【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成25年7月25日にウェブサイトで公開された「小俣弘樹、山辺純一郎、松永久生、福島良博、松岡三郎,“軸受鋼SUJ2の転がり疲労強度に及ぼす微小欠陥の寸法と深さの影響”,日本機械学会論文集(A編),日本機械学会,79巻,803号,pp.961−975」にて発表。(ウェブサイトアドレス:https://www.jstage.jst.go.jp/article/kikaia/79/803/79_961/_pdf)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
転がり軸受のはく離は、破壊起点の違いから一般的に内部起点型はく離と表面起点型はく離に分類され、潤滑状態が良好な場合は内部起点型、油膜形成が不十分な場合や異物混入潤滑下では表面起点型のはく離を生じることが知られている。内部起点型のはく離は、通常、軸受材料中に含まれる非金属介在物を起点としてき裂が発生、進展して生じる。一方、表面起点型はく離は、軸受内部に侵入した異物を噛み込んで、軌道面に形成された圧痕を起点とする場合や、油膜形成が不十分な場合に転動体と軌道輪が局所的に金属接触を起こして発生したピーリングと呼ばれる微小き裂を起点とする場合がある。近年、潤滑やフィルタリング技術の向上などにより、転がり軸受は油膜が十分に形成されたクリーンな環境で使用される場合が多く、市場では、材料内部の介在物を起点としたはく離が発生するケースのほうが増えてきている。
【0003】
転がり軸受においては、はく離が発生するまでの寿命を計算する方法として、基本定格寿命L
10がJISB1518:1992で規定されており、通常は次式のような計算式が用いられている。
L
10=(C/P)
p・・・(1)
ここで、Cは転がり軸受の基本動定格荷重、Pは軸受に作用する動等価荷重である。また、pは荷重指数を表し、玉軸受の場合p=3、ころ軸受の場合p=10/3に設定される。この基本定格寿命L
10は、信頼度が90%で、普通使用する材料を用いて、通常の製造品質で、且つ普通の使用条件におけるものである。しかしながら、式(1)では、材料清浄度や潤滑状態の影響を寿命に反映させることはできない。
【0004】
一方、破損確率がn%のときの信頼度(100−n)%及び特殊な軸受特性並びに特定の使用条件に対する補正定格寿命L
naは、次式のようになる。
L
na=a1・a2・a3・L
10・・・(2)
ここで、a1は信頼度係数であって、信頼度を高める程低い値となる。また、a2は軸受特性係数であって、材料改良による疲れ寿命の延長を補正する係数である。a2は、通常1.0とするが、清浄度が高い材料を使用すると1.0以上となる。また、a3は使用条件係数である。ここで、潤滑が正常であること、すなわち転動体と軌道輪との接触状態における潤滑油膜厚さが接触表面の合成粗さに等しいか、又はわずかに大きいことを前提として、前記基本定格荷重Cを計算している。この必要条件が満たされている場合は、使用条件によって材料の特性が変化して、この係数が小さくならない限り、a3=1となる。そして、潤滑条件が良好でない場合は、a3<1とするが、その値を規定するものでない。具体的には、十分な油膜厚さが期待できる場合にa3≧1となるが、油接触部における潤滑油の粘度が低すぎる場合、転動体の周速が非常に遅い場合、軸受温度が高い場合及び潤滑剤の中に異物、水分が混入した場合にはa3<1となる。
【0005】
しかしながら、式(2)のa2、a3を選定するための定量的な指標は無く、設計者の経験や感覚に基づいて選定しなければならないため、寿命予測式としては十分ではなかった。このような問題を解決するものとして、特許文献1では、潤滑剤の性状を測定して、潤滑条件を定量化して軸受の寿命を予測する方法が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1では、材料清浄度の影響を考慮した寿命計算式とはなっていない。また、特許文献1では、介在物起因のはく離を起こさない疲労限界荷重として、接触面圧1500MPaとなる時の荷重を材料清浄度の異なるすべての材料に適用しているが、介在物寸法が大きいほど応力拡大係数は大きくなるため、疲労限界荷重は材料中に含まれる介在物の大きさによって異なると考えられる。
【0008】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、介在物の大きさを考慮した限界使用応力推定方法および疲れ寿命予測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは誠意研究を行い、極値統計や超音波探傷等を用いて、転がり軸受の軌道輪等の接触部材内部に存在する欠陥寸法を推定し、その欠陥を起点としてフレーキング(はく離)やピッチングが生じないための限界応力を推定する方法及びフレーキングやピッチングが生じるまでの寿命を予測する方法を見出した。
【0010】
即ち、本発明の上記目的は、下記の構成により達成される
。
荷重を受けた状態で繰り返し接触する、転がり支持装置や動力伝達装置用構成部品の疲れ寿命予測方法であって、
該構成部品の材料物性によって決定する値をB、q、作用するせん断応力をτ、該構成部品の介在物の欠陥寸法を√areaとする場合において、
該構成部品の疲れ寿命Lは、L=B(τ/(√area)
−1/6)
qによって与えられることを特徴とする疲れ寿命予測方法
。
【発明の効果】
【0012】
本発明の疲れ寿命予測方法によれば、構成部品の疲れ寿命Lは、L=B(τ/(√area)
−1/6)
qによって与えられるので、介在物の大きさを考慮した疲れ寿命を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る限界使用応力推定方法および転がり軸受の寿命予測方法について詳細に説明する。
【0015】
転がり軸受の転動体と軌道輪のような2物体が荷重を受けた状態で接触を繰り返すと、製鋼段階で転動体または軌道輪材料中に含まれる非金属介在物周辺に応力集中が発生し、その介在物を起点としてき裂が発生、進展してはく離にいたる。介在物を起点としたはく離は、潤滑油の清浄度が高く、油膜形成が十分な場合に生じ、せん断型のき裂進展による疲労破壊現象である。したがって、介在物の影響を定量化し、使用限界荷重および軸受の寿命予測を行なうためには、介在物を微小き裂として扱い、破壊力学を適用することが有効である。
【0016】
発明者らは、せん断型疲労き裂の下限界応力拡大係数幅ΔK
IIth(き裂の進展し易さを示す材料物性値)は、き裂の寸法依存性があることを明らかにした。すなわち、き裂寸法が小さいほど下限界応力拡大係数幅ΔK
IIthは小さくなり、
ΔK
IIth=Ca
1/3・・・(3)
の関係があることを明確にした。ここで、Cは比例定数、aはき裂の半長である。
【0017】
一方、軌道輪内部に存在するき裂(介在物)近傍に、転動体と軌道輪が繰返し接触することによって転がり方向に平行なせん断応力τ
0が作用する場合の応力拡大係数幅ΔK
IIは、
【0019】
で表せる。ここで、Fは形状係数、Δτ はせん断応力範囲(Δτ=2τ
0)である。
【0020】
ΔK
IIth>ΔK
IIの場合、き裂は進展せず、ΔK
IIth<ΔK
IIの場合、き裂は進展する。すなわち、き裂が進展し、はく離が発生する限界は、ΔK
IIth=ΔK
IIの場合である。したがって、き裂が発生する限界のせん断応力範囲Δτ
thは、式(3)、(4)より、
【0022】
となり、転がり疲労を引き起こすせん断応力範囲の限界値は、Δτ
th∝a
−1/6の関係となる。ここで、き裂や介在物等の欠陥寸法の代表値として欠陥面積の平方根√areaを用いる。転がり軸受の場合、√areaは、材料内部の介在物等の欠陥を軌道面に投影した面積である。転がり疲労の起点となる介在物の種類は酸化物系であると言われている。通常、酸化物系介在物のアスペクト比は1に近く、円形であるため√area=√(πa
2)(√area∝a)の関係から、Δτ
th∝(√area)
−1/6の関係もなりたつ。ここで、使用限界応力をτ
wとすると、Δτ
thは、2τ
wであるので、
τ
w=A(√area)
−1/6・・・(6)
の関係が得られる。Aは、転動体や軌道輪の硬さ等の材料物性によって決まる値であり、通常の高炭素クロム軸受鋼を焼入れ焼戻しした材料の転がり方向に平行なせん断疲労限度を求めるのであれば、Aは、1000〜1300の値となる。ただし、τ
wの単位はMPa、√areaの単位はμmである。
【0023】
式(6)より、使用する部材の応力が発生する位置に含まれる最大の介在物寸法がわかれば、その部材の使用限界面圧を求めることが可能である。また、通常、転がり疲れ寿命と応力は、L∝τ
qの関係で示され、Lundberg・Palmgrenの理論に従うと、玉軸受の場合q=−9、ころ軸受の場合q=−20/3となるが、それ以外のqとなる実験結果も近年報告されている。本発明では、欠陥寸法を考慮した寿命は、L∝(τ/(√area)
−1/6)
qで精度良く整理できることを明らかにした。したがって、転がり疲れ寿命Lは以下の式で予測できる。
L=B(τ/(√area)
−1/6)
q・・・(7)
式(7)より、介在物寸法と作用応力から疲れ寿命を予測することも可能である。なお、Bも、転動体や軌道輪の硬さ等の材料物性によって決まる値である。
【0024】
介在物寸法の特定は、超音波探傷により測定する方法や極値統計法により予測する方法を用いることで達成できる。以下に、ここでは極値統計により介在物寸法を予測する方法を示す。介在物の極値統計は、供試材の観察視野数をn、j番目の1視野(面積S
0)において観察された最大介在物寸法を√area
max,jとした時、√area
max,1・・√area
max,j・・√area
max,nのデータからある面積S中に含まれる最大介在物寸法√area
maxを予測する方法である。極値統計法の具体的な1方法を以下に示す。
【0025】
(i) 使用限界応力や寿命を推定する部材に用いる材料を切り出し、検査基準面積S
0=100mm
2、10mm×10mmの鏡面を作る。ただし、検査面は、ラジアル軸受の場合には圧延方向に平行な面、スラスト軸受の場合には圧延方向に垂直な面とするのが好ましいが、安全側の評価となる圧延方向に平行な面を用いることで統一しても構わない。
(ii) 検査基準面積S
0の中で酸化物系の介在物について最大の面積をしめる介在物を選び、介在物面積の平方根√area
max(μm)を測定する。√area
max=√(長径×短径)とする。
(iii) (i)、(ii)をn=30個繰返し、30個の√area
maxを小さいものから順に並べ、√area
max,j(j=1〜30)とする。
(iv) 基準化変数yi=−ln[−ln{j/(n+1)}]を計算し、横軸に√area
max、縦軸にyiのグラフを作成する。
(v) √area
max=α・y+βのα、βの値を最小二乗法により求める。
(vi) 軸受1個の応力体積Sは、P/C=1.0の荷重が作用した場合の、転がり方向に平行なせん断応力τ
thが最大となる深さd、接触だ円長径2a、内輪軌道面の最大径D
max、内輪軌道面の最小径D
minとした場合S=2d・2a・π(D
max+D
min)/2/0.01とする。SとS
0から、再帰期間Tおよび基準化変数yを以下の式より求める。
再帰期間T=(S+S
0)/S
0
基準化変数y=−ln[−ln{(T−1)/T}]
(vii) (vi)で求めたyを(v)で求めた式に代入し、√area
maxを求める。
【0026】
上記のように求めた介在物寸法が軸受の応力が作用する部分に含まれる最大介在物寸法であると予想され、この介在物からき裂が発生し、はく離が生じる限界応力や寿命を式(6)と式(7)から求めることが出来る。
【0027】
従って、本実施形態によれば、介在物の大きさを考慮した使用限界応力および疲れ寿命を予測することができる。
【実施例】
【0028】
本発明の効果を確認するため、要素的な平板を試験片としたスラスト寿命試験と実際の軸受を用いた深溝玉軸受、呼び番号:6206(動定格荷重:19.5kN、静定格荷重:11.3kN)の寿命試験を行なった。
【0029】
i)要素型スラスト寿命試験
要素型のスラスト寿命試験は、介在物を模擬した人工欠陥付き平板を試験片として行った。供試材は、直径65mmの高炭素クロム軸受鋼SUJ2の丸棒である。直径60mm、幅6mmの円盤状の最終形状に対し、取り代が0.5mmとなる機械加工をした後、840℃で60min保持した後、油焼き入れし、170℃で120minの焼戻しを実施した。研磨加工により寸法を整え、試験面にエメリー研磨とバフ研磨を実施した。その後、試験面の軌道中央部に、直径100μm・深さ25μm、直径100μm・深さ75μm、直径100μm・深さ125μm、直径100μm・深さ175μm、直径50μm・深さ75μmの5種類のドリル穴(深さはドリル穴エッジまでの深さ)を形成した。試験条件は、以下の通りである。
【0030】
(寿命試験条件)
面圧:P
max=2.5−3.6GPa
回転数:1500min
−1
潤滑油:ISO−VG68
打ち切りサイクル数:2.0×10
8cycle
【0031】
ii)深溝玉軸受6206寿命試験
深溝玉軸受6206寿命試験は、材料清浄度の異なる種々の材料で製作した軌道輪を供試体として用いた。試験に用いた軌道輪材料は、高炭素クロム鋼(SUJ2)であり、ずぶ焼入れ(830〜860℃×1hr、RXガス、油焼入れ)の後、焼き戻し(160℃〜220℃×2hr)を行った後、研磨加工を実施した。研磨完了後の内外輪軌道面の超音波探傷(水浸式、焦点型探傷子、30MHz)を実施し、介在物の大きさ、位置を特定した後、3/8inch鋼球、プラスチック製保持器と組み合わせて、寿命試験をおこなった。試験条件は、以下の通りである。
【0032】
(寿命試験条件)
面圧:P
max=2.5−3.9GPa
回転数:3900min
−1
潤滑油:ISO−VG68
打ち切りサイクル数:2.0×10
8cycle
【0033】
表1は、上記2つの寿命試験結果を示す。τは平板試験片の場合はドリル深さ位置、深溝玉軸受6206の場合は介在物検出深さの転がり方向に平行なせん断応力である。
図1は、表1の寿命試験結果を、せん断応力と繰り返し数でまとめた結果を示す。介在物寸法によって寿命が異なるため、寿命データはばらついている。
図2は、τ/(√area)
−1/6と繰返し数の関係を示す。
図1では、介在物の大きさによって寿命や疲労強度はばらついていたが、
図2では、寿命や疲労強度はほぼ同一曲線状となり、τ/(√area)
−1/6で疲労強度や寿命を整理すると欠陥の影響を体系的に示せることがわかる。
【0034】
【表1】
【0035】
図1より、穴径100μmのドリル穴材のせん断疲労限度はτ
w≒550MPa、穴径50μmのドリル穴材のせん断疲労限度はτ
w≒ 600MPa、介在物寸法60−80μmの材料のせん断疲労限度はτ
w≒570MPa、介在物寸法30−50μmの材料のせん断疲労限度はτ
w≒640MPaであることがわかる。従来技術によると疲労限度となる面圧は1500MPaと言われており、せん断応力に換算すると322〜375MPaとなるが、
図1の結果とかけ離れていることがわかる。しかし、本発明の式(6)に、本試験に用いた標準的な軸受鋼の焼入れ焼戻し材の場合の材料係数A=1100を用いると、穴径100μmのドリル穴材のせん断疲労限度はτ
w≒520MPa、穴径50μmのドリル穴材のせん断疲労限度はτ
w≒584MPa、介在物寸法60−80μmの材料のせん断疲労限度はτ
w≒543MPa、介在物寸法30−50μmの材料のせん断疲労限度はτ
w≒590MPaとなり、誤差10%以内で、転がり疲労のせん断疲労限度が予測できていることがわかる。
【0036】
表1は、従来の式(1)を用いて寿命計算を行なった結果と本発明の式(7)を用いて寿命計算を行なった結果をさらに示す。尚、本試験に用いた標準的な軸受鋼の焼入れ焼戻し材の場合、式(7)の材料係数B、qはB=8.98×10
22、q=−4.88となる。また、表1には、実寿命と計算寿命の比を示しており、式(1)を用いて寿命計算を行なった場合には、実寿命と計算寿命の乖離が10倍以上になるケースもあるが、式(7)を用いて寿命計算を行なった場合には、実寿命と計算寿命の乖離は2倍以内であることがわかる。
【0037】
尚、本発明は、前述した実施形態及び実施例に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
例えば、本発明の寿命予測対象としての転がり軸受は、玉軸受や円筒ころ軸受、円錐ころ軸受、ニードル軸受、スラスト軸受など任意のものに適用可能である。また、本実施例では、転がり軸受に本発明を適用した例を示したが、他の転がり支持装置や歯車、無段変速機等の動力伝達装置など、回転により繰り返し荷重を受けて接触する構成部品に適用しても同様の効果が得られる。