【実施例】
【0084】
[実験例1〜21]
<電析用電解質の作製>
表1の溶融塩の欄に示す材質からなる溶融塩を作製し、表1の金属化合物の欄に示すK
2SiF
6粉末、SiCl
4ガスまたはK
2TiF
6粉末を、溶融塩100molに対して0.5mol〜15molの割合で溶解することによって、表1に示すKFとKClとの合計質量割合、Si
4+カチオン分率およびF
-アニオン分率を有する実験例1〜実験例21の電析用電解質を作製した。なお、表1に示すSi
4+カチオン分率は、以下の式(IX)により算出され、Ti
4+カチオン分率は、以下の式(X)により算出され、F
-アニオン分率は、以下の式(XI)により算出された。また、KFのモル質量は58.1とし、KClのモル質量は74.6とし、K
2SiF
6のモル質量は220.3とした。
【0085】
Si
4+カチオン分率=(電析用電解質中のSi
4+の物質量)/((電析用電解質中のSi
4+の物質量)+(電析用電解質中のK
+の物質量)) …(IX)
【0086】
Ti
4+カチオン分率=(電析用電解質中のTi
4+の物質量)/((電析用電解質中のTi
4+の物質量)+(電析用電解質中のK
+の物質量)) …(X)
【0087】
F
-アニオン分率=(電析用電解質中のF
-の物質量)/((電析用電解質中のF
-の物質量)+(電析用電解質中のCl
-の物質量)) …(XI)
【0088】
【表1】
【0089】
具体的には、実験例1、実験例6〜実験例11および実験例16〜実験例20においては、KF(和光純薬工業株式会社製)とKCl(和光純薬工業株式会社製)とをKF:KCl=45:55のモル比で混合した混合物を溶融することによって、KFに対するKClのモル比(KFの物質量n
KClに対するKClの物質量n
KFの比(n
KCl/n
KF))が1.2であって、融点が871KであるKF−KCl溶融塩を作製した。その後、KF−KCl溶融塩100molに対して2molの割合となるように、K
2SiF
6粉末(和光純薬工業株式会社製)を添加(実験例1、実験例6〜実験例11および実験例17〜実験例20)すること、若しくはSiCl
4ガスを吹き込む(実験例16)ことによって、実験例1、実験例6〜実験例11および実験例16〜実験例20の電析用電解質を作製した。なお、SiCl
4ガスの吹き込みは、パイプを用いた方法に吹き込み方法により行なった。
【0090】
また、実験例2においては、KFを溶融することによって、融点が1133KであるKF溶融塩を作製し、実験例3においては、KClを溶融することによって、融点が1043KであるKCl溶融塩を作製した。また、実験例4においては、LiF(フッ化リチウム)とNaF(フッ化ナトリウム)とKFとを、LiF:NaF:KF=46.5:11.5:42のモル比で混合した混合物を溶融することによって、融点が727KであるLiF−NaF−KF溶融塩を作製した。さらに、実験例5においては、LiFとKFとを、LiF:KF=50:50のモル比で混合した混合物を溶融することによって、融点が765KであるLiF−KF溶融塩を作製した。その後は、実験例1、実験例6〜実験例11および実験例17〜実験例20と同様にして、実験例2〜実験例5の電析用電解質を作製した。
【0091】
また、実験例12においては、KFとKClとをKF:KCl=87:13のモル比で混合した混合物を溶融することによって、KFに対するKClのモル比(n
KCl/n
KF)が0.15であって、融点が1093KであるKF−KCl溶融塩を作製した。また、実験例13においては、KFとKClとをKF:KCl=62.5:37.5のモル比で混合した混合物を溶融することによって、KFに対するKClのモル比(n
KCl/n
KF)が0.6であって、融点が973KであるKF−KCl溶融塩を作製した。その後は、実験例1、実験例6〜実験例11および実験例17〜実験例20と同様にして、実験例12および実験例13の電析用電解質を作製した。
【0092】
また、実験例14においては、KFとKClとをKF:KCl=29.4:70.6のモル比で混合した混合物を溶融することによって、KFに対するKClのモル比(n
KCl/n
KF)が2.4であって、融点が933KであるKF−KCl溶融塩を作製した。また、実験例15においては、KFとKClとをKF:KCl=15.4:84.6のモル比で混合した混合物を溶融することによって、KFに対するKClのモル比(n
KCl/n
KF)が5.5であって、融点が998KであるKF−KCl溶融塩を作製した。その後は、実験例1、実験例6〜実験例11および実験例17〜実験例20と同様にして、実験例14および実験例15の電析用電解質を作製した。
【0093】
また、実験例21においては、K
2SiF
6粉末の代わりに、KF−KCl溶融塩100molに対して0.5molの割合でK
2TiF
6(和光純薬工業株式会社製)を添加したこと以外は実験例1、実験例6〜実験例11および実験例17〜実験例20と同様にして、実験例21の電析用電解質を作製した。
【0094】
<電析用電解質の電析>
上述のようにして作製した実験例1〜実験例21の電析用電解質をグラッシーカーボンるつぼに充填し、カンタル製円筒容器とステンレス製蓋とからなる気密容器内に設置した石英インナーホルダーの底部に、実験例1〜実験例21の電析用電解質の充填後のグラッシーカーボンるつぼを静置した。そして、300ml/minの流量でAr(アルゴン)ガスを気密容器内に流すことで、気密容器内の雰囲気をAr雰囲気にした。そして、実験例1〜実験例21の電析用電解質のそれぞれに、陰極として表2に示す基板を浸漬させるとともに、対極である陽極として直径5mmの円形状の表面を有する円柱状のグラッシーカーボン棒(東海カーボン株式会社製)を浸漬させた。その後、電気化学測定装置(北斗電工株式会社製のHZ−3000)を用いて、表2に示す温度、電流密度および電析時間の条件で、実験例1〜実験例21の電析用電解質の定電流電解を行ない、陰極の表面上に金属膜を形成した。
【0095】
【表2】
【0096】
具体的には、実験例1、実験例6〜実験例8および実験例16〜実験例20においては、電析用電解質の温度923K、電流密度−193mA/cm
2、および電析時間15分間の条件で定電流電解を行なった。このとき、実験例1、実験例6〜実験例8および実験例16〜実験例20においては、陽極はグラッシーカーボン棒とした。しかしながら、実験例1、実験例6〜実験例8および実験例16においては陰極が直径1mmの円形状の表面を有する円柱状のAg線(株式会社ニラコ製)とし、実験例17〜実験例20においては、陰極は、それぞれ、炭素棒、直径1mmの円形状の表面を有する円柱状のMo線(株式会社ニラコ製)、W線およびAg板とした。
【0097】
また、実験例2〜実験例5においては、電流密度を−193mA/cm
2、電析時間を15分、陽極をグラッシーカーボン棒、陰極をAg線とした。また、実験例2〜実験例5の電析時の電析用電解質の温度は、それぞれ、1173K、1073K、873Kおよび873Kとした。
【0098】
また、実験例6〜実験例8においては、電流密度を−193mA/cm
2、電析時間を15分、陽極をグラッシーカーボン棒、陰極をAg線とした。電析用電解質へ添加したK
2SiF
6は、溶融塩100molに対してそれぞれ、5mol、10molおよび15molの割合で溶解させた。
【0099】
また、実験例9〜実験例11においては、温度923Kで定電流電解が行なわれた。しかしながら、実験例9〜実験例11の電流密度は、それぞれ、−97mA/cm
2、−386mA/cm
2および−772mA/cm
2とし、実験例9〜実験例11の電析時間は、それぞれ、30分、7.5分および3.75分とした。このとき、実験例9〜実験例11においては、陽極はグラッシーカーボン棒とし、陰極はAg線とした。
【0100】
さらに、実験例12〜実験例15においては、電流密度を−193mA/cm
2とし、電析時間を15分とし、陽極をグラッシーカーボン棒とし、陰極をAg線とした。また、実験例12〜実験例15の電析時の電析用電解質の温度は、それぞれ、1123K、1023K、973Kおよび1073Kとした。
【0101】
また、実験例21においては、溶融塩100molに対して0.5molの割合でK
2TiF
6を添加した電析用電解質を用いた。陽極をグラッシーカーボン棒とし、陰極をFe線とし、擬似参照極を白金(Pt)線とし、温度923Kでカリウム析出に対して+0.25Vの電位で30分の定電位電解を行なった。電解中の電流密度は、平均−156mA/cm
2であった。
【0102】
<金属膜の評価>
上述のように、実験例1〜実験例21の電析用電解質の電析を行なうことにより、表2に示す陰極の表面上に表3に示す材質の実験例1〜実験例21の厚さ100μm程度の金属膜が形成された。具体的には、実験例1〜実験例17および実験例20においてはSi膜が形成され、実験例18においてはMoシリサイド膜が形成され、実験例19においてはWシリサイド膜が形成された。さらに、実験例21においては、FeとTiとの合金膜であるFe−Ti膜が形成された。
【0103】
そして、上述のようにして形成された実験例1〜実験例21の金属膜について、以下のようにして、水洗除去、水洗時の剥離およびRa/Rの観点から評価を行ない、これらを総合した総合評価を行なった。その結果を表3に示す。なお、実験例1および実験例6〜実験例21は実施例であり、実験例2〜実験例5は比較例である。
【0104】
【表3】
【0105】
[水洗除去の評価]
(水洗除去の評価方法)
実験例1〜実験例21の水洗除去の評価は、陰極上に形成された金属膜を333Kの蒸留水に20時間浸漬させた後に乾燥させ、XRD装置(株式会社リガク製のUltima IV;CuKα線、λ=0.15418nm、40kV、40mA)を用いて、乾燥後の金属膜の表面に残存する成分のXRD分析を行ない、以下の評価基準により評価を行なった。
【0106】
(水洗除去の評価基準)
A…金属膜の表面に残存する電析用電解質成分に起因するX線回折ピークなし
B…金属膜の表面に残存する電析用電解質成分に起因するX線回折ピークがわずかにあり
C…金属膜の表面に残存する電析用電解質成分に起因するX線回折ピークが明確にあり
[水洗時の剥離の評価]
(水洗時の剥離の評価方法)
実験例1〜実験例21の金属膜の水洗時の剥離の評価は、上述のように、陰極上に形成された金属膜を333Kの蒸留水に20時間浸漬して陰極を引き上げたときの陰極からの金属膜の剥離の有無について、以下の評価基準により評価を行なった。
【0107】
(水洗時の剥離の評価基準)
A…陰極からの金属膜の剥離なし
B…陰極からの金属膜の剥離がわずかにあり
C…陰極から金属膜が完全に剥離
[Ra/Rの評価]
実験例1〜実験例21の金属膜のRa/Rは、実験例1〜実験例21の金属膜を樹脂中に埋設し、樹脂を乾燥させた後に、回転研磨機に取り付けた研磨紙(粒度:240番、400番、600番、1000番および2000番)で樹脂を研磨していくことによって露出した金属膜の断面をSEMで観察することによって金属膜の表面平均粗さRaおよび平均厚さRを測定し、金属膜の表面平均粗さRaを平均厚さRで割った値を100倍することによって算出した。なお、表3におけるRa/Rの値が低いほど、金属膜の表面が平滑であることを意味している。
【0108】
<評価結果>
(実験例1)
表3に示すように、実験例1においては、電析用電解質の作製に用いられた溶融塩がKFを用いて作製されているため、表面が平滑なSi膜を形成することができるとともに、Si膜の表面に付着した電析用電解質の水洗による除去も容易であった。さらに、実験例1においては、電析用電解質の作製に用いられた溶融塩がKFとKClとの双方を用いて作製されており、KF以外の金属フッ化物を用いて作製されていないため、比較的低温で電析を行なうことができ、陰極への熱ダメージを低く抑えることができたため、水洗時のSi膜の剥離の発生も抑えることができた。
【0109】
図5に、実験例1において、Ag線11の表面上に形成されたSi膜12が樹脂13に埋め込まれた後に、回転研磨機に取り付けた研磨紙により研磨されて露出した断面のSEM像を示す。
図5に示すように、実験例1で形成されたSi膜12は、緻密に形成されていることがわかる。
【0110】
図6に、実験例1において、Ag線11の表面上に形成されたSi膜12のXRDパターンを示す。
図6に示すように、実験例1において形成されたSi膜12のXRDパターンには、Siに対応するピークが確認された。
【0111】
(実験例2)
表3に示すように、実験例2においては、電析用電解質の作製に用いられた溶融塩がKFを用いて作製されているため、表面が平滑で、かつ高純度のSi膜が形成されていた。しかしながら、実験例2においては、電析時の電析用電解質の温度が非常に高いため、陰極の熱ダメージが大きく、水洗時にSi膜が完全に剥離した。
【0112】
(実験例3)
表3に示すように、実験例3においては、電析用電解質の作製に用いられた溶融塩がKFを用いて作製されていないため、表面が平滑でないSi膜が形成された。また、電析時の電析用電解質の温度が非常に高いため、陰極の熱ダメージが大きく、水洗時にSi膜が完全に剥離した。
【0113】
(実験例4)
表3に示すように、実験例4においては、金属フッ化物の三元系溶融塩を用いて電析用電解質が作製されているため、表面が平滑なSi膜が形成された。しかしながら、KF以外の金属フッ化物を用いて電析用電解質が作製されているため水洗後のSi膜の表面に電析用電解質の残存物に起因するXRDパターンのピークが明確に確認された。
【0114】
(実験例5)
表3に示すように、実験例5においては、金属フッ化物の二元系溶融塩を用いて電析用電解質が作製されているため、表面が平滑なSi膜が形成された。しかしながら、KF以外の金属フッ化物を用いて電析用電解質が作製されているため水洗後のSi膜の表面に電析用電解質の残存物に起因するXRDパターンのピークが明確に確認された。
【0115】
(実験例1および実験例6〜8)
実験例1、実験例6および実験例7においては、KFとKClとからなる溶融塩を用いて電析用電解質が作製されているため、Si膜の表面に付着した電析用電解質の水洗による除去が確認できた。ただし、K
2SiF
6粉末の添加量が多い実験例8においては、水洗後のSi膜の表面に、わずかながら電析用電解質の残存物のXRDパターンのピークが確認された。
【0116】
(実験例1および実験例9〜11)
実験例1、実験例9および実験例10においては、電析時の電流密度の絶対値が1mA/cm
2以上500mA/cm
2以下の範囲内にあるため、表面が平滑なSi膜が形成された。しかしながら、電析時の電流密度の絶対値がその範囲を超えている実験例11においては、実験例1、実験例9および実験例10と比べてSi膜の表面の平滑性が劣る傾向が確認された。
【0117】
(実験例12〜15)
実験例12においては、KFに対するKClのモル比が0.2未満であるため平滑な表面を有するSi膜を得ることができるが、電析時の電析用電解質の温度が高いため、水洗時にSi膜がわずかに剥離した。
【0118】
実験例13および実験例14においては、KFに対するKClのモル比が0.2以上5以下の範囲内に含まれているため、平滑な表面を有するSi膜を得ることができるとともに、水洗後におけるSi膜の剥離も生じなかったが、当該モル比の高い実験例14の方がRa/Rの値が高くなったため、Si膜の表面の平滑性に欠ける結果となった。
【0119】
実験例15においては、KFに対するKClのモル比が0.5よりも大きいため、実験例12〜14と比べてSi膜の表面の平滑性に欠ける結果となるとともに、電析時の電析用電解質の温度が高いため、水洗後にSi膜がわずかに剥離した。
【0120】
(実験例16〜20)
実験例16は、K
2SiF
6粉末を添加する代わりにSiCl
4ガスを吹き込んだこと以外は実験例1と同様にしてSi膜の形成が行なわれたが、実験例1の場合と同様の良好な結果が得られた。
【0121】
実験例17は、Ag線の代わりに炭素棒を用いたこと以外は実験例1と同様にしてSi膜の形成が行なわれたが、実験例1の場合と同様の良好な結果が得られた。
【0122】
実験例18は、Ag線の代わりにMo線を用いたこと以外は実験例1と同様にして金属膜の形成が行なわれ、実験例19は、Ag線の代わりにW線を用いたこと以外は実験例1と同様にして金属膜の形成が行なわれたが、それぞれ、純金属ではなく、Moシリサイド膜と、Wシリサイド膜とが形成された。
【0123】
実験例20は、Ag線の代わりにAg板を用いたこと以外は実験例1と同様にしてSi膜の形成が行なわれたが、実験例1の場合と同様の良好な結果が得られた。
【0124】
実験例21は、K
2SiF
6の代わりにK
2TiF
6を用い、陰極としてAg線の代わりにFe線を用いて、平均電流密度−156mA/cm
2で電解を行なった。電析用電解質の作製に用いられた溶融塩がKFとKClとの双方を用いて作製されており、KF以外の金属フッ化物を用いて作製されていないため、比較的低温で電析を行なうことができるとともに、Fe−Ti膜の剥離の発生を抑えることができ、水洗時の残留物もなかった。
図7(a)〜
図7(c)に、実験例21において、Fe線の表面に形成されたFe−Ti膜のXRDパターンを示す。
図7(a)〜
図7(c)に示すように、陰極であるFe線の表面には、電析物であるTiとFe線のFeとの合金であるFeTi相のXRDパターンが確認された。
【0125】
[実験例22〜33]
<電析用電解質の作製>
表4の溶融塩の欄に示す材質からなる溶融塩を作製し、K
2SiF
6粉末を、溶融塩100molに対して0.5mol〜5molの割合で溶解することによって、表4に示すKFとKClとの合計質量割合、Si
4+カチオン分率およびF
-アニオン分率を有する実験例22〜実験例33の電析用電解質を作製した。なお、表4に示すSi
4+カチオン分率は、上記の式(IX)により算出され、F
-アニオン分率は、上記の式(XI)により算出された。
【0126】
【表4】
【0127】
具体的には、実験例22〜実験例33においては、KF(和光純薬工業株式会社製)とKCl(和光純薬工業株式会社製)とをKF:KCl=45:55のモル比で混合した混合物を溶融することによって、KFに対するKClのモル比(KFの物質量n
KClに対するKClの物質量n
KFの比(n
KCl/n
KF))が1.2であって、融点が871KであるKF−KCl溶融塩を作製した。その後、KF−KCl溶融塩100molに対してそれぞれ0.5mol(実験例22)、2mol(実験例23〜実験例26)、3.5mol(実験例27〜実験例30)および5mol(実験例31〜実験例33)の割合となるように、K
2SiF
6粉末(和光純薬工業株式会社製)を添加することによって、実験例22〜実験例33の電析用電解質を作製した。
【0128】
<電析用電解質の電析>
上述のようにして作製した実験例22〜実験例33の電析用電解質をグラッシーカーボンるつぼに充填し、カンタル製円筒容器とステンレス製蓋とからなる気密容器内に設置した石英インナーホルダーの底部に、実験例22〜実験例33の電析用電解質の充填後のグラッシーカーボンるつぼを静置した。そして、300ml/minの流量でArガスを気密容器内に流すことで、気密容器内の雰囲気をAr雰囲気にした。そして、実験例22〜実験例33の電析用電解質のそれぞれに、陰極としてAg線を浸漬させるとともに、対極である陽極として直径5mmの円形状の表面を有する円柱状のグラッシーカーボン棒(東海カーボン株式会社製)を浸漬させた。その後、電気化学測定装置(北斗電工株式会社製のHZ−3000)を用いて、表5に示す温度、電流密度および電析時間の条件で、実験例22〜実験例33の電析用電解質の定電流電解を行ない、陰極であるAg線の表面上にSi膜を形成した。
【0129】
【表5】
【0130】
具体的には、実験例22、実験例23および実験例27においては、電析用電解質の温度923K、電流密度−39mA/cm
2、および電析時間80分間の条件で定電流電解を行なった。
【0131】
また、実験例24、実験例28および実験例31においては、電析用電解質の温度923K、電流密度−78mA/cm
2、および電析時間40分間の条件で定電流電解を行なった。
【0132】
また、実験例25、実験例29および実験例32においては、電析用電解質の温度923K、電流密度−155mA/cm
2、および電析時間20分間の条件で定電流電解を行なった。
【0133】
さらに、実験例26、実験例30および実験例33においては、電析用電解質の温度923K、電流密度−310mA/cm
2、および電析時間10分間の条件で定電流電解を行なった。
【0134】
<Si膜の評価>
上述のように、実験例22〜実験例33の電析用電解質の電析を行なうことにより、Ag線の表面上に、表6に示す材質の実験例22〜実験例33の厚さ60μm程度のSi膜が形成された。
【0135】
そして、上述のようにして形成された実験例22〜実験例33のSi膜について、以下のようにして、水洗除去、水洗時の剥離およびRa/Rの観点から評価を行ない、これらを総合した総合評価を行なった。その結果を表6に示す。なお、実験例22〜実験例33は実施例である。
【0136】
【表6】
【0137】
[水洗除去の評価]
(水洗除去の評価方法)
実験例22〜実験例33の水洗除去の評価は、Ag線上に形成されたSi膜を333Kの蒸留水に20時間浸漬させた後に乾燥させ、XRD装置(株式会社リガク製のUltima IV;CuKα線、λ=0.15418nm、40kV、40mA)を用いて、乾燥後のSi膜の表面に残存する成分のXRD分析を行ない、以下の評価基準により評価を行なった。
【0138】
(水洗除去の評価基準)
A…Si膜の表面に残存する電析用電解質成分に起因するX線回折ピークなし
B…Si膜の表面に残存する電析用電解質成分に起因するX線回折ピークがわずかにあり
C…Si膜の表面に残存する電析用電解質成分に起因するX線回折ピークが明確にあり
[水洗時の剥離の評価]
(水洗時の剥離の評価方法)
実験例22〜実験例33のSi膜の水洗時の剥離の評価は、上述のように、Ag線上に形成されたSi膜を333Kの蒸留水に20時間浸漬してAg線を引き上げたときのAg線からのSi膜の剥離の有無について、以下の評価基準により評価を行なった。
【0139】
(水洗時の剥離の評価基準)
A…Ag線からのSi膜の剥離なし
B…Ag線からのSi膜の剥離がわずかにあり
C…Ag線からSi膜が完全に剥離
[Ra/Rの評価]
実験例22〜実験例33のSi膜のRa/Rは、実験例22〜実験例33のSi膜を樹脂中に埋設し、樹脂を乾燥させた後に、回転研磨機に取り付けた研磨紙(粒度:240番、400番、600番、1000番および2000番)で樹脂を研磨していくことによって露出したSi膜の断面をSEMで観察することによってSi膜の表面平均粗さRaおよび平均厚さRを測定し、Si膜の表面平均粗さRaを平均厚さRで割った値を100倍することによって算出した。なお、表6におけるRa/Rの値が低いほど、Si膜の表面が平滑であることを意味している。また、
図8〜
図19に、それぞれ、実験例22〜実験例33において形成されたSi膜の断面のSEM像を示す。また、
図20に、実験例24において形成されたSi膜の断面のSEM像の拡大図を示し、
図21に、実験例25において形成されたSi膜の断面のSEM像の拡大図を示す。
【0140】
<評価結果>
表6に示すように、Si
4+カチオン分率が0.05以下である実験例22〜実験例33においては、Si膜の形成後の水洗による電析用電解質の除去が容易となり、Ag線からのSi膜の剥離が見られないという結果が見られた。
【0141】
特に、KF−KCl溶融塩100molに対して2molおよび3.5molの割合となるようにK
2SiF
6粉末が添加されて作製された実験例24(Si
4+カチオン分率:0.019)、実験例25(Si
4+カチオン分率:0.019)、実験例28(Si
4+カチオン分率:0.032)および実験例29(Si
4+カチオン分率:0.032)の電析用電解質について、陽極であるグラッシーカーボン棒とAg線との間に流れる電流のAg線上での電流密度の絶対値を50mA/cm
2以上250mA/cm
2以下(実験例24および実験例28:78mA/cm
2;実験例25および実験例29:155mA/cm
2)として電解を行うことによって得られたSi膜は、Ag線からのSi膜の剥離がなく、Si膜の表面も平滑であるという結果が見られた。
【0142】
[実験例34〜37]
<電析用電解質の作製>
表7の溶融塩の欄に示す材質からなる溶融塩を作製し、表7の溶融塩を100molとしたときの金属化合物の物質量の欄に示すWCl
4粉末を溶融塩100molに対して0.1molの割合で溶解する(実験例34および実験例35)、またはWCl
4粉末とWO
3粉末とをそれぞれ溶融塩100molに対して0.1molずつの割合で溶解する(実験例36および実験例37)ことによって、実験例34〜実験例37の電析用電解質を作製した。
【0143】
具体的には、KF(和光純薬工業株式会社製)とKCl(和光純薬工業株式会社製)とをKF:KCl=45:55のモル比で混合した混合物を溶融することによって、KFに対するKClのモル比(KFの物質量n
KClに対するKClの物質量n
KFの比(n
KCl/n
KF))が1.2であって、融点が871KであるKF−KCl溶融塩を作製した。その後、KF−KCl溶融塩100molに対して0.1molの割合となるようにWCl
4粉末を添加する(実験例34および実験例35)、またはWCl
4粉末およびWO
3粉末をそれぞれ溶融塩100molに対して0.1molの割合となるように添加する(実験例36および実験例37)ことによって、実験例34〜実験例37の電析用電解質を作製した。
【0144】
<電析用電解質の電析>
上述のようにして作製した実験例34〜実験例37の電析用電解質をグラッシーカーボンるつぼに充填し、カンタル製円筒容器とステンレス製蓋とからなる気密容器内に設置した石英インナーホルダーの底部に、実験例34〜実験例37の電析用電解質の充填後のグラッシーカーボンるつぼを静置した。そして、300ml/minの流量でAr(アルゴン)ガスを気密容器内に流すことで、気密容器内の雰囲気をAr雰囲気にした。そして、実験例34〜実験例37の電析用電解質のそれぞれに、陰極としてMo基板を浸漬させるとともに、対極である陽極として直径5mmの円形状の表面を有する円柱状のグラファイトを浸漬させた。その後、電気化学測定装置(北斗電工株式会社製のHZ−3000)を用いて、表7の電析条件の欄に示す温度、電位(K
+/Kに対する電位)および時間(電析時間)の条件で、実験例34〜実験例37の電析用電解質の定電位電解を行ない、陰極の表面上に実験例34〜実験例37の金属膜を形成した。
【0145】
<金属膜の表面の評価>
上述のように形成した実験例34〜実験例37のそれぞれの金属膜の表面を走査型電子顕微鏡(SEM;株式会社キーエンス製のVE−8800)を用いて、加速電圧20kVの条件で観察した。代表的に、
図22に実験例34の金属膜の表面のSEM写真を示し、
図23に実験例36の金属膜の表面のSEM写真を示す。
【0146】
また、上述のように形成した実験例34〜実験例37のそれぞれの金属膜の表面についてエネルギー分散型X線(EDX)分析装置(EDAX Inc.製のGenesis)を用いて加速電圧20kVの条件でEDX分析を行った。その結果を表7の評価のWの析出の欄に示す。表7の評価のWの析出の欄に示すように、実験例34〜実験例37のすべての金属膜の表面において、Wの析出があることが確認された。また、EDX分析の結果から、代表的に、実験例34の金属膜の表面は、Mo(14.0原子%)、W(46.3原子%)、および酸素(39.7原子%)から構成され、実験例36の金属膜の表面は、Mo(19.5原子%)、W(63.0原子%)、および酸素(17.5原子%)から構成されていることが確認された。
【0147】
<金属膜の断面の評価>
上述のように形成した実験例34〜実験例37のそれぞれの金属膜を集束イオンビーム(FIB)装置を用いて切断して断面を露出させ、実験例34〜実験例37のそれぞれの金属膜の断面を低加速走査型電子顕微鏡(ULTRA55)を用いて加速電圧2kVの条件で観察し、Mo基板上の金属膜の膜厚を測定した。その結果を表7の評価の膜厚の欄に示す。表7の評価の膜厚の欄に示すように、実験例34〜実験例37の金属膜の膜厚は、それぞれ、0.3μm、0.2μm、0.5μmおよび0.2μmであることが確認された。代表的に、
図24に実験例34の金属膜の断面の低加速走査型電子顕微鏡写真を示し、
図25に実験例36の金属膜の断面の低加速走査型電子顕微鏡写真を示す。
図24および
図25のW層と示されている箇所がWが析出した層に相当する。
【0148】
また、
図24に示す実験例34の金属膜の断面の低加速走査型電子顕微鏡写真の分析点について上記と同一のEDX分析装置を用いて加速電圧を30kVとした条件でEDX分析を行った。その結果を
図26に示す。EDX分析の結果から、実験例34の上記分析点における金属膜の断面は、Mo(11.3原子%)、W(69.9原子%)、酸素(2.1原子%)および炭素(16.7原子%)から構成されることが確認された。
【0149】
また、
図25に示す実験例36の金属膜の断面の低加速走査型電子顕微鏡写真の分析点について上記と同一のEDX分析装置を用いて加速電圧を30kVとした条件でEDX分析を行った。その結果を
図27に示す。EDX分析の結果から、実験例36の上記分析点における金属膜の断面は、Mo(13.4原子%)、W(77.9原子%)、酸素(2.1原子%)、炭素(3.7原子%)およびカルシウム(2.9原子%)から構成されることが確認された。
【0150】
【表7】
【0151】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0152】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。