特許第6404553号(P6404553)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6404553
(24)【登録日】2018年9月21日
(45)【発行日】2018年10月10日
(54)【発明の名称】銀溶液の管理方法および銀粉の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 9/24 20060101AFI20181001BHJP
【FI】
   B22F9/24 E
【請求項の数】7
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2013-208669(P2013-208669)
(22)【出願日】2013年10月3日
(65)【公開番号】特開2015-71813(P2015-71813A)
(43)【公開日】2015年4月16日
【審査請求日】2016年7月19日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
(72)【発明者】
【氏名】寺尾 俊昭
(72)【発明者】
【氏名】松永 猛裕
(72)【発明者】
【氏名】岡田 賢
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 美也子
【審査官】 坂口 岳志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−297332(JP,A)
【文献】 米国特許第05749940(US,A)
【文献】 米国特許第04666514(US,A)
【文献】 米国特許第04874429(US,A)
【文献】 特開2010−024501(JP,A)
【文献】 特開2010−024533(JP,A)
【文献】 特開2013−177688(JP,A)
【文献】 特開2013−096008(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/169628(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/173245(WO,A1)
【文献】 特開昭54−071044(JP,A)
【文献】 理科薬品の管理とその取扱い,2006年 6月21日,P.92,https://web.archive.org/web/20100915000000*/http://www.saga-ed.jp/kenkyu/kenkyu_kiyo/image/05yakuhin.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 9/00− 9/30
C22B 1/00−61/00
C23C 18/00−20/08
CiNii
Google Scholar
JSTPlus/
JST7580/
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニア水に塩化物塩および炭酸塩を添加した後、銀塩を溶解することで調製された、アンモニア、塩化物塩および炭酸塩を含有する銀溶液(硫酸が添加されたものを除く)の管理方法であって、銀溶液中の全塩素および全炭酸の合計モル濃度を該銀溶液中の全銀のモル濃度で除した値を1より大きく5以下にすることによって雷銀の生成を抑制することを特徴とする銀溶液の管理方法。
【請求項2】
前記塩化物塩が塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、又は塩化リチウムであり、炭酸塩が炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウム、又は炭酸リチウムであることを特徴とする、請求項1に記載の銀溶液の管理方法。
【請求項3】
前記銀塩が、酸化銀、炭酸銀、塩化銀、および硝酸銀からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする、請求項1または2に記載の銀溶液の管理方法。
【請求項4】
アンモニア水に塩化物塩および炭酸塩を添加した後、銀塩を溶解する銀溶液を調製する調製工程と、前記調製工程で得たアンモニア、塩化物塩および炭酸塩を含有する銀溶液(硫酸が添加されたものを除く)に還元剤を添加して銀イオンを還元する還元工程とからなる銀粉の製造方法であって、前記銀溶液中の全塩素および全炭酸の合計モル濃度を該銀溶液中の全銀のモル濃度で除した値を1より大きく5以下にすることによって雷銀の生成を抑制することを特徴とする銀粉の製造方法。
【請求項5】
前記塩化物塩が塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、又は塩化リチウムであり、炭酸塩が炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウム、又は炭酸リチウムであることを特徴とする、請求項4に記載の銀粉の製造方法。
【請求項6】
前記銀塩が、酸化銀、炭酸銀、塩化銀、および硝酸銀からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする、請求項4または5に記載の銀粉の製造方法。
【請求項7】
前記還元剤が、ヒドラジン、ヒドラジニウム塩、アスコルビン酸、ホルマリン、および酒石酸からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする、請求項4〜6のいずれかに記載の銀粉の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀溶液の管理方法および銀粉の製造方法に関し、特に、爆発性を有する雷銀の生成を抑えて安全に銀溶液を管理する方法および銀粉を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器における配線層や電極などの導電膜の形成には、樹脂型銀ペーストや焼成型銀ペーストのような銀粉を含んだ銀ペーストが多用されている。これら銀ペーストは加熱硬化あるいは加熱焼成によって銀粉が連なり、電気的に接続した電流パスを形成する。従って銀ペーストを塗布又は印刷してから加熱硬化または加熱焼成することにより、所望のパターンを有する導電膜を形成することができる。
【0003】
例えば、樹脂型銀ペーストの場合は、銀粉、樹脂、硬化剤、および溶剤などからなる銀ペーストを回路パターンや端子形状に印刷し、100℃〜200℃で加熱硬化させて配線や電極用の導電膜を形成することができる。一方、焼成型銀ペーストの場合は、銀粉、ガラス、および溶剤などからなる銀ペーストを回路パターンや端子形状に印刷し、600℃〜800℃で加熱焼成して配線や電極用の導電膜を形成することができる。
【0004】
かかる銀ペーストに使用する銀粉の粒径は一般に0.1μmから数μm程度であり、形成する配線の幅や電極の厚さに応じて異なる粒径の銀粉が使用される。銀粉はペースト中で均一に分散させることが望ましく、これにより均一な厚みと幅を有する配線や均一な厚みを有する電極を形成することができる。
【0005】
ところで、銀ペーストの製造では、製造コストに占める割合が高い銀粉のコストを低く抑えることが重要視されており、このため、効率よく銀粉を作製できる湿式還元法が数多く提案されている。例えば特許文献1には、湿式還元法による銀粉の製造方法として、有機酸の存在下で銀錯体を還元する方法が示されている。この方法は、後述する雷銀の生成を回避できるという利点を有しているが、有機酸を用いて銀錯体を生成するため銀量と同じレベルの量の有機酸を添加する必要があり、薬剤コストが高いという問題を有している。また、その廃液はCOD(化学的酸素要求量)が高い上、残留有機物を分解する必要があるため、その処理にも多額のコストが必要となる。
【0006】
そこで特許文献2では、イオン交換水に硝酸銀およびアンモニアを加えて銀アンミン錯体の溶液を調製した後、還元剤水溶液で銀イオンを還元して銀粉を製造する方法が提案されている。アンモニアは銀イオンと安定な錯体を形成するため還元反応を制御しやすく、湿式還元法による銀粉の製法では有効な成分である。さらにアンモニアは有機酸と比べて薬剤コストが低い上、廃液処理において容易に処理可能な薬剤である。しかし、銀アンミン錯体は、ある条件では爆発性の雷銀を生成することがあるため、製造工程に銀アンミン錯体を用いる場合は安全性に留意する必要があった。例えば、非特許文献1には雷銀の一種である窒化銀の反応性について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−225760号公報
【特許文献2】特開2001−107101号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】The chemistry and free energy of formation of silver nitride, Industrial & Engineering Chemistry Research, 1991, 30, 2503−2506
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
アンモニアを用いた湿式還元法による銀粉の製造方法は、上記したように爆発性の雷銀が生成するリスクを孕んでいる。雷銀の発生メカニズムについて、特許文献2に開示された技術から検討すると、残留する未反応の銀アンミン錯体を含む銀溶液を濃縮した場合に雷銀が生成する可能性がある。これは意図的に濃縮した場合に限られず、例えば反応槽や配管系から飛散した銀溶液が乾燥したり濃縮した場合でも同様に雷銀が生成するリスクがあると考えられる。
【0010】
本発明はこのような従来の事情に鑑みてなされたものであり、銀アンミン錯体を含む銀溶液を危険な雷銀が発生しないように管理する方法、および危険な雷銀の発生を抑えながら銀アンミン錯体を含む銀溶液から銀粉を製造する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の発明者らは、銀アンミン錯体が雷銀を生成する条件について鋭意研究を重ねた結果、銀およびアンモニアを少なくとも含む銀溶液中の特定の成分の濃度を調整することで雷銀の生成を抑え得ることを見出し本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明が提供する銀溶液の管理方法は、アンモニア水に塩化物塩および炭酸塩を添加した後、銀塩を溶解することで調製された、アンモニア、塩化物塩および炭酸塩を含有する銀溶液(硫酸が添加されたものを除く)の管理方法であって、銀溶液中の全塩素および全炭酸の合計モル濃度を該銀溶液中の全銀のモル濃度で除した値を1より大きく5以下にすることによって雷銀の生成を抑制することを特徴としている。
【0013】
また、本発明が提供する銀粉の製造方法は、アンモニア水に塩化物塩および炭酸塩を添加した後、銀塩を溶解する銀溶液を調製する調製工程と、前記調製工程で得たアンモニア、塩化物塩および炭酸塩を含有する銀溶液(硫酸が添加されたものを除く)に還元剤を添加して銀イオンを還元する還元工程とからなる銀粉の製造方法であって、前記銀溶液中の全塩素および全炭酸の合計モル濃度を該銀溶液中の全銀のモル濃度で除した値を1より大きく5以下にすることによって雷銀の生成を抑制することを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、銀アンミン錯体を含む銀溶液であっても危険な雷銀が発生することがないので、安全且つ低コストに銀溶液を管理又は取り扱うことができ、また安全且つ低コストに銀粉を作製することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る銀粉の製造方法の一具体例について説明する。この本発明の一具体例の銀粉の製造方法は、銀イオンおよびアンモニアを含む銀溶液から銀粉を製造する湿式還元法であり、先ずアンモニアを含む水溶液に銀塩を溶解して銀アンミン錯体を含む銀溶液を作製する。次にこの銀溶液に還元剤を添加することにより銀イオンを還元して銀粉を懸濁させる。この懸濁液を濾過し、得られた固形分を洗浄および乾燥することで銀粉が得られる。この方法は生産性が高く、得られる銀粉の粒径および結晶粒径の制御も容易である。
【0016】
しかし、この方法では残留する未反応の銀アンミン錯体を含む溶液が乾燥等の過程で濃縮されると、爆発などの危険性を有する雷銀が生成されることが問題になる。さらに、乾燥等の過程のほか、飛散した銀溶液が乾いて濃縮することで雷銀が生成する恐れもある。ここで雷銀とは、窒化銀、アミド銀、およびイミド銀などの爆発性物質の一般的な総称であり、上記したように銀アンミン錯体を含む溶液を乾燥または加熱したり、アルカリ性物質の添加で該溶液中のアンモニア濃度が下がったりすると雷銀が生成される。
【0017】
そこで、本発明の一具体例に係る銀粉の製造方法では、アンモニアを含有する銀溶液において、該銀溶液中の全塩素および全炭酸の合計モル濃度を該銀溶液中の全銀のモル濃度で除した値を1と等しくするか又は1より大きく5以下にしている。具体的には、銀イオンを還元する前の該銀溶液に含まれる全塩素のmol濃度をAとし、該銀溶液に含まれる炭酸イオン、炭酸水素イオン、および二酸化炭素分子(以降、これらを合わせて全炭酸とも称する)の合計mol濃度をBとし、該銀溶液に含まれる全銀のmol濃度をCとした時、これらA,B、およびCが下記式1または式2のいずれかの関係を満たすように調整する。なお、銀イオンには、銀アンミン錯体[Ag(NH等の錯イオンや水和したイオンが含まれる。
【0018】
[式1]
1=((A+B)/C)
[式2]
1<((A+B)/C)≦5
【0019】
ここで全塩素のmol濃度とは、銀溶液中に含まれる塩素および塩素を含む化学物質を塩素原子に換算したmol濃度である。この塩素には、Clで示される塩素イオンやClで示される塩素分子さらには塩素の化合物が含まれる。これらの化学物質のmol濃度は、銀溶液のpH、温度などの諸条件で定まる化学平衡定数や反応速度定数に従って変動する。
【0020】
全炭酸のmol濃度とは、銀溶液中に含まれる二酸化炭素や炭酸イオン等の全炭酸を二酸化炭素に換算したmol濃度である。この全炭酸には、銀溶液に溶解した状態の二酸化炭素(CO)分子、CO−2で示される炭酸イオン、HCOで示される炭酸水素イオン、およびこれらの化合物が含まれる。これらの化学物質のmol濃度は、銀溶液中のpH、温度などの諸条件で定まる化学平衡定数や反応速度定数に従って変動する。
【0021】
全銀のmol濃度とは、銀溶液中に含まれる銀の化学種を銀原子に換算したmol濃度である。銀溶液中に含まれる銀は、ほとんどが銀アンミン錯体として存在するものであるが、化学平衡により銀アンミン錯体以外の錯体として存在する銀イオンも含まれる。
【0022】
アンモニアが存在する銀溶液について発明者らは鋭意研究を行った結果、銀アンミン錯体とアンモニアが存在する銀溶液において、全塩素のmol濃度(A)と全炭酸のmol濃度(B)の合計(A+B)と、全銀のmol濃度(C)との関係が上記式1または式2のいずれかを満たす場合は、爆発性の雷銀の発生を回避できることを見出した。これは、反応系内の銀溶液に限るものではなく、例えば反応槽や配管系から漏れたり飛散したりした銀溶液が乾燥あるいは濃縮しても雷銀は生成しない。
【0023】
しかも、銀イオン還元前の銀溶液を上記式1または上記式2のいずれかの条件を満たすように調整しておけば、還元工程以降の工程においても上記式1または上記式2の関係は維持されるので雷銀が発生することはない。すなわち、銀イオンの還元反応が進むと銀溶液中の銀イオンが銀粉になってその一部は沈降し、銀溶液から分離するので、銀溶液中に懸濁している微細な銀粉を銀溶液中の銀に含めても銀イオン還元前に比べて銀溶液中の全銀の濃度は低下するからである。
【0024】
なお、上記式2の右側の等号付き不等号は、全塩素のmol濃度(A)と全炭酸のmol濃度(B)の合計(A+B)が、全銀のmol濃度(C)の5倍以下であることを条件とするものであり、これは銀粉の製造工程の経済性を考慮して導き出されたものである。前述したように、還元工程では全銀のmol濃度は減少する傾向にあるので、塩素や二酸化炭素等の合計モル量を銀のモル量の5倍を超えて過剰に投入しなくてもよいことを示している。このように、上記式1または式2のいずれかを満たす条件下で銀粉を製造することにより、安全且つ低コストに銀粉を製造することができ、その工業的価値は極めて大きい。
【0025】
なお、本発明の一具体例に係る銀粉の製造方法において、二酸化炭素を使用しない場合であっても、銀溶液中の全塩素のmol濃度と全銀のmol濃度とが上記式1または式2のいずれか満たすのであれば同等の効果が得られる。また、銀粉の製造方法において塩素を使用しない場合であっても、銀溶液中の全炭酸のmol濃度と全銀のmol濃度とが上記式1または式2のいずれか関係を満たすのであれば同等の効果が得られる。
【0026】
次に、本発明に係る銀粉の製造方法を工程毎に詳細に説明する。まず、銀と錯化剤としてのアンモニアとを含有するアンモニア溶液に必要に応じて塩化物塩および/または炭酸塩を添加した後、銀塩として酸化銀、炭酸銀、塩化銀、硝酸銀、酢酸銀、および臭化銀からなる群から選ばれる1種類以上を溶解して銀溶液を得る。この銀溶液は前述したように全塩素および/または全炭酸のモル濃度を全銀のモル濃度で除した値が1と等しいか又は1より大きく5以下の範囲内となるように調整する。
【0027】
この時、銀塩の添加だけで上記1と等しいか又は1より大きく5以下の条件を満たすのであれば、基本的に塩化物塩および/または炭酸塩は添加しなくてもよい。例えば、銀塩に塩化銀のみを用いた場合、銀溶液中に銀のモル数と等モルの塩素が存在することになるので、この塩素が脱気などで除去されない限り全塩素のmol濃度を全銀のmol濃度で除した値は1となるので上記の条件を満たすことになる。
【0028】
銀塩は、比較的安価な原料である、酸化銀、炭酸銀、塩化銀、および硝酸銀の中から選ぶのが好ましく、得られる銀粉への不純物の混入を防止するため、工業用に安定的に製造されている高純度塩化銀を用いることがより好ましい。塩化銀を溶解するアンモニア水は、工業的に用いられる通常のものでよいが、不純物混入を防止するため、可能な限り高純度のものが好ましい。また、アンモニア水の濃度は、通常用いられる25質量%程度でよく、必要に応じて純水で希釈してもよい。
【0029】
必要に応じて添加する塩化物塩や炭酸塩は、溶解しないものや還元反応中に水酸化物のように沈殿が生じるものでなければ特に限定はなく、塩化物塩では塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩化リチウムなどを使用することができる。一方、炭酸塩では、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウム、炭酸リチウムなどを使用することができる。
【0030】
銀溶液を調製する具体的な方法としては、所定の量のアンモニア水が張り込まれた反応槽に塩化物塩および/または炭酸塩を投入し、これにより得られるアンモニア溶液を20〜45℃に保持して撹拌しながら銀塩を投入して十分に溶解すればよい。アンモニア溶液の温度が20℃未満では、銀塩の溶解度が下がり生産性が悪くなる。一方、アンモニア溶液の温度が45℃を超えるとアンモニアの揮発が激しくなり、一旦溶解した銀塩がアンモニアの揮発に伴って析出するため、安定した銀溶液が得られなくなる。得られた銀溶液は、引き続き20〜45℃に保持するのが好ましく、35〜40℃に保持することがより好ましい。
【0031】
上記したアンモニア溶液への銀塩の投入では、得られる銀溶液中の銀濃度が80〜100g/Lとなるように投入量を調整することが好ましい。この銀濃度が80g/L未満であっても得られる銀粉に問題はないが、1バッチ当たりで得られる銀粉の量が少なくなるため生産性が低下する。一方、銀濃度が100g/Lを超えることは、銀塩の析出が開始することから困難である。
【0032】
次に、還元剤に分散剤を混合して還元剤混合液を作製する。還元剤には一般的な還元剤を用いることができるが、反応速度や薬剤のコストの面から、ヒドラジン、ヒドラジニウム塩、ホルマリン、アスコルビン酸、酒石酸が好ましい。一方、分散剤には、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンイミンなどを用いることができる。分散剤にポリビニルアルコールやポリビニルピロリドンを用いる場合は還元反応時に発泡する場合があるため、銀溶液又は還元剤混合液に市販の消泡剤を添加してもよい。また、ポリビニルアルコールを用いる場合は、シリコーン系界面活性剤を添加したものを用いることがより好ましい。
【0033】
一般的な銀粉の湿式合成においては、還元剤の添加後数時間で銀アンミン錯体が還元されて核生成が起こり、核が成長して銀粒子が形成されると共に銀粒子同士の凝集が生じる。その際、分散剤は生成した銀粒子表面に吸着して、銀粒子同士の凝集を防いで分散させる働きを有する。尚、核が凝集しながら成長すると複数の核が成長してできた多結晶組織で構成される銀粒子となり、核が凝集せずにそのまま成長すると単結晶の銀粒子となる。
【0034】
このように、核生成時から溶液中に分散剤を存在させることにより銀粒子の分散性を向上させて核の成長及び凝集を適度に調整することができる。その際、還元剤を銀溶液に添加する前に、還元剤と分散剤とを予め混合し、還元剤混合液として銀溶液に添加するのが好ましい。これにより、少ない分散剤でも核の表面に効率よく分散剤を吸着させることができる。
【0035】
還元剤への分散剤の添加量は、分散剤の種類及び作製する銀粉の粒径により適宜決めればよいが、前述したいずれの分散剤を用いる場合であっても、銀溶液中に含まれる銀100質量部に対して3〜10質量部とすることが好ましい。また、銀溶液への還元剤混合液の添加量は、添加した還元剤混合液中の還元剤の量が銀溶液中の銀を全て還元できる量であればよく、そのために必要な最少限度の量とすることがコスト面から好ましい。例えば還元剤がアスコルビン酸の場合は、銀溶液中の銀1モル当たり0.25モルが化学量論量であるので、その添加量は銀1モル当たり0.25〜1モルが好ましく、0.25〜0.35モルがより好ましい。
【0036】
この還元剤混合液を、前述したように好適には20〜45℃で保持されている銀溶液の温度以上にして銀溶液に添加する。その際、添加後の銀溶液の温度が20℃以上50℃以下となるように温度調節を行うのが好ましい。特に還元反応により温度上昇を伴う場合は、50℃を超えないように留意することが望ましい。具体的な昇温の程度は、1バッチで作製される銀粉の量、還元剤の投入速度、銀溶液の撹拌状態、反応槽の温度管理状態(冷却機能の有無や放熱性)などにより異なるが、再現性があるため、あらかじめ試験を行うことでどの程度温度が上昇するか把握することができる。この試験結果に基づいて、還元反応時の銀溶液の温度が20〜50℃の範囲内に収まるように運転すればよい。その際、還元による温度上昇が大きい場合には、ジャケット付き反応容器を用いて水冷するなど一般的な温度制御を行えばよい。
【0037】
還元剤混合液を添加した後の銀溶液は、還元反応を均一化させると共に銀粒子同士の凝集を防止するため、連続的に撹拌することが好ましい。撹拌方法には特に限定がなく、一般的な撹拌装置を用いて攪拌すればよい。さらに、必要に応じて還元による銀粒子の生成が終了する前に脂肪酸を添加してもよい。脂肪酸としてはオレイン酸やオレイン酸塩、ステアリン酸やステアリン酸塩、またはこれらをエマルジョン化したものから選択することができる。
【0038】
このようにして作製した銀微粒子を含んだ懸濁液を一般的な濾過手段で濾過した後、得られた湿潤状態の銀粉(以降、ケーキとも称する)を洗浄および乾燥することで銀粉が得られる。ケーキの洗浄方法には特に限定はなく、例えば銀粉のケーキを水に投入し、撹拌機又は超音波洗浄器を使用して撹拌した後、再度濾過して銀粉を回収する方法が好ましい。この場合、水への投入、撹拌及び濾過からなる洗浄操作を、複数回繰返すことがより好ましい。この洗浄に用いる水は銀粉に対して有害な不純物元素を含有していない水を使用するのが好ましく、純水の使用が特に好ましい。
【0039】
上記洗浄後の銀粉の乾燥方法としては、例えば洗浄後の銀粉のケーキをステンレスパッド上に敷き詰め、大気オーブン又は真空乾燥機などの市販の乾燥装置を用いて、40〜80℃の温度で加熱することにより乾燥させるのが好ましい。得られる銀粉の粒径は、用途により異なるが、還元剤混合液の添加方法や撹拌速度などの各種条件を制御することで、平均粒径2μm以下の粒度のそろった銀粉を得ることができる。
【0040】
銀およびアンモニアを含む銀溶液を管理する場合においても、上記した本発明の一具体例の銀粉の製造方法と同様に、銀溶液中の全塩素のmol濃度および全炭酸のmol濃度の合計を全銀のmol濃度で除した値が上記した式1に示すように1と等しいか、又は下記式3に示すように1より大きくなるように調整することで雷銀の生成を回避することができる。この銀溶液の管理には、例えばアンモニアを含有する銀溶液の化学分析や廃液処理などを挙げることができる。なお、上記銀溶液の管理の際に例えば銀溶液が床面にこぼれたり飛散したりしてそのまま乾いた場合でも雷銀の生成を回避できる。
[式3]
1<((A+B)/C)
【実施例】
【0041】
[実施例1]
28%アンモニア水1gに塩化ナトリウムを28mgを添加し、更に酸化銀(I)を50mg溶解して試料1の銀溶液を作製した。また、塩化ナトリウムの添加量を28mgに代えてそれぞれ63mgおよび85mgにした以外は上記試料1と同様にして試料2および試料3の銀溶液を作製した。更に、塩化ナトリウムおよび酸化銀(I)の溶解に代えて塩化銀を62mg溶解した以外は上記試料1と同様にして試料4の銀溶液を作製した。これら試料1〜4の銀溶液中の塩素のモル濃度を銀のモル濃度で除した値はそれぞれ1.1、2.4、3.4、および1.0となる。
【0042】
これら銀溶液を常温で乾燥したところ、いずれも雷銀を生成することなく塩化銀を生成することができた。ここで雷銀の生成の有無は、乾燥後に得られた固形分をサンプリングし、これに波長920nm〜940nm、パルスピーク出力5W、パルス幅2m秒の赤外線レーザを照射して起爆試験を行い、爆発しなければ雷銀は生成していないと判断した。なお、このことから、銀溶液は飛散などによって液が乾燥しても安全であることが分かる。
[比較例]
【0043】
比較のため、28%アンモニア水1gに塩化銀46mgおよび酸化銀(I)13mgを溶解して試料5の銀溶液を作製した。また、28%アンモニア水1gに塩化銀31mgおよび酸化銀(I)25mgを溶解して試料6の銀溶液を作製した。更に、28%アンモニア水1gに塩化銀16mgおよび酸化銀(I)38mgを溶解して試料7の銀溶液を作製した。これら試料5〜7の銀溶液中の塩素のモル濃度を銀のモル濃度で除した値はそれぞれ0.75、0.5、および0.25となる。
【0044】
これら試料5〜7の銀溶液についても実施例1と同様にして常温での乾燥を行った。乾燥後に得られた固形分をサンプリングし、実施例1と同様にして起爆試験を行った結果、試料5〜7のいずれも雷銀の生成が部分的に認められた。このことから、試料5〜7の銀溶液は飛散などによって床面に付着して乾燥すると爆発性の雷銀を生成する危険性があることが分かる。
【0045】
[実施例2]
28%アンモニア水1gに、塩化銀46mgおよび酸化銀(I)13mgを溶解して塩素のモル濃度を銀のモル濃度で除した値を0.75となる銀溶液を作製した。この銀溶液に更に炭酸ガスを吹き込んで吸収させた後、常温で乾燥した。その結果、雷銀の生成は認められなかった。残留物をフーリエ変換赤外分光法により分析したところ、残留物の組成は塩化銀60モル%および炭酸銀40モル%であり、塩素および炭酸のモル濃度を銀のモル濃度で除した値は1.0であった。この銀溶液は飛散などによって液が乾燥しても安全であることが分かる。
【0046】
[実施例3]
実施例1の試料1と同じ組成の銀溶液を銀量が10g含まれるようにして調製した。また、還元剤であるアスコルビン酸(関東化学製試薬)4.68gを36℃の純水20mリットルに溶解させた還元剤水溶液を調製した。更に、ポリビニルアルコール((株)クラレ製、PVA205)0.55gと界面活性剤(日本エマルジョン(製)、SS−5602)0.07gを分取し、36℃の純水10mリットルに溶解させた分散剤水溶液を調製した。
【0047】
上記銀溶液を攪拌しながら、還元剤混合液を投入し、銀溶液を還元して銀粒子を含んだスラリーを得た。このスラリーをメンブレンフィルターを使用して濾過することで銀粒子を固液分離した。次いで、得られた銀粒子のケーキを0.01moリットル/リットル水酸化ナトリウム水溶液300mリットル中に投入して15分間攪拌した後、孔径0.1μmのメンブレンフィルターで濾過して回収した。これら水酸化ナトリウム水溶液への投入、撹拌および濾過からなる洗浄操作をさらに2回繰り返した。
【0048】
こうして得られた銀粒子のケーキを純水300mリットル中に投入して15分間撹拌した。その後、孔径0.1μmのメンブレンフィルターで濾過し、回収した湿潤状態の銀粉をステンレスパッドに敷き詰め、真空乾燥機にて60℃で10時間乾燥した。乾燥後の銀粒子をジェットミルに導入し、乾燥凝集を解砕して銀粉を得た。この銀粉を15000倍で撮影した走査型電子顕微鏡(SEM)写真上で200〜300個の一次粒子の粒径を測定し、個数平均することにより平均粒径を求めたところ0.65μmであった。