特許第6411084号(P6411084)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6411084
(24)【登録日】2018年10月5日
(45)【発行日】2018年10月24日
(54)【発明の名称】蒸気タービン用ロータの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/28 20060101AFI20181015BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20181015BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20181015BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20181015BHJP
   F01D 25/00 20060101ALI20181015BHJP
   F01D 5/02 20060101ALI20181015BHJP
【FI】
   C21D9/28 A
   C21D9/00 N
   C22C38/00 301F
   C22C38/58
   F01D25/00 L
   F01D25/00 F
   F01D25/00 X
   F01D5/02
【請求項の数】8
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-122754(P2014-122754)
(22)【出願日】2014年6月13日
(65)【公開番号】特開2015-78426(P2015-78426A)
(43)【公開日】2015年4月23日
【審査請求日】2017年2月23日
(31)【優先権主張番号】特願2013-190207(P2013-190207)
(32)【優先日】2013年9月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】特許業務法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 政之
(72)【発明者】
【氏名】閻 梁
(72)【発明者】
【氏名】村上 格
(72)【発明者】
【氏名】石橋 夏樹
(72)【発明者】
【氏名】金子 丈治
(72)【発明者】
【氏名】谷口 晶洋
(72)【発明者】
【氏名】和田 一宏
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特許第4713796(JP,B2)
【文献】 特開昭63−069919(JP,A)
【文献】 特開2005−133699(JP,A)
【文献】 特開昭55−038968(JP,A)
【文献】 特開昭56−044722(JP,A)
【文献】 特開平08−176671(JP,A)
【文献】 特開平07−118811(JP,A)
【文献】 特開2012−225222(JP,A)
【文献】 特表2000−514868(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00− 9/44, 9/50
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸気タービンを構成するロータの製造方法であって、
当該ロータのうち所定の対象部位については、その他の部位に比べて残留応力を低減させる工程であって、当該対象部位については、その加熱温度である焼戻し温度を、その他の部位に比べて高い温度に設定して当該ロータの焼戻しを少なくとも1回行う工程である焼戻し工程と、
前記対象部位については、その他の部位に比べて、結晶粒を微細化させる工程と、
を有し、
当該結晶粒を微細化させる工程は、
前記焼戻し工程の前に行われ、前記対象部位については、その加熱温度である焼入れオーステナイト化温度を、その他の部位に比べて低い温度に設定して当該ロータの焼入れを行う工程である焼入れ工程と、
当該焼入れ工程の前に行われ、その加熱温度である調質前焼鈍温度を、1050〜1300℃に設定して当該ロータ焼鈍しを行う工程である調質前焼鈍工程と、
を含み、
前記ロータは、炭素が0.15〜0.33%、ケイ素が0.03〜0.20%、マンガンが0.5〜2.0%、ニッケルが0.1〜1.3%、クロムが0.9〜3.5%、モリブデンが0.1〜1.5%、バナジウムが0.15〜0.35%、任意成分としてタングステンが1.0%以下、質量%で含有されており、残部が、鉄及び不可避的不純物であるフェライト系合金鋼により構成されている
ことを特徴とする蒸気タービン用ロータの製造方法。
【請求項2】
前記対象部位について、前記焼戻し温度は660〜700℃に設定されている
ことを特徴とする請求項1に記載の蒸気タービン用ロータの製造方法。
【請求項3】
前記対象部位の焼入れオーステナイト化温度は、880〜910℃に設定されている
ことを特徴とする請求項に記載の蒸気タービン用ロータの製造方法。
【請求項4】
前記焼戻し工程は、
600〜700℃に設定された第1段焼戻し温度に加熱して焼戻す工程である第1段焼戻し工程と、
当該第1段の焼戻し工程の後に行われ、600〜700℃に設定された第2段焼戻し温度に加熱して焼戻す工程である第2段の焼戻し工程と、
を含む
ことを特徴とする請求項に記載の蒸気タービン用ロータの製造方法。
【請求項5】
前記対象部位については、第1段焼戻し温度及び第2段焼戻し温度のうち少なくとも一方が、その他の部位に比べて高い温度に設定されており、且つ当該温度は、660〜700℃に設定されている
ことを特徴とする請求項に記載の蒸気タービン用ロータの製造方法。
【請求項6】
第1段の焼戻し工程及び第2段焼戻し工程のうち少なくとも一方の工程において、前記対象部位からその他の部位に向かうに従って焼戻し温度が低くなるように加熱する傾斜加熱を行う
ことを特徴とする請求項に記載の蒸気タービン用ロータの製造方法。
【請求項7】
第2段焼戻し工程において傾斜加熱を行う場合、前記対象部位については、炉内で第2段焼戻し温度に加熱し、その他の部位については、炉外に出した状態で、焼戻しを行う
ことを特徴とする請求項に記載の蒸気タービン用ロータの製造方法。
【請求項8】
前記蒸気タービンは、地熱発電に用いられるものであり、前記ロータは、腐食性ガスを含む蒸気に曝されるものである
ことを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載の蒸気タービン用ロー
タの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、蒸気タービン用ロータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蒸気タービンには、地熱発電に用いられるものがある。地熱発電は、地下にある蒸気等を地表に設けられた蒸気タービンに導き、当該蒸気の力により蒸気タービンのロータを回転させる。このような地熱発電用の蒸気タービンに導入される天然の蒸気の温度は、一般的な火力発電用蒸気タービンに導入される蒸気の温度に比べて低いものであり、例えば、200℃程度である。また、地熱発電において蒸気タービンに導入される天然の蒸気には、硫化水素等、金属を腐食させる腐食性ガスが含まれていることがある。
【0003】
このような地熱発電用蒸気タービンのロータには、水素脆化(hydrogen embrittlement)による割れ(以下、単に「水素割れ」と記す)が生じる場合がある。蒸気タービンのロータを構成する材料(以下、ロータ材と記す)には、引っ張り強さ、耐力、靱性等の機械的性質や、耐腐食性に加えて、水素脆化による割れが生じない能力(以下、耐水素割れ性と記す)が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4713796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した耐水素割れ性や耐腐食性を確保するため、地熱発電用蒸気タービンのロータ材には、火力発電用蒸気タービンのロータ材として使用実績が豊富な1%CrMoV鋼を基に、さらに靱性を強化させた1〜2%Cr系材料が使用されることが多い。
【0006】
ところで、地熱発電用の蒸気タービンのロータのうち、天然の蒸気に最初に曝される部位などは、その他の部位に比べて腐食性が高い環境で使用されることがある。このような部位については、その他の部位に比べて、特に水素割れが生じて、当該水素割れが進展しやすいという問題があり、特に耐水素割れ性を向上させることが要望されている。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、蒸気タービン用ロータのうち、所定の対象部位については、耐水素割れ性を向上させることが可能な蒸気タービン用ロータの製造技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態の蒸気タービン用ロータの製造方法は、蒸気タービンを構成するロータの製造方法であって、当該ロータのうち所定の対象部位については、その他の部位に比べて残留応力を低減させる工程であって、当該対象部位については、その加熱温度である焼戻し温度を、その他の部位に比べて高い温度に設定して当該ロータの焼戻しを少なくとも1回行う工程である焼戻し工程と、前記対象部位については、その他の部位に比べて、結晶粒を微細化させる工程と、を有し、当該結晶粒を微細化させる工程は、前記焼戻し工程の前に行われ、前記対象部位については、その加熱温度である焼入れオーステナイト化温度を、その他の部位に比べて低い温度に設定して当該ロータの焼入れを行う工程である焼入れ工程と、当該焼入れ工程の前に行われ、その加熱温度である調質前焼鈍温度を、1050〜1300℃に設定して当該ロータ焼鈍しを行う工程である調質前焼鈍工程と、を含み、前記ロータは、炭素が0.15〜0.33%、ケイ素が0.03〜0.20%、マンガンが0.5〜2.0%、ニッケルが0.1〜1.3%、クロムが0.9〜3.5%、モリブデンが0.1〜1.5%、バナジウムが0.15〜0.35%、任意成分としてタングステンが1.0%以下、質量%で含有されており、残部が、鉄及び不可避的不純物であるフェライト系合金鋼により構成されている
【発明の効果】
【0009】
本発明の実施形態によれば、蒸気タービン用ロータのうち所定の対象部位については、耐水素割れ性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】第1及び第2実施形態の蒸気タービン用ロータの一例と、その周辺構成を示す模式図である。
図2】第1及び第2実施形態の蒸気タービン用ロータ材の一例を説明する説明図である。
図3】第1及び第2実施形態の製造方法の熱処理条件を示す図である。
図4】第1及び第2実施形態の製造方法の熱処理が施された供試材の結晶粒度(G.S.No.)、残留応力(最大引張応力)及び耐水素割れ性の判定結果を示す図である。
図5】比較例の熱処理条件を示す図である。
図6】比較例の熱処理が施された供試材の結晶粒度(G.S.No.)、残留応力(最大引張応力)及び耐水素割れ性の判定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【0012】
〔第1の実施形態〕
第1の実施形態の製造方法が適用される蒸気タービン用ロータの一例について、図1を用いて説明する。図1は、本実施形態の蒸気タービン用ロータと、その周辺構成を示す模式図である。なお、図1においては、理解を容易にするため、動翼、静翼、ケーシングの下側を省略している。
【0013】
図1に示すように、蒸気タービン1は、軸流式のターボ形流体機械であり、静翼3が内側に結合されたケーシング5と、当該ケーシング5内において回転中心軸(図に一点鎖線Aで示す)を中心に回転する蒸気タービン用ロータ(以下、単に「ロータ」と記す)10とを有している。ロータ10は、略円柱状をなして軸方向に延びている。ロータ10には、その周方向に複数の動翼12が配列されている。ロータ10の軸方向(一点鎖線Aで示す方向)において、動翼12は、静翼3と対向して配列されており、静翼3と共に複数のタービン段を構成している。
【0014】
蒸気タービン1は、図に矢印Fで示すように、ロータ10の軸方向のうち一方側(以下、上流側と記す)から蒸気が導入される。本実施形態の蒸気タービン1は、地熱発電に用いられ、天然の蒸気が導入される。天然の蒸気には、硫化水素等、金属を腐食させる腐食性ガスが含まれている。よって、ロータ10は、腐食性ガスを含む天然の蒸気に曝される。
【0015】
特に、蒸気タービン1の上流側を構成するタービン段の近傍は、図1に示すように、天然の蒸気が流入する部位であり、上述した腐食性ガスに曝されるため、特に、耐水素割れ性が要求される。例えば、ロータ10のうち、上流側の第1タービン段から第4タービン段を構成する動翼12が結合される結合部分(以下、羽根植込み部と記して図に破線で示す)20a,21a,22a,23aにおいては、動翼12との隙間に、天然の蒸気に含まれる腐食成分が析出し堆積することがある。このため、ロータ10のうち羽根植込み部20a,21a,22a,23aをそれぞれ含む略円柱状をなしている部分(以下、段落部と記して図に二点鎖線で示す)20,21,22,23においては、その他の部位に比べて水素割れが発生しやすい。
【0016】
一方、蒸気タービン1の下流側(図示せず)においては、天然の蒸気が、タービン段において仕事をして凝縮してドレン化(液化)する。このため、蒸気中の腐食成分は、羽根植込み部に堆積することなく、凝縮したドレンとともにタービンの外部に排出される。このため、ロータ10のうち蒸気タービン1の下流側の部位においては、水素割れが発生しにくい。
【0017】
本実施形態のロータ10においては、地熱蒸気が流入する蒸気タービンの上流側のタービン段の羽根植込み部20a,21a,22a,23aをそれぞれ含む、段落部20,21,22,23が、耐水素割れ性の向上が特に必要とされる部位であり、以下の説明において、「対象部位」と記す。また、本実施形態においては、ロータ10のうち所定の対象部位(段落部)20,21,22,23以外の部位を、以下の説明において「その他の部位」と記す。
【0018】
次に、本実施形態の蒸気タービン用ロータの製造方法で用いられるロータ材について、図2を用いて説明する。図2は、本実施形態の蒸気タービン用ロータ材の一例を説明する説明図である。なお、図2においては、一例として、評価に供されたロータ材(以下、供試材と記す)の成分と、特許請求の範囲に示すロータ材の成分とを示している。供試材A,B,C,D,E,F,Gに対して、本実施形態の熱処理を行った結果については、後述する。
【0019】
図2に示すように、蒸気タービン用ロータは、主要な部分が鉄(元素記号:Fe)で構成された、いわゆるフェライト系合金鋼(ferritic alloy steel)で構成されている。当該フェライト系合金鋼は、合金元素として質量%で、炭素(元素記号:C)が0.15〜0.33%、ケイ素(元素記号:Si)が0.03〜0.20%、マンガン(元素記号:Mn)が0.5〜2.0%、ニッケル(元素記号:Ni)が0.1〜1.3%、クロム(元素記号:Cr)が0.9〜3.5%、モリブデン(元素記号:Mo)が0.1〜1.5%、バナジウム(元素記号:V)が0.15〜0.35%、任意成分としてタングステン(元素記号:W)が1.0%以下、含有されている。なお、本実施形態のフェライト系合金鋼には、タングステンは含有されていない。
【0020】
加えて、当該フェライト系合金鋼には、製造上の必要に応じて、窒素(元素記号:N)が0.005〜0.015%、質量%で含有されている。窒素は、焼入性を向上させ、大型鋼塊であっても、その中心部位におけるフェライトの生成を抑制するので、ロータ材の大径化に有効である。また、窒素は、マトリックス(主要金属)中に固溶して、Nb(C,N)の炭窒化物として析出することにより、ロータ10の高強度化に有効である。なお、上述した元素以外にも、製造上混入が避けられない不純物(以下、不可避的不純物と記す)が含まれるものとしても良い。
【0021】
次に、本実施形態の製造方法(熱処理方法)について、図3及び図4を用いて説明する。図3は、本実施形態の製造方法の熱処理条件を示す図である。図4は、本実施形態の製造方法の熱処理が施された供試材の結晶粒度、残留応力(最大引張応力)及び耐水素割れ性の判定結果を示す図である。
【0022】
上述した本実施形態のロータ材は、一般的な方法により溶製されて得ることができ、得られた高温の合金鋼には、鍛造等の熱間加工が施される。このような熱間加工を行った後に、本実施形態の各種の熱処理が行われる。当該熱処理には、例えば、調質(quality heat treatment)がある。調質とは、材質を安定させるために、焼入れにより硬化させた後、比較的高い温度で焼戻す熱処理であり、以下の説明において単に「調質処理」と記す。
【0023】
(1)調質前焼鈍工程
本実施形態の製造方法においては、上述した調質処理工程を行う前に、焼鈍し(annealing)を行う。以下に図3及び図4を用いて説明する。この工程においては、蒸気タービン用ロータを所定の温度に加熱し、当該温度において保持した後、徐々に冷却する。これにより、ロータ材を軟化させて内部にある歪を除去することができる。調質処理を行う前において、当該焼鈍しを行う工程を、以下の説明において「調質前焼鈍工程」と記す。以下に説明する調質前焼鈍工程は、上述した対象部位、及びその他の部位を含む蒸気タービン用ロータの全体について行われる。
【0024】
本実施形態の調質前焼鈍工程において、その焼鈍しの加熱温度(以下、単に「焼鈍温度」と記す)は、1050〜1300℃に設定される。一例として、図に示すように、焼鈍温度は、1150℃又は1050℃に設定されている。調質前焼鈍工程においては、ロータ材を、1050〜1300℃に設定された焼鈍温度に達するまで加熱し、当該焼鈍温度を、所定の時間(以下、保持時間と記す)保持した後、炉冷又は空冷などの十分に遅い冷却速度で徐々に冷却する。そして、その後の調質処理の焼入れ工程において対象部位について結晶粒の微細化を図る。なお、焼鈍温度の保持時間は、5時間に設定されている。
【0025】
なお、焼鈍温度の下限値が1050℃に設定されるのは、鍛造などの熱間加工工程で生じた歪を除去するためであり、また、粗大な炭化物や炭窒化物をマトリックス(主要金属、母材)中に固溶させて均質な組織にするためには1050℃以上の焼鈍温度が必要だからである。1050℃未満では、当該工程の後に実施する調質処理工程で、ロータ材に要求される品質や材料特性が得られなくなる。
【0026】
また、焼鈍温度の上限値が1300℃に設定されるのは、1300℃を超えると焼鈍炉の寿命を著しく短くしてしまうため、実際の製造上において不適切であるためである。このため、焼鈍温度は、1050℃〜1300℃の範囲に設定される。なお、焼鈍温度は、同様の理由により、下限値を1100℃に設定し、且つ上限値を1250℃に設定することがより好適である。
【0027】
このような温度での調質前焼鈍工程を行うことにより、ロータ材内部の歪みを除去すると共に、比較的高い割合でパーライト組織を生成することができる。調質前焼鈍工程において生成される当該パーライト組織の割合が高いほど、下記に説明する調質処理を行った後、結晶粒が微細化する。すなわち、結晶粒を微粒化させる工程には、上述した調質前焼鈍工程が含まれる。
【0028】
(2)調質処理
(2−1)焼入れ工程
本実施形態の調質処理においては、まず、焼入れ(quenching)を行って、ロータ材の組織をオーステナイト化する。この工程においては、ロータ材を加熱し、所定の加熱温度(以下、焼入れオーステナイト化温度と記す)に保持してから、ロータ材を急冷する。これにより、ロータ材の組織を、オーステナイト化する。この焼入れにより当該組織をオーステナイト化する工程を、以下の説明において、単に「焼入れ工程」と記す。
【0029】
本実施形態の焼入れ工程において、その焼入れオーステナイト化温度は、ロータのうち、耐水素割れ性が特に必要とされる対象部位については、その他の部位に比べて低い温度に設定される。その他の部位の焼入れオーステナイト化温度は、910〜950℃に設定される。一方、対象部位の焼入れオーステナイト化温度は、その他の部位に比べて低い温度である880〜910℃に設定される。このようなオーステナイト化温度で焼入れを行うことにより、本実施形態の焼入れ工程は、ロータのうち対象部位について、その他の部位に比べて結晶粒を微細化させることができる。すなわち、結晶粒を微粒化させる工程には、当該焼入れ工程が含まれる。
【0030】
図3に示すうように、焼入れオーステナイト化温度は、その他の部位については、920℃に設定されており、対象部位については、その他の部位に比べて低い温度である900℃に設定されている。焼入れ工程においては、ロータ材を、上述した焼入れオーステナイト化温度に達するまで加熱し、当該焼入れオーステナイト化温度を、所定の保持時間、保持した後、ロータに対して水を霧状にして吹き付けることにより、急速に冷却する。なお、本実施形態において、焼入れオーステナイト化温度の保持時間は、5時間に設定されている。
【0031】
対象部位について結晶粒の微細化を図ることにより、微細化を図らない場合と比べて、水素割れによるき裂が発生する寿命は同じであるものの、き裂が進展する速度(以下、き裂進展速度と記す)が抑制される。この「き裂進展速度」の抑制により、対象部位について耐水素割れ性が向上する。
【0032】
焼入れオーステナイト化温度は、880℃未満であっても、結晶粒の微細化効果を得ることは可能であるが、炭窒化物の固溶が不十分となるため、後述する焼戻し後に必要な強度や靱性が得られなくなる。また、残留応力(引張)が比較的大きくなる原因ともなり得る。一方、焼入れオーステナイト化温度が910℃を超えると、その他の部位に適用される焼入れオーステナイト化温度と同様となり、対象部位に必要とされる十分な耐水素割れ性を確保することができない。このため、耐水素割れ性の向上が特に必要とされる対象部位については、焼入れオーステナイト化温度は、880〜910℃の範囲に設定される。なお、同様の理由により、対象部位の焼入れオーステナイト化温度は、下限値を890℃に設定し、上限値を905℃に設定することが、より好適である。
【0033】
なお、上述した焼入れオーステナイト化温度を所定の保持時間で保持した後、水を噴射する水スプレーによりロータの急冷が行われて、当該焼入れ工程は完了する。
【0034】
(2−2)焼戻し工程
本実施形態の調質処理において、焼戻し(tempering)を行う。この工程においては、上述した焼入れ工程を行った後、焼入れオーステナイト化温度に比べて低い温度に設定された所定の加熱温度(以下、焼戻し温度と記す)にまでロータ材を再び加熱してから冷却する。これにより、ロータ材は、靱性等の所要の性質を得ることができる。この焼戻しをする工程を、以下の説明において「焼戻し工程」と記す。なお、当該焼戻し工程について、図3には「第1段焼戻し」と記す。
【0035】
本実施形態の焼戻し工程において、その焼戻し温度は、ロータのうち、耐水素割れ性が特に必要とされる対象部位については、その他の部位に比べて高い温度に設定される。その他の部位の焼戻し温度は、600〜660℃に設定される。一方、対象部位の焼戻し温度は、その他の部位に比べて高い温度である660〜700℃に設定される。このような焼戻し温度で焼戻しを行うことにより、本実施形態の焼戻し工程は、ロータのうち対象部位について、焼戻し後に生じる残留応力(引張)を、その他の部位に比べて低減させることができる。すなわち、対象部位については、その他の部位に比べて残留応力を低減させる工程には、当該焼戻し工程(2−2)が含まれている。
【0036】
図3に「第1段焼戻し」に示すように、本実施形態において、対象部位の焼戻し温度は、670℃に設定され、その他の部位の焼戻し温度は、630℃に設定されている。焼戻し工程においては、ロータ材を、上述した焼戻し温度に達するまで加熱し、当該焼戻し温度を、所定の保持時間、保持した後、冷却する。なお、焼戻し温度の保持時間は、20時間に設定されている。
【0037】
ロータ材に作用する応力には、外部応力(外力)と内部応力(残留応力)がある。耐水素割れ性の向上が特に必要とされる対象部位については、その他の部位に比べて高い温度660〜700℃で焼戻しを行うことにより、残留応力(引張)が低減される分、ロータ材に作用する応力が低減される。これにより、ロータの対象部位における水素割れの進展を抑制することができる。
【0038】
上述したフェライト系合金鋼において、残留応力(引張)を低減する効果は、660℃以上であれば得られるが、700℃を超えると、ロータの強度が低下する。このため、耐水素割れ性の向上が特に必要とされる対象部位については、焼戻し温度は、660〜700℃に設定される。なお、同様の理由により、対象部位については、焼戻し温度の下限値を665℃に設定し、上限値を685℃に設定することが、より好ましい。
【0039】
なお、蒸気タービン用ロータのうち、対象部位の焼戻し温度を、その他の部位の焼戻し温度に比べて高温にする手法としては、高周波誘導加熱法(high-frequency induction heating)を用いることができる。ロータのうち耐水素割れ性が特に必要とされる対象部位のみ、高周波誘導加熱法により加熱することで、対象部位の焼戻し温度を、その他の部位の焼戻し温度に比べて高温にすることができる。
【0040】
〔ロータ材と熱処理条件〕
本実施形態の蒸気タービン用ロータの製造方法(熱処理方法)を、各種のロータ材に適用した場合の耐水素割れ性について、図2図6を用いて説明する。
【0041】
図2は、本実施形態の蒸気タービン用ロータ材の一例を説明する説明図であり、評価に供されたロータ材(以下、供試材と記す)の成分を示している。図2に示す供試材は、真空誘導溶解炉(VIM)によって溶製され、鍛造を行った3個の50kg試験鋼塊A,B,C,D,E,F,Gを用いた。
【0042】
図3は、本実施形態の製造方法の熱処理条件を示す図である。図4は、本実施形態の製造方法の熱処理が施された供試材の結晶粒度(G.S.No.)、残留応力(最大引張応力)及び耐水素割れ性の判定結果を示す図である。図5は、比較例の熱処理条件を示す図である。図6は、比較例の熱処理が施された供試材の結晶粒度(G.S.No.)、残留応力(最大引張応力)及び耐水素割れ性の判定結果を示す図である。
【0043】
結晶粒度(G.S.No.)は、JISで規定された旧オーステナイト結晶粒度を結晶粒度標準図と比較することによって求めた。G.S.No.は、数値が大きくなるに従って、結晶粒径が小さくなることを表している。
【0044】
残留応力(最大引張応力)は、下記の式(1)とX線応力測定法を用いて求めた。
【0045】
nλ=2dsinθ・・・(1)
式(1)において、
n:回折の次数
λ:X線の波長
d:材料の結晶格子面間隔
θ:回折角
を示している。
【0046】
式(1)に示すX線回折におけるブラッグの法則で、θ(回折角)が分かればd(材料の結晶格子面間隔)が求められ、標準結晶格子面間隔との差からひずみを求め、ヤング率とポアソン比から残留応力を算出することができる。
【0047】
耐水素割れ性は、材料の腐食によって発生した水素が材料中に進入、拡散し、非金属介在物とマトリックス(主要金属、母材)との界面に集まり、分子化して出来た水素ガスの圧力に起因して生じる割れに対する抵抗性である。
【0048】
水素割れ性の試験は、NACE基準(TM0284,Evaluation of Pipeline and Pressure Vessel Steels for Resistance to Hydrogen-Induced Cracking)に従って実施した。pH4の5%NaCl+0.5%酢酸溶液中に、試験温度24±2.8℃で96時間浸漬した後、断面を切断評価し、割れの有無を確認した。試験片サイズは50mm×30mm×10mmで、供試材ごとに3個の試験片を用い、いずれの試験片にも割れの発生が認められない場合のみ「耐水素割れ性:○」、それ以外は「耐水素割れ性:×」とした。
【0049】
図3及び図4に示す例のように、調質前焼鈍、焼入れ、焼戻し(第1段焼戻し及び第2段焼戻し)を本実施形態の熱処理条件の範囲で実施した場合、少なくとも耐水素割れ性が必要される対象部位については、すべて耐水素割れ性は「○」であった。
【0050】
しかしながら、図5及び図6に示す比較例のように、調質前焼鈍、焼入れ、焼戻し(第1段焼戻し及び第2段焼戻し)のうち、いずれかの条件が、本実施形態の熱処理条件の範囲を満たさないで実施した場合には、耐水素割れ性を必要とする対象部位は、いずれも耐水素割れ性は「×」であった。
【0051】
すなわち、本実施形態の蒸気タービン用ロータの製造方法は、耐水素割れ性を特に必要とする対象部位において、良好な耐水素割れ性が与えられることが明らかとなった。
【0052】
以上に説明したように、本実施形態の蒸気タービン用ロータの製造方法は、ロータのうち対象部位については、その他の部位に比べて、残留応力を低減させる工程(2−2)を有するものとした。ロータのうち対象部位については、焼戻し後に生じる残留応力が、その他の部位に比べて低減されることにより、水素割れの進展を抑制することができ、耐水素割れ性を向上させることができる。
【0053】
また、本実施形態において、残留応力を低減させる工程は、前記ロータについて焼入れを行った後に当該ロータの焼戻しを行う工程である焼戻し工程(2−2)を含んでいる。当該焼戻し工程において、図3に構成例4,5,7〜9,12,13,15,16,18,19,21,23,25,27〜31,34〜40,42で示すように、蒸気タービン用ロータの対象部位については、その加熱温度である焼戻し温度(第1段焼戻し)が、その他の部位に比べて高い温度に設定されている。このように焼戻し温度を設定することにより、対象部位については、その他の部位に比べて残留応力を低減することができる。
なお、本明細書において「構成例」(図3参照)は、本願の請求項に係る発明の実施例ではない。構成例1〜42のうち、本願の請求項1に係る発明の実施例は、19〜21,26〜31,34〜37,42である。その他の例1〜18,22〜25,32,33,38〜41は、残留応力低減及び結晶粒微細化の効果の理解に役立つ例である。
【0054】
なお、本実施形態において、蒸気タービン用ロータの対象部位については、高周波誘導加熱法により加熱することにより、その他の部位に比べて高い温度に設定された焼戻し温度にするものとした。高周波誘導加熱法により、ロータのうち特に耐水素割れ性が必要とされる対象部位のみ、その焼戻し温度を、その他の部位に比べて高温にすることができる。
【0055】
また、本実施形態において、対象部位については、その他の部位に比べて、結晶粒を微細化させる工程(2−1)をさらに有するものとした。対象部位について結晶粒が微細化させることにより、強度及び靱性を向上させると共に水素割れの進展速度をより遅いものにすることができる。
【0056】
また、本実施形態において、「結晶粒を微細化させる」工程は、焼戻し工程(2−2)の前に当該ロータの焼入れを行う工程である焼入れ工程(2−1)を含んでいる。当該焼入れ工程(2−1)において、図3に構成例2,3,19〜21,26〜37,41,42で示すように、対象部位については、その加熱温度であるオーステナイト化温度が、その他の部位に比べて低い温度に設定されているものとした。このようにオーステナイト化温度を設定することにより、対象部位については、その他の部位に比べて結晶粒を微細化させることができる。
【0057】
また、本実施形態において、蒸気タービン用ロータは、図2に供試材A,B,C,D,E,F,Gで示すように、炭素が0.15〜0.33%、ケイ素が0.03〜0.20%、マンガンが0.5〜2.0%、ニッケルが0.1〜1.3%、クロムが0.9〜3.5%、モリブデンが0.1〜1.5%、バナジウムが0.15〜0.35%、窒素が0.005〜0.015%、任意成分としてタングステンが1.0%以下、質量%で含有されているフェライト系合金鋼により構成されているものとした。このようなフェライト系合金鋼でロータを構成することにより、硫化水素等の腐食性の高いガスに曝されても、水素割れが生じにくく、仮に、耐水素割れが生じても、き裂が進展しにくいロータを実現することができる。
【0058】
また、図3に構成例4,5,7〜9,12,13,15,16,18,19,21,23,25,27〜31,34〜40,42で示すように、蒸気タービン用ロータの対象部位について、焼戻し工程の加熱温度、すなわち焼戻し温度は、660〜700℃に設定されているものとした。上述したフェライト系合金鋼において、残留応力を低減する効果は、660℃以上の焼戻し温度であれば得られる。しかし、焼戻し温度が700℃を超えると、ロータの強度が低下してしまう。このため、耐水素割れ性の向上が特に必要とされる対象部位については、焼戻し温度を、660〜700℃に設定することで、強度の低下を抑制しつつ、残留応力を低減させることができる。
【0059】
なお、上述した実施形態の焼戻し工程(2−2)において、対象部位の焼戻し温度は、670℃に設定され、その他の部位については、630℃に設定されるものとしたが、本発明に係る焼戻し温度は、これに限定されるものではない。例えば、図に示すように、対象部位を、その他の部位と同一の焼戻し温度である630℃にすることもできる。
【0060】
また、図3に構成例2,3,19〜21,26〜37,41,42で示すように、焼入れ工程(2−1)において、対象部位については、オーステナイト化温度が、880〜910℃に設定されているものとした。オーステナイト化温度が880℃未満であると、炭窒化物の固溶が不十分となるため、後述する焼戻し後に必要な強度や靱性が得られなくなり、残留応力が比較的大きくなる原因ともなり得る。一方、焼入れオーステナイト化温度が910℃を超えると、対象部位に必要とされる十分な耐水素割れ性を確保することが困難になる。このため、耐水素割れ性の向上が特に必要とされる対象部位については、焼入れオーステナイト化温度を、880〜910℃に設定することで、必要な強度や靱性を確保しつつ、結晶粒を微細化させることができる。
【0061】
また、本実施形態において、上述した「結晶粒を微細化させる」工程は、焼入れ工程(2−1)の前に焼鈍しを行う工程である調質前焼鈍工程(1)を含み、当該調質前焼鈍工程(1)において、その加熱温度である調質前焼鈍温度は、1050〜1300℃に設定されているものとした。このような温度で調質前工程を行うことにより、比較的高い割合でパーライト組織を生成することができる。当該パーライト組織の割合が高いロータ材に、上述した焼入れ工程(2−1)を行うことにより、より結晶粒を微細化させることができる。
【0062】
なお、上述した本実施形態の調質処理において、焼戻しは、一度だけ行うものとしたが、本発明に係る調質処理の態様は、これに限定されるものではない。例えば、調質処理において焼戻し工程を2回行うことも好適であり、他の調質処理の一例について以下に説明する。
【0063】
〔第2の実施形態〕
本実施形態の調質処理について説明する。本実施形態においては、蒸気タービン用ロータの全体について二段階の焼戻しを行う。加えて、調質処理の焼入れ工程における焼入れオーステナイト化温度が、第1の実施形態と異なっており、以下に詳細を説明する。なお、第1の実施形態と略共通の構成については、説明を省略する。
【0064】
(2−1B)焼入れ工程
本実施形態の焼入れ工程において、その焼入れオーステナイト化温度は、蒸気タービン用ロータのうち、耐水素割れ性が特に必要とされる対象部位と、その他の部位で同じ温度に設定される。すなわち、対象部位とその他の部位を含むロータ全体について、均一の焼入れオーステナイト化温度で焼入れが行われる。この焼入れオーステナイト化温度は、910〜950℃に設定される。なお、第1の実施形態と同様に、対象部位については、その焼入れオーステナイト化温度を、その他の部位に比べて低い温度に設定するものとしても良い。
【0065】
(2−2B)二段階の焼戻し工程
本実施形態の調質処理においては、二段階の焼戻しを行う。すなわち、本実施形態の調質処理の焼戻し工程は、第1段の焼戻し工程(2−2B1)と、第2段の焼戻し工程(2−2B2)とを有している。なお、第1段の焼戻し工程における焼戻し温度を、以下の説明において「第1段焼戻し温度」と記し、第2段の焼戻し工程における焼戻し温度を「第2段焼戻し温度」と記す。
【0066】
(2−2B1)第1段の焼戻し工程
第1段の焼戻し工程においては、蒸気タービン用ロータのうち、対象部位と、その他の部位との双方について、その加熱温度である第1段焼戻し温度は、600〜700℃に設定される。なお、対象部位の第1段焼戻し温度と、その他の部位の第1段焼戻し温度は、同一の温度に設定することができる。以下、図3及び図5を用いて説明する。
【0067】
各図に示すように、第1段焼戻し温度は、対象部位については、670℃に設定され、その他の部位については、630℃に設定されている。第1段の焼戻し工程においては、ロータ材を、第1段焼戻し温度に達するまで加熱し、当該第1段焼戻し温度を、所定の保持時間、保持した後、冷却する。なお、第1段焼戻し温度の保持時間は、20時間に設定されている。
【0068】
なお、対象部位の第1段焼戻し温度は、各図に示すように、その他の部位と同じ630℃に設定するものとしても良い。また、対象部位については、その表層のみが第1段焼戻し温度である670℃となるよう加熱するものとしても良い。
【0069】
また、第1段の焼戻し工程において、対象部位については、第1段焼戻し温度を、最も高い点で670℃に設定し、対象部位からその他の部位に向かうに従って第1段焼戻し温度が低くなるよう加熱する、いわゆる傾斜加熱を行うことも好適である。なお、第1段の焼戻し工程においては、その他の部位の第1段焼戻し温度が630℃に設定されている。傾斜加熱をすることにより、ロータのうち「所定の位置」について、強度を高める熱処理等を行う必要がなくなる。上述した第1段の焼戻し工程(2−2B1)を行った後、第2段の焼戻し工程(2−2B2)を行う。
【0070】
(2−2B2)第2段の焼戻し工程
第2段の焼戻し工程においては、蒸気タービン用ロータのうち、対象部位と、その他の部位との双方について、その加熱温度である第2段焼戻し温度は、600〜700℃に設定される。第2段の焼戻し工程においては、ロータ材を、第2段焼戻し温度に達するまで加熱し、当該第2段焼戻し温度を、所定の保持時間、保持した後、冷却する。第2段焼戻し温度の保持時間は、20時間に設定されている。なお、対象部位の第2段焼戻し温度と、その他の部位の第2段焼戻し温度は、同一の温度に設定することができる。例えば、図3に示すように、第2段焼戻し温度を630℃に設定することができる。
【0071】
また、対象部位の第2段焼戻し温度を、その他の部位の第2段焼戻し温度に比べて高い温度に設定することも好適である。例えば、図に示すように、対象部位については、第2段焼戻し温度を、最も高い点で670℃に設定し、対象部位からその他の部位に向かうに従って第2段焼戻し温度が低くなるよう加熱する傾斜加熱を行うことも好適である。
【0072】
第2段の焼戻し工程において傾斜加熱を行う場合、対象部位については、炉内で第2段焼戻し温度に加熱する。このとき、その他の部位については、第2段の焼戻しを必要としていないため、炉外に出した状態にしておく。その他の部位をこれにより、対象部位からその他の部位に向かうに従って第2段焼戻し温度が低くなるよう加熱する傾斜加熱を実現している。
【0073】
図3に構成例6〜8,10〜27,32〜37,39〜42で示すように、本実施形態において、焼戻し工程(2−2B)は、600〜700℃に設定された第1段焼戻し温度に加熱して焼戻す工程である第1段の焼戻し工程(2−2B1)と、当該第1段の焼戻し工程(2−2B1)の後に行われ、600〜700℃に設定された第2段焼戻し温度に加熱して焼戻す工程である第2段の焼戻し工程(2−2B2)とを含むものとした。
【0074】
焼入れ工程(2−1B)において、ロータ材のほとんどが焼入れベイナイト組織になるが、残留オーステナイト組織が残った場合、次の焼戻しの段階で、すべてが焼戻しベイナイト組織にならずに、一部、焼入れベイナイト組織が残留する。このため、ロータ材は、強度と靭性のバランスのとれた焼戻しベイナイト組織と、強度が高く靭性の低い焼入れベイナイト組織との混在組織となり、この両者の組織間でひずみが蓄積されて、残留応力が増加する。
【0075】
そこで、二段階の焼戻し処理(2−2B1)及び(2−2B2)を施して、焼入れベイナイト組織を、完全に焼戻しベイナイト組織に変化させることにより、残留応力を低減させることができる。第1段焼戻し温度、第2段焼戻し温度ともに、600℃を超えるとこの効果が得られるが、700℃を超えるとロータ材に必要な強度を満たさなくなる。このため、特に耐水素割れ性を向上させる必要がある対象部位においては、第1段焼戻し温度、第2段焼戻し温度ともに、600〜700℃の範囲に限定して、二段階の焼戻しを行うことにより、残留応力を低減させることができる。これにより、ロータの対象部位における水素割れの発生と、水素割れの進展を抑制することができる。
【0076】
また、図3に構成例4,5,7〜9、12〜31,34〜40,42に示すように、対象部位については、第1段焼戻し温度及び第2段焼戻し温度のうち少なくとも一方が、その他の部位に比べて高い温度に設定されており、且つ当該温度は、660〜700℃に設定されているものとした。フェライト系合金鋼において、残留応力を低減する効果は、660℃以上の焼戻し温度であれば得られる。一方、焼戻し温度が700℃を超えると、ロータの強度が低下してしまう。このため、耐水素割れ性の向上が特に必要とされる対象部位については、第1段の焼戻し工程(2−2B1)及び第2段の焼戻し工程(2−2B2)のうち少なくとも一方の工程において、その焼戻し温度を660〜700℃にすることで、強度の低下を抑制しつつ、残留応力を低減させることができる。
【0077】
また、図3に構成例13〜27で示すように、第1段の焼戻し工程(2−2B1)及び第2段焼戻し工程(2−2B2)のうち少なくとも一方の工程において、対象部位からその他の部位に向かうに従って焼戻し温度が低くなるように加熱する傾斜加熱を行うものとした。ロータのうち「所定の位置」について、強度を高める熱処理等を行う必要がなくなる。
【0078】
加えて、図3に構成例22〜27で示すように、上述した第2段焼戻し工程において、傾斜加熱を行う場合、対象部位については、炉内で第2段焼戻し温度に加熱し、その他の部位については、炉外に出した状態で、焼戻しを行うものとした。第2段の焼戻し工程においては、対象部位以外の「その他の部位」については、焼戻しを必要としていない。このため、「その他の部位」については、炉外に出した状態で冷却することが可能である。
【0079】
なお、図3に構成例6,10,11,32,33,41で示すように、対象部位とその他の部位は、同一の第1段焼戻し温度に設定されており、且つ当該第1段焼戻し温度は、600〜660℃に設定されており、対象部位とその他の部位は、同一の第2段焼戻し温度に設定されており、且つ当該第2段焼戻し温度は、600〜660℃に設定されているものとすることもできる。この方法においても図4に示すように、対象部位の耐水素割れ性を確保することが可能である。
【0080】
〔他の実施形態〕
なお、上述した各実施形態の焼入れ工程において、その焼入れオーステナイト化温度は、耐水素割れ性が特に必要とされる対象部位については、その他の部位に比べて低い温度であるものとしたが、本発明に係る焼入れオーステナイト化温度は、これに限定されるものではない。例えば、図に示すように、対象部位と、その他の部位で同一の焼入れオーステナイト化温度に設定するものとしても良い。
【0081】
また、本実施形態において、耐水素割れ性を特に向上させる対象部位は、図1に示すように、蒸気タービン1の上流側の羽根植込み部20a,21a,22a,23aをそれぞれ含むロータの段落部20,21,22,23であるものとしたが、本発明に係る対象部位は、この態様に限定されるものではない。蒸気中の腐食成分が堆積し易く、耐水素割れ性を向上させる必要がある部位であれば、ロータのうち任意の部位を、対象部位とすることができる。
【0082】
本発明のいくつかの実施形態について説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態はその他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0083】
1 蒸気タービン
3 静翼
5 ケーシング
10 ロータ
12 動翼
20,21,22,23 ロータの段落部(対象部位)
20a,21a,22a,23a 羽根植込み部
図1
図2
図3
図4
図5
図6