特許第6402662号(P6402662)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6402662
(24)【登録日】2018年9月21日
(45)【発行日】2018年10月10日
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20181001BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20181001BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20181001BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23C5/16
   C23C16/34
【請求項の数】9
【全頁数】40
(21)【出願番号】特願2015-57996(P2015-57996)
(22)【出願日】2015年3月20日
(65)【公開番号】特開2015-193071(P2015-193071A)
(43)【公開日】2015年11月5日
【審査請求日】2017年9月29日
(31)【優先権主張番号】特願2014-63114(P2014-63114)
(32)【優先日】2014年3月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(72)【発明者】
【氏名】龍岡 翔
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
(72)【発明者】
【氏名】山口 健志
【審査官】 津田 健嗣
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−100320(JP,A)
【文献】 特開2008−188734(JP,A)
【文献】 特表2011−516722(JP,A)
【文献】 特表2011−513594(JP,A)
【文献】 特開2004−225065(JP,A)
【文献】 特開平8−151297(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23C 5/16
C23C 16/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層の組成を組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層のAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合Xavg、および前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層のCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)また、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、前記工具基体の表面の法線方向に対して前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して、各区分内に存在する度数を集計して得られた傾斜角度数分布において、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上であり、
(d)また、前記工具基体の表面の前記法線方向に沿って、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層における前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03〜0.25であり、
(e)さらに、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層中のTiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、その前記工具基体の表面の前記法線方向に沿った周期が3〜100nmであること特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層中のTiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、TiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価な結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に沿った周期が3〜100nmであり、その方位に直交する面内でのAlのTiとAlの合量に占める含有割合平均Xの変化量は0.01以下であること特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層について、X線回折から求めたNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数aが、立方晶TiNの格子定数aTiNと立方晶AlNの格子定数aAlNに対して、0.05aTiN+0.95aAlN≦a≦0.4aTiN+0.6aAlNの関係を満たすことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層を前記縦断面方向から観察した場合に、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物の面積割合が70面積%以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記工具基体と前記TiとAlの前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層との間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層が存在することを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層の上部に、少なくとも1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層が存在することを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜されたものであることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項9】
NH及びHからなる第1ガス群を所定の供給時間だけ供給する第1工程と、
前記供給時間より短い時間だけ前記第1工程より遅れて開始される、TiCl、Al(CH、AlCl、NH、N、及びHからなる第2ガス群を所定の供給時間だけ供給する第2工程と、
を前記第1工程の供給時間及び前記第2工程の供給時間より長い所定の周期で繰り返すことにより、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を化学蒸着する表面被覆切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具に関する。詳細には、本発明は、合金鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を備えることにより、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関する。
本願は、2014年3月26日に、日本に出願された特願2014−63114号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメット、あるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti−Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により被覆形成した被覆工具が知られている。このような被覆工具は、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
上記従来のTi−Al系の複合窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性にすぐれるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、工具基体表面に硬質被覆層を形成することが開示されている。この硬質被覆層は、組成式(AlTi1−x)N(ただし、原子比で、xは0.40〜0.65)を満足するAlとTiの複合窒化物層からなる。該複合窒化物層についてEBSD(Electron Back Scatter Diffraction、電子線後方散乱回折)による結晶方位解析を行った場合、表面研磨面の法線方向から0〜15度の範囲内に結晶方位<100>を有する結晶粒の面積割合が50%以上であり、また、隣り合う結晶粒同士のなす角を測定した場合に、小角粒界(0<θ≦15゜)の割合が50%以上であるような結晶配列を示す。このようなAlとTiの複合窒化物層からなる硬質被覆層を工具基体表面に蒸着形成することにより、高速断続切削条件においても硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮することが特許文献1に開示されている。
特許文献1の被覆工具においては、物理蒸着法により硬質被覆層を蒸着形成するため、Alの含有割合xを0.65以上にすることは困難であり、より一段と切削性能を向上させることが望まれている。
【0004】
このような観点から、化学蒸着法で硬質被覆層を形成することにより、Alの含有割合xを、0.9程度にまで高める技術も提案されている。
例えば、特許文献2には、TiCl、AlCl、NHの混合反応ガス中で、650〜900℃の温度範囲において化学蒸着を行うことにより、Alの含有割合xの値が0.65〜0.95である(Ti1−xAl)N層を蒸着形成できることが記載されている。しかしながら、特許文献2では、この(Ti1−xAl)N層の上にさらにAl層を被覆し、これによって断熱効果を高めることを目的とするものであるので、Alの含有割合xの値を0.65〜0.95まで高めた(Ti1−xAl)N層の形成が、切削性能にどのような影響を及ぼしているかについては明らかでない。
【0005】
また、例えば、特許文献3には、TiCN層、Al層を内層として、その上に、化学蒸着法により、立方晶構造あるいは六方晶構造を含む立方晶構造の(Ti1−xAl)N層(ただし、原子比で、xは0.65〜0.90)を外層として被覆するとともに、該外層に100〜1100MPaの圧縮応力を付与することにより、被覆工具の耐熱性と疲労強度を改善することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−56540号公報
【特許文献2】特表2011−516722号公報
【特許文献3】特表2011−513594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にある。そして、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性の向上が求められるとともに、長期の使用に亘ってのすぐれた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1に記載されている被覆工具は、(Ti1−xAl)N層からなる硬質被覆層が物理蒸着法で蒸着形成され、硬質被覆層中のAlの含有割合xを高めることが困難である。そのため、例えば、合金鋼の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性、耐チッピング性が十分であるとは言えないという課題があった。
前記特許文献2に記載されている化学蒸着法で蒸着形成した(Ti1−xAl)N層については、Alの含有割合xを高めることができ、また、立方晶構造を形成させることができることから、所定の硬さを有し耐摩耗性にすぐれた硬質被覆層が得られる。その一方で、靭性に劣るという課題があった。
前記特許文献3に記載されている被覆工具は、所定の硬さを有し耐摩耗性にはすぐれるものの、靭性に劣る。そのため、合金鋼の高速断続切削加工等にこの被覆工具を供した場合には、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすく、満足できる切削性能を発揮するとは言えないという課題があった。
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、合金鋼等の高速断続切削等に供した場合であっても、すぐれた靭性を備え、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、少なくともTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「(Ti,Al)(C,N)」あるいは「(Ti1−xAl)(C1−y)」で示すことがある)を含む硬質被覆層を化学蒸着で蒸着形成した被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0009】
即ち、従来の少なくとも1層の(Ti1−xAl)(C1−y)層を含み、かつ所定の平均層厚を有する硬質被覆層は、(Ti1−xAl)(C1−y)層が工具基体の表面に垂直な方向に延びる柱状の結晶粒で構成されている場合、高い耐摩耗性を有する。その反面、(Ti1−xAl)(C1−y)層の異方性が高くなるほど(Ti1−xAl)(C1−y)層の靭性が低下する。その結果、耐チッピング性、耐欠損性が低下し、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、また、工具寿命も満足できるものであるとはいえなかった。
そこで、本発明者らは、硬質被覆層を構成する(Ti1−xAl)(C1−y)層について鋭意研究したところ、(Ti1−xAl)(C1−y)層の立方晶結晶構造(立方晶構造)を有する結晶粒内において、TiとAlの組成を周期的に変化させるという全く新規な着想により、立方晶結晶構造を有する結晶粒内に歪みを生じさせ、硬さと靭性の双方を高めることに成功した。その結果、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性を向上させることができるという新規な知見を見出した。
【0010】
具体的には、硬質被覆層が、化学蒸着法により成膜されたTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、この層の組成を組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中に立方晶構造を有する結晶粒が存在し、該結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対して前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計して得られた傾斜角度数分布において、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合を示し、また、工具基体表面の法線方向に沿って、複合窒化物層または複合炭窒化物層の前記立方晶構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの組成が周期的に変化し、その周期の間隔は3〜100nmであり、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差が0.03〜0.25であることにより、立方晶構造を有する結晶粒に歪みが生じ、従来の硬質被覆層に比して、(Ti1−xAl)(C1−y)層の硬さと靭性が高まり、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が向上し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性が発揮されることを見出した。
【0011】
そして、前述のような構成の複合窒化物層または複合炭窒化物層((Ti1−xAl)(C1−y)層)は、例えば、工具基体表面において反応ガス組成を周期的に変化させる以下の化学蒸着法によって成膜することができる。
用いる化学蒸着反応装置へは、NHとHからなるガス群Aと、TiCl、Al(CH、AlCl、NH、N、Hからなるガス群Bとがおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給される。ガス群Aとガス群Bとを、例えば、一定の周期(一定の時間間隔)で、その周期よりも短い時間だけガスが流れるように反応装置内へ供給する。具体的には、ガス群Aとガス群Bとをガス供給時間よりも短い時間の位相差が生じるように供給することにより、工具基体表面近傍における反応ガス組成を、(A)ガス群A、(B)ガス群Aとガス群Bの混合ガス、(C)ガス群Bと時間的に変化させることができる。ちなみに、本発明においては、厳密なガス置換を意図した長時間の排気工程を導入する必要は無い。従って、ガス供給方法としては、例えば、ガス供給口を回転させたり、工具基体を回転させたり、工具基体を往復運動させたりすることにより、工具基体表面における反応ガス組成を、(イ)ガス群Aを主とする混合ガス、(ロ)ガス群Aとガス群Bの混合ガス、(ハ)ガス群Bを主とする混合ガス、と時間的に(周期的に)変化させる。これにより上述の複合窒化物層または複合炭窒化物層を形成する事が可能である。
工具基体表面に、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、例えば、ガス群AとしてNH:2.0〜3.0%、H:65〜75%、ガス群BとしてAlCl:0.6〜0.9%、TiCl:0.2〜0.3%、Al(CH:0〜0.5%、N:0.0〜12.0%、H:残とし、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス供給A(ガス群Aの供給)とガス供給B(ガス群Bの供給)の位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、所定の目標層厚の(Ti1−xAl)(C1−y)層を成膜する。
【0012】
前述のように、工具基体表面に到達する時間に差が生じるようにガス群Aとガス群Bとを供給する事により、結晶粒内にTiとAlの局所的な組成差が形成され、その組成差を安定化させるために原子の再配列が起こり、組成の周期的な変化が生じる。その結果、優れた耐摩耗性を有しつつ靭性が飛躍的に向上することが見出された。この組成の周期的な変化は、必ずしも膜厚を成膜時間全体でのガス供給回数(ガス群Aまたはガス群Bの供給回数)で割った値には一致しない。この事実は、原子の再配列による自己組織化によって、その内部で組成が周期的に変化する結晶粒が形成された事を示唆している。このような工程により複合窒化物層または複合炭窒化物層を形成した結果、特に、硬質被覆層の耐欠損性、耐チッピング性が向上するので、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工にこの硬質被覆層を備える工具を用いた場合においても、硬質被覆層が、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し得ることを見出した。
【0013】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、以下の特徴を有する。
(1) 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層の組成を組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層のAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合Xavg、および前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層のCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)また、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、前記工具基体の表面の法線方向に対して前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して、各区分内に存在する度数を集計して得られた傾斜角度数分布において、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上であり、
(d)また、前記工具基体の表面の前記法線方向に沿って、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層における前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03〜0.25であり、
(e)さらに、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層中のTiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、その前記工具基体の表面の前記法線方向に沿った周期が3〜100nmであること特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層中のTiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、TiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価な結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に沿った周期が3〜100nmであり、その方位に直交する面内でのAlのTiとAlの合量に占める含有割合平均Xの変化量は0.01以下であること特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層について、X線回折から求めたNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数aが、立方晶TiNの格子定数aTiNと立方晶AlNの格子定数aAlNに対して、0.05aTiN+0.95aAlN≦a≦0.4aTiN+0.6aAlNの関係を満たすことを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4) 前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層を前記縦断面方向から観察した場合に、前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有することを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5) 前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物の面積割合が70面積%以上であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(6) 前記工具基体と前記TiとAlの前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層との間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層が存在することを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(7) 前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層の上部に、少なくとも1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層が存在することを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(8) 前記複合窒化物層または前記複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜されたものであることを特徴とする(1)〜(7)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(9) NH及びHからなる第1ガス群を所定の供給時間だけ供給する第1工程と、前記供給時間より短い時間だけ前記第1工程より遅れて開始される、TiCl、Al(CH、AlCl、NH、N、及びHからなる第2ガス群を所定の供給時間だけ供給する第2工程と、を前記第1工程の供給時間及び前記第2工程の供給時間より長い所定の周期で繰り返すことにより、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を化学蒸着する表面被覆切削工具の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具であって、硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、複合窒化物層または複合炭窒化物層の組成を組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合Xavg、およびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足する。そして、複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中に立方晶構造(NaCl型の面心立方構造)を有するものが存在し、該結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対して前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計して得られた傾斜角度数分布において、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上である。また、工具基体表面の法線方向に沿って、複合窒化物層または複合炭窒化物層における前記立方晶構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差が0.03〜0.25であり、さらに、組成変化の周期が3〜100nmである。本発明の表面被覆切削工具は、このような本発明に特有の構成を有していることによって、複合窒化物層または複合炭窒化物層における立方晶構造を有する結晶粒内に歪みが生じるため、結晶粒の硬さが向上し、高い耐摩耗性を保ちつつ、靭性が向上する。その結果、このような複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層の耐チッピング性が向上するという効果が発揮され、従来の硬質被覆層に比して、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能が発揮されるので、このような硬質被覆層で工具基体を被覆することにより、被覆工具の長寿命化が達成される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A】工具基体表面の法線(断面研磨面における工具基体表面と垂直な方向)に対する前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角が0度の場合を示した模式図である。
図1B】工具基体表面の法線(断面研磨面における工具基体表面と垂直な方向)に対する前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角が45度の場合を示した模式図である。
図2】本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面を模式的に表した膜構成模式図である。
図3】本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、TiとAlの組成が周期的に変化する立方晶構造を有する結晶粒について、TiとAlの周期的な組成変化が立方晶構造を有する結晶粒の<001>で表される等価な結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に直交する面内でのTiとAlの組成変化は小さいことを模式的に表した模式図である。
図4】本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、TiとAlの組成が周期的に変化する立方晶構造を有する結晶粒について、透過型電子顕微鏡を用いて、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による線分析を行った結果得られた、TiとAlの周期的な組成変化(濃度変化)xのグラフの一例を示すものである。
図5】本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、立方晶構造を有する結晶粒について求めた傾斜角度数分布(Pole Plot Graph)の一例を示すグラフである。
図6】比較例の一実施形態である硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、立方晶構造を有する結晶粒について求めた傾斜角度数分布の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態について、以下に詳細に説明する。本実施形態に係る被覆工具は、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体と、その表面に形成された硬質被覆層とを備える。硬質被覆層は以下の構成を備える。
【0017】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層の平均層厚:
図2に、本実施形態の硬質被覆層2を構成するTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層3の断面模式図を示す。
本実施形態の硬質被覆層2は、化学蒸着された組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表されるTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層3を少なくとも含む。図2の例では、硬質被覆層は、複合窒化物層または複合炭窒化物層3の他に、工具基体1の表面1aと複合窒化物層または複合炭窒化物層3との間に形成された下部層4と、複合窒化物層または複合炭窒化物層3の上に形成された上部層5とを備える。
【0018】
複合窒化物層または複合炭窒化物層3は、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1〜20μmのとき、その効果が際立って発揮される。平均層厚が1μm未満では、層厚が薄いため長期の使用に亘っての耐摩耗性を十分確保することができない。一方、その平均層厚が20μmを越えると、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層3の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。したがって、その平均層厚を1〜20μmと定める。平均層厚は、好ましくは2〜10μmであり、より好ましくは3〜5μmであるが、これに限定されない。
【0019】
硬質被覆層を構成する複合窒化物層または複合炭窒化物層の組成:
本実施形態の硬質被覆層2を構成する複合窒化物層または複合炭窒化物層3において、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合Xavg、およびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)は、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足するように制御される。
Alの平均含有割合Xavgが0.60未満であると、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層3は耐酸化性に劣るため、皮膜の酸化に伴う靭性の低下が生じる。それにより、皮膜のチッピングを伴った摩耗の進行により合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、Alの平均含有割合Xavgが0.95を超えると、硬さに劣る六方晶(ウルツ鉱型の六方構造を有する結晶粒)の析出量が増大し硬さが低下するため、耐摩耗性が低下する。したがって、Alの平均含有割合Xavgは、0.60≦Xavg≦0.95と定める。Alの平均含有割合Xavgは、好ましくは0.75≦Xavg≦0.90であり、より好ましくは0.80≦Xavg≦0.85であるが、これに限定されない。
【0020】
また、複合窒化物層または複合炭窒化物層3に含まれるC成分の平均含有割合Yavgは、0≦Yavg≦0.005の範囲の微量であるとき、複合窒化物層または複合炭窒化物層3と、工具基体1または下部層4との密着性が向上し、かつ、複合窒化物層または複合炭窒化物層3の潤滑性が向上する。これによって切削時の衝撃を緩和でき、結果として複合窒化物層または複合炭窒化物層3の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、C成分の平均含有割合Yavgが0≦Yavg≦0.005の範囲を逸脱すると、複合窒化物層または複合炭窒化物層3の靭性が低下する。このため、耐欠損性および耐チッピング性が逆に低下するため好ましくない。したがって、Cの平均含有割合Yavgは、0≦Yavg≦0.005と定める。Cの平均含有割合Yavgは、好ましくは0.001≦Yavg≦0.004であり、より好ましくは0.002≦Yavg≦0.003であるが、これに限定されない。ただしCの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはAl(CHの供給量を0とした場合の複合窒化物層または複合炭窒化物層3に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、Al(CHを意図的に供給した場合に得られる複合窒化物層または複合炭窒化物層3に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をYavgとする。
【0021】
複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成する立方晶結晶粒:
複合窒化物層または複合炭窒化物層3は、NaCl型の面心立方構造(以下、単に「立方晶構造」ともいう)を有する複数の結晶粒13(以下、単に「立方晶結晶粒」ともいう)を含む。この立方晶結晶粒13について、工具基体表面1aと平行な方向の粒子幅をw、また、工具基体表面1aに垂直な方向の粒子長さをlとし、前記wとlとの比l/wを各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとした場合、平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10を満足するように制御することが望ましい。
【0022】
この条件を満たすとき、複合窒化物層または複合炭窒化物層3を構成する立方晶結晶粒13は柱状組織となり、すぐれた耐摩耗性を示す。一方、平均アスペクト比Aが10を超えた柱状晶になると、本実施形態の特徴である立方晶結晶相内(立方晶結晶粒13内)の組成の周期的な分布に沿った面(Al含有量が相対的に多い領域と少ない領域との境界に沿った面)と複数の粒界を伝うようにクラックが伝播し易くなるため好ましくない。平均アスペクト比Aは、好ましくは4〜6であり、より好ましくは3〜8であるが、これに限定されない。また、平均粒子幅Wが0.1μm未満であると耐摩耗性が低下し、2.0μmを超えると靭性が低下する。したがって、複合窒化物層または複合炭窒化物層3を構成する立方晶結晶粒13の平均粒子幅Wは、0.1〜2.0μmとすることが望ましい。平均粒子幅Wは、好ましくは0.2〜1.5μmであり、より好ましくは0.3〜1.0μmであるが、これに限定されない。なお、粒子幅wは工具基体表面1aと平行な方向における各結晶粒の最大幅であり、粒子長さlは、工具基体表面1aに垂直な方向における各結晶粒の最大長さである。
【0023】
TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層((Ti1−xAl)(C1−y)層)内の立方晶構造を有する個々の結晶粒結晶面である{100}面についての傾斜角度数分布:
本実施形態の(Ti1−xAl)(C1−y)層3について、電子線後方散乱回折装置を用いて立方晶構造を有する個々の結晶粒13の結晶方位の、その縦断面方向からの解析について説明する。ここで、電子線後方散乱回折装置を用いた解析は、(Ti1−xAl)(C1−y)層3の層厚方向(工具基体表面1aに垂直な方向)に平行な断面に対して行う。また、縦断面方向とはこの断面に垂直な方向であり、後述の断面研磨面とは、この断面を研磨した面である。
まず、電子線後方散乱回折装置を用いて、工具基体表面1aの法線L1(断面研磨面における工具基体表面1aと垂直な方向)に対して前記結晶粒13の結晶面である{100}面の法線L2がなす傾斜角(図1A、1B参照)を測定する。その傾斜角のうち、法線方向L1に対して0〜45度の範囲内(図1Aの0度から図1Bの45度までの範囲内)にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計する。その結果を、横軸を傾斜角区分とし、縦軸を集計度数とした傾斜角度数分布グラフ(図5、6)で表す。本実施形態の(Ti1−xAl)(C1−y)層3によれば、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の35%以上となる(図5)。このような傾斜角度数分布形態を示す場合に、前記TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層3を備える硬質被覆層2は、立方晶構造を維持したままで高硬度を有する。さらに、前述したような傾斜角度数分布形態によって硬質被覆層2と工具基体1との密着性が飛躍的に向上する。
【0024】
したがって、このような硬質被覆層2を備える被覆工具は、例えば、ステンレス鋼の高速断続切削等に用いた場合であっても、チッピング、欠損、剥離等の発生が抑えられ、しかも、すぐれた耐摩耗性を発揮する。なお、傾斜角度分布グラフにおいて、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の40%以上であることが好ましく、45%以上であることがより好ましいが、これに限定されない。また、この割合の上限値は85%が好ましく、80%がより好ましいが、これに限定されない。
図5に、本発明の一実施形態である立方晶構造を有する結晶粒について上記の方法で測定し、求めた傾斜角度数分布の一例をグラフとして示す。
【0025】
立方晶構造を有する結晶粒内に存在するTiとAlの組成変化:
立方晶構造を有する結晶粒13を組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表した場合、本実施形態の立方晶結晶粒13では、図3に示すように、結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在する(組成が周期的に変化する)とき、立方晶結晶粒13に歪みが生じ、硬さが向上する。より詳細には、立方晶結晶粒13内において、Alの含有量xが相対的に多い領域13aと、Alの含有量xが相対的に少ない領域13bとが、工具基体表面1aの法線方向L1に交互に配置されるように形成されている。しかしながら、TiとAlの組成変化の大きさの指標である前記組成式におけるx(原子比)の極大値xmaxの平均と極小値xminの平均の差Δxが0.03より小さいと、前述した結晶粒13の歪みが小さくなり、十分な硬さの向上が見込めない。一方、xの極大値xmaxの平均と極小値xminの平均の差が0.25を超えると、結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が大きくなり、硬さが低下する。そこで、立方晶構造を有する結晶粒内に存在するTiとAlの組成変化は、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxを0.03〜0.25とする。Δxは、好ましくは0.05〜0.20であり、より好ましくは0.06〜0.15であるが、これに限定されない。
【0026】
なお、図4に、結晶粒13内に存在するTiとAlの組成変化の様子を、透過型電子顕微鏡を用いて、工具基体表面1aの法線方向L1に沿って、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による線分析を行って求めたTiとAlの組成の周期的な変化を示すグラフの一例を示す。横軸が法線L1上の測定位置(測定開始位置からの距離)を表し、縦軸が各位置におけるAlのTiとAlの合量に占める含有割合x(原子比)である。
ここで、内部でTiとAlの組成が周期的に変化している結晶粒の割合は、複合窒化物層または複合炭窒化物層3を構成する立方晶結晶粒13に、前記断面研磨面における面積割合で、60%以上含まれていることが好ましく、80%以上がより好ましい。
【0027】
また、TiとAlの組成の周期的な変化は、基体表面1aの法線方向L1に沿って3〜100nmの周期を有する事が望ましい。その周期が3nm未満であると靭性が低下する。一方、100nmを超えると硬さの向上効果が見込めない。この周期は、好ましくは5〜80nmであり、より好ましくは10〜50nmであるが、これに限定されない。
【0028】
また、TiとAlの周期的な組成変化は、立方晶結晶粒の<001>で表される等価な結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在すると、特に耐チッピング性が向上して好ましい。さらに、立方晶結晶粒の<001>で表される等価な結晶方位のうち、工具基体表面1aの法線方向L1とのなす角度が最も小さい結晶方位(図3のL3)に沿って、TiとAlの周期的な組成変化が存在することがより好ましい。しかしながら、その周期が3nm未満であると靭性が低下する。一方、100nmを超えると硬さの向上効果が見込めない。したがって、立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在する周期は、3〜100nmであることが好ましい。この周期は、好ましくは5〜80nmであり、より好ましくは10〜50nmであるが、これに限定されない。
【0029】
さらに、TiとAlの周期的な組成変化は、立方晶結晶粒の<001>で表される等価な結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在する場合、この組成変化が沿う<001>方位L3に直交する面内において、AlのTiとAlの合量に占める含有割合平均X(原子比)の変化量は、0.01以下であることが好ましい。より詳細には、図3に示すように、TiとAlの周期的な組成変化が沿う<001>方位L3に直交する方向L4に沿ってエネルギー分散型X線分光法(EDS)による線分析を行い、得られた上記含有割合平均Xの最大値と最小値の差が0.01以下であることが好ましい。この場合、方向L4に沿った組成差に起因する歪みを抑えられるという効果が得られる。Xの変化は、好ましくは0.005以下であり、検出器の分解能の範囲で差が無いことがより好ましいが、これに限定されない。
【0030】
複合窒化物層または複合炭窒化物層内の立方晶結晶粒の格子定数a:
前記複合窒化物層または複合炭窒化物層3について、X線回折装置を用い、Cu−Kα線を線源としてX線回折試験を実施し、立方晶結晶粒の格子定数aを求めたとき、前記立方晶結晶粒の格子定数aが、立方晶TiN(JCPDS00−038−1420)の格子定数aTiN:4.24173Åと立方晶AlN(JCPDS00−046−1200)の格子定数aAlN:4.045Åに対して、0.05aTiN+0.95aAlN≦a ≦ 0.4aTiN + 0.6aAlNの関係を満たすことが好ましい。このような複合窒化物層または複合炭窒化物層3を備える硬質被覆層2は、より高い硬さを示し、かつ高い熱伝導性を示すので、すぐれた耐摩耗性に加えて、すぐれた耐熱衝撃性を備える。
【0031】
複合窒化物層または複合炭窒化物層内の立方晶構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の面積割合:
複合窒化物層または複合炭窒化物層3における立方晶結晶粒13の面積割合が70面積%以上であることが好ましい。より詳細には、図2に示す断面研磨面において、立方晶結晶粒13の面積率が70%以上であることが好ましい。これにより、高硬度である立方晶結晶粒の面積比率が六方晶結晶粒に比べて相対的に高くなり、硬さが向上するという効果を得ることができる。この面積率は、より好ましくは75%以上であるが、これに限定されない。
【0032】
下部層および上部層:
また、本実施形態の複合窒化物層または複合炭窒化物層3は、それだけでも十分な効果を奏するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層4を設けた場合、および/または、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層5を設けても良い。この場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を創出することができる。
Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層4を設ける場合、合計平均層厚を0.1〜20μmとすることにより、高い耐摩耗性を発揮するという効果を得られる。下部層4の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層4の効果が十分に奏されず、一方、20μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。なお、下部層4の合計平均層厚は、好ましくは0.2〜10μmであり、より好ましくは0.3〜5μmであるが、これに限定されない。
また、酸化アルミニウム層を含む上部層5を設ける場合、酸化アルミニウム層の層厚を1〜25μmとすることにより、耐酸化性が向上するという効果を得られる。上部層5の酸化アルミニウム層の平均層厚が1μm未満では、上部層5の効果が十分に奏されず、一方、25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。なお、上部層5の酸化アルミニウム層の平均層厚は、好ましくは2〜15μmであり、より好ましくは3〜10μmであるが、これに限定されない。
【0033】
本実施形態のTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層3を含む硬質被覆層2は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜することができる。
より詳細には、NH及びHからなるガス群A(第1ガス群)を所定の供給時間だけ供給する第1工程と、前記供給時間より短い時間だけ前記第1工程より遅れて開始される、TiCl、Al(CH、AlCl、NH、N、及びHからなるガス群B(第2ガス群)を前記供給時間だけ供給する第2工程と、を所定の周期で繰り返すことにより、結晶粒内でTiとAlの組成が周期的に変化する立方晶結晶粒で構成される複合窒化物層または複合炭窒化物層3を化学蒸着することができる。
この時、反応ガス組成(ガス群Aとガス群Bとの合量に対する容量%)を、NH:2.0〜3.0%、H:65〜75%、AlCl:0.6〜0.9%、TiCl:0.2〜0.3%、Al(CH:0〜0.5%、N:0.0〜12.0%、H:残とし、反応雰囲気温度を700〜900℃とすることにより、工具基体表面の法線方向L1と{001}面の法線L2とのなす角が0〜10度の範囲となる結晶粒を多く形成できる({001}への配向度を高めることができる)。また、反応雰囲気圧力を4.5〜5.0kPa、供給周期(第1工程と第2工程とを繰り返す周期)を1〜5秒、1周期あたりのガス供給時間(第1工程及び第2工程におけるガス供給時間)を0.15〜0.25秒、ガス群Aの供給とガス群Bの供給との位相差(第1工程と第2工程との開始時間の差)を0.10〜0.20秒とすることが好ましい。 図2には、本実施形態の硬質被覆層2として、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層3、下部層4、上部層5で構成される硬質被覆層2の断面の模式図を示す。
【実施例】
【0034】
つぎに、本実施形態の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0035】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した。その後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結した。焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Cをそれぞれ製造した。
【0036】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した。その後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結した。焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体Dを作製した。
【0037】
つぎに、これらの工具基体A〜Dの表面に、化学蒸着装置を用い、表4に示される形成条件A〜Jで(Ti1−xAl)(C1−y)層を成膜することにより、本発明被覆工具1〜15を製造した。すなわち、NHとHからなるガス群Aの組成と、TiCl、Al(CH、AlCl、NH、N、Hからなるガス群Bの組成と、ガス群Aとガス群Bの供給方法とを、表4に示される条件とした。反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AについてはNH:2.0〜3.0%、H:65〜75%とし、ガス群BについてはAlCl:0.6〜0.9%、TiCl:0.2〜0.3%、Al(CH:0〜0.5%、N:0.0〜12.0%、H:残とした。また、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期:1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間:0.15〜0.25秒、ガス供給Aとガス供給Bの位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行った。これにより、表6に示される平均粒子幅Wおよび平均アスペクト比Aの粒状組織の(Ti1−xAl)(C1−y)層を成膜し、本発明被覆工具1〜15を得た。
なお、本発明被覆工具6〜13については、(Ti1−xAl)(C1−y)層に加え、表3に示される形成条件で、表5に示される下部層および/または表6に示される上部層を形成した。
【0038】
前記本発明被覆工具1〜15の硬質被覆層の工具基体表面に垂直な断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍及び20000倍)を用いて複数の視野に亘って観察した。その結果、硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層において、立方晶構造を有する結晶粒の面積割合は70面積%以上であることが確認された。なお、立方晶構造を有する結晶粒の面積割合を測定する方法については後述する。
【0039】
また、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いて、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による面分析を上記断面に対し行うことにより、立方晶結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在していることが確認された。さらに工具基体表面の法線方向に沿って、上記の組成変化の周期の5周期分にわたって線分析を実施した結果、TiとAlの周期的な組成変化の極大値の平均値と極小値の平均値の差、すなわち、TiとAlの合量に対するAlの含有割合xの極大値の平均値と極小値の平均値の差が0.03〜0.25であることが確認された。なお、EDSによる面分析及び線分析の詳細な方法については後述する。
【0040】
また、比較の目的で、工具基体A〜Dの表面に、表3に示される形成条件、および表4に示される比較成膜工程の条件で、表7に示される目標層厚(μm)まで、本発明被覆工具1〜15と同様に、少なくともTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を蒸着形成し比較被覆工具1〜13を製造した。比較被覆工具1〜13の(Ti1−xAl)(C1−y)層の成膜工程中に、表4に示すように、工具基体表面における反応ガス組成が時間的に変化しない様に硬質被覆層を形成することにより、比較被覆工具1〜13を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13と同様に、比較被覆工具6〜13については、表3に示される形成条件で、表5に示される下部層および/または表7に示される上部層を形成した。
【0041】
参考のため、工具基体Bおよび工具基体Cの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−xAl)(C1−y)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表7に示される参考被覆工具14、15を製造した。
なお、参考例の蒸着に用いたアークイオンプレーティングの条件は、次のとおりである。
(a)前記工具基体BおよびCを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に、回転テーブルの外周部にそって装着した。また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成のAl−Ti合金を回転テーブルの外に配置した。
(b)まず、装置内を排気して10−2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した。その後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつAl−Ti合金からなるカソード電極とアノード電極との間に200Aの電流を流してアーク放電を発生させ、装置内にAlおよびTiイオンを発生させた。これにより工具基体表面をボンバード処理した。
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−50Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Al−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させた。これにより前記工具基体の表面に、表7に示される目標組成、目標層厚の(Ti,Al)N層を蒸着形成し、参考被覆工具14、15を製造した。なお、表7において、参考被覆工具14、15のTiAlCN成膜工程形成記号欄の「AIP」はアークイオンプレーティングによる成膜を示す。
【0042】
本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14、15の各構成層の工具基体に垂直な断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて複数視野観察し、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層について、観察視野内の5点の層厚を測って、得られた層厚を平均して平均層厚を求めた。その結果、いずれも表6および表7に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。また、下部層と上部層の平均層厚も同様の手順で求めた。その結果、いずれも表5〜7に示される目標平均層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0043】
複合窒化物層または複合炭窒化物層のAlの平均含有割合Xavgを、電子線マイクロアナライザ(EPMA,Electron−Probe−Micro−Analyser)を用いて測定した。表面(工具基体に垂直な方向の断面)を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射して発生した特性X線の解析結果から、TiとAlの合量に対するAlの含有割合を求めた。10点のAlの含有割合の平均からAlの平均含有割合Xavgを求めた。その結果を、表6および表7に示す。
【0044】
Cの平均含有割合Yavgを、二次イオン質量分析(SIMS,Secondary−Ion−Mass−Spectroscopy)により測定した。イオンビームを上記の試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向(試料表面に垂直な方向)の濃度測定を行った。その結果を、表6および表7に示す。
表6および表7におけるCの平均含有割合YavgはTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。なお、この濃度測定は基体成分が検出され、皮膜成分が検出されなくなる深さまで行い、皮膜膜厚を4等分した深さ毎に、皮膜膜厚の1/4深さ、2/4(1/2)深さ、3/4深さ、における濃度の平均値を、深さ方向の平均値とした。ただし、表6、7のCの平均含有割合Yavgは、ガス原料としてCを含むガスを意図的に用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外した値である。具体的にはAl(CHの供給量を0とした場合の複合窒化物層または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、Al(CHを意図的に供給した場合(本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13)に得られる複合窒化物層または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値を、Cの平均含有割合Yavgとして求めた。
【0045】
また、本発明被覆工具1〜15および比較被覆工具1〜13、参考被覆工具14、15について、工具基体に垂直な断面を走査型電子顕微鏡(倍率5000倍及び20000倍)を用いて観察し、複合窒化物層または複合炭窒化物層における立方晶結晶粒の平均幅W及び平均アスペクト比Aを求めた。具体的には、工具基体表面と水平方向に長さ10μmの範囲(領域)に存在する、複合窒化物層または複合炭窒化物層((Ti1−xAl)(C1−y)層)中の立方晶構造を有する個々の結晶粒について、基体表面と平行な方向の粒子幅w、基体表面に垂直な方向の粒子長さlを測定した。各結晶粒のアスペクト比a(=l/w)を算出するとともに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとして算出し、また、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとして算出した。なお、粒子幅wは工具基体表面と平行な方向における各結晶粒の最大幅とし、粒子長さlは、工具基体表面1aに垂直な方向における各結晶粒の最大長さとした。その結果を、表6および表7に示した。
【0046】
また、硬質被覆層の複合窒化物層または複合炭窒化物層における傾斜角度数分布は次のように求めた。まず、立方晶構造のTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層の工具基体表面に垂直な断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットした。次いで、前記研磨面(断面研磨面)に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に0.01μm/stepの間隔で照射した。測定範囲は、工具基体表面と水平方向に長さ100μm、工具基体表面と垂直な方向に膜厚に対して、十分な長さの範囲とした。電子後方散乱回折像装置を用いて、電子線を0.01μm/stepの間隔で照射して得られた電子線後方散乱回折像に基づき、基体表面の法線(断面研磨面における基体表面と垂直な方向)に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を、各測定点(電子線を照射した点)毎に測定した。そして、この測定結果に基づいて、測定された傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、傾斜角度数分布を求めた。得られた傾斜角度数分布から、0〜10度の範囲内に存在する度数の最高ピークの有無を確認し、かつ0〜45度の範囲内に存在する度数(傾斜角度数分布における度数全体)に対する0〜10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。その結果を、同じく、表6および表7に示す。
【0047】
また、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層における立方晶構造を有する結晶粒の面積割合を、次のように求めた。まず、電子線後方散乱回折装置を用いて、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層の工具基体表面に垂直な断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットした。次いで、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に0.01μm/stepの間隔で照射した。測定範囲は、工具基体と水平方向に長さ100μm、工具基体表面と垂直な方向に膜厚に対して、十分な長さの範囲とした。電子線後方散乱回折像装置を用いて、電子線を0.01μm/stepの間隔で照射して電子線後方散乱回折像を測定した。得られた電子線後方散乱回折像に基づき個々の結晶粒の結晶構造を解析することで、測定領域における立方晶構造を有する結晶粒の面積割合を求めた。その結果を、同じく、表6および表7に示す。
【0048】
さらに、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いて、複合窒化物層または複合炭窒化物層の微小領域の観察を行った。エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いて、工具基体表面に垂直な断面について面分析を行った。面分析は400nm×400nmの領域について行った。その結果、前記立方晶構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在することが確認された。すなわち、面分析の結果得られた画像において、図3に模式的に示されるように、立方晶構造を有する結晶粒において縞状に色の濃淡の変化が見られた。このような組成変化が見られた結晶粒について、前記面分析の結果に基づいて組成の濃淡から10周期分程度の組成変化が測定範囲に入る様に倍率を設定した上で、工具基体表面の法線方向に沿ってEDSによる線分析を5周期分の範囲で行いった。TiとAlの合量に対するAlの含有割合xの周期的な変化の極大値と極小値のそれぞれの平均値の差をΔxとして求め、さらに該5周期の極大値間の平均間隔をTiとAlの周期的な組成変化の周期として求めた。その結果を、表6および表7に示す。
また、該結晶粒について電子線回折を行った。その結果、TiとAlの周期的な組成変化が立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在することが確認出来た結晶粒を有する試料に対しては、その方位に沿ったEDSによる線分析を5周期分の範囲で行った。そして、TiとAlの合量に対するAlの含有割合xの周期的な変化の極大値と極小値を求め、さらに極大値の該5周期の平均間隔をTiとAlの合量に対するAlの含有割合xの周期的な変化の周期として求めた。また、その方位に直交する方向に沿った線分析を行い、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合平均の最大値と最小値の差を、当該方向に直交する面内におけるTiとAlの組成変化(面内組成変化X)として求めた。なお、線分析は、基体表面の法線方向に沿った線分析と同様に、同等の範囲で行った。その結果を、表6および表7に示す。
【0049】
X線回折装置を用い、複合窒化物層または複合炭窒化物層の工具基体表面に垂直な断面に対しCu−Kα線を線源としてX線を照射し、X線回折試験を実施した。得られたX線回折データから立方晶結晶粒の格子定数aを求めた。その結果を、表6および表7に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
【表3】
【0053】
【表4】


【0054】
【表5】
【0055】
【表6】
【0056】
【表7】
【0057】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14,15について、以下に示す、合金鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表8に示す。なお、比較被覆工具1〜13、参考被覆工具14、15については、チッピング発生が原因で寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を表8に示す。
【0058】
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験: 乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材: JIS・SCM440幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度: 955 min−1
切削速度: 375 m/min、
切り込み: 1.2 mm、
一刃送り量: 0.10 mm/刃、
切削時間: 8分。
(通常の切削速度(従来被覆工具を用いた場合の効率が最適となる切削速度)は、220m/min)
【0059】
【表8】
【実施例2】
【0060】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表9に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した。その後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結した。焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α〜γをそれぞれ製造した。
【0061】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表10に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した。その後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結した。焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体δを形成した。
【0062】
つぎに、これらの工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、実施例1と同様の方法により表3および表4に示される条件で、少なくとも(Ti1−xAl)(C1−y)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表17に示される本発明被覆工具16〜30を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28については、(Ti1−xAl)(C1−y)層に加え、表3に示される形成条件で、表11に示される下部層および/または表12に示される上部層を形成した。
【0063】
また、比較の目的で、同じく工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表3および表4に示される条件で、表13に示される目標層厚(μm)まで、実施例1の比較被覆工具1〜13と同様に硬質被覆層を蒸着形成することにより、表13に示される比較被覆工具16〜28を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28と同様に、比較被覆工具19〜28については、表3に示される形成条件で、表11に示される下部層および/または表13に示される上部層を形成した。
【0064】
参考のため、工具基体βおよび工具基体γの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−xAl)(C1−y)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表13に示される参考被覆工具29,30を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用いた。
【0065】
また、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて観察し、実施例1と同様に、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表12および表13に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、前記本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29、30の硬質被覆層について、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて、平均Al含有割合Xavg、平均C含有割合Yavg、柱状組織(Ti1−xAl)(C1−y)層を構成する立方晶構造を有する結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比Aを算出した。さらに、実施例1と同様の方法で得られた傾斜角度数分布において、傾斜角度数の最高ピークが0〜10度に存在するかを確認すると共に、傾斜角が0〜10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。また、立方晶結晶粒の面積割合、格子定数も、実施例1と同様の方法で測定した。
【0066】
前記本発明被覆工具16〜30の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層について、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍及び20000倍)を用いて複数視野に亘って観察したところ、図3に示した膜構成模式図に示されるように(Ti1−xAl)(C1−y)層にTiとAlの組成の周期的な変化が存在する立方晶構造を有する結晶粒が確認された。また、立方晶結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在していることが、実施例1と同様の、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いたエネルギー分散型X線分光法(EDS)による面分析により、確認された。さらに詳しく実施例1と同様の解析を行った結果、xの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03〜0.25であることが確認された。なお、TiとAlの組成変化の工具基体表面の法線方向に沿った周期、<001>に沿った周期、及び面内組成変化Xについても、実施例1と同様の方法で測定した。
【0067】
【表9】
【0068】
【表10】
【0069】
【表11】
【0070】
【表12】
【0071】
【表13】
【0072】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30について、以下に示す、炭素鋼の乾式高速断続切削試験(切削条件1)、鋳鉄の湿式高速断続切削試験(切削条件2)を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表14に示す。なお、比較被覆工具16〜28、参考被覆工具29、30については、チッピング発生が原因で寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を表14に示す。
【0073】
切削条件1:
被削材:JIS・SCM435の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:380m/min、
切り込み:1.2mm、
送り:0.1mm/rev、
切削時間:5分。
(通常の切削速度は、220m/min)
【0074】
切削条件2:
被削材:JIS・FCD700の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:310m/min、 切り込み:1.2mm、
送り:0.1mm/rev、
切削時間:5分。
(通常の切削速度は、180m/min)
【0075】
【表14】
【実施例3】
【0076】
原料粉末として、いずれも0.5〜4μmの範囲内の平均粒径を有するcBN粉末、TiN粉末、TiC粉末、Al粉末、Al粉末を用意し、これら原料粉末を表15に示される配合組成に配合し、ボールミルで80時間湿式混合し、乾燥した。その後、120MPaの圧力で直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法をもった圧粉体にプレス成形し、ついでこの圧粉体を、圧力:1Paの真空雰囲気中、900〜1300℃の範囲内の所定温度に60分間保持の条件で焼結して切刃片用予備焼結体とした。この予備焼結体を、別途用意した、Co:8質量%、WC:残りからなる組成、並びに直径:50mm×厚さ:2mmの寸法をもったWC基超硬合金製支持片と重ね合わせた状態で、通常の超高圧焼結装置に装入し、通常の条件である圧力:4GPa、温度:1200〜1400℃の範囲内の所定温度に保持時間:0.8時間の条件で超高圧焼結した。焼結後、焼結体の上下面をダイヤモンド砥石を用いて研磨し、ワイヤー放電加工装置にて所定の寸法に分割した。さらに、Co:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りからなる組成およびJIS規格CNGA120412の形状(厚さ:4.76mm×内接円直径:12.7mmの80°菱形)をもったWC基超硬合金製インサート本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Zr:37.5%、Cu:25%、Ti:残りからなる組成を有するTi−Zr−Cu合金のろう材を用いて、上記の分割された焼結体をろう付けし、所定寸法に外周加工した後、切刃部に幅:0.13mm、角度:25°のホーニング加工を施し、さらに仕上げ研摩を施すことによりISO規格CNGA120412のインサート形状をもった工具基体E、Fをそれぞれ製造した。
【0077】
【表15】
【0078】
つぎに、これらの工具基体E、Fの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、実施例1と同様の方法により表3および表4に示される条件で、少なくとも(Ti1−xAl)(C1−y)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表17に示される本発明被覆工具31〜40を製造した。
なお、本発明被覆工具34〜38については、(Ti1−xAl)(C1−y)層に加え、表3に示される形成条件で、表16に示すような下部層および/または表17に示すような上部層を形成した。
【0079】
また、比較の目的で、同じく工具基体E、Fの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表3および表4に示される条件で、少なくとも(Ti1−xAl)(C1−y)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表18に示される比較被覆工具31〜38を製造した。
なお、本発明被覆工具34〜38と同様に、比較被覆工具34〜38については、表3に示される形成条件で、表16に示すような下部層および/または表18に示すような上部層を形成した。
【0080】
参考のため、工具基体E、Fの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、(Ti1−xAl)(C1−y)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表18に示される参考被覆工具39,40を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用い、前記工具基体の表面に、表18に示される目標組成、目標層厚の(Al,Ti)N層を蒸着形成し、参考被覆工具39,40を製造した。
【0081】
また、本発明被覆工具31〜40、比較被覆工具31〜38および参考被覆工具39,40の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて観察し、実施例1と同様に、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表17および表18に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0082】
また、前記本発明被覆工具31〜40、比較被覆工具31〜38および参考被覆工具39,40の硬質被覆層について、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて、平均Al含有割合Xavg、平均C含有割合Yavg、(Ti1−xAl)(C1−y)層を構成する立方晶構造を有する結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比Aを算出した。さらに、実施例1と同様の方法で得られた傾斜角度数分布において、傾斜角度数の最高ピークが0〜10度に存在するかを確認すると共に、傾斜角が0〜10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。また、立方晶結晶粒の面積割合、格子定数、TiとAlの組成変化の工具基体表面の法線方向に沿った周期及び<001>に沿った周期、xの極大値の平均と極小値の平均の差Δx、並びに面内組成変化Xについても、実施例1と同様の方法で測定した。
【0083】
【表16】
【0084】
【表17】
【0085】
【表18】
【0086】
つぎに、各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具31〜40、比較被覆工具31〜38および参考被覆工具39,40について、以下に示す、浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速断続切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表19に示す。なお、比較被覆工具31〜38、参考被覆工具39、40については、チッピング発生が原因で寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を表19に示す。
【0087】
工具基体:立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体、
切削試験: 浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速断続切削加工、
被削材: JIS・SCr420(硬さ:HRC60)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 235 m/min、
切り込み: 0.10mm、
送り: 0.12mm/rev、
切削時間: 4分。
【0088】
【表19】
【0089】
表8、表14および表19に示される結果から、本発明被覆工具1〜40は、硬質被覆層を構成するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成する立方晶結晶粒内において、TiとAlの組成変化が存在していた。そのため、結晶粒の歪みにより、硬さが向上し、高い耐摩耗性を保ちつつ、靱性が向上した。しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することが明らかであった。
【0090】
これに対して、硬質被覆層を構成するAlとTiの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶結晶粒内において、TiとAlの組成変化が存在していない比較被覆工具1〜13、16〜28,31〜38および参考被覆工具14、15、29、30、39、40については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、チッピング、欠損等の発生により短時間で寿命にいたることが明らかであった。
【産業上の利用可能性】
【0091】
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼の高速断続切削加工ばかりでなく、各種の被削材の被覆工具として用いることができ、しかも、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮できる。そのため、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要望に、十分満足に対応できるものである。
【符号の説明】
【0092】
1 工具基体
2 硬質被覆層
3 複合窒化物層または複合炭窒化物層((Ti1−xAl)(C1−y)層)
4 下部層
5 上部層
13 立方晶結晶粒
13a Al含有量が相対的に多い領域
13b Al含有量が相対的に少ない領域
図1A
図1B
図2
図3
図4
図5
図6