【実施例1】
【0020】
以下、本発明の実施例1について
図1〜
図9に基づいて説明する。
車両(図示略)には、左右1対のフロントサイドフレーム(図示略)の前端に左右1対のクラッシュカン1(炭素繊維樹脂構造体)の後端が夫々取り付けられている。
前方からの軽衝突等のように衝撃荷重が比較的小さい場合には、フロントサイドフレームを破損させることなく、クラッシュカン1のみが潰れることによって衝撃を吸収し、また、クラッシュカン1の変形のみで衝撃を吸収できない場合には、フロントサイドフレームが屈曲変形することにより衝撃を吸収して、車室に伝達される衝撃荷重を低減している。
左右1対のクラッシュカン1は、左右対称構造であるため、右側のクラッシュカン1について主に説明する。
【0021】
図1に示すように、クラッシュカン1は、前後方向に直交する面に沿った断面が略波型に構成されている。このクラッシュカン1は、略水平状の上端壁と下端壁との間に2つの略水平状の中間壁を有し、これらの左右方向端部同士が互い違いに上下に延びる縦壁によって連結されている。これにより、クラッシュカン1は、左側(車幅方向内側)に開口する2つの上下1対の凹部と右側(車幅方向外側)に開口する中間凹部とが上下方向に交互に形成された開断面構造に形成されている。
クラッシュカン1は、炭素繊維21〜25を強化材とした炭素繊維樹脂(CFRP)板材10(繊維強化樹脂板材)を成形(例えばホットプレス等)することによって形成されている。
【0022】
次に、炭素繊維樹脂板材10について説明する。
図2に示すように、炭素繊維樹脂板材10は、左右方向中間部分に設けられた中間部11と、左右両側端部に夫々設けられた第1,第2端部12,13と、中間部11と第1端部12との間の左側部分に設けられた第1途中部14と、中間部11と第2端部13との間の右側部分に設けられた第2途中部15とを備えている。
車両の正突時、クラッシュカン1に対して前方から後方に向かう圧縮荷重が入力されるため、以下、前後方向を炭素繊維樹脂板材2の圧縮荷重入力方向(配向0度)、左右方向を炭素繊維樹脂板材2の厚さ方向(配向90度)として説明する。
尚、
図2では、説明の便宜上、母材(マトリックス)16を省略している。
【0023】
中間部11には、前後方向に延びる複数の炭素繊維21が配設され、第1,第2端部12,13には、前後方向に延びる複数の炭素繊維22,23が夫々配設され、第1,第2途中部14,15には、上下方向に延びる複数の炭素繊維24,25が夫々配設されている。
【0024】
炭素繊維21〜25は、何れも同じ仕様で形成されている。
炭素繊維21〜23は、炭素繊維樹脂板材10の前端から後端に亙って連続して一様に延びる単繊維(フィラメント)が所定数(例えば12k)束ねられた繊維束(トウ)で構成され、炭素繊維24,25は、炭素繊維樹脂板材10の上端から下端に亙って連続して一様に延びる単繊維が所定数束ねられた繊維束で構成されている。
炭素繊維21〜25の単繊維の直径は、例えば7〜10μmである。
炭素繊維樹脂板材10の母材16には、熱硬化性エポキシ系合成樹脂が使用されている。
【0025】
上下方向に整列された炭素繊維21(22,23)は、左右方向に対して直交するように配設された第1炭素繊維層20aを構成している。
中間部11は、左右方向に18層積層された第1炭素繊維層20aによって形成され、第1,第2端部12,13は、単一の第1炭素繊維層20aによって夫々形成されている。
前後に整列された炭素繊維24(25)は、左右方向に対して直交するように配設された第2炭素繊維層20bを構成している。
第1,第2途中部14,15は、左右方向に2層積層された第2炭素繊維層20bによって夫々形成されている。
これにより、第1,第2途中部14,15の前後方向の強度を中間部11及び第1,第2端部12,13の前後方向の強度よりも数桁低く設定している。
【0026】
次に、クラッシュカン1の製造工程について説明する。
図3に示すように、クラッシュカン1の製造工程は、プリプレグ工程と、積層工程と、成形工程とからなっている。
プリプレグ工程では、炭素繊維21〜25を、一旦、一方向に揃えた状態で配列し、これら一方向に配列された炭素繊維21〜25を合成樹脂と一体化することによりフィルム状の一次中間体を形成する。そして、一次中間体の炭素繊維21〜25に母材16(例えば、熱硬化性エポキシ系合成樹脂)を含浸させたプリプレグ(第1炭素繊維層20a,第2炭素繊維層20bに相当)を作成する。
【0027】
積層工程では、炭素繊維21〜25が夫々規定された配向方向に整列するように各プリプレグを積層する。18層積層された配向0度のプリプレグ積層体(中間部11に相当)の両方の端面に2層の配向90度のプリプレグ積層体(第1,第2途中部14,15に相当)を夫々重ね合わせた後、配向90度のプリプレグの各々の端面に単一の配向0°のプリプレグ(第1,第2端部12,13に相当)を夫々重ね合わせている。
成形工程では、プリプレグ積層体を所定の熱間プレス機にセットし、加熱しながらプレス加工する。これらの工程により、炭素繊維樹脂板材10を素材としたクラッシュカン1を生産している。
【0028】
次に、本実施例のクラッシュカン1における作用、効果について説明する。
作用、効果の説明に当り、試験装置50(
図12参照)によって実施例1に係るクラッシュカン1の圧縮破壊を行い、クラッシュカン1の破壊現象を撮像すると共にクラッシュカン1の変位(mm)と反力(kN)を計測した。
【0029】
図4に示すように、クラッシュカン1の前端側部分には、加圧部52に圧縮破壊されたピラー部に相当する中間部11と、この中間部11の圧縮破壊に先行して中間部11の左右両側から剥離破壊されたフロンズ部に相当する第1,第2端部12,13が観察された。
左右のフロンズ部は、第1,第2端部12,13に対応するように略一定で且つ中間部11の左右幅に対して非常に小さな左右幅を形成し、左右幅の大きなピラー部を安定的に形成している。
【0030】
図5に示すように、ピラー部に相当する中間部11は、加圧部52に対して略直交状に衝突するため、この衝突部分において略直交状に屈曲される。それ故、炭素繊維21が短スパンで切断されることから、炭素繊維21の切断エネルギをエネルギ吸収に利用でき、単位重量当りで大きなEA量を確保している。
【0031】
図6に示すように、フロンズ部に相当する第1,第2端部12,13は、加圧部52に対して鋭角状に衝突するため、緩湾曲状に湾曲される。それ故、炭素繊維22,23が長スパンで切断されることから、単位重量当りで中間部11よりも小さなEA量になる。
ここで、炭素繊維樹脂板材10の左右幅(板厚)は設計上規定された固定値であるため、第1,第2端部12,13の左右幅を最小にすること自体、中間部11の左右幅を最大化することと同等であり、結果的に、クラッシュカン1として最大のEA量を確保している。
しかも、剥離破壊が生じる際、剥離破壊の起点となる第1途中部14の炭素繊維24が、中間部11の炭素繊維21と第1端部12の炭素繊維22とを連結するファイバーブリッジ26を形成し、第2途中部15の炭素繊維25が、中間部11の炭素繊維21と第2端部13の炭素繊維23とを連結するファイバーブリッジ26を形成しているため、炭素繊維22,23の切断エネルギをエネルギ吸収に利用してEA量の増加を図っている。
【0032】
これにより、
図7に示すように、本実施例のクラッシュカン1(実線)は、軟鋼製のクラッシュカン(破線)のように座屈発生に起因した反力の落ち込みを生じることなく、安定した反力を維持することができる。また、
図8に示すように、クラッシュカン1は軟鋼製のクラッシュカンの略5倍のEA質量効率を示し、
図9に示すように、クラッシュカン1は軟鋼製のクラッシュカンよりもストローク効率が約17%向上している。
即ち、クラッシュカン1は、衝突時、高い衝撃エネルギ吸収性能を発揮しつつ、潰れ残りが少ないことが確認された。
【0033】
以上により、クラッシュカン1によれば、圧縮荷重が入力されたとき、炭素繊維樹脂板材10の第1,第2端部12,13(第1炭素繊維層20a)を第1,第2途中部14,15(第2炭素繊維層20b)を介して夫々剥離させるように、炭素繊維樹脂板材10の左端側近傍部分と右端側近傍部分とに第1,第2途中部14,15を夫々配設したため、第1,第2途中部14,15の圧縮荷重入力方向に対する強度を中間部11及び第1,第2端部12,13の圧縮荷重入力方向に対する強度よりも意図的に低下させることができ、確実且つ安定的に剥離破壊の起点を形成することができる。
これにより、第1,第2途中部14,15を境界部分として、第1,第2途中部14,15よりも板厚方向内側の中間部11によってピラー部を形成することができ、第1,第2途中部14,15よりも板厚方向外側の第1,第2端部12,13によってフロンズ部を形成することができる。
【0034】
第1,第2途中部14,15の炭素繊維24,25が中間部11及び第1,第2端部12,13の炭素繊維21〜23に対して90度で交差するように配列されたため、第1,第2途中部14,15の圧縮荷重入力方向に対する強度を中間部11及び第1,第2端部12,13の圧縮荷重入力方向に対する強度よりも一層低下させることができ、確実に第1,第2途中部14,15を剥離破壊の起点にすることができる。
【0035】
炭素繊維樹脂板材2が、左右方向中間部分に第1炭素繊維層20aによって形成された中間部11と、左側端部に第1炭素繊維層20aによって形成された第1端部12と、右側端部に第1炭素繊維層20aによって形成された第2端部13と、中間部11と第1端部12との間に第2炭素繊維層20bによって形成された第1途中部14と、中間部11と第2端部13との間に第2炭素繊維層20bによって形成された第2途中部15とを備え、圧縮荷重が入力されて第1端部12と第2端部13とが中間部11から剥離したとき、第1,第2途中部14,15の炭素繊維24,25が、中間部11と第1端部12との間及び中間部11と第2端部13との間にファイバーブリッジ26を夫々形成している。
この構成によれば、第2炭素繊維層20bによって形成された第1,第2途中部14,15を境界部分として、中間部11をピラー部、第1,第2端部12,13をフロンズ部に形成することができる。
しかも、第1,第2途中部14,15の第2炭素繊維層20bの炭素繊維24,25を中間部11の炭素繊維21と第1端部12の炭素繊維22及び中間部11の炭素繊維21と第2端部13の炭素繊維23とに夫々連結できるため、剥離破壊の発生エネルギを増加することができ、エネルギ吸収性能を一層向上させることができる。
【実施例2】
【0036】
次に、実施例2に係るクラッシュカン1Aについて
図10,
図11に基づいて説明する。
実施例1のクラッシュカン1は、前後方向に直交する面に沿った断面が略波型に構成されたのに対し、実施例2のクラッシュカン1Aは、前後方向に直交する面に沿った断面が円型に構成されている。
尚、実施例1と同じ部材には、同じ符号を付している。
【0037】
図10,
図11に示すように、クラッシュカン1Aは、炭素繊維41〜45を強化材とした炭素繊維樹脂板材10Aを成形することによって形成されている。
炭素繊維樹脂板材10Aは、径方向中間部分に設けられた中間部31と、径方向外側端部に設けられた外側端部32と、径方向内側端部に設けられた内側端部33と、中間部31と外側端部32との間に設けられた外側途中部34と、中間部31と内側端部33との間に設けられた内側途中部35とを備えている。
クラッシュカン1Aは、炭素繊維樹脂板材10Aの周方向一側端部と周方向他側端部とを突き合わせて接合することにより略円筒状に構成されている。
【0038】
中間部31には、前後方向に延びる複数の炭素繊維41が配設され、外側及び内側端部32,33には、前後方向に延びる複数の炭素繊維42,43が夫々配設され、外側及び内側途中部34,35には、周方向に延びる複数の炭素繊維44,45が夫々配設されている。外側端部32の前端は、径方向外側程、前方に移行するように略テーパ状に形成され、中間部31、内側端部33、外側及び内側途中部34,35の前端部は、前後方向に直交するように略平坦状に形成されている。
【0039】
炭素繊維41〜43は、炭素繊維樹脂板材10Aの前端から後端に亙って連続して延びる単繊維が所定数束ねられた繊維束で構成され、炭素繊維44,45は、炭素繊維樹脂板材10Aの周方向に亙って連続して延びる単繊維が所定数束ねられた繊維束で構成されている。炭素繊維樹脂板材10Aの母材16は、熱硬化性エポキシ系合成樹脂である。
【0040】
周方向に整列された炭素繊維41(42,43)は、径方向に直交するように配設された第1炭素繊維層40aを構成している。
中間部31は、径方向に18層積層された第1炭素繊維層40aによって形成され、外側及び内側端部32,33は、単一の第1炭素繊維層40aによって夫々形成されている。
前後に整列された炭素繊維44(45)は、径方向に直交するように配設された第2炭素繊維層40bを構成している。
外側及び内側途中部34,35は、径方向に2層積層された第2炭素繊維層40bによって夫々形成されている。
これにより、外側及び内側途中部34,35によって外側及び内側端部32,33の剥離破壊の起点を確実に形成でき、特に外側端部32の剥離破壊を促進することができる。
【0041】
次に、前記実施形態を部分的に変更した変形例について説明する。
1〕前記実施形態においては、本発明を車両のクラッシュカンに適用した例を説明したが、これに限られず、衝撃吸収機能が必要な構造フレーム等の衝撃吸収体に適用することができる。
【0042】
2〕前記実施形態においては、中間部を18層、第1,第2(外側及び内側)端部を単層,第1,第2(外側及び内側)途中部を2層で構成した炭素繊維樹脂板材の例を説明したが、第1,第2途中部は3層以上又は単層でも良く、少なくとも剥離破壊の起点を形成できれば良い。また、フロンズ部を形成する第1,第2端部も、2層以上でも良く、剥離破壊の起点を形成するための第1,第2途中部と圧縮荷重入力方向の強度差を形成可能な範囲において、層数を決定することができる。
【0043】
3〕前記実施形態においては、配向0度の第1炭素繊維層と配向90度の第2炭素繊維層とを用いた例を説明したが、少なくとも第1炭素繊維層の炭素繊維の配向角度が圧縮荷重入力方向に対して強度的に有利であれば良く、第2炭素繊維層の炭素繊維の配向角度は第1炭素繊維層の炭素繊維の配向角度に対して交差するように配列されれば良い。好ましくは、第2炭素繊維層の炭素繊維の配向角度は第1炭素繊維層の炭素繊維の配向角度に対して45〜90の範囲であれば、高い効果を奏することができる。
【0044】
4〕前記実施形態においては、プリプレグ積層体を形成し、この積層体を熱間プレスして衝撃吸収用のクラッシュカンを成形した例を説明したが、プリプレグ積層体をバッキング処理し、このバッキングされたプリプレグ積層体を真空引きしながら加熱加工する真空バック法を用いても良い。
また、プリプレグを用いなくても成形は可能である。一般に知られているCFRPの成形方法を使用しても良い。例えば、炭素繊維のプリフォームを上下分離可能な成形型のキャビティ内にセットし、このキャビティ内に溶融させた合成樹脂を射出するRTM法によって成形しても良い。
【0045】
5〕前記実施形態においては、炭素繊維樹脂板材の一端から他端に亙って連続して延びる炭素繊維の例を説明したが、炭素繊維樹脂板材の一端から他端に亙って少なくとも強度的に連続していれば良く、圧縮荷重入力側の炭素繊維の長さが炭素繊維樹脂板材の圧縮荷重入力方向長さの少なくとも半分以上存在すれば本発明の効果を奏することができる。
【0046】
6〕その他、当業者であれば、本発明の趣旨を逸脱することなく、前記実施形態に種々の変更を付加した形態や各実施形態を組み合わせた形態で実施可能であり、本発明はそのような変更形態も包含するものである。