(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は、実施の形態に係る電動パワーステアリング装置100の概略構成を示す図である。
電動パワーステアリング装置100(以下、単に「ステアリング装置100」と称する場合もある。)は、車両の進行方向を任意に変えるためのかじ取り装置であり、本実施の形態においては車両の一例としての自動車1に適用した構成を例示している。
【0011】
ステアリング装置100は、自動車1の進行方向を変えるために運転者が操作する車輪(ホイール)状のステアリングホイール(ハンドル)101と、ステアリングホイール101に一体的に設けられたステアリングシャフト102とを備えている。また、ステアリング装置100は、ステアリングシャフト102と自在継手103aを介して連結された上部連結シャフト103と、この上部連結シャフト103と自在継手103bを介して連結された下部連結シャフト108とを備えている。下部連結シャフト108は、ステアリングホイール101の回転に連動して回転する。
【0012】
また、ステアリング装置100は、転動輪としての左右の前輪150のそれぞれに連結されたタイロッド104と、タイロッド104に連結されたラック軸105とを備えている。また、ステアリング装置100は、ラック軸105に形成されたラック歯105aとともにラック・ピニオン機構を構成するピニオン106aを備えている。ピニオン106aは、ピニオンシャフト106の下端部に形成されている。これらラック軸105、ピニオンシャフト106などが、ステアリングホイール101の回転操作力を前輪150の転動力として伝達する伝達機構として機能する。ピニオンシャフト106は、前輪150を転動させるラック軸105に対して、回転することにより前輪150を転動させる駆動力を加える。
【0013】
また、ステアリング装置100は、ピニオンシャフト106を収納するステアリングギヤボックス107を有している。ピニオンシャフト106は、ステアリングギヤボックス107内にてトーションバー112を介して下部連結シャフト108と連結されている。そして、ステアリングギヤボックス107の内部には、下部連結シャフト108とピニオンシャフト106との相対回転角度に基づいて、言い換えればトーションバー112の捩れ量に基づいて、ステアリングホイール101に加えられた操舵トルク及び/又は前輪150を介してピニオンシャフト106に伝わる外乱トルクを検出する検出手段の一例としてのトルクセンサ109が設けられている。言い換えれば、トルクセンサ109は、トーションバー112にはたらくトルクを検出する。また、トルクセンサ109は、ステアリングシャフト102とピニオンシャフト106との間に作用するトルクを検出する。
【0014】
また、ステアリング装置100は、ステアリングギヤボックス107に支持された電動モータ110と、電動モータ110の駆動力を減速してピニオンシャフト106に伝達する減速機構111とを有している。減速機構111は、例えば、ピニオンシャフト106に固定されたウォームホイール(不図示)と、電動モータ110の出力軸に固定されたウォームギヤ(不図示)などから構成される。電動モータ110は、ピニオンシャフト106に回転駆動力を加えることにより、ラック軸105に前輪150を転動させる駆動力を加える。本実施の形態に係る電動モータ110は、3相ブラシレスモータであることを例示することができる。
【0015】
また、ステアリング装置100は、電動モータ110の作動を制御する制御装置10を備えている。制御装置10には、上述したトルクセンサ109からの出力信号が入力される。また、制御装置10には、自動車に搭載される各種の機器を制御するための信号を流す通信を行うネットワーク(CAN)を介して、自動車の移動速度である車速Vcを検出する車速センサ170などからの出力信号が入力される。
【0016】
以上のように構成されたステアリング装置100は、トルクセンサ109が検出した検出トルクに基づいて電動モータ110を駆動し、電動モータ110の発生トルクをピニオンシャフト106に伝達する。これにより、電動モータ110の発生トルクが、ステアリングホイール101に加える運転者の操舵力をアシストする。
【0017】
次に、制御装置10について説明する。
図2は、制御装置10の概略構成図である。
制御装置10は、CPU、ROM、RAM、バックアップRAM等からなる算術論理演算回路である。
制御装置10には、上述したトルクセンサ109にて検出された検出トルクTが出力信号に変換されたトルク信号Tdと、車速センサ170にて検出された車速Vcが出力信号に変換された車速信号vなどが入力される。
【0018】
そして、制御装置10は、トルク信号Td及び車速信号vに基づいて電動モータ110に供給する目標電流Itを算出(設定)する目標電流算出部20と、目標電流算出部20が算出した目標電流Itに基づいてフィードバック制御などを行う制御部30とを有している。
また、制御装置10は、電動モータ110の回転速度Vmを算出するモータ回転速度算出部70を備えている。モータ回転速度算出部70は、3相ブラシレスモータである電動モータ110の回転子(ロータ)の回転位置を検出するレゾルバからの出力信号を基に電動モータ110の回転速度Vmを算出し、その回転速度Vmが出力信号に変換された回転速度信号Vmsを出力する。
【0019】
次に、目標電流算出部20について詳述する。
図3は、目標電流算出部20の概略構成図である。
目標電流算出部20は、目標電流Itを設定する上でベースとなるベース電流Ibを算出するベース電流算出手段の一例としてのベース電流算出部21と、電動モータ110の慣性モーメントを打ち消すためのイナーシャ補償電流Isを算出するイナーシャ補償電流算出部22と、電動モータ110の回転を制限するダンパー補償電流Idを算出するダンパー補償電流算出部23とを備えている。
【0020】
また、目標電流算出部20は、ベース電流算出部21、イナーシャ補償電流算出部22、ダンパー補償電流算出部23にて算出された値に基づいて仮の目標電流である仮目標電流Itfを決定する仮目標電流決定部25を備えている。また、目標電流算出部20は、トルクセンサ109にて検出された検出トルクTの位相を補償する位相補償部26を備えている。
【0021】
また、目標電流算出部20は、シミー現象に起因するステアリングホイール101の回転方向の振動を抑制する電流である抑制電流の一例としてのシミー補償電流Irを設定するシミー補償電流設定部27を備えている。また、目標電流算出部20は、仮目標電流決定部25にて決定された仮目標電流Itf及びシミー補償電流設定部27にて設定されたシミー補償電流Irに基づいて最終的に目標電流Itを決定する目標電流決定手段の一例としての最終目標電流決定部28を備えている。
なお、目標電流算出部20には、トルク信号Td、車速信号v、回転速度信号Vms、などが入力される。
【0022】
図4は、検出トルクT及び車速Vcとベース電流Ibとの対応を示す制御マップの概略図である。
ベース電流算出部21は、位相補償部26にてトルク信号Tdが位相補償されたトルク信号Tsと、車速センサ170からの車速信号vとに基づいてベース電流Ibを算出する。つまり、ベース電流算出部21は、位相補償された検出トルクTと、車速Vcとに応じたベース電流Ibを算出する。なお、ベース電流算出部21は、例えば、予め経験則に基づいて作成しROMに記憶しておいた、位相補償された検出トルクT(トルク信号Ts)及び車速Vc(車速信号v)とベース電流Ibとの対応を示す
図4に例示した制御マップに、検出トルクT(トルク信号Ts)及び車速Vc(車速信号v)を代入することによりベース電流Ibを算出する。
【0023】
イナーシャ補償電流算出部22は、トルク信号Tsと、車速信号vとに基づいて電動モータ110及びシステムの慣性モーメントを打ち消すためのイナーシャ補償電流Isを算出する。つまり、イナーシャ補償電流算出部22は、検出トルクT(トルク信号Ts)と、車速Vc(車速信号v)とに応じたイナーシャ補償電流Isを算出する。なお、イナーシャ補償電流算出部22は、例えば、予め経験則に基づいて作成しROMに記憶しておいた、検出トルクT(トルク信号Ts)及び車速Vc(車速信号v)とイナーシャ補償電流Isとの対応を示す制御マップに、検出トルクT(トルク信号Ts)及び車速Vc(車速信号v)を代入することによりイナーシャ補償電流Isを算出する。
【0024】
ダンパー補償電流算出部23は、トルク信号Tsと、車速信号vと、電動モータ110の回転速度信号Vmsとに基づいて、電動モータ110の回転を制限するダンパー補償電流Idを算出する。つまり、ダンパー補償電流算出部23は、検出トルクT(トルク信号Ts)と、車速Vc(車速信号v)と、電動モータ110の回転速度Vm(回転速度信号Vms)に応じたダンパー補償電流Idを算出する。なお、ダンパー補償電流算出部23は、例えば、予め経験則に基づいて作成しROMに記憶しておいた、検出トルクT(トルク信号Ts)、車速Vc(車速信号v)及び回転速度Vm(回転速度信号Vms)と、ダンパー補償電流Idとの対応を示す制御マップに、検出トルクT(トルク信号Ts)、車速Vc(車速信号v)及び回転速度Vm(回転速度信号Vms)を代入することによりダンパー補償電流Idを算出する。
【0025】
仮目標電流決定部25は、ベース電流算出部21にて算出されたベース電流Ib、イナーシャ補償電流算出部22にて算出されたイナーシャ補償電流Is及びダンパー補償電流算出部23にて算出されたダンパー補償電流Idに基づいて仮目標電流Itfを決定する。仮目標電流決定部25は、例えば、ベース電流Ibに、イナーシャ補償電流Isを加算するとともにダンパー補償電流Idを減算して得た電流を仮目標電流Itfとして決定する。
シミー補償電流設定部27については後で詳述する。
【0026】
最終目標電流決定部28は、仮目標電流決定部25にて決定された仮目標電流Itf及びシミー補償電流設定部27にて設定されたシミー補償電流Irに基づいて最終的に目標電流Itを決定する。本実施の形態に係る最終目標電流決定部28は、仮目標電流決定部25にて決定された仮目標電流Itfに、シミー補償電流設定部27にて設定されたシミー補償電流Irを加算して得た電流を目標電流Itとして決定する。
【0027】
次に、制御部30について詳述する。
図5は、制御部30の概略構成図である。
制御部30は、
図5に示すように、電動モータ110の作動を制御するモータ駆動制御部31と、電動モータ110を駆動させるモータ駆動部32と、電動モータ110に実際に流れる実電流Imを検出するモータ電流検出部33とを有している。
モータ駆動制御部31は、目標電流算出部20にて最終的に決定された目標電流Itと、モータ電流検出部33にて検出された電動モータ110へ供給される実電流Imとの偏差に基づいてフィードバック制御を行うフィードバック(F/B)制御部40と、電動モータ110をPWM駆動するためのPWM(パルス幅変調)信号を生成するPWM信号生成部60とを有している。
【0028】
フィードバック制御部40は、目標電流算出部20にて最終的に決定された目標電流Itとモータ電流検出部33にて検出された実電流Imとの偏差を求める偏差演算部41と、その偏差がゼロとなるようにフィードバック処理を行うフィードバック(F/B)処理部42とを有している。
【0029】
フィードバック(F/B)処理部42は、目標電流Itと実電流Imとが一致するようにフィードバック制御を行うものであり、例えば、偏差演算部41にて算出された偏差に対して、比例要素で比例処理し、積分要素で積分処理し、加算演算部でこれらの値を加算する。
PWM信号生成部60は、フィードバック制御部40からの出力値に基づいて電動モータ110をPWM(パルス幅変調)駆動するためのPWM信号を生成し、生成したPWM信号を出力する。
【0030】
モータ駆動部32は、所謂インバータであり、例えば、スイッチング素子として6個の独立したトランジスタ(FET)を備え、6個の内の3個のトランジスタは電源の正極側ラインと各相の電気コイルとの間に接続され、他の3個のトランジスタは各相の電気コイルと電源の負極側(アース)ラインと接続されている。そして、6個の中から選択した2個のトランジスタのゲートを駆動してこれらのトランジスタをスイッチング動作させることにより、電動モータ110の駆動を制御する。
モータ電流検出部33は、モータ駆動部32に接続されたシャント抵抗の両端に生じる電圧から電動モータ110に流れる実電流Imの値を検出する。
【0031】
次に、シミー補償電流設定部27について詳述する。
シミー現象が発生した場合には、前輪150から、ラック軸105、ピニオンシャフト106、ステアリングシャフト102などを介してステアリングホイール101に振動が伝わる。
シミー補償電流設定部27は、このシミー現象に起因してステアリングホイール101に伝わる振動を電動モータ110にて打ち消すための電流であるシミー補償電流Irを設定する。つまり、シミー補償電流Irは、シミー現象に起因して、前輪150、ラック軸105などを介してピニオンシャフト106に伝達される回転トルクとは逆方向の回転トルクを加えるように電動モータ110を駆動するための電流である。
【0032】
図6は、シミー補償電流設定部27の概略構成図である。
シミー補償電流設定部27は、トルクセンサ109による検出トルクTのうち所定範囲の周波数帯域の成分を抽出するシミー周期抽出部271と、シミー周期抽出部271が抽出した検出トルクTである抽出トルクTeと逆位相となるトルク変化量を算出するトルク変化量算出部272とを備えている。
【0033】
また、シミー補償電流設定部27は、車速信号vに基づいて車速補正係数Kvを設定する車速補正係数設定部273と、トルク変化量算出部272が算出したトルク変化量と車速補正係数設定部273が設定した車速補正係数Kvとを乗算することにより補正後トルク変化量を算出する車速補正係数乗算部274とを備えている。
また、シミー補償電流設定部27は、車速補正係数乗算部274が算出した補正後トルク変化量に基づいてシミー補償電流Irのベースとなるベースシミー補償電流Irbを算出するベースシミー補償電流算出部275を備えている。
【0034】
また、シミー補償電流設定部27は、シミー周期抽出部271が抽出した抽出トルクTeの絶対値化を行う絶対値化部276と、絶対値化部276が絶対値化した絶対値化後抽出トルク|Te|を平均化する平均化部277とを備えている。
また、シミー補償電流設定部27は、平均化部277が平均化した値である平均化後トルクTaに基づいてベースシミー補償電流算出部275が算出したベースシミー補償電流Irbを補正するためのトルク補正係数Ktを設定するトルク補正係数設定部278を備えている。
また、シミー補償電流設定部27は、ベースシミー補償電流算出部275が算出したベースシミー補償電流Irbとトルク補正係数設定部278が設定したトルク補正係数Ktとを乗算することによりシミー補償電流Irを算出するシミー補償電流算出部279を備えている。
【0035】
シミー周期抽出部271は、トルクセンサ109からのトルク信号Tdのうちで、中心周波数Frcを中心とする所定範囲の周波数帯域の信号のみを通し、他の周波数の信号は通さない(減衰させる)バンドパスフィルタ271aと、車速Vcに応じてこのバンドパスフィルタ271aの中心周波数Frcを設定する中心周波数設定部271bと、を有している。
【0036】
図7は、バンドパスフィルタ271aを示す概略図である。
図7において、横軸は周波数であり、縦軸はゲインである。
バンドパスフィルタ271aは、中心周波数Frcを中心とする所定範囲(例えば3Hz)の周波数帯域の信号のみを通し、他の周波数の信号は通さない(減衰させる)機能をもつフィルタである。バンドパスフィルタ271aは、例えばアナログ回路やCPUが実行するプログラム(ソフトウェア)で構成可能である。そして、中心周波数Frcが、中心周波数設定部271bにより設定される。
【0037】
図8は、車速Vcとバンドパスフィルタ271aの中心周波数Frcとの対応を示す制御マップの概略図である。
中心周波数設定部271bは、車速信号vに基づいてバンドパスフィルタ271aの中心周波数Frcを決定する。つまり、中心周波数設定部271bは、車速Vcに応じた中心周波数Frcを算出する。なお、中心周波数設定部271bは、例えば、予め経験則に基づいて作成しROMに記憶しておいた、車速Vc(車速信号v)と中心周波数Frcとの対応を示す
図8に例示した制御マップに、車速Vc(車速信号v)を代入することにより中心周波数Frcを算出する。このように、中心周波数設定部271bは、車速Vcに基づいて中心周波数Frcを変更する変更手段の一例として機能する。
【0038】
シミー現象により発生する振動の1周期は、前輪150の1回転と考えられることから、その振動の周波数は、前輪150の回転速度に依存し、前輪150の回転速度に比例して高くなる。そして、前輪150の直径は、車種に応じて異なる。また、前輪150の直径は、同じ車種でも仕様に応じて異なる。一方、シミー現象が生じる前輪150の回転速度は、車種や仕様により異なるものの、一般的には所定範囲の回転速度にて生じると考えられる。それゆえ、前輪150の直径が大きい車両では小さい車速Vcでシミー現象が発生し、それにより発生する振動の周波数は小さい。他方、前輪150の直径が小さい車両では大きい車速Vcでシミー現象が発生し、それにより発生する振動の周波数は大きい。一般的に、シミー現象により発生する振動の周波数は、10〜20Hzの間であると考えられている。
【0039】
これらの事項に鑑み、
図8に示した車速Vcとバンドパスフィルタ271aの中心周波数Frcとの対応を示す制御マップにおいては、シミー現象が生じると考えられる車速域では、車速Vcと中心周波数Frcとが比例するように設定されている。そして、シミー現象が生じると考えられる車速域よりも小さい車速域における中心周波数Frcは、シミー現象が生じると考えられる車速域内の最小の車速のときの中心周波数Frcに設定され、シミー現象が生じると考えられる車速域よりも大きな車速域における中心周波数Frcは、シミー現象が生じると考えられる車速域内の最大の車速のときの中心周波数Frcに設定されている。
【0040】
中心周波数設定部271bは、例えば、本実施の形態に係るステアリング装置100が車両に組み付けられた後に、シミー現象に起因する振動が発生する車速Vcを把握し、把握した車速Vcを
図8に例示した制御マップに代入することにより中心周波数Frcを算出し、算出した中心周波数Frcをバンドパスフィルタ271aの中心周波数Frcとして設定する。なお、中心周波数設定部271bは、車両の識別情報を取得するとともに、取得した識別情報に対応するシミー現象に起因する振動が発生する車速VcをROMから読み込むことにより取得することを例示することができる。また、中心周波数設定部271bは、ステアリング装置100のセッティングを行う作業者が入力した値に基づいてシミー現象に起因する振動が発生する車速Vcを把握することを例示することができる。
【0041】
上述した構成により、シミー周期抽出部271は、トルクセンサ109からのトルク信号Tdのうち、中心周波数設定部271bにて設定された中心周波数Frcを中心とする所定範囲の周波数帯域の信号のみを通すことにより、シミー現象に起因する振動の周波数の信号を高精度に抽出する。
シミー周期抽出部271は、演算処理を行うことで、検出トルクTのうち、シミー現象に起因する振動の周波数成分を抽出してもよい。例えば、シミー周期抽出部271は、一定時間(例えば4ミリ秒)ごとに、トルクセンサ109による検出トルクTを読み込み、所定範囲の周波数帯域の成分を抽出すればよい。
【0042】
トルク変化量算出部272は、シミー周期抽出部271にて抽出された検出トルクTと逆位相となるトルク変化量を演算する。例えば、トルク変化量算出部272は、シミー周期抽出部271にて抽出された検出トルクTを2階微分する演算処理を行い、検出トルクTと逆位相となるトルク変化量として、シミー周期抽出部271にて抽出された特定周波数成分の逆位相成分を演算する。なお、逆位相成分は、シミー周期抽出部271にて抽出された検出トルクTを微分及び位相補償により演算してもよい。
【0043】
図9は、トルク変化量算出部272が行う算出処理を示すフローチャートである。
トルク変化量算出部272は、
図9に示す算出処理を一定時間(例えば4ミリ秒)ごとに繰り返し実行する。
図9を参照すると、トルク変化量算出部272は、シミー周期抽出部271にて抽出された検出トルクTである抽出トルクTeを読み込み(ステップ101)、今回のルーチンで読み込んだ抽出トルクTeと前回のルーチンで読み込んだ抽出トルクTeとに基づいて前回から今回までの抽出トルクTeの1階微分値(抽出トルクTeの変化速度)(以下、「今回の1階微分値」と称す。)を算出する(ステップ102)。その後、前回のルーチンで読み込んだ抽出トルクTeと前々回のルーチンで読み込んだ抽出トルクTeとに基づいて前々回から前回までの抽出トルクTeの1階微分値(抽出トルクTeの変化速度)(以下、「前回の1階微分値」と称す。)を算出する(ステップ103)。そして、その後、ステップ102にて算出した今回の1階微分値とステップ103にて算出した前回の1階微分値とに基づいて抽出トルクTeの2階微分値(抽出トルクTeの変化加速度)(抽出トルクTeと逆位相となるトルク変化量)を算出する(ステップ104)。
なお、今回のルーチンのステップ103の処理においては、前回のルーチンのステップ102にて算出した抽出トルクTeの1階微分値を用いてもよい。
【0044】
図10は、車速Vcと車速補正係数Kvとの対応を示す制御マップの概略図である。
車速補正係数設定部273は、車速Vcに応じた車速補正係数Kvを設定する。車速補正係数設定部273は、例えば、予め経験則に基づいて作成しROMに記憶しておいた、車速Vcと車速補正係数Kvとの対応を示す
図10に例示した制御マップに、車速Vcを代入することにより車速補正係数Kvを算出し、これを車速補正係数Kvとして設定する。
【0045】
図10に例示した制御マップにおいては、車速Vcが予め定められた下限車速V1以下である場合には車速補正係数Kvは零、車速Vcが予め定められた上限車速V2以上である場合には車速補正係数Kvは1となるように設定されている。また、下限車速V1より大きく上限車速V2よりも小さい車速Vcにおいては、車速Vcが大きくなるに従って車速補正係数Kvが零から1まで大きくなるように設定されている。例えば、下限車速V1よりも大きな車速域が、シミー現象が生じると考えられる車速域であることを例示することができ、上限車速V2は、シミー現象が生じると考えられる車速域内であることを例示することができる。
【0046】
車速補正係数乗算部274は、シミー周期抽出部271が抽出した検出トルクTと逆位相となるトルク変化量と車速補正係数設定部273が設定した車速補正係数Kvとを乗算することにより補正後トルク変化量を算出する。つまり、車速補正係数乗算部274は、トルク変化量を車速Vcに基づいて補正する。
このように、車速補正係数設定部273及び車速補正係数乗算部274は、車速Vcに基づいてバンドパスフィルタ271aを通過した検出トルクTと逆位相となる変化量を補正する補正手段の一例として機能する。
【0047】
ベースシミー補償電流算出部275は、車速補正係数乗算部274にて算出された補正後トルク変化量に基づいてベースシミー補償電流Irbを算出する。
図11は、補正後トルク変化量とベースシミー補償電流Irbとの対応を示す制御マップの概略図である。ベースシミー補償電流算出部275は、一定時間(例えば4ミリ秒)ごとに、補正後トルク変化量を読み込むと共に、例えば、予め経験則に基づいて作成しROMに記憶しておいた、補正後トルク変化量とベースシミー補償電流Irbとの対応を示す
図11に例示した制御マップに、読み込んだ補正後トルク変化量を代入することによりベースシミー補償電流Irbを算出する。このように、ベースシミー補償電流算出部275は、バンドパスフィルタ271aを通過した検出トルクTと逆位相となる変化量に基づいて前輪150側からステアリングホイール101側へ伝わる外乱トルクを抑制するための抑制電流のベースとなるベース抑制電流を算出するベース抑制電流算出手段の一例として機能する。
【0048】
絶対値化部276は、プラス又はマイナスの符号を持つ抽出トルクTeの絶対値を算出する。絶対値化部276にて算出された値が絶対値化後抽出トルク|Te|である。
平均化部277は、絶対値化部276が予め設定された一定時間ごとに繰り返し実行することにより算出した絶対値化後抽出トルク|Te|の現時点から過去N個分の値を平均化する。平均化部277にて平均化された値が平均化後トルクTaである。平均化部277は、FIRフィルタであることを例示することができる。また、Nは100であることを例示することができる。
【0049】
図12は、平均化後トルクTaとトルク補正係数Ktとの対応を示す制御マップの概略図である。
トルク補正係数設定部278は、平均化部277が平均化した値である平均化後トルクTaに応じたトルク補正係数Ktを設定する。トルク補正係数設定部278は、例えば、予め経験則に基づいて作成しROMに記憶しておいた、平均化後トルクTaとトルク補正係数Ktとの対応を示す
図12に例示した制御マップに、平均化後トルクTaを代入することによりトルク補正係数Ktを算出し、これをトルク補正係数Ktとして設定する。
【0050】
図12に例示した制御マップにおいては、平均化後トルクTaが予め定められた下限トルクT1より小さい場合にはトルク補正係数Ktは略零、平均化後トルクTaが予め定められた上限トルクT2より大きい場合にはトルク補正係数Ktは略1となるように設定されている。そして、平均化後トルクTaが下限トルクT1よりも大きく上限トルクT2よりも小さい範囲では、トルク補正係数Ktは零から1まで徐々に増加する値に設定されている。これは、シミー現象が発生すると考えられる周波数帯域では、シミー現象に起因するトルク振動の振幅の大きさは、シミー現象に起因しないトルク振動の振幅の大きさよりも大幅に大きいと考えられるからであり、明らかにシミー現象に起因しないと考えられるトルク振動を抑制する分のシミー補償電流Irを零にするためである。なお、
図12に示すように、平均化後トルクTaが下限トルクT1近傍である場合には、平均化後トルクTaが大きくなるに従ってトルク補正係数Ktが零から徐々に大きくなるように設定されている。また、平均化後トルクTaが上限トルクT2近傍である場合には、平均化後トルクTaが小さくなるに従ってトルク補正係数Ktが1から徐々に小さくなるように設定されている。
【0051】
シミー補償電流算出部279は、ベースシミー補償電流算出部275が算出したベースシミー補償電流Irbと、トルク補正係数設定部278が設定したトルク補正係数Ktとを乗算することによりシミー補償電流Irを算出する(Ir=Irb×Kt)。
このように、シミー補償電流算出部279は、ベースシミー補償電流Irbを、抽出トルクTeの振幅の大きさに応じて補正することで抑制電流の一例としてのシミー補償電流Irを算出する抑制電流算出手段の一例として機能する。そして、シミー補償電流算出部279は、抽出トルクTeの振幅の大きさが予め定められた所定値よりも小さい場合には所定値よりも大きい場合よりもシミー補償電流Irが小さくなるように補正する。なお、所定値は、抽出トルクTeを絶対値化した絶対値化後抽出トルク|Te|のN個分の平均値が上限トルクT2となる値であることを例示することができる。
【0052】
シミー補償電流設定部27は、上述した手法にて算出したシミー補償電流IrをRAMなどの記憶領域に記憶する。
そして、最終目標電流決定部28は、RAMなどの記憶領域に記憶された、仮目標電流Itfとシミー補償電流Irとを加算した値を目標電流Itとして決定する。
【0053】
以上のように構成されたステアリング装置100においては、シミー現象に起因してステアリングホイール101に伝わる振動を電動モータ110にて打ち消すための電流であるシミー補償電流Irが目標電流Itに含まれるので、シミー現象に起因する振動が運転者に伝わることを抑制することができる。
【0054】
また、以上のように構成された目標電流算出部20においては、常に、仮目標電流Itfにシミー補償電流Irを加算した電流が目標電流Itとして決定される。それゆえ、シミー現象に起因する大きな振動が発生していない場合にはシミー補償電流Irを零とすることが望ましい。本実施の形態に係るシミー補償電流設定部27のバンドパスフィルタ271aは、シミー現象に起因する振動が発生すると考えられる車速Vcに応じた中心周波数Frcを中心とする所定範囲の周波数帯域の信号のみを通し、他の周波数の信号は通さない。それゆえ、例えば、車速Vcに応じて中心周波数Frcを変更せずに、全ての車種や仕様をカバーする範囲の周波数帯域(例えば10〜20Hz)の信号を通すフィルタにてシミー現象に起因する振動の周波数の信号を抽出する場合と比較すると、本実施の形態に係るシミー補償電流設定部27は、シミー現象に起因する振動が発生していない場合にシミー補償電流Irが付与されることを抑制することができる。
【0055】
また、シミー現象に起因する振動が発生するのは車速Vcが特定の速度領域であると考えられるため、
図10に例示した制御マップにおいては、シミー現象に起因する振動が生じると考えられる車速域よりも小さい車速Vcである場合の車速補正係数Kvが零となるように設定されている。これにより、シミー現象に起因する振動が発生していない場合のシミー補償電流Irが零に設定されるので、シミー現象に起因する振動が発生していないにも拘わらずシミー補償電流Irが目標電流Itに含まれることが抑制される。
その結果、シミー現象に起因する振動が発生しない場合の操舵フィーリングが悪化することを抑制することができる。
【0056】
また、上述したシミー補償電流設定部27においては、ベースシミー補償電流算出部275が算出するベースシミー補償電流Irbは、トルク変化量算出部272にて演算された抽出トルクTeと逆位相となるトルク変化量に基づく値である。また、
図4及び
図11に示すように、トルクセンサ109にて検出された検出トルクTとトルク変化量とが逆位相(逆符号(一方がプラスである場合は他方がマイナス))である場合には、ベース電流Ibとベースシミー補償電流Irbとは逆符号(一方がプラスである場合は他方がマイナス)である。それゆえ、シミー補償電流設定部27は、シミー現象に起因して運転者に伝わる振動を電動モータ110にて打ち消すための電流を、精度高く算出することができる。
【0057】
また、シミー現象に起因するトルク振動の振幅の大きさは特定の大きさより大きいと考えられるため、
図12に例示した制御マップにおいては、シミー現象に起因するトルク振動の振幅の大きさよりも小さい平均化後トルクTaである場合のトルク補正係数Ktが1よりも小さくなるように設定されている。これにより、シミー現象に起因しないトルク振動であるにも拘わらずバンドパスフィルタ271aを通過したトルク振動を打ち消す分のシミー補償電流Irが目標電流Itに含まれることが抑制される。
【0058】
図13(a)〜
図13(c)は、シミー現象に起因するトルク振動の入力があった場合の検出トルクT、抽出トルクTe、絶対値化後抽出トルク|Te|及び平均化後トルクTaを示す図である。
図13(d)〜
図13(f)は、シミー現象に起因しないトルク振動の入力があった場合の検出トルクT、抽出トルクTe、絶対値化後抽出トルク|Te|及び平均化後トルクTaを示す図である。
【0059】
例えば、シミー現象に起因するトルク振動の入力があった場合、トルクセンサ109にて検出された検出トルクTが
図13(a)のように変動し、バンドパスフィルタ271aを通過した抽出トルクTeが
図13(b)のように変動する。シミー現象に起因するトルク振動の場合、検出トルクTの周波数はバンドパスフィルタ271aを通過する周波数であることから検出トルクTと抽出トルクTeとは同じである。そして、抽出トルクTeを絶対値化した絶対値化後抽出トルク|Te|が
図13(c)の細い方の実線のように変動し、絶対値化後抽出トルク|Te|を平均化した平均化後トルクTaが
図13(c)の太い方の実線のように変動する。シミー現象に起因するトルク振動の場合、平均化後トルクTaは上限トルクT2より大きい値として算出されるので、トルク補正係数設定部278によりトルク補正係数Ktが1に設定される。それゆえ、シミー補償電流算出部279が算出したシミー補償電流Irは、ベースシミー補償電流算出部275が算出したベースシミー補償電流Irbと同じ値となる(Ir=Irb)。
【0060】
一方、シミー現象に起因しないトルク振動の入力、例えば、トルクセンサ109にて検出される検出トルクTが
図13(d)のように変動するトルク振動の入力がある場合を考える。シミー現象に起因しないトルク振動の一部が、バンドパスフィルタ271aを通過する周波数成分である場合、シミー周期抽出部271にて抽出される抽出トルクTeは
図13(e)のように変動する。そして、抽出トルクTeを絶対値化した絶対値化後抽出トルク|Te|が
図13(f)の細い方の実線のように変動し、絶対値化後抽出トルク|Te|を平均化した平均化後トルクTaが
図13(f)の太い方の実線のように変動する。シミー現象に起因しないトルク振動の場合、平均化後トルクTaは主に下限トルクT1より小さい値として算出されるので、トルク補正係数設定部278によりトルク補正係数Ktは主に零に設定される。それゆえ、シミー補償電流算出部279が算出したシミー補償電流Irは、主に零となる(Ir=Irb×零=零)。
【0061】
上述したように、本実施の形態のシミー補償電流設定部27によれば、シミー現象に起因するトルク振動ではないにも拘わらずバンドパスフィルタ271aを通過したトルク振動を打ち消すシミー補償電流Irが目標電流Itに含まれることが抑制される。
その結果、シミー現象に起因する振動が発生していない場合の操舵フィーリングが悪化することを抑制することができる。
【0062】
なお、上述した実施形態においては、ステアリングホイール101に加えられた操舵トルク及び前輪150を介してピニオンシャフト106に伝わる外乱トルクを検出するトルクセンサ109として、トーションバー112の捩れ量を基に検出するセンサを用いているが特に限定されない。例えば、磁歪に起因する磁気特性の変化に基づいてトルクを検出する磁歪式のセンサであってもよい。
また、上述した実施形態においては、シミー現象に起因する振動を抑制する制御を、ピニオン型の電動パワーステアリングに適用した場合について説明したが、特に限定されない。ダブルピニオン型やラックアシスト型など他の形式の電動パワーステアリング装置に適用してもよい。