(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明に係る実施形態について、図表を用いて説明する。
【0010】
本実施形態に係る遮熱膜形成体は、母材3の表面に2層の遮熱膜(第一の皮膜1及び第二の皮膜2)が形成されている。これらの皮膜1、2は、例えば二酸化ケイ素やアルミニウム酸化物等を主な成分とする皮膜であって、例えば陽極酸化皮膜等も含まれる。当該遮熱膜形成体は、内燃機関エンジンの部品を構成する部材で、この例では、内燃機関エンジンの燃焼室の部分である。また、当該母材3は、アルミニウム合金である。
【0011】
本実施形態の遮熱膜形成体の基本構成について、
図1の模式図を用いて説明する。
図1は、内燃機関におけるエンジン燃焼室の内壁に第一の皮膜1及び第二の皮膜2を形成した状態を模式的に示している部分断面図である。
【0012】
内壁を構成する母材3は、上述したようにアルミニウム合金からなる。母材3の表面(内壁面)3aには、第二の皮膜2が形成され、第二の皮膜2の表面には、第一の皮膜1が形成されている。第二の皮膜2は、母材3と第一の皮膜1により挟まれた状態である。図示は省略しているが、
図1における第一の皮膜1の上方には、燃焼ガスが流通する。また、母材3の下方には、冷却水が流通している。
【0013】
エンジン燃焼室の内壁の熱は、エンジン筒内の燃焼ガスから母材3へ移動する。さらに、母材3から冷却水へと熱が移動し、燃焼ガスの熱エネルギの損失(冷却損失)が生じる。第一の皮膜1及び第二の皮膜2からなる遮熱膜は、この冷却損失を低減するために、設けられている。ガスの熱は、遮熱膜を介して母材3へ、母材3から冷却水へと移動することになる。
【0014】
ここで、低熱伝導率および低熱容量の遮熱膜を燃焼室内壁に形成することにより、燃費が向上するメカニズムについて簡単に説明する。エンジン燃焼室の壁面の表面温度は、一般に吸気・圧縮・燃焼・排気行程の1サイクルに渡ってほぼ一定である。一方で、筒内の燃焼ガスの温度は、燃焼により常温から高温(高温から常温)まで変化する。このため、燃焼室の壁表面温度と筒内の燃焼ガスの温度との温度差により、熱損失が生じる。
【0015】
これに対して、燃焼室内壁に低熱伝導率および低体積比熱の遮熱膜を形成すると、遮熱膜の表面温度が筒内の燃焼ガスの温度変化に追従するように1サイクル内で変化するようになる。その結果、燃焼行程では燃焼ガスの温度に追従し、壁温が上昇する。このため、壁面へ奪われる熱損失が低減し、燃費向上に繋がる。また、吸気行程・圧縮行程では、吸入ガス温度に追従して壁温が低下する。このため、燃焼室末端でのノッキングや吸気効率低下が発生しにくくなる。つまり、遮熱膜は、筒内ガス温度に追従して壁面温度が常温から高温まで変化する特性が重要となる。
【0016】
ここで、本実施形態の遮熱膜の形成手順について、
図2のフローチャートを用いて説明する。
【0017】
先ず、第一の皮膜1と第二の皮膜2のそれぞれの熱伝導率を把握する(ステップ1)。
次に、各熱伝導率がいずれも所定値(0.6[W/(m・K)])以下であるか否かを確認する(ステップ2)。0.6[W/(m・K)]以下の場合には、第一の皮膜1の体積比熱を、第二の皮膜2の体積比熱よりも小さくなるように設定する(ステップ3)。次に、第一の皮膜1及び第二の皮膜2を、母材3の表面3aに形成する(ステップ4)。
【0018】
ここで、ステップ4において、第一の皮膜1及び第二の皮膜2が陽極酸化皮膜ではない場合には、第二の皮膜2を母材表面3aの上に形成し、その後に、第二の皮膜2の上に第一の皮膜1を形成する。
【0019】
次に、第一の皮膜1及び第二の皮膜2が陽極酸化皮膜の場合のステップ4について説明する。この場合、陽極酸化により母材3(母材表面3a)を変質させて皮膜を形成する。そのため、先ず、最終的に最表面の皮膜となる第一の皮膜1を母材表面3a上に形成し、その後に、母材表面3aを変質させて、第二の皮膜2を形成する。すなわち、皮膜1、2が陽極酸化皮膜か否かにより、第一の皮膜1及び第二の皮膜2を形成する手順が逆になる。
【0020】
一方、ステップ2において、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]よりも大きい場合には、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の体積比熱の大小を問わずに(ステップ5)、第一の皮膜1及び第二の皮膜2を、母材3の表面3aに形成する(ステップ4)。この場合において、第一の皮膜1及び第二の皮膜2が共に、陽極酸化皮膜である場合には、上記の手順で、第一の皮膜1及び第二の皮膜2を形成する。また、第一の皮膜1及び第二の皮膜2が陽極酸化皮膜でないときは、第二の皮膜2を母材表面3aの上に形成し、その後に、第一の皮膜1を形成する。
【0021】
ここで、遮熱膜の性能を評価する指標の一つとして、壁温スイング特性について、
図3を用いて説明する。
図3のグラフは、横軸に時間を示し、実線Txは燃焼ガスの温度を示し、破線Tyは壁温を示している。壁温スイング特性とは、筒内の燃焼ガスの温度Txに追従して筒内の壁面温度Tyが常温から高温(高温から常温)まで変化する大きさを示す値に基づく特性である。
【0022】
例えば、
図3に示すように、t秒間に、常温(T
0)から高温(T
2)まで変化する燃焼ガスの温度Txに追従するように、遮熱膜壁面の表面温度Tyが、T
0からT
1まで変化している状態を、壁温スイングしていると定義している。以降、遮熱膜壁面の表面温度の最大値(T
1)と最小値(T
0)の差を、「壁温スイングの大きさ」とする。
【0023】
ガスの熱が遮熱膜を伝搬して母材3へと伝わる伝熱現象について、表1及び
図4を用いて説明する。なお、
図4(a)〜(d)は、遮熱膜の物性値の組合せ(第一の皮膜1と第二の皮膜2の物性値)が異なる。以下、当該組合せについて、表1を用いて説明する。表1では、8種類の組合せを計算ケースA〜計算ケースHの8つのケースとして定義する。
【0024】
図4(a)〜(d)は、燃焼室内壁表面からの距離に対する壁表面温度を示すグラフである。ここで、
図4(a)に示されているように、燃焼室内壁表面からの距離がゼロとなる位置は、
図1における第一の皮膜1の表層(上面)に対応している。当該距離が50[μm]となる位置は、第一の皮膜1と第二の皮膜2の境界に対応しており、100[μm]となる位置は、母材表面3aに対応している。すなわち、この例では、第一の皮膜1の厚み及び第二の皮膜2の厚みは、共に約50[μm]である。
【0026】
図4(a)は、表1の計算ケースA、Bに対応している。
図4(b)は、表1の計算ケースC、Dに対応している。同様に、
図4(c)は、表1の計算ケースE、Fに対応しており、
図4(d)は、表1の計算ケースG、Hに対応している。
【0027】
表1に示すように、計算ケースA〜Hを大別すると、計算ケースA〜Dは、熱伝導率を揃えた条件であり、計算ケースE〜Hは、体積比熱を揃えた条件である。以下に、計算ケースA〜Hについて説明する。
【0028】
計算ケースA、Bでは、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の熱伝導率を0.1[W/(m・K)]に揃えており、計算ケースAは、体積比熱について、第一の皮膜1を1000[kJ/(m
3・K)]、第二の皮膜2を10[kJ/(m
3・K)]としている。計算ケースBでは、体積比熱について、第一の皮膜1を10[kJ/(m
3・K)]、第二の皮膜2を1000[kJ/(m
3・K)]としている。
【0029】
計算ケースC、Dでは、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の熱伝導率を1.0[W/(m・K)]に揃えており、計算ケースCは、体積比熱について、第一の皮膜1を1000[kJ/(m
3・K)]、第二の皮膜2を10[kJ/(m
3・K)]とし、計算ケースDでは、体積比熱について、第一の皮膜1を10[kJ/(m
3・K)]、第二の皮膜2を1000[kJ/(m
3・K)]としている。
【0030】
計算ケースE、Fでは、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の体積比熱を10[kJ/(m
3・K)]に揃えており、計算ケースEは、熱伝導率について、第一の皮膜1を1.0[W/(m・K)]、第二の皮膜2を0.1[W/(m・K)]としている。計算ケースFでは、熱伝導率について、第一の皮膜1を0.1[W/(m・K)]、第二の皮膜2を1.0[W/(m・K)]としている。
【0031】
計算ケースG、Hでは、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]に揃えており、計算ケースGは、熱伝導率について、第一の皮膜1を1.0[W/(m・K)]、第二の皮膜2を0.1[W/(m・K)]とし、計算ケースHでは、熱伝導率について、第一の皮膜1を0.1[W/(m・K)]、第二の皮膜2を1.0[W/(m・K)]としている。
【0032】
ここで、
図4(a)〜(d)の解析結果について説明する。
図4は、
図3のようにt
a(=15秒後)からt
b(=15.015秒後)の間にガス温度が変化(T
0→T
2)したときの、壁面温度の分布及び変化(T
0→T
1)について示している。
【0033】
図4(a)では、計算ケースAにおいて、15.000秒後(Ax)と、15.015秒後(Ay)の壁面温度の分布について示している。また、計算ケースBにおいて、15.000秒後(Bx)と、15.015秒後(By)の壁面温度の分布について示している。
【0034】
計算ケースAにおける第一の皮膜1の表面温度(距離:ゼロ)は、15.000秒後(Ax)では約330Kで、15.015秒後(Ay)では約470Kに上昇している。壁面温度は、Ax及びAy共に、母材3に向かうにしたがい徐々に低下して、母材表面3a(距離:100[μm])で、約310K程度となる。
【0035】
計算ケースBにおける第一の皮膜1の表面温度(距離:ゼロ)は、15.000秒後(Bx)では約310Kで、15.015秒後(By)では約590Kに上昇している。壁面温度は、Bx及びBy共に、母材3に向かうにしたがい徐々に低下して、母材表面3a(距離:100[μm])で、約310K程度となる。
【0036】
図4(b)では、計算ケースCにおいて、15.000秒後(Cx)と、15.015秒後(Cy)の壁面温度の分布について示している。また、計算ケースDにおいて、15.000秒後(Dx)と、15.015秒後(Dy)の壁面温度の分布について示している。
【0037】
計算ケースCにおける第一の皮膜1の表面温度(距離:ゼロ)は、15.000秒後(Cx)では約310Kで、15.015秒後(Cy)では約350Kに上昇している。壁面温度は、Cxは、第二の皮膜2及び母材3に相当する位置において、310Kであり、Cyは、母材3に向かうにしたがい徐々に低下して、母材表面3a(距離:100[μm])で、約310K程度となる。
【0038】
計算ケースDは、計算ケースCとほぼ同じような温度分布である。すなわち、計算ケースDにおける第一の皮膜1の表面温度(距離:ゼロ)は、15.000秒後(Dx)では約310Kで、15.015秒後(Dy)では約350Kに上昇している。壁面温度は、Dxは、第二の皮膜2及び母材3に相当する位置において、310Kであり、Dyは、母材3に向かうにしたがい徐々に低下して、母材表面3a(距離:100[μm])で、約310K程度となる。
【0039】
図4(c)では、計算ケースEにおいて、15.000秒後(Ex)と、15.015秒後(Ey)の壁面温度の分布について示している。また、計算ケースFにおいて、15.000秒後(Fx)と、15.015秒後(Fy)の壁面温度の分布について示している。
【0040】
計算ケースEにおける第一の皮膜1の表面温度(距離:ゼロ)は、15.000秒後(Ex)では約310Kで、母材表面3aとほぼ同じである。15.015秒後(Ey)では約500Kに上昇し、母材3に向かうにしたがい徐々に低下して、母材表面3a(距離:100[μm])で、約310K程度となる。このケースでは、第一の皮膜1(距離:0〜50[μm])よりも第二の皮膜2(距離:50〜100[μm])の方が、急激に温度が低下している。
【0041】
計算ケースFにおける第一の皮膜1の表面温度(距離:ゼロ)は、15.000秒後(Fx)では約310Kで、母材表面3aとほぼ同じである。15.015秒後(Fy)では約500Kに上昇し、母材3に向かうにしたがい徐々に低下して、母材表面3a(距離:100[μm])で、約310K程度となる。このケースでは、第二の皮膜2よりも第一の皮膜1の方が、急激に温度が低下している。
【0042】
図4(d)では、計算ケースGにおいて、15.000秒後(Gx)と、15.015秒後(Gy)の壁面温度の分布について示している。また、計算ケースHにおいて、15.000秒後(Hx)と、15.015秒後(Hy)の壁面温度の分布について示している。
【0043】
計算ケースGにおける第一の皮膜1の表面温度(距離:ゼロ)は、15.000秒後(Gx)では約330Kで、15.015秒後(Gy)では約400Kに上昇している。壁面温度は、Gx及びGy共に、母材3に向かうにしたがい徐々に低下して、母材表面3a(距離:100[μm])で、約310K程度となる。Gyでは、第一の皮膜1よりも第二の皮膜2の方が、急激に温度が低下している。
【0044】
計算ケースHにおける第一の皮膜1の表面温度(距離:ゼロ)は、15.000秒後(Hx)では約310Kで、母材表面3aとほぼ同じである。15.015秒後(Hy)では約450Kに上昇している。Hyは、母材3に向かうにしたがい徐々に低下して、母材表面3a(距離:100[μm])で、約310K程度となる。Hyでは、第二の皮膜2よりも第一の皮膜1の方が、急激に温度が低下している。
【0045】
以上の解析結果から、遮熱膜(第一の皮膜1及び第二の皮膜2)の物性値が変わることで、ガスの熱が遮熱膜、母材3へと壁面内部まで伝播する過程に差異があることは明らかである。すなわち、壁温スイングの大きさに関して遮熱膜の物性値の寄与度が高い。
【0046】
複層にて遮熱膜を形成する場合、第一の皮膜1と第二の皮膜2の物性値の組み合わせ(母材3に対する皮膜の形成順序)によって、壁温スイング特性が変わることを、
図5(a)〜(e)に示す数値解析の結果を用いて説明する。
【0047】
図5に示す5つのグラフは、体積比熱に対する壁温スイング幅を示すものである。5つのグラフは、異なる熱伝導率について、解析した結果を示している。ここでの熱伝導率は、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の熱伝導率であり、
図5(a)は、0.1[W/(m・K)]、
図5(b)は、0.3[W/(m・K)]、
図5(c)は、0.6[W/(m・K)]、
図5(d)は、1.0[W/(m・K)]、
図5(e)は、10[W/(m・K)]である。
【0048】
また、各グラフにおいて、棒グラフのうち、白抜きの枠で示されている凡例(第一皮膜固定)は、第一の皮膜1の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]に固定し、第二の皮膜2の体積比熱が、10、100、1000[kJ/(m
3・K)]の3種類の場合における壁温スイング幅を示している。これに対して、枠内を斜線で示されている凡例(第二皮膜固定)は、第二の皮膜2の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]に固定し、第一の皮膜1の体積比熱が、10、100、1000[kJ/(m
3・K)]の3種類の場合の壁温スイング幅を示している。
【0049】
例えば、
図5(a)における第一皮膜固定は、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の熱伝導率が0.1[W/(m・K)]であり、第一の皮膜1の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]に固定し、第二の皮膜2の体積比熱を、10、100、1000[kJ/(m
3・K)]の3条件で解析した壁温スイング幅を示している。また、
図5(a)における第二皮膜固定は、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の熱伝導率が0.1[W/(m・K)]であり、第二の皮膜2の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]に固定し、第一の皮膜1の体積比熱を、10、100、1000[kJ/(m
3・K)]の3条件で解析した壁温スイング幅を示している。
図5(b)〜(e)における棒グラフの凡例も同様であるため、説明は省略する。
【0050】
図5(a)の熱伝導率0.1[W/(m・K)]では、壁温スイング幅は、第一皮膜固定では、どの体積比熱の条件においても、150Kよりやや小さい値となる。これに対して、第二皮膜固定では、体積比熱が1000[kJ/(m
3・K)]のときは、150Kよりやや小さく、10、100[kJ/(m
3・K)]では250Kよりもやや大きい。すなわち、第一の皮膜1の体積比熱が第二の皮膜2の体積比熱より小さいときに、スイング幅が大きくなっている。
【0051】
図5(b)の熱伝導率0.3[W/(m・K)]では、壁温スイング幅は、第一皮膜固定では、どの体積比熱の条件においても、100Kよりやや小さい値となる。これに対して、第二皮膜固定では、体積比熱が1000[kJ/(m
3・K)]のときは、100Kよりやや小さく、10、100[kJ/(m
3・K)]では100Kよりもやや大きい。すなわち、熱伝導率0.1[W/(m・K)]のときと同様に、第一の皮膜1の体積比熱が第二の皮膜2の体積比熱より小さいときに、スイング幅が大きくなっている。
【0052】
図5(c)の熱伝導率0.6[W/(m・K)]では、壁温スイング幅は、どの体積比熱の条件においてもほぼ50K近傍である。ただし、体積比熱が10、100[kJ/(m
3・K)]のときに、第二皮膜固定の方が、第一皮膜固定よりもスイング幅が大きい。すなわち、第一の皮膜1の体積比熱が第二の皮膜2の体積比熱より小さいときに、スイング幅が大きくなっている。
【0053】
上記の
図5(a)〜(c)に対して、
図5(d)の熱伝導率1.0[W/(m・K)]では、壁温スイング幅は、第一皮膜固定及び第二皮膜固定に関わらず、どの体積比熱の条件においても、50Kよりやや小さい値となる。また、
図5(e)の熱伝導率10[W/(m・K)]では、壁温スイング幅は、どの条件においても、ほぼゼロに近い状態である。
【0054】
また、
図5(a)〜(e)において、第一皮膜固定で示される値から第二皮膜固定で示される値を引いた数値を、スイング幅の差として示している。ここで、スイングの幅の差が、ゼロより小さい値を示しているときは、
図5(a)〜(c)における上述した第一の皮膜1の体積比熱が第二の皮膜2の体積比熱より小さいときである。
【0055】
以下、スイング幅の差について説明する。上記したように、スイング幅の差がゼロより小さい値を示している条件は、
図5(a)〜(c)に示すように、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]よりも小さいときである。
【0056】
ここで、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]の前後であるときについて、解析した結果を、
図6(a)〜(e)に示す。
【0057】
図6に示す5つのグラフは、
図5と同様に、体積比熱に対する壁温スイング幅を示すものである。5つのグラフは、異なる熱伝導率について、解析した結果を示している。ここでの熱伝導率は、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の熱伝導率であり、
図6(a)は、0.4[W/(m・K)]、
図6(b)は、0.5[W/(m・K)]、
図6(c)は、0.6[W/(m・K)]、
図6(d)は、0.7[W/(m・K)]、
図6(e)は、0.8[W/(m・K)である。なお、
図6(c)の0.6[W/(m・K)]については、
図5(c)と同じグラフである。
【0058】
また、
図6における各グラフにおいて、
図5と同様に、棒グラフのうち、白抜きの枠で示されている凡例(第一皮膜固定)は、第一の皮膜1の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]に固定し、第二の皮膜2の体積比熱が、10、100、1000[kJ/(m
3・K)]の3種類の場合における壁温スイング幅を示している。これに対して、枠内を斜線で示されている凡例(第二皮膜固定)は、第二の皮膜2の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]に固定し、第一の皮膜1の体積比熱が、10、100、1000[kJ/(m
3・K)]の3種類の場合の壁温スイング幅を示している。
【0059】
図6(a)〜(e)の解析結果からも分かるように、熱伝導率が0.4[W/(m・K)]から0.8[W/(m・K)]までの間に、体積比熱が、10、100[kJ/(m
3・K)]のときに、スイングの差が徐々に小さくなっている。また、
図5の解析結果と同様に、体積比熱が同じとき、すなわち、1000[kJ/(m
3・K)]では、スイング幅の差はない。
【0060】
表2は、
図6(a)〜(e)で示すスイング幅の差のうち、第一の皮膜1の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]として第二の皮膜2の体積比熱を10[kJ/(m
3・K)]としたときのスイング幅と、第二の皮膜2の体積比熱を1000[kJ/(m
3・K)]として第一の皮膜1の体積比熱を10[kJ/(m
3・K)]としたときのスイング幅との差の値を示している。
【0061】
本実施形態では、スイング幅の差について有意差と判定できる値として、実験誤差等を考慮して5Kを選定している。
図6及び表2から分かるように、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]では、スイング幅に有意な差が認められる。0.7[W/(m・K)]、0.8[W/(m・K)]では、スイング幅に、3K以下の差は認められるが、有意差と判定できる差分ではなかった。したがって、本実施形態では、スイング幅に差が認められる熱伝導率を0.6[W/(m・K)]以下としている。すなわち、熱伝導率の閾値を0.6[W/(m・K)]としている。
【0063】
上記の解析結果から、壁温スイング幅が大きくなるときは、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]以下で、第一の皮膜1の体積比熱が、第二の皮膜2よりも小さく設定されているときである。この要因として、熱伝導率が、0.6[W/(m・K)]以下の条件(
図5(a)〜(c)及び
図6(a)〜(c))では、筒内ガス側である第一の皮膜1の体積比熱が小さいときに、熱篭りが小さいために筒内ガス温度に追従しやすくなる。一方で、第一の皮膜1の体積比熱が大きいときには、熱が篭りやすいために筒内ガス温度との追従性が悪くなる。それ故に、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]以下の条件では、体積比熱の小さい方を第一の皮膜1として形成した方が壁温スイングは大きくなる。
【0064】
これに対して、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]よりも大きい条件(
図5(d)、(e)、
図6(d)、(e))では、筒内の燃焼ガスの熱が壁面内部(母材3の内部)まで浸透しやすく、見かけ上、第一の皮膜1と第二の皮膜2が一体化した厚膜のような振る舞いをするため、筒内ガス温度との追従性が低下する。この場合、第一の皮膜1と第二の皮膜2の体積比熱に関係なく壁温スイングは小さくなる。このため、本実施形態の遮熱膜形成体では、上述したように、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の熱伝導率を0.6[W/(m・K)]以下とし、さらに、第一の皮膜1の体積比熱を、第二の皮膜2の体積比熱よりも小さくなるように設定している。
【0065】
次に、遮蔽膜の形成例について、
図2のフローチャートに沿って説明する。また、作製された遮蔽膜の特性について、表3を用いて説明する。
【0066】
表3には、6つの実施例を示している。表3の実施例を大別すると、実施例1及び2では、第一の皮膜1及び第2の皮膜の熱伝導率が共に0.6[W/(m・K)]より大きく、実施例3〜6は、0.6[W/(m・K)]以下である。
【0067】
実施例1では、第一の皮膜1及び第二の皮膜2を、それぞれシリカガラス及びホウケイ酸ガラスとし、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の体積比熱をそれぞれ1650、2016[kJ/(m
3・K)]としている。実施例2では、実施例1の第二の皮膜2を、実施例2の第一の皮膜1とし、実施例1の第一の皮膜1を、実施例2の第二の皮膜2としている。ここで、実施例1と実施例2とでは、スイング特性はほぼ同じである。このため、第一皮膜及び第二の皮膜のうち、どちらを母材側としてもよい。
【0068】
実施例3〜6は、第一の皮膜1及び第二の皮膜2は、全て陽極酸化皮膜である。実施例3では、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の体積比熱をそれぞれ1776、2208[kJ/(m
3・K)]としている。実施例4では、実施例3の第二の皮膜2を実施例4の第一の皮膜1とし、実施例3の第一の皮膜1を実施例4の第二の皮膜2としている。ここで、実施例3の方が実施例4よりもスイング特性が大きく、良好である。
【0069】
同様に、実施例5では、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の体積比熱をそれぞれ1932、2144[kJ/(m
3・K)]としている。実施例6では、実施例5の第二の皮膜2を実施例6の第一の皮膜1とし、実施例5の第一の皮膜1を実施例6の第二の皮膜2としている。ここで、実施例5の方が実施例6よりもスイング特性が大きく、良好である。
【0070】
上述した条件、すなわち、第一の皮膜1及び第二の皮膜2の熱伝導率を0.6[W/(m・K)]以下(
図2におけるステップ2)であり、さらに、第一の皮膜1の体積比熱を、第二の皮膜2の体積比熱よりも小さくなるように設定(ステップ3)しているのは、実施例3及び実施例5である。これらの例では、壁温スイングが良好である。
【0072】
ここで、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]以下の陽極酸化皮膜である実施例5における第一の皮膜1及び第二の皮膜2の作製例について、説明する。
【0073】
先ず、実施例5における第一の皮膜1の作製例について説明する。
アルミニウム部材として、アルミニウム合金(AC8A)を試験片として用いた。このAC8Aに対して、直流電解法により陽極酸化を行い、陽極酸化皮膜を形成した。陽極酸化処理は20℃、濃度200[g/L]の硫酸浴中で、電流密度を1.5[A/dm
2]とし処理を行った。本直流電解陽極酸化皮膜の熱伝導率は、0.42[W/(m・K)]であった。密度は2.22[g/cm
3]、空孔率は17%(長尺状のセルに対する孔の体積/孔を含むセル全体の体積)であった。
【0074】
続いて、実施例5における第二の皮膜2の作製例について説明する。
アルミニウム部材としてAC8Aを使用した。当該AC8Aに対して、交直重畳電解法により陽極酸化を行い、陽極酸化皮膜を形成した。陽極酸化処理は20℃、濃度200[g/L]の硫酸浴中で、高周波電流の周波数を10kHzとし、正極25V、負極2Vで処理を行った。交直重畳電解陽極酸化皮膜の熱伝導率は、0.53[W/(m・K)]であった。密度は3.20[g/cm
3]、空孔率は粒状のため測定不能であった。
【0075】
陽極酸化皮膜の熱伝導率は、基材成分、電解液の種類及び濃度、温度、電圧、電流密度等の影響も受けるが、空孔率が最も影響する。基材成分等により変化するため一般化は困難であるものの、空孔率が高い方が熱伝導率は低くなるため、10%以上、より好ましくは15%以上、さらに好ましくは17%以上であることが好ましい。なお、陽極酸化皮膜以外で、熱伝導率が0.6[W/(m・K)]以下の皮膜の例としては、例えば、中空ビーズ入り皮膜等のナノ中空粒子を有する皮膜が考えられる。
【0076】
以上の説明から分かるように、内燃機関エンジンの燃焼室の部品に本実施形態で説明した第一の皮膜1及び第二の皮膜2を形成することにより、低熱伝導率及び低体積比熱を両立することが可能になる。また、当該遮熱膜は、良好な壁温スイング特性を得る。
【0077】
上記実施形態の説明は、本発明を説明するための例示であって、特許請求の範囲に記載の発明を限定するものではない。また、本発明の各部構成は上記実施形態に限らず、特許請求の範囲に記載の技術的範囲内で種々の変形が可能である。
【0078】
例えば、本実施形態では、第一の皮膜1と第二の皮膜2を積層しているが、これに限らず、3層以上積層することも可能である。