(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1〜6のいずれかのスパッタリングターゲット材をターゲットに用いて、金属薄膜に隣接してスパッタリングにより成膜された酸化物からなる光学機能膜であって、前記光学機能膜における前記金属膜に隣接しない側から測定された平均光反射率が30%以下であることを特徴とする光学機能膜。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のタッチパネルにおけるタッチ位置を検出するための電極には、ITO薄膜が用いられていたが、タッチパネルの大面積化に伴って、ITO薄膜を用いたのでは、抵抗が高くなり、また検出精度も低下するという問題が生じるようになっている。そこで、近年では、ITO薄膜の代わりに、低抵抗の金属薄膜をメタル配線として用いることが提案されている。しかしながら、このような金属薄膜を用いたメタル配線は、高い反射特性を示して、外部光を反射するため、配線パターンの金属光沢がパネル外部から見えてしまい、タッチパネルを使いづらくするという問題がある。
【0008】
そこで本発明等は、タッチパネルにおける金属薄膜の配線上にスパッタリングにより成膜して、タッチパネル画面の配線パターンの金属光沢を低減し得る膜(以下“光学機能膜”と称する)を開発するとともに、そのような光学機能膜をスパッタリングにより成膜するために最適なスパッタリングターゲットを開発するべく、鋭意実験、研究を重ねた。
その過程で、Mo酸化物や、In酸化物などは、可視光領域の外部光に対する光吸収特性を有し、言い換えれば、反射率が極めて低いことから、外観が黒色を呈することに着目した。すなわち、Moの酸化物からなる酸化物膜、もしくはMoの酸化物とInの酸化物からなる酸化物膜を、金属薄膜の配線上に光学機能膜として成膜することにより、配線パターンの金属光沢を低減できることを認識した。
【0009】
さらに、Moの酸化物からなる酸化物膜、もしくはMoの酸化物とInの酸化物からなる酸化物膜は、そのままでは、次に述べるように、エッチング時やその後の信頼性(耐薬品性、耐候性)に欠ける問題があり、その問題を解決して光学機能膜の信頼性を向上させるためには、Feの酸化物を加えておくことが有効であることを見い出した。
【0010】
すなわち、この種の酸化物膜を光学機能膜としてタッチパネルの配線上に形成する場合、生産性を考慮するならば、タッチパネル基板上に製膜された金属薄膜の表面に、上記の酸化物膜を成膜した後に、配線パターンを形成することが好ましい。この配線パターン化では、通常は、パターンマスクを形成した後、エッチング液により金属薄膜と酸化物膜とをエッチングする。このようなパターニングでのエッチングにおいて、Moの酸化物やInの酸化物は、エッチング液によるエッチング性には優れている反面、信頼性(耐薬品性、耐候性)に劣ることが判明した。なお、上述のエッチング性とは、金属薄膜と酸化物膜とが整合してエッチングされることであり、エッチング速度、オーバーエッチングなど、パターン化において支障がないことが好ましい。
【0011】
一方、Moの酸化物からなる酸化物膜、もしくはMoの酸化物とInの酸化物からなる酸化物膜の信頼性を向上させるには、Feを添加することが有効であるという知見が得られた。すなわち、Moの酸化物やInの酸化物のみならず、Feの酸化物をも含有する光学機能膜とすることによって、配線パターンの金属光沢を低減できるだけではなく、上記のような信頼性をも向上させ得ることを認識した。
【0012】
そしてこのような光学機能膜を金属薄膜上に成膜するためには、Mo酸化物、もしくはMo酸化物とInの酸化物、及びFeの酸化物を主体とするスパッタリングターゲットを用いて、スパッタリングによって成膜することが有効であることを見い出した。すなわち、Mo酸化物、もしくはMo酸化物とInの酸化物と、Fe酸化物とを主体とするスパッタリングターゲットを用いて、スパッタリング成膜すれば、前記のようにMo酸化物、もしくはMo酸化物とInの酸化物、及びFe酸化物を主体として、低反射率でかつ信頼性が高い光学機能膜が得られることを認識した。
【0013】
またこのようにして得られる光学機能膜は、フラットパネルディスプレイにおけるブラックマトリクス(BM)の黒色の部材としても利用でき、さらには、太陽電池パネルの裏面電極の保護も兼ねて、黒色のバックシートの代わりに設けることも可能であり、それらの金属光沢を隠ぺいするのに好適であることが判明した。
【0014】
ところで、上記のような光学機能膜を実用化するために、その光学機能膜をスパッタリングによって成膜するためのスパッタリングターゲット材に関してさらに実験・研究を進めたところ、単純にMo酸化物と、Feの酸化物と(あるいはさらにIn酸化物と)が混在するだけの組織としたスパッタリングターゲット材では、割れが発生しやすいことが判明した。すなわち、この種の酸化物相が混在するターゲット材を製造するにあたっては、原料として酸化物粉末を用いて、その混合粉末をホットプレスなどにより高温で焼結することが好適であるが、その高焼結後の冷却過程でターゲット材の焼結体に割れが発生したり、またスパッタリング時にターゲットが高温となる際に、ターゲットに割れが発生したりする問題があることが判明した。このようにターゲット材製造時やそのターゲット材を用いてのスパッタリング成膜時に割れが発生すれば、歩留まりが低下し、生産性が阻害されてしまう。
【0015】
本発明は、以上のような事情を背景としてなされたものであって、低反射率であって、金属薄膜上にスパッタリング成膜すれば、金属光沢を隠ぺいするに最適でしかも信頼性に優れた光学機能膜を形成することができるだけではなく、そのためのスパッタリングターゲット材自体として、割れが生じにくいようにしたスパッタリングターゲット材を提供し、併せてそのような優れたスパッタリングターゲット材を製造する方法を提供すると同時に、そのターゲット材をスパッタリングターゲットに用いてスパッタリングにより成膜した光学機能膜を提供することを基本的な課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前述のようなMo酸化物、もしくはMo酸化物とInの酸化物と、Feの酸化物とが混在する組織としたスパッタリングターゲットにおいて割れが発生しやすいという問題を解決するべく、さらに研究を進めたところ、上記の組織のスパッタリングターゲットにおける割れ発生の主な原因は、Mo酸化物とFe酸化物の熱膨張率の差(線膨張係数の差)が大きいことにあると推測されるに至った。
すなわち、Mo酸化物の線膨張係数は4×10
−6/K程度であるのに対して、Fe酸化物の線膨張係数は10×10
−6/K程度と、その差が大きく、そのため、Mo酸化物の相と、Fe酸化物の相とが入り混じって混在する組織のスパッタリングターゲット材では、温度変化時の膨張、収縮が内部で不均一となり、大きな熱応力が内部に発生して、割れの発生に至ってしまいやすいと推測される。
【0017】
そしてさらに研究を進めたところ、単純にMo酸化物(もしくはMo酸化物とInの酸化物)の相と、Feの酸化物の相とが混在するだけではなく、MoとFeとO(酸素)と(あるいはさらにInと)の化合物の相、すなわちMo、Fe、(In)の複合酸化物からなる相を含んだ組織とすることによって、割れの発生を抑制し得ることを見い出し、本発明をなすに至った。
【0018】
したがって本発明の基本的な態様(第1の態様)によるスパッタリングターゲット材は、
金属成分がFeとMoとからなり、かつ前記金属元素の一部又は全部が酸化物の形態で存在し、しかも酸化物相に、Fe−Mo−O系化合物が含まれていることを特徴としている。
なお上記のFe−Mo−O系化合物は、Fe−Mo系複合酸化物とも言うことができ、以下では単に複合酸化物と称することもある。
【0019】
また第2の態様によるスパッタリングターゲット材は、前記第1の態様によるスパッタリングターゲット材において、全金属成分のうちの、Feの金属元素としての含有量が20〜95at%、Moの金属元素としての含有量が5〜80at%であることを特徴としている。
【0020】
さらに第3の態様によるスパッタリングターゲット材は、前記第1もしくは第2の態様によるスパッタリングターゲット材において、金属元素として、さらにInを含有することを特徴としている。
【0021】
また第4の態様によるスパッタリングターゲット材は、前記第3の態様によるスパッタリングターゲット材において、全金属成分のうちの、Inの金属元素としての含有量が0.1〜23at%であることを特徴とする。
【0022】
また第5の態様によるスパッタリングターゲット材は、前記第1〜第4のいずれかの態様によるスパッタリングターゲット材において、前記Fe−Mo−O系化合物が、Fe
2Mo
3O
8相を主体することを特徴とするものである。
【0023】
さらに第6の態様によるスパッタリングターゲット材は、前記第5の態様によるスパッタリングターゲット材において、Fe
2Mo
3O
8相の(002)面における回折ピークの強度が、MoO
2相の(011)面における回折ピークの強度の1.5%以上、またはFe
3O
4相の(311)面における回折ピーク強度の1.5%以上であり、且つMoO
2層の(011)面における回折ピークの強度の300%以下で、しかもFe
3O
4相の(311)面における回折ピークの強度の300%以下であることを特徴とするものである。
【0024】
また第7の態様では、前記第1〜第6のいずれかの態様のスパッタリングターゲット材の製造方法を規定している。
すなわち第7の態様のスパッタリングターゲット材の製造方法は、Fe酸化物粉末とMo酸化物粉末との混合粉末、もしくはFe酸化物粉末とMo酸化物粉末とIn酸化物粉末との混合粉末とを、840〜950℃の範囲内の温度で焼結することを特徴とするものである。
【0025】
さらに第8の態様では、光学機能膜を規定している。
すなわち第8の態様の光学機能膜は、前記第1〜第6のいずれかのスパッタリングターゲット材をターゲットに用いて、金属薄膜に隣接してスパッタリングにより成膜された酸化物からなる光学機能膜であって、前記光学機能膜における前記金属膜に隣接しない側から測定された平均光反射率が30%以下であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明のスパッタリングターゲット材によれば、その製造時や、それを用いてのスパッタリング成膜時などにおいて、割れの発生を有効に抑制することができ、そのため、歩留まりを向上させ、生産性を向上させることができる。さらに、金属成分としてInを含有する態様のスパッタリングターゲット材では、反りの発生をも有効に抑えることができ、そのため、歩留まり、生産性をより一層向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明のスパッタリングターゲット材、その製造方法、および本発明のスパッタリングターゲット材を用いてスパッタリング成膜した光学機能膜について、より詳細に説明する。
【0029】
〔スパッタリングターゲット材〕
本発明のスパッタリングターゲット材は、基本的には、金属元素として、FeとMoとを含有し、かつ前記金属元素の一部又は全部が酸化物の形態で存在し、しかも酸化物相に、Fe−Mo−O系化合物(Fe−Mo系複合酸化物)が含まれているものである。
ここで、ターゲット材中には、Fe単独の酸化物(代表的にはFe
3O
4)及びMo単独の酸化物(代表的にはMoO
2)も存在するが、さらに、Fe−Mo系複合酸化物(代表的にはFe
2Mo
3O
8、また一部FeMoO
4が含まれることもある)が含まれることによって、割れの発生を抑制することができる。
【0030】
このようなFe−Mo系複合酸化物の存在による割れ抑制の効果は、本発明者等の実験によって見出されたことであるが、Fe−Mo系複合酸化物の存在によって割れを防止し得る効果が発現されるのは、次のような理由によるものと考えられる。
【0031】
すなわちFe−Mo系複合酸化物は、その線膨張係数が7×10
−6/K程度であって、Fe単独の酸化物の線膨張係数とMo単独の酸化物の線膨張係数との中間的な線膨張係数値である。またこのようなFe−Mo系複合酸化物相は、Fe酸化物粉末とMo酸化物粉末との混合酸化物粉末を、例えば840℃程度以上の高温で焼結してターゲット材を製造した場合、Fe単独の酸化物とMo単独の酸化物との間に介在するように生成されるのが通常である。したがって、Fe−Mo系複合酸化物が、Fe単独の酸化物とMo単独の酸化物との間の緩衝材的な機能を果たし、割れの発生に有効となると考えられる。
しかも上記のように高温焼結法によってFe酸化物とMo酸化物との間に生成されるFe−Mo系複合酸化物は、互いに接するFe酸化物粉末粒子とMo酸化物粉末粒子との間における、Fe、Mo、Oの相互拡散(固体拡散)の結果として生じるため、得られたターゲット材(焼結体)において隣接するFe酸化物相とFe−Mo系複合酸化物相との間、及び隣接するMo酸化物相とFe−Mo系複合酸化物相との間は、いずれも固相拡散によって強固に結合される。
そして上記の二つの作用が相俟って、温度変化時などにおいて割れが発生しにくくなるものと推測される。
【0032】
ここで、上記のように840℃程度以上の高温で焼結してターゲット材を製造した場合に、ターゲット材(焼結体)中のFe−Mo系複合酸化物相(Fe−Mo−O系化合物相)が、Fe単独の酸化物とMo単独の酸化物との間に存在することは、本発明者等の実験によって確認されている。その一例として、
図1に、後述する実施例2により、880℃で焼結して得られたターゲット材(焼結体)における断面の組織状況を模式的に示す。
図1において、斜線を付した領域1は、Mo濃度が高く且つFeを含まない領域であって、Mo酸化物相と判別される領域であり、ドットを付した領域2は、Fe濃度が高く且つMoを含まない領域であって、Fe酸化物相と判別される領域であり、さらに白抜きの領域3は、MoとFeとを含みかつMo濃度及びFe濃度が中間的であって、Fe−Mo系複合酸化物相(Fe−MoーO系化合物相)と判別される領域である。この
図1から、Mo酸化物相領域1とFe酸化物相領域2との間に、Fe−Mo系複合酸化物相(Fe−MoーO系化合物相)3が存在していることが明らかである。
なお比較のため、後述する比較例1により700℃で焼結して得られたターゲット材(焼結体)における断面の組織状況を、
図2に模式的に示す。
図2から、斜線を付したMo酸化物相1とドットを付したFe酸化物相領域2とは、ほぼ直接隣接しており、Fe−Mo系複合酸化物相(Fe−MoーO系化合物相)が実質的に存在しないことが明らかである。
【0033】
なお、スパッタリングターゲット材中におけるFe−Mo−O系化合物(Fe−Mo系複合酸化物)の存在は、XRD(X線回折)によって確認することができ、またそのFe−Mo−O系化合物(Fe−Mo系複合酸化物)の存在比(Fe単独の酸化物もしくはMo単独の酸化物の存在量に対する比)も、XRDによって測定することができるが、その点は、上記の存在比の好ましい範囲についての後述する説明とともに、改めて説明する。
【0034】
本発明のスパッタリングターゲット材においては、全金属成分のうちの、Feが占める割合(金属元素としての含有割合)が20〜95at%の範囲内、Moが占める割合(金属元素としての含有割合)が5〜80at%であることが望ましい。すなわち、本発明のスパッタリングターゲット材においては、Fe、Moの全部又は一部が酸化物(単独酸化物及び複合酸化物)の形態で存在しているが、その酸化物中のFe、Moを含め、全金属成分に占める割合として、Feが20〜95at%、Moが5〜80at%であることが望ましい。
【0035】
酸化物を主体とするスパッタリングターゲットを用いてスパッタリング成膜して、光学機能膜を得る場合、光学機能膜の組成は、スパッタリングターゲットの組成とほぼ同等となる。したがって、スパッタリングターゲット材の組成も、光学機能膜に求められる特性を満足し得るように選択すればよく、そのような観点から、上記のようにスパッタリングターゲット材の望ましい組成を、全金属成分に対するFeの金属元素としての含有割合を20〜95at%の範囲内、Moの金属元素としての含有割合を5〜80at%としている。
【0036】
ここで、全金属成分のうちのMoが5at%未満では、可視光のうち、400〜800nmの波長において、平均反射率が30%以下にならず、この積層膜の反射によって、配線パターンの金属光沢を抑えることができなくなる。したがって本発明で最終的な目的とする光学機能膜として好ましくなくなる。
【0037】
一方、全金属成分のうちのMoが80at%を越えれば、恒温恒湿試験の前後における反射率変化の最大値が15%以上となるから、恒温恒湿試験の前後における反射率変化を抑制して反射率特性の信頼性を高めるためには、Moは80at%以下とすることが好ましい。なお、Moが60%を越えれば、上記反射率変化の最大値が10at%以上となり、Moが50at%を越えれば、上記反射率変化の最大値が5%以上となる。したがってMoの割合は、光学機能膜としての反射率特性の信頼性を向上させる上では、低いほど好ましい。但し、Moが少なければ、反射率の平均値が大きくなるから、これらの兼ね合いからは、Moは、上記の5〜80at%の範囲内でも、とりわけ25〜60at%の範囲内とすることが望ましい。
【0038】
また全金属成分のうちに占めるFeの割合が20at%未満では、可視光のうち、400〜800nmの波長において、恒温恒湿試験の前後における反射率変化の最大値が15%以上となり、光学機能膜としての反射率特性の信頼性が低下する。Feが95at%を越えれば、可視光のうち、400〜800nmの波長において、反射率が30%以下にならず、光学機能膜(積層膜)の反射によって、配線パターンの金属光沢を抑えることができなくなり、本発明で目的とする光学機能膜として好ましくなくなる。なお、Feの割合は、上記の20〜95at%の範囲内でも、とりわけ40〜75at%の範囲内が好ましい。
【0039】
さらに本発明のスパッタリングターゲット材においては、必要に応じて金属成分として、Inを含有していてもよい。すなわち、前述のようなFe−Mo系複合酸化物相がターゲット材中に生成された場合、薄板として反りが発生する傾向を示すことが確認されている。しかるに、金属元素としてInを添加する(実際にはIn酸化物として添加する)ことによって、反りの発生を抑制し得ることを見い出した。
【0040】
ここで、一般にスパッタリングを行うにあたっては、ターゲット材からなる薄板を、Cu等からなるバッキングプレートの表面にはんだ等によって接着して、スパッタリングに供するのが一般的である。その場合にターゲット材薄板の反りが大きければ、バッキングプレートに均一に接着することが困難となったり、接着のためのめの自動化したハンドリングに支障をきたすおそれがあり、そのため生産性を損なうおそれがあるが、Inの添加によって、反りを抑制して、このような問題の発生を回避することが可能となる。なおInは、ターゲット中においては、主としてIn
2O
3の形態で含まれるが、MoやFeと同様に、複合酸化物の形態で含まれていても構わない。Inを含む複合酸化物としては、例えばFe−Mo―In系複合酸化物(Fe−Mo―In―O系化合物、あるいはFe−In系複合酸化物(Fe−In―O系化合物、もしくはMo―In系複合酸化物(Mo―In―O系化合物等が挙げられる。
【0041】
上述のように積極的にInを含有させる場合、その金属成分としてのIn含有量は、全金属成分に占める割合で、0.1〜23at%の範囲内とすることが好ましい。In金属成分が0.1at%未満では、スパッタリングターゲットの反りを抑える効果が得られず、一方、23at%を越えれば、ターゲット材の密度が低下し、ターゲット材の強度が低下して割れが生じやすくなる等の問題が生じるおそれがある。なお積極的にInを含有させる場合のInの割合は、上記の0.1〜23at%の範囲内でも、とりわけ1〜10at%の範囲内が好ましい。
【0042】
本発明のスパッタリングターゲット材においては、Fe−Mo−O系化合物(Fe−Mo系複合酸化物)の存在比、とりわけ主な複合酸化物であるFe
2Mo
3O
8相についての、MoO
2相及び/又はFe
3O
4相に対する割合は、XRDによる回折ピークの強度のが、次のような2条件を満たすことが好ましい。なおここで言う「回折ピークの強度」とは、回折ピークの1秒当たりのカウント数(cps)を意味するものとする。またXRDは、Cu−Kα線を用いた粉末X線回折法によることとしている。
【0043】
第1の条件としては、Fe
2Mo
3O
8相の(002)面による回折ピークの強度が、MoO
2相の(011)面による回折ピークの強度の1.5%以上であるか、または、Fe
3O
4相の(311)面による回折ピークの1.5%以上であることが好ましい。この条件を満たさない場合には、割れの発生を抑制する効果が充分に得られない。
【0044】
また第2の条件としては、Fe
2Mo
3O
8相の(002)面による回折ピークの強度が、MoO
2相の(011)面による回折ピークの強度の300%以下であって、しかもFe
3O
4相の(311)面による回折ピークの強度の300%以下であることが好ましい。この条件を満たさない場合は、ターゲット材の電気抵抗値が高くなりすぎて、そのターゲット材を用いてDCスパッタを行うことが困難となる。
【0045】
スパッタリングターゲット材が上記のような条件を満たすか否かは、XRDによって容易に調べることができる。その例を、XRDによる分析結果として、
図3、
図4に示す。
【0046】
図3は、複合酸化物が多く含まれているスパッタリングターゲット材の一例(本発明材A:後述する実施例3に相当)についてX線回折を行った結果を示し、
図4には複合酸化物が多く含まれているスパッタリングターゲット材の他の例(本発明材B:後述する実施例4に相当)についてX線回折を行った結果を示す。一方、
図5には、複合酸化物が極めて少ない(実質的に含まれない)スパッタリングターゲット材の一例(比較材:後述する比較例2に相当)についてX線回折を行った結果を示す。
図3〜
図5において、縦軸は、回折強度を1秒当たりのカウント数(cps)で表わしており、ピークP3は、Fe
2Mo
3O
8相の(002)面における回折ピークに相当し、ピークP2は、MoO
2相の(011)面における回折ピークに相当し、ピークP1は、Fe
3O
4相の(311)面における回折ピークに相当する。
【0047】
図3の本発明材A及び
図4の本発明材Bでは、いずれも、ピークP3の強度(cps)が、ピークP2の強度の1,5%以上で、且つピークP1の強度の1.5%以上となっていて、上記の第1の条件を充分に満たし、しかもピークP3の強度(cps)が、ピークP2の強度の300%以下で、且つピークP1の強度の300%以下となっていて、上記の第2の条件をも満たしていることが分かる。
これに対して、
図5に示している複合酸化物が実質的に含まれない比較材では、ピークP3の強度が、ピークP2の強度の1,5%未満で、且つピークP1の強度の1.5%未満であって、上記の第1の条件を満たしていない。
【0048】
なお、本発明者等の実験によれば、Fe、Mo、(In)含有のスパッタリングターゲット材をホットプレスなどの高温焼結法によって製造した場合、ターゲット材中の複合化合物としては、Fe
2Mo
3O
8相が優先的に生成されることが確認されている。場合によっては、Fe
2Mo
3O
8相のほか、FeMoO
4相が生成されることがあるが、そのFeMoO
4相の絶対量はFe
2Mo
3O
8相の絶対量よりも少ないのが通常であることが確認されている。したがってターゲット材中の複合酸化物の有無は、Fe
2Mo
3O
8相についてのみ調べればよいと考えられる。そこで、複合酸化物の存在比の好ましい条件については、XRDによるFe
2Mo
3O
8相の(002)面についての回折ピークの強度のみによって規定している。
【0049】
なお本発明のターゲット材の断面組織における粒径(結晶粒径)は特に限定されないが、平均で20μm以下が好ましく、より好ましくは10μm以下である。
【0050】
以上のようなスパッタリングターゲット材は、その製造時や、それを用いてのスパッタリング成膜時などにおいて、温度変化などに起因する割れの発生を有効に抑制することができ、そのため、歩留まりを向上させるとともに、生産性を向上させることができる。そして金属成分としてInを含有する態様のスパッタリングターゲット材では、反りの発生も有効に抑えることができ、そのため、歩留まり、生産性をより一層向上させることができる。
【0051】
〔製造方法〕
次に本発明のスパッタリングターゲット材を製造する方法について説明する。
本発明のスパッタリングターゲットを製造するに当たっては、各金属成分の酸化物粉末を混合して、その混合粉末を高温、とりわけ840〜950℃の範囲内の温度で焼結して、得られた焼結体をターゲット材とすることが好ましい。例えば、Fe酸化物粉末としてFe
3O
4粉末を、Mo酸化物粉末としてMoO
2粉末を、In酸化物粉末としてIn
2O
3粉末を用意し、これらを所定の金属成分割合となるように混合し、いわゆるホットプレス法によって、加圧しながら高温焼結することが望ましい。
【0052】
ここで、本発明者等の実験によれば、単にFe単独の酸化物相及びMo単独の酸化物相(さらにはIn単独の酸化物相)が混在する焼結体組織を得るためだけの目的であれば、焼結温度は700〜800℃程度で充分であるが、前述のような複合酸化物相を形成するためには、840℃以上の高温で焼結することが適切であることを見い出した。
すなわち、840℃以上の高温で焼結することによって、既に述べたように、互いに接するFe酸化物粉末粒子とMo酸化物粉末粒子(さらにはIn酸化物粉末粒子)との間において、Fe、Mo、(In)、Oの相互拡散(固体拡散)が進行し、その結果、Fe−Mo(−In)系複合酸化物が生成されると推測される。
【0053】
焼結時の加熱温度が840℃未満では、充分に複合酸化物が生成されず、一方、950℃を越えれば、高抵抗化してDCスパッタリングが困難となる問題が生じる。そこで、焼結温度は、840〜950℃の範囲内とすることが適切である。
【0054】
また、ホットプレスにより加圧焼結する場合の圧力は特に限定しないが、通常は、100〜500kgf/cm
2程度とすることが好ましい。また焼結時間(上記の温度範囲内での保持時間)も特に限定しないが、通常は2〜5時間保持すればよい。
【0055】
さらに、焼結に供する混合粉末を構成する各酸化物粉末の粒径は特に限定されないが、通常は、メジアン径(d50値)で、それぞれ0.2〜7μm程度であればよい。
【0056】
以上のようにして得られたターゲット材を、適宜機械加工などにより所定の形状、所定の寸法に加工し、必要に応じて銅などからなるバッキングプレートに貼着すれば、最終的にスパッタリング成膜に使用するスパッタリングターゲットとすることができる。
【0057】
〔光学機能膜〕
前述のような本発明のターゲット材を用いたスパッタリングターゲットによって、金属薄膜等の基板上にスパッタリング成膜すれば、光学機能膜が生成される。この光学機能膜の組成は、前述のようにスパッタリングターゲットの組成とほぼ同等となる。すなわち、光学機能膜は、金属元素として、FeとMoと(さらにはInと)を含有し、かつ前記金属元素の一部又は全部が酸化物の形態で存在する。
【0058】
そして特にスパッタリングターゲット材における全金属成分のうちの、Feの金属元素としての含有量が20〜95at%、Moの金属元素としての含有量が5〜80at%であれば、光学機能膜も、全金属成分のうちの、Feの金属元素としての含有量がほぼ20〜95at%で、Moの金属元素としての含有量がほぼ5〜80at%のものとなる。さらにスパッタリングターゲット材においてInが金属元素として含有されていて、全金属成分のうちのInの金属元素としての含有量が0.1〜23at%であれば、光学機能膜も、金属元素としてInを含み、且つ全金属成分のうちのInの金属元素としての含有量がほぼ0.1〜23at%のものとなる。
【0059】
このような光学機能膜においては、平均反射率が30%以下に抑えられ、且つ恒温恒湿試験前後の反射率変化最大値を15%以下に抑えることができるため、反射率特性の信頼性も高い。したがって金属薄膜(例えばタッチパネルの配線パターン)上に成膜することによって、金属薄膜の金属光沢を隠ぺいする効果を有する光学機能膜として有効である。
さらに、エッチング性も良好であると同時に、耐薬品性、耐候性も良好で、エッチング時、エッチング後の信頼性及び安定性も良好であり、したがって例えば上記のように金属薄膜(例えばタッチパネルの配線パターン)上に成膜されてエッチングが施される用途において有効に適用することができる。
【0060】
以下、本発明の実施例を、比較例とともに示す。なお以下の実施例は、本発明の効果を説明するためのものであって、実施例に記載された構成、プロセス、条件が本発明の技術的範囲を限定するものでないことはもちろんである。
【実施例】
【0061】
〔スパッタリングターゲットの製造〕
メジアン径(d50値)が4μmのMoO
2粉末と、メジアン径が1μmのIn
2O
3粉末と、メジアン径が1μmのFe
3O
4粉末を用意し、一部の例ではMoO
2粉末とFe
3O
4粉末とを、他の例ではMoO
2粉末とFe
3O
4粉末とIn
2O
3粉末とを混合して混合粉末を作製した。すなわち、金属成分としてのMo,Fe、Inが表1の比較例1〜3、実施例1〜18に示す組成比となるように各粉末を秤量し、各粉末を混合装置としてのボールミルに装入して混合した。
得られた各混合粉末を、真空中にて、700〜1000℃の範囲内の種々の温度において、圧力:200kgf/cm
2で3時間、ホットプレスに供し、焼結体(スパッタリングターゲット材)とした。
得られた各焼結体を、直径152.4mm、圧さ6mmに機械加工した後、Cu製のバッキングプレートにInはんだを用いて張り付けて、スパッタリングターゲットとした。
【0062】
〔スパッタリングによる成膜=光学機能膜の作製〕
このようなスパッタリングターゲットを用いて、ガラス基板上にスパッタリング成膜し、光学機能膜を作製する実験を行った。
スパッタリングによる成膜条件は次の通りである。
・電源:直流電源
・電力:600W
・ガス圧:Ar=50sccm
・T−S距離(ターゲット―基板間距離):70mm
・基板温度:室温
・基板:ガラス基板(商品名:Eagle XG)
【0063】
前述のようにして高温焼結によって得られた焼結体(スパッタリングターゲット材)について、複合酸化物(Fe−Mo−O系化合物)の有無を調べ、さらにスパッタリングターゲット材の評価と、スパッタリング成膜後の光学機能膜としての評価を、次のようにして行い、その結果を表1、表2中に示した。
【0064】
〔複合酸化物(Fe−Mo−O系化合物)の有無〕
各スパッタリングターゲット材について、複合酸化物(Fe−Mo−O系化合物)の存在の有無を、XRDによって調べた。XRDの条件は、X線としてCu−Kα線を用いて、粉末法によって行った。
ここで、既に述べたように、Fe、Mo、(In)含有のスパッタリングターゲット材をホットプレスなどの高温焼結法によって製造した場合、ターゲット材中の複合化合物としては、Fe
2Mo
3O
8相が優先的に生成されることが確認されている。またFe
2Mo
3O
8相のほか、FeMoO
4相が生成されることがあるが、そのFeMoO
4相の絶対量はFe
2Mo
3O
8相の絶対量よりも少ないことが確認されている。そこでターゲット材中の複合酸化物の有無は、Fe
2Mo
3O
8相についてその(002)面における回折ピークの強度(1秒当たりのカウント数:cps)を調べ、その強度が、MoO
2相の(011)面における回折ピークの強度の1.5%以上、またはFe
3O
4相の(311)面におけるる回折ピークの強度の1.5%以上である場合に、複合酸化物が存在すると判定して、表1の「複合酸化物の有無」の欄に「有」と記載し、MoO
2相の(011)面における回折ピークの強度の1.5%未満で且つFe
3O
4相の(311)面における回折ピークの強度の1.5%未満である場合に、複合酸化物が存在しないと判定して、表1の「複合酸化物の有無」の欄に「無し」と記載した。
なお、各比較例、各実施例ともに、Fe
2Mo
3O
8相についてその(002)面における回折ピークの強度は、MoO
2相の(011)面における回折ピークの強度の300%以下で且つFe
3O
4相の(311)面における回折ピークの強度の300%以下であった。
【0065】
〔スパッタリングターゲット材の評価〕
<割れ発生評価>
スパッタリングターゲット材についての割れの発生状況を、次のようにして調べた。
すなわち、焼結後、加工前のターゲット素材を浸透探傷試験によって調べ、割れの発生の発生状況を評価し、指示模様を目視で検知した場合に、表1の「割れ」の欄に「有」と記載した。
<反り発生評価>
また、ターゲット材についての反りの発生状況を、次のようにして調べた。
すなわち、焼結後、加工前のターゲット素材につて、ストレートエッジと隙間ゲージによって反り量を調べた。反り量が0.5mm以下の場合には、加工上、特段の問題がないことから、反り無しと判定し、一方、反り量が0.5mmを越える場合には、加工代が大きくなって歩留まりが悪くなることから、反り有りと判定した。
<密度比及び電気抵抗評価>
ターゲット材について、密度比を調べ、また電気抵抗値を調べた。密度比は、寸法と重量を測定し、真密度(100%)に対する比を求めた。電気抵抗値は、四探針法を用いて測定した。なお電気抵抗値の測定には、三菱化学製抵抗測定器ロレスタGPを用いた。
【0066】
〔光学機能膜としての評価〕
さらに実施例1〜18、比較例1〜3の各スパッタリングターゲットを用いて、金属薄膜上にスパッタリング成膜により積層した光学機能膜(積層膜)について、平均反射率と、恒温恒湿試験の前後における反射率変化の最大値を、次のようにして調べた。
<平均反射率の測定>
上述と同様の条件でスパッタリング成膜を行った。なおガラス基板上に、厚さ50nm
の酸化物膜(光学機能膜)、厚さ200nmの銅、アルミニウム、銀又はモリブデンのいずれかの金属膜の順に、積層成膜した。なお、実施例16ではAlを、実施例17ではAgを、実施例18ではMoを、それ以外の実施例及び比較例では、Cuをそれぞれ用いて、金属膜とした。金属膜は、メタル配線用であり、その成膜には、それぞれの金属スパッタリングターゲットを用いた。
次に、上記のようにガラス基板上に形成された積層膜について、反射率を測定した。この測定では、分光光度計(日立製U4100)を用い、ガラス基板側から400〜800nmの波長において測定した。そして、同様に作成した4サンプルで測定し、得られた測定値を平均して、平均反射率を求め、表2中の「膜の平均反射率(%)」とした。
【0067】
<反射率変化最大値の測定>
さらに、上記のようにガラス基板上に形成された積層膜について、以下に示す試験条件で、恒温恒湿試験を行った。
・温度:85℃
・湿度:85%
・保持時間:250時間
この恒温恒湿試験後に、前記と同様な手法で、400〜800nmの波長範囲内の反射率を測定し、試験後の反射率とした。一方、恒温恒湿試験を行う前の、上記と同様な反射率測定値を、試験前の反射率とし、恒温恒湿試験の前後における400、500、600、700、800nmの各波長での反射率変化を求めた。上記5波長のうち、反射率変化の最大値について、表2に示す「反射率変化最大値」とした。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
表1に示すように、焼結温度が840℃より低い条件で製造した比較例1〜3のスパッタリングターゲット材では、複合酸化物(Fe−Mo−O系化合物)が実質的に生成されず、その結果、ターゲット材に割れが発生することが確認された。
【0071】
一方、焼結温度が840℃より高い条件で製造した実施例1〜18のスパッタリングターゲット材では、表1に示すようにいずれも複合酸化物(Fe−Mo−O系化合物)の生成が認められ、その結果、ターゲット材に割れが発生しないことが確認された。但し、焼結温度が1000℃より高い条件で製造した実施例4のスパッタリングターゲット材では、密度比が低めで且つ抵抗値が高めとなった。
【0072】
また実施例1〜18のスパッタリングターゲット材のうち、実施例1〜4は、金属元素としてInを含有しなかった例であり、また実施例5はInを含有するが、その含有量が0.1at%未満と過少であった例であり、これらの実施例1〜5では、反りが発生した。これに対して、0.1at%以上のInを含有する実施例6〜9では、反りの発生を抑制することができた。但し、実施例9は、Inが23at%を越えたため、密度比が若干低めとなった。
【0073】
実施例10〜13は、Inを含有させずに、MoとFeの割合を変化させた例であり、これらの実施例10〜13のうち、Feが20〜95at%、Moが5〜80at%の範囲内の実施例11、12では特に問題はなかったが、Moが5at%より少なく且つFeが95at%より多い実施例10では、スパッタリング成膜後の膜として平均反射率が30%を越えていた。一方、Moが80at%より多く且つFeが20at%より少ない実施例13では、スパッタリング成膜後の膜として反射率最大変化量が15%を越えていた。
【0074】
さらに実施例14、15は、Inを含有させると同時に、Fe,Moの割合を、上記の範囲内の上限若しくは下限近くとした例であり、これらの例では良好な特性が確保された。