特許第6407253号(P6407253)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6407253耐食性及びろう付性に優れたアルミニウム合金クラッド材及びその製造方法
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  • 特許6407253-耐食性及びろう付性に優れたアルミニウム合金クラッド材及びその製造方法 図000008
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6407253
(24)【登録日】2018年9月28日
(45)【発行日】2018年10月17日
(54)【発明の名称】耐食性及びろう付性に優れたアルミニウム合金クラッド材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20181004BHJP
   B23K 35/22 20060101ALI20181004BHJP
   B23K 35/28 20060101ALI20181004BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20181004BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20181004BHJP
【FI】
   C22C21/00 E
   C22C21/00 J
   C22C21/00 K
   C22C21/00 D
   B23K35/22 310E
   B23K35/28 310B
   C22F1/04 Z
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 626
   !C22F1/00 627
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 630M
   !C22F1/00 640A
   !C22F1/00 640C
   !C22F1/00 640Z
   !C22F1/00 651A
   !C22F1/00 681
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 694B
   !C22F1/00 641A
   !C22F1/00 614
   !C22F1/00 601
   !C22F1/00 686A
【請求項の数】7
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2016-508522(P2016-508522)
(86)(22)【出願日】2015年3月11日
(86)【国際出願番号】JP2015001341
(87)【国際公開番号】WO2015141192
(87)【国際公開日】20150924
【審査請求日】2017年12月5日
(31)【優先権主張番号】特願2014-55786(P2014-55786)
(32)【優先日】2014年3月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100155572
【弁理士】
【氏名又は名称】湯本 恵視
(72)【発明者】
【氏名】成田渉
【審査官】 川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−194244(JP,A)
【文献】 特開2008−163366(JP,A)
【文献】 特開平11−302760(JP,A)
【文献】 特開2010−95758(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00−21/18
B23K 35/00−35/40
C22F 1/00− 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金の心材と、当該心材の一方の面にクラッドされた犠牲陽極材と、前記心材の他方の面にクラッドされたAl−Si系ろう材とを備えるアルミニウム合金クラッド材であって、前記心材が、Si:0.3〜1.5mass%、Fe:0.1〜1.5mass%、Cu:0.2〜1.0mass%、Mn:1.0〜2.0mass%を含有し、Si含有量+Fe含有量≧0.8mass%の関係にあり、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の密度が3.0×10〜1.0×10個/cm、且つ、0.1μm以上1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の密度が1.0×10個/cm以上であり、前記犠牲陽極材が、Si:0.1〜0.6mass%、Zn:1.0〜5.0mass%、Ni:0.1〜2.0mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなることを特徴とするろう付性及び耐食性に優れたアルミニウム合金クラッド材。
【請求項2】
前記心材が、Ti:0.05〜0.20mass%、Zr:0.05〜0.20mass%、V:0.05〜0.20mass%及びCr:0.05〜0.20mass%から選択される1種又は2種以上を更に含有する、請求項1に記載のろう付性及び耐食性に優れたアルミニウム合金クラッド材。
【請求項3】
600℃で3分間のろう付け加熱相当後において、前記心材の結晶粒径が150μm以上である、請求項1又は2に記載のアルミニウム合金クラッド材。
【請求項4】
600℃で3分間のろう付け加熱相当後において、140MPa以上の引張強度を有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載のアルミニウム合金クラッド材。
【請求項5】
5%以上の圧延方向に沿った伸びを有する、請求項1〜4のいずれか一項に記載のアルミニウム合金クラッド材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のアルミニウム合金クラッド材の製造方法であって、前記心材用、犠牲陽極材用及びろう材用のアルミニウム合金をそれぞれ鋳造する工程と、心材鋳塊に高温で均熱処理を行う鋳造後熱処理工程と、心材鋳塊の一方の面に所定厚さとした犠牲陽極材鋳塊と他方の面に所定厚さとしたろう材鋳塊をクラッドするクラッド工程と、クラッド材を熱間圧延する熱間クラッド圧延工程と、熱間クラッド圧延したクラッド材を冷間圧延する冷間圧延工程と、冷間圧延工程の途中及び冷間圧延工程の後の少なくともいずれか一方においてクラッド材を焼鈍する焼鈍工程とを含み、前記心材用鋳塊の鋳造工程が、5℃/秒以上の速度で鋳塊を冷却する鋳造冷却段階を備え、前記鋳造後熱処理工程が冷却した鋳塊を550〜620℃で5時間以上均熱処理する均熱処理段階と、均熱処理した鋳塊を50℃/時間以上の速度で冷却する冷却段階とを備え、前記熱間クラッド圧延工程が、400〜480℃で5時間以上の圧延前の加熱段階を備え、前記焼鈍工程における焼鈍温度が400℃以下であることを特徴とするアルミニウム合金クラッド材の製造方法。
【請求項7】
前記熱間クラッド圧延の圧延開始温度が480〜350℃であり、圧延終了温度が350〜250である、請求項6に記載のアルミニウム合金クラッド材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車等の熱交換器の構成部材として使用されるアルミニウム合金クラッド材及びその製造方法に関する。更に詳細には、例えばラジエータ又はヒータコア等のアルミニウム熱交換器の構造部材であるチューブ、ヘッダー又はこれらと接続される配管材の素材として用いられる、アルカリ性環境下での耐食性及びろう付性に優れたアルミニウム合金クラッド材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の自動車用アルミニウム製熱交換器の一つであるラジエータを図1(a)、(b)に示す。図1の自動車用アルミニウム製熱交換器は、冷却水が流通すチューブ1にフィン2を配置し、チューブ1の両端にヘッダープレート3を取り付けて、コア4を組み立てたものである。コア4にろう付処理を施した後、ヘッダープレート3にバッキング6を介して樹脂タンク5A、5Bを取り付けてラジエータとする。ラジエータの冷却水としては各種防錆材を含む不凍液を含有する弱アルカリ性の水溶液、所謂ロングライフクーラント(LLC)等が利用されている。
【0003】
これらの部材の材料としてフィン2には、Al−Mn系合金にZnを添加した厚さが約0.1mmの板材が用いられる。また、チューブ1には、冷却水からの貫通孔食の発生を防止するために、Al−Mn系合金を心材とし、冷却水側にAl−Zn系合金を犠牲陽極材としてクラッドし、外気側にAl−Si系合金をろう材としてクラッドした厚さが約0.2〜0.4mmのアルミニウム合金クラッド材が用いられる。ヘッダープレート3には、約1.0〜1.3mmの厚さで、チューブ1と同様の構成のアルミニウム合金クラッド材が用いられる。
【0004】
チューブ1とヘッダープレート3に用いられるアルミニウム合金クラッド材は、ろう付加熱時に約600℃の雰囲気に曝される。このため、犠牲陽極材に添加されているZnが、心材中にZnの拡散層を形成する。このZn拡散層が存在することで、酸性環境下で犠牲陽極材に発生した腐食は心材に達した後も横広がりに進行する為、長期間にわたって貫通孔が生じないことが知られている。
【0005】
前述の通り、LLCは防錆材を含む弱アルカリ性の液体であるが、クーラントとしてこの他にも井戸水、河川水等の防錆効果を有しない粗悪水が使用される場合もある。これらの粗悪水は酸性である場合があり、この場合は前述の通り、犠牲陽極材の犠牲陽極効果によって防食される。
【0006】
一方、防錆材を含む弱アルカリ性のLLCは使用中に劣化して高アルカリ性に変化して、チューブ材に腐食孔を発生させることが知られている。アルカリ性環境下での腐食には前述の犠牲陽極材による犠牲陽極効果は発揮されず、等方的に腐食が進行する。これにより、早期に貫通孔が発生してしまう。このため、アルカリ性環境下に対する様々な防食設計が検討されてきた。
【0007】
特許文献1には、心材の一方の面にろう材を、他方の面に犠牲陽極材をクラッドしたアルミニウム合金クラッド材において、犠牲陽極材にNiを含有するAl−Ni系金属間化合物を分散させたアルミニウム合金から構成されるアルミニウム合金クラッド材が提案されている。
【0008】
このアルミニウム合金クラッド材は、犠牲陽極材表面のAl−Ni系金属間化合物が存在する部分で、皮膜成分である水酸化アルミニウムの沈着が妨げられて皮膜の生成が抑制される。その結果、小さな皮膜欠陥が多くなり、腐食発生が分散するとしている。このため、皮膜欠陥が局在化した場合に比べて、このような分散した小さな皮膜欠陥では腐食の深さ方向への進行が抑制され、アルカリ性環境下においても貫通孔の発生が防止できるとしている。
【0009】
また、特許文献2には、犠牲陽極材にNiと共にSiを添加することにより、Al−Ni−Si系金属間化合物を形成し、これがAl−Ni系金属間化合物よりも微細に密に分散する為、アルカリ性環境下においてより高い耐食性を示すとしている。
【0010】
しかしながら、近年になって、熱交換器は軽量・小型化の傾向にあり、そのために材料の薄肉化が望まれている。材料の薄肉化は、同時に犠牲陽極材の薄肉化を意味している。上記二つの特許文献では、アルカリ性環境下での防食作用を犠牲陽極材にのみ付与しており、腐食孔が一部心材まで達すると、そこを起点に一気に腐食が進行する。このため犠牲陽極材が薄肉化すると、アルカリ性環境下での耐食性が顕著に低下してしまう。
【0011】
これに対して、特許文献3及び4には、心材にもNiを添加して、心材中にAl−Ni系金属間化合物を均一分散させることにより、アルカリ性環境下での腐食孔が一部心材に到達しても、なお耐食性が発揮できる構成の材料が提案されている。
【0012】
しかしながら、これらの材料では心材が犠牲陽極材と同じ速度で腐食する為、板厚の減少を犠牲陽極材で食い止めることができない。その結果、クラッド材としての強度の低下、ならびに、粗悪水をクーラントとして入れ替えることにより液が酸性環境に変化したときに犠牲陽極作用も低下してしまうという問題があった。また、粗大なAl−Ni系金属間化合物が心材に多量に存在する為、ろう付加熱後の結晶粒が小さくなり、ろう付性についても悪影響を及ぼすという問題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2000−34532号公報
【特許文献2】特開2003−293061号公報
【特許文献3】特開2000−87170号公報
【特許文献4】特開2000−96169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記の従来技術における問題に鑑み、アルカリ性環境下での腐食であっても犠牲陽極材を優先的に腐食させ、板厚減少が発生せず、ろう付性も良好なアルミニウム合金クラッド材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は上記課題について研究した結果、従来のAl−Ni系の犠牲陽極材を用いても心材のAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の分散状態を適切に制御することによって、アルカリ性環境下においても犠牲陽極材を優先的に腐食させ、これにより、板厚減少が発生せず、ろう付性にも優れるアルミニウム合金クラッド材が得られることを見出した。
【0016】
本発明は請求項1において、アルミニウム合金の心材と、当該心材の一方の面にクラッドされた犠牲陽極材と、前記心材の他方の面にクラッドされたAl−Si系ろう材とを備えるアルミニウム合金クラッド材であって、前記心材が、Si:0.3〜1.5mass%、Fe:0.1〜1.5mass%、Cu:0.2〜1.0mass%、Mn:1.0〜2.0mass%を含有し、Si含有量+Fe含有量≧0.8mass%の関係にあり、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の密度が3.0×10〜1.0×10個/cm、且つ、0.1μm以上1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の密度が1.0×10個/cm以上であり、前記犠牲陽極材が、Si:0.1〜0.6mass%、Zn:1.0〜5.0mass%、Ni:0.1〜2.0mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなることを特徴とするろう付性及び耐食性に優れたアルミニウム合金クラッド材とした。
【0017】
本発明は請求項2では請求項1において、前記心材が、Ti:0.05〜0.20mass%、Zr:0.05〜0.20mass%及びV:0.05〜0.20mass%、Cr:0.05〜0.20mass%から選択される1種又は2種以上を更に含有するものとした。
【0018】
本発明は請求項3では請求項1又は2において、600℃で3分間のろう付け加熱相当後において、前記心材の結晶粒径が150μm以上であるものとした。また、本発明は請求項4では請求項1〜3のいずれか一項において、アルミニウム合金クラッド材が600℃で3分間のろう付け加熱相当後において、140MPa以上の引張強度を有するものとした。更に本発明は請求項5では請求項1〜4のいずれか一項において、アルミニウム合金クラッド材が5%以上の圧延方向に沿った伸びを有するものとした。
【0019】
本発明は請求項6において、請求項1〜5のいずれか一項に記載のアルミニウム合金クラッド材の製造方法であって、前記心材用、犠牲陽極材用及びろう材用のアルミニウム合金をそれぞれ鋳造する工程と、心材鋳塊に高温で均熱処理を行う鋳造後熱処理工程と、心材鋳塊の一方の面に所定厚さとした犠牲陽極材鋳塊と他方の面に所定厚さとしたろう材鋳塊をクラッドするクラッド工程と、クラッド材を熱間圧延する熱間クラッド圧延工程と、熱間クラッド圧延したクラッド材を冷間圧延する冷間圧延工程と、冷間圧延工程の途中及び冷間圧延工程の後の少なくともいずれか一方においてクラッド材を焼鈍する焼鈍工程とを含み、前記心材用鋳塊の鋳造工程が、5℃/秒以上の速度で鋳塊を冷却する鋳造冷却段階を備え、前記鋳造後熱処理工程が冷却した鋳塊を550〜620℃で5時間以上均熱処理する均熱処理段階と、均熱処理した鋳塊を50℃/時間以上の速度で冷却する冷却段階とを備え、前記熱間クラッド圧延工程が、400〜480℃で5時間以上の圧延前の加熱段階を備え、前記焼鈍工程における焼鈍温度が400℃以下であることを特徴とするアルミニウム合金クラッド材の製造方法とした。
【0020】
本発明は請求項7では請求項6において、前記熱間クラッド圧延の圧延開始温度が480〜350℃であり、圧延終了温度が350〜250であるものとした。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係るアルミニウム合金クラッド材は、犠牲陽極材としてAl−Ni系アルミニウム合金を用いても、心材中のAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の分散状態を適切に制御することで、アルカリ性環境下においても犠牲陽極材が優先的に腐食して、板厚減少が発生せずろう付性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】従来の自動車用ラジエータの構成を示す正面図(a)、ならびに、断面図(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明に係るアルミニウム合金クラッド材は、心材及び犠牲陽極材が所定のアルミニウム合金組成を有し、犠牲陽極材との関係で心材が特定の金属組織を有する。以下に、本発明に係るアルミニウム合金クラッド材及びその製造方法について詳述する。なお、本発明に係るアルミニウム合金クラッド材は、自動車等の熱交換器の構成部材、例えばラジエータ又はヒータコア等のアルミニウム熱交換器の構造部材であるチューブ、ヘッダー又はこれらと接続される配管材の素材として好適に用いられる。
【0024】
1.金属組織と機械的特性
1−1.金属組織を規定する理由
まず、本発明にかかる心材合金の金属組織を決定した理由について説明する。Al−Ni系金属間化合物が存在する部分で水酸化アルミニウムの皮膜欠陥が発生し、腐食発生が分散する。この作用はAl−Ni系金属間化合物に特有のものではなく、Al−Mn−Fe−Si系金属間化合物でも同様の作用が確認された。ここで、Al−Ni系金属間化合物は均熱処理等の熱処理により、分布状態を調整することができない。しかしながら、Al−Mn−Fe−Si系金属間化合物は分布状態の調整が可能である。以上より、心材のAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の分散状態を規定することにより、犠牲陽極材に添加されたNiによるアルカリ性環境下での耐食性をより向上させることができるものである。
【0025】
犠牲陽極材に分散する1μm以上の円相当径を有するAl−Ni系金属間化合物の密度は、およそ2.0×10個/cmである。このため、1〜20μmの円相当径を有する粗大Al−Mn−Fe−Si系金属間化合物を心材においてより密に分散させることにより、アルカリ性環境下に心材が曝された際に、腐食の起点が心材の方が犠牲陽極材よりも多く分散することになる。腐食の起点が分散すれば、板厚方向への腐食の進行を抑制することができる為、その結果、犠牲陽極材の腐食が優先的に進行し、犠牲陽極材による犠牲防食効果が得られる。しかしながら、ろう付け加熱前の心材にこのような粗大な金属間化合物が高密度に分散すると、ろう付加熱後の結晶粒径が非常に微細になり、ろう付性に悪影響を与えてしまう。これを回避する為には、ろう付け加熱前の心材に円相当径0.1μm以上1μm未満の微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を分散させ、ろう付加熱後の結晶粒径の粗大化を図った。なお、本発明において、円相当径とは、円相当直径をいう。
【0026】
1−2.ろう付け前の心材中に存在する円相当径1〜20μmを有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の密度
心材中に存在する円相当径1〜20μmを有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物は、主に鋳造の凝固中に形成される晶出物である。このような粗大なAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物は前述の通りAl−Ni系金属間化合物と同様に、存在する部分で水酸化アルミニウムの皮膜欠落が発生し、腐食の発生が分散する。そして、これによって板厚方向の腐食の進行を抑制する効果が発揮される。このような効果は、1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物では得ることができないので、1μm未満の円相当径を有するものは対象外とした。また、20μmを超える円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物についても、同様に上記の効果を得ることができないため対象外とした。
【0027】
犠牲陽極材に分散するAl−Ni系金属間化合物の密度は、およそ2.0×10個/cmである。これに対して、心材中において、1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を前記Al−Ni系金属間化合物密度の1.5倍以上分散させたところ、アルカリ性環境下に心材が曝された際において、腐食の起点が犠牲陽極材よりも顕著に多く分散した。その結果、犠牲陽極材の腐食が優先的に進行して、犠牲陽極材による犠牲防食効果が確認された。このような効果は、心材中における1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が、前記Al−Ni系金属間化合物密度の1.5倍に相当する3.0×10個/cm未満では十分でないことを示す。一方、心材中における1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が、1.0×10個/cmを超えると加工性を悪化させる。従って、心材中における1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度を、3.0×10〜1.0×10個/cm、好ましくは3.3×10〜9.5×10個/cmに規定する。
【0028】
1−3.ろう付け前の心材中に存在する円相当径0.1μm以上1μm未満を有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の密度
一方、1〜20μmの円相当径を有する粗大なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を心材に高密度に分散させると、ろう付加熱時に再結晶の核となり得るサイトが増加し、その結果、ろう付加熱時において結晶粒径が小さくなる。ろう付加熱時において結晶粒が小さいと、ろう付性が低下する。このような結晶粒微細化を抑制する為には、0.1μm以上1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を心材中に微細に分散させ、ろう付加熱時において再結晶の核となるサイトを低減することが有効である。なお、0.1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物は、ろう付加熱中に固溶してしまうため再結晶核の減少に効果を発揮しないので対象外とした。また、1μm以上の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物は再結晶核となってしまう為に、再結晶核となるサイトの低減という観点から対象外とした。
【0029】
本発明は犠牲陽極材にアルカリ性環境下においても犠牲防食作用を発揮させるため、心材において、1〜20μmの円相当径を有する粗大なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を3.0×10〜1.0×10個/cmと非常に高密度に分散させる必要がある。この為、0.1μm以上1μm未満の円相当径を有する比較的微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物が、心材において1.0×10個/cm未満しか存在しないのでは、ろう付良好とされるろう付加熱後の平均結晶粒径150μmを下回ってしまうことが判明した。このような理由から、心材中に存在する円相当径0.1μm以上1μm未満を有するAl−Mn−Si−Fe系金属間化合物の密度を、1.0×10個/cm以上、好ましくは1.5×10個/cm以上に規定する。なお、この密度の上限値は心材組成や製造方法などに依存するが、本発明では5.0×10個/cmである。
【0030】
以上の心材中における各サイズのAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度は、試料中の複数の測定箇所を選定し、それぞれについて走査型電子顕微鏡(SEM)により観察し、得られたSEM像を画像解析することによって求めた。なお、密度は複数の測定結果の算術平均値として求められる。
【0031】
1−4.ろう付け後の心材中の結晶粒径
本発明に係るアルミニウム合金クラッド材に、ろう付け加熱相当である600℃で3分間の加熱処理を施した際において、心材中の結晶粒径は好ましくは150μm以上、より好ましくは160μm以上である。この上限値は心材組成や製造方法などに依存するが、本発明では300μmである。
【0032】
1−5.ろう付け後のクラッド材の強度
本発明に係るアルミニウム合金クラッド材に、ろう付け加熱相当である600℃で3分間の加熱処理を施した際に、その引張強度は好ましくは140MPa以上、より好ましくは150MPa以上である。この上限値は心材組成や製造方法などに依存するが、本発明では220MPaである。
【0033】
1−6.クラッド材の伸び
本発明に係るアルミニウム合金クラッド材は、圧延方向に沿った伸びとして、好ましくは5%以上、より好ましくは8%以上の伸びを有する。この上限値は心材組成や製造方法などに依存するが、本発明では20%である。
【0034】
2.合金組成
本発明に係る各部材のAl合金の合金組成について、その添加元素の意義と組成範囲の限定理由について説明する。
【0035】
2−1.心材
心材のアルミニウム合金は、Si、Fe、Cu及びMnを必須元素とし、Ti、Zr、V及びCrを選択的添加元素とする。
心材に添加したSiは、心材の強度を向上させる効果を発揮する。Si含有量は、0.3〜1.5mass%(以下、単に「%」と記す)である。この含有量が0.3%未満では上記効果が十分でなく、1.5%を超えると、心材の融点を低下させてろう付時に局部溶融が生じ易くなる。Siの好ましい含有量は、0.5〜1.2%である。
【0036】
心材に添加したFeは、Mnとの金属間化合物として晶出、析出して分散強化に寄与する。Fe含有量は0.1〜1.5%である。この含有量が0.1%未満では上記寄与が十分ではなく、1.5%を超えると加工性が低下する。Feの好ましい含有量は、0.2〜0.8%である。
【0037】
また、心材に添加したSiとFeは上記作用の他に、Mnと共に大小さまざまな金属間化合物を形成して、アルカリ性環境下での耐食性及びろう付性の向上に効果を発揮する。Si含有量とFe含有量の和が大きい程、上記効果は顕著である。Si含有量+Fe含有量は0.8%以上、好ましくは0.9%以上である。0.8未満では上述効果が十分に得られない。なお、上記効果を発揮するという観点からのSi含有量+Fe含有量の上限値は、2.5%とするのが好ましい。
【0038】
心材に添加したCuは母相に固溶することにより、材料の強度を大きく向上させる効果を発揮する。Cu含有量は0.2〜1.0%である。この含有量が0.2%未満では上記効果が十分でなく、1.0%を超えると、粒界にAlCuの金属間化合物が析出し、粒界近傍にPFZ(無析出帯)が形成するため粒界腐食が発生する。Cuの好ましい含有量は、0.3〜0.8%である。
【0039】
心材に添加したMnはSi、Feと共に大小様々な金属間化合物を形成し、分散強化に寄与すると共に、アルカリ性環境下での耐食性及びろう付性も向上させる。更に、Mnは心材の電位を貴化する作用もある為、犠牲陽極材との電位差を大きくすることもでき、酸性環境下での耐食性も向上させる。Mnの含有量は1.0〜2.0%である。この含有量が1.0%未満では上記各効果が十分でなく、2.0%を超えると粗大な晶出物を形成し製造歩留まりが悪化する。Mnの好ましい含有量は、1.2〜1.8%である。
【0040】
心材に添加したCr、Zrはそれぞれ、アルミニウム合金中で微細な金属間化合物を生成して、その強度を向上させる効果を発揮する。それぞれの含有量が0.05%未満では上記効果が十分ではなく、一方、0.20%を超えると、粗大な金属間化合物を生成してアルミニウム合金材の成形加工性を低下させる。従って、Cr、Zrの含有量は、各々0.05〜0.20%とするのが好ましい。なお、Cr、Zrの含有量のより好ましい範囲は各々0.05〜0.15%である。
【0041】
心材に添加したTi、Vはそれぞれ、アルミニウム合金中で微細な金属間化合物を生成して、その強度を向上させる効果を発揮する。また、これらの金属間化合物は層状に分散する。これらの金属間化合物は電位が貴であるため、酸性環境下での腐食形態が層状化し、深さ方向への腐食に進展し難くなる効果を発揮する。それぞれの0.05%未満では上記各効果が十分でなく、一方、0.20%を超えると粗大な金属間化合物を生成して、成形加工性を低下させる。従って、Ti、Vの含有量は、各々0.05〜0.20%とするのが好ましい。なお、Ti、Vの含有量のより好ましい範囲は各々0.05〜0.15%である。
【0042】
以上のTi、Zr、V及びCrは、1種又は任意の2種以上が選択的に添加される。また、心材には、上記必須元素及び選択的添加元素の他にZn、Ni、Sn等の不可避的不純物が、各々0.05%以下、全体で0.15%以下含有されていてもよい。
【0043】
2−2.犠牲陽極材
犠牲陽極材のアルミニウム合金は、Si、Zn及びNiを必須元素とする。
犠牲陽極材に添加したZnは、犠牲陽極材の電位を卑にし、心材に対する犠牲防食効果を向上させ、酸性環境下において心材の腐食を抑制する効果を発揮する。Znの含有量は1.0〜5.0%である。この含有量が1.0%未満では上記犠牲防食効果が十分でなく、一方、5.0%を超えると腐食速度が増大し、逆に耐食性を悪化させる。Znの好ましい含有量は2.0〜5.0%である。
【0044】
犠牲陽極材に添加したNiは、Al−Ni系金属間化合物を形成する。この金属間化合物が存在する部分で、皮膜成分である水酸化アルミニウムの沈着が妨げられて皮膜の生成が抑制される。その結果、小さな皮膜欠陥が多くなり、腐食発生が分散する。これにより、皮膜欠陥が局在化した場合に比べ腐食の深さ方向への進行が抑制され、アルカリ性環境下においても貫通孔の発生が防止される。Niの含有量は0.1〜2.0%である。この含有量が0.1%未満では上記効果が十分でなく、2.0%を超えるとAl−Ni系金属間化合物が粗大になり、加工性が低下する。Niの好ましい含有量は0.5〜1.5%である。
【0045】
犠牲陽極材に添加したSiは、Niと共にAl−Si−Ni系金属間化合物を形成する。このAl−Si−Ni金属間化合物は、Al−Ni系金属間化合物に比べて微細に分散する為、アルカリ性環境下での腐食をより分散させ、板厚方向に腐食が進行することを抑制する効果を発揮する。Siの含有量は0.1〜0.6%である。この含有量が0.1%未満では上記効果が十分でなく、一方、0.6%を超えると犠牲陽極材の腐食速度が増大する。Siの好ましい含有量は0.2〜0.5%である。
【0046】
また、犠牲陽極材には、上記必須元素の他にZr、Cr、V等の不可避的不純物が、各々0.05%以下、全体で0.15%以下含有されていてもよい。
【0047】
2−3.ろう材
本発明に係るアルミニウム合金クラッド材に用いるろう材は、アルミニウム合金のろう付において通常用いられるアルミニウム合金を使用できる。このようなアルミニウム合金としては、たとえば、Al−5.0〜12.0%Si系合金、Al−5.0〜12.0%Si−0.05〜5.0%Zn系合金、Al−5.0〜12.0%Si−0.05〜5.0%Mg(Bi)系合金等を挙げることができる。
【0048】
3.製造方法
次に、本発明に係る熱交換器用アルミニウム合金クラッド材の製造方法について説明する。
【0049】
3−1.鋳造工程
まず、心材用鋳塊の鋳造について説明する。所定の成分組成を有するアルミニウム合金素材を溶融し、DC(Direct Chill)鋳造法により心材の鋳塊を作製する。一般的にDC鋳造法では、溶湯凝固時の鋳造冷却速度は0.5〜20℃/秒と非常に速いが、Al−Mn−Fe−Si系金属間化合物を高密度に晶出する為には、この鋳造冷却速度を5℃/秒以上、好ましくは8℃/秒以上に規制する必要がある。なお、冷却速度の上限はスラブサイズなどによって制限されるが、本発明では15℃/秒とするのが好ましい。
【0050】
このように速い鋳造冷却速度で鋳造する為、Al−Mn−Fe−Si系金属間化合物は高密度に晶出するもののその円相当径は通常よりも小さく、1μm未満のものも存在する。一方で、冷却速度が速い為、0.1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物も高密度で分散している。
【0051】
3−2.鋳造後熱処理工程
3−2−1.均熱処理時の保持段階
そこで、鋳造後の鋳塊を550〜620℃で5時間以上の均熱処理を行うことにより、0.1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を固溶させ、かつ、0.1μmを超える粗大なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を更に粗大化させるオストワルト成長を促進させることによって、1〜20μmの円相当径を有する粗大なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の数密度を3.0×10〜1.0×10個/cmとすることができる。
【0052】
上記均熱処理の温度が550℃未満では、0.1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物が母相に固溶しきることができず、1〜20μmの円相当径を有する粗大なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の数密度が3.0×10個/cm未満となってしまう。均熱処理温度が620℃を超えると、心材が部分溶融を起こして均質な材料を製造できない。好ましい均熱処理温度は、580〜610℃である。
【0053】
また、均熱処理時間が5時間未満では、0.1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物が母相に固溶しきることができず、1〜20μmの円相当径を有する粗大なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の数密度が3.0×10個/cm未満となってしまう。従って、均熱処理時間は、5時間以上、好ましくは8時間以上とする。なお、均熱処理時間の上限は特に限定されるものではないが、20時間以上処理しても効果が飽和して不経済となるので、20時間を上限とするのが好ましい。
【0054】
3−2−2.均熱処理後の冷却段階
均熱処理後の鋳塊は、50℃/時間以上の冷却速度で冷却される。上述のように、均熱処理が550〜620℃もの高温で実施される為、均熱処理段階において母相に添加元素が多量に固溶する。このような多量の固溶状態は、均熱処理後の冷却を高速で実施することにより維持可能である。そして、この冷却段階後において、後述の熱間クラッド圧延前の加熱段階(400〜480℃で5時間以上)により、0.1μm以上1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を析出させることができる。なお、均熱処理後の冷却速度は、好ましくは70℃/時間以上である。また、この冷却速度の上限はスラブサイズなどによって制限されるが、本発明では110℃/秒とするのが好ましい。
【0055】
後に詳述する熱間クラッド圧延前における加熱段階の温度は400〜480℃であるが、480℃を超えると、過飽和に固溶している添加元素によって1〜20μmの円相当径を有する粗大なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物が更に成長する一方、480℃以下の温度では、0.1μm以上1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物が新たに密に析出する。このため、均熱処理後の冷却速度を50℃/時間未満とすると、均熱処理温度から480℃までの冷却の間に1〜20μmの円相当径を有する粗大なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物を成長させる為に固溶元素が利用され、熱間クラッド圧延前における加熱段階において析出する0.1μm以上1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の数が少なくなってしまう。
【0056】
3−3.クラッド工程
次に、犠牲陽極材用及びろう材用の鋳塊は、通常のDC鋳造法によって鋳造され、鋳造冷却後の均熱処理とその冷却は実施されない。得られる犠牲陽極材用及びろう材用の鋳塊は、500〜250℃の温度で所定の厚さまで熱間圧延される。そして、均熱処理後に冷却された心材鋳塊の一方の面に所定厚さとした犠牲陽極材鋳塊を、他方の面に所定厚さとしたろう材鋳塊をクラッドする。
【0057】
3−4.熱間クラッド圧延工程
3−4−1.圧延前の加熱段階
上記クラッド工程でクラッドされたクラッド材は、次いで熱間クラッド圧延工程の圧延前加熱段階にかけられる。圧延前加熱段階では、鋳塊は400〜480℃で5時間以上熱処理される。この圧延前の加熱段階の温度が480℃を超えると、前述の通り、この圧延前加熱段階において0.1μm以上1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物が析出しない。また、圧延前加熱段階における温度が400℃未満では、新たな析出物が析出するだけの拡散が生起せず、これまた0.1μm以上1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物が析出しない。また、圧延前加熱段階の保持時間が5時間未満では、0.1μm以上1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の数密度が1.0×10個/cmに達しない。なお、この保持時間の上限は特に限定されるものではないが、10時間以上処理しても効果が飽和して不経済となるので、10時間を上限とするのが好ましい。
【0058】
3−4−2.熱間クラッド圧延段階
上述の圧延前加熱段階後に、クラッド材は熱間クラッド圧延にかけられる。熱間クラッド圧延では通常の条件、例えば、480〜350℃の圧延開始温度と、350〜250℃の圧延終了温度が用いられる。
【0059】
3−5.冷間圧延工程と焼鈍工程
熱間クラッド圧延工程後に、圧延板は冷間圧延工程にかけられる。冷間圧延工程は、通常の条件下で行われる。また、冷間圧延工程の途中(中間焼鈍)及び冷間圧延工程の後(最終焼鈍)の少なくともいずれか一方において、クラッド材は焼鈍工程にかけられる。ここで、焼鈍温度は200℃以上400℃以下である。中間焼鈍や最終焼鈍の温度が400℃を超えると、心材の添加元素が犠牲陽極材及びろう材へ拡散することにより、0.1μm以上1μm未満の円相当径を有する微細なAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物が再固溶し、この金属間化合物の数密度が1.0×10個/cm未満となってしまう。一方、200℃未満の焼鈍温度では、心材組織が十分に軟化されず、焼鈍を実施する意味がなくなる。なお、焼鈍時間は、バッチ式焼鈍では1〜5時間、連続式焼鈍では保持時間を0〜60秒とするのが好ましい。ここで、保持時間が0秒とは、所望の焼鈍温度に達した直後に冷却を開始することを意味する。
【0060】
上記工程により製造されたアルミニウムクラッド材は、通常の製造方法によって熱交換器を作成することにより、所定の効果を発揮する。
【実施例】
【0061】
次に、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0062】
連続鋳造によって表1に示す組成を有する心材用合金、表2に示す組成を有する犠牲陽極材用合金、及び4045合金の鋳塊を鋳造した。このとき、心材の鋳造時の冷却速度は表3に示す通りとした。なお、表1および表2の合金組成において、「−」は検出限界以下であることを示すものであり、「残部」は不可避的不純物を含む。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】
【0065】
【表3】
【0066】
心材用鋳塊については、表3に示す条件で均熱処理を更に実施した。次いで、鋳塊を表3に示す冷却速度で冷却した。そして、犠牲陽極材用鋳塊及びろう材用鋳塊に480℃で熱間圧延を施して所定の厚さとし、これらを心材用鋳塊に組み合わせて合わせ材として熱間クラッド圧延を行った(圧延開始温度:470℃、圧延終了温度:300℃)。熱間クラッド前における圧延前加熱段階の条件も表3に示す。その後、このようにして得たクラッド板を冷間圧延工程、焼鈍工程(中間焼鈍)冷間圧延工程に順次かけて、厚さ0.25mmの最終板(H14)を得た。中間焼鈍はバッチ式焼鈍とし、焼鈍温度を表3に示す。なお、焼鈍時間は3時間とした。また、犠牲陽極材及びろう材のクラッド率は、それぞれ15%、10%とした。以上のようにして、クラッド材試料を作製した。
【0067】
上記クラッド材試料について、「Al−Mn−Fe−Si系金属間化合物密度(1〜20μm)」、「Al−Mn−Fe−Si系析出物密度(0.1μm以上1μm未満)」、「ろう付加熱相当後の結晶粒径(NB相当後結晶粒径)」、「ろう付加熱相当後の引張強度(NB相当後TS)」、「成形性」、「耐食性(酸性環境下)」及び「耐食性(アルカリ性環境下)」に関する評価を下記に示す方法で実施した。結果を表4〜6に示す。なお、評価に際し、ろう付加熱相当とは、600℃で3分間の加熱処理を意味する。
【0068】
【表4】
【0069】
【表5】
【0070】
【表6】
【0071】
(1)1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度(個/cm
1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度は、心材合金のSEM観察(倍率:1000倍)によって測定した。すなわち、上述のようにして作製した焼鈍工程後のアルミニウム合金クラッド材の厚さ方向に沿った心材断面を研磨によって露出させ、この露出面を心材合金の試料に用いた。SEM観察は各試料について3視野ずつ行い、それぞれの視野のSEM像に画像解析ソフト「A像くん」(旭化成エンジニアリング社製)による粒子解析を行うことにより、ろう付加熱前における上記Al−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度を求めた。なお、上記3視野の算術平均値をもって密度とした。
【0072】
(2)0.1μm以上1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度(個/cm
0.1μm以上1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度は、上記(1)と同様にして、心材合金のSEM観察(倍率:5000倍)を行って画像解析することにより、3視野の算術平均値をもって密度とした。
【0073】
(3)NB相当後結晶粒径(μm)
上述のようにして作製した焼鈍工程後のアルミニウム合金クラッド材試料に上記ろう付相当加熱を行った後に、圧延方向に直交し、かつ、板厚方向に沿った心材断面を研磨により露出させ、光学顕微鏡(倍率:100倍)を用いて平均結晶粒径を測定した。各試料について5視野ずつ測定し、それらの算術平均値をもってNB相当後結晶粒径とした。なお、NB相当後結晶粒径は150μm以上を良好とし、それ未満を不良とした。
【0074】
(4)NB相当後TS(MPa)
上述のようにして作製した焼鈍工程後のアルミニウム合金クラッド材試料からJIS5号TPを切り出し、上記ろう付相当加熱を行った。これについて、JIS Z2241に準拠して引張試験機にて常温での引張強度を測定した。各試料について3個づつ測定し、それらの算術平均値をもってNB相当後TSとした。なお、NB相当後TSは140MPa以上を良好とし、それ未満を不良とした。
【0075】
(5)成形性
上述のようにして作製した焼鈍工程後のアルミニウム合金クラッド材試料からJIS5号TPを切り出し、JIS Z2241に準拠して引張試験機にて常温での伸びを測定した。各試料について3個づつ測定し、それらの算術平均値をもって伸びとし、伸びが5%以上を良好とし、それ未満を不良とした。なお、伸びとは、下記式によって定義される。
伸び(%)={(引張試験後における評点間の長さ−引張試験前における評点間の長さ)/(引張試験前における評点間の長さ)}×100
【0076】
(6)耐食性(酸性環境下)
上述のようにして作製した焼鈍工程後のアルミニウム合金クラッド材試料(幅3cm×長さ3cm)に上記ろう付相当加熱を行って、腐食試験試料とした。その後、下記方法により腐食試験を行い、貫通の有無及び粒界腐食の有無を光学顕微鏡(倍率:200倍)によって調べた。貫通が無く、かつ、粒界腐食が無いものを良好とし、それ以外を不良とした。
腐食液:NaCl 226mg、NaSO89mg、FeCl・6HO 145mg、CuCl・2HO 2.6mgに蒸留水を加え、1Lに調整した液
方法:比液量10mL/cmの条件で、88℃の腐食液に8時間浸漬した後に、室温雰囲気中で16時間保持するという温度サイクルを加えながら、浸漬試験を90日間行って耐食性を評価した。
【0077】
(7)耐食性(アルカリ性環境下)
上述のようにして作製した焼鈍工程後のアルミニウム合金クラッド材試料(幅3cm×長さ3cm)に上記ろう付相当加熱を行って、腐食試験試料とした。その後、下記方法により腐食試験を行い、貫通の有無及び粒界腐食の有無を光学顕微鏡(倍率:200倍)によって調べた。貫通が無く、かつ、粒界腐食が無いものを良好とし、それ以外を不良とした。
腐食液:NaCl 226mg、NaSO89 mg、FeCl・6HO 145mg、CuCl・2HO 2.6mgに蒸留水を加え、1Lに調整した後に、NaOHによってpHを11に調整した液
方法:比液量10mL/cmの条件で、88℃の腐食液に8時間浸漬した後に、室温雰囲気中で16時間保持するという温度サイクルを加えながら、浸漬試験を90日間行って耐食性を評価した。
【0078】
本発明例1〜22、36〜43及び50〜61では、1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が3.0×10〜1.0×10個/cmであり、また0.1μm以上1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が1.0×10個/cm以上であり、NB相当後の結晶粒径が150μm以上であり、NB相当後TSが140MPa以上であり、酸性環境下及びアルカリ性環境下の耐食性がいずれも良好であり、成形性も良好であった。
【0079】
これに対して、比較例23では、心材のSi含有量が少な過ぎたため、NB相当後TSが不良であった。
【0080】
比較例24では、心材のSi含有量が多過ぎたため、NB相当後TSが不良となり、成形性も不良であった。
【0081】
比較例25では、心材のFe含有量が少な過ぎたため、NB相当後TSが不良であった。
【0082】
比較例26では、心材のFe含有量が多過ぎたため、1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が多過ぎた。その結果、成形性が不良であった。
【0083】
比較例27では、心材のCu含有量が少な過ぎたため、NB相当後TSが不良であった。
【0084】
比較例28では、心材のCu含有量が多過ぎたため、酸性環境下で粒界腐食が発生し、酸性環境下での耐食性が不良であった。
【0085】
比較例29では、心材のMn含有量が少な過ぎたため、NB相当後TSが不良であった。
【0086】
比較例30では、心材のMn含有量が多過ぎたため、成形性が不良であった。
【0087】
比較例31では、心材のTi含有量が多過ぎたため、成形性が不良であった。
【0088】
比較例32では、心材のZr含有量が多過ぎたため、成形性が不良であった。
【0089】
比較例33では、心材のV含有量が多過ぎたため、成形性が不良であった。
【0090】
比較例34では、心材のCr含有量が多過ぎたため、成形性が不良であった。
【0091】
比較例35では、心材のSi含有量とFe含有量の和が少な過ぎたため、1〜20μm及び0.1μm以上1μm未満の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度がいずれも少な過ぎた。その結果、アルカリ性環境下で貫通が発生し、アルカリ性環境下での耐食性が不良であった。
【0092】
比較例44では、犠牲陽極材のSi含有量が少な過ぎたため、アルカリ性環境下で貫通が発生し、アルカリ性環境下での耐食性が不良であった。
【0093】
比較例45では、犠牲陽極材のSi含有量が多過ぎたため、酸性環境下で貫通が発生し、酸性環境下での耐食性が不良であった。
【0094】
比較例46では、犠牲陽極材のZn含有量が少な過ぎたため、酸性環境下で貫通が発生し、酸性環境下での耐食性が不良であった。
【0095】
比較例47では、犠牲陽極材のZn含有量が多過ぎたため、酸性環境下で貫通が発生し、酸性環境下での耐食性が不良であった。
【0096】
比較例48では、犠牲陽極材のNi含有量が少な過ぎたため、アルカリ性環境下で貫通が発生し、アルカリ性環境下での耐食性が不良であった。
【0097】
比較例49では、犠牲陽極材のNi含有量が多過ぎたため、成形性が不良であった。
【0098】
比較例62では、鋳造冷却速度が遅過ぎたため、1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が少な過ぎた。その結果、アルカリ性環境下で貫通が発生し、アルカリ性環境下での耐食性が不良であった。
【0099】
比較例63では、均熱処理温度が低過ぎたため、1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が多過ぎた。その結果、アルカリ性環境下で貫通が発生し、アルカリ性環境下での耐食性が不良であった。
【0100】
比較例64では、均熱処理温度が高過ぎたため、NB相当後TSが不良となり、成形性も不良となった。
【0101】
比較例65では、均熱処理時間が短過ぎたため、1〜20μmの円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が少な過ぎた。その結果、アルカリ性環境下で貫通が発生し、アルカリ性環境下での耐食性が不良であった。
【0102】
比較例66では、均熱処理後の冷却速度が遅過ぎたため、0.1μm以上1μm以下の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が少な過ぎた。その結果、NB相当後結晶粒径が不良であった。
【0103】
比較例67では、圧延前加熱温度が低過ぎたため、0.1μm以上1μm以下の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が少な過ぎた。その結果、NB相当後結晶粒径が不良であった。
【0104】
比較例68では、圧延前加熱温度が高過ぎたため、0.1μm以上1μm以下の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が少な過ぎた。その結果、NB相当後結晶粒径が不良であった。
【0105】
比較例69では、圧延前加熱時間が短過ぎたため、0.1μm以上1μm以下の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が少な過ぎた。その結果、NB相当後結晶粒径が不良であった。
【0106】
比較例70では、中間焼鈍温度が高過ぎたため、0.1μm以上1μm以下の円相当径を有するAl−Mn−Fe−Si系金属間化合物の密度が少な過ぎた。その結果、NB相当後結晶粒径が不良であった。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明に係るアルミニウム合金クラッド材は、アルカリ性環境下においても良好な耐食性と、優れたろう付性を有する。
【符号の説明】
【0108】
1・・・チューブ
2・・・フィン
3・・・ヘッダープレート
4・・・コア
5A、5B・・・樹脂タンク
6・・・バッキング
図1