと再構成データxとの間の正則化誤差が最小となるモデルパラメータθを算出する。ここで、ノイズ添加データxと再構成データxは、特徴空間h(非線形変換h)と線形変換xによって関係付けられる。また、前述の通り、重要度αijの値によって信号間ごとの再構成誤差が制御される。これによって、重要ではない信号間のノイズの影響を低減することができ、頑健な監視モデルを得ることができる。
【0047】
図4は、評価データ診断処理の流れを示すフローチャートである。図4に示すように、異常診断装置2の制御部11は、データロガー装置5から車両データを入力し、異常診断の評価対象となる評価データを取得する(ステップS11)。評価データは、正常又は異常のいずれであるかが未知である。
【0048】
次に、制御部11は、ステップS2における標準化に用いた基準データの平均および標準偏差の値を用いて、ステップS11において取得された評価データの各信号を標準化する(ステップS12)。
【0049】
次に、制御部11は、ステップS12によって標準化された評価データを、ステップS4によって得られた監視モデルに入力し、システムの事前知識が考慮された再構成データを算出する(ステップS13)。すなわち、制御部11は、ステップS4において求められたモデルパラメータθの値で定式化された線形変換xに対して、ステップS12によって標準化された評価データをノイズ添加データxとして代入し、再構成データxを得る。
【0050】
次に、制御部11は、ステップS12によって標準化された評価データと、ステップS4によって得られた監視モデルから導かれるデータとの特徴の違いの度合を示す再構成誤差を算出する(ステップS14)。例えば、制御部11は、評価データと、ステップS13によって算出された再構成データとの差に基づいて再構成誤差を算出する。
【0051】
より具体的には、制御部11は、次式によって再構成誤差を算出する。
【0052】
【数3】
【0053】
図8は、再構成誤差と新規度を説明する図である。図8に示すように、再構成誤差は、評価データと、監視モデルによって再構成される再構成データとの差の大きさを示している。評価データと再構成データとの差がなければ、その評価データは監視モデルを学習した基準データと同じ特徴を持っている、すなわち既知のデータ(新規性がないデータ)ということになり、評価データと再構成データとの差があれば、その評価データは監視モデルを学習した基準データと異なる特徴を持っている、すなわち未知のデータ(新規性があるデータ)ということになる。
【0054】
式(4)によって定式化される再構成誤差は、信号ごとに求まることに注意する。つまり、信号数をM個とすると、再構成誤差eはM個の要素から構成されe={e、e、・・・、e}で表される。ここでeはi番目の信号に関する再構成誤差e=x−xr,iを示す。制御部11は、全ての2つの信号の組合せに対して、式(4)の再構成誤差の二乗和を算出する。例えば、i、j番目の信号組に対してe^2+e^2(ここで、x^yはxのy乗を意味する。)で各2つの信号の組における再構成誤差の二乗和が求まる。全ての2つの信号の組合せの数は、=M(M−1)/2個となる。ここで、重要度αijを重み付けとし、各信号組合せの再構成誤差の二乗和に対して重要度αijを乗じた値を用いても良い。つまり、αij(e^2+e^2)を用いても良い。
【0055】
図4の説明に戻る。次に、評価データ全体の新規度を示す新規性指標を算出する(ステップS15)。例えば、制御部11は、各2つの信号の組における再構成誤差の二乗和を、全ての2つの信号の組について和をとった値を新規度とする。あるいは、式(4)によって求まる再構成誤差eの二乗和である||x−x||^2=||e||^2=e^2+e^2+・・・+e^2を新規性指標としても良い。
【0056】
ここで、本発明の実施の形態における新規度は、システムの異常の度合を示す異常度と同等の指標である。すなわち、本発明の実施の形態における基準データは正常である事が既知なので、新規度が高い評価データは正常データ(基準データ)と異なる特徴を持っていることになり、言い換えれば、異常度が高いことになる。
【0057】
次に、制御部11は、システムの事前知識及び再構成誤差に基づいて要因解析を行い、新規性の原因候補となる信号の組を抽出する(ステップS16)。
【0058】
図9は、再構成誤差に基づく要因解析を説明する図である。制御部11は、各信号の再構成誤差の絶対値を算出し、上位2信号を選択する。そして、制御部11は、上位2信号に関する正常(基準)データと評価データの散布図を表示部16に表示する。このように、最も違いが顕著な上位2信号に着目し、正常データとともに散布図に表示することによって、評価データにおける信号間の関係の崩れを可視化することができる。特に、散布図は要因解析の専門家でなくても理解し易く、説得力がある。
【0059】
図10は、データ群に対する要因解析を説明する図である。制御部11は、全ての2つの信号の組における再構成誤差の絶対値の平均を算出し、値が大きい上位2信号の組に関する正常(基準)データと評価データの散布図を表示部16に表示する。これによって、データ群に対して統計的な要因解析を実施し、分布レベルの変化を可視化することができる。
【0060】
以上の通り、異常診断装置2は、基準データを取得し、システムの事前知識に基づいて、システムの監視モデルを学習し(基準データ学習手段)、評価データを取得し、評価データと、監視モデルから導かれるデータとの特徴の違いの度合いを示す再構成誤差を算出し(再構成誤差算出手段)、再構成誤差に基づいて、評価データの新規性の度合いを示す新規度(異常度)を算出する(新規度算出手段)。これによって、未知故障の検出や要因解析を精度良く行うことができる。
【0061】
<解析例>
以下では、本発明の実施形態に係る異常診断装置2による解析例を説明する。本解析例では、解析用の車両データとして、制御モードが「Powerモード」と「Neutralモード」、走行環境が「直線道路」と「急な下り坂」、走行条件が「加減速パターンが通常」と「加減速パターンがゆっくり」といったパターンで走行された車両3に関する43個の信号の時系列データを、データロガー装置5から取得した。
【0062】
図11は、解析例で用いた車両データを説明する図である。異常診断装置2は、データ名が「Power」の車両データを基準データとし、図3に示す基準データ学習処理を実行した。また、異常診断装置2は、データ名が「Slow」、「DtoN」、「Down」の車両データを評価データ(模擬的な異常データ)とし、図4に示す評価データ診断処理を実行した。
【0063】
ユーザは、以下に示す事前知識に基づき、信号間の重要度を決定し、異常診断装置2の記憶部12に記憶させた。
(1)データ名が「Slow」・・・ドライバの加速度パターン、走行速度関連が変化する。
(2)データ名が「DtoN」・・・クラッチが切れることにより、ドライバの入力応答、エンジン、回生トルク関連が変化する。
(3)データ名が「Down」・・・急勾配による空燃比、ブレーキ応答、回生トルク関連が変化する。
【0064】
図12は、解析例で用いた重要度行列を説明する図である。図12(a)はデータ名が「Down」に用いた重要度行列、図12(b)はデータ名が「Slow」に用いた重要度行列、図12(c)はデータ名が「DtoN」に用いた重要度行列である。例えば、図12(a)に示す重要度行列は、信号26、信号28、信号31、信号32、信号34、信号36、信号37と、他の全ての信号との信号間について、重要度αijが1とし、それ以外は重要度αijが0となっている。異常診断装置2は、これらの重要度行列を制約とし、図3に示す基準データ学習処理を実行した。
【0065】
比較のために、本発明による解析例の他、以下の4つの比較例についても解析を行った。
(比較例1)OCSVM(One Class SVM)・・・新規性のあるデータを検出するために拡張されたSupport Vector Machineモデル
(比較例2)DAE(Denoising AutoEncorder)・・・通常のdenoising autoencorder
(比較例3)LOF(Local Outlier Factor)・・・k近傍法を基にした新規性のあるデータ検出するための手法
(比較例4)MPPCA(混合確率主成分分析)・・・主成分分析を非線形拡張したモデル
【0066】
公平性を保つため、比較例1のOCSVM、比較例3のLOF、比較例4のMPPCAは、異常と判明しているデータを用いて、AUC(Area Under the Reciever Operating Characteristic(ROC) Curve)を最大化するパラメータを採用した。ここで、AUCの値が大きい程、異常検出性能が高いことを意味する。一方、本発明及び比較例2のDAEでは、同じパラメータを採用しなかった。
【0067】
図13は、AUCによる異常検出性能の比較結果を示す図である。いずれのデータに対しても、本発明のAUCが最も大きく、本発明が最も良い性能であるという結果となった。
【0068】
図14図17は、それぞれ、本発明、比較例2、比較例3、比較例4による要因解析結果を示す図である。尚、比較例1のOCSVMは、要因解析を行う手法ではないため、解析結果は存在しない。
【0069】
いずれの手法においても、基準データとしてはデータ名が「Power」のデータ、評価データ(模擬的な異常データ)としてはデータ名が「Slow」のデータを用いた。データ名が「Slow」のデータが異常である真因は、ドライバ入力(アクセル開度、ストロークセンサ)に対する応答変化である。従って、アクセル開度、ストロークセンサに対する応答変化を捉えた手法が、正しい要因解析を行ったことになる。アクセル開度率を示す信号は信号11、ストロークセンサ1を示す信号は信号30、ストロークセンサ2を示す信号は信号31である。
【0070】
図14を参照すると、本発明の要因解析結果では、真因(信号11、信号30、信号31)に対する応答変化を可視化できており、正しい要因解析を行っていることが分かる。図15図16を参照すると、比較例2のDAE、比較例3のLOFは、真因における変化を捉えられていないことが分かる。図17を参照すると、比較例4のMPPCAは、主に2次、3次の変化を捉えられているものの、真因の一部(信号11)に対する応答変化しか可視化できていないことが分かる。
【0071】
要因解析結果を詳細に考察すると、比較例2のDAE、比較例3のLOFは、意味のある解析結果を出すことはできなかった。比較例4のMPPCAは、ある程度意味のある解析結果を出すことはできたものの、2次、3次の変化が主となっており、真因(ドライバ入力に対する変化)に係る信号の組は1組しか抽出できなかった。一方、本発明は、事前知識に基づき、真因(ドライバ入力に対する変化)に係る信号の組を3組抽出できた。特に、比較例3、4が、異常データそのものに基づいてパラメータを決定し、モデルの選択を行ったのに対し、本発明はそのパラメータを用いることなく、真因を捉えることができた。
【0072】
以上、添付図面を参照しながら、本発明に係る異常診断装置等の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、本願で開示した技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0073】
1………異常診断システム
2………異常診断装置
3………車両
4………車載電子制御システム
5………データロガー装置
11………制御部
12………記憶部
13………メディア入出力部
14………通信制御部
15………入力部
16………表示部
17………周辺機器I/F部
18………バス
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