【文献】
Green, B. D. et al.,Physical Chemistry Chemical Physics,2015年12月16日,Vol.18, No.4,Abstract,<URL:http://pubs.res.org/en/content/articleanding/2016/cp/c5cp06101f/unauth#!divAbstract>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
生体における細胞は、通常、外界からは、死細胞及びその分泌タンパク・皮脂等の混合体である角質や粘膜により保護されている。しかしながら、細胞そのものは、本来こうした細胞外要素を備えないで、細胞膜のみで外界と接している(以下、こうした細胞をnaked細胞という)。例えば、培養細胞あるいは手術等により露出された体内の細胞である。
【0006】
また、水は、皮膚や気管支上皮等には安全な液体である。しかしながら、水は、naked細胞に対しては、低浸透圧であるがゆえに数秒で死滅させる高毒性液体である。すなわち、本来的な意味での細胞毒性や生体適合性を考えるとき、その評価液体として水を想定することについて本質的な問題がある。そして、水は、細胞毒性や生体適合性を評価する液体として不適切である。
【0007】
一方、有機溶媒は、一般的に細胞毒性があるものとしてみなされているのが実情である。したがって、本質的な意味においていかなる液体が生体適合性を有するのかという知見は未だにない。また、そのスクリーニング方法も未だ提供されていない。
【0008】
本明細書は、より本質的でありまた実用的である生体適合性液体及びそのスクリーニング方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、有機溶媒などの液体とその生体に対する毒性について、細胞を用いて種々の検討を行った。その結果、有機溶媒とその生体適合性に関して従来想定されなかった技術思想を着想するに至った。すなわち、本発明者らは、細胞自体の構成要素である細胞膜のみで外界と隔てられた形態、すなわち、角質や粘膜等で保護されていない、細胞としてより感受性が高い状態のnaked細胞に対する生体適合性の概念を再構築した。その結果、有機溶媒それ自体、換言すれば、100%の有機溶媒であっても、細胞毒性を呈さない生体適合性の高い液体があることを見出した。
【0010】
本発明者らは、こうした観点から、生体適合性を有する液体を評価した結果、特定のパラメータを充足する有機溶媒が、生体適合性を有しうることを見出した。すなわち、有機溶媒のパラメータと生体適合性を関連付けることができるという知見を得た。本明細書は、これらの知見に基づき、以下の手段を提供する。
【0011】
(1)生体適合性液体であって、
適合対象である細胞に対して適合性のあるハンセン溶解度パラメータ(HSP)を有する、液体。
(2)前記適合性のあるハンセン溶解度パラメータ(HSP)は、前記細胞に対する生体適合性レベルが確定された1又は2以上の液体とそれらのハンセン溶解度パラメータとに基づいて得られる生体適合性に関連付けられたハンセン溶解度パラメータの閾値情報に基づいて決定される、(1)に記載の液体。
(3)前記適合性のあるハンセン溶解度パラメータ(HSP)は、前記細胞に対する生体適合性を有する1又は2以上の液体のハンセン溶解度パラメータに基づくハンセン溶解度パラメータ(HSP)空間における所定の中心値(δD、δP、δH)及び所定の相互作用半径Rによって規定されるHSP球内にある、(1)又は(2)に記載の液体。
(4)前記適合性のあるハンセン溶解度パラメータ(HSP)は、前記細胞の1又は2)以上の細胞構成要素のハンセン溶解度パラメータに基づくハンセン溶解度パラメータ(HSP)空間における所定の中心値(δD、δP、δH)及び所定の相互作用半径によって規定されるHSP球外にある、(1)〜(3)のいずれかに記載の液体。
(5)前記液体は、前記細胞に対して適合性のあるモル体積を有する、(1)〜(4)のいずれかに記載の液体。
(6)前記適合性のあるモル体積は、前記細胞に対して生体適合性レベルが確定された1又は2以上の液体とそれらのモル体積とに基づいて得られる生体適合性に関連付けられた液体モル体積の閾値情報に基づいて決定される、(5)に記載の液体。
(7)モル体積は、330cm
3/mol未満であり、
前記ハンセン溶解度パラメータ(HSP)が、前記中心値(δD、δP、δH)が(12.73, 2.33, 3.46) ([J/cm
3]
1/2)であり前記相互作用半径Rが3.4 ([J/cm
3]
1/2)以内のHSP球内である、(1)〜(3)のいずれかに記載の液体。
(8)液体モル体積は、330cm
3/mol以上であり、
前記ハンセン溶解度パラメータ(HSP)が、前記中心値(δD、δP、δH)が(12.73, 2.33, 3.46) ([J/cm
3]
1/2)であり前記相互作用半径Rが9.0([J/cm
3]
1/2)以内のHSP球内である、(1)〜(3)のいずれかに記載の液体。
(9)液体モル体積は、125cm
3/mol以上であり、
前記ハンセン溶解度パラメータ(HSP)が、DNA、コレステロール、水、ホスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、ホスファチジルエタノールアミン及びホスファチジルセリンの全てのHSP球外にある、(1)、(2)及び(4)のいずれかに記載の液体。
(10)沸点が33℃超であり、融点が25℃未満である、(1)〜(9)のいずれかに記載の液体。
(11)以下の表から選択される1又は2以上の液体である、(1)〜(10)のいずれかに記載の液体。
【0012】
【表1】
【0013】
(12)細胞外要素を備えないnaked細胞に対する生体適合性を備える、(1)〜(11)のいずれかに記載の液体。
(13)生体適合性液体を判定するためのHSP閾値情報を決定する方法であって、
1又は2以上の液体について、適合対象細胞に対するそれらの生体適合性とHSPとを取得する工程と、
前記生体適合性及び前記HSPに基づいて、所定の生体適合性に関連付けたHSP空間における中心値(δD、δP、δH)及び相互作用半径Rによって前記HSP閾値情報としてのHSP球を規定する工程と、
を備える、方法。
(14)前記1又は2以上の液体について、さらにモル体積を取得する工程を備え、
前記モル体積に応じて前記HSP球を規定する、(13)記載の方法。
(15)生体適合性液体を判定するためのHSP閾値情報を決定する方法であって、
1又は2以上の液体について、適合対象細胞の細胞構成要素のHSPを取得する工程と、前記HSPに基づいて、HSP空間における前記細胞構成要素についての中心値(δD、δP、δH)及び相互作用半径Rによって前記HSP閾値情報としてのHSP球を規定する工程と、を備える、方法。
(16)生体適合性液体のスクリーニング方法であって、
被験液体が、適合対象細胞に対して適合性であるHSPを有しているか否かを判定する工程及び/又は液体が、適合対象細胞に対して適合性であるモル体積を有しているか否かを判定する工程を備える、方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書の開示は、生体適合性液体、生体適合性液体のための指標の決定方法及び生体適合性液体のスクリーニング方法等に関する。本開示は、液体のハンセン溶解度パラメータが、生体適合性の有力な指標であることに関する。
【0016】
細胞毒性という概念における「細胞」は、本質的には、細胞外要素を備えないnakedな細胞であるべきである。そのように捉えると、細胞毒性の要因は、(1)液体により細胞膜が溶解する、(2)液体が細胞中に拡散・浸透して生体成分と反応し変性させることにより、細胞代謝を撹乱する、(3)DNAに損傷を与える、等といえる。
【0017】
上記の着想によって、有機溶媒を含む各種液体を再評価することで、本発明者らは新たな指標を取得することができた。
【0018】
図1には、生体適合性液体が採りうるHSPの一例を例示する。ある種の生体適合性液体は、特定されたHSP球の内部にあるHSPを有することができる。また、ある種の生体適合性液体は、細胞構成要素のHSP球の外部にあるHSPを有することができる。
【0019】
そして、液体の生体適合性については、モル体積が考慮される。モル体積は、一モルあたりの液体が採りうる体積を示す。ある液体のモル体積が大きいほど、細胞膜を通過しにくいため、naked細胞に対する生体適合性が向上する傾向にある。一方、ある液体の液体モル体積が小さいほど、細胞膜を通過しやすいため、naked細胞に対する生体適合性が低下する傾向がある。
【0020】
したがって、例えば、細胞構成物質のHSP球の外部にHSPを有する液体は、その細胞構成要素に対して溶解、浸透、損傷等の相互作用持たないことにより、生体適合性を発現しうる。また、液体のモル体積が大きいほど、細胞構成要素に対しての溶解、浸透、損傷等の相互作用が小さくなることにより、その液体のHSP球の半径は拡大しうる。
【0021】
以上のように、本開示によれば、液体の生体適合性は、そのHSPと所定のHSP球に基づき、さらに、そのモル体積に応じて、判定することができる。換言すれば、所定のHSPやモル体積を有する液体を選択することにより、効率的に生体適合性液体をスクリーニングできる。
【0022】
(ハンセン溶解度パラメータ:HSP)
本明細書において、HSP(ハンセン溶解度パラメータ)は、以下のように定義される。
【0023】
液体のHSPは、3種類の凝集エネルギー密度値、δD:分散項、δP:分散極及びδH:水素結合項の組合せであり、それぞれの単位は、[J/cm
3]
1/2又は[MPa]
1/2である。液体のHSPは、市販されているソフトウェアであるHSPiP4th Edition version4.0.04における登録値又は推算値として取得することができる。
【0024】
このソフトウェアは、http://hansen-solubility.com/index.html等のサイトから取得可能である。また、こうしたソフトウェアに基づいてHSPを求めるには、ハンセンらによる文献(例えば、C. M. Hansen solubility parameteres: a user7S handbook 2
nd edition, CEC press, 2007, ISBN -10: 0849372488)に基づくことができる。
【0025】
また、HSP空間のデカルト座標における二つのHSP間の距離Dを以下のようして求めることができる。
【0027】
上記式による距離Dが小さいほど、二つの化合物間の相互作用(溶解性、膨潤性等)が大きく、当該距離Dが大きいほど、相互作用が小さい。したがって、HSP空間のデカルト座標において、一つのHSP(δD、δP、δH)を中心とする距離Dの球状空間を規定することで、化合物(液体)としての一定の特性を特徴付けすることができる。距離D(半径)が小さければ、相互作用する類似の化合物(液体)が少なく、距離Dが大きければ相互作用する類似の化合物(液体)が多くなる。
【0028】
また、ある種の液体(δD
1、δP
1、δH
1)と、溶質(δD
2、δP
2、δH
2)との相互作用を定量的評価する指標として以下の式で表される相対エネルギー差(RED)を用いることができる。
RED=Distance/R
【0029】
ここで、Distanceは上記式で定義され、Rは相互作用半径である。REDが1未満のとき、溶質は液体に対して良好な溶解性・膨潤性等を有し、REDが1以上のときには、溶質は液体に対して溶解性・膨潤性が不良となる。
【0030】
HSPは、液体が単一溶媒の場合には、そのHSPは、単一溶媒のHSPとして表され、混合溶媒の場合には、各単一溶媒のHSPの加重平均として表される。混合溶媒の場合のHSPは、以下のようにして表される。なお、δD
mix、δP
mix、δH
mixは、混合溶媒のHSPの組であり、C
ivは、i番目の液体の体積分率、δD
i、δP
i、δH
iは、i番目の液体のHSPの組である。
【0032】
(モル体積)
なお、HSPに加えて、液体のモル体積が生体適合性に影響を及ぼしうる。液体モル体積は、分子間の相互作用や速度論的な現象(拡散等)に関連するからである。モル体積が大きいほど、生体を構成する細胞膜成分への溶解性が低くなり、浸透性や拡散性も低くなり生体適合性が増大する傾向がある。一方、モル体積が小さいほど、細胞への浸透性や拡散性が高くなり、生体適合性が低下する傾向がある。なお、混合溶媒のモル体積は、各単一溶媒のモル体積の加重平均として表すことができる。
【0034】
ここで、V
mixm混合溶媒のモル体積、C
imはi番目の溶媒のモル分率、V
imはi番目の溶媒のモル体積を示す。本明細書における液体のモル体積は、HSPiP4th Edition version4.0.04のデータベース登録値及び推算値に基づくことができる。モル体積の単位は、cm
3/mol又はcc/molである。
【0035】
(細胞)
本明細書において、細胞とは、真核細胞及び原核細胞を意味している。したがって、動物細胞、植物細胞のほか、微生物細胞等を含みうる。
【0036】
(生体適合性)
本明細書において、生体適合性とは、細胞と外界を隔てる細胞膜より外部構成要素を備えないnaked細胞に対する適合性を意味している。naked細胞としては、生きている細胞であって細胞膜のみで外界で隔てられた状態の細胞であり、例えば、粘膜や角質、細胞壁、外膜などの細胞外要素を備えない細胞を意味している。また、naked細胞は、単細胞であっても集合体であってもよいし、naked細胞である限り、生体の組織や器官であってもよい。
【0037】
以下、本明細書の開示を適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
【0038】
(生体適合性液体)
本開示の生体適合性液体は、適合対象である細胞に対して適合性のあるHSPを有することができる。この適合性のあるHSPは、適合対象たる細胞に対して予め生体適合性レベルが確定された複数の液体とその液体のHSPとによって得られる生体適合性に関連付けられたHSP閾値情報に基づいて決定することができる。
【0039】
また、本開示の生体適合性液体は、適合対象である細胞に対して適合性のある液体モル体積を有することができる。この適合性のある液体モル体積は、適合対象たる細胞に対して予め生体適合性レベルが確定された複数の液体とその液体のモル体積とによって得られる生体適合性に関連付けられたモル体積閾値情報に基づいて決定することができる。
【0040】
HSP閾値情報は、単独であるいはモル体積情報と組み合わされて用いられる。また、モル体積閾値情報は、単独であるいはHSP閾値情報と組合せて用いられる。
【0041】
(HSP閾値情報)
(第1の形態)
本開示によれば、HSP閾値情報を、HSP空間における所定の中心値(δD、δP、δH)及び所定の相互作用半径Rによって規定されるHSP球とし、当該HSP球の内部を適合性あるHSPとすることができる。なお、HSP球の内部にあるというとき、HSP球の外縁を規定する座標であるHSPに一致するか又は当該HSPよりもHSP球内部にある場合を意味するものとする。
【0042】
HSP閾値情報としてのHSP球は、適合対象細胞に対して予め生体適合性を有する1又は2以上の液体のHSPに基づいて決定される。HSP閾値情報は、適合させようとする複数の細胞に共通して適用可能な場合もある。例えば、汎用される培養細胞に適用されるHSP閾値情報は、他の培養細胞等にも適用可能であることがある。一方、HSP閾値情報は、適合対象細胞に応じて異なりうる場合もある。例えば、ヒト細胞と、酵母などの微生物細胞とは異なる可能性がある。また、ヒト細胞であっても、由来によって異なる可能性がある。HSP閾値情報は、液体について、意図する適合対象細胞に対する生体適合性試験を行って、液体の当該適合対象細胞に対する生体適合性とそのHSPから求めることができる。
【0043】
(モル体積閾値情報)
HSP閾値情報としてのHSP球は、液体のモル体積閾値情報に関連付けて規定してもよい。液体のモル体積に応じて、適合対象細胞に対する生体適合性が異なりうる。上述したように、モル体積が大きいほど、適合対象細胞に対する生体適合性が向上する傾向があり、モル体積が小さいほど、適合対象細胞に対する生体適合性が低下する傾向がある。
【0044】
また、適合対象細胞に応じて、生体適合性を示す指標となるモル体積閾値情報は異なりうる。モル体積閾値情報は、液体について、意図する適合対象細胞に対する生体適合性試験を行って、液体の当該適合対象細胞に対する生体適合性とそのモル体積から求めることができる。モル体積閾値情報の取得方法については後段で詳述する。
【0045】
(閾値情報の取得)
こうしたHSP閾値情報やモル体積閾値情報は、例えば、以下のようにして取得できる。すなわち、1又は2以上の被験液体の適合対象細胞であるnaked細胞に対する生体適合性を評価し、意図する生体適合性とHSPとを関連付けて、意図する生体適合性を肯定するためのHSP中心値及び相互作用半径を求めることで、HSP閾値情報を得ることができる。また、意図する生体適合性とモル体積とを関連付けて、意図する生体適合性を肯定するためのモル体積の閾値を求めることで、モル体積閾値情報を得ることができる。
【0046】
被験液体の生体適合性は以下のようにして評価できる。まず、直接的に、適合対象細胞(例えばヒト正常気道上皮細胞などのヒト細胞)に、例えば、2時間等の所定時間接触させた後、WST−8 assayなどの公知の細胞毒性試験を実施する。このように、本開示においては、適合対象細胞であるnaked細胞に直接被験液体を接触させることで、本質的な意味において、被験液体の適合対象細胞に対する生体適合性を評価するための閾値情報を取得することができる。
【0047】
生体適合性の評価は、例えば、規格化細胞生存率(Normalized cell survival rate)を用いて行うことができる。規格化細胞生存率は、細胞毒性を有さない液体培地(0.5%FBS含有RPMI-1640)を試験液体とした際の生存率が1.0となるように、各液体毒性試験後の生存率を、細胞毒性を有さない液体培地(0.5%FBS含有RPMI-1640)を試験液体の生存率で除した数値である。
【0048】
次いで、この規格化細胞生存率が一定値以上、例えば、0.7以上である被験液体を、生体適合性を肯定して生体適合性液体と規定することとする。なお、規格化細胞生存率は、意図する生体適合性に応じて適宜設定することができる。すなわち、高度な生体適合性を意図する場合には、当該生存率を0.7以上、より好ましくは0.8以上、さらに好ましくは0.9以上、一層好ましくは0.95以上等としてしてもよい。また、中程度の生体適合性を意図する場合には、例えば、前記生存率を、0.2以上0.7以下などの任意の範囲で設定してもよい。さらに、低程度の生体適合性を意図する場合には、例えば、前記生存率を0.2未満に設定することもできる。
【0049】
一方、被験液体のHSPを既述のソフトウェアにより取得する。HSPを算出するためのソフトウェアとしては、既に記載しサイト(http://hansen-solubility.com/index.html)等から取得可能である。また、こうしたソフトウェアに基づいてHSPを求めるには、ハンセンらによる既述の文献に基づくことができる。
【0050】
好ましくは、複数の、より好ましくは、5個以上、さらに好ましくは7個以上、一層好ましくは10個以上の液体について、規格化細胞生存率などの生体適合性指標とHSPとを取得する。これらの被験液体の規格化細胞生存率等とHSPとから、意図する規格化細胞生存率、すなわち、意図するレベルの生体適合性の指標として、これらのHSPの中心値(δD、δP、δH)をハンセン球法により求め、これを意図する生体適合性液体のHSP空間における中心値とする。中心値ほか相互作用半径についても、上記ソフトウェアを用い、ハンセンらによる既述の文献に記載の算出方法により取得できる。
【0051】
上記と同様にして、被験液体のモル体積も取得する。モル体積も既述のソフトウェアで取得できるほか、他の公知の方法によっても取得できる。それにより、意図する規格化細胞生存率とモル体積から、意図する規格化細胞生存率、すなわち、生体適合性を肯定するための指標としてのモル体積の閾値を決定することができる。
【0052】
例えば、規格化細胞生存率は、被験液体のモル体積に依存する傾向がある。液体のモル体積の3つの領域に応じて、規格化細胞生存率が異なる傾向がありうる。典型的には、強毒性〜中/高毒性〜低毒性の3つの領域である。規格化細胞生存率の傾向が変化するモル体積をモル体積閾値情報とすると、例えば、モル体積の一つの閾値を125cm
3/molとし、他方の閾値を330cm
3/molとすることができる。この場合、モル体積が(1)125cm
3/mol以下、(2)125cm
3/mol超330cm
3/mol未満及び(3)330cm
3/mol以上に分けることができる。(1)〜(3)の領域は、それぞれ、強細胞毒性(低生体適合性)領域、中毒性〜無毒性(中生体適合性〜高生体適合性)領域及び無細胞毒性(高生体適合性)領域と称することができる。
【0053】
細胞毒性は、液体が細胞内に浸透する、細胞構成要素が液体に溶解することによって生じると考えられる。したがって、(3)の領域のごとく、大きなモル体積を有する液体は、細胞に浸透したり、他の物質を溶解する能力が乏しいため、細胞毒性が生じにくいと考えられる。一方、(1)の領域のごとくモル体積が小さいと、細胞に浸透したり他の物質を溶解しやすくなり、強毒性になると考えられる。また、(2)の領域は、液体自体の特性であるHSPに大きく依存して細胞毒性(生体適合性)が決定されることになる、と考えられる。
【0054】
したがって、モル体積が(2)の領域(モル体積:125cm
3/mol超330cm
3/mol未満)であるときに、規格化細胞生存率はその液体のHSPに応じて大きく変動する。一方、モル体積が、(3)の領域(モル体積:330cm
3/mol以上)の場合には、規格化細胞生存率は概して低下しにくく、規格化細胞生存率はHSPにそれほど依存しない。また、モル体積が(1)の領域(モル体積:125cm
3/mol以下)の場合には、細胞強毒性であって、概して生体適合性を有し得ない。モル体積が当該数値以下であると、HSPが生体適合性であっても、標準状態(25℃、1気圧)では液体として存在しえないからである(気体となる。)。
【0055】
なお、ここでいう(1)〜(3)のモル体積領域の閾値は、適合対象細胞によって変わる場合もあるものである。
【0056】
以上のことから、HSP中心値を求めるのにあたって、モル体積にかかわらず、規格化細胞生存率を評価してもよいが、被験液体のモル体積閾値情報を考慮し、HSP中心値を求めることもできる。特に、モル体積が330cm
3/mol未満の被験液体、さらには、同125cm
3/mol超330cm
3/mol未満の被験液体について規格化細胞生存率を評価することで有効なHSP中心値を得ることができる。また、モル体積が、330cm
3/mol以上の被験液体について規格化細胞生存率を評価することでも有効なHSP閾値情報を得ることができる。
【0057】
次いで、HSP中心値から相互作用半径Rを求める。このためには、被験液体のHSPと算出したHSP中心値からのHSP空間における距離D([J/cm
3]
1/2)を既述のソフトウェア及びハンセンらの論文に基づいて取得する。相互作用半径は、この距離と規格化細胞生存率とをプロットすることにより得ることができる。この場合においても、モル体積閾値情報を考慮して、例えば、モル体積が330cm
3/mol未満又は125cm
3/mol超330cm
3/mol未満の被験液体について、距離を横軸に規格化細胞生存率を縦軸にプロットすることができる。このモル体積範囲においては、HSPが規格化細胞生存率に大きく影響するため相互作用半径を求めるのにあたっては、モル体積範囲を限定することで確度の高い相互作用半径Rを得ることができる。このプロットにおいて、例えば、生体適合性が肯定できる程度の規格化細胞生存率(例えば、0.7以上、好ましくは0.8以上、より好ましくは0.9以上、さらに好ましくは0.95以上、一層好ましくは約1.0等)を得ることができる距離Dを相互作用半径R([J/cm
3]
1/2)とすることができる。
【0058】
また、例えば、モル体積が330cm
3/mol以上の被験液体についても同様にしてプロットを作成することで、生体適合性が肯定できる規格化細胞生存率を得ることができる距離Dを求め、当該モル体積範囲の液体についての相互作用半径未満の被験液体について規格化細胞生存率を評価することで有効なHSP閾値情報を得ることができる。本モル体積範囲においても、上記と同様、モル体積範囲を限定することで、確度の高い相互作用半径Rを得ることができる。
【0059】
HSP閾値情報及びモル体積閾値情報の一例を利用した液体の生体適合性の判定例としては例えば、以下が挙げられる。
液体のモル体積が、330cm
3/mol以上のとき、好ましくは、以下のHSP球をHSP閾値情報とし、当該HSP球内部にあるHSPを適合性のあるHSPとすることができる。
HSP球1:
中心値(δD、δP、δH):(12.73, 2.33, 3.46) ([J/cm
3]
1/2)
相互作用半径R:9.0([J/cm
3]
1/2)
【0060】
(沸点及び/又は融点)
液体の生体適合性は、HSP及びモル体積のほか、沸点及び/又は融点を考慮することができる。沸点及び融点は、生体適合性液体の液体としての利便性や操作性に影響する。沸点は33℃を超えることが好ましい。33℃未満であると、生体の生存に一般的に適した通常の作業環境(約10〜30℃)において、液体として取扱難いからである。また、融点は、25℃未満であることが好ましい。融点が25℃以上であると、通常の作業環境(約10〜30℃)において、液体として取扱難いからである。
【0061】
こうした、適合性のあるHSPを有する液体として、例えば、以下の液体が挙げられる。また、これらの液体を混合してその結果、HSPが上記HSP球内にある混合溶媒が挙げられる。なお、以下の表においては、液体名、CAS番号及びSmiles (Simplified Molecular Input Line Entry Syntax)に基づく構造式を示す。
【0063】
また、液体のモル体積が、例えば、125cm
3/mol超330cm
3/mol未満であるときには、以下のHSP球をHSP閾値情報とし、当該HSP球内部を適合性あるHSPとすることができる。
HSP球2:
中心値(δD、δP、δH):(12.73, 2.33, 3.46) ([J/cm
3]
1/2)
相互作用半径R:3.4 ([J/cm
3]
1/2)
【0064】
こうした、適合性のあるHSPを有する液体として、例えば、以下の液体が挙げられる。また、これらの液体を混合してその結果、HSPが上記HSP球内にある混合溶媒が挙げられる。
【0069】
なお、液体モル体積が125cm
3/mol以下のときには、生体適合性が否定できる。
【0070】
(第2の形態)
また、HSP閾値情報を、HSP空間における所定の中心値(δD、δP、δH)及び所定の相互作用半径によって規定されるHSP球とし、当該HSP球外部を適合性あるHSPとすることができる。なお、HSP球外部にあるというとき、HSP球の外縁を規定する座標であるHSPに一致するか又は当該HSP球よりも外側にある場合を意味するものとする。
【0071】
このように除外すべきHSP球のHSP閾値情報は、適合対象細胞の1又は2以上の細胞構成要素のHSP球に基づいて決定される。かかる、HSP閾値情報は、上記と同様、適合させようとする細胞に応じて異なりうる。細胞構成要素としては、特に限定しない。細胞構成要素は、例えば、適合対象細胞が含まれる細胞種において普遍的な構成要素としてもよいし、適合対象細胞において特徴的な細胞構成要素としてもよい。また、細胞構成要素は、細胞膜構成要素としてもよいし、細胞内器官や細胞内物質としてもよい。
【0072】
こうした細胞構成要素としては、例えば、DNA、コレステロール、水、ホスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、ホスファチジルエタノールアミン及びホスファチジルセリン等が挙げられる。なお、これらは親水性部分と疎水性部分とを分離して細胞構成要素としては、かかる7種の細胞構成要素の群から選択される1又は2以上、好ましくは、3以上、より好ましくは4以上、さらに好ましくは5以上のHSP球とすることができる。一層好ましくは、これら全ての細胞構成要素を対象とすることができる。
【0073】
また、液体のモル体積が、125cm
3/mol以上であり、HSPが、DNA、コレステロール、水、ホスファチジルコリン(疎水性部分1、2、親水性部分)、ホスファチジルエタノールアミン(疎水性部分、親水性部分)、スフィンゴミエリン(親水性部分)及びホスファチジルセリンからなる群から選択される1又は2以上の細胞構成要素のHSP球外部にあることが好ましい。以下にこれらの細胞構成要素のHSP(δD、δP、δH)及び相互作用半径を示す。なお、HSPについては斜体文字表記は、既述ソフトウェアによる推算値又は推定値であり、相互作用半径Rは、規定値として本発明者らは5[J/cm
3]
1/2を設定した。
【0075】
HSPは、これらの細胞構成要素のうち、特に、水、DNA及びコレステロールのうち、1又は2以上の細胞構成要素のHSP球の外部であることが好ましく、より好ましくは、これらの全てのHSP球の外部である。これら3つに加えて、さらに、ホスファチジルコリン(疎水性部分1、2、親水性部分)、ホスファチジルエタノールアミン(疎水性部分、親水性部分)、スフィンゴミエリン(親水性部分)及びホスファチジルセリンからなる群から選択される1又は2以上の細胞構成要素のHSP球外部であることがより好ましい。
【0076】
こうした、適合性のあるHSPを有する液体として、例えば、以下の液体が挙げられる。また、これらの液体を混合してその結果、HSPが上記HSP球の外部にある混合溶媒が挙げられる。
【0081】
以上説明したように、本開示の生体適合性液体は、適合対象細胞に対する適合性のあるHSPを有するものとして規定できる。液体のHSPは、HSP閾値情報、さらには、モル体積閾値情報に基づいて判断することができる。
【0082】
(生体適合性液体を判定するためのHSP閾値情報を決定する方法)
本開示は、生体適合性液体を判定するための指標を決定する方法を提供することができる。本方法は、1又は2以上の液体について、適合対象細胞に対するそれらの生体適合性とHSPとを取得する工程と、
前記生体適合性及び前記HSPに基づいて、所定の生体適合性に関連付けたHSP空間における中心値(δD、δP、δH)及び相互作用半径Rによって前記HSP閾値情報としてのHSP球を規定する工程と、
を備えることができる。
【0083】
本方法によれば、液体が有する生体適合性とHSPとによって、生体適合性HSP空間としてのHSP球を規定し、これをHSPの閾値情報として利用することができる。こうして閾値情報を決定することで、任意の液体について、HSPを取得することで、簡易に液体の生体適合性を判定することができるようになる。
【0084】
また、本方法によれば、種々の細胞系や、特定細胞に対して生体適合性液体を判定するためのHSP閾値情報を決定でき、利用できるようになる。
【0085】
さらに、本方法は、1又は2以上の液体について、さらにモル体積を取得する工程を備え、モル体積に応じて前記HSP球を規定することができる。上述のように、液体のモル体積範囲において、生体適合性は変化する。すなわち、液体は、一定のモル体積の範囲において、HSPに大きく依存して液体の生体適合性が変動する場合がある。したがって、当該一定のモル体積の範囲の1又は2以上の液体を対象として、生体適合性とHSPとの関係からHSP球を規定することで、より確度の高い閾値情報を取得できるようになる。
【0086】
なお、HSP閾値情報及びモル体積閾値情報については、それぞれ既に説明した実施態様を適宜適用することができる。
【0087】
また、本方法は、1又は2以上の液体について、適合対象細胞の細胞構成要素のHSPを取得する工程と、前記HSPに基づいて、HSP空間における前記細胞構成要素についての中心値(δD、δP、δH)及び相互作用半径Rによって前記HSP閾値情報としてのHSP球を規定する工程と、を備えることができる。
【0088】
本方法によれば、細胞構成要素のHSP球を、生体非適合性HSP空間として規定し、これを、さらに他のHSPの閾値情報として利用することができる。こうして閾値情報を決定することで、任意の液体について、HSPを取得することで、簡易に液体の生体適合性を判定することができるようになる。また、本方法によれば、種々の細胞系や、特定細胞に対して生体適合性液体を判定するためのHSP閾値情報を決定でき、利用できるようになる。
【0089】
さらに、生体適合性HSP空間としてのHSP球と組み合わせることにより、生体適合性について確度の高い判定が可能となる。
【0090】
なお、細胞構成要素の相互作用半径は、実験的に求めるほか、規定値として、好ましくは2[J/cm
3]
1/2以上10[J/cm
3]
1/2以下程度、より好ましくは、4[J/cm
3]
1/2以上6[J/cm
3]
1/2以下、さらに好ましくは5[J/cm
3]
1/2程度に設定することができる。
【0091】
細胞構成要素及びそのHSP閾値情報については、それぞれ既に説明した実施態様を適宜適用することができる。
【0092】
(生体適合性液体のスクリーニング方法)
本明細書の開示によれば、生体適合性液体のスクリーニング方法が提供される。本スクリーニング方法は、被験液体が、適合対象細胞に対して適合性であるHSPを有しているか否かを判定する工程及び/又は液体が、適合対象細胞に対して適合性であるモル体積を有しているか否かを判定する工程を備えることができる。なお、ここでいう適合性であるHSPに有しているか否かについては、既に説明した態様を適用して判定することができる。
【0093】
本スクリーニング方法によれば、被験液体のHSP及び/又はモル体積によって、簡易に、しかも実質的に実験作業を排除して生体適合性を判定して生体適合性液体をスクリーニングすることができる。また、本スクリーニング方法によれば、本質的な意味において細胞に対する生体適合性を有する液体をスクリーニングすることができる。
【0094】
また、本スクリーニング方法によれば、被験液体のHSPが適合性であるか否かを判断するために、naked細胞に直接液体を接触させて得られたHSP閾値情報のほか、モル体積閾値情報を用いることができる。こうすることで、簡易で、本質的で、より確度の高い生体適合性液体のスクリーニングが可能となる。
【実施例】
【0095】
以下、本開示に係る実施例を挙げて具体的に説明する。ただし、以下の実施例は本開示を説明するものであって、本開示を限定するものではない。
【実施例1】
【0096】
本実施例では、細胞に対する生体適合性(細胞毒性)の指標となるHSPを決定するために、以下に示す各種の被験液体を、培地を除いた状態の細胞に直接接触させて、細胞毒性試験(WST−8 Assay)を実施した。なお、S1〜S21が被験液体であり、P1〜P4は、一般に強毒性として知られている比較液体である。
【0097】
【表10】
【0098】
ヒト上気道上皮細胞株BEAS−2Bを96ウェルプレートに1×10
5/cm
2になるように播種した。培地は、10%FBS含有RPMI−1640を使用した。
【0099】
24時間後、培地を除去して、被験液体を加え、約2時間被験液体と細胞とを直接接触させた。なお、接触させている間は、ウェルプレート上にシールを付与して蒸発を防いだ。その後、0.5%FBS含有RPMI−1640に置換した。被験液体接触終了から24時間経過後に、常法により細胞毒性試験(WST−8 Assay)を実施した。結果を表9に示す。
【0100】
【表11】
【0101】
表11には、細胞毒性試験結果を、規格化細胞生存率及び標準偏差(1σ)で示す。規格化細胞生存率は、0.5%FBS含有RPMI−1640を対照液体とした際の細胞生存率が1となるように、被験液体による細胞生存率を対照液体による細胞生存率で除したものである。なお、本実施例では、規格化細胞生存率を0.7以上である被験液体を細胞適合性であると判定した。
【0102】
また、表11には、各被験液体について既述のソフトウェアにより得られたHSP(δD、δP、δH)とともに、同ソフトウェアにより得られたモル体積及びヒルデブランド溶解度パラメータ(Tot)を示す。さらに、これらのデータに基づくHSP中心値(反細胞毒性(生体適合性)液体)からのHSP距離も示す。なお、斜体文字は既述のソフトウェアにおける推算値である。また、ハイフンは、データベースにもなく、また、分子量等の問題から、推算不可能であったことを示す。
【0103】
(1)規格化細胞生存率とモル体積
被験液体のモル体積と規格化細胞生存率との関係を
図2に示す。
図2に示すように、モル体積の大きさと、規格化細胞生存率との間には、一定の関係があった。すなわち、モル体積が125cm
3/mol以下の場合には、規格化細胞生存率が極めて低く(生体適合性がほとんどなく)、モル体積が125cm
3/mol超330cm
3/mol未満のときには、規格化細胞生存率には低いものから高いものまで分布があり、モル体積が330cm
3/mol以上のときには、規格化細胞生存率は、おしなべて高かった。以上のことから、液体のモル体積自体に応じて、液体の生体適合性は影響され、125cm
3/mol以下の場合にはそれ自体で強毒性(低生体適合性)となり、同330cm
3/mol以上の場合には、低毒性(高生体適合性)となり、125cm
3/mol超330cm
3/mol未満のときには、HSPに大きく依存して細胞毒性(生体適合性)が呈されることがわかった。
【0104】
(2)生体適合性液体のHSP中心値の算出
上記(1)によれば、生体適合性とHSPとの関係については、モル体積が330cm
3/mol未満であるとき、HSPが規格化細胞生存率(生体適合性)に影響することがわかった。したがって、このモル体積範囲を充足する被験液体から規格化細胞生存率が0.7以上となる被験液体を選択し、これらのHSPからハンセン球法によりHSP中心値を求めた。その結果を、表11の一部に示す。また、表11には、得られたHSP中心値からの被験液体及び比較液体のHSPの距離Dも示す。さらに、
図3に、モル体積が330cm
3/mol未満であって規格化細胞生存率が0.7以上の被験液体の各HSP及びこれらに基づくHSP中心値、及び細胞毒性液体のHSPを示す。
【0105】
表11及び
図3に示すように、モル体積330cm
3/mol未満であり、規格化細胞生存率が0.7以上の被験液体のHSPに基づくHSP中心値(δD、δP、δH)は(12.73、2.33、3.46)であった。
図3から明らかなように、HSP中心値の周囲に生体適合性液体のHSPが存在し、HSP中心値から離れて細胞毒性液体のHSPが存在している。
図3において、HSP中心値から相互作用半径R(3.4)内の被験液体は、S5〜S9並びにS20及び21であった。
【0106】
(3)規格化細胞生存率とHSP距離
モル体積が330cm
3/mol未満の被験液体につき、規格化細胞生存率とHSP中心値からの距離Dとのプロットを
図4に示す。
図4に示すように、HSP距離Dが3.4([J/cm
3]
1/2)のとき、規格化細胞生存率が急激に低下することがわかった。また、当該距離Dは、生体適合性を規定した規格化細胞生存率が0.7に相当するHSP距離Dでもあった。すなわち、このHSP距離Dは、HSP中心値からの相互作用半径Rを規定できる閾値とすることができる。
【0107】
以上により、HSP閾値情報としてのHSP球を規定することができた。HSP球を、フレーム球として
図3に示す。
図3に示すように、このHSP球内に生体適合性液体(規格化細胞生存率0.7以上)の被験液体のHSPが含まれることがわかった。
【0108】
また、モル体積が330cm
3/mol以上の被験液体につき、規格化細胞生存率とHSP中心値からの距離Dとのプロットを
図5に示す。
図5に示すように、HSP距離Dが9.0([J/cm
3]
1/2)を超えて、生体適合性のある被験液体が存在しなかった。すなわち、このHSP距離Dは、HSP中心値からの相互作用半径Rを規定できる閾値とすることができる。
【0109】
以上により、HSP閾値情報としてのモル体積に応じて2種類のHSP球を規定することができた。また、モル体積が330cm
3/mol未満でのHSP球は、HSP中心値から相互作用半径Rが3.4([J/cm
3]
1/2)というHSP球の内部に液体のHSPがないと、生体適合性を有しえない。これに対して、モル体積が330cm
3/mol以上でのHSP球では、HSP中心値から相互作用半径Rが9.0([J/cm
3]
1/2)というHSP球の内部に液体のHSPがあれば、生体適合性を有し得ることがわかった。
【0110】
(4)生体適合性液体のリスト
上記で規定した2つのHSP球で規定できる生体適合性液体は、表2〜4に示すとおりであった。すなわち、以下のHSP球1で規定される生体適合性液体(候補)は、表2に示すように、39種類選択することができた。また、以下のHSP球2で規定される生体適合性液体(候補)は、表3A、表3B及び表4A、表4Bに示すように、181種の生体適合性液体を選択することができた。
【0111】
なお、液体の選択にあたっては、融点が25℃未満で沸点が33℃超を条件とした。
【0112】
HSP球1:
中心値(δD、δP、δH):(12.73, 2.33, 3.46) ([J/cm
3]
1/2)
相互作用半径R:9.0([J/cm
3]
1/2)
HSP球2:
中心値(δD、δP、δH):(12.73, 2.33, 3.46) ([J/cm
3]
1/2)
相互作用半径R:3.4 ([J/cm
3]
1/2)
【実施例2】
【0113】
本実施例では、実施例1とは異なり、別のアプローチとして、演繹的に液体の細胞毒性を予測した。このためには、細胞構成要素のHSP値を考慮すればよいと考えられたので、以下の表に示す細胞を構成する主要な物質(C1〜C10)(疎水部と浸水部を持つものはそれぞれを分けてリストしている。)についてHSPを既述のソフトウェアで取得した。なお、コレステロール、DNA、水(1wt%混和性)については前記ソフトウェアのデータベースから、また、それ以外については、前記ソフトウェアの推算値として取得した。なお、水、コレステロール及びDNA以外の要素の相互作用半径Rは5.0 [J/cm
3]
1/2 とした。
【0114】
【表12】
【0115】
(1)生体適合性液体のHSPと細胞構成要素のHSP球の相対エネルギー差
表11の被験液体から細胞適合性液体(S5〜S9, S11〜S14, S18〜21)のみを抜き出し、それらのHSPと表12に示す細胞構成要素のHSP球との間の相対エネルギー差(RED)を算出したものを表13に示す。また、生体適合性液体のHSPと細胞構成要素の各HSP球との関係を
図6に示す。
【0116】
【表13】
【0117】
表13に示すように、生体適合性液体のHSPと細胞構成要素のHSP球の間の相対エネルギー差は全て1.0以上であることがわかる。即ち、生体適合性液体は、“細胞構成要素に浸透しない”、および、“細胞構成要素を溶かさない”液体であることがわかる。
【0118】
また、
図6に示すように、このHSP空間において、生体適合性HSP空間は、細胞構成要素の各HSP球の外部の空間である。生体適合性液体のHSPは、各HSP球外部にあることが明らかである。
【0119】
(2)生体適合性液体のリスト
上記で規定した生体適合性HSP空間内に存在するHSPを有する生体適合性液体(候補)としては、表7〜9に示すように、合計241種選択できた。なお、液体の選択にあたっては、融点が25℃未満で沸点が33℃超を条件とした。
【実施例3】
【0120】
本実施例では、実施例1及び2において生体適合性液体候補として選択したNovec7200及びNovec7300についてシロイヌナズナの葉を用いて植物体への生体適合性を調査した。これらの有機溶媒と、細胞に対して明らかに毒性を惹起させる有機溶媒としてエタノール、メタノール及びアセトンを植物体(シロイヌナズナの葉、約1cm×5mm、1.5mlチューブ)に付与して葉を浸漬させ、2時間経過後に外観の変化を確認した。さらに、観察後に試験に用いた葉を水中に浸漬して16時間後に水から取り出したものを観察した。なお、コントロールとして水を用いた。水はnaked細胞には細胞毒性を呈する液体であるが、細胞壁を有する細胞に対しては、細胞毒性を呈さないためコントロールとして用いた。被験液体に2時間浸漬した結果を
図7に示し、その後さらに水に16時間浸漬した結果を
図8に示す。
【0121】
図7に示すように、培養細胞において生体適合性液体候補として判定された有機溶媒であるNOVEC7200及び同7300はシロイヌナズナの葉に対しても外観変化をもたらさなかった。これに対して、培養細胞において細胞毒性が明らかであったエタノール、メタノール及びアセトンと接したシロイヌナズナの葉の表皮細胞を侵し、葉緑素の流出をもたらしていた。
【0122】
また、
図8に示すように、2つの生体適合性液体候補は、経過観察後においても、いずれもコントロールである水と比較して、シロイヌナズナの葉に彼等の外観変化をもたらさなかった。これに対して、エタノール、メタノール及びアセトンは、シロイヌナズナの葉そのものを萎縮(変形)させて、原型を留めず、しかも、緑色度も低下していた。
【0123】
以上のことから、本開示の方法によって同定された細胞適合性液体は、動物細胞のみならず植物細胞を含んで広い種の細胞に対して細胞適合性を呈することがわかった。