(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6413377
(24)【登録日】2018年10月12日
(45)【発行日】2018年10月31日
(54)【発明の名称】トロイダル型無段変速機
(51)【国際特許分類】
F16H 15/38 20060101AFI20181022BHJP
【FI】
F16H15/38
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-125513(P2014-125513)
(22)【出願日】2014年6月18日
(65)【公開番号】特開2016-3738(P2016-3738A)
(43)【公開日】2016年1月12日
【審査請求日】2017年6月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】特許業務法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】靱 康治
【審査官】
塚本 英隆
(56)【参考文献】
【文献】
特開2003−207011(JP,A)
【文献】
特開2004−052929(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 15/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれが断面円弧形のトロイド曲面である互いの軸方向片側面同士を対向させた状態で、互いに同心に、且つ、相対回転を自在に支持された少なくとも1対のディスクと、
軸方向に関してこれら各ディスクの軸方向片側面同士の間位置にそれぞれ複数個ずつ、これら各ディスクの中心軸に対し捩れの位置にある傾転軸を中心とする揺動変位を自在に設けられた支持部材と、
これら各支持部材に回転自在に支持され、球状凸面としたそれぞれの周面を前記各ディスクの軸方向片側面にそれぞれ当接させた、前記各支持部材と同数のパワーローラと、
これら各ディスクの軸方向片側面とこれら各パワーローラの周面との転がり接触部であるトラクション部にトラクションオイルを供給する潤滑装置と
を備えるトロイダル型無段変速機に於いて、
前記潤滑装置は、前記各ディスク同士の間の変速比を変化させている間に、これら各ディスク同士の間の変速比の変化速度に応じて、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を調節する機能を有するものである事を特徴とするトロイダル型無段変速機。
【請求項2】
前記各支持部材毎に設けられたアクチュエータによりこれら各支持部材を前記各傾転軸の軸方向に変位させ、これら各支持部材をこれら各傾転軸を中心に揺動変位させる事により、前記各ディスク同士の間の変速比の調節を行うものであり、
前記潤滑装置は、これら各ディスク同士の間の変速比を変化させている間に、前記各支持部材のうち少なくとも何れか1つの支持部材の、前記各傾転軸の軸方向に関する変位速度に応じて、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を調節するものである、請求項1に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項3】
それぞれが断面円弧形のトロイド曲面である互いの軸方向片側面同士を対向させた状態で、互いに同心に、且つ、相対回転を自在に支持された少なくとも1対のディスクと、
軸方向に関してこれら各ディスクの軸方向片側面同士の間位置にそれぞれ複数個ずつ、これら各ディスクの中心軸に対し捩れの位置にある傾転軸を中心とする揺動変位を自在に設けられた支持部材と、
これら各支持部材に回転自在に支持され、球状凸面としたそれぞれの周面を前記各ディスクの軸方向片側面にそれぞれ当接させた、前記各支持部材と同数のパワーローラと、
これら各ディスクの軸方向片側面とこれら各パワーローラの周面との転がり接触部であるトラクション部にトラクションオイルを供給する潤滑装置と
を備えるトロイダル型無段変速機に於いて、
前記潤滑装置は、変速指令が出された事のみを条件に、この変速指令が出された直後に、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を増大させる機能を有するものである事を特徴とするトロイダル型無段変速機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車用自動変速機として、又はポンプ等の各種産業用機械の運転速度を調節する為の変速装置として利用する、トロイダル型無段変速機の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用変速装置としてトロイダル型無段変速機を使用する事が、特許文献1〜3等の多くの刊行物に記載されると共に一部で実施されていて周知である。又、トロイダル型無段変速機と遊星歯車機構とを組み合わせて変速比の調整幅を広くする構造も、特許文献4等、やはり多くの刊行物に記載されて、従来から広く知られている。
図1〜2は、この様な無段変速装置として利用できる、トロイダル型無段変速機の従来構造の1例を示している。この従来構造の1例の場合、回転軸1の両端部周囲に1対の入力側ディスク2a、2bを、それぞれがトロイド曲面である内側面同士を互いに対向させた状態で、ボールスプライン3、3を介して支持し、遠近動可能に、且つ、前記回転軸1の中間部周囲に筒部材4を、この回転軸1に対する相対回転を可能に支持している。又、この筒部材4の外周面には、軸方向中央部に歯車5を固設すると共に、軸方向両端部に1対の出力側ディスク6、6を、スプライン係合により、前記筒部材4と同期した回転を可能に支持している。又、この状態で、それぞれがトロイド曲面である、前記両出力側ディスク6、6の内側面を、前記両入力側ディスク2a、2bの内側面に対向させている。
【0003】
又、前記両入力側ディスク2a、2bと前記両出力側ディスク6、6との間に、それぞれの周面を球状凸面とした複数個のパワーローラ7、7を挟持している。これら各パワーローラ7、7は、それぞれトラニオン8、8の内側面に、基半部と先半部とが偏心した支持軸9、9と複数の転がり軸受とを介して、これら各支持軸9、9の先半部回りの回転、及び、これら各支持軸9、9の基半部を中心とする若干の揺動変位を可能に支持されている。そして、前記各トラニオン8、8は、それぞれ前記各ディスク2a、2b、6の中心軸に対し捩れの位置にある傾転軸10、10を中心とする揺動変位を自在に支持されている。
【0004】
上述の様なトロイダル型無段変速機の運転時には、駆動軸11により一方(
図1の左方)の入力側ディスク2aを、押圧装置12を介して回転駆動する。この様な押圧装置としては、ローディングカム式又は油圧式の押圧装置を使用する事ができる。何れにしても、前記回転軸1の軸方向両端部に支持された1対の入力側ディスク2a、2bが、互いに近付く方向に押圧されつつ同期して回転する。そして、この回転が、前記各パワーローラ7、7を介して前記両出力側ディスク6、6に伝わり、前記歯車5から取り出される。前記回転軸1とこの歯車5との間の変速比を変える場合は、油圧式のアクチュエータ13、13により前記各トラニオン8、8を前記各傾転軸10、10の軸方向に変位させる。この結果、前記各パワーローラ7、7の周面と前記各ディスク2a、2b、6の内側面との転がり接触部(トラクション部)に作用する、接線方向の力の向きが変化する(転がり接触部にサイドスリップが発生する)。そして、この力の向きの変化に伴って前記各トラニオン8、8が、自身の傾転軸10、10を中心に揺動し、前記各パワーローラ7、7の周面と前記各ディスク2a、2b、6の内側面との接触位置が変化する。これら各パワーローラ7、7の周面を、前記両入力側ディスク2a、2bの内側面の径方向外寄り部分と、前記両出力側ディスク6、6の内側面の径方向内寄り部分とに転がり接触させれば、前記回転軸1と前記歯車5との間の変速比が増速側になる。これに対して、前記各パワーローラ7、7の周面を、前記両入力側ディスク2a、2bの内側面の径方向内寄り部分と、前記両出力側ディスク6、6の内側面の径方向外寄り部分とに転がり接触させれば、前記回転軸1と前記歯車5との間の変速比が減速側になる。
【0005】
上述の様に、トロイダル型無段変速機の変速比を所望の値に調節し、調節後の値に保持する為の機構に就いて、特許文献1の記載に基づいて説明する。この機構は、
図3に示す様に、変速比制御弁14と、ステッピングモータ15と、プリセスカム16とにより構成している。このうちの変速比制御弁14は、スプール17とスリーブ18とを、軸方向の相対変位を可能に組み合わせたもので、これらスプール17とスリーブ18との相対変位に基づき、油圧源19と、前記アクチュエータ13の油圧室20a、20bとの給排状態を切り換える。又、前記スプール17とスリーブ18とは、前記各トラニオン8、8のうちの何れか1個のトラニオン8の動きと前記ステッピングモータ15とにより、相対変位させる様にしている。図示の例では、前記何れか1個のトラニオン8の動き、即ち、前記各傾転軸10、10の軸方向の変位及びこれら各傾転軸10、10を中心とする揺動変位を、前記プリセスカム16及びリンク腕21を介して前記スプール17に伝達してこのスプール17を軸方向に変位させると共に、前記ステッピングモータ15により前記スリーブ18を軸方向に変位させる様にしている。
【0006】
前記トロイダル型無段変速機の変速比を調節する際には、前記ステッピングモータ15により前記スリーブ18を所定位置にまで変位させ、前記変速比制御弁14を所定方向に開く。すると、前記各トラニオン8、8に付属の前記各アクチュエータ13、13の油圧室20a、20bに対して圧油が所定方向に給排されて、これら各アクチュエータ13、13により前記各トラニオン8、8が、それぞれ前記各傾転軸10、10の軸方向に変位する。この結果、これら各トラニオン8、8に支持された前記各パワーローラ7、7に関する前記各トラクション部が中立位置(これら各トラクション部の中心が、前記各ディスク2a、2b、6の中心軸を含み、前記各傾転軸10、10の中心軸同士を結ぶ仮想直線に対し直交する仮想平面上に存在する状態)からずれて、前記変速比が変化し始める。この様にこれら各トラクション部が前記中立位置からずれて変速比が変化し始める瞬間には、前記各トラニオン8、8の軸方向変位に伴って、前記変速比制御弁14の開閉状態が、前記所定方向とは逆方向に切り換わる。従って、前記各トラニオン8、8は、変速の為に揺動変位を開始し始めた瞬間から、軸方向に関して前記中立位置に向け移動し(戻り)始める。そして、前記変速比が前記所望の値になった状態で、前記各トラクション部が前記中立位置に戻ると同時に、前記プリセスカム16と前記リンク腕21との働きにより、前記変速比制御弁14が閉じられる。この結果、前記トロイダル型無段変速機の変速比が、前記所望の値に保持される。前記トロイダル型無段変速機の変速比の変化速度(変速速度)を速くすべく、前記各トラクション部の前記中立位置からのずれ量を多くするには、前記ステッピングモータ15による、前記スリーブ18の変位量を多くする。逆に、前記調節速度を遅くすべく、前記各トラクション部の前記中立位置からのずれ量を少なくするには、前記ステッピングモータ15による、前記スリーブ18の変位量を少なくする。尚、前記各アクチュエータ13、13は、前記トロイダル型無段変速機が動力を伝達している間中、この動力伝達に基づいて前記各トラニオン8、8に加わる、前記各傾転軸10、10の軸方向のスラスト荷重(トロイダル型無段変速機の技術分野で「2Ft」と呼ばれるトラクション力)を支承する。
【0007】
上述の様なトロイダル型無段変速機の場合、前記各トラクション部でのトルク伝達時には、前記押圧装置12により前記両入力側ディスク2a、2bを互いに近付く方向に押圧して、前記各トラクション部に適正な面圧(法線力Fc)を付与している。そして、前記各パワーローラ7、7の周面と前記各ディスク2a、2b、6の内側面とのトラクション部には、トラクションオイルを連続的に供給して、これら各トラクション部にこのトラクションオイルの薄膜を形成する様にしている。即ち、これら各トラクション部には、例えば4×10mm程度の接触楕円が存在する。そして、この接触楕円の中央部分には、例えば50kwを超える様な大きな動力を伝達する場合、3.5GPa以上の高面圧が加わる。この様な高面圧が加わる各トラクション部では発熱量も相当になる為、これら各トラクション部を冷却すると共に、これら各トラクション部に存在するトラクションオイルの薄膜を確保する為、このトラクションオイルを供給し続ける必要がある。この為に、前記従来構造の場合には、油溜(ドレン)から吸収されて給油ポンプから吐出したトラクションオイルを、給油通路を通じてノズル孔から前記各トラクション部に吹き付け可能としている。
【0008】
上述の様なトロイダル型無段変速機は、耐久性の確保及び伝達効率の向上を図る面からは改良の余地がある。この点に就いて、上述の
図1〜3に加え、
図4を用いて説明する。
トロイダル型無段変速機が変速動作を行わない状態でトルクを伝達している通常運転時には、前記各パワーローラ7、7に、前記トラクション力2Ft(各トラクション部毎ではFt)が、
図4に矢印aで示す様に、前記各ディスク2a、2b、6の回転方向に加わる。これら各ディスク2a、2b、6同士の間で伝達すべき伝達トラクション力2Ftの大きさは、これら各ディスク2a、2b、6同士の間で伝達するトルクが大きい程大きく(前記矢印aが長く)なる。前記通常運転時の、これら各トラクション部で伝達可能なトラクション力の最大値(限界トラクション力)F
maxは、前記法線力Fcと、これら各トラクション部のトラクション係数μ
t(接線力/法線力)とから求める事ができる。このトラクション係数μ
tは、トラクションオイルの種類等、トラクションオイルの性能に基づいて予め設定される。
【0009】
これに対し、これら各ディスク2a、2b、6同士の間でトルクを伝達している状態のまま変速を行うべく、前記各パワーローラ7、7を支持した各トラニオン8、8を、前記各傾転軸10、10の軸方向に変位させると、これら各パワーローラ7、7に、
図4に矢印bで示す様に、前記各トラニオン8、8を、前記各傾転軸10、10を中心に揺動させる方向のサイドスリップ力Fsが作用する。従って、前記各ディスク2a、2b、6同士の間でトルクを伝達しつつ変速を行う場合には、前記各トラクション部に、これら各トラクション部毎の伝達トラクション力Ftと前記サイドスリップ力Fsとの合力である合成トラクション力Frが、
図4に矢印cで示す様に、前記各ディスク2a、2b、6の回転方向に対して傾斜した方向に作用する。この様な合成トラクション力Frの大きさ(矢印cの長さ)は、
図4から明らかな通り、前記変速速度を速くすべくサイドスリップ力Fsを大きくする(矢印bの長さを長くする)程大きくなる(長くなる)。
【0010】
ここで、前記トロイダル型無段変速機の変速速度が速くなる程、前記各トラクション部に於けるサイドスリップに基づく発熱量が増大し、これら各トラクション部に於けるトラクションオイルの油温が上昇する。前記トラクション係数μ
tは、このトラクションオイルが通常用いられる油温である20℃以上では、前記各トラクション部に於ける油温が高くなる程小さくなる(伝達トルクを同じとした場合に、これら各トラクション部でグロススリップを発生させる事無く、トルクの伝達を行う為に必要な法線力Fcが大きくなる)。従って、前記変速速度が速くなると、前記各トラクション部に於けるトラクション係数μ
tが小さくなり、
図4に矢印dで示す様に、前記限界トラクション力F
maxが小さくなる。そして、前記合成トラクション力Frの大きさが、この限界トラクション力F
max(
図4の円R参照)よりも大きくなると、前記各トラクション部でグロススリップが発生し易くなる。この様なグロススリップが発生すると、前記各パワーローラ7、7の周面と前記各ディスク2a、2b、6の内側面とが、前記トラクションオイルの薄膜を介する事なく金属同士で直接転がり接触し(金属接触が発生し)、前記各面に著しい摩耗を生じさせて、前記トロイダル型無段変速機の耐久性を著しく低下させる。
【0011】
この様なグロススリップを防止する為に、前記押圧装置12が発生する押圧力を大きくする事により、この押圧力に基づく前記法線力Fcを大きくする事が考えられる。これにより、前記限界トラクション力F
max(
図4の円Rの半径)を確保(維持)できれば、この限界トラクション力F
maxの大きさと前記合成トラクション力Frとの差であるマージン(スリップマージン)δ
fを十分に確保できて、前記トロイダル型無段変速機の耐久性低下の原因となるグロススリップが発生する事を防止できる。但し、前記押圧装置12が発生する押圧力を大きくすべく、この押圧装置12の受圧面積を広くすると、この押圧装置12を備えた前記トロイダル型無段変速機が大型化する。一方、油圧式の押圧装置を使用する場合に於いてこの押圧装置を大型化せずに、この押圧装置を構成する油圧室内に導入する油圧を高くすると、この油圧を発生させる為のポンプの駆動に要する動力(ポンプロス)が大きくなり、前記トロイダル型無段変速機全体としての伝達効率が低下するだけでなく、前記各トラクション部の転がり抵抗が徒に増大する。
【0012】
又、前記各トラクション部に供給するトラクションオイルの量を増大させる(トラクションオイルの量を必要最大量とする)事で、これら各トラクション部に存在するトラクションオイルの温度上昇を抑え、このトラクションオイルのトラクション係数μ
tの低下を抑える事も考えられる。但し、単にトラクションオイルの供給量を増やすと、このトラクションオイルの温度上昇の程度が比較的小さい場合に、前記各トラクション部に供給されるトラクションオイルの量が過剰になる。これら各トラクション部でのグロススリップの発生防止等、信頼性の確保のみを考慮すれば、前記トラクションオイルの量が過剰になる事は特に問題とならない。しかしながら、このトラクションオイルの量が過剰になると、攪拌抵抗(ドラッグロス)の増大を招き、前記トロイダル型無段変速機全体としての伝達効率が低下する。
【0013】
尚、特許文献2には、給油ポンプとノズル孔とを結ぶ給油通路の途中に流量調整弁を設け、トラクション部へのトラクションオイルの供給量を、トロイダル型無段変速機が伝達する動力の大きさに応じて調整可能とした構造が記載されている。又、特許文献3には、トラニオンの連結部材(制限部材)に開口部を設ける事で、ノズル孔から吐出されたトラクションオイルのトラクション部への供給量(到達量)を、各ディスク同士の間の変速比に応じて調整可能とした構造が記載されている。但し、これら両特許文献2〜3に記載された構造の場合にも、前記トロイダル型無段変速機の変速比が急変動し(変速速度が速く)、前記各トラクション部での発熱量の増大に伴ってこれら各トラクション部に於ける前記トラクションオイルの油温が上昇すると、これら各トラクション部に存在するトラクションオイルの量が不足して、これら各トラクション部でグロススリップが発生し易くなる可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2006−283800号公報
【特許文献2】特開2001−132808号公報
【特許文献3】特開2005−140149号公報
【特許文献4】特開2009−30749号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、トラクション部でのグロススリップの発生を防止しつつ、伝達効率の低下を抑えられるトロイダル型無段変速機の構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明のトロイダル型無段変速機は何れも、少なくとも1対のディスクと、複数個の支持部材と、これら各支持部材と同数のパワーローラと、潤滑装置とを備える。
このうちのディスクは、それぞれが断面円弧形のトロイド曲面である互いの軸方向片側面同士を対向させた状態で、互いに同心に、且つ、相対回転を自在に支持されている。
又、前記各支持部材は、軸方向に関して前記各ディスクの軸方向片側面同士の間位置にそれぞれ複数個ずつ、これら各ディスクの中心軸に対し捩れの位置にある傾転軸を中心とする揺動変位を自在に設けられている。
又、前記各パワーローラは、前記各支持部材に回転自在に支持され、球状凸面としたそれぞれの周面を前記各ディスクの軸方向片側面にそれぞれ当接させている。
又、前記潤滑装置は、これら各ディスクの軸方向片側面と前記各パワーローラの周面との転がり接触部であるトラクション部にトラクションオイルを供給する。
【0017】
特に、請求項1に記載したトロイダル型無段変速機に於いては、前記潤滑装置を、前記各ディスク同士の間の変速比を変化させている間に、これら各ディスク同士の間の変速
比の変化速度に応じて、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を調節する機能を有するものとする。
【0018】
上述の請求項1に記載したトロイダル型無段変速機を実施する場合に、具体的には、請求項2に記載した発明の様に、前記各ディスク同士の間の変速比の調節を、前記各支持部材毎に設けられたアクチュエータによりこれら各支持部材を前記各傾転軸の軸方向に変位させ、これら各支持部材をこれら各傾転軸を中心に揺動変位させる事により、前記各ディスク同士の間の変速比の調節を行うものとする。そして、前記潤滑装置を、これら各ディスク同士の間の変速比を変化させている間に、前記各支持部材のうち少なくとも何れか1つの支持部材の、前記各傾転軸の軸方向に関する変位速度(単位時間当たりの変化量)に応じて、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を調節するものとする。若しくは、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクション量を、前記少なくとも何れか1つの支持部材の、前記各傾転軸の軸方向に関する変位量に応じて調整する事もできる。
或いは、前記各ディスクの回転速度を検出する為の回転速度センサの出力信号の値や、前記各支持部材に取り付けた角度センサにより検出した前記各傾転軸を中心とするこれら各支持部材の揺動角度に基づいて算出した、前記各ディスク同士の間の変速比の変化速度(変速速度)に応じて、前記各トラクション部に供給するトラクションオイルの量を調節する様に構成しても良い。
【0019】
又、請求項3に記載したトロイダル型無段変速機に於いては、前記潤滑装置を、変速指令が出された
事のみを条件に、この変速指令が出された直後に、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を増大させる機能を有するものとする。
尚、請求項1、2に記載した発明と、請求項3に記載した発明とを同時に実施する事もできる。
【0020】
尚、上述の様な本発明のトロイダル型無段変速機を実施する場合に、前記潤滑装置は、例えば、前記トラクションオイルを送り出す為の給油ポンプと、このトラクションオイルを前記各トラクション部に吐出する為のノズル孔と、これら給油ポンプとノズル孔とを結ぶ給油通路と、この給油通路の途中に設けた流量調整弁とから構成される。そして、この流量調整弁の開度を調節する事により、前記ノズル孔から吐出するトラクションオイルの量を調節可能とする。或いは、給油通路内の油圧を調節する事により、ノズル孔から吐出するトラクションオイルの量を調節する様に構成しても良い。
【発明の効果】
【0021】
上述の様に構成する本発明のトロイダル型無段変速機によれば、トラクション部でのグロススリップの発生を防止しつつ、伝達効率の低下を抑える事ができる。
即ち、本発明
によれば、各ディスク同士の間の変速比を変化させている間に、各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を増大させられる。この為、前記トロイダル型無段変速機の変速比が急変動した場合にも、前記各トラクション部に存在するトラクションオイルの温度上昇を抑えられ、このトラクションオイルのトラクション係数μ
tが低下する(限界トラクション力が小さくなる)事を抑える事ができる。この結果、前記変速動作の際に、前記各トラクション部でのグロススリップの発生を防止できて、前記トロイダル型無段変速機の耐久性を確保できる。又、変速動作を行わない通常運転時に、前記各トラクション部に供給されるトラクションオイルが過剰になる事を防止できて、前記トロイダル型無段変速機の伝達効率が低下する事を防止できる。
又、請求項3に記載した発明によれば、前記トロイダル型無段変速機の変速動作の開始直後から、前記各トラクション部に前記トラクションオイルを十分に供給する事ができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の対象となるトロイダル型無段変速機の1例を示す断面図。
【
図3】変速比制御の為の油圧制御装置部分の略断面図。
【
図4】変速比調節を高速で行った場合に各トラクション部で滑りが発生し易い理由を説明する為の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態の3例に就いて説明する。尚、本発明のトロイダル型無段変速機の特徴は、各パワーローラの周面と各ディスクの内側面との転がり接触部であるトラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を、変速状態若しくは変速指令が出された事に基づいて調節可能にする事により、前記各トラクション部でのグロススリップの発生を防止しつつ、伝達効率の低下を抑える点にある。図面に表れるトロイダル型無段変速機の基本的な構造に就いては、前述の
図1〜3に示した構造を含め、従来から知られているトロイダル型無段変速機と同様であるから、具体的構造に就いての図示並びに説明は省略し、以下、本発明の実施の形態の各例の特徴部分を説明する。尚、トロイダル型無段変速機の符号に就いては、前述の
図1〜3に記載したものを使用する。
【0024】
[実施の形態の第1例]
請求項1、2に対応する、本発明の実施の形態の第1例に就いて説明する。本例のトロイダル型無段変速機の場合も、前述の特許文献2に記載された構造と同様に、トラクションオイルを送り出す為の給油ポンプと、このトラクションオイルを、各パワーローラ7、7の周面と各ディスク2a、2b、6の転がり接触部(トラクション部)に吐出する為のノズル孔とを結ぶ給油通路の途中に流量調整弁を設け、これら各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を調節可能としている。そして、本例の場合、前記ノズル孔から吐出するトラクションオイルの量を、前記各ディスク2a、2b、6同士の間で伝達する動力(∝トルク×回転速度)の大きさに加え、これら各ディスク2a、2b、6同士の間の変速比(トロイダル型無段変速機の変速比)の変化速度(変速速度)に応じて調節可能としている。即ち、前記ノズル孔からのトラクションオイルの吐出量(≒各トラクション部へのトラクションオイルの供給量)Qは、前記各ディスク2a、2b、6同士の間で伝達する動力をPとし、変速速度をvとすると、次の(1)式で表される。
【数1】
尚、この(1)式中、c
1、c
2は、それぞれ流量係数を表し、予め実験や計算により求められる。この様な(1)式から明らかな通り、前記各トラクション部へのトラクションオイルの供給量は、前記各ディスク2a、2b、6同士の間で伝達する動力Pが大きい程、又、変速速度vが大きい(速い)程多くなる。
【0025】
尚、前記動力Pは、例えば、前記各ディスク2a、2b、6のうちの何れかのディスクの回転数(回転速度)と、アクセル開度とから求められる。即ち、これら何れかのディスクの回転数とアクセル開度とから入力側ディスク2a、2bへの入力トルクを求め、この様にして求めた入力トルクと前記何れかのディスクの回転数とから前記動力Pを求める。或いは、トラニオン8、8毎に設けたアクチュエータ13、13の油圧室20a、20b同士の間の油圧の差(差圧)に基づいて前記両入力側ディスク2a、2bへの入力トルクを求め、この入力トルクと、前記何れかのディスクの回転数とから前記動力Pを求めても良い。
又、本例の場合、前記変速速度vは、前記各トラニオン8、8が中立位置に向けて変位する(戻る)際の、これら各トラニオン8、8のうち、何れか1つのトラニオン8の傾転軸10、10の軸方向に関する変位速度(単位時間当たりの変位量)を測定する事で求めている。尚、この変位速度は、前記何れか1つのトラニオン8の軸方向端面に検出部を対向させた非接触式の変位センサ等により測定する事ができる。
但し、前記変速速度vは、前記各ディスク2a、2b、6の回転数に基づいて算出したり、前記各トラニオン8、8のロッド22、22に取り付けた角度センサによって、前記各傾転軸10、10の中心軸を中心とする前記各トラニオン8、8の揺動角度を検出する事により求めても良い。
【0026】
上述の様な本例のトロイダル型無段変速機によれば、前記各トラクション部でのグロススリップの発生を防止しつつ、伝達効率の低下を抑える事ができる。
即ち、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を、前記トロイダル型無段変速機の運転状況(このトロイダル型無段変速機が伝達する動力、変速速度)に応じて調節できる為、前記各トラクション部に十分量のトラクションオイルを供給して、これら各トラクション部でのグロススリップの発生を防止しつつ、過剰なトラクションオイルの供給に伴う前記トロイダル型無段変速機の伝達効率の低下を防止する事ができる。
【0027】
特に本例のトロイダル型無段変速機の場合には、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を、このトロイダル型無段変速機の変速速度に応じて調節可能としている。この為、このトロイダル型無段変速機の変速比が急変動した(変速速度が速い)場合にも、前記各トラクション部に十分量のトラクションオイルを供給して、これら各トラクション部に存在するトラクションオイルの冷却を十分に行う事ができる。従って、これら各トラクション部に於けるトラクションオイルのトラクション係数μ
tの低下を抑えて、限界トラクション力F
maxの大きさを確保する事ができる(この限界トラクション力F
maxの減少を抑えられる)。そして、この限界トラクション力F
maxと、伝達トラクション力Ftとサイドスリップ力Fsとの合力である合成トラクション力Frとの差であるマージン(スリップマージン)δ
fを十分確保(維持)する事ができる。この結果、前記トロイダル型無段変速機の変速動作の際に、前記各トラクション部でグロススリップが発生する事を防止できて、このトロイダル型無段変速機の耐久性を確保できる。又、本例の場合、このトロイダル型無段変速機の変速動作を行わない通常運転時や変速動作を緩徐に行っている場合に、前記各トラクション部に供給されるトラクションオイルが過剰になる事を防止できる。この為、これら各トラクション部でトラクションオイルの攪拌抵抗が徒に増大する事を抑えられ、前記トロイダル型無段変速機の伝達効率の低下を防止する事ができる。
【0028】
[実施の形態の第2例]
請求項1に対応する、本発明の実施の形態の第2例に就いて説明する。本例のトロイダル型無段変速機は、各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を、各ディスク2a、2b、6同士の間で伝達する動力の大きさに加え、それぞれの両端部に設けた傾転軸10、10の軸方向に関する各トラニオン8、8の変位量に応じて調節可能としている。即ち、これら各トラニオン8、8の変位量を大きくする程、これら各トラニオン8、8を前記各傾転軸10、10を中心に揺動させる方向のサイドスリップ力Fsが大きくなり、前記トロイダル型無段変速機の変速速度が速くなる。そこで、本例の場合には、前記各トラニオン8、8の変位量が大きくなる程前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量が多くなる様にしている。
【0029】
前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量Qは、前記動力をPとし、前記各トラニオン8、8の軸方向変位量をΔdとすると、次の(2)式で表される。
【数2】
尚、この(2)式中、c
1、c
3は、それぞれ流量係数を表し、予め実験や計算により求められる。尚、本例を実施する場合、前記動力P及び前記各トラニオン8、8の軸方向変位量Δdに加え、前記トロイダル型無段変速機の変速比Iに応じて前記トラクションオイルの吐出量Qを調節する事もできる。この場合、この吐出量Qは、次の(3)式で表される。
【数3】
(3)式中、c
1’、c
3’、c
4は、それぞれ流量係数を表す。
その他の部分の構成及び作用は、上述した実施の形態の第1例と同様である。
【0030】
[実施の形態の第3例]
請求項3に対応する、本発明の実施の形態の第3例に就いて説明する。本例のトロイダル型無段変速機は、ステッピングモータ15を制御する為の制御器からこのステッピングモータ15に対し変速指令が出された場合に、各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を増やす様にしている。即ち、これら各トラクション部に加わるサイドスリップ力は、変速動作の開始直後に最も大きくなる。そして、このサイドスリップ力の増大に伴い前記各トラクション部での発熱量も相当に大きくなって、これら各トラクション部でグロススリップが発生し易くなる。この様な傾向は、手動による変速比切換スイッチの操作に基づいて、各ディスク2a、2b、6同士の間の変速比を予め設定した値に調節できる手動変速モード(所謂マニュアルモード)を備えるトロイダル型無段変速機に於いて、前記変速比切換スイッチを操作した場合や、キックダウンに基づき急加速したり、ブレーキペダルを強く踏み込む事で急減速したりした場合に、特に顕著になる。そこで、本例の場合には、変速指令が出された場合に、前記各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を、予め設定した所定時間だけ(変速動作が完了するまで)増大させる。
【0031】
前記トラクションオイルの吐出量Qは、前記動力をPとし、前記変速比切換スイッチが操作されたか否かを表す値(変数)をfとすると、次の(4)式で表される。尚、この値fは、前記変速指令が出された場合には1が代入され、同じく操作されていない場合には0が代入される。
【数4】
この(4)式中、c
1、c
5は、それぞれ流量係数を表し、予め実験や計算により求められる。尚、これら両流量係数c
1、c
5のうち、前記値fに関する流量係数c
5を、変速動作開始直前の変速比に応じて変化させる事もできる。
【0032】
上述の様な本例によれば、前記トロイダル型無段変速機の変速動作の開始直後から、前記各トラクション部にトラクションオイルを十分に供給する事ができる。即ち、例えば、前述の実施の形態の第1例の様に、各傾転軸10、10の軸方向に関する各トラニオン8、8の変位速度に応じて各トラクション部に向けて吐出するトラクションオイルの量を調節する構造の場合、この変位速度を必要な精度で検出する為には、前記各トラニオン8、8を前記各傾転軸10、10の軸方向に所定量以上変位させる必要がある。この為、前記変位速度を算出するまでには、僅かながら遅れが生じる。更に、制御器等が必要なトラクションオイルの量を算出した後、流量調整弁の開弁圧を所望値に調整し、前記各トラクション部に向けて所定量のトラクションオイルを吐出するまでの間にも遅れが生じる可能性がある。従って、このトラクションオイルの吐出量を、前記各トラニオン8、8の変位速度に応じて調節する構造の場合には、前記変速比が急変動すると、変速動作の開始直後に、短時間とは言え、前記各トラクション部へのトラクションオイルの供給量が不足する可能性がある。
【0033】
これに対し、本例の場合には、変速指令が出された事により、前記各トラクション部へのトラクションオイルの供給量を増大させる様にしている為、前記トロイダル型無段変速機の変速動作開始直後から、前記各トラクション部にトラクションオイルを十分に供給する事ができる。
尚、本例は、上述した実施の形態の第1例又は第2例と組み合わせて実施する事もできる。その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例と同様である。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、トロイダル型無段変速機であれば、ハーフトロイダル型に限らず、フルトロイダル型でも実施する事ができる。更には、
図1〜2に示した様な、1対の入力側ディスクを設けた、所謂ダブルキャビティ型の構造に限らず、入力ディスクと出力ディスクとを1個ずつ設けた、所謂シングルキャビティ型のトロイダル型無段変速機に関して本発明を実施する事もできる。
【符号の説明】
【0035】
1 回転軸
2a、2b 入力側ディスク
3 ボールスプライン
4
筒部材
5
歯車
6 出力側ディスク
7 パワーローラ
8 トラニオン
9 支持軸
10 傾転軸
11 駆動軸
12 押圧装置
13 アクチュエータ
14 変速比制御弁
15 ステッピングモータ
16 プリセスカム
17 スプール
18 スリーブ
19 油圧源
20a、20b 油圧室
21 リンク腕
22 ロッド