特許第6413710号(P6413710)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6413710直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6413710
(24)【登録日】2018年10月12日
(45)【発行日】2018年10月31日
(54)【発明の名称】直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21C 5/52 20060101AFI20181022BHJP
   F27D 3/16 20060101ALI20181022BHJP
   F27D 17/00 20060101ALI20181022BHJP
   F27B 3/08 20060101ALI20181022BHJP
【FI】
   C21C5/52
   F27D3/16 A
   F27D3/16 Z
   F27D17/00 104Z
   F27B3/08
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-244095(P2014-244095)
(22)【出願日】2014年12月2日
(65)【公開番号】特開2016-108575(P2016-108575A)
(43)【公開日】2016年6月20日
【審査請求日】2017年8月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090273
【弁理士】
【氏名又は名称】國分 孝悦
(72)【発明者】
【氏名】小川 雄司
【審査官】 河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2003/037038(WO,A2)
【文献】 特開昭52−147513(JP,A)
【文献】 特開昭53−043003(JP,A)
【文献】 特公昭48−000362(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 7/00−7/10
C21C 1/00−3/00
C21C 5/02−5/06,5/52−5/56
F27B 1/00−3/28
F27D 3/00−5/00,17/00−99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流アーク式電気炉の電極を中空とし、当該中空部を通して炭化水素ガスを供給しながら鉄分を50質量%以上含む鉄系原料の1種もしくは2種以上を溶解して、前記炭化水素ガスを供給する際に、前記電極の中空部において、標準状態での体積流量を中空部の開口断面積で除することによって算出される前記炭化水素ガスの流速が20Nm/秒以上となるように前記炭化水素ガスの吹き込みを行うことによって、その溶け落ち時の溶鉄中の炭素濃度を前記1種もしくは2種以上の鉄系原料中の鉄分に対する炭素濃度の平均値以上とし、
その後、酸素ガスを前記溶鉄に吹き付けて脱炭処理することを特徴とする直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
【請求項2】
前記溶け落ち時の溶鉄中の炭素濃度が1質量%以上とすることを特徴とする請求項1に記載の直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
【請求項3】
固体炭素源を添加することなく前記鉄系原料を溶解することを特徴とする請求項1または2に記載の直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
【請求項4】
前記鉄系原料として、事前に還元処理が行われていない酸化鉄系原料の1種もしくは2種以上を用いることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
【請求項5】
前記直流アーク式電気炉から発生するガスを回収し、前記直流アーク式電気炉内の溶鉄中に吹き込むことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鉱石や還元鉄、スクラップを電気アーク炉を用いて還元溶解し、窒素、硫黄濃度の低い高純度溶鋼を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アーク式電気炉製鋼法は、従来の大量生産の高炉−転炉製鋼法に比べて、初期の設備投資額が少ないこと、生産量の調整が容易であること、多様な主原料の変化に対して容易に対応できること、などの利点が認識されており、近年、特に海外での製鉄所の新設もしくは改造に際して電気炉製鋼法を選択するケースが増加している。しかし従来の電気炉製鋼による製品の多くは、原料が多種多様のスクラップであることもあり、一般に棒鋼や形鋼等のいわゆる低級鋼であった。近年では、スクラップ以外に還元鉄や溶銑の配合比率を高めることにより装入原料中のCuやSn等の不純物元素の混入量を低減させることが可能となったので、アーク炉製鋼法によっても冷延鋼板や表面処理鋼板等の薄鋼板を製造できるようになりつつある。
【0003】
しかしながら、アーク式電気炉製鋼法によって製造される溶鋼中の窒素濃度は一般に70〜120ppmと、転炉において製造される溶鋼に比較して高いという製造法に基づく本来的欠点がある。したがって、鋼中窒素に起因する時効現象を抑制するために、窒素含有率を通常40ppm以下に低減することが要求される深絞り用冷延鋼板等の高級薄板鋼の製造はアーク式電気炉製鋼法では未だ困難であるのが現状である。
【0004】
アーク式電気炉における脱窒および吸窒反応の基本的な現象は転炉の場合と同一であり、脱窒速度と吸窒速度とのバランスによって出鋼時の溶鋼中の窒素濃度が決まると考えられる。一方で、転炉製鋼法に比べて設備、操業上の大きな相違点として以下の項目が挙げられる。
(1)電気炉は実質開放系であり、転炉に比較して大気の吸引量が多い。すなわち炉内の窒素濃度が高い。
(2)アーク中では雰囲気ガスは原子化しており、アークスポットで雰囲気ガス中の窒素を吸収しやすい。
(3)転炉に比較してCOガス発生量が少なく、いわゆるChemical vacuumによる脱窒量が少ない。
【0005】
上記状況に対して、従来のアーク式電気炉製鋼法による低窒素鋼の製造技術として、アーク炉での溶け落ち時の溶鉄中の炭素濃度を高めにし、精錬期の脱炭反応に伴うCOボイリングを活発に行わせたり、Arガス等による溶鋼のガス撹拌により脱窒(脱N)を促進したりする方法などが試みられている。
【0006】
特許文献1には、ミルスケール等の酸化剤中の有効酸素濃度を特定値以上に配合し、溶け落ちでの溶鋼中の炭素濃度を低く抑え、この溶鋼へキャリアガスによって炭素を目標濃度まで吹き込むことによって、低窒素溶鋼を得る方法が提案されている。
【0007】
また、特許文献2には、上記(3)に記載のCOガス発生量を増大させるための溶け落ち後の溶鋼中の炭素濃度を上昇させる方法として、炭素吹き込みのキャリアガスとして、コークス炉ガス、高炉ガス、転炉ガスを用いる方法が提案されている。
【0008】
特許文献1及び2に記載の方法では、脱炭反応によるCOガス発生の増加により、低窒素溶鋼を得ることはできるものの、固体炭素を吹き込んで溶鉄中の炭素濃度を高める必要がある。通常、固体炭素には多くの硫黄が含まれており、溶鉄中の[S]が増加するため、低硫鋼を製造する際には脱硫処理が不可欠となる。
【0009】
特許文献3には、炉内原料が溶融してフラットバスを形成するまでの時間帯は、炉の排滓口を全閉のままでアーク加熱を行い、溶鋼温度が1500℃以上、溶鋼のC濃度が1.0重量%以上になった時点で通電を停止して排滓口を開放し、排滓口から装入したランスを介して溶鋼中に酸素を吹込み、脱炭すると共に脱窒する方法が提案されている。
【0010】
また、特許文献4及び5には、高純度酸素ガスを用いること、および溶湯中のC含有率を適正値に維持しつつCOボイリングを一定時間継続させ、この間十分なスラグフォーミングを維持することにより低窒素溶鋼を得る方法が提案されている。
【0011】
特許文献3〜5に記載の方法では、排滓口の密閉化やフォーミングの促進により、大気からの吸窒量を抑制しながら脱炭時のCOガス発生を増加させるため、より低窒素化が可能となる。これらの方法では、炭素濃度の高い鉄系原料を用いれば、固体炭素を添加する必要はないが、事前脱硫を施さない銑鉄や炭材が内装された還元鉄を用いた場合は、やはり低硫鋼を製造することが困難である。したがって、低窒素でかつ低硫の溶鋼を製造するには、脱硫を施した高炉溶銑や加圧されたシャフト炉内で天然ガス等の炭化水素ガスを用いて浸炭させつつ還元された還元鉄等の硫黄含有量の少なく炭素含有量の高い鉄系原料を配合するしかなく、いずれにしても鉄鉱石等の酸化鉄源を事前還元する別プロセスが必要となる。
【0012】
一方、特許文献6には、電極を中空にし、中空部を通してアーク部へArなどの不活性ガス、炭化水素などの還元性ガスの1種もしくは2種以上を供給しながら溶け落ち時の溶鋼中の炭素含有量を0.1%以上とし、かつ還元期の平均昇温速度を10℃/min以下にすることを特徴とする低窒素鋼の溶製方法が提案されている。この方法では固体炭素を添加しないため低硫鋼の製造は可能となるが、溶け落ち後の溶鉄中の炭素濃度は配合原料の鉄分に対する平均炭素濃度以上にはならず、炭素含有量の低い鉄系原料を用いた場合に脱窒量は不十分となる。十分な脱窒量を得るために、特許文献3に記載されているように溶け落ち時の溶鋼中の炭素含有量を1質量%以上にするには、低硫鋼を製造する際に硫黄含有量が少なくかつ炭素含有量の高い鉄系原料を配合するしかなく、特許文献3〜5に記載の方法と同様の課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開昭53−43003号公報
【特許文献2】特開平3−28312号公報
【特許文献3】特開平10−46226号公報
【特許文献4】特開平10−121123号公報
【特許文献5】特開平11−12634号公報
【特許文献6】特開昭52−147513号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述したように、アーク式電気炉を用いて低窒素鋼を製造するには、一度溶鉄の炭素濃度を高め、その後脱炭処理を行うことによってCOガス発生量を増大させることが必要である。しかしながら、溶鉄の炭素濃度を高めるために、事前の還元工程で固体炭素を用いて炭素濃度の高い鉄系原料を製造したり、電気アーク炉での溶解工程で固体炭素を使用したりすると、硫黄濃度の増加により低硫鋼の製造が困難となる課題があった。特許文献6に記載の方法では、固体炭素を使用しないようにして低硫鋼の製造は可能となるが、脱窒量が不十分となり、低窒素化に限界があった。
【0015】
また、安価な鉄系原料として、事前に還元処理を施さない鉄鉱石や製鋼ダスト等の酸化鉄系原料を用いる場合に、固体炭素を使用せずに還元・溶解して低硫鋼を1つの製精錬容器で製造する方法は現状実用化されていない。
【0016】
本発明では、アーク式電気炉を用いて鉄系原料から1つの製精錬容器で低硫かつ低窒素の高純度鋼を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
(1)直流アーク式電気炉の電極を中空とし、当該中空部を通して炭化水素ガスを供給しながら鉄分を50質量%以上含む鉄系原料の1種もしくは2種以上を溶解して、前記炭化水素ガスを供給する際に、前記電極の中空部において、標準状態での体積流量を中空部の開口断面積で除することによって算出される前記炭化水素ガスの流速が20Nm/秒以上となるように前記炭化水素ガスの吹き込みを行うことによって、その溶け落ち時の溶鉄中の炭素濃度を前記1種もしくは2種以上の鉄系原料中の鉄分に対する炭素濃度の平均値以上とし、
その後、酸素ガスを前記溶鉄に吹き付けて脱炭処理することを特徴とする直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
(2)前記溶け落ち時の溶鉄中の炭素濃度が1質量%以上とすることを特徴とする上記(1)に記載の直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
(3)固体炭素源を添加することなく前記鉄系原料を溶解することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
(4)前記鉄系原料として、事前に還元処理が行われていない酸化鉄系原料の1種もしくは2種以上を用いることを特徴とする上記(1)乃至(3)のいずれか1つに記載の直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
(5)前記直流アーク式電気炉から発生するガスを回収し、前記直流アーク式電気炉内の溶鉄中に吹き込むことを特徴とする上記(1)乃至(4)のいずれか1つに記載の直流アーク式電気炉による高純度鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、事前に還元処理を行わない安価な酸化鉄系原料を用いた場合でも、一つの製精錬容器で効率良く低硫濃度かつ低窒素濃度の高純度溶鋼を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の高純度鋼の製造方法について、直流アーク式電気炉を用いて低硫鋼かつ低窒素鋼を製造するプロセスを説明するための図である。
図2】中空電極中空部内部の天然ガス流速と吹き込み開始20分後の溶鉄中炭素濃度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態を、図1を参照しながら説明する。
図1において、直流アーク式電気炉1は、大気の炉内への侵入量を減らすために可能な限り開口部が少ない構造となっており、原料投入孔2を通して鉄系原料3が投入される。鉄系原料3としては、鉄鉱石や鉄鉱石ペレット、製鋼ダストを原料としたブリケット等の酸化鉄原料、還元鉄、還元鉄ブリケット、銑鉄粒、スクラップ等鉄分を50質量%以上含む原料の1種もしくは2種以上が使用される。大型のスクラップ等を装入する場合は、アーク式電気炉1の炉頂部を開閉式にし、バケット等で溶解前に炉上部から装入した後、炉頂部を密閉しても良い。配合原料中の鉄分が50質量%未満であると、スラグとなる鉱石の脈石分の溶解に必要なエネルギーが多くなりすぎて、経済性の点から実用的でない。また、溶解操業中に連続して鉄系原料3を投入することも可能であり、その場合、原料投入孔2に直結した原料ホッパー内から原料投入孔2までをArガスのような窒素を含まない不活性ガスでパージする。なお、アークの着火性や原料の溶解速度を向上するため、前チャージで製造した溶鋼を種湯として残しておいても良い。
【0021】
鉄系原料3の事前装入完了後、中空黒鉛電極4を電気炉内に挿入して、通電して溶解操業を開始する。この際、中空黒鉛電極4の中空部5から天然ガス、プロパンガス等の炭化水素ガスを電気炉内に供給する。供給された炭化水素ガス(Cmn)は、数千度以上の極めて高温な直流アーク部6で直ちに下記(1)式の反応により単原子に分解される。
mn→mC+nH ・・・(1)
【0022】
この単原子となってエネルギー的に活性化されたCとHは極めて反応性が高くなり、下記(2)式に示す溶鉄への浸炭反応や下記(3)式及び(4)式に示す酸化鉄の還元反応が迅速に進む。
C → [C] ([C]は溶鉄中Cを示す。) ・・・(2)
3C+Fe23→2Fe+3CO ・・・(3)
6H+Fe23→2Fe+3H2O ・・・(4)
【0023】
一方で、(2)式の反応により溶鉄中の炭素濃度が高くなると、下記(5)式に示す反応によって、酸化鉄系原料が溶解して生成する溶融スラグ中の酸化鉄の還元も進行する。
[C]+(FeO)→Fe+CO((FeO)は溶融スラグ中のFeOを示す。)
・・・(5)
【0024】
したがって、(2)式の反応で溶鉄中に溶解した炭素は一部(5)式の反応により消費されるため、実際の溶鉄の浸炭の速度は(2)式の反応から(5)式の反応を差し引いた速度となる。直流アーク部6に近い鉄系原料中の酸化鉄は(2)式の反応及び(3)式の反応により迅速に還元されるが、鉄鉱石の脈石分等とともに溶解した溶融スラグ中の酸化鉄は、大部分が直流アーク部6から離れたところに存在するため、主に(5)式の反応が主体となる。(2)式の反応による溶鉄への浸炭反応速度が増加すると、溶融スラグ中の酸化鉄の還元速度も増加し、十分に溶融スラグ中の酸化鉄濃度が低減した後は、溶鉄の浸炭速度はさらに増加する。
【0025】
本発明者らは、小型のアーク炉実験設備を用いて、中空黒鉛電極から天然ガスを溶鉄中に吹き込んだときの浸炭挙動を調査した。実験では、1本の中空黒鉛電極を用いて直流アークとした場合と3本の中空黒鉛電極を用いて交流アークとした場合との2水準で行い、炭素濃度が0.001質量%以下の電解鉄を溶解した後、天然ガス中の炭素が全て溶解したときに溶鉄中の炭素濃度が4質量%となる量の天然ガスを20分かけて吹き込んだ。また、中空部の直径を変更することにより、中空部内部のガス流速を変更した。
【0026】
実験結果を図2に示す。直流アークの場合、天然ガスの中空部内部のガス流速が低い場合でも天然ガスの吹き込み開始20分後の溶鉄中の炭素濃度は2質量%以上であり、50%以上の天然ガス中の炭素が溶鉄中に浸炭した。また、電極中空部内部での天然ガス流速(標準状態での体積流量を中空部の開口断面積で除したもの)が20Nm/秒以上で急速に浸炭速度は増加し、50Nm/秒以上で溶鉄中の炭素濃度は3.6質量%以上となり、天然ガス中の90%以上の炭素が浸炭することを知見した。一方、交流アークの場合、浸炭速度は小さく、天然ガスの吹き込み開始20分後の溶鉄中の炭素濃度はガス速度を増加しても1質量%未満であった。
【0027】
直流アークの場合、電磁力の作用により、強力なアーク流が発生することが知られており、安定したアーク流により極めて高温で単原子に解離したCやHが溶鉄表面に高速で達するために浸炭速度が増加すると推察される。さらに、電極中空部から出るガスの流速が20Nm/秒を超えると、電磁力でさらに加速され、溶鉄表面を突き破り、反応界面積が飛躍的に増大して浸炭速度も増大すると思われる。一方、交流アークの場合は、電磁力のかかる向きが交流周波数の周期に応じて逆転するため、安定したアーク流が発生せず、浸炭速度も低下する。中空部の直径を小さくして天然ガスの初速を高めると、天然ガスが十分に加熱されず、解離効率も低い状態で溶鉄に接触するため、浸炭速度も増加しない。
【0028】
したがって、本発明においては、直流アーク電気炉を用いて中空黒鉛電極から天然ガスのような炭化水素ガスを吹き込むことにより溶鉄へ浸炭することが可能である。低窒素鋼を製造する場合には、溶け落ち後の溶鉄中の炭素濃度を鉄系原料中の鉄分に対する炭素濃度以上(2種以上の鉄系原料を用いる場合には、鉄系原料中の鉄分に対する炭素濃度の平均値以上)に浸炭する必要があり、溶け落ち時の溶鉄中の炭素濃度を1質量%以上とすることが望ましい。また、溶け落ち後の溶鉄中の炭素濃度を鉄系原料中の鉄分に対する炭素濃度以上に迅速に浸炭するには、中空電極中空部内部の天然ガス流速を20Nm/秒以上とすることが望ましく、50Nm/秒以上とすることさらに望ましい。
【0029】
ここで、低い硫黄濃度を要求されない鋼種を製造する場合には、炭化水素ガスとともに微粉炭などの固体炭素を吹き込んでも良いが、硫黄混入の殆ど無い炭化水素ガスによる迅速な浸炭により、極低硫鋼の製造も可能となる。また、固体炭素を吹き込んで硫黄分が混入した場合においても、炭化水素ガスにおける(1)式に示す解離反応で発生した単原子のHはSとの反応性が極めて高く、効率良くH2Sが生成する。このため、炭化水素ガスとともに微粉炭などの固体炭素を吹き込む場合、固体炭素のみで還元、浸炭溶解する場合と比較すると低硫鋼製造が容易となることも知見した。また、溶け落ち時の溶鉄中の炭素濃度を高めることによって溶鉄の融点も下がり、溶解に必要な電力量も大幅に低減し、経済性も向上する。
【0030】
続いて、鉄系原料の酸化鉄の還元および浸炭溶解の完了後、通電を止めて酸素ランス7から酸素ガスを供給して溶鉄13の脱炭処理を行う。このとき、酸素ランス7は常時中空黒鉛電極4と異なる位置から挿入している方式を採用してもよく、中空黒鉛電極4を電気炉から一度抜き、旋回して転炉のような垂直の酸素ランスに切り替える方式を採用してもよい。脱炭処理時に発生するCOガスにより、溶鉄中の窒素濃度は脱炭処理中さらに低下する。浸炭溶解完了時の溶鉄中の炭素濃度が1質量%以上である場合には、脱炭処理終了時の窒素濃度が安定して15ppm以下となる。さらに、黒鉛電極を中空にするとともに天然ガスを使用することによって製造コストが増加しても、上記浸炭によって電力量が削減されることによるコスト低減効果の方が上回るため、望ましい実施の形態といえる。
【0031】
なお、通常の転炉に設けられているような出鋼孔を電気炉に設け、脱炭処理が終了して所定の炭素濃度、温度とした溶鋼を、炉を傾動して排出するようにしても良いが、傾動時の炉内への空気の混入量が増え、出鋼孔から鍋までの距離も大きくなることから、出鋼時の吸窒量が増加する。したがって、図1に示すように、炉の側面底部や炉底部に設けた開口可能な出鋼孔14から密閉状態のまま溶鋼を出鋼することが望ましい。
【0032】
また、直流アーク式電気炉1の底部に底吹き羽口12を設け、底吹きを行いながら還元溶解処理や脱炭処理を行っても良い。底吹きガスとしては、炭酸ガスやアルゴンガスを使用しても良いが、還元溶解処理で発生するCOや一部未反応のHが再結合したH2を含むガスや脱炭処理で発生するCO2を一部含むCO主体のガスを回収して再利用するのがガスコストも低減し、望ましい実施の形態といえる。この場合、図1に示すように、排ガスは排ガスダクト8の後段に設けたダストキャッチャー9でダストを除いた後にガスホルダー10に貯蔵され、ガス圧縮機11で加圧された後、底吹き羽口12から炉内に吹き込まれる。当該チャージの排ガスを直ちに循環利用しても良く、ガスホルダー10に一度貯蔵し、必要に応じて利用しても良い。また、還元処理時の排ガスと脱炭処理時の排ガスとでは大きく組成が異なるため、分別して回収しても良い。循環利用する場合は、ダストキャッチャー9を電気集塵方式等にすることで排ガスの温度を高温に維持したまま再利用すれば、排ガスの顕熱も溶鉄に回収できるため、プロセス全体の熱効率が向上し、さらに望ましい。
【0033】
このように底吹きを行いながら還元溶解処理を行うことによって、炉内の撹拌が促進され、アークからの着熱効率が向上するとともに浸炭速度や還元溶解速度もさらに増加する。還元溶解時に中空電極から吹き込まれた炭化水素ガス中の炭素分は望ましい形態で本発明を実施することにより、ほぼ全量が溶鉄の浸炭や酸化鉄の還元に使用されるが、水素分の一部は上記の通りH2の形で排ガスの一部となるため、還元溶解処理時に再利用することにより全体の酸化鉄還元効率がさらに向上する。
【0034】
さらに、底吹きを行いながら脱炭処理を行うことによって、溶鉄中の炭素の物質移動を促進して吹き止め時点での溶鋼中の酸素濃度やスラグ中の酸化鉄濃度の低い、効率の良い脱炭を行うことができる。また、通常の電気炉精錬では撹拌力が弱いために脱りん効率が低いが、底吹きを行うことによって、生石灰等の脱りん剤を添加すれば低りん鋼の溶製も可能である。さらに、還元溶解終了後に鉄鉱石中の脈石分主体の酸化珪素濃度が高く塩基度の低い溶融スラグ15をスラグ排出孔16から排出すれば、少ない塩基性脱りん剤の添加により脱りん能の高いスラグを生成できるため、脱りん効率は大幅に向上する。また、還元溶解処理時に回収した排ガスを脱炭処理時に吹き込むことにより、排ガス中のH2分が酸素で燃焼し、プロセスの熱効率が向上する功も奏する。
【0035】
本発明によると、鉄系原料として事前に還元処理を行わない鉄鉱石や製鋼ダスト等の酸化鉄系原料を使用しても、1つの製精錬容器で還元、溶解して低硫かつ低窒素の高純度鋼を製造することができる。鉄鉱石や製鋼ダスト等の炭素濃度は低いが、中空電極から炭化水素ガスを吹き込んで効率良く還元かつ浸炭することにより、硫黄分の混入なく高炭素溶鉄を溶製することができ、その後の脱炭処理または同時脱炭脱りん処理により、低窒素濃度かつ低硫黄濃度、低りん濃度の高純度溶鋼を製造することができる。一方、加圧式シャフト炉を用いて天然ガスで鉄鉱石を還元して高炭素濃度の還元鉄を製造し、それを電気炉で溶解すれば、同様の高純度溶鋼を製造することは可能であるが、製精錬容器が2つとなる。これに対して、本発明では1つの精錬容器で還元、溶解を行うことにより設備費や製造コストが大幅に低減できる。
【実施例】
【0036】
本発明の具体的な実施例を、3MVAの直流電源を有する直流アーク式電気炉を用いて実施した。設備の構成は図1に示す通りである。電極は直径150mmの黒鉛電極を使用し、各実施例では中心に直径40mmの中空部が設けられた中空電極を使用した。酸素ランスは、周方向90度間隔で4本設置した。炉底には底吹き羽口を周方向90度間隔で4本設置し、操業中はアルゴンガスもしくは回収した排ガスを1本当たり300Nl/分の流量で吹き込んだ。実施例及び比較例の操業条件を表1に示し、操業結果を表2に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
実施例1では、脱着式の炉頂部を開放し、スクラップ5トンを装入後、再び炉頂部を閉じて炉内を密閉状態にした後、通電を開始した。通電中は、電極中空部より天然ガスを960Nm3/hの流量で30分間吹き込んだ。溶け落ち時点(通電開始から30分後)で通電を終了した際、溶鉄の温度は1250℃で、炭素濃度は4.6質量%であった。その後は通電を止めたまま、酸素ランスから酸素ガスをトータル1000Nm3/hの流量で吹き込み、脱炭処理を行った。操業中の底吹きガスにはアルゴンガスを使用した。その結果、出鋼後の溶鋼中の窒素濃度は12ppmと低位であった。また、固体炭素を使用していないため、溶鋼中の硫黄濃度も0.003質量%と低位であった。スクラップ中の硫黄濃度は0.01質量%であったが、溶解処理時に吹き込んだ天然ガスの水素分が解離してH2Sとして気化脱硫が進行したと推定された。なお、実施例1では生石灰を添加していないため、溶鋼中のりん濃度はスクラップ中のりん濃度と同じ0.023質量%であった。
【0040】
一方、比較例1では、天然ガスも固体炭素も使用せずに、実施例1と同一のスクラップを同量装入して、溶解操業を実施した。他の操業条件は実施例1と同様である。炭素源を使用しなかったため、通電終了後の溶鉄中の炭素濃度はスクラップ中の炭素濃度(スクラップ中の鉄分に対する炭素濃度と同等)とほぼ同じ0.1質量%であり、溶鉄温度は1650℃であった。通電時間も45分を要した。出鋼後の窒素濃度は40ppmと高位であった。硫黄濃度は、スクラップ中の硫黄濃度とほぼ同じ0.01質量%であり、りん濃度もスクラップ中のりん濃度とほぼ同じ0.023質量%であった。
【0041】
比較例2では、比較的硫黄濃度の低い炭材(無煙炭:S含有量0.2%)290kgを用いた点を除いて比較例1と同じ条件で、浸炭溶解操業を行った。通電時間は35分であり、通電終了後の溶鉄温度は1250℃で、炭素濃度は4.6質量%であった。その後、実施例1と同じ条件で脱炭処理を行った。炭材に含まれる窒素分の影響により、出鋼後の窒素濃度は15ppmと低位であったがやや実施例1よりも高位であった。硫黄濃度は、炭材からの硫黄分の混入があり、0.03質量%と高位であった。りん濃度は実施例1及び比較例1と同じ0.023質量%であった。
【0042】
実施例2では、実施例1と比べて天然ガス吹き込み流量のみ170Nm3/hに変更した溶解操業を実施した。通電時間は40分であり、通電終了後の炭素濃度は1.1質量%となり、溶鉄温度は1550℃であった。その後、実施例1と同じ条件で脱炭処理を行った。脱炭量が少なくCOガス発生量も少ないため、出鋼後の窒素濃度は14ppmと低位であったが実施例1よりはやや高位であった。硫黄濃度は、実施例1と同じ0.003質量%であり、極低硫鋼が得られた。さらに、りん濃度も実施例1と同じ0.023質量%であった。
【0043】
実施例3では、還元率90%の還元鉄1.5トンと製鋼転炉ダスト1トンとを鉄系原料として使用した。平均の鉄分含有量は82%である。鉄系原料は、Arガスでシールした上部ホッパーより原料投入孔を通して添加した。実施例1と同様に、電極中空部より天然ガスを360Nm3/hの流量で吹き込みながら50分間通電した。通電終了後、溶鉄の温度は1400℃で、炭素濃度は3.0質量%であった。その後、生石灰を300kg添加し、実施例1と同じ条件で脱炭しながら同時脱りん処理を行った。出鋼後の溶鋼中の窒素濃度は10ppmと低位であった。硫黄濃度及びりん濃度もそれぞれ、0.003質量%、0.013質量%と低位であった。
【0044】
実施例4では、実施例3と同じ鉄系原料を使用し、流量260Nm3/hの天然ガスを吹き込む際に、さらに比較例と同じ組成の総量50kgの無煙炭微粉を電極中空部から吹き込んだ。通電時間は実施例3と同じ50分であった。通電終了後、溶鉄の温度は1400℃で、炭素濃度は3.0質量%であった。その後、実施例3と同じ条件で同時脱炭脱りん処理を行った。出鋼後の溶鋼中の窒素濃度は11ppmと低位であった。硫黄濃度は無煙炭からの硫黄混入があるにも関わらず、0.005質量%と低位であり、りん濃度も0.013質量%と低位であった。
【0045】
比較例3では、実施例3及び4と同じ鉄系原料を使用し、還元剤としては比較例2と同じ無煙炭のみを250kg添加して還元溶解操業を実施した。通電終了後、溶鉄の温度は1650℃で、炭素濃度は0.1質量%であった。還元溶解完了には70分を要した。溶け落ち時点での炭素濃度が低く、脱炭できないため、出鋼後の窒素濃度は60ppmと高位であった。硫黄濃度も0.04質量%と高位であり、脱りん処理もできないため、りん濃度も鉄系原料中の鉄分に対する平均りん濃度とほぼ同じ0.062質量%であった。
【0046】
実施例5〜7では、事前還元処理を施さない鉄鉱石(鉄分66質量%)のみを鉄系原料として使用した。添加方法は実施例3及び4と同様である。そして、天然ガスのみを電極中空部から吹き込み、還元溶解処理を実施した。その後、生石灰を添加し、同時脱炭脱りん処理を施した。実施例5では還元溶解終了後もスラグを排出せず、生石灰420kgを添加して脱りん処理を行ったが、実施例6及び7では、還元溶解終了後にスラグ排出孔より溶融スラグを約8割排出し、生石灰の添加量を90kgに低減した。底吹きガスとしては、実施例5はアルゴンガスを用いたが、実施例6では還元溶解期には前チャージで回収した還元溶解期の排ガスを冷間で吹き込み、脱炭期には前チャージで回収した脱炭期の排ガスを冷間で吹き込んだ。実施例7では回収した排ガスを循環し、そのまま高温状態で吹き込んだ。いずれも通電溶解後の溶鉄中の炭素濃度は目標の4質量%であった。
【0047】
実施例5では還元溶解に90分の時間を要したが、実施例6では排ガスの利用により還元効率が向上し、還元溶解時間は80分に短縮した。実施例7では、排ガスの高温利用により還元効率と熱効率が向上し、還元溶解時間が75分に短縮した。実施例5及び6では通電溶解後の溶鉄温度が1300℃でないと脱炭期で目標の吹き止め温度である1620℃に到達しなかったが、実施例7では脱炭期も高温排ガスを利用することにより熱効率が向上し、通電終了後の溶鉄温度を1250℃としても脱炭期吹き止め温度は1620℃となった。実施例5〜7のいずれも、浸炭後の脱炭処理で多量のCOガスが発生したため、出鋼後の溶鋼中の窒素濃度は10ppmと低位であり、さらに固体炭素を使用していなかったため、硫黄濃度も0.003質量%と低位であった。さらに、底吹き撹拌下での脱りん処理により溶鋼中のりん濃度も実施例5では0.015質量%であり、途中で低塩基度のスラグを排出し、高塩基度のスラグを生成して効率良く脱りん処理を行った実施例6及び7では、溶鋼中のりん濃度が0.012質量%であり、低りん鋼の溶製も確認できた。
【0048】
一方、比較例4及び5では、実施例5〜7と同じ鉄系原料を用いた還元溶解処理を、還元剤として比較例2及び3と同じ無煙炭のみを使用して実施した。還元に必要な分のみ無煙炭を添加した比較例4では、還元溶解後の溶鉄中の炭素濃度は0.1質量%で溶鉄温度は1650℃であり、溶解に140分を要した。無煙炭量を増加して溶鉄中の炭素濃度を4.0質量%、還元溶解後の溶鉄温度を1300℃とした比較例5でも多量の炭材添加を必要とするため、100分の還元溶解時間を要した。比較例5では還元溶解後にスラグを排出することなく生石灰420kgを添加し、同時脱炭脱りん処理を行った。
【0049】
比較例4では脱炭反応がなく、出鋼後の溶鋼中の窒素濃度は多量の原料や炭材中の窒素分もあり80ppmと高位であった。多量の炭材を使用しているため、硫黄濃度も0.12質量%と極めて高位であった。また、浸炭後に脱炭を行った比較例5では、窒素濃度は20ppmと比較的低位であったが、炭材原単位がより多かったため、硫黄濃度は0.14質量%とさらに高位であった。比較例4では酸化処理がないため、脱りん反応は起こらず、出鋼後の溶鋼中のりん濃度は鉄系原料中の鉄分に対するりん濃度とほぼ同じ0.105質量%であった。比較例5においては、脱炭時の脱りん処理を行っており、溶鋼中のりん濃度は0.015質量%と低位であった。
【0050】
上記のように、電極中空部から炭化水素ガスを吹き込むことにより、鉄系原料の効率良い還元溶解および浸炭が可能となり、低硫濃度かつ低窒素濃度の高純度溶鋼を製造することができることを確認できた。また、事前に還元処理を行わない安価な酸化鉄系原料を用いた場合でも、一つの製精錬容器で効率良く低硫濃度かつ低窒素濃度の高純度溶鋼を製造できることを確認した。さらに、電気炉から発生するガスを回収して溶鉄中に吹き込むことにより、還元効率や熱効率をさらに改善でき、処理時間を短縮するとともに製造コストを低減できることも確認できた。また、本発明においては、低窒素化のための浸炭後の脱炭処理を利用して、底吹き撹拌や還元溶解後の溶融スラグを排出することにより効率良く脱りん処理を行うことにより、さらに低りん鋼も製造することができる。
【符号の説明】
【0051】
1 直流アーク式電気炉
2 原料投入孔
3 鉄系原料
4 中空黒鉛電極
5 中空部
6 直流アーク部
7 酸素ランス
8 排ガスダクト
9 ダストキャッチャー
10 ガスホルダー
11 ガス圧縮機
12 底吹き羽口
13 溶鉄
14 出鋼孔
15 溶融スラグ
16 スラグ排出孔
図1
図2