(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6407513
(24)【登録日】2018年9月28日
(45)【発行日】2018年10月17日
(54)【発明の名称】医療材料の表面修飾用ポリマー
(51)【国際特許分類】
C09D 143/02 20060101AFI20181004BHJP
C09D 143/04 20060101ALI20181004BHJP
C08F 230/02 20060101ALI20181004BHJP
C08F 230/08 20060101ALI20181004BHJP
A61L 27/00 20060101ALI20181004BHJP
A61L 29/00 20060101ALI20181004BHJP
A61L 31/00 20060101ALI20181004BHJP
C08J 7/04 20060101ALI20181004BHJP
【FI】
C09D143/02
C09D143/04
C08F230/02
C08F230/08
A61L27/00
A61L29/00
A61L31/00
C08J7/04 TCFD
C08J7/04 TCFH
【請求項の数】13
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-196689(P2013-196689)
(22)【出願日】2013年9月24日
(65)【公開番号】特開2015-63577(P2015-63577A)
(43)【公開日】2015年4月9日
【審査請求日】2016年9月1日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】高井 まどか
(72)【発明者】
【氏名】長橋 孝治
【審査官】
中村 英司
(56)【参考文献】
【文献】
中国特許出願公開第103193927(CN,A)
【文献】
中国特許出願公開第102690388(CN,A)
【文献】
特開2012−228545(JP,A)
【文献】
特開平09−131397(JP,A)
【文献】
特表2010−527262(JP,A)
【文献】
特開平07−051355(JP,A)
【文献】
特開2007−022886(JP,A)
【文献】
米国特許第06743878(US,B1)
【文献】
特開2007−197513(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 230/02
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機又は有機材料の表面修飾用ポリマー及び溶媒を含むコーティング組成物であって、
前記表面修飾用ポリマーが、i)側鎖にホスホリルコリン基を有するモノマーユニット、ii)前記材料の表面と物理吸着するための疎水性基としてアルキルシリル基又はアルキルシリルオキシシリル基を側鎖に有するモノマーユニット、及びiii)前記表面修飾用ポリマー間を架橋するとともに前記材料の表面と化学吸着するための反応基としてアルキルオキシシリル基を側鎖に有するモノマーユニットよりなり、これらモノマーユニットによって形成される主鎖がメタクリル酸骨格である3元共重合体であることを特徴とする、該コーティング組成物。
【請求項2】
前記材料の表面と物理吸着するための疎水性基が、以下の式で示される構造を有する、請求項1に記載の
コーティング組成物。
【化1】
(式中、R
1は、炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンを表し;各R
2は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキルを表す。)
【請求項3】
前記化学吸着が、シランカップリング反応を介する吸着である、請求項1に記載のコーティング組成物。
【請求項4】
前記表面修飾用ポリマー間を架橋するとともに前記材料の表面と化学吸着するための反応基が、以下の式で示される構造を有する、請求項1に記載の
コーティング組成物。
【化2】
(式中、R
1は、炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンを表し;各R
3は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖のアルキルを表す。)
【請求項5】
前記
表面修飾用ポリマーが、以下の式で示される構造を有する
3元共重合体である、請求項1に記載の
コーティング組成物。
【化3】
(式中、各R
1は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンを表し;各R
2は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキルを表し;各R
3は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖のアルキルを表し;x、y、及びzは、互いに独立して2以上の整数を表し:および、各モノマーユニットはランダムな順序で結合している。)
【請求項6】
各R1がエチレン基又はプロピレン基であり、各R2及びR3がいずれもメチル基である、請求項5に記載のコーティング組成物。
【請求項7】
x/(x+y+z)が0.3〜0.8であり、y/(x+y+z)が0.1〜0.5であり、z/(x+y+z)が0.1〜0.3である、請求項5又は6に記載のコーティング組成物。
【請求項8】
前記無機又は有機の材料が、疎水性表面を有する材料である、請求項1〜7のいずれか1項に記載のコーティング組成物。
【請求項9】
前記無機又は有機材料が、含ケイ素ポリマー、ガラス、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタン、ナイロン、又はポリウレタン=ナイロン共重合体である、請求項1〜7のいずれか1項に記載のコーティング組成物。
【請求項10】
前記無機又は有機材料が、ポリジメチルシロキサンよりなる中空糸である、請求項1〜7のいずれか1項に記載のコーティング組成物。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載のコーティング組成物を無機又は有機材料の表面に塗布する工程を含む、表面修飾方法。
【請求項12】
請求項11に記載の方法によって表面修飾されてなる材料。
【請求項13】
請求項1〜10のいずれか1項に記載のコーティング組成物によるコーティング膜を表面に有する材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水性材料、特に生体物質と接触する環境等で用いられる医療用材料の表面を修飾するためのポリマーに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、疎水性ポリマーなどの医療用高分子材料等における表面を修飾する手法として、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)を用いて生体適合性を付与することが提案されている。ホスホリルコリン基は、生体膜構成成分であるリン脂質極性基であるため、タンパク質や血球といった生体成分との相互作用が極めて弱く、これらの生体成分の吸着や変性を抑制する性質を有する利点がある。例えば、特許文献1には、疎水性のアルキルメタクリレートとホスホリルコリン類似基含有単量体との共重合体、および、該共重合体を用いた医療用材料に適用可能な耐水性に優れたコーティング皮膜が記載されている。
【0003】
しかしながら、ポリジメチルシロキサンやポリウレタン、ナイロン等の生体用高分子材料の表面をMPC系ポリマーで修飾する場合でも、その処理方法が煩雑であったり、または長期にわたり安定した表面親水性を付与することは困難である等の点で未だ十分ではなかった。特に、材料表面へのポリマー修飾剤の吸着に、疎水性相互作用等の物理吸着を用いる場合には、操作が簡便である反面、コーティング膜が剥離し易いという問題があった。一方、材料表面へのポリマー修飾剤の吸着に化学結合形成等による化学吸着を用いる場合には、表面との結合が強固である反面、コーティング膜が均一にならない等の膜質の問題があった。
【0004】
【特許文献1】特開平9−3132号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、疎水性材料、特に生体物質と接触する環境等で用いられる医療用材料の表面を簡便な手法でかつ安定性の高い膜で修飾可能な新規表面修飾剤を開発することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、分子内に物理吸着のための疎水基と化学吸着のための反応基を併せ持つ表面修飾用ポリマーを用いることによって、疎水性材料の表面に安定なコーティング膜を形成し、優れたタンパク質吸着抑制能等を付与することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、一態様において、
(1)無機又は有機材料の表面修飾用ポリマーであって、i)側鎖にホスホリルコリン基を有するモノマーユニット、ii)側鎖に前記材料の表面と物理吸着するための疎水性基を有するモノマーユニット、及びiii)側鎖に前記表面修飾用ポリマー間を架橋するとともに前記材料の表面と化学吸着するための反応基を有するモノマーユニットを含む共重合体であることを特徴とする、該表面修飾用ポリマー;
(2)前記材料の表面と物理吸着するための疎水性基が、以下の式で示される構造を有する、上記(1)に記載の表面修飾用ポリマー
【化1】
(式中、R
1は、炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンを表し;各R
2は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキルを表す。);
(3)前記化学吸着が、シランカップリング反応を介する吸着である、上記(1)に記載の表面修飾用ポリマー。
(4)前記表面修飾用ポリマー間を架橋するとともに前記材料の表面と化学吸着するための反応基が、以下の式で示される構造を有する、上記(1)に記載の表面修飾用ポリマー
【化2】
(式中、R
1は、炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンを表し;各R
3は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖のアルキルを表す。);
(5)前記共重合体が、以下の式で示される構造を有する共重合体である、上記(1)に記載の表面修飾用ポリマー
【化3】
(式中、各R
1は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンを表し;各R
2は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキルを表し;各R
3は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖のアルキルを表し;x、y、及びzは、互いに独立して2以上の整数を表し:および、各モノマーユニットはランダムな順序で結合している。);
(6)各R
1がエチレン基又はプロピレン基であり、各R
2及びR
3がいずれもメチル基である、上記(5)に記載の表面修飾用ポリマー;
(7)x/(x+y+z)が0.3〜0.8であり、y/(x+y+z)が0.1〜0.5であり、z/(x+y+z)が0.1〜0.3である、上記(5)又は(6)に記載の表面修飾用ポリマー;
(8)前記無機又は有機の材料が、疎水性表面を有する材料である、上記(1)〜(7)のいずれか1に記載の表面修飾用ポリマー;
(9)前記無機又は有機材料が、含ケイ素ポリマー、ガラス、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタン、ナイロン、又はポリウレタン=ナイロン共重合体である、上記(1)〜(7)のいずれか1に記載の表面修飾用ポリマー;及び
(10)前記無機又は有機材料が、ポリジメチルシロキサンよりなる中空糸である、上記(1)〜(7)のいずれか1に記載の表面修飾用ポリマー
に関する。
【0008】
また、別の態様において、本発明は、
(11)上記(1)〜(10)のいずれか1に記載の表面修飾用ポリマーを無機又は有機材料の表面に塗布する工程を含む、表面修飾方法
に関し、さらに
(12)上記(11)に記載の方法によって表面修飾されてなる材料、及び
(13)上記(1)〜(10)のいずれか1に記載の表面修飾用ポリマーによるコーティング膜を表面に有する材料
にも関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、望ましくないタンパク質や血球等の非特異的な吸着を効果的に抑制でき、かつ表面からの剥離が少ない安定し表面修飾を有する医療用材料を提供することができる。これにより、例えば、血流等に接触する環境において用いられる疎水性ポリマー等の材料の表面への汚れの付着等を長期間・効率的に防止することができる。
【0010】
本発明の表面修飾用ポリマーは、分子内に物理吸着のための疎水基と化学吸着のための反応基を併せ持つことによって、協同的に材料表面への吸着の安定化及び均一化が得られるという効果を奏する。また、当該反応基は、材料表面との化学結合のみならず、表面修飾用ポリマー間で架橋することによって、膜形成の安定化及び均一化に寄与するという効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明の表面修飾用ポリマー及び比較例のポリマーで表面修飾した基板の静的接触角の測定結果を示すグラフである。
【
図2】
図2は、本発明の表面修飾用ポリマー及び比較例のポリマーで表面修飾した基板を蛍光染色した際の輝度の標準偏差を示すグラフである。
【
図3】
図3は、本発明の表面修飾用ポリマー及び比較例のポリマーで表面修飾した基板における膜厚の濃度依存性を示すグラフである。
【
図4】
図4は、本発明の表面修飾用ポリマー及び比較例のポリマーで表面修飾した基板をSDS洗浄又はエタノール洗浄した後の膜厚変化を示すグラフである。
【
図5】
図5は、本発明の表面修飾用ポリマー及び比較例のポリマーで表面修飾した基板のタンパク質吸着特性の濃度依存性を示すグラフである。
【
図6】
図6は、本発明の表面修飾用ポリマー及び比較例のポリマーで表面修飾した基板をSDS洗浄又はエタノール洗浄した後のタンパク質吸着特性の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0013】
1.共重合体
本発明の表面修飾用ポリマーは、i)側鎖にホスホリルコリン基を有するモノマーユニット、ii)側鎖に前記材料の表面と物理吸着するための疎水性基を有するモノマーユニット、及びiii)側鎖に前記表面修飾用ポリマー間を架橋するとともに前記材料の表面と化学吸着するための反応基を有するモノマーユニットを含む共重合体であって、いわゆるランダムポリマーである。しかしながら、これら以外のモノマーユニットを有することを除外するものではない。また、これらのモノマーユニットは、それぞれランダムに結合する態様が代表的であるが、何らかの規則性・周期性を有する態様も本発明の範囲に含まれるものであり、例えば、統計ポリマー、交互ポリマー、周期ポリマー、ブロックコポリマーであることができ、場合にはよっては、グラフトポリマーであることもできる。
【0014】
当該共重合体中の上記モノマーユニット(i)に含まれるホスホリルコリン基(PC基)は、生体膜の主成分であるリン脂質(ホスファチジルコリン)の極性基と同様の構造を有する極性基である。従って、ホスホリルコリン基を側鎖に含むことにより、当該共重合体に、親水性(ぬれ性)、具体的には、生体膜の表面が有する極めて良好な生体適合性、特に生体分子の非吸着性、および非活性化特性が付与され、タンパク質や血球等の各種分子に対する非特異的吸着を効果的に抑制することができるため、処理対象材料の表面に優れた防汚性を付与することができる。
【0015】
一方、当該共重合体中の上記モノマーユニット(ii)に含まれる疎水性基は、対象である疎水性ポリマー等の材料表面に対して疎水性相互作用によって物理吸着することができる。また、上記モノマーユニット(iii)に含まれる反応基は、前記材料表面のOH基とのシランカップリング反応等の化学反応により共有結合を形成することによって化学吸着することができる。共重合体中に、これらの物理吸着と化学吸着のための基を併せ持つことによって、表面修飾用ポリマーによる表面吸着の安定性を向上させることができる。さらに、上記モノマーユニット(iii)に含まれる反応基は、シランカップリング反応等により表面修飾用ポリマー間で架橋することができ、これらによって表面コーティング膜の安定性及び均一性の向上がもたらされる。
【0016】
上記共重合体における主鎖(骨格)を形成するモノマーユニットにおける骨格部位は、互いに重合反応してポリマーを形成することができるものであればよく、特に限定されるものではないが、具体的には、例えば、ビニル系モノマー残基、アセチレン系モノマー残基、エステル系モノマー残基、アミド系モノマー残基、エーテル系モノマー残基およびウレタン系モノマー残基等が好ましく、これらの中でも、ビニル系モノマー残基がより好ましい。ビニル系モノマー残基としては、限定はされないが、例えば、ビニル部分が付加重合している状態のメタクリルオキシ基、メタクリルアミド基、アクリルオキシ基、アクリルアミド基、スチリルオキシ基およびスチリルアミド基等が好ましく、これらの中でも、メタクリルオキシ基、メタクリルアミド基、アクリルオキシ基およびアクリルアミド基がより好ましく、さらに好ましくはメタクリルアミド基およびアクリルアミド基であり、特に好ましくはメタクリルアミド基である。そして、上記骨格部位は、各モノマーユニットについて同一であることもでき、それぞれ独立に異なることもできるが、いずれもメタクリルアミド基である態様が好ましい。
【0017】
従って、ホスホリルコリン基を有するモノマーユニット(i)の具体例としては、限定はされないが、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2−アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、N−(2−メタクリルアミド)エチルホスホリルコリン、4−メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6−メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、10−メタクリロイルオキシデシルシルホスホリルコリン、ω−メタクリロイルジオキシエチレンホスホリルコリンおよび4−スチリルオキシブチルホスホリルコリン等に由来する構造単位が好ましく挙げられる。これらの中でも、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンに由来する構造単位が特に好ましい。
【0018】
上記モノマーユニット(ii)は、上述の主鎖(骨格)構造の側鎖に疎水性基を有するものである。当該疎水性基は、表面修飾の対象となる材料の表面に対して疎水性相互作用によって物理吸着することができるものであれば、当該技術分野において公知の置換基を用いることができるが、好ましくは、アルキルシリル基又はアルキルシリルオキシシリル基である。より好ましくは、以下の構造を有する基である。
【化4】
【0019】
式中、R
1は、炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンを表し;各R
2は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキルを表す。
【0020】
上記モノマーユニット(iii)は、上述の主鎖(骨格)構造の側鎖に反応基を有するものであり、当該反応基は、前記表面修飾用ポリマー間を架橋するとともに前記材料の表面と化学吸着するためのものである。当該反応基は、好ましくは、OH基とのシランカップリング反応によって脱水縮合して−SiO−結合を形成し得るものであり、より好ましくは、アルキルオキシシリル基を含む以下の構造を有する基である。
【化5】
【0021】
式中、R
1は、炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンを表し;各R
3は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖のアルキルを表す。
【0022】
上記共重合体の具体例としては、これに限定されるものではないが、例えば、下記式(1)で示される構造を有するポリマーが好ましい例として挙げられる。
【化6】
【0023】
式(1)中、各R
1は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキレンであるが、好ましくは、炭素数2〜4の直鎖のアルキレンであり、さらに好ましくは、エチレン基又はプロピレン基である。各R
2は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキルであるが、メチルであることが好ましい。各R
3は、それぞれ独立に、同一でも異なってもよい炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖のアルキルであるが、メチルであることが好ましい。
【0024】
上記式(1)で示される構造を有する共重合体の好ましい態様として、モノマーユニット(i)のR
1がエチレン基であり、モノマーユニット(ii)及び(iii)のR
1がいずれもプロピレン基であり、各R
2及びR
3がいずれもメチル基であり、その場合、当該共重合体は、具体的には以下の式(2)を有する。
【化7】
【0025】
x、y、及びzは、互いに独立して、2以上の整数を表すが、それぞれ2000以下、好ましくは1000以下であることができる。ここで、各モノマーユニットの存在比に関して、x/(x+y+z)の値は0.3〜0.8が好ましく、より好ましくは0.6〜0.7である。また、y/(x+y+z)の値は0.1〜0.5が好ましく、重合体の適度な疎水性を確保する観点から、より好ましくは0.2〜0.3である。z/(x+y+z)の値は0.1〜0.3が好ましく、より好ましくは、0.2である。また、上述のように、各モノマーユニットはそれぞれランダムな順序で結合する態様が代表的であるが、何らかの規則性・周期性を有する態様も本発明の範囲に含まれるものであり、例えば、統計ポリマー、交互ポリマー、周期ポリマー、ブロックコポリマーであることができ、場合にはよっては、グラフトポリマーであることもできる。
【0026】
上記共重合体の重量平均分子量(Mw)は、特に限定はされないが、例えば、5,000〜1,000,000が好ましく、より好ましくは10,000〜300,000、さらに好ましくは10,000〜50,000である。
【0027】
上述のとおり、当該共重合体は、必要に応じ、モノマーユニット(i)〜(iii)以外の他のモノマー由来の構造単位を含むものであってもよく、これに限定はされないが、通常、他のモノマー由来の構造単位の割合は、ポリマーを構成する全構造単位に対して、30モル%以下であることが好ましく、より好ましくは10モル%以下である。
【0028】
なお、上記共重合体の合成については、モノマー化合物の調製およびそれらの重合を含め、当業者の技術水準に基づき、常法により行うことができる。そのような重合開始剤の具体例としては、フェニルメチルクロライド、フェニルメチルブロマイド、フェニルメチルヨーダイド等;1−フェニルエチルクロライド、1−フェニルエチルブロマイド、1−フェニルエチルヨーダイド等;1−フェニルイソプロピルクロライド、1−フェニルイソプロピルブロマイド、1−フェニルイソプロピルヨーダイド等;メチル−2−クロロプロピオネート、エチル−2−クロロプロピオネート、メチル−2−ブロモプロピオネート、エチル−2−ブロモプロピオネート、メチル−2−ヨードプロピオネート等;メチル−2−クロロイソブチレート、エチル−2−クロロイソブチレート、メチル−2−ブロモイソブチレート、エチル−2−ブロモイソブチレート、メチル−2−ヨードイソブチレート、エチル−2−ヨードイソブチレート等;α−クロロアセトフェノン、α−ブロモアセトフェノン、α−クロロアセトン、α−ブロモアセトン等;α−クロロイソプロピルフェニルケトン、α−ブロモイソプロピルフェニルケトン等;p−トルエンスルフォニルクロリド、p−トルエンスルフォニルブロミド等が挙げられる。
【0029】
2.表面修飾処理
本発明の表面修飾用ポリマーを含む表面処理剤を用いて、無機又は有機材料の表面を修飾することができる。その場合、表面処理剤には、上記表面修飾用ポリマー(共重合体)以外に、一般的に基材の表面修飾剤の成分として用いられる任意の他の成分を含むものであってもよく、限定はされない。
【0030】
溶媒としては、メタノールやエタノール等の極性溶媒が好ましいが、水とアルコール等との混合溶媒等を用いることもでき、その用途や材料等に応じて適宜変更することができる。
【0031】
当該表面処理剤は、通常、溶液状のものであることが好ましく、主要成分として含まれる本発明の表面修飾用ポリマーの濃度は、例えば、0.01〜1.5重量パーセントが好ましく、より好ましくは0.05〜1.25重量パーセント、さらに好ましくは0.1〜1.0重量パーセントである。
【0032】
本発明による表面修飾の対象となる材料としては、無機材料及び有機材料のいずれであっても良く、特に限定はされないが、例えば、含ケイ素ポリマー、ガラス、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタン、ナイロン、及びポリウレタン=ナイロン共重合体が挙げられ、更に、金属、合金、金属酸化物、セラミックスなどにも適用できる。かかる材料の形状は、特に限定はされず、例えば、フィルム状、板状、ビーズ状、繊維状及び中空管状の形状のほか、板状の基材に設けられた穴や溝なども挙げられる。また、用途としても、特に限定はされないが、例えば、各種医療用デバイス、人工臓器、バイオチップ、バイオセンサー、および細胞保存器具等が挙げられる。特に、生体物質と接触する環境等で用いるための高分子材料、例えば、ポリジメチルシロキサンよりなる中空糸が好適である。
【0033】
本発明の表面修飾用ポリマーを含む表面処理剤を用いて表面修飾を行う方法としては、対象基材である無機又は有機材料を当該表面処理剤に浸漬すること等により、表面修飾用ポリマーを基材の表面に塗布することが挙げられる。これ以外にも、当該技術分野において公知の手法により表面修飾を行うことができる。
【0034】
本発明の表面修飾用ポリマーによって表面修飾された材料は、当該表面修飾用ポリマーのコーティング膜を表面に有するため、表面が親水化され、タンパク質や血球等の非特異的吸着を抑制し、防汚染性に優れたものである。かかる材料は、ポリマー中に物理吸着と化学吸着のための基を併せ持つことによって、その協同的作用によって表面に吸着することにより、安定化した表面コーティングがなされたものであるため、表面修飾による防汚染性が長期にわたり保持され得るものである。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0036】
1.共重合体の合成
モノマーユニットとして、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、3−(メタクリロイルオキシ)プロピルトリス(トリメチルシリルオキシ)シラン(MPTSSi)、及び3−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン(MPTMSi)を用いた。これらは、市販のものを用いた。
【0037】
MPC:MPTSSi:MPTMSiが、モル比で60:30:10となる条件下において、重合開始剤として2,2'−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を用い、メタノール中に当該技術分野において慣用されているラジカル重合反応により、MPC−MPTSSi−MPTMSi共重合体(PMM−MSi)を合成した。反応終了後、過剰量のアセトン:エタノール=20:1の溶媒を注ぎ、得られたポリマーを精製し未反応のモノマーを除去した。その後、減圧乾燥を行った。収率は56%であった。得られたポリマーの化学構造をH
1−NMR(CD
3CD
2OD中)により同定し、分子量をゲル浸透クロマトグラフィー(JASCO社)により測定した。その結果、得られた共重合体は、モノマー組成比がMPC:MPTSSi:MPTMSi=54:27:19の共重合体であり、重量平均分子量は、5.2x10
5であった。得られた共重合体PMM−MSi(実施例1)の構造を以下に示す。
【化8】
【0038】
同様に、比較例として、MPC:MPTSSiがモル比で30:70の条件下、及びMPC:MPTMSiがモル比で90:10の条件下で、2成分の共重合体(それぞれ、PMMSi及びPMSi)を合成した。これらの結果を表1に示す。
【表1】
【0039】
2.接触角測定
PMM−MSiポリマーをメタノールに溶解し、1.0wt%のポリマー溶液を調製した。酵素プラズマ処理を行ったガラス基板に当該ポリマー溶液をディップコーティングした。その後、当該基板を減圧乾燥させた。比較例として、PMMSi及びPMSiポリマーについても同様にコーティングを行った。得られたガラス基板について、Wilhelmy平板法により動的接触角を測定した。得られた結果(表2)から、PMM−MSi及びPMMSiでコーティングした基板では大きなヒステリシスとなり、これらポリマーによる表面親水化には水中浸漬が必要であることが分かった。
【表2】
【0040】
上記動的接触角に用いものと同様の基板について、液滴法により静的接触角を測定した。ポリマー修飾した基板を水中に浸漬させ、それぞれ3分、1時間、24時間、1週間後の接触角を測定した。得られた結果を
図1に示す。これにより、PMM−MSiポリマーで修飾したガラス基板では、1時間の水中浸漬によって、親水性のホスホリルコリン基の配向が基板側から溶液側に変化し、ポリマーコーティング膜表面が十分に親水化させることが分かった。
【0041】
3.ポリマー膜の均一性評価
リン脂質に類似する構造を有するホスホリルコリン基を蛍光染色する色素であるローダンミン6Gを用いて、ポリマーコーティング膜の均一性の評価を行った。上記と同様にディップコーティングにより表面修飾したガラス基板及びPET基板(ポリマー濃度:0.1wt%)を大気中又は真空中(減圧下)で乾燥させたもの、及び比較としてスピンコート(3000rpm)により表面修飾したものを調製した。これらを水中に1時間浸漬させた後、ローダンミン6G溶液(20ppm)に5回浸漬し、純水で約20秒間洗浄した。その後、当該ガラス基板を蛍光顕微鏡で観察し(露光時間:1/25秒)、画像解析ソフトウェア(VH analyzer)により輝度の標準偏差を求めた。
【0042】
得られた結果を
図2に示す。
図2より、PMM−MSiポリマーで修飾した基板では、真空中(減圧下)で乾燥させ場合に、標準偏差が小さく、すなわち均一な膜が形成されることが分かった。一方、PMSiで表面修飾した基板は、いずれの乾燥方法でも標準偏差が大きくなり、成膜性が悪くコーティングがなされていない部分が存在する不均一な状態であることが分かった。
【0043】
4.ポリマー膜厚の評価
表面修飾の際のポリマーコーティング膜厚におけるポリマー溶液濃度の依存性及び洗浄操作に対する安定性を評価した。
【0044】
まず、上述のとおりに合成したPMM−MSiポリマー(MPC:MPTSSi:MPTMSi=55.7:18.8:25.5)、比較例としてPMMSi(MPC:MPTSSi=25:75)及びPMSi(MPC:MPTMSi=75:25)のそれぞれ0.1wt%及び0.01wt%のメタノール溶液を調製し、シリコンウェハー基板を修飾した。当該シリコンウェハー基板は、酵素プラズマ処理(100cc、300W、5分間)を行ったものを用いた。当該基板は、PMMSi溶液に10分間、PMM−MSi及びPMSi溶液には2時間浸漬させ、真空乾燥後、水中浸漬を1時間行ったものを用いた。これらの処理後の基板を分光エリプソメトリーにより膜厚測定を行った。結果を
図3に示す。
【0045】
図3より、PMM−MSi溶液で表面修飾を行った基板は、コーティング溶液の濃度に従って膜厚が大きく変化し、当該溶液濃度によって膜厚を制御可能であることが分かった。
【0046】
次に、同様に上記3種類のポリマー溶液で表面修飾した基板について、界面活性剤及びエタノールでの洗浄操作を行った後の膜厚を測定し、剥離し易さの比較を行った。コーティング溶液は、いずれもメタノール0.1wt%の濃度のものを用いた。シリコンウェーハー基板は上記と同様の
酵素プラズマ処理を行い、PMMSi溶液に30分間、PMM−MSi及びPMSi溶液には2時間浸漬させ、その後、溶液から基板を取り出し真空乾燥を行った。表面修飾した基板について、そのコーティング直後、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)洗浄後、エタノール洗浄後の各条件において分光エリプソメトリーにより膜厚測定を行った。SDS洗浄条件は、表面修飾した基板を1wt%SDS溶液に浸漬して10分間超音波処理し、純水でリンスを行い、デシケーターで乾燥後に膜厚を測定した。また、エタノール洗浄条件は、表面修飾した基板をエタノールに浸漬して10分間超音波処理し、デシケーターで乾燥後に膜厚を測定した。このSDS洗浄及びエタノール洗浄の工程を2サイクル行った。膜厚測定の結果を
図4に示す。
【0047】
図4より、PMM−MSiポリマーの場合には、初期膜厚から一度目の洗浄において膜厚が大きく減少した。しかし、その後の洗浄においては膜厚の大きな変化は認められなかった。これはPMM−MSiが物理吸着と化学吸着の両方の特性を有していることに起因して、化学結合により膜が形成されているため、膜が安定に存在することが示唆される。一度目の洗浄においては、化学結合せずに物理吸着のみにより膜を形成しているポリマーが剥離したものと考えられる。その後、膜厚が大きく変化しなかったのは化学吸着により膜が安定に形成しているものと考えられる。また、後述のPMSiのように徐々に膜厚が減少するという傾向が見られなかったのは、PMM−MSiの物理吸着成分であるMPTSSi成分の比率が18.8/100とPMMSiの75/100と比べ小さため、一度の洗浄で物理吸着したものがほとんど剥離したためと考えられる。
【0048】
一方、PMMSiでは、初期膜厚から洗浄の過程を経るごとに膜厚の減少が確認された。これはPMMSiが物理吸着により膜が形成されているため、超音波洗浄による負荷を与えることで膜が剥離したものと考えられる。また、PMSiでは、初期膜厚から一度目の洗浄において膜厚が減少し、その後の洗浄においては膜厚の大きな変化は認められなかった。これはPMSiが化学結合により吸着するためだと考えられる。最初の洗浄においては未反応のポリマー鎖が剥離し、膜厚が減少したものと考えられる。また、PMSiは同じ基板上でポリマーが存在する場所としない場所が存在した。これはPMSiに基板表面へ吸着するための大きな駆動力がないため、成膜性が悪いためだと考えられる。
【0049】
最終的な膜の剥離率はPMMSiで約60%、PMSiで約32%、PMM−MSiで約31%であった。本発明のPMM−MSiが高い膜安定性を有することが示された。
【0050】
5.タンパク質吸着性の評価
ポリジメチルシロキサン(PDMS)中空糸をポリマーで表面修飾を行い、タンパク質の吸着試験を行った。中空糸は、酵素プラズマ処理(100cc、85W、30秒間)を行ったものを用いた。表面修飾ポリマーは、上記膜厚測定試験と同じものを用いた。当該ポリマーを含むメタノール0.1wt%又は0.01wt%のコーティング溶液を調製し、中空糸をPMMSi溶液に30分間、PMM−MSi及びPMSi溶液には2時間浸漬させ、その後、溶液から取り出し真空乾燥を行った。その後、当該中空糸を4.5mg/mlのPBS溶液(BSA−FITC:BSA=1:9)に浸漬し、37℃で1時間インキュベートし、蛍光顕微鏡により蛍光タンパク質の吸着を観測した(露光時間:1/3.5秒)。また、比較対照(control)として、ポリマーコーティングしていない中空糸を用いた。
【0051】
まず、用いるコーティング溶液濃度の違いによるタンパク質吸着特性を評価するため、0.1wt%又は0.01wt%のコーティング溶液を用いて表面修飾した中空糸を大気中で1日及び1週間保存した後、吸着試験を行った結果を
図5に示す(中空糸は、タンパク質の吸着前に水中に1時間浸漬したうえ用いている)。
図5より、0.01wt%では、時間の経緯によってタンパク質の吸着量の増加が見られたが、0.1wt%のPMM−MSiでは1週間後においてもタンパク質吸着抑制能が持続することが分かった。
【0052】
次に、PMM−MSi及びPMMSiで表面修飾した中空糸について、そのコーティング直後、SDS洗浄後、エタノール洗浄後の各条件においてタンパク質吸着特性の評価を行った。SDS洗浄条件は、表面修飾した基板を1wt%SDS溶液に浸漬して10分間超音波処理し、純水でリンスを行い、デシケーターで乾燥後に、4.5mg/mlのPBS溶液に浸漬させ、蛍光顕微鏡により蛍光タンパク質の吸着を観測した。また、エタノール洗浄条件は、表面修飾した基板をエタノールに浸漬して10分間超音波処理し、デシケーターで乾燥後に、上記と同様にPBS溶液に浸漬させ観測を行った。得られた結果を
図6に示す。
【0053】
図6より、PMM−MSiポリマーの場合には、SDS洗浄及びエタノール洗浄を経てもタンパク質の吸着挙動に大きな変化は認められなかった。これは、PMM−MSiが物理吸着と化学吸着の両方の特性を有していることに起因して、化学結合により膜が形成されているため、膜が安定に存在し、かつタンパク質吸着抑制能が維持されていることが示唆される。一方、PMMSiでは、洗浄工程を経るたびにタンパク質吸着量の増大が観測された。これは、これら洗浄工程による負荷によって膜の一部が剥離したためであると考えられる。従って、タンパク質吸着特性の結果からも、本発明のPMM−MSiが高い膜安定性を有することが実証された。