(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の質量分析データ処理装置および質量分析データ処理方法の実施の形態を、図面に基づいて詳細に説明する。
【0012】
≪質量分析データ処理装置≫
図1は、本発明の質量分析データ処理装置を備えた質量分析装置の概略を示す構成図である。
図1に示す質量分析装置1は、試料に設定した二次元範囲内の各分析領域に対して質量分析を実行する二次元質量分析を行うものである。そして、この質量分析装置1に設けられる質量分析データ処理装置は、試料に設定した二次元範囲について、ある質量範囲を持つイオンの分布情報を得るための質量データ処理方法を実施する装置である。
【0013】
このような質量分析装置1は、分析部10、制御部11、データ解析部13、記憶部15、操作部17、および表示部19を備えている。このうち、データ解析部13が、質量分析データ処理装置の主要部を構成するものである。以下、これらの構成要素の詳細を説明する。
【0014】
[分析部10]
分析部10は、試料をイオン化し、そのイオンを質量電荷比(m/z)に応じて分離して検出する部分であり、イオン源、質量分析部、および検出部を備えている。また特に、この分析部10は、分析する試料を搭載するステージを、x、yの2軸方向に高精度で移動させる駆動部を有している。これにより、試料に対して設定した任意の二次元範囲内の各分析領域に対して質量分析を実行して質量スペクトルを収集することが可能である。
【0015】
このような分析部10は、一例としてマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)によって試料をイオン化し、飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectrometry:TOFMS)によってイオン化した物質を質量電荷比(m/z)毎に分離して検出するものが適用される。
【0016】
[制御部11]
制御部11は、分析部10においてのイオン源、質量分析部、検出部、およびステージ駆動部の動作を制御する。この制御部11も、質量分析データ処理装置の一部を構成するものともなる。
【0017】
[データ解析部(質量分析データ処理装置)13]
データ解析部13は、質量分析データ処理装置の主要部を構成するものであり、分析部10において検出された信号を順次に取得し、これを質量電荷比(m/z)と信号の検出強度との関係を示す質量スペクトルに変換する。またデータ解析部13は、試料に設定した二次元範囲内の各分析領域の位置情報として、例えば制御部11からステージの位置座標を取得する。そして、各分析領域の位置情報と、各分析領域の質量分析によって得られた質量スペクトルとを紐付けして記憶部15に記憶させる。
【0018】
さらにデータ解析部13は、分析領域の位置情報に紐付けられた複数の質量スペクトルに基づいて、ある質量範囲を持つイオンの強度分布を抽出・表示するための処理を実行する。本実施形態においては、この処理内容が特徴的である。処理内容の詳細は、以降の質量分析データ処理方法において詳細に説明する。尚、このデータ解析部13は、例えば以降の質量分析データ処理方法で説明する手順を実行するためのソフトウェアがインストールされた汎用のパーソナルコンピュータであってもよい。
【0019】
[記憶部15]
記憶部15は、データ解析部13において紐付けされた、各分析領域の位置情報と質量スペクトルとを記憶する。また記憶部15は、データ解析部13での処理によって得られた各種のデータを記憶する。この記憶部15も、質量分析データ処理装置の一部を構成するものともなる。
【0020】
[操作部17]
操作部17は、分析部10において実行する質量分析に関する各種設定、およびデータ解析部13において実行する質量分析データ処理に関する各種設定を入力する部分である。質量分析に関する各種設定とは、例えば質量分析を行う二次元範囲、設定した二次元範囲の分割数、分割された1つの分析領域における分析時間などである。また質量分析データ処理に関する各種設定とは、例えば以降に説明する最小閾値および最大閾値などである。この操作部17は、例えばキーボードであったり、表示部19と一体形成されたタッチパネル式の入力部であってもよい。
【0021】
[表示部19]
表示部19は、操作部17から入力された各種設定、さらにはデータ解析部13において実行された質量分析データの解析処理結果を表示する。また、ここでの図示を省略した顕微鏡による試料の顕微画像を表示する。
【0022】
≪質量分析データ処理方法≫
図2は、実施形態の質量分析装置1のデータ解析部13によって実施される質量分析データ処理方法を示すフローチャートである。以下に、
図2のフローチャートに沿って
図1および必要図を参照しつつ、質量分析データ処理方法を説明する。
【0023】
先ず、質量分析データ処理を実施するに先立ち、操作部17からの操作により、分析部10において任意の二次元範囲内の各分析領域について質量分析を実行する。
図3に示すように、二次元範囲Aは、位置情報(x,y)(x=1,2,…、y=1,2,…)を有する数百から数万の分析領域A(x,y)に区切られており、これらの各分析領域A(x,y)について、順次質量分析を実行する。
【0024】
データ解析部13は、質量分析の実行と平行し、制御部11から各分析領域A(x,y)の位置情報を取得し、分析部10においての質量分析によって得られた各分析領域A(x,y)の質量スペクトルS(x,y)と位置情報(x,y)とを紐付けして記憶部15に記憶させる。その後、以下のようにして質量分析データ処理を行う。
【0025】
<ステップS1>
先ずステップS1では、質量分析が終了した後、分析領域A(x,y)の位置情報(x,y)に紐付けられた質量スペクトルS(x,y)を取得する。この質量スペクトルS(x,y)は、質量分析によって得られたオリジナルの質量スペクトル群である。これらのオリジナルの質量スペクトルS(x,y)には、一例として次のような特徴を持ったピークが現れる。
【0026】
[ピークP1]質量電荷比(m/z)=20付近:全ての質量スペクトルS(x,y)中において強く現れ、試料のマトリックス成分の可能性が高い。
[ピークP2]質量電荷比(m/z)=50付近:一部の質量スペクトルS(1,2)、S(2,2)、S(1,3)…に現れ、その強度はピークP1より高いものもある。
[ピークP3]質量電荷比(m/z)=70付近:強度は低いが、一部の質量スペクトルS(1,1)、S(2,1)、S(1,2)…に現れる。
[ピークP4]質量電荷比(m/z)=80付近:強度は高いが、質量スペクトルS(1,3)のみに現れ、装置の電気的な要因によって超局所的に発生するスパイクノイズの可能性が高い。
【0027】
この場合に、一部の質量スペクトルのみに現れる質量電荷比(m/z)=50,70のピークP2およびピークP3に着目してその分布情報を得たい。しかしながら、実際の質量分析では、数百から数万の分析領域A(x,y)に対して質量スペクトルS(x,y)を取得するため、質量スペクトルS(x,y)の数が多すぎて着目すべきピークを選択することが困難である。そこで、以降のようにデータ処理を行う。
【0028】
<ステップS2>
先ずステップS2では、取得した全ての質量スペクトルS(x,y)を平均化した平均質量スペクトルSaveを作成する。
図4には、作成した平均質量スペクトルSaveを示す。この平均質量スペクトルSaveは、オリジナルの質量スペクトル群Sにおける全ての質量スペクトルS(x,y)を平均化したものである。
【0029】
図4に示すように、平均質量スペクトルSaveにおいては、オリジナルの全ての質量スペクトルS(x,y)に現れているピークP1の強度は相対的に高く、一部の質量スペクトルS(x,y)にしか現れていないピークP2,P3,P4の強度は相対的に低くなる。
【0030】
<ステップS3>
次にステップS3では、取得した全ての質量スペクトルS(x,y)を比較し、各質量範囲における最大ピークを抽出し、最大ピークで構成された最大質量スペクトルSmaxを作成する。この最大質量スペクトルSmaxは、各質量範囲について抽出された最大ピークを用いて構成された1つのスペクトルであり、Maximum Pixel Spectrum手法によって作成される。尚、ここで質量範囲とは、質量電荷比(m/z)の各範囲である。
図5には、作成した最大質量スペクトルSmaxを示す。
【0031】
図5に示すように、最大質量スペクトルSmaxにおいては、オリジナルの質量スペクトルS(x,y)の何れかにおいて強度の高かったピークP1,P2,P4は、高いままの状態で現れている。しかしながら、それぞれのピークP1,P2,P4が、オリジナルの質量スペクトルS(x,y)のほとんど全てで現れるのか、一部のみで現れるのかは区別できない。また、もともと強度の低いピークP3は強度が低いままであり、質量電荷比(m/z)=30,40,60付近のノイズピークとの違いが明らかではない。尚、このステップS3は、ステップS2の前に実施しても良い。
【0032】
<ステップS4>
ステップS4では、最大質量スペクトルSmaxに対する平均質量スペクトルSaveの強度比を示す強度比スペクトルSave/maxを作成する。
図6に示すように、強度比スペクトルSave/maxは、最大質量スペクトルSmaxによって平均質量スペクトルSaveを除したスペクトルであって、縦軸は最大質量スペクトルSmaxの検出強度に対する平均質量スペクトルSaveの検出強度、すなわち検出強度比(Average/Maximum)である。尚、データ解析部13で作成された強度比スペクトルSave/maxは、制御部11によって表示部19に表示させる。
【0033】
図6に示すように、強度比スペクトルSave/maxにおいては、オリジナルの質量スペクトルS(x,y)のほとんど全てで現れるピークP1は、検出強度比(Average/Maximum)が1に近い数値になる。このピークP1は、
図5に示した最大質量スペクトルSmaxにおいても高い値を示していたため、試料のマトリックス成分を構成する物質であると判断される。
【0034】
オリジナルの質量スペクトルS(x,y)のうちの一部に現れていたピークP2,P3は、検出強度比(Average/Maximum)が1未満の中程度の数値になる。特に、オリジナルの質量スペクトルS(x,y)のうちの一部に現れていたが、もともと強度の低かったピークP3は、
図4の平均質量スペクトルSaveや
図5の最大質量スペクトルSmaxではノイズとの区別が付きにくいが、
図6の強度比スペクトルSave/maxでは、中程度の検出強度比(Average/Maximum)で明瞭に現れる。
【0035】
これに対して、ごく一部のオリジナルの質量スペクトルS(x,y)のみにしか現れていないピークP4は、小さい検出強度比(Average/Maximum)となっている。したがって、検出強度比(Average/Maximum)が中程度の数値になるピークP2,P3に注目することで、オリジナルの質量スペクトルS(x,y)のうちの一部にだけ現れるピークを簡便に判別できる。
【0036】
<ステップS5>
次いでステップS5では、強度比スペクトルSave/maxに対して設定された閾値の範囲内のピークを選択し、選択されたピークを含む質量範囲をデータ作成用の質量範囲として特定する。
【0037】
ここでは、先ず強度比スペクトルSave/maxに対して閾値を設定する。設定する閾値は、少なくとも最小閾値Th1であり、さらに最大閾値Th2を設定してもよい。これらの最小閾値Th1および最大閾値Th2は、例えばオペレータが表示部19において強度比スペクトルSave/maxを確認することによって設定し、操作部17から入力した値である。
【0038】
このうち最小閾値Th1は、ベースライン付近のノイズが除去される値に設定される。一方、最大閾値Th2は、試料のマトリックスを構成する物質および二次元範囲Aに対して偏りなく分布している物質が除去される検出強度比(Average/Maximum)=1未満の値に設定される。尚、除去された物質が、試料のマトリックスを構成するものであるか否かは、
図5に示した最大質量スペクトルSmaxで判断される。
【0039】
尚、これらの最小閾値Th1および最大閾値Th2は、このような設定に限定されることはなく、例えば、最小閾値Th1および最大閾値Th2の範囲に先端が位置するピークの数が、指定した所定数以下となるように設定された値であっても良い。また最小閾値Th1および最大閾値Th2は、強度比スペクトルSave/maxを確認することなく、予め設定された値であっても良い。
【0040】
そして、最小閾値Th1のみを選択した場合には、強度比スペクトルSave/maxの中から、最小閾値Th1の範囲のピークP1,P2,P3を選択し、これらのピークP1,P2,P3を含む質量電荷比(m/z)の範囲を、分布情報を作成するべき着目物質の質量範囲R1,R2,R3として特定する。ここで、最小閾値Th1の範囲のピークとは、最小閾値Th1を超える値とするか、最小閾値Th1以上の値とするか、何れであっても良い。ここで、各質量範囲R1,R2,R3は、例えば各ピークP1,P2,P3を中心としてそのピーク幅(例えば半値幅)が含まれる大きさに設定される。
【0041】
また、最小閾値Th1と共に最大閾値Th2を設定した場合には、最小閾値Th1の範囲で選択したピークP1,P2,P3の中から、さらに最大閾値Th2の範囲のピークP2,P3を選択し、これらのピークP2,P3を含む質量電荷比(m/z)の範囲を、分布情報を作成するべき着目物質の質量範囲R2,R3として特定する。ここで、最大閾値Th2の範囲のピークとは、最大閾値Th2未満の値とするか、最大閾値Th2以下の値とするか、何れであっても良い。
【0042】
尚、最大閾値Th2を設定した場合には、試料のマトリックスを構成する物質および二次元範囲Aに対して偏りなく分布している物質に関するピークが除去されるが、これらの物質に関するピークを除去する必要のない場合には、最大閾値Th2を設定する必要はない。
【0043】
<ステップS6>
その後ステップS6では、オリジナルの質量スペクトルS(x,y)において、ステップS5において特定した質量範囲R2,R3のピーク強度を抽出し、各分析領域A(x,y)の位置強度(x,y)に紐付けしたデータを作成する。ここでは、各分析領域A(x,y)の位置情報(x,y)に対して紐付けられたオリジナルの質量スペクトルS(x,y)の中から、特定した質量範囲R2,R3のピーク強度を抽出し、抽出した各ピーク強度を各分析領域A(x,y)の位置情報(x,y)に対して紐付けしたマッピングデータを作成する。マッピングデータは、特定した質量範囲R2,R3毎に、これらの分布情報を示すデータとして作成される。尚、このようなマッピングデータの作成は、質量イメージングプログラムによって実行される。
【0044】
図7は、このようにして作成された各質量範囲R2,R3のマッピングデータを、ヒートマップ形式で表した図である。これらの図は、分析対象とした任意の二次元範囲Aを格子状に分割した各分析領域A(x,y)に対して、特定した各質量範囲R2,R3のピーク強度を色別に割り当ててマッピングした質量イメージング(R2イメージおよびR3イメージ)の図であり、各質量範囲R2,R3の物質の分布状態が示されている。
【0045】
<実施形態の効果>
以上説明した実施形態によれば、二次元質量分析によって得られた膨大な数のオリジナルの質量スペクトルS(x,y)を処理して、先に説明した強度比スペクトルSave/maxを作成する。
【0046】
この強度比スペクトルSave/maxでは、オリジナルの質量スペクトルS(x,y)のうちの極一部のみに超局所的に現れるピークP4を、通常のベースライン付近のノイズと同程度にまで小さくすることができる。一方、強度比スペクトルSave/maxでは、オリジナルの質量スペクトルS(x,y)のうちのほとんどに現れるピークP1の検出強度比(Average/Maximum)を1に近い値とすることができる。
【0047】
したがって、この強度比スペクトルSave/maxに対して、適切な最小閾値Th1を設定することで、スパイクノイズである可能性が高いピークP4を、着目物質の候補から除外することができる。さらに、この強度比スペクトルSave/maxに対して、適切な最大閾値Th2を設定することで、マトリックスを構成する物質である可能性が高いピークP1を、着目物質の候補から除外することができる。
【0048】
この結果、二次元質量分析による複数のオリジナルの質量スペクトル(x,y)中から、マッピングデータを作成するべき着目物質を、二次元範囲A内で偏って分布している物質に関するピークP2,P3に絞り込むことが容易になる。また、各分析領域A(x,y)の分析時間を長くすることなく、絞り込みの選択範囲からノイズを除去し易くすることができるため、二次元質量分析に要する全体的な分析時間の短縮化を図ることも可能である。