特許第6413359号(P6413359)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6413359
(24)【登録日】2018年10月12日
(45)【発行日】2018年10月31日
(54)【発明の名称】機械システムの流体分布計測システム
(51)【国際特許分類】
   G01T 1/167 20060101AFI20181022BHJP
   G01T 1/172 20060101ALI20181022BHJP
【FI】
   G01T1/167 A
   G01T1/167 Z
   G01T1/172
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-116514(P2014-116514)
(22)【出願日】2014年6月5日
(65)【公開番号】特開2015-230239(P2015-230239A)
(43)【公開日】2015年12月21日
【審査請求日】2017年3月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】布川 公博
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 謙
(72)【発明者】
【氏名】樋口 雄紀
(72)【発明者】
【氏名】森谷 浩司
(72)【発明者】
【氏名】遠山 護
【審査官】 右田 純生
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭57−111414(JP,A)
【文献】 特開2015−158460(JP,A)
【文献】 特開昭61−008672(JP,A)
【文献】 特開平02−147980(JP,A)
【文献】 特開平01−043788(JP,A)
【文献】 特開2003−329614(JP,A)
【文献】 特開2010−249847(JP,A)
【文献】 特表2007−528465(JP,A)
【文献】 特開平10−096702(JP,A)
【文献】 特表平09−507129(JP,A)
【文献】 特開2006−281384(JP,A)
【文献】 欧州特許出願公開第1491915(EP,A1)
【文献】 松橋信平, 久米民和,“植物研究のためのポジトロンイメージング法の開発”,放射線化学,日本,2000年 9月30日,第70巻,p.20-25
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/00 − 1/16
G01T 1/167− 7/12
G01P 13/00
G01F 1/704
F01M 11/10
G21C 17/02
G01B 15/00 −15/02
G01N 23/00
G01N 33/22
G01N 33/30
G21H 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械システムの内部における、陽電子放出核種を含む流体物または流体物から生じた堆積物の分布状態を計測する機械システムの流体分布計測システムであって、
前記機械システムの計測対象部位を挟んで対向配置された一対の放射線検出器を含み、
前記流体物または流体物から生じた堆積物中の前記陽電子放出核種から放出される陽電子が消滅する際に相対する方向に同時に発せられる一対のガンマ線前記一対の放射線検出器に入射するというイベントをカウントし、イベントの単位時間当たりのカウント数に基づき計測対象部位における前記流体物または流体物から生じた堆積物の厚みを検出することで、機械システム内部における流体物または流体物から生じた堆積物の分布状態を計測する機械システムの流体分布計測システム。
【請求項2】
請求項1に記載の機械システムの流体分布計測システムであって、
前記一対の放射線検出器は、前記計測対象部位から180±5°の相対位置に配置されている、機械システムの流体分布計測システム。
【請求項3】
請求項1または2に記載の機械システムの流体分布計測システムであって、
前記陽電子放出核種またはその親核種に、1日以上の半減期を有する核種を用いる、機械システムの流体分布計測システム。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載の機械システムの流体分布計測システムであって、
前記陽電子放出核種に22Naを単体または化合物の形態で用いる機械システムの流体分布計測システム。
【請求項5】
請求項4に記載の機械システムの流体分布計測システムであって、
前記化合物に22NaClを用いる機械システムの流体分布計測システム。
【請求項6】
請求項5に記載の機械システムの流体分布計測システムであって、
前記流体物は22NaClの水溶液を含むオイルである、機械システムの流体分布計測システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は機械システムの内部における、陽電子放出核種を含む流体物または流体物から生じた堆積物の分布状態を計測する機械システムの流体分布計測システムに関する。
【背景技術】
【0002】
各種の機械システムにおいては、潤滑オイルなどが用いられ、この分布を非破壊で知りたいという要求がある。
【0003】
特許文献1には、エンジンを構成するシリンダ内壁面に検出電極を面一に設け、該検出電極とピストンリングとの間隙に形成される計測対象コンデンサの静電容量を検出することにより上記間隙に形成された潤滑オイルのオイル膜厚さを計測する膜厚計測装置が示されている。
【0004】
特許文献2には、消費量を測定する潤滑オイル中に少なくとも一つの放射性トレーサを定められた量を入れ、エンジンから排出されるガス中に存在する放射性トレーサの量を測定することで、エンジンの潤滑オイル消費量を検出することが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−300376号公報
【特許文献2】特表2005−539214号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、シリンダ内面と面一な電極を製作する。このような改造は、シリンダライナに歪みが生じる可能性があり、それによってオイル挙動が変わってしまうことが考えられる。
【0007】
特許文献2では、オイル消費量を排気ガス中の単一のガンマ線を計測することで求める。この手法では、計測視野が広く位置分解能が低いため、機械内を循環する流体の特定部位を計測しようとしても、切り分けて計測することが困難である。また、自然放射線の影響を受けるため、低強度の放射線の計測には適さない。
【0008】
エンジンなどの計測対象ユニットを非改造で、かつ位置分解能と耐ノイズ性の高い計測を行うことが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、機械システムの内部における、陽電子放出核種を含む流体物または流体物から生じた堆積物の分布状態を計測する機械システムの流体分布計測システムであって、前記機械システムの計測対象部位を挟んで対向配置された一対の放射線検出器を含み、前記流体物または流体物から生じた堆積物中の前記陽電子放出核種から放出される陽電子が消滅する際に相対する方向に同時に発せられる一対のガンマ線前記一対の放射線検出器に入射するというイベントをカウントし、イベントの単位時間当たりのカウント数に基づき計測対象部位における前記流体物または流体物から生じた堆積物の厚みを検出することで、機械システム内部における流体物または流体物から生じた堆積物の分布状態を計測する。
【0010】
一実施形態では、前記一対の放射線検出器は、前記計測対象部位から180±5°の相対位置に配置されている。
【0011】
他の実施形態では、前記陽電子放出核種またはその親核種に、1日以上の半減期を有する核種を用いる。
【0012】
さらに、他の実施形態では、前記陽電子放出核種に22Naを単体または化合物の形態で用いる。
【0013】
さらに、他の実施形態では、前記化合物に22NaClを用いる。
【0014】
さらに、他の実施形態では、前記流体物は22NaClの水溶液を含むオイルである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、流体物または流体物から生じた堆積物中の前記陽電子放出核種から放出される陽電子が消滅する際に相対する方向に同時に発せられる一対のガンマ線を検出することで、流体物などについて高位置分解能で、耐ノイズ性の高い計測を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】一実施形態に係る機械システムの計測システムの概略構成が示す模式図である。
図2】陽電子崩壊によるγ線発生を示す模式図である。
図3】計測システムの構成を示す図である。
図4】実験装置の構成を示す図である。
図5】実験によるγ線計測結果を示す図である。
図6】実施形態における線源強度と放射線検出強度の関係を示す図である。
図7】2つの放射線検出器で独立して検出した場合の放射線強度を示す図である。
図8】放射線源を複数配置した場合の例を示す図である。
図9図8の例において、2つの放射線検出器で独立して検出した場合の放射線強度を示す図である。
図10】放射線強度の減衰を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。なお、本発明は、ここに記載される実施形態に限定されるものではない。
【0018】
<全体構成>
図1には、一実施形態に係る機械システムの計測システムの概略構成が模式的に示されている。この例では、エンジン10のシリンダ12内には、ピストン14が往復動自在に配置されている。ピストン14の上部にはピストンリング16が配置されており、ピストンリング16外周面がシリンダ12の内壁上を摺動する。シリンダ12の上部のシリンダヘッド12aには吸気弁20と、排気弁22が往復動自在に配置され、それぞれに吸気管24と排気管26が接続されている。
【0019】
そして、本実施形態では、ピストン14が上死点に位置した場合におけるピストントップリング16aの上側、すなわち燃焼室内となる領域Aのシリンダ内壁に付着したオイル量を測定する。
【0020】
このために、一対の放射線検出器30−1,30−2が領域Aを挟んで対向配置されており、一対の放射線検出器30−1,30−2の内側には、入射放射線を限定するコリメータ32−1,32−2が配置されている。
【0021】
そして、エンジン10に供給するエンジンオイルには、陽電子崩壊を起こす放射性同位元素、すなわち陽電子放出核種が含まれている。図2に示すように、陽電子崩壊を起こす放射性同位元素は、陽電子を原子核から放出する。陽電子は、電子と衝突する際に確率的に対消滅を起こし、これによって質量分のエネルギー511keVの一対のγ線を対消滅が起こった箇所から180度方向(相対する方向)に放出する。
【0022】
本実施形態において、2つの放射線検出器30−1,30−2がピストン14の上死点近傍に配置されている。そして、コリメータ32−1,32−2の窓を通過した放射線(エネルギー511keVのγ線)であって同時に入射する放射線を、放射線検出器30−1,30−2で計測する。さらに、エネルギー511keVの一対のγ線であって、2つの放射線検出器30−1,30−2で同時検出されたものに限定することで、オイル中の陽電子放出核種から放出された陽電子の対消滅によって生じた放射線を選択して検出することができる。コリメータ32−1,32−2により、放射線検出器30−1,30−2に入射する放射線を180度±5度のものに限定すると共に、エネルギーおよび同時検出による選別を行うことで、計測対象の位置精度が高く、領域Aから相対する方向に放出された放射線に限定して検出することができる。
【0023】
<計測システム>
図3に、図1における放射線検出器30−1,30−2を含む放射線計測システムについての構成を示す。
【0024】
放射線検出器30−1,30−2は、γ線が入射すると、それを光信号に変換するシンチレータ(NaIシンチレータ)から構成される。入射したγ線は放射線検出器30−1,30−2で光信号に変換され、得られた光信号がその後段の光電子増倍管40−1,40−2で電気信号に変換される。放射線検出器30−1,30−2および光電子増倍管40−1,40−2には、高圧電源42−1,42−2からの電力が供給されている。
【0025】
光電子増倍管40−1,40−2からの電気信号は、増幅器44−1,44−2において増幅され、その後波高弁別器46−1,46−2に基づく電気信号のみに限定される。
【0026】
波高弁別器46−1において検出した、511keV近傍のエネルギーのγ線に基づく電気信号は、そのまま時間差波高変換器50に供給され、波高弁別器46−2において検出した、511keV近傍のエネルギーのγ線に基づく電気信号は、ナノ秒遅延器48を介し、時間差波高変換器50に供給される。時間差波高変換器50では、波高弁別器46−2の出力についてはナノ秒遅延器48において若干遅延されており、一対の放射線検出器30−1,30−2に入射するγ線の時間差を計測しやすくなっている。時間差波高変換器50では、計測した時間差がマイクロ秒オーダーの一対のγ線(同時入射のγ線)に基づく電気信号のみを選別する。
【0027】
時間差波高変換器50で選別された電気信号が多重波高分析器52に供給され、511keV近傍のエネルギーのγ線であって一対が同時入射した場合のイベントがカウントされ、その結果がコンピュータ54に供給される。
【0028】
コンピュータ54には、イベントのカウント数と、計測対象であるオイルの厚みなどの関係の検量線を予め記憶しており、この検量線に従ってオイル膜厚が算出できる。すなわち、オイルの体積当たりにどのくらいの陽電子放出核種が存在するかは予めわかっており、膜厚を変更した場合の単位時間当たりのイベント数を調べることで膜厚とイベント数の関係を予め決定できる。
【0029】
<実験>
図4は、図1に対応するシステムの実験の概略を示す平面図およびコリメータの側面図である。まず、陽電子崩壊を起こす核種を含んだγ線の計測対象線源60を設け、この計測対象線源60の両側に一対のアルミの遮蔽材62−1,62−2を配置する。この遮蔽材62−1,62−2は、エンジンブロックに相当する。遮蔽材62−1,62−2の外側には視野をコリメートするコリメータ32−1,32−2が設けられている。この例では、コリメータ32−1,32−2は、複数の鉛ブロックを組み合わせて構成され、図4(B)に示すように、中央部に開口32aを有する。コリメータ32−1,32−2により、入射してくるγ線は開口32aを通過するものに限定される。
【0030】
コリメータ32−1,32−2の開口32aの外側には放射線検出器30−1,30−2が配置される。コリメータ32−1,32−1の開口32aの大きさを所定のものにして、2つのコリメータ32−1,32−2の開口32aが計測対象線源60を挟んで対向するように配置することで、計測対象線源60から相対する方向(180度方向)に放出されたγ線であって2つの開口32aを通過するものが放射線検出器30−1,30−2に入射する。
【0031】
特に、2つのコリメータ32−1,32−2により、2つの放射線検出器30−1,30−2に入射するγ線を180±5°の相対位置のものに限定することで、陽電子消滅時に発生する一対のγ線以外のγ線を効果的に排除することができ、検出精度を向上することができる。
【0032】
ここで、陽電子と電子が対消滅する際には、エネルギー保存の法則と運動量保存の法則を満たすように、それぞれの質量に相当する511keVのγ線が2つ180°方向に放出される。しかし、厳密にはそれぞれ、運動エネルギーや運動量を持っており、180°からずれる。特に、軌道電子の場合無視できない程度の運動量を持っているため、これがγ線の放出角のばらつきとして現れる。この放出角の揺動幅(フェルミエネルギー10eVのとき)は、理論的には6mrad(約0.3°)であるとされている。検出システムの誤差なども考慮し、±5°とすることで一対のγ線を効果的に検出することができる。
【0033】
この放射線検出器30−1,30−2からの信号処理については、上述した図2に示す通りである。
【0034】
また、この実験において、計測対象はエンジンシリンダー内壁面に付着したオイルであるが、オイルはオイルパン、エンジンヘッド等エンジン内の様々な部位を循環する。そのため、計測対象付近に計測対象外のオイルが存在することが考えられる。
【0035】
そこで、かき上げオイルを想定した0.3MBqの計測対象線源60を中央に配置し、中央から30mm離れたところにエンジン他部位に存在するオイルを想定した2.5MBqの妨害線源64を配置し、妨害線源64の有無により同時計数に及ぼす影響を調査した。なお、放射線検出器30−1,30−2間の距離は500mm、コリメータ32−1,32−2の開口32aは、横75mm×縦25mmとした。
【0036】
図5に、計測結果を示す。多重波高分析器52から出力されるチャンネル(図中横軸)は2つの検出器に入射するγ線の時間差を示す。710チャンネルを中心に時間差に幅を有するが、これは放射線検出器30−1,30−2の他各要素の性能に由来する時間分解能であり、半値幅は10nsec程度である。
【0037】
計測対象線源60のみ(図中白丸)の場合と、計測対象線源60+妨害線源64(図中黒丸)の場合において、同時計数値はプロットが揃っていることから同程度である。このことから、本実験の装置では、妨害線源64の影響を受けていないことがわかる。
【0038】
このように、コリメータ32−1,32−2により視野を絞り、波高弁別器46−1,46−2においてエネルギーにより弁別し、時間差波高変換器50において時間差で分別することで、計測対象線源60から同時発生する一対のγ線のみに限定し、妨害線源64の影響を排除可能であることが示された。
【0039】
ここで、図8に示すように、放射線源をA〜Eの5つ設け、これを横方向にA,B,Cの順で並べ、Bの上にD、Bの下にEを配置した。そして、Aの左側に放射線検出器30−1、Cの右側に放射線検出器30−2を配置し、2つの放射線検出器30−1,30−2において、入射するγ線をすべて検出した。その結果を図9に示す。このように、2つの放射線検出器30−1,30−2において、それぞれ放射線源D,Eについても、γ線を検出している。
【0040】
本実施形態によれば、2つの放射線検出器30−1,30−2からの検出結果から相対する方向に同時に放出されたγ線のみを検出することで、位置精度を向上することができる。
【0041】
<実機模擬実験>
実機模擬試験として、かき上げオイルを模擬した線源(外径Φ74.5mm、内径Φ64.5mm、厚さ5mmの円環容器に陽電子放出核種として、22NaClを含有した水溶液を封じ込めたもの)をピストン上死点近傍に配置し、線源強度を変化させた時の検出強度を求めた。
【0042】
図6に線源強度(kBq)と放射線検出強度(cps:count per second)の関係を示す。このように、線源強度と、放射線検出強度には1対1の関係があり、また強度の非常に小さいところでもよい相関が保たれている。本実施形態の手法では、自然放射線によるバックグラウンドによる影響はなく、約0.03kBqの低線量まで判別することができることがわかる。
【0043】
2つの放射線検出器で個別に検出した場合(従来法)の、線源強度と放射線検出強度の関係を図7に示す。線源強度10kBq以上では、線源強度と放射線検出強度に相関があるが、バックグラウンドの影響が強く、10kBq以下では判別がつかないことがわかる。
【0044】
ここで、本実施形態において、線源強度「0.03」、「10」kBqはオイル量換算でそれぞれ「9」、「3000」mmに相当し、オイル膜高さを6mmとした時のオイル膜厚さはそれぞれ「6」、「2050」μm程度に相当する。
【0045】
シリンダ内壁に付着するオイル量は多くとも10μm程度である。従って、従来法では付着の有無を捉えることができないのに対して、本実施形態の手法では計測可能となる。
【0046】
例えば、22NaClの水溶液を1ppb〜1.0重量%の範囲で含むオイルを用いることで、エンジンのシリンダ内などのオイルの分布状態を効果的に検出できる。
【0047】
ここで、22NaClの水溶液の濃度は3.7TBq/gであり、オイル量:3L、オイル密度:0.8cm/gとしたときに、22NaClの濃度と線源強度の関係は、1ppb:8.9kBq、1.0%:89GBqのようになる。
【0048】
なお、線源強度を高めることで、その最小分解能を小さくすることができる。しかし、放射線強度はあまり高くすることはできず、なるべく低い方がよい。そこで、数倍から数十倍の分解能向上は可能であるものの、作業者の安全性を確保するため、1000倍といった大量の放射性同位体を扱うことは不適である。
【0049】
<放射線検出器の多チャンネル化や移動による計測対象物の分布測定>
上記実施形態では、固定した一対の放射線検出器30−1,30−2を用いた。しかし、これに限定されるものではなく、医療用のPET(Positron Emission Tomography)装置と同様に、対となる検出器数を増やしたり、検出器を移動して計測することで分布状態を計測することも可能である。
【0050】
例えば、図2に示した計測システムを基に、一対の放射線検出器30−1,30−2とは異なる高さ位置に別の一対の放射線検出器を設置することで、高さ方向のオイル分布を同時に計測することができる。
【0051】
計測対象物の時間変化が少ない場合には、検出器を移動させることでも分布状態を解析することができる。
【0052】
さらに、本実施形態においては、水平方向の面内において、対向する方向に放出される一対のγ線を検出した。しかし、一対の放射線検出器を結ぶ直線上において対向する方向に放出されるγ線を検出すれば、その直線におけるオイルの膜厚などを検出できる。検出対象とするオイルの部位はわかっており、この検出対象部位を挟むようにして放射線検出器を対向配置し、γ線の同時動検出をカウントすることで、オイルの存在量を検出することができる。
【0053】
<陽電子線放出核種>
陽電子放出核種は、前述した22Naに限定されるものではなく、流体物に含有させ、その流体物の機械システム内での分布を計測するために1日以上の半減期を有するものが好適である。すなわち、機械システム内でオイルなどの流体物が定常的な状態になるにはある程度の時間が掛かり、その後に放射線(γ線)を検出したいからである。流体物の堆積にはさらに時間が掛かるため、堆積物の計測の場合には、半減期が100日以上のものが好ましい。
【0054】
例えば、22Na(半減期2.6年)、65Zn(半減期244日)、124I(半減期4.2日)などがあげられる。また、68Geは半減期271日であり、その娘核である68Gaの半減期は68分で陽電子を放出する。陽電子放出核種(この場合は娘核)自体の半減期は短くても、その親核種が1日以上の半減期を有していれば、親核種をオイル等の流体物に含有させて使用することができる。
【0055】
このように、その陽電子放出核種およびその親核種を含む分子(化合物)が流体物に可溶あるいは均一分散する(均一に含有可能な)ものであれば、その種類は限定されない。
【0056】
<適用例>
前述した実施形態は、エンジンシリンダー内壁に付着したオイルの検出を目的とした。しかし、本実施形態に係る陽電子消滅を利用した計測システムの適用はこれに限定されるものではない。
【0057】
例えば、その内部に流体物を保有または封入する機械システムとして、エンジンを採用し、そのシリンダ内のオイル分布を計測した。このエンジンに関しても、流体物であるオイルの分布を計測するのみならず、ピストンやピストンリング、シリンダ内壁に堆積するオイル起因のデポジット量を計測することも可能である。
【0058】
エンジンオイル中の添加剤には、カルシウム、ナトリウム、マグネシウム、亜鉛、リン、シリコンといった無機成分が含まれ、これらは燃焼によって灰成分となり、堆積物生成の要因となる。例えば、前述した陽電子放出核種の22Naを含有したオイルを用いて運転することで、他のオイル添加剤の無機成分と同様に、22Naが含有されたデポジット(堆積物)が生じる。そこで、長時間運転したエンジンをピストンが特定部位に位置するようクランク角で停止させ、付着したオイルが落下するよう十分に放置した後で、放出されるγ線強度を計測することで、エンジンを分解することなく堆積したデポジット量を計測できる。
【0059】
この場合、計測対象は、流体物たるオイルのデポジットであって、もはや流体物ではない。また、このようなデポジットの測定は、どのような期間におけるデポジット量を測定したいかによって異なるが、その期間で十分陽電子崩壊を維持できるものをオイル等に含有させる必要がある。例えば、22Na(半減期2.6年)、65Zn(半減期244日)などがあげられる。また、68Ge(半減期271日)などを利用するとよい。
【0060】
さらには、計測対象の機械システムはエンジンに限ることなく、自動車部品を対象としても、変速機内、ディファレンシャルギヤユニット内、ブレーキや操舵装置のオイル圧システム、燃料やオイルのポンプ内、オイル圧コントロールバルブユニット内、ショックアブソーバー内、冷却水タンク、冷却水ポンプと配管内など、様々なものに適用できる。
【0061】
すなわち、前記機械システムとしては、内燃機関、オイルポンプ、オイルインジェクタ、熱交換器、冷却水ポンプ、燃料ポンプ、燃料インジェクタ、変速機、変速機用のオイルポンプ、オイル圧バルブユニット、すべり軸受、または転がり軸受などが考えられる。
【0062】
また、流体物としては、オイル、冷却水、燃料、グリース、または水系潤滑剤が考えられ、これら流体物から生じた残渣物である、流体物の堆積物も対象となる。
【0063】
<経過時間による補正>
図10には、放射線強度Nの経過時間tに伴う減衰について示してある。時間0における放射線強度N=Nとし、N=N/2となる半減期をTとすると、放射線強度Nは、次のように表せる。なお、ln(2)は底を2とした対数である。
N=N×exp(−ln(2)(t/T)
【0064】
オイルなどに陽電子放出核種を含ませた場合において、オイルから放出される放射線強度は、時間によって変化する。そこで、検出した放射線強度からオイルの量に換算する際には、経過時間に応じて、上式を用いて補正するとよい。
【0065】
<実施形態の効果>
本実施形態によれば、機械システム内の流体物の分布状態を非分解で計測することができる。例えば、エンジンにてピストンが上下動する中、燃焼室内となるシリンダ内壁上部に堆積するオイル量を計測することができ、オイル消費の発生要因や燃焼に及ぼすオイル混入の影響などを解析することができる。これによって、信頼性の高いエンジンの設計・開発に貢献できる。
【0066】
特に、一対の放射線検出器30−1,30−2で検出する放射線を180±5°の相対方向に入射してくるものに限定することで、計測視野を限定して計測することができ、他の部位からの放射線を除外して、測定の位置精度を向上することができる。
【0067】
計測するγ線のエネルギーを電子および陽電子の質量に対応する511keV近傍でウィンドウを設けることにより、自然放射線の影響を除去することができる。また、自然放射線の多くは単一の放射線であることから、一対のγ線が同時に入射するときのみを信号とすることで、自然放射線の影響を除去することができる。
【符号の説明】
【0068】
10 エンジン、12 シリンダ、14 ピストン、16 ピストンリング、20 吸気弁、22 排気弁、24 吸気管、26 排気管、30 放射線検出器、32 コリメータ、40 光電子増倍管、42 高圧電源、44 増幅器、46 波高弁別器、48 ナノ秒遅延器、50 時間差波高変換器、52 多重波高分析器、54 コンピュータ、60 計測対象線源、62 遮蔽材、64 妨害線源。
図1
図2
図3
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図5
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図7
図8
図9
図10