(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本発明の実施形態の説明]
最初に、本発明の実施形態の内容を列記して説明する。
【0012】
(1)本発明の実施形態に係る鉄基焼結体は、金属マトリクス中に複合酸化物の粒子を含む鉄基焼結体であって、
前記鉄基焼結体の断面において176μm×226μmの面積の大視野をとり、この大視野を一つ当たりの面積が35.2μm×45.2μmとなる5×5の25視野で見たとき、
前記複合酸化物の粒子の平均円相当径が、0.3μm以上2.5μm以下であり、
前記25視野の合計面積を、その25視野中に存在する前記複合酸化物の合計数で除した値が、10μm
2/個以上1000μm
2/個以下であり、
前記25視野のうち、前記複合酸化物の粒子が存在しない視野数が、4視野以下である。
【0013】
上記鉄基焼結体は、平均円相当径が0.3μm以上2.5μm以下と微細な複合酸化物の粒子が、10μm
2/個以上1000μm
2/個以下の範囲で均一的に分散して存在しているため、被削性に優れる。鉄基焼結体中に複合酸化物の粒子が均一的に分散して存在することで、主に以下の二つの機能(拡散摩耗や凝着摩耗を防止する機能と潤滑機能の促進)を発揮する。一つ目として、上記複合酸化物は、鉄基焼結体の切削加工時(クーラントを用いた湿式加工時)における切削工具の刃先温度:400〜920℃程度において、加熱軟化して切削工具の刃先表面を覆い、被膜を形成する。複合酸化物に由来する被膜の少なくとも一部は、鉄基焼結体と切削工具との間に介在されることになるため、鉄基焼結体と切削工具との間で各構成元素、特に複合酸化物以外を由来とする構成元素が相互拡散することを抑制でき、切削工具の拡散摩耗を抑制できる。また、上記被膜の少なくとも一部が鉄基焼結体と切削工具との間に介在されることで、複合酸化物が鉄基焼結体のベースを構成するFeに対して切削工具よりも親和性が低いことから、切削工具の刃先にFeが凝着することを抑制でき、切削工具の凝着摩耗を抑制できる。つまり、複合酸化物に由来する被膜の少なくとも一部は、各構成元素の相互拡散を抑制して拡散摩耗を抑制する拡散防止膜の機能と、切削工具の刃先へのFeの凝着を抑制して凝着摩耗を抑制する凝着防止膜(所謂離型膜)の機能との少なくとも一方を備える。凝着防止膜は、機械的なこすり摩耗を抑制して刃先を保護する保護膜の機能も兼ねる場合がある。
【0014】
二つ目として、上記複合酸化物は、上記工具刃先温度において、加熱軟化して切削工具の刃先運動に追従して切削方向に伸びて、潤滑機能を果たす。ここで、切削方向とは、切削工具の刃先が被削材(鉄基焼結体)に対して移動する方向のことである。加熱軟化した複合酸化物が潤滑機能を果たすことで、切削抵抗の経時的増加を抑制でき、鉄基焼結体の被削性に優れる。複合酸化物による潤滑性は、刃先温度である400℃以上で発現する機構である。そのため、鉄基焼結体の一般的な使用環境における雰囲気温度(250℃以下)では複合酸化物による潤滑性を示すことはない。従って、上記焼結体は、一般的な使用環境では機械的特性は低下しない。
【0015】
(2)上記の鉄基焼結体の一例として、Mnを0.05質量%以上0.35質量%以下含有し、Mnの少なくとも一部が前記複合酸化物と結合又は固溶して存在する形態が挙げられる。
【0016】
鉄基焼結体は、Mnを上記含有量の範囲で含み得る。Mnは硬質であるため、Mn単独又はMn単独酸化物の状態で存在すると被削性に劣り、かつ粉末成形時の圧縮性にも劣るため高密度化が困難である等の課題がある。従って、一般的には、原料粉末の製造過程でMnを精錬によって極力除去することが行われる。上記構成によれば、Mnを上記含有量の範囲で含んでいたとしても、硬質であるMnを複合酸化物に結合又は固溶して存在させるため、切削加工時における切削工具の刃先温度において、複合酸化物と共に加熱されて軟化を促進し、被削性が向上すると共に、高純度に精錬することによるコスト増を抑制することができる。複合酸化物中に結合又は固溶したMnは、MnOといった酸化物結晶構造の形態である必要は必ずしもない。
【0017】
(3)Mnを含有する上記の鉄基焼結体の一例として、Sを0.001質量%以上0.02質量%以下含有し、Sの少なくとも一部が前記複合酸化物及びMnの少なくとも一方と結合又は固溶して存在する形態が挙げられる。
【0018】
鉄基焼結体は、Sを上記含有量の範囲で含み得る。鉄基焼結体にSを含むことで、被削性を向上し易い。Sが複合酸化物に結合又は固溶して存在することで、被削性(主に切屑排出性)を向上することができる。一方で、Sは材料を脆化させて強度低下を引き起こす虞があるため、その添加量が限定される必要がある。また、SがMnに結合又は固溶して存在することで、材料の強度は低下するものの、その影響を比較的抑制しつつ、被削性を向上することができる。
【0019】
(4)上記の鉄基焼結体の一例として、前記鉄基焼結体の表面から10μm以内の表層領域を含む断面において、前記複合酸化物の粒子は、前記金属マトリクス中に埋設された埋設部と、前記表面に露出すると共に、前記埋設部よりも一方向に伸びる露出延長部と、を有する異形粒子を含む形態が挙げられる。
【0020】
異形粒子は、切削加工時における切削工具の刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して切削工具の刃先に追従することで切削方向に伸びてできたものである。つまり、異形粒子が存在する鉄基焼結体は、上記刃先温度において、複合酸化物が十分に加熱軟化したと考えられる。この加熱軟化した複合酸化物は、工具の刃先に追従して潤滑性を向上すると共に、工具の刃先表面に被膜を形成して切削工具の拡散摩耗や凝着摩耗を低減できる。
【0021】
(5)複合酸化物の粒子が異形粒子を含む上記の鉄基焼結体の一例として、前記露出延長部は、前記鉄基焼結体の表面から3μm以内に存在する形態が挙げられる。
【0022】
異形粒子の露出延長部が鉄基焼結体の表層部分に存在することで、複合酸化物による被削性をより向上できる。
【0023】
(6)上記の鉄基焼結体の一例として、前記複合酸化物は、質量%で、Siを4%以上35%以下、Alを2%以上25%以下、Caを2%以上35%以下、Oを35%以上55%以下、含有し、前記複合酸化物の全体質量に対するSi,Al,Ca,Oの合計含有量の質量割合が、45%以上99.8%以下である形態が挙げられる。
【0024】
複合酸化物が特定の組成で構成されることで、切削加工時における切削工具の刃先温度において、加熱軟化した複合酸化物の粘度をさらに効果的に下げることができ、被削性をより向上できる。
【0025】
(7)上記の鉄基焼結体の一例として、前記複合酸化物は、Si,Al,Ca,Oを必須元素として含有し、B,Mg,Na,Mn,Sr,Ti,Ba,Znから選択される1種以上の元素を含有する形態が挙げられる。
【0026】
複合酸化物が特定元素を含むことで、切削加工時における切削工具の刃先温度において、加熱軟化した複合酸化物の粘度を効果的に下げることができ、複合酸化物の流動性を向上することができる。そのため、切削工具の刃先表面に被膜を形成し易いと共に、潤滑性をより向上でき、被削性を効果的に向上できる。
【0027】
(8)上記の鉄基焼結体の一例として、前記元素の含有量は、質量%で、Bが4%以上8%以下、Mgが0.5%以上15%以下、Naが0.01%以上1%以下、Mnが0.01%以上0.3%以下、Srが0.01%以上1%以下、Tiが0.3%以上8%以下、Baが2%以上25%以下、Znが5%以上45%以下、の少なくとも一つを満たす形態が挙げられる。
【0028】
上記構成によれば、切削加工時における切削工具の刃先温度において、加熱軟化した複合酸化物の粘度をさらに効果的に下げることができ、被削性をより向上できる。
【0029】
(9)上記の鉄基焼結体の一例として、前記複合酸化物は、非晶質成分を30質量%以上含む形態が挙げられる。
【0030】
複合酸化物は非晶質成分を30質量%以上含むことで、切削加工時における切削工具の刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して潤滑性を発揮し易いと共に、切削工具の刃先表面に被膜を形成し易い。
【0031】
(10)上記の鉄基焼結体の一例として、更に、C,Cu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の元素を含有する形態が挙げられる。
【0032】
鉄基焼結体中に上記元素を含有することで、鉄基焼結体の強度を向上できる。
【0033】
(11)C,Cu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の元素を含有する上記の鉄基焼結体の一例として、Cは、前記鉄基焼結体の総量に対して0.2質量%以上3.0質量%以下含有し、Cu,Ni,Cr,Moから選択される元素は、前記鉄基焼結体の総量に対して合計で0.5質量%以上6.5質量%以下含有する形態が挙げられる。
【0034】
Cを上記範囲で含有することで、焼結中にCが拡散して固溶強化されて、鉄基焼結体の強度を向上できる。また、Cu,Ni,Cr,Moから選択される元素を上記範囲で含有することで、焼結性を向上でき、鉄基焼結体の強度及び疲労特性を向上できる。
【0035】
[本発明の実施形態の詳細]
本発明の実施形態に係る鉄基焼結体をより具体的に説明する。
【0036】
〔鉄基焼結体〕
実施形態に係る鉄基焼結体は、金属マトリクス中に複合酸化物の粒子を含有する。本実施形態に係る鉄基焼結体の主たる特徴とするところは、鉄基焼結体中に微細な複合酸化物の粒子が均一的に分散して存在している点にある。以下、各構成を詳細に説明する。
【0037】
《金属マトリクス》
金属マトリクスは、99.9質量%以上のFe及び不可避不純物からなるいわゆる純鉄、又は添加元素と残部がFe及び不可避不純物からなるFe合金である。金属マトリクスを形成する鉄系粉末は、Feを主成分(鉄系粉末中に占めるFeの含有量が99.0質量%以上)とした粒子からなる粉末であり、アトマイズ鉄粉や還元鉄粉などの純鉄粉、合金元素を予め合金化した予合金鋼粉、合金元素が部分拡散して合金化された部分拡散合金鋼粉などを用いることができる。これらの粉末は単独で用いてもよいし、混合して用いてもよい。鉄系粉末は、平均粒径(D50径:質量基準の累積分布曲線の50%に相当する粒径)が50μm以上150μm以下程度で、鉄基焼結体の総量に対して92.0質量%以上99.9質量%以下含有することが挙げられる。
【0038】
《複合酸化物》
複合酸化物の粒子は、複数種の金属元素を含む酸化物(複合酸化物)の粒子であり、鉄基焼結体中に均一的に存在することで、鉄基焼結体の被削性を向上する。複合酸化物の粒子は、鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度において、加熱軟化して工具の刃先表面を覆う被膜を形成すると共に、潤滑剤の役割を果たす。加熱軟化した複合酸化物によって、切削工具の拡散摩耗や凝着摩耗、切削抵抗の経時的増加を抑制でき、鉄基焼結体の被削性を向上することができる。複合酸化物に由来する被膜や潤滑剤についての詳細は、後述の試験例で説明する。
【0039】
(組成)
複合酸化物は、Si,Al,Ca,Oを必須元素として含有し、B,Mg,Na,Mn,Sr,Ti,Ba,Znから選択される1種以上の元素を含有する。以下、各元素の効果、及び各元素の好ましい含有量を説明する。なお、各元素の含有量は、複合酸化物の組成を100%とした質量割合である。
【0040】
・Si
Siは、非晶質を有する複合酸化物の強度向上に寄与し、複合酸化物の根幹を形成する元素である。Siは、4質量%以上35質量%以下含有される。Siの含有量は、4質量%以上であることで上記効果を良好に得られ、更に10質量%以上、15質量%以上とすることができる。一方、Siの含有量は、35質量%以下であることで複合酸化物の融点を下げることができ、更に30質量%以下、20質量%以下とすることができる。
【0041】
・Al
Alは、複合酸化物の化学的耐久性を向上させ、複合酸化物の安定性を向上させて非晶質形成能を向上させることで複合酸化物の結晶化を抑制する元素である。Alは、2質量%以上25質量%以下含有される。Alの含有量は、2質量%以上であることで上記効果を良好に得られ、更に9質量%以上、12.5質量%以上とすることができる。Alの含有量が多過ぎると、複合酸化物の溶融性を悪化させて粘度が向上し、ガラス転移点や軟化点が高くなる傾向にある。複合酸化物のガラス転移点や軟化点が高過ぎると、鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化し難く、工具の刃先表面に被膜を形成し難かったり、潤滑効果を得難かったりする。Alの含有量は、25質量%以下であることでガラス転移点や軟化点を低くすることができ、鉄基焼結体の被削性を向上することができる。Alの含有量は、更に22質量%以下、15.5質量%以下とすることができる。
【0042】
・Ca
Caは、複合酸化物の安定性向上に寄与し、化学的耐久性を向上させ、複合酸化物の粘度を低下させて潤滑性向上に寄与する元素である。Caは、2質量%以上35質量%以下含有される。Caの含有量は、2質量%以上であることで上記効果を良好に得られ、更に3質量%以上、5質量%以上、特に12質量%以上とすることができる。一方、Caの含有量は、35質量%以下であることで粘度向上を抑制でき、更に30質量%以下、25質量%以下とすることができる。
【0043】
・O
Oは、35質量%以上55質量%以下含有される。Oの含有量は、35質量%以上であることで複合酸化物の安定性を向上できると共に、複合酸化物の化学的耐久性を向上することができ、更に40質量%以上、48質量%以上とすることができる。一方、Oの含有量が多過ぎると、粗大な複合酸化物が生成し易く、鉄基焼結体の被削性や強度などに影響を及ぼす。Oの含有量は、55質量%以下であることで、鉄基焼結体の被削性や強度を向上することができる。Oの含有量は、更に54質量%以下、52質量%以下とすることができる。
【0044】
・B
Bは、複合酸化物の溶融性向上に寄与し、潤滑性の向上に寄与する元素である。Bは、4質量%以上8質量%以下含有される。Bの含有量は、4質量%以上であることで上記効果を良好に得られ、ガラス転移点や軟化点を低くすることができ、更に4.5質量%以上、5質量%以上とすることができる。一方、Bの含有量は、8質量%以下であることで複合酸化物の化学的耐久性を確保することができ、更に7質量%以下、6.5質量%以下とすることができる。なお、複合酸化物としてBを添加しても、浸炭時の強度低下は一切生じない。
【0045】
・Mg
Mgは、複合酸化物の安定性向上に寄与する元素である。Mgは、0.5質量%以上15質量%以下含有される。Mgの含有量は、0.5質量%以上であることで上記効果を良好に得られ、更に1質量%以上、2質量%以上とすることができる。一方、Mgの含有量は、15質量%以下であることで非晶質を有する複合酸化物を生成し易く、更に12質量%以下、8質量%以下とすることができる。
【0046】
・Sr
Srは、複合酸化物の安定性向上に寄与し、被膜性を向上する元素である。Srは、0.01質量%以上1質量%以下含有される。Srの含有量は、0.01質量%以上であることで上記効果を良好に得られ、更に0.05質量%以上、0.10質量%以上とすることができる。一方、Srの含有量は、多過ぎると上記の効果を得られないため、1質量%以下、更に0.7質量%以下、0.5質量%以下とすることができる。
【0047】
・Na
Naは、ガラス転移点の低下及び粘度の低下に寄与する元素であり、0.01質量%以上1質量%以下含有されることができる。Naの含有量は、更に0.01質量%以上0.8質量%以下、0.015質量%以上0.06質量%以下とすることができる。
【0048】
・Mn
Mnは、複合酸化物の安定性を向上させると共に潤滑性を向上させる元素であり、0.01質量%以上0.3質量%以下含有されることができる。Mnの含有量は、更に0.05質量%以上0.25質量%以下、0.1質量%以上0.2質量%以下とすることができる。
【0049】
・Ti,Ba,Zn
Ti,Ba及びZnは、複合酸化物の安定性を向上させると共に、複合酸化物の化学的耐久性を向上させる元素である。Tiの含有量は、0.3質量%以上8質量%以下、更に0.5質量%以上6.5質量%以下、1質量%以上5質量%以下とすることができる。Baの含有量は、2質量%以上25質量%以下、更に4質量%以上15質量%以下、6質量%以上12質量%以下とすることができる。Znの含有量は、5質量%以上45質量%以下、更に10質量%以上35質量%以下、18質量%以上25質量%以下とすることができる。
【0050】
上述した各元素のうち、Si,Al,Ca,Oの合計含有量は、複合酸化物の全体質量に対する質量割合が、45%以上99.8%以下であることが好ましい。そうすることで、切削加工時における切削工具の刃先温度において、加熱軟化した複合酸化物の粘度をさらに効果的に下げることができ、被削性をより向上できる。複合酸化物の全体質量に対するSi,Al,Ca,Oの合計含有量は、更に50%以上96%以下、70%以上90%以下が好ましい。
【0051】
(組織)
複合酸化物は、非晶質成分を30質量%以上含むことが好ましい。複合酸化物は非晶質成分を多く含むことで、鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して潤滑性を発揮できると共に、複合酸化物に由来する被膜を形成することができる。複合酸化物における非晶質成分は、更に50質量%以上、70質量%以上、実質的に全てが非晶質であることが挙げられる。複合酸化物の非晶質成分は、電界放射型電子顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscope:FE−SEM)で鉄系母材とのコントラストの違いから場所を特定し、その後透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)を用いた電子回析パターンから結晶状態を確認することで測定できる。
【0052】
複合酸化物は、ガラス転移点が725℃以下であることが好ましい。鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度は、被削材となる鉄基焼結体の組成にもよるが、クーラントを用いた湿式加工時では400〜920℃程度であり、定常加工時には400℃程度であっても局所的にかつ瞬間的に600℃以上に上昇することが予測される。そのため、複合酸化物のガラス転移点が725℃以下であることで、鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して粘度が低下することで流動性が増加し、潤滑性を発揮できると共に、複合酸化物に由来する被膜を形成することができる。複合酸化物のガラス転移点は、更に680℃以下、560℃以下、450℃以下とすることができる。工具刃先温度は、鉄基焼結体に開けた微小な穴(φ1mm程度)にオプティカルファイバーを挿入して、このオプティカルファイバーで鉄基焼結体から発散する放射の波長を検知し、この波長により、刃先が穴を通過した瞬間の温度を、二色温度計を用いて絶対温度で計測する手法によって測定することができる。複合酸化物のガラス転移点は、例えば、示差走査熱量測定(Differential Scanning Calorimetry:DSC)や熱機械分析(Thermomechanical Analysis:TMA)によって測定することができる。また、複合酸化物の組成からガラス転移点や軟化点を計算によって導くこともでき、例えば、熱力学平衡計算ソフトウェア&熱力学データベースFactSageを用いて計算することができる。
【0053】
さらに、複合酸化物は、軟化点が950℃以下であることが好ましい。複合酸化物の軟化点が950℃以下であることで、鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度において、加熱軟化した複合酸化物の流動性がさらに増加し、工具の刃先表面に潤滑性を発揮できると共に、複合酸化物に由来する被膜を形成することができる。鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度は、400〜920℃程度である場合、複合酸化物の軟化点は、更に800℃以下、750℃以下、600℃以下、500℃以下とすることができる。軟化点は、TMAや動粘度測定法によって測定することができる。
【0054】
上記軟化点における複合酸化物の粘度は、1×10
7.6dPa・s以下であることが好ましい。そうすることで、鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度において、加熱軟化した複合酸化物の流動性を十分に確保することができ、潤滑性を効果的に発揮できると共に、工具の刃先表面を複合酸化物に由来する被膜で十分に覆うことができる。
【0055】
複合酸化物の粒子は、平均円相当径が0.3μm以上2.5μm以下である。ここで言う平均円相当径とは、複合酸化物の粒子が後述する異形粒子である場合、その異形粒子の面積を真円換算した等面積平均円相当径のことである。複合酸化物の粒子は、平均円相当径が2.5μm以下と微細であることで、鉄基焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化し易く、焼結体の被削性を向上し易い。複合酸化物の粒子は、平均円相当径が更に1.8μm以下、1.2μm以下であることが好ましい。一方、複合酸化物の粒子は、平均円相当径が0.3μm以上、更に0.5μm以上であることで製造過程において取り扱い易い。
【0056】
(分散状態)
鉄基焼結体の断面において176μm×226μmの面積の大視野をとり、この大視野を一つ当たりの面積が35.2μm×45.2μmとなる5×5の25視野を見たとき、複合酸化物は以下を満たす。なお、後述する鉄基焼結体の製造方法によって得られる鉄基焼結体は、その全体に亘って実質的に同じ組織のものが得られるため、鉄基焼結体の任意の断面及び視野をとることができる。好ましくは、鉄基焼結体の表面から0.5mm以上内部、更に表面から1mm以上内部の断面及び視野をとることが挙げられる。
【0057】
25視野の合計面積を、その25視野中に存在する複合酸化物の合計数で除した値が、10μm
2/個以上1000μm
2/個以下である。上記値が10μm
2/個以上であることで、鉄基焼結体中に均一的に複合酸化物が存在する。そうすると、鉄基焼結体の切削加工時に、切削工具の刃先が複合酸化物に接触する確率が高くなり、工具の刃先表面に複合酸化物に由来する被膜を常に形成した状態とでき、かつ複合酸化物による潤滑性をより発揮できることで、鉄基焼結体の被削性を向上できる。一方、複合酸化物が存在し過ぎると、相対的に金属マトリクスが少なくなり、強度が低下する。そのため、上記値が1000μm
2/個以下であることで、鉄基焼結体の強度を確保することができる。上記値は、更に12μm
2/個以上620μm
2/個以下、60μm
2/個以上450μm
2/個以下であることが好ましい。
【0058】
25視野のうち、複合酸化物の粒子が存在しない視野数は、4視野以下である。上記値が4視野以下であることで、鉄基焼結体中に均一的に複合酸化物が存在する。複合酸化物の粒子が存在しない視野数は、少ないほど鉄基焼結体中に複合酸化物が分散されているため、更に3視野以下、2視野以下、1視野以下が好ましい。特に、全ての視野に複合酸化物の粒子が存在し、複合酸化物の粒子が存在しない視野数がゼロであることが最も好ましい。ここで、複合酸化物の粒子が存在しないとは、分解能が倍率3000倍時に300nm程度の電界放射型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いた分析レベルでも検出できない程度のことを言う。
【0059】
また、複合酸化物の粒子が2個以上存在する視野数が15視野以上であることが好ましい。そうすることで、鉄基焼結体中に複合酸化物がより分散した状態となり、被削性をより向上できる。複合酸化物の粒子が2個以上存在する視野数は、更に17視野以上、20視野以上、特に全ての視野であることが好ましい。
【0060】
さらに、25視野のうち、視野中に複合酸化物が存在しない視野を含まないように選択した2×2の4視野を一つの中視野としたとき、その中視野に存在する複合酸化物の粒子が5個以上であることが好ましい。そうすることで、鉄基焼結体中に複合酸化物がより分散した状態となり、被削性をより向上できる。上記中視野に存在する複合酸化物の粒子は、更に7個以上、9個以上であることが好ましい。
【0061】
(形状)
複合酸化物の粒子は、鉄基焼結体の表面から10μm以内の表層領域を含む断面において、金属マトリクス中に埋設された埋設部と、表面に露出すると共に、埋設部よりも一方向に伸びる露出延長部と、を有する異形粒子を含む。上記露出延長部は、鉄基焼結体の表面から3μm以内に存在することが好ましい。異形粒子は、鉄基焼結体の切削加工時における切削工具の刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して切削工具の刃先に追従することで切削方向に伸びてできたものである。ここで、切削方向は、加工面の筋状についているツールマークから概ね判別することができる。更にSEMを用いて断面観察した際に鉄組織が塑性流動している方向が切削方向(研削加工の場合は研削方向)である。この異形粒子についての詳細は、後述の試験例で説明する。
【0062】
《その他》
鉄基焼結体中には、更に、C,Cu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の元素を含有することができる。鉄基焼結体中にCを含有することで、焼結中にCが拡散して固溶強化されて、鉄基焼結体の強度を向上することができる。Cは、鉄基焼結体を100質量%としたとき、0.2質量%以上3.0質量%以下含有することができる。また、鉄基焼結体中にCu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の金属元素を含有することで、焼結性を向上でき、鉄基焼結体の強度及び疲労特性を向上することができる。これらの金属元素は、鉄基焼結体を100質量%としたとき、合計で0.5質量%以上6.5質量%以下含有することができる。鉄基焼結体中にCuを含有する場合、0.5質量%以上3.0質量%以下含有することができる。
【0063】
また、鉄基焼結体中には、MnやSを含み得る。MnやSは、金属マトリクスを形成する鉄系粉末に由来するものである。Mnは、鉄基焼結体を100質量%としたとき、0.05質量%以上0.35質量%以下の範囲で含有され得る。Mnは、少なくとも一部が複合酸化物と結合又は固溶して存在することが好ましい。硬質であるMnが複合酸化物に結合又は固溶して存在することで、切削加工時における切削工具の刃先温度において、複合酸化物と共にMnも加熱軟化するため、潤滑性の発現により被削性を向上することができる。このMnによって、工具を酸化させることはない。また、硬質であるMnを精錬によって除去する工程を省くことができるため、コスト増を抑制することができる。Sは、0.001質量%以上0.02質量%以下の範囲で含有され得る。Sは、少なくとも一部が複合酸化物及びMnの少なくとも一方と結合又は固溶して存在することが好ましい。Sが複合酸化物に結合又は固溶して存在することで、被削性(主に切屑排出性)を向上することができる。一方で、Sは材料を脆化させて強度低下を引き起こす虞があるため、その添加量が限定される必要がある。また、SがMnに結合又は固溶して存在することで、材料の強度は低下するものの、その影響を比較的抑制しつつ、被削性を向上することができる。
【0064】
〔用途〕
実施形態の鉄基焼結体は、各種の鉄系焼結体、例えば高い寸法精度が要求されるオイルポンプ部品や可変弁機構部品、ギヤ等の各種自動車部品等に好適に利用することができる。
【0065】
〔鉄基焼結体の製造方法〕
実施形態の鉄基焼結体は、代表的には、原料粉末の準備⇒原料粉末を混合して混合粉末を作製⇒混合粉末を圧縮成形して成形体を作製⇒成形体を焼結して焼結体を作製、という工程を経て製造できる。
【0066】
・原料粉末の準備
原料粉末として、鉄系粉末と複合酸化物の粉末とを準備する。必要に応じて、原料粉末として、黒鉛粉末や、Cu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の非Fe金属粉末、成形用潤滑剤である有機物を準備する。黒鉛粉末を準備する場合は、平均粒径が2μm以上30μm以下程度で、原料粉末の総量に対して0.2質量%以上3.0質量%以下含有することが挙げられる。Cu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の非Fe金属粉末を準備する場合は、平均粒径が10μm以上100μm以下程度で、原料粉末の総量に対して0.5質量%以上6.5質量%以下含有することが挙げられる。複合酸化物の粉末は、代表的には、複合酸化物のフリットを作製⇒上記フリットを粗粉砕して粗粉末を作製⇒上記粗粉末を微粉砕して微粉末を作製⇒上記微粉末と鉄系粉末とを混合して混合粉末(粉末冶金用鉄系粉末)を作製、という工程を経て製造できる。
【0067】
・・複合酸化物のフリットの作製
Si,Al,Ca,Oと、B,Mg,Na,Mn,Sr,Ti,Ba,Znから選択される1種以上の元素と、を特定の範囲で含有する複合酸化物を融点以上に加熱した後冷却して、複合酸化物のフリットを作製する。各元素の含有量は、上述した複合酸化物の粒子と同様である。加熱温度は、複合酸化物の組成に応じて適宜設定すればよいが、1000〜1700℃程度とすることができる。
【0068】
・・フリットを粗粉砕した粗粉末の作製
上記複合酸化物のフリットを平均粒径20μm以下に粗粉砕して複合酸化物の粗粉末を作製する。粗粉砕には、例えば、ジョークラッシャー、ロールクラッシャー、スタンプミル、ブラウンミル、ボールミルなどの機械粉砕を用いることができる。
【0069】
・・粗粉末を微粉砕した微粉末の作製
上記複合酸化物の粗粉末を所定の粒径に微粉砕して微粉末を作製する。微粉砕には、粉砕メディアを用いない気流型粉砕機を用いて行う。この気流型粉砕機には、例えば、ジェットミルを用いることができる。粉砕メディアを用いないで微粉砕することで、コンタミネーションを防止できたり、粗大粒子を残存させずに粉砕できたり、過度の微粉砕を抑制できたりする。
【0070】
・微粉末と鉄系粉末とを混合した混合粉末の作製
準備した原料粉末を混合して、混合粉末を作製する。各粉末の混合は、微粉末の凝集を分断可能なせん断力を有する混合機を用いて強制的に攪拌や混合する。この混合機には、例えば、ダブルコーン型ミキサーや攪拌ミキサー又は偏心ミキサーを用いることができる。各粉末を強制的に攪拌や混合することで、複合酸化物の微粉末を鉄系粉末中に均一的に分散することができる。微細であり、鉄系粉末に対して比表面積の大きい複合酸化物を均一的に分散させることで、鉄系粉末中に含有され得るMn又はその酸化物の少なくとも一部と反応し易くなる。また、焼結後の鉄基焼結体の切削加工時に、切削工具の刃先が複合酸化物に接触する確率が高くなり、工具の刃先表面に複合酸化物に由来する被膜を常に形成した状態とでき、かつ複合酸化物による潤滑性をより発現できることで、鉄基焼結体の被削性を向上できる。各粉末の混合時には、予め主成分である鉄系粉末の少なくとも一部と複合酸化物の粉末とを混合し、又は複合酸化物と比重が比較的近い黒鉛粉末と複合酸化物の粉末とを混合して予備混合粉末とし、この予備混合粉末と鉄系粉末や非Fe金属粉末とを混合する、二段階混合の手法を用いてもよい。
【0071】
・成形体の作製
上記混合粉末を金型に充填し、圧縮成形して成形体を作製する。成形圧力は、例えば、400MPa以上1200MPa以下程度とすることが挙げられる。使用する金型のキャビティの形状を調整することで、複雑形状の成形体を得ることもできる。
【0072】
・焼結体の作製
上記成形体を、窒素又は変性ガス雰囲気中で、温度:1000℃以上1350℃以下程度、時間:10分以上120分以下程度、の条件で焼結して焼結体を作製する。
【0073】
[試験例]
金属マトリクス中に複合酸化物の粒子を含む鉄基焼結体を作製し、その鉄基焼結体中の複合酸化物の分散状態、及びその鉄基焼結体の被削性について調べた。
【0074】
〔試料の作製〕
・試料No.1〜6,101
原料粉末として、鉄系粉末と、黒鉛粉末と、Cu粉末と、複合酸化物の粉末と、を準備した。鉄系粉末は、Fe中にMnが0.18質量%、Sが0.004質量%含まれるものを用いた。鉄系粉末の平均粒径は、74.55μmである。この試験例において平均粒径は、マイクロトラック法(レーザー回折・散乱法)で計測したD50径(質量基準の累積分布曲線の50%に相当する粒径)である。また、鉄系粉末は、D10径(質量基準の累積分布曲線の10%に相当する粒径)が31.39μm、D95径(質量基準の累積分布曲線の95%に相当する粒径)が153.7μmであり、最大粒径が228.2μmである。黒鉛粉末の平均粒径は、D50径が28μmである。Cu粉末の平均粒径は、D50径が30μmである。
【0075】
複合酸化物の粉末は、表1に示す組成の複合酸化物からなるものを用いた。表1に示す複合酸化物の含有量は、複合酸化物の組成を100%とした質量割合である。複合酸化物の粉末の平均粒径は、D50径が0.87μmである。また、複合酸化物の粉末は、D10径が0.55μm、D95径が3.30μmであり、最大粒径が10.09μmである。この複合酸化物の粉末は、上記組成の複合酸化物を融点以上に加熱した後冷却して、複合酸化物のフリットを作製し、この複合酸化物のフリットをボールミルにより粗粉砕した後、ジェットミルを用いて微粉砕して作製した。得られた複合酸化物の粉末は、FE−SEMで鉄系母材とのコントラストの違いから場所を特定し、その後TEMを用いた電子回折パターンから結晶状態を確認したところ、複合酸化物の非晶質成分が35質量%であった。
【0076】
用意した各粉末を、鉄系粉末:Cu粉末:黒鉛粉末:複合酸化物の粉末が質量比で97.1:2.0:0.8:0.1となるように準備し、これらの合計質量に対して更に成形用潤滑剤を質量比で0.8追加して配合し、攪拌ミキサーを用いて混合し、混合粉末(粉末冶金用鉄系粉末)を作製した。混合の際には、成形用潤滑剤である有機物を混合せずに、金型に潤滑剤を塗布してもよい。
【0077】
得られた混合粉末を金型に充填し、成形圧力を700MPaとして加圧圧縮し、外径φ60mm×内径φ10mm×高さ40mmの円筒形状の成形体を作製した。
【0078】
得られた成形体を、変性ガス雰囲気中で、1130℃×15分の熱処理を施して焼結体を作製した(試料No.1〜6,101)。
【0080】
・試料No.111
原料粉末として、鉄系粉末と、黒鉛粉末と、Cu粉末と、を含み、複合酸化物の粉末を含まない粉末冶金用鉄系粉末を用いた試料である。その他の条件については、試料No.1と同様である。
【0081】
〔試験例1:鉄基焼結体中の複合酸化物の分散状態〕
鉄基焼結体中の複合酸化物の分散状態を調べた。本例では、代表して、試料No.1,2,111の鉄基焼結体中の複合酸化物の分散状態を調べた。特に、試料No.1,2の鉄基焼結体については、再現性を確認するために、以下の2パターンの試験を実施した。1パターン目は、鉄基焼結体の異なる二断面をとり、各断面において一つの大視野をとって試験を実施した(二断面のうち一方の断面での試験をN=1、他方の断面での試験をN=2とする)。2パターン目は、上記1パターン目で試験を実施した鉄基焼結体とは異なる鉄基焼結体を作製し、その鉄基焼結体で一断面をとり、その断面において一つの大視野をとって試験を実施した(この異なる鉄基焼結体での試験をN=3とする)。試験方法は、いずれも同様である。
【0082】
《複合酸化物の分散状態》
得られた試料No.1,2,111の鉄基焼結体を、クロスセクションポリッシャーによって切断して断面をとり、その断面を電界放射型電子顕微鏡(FE−SEM)によって観察した。複合酸化物は、それが含有する元素で見分けることができる。具体的には、176μm×226μmの面積の大視野をとり、この大視野を一つ当たりの面積が35.2μm×45.2μmとなる5×5の25視野として、3000倍で、エネルギー分散型X線分析装置(Energy−dispersive X−ray Spectroscopy:EDX)による元素マッピングにより組成分析した。EDX分析は、分解能が同倍率で0.03μm程度であり、加速電圧15kVの条件で実施した。得られたマッピング画像を、画像処理ソフト(Media Cybernetics社製のImage−Pro Plus)を用いて、元素を選択・抽出した後に、その元素の個数や面積を算出した。
図1〜6に、試料No.1の元素マッピングを示し、
図7〜12に、試料No.2の元素マッピングを示し、
図13,14に、試料No.111の元素マッピングを示す。いずれの図も白点が分析対象元素の存在領域を示す。画像処理ソフトは、上述のソフトに限るものでは無く、同等の機能を有しているソフトを用いても良い。
【0083】
図1に、試料No.1(N=1)における複合酸化物のうちAl,Ca,Si,O,Mg,Naの元素マッピングと、鉄基焼結体中に含まれるMn,Sの元素マッピングと、を示す。
図1から、Al,Ca,Siから選択される2種以上の元素とOとが同じ位置に存在することがわかる。つまり、鉄基焼結体中に存在する複合酸化物は、Al,Ca,Siから選択される2種以上の元素とOとを含む。また、
図1から、Al,Ca,Si,Oの大半が同じ位置に存在しており、鉄基焼結体中に存在する複合酸化物は、Al,Ca,Si,Oを含むことがわかる。また、Mg,Naの少なくとも一部は、Al,Ca,Si,Oと同じ位置に存在しており、これらの元素が複合酸化物を構成していることがわかる。
図2に、試料No.1(N=1)における複合酸化物の代表としてAl,Si,Oの元素マッピングを示す。
図2に示す縦横線は、5×5の25視野に結合した各視野の境界を示す線である。
図2から、全ての視野にAl,Si,O(複合酸化物)が存在することがわかる。特に、25視野のうち21視野には、複合酸化物が2個以上存在している。また、25視野のうち2×2の4視野を中視野としたとき、試料No.1(N=1)では、中視野は16視野存在し、その中視野には、複合酸化物が9個以上存在しており、複合酸化物が均一的に分散していることがわかる。上記画像処理ソフトより、25視野の合計面積を25視野中に存在する複合酸化物の合計数で除した値は、250μm
2/個であった。また、上記画像処理ソフトより、複合酸化物の粒子の平均円相当径は、0.85μmであった。上記平均円相当径は、25視野中に存在する全ての複合酸化物の粒子の円相当径を求め、これら全ての粒子の円相当径の平均とする。以上より、試料No.1(N=1)の鉄基焼結体は、微細な複合酸化物の粒子が均一的に分散して存在していることがわかる。
【0084】
試料No.1の鉄基焼結体は、再現性を確認するために、同様の試験を更に2回実施した。
図3に、試料No.1(N=2)における複合酸化物のうちAl,Ca,Si,Oの元素マッピングと、鉄基焼結体中に含まれるMn,Sの元素マッピングと、を示し、
図4に、試料No.1(N=2)における複合酸化物の代表としてAl,Si,Oの元素マッピングを示す。また、
図5に、試料No.1(N=3)における複合酸化物のうちAl,Ca,Si,Oの元素マッピングと、鉄基焼結体中に含まれるMn,Sの元素マッピングと、を示し、
図6に、試料No.1(N=3)における複合酸化物の代表としてAl,Si,Oの元素マッピングを示す。
図3,5から、N=2,3の双方とも、Al,Ca,Siから選択される2種以上の元素とOとが同じ位置に存在する、特に、Al,Ca,Si,Oの大半が同じ位置に存在することがわかる。そして、
図4,6から、全ての視野にAl,Si,O(複合酸化物)が存在することがわかる。また、複合酸化物は、25視野のうち21視野に2個以上、25視野のうち2×2の中視野に9個以上存在しており、複合酸化物が均一的に分散していることがわかる。上記画像処理ソフトより、25視野の合計面積を25視野中に存在する複合酸化物の合計数で除した値は、N=2:282μm
2/個、N=3:260μm
2/個であった。また、上記画像処理ソフトより、複合酸化物の粒子の平均円相当径は、N=2:0.72μm、N=3:0.61μmであった。以上より、試料No.1(N=1〜3)の鉄基焼結体は、微細な複合酸化物の粒子が均一的に分散して存在していることがわかる。
【0085】
図7に、試料No.2(N=1)における複合酸化物のうちAl,Ca,Si,Oの元素マッピングと、鉄基焼結体中に含まれるMn,Sの元素マッピングと、を示す。
図7から、Al,Ca,Siから選択される2種以上の元素とOとが同じ位置に存在することがわかる。つまり、鉄基焼結体中に存在する複合酸化物は、Al,Ca,Siから選択される2種以上の元素とOとを含む。また、
図7から、Al,Ca,Si,Oの大半が同じ位置に存在しており、鉄基焼結体中に存在する複合酸化物は、Al,Ca,Si,Oを含むことがわかる。
図8に、試料No.2(N=1)における複合酸化物の代表としてAl,Si,Oの元素マッピングを示す。
図8に示す縦横線は、5×5の25視野に結合した各視野の境界を示す線である。
図8から、25視野のうち21視野にはAl,Si,O(複合酸化物)が存在している、つまり、複合酸化物が存在しない視野数が4視野であることがわかる。特に、25視野のうち19視野には、複合酸化物が2個以上存在している。また、25視野のうち視野中に複合酸化物が存在しない視野を含まないように選択した2×2の4視野を中視野としたとき、試料No.2(N=1)では、中視野は10視野存在し、その中視野には、複合酸化物が5個以上存在しており、複合酸化物が均一的に分散していることがわかる。上記画像処理ソフトより、25視野の合計面積を25視野中に存在する複合酸化物の合計数で除した値は、379μm
2/個であった。また、上記画像処理ソフトより、複合酸化物の粒子の平均円相当径は、1.11μmであった。以上より、試料No.2(N=1)の鉄基焼結体も、微細な複合酸化物の粒子が均一的に分散して存在していることがわかる。
【0086】
試料No.2の鉄基焼結体も、再現性を確認するために、同様の試験を更に2回実施した。
図9に、試料No.2(N=2)における複合酸化物のうちAl,Ca,Si,Oの元素マッピングと、鉄基焼結体中に含まれるMn,Sの元素マッピングと、を示し、
図10に、試料No.2(N=2)における複合酸化物の代表としてAl,Si,Oの元素マッピングを示す。また、
図11に、試料No.2(N=3)における複合酸化物のうちAl,Ca,Si,Oの元素マッピングと、鉄基焼結体中に含まれるMn,Sの元素マッピングと、を示し、
図12に、試料No.2(N=3)における複合酸化物の代表としてAl,Si,Oの元素マッピングを示す。
図9,11から、N=2,3の双方とも、Al,Ca,Siから選択される2種以上の元素とOとが同じ位置に存在する、特に、Al,Ca,Si,Oの大半が同じ位置に存在することがわかる。そして、
図10,12から、25視野のうちAl,Si,O(複合酸化物)が存在する視野数は、N=2:22視野、N=3:21視野であり、複合酸化物が存在しない視野数が4視野以下であることがわかる。また、複合酸化物は、25視野のうち視野中に複合酸化物が存在しない視野を含まないように選択した2×2の中視野には、N=2:6個以上(10個の中視野が存在)、N=3:9個以上(8個の中視野が存在)存在しており、複合酸化物が均一的に分散していることがわかる。上記画像処理ソフトより、25視野の合計面積を25視野中に存在する複合酸化物の合計数で除した値は、N=2:428μm
2/個、N=3:258μm
2/個であった。また、上記画像処理ソフトより、複合酸化物の粒子の平均円相当径は、N=2:1.19μm、N=3:0.95μmであった。以上より、試料No.2(N=1〜3)の鉄基焼結体は、微細な複合酸化物の粒子が均一的に分散して存在していることがわかる。
【0087】
図13に、試料No.111におけるAl,Ca,O,Mn,Sの元素マッピングを示す。
図13から、Al,Oは若干存在しているものの、Caは存在しないことがわかる。
図14に、試料No.111におけるAl,Oの元素マッピングを示す。
図14に示す縦横線は、5×5の25視野に結合した各視野の境界を示す線である。
図14から、25視野のうち4視野にはAl,Oが存在していることがわかる。このAlは、原料に不可避不純物として存在していたり、鉄基焼結体を研磨した場合にはその砥粒としてアルミナを用いるためにコンタミネーションとして若干存在していたりするものであって、試料No.1,2のような複合酸化物として存在しているものではない。上記画像処理ソフトより、25視野の合計面積を25視野中に存在するAlの合計数で除した値は、0μm
2/個であった。また、上記画像処理ソフトより、Alの平均円相当径は、計算不可であった。
【0088】
《Mnの存在形態》
特定量の複合酸化物を含有する試料No.1,2では、
図1,3,5,7,9,11に示すAl,Ca,Si,O,Mn,Sの元素マッピングより、Mnは、Sと同じ位置に存在すると共に、複合酸化物(Al,Ca,Si,O)と同じ位置に存在するものが存在することがわかる。一方、複合酸化物を含有しない試料No.111は、
図13に示すAl,Ca,O,Mn,Sの元素マッピングより、Mnは、Sと同じ位置に存在することがわかる。以上の結果より、複合酸化物を含有しない場合、Mnは、Sと結合又は固溶して存在するだけであるが、複合酸化物を含有する場合、Mnは、一部が複合酸化物と結合又は固溶して存在し、残部がSと結合又は固溶して存在していることがわかる。
【0089】
[試験例2:鉄基焼結体の被削性]
得られた試料No.1〜6,101,111の焼結体について、切削試験を実施した。
【0090】
《機械的特性》
試料No.1〜6,101,111の焼結体について、機械的特性試験用の試験片を作製し、ロックウェル硬度HRB、ビッカース硬度Hv、抗折力TRS、引張強度σを測定した。ロックウェル硬度HRBは、市販の硬度計によりBスケールで測定した。抗折力TRSは、三点曲げ試験法を用いて測定した。その結果、試料No.1は、HRB:85.5、Hv:2.91GPa、TRS:815MPa、σ:551MPa、試料No.101は、HRB:85.4、Hv:2.91GPa、TRS:817MPa、σ:531MPa、試料No.111は、HRB:85.6、Hv:2.92GPa、TRS:815MPa、σ:533MPaであった。なお、試料No.2〜6のHRB、Hv、TRS、σは、試料No.1のHRB、Hv、TRS、σとほぼ同等であった。この結果より、複合酸化物の有無は、焼結体の機械的特性に影響を及ぼさないことがわかった。
【0091】
更に、試料No.1〜6,101,111の焼結体に900℃で浸炭焼き入れ⇒200℃で焼き戻しを行い、抗折力TRS及び引張強度σを上述のように測定した。その結果、試料No.1は、TRS:972MPa、σ:653MPa、試料No.101は、TRS:886MPa、σ:625MPa、試料No.111は、TRS:887MPa、σ:676MPaであった。なお、試料No.2〜6の焼き入れ・焼き戻し後のTRS及びσは、試料No.1の焼き入れ・焼き戻し後のTRS及びσとほぼ同等であった。この結果より、軟化点が950℃以下である複合酸化物の粉末を含有した試料No.1〜6は、軟化点が1000℃である複合酸化物の粉末を含有した試料No.101や、複合酸化物の粉末を含有しない試料No.111と同様に、焼き入れ・焼き戻し後に高強度化しており、良好な焼き入れ性を示すことがわかった。
【0092】
《切削試験1》
試料No.1〜6,101,111の焼結体の側面を、旋盤を用いて切削した。切削条件は、各種切削工具を用いて、切削速度:200m/min、送り量:0.1mm/rev、切り込み量:0.2mm、湿式とした。切削工具は、超硬合金からなるノーズ半径0.8mmですくい角0°のチップ、サーメットからなるノーズ半径0.8mmですくい角0°のチップ、CBNからなるノーズ半径1.2mmですくい角0°のチップを取り付けたバイトを使用した。超硬合金、サーメットでは、切削長2500mm、CBNでは切削長4500mmとした。
【0093】
・切削工具の逃げ面の摩耗量
超硬合金製・サーメット製・CBN製の各種切削工具について、切削後における切削工具の逃げ面の摩耗量をそれぞれ測定した。摩耗量は、切削後における切削工具の刃先を工具顕微鏡で観察して、マイクロメーターを用いて測定した。その結果を
図15に示す。
図15において、横軸は各試料No.を示し、縦軸は各試料を切削した各種切削工具の逃げ面の摩耗量を示す。なお、用いたCBN製の切削工具について、試料No.1では、Tiを含有する工具とTiを含有しない工具のそれぞれで切削試験を実施した。その結果、Tiの有無にかかわらず被削性改善の効果が見られ、特にTiを含有しない工具の方がその効果が高かった。そのため、ここでは、用いたCBN製の切削工具は、Ti系焼結材を一切含まない、即ちTiを含有しない工具を用いた場合の試験結果を示す。
【0094】
図15の結果より、各切削工具において、軟化点が950℃以下である複合酸化物の粉末を含有した試料No.1〜6を切削した場合、軟化点が1000℃である複合酸化物の粉末を含有した試料No.101や、複合酸化物の粉末を含有しない試料No.111を切削した場合に比較して、逃げ面の摩耗量を低減できることがわかった。超硬合金製の切削工具においては、試料No.1〜6を切削した場合、試料No.101を切削した場合に比較して、試料No.1:約75%、試料No.2:約73%、試料No.3:約68%、試料No.4:約80%、試料No.5:約78%、試料No.6:約55%、も逃げ面の摩耗量を低減できた。同様に、試料No.1〜6を切削した場合、試料No.111を切削した場合に比較して、試料No.1:約65%、試料No.2:約62%、試料No.3:約55%、試料No.4:約73%、試料No.5:約70%、試料No.6:約35%、も逃げ面の摩耗量を低減できた。CBN製の切削工具においては、試料No.1〜6を切削した場合、試料No.101を切削した場合に比較して、試料No.1:約53%、試料No.2:約55%、試料No.3:約20%、試料No.4:約33%、試料No.5:約30%、試料No.6:約70%、も逃げ面の摩耗量を低減できた。同様に、試料No.1〜6を切削した場合、試料No.111を切削した場合に比較して、試料No.1:約72%、試料No.2:約73%、試料No.3:約50%、試料No.4:約60%、試料No.5:約58%、試料No.6:約82%、も逃げ面の摩耗量を低減できた。サーメット製の切削工具においては、試料No.1〜6を切削した場合、試料No.101を切削した場合に比較して、試料No.1:約80%、試料No.2:約80%、試料No.3:約63%、試料No.4:約82%、試料No.5:約30%、試料No.6:約30%、も逃げ面の摩耗量を低減できた。同様に、試料No.1〜6を切削した場合、試料No.111を切削した場合に比較して、試料No.1:約78%、試料No.2:約77%、試料No.3:約58%、試料No.4:約80%、試料No.5:約22%、試料No.6:約22%、も逃げ面の摩耗量を低減できた。
【0095】
図15の結果より、試料No.1〜6を切削した場合、超硬合金製、サーメット製、CBN製といった鉄基焼結体の加工に必要な全ての切削工具において被削性改善の効果が確認できた。また、Ti(TiC等)を一切含まないCBN製の切削工具においても十分な被削性改善の効果を確認できた。つまり、試料No.1〜6を切削する場合、対象とする切削工具の材質を限定せず、切削工具の適用幅が広く、汎用性に優れることがわかった。
【0096】
他に、試料No.1〜6を切削する場合、超硬合金製及びサーメット製の各切削工具においては、切削速度が100m/min、CBN製の切削工具においては、切削速度が300m/min、400m/minでも同様の被削性改善の効果が確認できた。つまり、試料No.1〜6を切削する場合、幅広い切削速度(100〜400m/min)において被削性改善の効果を発揮することがわかった。
【0097】
・切削工具の刃先観察
一例として、超硬合金製の切削工具について、切削後における刃先観察を行った。
図16にそれぞれ試料No.1と試料No.111を切削加工した後の切削工具の刃先の工具顕微鏡写真を示す。
図16は、上半分がすくい面、下半分が逃げ面を示している。試料No.1を切削した切削工具の刃先には、凝着摩耗がほぼ見受けられない。一方、試料No.111を切削した切削工具の刃先には、大きな凝着摩耗が発生していることがわかる。なお、試料No.2〜6を切削した切削工具の刃先においては、試料No.1と同様に、凝着摩耗がほぼ見受けられなかった。また、試料No.101を切削した切削工具の刃先においては、試料No.111と同様に、大きな凝着摩耗が見受けられた。
【0098】
切削工具の刃先が凝着摩耗する理由の一つに、焼結体の加工点における工具刃先温度において、焼結体と切削工具との間で各構成元素が相互拡散すると共に、焼結体の構成元素が切削工具に凝着することが挙げられる。そこで、切削工具の表面における凝着物を調べた。
図17にそれぞれ試料No.1と試料No.111を切削加工した後の切削工具の逃げ面の電界放射型電子顕微鏡写真(150倍)を示す。試料No.1を切削した切削工具の逃げ面には、凝着物は見受けられない。一方、試料No.111を切削した切削工具の逃げ面には、厚い凝着物が見受けられる。この凝着物は、分析の結果Feが検出され、被削材である焼結体のベースを構成するFeが凝着したものと考えられる。なお、試料No.2〜6を切削した切削工具の逃げ面においては、試料No.1と同様に、凝着物は見受けられなかった。また、試料No.101を切削した切削工具の逃げ面においては、試料No.111と同様に、厚い凝着物が見受けられた。
【0099】
以上より、試料No.1〜6の焼結体は、焼結体のベースを構成するFeの切削工具への凝着を抑制することで、切削工具の凝着摩耗を抑制でき、切削工具の逃げ面の摩耗量を低減できることがわかった。試料No.1〜6の焼結体が切削工具へのFeの凝着を抑制できるメカニズムを、
図18を参照して説明する。
【0100】
試料No.1の鉄基焼結体1(以下、単に焼結体と呼ぶ)を切削工具100で切削加工すると、切削工具100の刃先は、焼結体1の組成にもよるが、400〜920℃程度に上昇する。切削工具100の刃先温度が上昇すると、
図18の上図に示すように、焼結体1と切削工具100との間で各構成元素が相互拡散する。焼結体1には特定組成の複合酸化物20が含まれており、切削工具100が複合酸化物20に接すると、上記工具刃先温度において、複合酸化物20は加熱軟化する。この加熱軟化した複合酸化物20は、粘度が低下して流動性が増加するため、
図18の中図に示すように、切削工具100の刃先表面を覆い、被膜120となる。被膜120は、焼結体1(ベース部10)と切削工具100との間に介在されることになるため、焼結体1と切削工具100との間で各構成元素が相互拡散することを抑制する拡散防止膜の役割を果たす。また、被膜120は、切削工具の刃先にFeが凝着することを抑制する凝着防止膜(離型膜)の役割を果たす。焼結体1の切削加工をさらに進めると、刃先表面に形成された被膜120は、
図18の下図に示すように、切削工具100の逃げ面やすくい面に流れて滞留部140となって凝着する。焼結体1中には複合酸化物20が均一的に分散されているため(
図1〜12を参照)、(1)切削工具100が複合酸化物20に接触する、(2)複合酸化物20が加熱軟化して被膜120となる、(3)拡散防止膜や離型膜の役割を果たした被膜120が滞留部140となる、が連続的に行われる。この複合酸化物20の状態によって、切削工具100の刃先表面には、常に被膜120が形成されるため、切削工具100へのFeの凝着を抑制できる。
【0101】
《切削試験2》
得られた試料No.1,101の焼結体の側面を、旋盤を用いて切削した。切削条件は、サーメット製の溝入れバイトを使用した切削工具を用いて、切削速度:200m/min、送り量:0.1mm/rev、切り込み量:0.2mm、湿式とした。
【0102】
・焼結体の加工断面観察
複合酸化物の組成が被削性に及ぼす影響を調べるために、切削後における焼結体の加工断面観察を行った。
図19に試料No.1の切削加工後の表面、及び表面に観察された複合酸化物を集束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)加工した断面の電界放射型電子顕微鏡写真(10000倍)を示す。左写真の表面に見える色の濃い部分が複合酸化物である。この複合酸化物は、右写真の断面を見ると、表面から3μm程度の表層領域において焼結体中に埋設された部分と、この埋設部分から切削方向に伸びると共に表面に露出した露出延長部分と、を有する形状をしていることがわかる。つまり、試料No.1は、複合酸化物が、切削方向に沿って伸びていることがわかる。
図20,21に、試料No.1における上記複合酸化物とは別の複合酸化物の断面を示す。いずれの複合酸化物も、表面から3μm程度の表層領域において焼結体中に埋設された部分と、この埋設部分から切削方向に伸びると共に表面に露出した露出延長部分と、を有する形状をしており、切削方向に沿って伸びていることがわかる。
【0103】
図22に試料No.101の切削加工後の表面、及び表面に観察された複合酸化物をFIB加工した断面の電界放射型電子顕微鏡写真(10000倍)を示す。左写真の表面に見える色の濃い部分が複合酸化物である。この複合酸化物は、右写真の断面を見ると、切削方向に伸びる部分を有しておらず、ヒビが発生していることがわかる。
図23に、試料No.101における上記複合酸化物とは別の複合酸化物の断面を示す。いずれの複合酸化物も、切削方向には伸びておらず、き裂が生じていることがわかる。
【0104】
以上より、試料No.1の焼結体は、複合酸化物が特定の組成であることでガラス転移点及び軟化点が低いため、切削加工時における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して切削方向に沿って伸びていることがわかった。この加熱軟化した複合酸化物は、潤滑剤の役割を果たすことで、機械的摩耗(こすり摩耗)等を抑制し、工具摩耗を大幅に低減することが可能であると考えられる。
【0105】
・切削抵抗
試料No.1,111の焼結体について、上述した条件で切削加工を施した際の切削抵抗を測定した。本例では、キスラー社の切削動力計(Force Sensor)を用いて、背分力・主分力・送り分力を測定した。
図24に、試料No.1の切削抵抗の経時的変化を示し、
図25に、試料No.111の切削抵抗の経時的変化を示す。各図において、横軸は切削時間を示し、縦軸は切削抵抗を示す。各図において、上に示すグラフが背分力、中に示すグラフが主分力、下に示すグラフが送り分力である。また、各図において、各力の横方向に引いた線は、加工初期の力を基準とした基準線である。
図24及び
図25より、加工初期の切削抵抗(背分力・主分力・送り分力)は、複合酸化物を含有する試料No.1と、複合酸化物を含有しない試料No.111とでほぼ同じであり、複合酸化物を添加することによる切削抵抗の低減効果は見られない。これは、複合酸化物を含有することによって機械的特性を損なうことはなく、同じ切削抵抗で工具摩耗を抑制可能な機能が得られたためである。しかし、切削加工を継続することで切削長が長くなると、複合酸化物を含有する試料No.1は、切削抵抗が加工初期からほぼ一定であるのに対し、複合酸化物を含有しない試料No.111は、切削抵抗(背分力)が加工初期から増加していることがわかる。これは、試料No.1では、複合酸化物が潤滑機能を果たすことで、工具摩耗を抑制できたのに対し、試料No.111では、複合酸化物を含有しないために工具摩耗が増加したことによると考えられる。試料No.1の焼結体における複合酸化物が切削方向に沿って伸びるメカニズムを、
図18を参照して説明する。
【0106】
試料No.1の鉄基焼結体1(以下、単に焼結体と呼ぶ)を切削工具100で切削加工すると、切削工具100の刃先温度は、焼結体1の組成にもよるが、400〜920℃程度に上昇する。切削工具100が複合酸化物20に接すると、上記工具刃先温度において、複合酸化物20は加熱軟化し、粘度が低下して流動性が増加する。この加熱軟化した複合酸化物20は、
図18の下図に示すように、切削工具100の刃先に追従して伸びるため、切削工具100より遠位にある内部において焼結体1のベース部10に埋設された埋設部21と、この埋設部21から切削方向に伸びると共に表面に露出する露出延長部22と、を有する異形状となる。焼結体1中には複合酸化物20が均一的に分散されているため(
図1〜12を参照)、切削工具100は、常に複合酸化物20の露出延長部22に接することになる。この複合酸化物20が潤滑剤の役割を果たすことで、被削性の向上が期待できる。
【0107】
《切削試験3》
試料No.1〜3,101,111の焼結体について、上述の切削試験2と同様の切削試験を繰り返し、切削工具が摩耗し、加工表面に白濁やムシレ等の加工表面品質の異常や、加工端面においてバリが発生するに至るまで切削加工を施した焼結体の個数により工具寿命を測定した。その結果、試料No.1の焼結体では工具寿命は244個、試料No.2の焼結体では工具寿命は210個、試料No.3の焼結体では工具寿命は152個、試料No.101の焼結体では工具寿命は47個、試料No.111の焼結体では工具寿命は95個であった。この結果より、試料No.1〜3の焼結体は、大幅に工具寿命を向上できることがわかった。
【0108】
切削後の焼結体の元素量をICP(Inductively Coupled Plasma)分析を用いて測定した結果、C量は0.75質量%、Cu量は2.0質量%であった。
【0109】
上述した各切削試験の結果より、焼結体中に特定の組成の複合酸化物が均一的に分散して存在することで、被削性を向上でき、工具寿命を向上できることがわかった。この理由は、切削工具の刃先観察及び焼結体の加工断面観察に示すように、焼結体の切削加工時における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化することで、以下の二つの機能を果たすからである。(1)加熱軟化した複合酸化物が切削工具の刃先表面を覆い被膜となり、切削工具へのFeの凝着を抑制し、凝着摩耗を抑制する。(2)加熱軟化した複合酸化物が切削工具の刃先に追従して伸びることで滑り性を向上させる潤滑機能を果たし、加工工具の機械的摩耗(こすり摩耗)等を大幅に低減させる。特に、焼結体中に複合酸化物が均一的に存在していることで、複合酸化物と切削工具とが常に接触した状態とできるため、効果的に被削性を向上できる。
【0110】
本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。例えば、上述の試験例において、鉄基焼結体を構成する粉末の組成や、粒径、製造条件の少なくとも一つの変更が可能である。組成については、例えば、Si,Al,Ca,Oから選択される1種以上の元素の含有量を変更したり、更に、B,Mg,Na,Mn,Sr,Ti,Ba,Znから選択される元素を特定の範囲で含有したりすることが挙げられる。