(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6408722
(24)【登録日】2018年9月28日
(45)【発行日】2018年10月17日
(54)【発明の名称】内燃エンジン用ピストンの環状クーリングチャンネルの表面を被覆する方法および当該方法によって製造可能なピストン
(51)【国際特許分類】
C23C 24/08 20060101AFI20181004BHJP
F02F 3/22 20060101ALI20181004BHJP
F02F 3/10 20060101ALI20181004BHJP
【FI】
C23C24/08 C
F02F3/22 A
F02F3/10 B
【請求項の数】12
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-560696(P2017-560696)
(86)(22)【出願日】2016年6月10日
(65)【公表番号】特表2018-514701(P2018-514701A)
(43)【公表日】2018年6月7日
(86)【国際出願番号】EP2016063324
(87)【国際公開番号】WO2016198618
(87)【国際公開日】20161215
【審査請求日】2017年11月21日
(31)【優先権主張番号】102015007334.6
(32)【優先日】2015年6月12日
(33)【優先権主張国】DE
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】506292974
【氏名又は名称】マーレ インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
【氏名又は名称原語表記】MAHLE International GmbH
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ビショフベルガー ユルリヒ
(72)【発明者】
【氏名】ケルナー シュテファン
【審査官】
國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】
特表2010−532722(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/007236(WO,A1)
【文献】
国際公開第2014/144619(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00−30/00
F02F 3/00− 3/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃エンジン用のピストン(10)の、オイル供給ボアおよびオイル排出ボア(23’,23”)を有する環状クーリングチャンネル(23)の表面(24)を、六方晶窒化ホウ素を含む被覆媒体を使用して被覆する方法であって、
上記クーリングチャンネル(23)内に、少なくとも1つの熱硬化性の無機バインダと少なくとも1つの溶媒とをベースとした溶液を含む六方晶窒化ホウ素の懸濁液の形態における所定量の被覆媒体を導入するステップa)と、
少なくとも2つの空間軸に関して上記ピストン(10)を動かすことにより、上記クーリングチャンネル(23)の上記表面(24)にわたって上記被覆媒体を広げるステップb)と、
層状気流を用いて、上記クーリングチャンネル(23)の上記表面(24)に広がった上記被覆媒体を乾燥させるステップc)と、
上記被覆媒体を熱硬化させて、上記クーリングチャンネル(23)の上記表面(24)に付着した被覆(25)を完成させるステップd)とを含む
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1において、
上記ステップa)よりも前に、上記クーリングチャンネル(23)の上記表面(24)の大きさを求める
ことを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1において、
上記ステップa)よりも前に、上記クーリングチャンネル(23)の上記表面(24)を洗浄物質で洗浄する
ことを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項3において、
上記洗浄物質を、メタノール、エタノール、アセトン、1−プロパノール、および2−プロパノールを含む群から選択する
ことを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1において、
上記ステップa)において、上記バインダとして少なくとも1つのポリシロキサンを使用する
ことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項5において、
上記溶媒としてエタノールを使用する
ことを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1において、
追加のバインダとして、ケイ酸ナトリウムおよび/またはケイ酸カリウムを使用する
ことを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1において、
上記ステップa)において、190cm2あたりの上記クーリングチャンネル(23)の表面(24)を被覆するために、7ml量の上記被覆媒体を使用する
ことを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1において、
上記ステップb)において、上記ピストン(10)を二軸ミキサ装置によって動かす
ことを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1において、
上記ステップc)において、1〜2m/sの速度を有する層状気流を用いる
ことを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1において、
上記ステップc)において、上記乾燥を室温で行う
ことを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1において、
上記ステップd)において、上記熱硬化を180〜220℃の温度で行う
ことを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オイル供給ボアおよびオイル排出ボアを有する、内燃エンジン用ピストンの環状クーリングチャンネルの表面を被覆する方法であって、六方晶窒化ホウ素を含む被覆媒体を使用する方法に関する。本発明は、また、そのような方法によって製造可能なピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
このような方法によって被覆されたピストンが知られている。クーリングチャンネルピストンは、高いエンジン出力を有する現代の内燃エンジンにおいて好んで使用される。なぜなら、クーリングチャンネルピストンは、単にインピンジメント噴射によって冷却されるピストンに比べて、エンジン動作中により多くの熱を除去することができ、よって最高動作温度が著しく低減され得るためである。
【0003】
しかしながら、このコンセプトは、最近のより高いエンジン出力を有するエンジン設計において問題となることが判明している。短時間のエンジン動作の後でさえ、ピストンの高温領域、特にクーリングチャンネルにおいて強固に付着する炭素成分の付着物が発生する。この種の付着物は、また、断熱性を有しており、それにより熱放散が妨げられる。結果として、ピストン温度がエンジン動作中に不相応に上昇する。鋼製ピストンの場合、これにより多くのスケールが形成される。極端な例では、これらのピストンが熱くなりすぎて、鋼材料の不可逆的な劣化が生じる。エンジンが作動し続けると、これら鋼材料中のひび割れにつながり、したがってピストンの機能が完全に失われる。
【0004】
特許文献1には、フルオロシランベースの耐付着性被覆が開示されている。
【0005】
特許文献2には、装置および製造業のための保護被覆が開示されている。この保護被覆は、ポリマーベースのマトリクス、特にポリシロキサンを有しており、当該マトリクス中には粒子、特に六方晶窒化ホウ素の粒子が埋設されている。この種の被覆は、特に優れた非湿潤性を有していて、灰や焼塊などの断熱性固体の付着を阻止する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】欧州特許出願公開第2096290号明細書
【特許文献2】独国特許出願公開第102008020906号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
公知の被覆については、適用するのが非常に困難で、不均一な層厚みを有する被覆を作ってしまい、よってクーリングチャンネルの放熱フローを妨げる少なくとも局所的な断熱効果を生じさせることがわかっている。特に、クーリングチャンネルの表面全体を満足のいくように被覆することができない。
【0008】
本発明の課題は、一般的な方法をさらに改良して、クーリングチャンネルの表面全体にわたって均一に薄い被覆を得ることを可能にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
解決手段は、次のステップ、すなわち、クーリングチャンネル内に、少なくとも1つの熱硬化性の無機バインダと少なくとも1つの溶媒とをベースにした溶液を含む六方晶窒化ホウ素の懸濁液の形態における所定量の被覆媒体を導入するステップa)と、少なくとも2つの空間軸に関してピストンを動かすことにより、クーリングチャンネルの表面にわたって被覆媒体を広げるステップb)と、層状気流を用いてクーリングチャンネルの表面にわたって広がった被覆媒体を乾燥させるステップc)と、被覆媒体を熱硬化させてクーリングチャンネルの表面に付着した被覆を完成させるステップd)とを含む方法に見出される。
【0010】
本発明に係る方法は、クーリングチャンネルの表面全体に六方晶窒化ホウ素を含む被覆が設けられたピストンを製造することが可能であり、当該被覆がクーリングチャンネルの表面全体にわたって均一な厚み、好ましくは10〜100μmの厚みを有することによって特徴付けられる。この結果として、クーリングチャンネルにおける放熱経路がわずかにしか、あるいは全く妨げられない。
【0011】
有利な態様は、従属請求項に見出すことができる。
【0012】
好適には、ステップa)よりも前に、被覆媒体を最適に添加できるようにするために、クーリングチャンネルの表面の大きさが求められる。クーリングチャンネルが190cm
2の表面積を有する場合、最適な添加は7ml、すなわち1cm
2あたり約36.84μlである。
【0013】
好ましくは、ステップa)よりも前に、表面に対する被覆の付着性を改善するために、クーリングチャンネルの表面が洗浄物質で洗浄される。適当な洗浄物質は、例えばメタノール、エタノール、アセトン、1−プロパノール、および2−プロパノール、ならびにその他の短鎖アルコールである。
【0014】
ステップa)で使用される被覆媒体は、好ましいバインダとして、少なくとも1つのポリシロキサンを含んでおり、当該ポリシロキサンは、好ましくはエタノールに溶けている。
【0015】
追加のバインダとして、ケイ酸ナトリウムおよび/またはケイ酸カリウムを使用してもよく、それによりゾルゲル法を用いることが可能となる。
【0016】
ステップb)において、ピストンは、例えば二軸ミキサ装置によって動かされてもよい。二軸ミキサ装置は、それ自体公知であって、塗料や顔料を混合するのに広く用いられる。
【0017】
好ましくは、ステップc)において、速すぎる気流によってクーリングチャンネルの表面にわたって被覆媒体が不均一に分散するのを回避するために、1〜2m/sの速度を有する層状気流が用いられる。被覆媒体の冷却は、室温で行われるのが好ましい。
【0018】
ステップd)において、熱硬化は、例えば180〜220℃の温度で実行される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、本発明に係るピストンの例示的な実施形態を示す断面図である。
【
図2】
図2は、
図1のピストンの本体の写真図であって、本発明に係る方法を用いて適用された被覆を有する。
【
図3】
図3は、ピストンの本体の別の写真図であって、不良な被覆を有する。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の例示的な実施形態について、添付の図面を参照してより詳細に説明する。図面は、概略的なものであって縮尺が正確ではない。
【0021】
ピストン10は、ピストンクラウン12を有するピストンヘッド11と、燃焼くぼみ13と、外周ファイアランド14と、ピストンリング(図示せず)を収容するためのリング溝を有する外周リング部15とを備える。
【0022】
ピストン10は、また、ピストンピン(図示せず)を受けるためのボスボア18が形成されるピストンボス17を公知の態様で有するピストンスカート16を備える。ピストンボス17は、摺動面19によって互いに接続されている。
【0023】
例示的な実施形態では、ピストン10は、鋼材料で作られた一体型ピストンとして設計されている。ここで、ピストン本体21とピストン上側部22とは、溶接またはロウ付けによって互いに永続的に接続されている。ピストン本体21およびピストン上側部22は、同じ材料で作られていてもよいし、異なる材料で作られていてもよい。
【0024】
ピストン本体21およびピストン上側部22は、リング部15の高さにおいて環状をなすクーリングチャンネル23を共に形成しており、当該チャネルはオイル供給ボアおよびオイル排出ボア23’,23”を有する。クーリングチャンネル23の表面24には、六方晶窒化ホウ素(hBN)を含む被覆25が設けられている。被覆25の厚みは、好ましくは20〜40μmである。被覆25の熱伝導率は、好ましくは40〜50W/mKであって、六方晶窒化ホウ素の純度に依存する。被覆25の摩擦係数は、600℃の温度まで一定であって、0.2である。被覆25の比表面積は、六方晶窒化ホウ素の純度に依存するものであって、5〜15m
2/gである。
【0025】
以下、クーリングチャンネル23を被覆するための本発明に係る方法の例示的な実施形態について説明する。
【0026】
まず、被覆媒体を最も適切に添加できるようにするために、クーリングチャンネル23の表面積をcm
2単位で求める。
【0027】
クーリングチャンネル23の表面24を、エタノールでしっかりと洗浄する。そのために、表面24の大きさに応じて、10〜30mlのエタノールをオイル供給ボアまたはオイル排出ボア23’,23”の一方を介してクーリングチャンネル23に導入し、そして当該ボア23’、23”を(好ましくはゴム弾性材料製の)ストッパで閉じる。ピストン10を動かし、それによりクーリングチャンネル内でエタノールを拡散させて表面24全体をエタノールで確実に濡らす。このために、例えば二軸ミキサを使用してもよい。その後、ストッパを外して、残っているエタノールをクーリングチャンネル23から排出する。クーリングチャンネル23の表面24を、室温で5分間、1〜2m/sの流速を有する層状気流を用いてボア23’、23”の一方を介して乾かす。
【0028】
被覆媒体として、エタノールに溶けたポリシロキサン中の六方晶窒化ホウ素粒子の懸濁液を使用する。例示的な実施形態では、懸濁液中の六方晶窒化ホウ素の含有量は、純粋なポリシロキサン溶液の体積ベースで、104g/lである。例示的な実施形態では、ポリシロキサン含有量は、懸濁液の全体積ベースで、61g/lである。例示的な実施形態では、懸濁液のエタノール含有量は、懸濁液の全体積ベースで、647g/lである。当該タイプの被覆媒体は、商業的に利用可能であって、例えばHenze Boron Nitride Products AG社(Grundweg 1,87493 Lauben)のHeBoCoat(登録商標)400Eであってもよい。重要なのは、被覆媒体がハロゲン含有物質、特にフッ素含有物質を含んでいないことである。
【0029】
添加は、クーリングチャンネル23の表面24のcm
2単位での大きさに関連する。懸濁液の最適な添加は、190cm
2の面積を有するクーリングチャンネル23の表面24に対して7mlである。これは、例示的な実施形態において、4.53gのエタノール、0.43gのポリシロキサン、および0.73gの六方晶窒化ホウ素に相当する。
【0030】
190cm
2の面積を有する表面24を備えたクーリングチャンネル23に対する被覆媒体の様々な添加に関するテストによって以下の結果が得られた。最適な添加および過度な添加の結果を
図2および
図3に示す。
【0032】
被覆媒体を、必要に応じて添加装置、例えば定量ポンプの助けを借りて、ボア23’,23”の一方を介してクーリングチャンネル23内に導入する。ボア23’,23”を、好ましくはゴム弾性材料でできたストッパで閉じる。
【0033】
そして、ピストン10を、少なくとも2つの空間軸に関して動かす。この動きは、クーリングチャンネルの表面24にわたって均一に被覆媒体を広げるために必要である。これは回転ユニット、例えば公知の二軸ミキサを用いて行われるのが好ましく、当該回転ユニットによってピストン10を、その縦軸回りおよび当該縦軸に垂直に延びる軸回りの両方において回転させる。
【0034】
そして、ストッパを外す。クーリングチャンネル23の表面24に付着した被覆媒体を、室温(およそ20℃)で約5分間、1〜2m/sの流速を有する層状気流を用いて、ボア23’、23”の一方を介して乾燥させる。これにより、被覆媒体からエタノールが除去される。この乾燥ステップは、被覆媒体の欠陥のない均一な乾燥を実現するために必要である。層状気流の流速はそんなに高くなくてもよい。なぜなら、流速が高すぎると、ボア23’、23”の近くでクーリングチャンネル23の表面24に付着している被覆媒体が気圧で移動し、それにより不均一な厚みを有する被覆が形成されるためである。
【0035】
熱処理による硬化を用いて完成した被覆25を作る。当該熱処理では、ピストン10を、25〜60分にわたって180〜220℃まで加熱する。これにより、ポリキシレンが、公知の態様で、六方晶窒化ホウ素粒子が埋設されたSiO
2マトリクスに変化する。
【0036】
結果として得られる被覆25は、15〜17mN/mの表面エネルギーと、20〜40μmの層厚みとを有しており、当該層厚みは、クーリングチャンネル23の表面24全体にわたって一定である。その小さな層厚みのために、被覆25は、ピストン10の材料に対して断熱効果を有しない。被覆25は、600℃までの耐熱性を有する。