(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
注意欠陥/多動性障害(Attention Deficit / Hyperactivity Disorder: ADHD)の中核症状は、精神障害の診断と統計の手引き第四版用修正版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-IV-TR、DSM-IV-TR)で、不注意・多動性・衝動性により定義されており、その有病率は3〜7 %である。その症状の多くは就学前から出現し、約1/3〜1/2の患者では思春期から成人まで症状が遷延する。
【0003】
また、頻回に叱責されるなどの不適切な生育環境や社会的トラブルなどの反復から、家庭や学校における問題行動など二次障害を招くケースが報告されている。さらに、ADHDの症状により日常生活が困難になることから、思春期から成人に至るまでの間に、うつ病の発症や自殺リスクの増大につながる可能性が指摘されている。以上のような理由から、ADHDの早期診断と適切な治療は非常に重要な社会課題となっている。
【0004】
従来のADHD診断は、親および教師の行動観察によってスケーリングされたDSM-IV-TRの評価スコアに基づいて行われている。しかし、行動観察に基づく評価は親と教師の主観に依存する側面も強く、より客観的な生体計測に基づく診断指標の確立が求められている。早期診断の重要性は疾病すべてに共通しているが、特にADHDに関しては、親子関係の改善、生育環境の整備、自尊心の低下から来る行動上の問題、および続発する精神病態の予防、などの多大な利益がある。また、客観的な診断指標があれば、投薬などの治療による症状改善効果を定量的に評価することも可能となり、更なる治療の改善が期待される。
【0005】
近年、ADHDの客観的診断手法への応用が期待される、脳機能計測研究が進められている。例えば、機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging: fMRI)などの脳機能計測技術により、ADHD群と対照群(健常群)との間の病態の異同について解明されつつある。しかしながら、fMRIを含む多くの脳機能計測技術は、被験者に対する身体拘束性が強く、多動性や衝動性の症状を持つADHD患者に適用することが困難であった。例えば、小児を対象としたfMRI解析において、ADHD児および健常児の双方で解析データ離脱率が高いという報告がある。その原因として、fMRI計測中に頭部が動く、遊びまわってしまう、不注意により認知課題のルールを忘れる、などが挙げられている。ADHDの早期診断及び治療には薬物療法の適応開始年齢である就学期前後の評価が不可欠であるが、上記の理由から、高い身体拘束性を持つfMRIの適用には限界があると考えられた。
【0006】
また、fMRIを用いたADHD研究では、データ破棄率が高いため、症状が軽度のADHD児のみが対象となるselection biasが引き起こされる可能性がある。このように、臨床現場で実用化可能で、かつADHDと健常者の弁別に有用な生体計測指標は未だ開発されていない。
【0007】
一方、頭頂部表面から生体透過性の高い可視〜近赤外領域の光を照射・検出し、大脳皮質における血行動態変化を分光計測する、光脳機能計測技術が幅広い分野で利用され始めている。この技術は、体動に強い、拘束性が低い、通常の屋内環境下(ベッドサイド含む)で計測できる、対面で認知課題を行うことができる、などの特徴を持つ。これは、大規模で厳密な計測環境を要求する他の脳機能計測法(fMRI、Positron Emission Tomography: PET、等)にはない特長であり、新生児〜子供を対象とした研究や、より日常環境に近い脳活動計測に用いられてきた。また、これらの特長を生かし、他モダリティでは計測が困難だったADHD児の計測も進められている(非特許文献1)。
【0008】
非特許文献1では、ADHDの症状を特徴づける代表的なパラダイムであるGo/No-go課題を用いて光脳機能計測が行われている。Go/No-go課題とは、ある特定の刺激(Go刺激)には反応し(ボタン押し等)、ある特定の刺激(No-go刺激)には反応しないよう教示する課題である。Go/No-go課題は、特に、No-go刺激時における反応抑制に伴う前頭葉活動の計測に適した課題である。健常群およびADHD群に対してGo/No-go課題に伴う光脳機能計測を行った結果、健常群のみ右半球の中前頭回(Middle Frontal Gyrus: MFG)を中心とした領域が活動した。また、ADHD群に対してADHD治療薬であるメチルフェニデート(MPH)を投与した結果、その右MFGが健常群と同じく活動するよう変化すること(健常化)が示された。
【0009】
また、健常者のデータでは、右半球の下前頭回(Inferior Frontal Gyrus: IFG)を中心とした前頭葉領域が活動することが知られている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を参照して本発明の実施例について説明する。なお、添付図面は本発明の原理に則った具体的な実施例を示しているが、これらは本発明の理解のためのものであり、決して本発明を限定的に解釈するために用いられるものではない。
【0022】
本願発明者は、(1)光脳機能計測が就学前後の低年齢のADHD児に対して低離脱率で適用できること、および、(2)ADHDの中心病態である抑制機能を可視化できること、すなわち、光脳機能計測により、ADHDの診断に有用な神経生理学的指標が得られる可能性があること、の観点から鋭意検討し、新規な構成を見出した。
【0023】
以下の実施例は、注意欠陥・多動性障害(ADHD)の症状と関連する抑制機能や注意機能を反映する脳機能指標を算出する装置に関する。なお、以下で説明する技術は、ADHD以外の精神疾患を診断するための脳機能指標の算出にも適用可能である。
【0024】
図1は、本発明の一実施例に係る脳機能指標演算システムの構成図である。脳機能指標演算システムは、光脳機能計測装置101と、課題呈示用パーソナルコンピュータ103(以下、課題呈示PC)と、計測用パーソナルコンピュータ104(以下、計測用PC)とを備える。
【0025】
光脳機能計測装置101、課題呈示PC103、及び計測用PC104は、有線または無線で互いに接続される。ここでは、光脳機能計測装置101と計測用PC104を接続し、光脳機能計測装置101で計測した信号を直接計測用PC104に送る構成で説明するが、この例に限定されない。例えば、光脳機能計測装置101と課題呈示PC103とを接続し、光脳機能計測装置101で計測した信号を一旦課題呈示PC103に格納し、その後、光脳機能計測装置101の信号のデータをネットワークまたは記憶媒体などを経由して計測用PC104に入力する構成でもよい。したがって、光脳機能計測装置101で計測した信号が計測用PC104に入力データとして提供される構成であればよく、様々な形態で実現されてよい。
【0026】
光脳機能計測装置101は被験者102の頭部に装着される。計測用PC104は、脳活動信号前処理部105と、脳活動値算出処理部106と、脳機能指標算出処理部107と、脳機能指標表示処理部108とを備える。また、課題呈示PC103は、課題呈示処理部109を備える。
【0027】
課題呈示PC103は、課題呈示処理部109によって課題呈示PC103の表示装置(ディスプレイなど)に認知課題を表示する。光脳機能計測装置101は、被験者102が課題呈示PC103上で認知課題を実行する間の信号を計測し、計測された信号を計測用PC104に送る。計測用PC104は、各処理部105〜108によって光脳機能計測装置101から受信した信号を処理し、脳機能指標を算出する。
【0028】
図2は、脳機能指標演算システムを構成するパーソナルコンピュータ(PC)のハードウェア構成図である。PC200は、CPU201などのプロセッサと、RAM(Random Access Memory)202などの揮発性メモリと、ハードディスク203などの不揮発性ストレージと、ROM204と、入力装置205と、表示装置206とを備える。入力装置205は、キーボード、マウスなどであり、表示装置206は、ディスプレイなどである。
【0029】
本実施例では、PC200に所定のプログラムを読み込ませて実行することで、課題呈示PC103及び計測用PC104を実現することができる。すなわち、課題呈示PC103及び計測用PC104の各処理部105〜109は、各処理に対応するプログラムコードをRAM202に格納し、CPU201が各プログラムコードを実行することによって実現される。
【0030】
なお、課題呈示PC103は、被験者102が認知課題を実行できるデバイスであればよく、タブレット端末などのPC200以外のデバイスで実現されてもよい。
【0031】
また、
図1では、脳活動信号の取得及び前処理から脳機能指標表示処理まで全てを計測用PC104上で行う構成を示したが、この構成に限定されない。例えば、計測用PC104の各処理部105〜108がネットワーク上で分散して配置されてもよい。
図3は、別の実施例に係る脳機能指標演算システムの構成図であり、脳機能指標演算システムは解析サーバ301をさらに備える。解析サーバ301は、脳活動信号前処理部105と、脳活動値算出処理部106と、脳機能指標算出処理部107とを備え、計測用PC104は、脳機能指標表示処理部108を備える。
【0032】
計測用PC104は、光脳機能計測装置101から取得した信号のデータをネットワーク経由で解析サーバ301に送る。解析サーバ301は、脳活動信号前処理部105と、脳活動値算出処理部106と、脳機能指標算出処理部107と用いて信号のデータを処理し、脳機能指標を算出する。解析サーバ301は、算出した脳機能指標を計測用PC104に送る。計測用PC104は、脳機能指標表示処理部108を用いて表示装置206上に脳機能指標を表示する。なお、解析サーバ301は、算出した脳機能指標を、計測用PC104以外の何らかの表示デバイスに送ってもよい。このように、各処理部105〜108は、光脳機能計測装置101の本体、計測用PC104、または、ネットワーク経由で繋がったサーバ(クラウドPC)などの構成要素のうち、どの構成要素に存在してもよい。
【0033】
次に、脳機能計測に用いる認知課題について説明する。本実施例では、課題呈示PC103の課題呈示処理部109が、以下で説明する認知課題の呈示処理を実行する。被験者102は、表示装置206上に表示された認知課題に応じて入力装置205を操作する。ここで用いられる認知課題は、反応抑制機能を見る代表的な認知課題であるGo/No-go課題である。なお、認知課題としては、注意機能を要する課題、記憶機能を要する課題などの様々な種類がある。認知課題は、診断する精神疾患の種類に応じて選択されればよい。
【0034】
図4は、Go/No-go課題を説明する図である。
図4の例では、ベースラインであるGoブロック401とターゲットであるGo/No-Goブロック402が24秒間ずつ交互に実行され、Goブロック401とGo/No-Goブロック402のセットが合計6回の実施される(全体で約5.5分間)。
【0035】
刺激には、4種の動物(キリン、ゾウ、ライオン、トラ)からなるカラー画像を用いた。各ブロック401、402の前には、3秒間のルール説明(例:このブロックでは、トラでは押さずに、ゾウでは押してください)を表示装置206上に表示する。この実施例のGoブロック401では、キリンまたはライオンがランダムに表示装置206上に表示されるが、どちらの刺激でもボタン(入力装置205)を押すよう教示される。一方、Go/No-goブロック402では、トラまたはゾウがランダムに表示装置206上に表示されるが、ゾウのときだけボタンを押し、トラの場合にはボタンを押さないよう教示される。
【0036】
Go刺激では、できるだけ早く押すよう教示されているため、No-Go刺激のトラが出た場合には、ついボタンを押しそうになるが、努力してボタン押しの行動を抑制する必要がある。この機能が抑制機能と呼ばれ、主に右半球の前頭葉により担われていることが知られている。
【0037】
次に、
図1の各装置について説明する。光脳機能計測装置101は、頭頂部表面から生体透過性の高い可視〜近赤外領域の光を照射及び検出し、大脳皮質における血行動態変化を計測するものである。
【0038】
この例では、光脳機能計測装置101は、近赤外分光法を用いて脳内の血流変化に依存した信号を計測する。光脳機能計測装置101は、少なくとも脳の右半球の前頭前野に2つの計測点を有する。本実施例の特徴は、脳活動信号として、右半球の中前頭回(以下、右MFG)に対応する計測点と右半球の下前頭回(以下、右IFG)に対応する計測点から得られる信号を用いることである。したがって、光脳機能計測装置101は、これら2つの計測点を少なくとも有していればよい。
【0039】
なお、脳活動と利き手には関係があるという報告もある。例えば、左利きの被験者102の場合、脳活動信号を左半球のMFGの計測点と左半球のIFGの計測点から得た方がよいことも考えられる。したがって、本発明で用いる脳活動信号は、被験者102の利き手と同側の脳の半球から得られた信号でもよい。
【0040】
光脳機能計測装置101は、左右半球のそれぞれに対応する2つのプローブホルダを備える。各プローブホルダは、8つの光照射プローブ(光照射部)と、7つの光検出プローブ(光検出部)とを備える。光脳機能計測装置101は、ヘッドセットを用いて光照射プローブと光検出プローブを被験者102の頭部に接触させるように構成される。
【0041】
左右のプローブホルダは、正中矢状面を中線として両側対称に装着される。このとき、左右の両方の下前方の端のプローブは、眼窩上隆起の位置に合わされ、そのプローブの下端は耳介上部の高さに合わされる。
【0042】
本実施例では、8つの光照射プローブと7つの光検出プローブが、左右半球のそれぞれの前頭部〜側頭部にかかる領域に配置される(
図5A及び
図5B参照)。上記のプローブ間の距離は3cmであり、光の照射点と検出点の間を計測チャネルと定義する。光脳機能計測装置101は、左右の各大脳半球においてチャネル1からチャネル22までの22点を計測する(
図5A及び
図5B参照)。
【0043】
Montreal Neurological Institute(MNI)座標系を用いて再現した頭表の上で仮想的に計測チャネルの位置を配置することにより、各計測チャネルが対応する脳部位を確率的に推定できる。以下の例で用いる脳活動信号は、右MFGの計測点(チャネル10)と右IFGの計測点(チャネル6)から得られる信号である。なお、光脳機能計測装置101でのサンプリング時間は0.1秒とする。
【0044】
次に、本実施例で用いる脳活動信号について説明する。光脳機能計測装置101の光照射プローブは、近赤外光の波長領域の計測光を照射する。そして、被験体を透過および/または反射した計測光を光検出プローブに入射させて検出することにより、計測光の強度(受光量)を取得する。
【0045】
ここで、脳活動を反映して、脳内のヘモグロビン量が活性化部位で増大すると、ヘモグロビンによる計測光の吸収量が増大する。このため、取得した計測光の強度に基づいて脳活動に伴うヘモグロビン量の変化を取得することが可能である。したがって、光脳機能計測装置101から計測用PC104に入力されるデータは、光脳機能計測装置(101)で計測された前頭部および頭頂部を含む領域から得られた頭部透過光強度の時系列データである。
【0046】
計測用PC(104)は、計測された透過光強度信号の時系列変化からLambert-Beer則に基づき、頭部内の「酸素化ヘモグロビン(Hb)」、「脱酸素化Hb」、および「総Hb(酸素化Hbと脱酸素化Hbの総和)」の相対的濃度変化(以下、Hb信号と呼ぶ)を算出する。神経活動に伴いHb信号が変化することが知られているため、これらのHb信号を脳活動信号と定義する。脳活動信号としては、酸素化HB信号、脱酸素化Hb信号、総Hb信号の少なくとも1つを用いることができる。
【0047】
脳活動信号は、相対的変化を表すものであり、基準となる期間と脳活動期間(活動すると予想される期間)との間の変化量を表す値である。
図4の例で説明すると、脳活動信号は、抑制課題開始から終了までの期間(Go/No-Goブロック402)における任意の期間の血液量変化信号の平均値と、抑制課題前の期間(Goブロック401)における任意の期間の血液量変化信号の平均値との間の差(変化量)を表す。
【0048】
なお、課題呈示PC103から取得した課題の種類や呈示タイミングの情報を合わせて解析することにより、特定の認知課題に対する脳活動信号を取得してもよい。
【0049】
次に、右MFGの計測点(チャネル10)と右IFGの計測点(チャネル6)の2つの計測点からの脳活動信号を用いる妥当性を示す。上記の脳活動信号の計測をADHD児30名および比較対象(コントロール)となる健常児30名に対して行うと、
図5A及び
図5Bで示すような脳活動マップが得られる。
図5Aは、コントロール群(健常児群)の脳活動マップであり、
図5Bは、ADHD群の脳活動マップである。
【0050】
本実施例では、より脳活動に伴う信号の変動幅が大きく、ノイズに強い酸素化Hb信号を解析に使用した例を示す。なお、脳活動信号として、その他のHb信号(脱酸素化Hb信号、総Hb信号)を用いることも可能である。
【0051】
脳活動信号を計測した結果、コントロール群(健常者)でのみ、前頭前野の一部で有意な活動が見られた。その活動部位は中前頭回(MFG)および下前頭回(IFG)に位置する3チャネルである(
図5Aの○で示したチャネル5、6、10)。一方、ADHD群では有意に活動する部位は見られなかった。これらの解析結果から、抑制課題に伴う右前頭回の活動がADHD群とコントロール群で異なること分かった。
【0052】
図6は、2つの計測チャネル(チャネル6、10)で得られた脳活動信号をコントロール群とADHD群とで比較した図である。有意な差が見られたチャネルは、MFGに位置するチャネル10とIFGに位置するチャネル6の2点だけであった(
図6の○で示したチャネル)。
【0053】
コントロール群では、これらのチャネル6、10においてGo/No-Go課題に伴う酸素化Hb信号の増加が見られたが、ADHD群では有意な変化は見られなかった。以上の結果から、ADHD児と健常児の違いを特徴づける脳機能は、MFGに位置するチャネル10とIFGに位置するチャネル6に局在することが示唆された。従来、抑制機能を担う中心部位はIFGと考えられるが、小児ではIFGが未発達であり、MFGが補足的に賦活している可能性がある。
【0054】
上記の知見に基づき、本実施例の脳機能指標算出システムでは、チャネル10の位置(MFGを中心とした領域)と、チャネル6の位置(IFGを中心とした領域)の両方から得られる脳活動信号を用いて、ADHDの診断に有用な脳機能指標を算出する。これにより、高精度にADHD児と健常児の弁別が可能で、かつ臨床現場で利用できる脳機能指標を提供することができる。
【0055】
次に、計測用PC104の各処理部105〜108について説明する。脳活動信号前処理部105は、光脳機能計測装置101で計測された計測データのノイズ除去などを行う。また、脳活動値算出処理部106は、前処理後に得られた脳活動信号から脳活動値を算出する。脳機能指標算出処理部107は、脳活動値から脳機能指標を算出し、脳機能指標表示処理部108は、算出された脳機能指標を表示装置206に表示する。
【0056】
なお、計測用PC104は、認知課題の種類の情報および呈示タイミングの情報を用いて、各処理部105〜108での処理に用いてもよい。認知課題の種類の情報および呈示タイミングの情報は、課題呈示PC103から取得されてもよいし、または、計測用PC104のハードディスク203にあらかじめ格納されていてもよい。
【0057】
より具体的に各処理部105〜108について説明する。脳活動信号前処理部105は、光脳機能計測装置101で計測された計測データ(上述の時系列データ)を前処理し、脳活動信号(例えば、前処理された酸素化Hb信号)を算出する。
【0058】
例えば、脳活動信号前処理部105は、計測データに対して以下の前処理を実行する。
(1)0.01Hzをカットオフ値としたハイパスフィルタによりベースライン補正を行う。
(2)心拍による影響を除去するためにカットオフ値0.8 Hzのローパスフィルタを適用する。
(3)急峻な変動があるブロックは、Motion artifactが混入しているため解析から除外する。
【0059】
また、独立成分解析などを利用して、課題に関連する成分のみを抽出する解析処理も有用である。この場合、脳活動信号前処理部105は、課題の種類および呈示タイミングの情報を用いて、課題に関連する成分のみを抽出する。
【0060】
ノイズ除去などの観点から計測データに対して前処理を実行することが好ましいが、計測用PC104が上記で説明した前処理の一部または全部を実行しないで脳活動信号を算出する場合でも本発明の効果を得ることが可能である。
【0061】
脳活動値算出処理部106は、脳活動信号前処理部105で処理して得られた酸素化Hb信号から、課題に伴うHb信号の変化の大きさや有意性を表す値(脳活動値)を算出する。脳活動値算出処理部106は、MFGに対応する酸素化Hb信号とIFGに対応する酸素化Hb信号のそれぞれについて、脳活動値を算出する。
【0062】
ここで、脳活動値は、例えば、抑制課題を実行する間における任意の期間に得られた酸素化Hb信号の信号値または酸素化Hb信号の波形情報から算出される。この例では、脳活動値算出処理部106は、課題の呈示タイミングの情報を用いて、前処理をした酸素化Hb信号から、課題開始後4-24秒の活動期間の平均値を脳活動値として算出する。すなわち、ここで算出される脳活動値は、抑制課題開始から終了までの期間(Go/No-Goブロック402)における任意の期間(課題開始後4-24秒)の脳活動信号の平均を表す値である。課題開始後4秒後以降のデータを用いる理由は、抑制課題開始直後では、抑制課題に伴う血流の変化が現れにくい可能性があるためである。脳活動値として平均値を用いることで、ノイズの影響を軽減できる利点がある。
【0063】
脳活動値の算出法としては、活動期間の平均値だけに限定されない。例えば、抑制課題開始から終了までの期間(Go/No-Goブロック402)における最大値を脳活動値として算出してもよい。最大値を用いることにより、抑制課題遂行中で最も活動したと思われる時点の値を、この後の脳活動指標の計算に用いることができる。
【0064】
また、抑制課題開始から終了までの期間(Go/No-Goブロック402)の任意の期間の脳活動信号の波形情報を用いてもよい。例えば、計測用PC104は、健常児の抑制課題開始から終了までの期間の波形テンプレートの情報をあらかじめハードディスク203に格納しており、脳活動値算出処理部106は、得られた酸素化Hb信号の波形情報と波形テンプレートとの一致度を脳活動値として算出してもよい。一致度の計算については、公知のテンプレートマッチングの手法を用いればよい。波形テンプレートを用いることで、脳活動のモデルとの比較により脳活動を定量的に評価することができる。本実施例が示す脳活動値の算出方法はあくまで一例であり、具体的な手法やパラメータはこの限りではない。
【0065】
脳機能指標算出処理部107は、MFGに対応する脳活動値とIFGに対応する脳活動値の両方を用いてADHDに関連する認知機能を反映した脳機能指標を算出する。脳機能指標には様々な形があるが、ここでは最もシンプルな形として、MFGに対応する脳活動値とIFGに対応する脳活動値の両方が、ある一定の値を超えているかどうかを判定する。
【0066】
それぞれの脳活動値を定数(基準値)aと比較する次の判定式(式1)により、「陽性(ADHDの可能性が高い)」または「陰性(ADHDの可能性が低い)」であるかを判定する。ここで、MFGに対応する脳活動値をV
MFGとし、IFGに対応する脳活動値をV
IFGとする。
V
MFG > a ∧ V
IFG > a ・・(式1)
【0067】
図7Aは、脳の右半球における計測チャネル1からチャネル22までの22点を示すマップであり、
図7Bは、
図7Aのチャネル6、10を用いてADHDを判定した結果である。
図7Bのグラフは、定数aを非常に低いところ(感度(sensitivity)=1、特異度(specificity)=0)から始めて順に高くしてゆき、非常に高いところまで(感度=0、特異度=1)まで変化させ、感度と特異度がどのように変わるかを表したROC(receiver operating characteristic)曲線である。
【0068】
図7Bにおいて、「Ch6 and 10」は、上記の(式1)により判定を行った結果である。本実施例のデータに対して、定数aを0.004mM・mmとし、(式1)を満たす場合を「陰性」、(式1)を満たさない場合を「陽性」として判定した結果、感度83%、特異度80%でADHD児を判別できることが示された。なお、定数aの値は、上記の値に限定されない。定数aは、脳活動値の算出方法や、診断する精神疾患など、各種の条件に応じて設定されればよい。
【0069】
また、「Ch10」は、MFGに対応する脳活動値(チャネル10から得られた脳活動値)が定数aを超えた場合を「陰性」、超えない場合を「陽性」として判定した結果である。また、「Ch6」は、IFGに対応する脳活動値(チャネル6から得られた脳活動値)が定数aを超えた場合を「陰性」、超えない場合を「陽性」として判定した結果である。
【0070】
また、「Ch6・10平均」は、MFGに対応する脳活動値(チャネル10から得られた脳活動値)とIFGに対応する脳活動値(チャネル6から得られた脳活動値)の平均が定数aを超えた場合を「陰性」、超えない場合を「陽性」として判定した結果である。また、「Ch6 or 10」は、MFGに対応する脳活動値(チャネル10から得られた脳活動値)またはIFGに対応する脳活動値(チャネル6から得られた脳活動値)が定数aを超えた場合を「陰性」、超えない場合を「陽性」として判定した結果である。
【0071】
図7Bに示すように、MFGの脳活動値(Ch10)またはIFGの脳活動値(Ch6)を単独で使った場合、それらの平均値を取った場合(Ch6・10平均)、どちらか一方が定数aを超えたかどうかを判定する場合(Ch6 or 10)では、判定率が低下する。この結果から、上記の(式1)のようにMFGの脳活動値とIFGの脳活動値の両方を使って判定する方法が好ましいことが示された。
【0072】
図8は、計測用PC104における処理を示すフローチャートである。以後の説明では、
図1の機能ブロックを主語として説明を行うが、以下の処理は、メモリなどを用いてプロセッサが所定のプログラムを実行することにより行われるため、プロセッサを主語とした説明としてもよい。
【0073】
脳活動信号前処理部105は、光脳機能計測装置101で計測されたMFGの計測データ(チャネル10の計測データ)801とIFGの計測データ(チャネル6の計測データ)802を入力データとして受け取り、前処理を実行する(811)。脳活動信号前処理部105は、前処理された脳活動信号(MFG)803と前処理された脳活動信号(IFG)804を出力する。
【0074】
次に、脳活動値算出処理部106は、脳活動信号(MFG)803および脳活動信号(IFG)804のそれぞれから脳活動値を算出する(812)。ここで、脳活動値算出処理部106は、脳活動信号(MFG)803からMFGに対応する脳活動値V
MFG(第1の脳活動値)を算出し、脳活動信号(IFG)804からIFGに対応する脳活動値V
IFG(第2の脳活動値)を算出する。
【0075】
次に、脳機能指標算出処理部107は、脳活動値V
MFGが定数aを超えているかを判定する(813)。ステップ813の判定を満たす場合は、脳機能指標算出処理部107は、脳活動値V
IFGが定数aを超えているかを判定する(814)。ステップ814の判定を満たす場合は、脳機能指標表示処理部108は、「ADHDの可能性が低いこと」を診断結果として表示装置206に表示する(815)。
図9Bは、ステップ815で表示装置206に表示される画面の一例である。なお、ステップ813、814のいずれかの判定を満たさない場合、脳機能指標表示処理部108は、「ADHDの可能性が高いこと」を診断結果として表示装置206に表示する(816)。
図9Aは、ステップ816で表示装置206に表示される画面の一例である。
【0076】
図10は、計測用PC104における処理を示すフローチャートの別の例である。
図8と同じステップについては同じ符号を付して、説明を省略する。この例では、脳機能指標算出処理部107は、以下の(式2)を用いてスコアを脳機能指標として算出する(1001)。脳機能指標表示処理部108は、算出されたスコアを表示装置206に表示する。このスコアは、脳活動値V
MFGおよび脳活動値V
IFGのそれぞれが定数aをどれだけ上回ったかを示す値である。
スコア= (V
MFG - a) + (V
IFG - a) ・・(式2)
【0077】
図11は、スコアを表示装置206に表示する際の画面の一例である。この構成によれば、ADHDの可能性を二値で表現するのではなく、ADHDの可能性の高さをスコアとして提示することができる。なお、
図11に示すように、画面上において、スコアが所定の閾値(
図11の点線)を超えた場合に、ADHDの可能性が低いことを示してもよい。また、スコアが所定の閾値を超えない場合、ADHDの可能性が高いことを示してもよい。
【0078】
上記で説明した脳機能指標は一例であり、これに限定されない。別の例としては、脳活動値V
MFGおよび脳活動値V
IFGの四則演算を少なくとも1つの含む演算式を用いて脳活動値V
MFGおよび脳活動値V
IFGから脳機能指標となるスコアを算出してもよい。一例として、以下の(式3)を用いて脳機能指標となるスコアを算出してもよい。
【数1】
【0079】
図7Bの結果からMFGに対応する脳活動値とIFGに対応する脳活動値との間の差が小さく、かつ、両方の脳活動値が高い方が好ましいと考えられる。したがって、(式3)を用いることにより、MFGとIFCの脳活動値の間の差が大きい場合にはスコアが小さくなるため、ADHD児と健常児の弁別に有用であると考えられる。
【0080】
また、上記の例では、右MFGの脳活動信号と右IFGの脳活動信号を用いたが、他の脳の領域に対応する脳活動信号を用いてもよい。例えば、MFGおよびIFG以外の領域で得られた脳活動信号を参照信号(基準信号)として、MFGおよびIFGの脳活動信号を算出し、それらから脳活動値を算出してもよい。他の領域の信号を基準として用いることで、MFGおよびIFGの脳活動状態をより効果的に表せるという利点がある。
【0081】
本実施例では、ADHDの主症状と関連する抑制機能を必要とする認知課題遂行時の前頭葉活動を光脳機能計測技術により計測し、その右MFGの脳活動値と右IFGの脳活動値の両方を用いて、ADHDと関連する前頭葉機能を反映する脳機能指標を算出する。抑制機能を担う中心部位は右半球のIFGと考えられるが、小児ではIFGが未発達であり、MFGが補足的に賦活している可能性がある。この構成によれば、MFGとIFGの両方の活動信号を用いることにより、ADHD児と健常児を高精度に弁別することができる。
【0082】
本実施例によれば、客観的なADHD診断に役立つ脳機能指標を得ることができる。性別/年齢をマッチさせたADHD児30名と対照となる健常児30名の比較実験データでは、右MFGおよび右IFGにおける脳活動信号の強度がある一定値を超えたケースをADHD陰性とした場合、感度83%、特異度80%でADHDを診断できることが示された(
図7B)。本実施例の脳機能指標演算システムは、ADHD薬物療法の適応開始年齢である就学期前後から適用可能であり、ADHD児と健常児を高精度に弁別することができる。
【0083】
本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。上記実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることもできる。また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることもできる。また、各実施例の構成の一部について、他の構成を追加・削除・置換することもできる。
【0084】
上述した各処理部105〜109の処理は、それらの機能を実現するソフトウェアのプログラムコードによっても実現できる。この場合、プログラムコードを記録した記憶媒体をシステム或は装置に提供し、そのシステム或は装置のコンピュータ(又はCPUやMPU)が記憶媒体に格納されたプログラムコードを読み出す。この場合、記憶媒体から読み出されたプログラムコード自体が前述した実施例の機能を実現することになり、そのプログラムコード自体、及びそれを記憶した記憶媒体は本発明を構成することになる。このようなプログラムコードを供給するための記憶媒体としては、例えば、フレキシブルディスク、CD-ROM、DVD-ROM、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD-R、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROMなどが用いられる。
【0085】
ここで述べたプロセス及び技術は本質的に如何なる特定の装置に関連することはなく、コンポーネントの如何なる相応しい組み合わせによってでも実装できる。更に、汎用目的の多様なタイプのデバイスが使用可能である。ここで述べた処理を実行するのに、専用の装置を構築するのが有益である場合もある。つまり、上述した各処理部105〜109の一部が、例えば集積回路等の電子部品を用いたハードウェアにより実現されてもよい。
【0086】
さらに、上述の実施例において、制御線や情報線は説明上必要と考えられるものを示しており、製品上必ずしも全ての制御線や情報線を示しているとは限らない。全ての構成が相互に接続されていても良い。