【実施例】
【0014】
実施例に係る切削工具の替刃10は、工具鋼、刃物鋼、軸受鋼、ステンレス鋼などの鋼あるいは超硬合金を含むサーメットを、単体またはこれらを複合した複合材を母材12として構成される(
図1〜
図3参照)。切削工具の替刃10は、研磨により刃付けされた母材12に対してすくい面14および逃げ面16の両方に、耐摩耗性を向上するために硬質の被膜20が形成されており、切刃18を含むすくい面14および逃げ面16が被膜20で被覆されている。ここで、被膜20は、すくい面14および逃げ面16の全体を被覆してもよく、すくい面14における切刃18から離間する方向での一部範囲および/または逃げ面16における切刃18から離間する方向での一部範囲を被覆する構成であってもよい。すなわち、切削工具の替刃10は、すくい面14および逃げ面16において被削材の切削加工に主に用いられる範囲(切刃18から0.1mmの範囲)が、被膜20で被覆されていればよい。
【0015】
前記被膜20は、少なくともクロムを含む窒化物、酸窒化物、酸化物、炭化物、炭酸化物、炭窒化物および炭酸窒化物の何れか1つまたは複数で構成される主層(層)を有し、クロムを含む主層が該被膜20の外表面に臨むようになっている。すなわち、主層としては、クロム窒化物(CrN)、クロム酸窒化物(CrNO)、クロム酸化物(CrO)、クロム炭化物(CrC)、クロム炭酸化物(CrCO)、クロム炭窒化物(CrCN)、クロム炭酸窒化物(CrCNO)が挙げられる。このように、被膜20は、クロムを含む層を有しているので、対象とする木材等の被削材に対する耐摩耗性を向上することができる。また、クロムに加えて、B(ホウ素)、Al(アルミニウム)、Si(ケイ素)、Ti(チタン)、V(バナジウム)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Y(イットリウム)、Zr(ジルコニウム)、Nb(ニオブ)、Mo(モリブデン)、Hf(ハフニウム)、Ta(タンタル)、W(タングステン)から選ばれた少なくとも1つの元素を組み合わせることができる。このように、クロムに加えて前記元素を添加することで、被膜20の高硬度化、組織の微細化などが期待でき、更なる耐摩耗性や耐食性や強度等の向上を図り得る。なお、被削材に応じて、添加する元素を調整することでも、寿命の向上を図り得る。また、被膜20は、複数の前記主層を積層してもよく、主層と母材12との間に適宜の下地層を設けてもよい。なお、下地層としては、金属クロムの他、チタン、アルミニウム等の元素を1種類以上含む金属、窒化物、炭化物、炭窒化物、炭酸化物、酸化物、酸窒化物、炭酸窒化物などの少なくとも1種の層を挙げることができる。
【0016】
図2〜
図5に示すように、前記被膜20は、すくい面14を被覆するすくい面被覆部22と逃げ面16を被覆する逃げ面被覆部24とが、膜厚C1,C2が異なるように形成される。すなわち、すくい面被覆部22および逃げ面被覆部24の何れか一方が他方よりも膜厚C1,C2が厚くなるように設定されている。切削工具の替刃10においてすくい面14を主体とする場合は、すくい面被覆部22が逃げ面被覆部24よりも厚く形成され、すくい面被覆部22の膜厚C1が0.5μm〜15μmの範囲で、すくい面被覆部22の膜厚C1に対する逃げ面被覆部24の膜厚C2の比が、0.01〜0.15の範囲、より好ましくは0.01〜0.05の範囲になるように設定される。また、切削工具の替刃10において逃げ面16を主体とする場合は、逃げ面被覆部24がすくい面被覆部22よりも厚く形成され、逃げ面被覆部24の膜厚C2が0.5μm〜15μmの範囲で、逃げ面被覆部24の膜厚C2に対するすくい面被覆部22の膜厚C1の比が、0.01〜0.15の範囲、より好ましくは0.01〜0.05の範囲になるように設定される。なお、すくい面被覆部22の膜厚C1と逃げ面被覆部24の膜厚C2との比は、面全体に亘って前記範囲を満たしてもよいが、すくい面14および逃げ面16において被削材の切削加工に主に用いられる範囲(切刃18から0.1mmの範囲)で前記比の範囲を満たせばよい。
【0017】
このように、厚い方の被覆部22,24の膜厚C1,C2が0.5μm〜15μmの範囲にあるのに対して、薄い方の被覆部24,22の膜厚C2,C1が0.005μm〜2.25μmの範囲に設定される。ここで、主体となる厚い方の被覆部22,24の膜厚C1,C2が、0.5μmよりも薄くなると耐摩耗性を十分に向上させることができず、15μmよりも厚くなると、チッピング等の被膜20の不良が生じ易くなる。厚い方の被覆部22,24の膜厚C1,C2に対する薄い方の被覆部24,22の膜厚C2,C1の比が、0.15よりも大きくなると、被削材の切削加工時に厚い被覆部22,24で被覆された面14,16よりも薄い被覆部24,22で被覆された面16,14で摩耗が早く進行することによる自己研磨特性の発現が弱くなり、切刃18の鋭さを維持することが難しい。また、厚い方の被覆部22,24の膜厚C1,C2に対する薄い方の被覆部24,22の膜厚C2,C1の比が0.01よりも小さくなるものは、被膜20の製造上の都合により実質的に不可能である。なお、切削工具の替刃10において主体となるすくい面14または逃げ面16は、該切削工具の替刃10の使用の仕方や再研磨する面14,16などによって適宜選択される。
【0018】
前述したすくい面被覆部22の膜厚C1と逃げ面被覆部24の膜厚C2との比は、切刃18からの距離が同じ位置で対比したものである。例えば、切刃18から0.05mm離れた位置のすくい面被覆部22の膜厚C1と切刃18から0.05mm離れた位置の逃げ面被覆部24の膜厚C2とがの比が前記範囲になるよう設定されると共に、切刃18から0.1mm離れた位置のすくい面被覆部22の膜厚C1と切刃18から0.1mm離れた位置の逃げ面被覆部24の膜厚C2とがの比が前記範囲になるよう設定される。すなわち、すくい面被覆部22の膜厚C1と逃げ面被覆部24の膜厚C2との比が、切刃18からの各距離で前記範囲を満たすよう設定される。また、被膜20は、切刃18から全体に亘って同じ膜厚で形成してもよいが、切刃18から離れるにつれて膜厚が小さくなるように傾斜的に形成してもよい。
【0019】
図2および
図3に示すように、前記母材12は、切刃18に対応する部位(以下、母材エッジ12aという)が、該母材12におけるすくい面12bを延長した仮想ライン(延長ライン)P1と該母材12における逃げ面12cを延長した仮想ライン(延長ライン)P2との交点から離れるように形成されている。ここで、前記交点からの母材エッジ12aまでの面取り距離xは、0.20μm〜18μmの範囲に設定される。ここで、実施例では、母材エッジ12aが、半径rが0.5μm〜6.0μmの範囲にある円弧状に形成される。なお、前記面取り距離xは、前記交点と母材エッジ12aとの最も近いところでの距離をいい、例えば母材エッジ12aにアール(R)が付されている場合は、母材12におけるすくい面12bと逃げ面12cとがなす刃物角θの中央を通る仮想ラインが母材エッジ12aと交差するところから前記交点までの距離である。
【0020】
前記面取り距離xを18μmより大きく設定すると、被膜20を形成して得られる切削工具の替刃10の切刃18の鋭さが損なわれ、切れ味が悪くなり、また切削動力が増加するデメリットがある。同様に、母材エッジ12aを半径6μmよりも大きい円弧形状で形成すると、被膜20を形成して得られる切削工具の替刃10の切刃18の鋭さが損なわれ、切れ味が悪くなり、また切削動力が増加するデメリットがある。前記面取り距離xを0.20μmよりも小さく設定するのは、加工精度の制約などにより実質的に難しく、また被膜20を形成した際に、すくい面12bおよび逃げ面12cを刃付け研磨して母材エッジ12aを尖らしたものと差があまり生じない。同様に、母材エッジ12aを半径0.5μmよりも小さい円弧形状で形成することは、加工精度の制約などにより実質的に難しく、また被膜20を形成した際に、すくい面12bおよび逃げ面12cを刃付け研磨して母材エッジ12aを尖らしたものと差があまり生じない。また、母材エッジ12aの面取りが前記範囲よりも小さいと、母材エッジ12aの面取りによる切刃18の切削部分でのチッピング抑制効果が期待できない。
【0021】
前記被膜20は、PVD(物理蒸着)によって形成することができ、PVDの中でもアークイオンプレーティング法が適しているが、マグネトロンスパッタリング法でもよい。例えば、チャンバー内でPVD処理を行う際に、母材12におけるすくい面12bまたは逃げ面12cの一面を、クロム等の蒸発源に対して遮蔽物の陰になるように設置したり、該蒸着源に対する母材12の設置向きを調節するなどにより、被膜20におけるすくい面14および逃げ面16の何れか一面を他面の膜厚よりも厚くすることができる。このように、すくい面14と逃げ面16との膜厚C1,C2が異なる被膜20は、1バッチのPVD処理において簡単に形成することができる。
【0022】
〔実施例の作用〕
次に、実施例に係る切削工具の替刃10の作用について説明する。切削工具の替刃10は、被膜20がすくい面14と逃げ面16とで異なる膜厚C1,C2で形成されているから、被削材を切削加工した際に、すくい面14および逃げ面16のうち被膜20の膜厚が厚い一方と比べて、被膜20の膜厚が薄い他方の摩耗が早く進行する自己研磨特性が発現し、この自己研磨特性により切刃18の鋭さを保つことができる。しかも、切削工具の替刃10は、すくい面14および逃げ面16の両面が被膜20で被覆されているから、両面に被膜20を形成した後に片面を研磨して得られる片面被覆品と比べて、被膜20の膜厚が薄い面であっても該被膜20の存在により摩耗帯幅を小さくすることができ、切削加工時の被削材との摩擦を減らすことができる。
【0023】
前記被膜20は、すくい面14および逃げ面16の何れか一面よりも他方の面の膜厚を薄く形成しているから、高い残留応力の発生を抑えることができ、残留応力に起因する切刃18のチッピング(自壊)の発生を防止することができる。また、被膜20を、すくい面14および逃げ面16の何れか一面よりも他方の面の膜厚を薄くすることで、前記片面被覆品やすくい面および逃げ面について夫々の面の膜厚比を考慮せずに被膜で被覆した両面被覆品と比べて、切削加工時に切刃18において被削材に接触する切削部分のチッピングを抑えることができると共に、被削材に接触しない非切削部分のチッピングも抑えることができる。また、実施例の切削工具の替刃10は、片面被覆品のように被膜20を形成した後に刃付け研磨によりすくい面14または逃げ面16の被膜20を除去する必要がないので、刃付け研磨による切刃18のチッピングが生じない。しかも、被膜形成後の刃付け研磨に要求される特別な専用砥石やシビアな研磨条件などの制約もなく、製造コストを抑えることができる。なお、被膜20において一方の被覆部22,24の膜厚C1,C2に対する他方の被覆部24,22の膜厚C1,C2の比を、0.01〜0.05の範囲になるよう設定することで、自己研磨特性による切刃18の鋭さの維持と切刃18のチッピングの抑制とをバランスよく達成できる。
【0024】
前記切削工具の替刃10は、母材エッジ12aを面取りして該エッジ12aに微小な面(実施例ではR面)を形成してあるから、すくい面14および逃げ面16の何れか一面よりも他方の面の膜厚を薄くすることと相乗して、高い残留応力の発生をより抑えることができ、残留応力に起因する切刃18のチッピング(自壊)の発生をより好適に防止することができる。更に、母材エッジ12aの面取りによって、切削加工時に切刃18において被削材に接触しない非切削部分だけでなく、被削材に接触する切削部分のチッピングをより好適に抑えることができる。
【0025】
[試験1]
PVD装置において、CrNとCrNOとCr
2O
3とを積層した複合多層被膜を超硬合金からなる母材に同じ条件で形成し、試験例1〜4および比較例1のルータービット用の超硬替刃を作成した。何れの超硬替刃も、
図1に示すような形状であり、長さLが20mmで、幅Wが12mmで、厚さTが1.5mmで、すくい面14と逃げ面16との刃物角θが55°に設定されている。なお、被膜の膜厚は、
図6に示すようになっている。試験1の複合多層被膜は、母材側から5層のCrN、1層のCrNO、1層のCr
2O
3、1層のCrN、1層のCrNO、1層のCr
2O
3の順に積層された構造であり、全体の厚みに対する各層の厚みは、母材側からCrN層が50%、CrNO層が10%、Cr
2O
3層が10%、CrN層が10%、CrNO層が10%、最表層のCr
2O
3層が10%である。なお、CrNO層は、酸窒化物で、X線回折でクロム酸化物の回折ピークを示さないものである。また、Cr
2O
3層は、X線回折でクロム酸化物の回折ピークが現れるものであり、Cr
2O
3層にわずかに窒素を含むこともある。
【0026】
試験1では、NCルーターにおいて、試験例1〜4および比較例1の超硬替刃を取り付けたルータービット(刃先径46mm)によって欧州アカマツ集成材を切削する切削試験を行った。ルータービットの回転数は、6000rpmで、被削材を1m/minの送り速度で送りつつ、被削材に20mm切り込ませた状態で被削材を180m切削した。そして、切削後に、切刃後退量および摩耗帯幅Bを刃先断面形状により測定した。その結果を
図7に示す。
【0027】
図6におけるマル1が試験例1に対応し、試験例1の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状を
図7(a)に示す。
図6におけるマル2が試験例2に対応し、試験例2の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状を
図7(b)に示す。
図6におけるマル3が試験例3に対応し、試験例3の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状を
図7(c)に示す。
図6におけるマル4が試験例4に対応し、試験例4の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状を
図7(d)に示す。
図7(e)は、試験例1の超硬替刃と同条件ですくい面および逃げ面に被膜を形成したものを、刃付け研磨して逃げ面の被膜を除去した比較例1の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状である。すなわち、比較例1の超硬替刃は、すくい面を被覆する被膜の膜厚が試験例1のすくい面被覆部の膜厚と同じである。試験例1〜4の超硬替刃は、被膜においてすくい面被覆部が逃げ面被覆部よりも厚くなっており、すくい面被覆部の膜厚が約5μm〜8.5μmの範囲内にあり、試験例1〜4の超硬替刃の何れも、すくい面被覆部の膜厚が0.5μm〜15μmの範囲内にある。
図7(c)および(d)に示すように、すくい面被覆部の膜厚に対する逃げ面膜厚部の膜厚の比が0.15以下にある試験例3および4の超硬替刃は、
図7(e)に示す比較例1の超硬替刃と比べても、切刃の鋭さの低下が抑えられていることが判り、すくい面被覆部の膜厚に対する逃げ面膜厚部の膜厚の比が0.05以下にある試験例4の超硬替刃によれば、比較例1と遜色がない自己研磨特性を有していることが判る。また、
図7に示すように、すくい面および逃げ面の両面を被膜で被覆した試験例1〜4の超硬替刃は、すくい面だけが被膜で被覆された比較例1の超硬替刃よりも摩耗帯幅Bが小さいことが確認できる。
【0028】
[試験2]
PVD装置において、CrNとCrNOとCr
2O
3とを積層した複合多層被膜を超硬合金からなる母材に同じ条件で形成し、試験例5〜7および比較例2のルータービット用の超硬替刃を作成した。何れの超硬替刃も、
図1に示すような形状であり、長さLが15mmで、幅Wが15mmで、厚さTが2.5mmで、刃物角θが60°に設定されている。なお、試験例5〜7および比較例2の超硬替刃は、用いられる刃物の設計上、すくい面と逃げ面との関係が試験例1〜4および比較例1と反対であり、
図1における符号14が指す上面が逃げ面であり、符号16が指す傾斜面がすくい面となるように用いられる。なお、試験例5〜7および比較例2の超硬替刃は、すくい面に膜厚5μm〜6μmのすくい面被覆部を形成するように設定している。なお、被膜の膜厚は、
図8に示すようになっている。試験2の複合多層被膜は、母材側から4層のCrN、1層のCrNO、1層のCr
2O
3、の順に積層された構造であり、全体の厚みに対する各層の厚みは、母材側からCrN層が60%、CrNO層が20%、最表層のCr
2O
3層が20%である。なお、CrNO層は、酸窒化物で、X線回折でクロム酸化物の回折ピークを示さないものである。また、Cr
2O
3層は、X線回折でクロム酸化物の回折ピークが現れるものであり、Cr
2O
3層にわずかに窒素を含むこともある。
【0029】
試験2では、NCルーターにおいて、試験例5〜7および比較例2の超硬替刃を取り付けた直径75mmの
ルータービットによって欧州アカマツ集成材を切削する切削試験を行った。ルータービットの回転数は、6000rpmで、被削材を1m/minの送り速度で送りつつ、被削材に20mm切り込ませた状態で被削材を120m切削した。そして、切削後に、切刃後退量および摩耗帯幅Bを刃先断面形状により測定した。その結果を
図9に示す。
【0030】
図8におけるマル1が試験例5に対応し、試験例5の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状を
図9(a)に示す。
図8におけるマル2が試験例6に対応し、試験例6の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状を
図9(b)に示す。
図8におけるマル3が試験例7に対応し、試験例7の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状を
図9(c)に示す。
図9(d)は、試験例6の超硬替刃と同条件ですくい面および逃げ面に被膜を形成したものを、刃付け研磨して逃げ面の被膜を除去した比較例2の超硬替刃による切削試験後の切刃断面形状である。すなわち、比較例2の超硬替刃は、すくい面を被覆する被膜の膜厚が試験例6のすくい面被覆部の膜厚と同じである。試験例5〜7の超硬替刃は、被膜においてすくい面被覆部が逃げ面被覆部よりも厚くなっている。
図9(b)および
図9(c)に示すように、すくい面被覆部の膜厚に対する逃げ面膜厚部の膜厚の比が0.15以下にある試験例6および試験例7の超硬替刃は、
図9(d)に示す比較例2の超硬替刃と比べても、切刃の鋭さの低下が抑えられていることが判る。また、
図9に示すように、すくい面および逃げ面の両面を被膜で被覆した試験例5〜7の超硬替刃は、すくい面だけが被膜で被覆された比較例2の超硬替刃よりも摩耗帯幅Bが小さいことが確認できる。
【0031】
図10(a)は、試験例4の超硬替刃の切刃を拡大して示す電子顕微鏡写真であり、
図10(b)は、試験例1の超硬替刃の切刃を拡大して示す電子顕微鏡写真であり、
図10(c)は、比較例1の超硬替刃の切刃を拡大して示す電子顕微鏡写真であり、何れも切削試験を行う前の状態である。被膜を形成した後に刃付け研磨を行った比較例1の超硬替刃は、
図10(c)に示すように、切刃に比較的大きいチッピングが生じているのが確認でき、すくい面被覆部の膜厚に対する逃げ面被覆部の膜厚の比が0.05以下にある試験例4の超硬替刃では、切刃のチッピングが発生していないことが判る。また、試験例4の超硬替刃は、試験例1の超硬替刃と比べても、切刃のチッピングが発生していないことが確認できる。
図10(b)に示す試験例1のように、すくい面被覆部の膜厚に対する逃げ面被覆部の膜厚の比が0.15より大きくなるように被膜を形成すると切刃に局所的に高い圧縮応力が残留することがあり、これにより切刃が自壊するもしくは切削時に容易にチッピングすると推測される。
そこで、試験例4の超硬替刃のように、膜厚の比が0.15以下になるように
すくい面の被膜よりも逃げ面の被膜を薄く形成すると、圧縮応力の残留を抑えることができ、切刃のチッピングを防止できる。
【0032】
試験例4、試験例1および比較例1の超硬替刃について、試験1で説明した切削試験を夫々行い、切削前の切刃線粗さからの切削後の切刃線粗さの変化を確認した。その結果を
図11に示す。
図11の各図は、切刃線が延在する方向である横軸の倍率が10倍であるのに対して、切削前の切刃線からの変化を示す縦軸の倍率が500倍とした場合の縦横比で表している。試験1の切削加工に際して被削材に直接接触する切削部分は、4.5mmであり、
図11(a)の試験例4の切削部分における切削後の切刃線後退量は9〜10μmである。なお、切削前の切刃線より切削後の切刃線が離れるほど、切刃の後退やチッピングなどが大きく生じていることを示す。
図11(b)および(c)に示すように、試験例1および比較例1の超硬替刃では、切削加工に際して被削材に直接接触する切削部分だけでなく、被削材に接触しない非切削部分でもチッピングが生じており、すくい面被覆部の膜厚に対する逃げ面被覆部の膜厚の比が0.15より大きくなるように被膜を形成すると、非切削部分でのチッピングが顕著であることが判る。これに対して、本発明の実施例である試験例4の超硬替刃によれば、非切削部分においてチッピングがほとんど起きていないことが確認でき、切削前後で良好な切刃品質を維持している。
【0033】
[試験3]
PVD装置において、CrNとCrNOとCr
2O
3とを積層した複合多層被膜を超硬合金からなる母材に同じ条件で形成し、試験例8〜13のルータービット用の超硬替刃を作成した。何れの超硬替刃も、
図1に示すような形状であり、長さLが20mmで、幅Wが12mmで、厚さTが1.5mmで、刃物角θが55°に設定されている。また、試験例8〜13の超硬替刃は、すくい面に膜厚5μm〜6μmのすくい面被覆部を形成し、すくい面と逃げ面との膜厚分布は、試験1の試験例4(
図6のマル4)と同じである。試験例9〜13の母材における切刃に対応する部位は、ブラスト処理により円弧状(R面)に形成し、試験例8の母材は、切刃に対応する部位にブラスト処理を施していない。このとき、母材における切刃に対応する部位のR面の半径r(母材におけるすくい面の延長ラインと母材における逃げ面の延長ラインとの交点からの面取り距離x)は、試験例9が0.5(0.6)μm、試験例10が1.1(1.3)μm、試験例11が1.8(2.1)μm、試験例12が3.1(3.6)μm、試験例13が6.0(7.0)μmであり、未ブラスト処理の試験例8は、0.4(0.5)μmであった。なお、前記面取り距離xは、{R面半径r/sin(刃物角θ)}−R面半径rの式により算出している。試験3の複合多層被膜は、母材側から5層のCrN、1層のCrNO、1層のCr
2O
3、1層のCrN、1層のCrNO、1層のCr
2O
3の順に積層された構造であり、全体の厚みに対する各層の厚みは、母材側からCrN層が50%、CrNO層が10%、Cr
2O
3層が10%、CrN層が10%、CrNO層が10%、最表層のCr
2O
3層が10%である。なお、CrNO層は、酸窒化物で、X線回折でクロム酸化物の回折ピークを示さないものである。また、Cr
2O
3層は、X線回折でクロム酸化物の回折ピークが現れるものであり、Cr
2O
3層にわずかに窒素を含むこともある。
【0034】
試験3では、NCルーターにおいて、試験例8〜13の超硬替刃を取り付けたルータービット(刃先径46mm)によって欧州アカマツ集成材を切削する切削試験を行った。ルータービットの回転数は、6000rpmで、被削材を1m/minの送り速度で送りつつ、被削材に20mm切り込ませた状態で被削材を60m切削した。そして、切削前の切刃線粗さからの切削後の切刃線粗さの変化を確認した。その結果を
図12に示す。
図12の各図は、切刃線が延在する方向である横軸の倍率が10倍であるのに対して、切削前の切刃線からの変化を示す縦軸の倍率が500倍とした場合の縦横比で表している。なお、試験3の切削加工に際して被削材に直接接触する切削部分は、5.0mmである。
【0035】
図12に示すように、試験例8では、切削部分に比較的大きいチッピングが1箇所と小さいチッピングが多く発生しているが、母材における切刃に対応した部位を円弧形状とした試験例9〜13では、丸印で囲ったように切削部分において1〜3箇所のチッピングが発生しただけである。このように、母材における切刃に対応した部位に極小のRをつけることが、切刃の切削部分におけるチッピングの抑制に大きく貢献していることを確認できる。なお、母材における切刃に対応した部位にブラスト処理を施していない試験例8であっても、すくい面被覆部の膜厚に対する逃げ面被覆部の膜厚の比が0.01〜0.05の範囲にあるので、試験例9〜13と同様に非切削部分においてチッピングがほとんど起きていないことが確認できる。
【0036】
(変更例)
前述した構成に限定されず、例えば以下のように変更することも可能である。
(1)切削工具は、
図1に示す形状に限定されず、被削材や切削方法などに応じて適宜に形成される。
(2)本発明を適用可能な切削工具としては、鉋刃等の平刃、カッター、チップソー、ルータービット、ナイフ、角のみ、これらの替刃等が挙げられる。
(3)本発明に係る切削工具は、木材に限られず、非鉄金属およびそれらの合金、木質材料または樹脂の切削加工に好適に使用できる。