(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6409647
(24)【登録日】2018年10月5日
(45)【発行日】2018年10月24日
(54)【発明の名称】耐遅れ破壊性と耐食性に優れた高強度鋼板
(51)【国際特許分類】
C25D 5/26 20060101AFI20181015BHJP
C22C 18/00 20060101ALI20181015BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20181015BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20181015BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20181015BHJP
【FI】
C25D5/26 H
C22C18/00
C22C38/00 302X
C22C38/00 302A
C22C38/00 301T
!C22C38/04
!C21D9/46 P
!C21D9/46 H
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-66156(P2015-66156)
(22)【出願日】2015年3月27日
(65)【公開番号】特開2016-186097(P2016-186097A)
(43)【公開日】2016年10月27日
【審査請求日】2016年10月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083253
【弁理士】
【氏名又は名称】苫米地 正敏
(72)【発明者】
【氏名】増岡 弘之
(72)【発明者】
【氏名】大塚 真司
(72)【発明者】
【氏名】平 章一郎
【審査官】
祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2015/029653(WO,A1)
【文献】
特表平04−500236(JP,A)
【文献】
特開昭56−133488(JP,A)
【文献】
特開昭60−141890(JP,A)
【文献】
特開2014−189805(JP,A)
【文献】
特開2009−120947(JP,A)
【文献】
特開2004−231992(JP,A)
【文献】
特開2013−091099(JP,A)
【文献】
特開2003−041384(JP,A)
【文献】
特開平07−054194(JP,A)
【文献】
特開2014−132110(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強度が1340MPa以上の鋼板であって、
鋼板表面がFe−Zn合金層(但し、合金化溶融Znめっき層、及びZn,Fe以外の合金元素を10質量%を超えて含むFe−Zn合金層を除く。)で被覆され、該Fe−Zn合金層は、被覆量が45g/m2以上90g/m2未満、Fe濃度が40質量%以上60質量%以下であることを特徴とする耐遅れ破壊性と耐食性に優れた高強度冷延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐遅れ破壊性と耐食性に優れた高強度鋼板に関するものであり、詳細には、主として自動車、建材用の強度部材に好適な鋼板であって、耐遅れ破壊性と耐食性に優れ、好ましくは引張強度1180MPa以上を有する高強度鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車用鋼板としては、板厚精度や平担度に関する要求から冷延鋼板が用いられているが、近年、自動車のCO
2排出量の低減および安全性確保の観点から、自動車用鋼板の高強度化が図られている。
しかしながら、鋼材の強度を高めていくと、遅れ破壊という現象が生じやすくなることが知られており、この遅れ破壊は鋼材強度の増大とともに激しくなり、特に引張強度1180MPa以上の高強度鋼で顕著となる。なお、遅れ破壊とは、高強度鋼材が静的な負荷応力(引張り強さ以下の負荷応力)を受けた状態で、ある時間が経過したとき、外見上はほとんど塑性変形を伴うことなく、突然脆性的な破壊が生じる現象である。
【0003】
この遅れ破壊は、鋼板の場合、プレス加工により所定の形状に成形したときの残留応力と、応力集中部における鋼の水素脆性により生じるものであることが知られている。この水素脆性の原因となる水素は、ほとんどの場合、外部環境から鋼中に侵入、拡散した水素であると考えられており、代表的には、鋼板の腐食の際に発生した水素が鋼中に侵入、拡散したものである。
高強度鋼板におけるこのような遅れ破壊を防止するために、例えば、特許文献1では、鋼板の組織や成分を調整することにより、遅れ破壊感受性を弱める検討がなされている。また、特許文献2では、遅れ破壊を防止する高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板に関する検討がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−231992号公報
【特許文献2】特開平6−145893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1の手法では、外部環境から鋼板内部に侵入する水素量は変化しないため、遅れ破壊の発生を遅らせることは可能であるが、遅れ破壊自体を防止することはできない。また、特許文献2の手法では、めっき中のFe濃度は十数%程度であり、耐食性は得られるものの、優れた耐遅れ破壊特性は期待できない。
したがって本発明の目的は、以上のような従来技術の課題を解決し、主として自動車、建材用の強度部材に好適な高強度鋼板であって、耐遅れ破壊性と耐食性に優れた高強度鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋼板内部に侵入する水素を抑制することにより遅れ破壊を防止する手段について、鋭意検討および研究を重ねた。その結果、鋼板表面を、特定の被覆量とFe濃度を有するFe−Zn合金層で被覆することにより、鋼板内部への水素侵入を大幅に抑制して鋼板の遅れ破壊を防止することができ、しかも優れた耐食性も得られることを見出した。
【0007】
本発明はこのような知見に基づきなされたもので、以下を要旨とするものである。
[1]鋼板表面がFe−Zn合金層で被覆され、該Fe−Zn合金層は、被覆量が0.1g/m
2以上90g/m
2未満、Fe濃度が40質量%以上80質量%未満あることを特徴とする耐遅れ破壊性と耐食性に優れた高強度鋼板。
[2]上記[1]の高強度鋼板において、Fe−Zn合金層の被覆量が20g/m
2以上90g/m
2未満であることを特徴とする耐遅れ破壊性と耐食性に優れた高強度鋼板。
【発明の効果】
【0008】
本発明の高強度鋼板は、遅れ破壊が効果的に抑制される優れた耐遅れ破壊特性を有するとともに、優れた耐食性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例で用いた遅れ破壊評価用試験片を模式的に示す図面
【
図2】実施例において行った複合サイクル腐食試験の工程を示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の高強度鋼板の基質となる鋼板(素材鋼板)は、引張強度が1180MPa以上の鋼板であることが好ましく、1340MPa以上であることがより好ましい。引張強度が低い鋼板は、本質的に遅れ破壊が生じにくい。本発明の効果は、引張強度が低い鋼板でも発現されるが、引張強度が1180MPa以上の鋼板で顕著に発現され、引張強度が1340MPa以上の鋼板でより顕著に発現されるためである。
【0011】
鋼板の化学組成および鋼組織は、特に限定されない。また、圧延方法などについても特に限定されず、熱延鋼板、冷延鋼板のいずれでもよい。ただし、これらのうち、自動車分野や建材分野などにおいて用いられる、特に自動車分野などにおいて多く用いられる引張強度が1180MPa以上の高強度冷延鋼板が好ましく、引張強度が1340MPa以上の高強度冷延鋼板がさらに好ましい。
【0012】
本発明において好ましく用いられる高強度冷延鋼板は、所望の引張強度を有するものであれば、いかなる組成および組織を有するものでもよく、機械特性などの諸特性を向上させるために、例えば、C、Nなどの侵入型固溶元素やSi、Mn、P、Crなどの置換型固溶元素の添加による固溶体強化、Ti、Nb、V、Alなどの炭・窒化物による析出強化、W、Zr、Hf、Co、B、Cu、希土類元素などの強化元素の添加といった化学組成的改質、再結晶の起こらない温度で回復焼きなましすることによる強化あるいは完全に再結晶させずに未再結晶領域を残す部分再結晶強化、ベイナイトやマルテンサイト単相化あるいはフェライトとこれら変態組織の複合組織化といった変態組織による強化、フェライト粒径をdとしたときのHall-Petchの式:σ=σ
0+kd
-1/2(式中σ:応力、σ
0,k:材料定数)で表される細粒化強化、圧延などによる加工強化といった組織的ないし構造的改質を単独でまたは複数を組み合わせて行うことができる。
【0013】
このような高強度冷延鋼板の組成として、例えば、質量%で、C:0.1〜0.4%、Si:0〜3.0%、Mn:1〜10%、P:0〜0.05%、S:0〜0.005%、残部がFeおよび不可避的不純物であるもの、これにCu、Ti、V、Al、Cr、Niなどの1種又は2種以上を添加したもの、などを例示することができる。
【0014】
上記の引張強度を有する高強度冷延鋼板として商業的に入手可能なものとして、例えば、JFE−CA1180、JFE−CA1370、JFE−CA1470、JFE−CA1180SF、JFE−CA1180Y1、JFE−CA1180Y2(以上、JFEスチール株式会社製)などが例示できる。
本発明において基質となる鋼板(素材鋼板)の厚さは、特に限定されるものではないが、0.8〜2.5mm程度が好ましく、1.2〜2.0mm程度がより好ましい。
【0015】
本発明の高強度鋼板は、上記したような鋼板(素材鋼板)の表面が特定のFe−Zn合金層、すなわち、被覆量が0.1g/m
2以上90g/m
2未満、Fe濃度が40質量%以上80質量%未満のFe−Zn合金層で被覆されたものである。
本発明者らの研究および検討結果によれば、腐食過程における鋼板内部への水素侵入は、湿潤環境下におけるFe錆の酸化還元反応が大きく寄与していると考えられる。すなわち、水素侵入を抑制するためには、Fe錆を変化しにくい状態にするいわゆる「安定錆」を形成することが重要であることが判った。この理由は必ずしも明らかではないが、Znの腐食の過程で生成する水酸化亜鉛[Zn(OH)
2]は保護性の腐食生成物であるといわれているが、高Fe濃度のFe−Zn層の形成により、この保護性が高い腐食生成物を含む安定錆が形成され、この安定錆が水素侵入を抑制するものと推定される。
【0016】
また、Fe−Zn合金層(例えば、めっき皮膜)は、加工後に地鉄に達するクラックが無数に入り、鋼板表面を完全には被覆していない状態となるが、Fe濃度が40質量%以上80質量%未満のFe−Zn合金層の場合には、上述のように腐食環境下で保護性の高いZnの腐食生成物を含む安定錆が形成され、その腐食生成物がクラック部分を埋めることで水素侵入を抑制するものと考えられる。
【0017】
以上の推定メカニズムから、水素侵入を抑制するために有効な腐食生成物とするためには、Fe−Zn合金層の被覆量が0.1g/m
2以上90g/m
2未満、Fe−Zn合金層のFe濃度が40質量%以上80質量%未満であることが必要である。また、特に腐食に厳しい部材に適用する場合には、Fe−Zn合金層の被覆量を20g/m
2以上90g/m
2未満とすることが好ましい。
【0018】
Fe−Zn合金層の被覆量が0.1g/m
2未満では、十分な水素侵入抑制効果と耐食性が得られない。一方、90g/m
2以上では、鋼板の腐食抑制に寄与するZn量が多く耐食性は向上するが、Znの腐食に伴い発生する水素量が増加するため、水素の侵入を助長してしまう。
また、Fe濃度が40質量%未満では、鋼板の腐食抑制に寄与するZn量が多く耐食性は向上するが、Znの腐食に伴い発生する水素量が増加するため、水素の侵入を助長してしまう。一方、80質量%以上では、鋼板の腐食抑制に寄与するZn量が少なく耐食性が低下してしまう。
【0019】
鋼板表面をFe−Zn合金層で被覆する方法については、特別な制限はなく、公知の方法を適用することが可能であるが、例えば、電気めっき法(Fe−Zn合金電気めっき法)、無電解めっき法、蒸着法等を用いることができる。一方、溶融めっき法(合金化溶融亜鉛めっき)では、めっき中Fe濃度を40質量%以上80質量%未満とするためには、高温かつ長時間の加熱が必要となり、鋼板の引張強度の制御が困難となってしまう。
【0020】
電気めっき法(Fe−Zn合金電気めっき法)の場合には、めっき浴に含まれるZn、Feの濃度を調整することでFe−Zn合金層のFe濃度を変えることができ、また、電解時間を調整することでFe−Zn合金層の被覆量を変えることができる。また、無電解めっき法の場合には、めっき浴に含まれるZn、Feの濃度を調整することでFe−Zn合金層のFe濃度を変えることができる。また、蒸着法の場合には、ターゲットとしてFe及びZnを用いてFe濃度を調整する。
【0021】
本発明の高強度鋼板は、上述したFe−Zn合金層を鋼板片面に被覆したものでもよいし、鋼板両面に被覆したものでもよい。
なお、Fe−Zn合金層は、基本的にFeとZnからなるものであるが、例えば、V、Mo、Wなどのような合金元素の1種以上を少量(例えば10mass%以下)添加してもよい。
【0022】
基質として使用される鋼板の製造方法は特に限定されない。本発明の理解を容易にするために、冷延鋼板の表面をFe−Zn合金層で被覆する場合における、製鋼からの一連のプロセスについて、一例を挙げて簡単に説明する。但し、基質となる鋼板の製造工程としては、以下の例示に限定されるものではない。
【0023】
所定の成分組成の鋼を溶製し、常法に従い連続鋳造でスラブとする。次いで、得られたスラブを加熱炉中で1100〜1300℃の温度で加熱し、750〜950℃の仕上げ温度で熱間圧延を行い、500〜650℃にて巻き取る。これに続いて酸洗後、圧下率30〜70%の冷間圧延を行う。その後、必要に応じて、常法に従い、アルカリまたはアルカリと界面活性剤およびキレート剤との混合溶液による洗浄、電解洗浄、温水洗浄、乾燥を行う清浄化処理を行った後、750〜900℃にて加熱処理し、急速冷却を行い、鋼板の引張強度の調整を行う。さらに必要に応じて、常法に従い伸長率0.01〜0.5%程度の調質圧延を行うことで所望の引張強度を有する冷延鋼板を得、このようにして得られた冷延鋼板表面に、電気めっき法、無電解めっき法、蒸着法等の方法にて、Fe−Zn合金層を被覆量が0.1g/m
2以上90g/m
2未満で、Fe濃度が40質量%以上80質量%未満となるように被覆する。これにより本発明の高強度冷延鋼板を得ることができる。
【0024】
なお、冷延鋼板表面をFe−Zn合金層で被覆するのにめっき法、特に電気めっき法を用いた場合において、めっき処理時に鋼板およびFe−Zn合金層中に水素が侵入するおそれがあるときは、必要に応じて、めっき処理後に100〜300℃程度の温度でベーキング処理を施し、鋼板およびFe−Zn合金層中に侵入した水素を除去する処理を施してもよい。
【実施例】
【0025】
素材鋼板として、表1の成分組成を有する板厚1.5mmの冷延鋼板(引張強度1480MPa)を用いた。この冷延鋼板をトルエンに浸漬して5分間超音波洗浄を行い、防錆油を除去した後、Fe−Zn合金電気めっきを施し、鋼板表面にFe−Zn合金層(めっき層)を形成した。
【0026】
電気めっき液としては、二価の鉄イオン濃度:150g/L、二価の亜鉛イオン濃度:40g/Lを硫酸塩として添加し、硫酸によりpH2.0に調整したものを用いた。電流密度を10〜80A/dm
2の範囲で調整することでFe−Zn合金層のFe濃度を変化させ、また、電解時間を調整することでFe−Zn合金層の被覆量を変化させた。
なお、以上のめっき処理を行わない鋼板を比較例の1つとした。
【0027】
Fe−Zn合金層の被覆量は、鋼板を塩酸に浸漬してFe−Zn合金層を溶解させ、溶解前後の質量差から求めた。また、Fe含有率はICP分析法にてFe含有量を測定した。
Fe−Zn合金層のFe濃度は、塩酸で合金層を溶解させて得られた溶液から、ICP発光分光分析法によりFe濃度を測定した。
【0028】
以上のようにして得られた試験片について、以下の評価を行った。得られた結果を、Fe−Zn合金層の構成とともに表2に示す。
(1)耐遅れ破壊性の評価
研削加工を施して作製した試験片(30mm×99.5mm)を曲率半径4mmRで180°曲げ加工し、
図1に示すように、この曲げ試験片1を内側間隔が8mmとなるようにボルト2とナット3で拘束して試験片形状を固定し、遅れ破壊評価用試験片を得た。このようにして作製した遅れ破壊評価用試験片に対し、米国自動車技術会で定めたSAE J2334に規定された、乾燥・湿潤・塩水浸漬の工程からなる複合サイクル腐食試験(
図2参照)を、最大80サイクルまで実施した。各サイクルの塩水浸漬の工程前に目視により割れの発生の有無を調査し、割れ発生サイクル数を測定した。また、本試験は、各鋼板3検体ずつ実施し、その平均値をもって評価を行った。評価はサイクル数から、以下の基準により評価した。
〇:30サイクル以上
△:10サイクル以上、30サイクル未満
×:10サイクル未満
【0029】
(2)耐食性の評価
上記耐遅れ破壊性評価を行ったサンプルについて、各サイクルの塩水浸漬工程前に目視により赤錆発生の有無を調査し、赤錆発生サイクル数を測定した。評価はサイクル数から、以下の基準により評価した。
○:5サイクル経過時点で赤錆発生なし
×:5サイクル未満で赤錆発生あり
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
表2によれば、本発明例の鋼板は、いずれも優れた耐遅れ破壊性と耐食性が得られている。これに対して比較例の鋼板は、耐遅れ破壊性、耐食性のいずれか又は両方が劣っている。
【符号の説明】
【0033】
1 試験片
2 ボルト
3 ナット