(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
PEEKを主成分とする高分子シートに帯状レーザー光を照射して前記高分子シートの端部を線状に加熱溶融させるとともに、溶融した帯状溶融部と繊維捕集板との間に電位差を設けることにより、前記帯状溶融部に針状突出部を形成し、前記針状突出部から吐出される繊維を前記繊維捕集板方向に飛翔させ、前記繊維捕集板あるいは、前記帯状溶融部と前記繊維捕集板間に介在させた捕集部材上に捕集することによりPEEKファイバーを得るPEEKファイバーの製造方法であって、
前記高分子シートの400℃で測定したシェアレート(せん断速度)121.6(1/s)の時の溶融粘度が160〜300Pa・sであり、
前記高分子シートが、下記成分(A)及び成分(B)を含むことを特徴とするPEEKファイバーの製造方法。
成分(A):400℃で測定したシェアレート(せん断速度)121.6(1/s)の時の溶融粘度が100〜158Pa・sであるPEEK
成分(B):400℃で測定したシェアレート(せん断速度)121.6(1/s)の時の溶融粘度が300〜1500Pa・sである熱可塑性樹脂
前記高分子シートが、前記成分(A)100重量部に対し、前記成分(B)を0.1〜10重量部配合したものである請求項1又は2に記載のPEEKファイバーの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[PEEKファイバーの製造方法]
本発明のPEEKファイバーの製造方法は、レーザー溶融エレクトロスピニング法にて、高分子シートを原料として用いることが特徴である。以下に、本発明のPEEKファイバーの製造方法の一例を具体的に図面を参照しながら説明する。
【0021】
図1は、PEEKファイバーの製造方法の一例を模式的に示す概略図である。本発明のPEEKファイバーの製造方法では、PEEKを主成分とする高分子シートに帯状レーザー光を照射して前記高分子シートの端部を線状に加熱溶融させるとともに、溶融した帯状溶融部と繊維捕集板との間に電位差を設けることにより、前記帯状溶融部に針状突出部を形成し、前記針状突出部から吐出される繊維を前記繊維捕集板方向に飛翔させ、前記繊維捕集板あるいは、前記帯状溶融部と前記繊維捕集板間に介在させた捕集部材上に捕集することにより、PEEKファイバーを得る。
【0022】
本発明のPEEKファイバーの製造方法では、
図1に示すように、レーザー発生源1から出射した断面がスポット状のレーザー光をビームエキスパンダー及びホモジナイザー2、コリーメンションレンズ3及びシリンドリカルレンズ群4からなる光路調節手段を介して断面が線状の帯状レーザー光5に変換した後、保持部材7に保持された高分子シート6の端部に形成される帯状溶融部6aに照射するとともに、高電圧発生装置10により電圧を印加し、帯状溶融部6aと高分子シート6の下側に配設された繊維捕集板8との間に電位差を生じさせる。また、サーモグラフィー9により帯状溶融部6aの温度を観測し、電圧や照射するレーザー光などの条件を最適化することができる。
【0023】
図1に示した例では、高分子シート6を保持する保持部材7が電極としての機能を兼ねており、高電圧発生装置10により、保持部材7に電圧が印加されると、高分子シート6の帯状溶融部6aに電荷が付与されることとなる。繊維捕集板8は、表面電気抵抗値が金属と同等程度を有するものである。その形状は例えば、板状、ローラー状、ベルト状、ネット状、鋸状、波状、針状、線状などが挙げられる。なお、光路調節手段は光学部品の集合体であり、ビームエキスパンダー及びホモジナイザー2、コリーメンションレンズ3、及びシリンドリカルレンズ4群などから構成されている。これらの光路調節手段を用いることにより、スポット状レーザー光を帯状レーザー光5に変換することができる。
【0024】
図1に示した例では、帯状レーザー光5の照射により、高分子シート6の端部に形成される帯状溶融部6aが加熱溶融されるとともに、この帯状溶融部に電荷が付与されることとなる。そして、
図2に示すように電荷が付与された帯状溶融部6aには、その表面に電荷が集まり反発することによって、次第に複数の針状突出部(テーラーコーン)6bが形成され、電荷の反発力が表面張力を超えると、溶融した高分子シートは、テーラーコーン先端から静電引力により繊維捕集板8に向かって繊維として吐出され、即ち、針状突出部6bから繊維が形成され、繊維捕集板8方向に飛翔する。その結果、伸長した繊維は繊維捕集板8で捕集される。また、繊維捕集板8上に捕集部材を置くと、繊維は捕集部材上に捕集される。即ち、本発明のPEEKファイバーの製造方法では、繊維捕集板自身を繊維を捕集する部材としてもよく、繊維捕集板とは別に繊維捕集板上に捕集部材を載置してもよいのである。
図2は、帯状溶融部6aに形成されるテーラーコーンの模式図である。
【0025】
図2に示す前記テーラーコーンの数(テーラーコーンの間隔)は、高分子シート6の厚さを適宜変更することにより調整することができる。なお、テーラーコーンが発達するとは、テーラーコーンの高さ(
図2中、h)が大きくなることを意味する。
【0026】
前記テーラーコーンの数は、特に制限されないが、前記高分子シートの加熱溶融した部分の幅方向2cm当たり、好ましくは1〜100個であり、より好ましくは1〜50個であり、さらに好ましくは2〜10個である。テーラーコーンの数が、幅方向2cm当たり1〜100個であると、テーラーコーン同士の電気的な反発などによりPEEKファイバーの均整度が低下してしまうことがなく、適切な生産量を確保することができる。
【0027】
前記レーザー発生源としては、例えば、YAGレーザー、炭酸ガス(CO
2)レーザー、アルゴンレーザー、エキシマレーザー、ヘリウム−カドミウムレーザー等が挙げられる。これらのなかでは、電源効率が高く、PEEKの溶融性が高い点から、炭酸ガスレーザーが好ましい。また、レーザー光の波長は、好ましくは200nm〜20μm、より好ましくは500nm〜18μm、さらに好ましくは5〜15μmである。
【0028】
また、本発明のPEEKファイバーの製造方法において、高分子シートに対して帯状レーザー光を照射する場合、そのレーザー光の厚さは、通常0.5〜10mm程度である。レーザー光の厚さが0.5mm未満では、テーラーコーンの形成が困難となる場合があり、10mmを超えると、溶融滞留時間が長くなり、材料の劣化を起こす場合がある。
【0029】
また、前記帯状レーザー光の出力は、帯状溶融部の温度がPEEKの融点である334℃以上であり、かつ、高分子シートの発火点以下の温度となる範囲に制御すればよいが、PEEKファイバーの直径を小さくする観点からはできるだけ高い方が好ましい。具体的なレーザー光の出力は、用いる高分子シートの物性値(LOI値(限界酸素指数))や形状、高分子シートの送り速度等に応じて適宜選択できるが、通常5〜200W/13cm程度であり、好ましくは10〜60W/13cm、より好ましくは20〜50W/13cmである。なお、前記レーザー光の出力は、レーザー発生源から出射したスポットビームの出力である。
【0030】
また、帯状溶融部の温度は、PEEKの融点以上で、発火点以下の温度であれば特に限定されないが、通常340〜600℃程度であり、好ましくは350〜500℃である。
【0031】
図1に示した本発明のPEEKファイバーの製造方法では、レーザー光は一方向のみから高分子シートの帯状溶融部(端部)に照射しているが、例えば反射ミラーを介してレーザー光を2方向から高分子シートの帯状溶融部(端部)に照射してもよい。高分子シートの厚さが厚くても、その端部をより均一に溶融させることができるからである。
【0032】
本発明のPEEKファイバーの製造方法において、前記高分子シートの端部と前記捕集部材との間に発生させる電位差は放電しない範囲で高電圧であるのが好ましく、要求されるPEEKファイバーの直径、電極と捕集部材との距離、レーザー光の照射量等に応じて適宜選択できるが、通常0.1〜30kV/cm程度であり、好ましくは0.5〜20kV/cm、より好ましくは1〜10kV/cmである。
【0033】
高分子シートの溶融部に電圧を印加する方法は、レーザー光の照射部(高分子シートの帯状溶融部)と電荷を付与するための電極部とを一致させる直接印加方法であってもよいが、簡便に装置を作製できる点、レーザー光を有効に熱エネルギーに変換できる点、レーザー光の反射方向を容易に制御でき、安全性が高い点等から、レーザー光の照射部と電荷を付与するための電極部とを別個の位置に設ける間接印加方法(特に、高分子シートの送り方向における下流側にレーザー光の照射部を設ける方法)が好ましい。特に、前記製造方法では、電極部よりも下流側で高分子シートに帯状レーザー光を照射するとともに、電極部とレーザー光照射部との距離(例えば、電極部の下端と、帯状レーザー光の上側外縁との距離)を特定の範囲(例えば、10mm以下程度)に調整するのが好ましい。この距離は、高分子シートの導電率、熱伝導率、ガラス転移点、レーザー光の照射量等に応じて選択でき、好ましくは0.5〜10mm、より好ましくは1〜8mm、さらに好ましくは1.5〜7mm、特に好ましくは2〜5mmである。両者の距離がこの範囲にあると、レーザー光照射部近傍での高分子シートの樹脂の分子運動性が高まり、溶融状態の高分子シートの樹脂に充分な電荷を付与できるため、PEEKファイバーの生産性を向上できる。
【0034】
また、前記高分子シートの端部(テーラーコーンの先端部)と前記捕集部材との距離は特に限定されず、通常5mm以上であればよいが、効率良くPEEKファイバーを製造するためには、好ましくは10〜300mm、より好ましくは15〜200mm、さらに好ましくは50〜150mm、特に好ましくは80〜120mmである。
【0035】
前記高分子シートを連続的に送り出す場合、その送り速度は特に限定されないが、通常2〜20mm/min程度であり、好ましくは3〜15mm/minであり、より好ましくは4〜10mm/minである。速度を速くすれば生産性が高まるが、速すぎると、レーザー光照射部近傍での高分子シートの樹脂が充分溶融しないのでPEEKファイバーを製造しにくい。一方、速度が遅いと、高分子シートが分解したり、生産性が低くなる。
【0036】
また、前記製造方法において、前記高分子シートの端部と前記捕集部材との間の空間は、不活性ガス雰囲気であってもよい。この空間を不活性ガス雰囲気とすることにより、高分子シートの発火を抑制できるため、レーザー光の出力を高めることができる。不活性ガスとしては、例えば、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス、炭酸ガス等が挙げられる。これらのうち、通常窒素ガスを使用する。また、前記不活性ガスの使用により、帯状溶融部における酸化反応を抑制することができる。
【0037】
また、前記空間は加熱してもよい。これにより、得られるPEEKファイバーの直径を小さくすることができる。即ち、空間の空気又は不活性ガスを加熱することにより、形成されつつあるPEEKファイバーの急激な温度低下を抑制することができ、これにより、高分子シートの伸長又は延伸を促進し、より直径の小さいPEEKファイバーが得られるのである。加熱方法としては、例えば、ヒーター(ハロゲンヒーター等)を用いた方法や、レーザー光を照射する方法等が挙げられる。加熱温度は、通常50℃以上の温度から樹脂の発火点未満までの温度範囲から選択できるが、紡糸性の点から、PEEKの融点未満の温度が好ましい。
【0038】
(高分子シート)
本発明のPEEKファイバーの製造方法においては、PEEKファイバーの原料である高分子シートとして、後述する成分(A)及び成分(B)を含み、400℃で測定したシェアレート(せん断速度)121.6(1/s)の時の溶融粘度が160〜300Pa・sである高分子シートを用いることが重要である。これにより、高分子シートが捕集部へ飛翔する前に落下してしまい紡糸ができないことがなく、紡糸安定性が良いという効果が得られる。以下、この400℃で測定したシェアレート(せん断速度)121.6(1/s)の時の溶融粘度を単に「溶融粘度(400℃)」と称する場合がある。溶融粘度(400℃)は、キャピラリーレオメーター(商品名「キャピログラフ 1D」、(株)東洋精機製作所製)により実施例に記載の方法で求めることができる。
【0039】
前記高分子シートの溶融粘度(400℃)は、160〜300Pa・sであればよく特に制限されないが、好ましくは162〜250Pa・sであり、より好ましくは164〜230Pa・sであり、さらに好ましくは166〜220Pa・sである。溶融粘度が上記範囲であると、紡糸安定性が良く、直径の小さいPEEKファイバーを得やすい。溶融粘度(400℃)が160Pa・sより低い場合、本発明のPEEKファイバーの製造方法において、捕集部へ飛翔する前に高分子シートを構成する樹脂が落下しやすく、紡糸安定性が悪く、効率的に繊維径が均一なPEEKファイバーが得られない。一方、粘度(400℃)が300Pa・sより高い場合、本発明のPEEKファイバーの製造方法において、高分子シートが帯状レーザーによる加熱によっても、高分子シートを構成する樹脂が捕集部へ飛翔しにくく、効率的にPEEKファイバーが得られない。
【0040】
前記高分子シートは、溶融粘度(400℃)が100〜158Pa・sであるPEEK(「成分(A)」と称する場合がある)と溶融粘度(400℃)が300〜1500Pa・sである熱可塑性樹脂(「成分(B)」と称する場合がある)を含む。成分(A)の溶融粘度(400℃)は、100〜158Pa・sである限り特に制限されないが、好ましくは110〜157Pa・sであり、より好ましくは120〜156Pa・sであり、さらに好ましくは130〜155Pa・sである。成分(B)の溶融粘度(400℃)は、300〜1500Pa・sである限り特に制限されないが、好ましくは400〜1300Pa・sであり、さらに好ましくは500〜1200Pa・sであり、特に好ましくは600〜1100Pa・sである。成分(B)の溶融粘度(400℃)が上記範囲であると、高分子シートの溶融粘度(400℃)を160〜300Pa・sとしやすく、紡糸安定性がより良く、直径の小さいファイバーを得やすい。特に本発明のPEEKファイバーの製造方法では、上記特定範囲の溶融粘度を有する成分(A)及び成分(B)を用いることで、紡糸安定性が良くなる程度に、高分子シートの溶融粘度及び溶融張力を上げることができる。
【0041】
成分(B)である前記熱可塑性樹脂としては、例えば、PEEK、ポリカーボネート(PC)、ポリアミド(PA)、ポリエステル、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)等、一般的に用いられる熱可塑性樹脂が挙げられる。中でも、純度の高いPEEKファイバーが得られる点から、成分(A)と同じPEEKが好ましい。
【0042】
前記高分子シートにおける成分(B)の配合量は、成分(A)100重量部に対して、好ましくは0.1〜10重量部であり、より好ましくは0.4〜7重量部であり、さらに好ましくは0.8〜4重量部であり、特に好ましくは1.0〜3重量部である。成分(B)の配合量が上記範囲であると、高分子シートの溶融粘度(400℃)を160〜300Pa・sとしやすく、紡糸安定性がより良く、直径の小さいファイバーを得やすい。また、成分(B)の割合は、前記高分子シート全体(100重量%)に対して、好ましくは0.1〜15重量%であり、より好ましくは0.5〜10重量%であり、さらに好ましくは1.0〜5重量%である。成分(A)の割合は、前記高分子シート全体(100重量%)に対して、好ましくは60〜99.9重量%であり、より好ましくは70〜99.5重量%であり、さらに好ましくは80〜99重量%である。
【0043】
前記高分子シートは、特に制限されないが、非結晶性であることが好ましい。非結晶性とは、樹脂における分子骨格にかさばった分子鎖(立体障害の大きな分子鎖)をもっているため、溶融状態から冷却・固化する過程で規則的な分子配列をとることができず、固化状態においてもランダムな分子配列になる性質のことを言う。詳しくは、前記高分子シートの結晶化度は、好ましくは25%以下であり、より好ましくは20%以下であり、さらに好ましくは15%以下である。上記結晶化度が25%以下であると、結晶化度の低いPEEKファイバーを得ることができる。高分子シートの結晶化度は、PEEKファイバーの結晶化度と同じ方法により求めることができる。一般的に結晶化度が低いほど非結晶性の性質を有する。
【0044】
前記高分子シートの厚さは、好ましくは0.01〜10mmであり、より好ましくは0.05〜5.0mmである。厚さが上記範囲であると、本発明のPEEKファイバーの製造がしやすい。
【0045】
前記高分子シートは、公知慣用の方法により製造でき特に制限されないが、チップ状の樹脂である成分(A)と成分(B)を混合し、Tダイ押出成形機などで加熱溶融し、シート状に押出すことにより製造することができる。成分(A)としては、市販品を用いることができ、商品名「VESTAKEEP 1000G」(ダイセル・エボニック(株)製)などを好適に用いることができる。また、成分(B)としては、市販品を用いることができ、商品名「VESTAKEEP 4000G」(ダイセル・エボニック(株)製)などを好適に用いることができる。なお、Tダイ押出成形機の加熱温度は、PEEKの融点以上であればよく、例えば、350〜450℃である。
【0046】
前記高分子シートは、PEEKファイバーに用いられる各種の添加剤、例えば、赤外線吸収剤、安定剤(酸化防止剤、紫外線吸収剤、熱安定剤等)、難燃剤、帯電防止剤、着色剤、充填剤、滑剤、抗菌剤、防虫・防ダニ剤、防カビ剤、つや消し剤、蓄熱剤、香料、蛍光増白剤、湿潤剤、可塑剤、増粘剤、分散剤、発泡剤、界面活性剤等を含有してもよい。これらの添加剤は、単独で又は二種以上組み合わせて含有することができる。
【0047】
これらの添加剤の中では、例えば、界面活性剤を用いることが好ましい。高分子シートに高電圧を印加して電荷を注入する際、PEEKからなる高分子シートは電気絶縁性が高く、電気抵抗の低くなる熱溶融部までに電荷を注入しにくい。しかし、界面活性剤を用いると、電気絶縁性の大きい高分子シートの表面の電気抵抗が低下し、熱溶融部まで十分に電荷を注入できる。また、界面活性剤などの付与は、高分子シートに高電圧を印加して電荷を注入する際、シートが複数成分で構成されている場合の相分離に有効である。
【0048】
これらの添加剤は、それぞれ、高分子シートを構成する樹脂100重量部に対して、50重量部以下の割合で使用でき、好ましくは0.01〜30重量部、より好ましくは0.1〜5重量部の割合である。
【0049】
[PEEKファイバー]
本発明のPEEKファイバーは、本発明のPEEKファイバーの製造方法で得られたPEEKファイバーである。以下、本発明のPEEKファイバーの製造方法で得られたPEEKファイバーを、「本発明のPEEKファイバー」と称する場合がある。
【0050】
本発明のPEEKファイバーは、繊維径の小さい繊維であり、特に制限されないが、その直径は10μm以下(例えば0.1〜10μm)である。前記直径は、好ましくは8μm以下であり、より好ましくは6μm以下であり、さらに好ましくは4μm以下である。このような直径を有するPEEKファイバーには、例えば50〜1000nm程度の繊維径(直径)を有する繊維が含まれていてもよい。そして、PEEKファイバーの直径は、上述のPEEKファイバーの製造方法の各種条件(例えば、高分子シートの厚さや高分子シートの送り速度、レーザー強度等)を適宜調整することにより、調整することができる。なお、PEEKファイバーの直径は、例えば、電子顕微鏡を用いて測定することができる。
【0051】
本発明のPEEKファイバーの集合体としての平均繊維径(平均の直径)は、好ましくは10μm以下(0.1〜10μm)であり、より好ましくは8μm以下であり、さらに好ましくは6μm以下であり、特に好ましくは4μm以下である。前記平均繊維径は、例えば、走査型電子顕微鏡を用いて繊維の形態を複数(例えば、10)撮影し、撮影した複数の画像から任意に1画像当たり、例えば10本程度の繊維径を画像処理ソフトなどで測定し、それらを平均することにより求めることができる。
【0052】
本発明のPEEKファイバーは、好ましくは結晶化度が30%以下であり、より好ましくは29%以下であり、さらに好ましくは28%以下である。結晶化度が30%以下であると、加工性に優れ、不織布、フィルター、セパレーターなどに容易に成形することができる。前記結晶化度は、例えば、X線回析法、DSC(示差走査熱量計)測定、密度法などにより求めることができる。なお、本願では結晶化度は、実施例に記載の方法によりDSC測定から求めた熱量から算出した。
【0053】
[不織布]
本発明の不織布は、本発明のPEEKファイバーを布状に集積させたものである。本発明の不織布は、公知慣用の方法で製造することができ特に制限されないが、後述の製造方法にて製造したものであってもよく、本発明のPEEKファイバーを用いて別の方法にて製造したものであってもよい。
【0054】
本発明の不織布の厚さは、用途に応じて適宜選択すればよく、0.0001〜100mm程度の範囲から選択できるが、通常0.001〜50mm程度であり、好ましくは0.01〜15mmであり、より好ましくは0.05〜1mmである。さらに、前記不織布の目付も、用途に応じて選択でき、通常0.001〜100g/m
2程度であり、好ましくは0.05〜50g/m
2であり、より好ましくは0.1〜10g/m
2である。本発明の不織布は、後述する不織布の製造方法において、シートの送り速度やレーザー強度、また、捕集部材の移動速度等を調節することにより、製造する不織布の繊維径、厚み、目付等の形状を制御することができる。
【0055】
また、本発明の不織布は、目的に応じて、例えば、エレクトレット加工による帯電処理、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、スルホン化処理、グラフト重合などによる親水化処理等の後加工処理を施されたものであってもよい。また、前記不織布は、さらに二次加工してもよく、他の不織布(例えば、スパンボンド不織布等)や織編物、フィルム、プレート、基板等と積層一体化されたものであってもよい。
【0056】
(不織布の製造方法)
次に、本発明の不織布の製造方法の一例について説明する。以下の不織布の製造方法では、上述の本発明のPEEKファイバーの製造方法において、上述の高分子シートを原料とし、繊維捕集板方向に飛翔させた繊維の捕集位置を経時的に移動させつつ、PEEKファイバーの製造を連続的に行い、これらを布状に集積させて不織布を得る。
【0057】
ここで、繊維捕集板方向に飛翔させた繊維の捕集位置を経時的に移動させる方法としては、例えば、(1)捕集部材(繊維捕集板自身が捕集部材として機能する場合は繊維捕集板)を移動させる方法、(2)高分子シートの保持位置を移動させる方法、(3)テーラーコーンから捕集部材に向かって、飛翔中の繊維に力学的、磁力的又は電気的な力を作用させる方法、例えば、飛翔中の繊維にエアーを吹き付ける方法、(4)上記(1)〜(3)の方法を選択的に組合せる方法等を用いることができる。
【0058】
これらのなかでは、装置の構成の簡略化が容易で、製造する不織布の形状(厚さや目付等)を制御しやすい点で、上記(1)の方法、即ち、捕集部材を移動させる方法が望ましい。以下、上記(1)の方法を用いる場合を例に、不織布の製造方法について、詳述する。
【0059】
上記(1)の方法を用いた不織布の製造方法では、
図1に示した製造方法において、繊維捕集板8上に捕集部材を載置しておき、この捕集部材を高分子シート6の幅方法に垂直な方向(図中、右方向又は左方向)に移動させつつ、本発明のPEEKファイバーの製造を連続的に行う。ここで、捕集部材の移動速度は、一定であってもよいし、経時的に変化してもよく、さらには、移動と停止とを繰り返してもよい。なお、本発明のPEEKファイバーの製造を連続的に行うには、既に説明したように、ファイバーの製造工程の進行に伴って、高分子シート6を繊維捕集板8側(捕集部材側)に連続的に送り出せばよい。なお、高分子シートを連続的に送り出す速度(送り速度)は、上述の本発明のPEEKファイバーの製造方法で記載した通りである。
【0060】
また、繊維捕集板8上の捕集部材の移動速度は特に限定されず、製造する不織布の目付等を考慮して適宜決定すればよいが、通常10〜2000mm/min程度である。例えば、目付1000g/m
2の高分子シートの送り速度が0.5mm/minである場合、捕集部材の移動速度を1000mm/min程度に設定することにより、目付0.5g/m
2程度の不織布を連続的に製造することができる。
【0061】
図3は、上述の
図1に示すPEEKファイバーの製造方法を含む、不織布製造装置の一例を模式的に示す断面図である。
図3に示す装置(不織布製造装置)は、レーザー発生源11と、光路調節部材12と、高分子シート6を連続的に送り出せる高分子シート送り装置13と、高分子シート6を保持する保持部材16、高分子シート6に電荷を付与する電極17、PEEKファイバーを捕集するための捕集部材22、電極17と高分子シート6の帯状溶融部(端部)6a及び捕集部材22を介して対向配置された繊維捕集板14、及び、加熱装置15が配設された筐体23と、電極17、繊維捕集板14のそれぞれに電圧を印加する高電圧発生装置20a、20bと、捕集部材22を移動させるためのプーリー21を備えている。なお、上記光路調節部材12は、上述のように光学部品の集合体であり、
図1に示すビームエキスパンダー及びホモジナイザー2、コリーメンションレンズ3、及びシリンドリカルレンズ4群などから構成されている。
【0062】
図3において、レーザー発生源11から出射し、光路調節部材12を介した帯状レーザー光5は、筐体23内に導入され、高分子シート6の帯状溶融部(端部)6aに照射される。筐体23の上部には、モータとモータの回転運動を直線運動に変換する機構とを備えた高分子シート送り装置13が取り付けられており、高分子シート6は、この高分子シート送り装置13に取り付けられ、連続的に筐体23内へ送り出されることとなる。一方、高分子シート6の下部は、電極17が取り付けられた保持部材16により保持されている。高分子シート6と電極17とは常に接触しているため、電極17に電圧が印加されると、高分子シート6に電荷が付与されることとなる。
【0063】
電極17と対になる繊維捕集板14(電極17と対をなす電極として機能する)は、高分子シート6の帯状溶融部(端部)6a及び捕集部材22を介して対向する位置に配設されている。そのため、電極17及び繊維捕集板14に電圧が印加された場合には、高分子シート6の帯状溶融部(端部)6aと捕集部材22との間には電位差が生じることとなる。電極17、繊維捕集板14への電圧の印加は、それぞれに接続された高電圧発生装置20a、20bにより行われる。なお、この不織布製造装置では、電極17が正電極であり、繊維捕集板14が負電極であるが、逆の場合でも良い。捕集部材22は、プーリー21とコンベアベルトとからなるベルトコンベアであり、コンベアベルト自体が、捕集部材22に相当する。そのため、プーリー21の駆動に伴って、捕集部材22(コンベアベルト)は所定の方向(例えば、図中、右方向)に移動する。
【0064】
図3に示す不織布製造装置は、加熱装置15を備えており、高分子シート6の帯状溶融部(端部)6aから捕集部材22に向かって吐出され、伸長した繊維を加熱することができる。また、筐体23内には、レーザー光吸収板19及び熱吸収板18が備られている。
【0065】
図3に示す不織布製造装置では、電極17及び繊維捕集板14の両方に電圧を印加した状態で、高分子シート送り装置13及び保持部材16により高分子シート6を送りつつ、高分子シート6の帯状溶融部(端部)6aに帯状レーザー光5を照射することにより、既に説明したように、高分子シート6の帯状溶融部(端部)6aにテーラーコーンが形成され、このテーラーコーンより繊維が吐出され、繊維捕集板14に飛翔し、その結果、伸長した繊維が捕集部材22で捕集されることとなる。そして、高分子シート6を連続的に送りつつ(連続的に繊維を吐出させつつ)、捕集部材22を移動させることにより、捕集部材22上に不織布を製造することができるのである。
【0066】
図3に示す不織布製造装置において、捕集部材22はシート状の部材である。この装置において、捕集部材22はシート状であれば特に限定されないが、紙、フィルム、各種織物、不織布、メッシュ等である。また、捕集部材が、金属あるいは表面電気抵抗値が金属と同等程度を有するシートあるいはベルトであっても良い。
【0067】
図3に示す不織布製造装置において、電極17、繊維捕集板14の材料は、導電性材料(通常、金属成分)であればよく、例えば、クロム等の第6族元素、白金等の第10族元素、銅や銀等の第11族元素、亜鉛等の第12族元素、アルミニウム等の第13族元素等の金属単体や合金(アルミニウム合金やステンレス合金等)、又はこれらの金属を含む化合物(酸化銀、酸化アルミニウム等の金属酸化物等)等が挙げられる。これらの金属成分は、単独で又は二種以上組み合わせて使用できる。これらの金属成分のうち、銅、銀、アルミニウム、ステンレス合金等が特に好ましい。繊維捕集板14の形状は特に限定されないが、板状、ローラー状、ベルト状、ネット状、鋸状、波状、針状、線状などが挙げられる。これらの形状のうち板状、ローラー状が特に好ましい。レーザー光吸収板19としては、例えば、黒体を塗装した金属や多孔質セラミック等が挙げられる。熱吸収板18としては、例えば、黒色のセラミック等が挙げられる。このような装置を用いることにより、前記不織布を効率よく製造することができる。
【実施例】
【0068】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0069】
(高分子シートAの作製)
成分(A)(ダイセル・エボニック(株)製、商品名「VESTAKEEP 1000G」、溶融粘度(400℃):151Pa・s)に、成分(B)(ダイセル・エボニック(株)製、商品名「VESTAKEEP 4000G」、溶融粘度(400℃):1012Pa・s)を成分(A)100重量部に対して、1.5重量部配合し、約400℃に加熱溶融後、混練した。これをラボプラストミルTダイ押出成形装置((株)東洋精機製作所製)にて、ダイス幅150mm、リップ幅0.4mmのTダイを用いて、押出温度345〜360℃でシート状に押出し、引き取りロール温度140℃、巻き取り速度1.0〜2.0m/minで巻き取って、厚さ0.1mmの高分子シートAを作製した。高分子シートAの結晶化度は13.0%であり、溶融粘度(400℃)は166Pa・sであった。なお、上記の溶融粘度(400℃)は、以下の測定方法で測定し、高分子シートの結晶化度は、下記PEEKファイバーの結晶化度の測定方法と同じ方法で求めた。
【0070】
(高分子シートBの作製)
高分子シートBは、上記の高分子シートAの作製において、成分(B)を配合しなかったこと以外は、同様にして作製した。高分子シートBの結晶化度は12.7%であり、溶融粘度(400℃)は151Pa・sであった。
【0071】
(高分子シートCの作製)
高分子シートCは、上記の高分子シートAの作製において、成分(A)を使用せず、成分(B)のみを使用したこと以外は、同様にして作製した。高分子シートCの結晶化度は13.0%であり、溶融粘度(400℃)は1012Pa・sであった。
【0072】
(溶融粘度(400℃)の測定方法)
400℃で測定したシェアレート(せん断速度)121.6(1/s)の時の溶融粘度は、キャピラリーレオメーター(商品名「キャピログラフ 1D」、(株)東洋精機製作所製)にて、キャピラリー径1mm、長さ10mmの冶具を用いて測定した。
【0073】
以下の実施例1、2及び比較例1では、作製した高分子シートA〜Cを用い、
図1に概要を示す装置にて、PEEKファイバーを製造した。
【0074】
実施例1
高分子シートとして、高分子シートAを使用し、以下の方法によりPEEKファイバーを製造した。
図1に示した装置のレーザー発生源1として、CO
2レーザー(ユニバーサルレーザーシステムズ社製、波長10.6μm、出力45W、空冷型、ビーム径φ4mm)を使用した。ビームエキスパンダー及びホモジナイザー2として、倍率2.5倍のビームエキスパンダーと、ホモジナイザー(入射ビーム径φ12mm(設計値)、出射ビーム径φ12mm(設計値))と、コリーメンションレンズ3として、コリーメンションレンズ(入射ビーム径φ12mm(設計値)、出射ビーム径φ12mm(設計値))と、シリンドリカルレンズ群4としてシリンドリカルレンズ(平凹レンズ、f−30mm)及びシリンドリカルレンズ(平凸レンズ、f−300mm)とをこの順で所定の位置に配置したものを使用した。これらの光路調節部材を介することにより、スポット状のレーザー光を幅約150mm、厚さ約1.4mmの帯状レーザー光に変換して高分子シート6の帯状溶融部(端部)6aに照射した。このときのレーザー光の出力は60W/13cmであり、高分子シートの送り速度は4mm/minであり、保持部材7と繊維捕集板8の間の電位差は6kV/cmであった。
これにより、繊維径(直径)が1.0μmであるPEEKファイバーを得た。また、得られたPEEKファイバーの以下の測定方法での結晶化度は24.0%であった。
【0075】
比較例1
高分子シートとして、高分子シートBを使用したこと以外は、実施例1と同じ方法及び条件によりPEEKファイバーを製造したが、高分子シートの溶融粘度が低いため、滞留時間が長くなると、帯状レーザー光による加熱により高分子シートを構成する樹脂が落下し、また溶融張力が低いため、捕集部に到達する前に樹脂が落下してしまい、安定的にPEEKファイバーを得ることはできなかった。
【0076】
比較例2
高分子シートとして、高分子シートCを使用したこと以外は、実施例1と同じ方法及び条件によりPEEKファイバーを製造したが、高分子シートを構成する樹脂の溶融粘度が高過ぎるため、溶融樹脂が飛翔していかず、PEEKファイバーを得ることはできなかった。
【0077】
(PEEKファイバーの結晶化度の測定方法)
PEEKファイバーの結晶化度は、DSC測定から求めた熱量から算出した。
DSC測定は、示差走査熱量計(DSC−Q2000/TA社製)を用い、基準材料はアルミナを用い、窒素雰囲気下、温度範囲は0〜420℃、昇温速度20℃/minの条件で行った。
そして、DSC測定で求めた熱量から、以下の式を用いて結晶化度を求めた。
結晶化度(%)={(試料の融解熱[J/g])−(試料の再結晶化熱[J/g])}/完全結晶の融解熱(130[J/g])×100
【0078】
(紡糸安定性の評価方法)
○(紡糸安定性が良い)… 高分子シートを構成する樹脂が溶融により落下することや樹脂が飛翔していかないことがなく、安定して均一な直径を有するPEEKファイバーが得られた。
×(紡糸安定性が悪い)… 高分子シートを構成する樹脂が溶融により落下、又は樹脂が飛翔していかず、安定して均一な直径を有するPEEKファイバーが得られなかった。
【0079】
【表1】