特許第6406636号(P6406636)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6406636
(24)【登録日】2018年9月28日
(45)【発行日】2018年10月17日
(54)【発明の名称】化粧料または皮膚外用剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/60 20060101AFI20181004BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20181004BHJP
   A61Q 19/02 20060101ALI20181004BHJP
   A61Q 19/08 20060101ALI20181004BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20181004BHJP
   A61K 31/7024 20060101ALI20181004BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20181004BHJP
【FI】
   A61K8/60
   A61Q19/00
   A61Q19/02
   A61Q19/08
   A61P17/00
   A61K31/7024
   A61P43/00 105
【請求項の数】5
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2014-66664(P2014-66664)
(22)【出願日】2014年3月27日
(65)【公開番号】特開2015-24985(P2015-24985A)
(43)【公開日】2015年2月5日
【審査請求日】2016年12月19日
(31)【優先権主張番号】特願2013-128539(P2013-128539)
(32)【優先日】2013年6月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松熊 祥子
(72)【発明者】
【氏名】近藤 慎也
(72)【発明者】
【氏名】金 辰也
(72)【発明者】
【氏名】岡部 文市
(72)【発明者】
【氏名】大村 智
(72)【発明者】
【氏名】高橋 洋子
(72)【発明者】
【氏名】中島 琢自
(72)【発明者】
【氏名】松本 厚子
【審査官】 片山 真紀
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/034147(WO,A1)
【文献】 特開2008−273963(JP,A)
【文献】 Takuji Nakashima, et al.,Trehangelins A, B and C, novel photo-oxidative hemolysis inhibitors produced by an endophytic actinomycete, Polymorphospora rubra K07-0510,The Journal of Antibiotics ,2013年 4月17日,66,P.311-317
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00−8/99
A61Q 1/00−90/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式I又はIIで表される化合物を有効成分として含む化粧料(ただし、光線過敏症の予防又は改善のための化粧料ならびに酸化防止剤を除く)。
【化1】
【化2】
【請求項2】
美白用である請求項1に記載の化粧料。
【請求項3】
皮膚老化防止用である請求項1に記載の化粧料。
【請求項4】
下記式I又はIIで表される化合物を有効成分として含む皮膚老化抑制剤。
【化3】
【化4】
【請求項5】
下記式I又はIIで表される化合物を有効成分として含むMMP−2および/またはMMP−9産生抑制剤。
【化5】
【化6】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は化粧料または皮膚外用剤に関する。さらに詳しくは、トレハンジェリンを含む化粧料または皮膚外用剤に関する。
【背景技術】
【0002】
トレハンジェリンはトレハロースの3,3’位のアンジェリカ酸ジエステル体の体系名称であり、学校法人北里研究所の研究グループによって見出された新規物質である。また、トレハンジェリンは、放線菌に分類されるPolymorphospara rubra K07-0510株(キンギン草の根より単離した菌株)の脱脂コムギ胚芽培地で培養5日から生産される。
これまで、トレハンジェリンの有する機能について、前記研究グループによって出願されているが(特許文献3)、化粧品への適用について、特に刺激に対する作用、皮膚老化抑制作用、または美白作用については未だ検討がされていない。
一方、細胞死抑制効果や、MMP−2またはMMP−9産生抑制効果のある植物抽出物などを含有した老化抑制効果が期待される化粧料などが知られていた(特許文献1,2)。
このように、トレハンジェリンに化粧料として有効な活性があるのかどうかについては全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003-201212号公報
【特許文献2】特開2005-298391号公報
【特許文献3】特願2012-193105号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、トレハンジェリンを化粧料や皮膚外用剤として適用することができるかどうかを明らかにすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、トレハンジェリンの化粧品への適用を念頭に、陰イオン性界面活性剤であるSDSによる刺激で惹起する細胞死を抑制する効果、MMP−2産生抑制効果、MMP−9産生抑制効果について調べたところ、驚くべきことにトレハンジェリンにはこれらの効果がいずれも備わっていることが判明し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は以下の構成を有する。
(1) 下記一般式で表される化合物を有効成分として含む化粧料。
【0006】
【化1】
[式中、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示し、かつ、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示す。]
(2)一般式で表される化合物が、式I〜IIIのいずれかで表される化合物である前記(1)に記載の化粧料。
【0007】
【化2】
【0008】
【化3】
【0009】
【化4】
(3)美白用である前記(1)または(2)に記載の化粧料。
(4)しわ防止用である前記(1)または(2)に記載の化粧料。
(5)下記一般式で表される化合物を有効成分として含む皮膚外用剤。
【0010】
【化5】
[式中、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示し、かつ、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示す。]
(6)一般式で表される化合物が、下記式I〜IIIのいずれかで表される化合物である前記(5)に記載の皮膚外用剤。
【0011】
【化6】
【0012】
【化7】
【0013】
【化8】
(7)下記一般式で表される化合物を有効成分として含む皮膚老化抑制剤。
【0014】
【化9】
[式中、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示し、かつ、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示す。]
(8)一般式で表される化合物が、下記式I〜IIIのいずれかで表される化合物である前記(7)に記載の皮膚老化抑制剤。
【0015】
【化10】
【0016】
【化11】
【0017】
【化12】
(9)下記一般式で表される化合物を有効成分として含む炎症抑制剤。
【0018】
【化13】
[式中、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示し、かつ、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示す。]
(10)一般式で表される化合物が、下記式I〜IIIのいずれかで表される化合物である前記(9)に記載の炎症抑制剤。
【0019】
【化14】
【0020】
【化15】
【0021】
【化16】
(11)下記一般式で表される化合物を有効成分として含むMMP−2および/またはMMP−9産生抑制剤。
【0022】
【化17】
[式中、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示し、かつ、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示す。]
(12)一般式で表される化合物が、前記式I〜IIIのいずれかで表される化合物である前記(11)に記載のMMP−2および/またはMMP−9産生抑制剤。
【0023】
【化18】
【0024】
【化19】
【0025】
【化20】
【発明の効果】
【0026】
本発明のトレハンジェリンを含む化粧料によれば、化学物質や紫外線による刺激で惹起する炎症反応や基底膜タンパク分解による皮膚老化を抑制し、または美白作用を奏することができる。
また、本発明のトレハンジェリンを含む薬剤によれば、皮膚の老化防止を抑制し、炎症を抑制し、またはMMP産生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】トレハンジェリンを添加して培養した細胞群と添加しない細胞群のLDH放出量を示すグラフである。
図2】トレハンジェリンを添加して培養した細胞群と添加しない細胞群のMMP-2産生量を示すグラフである。
図3】トレハンジェリンを添加して培養した細胞群と添加しない細胞群のMMP-9産生量を示すグラフである。
図4】トレハンジェリンを添加して培養した細胞群と他の化合物(レチノイン酸、トレハロース2水和物)を添加して培養した細胞群における単位細胞あたりのI型コラーゲン生成率を示すグラフである(紫外線非照射)。
図5】トレハンジェリンを添加して培養した細胞群と他の化合物(レチノイン酸、トレハロース2水和物)を添加して培養した細胞群における単位細胞あたりのI型コラーゲン生成率を示すグラフである(紫外線照射)。
【発明を実施するための形態】
【0028】
(用途)
本発明は、トレハンジェリンの有する機能を発揮させるべく、トレハンジェリンを有効成分とする化粧料、および薬剤として使用することができる。
化粧料としては、しわ防止用、または、美白用が好ましい用途として挙げられる。
また、薬剤としては、皮膚外用剤、皮膚老化防止抑制剤、炎症抑制剤、MMP産生抑制剤等が好ましい例として挙げられる。
また、MMP産生抑制剤としては、MMP−2産生抑制剤、MMP−9産生抑制剤が好ましく挙げられる。
【0029】
(トレハンジェリン)
本発明に用いるトレハンジェリンは、トレハロースの3,3’位のアンジェリカ酸ジエステル体の体系名称であり、北里大学生命化学研究所 微生物機能研究室の研究グループによって見出された新規物質である。
トレハンジェリンの一般式を以下に示す。
【0030】
【化21】
[式中、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示し、かつ、R〜Rのいずれか一つは2−メチルブタ−2−エノイル基であり、残りの二つは水素原子を示す。]
で表されるトレハンジェリンに関する。
【0031】
本発明のトレハンジェリンとして、好ましくは、トレハンジェリンA、トレハンジェリンB、及び/又はトレハンジェリンCである。
【0032】
本明細書において、トレハンジェリンAとは、以下の物性を有する化合物である:
(1)性状:透明あるいは白色粉末
(2)分子量:506
(3)分子式:C223413
(4)高分解能質量分析による[M+H] 理論値(m/z)507.2078、 実測値(m/z)507.2087
(5)比旋光度:[α]25.3=+167.12°(c=0.1、メタノール)
(6)紫外部吸収極大 λmax(メタノール中):216nm
(7)赤外部吸収極大 νmax(KBr錠):=2919cm−1,1033cm−1に極大吸収を有する。
(8)H NMR(重メタノール中)δ ppm:6.11(1H,m),5.48(1H,dd),5.21(1H,d),3.92(1H,m),3.80(1H,dd),3.73(1H,m),3.71(1H,dd),3.56(1H,dd),2.01(3H,m),1.95(3H,m)
(9)13C NMR(重メタノール中)δ ppm:169.6,138.2,129.6,95.1,76.5,73.9,71.6,70.0,62.2,20.8,16.0
(10)溶剤に対する溶解性:エタノール、メタノール及び水に易溶。クロロホルムに難溶。
【0033】
あるいは、トレハンジェリンAは下記式Iで表される化合物である。
【0034】
【化22】
【0035】
本明細書において、トレハンジェリンBとは、以下の物性を有する化合物である:
(1)性状:透明あるいは白色粉末
(2)分子量:506
(3)分子式:C223413
(4)高分解能質量分析による[M+H] 理論値(m/z)507.2078、実測値(m/z)507.2074
(5)比旋光度:[α]25.3=+13.5°(c=0.1、メタノール)
(6)紫外部吸収極大 λmax(メタノール中):218nm
(7)赤外部吸収極大 νmax(KBr錠):=2942cm−1,1147cm−1に極大吸収を有する。
(8)H NMR(重メタノール中)δ ppm:6.22(1H,m),6.12(1H,m),5.37(1H,d),5.30(1H,dd),5.16(1H,d),4.76(1H,dd),4.13(1H,dd),3.93(1H,ddd),3.82(1H,dd),3.72(1H,dd),3.68(1H,dd),3.67(1H,dd),3.64(1H,dd),3.60(1H,m),3.59(1H,m),3.44(1H,dd),2.08(3H,qd),2.00(3H,qd),1.96(3H,dd),1.94(3H,dq)
(9)13C NMR(重メタノール中)δ ppm:169.6,168.8,141.2,138.5,129.6,128.5,95.6,92.8,76.4,74.3,74.0,73.9,72.1,72.0,71.5,69.0,62.5,61.6,20.9,20.8,16.5,16.0
(10)溶剤に対する溶解性:エタノール、メタノール及び水に易溶。クロロホルムに難溶。
【0036】
又は、トレハンジェリンBは下記式 IIで表される化合物である。
【0037】
【化23】
【0038】
本明細書において、トレハンジェリンCとは、以下の物性を有する化合物である:
(1)性状:透明あるいは白色粉末
(2)分子量:506
(3)分子式:C223413
(4)高分解能質量分析による[M+H] 理論値(m/z)507.2078、実測値(m/z)507.2074
(5)比旋光度:[α]25.3=+11.4°(c=0.1、メタノール)
(6)紫外部吸収極大 λmax(メタノール中):218nm
(7)赤外部吸収極大 νmax(KBr錠):=2927cm−1,1149cm−1に極大吸収を有する。
(8)H NMR(重メタノール中)δ ppm:6.15(1H,m),5.20(1H,d),4.91(1H,dd),4.07(1H,ddd),4.02(1H,dd),3.61(1H,dd),3.59(1H,dd)3.51(1H,dd),1.99(3H,m),1.91(3H,m)
(9)13C NMR(重メタノール中)δ ppm:168.8,139.5,129.0,95.1,73.4,72.4,72.3,72.0,62.3,20.7,16.1
(10)溶剤に対する溶解性:エタノール、メタノール及び水に易溶。クロロホルムに難溶。
【0039】
又は、トレハンジェリンCは下記式 IIIで表される化合物である。
【0040】
【化4】
【0041】
(トレハンジェリンの誘導体)
トレハンジェリンは水酸基を有することから、当業者に一般的に知られたアシル化反応を利用することによりエステル化合物であるプロドラッグを得ることができる。本発明のトレハンジェリンはこのようなトレハンジェリンのエステル化合物をも包含する。具体的には、トレハンジェリンの水酸基と飽和又は不飽和の低級脂肪酸又は高級脂肪酸とがエステル結合したエステル化合物を包含する。本発明のトレハンジェリンのエステル化合物を与える酸としては、クロトン酸、酢酸、ペンタン酸などの脂肪族カルボン酸;安息香酸などのアリールカルボン酸;モノ又はジアルキルカルバミン酸;プロパンスルホン酸などの脂肪族スルホン酸;ベンゼンスルホン酸などのアリールスルホン酸;モルホリニルカルボン酸、オキサゾリジニルカルボン酸、アゼチジンカルボン酸などの複素環カルボン酸などを挙げることができる。また、本発明のトレハンジェリンは、トレハンジェリンの水和物及び溶媒和物をも含むものである。
【0042】
(トレハンジェリンの生産)
本発明の化粧料等に用いられるトレハンジェリンは、放線菌に分類されるポリモーフォスポラ ルブラ(Polymorphospora rubra)K07-0510株(受託番号 NITE BP-01411)の脱脂コムギ胚芽培地で培養した培養液を各種の有機溶媒で抽出することにより得られる。
また、本発明のトレハンジェリンはこのように放線菌培養物から抽出したものであってもよいし、他の植物、微生物など自然界に存在するものから抽出したものであってもよいし、化学的に合成したものであってもよい。なお、自然界に存在するものから抽出する場合、その精製度は本発明の化粧料としての効果を示す程度であればよく、その限度において不純物を含む粗精製の抽出物であってもよい。
【0043】
(トレハンジェリン産生菌)
本発明のトレハンジェリンは、トレハンジェリンを生産する能力を有する放線菌に属する微生物を培地で培養し、培養物中にトレハンジェリンを蓄積せしめ、該培養物からトレハンジェリンを採取(分離・抽出・精製)することにより製造することができる。
「トレハンジェリンを生産する能力を有する放線菌に属する微生物」は、放線菌に属する菌であって、トレハンジェリンを生産する能力を有する微生物であれば特に限定されない。
本発明のトレハンジェリンの製造方法に用いることのできる菌株には、上記菌株の他、その変異株をはじめ、放線菌に属するトレハンジェリを生産する能力を有する菌すべてが含まれる。微生物が「トレハンジェリンを生産する能力を有する放線菌に属する微生物」は、例えば、下記のスクリーニング方法により得ることができる。
【0044】
(スクリーニング方法)
放線菌に属する微生物を培地で培養し、該培養物を分析し、トレハンジェリンが存在すれば当該微生物はトレハンジェリンを生産する能力を有する放線菌に属する微生物であると決定することができる。
培養方法としては、例えば、スターチ2.4%、グルコース0.1%、ペプトン0.3%、カツオエキス0.3%、酵母エキス0.5%、炭酸水素カルシウム0.4% からなる液体培地(pH 7.0)が100ml入った500ml容三角フラスコに各1mlずつ他候補となる放線菌を植菌し、27℃で3日間振盪培養後、得られた種培養液をスターチ2.0%、グリセロール0.5%、脱脂小麦胚芽1.0%、カツオ肉エキス0.3%、ドライ酵母0.3%、炭酸水素カルシウム0.4%からなる液体培地(pH 7.0)が100ml入った500ml容三角フラスコに各1mlずつ植菌し、27℃で9日間振盪培養する方法が挙げられる。
そして、上記培養方法により得られた培養物の中に、トレハンジェリンが存在すれば当該微生物はトレハンジェリンを生産する能力を有する放線菌に属する微生物であると決定することができる。
このようなトレハンジェリンを生産する能力を有する放線菌に属する微生物として好ましくは、ポリモーフォスポラ ルブラ(Polymorphospora rubra)K07-0510株が挙げられる。
【0045】
(ポリモーフォスポラ ルブラ(Polymorphospora rubra)K07-0510株)
本発明のトレハンジェリンを生産するK07-0510株は、以下の菌学的性状を有する。
(I)形態的性質
栄養菌糸は各種寒天培地上でよく発達し、分断が観察される。気菌糸はグルコース・肉エキス・ペプトン寒天でわずかに着生する。顕微鏡下の観察では、気菌糸上に短い胞子鎖を着生し、胞子の大きさは約0.7〜1.1×0.5〜1.0μmの円筒状で、その表面は平滑である。胞子のう及び遊走子は見出されない。
(II)各種培地上での性状
イー・ビー・シャーリング(E.B. Shirling)とデー・ゴットリーブ(D.Gottlieb)の方法(インターナショナル・ジャーナル・オブ・システィマティック・バクテリオロジー、16巻、313頁、1966年)によって調べた本生産菌の培養性状を次表に示す。色調は標準色として、カラー・ハーモニー・マニュアル第4版(コンテナー・コーポレーション・オブ・アメリカ・シカゴ、1958年)を用いて決定し、色票名とともに括弧内にそのコードを併せて記した。以下は特記しない限り、27℃、3週間目の各培地における観察の結果である。
【0046】
【表1-1】
(III) 生理学的諸性質
【0047】
【表1-2】
【0048】
(IV)化学分類学的性状
細胞壁のジアミノピメリン酸はメソ型である。主要メナキノンはMK−10(H)、MK−9(H)、MK−10(H)及びMK−10(H)でMK−9(H)及びMK−9(H)を少量有する。
【0049】
(V)16S rRNA遺伝子解析
16S rRNA遺伝子のうち約1200塩基配列を決定し、DNAデータベースに登録され公開されている細菌と比較した結果、その配列はポリモーフォスポラ ルブラ(Polymorphospora rubra)TT97-42と100%一致したことから、本菌株はポリモーフォスポラ ルブラ(Polymorphospora rubra)に分類することが妥当である。
【0050】
(VI)結論
以上、本菌の菌学的性状を要約すると次のとおりである。細胞壁中のジアミノピメリン酸はメソ型、主要メナキノンはMK−10(H)、MK−9(H)、MK−10(H)及びMK−10(H)である。全菌体糖としてガラクトースを含むアラビノースは含まない。気菌糸はほとんどの培地で着生しないがグルコース・肉エキス・ペプトン培地でわずかに着生し短い胞子鎖を形成する。コロニーは赤橙色を呈し、メラニン色素は産生しない
これらの結果及び16S rRNA遺伝子の解析結果から、本菌株は2006年にインターナショナル・ジャーナル・オブ・システマティック・アンド・エボリューショナリー・ミクロバイオロジー(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology)に発表されたポリモーフォスポラ ルブラに分類される1菌種であると判断された。
本菌株は北里大学によりポリモーフォスポラ ルブラ(Polymorphospora rubra) K07-0510として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センターに寄託されている(受託日2012年8月28日、受託番号 NITE BP-01411)。
【0051】
トレハンジェリンを生産する能力を有する放線菌に属する微生物を培養するための培地には、栄養源として、放線菌の栄養源として使用し得るものであればよい。
また、トレハンジェリンを生産する能力を有する放線菌に属する微生物の培養は、生産菌が発育しトレハンジェリンを生産できる温度範囲(例えば、10−40℃、好ましくは、25−30℃)で数日〜2週間振盪培養することにより行うことができる。培養条件は、本明細書の記載を参照しながら、使用するトレハンジェリンの生産菌の性質に応じて適宜選択して行なうことができる。
【0052】
トレハンジェリンの採取は、培養液より酢酸エチル等の水不混和性の有機溶媒を用いて抽出することにより行うことができる。本抽出法に加え、脂溶性物質の採取に用いられる公知の方法、例えば吸着クロマトグラフィー、分配クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィーよりのかき取り、遠心向流分配クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を適宜組合せるか、あるいは繰返すことによって純粋になるまで精製することができる。
【0053】
(化粧料)
本発明の化粧料には、植物油のような油脂類、高級脂肪酸、高級アルコール、シリコーン、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン界面活性剤、防腐剤、糖類、金属イオン封鎖剤、水溶性高分子のような高分子、増粘剤、粉体成分、紫外線吸収剤、紫外線遮断剤、ヒアルロン酸のような保湿剤、香料、pH調整剤、乾燥剤等を含有させることができる。ビタミン類、皮膚賦活剤、血行促進剤、常在菌コントロール剤、活性酸素消去剤、抗炎症剤、抗癌剤、美白剤、殺菌剤等の他の薬効成分、生理活性成分を含有させることもできる。
【0054】
油脂類としては、例えばツバキ油、月見草油、マカデミアナッツ油、オリーブ油、ナタネ油、トウモロコシ油、ゴマ油、ホホバ油、胚芽油、小麦胚芽油、トリグリセリン、トリオクタン酸グリセリン、等の液体油脂、カカオ脂、ヤシ油、硬化ヤシ油、パーム油、パーム核油、モクロウ、モクロウ核油、硬化油、硬化ヒマシ油等の固体油脂、ミツロウ、キャンデリラロウ、綿ロウ、ヌカロウ、ラノリン、酢酸ラノリン、液状ラノリン、サトウキビロウ等のロウ類、流動パラフィン、スクワレン、スクワラン、マイクロクリスタリンワックス等が挙げられる。
【0055】
高級脂肪酸として、例えばラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)等が挙げられる。
【0056】
高級アルコールとして、例えば、ラウリルアルコール、ステアリルアルコール、セチルアルコール、セトステアリルアルコール等の直鎖アルコール、モノステアリルグリセリンエーテル、ラノリンアルコール、コレステロール、フィトステロール、オクチルドデカノール等の分枝鎖アルコール等が挙げられる。
【0057】
シリコーンとして、例えば、鎖状ポリシロキサンのジメチルポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサン等、環状ポリシロキサンのデカメチルポリシロキサン等が挙げられる。
【0058】
アニオン界面活性剤として、例えば、ラウリン酸ナトリウム等の脂肪酸塩、ラウリル硫酸ナトリウム等の高級アルキル硫酸エステル塩、POEラウリル硫酸トリエタノールアミン等のアルキルエーテル硫酸エステル塩、N−アシルサルコシン酸、スルホコハク酸塩、N−アシルアミノ酸塩等が挙げられる。
【0059】
カチオン界面活性剤として、例えば、塩化ステアリルトリメチルアンモニウム等のアルキルトリメチルアンモニウム塩、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム等が挙げられる。
【0060】
両性界面活性剤として、アルキルベタイン、アミドベタイン等のベタイン系界面活性剤等が挙げられる。
【0061】
非イオン界面活性剤として、例えば、ソルビタンモノオレエート等のソルビタン脂肪酸エステル類、硬化ヒマシ油誘導体が挙げられる。
【0062】
防腐剤として、例えばメチルパラベン、エチルパラベン等を挙げることができる。
【0063】
金属イオン封鎖剤として、例えばエデト酸、エデト酸ナトリウム塩等を挙げることができる。
【0064】
高分子として、例えば、アラビアゴム、トラガカントガム、ガラクタン、グアーガム、カラギーナン、ペクチン、寒天、クインスシード、デキストラン、プルラン、カルボキシメチルデンプン、コラーゲン、カゼイン、ゼラチン、メチルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)、アルギン酸ナトリウム、カルボキシビニルポリマー(CARBOPOL等)等のビニル系高分子、ベントナイト等を挙げることができる。
【0065】
増粘剤として、カラギーナン、トラガカントガム、クインスシード、カゼイン、デキストリン、ゼラチン、CMC、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシビニルポリマー、グアーガム、キサンタンガム等を挙げることができる。
【0066】
粉末成分としては、タルク、カオリン、雲母、シリカ、ゼオライト、ポリエチレン粉末、ポリスチレン粉末、セルロース粉末、無機白色顔料、無機赤色系顔料、酸化チタンコーテッドマイカ、酸化チタンコーテッドタルク、着色酸化チタンコーテッドマイカ等のパール顔料、赤色201号、赤色202号等の有機顔料を挙げることができる。
【0067】
紫外線吸収剤としては、パラアミノ安息香酸、サリチル酸フェニル、パラメトキシケイ皮酸イソプロピル、パラメトキシケイ皮酸オクチル、2,4−ジヒドロキシベンゾフェノン等を挙げることができる。
【0068】
紫外線遮断剤として、酸化チタン、タルク、カルミン、ベントナイト、カオリン、酸化亜鉛等を挙げることができる。
【0069】
保湿剤として、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン、キシリトール、マルチトール、マルトース、ソルビトール、ブドウ糖、果糖、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、ピロリドンカルボン酸、シクロデキストリン等が挙げられる。
【0070】
薬効成分としては、ビタミンA油、レチノール等のビタミンA類、リボフラビン等のビタミンB2類、ピリドキシン塩酸塩等のB6類、L−アスコルビン酸、L−アスコルビン酸リン酸エステル、L−アスコルビン酸モノパルミチン酸エステル、L−アスコルビン酸ジパルミチン酸エステル、L−アスコルビン酸−2−グルコシド等のビタミンC類、パントテン酸カルシウム等のパントテン酸類、ビタミンD2、コレカルシフェロール等のビタミンD類;α−トコフェロール、酢酸トコフェロール、ニコチン酸DL−α−トコフェロール等のビタミンE類等のビタミン類を挙げることができる。
【0071】
プラセンタエキス、グルタチオン、ユキノシタ抽出物等の美白剤、ローヤルゼリー、ぶなの木エキス等の皮膚賦活剤、カプサイシン、ジンゲロン、カンタリスチンキ、イクタモール、カフェイン、タンニン酸γ−オリザノール等の血行促進剤、グリチルリチン酸誘導体、グリチルレチン酸誘導体、アズレン等の消炎剤、アルギニン、セリン、ロイシン、トリプトファン等のアミノ酸類、マルトースショ糖縮合物等の常在菌コントロール剤、塩化リゾチーム等を挙げることができる。
【0072】
さらに、カミツレエキス、パセリエキス、ぶなの木エキス、ワイン酵母エキス、グレープフルーツエキス、スイカズラエキス、コメエキス、ブドウエキス、ホップエキス、コメヌカエキス、ビワエキス、オウバクエキス、ヨクイニンエキス、センブリエキス、メリロートエキス、バーチエキス、カンゾウエキス、シャクヤクエキス、サボンソウエキス、ヘチマエキス、トウガラシエキス、レモンエキス、ゲンチアナエキス、シソエキス、アロエエキス、ローズマリーエキス、セージエキス、タイムエキス、茶エキス、海藻エキス、キューカンバーエキス、チョウジエキス、ニンジンエキス、マロニエエキス、ハマメリスエキス、クワエキス等の各種抽出物を挙げることができる。
【0073】
本発明の化粧料等は、例えば水溶液、油剤、乳液、けんだく液等の液剤、ゲル、クリーム等の半固形剤、粉末、顆粒、カプセル、マイクロカプセル、固形等の固形剤の形態で適用可能である。従来から公知の方法でこれらの形態に調製し、ローション剤、乳剤、ゲル剤、クリーム剤、軟膏、硬膏、ハップ剤、エアゾル剤、坐剤、注射剤、粉末剤、顆粒剤、錠剤、丸剤、シロップ剤、トローチ剤等の種々の剤型とすることができる。これらを身体に塗布、貼付、噴霧、飲用等により適用することができる。特にこれら剤型の中で、ローション剤、乳剤、クリーム剤、軟膏剤、硬膏剤、ハップ剤、エアゾル剤等が皮膚外用剤に適している。
【0074】
本発明の化粧料としては、化粧水、乳液、クリーム、パック等の皮膚化粧料、メイクアップベースローション、メイクアップクリーム、乳液状又はクリーム状あるいは軟膏型のファンデーション、口紅、アイカラー、チークカラーといったメイクアップ化粧料、ハンドクリーム、レッグクリーム、ボディローション等の身体用化粧料等、入浴剤、口腔化粧料、毛髪化粧料とすることができる。
【0075】
本発明の化粧料に含まれるトレハンジェリンの配合量としては、0.0001〜10重量%程度が好ましい例としてあげられるが、用いる剤型、使用対象等の様々の条件に応じて、100重量%までの広範囲でその配合量を適宜設定できる。このうちでも、化粧料として含まれるトレハンジェリンの配合量は、1%から0.0001重量%が好ましく、0.1%から0.001重量%がより好ましい。
【0076】
(薬剤)
本発明の薬剤は、通常の薬学的に許容される担体を用いて、常法により製剤化することができる。
経口用固形製剤を調製する場合は、主薬に賦形剤、更に必要に応じて、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を加えた後、常法により溶剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等とする。
注射剤を調製する場合には、主薬に必要によりpH調整剤、緩衝剤、安定化剤、可溶化剤等を添加し、常法により皮下又は静脈内用注射剤とすることができる。
皮膚外用剤を調整する場合、前述の本発明の化粧料に準じて調整することができる。例えば、トレハンジェリンを溶解する脂肪酸エステル類、高級アルコール類及び炭酸プロピレンからなる群から選ばれる一種あるいは二種以上の混合物である疎水性・無水性の溶剤と、白色ワセリン、黄色ワセリン、流動パラフィン及び流動パラフィンのポリエチレンゲルから選ばれる一種あるいは二種以上の混合物である親油性基剤とからなる軟膏剤とすることができる。
また、クリーム剤としては、トレハンジェリンと、5〜20重量部の白色ワセリン及び5〜15重量部の高級アルコール類からなる固形油分、及び3〜10重量部のスクワランからなる液状油分とからなる油相成分と、水相成分と、及び2.5〜7.5重量部の2種以上からなる界面活性剤とを含んでなるクリーム剤とすることができる。クリーム剤の油相成分には上述した白色ワセリン、高級アルコール類、スクワランの他に、他の固形油分、液状油分を添加しても良い。
主薬に必要によりpH調整剤、緩衝剤、安定化剤、可溶化剤等を添加し、常法により軟膏・クリーム等の半固型剤、ローション等の液剤、あるいはテープ剤のような外用剤とすることができる。
【0077】
本発明のトレハンジェリンを含有する薬剤は、全身的あるいは局所的に投与することができる。全身的には注射剤、経口剤、経鼻剤等として血管内、組織内、胃腸管、粘膜等へ水性注射剤、油性注射剤、錠剤、顆粒剤、液剤、カプセル剤、ソフトカプセル剤、経鼻液剤、経鼻粉剤等の剤型で投与される。投与量は症状の程度、年齢、疾患の種類等により異なるが、通常成人1日当たり50〜500mgを1日1〜数回に分けて投与する。一方、局所的には外用剤として、軟膏・クリーム等の半固型剤、ローション等の液剤、あるいはテープ剤の剤型で皮膚の疾患部位に直接投与される。また、投与量は症状の程度、年齢、疾患の種類等により異なるが、軟膏・クリーム等の半固型剤、ローション等の液剤、あるいはテープ剤のような外用剤として用いる場合、製剤中にトレハンジェリンが0.01〜25.0重量%であり、より好ましくは0.05〜10.0重量%である。そして、このような外用剤を、疾患の程度により異なるが、外用剤の適用方法は、通常の抗炎症用の皮膚外用剤に準じればよく、具体的には、適当量を症状にあわせて一日一回乃至数回塗布すればよく、症状にあわせて幾度でも塗布できる。
以下、本発明を具体的に説明するが、これに限定されるべきではない。
【実施例】
【0078】
[試験例1]トレハンジェリンA、トレハンジェリンB及びトレハンジェリンCの調整
スターチ2.4%、グルコース0.1%、ペプトン〔極東製薬工業(株)製〕0.3%、カツオエキス〔極東製薬工業(株)製〕0.3%、酵母エキス〔オリエンタル酵母工業(株)製〕0.5%、炭酸水素カルシウム0.4% からなる液体培地(pH 7.0)100mLを含む500mL容三角フラスコに、液体培地で培養したポリモーフォスポラ ルブラ(Polymorphospora rubra) K07-0510(受託番号 NITE BP-01411)を1本に1mL植菌し、27℃で7日間振盪培養した。得られた種培養液をスターチ2.0%、グリセロール0.5%、脱脂小麦胚芽〔日清ファルマ株式会社〕1.0%、カツオ肉エキス〔極東製薬工業(株)製]0.3%、ドライ酵母〔JTフーズ(株)製〕0.3%、炭酸水素カルシウム0.4%からなる液体培地(pH 7.0)が100mL入った500mL容三角フラスコに18本に各1mLずつ植菌し、27℃で9日間振盪培養した。
【0079】
培養の終了した500mL容三角フラスコ18本にそれぞれ100mLのエタノールを加えて1時間激しく撹拌した。次にその抽出液中のエタノールを減圧留去し、得られた水溶液に1Lの酢酸エチルを加えよく撹拌後、酢酸エチル層を回収した。エバポレーターを用い、濃縮乾固して662mgの粗精製1を得た。粗物質1をクロロホルムで充填したシリカゲルカラム(φ45×40mm)にのせ、クロロホルム-メタノール(1:1)及び(0:100)でそれぞれ溶出し、減圧濃縮によりトレハンジェリンA、トレハンジェリンB及びトレハンジェリンCを含む粗精製2(470.0mg)を得た。さらに、粗精製2を水で充填したODSカラムにのせ、30%メタノール水溶媒で溶出し、トレハンジェリンA、トレハンジェリンB及びトレハンジェリンCを含む粗精製3(186.4mg)を得た。
【0080】
粗精製3をメタノールに溶解し、高速液体クロマトグラフィーにて逆相カラム(Inertsil ODS−4,φ10×250mm,ジーエルサイエンス(株)製、日本国)に注入し、5%アセトニトリル水溶液、流速4.5mL/分、検出254nmの条件で溶出した。保持時間16分付近及び17分及び18分付近のピークを分取し、減圧濃縮によりそれぞれトレハンジェリンB(4.4mg)及びトレハンジェリンC(1.3mg)及びトレハンジェリンA(48.5mg)を得た。また、同様の方法に準じて培養及び精製することにより、その他のトレハンジェリンを得ることができると考えられる。
【0081】
[試験例2] SDS惹起性細胞死抑制能
トレハンジェリンのSDS惹起性細胞死抑制能を有するかどうかを確認するための試験を行った。SDS(ラウリル硫酸ナトリウム)は、乾燥や洗剤の使用などによる角質層のバリア機能の低下を模擬するために一般に用いられている薬剤である。ところで、短時間のSDS暴露で細胞死を招く条件を設定し、その時にある種の糖質(グルコシルトレハロースと糖アルコールとの混合物)が刺激緩和することが知られている(参考文献1)。
そこで、本試験においては、トレハンジェリンが化粧料として、また、刺激緩和剤等として有用かどうかを確認すべく、SDS惹起性の細胞死抑制活性があるか否かを検証した。
参考文献1:石原達也 他、日本香粧品科学会誌 Vol.28 No.4 Page.271-276(2004年)
【0082】
1.試験内容
(1)試薬
試験に用いた主な試薬は以下のとおりである。
トレハンジェリン:試験例1で得られたトレハンジェリンA
トレハロース2水和物:Lot.058K7350(Sigma社)
アンジェリカ酸: Lot.QQJTD-SJ(TCI社)
ラウリル硫酸ナトリウム(SDS):Lot. LAF8830(Wako社)
(2)細胞および培養液
新生児由来ヒト表皮角化細胞(Normal Human Epidermal Keratinocyte、以下NHEKという):Lot. 0000246922(三光純薬社)
培養液(継代培養および評価時):Epilife(登録商標)Medium with 60 μM Calcium(Life Technologies Japan社)
培養液への添加剤:Humedia-KG2増殖添加剤セット(クラボウ社)
(3)試験方法
継代培養を続けていたNHEKにおいて、継代数5代目に相当するNHEKの細胞懸濁液を30,000cells/wellの密度で平板96ウェルプレートに播種し、一晩37℃、5%COインキュベーターで培養した。細胞定着を確認後、各ウェルにトレハンジェリン、トレハロース、アンジェリカ酸のいずれかとSDS溶液とを同時に添加して刺激を開始した。なお、コントールは無処理のウェルとした。トレハンジェリンの溶解性を考慮し、全てのウェルに終濃度0.75%のDMSOを含有するように調整した。37℃、5%COインキュベータ−で1hr培養して刺激を完了した。培養液を除き、PBS(−)で洗浄後、1mg/ml MTT
[3-(4,5-dimethylthiazol -2-yl)-2,5-diphenyl tetrazolium bromide]/PBS(−)溶液を各ウェルに添加し37℃、5%COインキュベータ−で2hr培養して生細胞を染色した。染色終了後、PBS(−)で洗浄後、MTT染色で着色したホルマザンをDMSO溶解して、プレートリーダー(SPECTRA MAX190、モレキュラーデバイス)にて570nmでの吸光度(O.D.値(570nm))を読み取った。
各群におけるO.D.値(570nm)を細胞生存量とみなし、その細胞生存量に基づいて、下記式により細胞死抑制率を求めた。
細胞死抑制率(%)=(A−A0)/(A1−A0)×100
(ただし、A1はコントロール(無処理)の細胞生存量である。A0はSDS水溶液作用後の細胞生存量、Aはトレハンジェリン、トレハロース、アンジェリカ酸のいずれかとSDS水溶液とを同時添加して作用させた後の細胞生存量を示す。)
【0083】
2.試験結果および考察
試験結果として各検体の細胞生存率を示す(表2、表3)。
尚、濃度表記は最終濃度(μg/ml)を示している。トレハンジェリン、トレハロース、アンジェリカ酸の濃度設定は、それぞれの最高濃度において細胞死を招かない無毒性濃度の範囲で、より高濃度から公比1/3で4濃度設定した。
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
表2に示した通り、トレハンジェリンは最高濃度(1250μg/ml)と中間の139μg/mlの添加濃度条件にかけてトレハロースとほぼ同等の細胞死抑制率を示した。
トレハンジェリンとトレハロースの両者の細胞死抑制率を比較すると、0.125%から0.0139%にかけて類似した挙動を示したことから、トレハンジェリンにはトレハロースと同様にSDS惹起性細胞死抑制能があることが認められた。
なお、アンジェリカ酸の濃度依存的なSDS惹起性細胞死抑制能は認められなかった(表3)。
以上の結果から、トレハロースのアンジェリカ酸ジエステル体であるトレハンジェリンには、トレハロースと同様のSDS惹起性細胞死抑制効果があることが認められ、刺激緩和剤としての用途、また、皮膚外用剤、化粧料に適用することで刺激の少ない皮膚外用剤、化粧料を提供することができる。
【0087】
〔試験例3〕MMP産生抑制試験
マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)は皮膚組織において、真皮マトリックス成分であるコラーゲンやエラスチンを分解して、シワといった肌老化を惹起する事が広く知られている。MMPはその構造および機能の面から、通常、コラゲナーゼ群、ゼラチナーゼ群、ストロムライシン群、およびその他(マトリライシン等)に分類されている。表皮、特に基底層においてMMPの一種であるゼラチナーゼ群であるMMP−2(ゼラチナーゼA)およびMMP−9(ゼラチナーゼB)の亢進が基底膜における樹状細胞の遊走・浸潤を促して炎症反応や免疫反応の亢進に繋がる事や、慢性的な紫外線照射は表皮でのMMP−2およびMMP−9産生を誘導してシワ形成期に一致して表皮真皮接合部の基底膜の傷害を引き起こす事が知られている(参考文献2,3)。
したがって、トレハンジェリンを皮膚老化抑制剤、化粧料として有用かどうかを確認すべく、MMP−2やMMP−9の産生抑制活性があるか否か検証した。
参考文献2 RATZINGER G et al. J Immunol:Vol.168 No.9 Page.4361-4371 (2002年)
参考文献3 Amano et al. Biotherapy(Tokyo):Vol.19 No.5 Page.404-410 (2005年)
【0088】
1.試験内容
(1)試薬
トレハンジェリン:試験例2に同じ
ELISA kit:R&D system社製
(2)細胞および細胞の培養液
試験例2に同じ
(3)試験方法
継代数5代目に相当するNHEKを1×10 cells/wellの密度となるよう細胞浮遊液を調製し、2ml/wellで6well plateに播種し、37℃、5%COインキュベーター内で24hr培養した。
培養24hr後、培養液を除去し、トレハンジェリンを10,50,100μg/mlとなるように調製した培養液を2ml/well添加し、3日間培養した。なお、トレハンジェリンを溶解した培養液の最終DMSO濃度が0.06%であるため、DMSOを0.06%溶解した培養液もvehicle群とした。
3日間の培養終了後、培養上清を回収し−20℃で凍結保存した。なお、培養上清中LDHを検出キットにより(LDH−細胞毒性テストワコー(Wako)測定し、細胞傷害性の指標とした。
凍結保存した培養上清を室温に戻し、ELISA kitを用いてMMP−2(type IV Col分解酵素)、MMP−9(Col IV,LN5分解酵素)産生量を測定し、コントロールに対するMMP産生抑制効果を評価した。ELISA測定法に関してはELISA kitの説明書に準じた。
【0089】
2.結果および考察
結果を図1図3に示す。
各評価項目において、DMSOの影響はみられなかった。
LDH放出量の結果から、本試験に用いた濃度のトレハンジェリンではLDHの放出量はコントロールと差が無く、細胞傷害性が無かった(図1)。
MMP−2産生は、トレハンジェリン100μg/mlが抑制する傾向がみられた(図2)。
MMP−9産生は、トレハンジェリンは10μg/mlではコントロールと比べ差がみられなかったが、50、100 μg/mlと濃度が上がるにつれ濃度依存的に抑制する効果がみられた(図3)。
図中、各試験のn数は、以下のとおりである。
コントロール:培養液(n=3)、vehicle:0.06% DMSO含有培養液(n=3)、トレハンジェリン:10,50,100 μg/ml(各n=2)(n=2のためS.D.表記無)
以上の結果から、トレハロースのアンジェリカ酸ジエステル体であるトレハンジェリンには、MMP−2,9産生抑制効果抑制効果があることが認められ、MMP−2産生抑制剤,MMP−9産生抑制剤、また、皮膚外用剤、化粧料に適用することで、いわゆるシワ防止用、皮膚の老化防止用の皮膚外用剤、化粧料を提供することができる。
【0090】
〔試験例4〕
トレハンジェリンの皮膚に関する影響を明らかにする目的で、ヒト表皮ケラチノサイト(NHEK細胞)に添加した時の影響をDNAチップで評価した。
【0091】
1.試験内容
(1)試薬
試験例2に同じ
(2)細胞および細胞の培養液
試験例2に同じ
(3)試験方法
(3−1)NHEK細胞へのトレハンジェリン添加
DNAマイクロアレイに使用するサンプルを調製する。
(i)NHEK 細胞を6cmdish 2枚に3×10cells/dish(培養液5ml/dish)で播種し、3日間37℃、5%CO下でインキュベーターにて培養した。
(ii)Confluentの状態で培地を除去し、100μg/mlトレハンジェリン溶液(0.15%DMSO含有培養液)を5 ml添加。コントロールとしてもう一つのディッシュには0.15%DMSO含有培養液5mlを添加し、2日間、37℃、5% CO下でンキュベーターにて培養した。
(iii)細胞をRNeasey kit(QIAGEN社)の定法に従い、Total RNAを5μg抽出した。
(3−2)DNAチップの解析
定法に従って、ジェノパール(登録商標、三菱レーヨン社)の皮膚チップに供した。
【0092】
2.結果および考察
結果を表4に示す。コントロール群(n=1)に対するトレハンジェリン添加群(n=1)の遺伝子発現の変動比(ratio)を算出し、1.5倍以上もしくは0.67倍以下であった遺伝子を抽出し、併せて、遺伝子発現のdetectionがAbsent/Absentであった遺伝子群は削除した。結果、コラーゲン(COL type1)、ヒアルロン酸合成酵素(HAS−1,2)、表皮成長因子(EGF)、マトリックスメタロプロテアーゼ阻害因子3(TIMP−3)など興味深い遺伝子が挙がった。
各遺伝子がタンパク質として発現した際の皮膚における機能について記述する。
(i)COL1A1およびCOL1A2
COL1A1およびCOL1A2は、コラーゲンtypeIの3本鎖を構成するタンパク質に翻訳される遺伝子である。COL1A1およびCOL1A2が発現亢進した事は、皮膚の老化進行やシワ形成に伴ってコラーゲンが減少する事を抑制する効果が期待される。
(ii)HAS1およびHAS2
HAS1およびHAS2は、ヒアルロン酸合成酵素1および2を構成するタンパク質に翻訳される遺伝子である。HAS1およびHAS2が発現亢進した事は、皮膚の老化や乾燥の進行やシワ形成に伴ってヒアルロン酸が減少する事を抑制する効果が期待される。
(iii)EGF
EGFは、表皮成長因子を構成するタンパク質に翻訳される遺伝子である。EGFは、「しわ」や「こじわ」、「シミ」、「肝斑」、「脱毛」等の異常を解消するために使用される。また、EGFは、表皮ケラチノサイトにおけるHAS2を活性化し,細胞周辺と細胞内のヒアルロン酸を増加させる事も報告されている。従って、この遺伝子を発現亢進する事は、シワ改善や美白効果が期待できる。
(iv)TIMP3
TIMP3は、マトリックスメタロプロテイナ−ゼ阻害因子のタンパク質に翻訳される遺伝子である。TIMP3は、ケラチノサイトと線維芽細胞の相互作用により皮膚老化の原因になり得るマトリックスメタロプロテアーゼ−2(MMP−2)と−9(MMP−9)の発現を抑制する事やチロシナーゼ活性を低下させて肌色の変化を抑制する事が知られている。従って、この遺伝子が発現亢進した事は、皮膚のシワ改善や美白効果が期待できる。
(v)まとめ
以上の結果から、トレハロースのアンジェリカ酸ジエステル体であるトレハンジェリンには、上記各遺伝子の発現亢進効果があることが認められ、COL1A1、COL1A2、 HAS1、HAS2、EGF 、TIMP3発現亢進剤、また、皮膚外用剤、化粧料に適用することで、いわゆるシワ防止用、皮膚の老化防止用、美白用の皮膚外用剤、化粧料を提供することができる。
【0093】
【表4】
【0094】
[試験例5] ヒト正常繊維芽細胞を用いてトレハンジェリンにコラーゲン産生促進/産生低下の抑制活性があることを確認した。
1.試験内容
(1)試薬
(i)検体
トレハンジェリン(略記:TG):試験例1で得られたトレハンジェリンA
レチノイン酸(略記:RE):Lot.WEQ6539(和光純薬工業社)
トレハロース2水和物(略記TL):Lot.058K7350(Sigma社)
(ii)その他
ELISA Kit: Procollagen type IC-peptide(PIP) EIA Kit No.MK101(タカラハ゛イオ株式会社)
(2)細胞および培養液
ヒト正常繊維芽細胞:Lot.5F0416 (三光純薬製)
ダルベッコMEM培地:D−MEM培地(Low Glucose) No.041-29775(和光純薬工業株式会社)
ハンクス液:ハンクス平衡塩溶液(HBSS) No.05906(日水製薬株式会社)
FBS:FETAL BOVINE SERUM No.101712( NICHIREI BIOSCIENCES INC.)
【0095】
2.試験方法
35mmディッシュに播種したヒト正常繊維芽細胞(細胞集密度 約30−40%)のFBS10%添加ダルベッコMEM培地をハンクス液1mLに置換した後、紫外線B波12mJ/cmを照射した(照射区)。前記ハンクス液1mLに置換した後、紫外線照射を行わなかったものを非照射区とした。処理後、照射区と非照射区共に、速やかに、各濃度の検体(トレハンジェリン、レチノイン酸、トレハロース2水和物)とDMSO 0.025%を添加したFBS0.5%添加ダルベッコMEM培地と置換した後、37℃、5%CO条件下にて4日間培養した。
検体を添加せずにDMSO 0.025%のみを添加したFBS0.5%添加ダルベッコMEM培地のみで培養したものをcontrolとした。培養終了後、培養液を採取し、ELISA Kitを用いてタイプIコラーゲン濃度を測定した。
同時にMTT法により細胞生存率を測定し、単位細胞あたりのタイプIコラーゲン生成率を算出し、controlの単位細胞あたりのタイプIコラーゲン生成率を100(%)とした時の相対値を求めた。
【0096】
3.試験結果および考察
紫外線非照射区の結果を図4に、紫外線照射区の結果を図5に示す。
紫外線非照射区、照射区ともに、トレハンジェリンを添加した細胞においてコラーゲン生成率が有意に上昇した。一方、レチノイン酸、トレハロース2水和物を添加した細胞では、変化がみられなかった。
このことから、トレハンジェリンに、コラーゲンの産生促進活性/産生低下抑制活性があることが確認できた。特に、紫外線照射によってもその活性が有意に高いことから、トレハンジェリンは、紫外線によるコラーゲンの産生低下を抑制し、あるいはコラーゲンの産生を促進することがわかった。
【0097】
〔処方例〕化粧水
本発明のトレハンジェリンを含む化粧料として、下記の組成にて化粧水を製造した。室温下で、下記成分(11)に(1)〜(10)の成分を加え攪拌溶解し、成分(12)を加えて均一に溶解してローションを得た。(単位は重量%)
(1)グリセリン 9.5
(2)1,3-ブチレングリコール 4.5
(3)ブドウ糖 1.5
(4)エタノール 5.0
(5)カルボキシビニルポリマー 0.02
(6)グリチルリチン酸ジカリウム 0.1
(7)ヒアルロン酸ナトリウム 0.1
(8)トレハンジェリン(試験例2と同じくトレハンジェリンA) 0.1
(9)クエン酸 0.05
(10) クエン酸ナトリウム 0.1
(11)イオン交換水 残余
(12)水酸化カリウム 0.01
【産業上の利用可能性】
【0098】
トレハンジェリンには界面活性剤の毒性を緩和する機能や、紫外線(紫外線B波)による刺激で惹起する炎症反応、基底膜タンパク分解に関わるMMP-2やMMP-9を抑制する機能が認められた。したがって、トレハンジェリンを含有させることにより、化学物質や紫外線による刺激で惹起する炎症反応や基底膜タンパク分解による皮膚老化を抑制する効果を有する化粧料、皮膚外用剤およびこれらの作用を奏する薬剤を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5