【実施例】
【0039】
(実験例)
本例は、アマミノクロウサギの反復配列(つまり、マイクロサテライト)からプライマーの設計を行い、プライマーの有効性を確認する例である。
【0040】
まず、プライマー設計のためにアマミノクロウサギのゲノムDNAを採取した。ゲノムDNAの採取には、環境省から提供されたアマミノクロウサギの成獣の筋肉片を用いた。筋肉片からのゲノムDNAの抽出は、キアゲン(QIAGEN)社製のディーエヌイージー・ティシュー・キット(DNeasy Tissue Kit)を用いて行った。
【0041】
次に、次世代シークエンサーを用いて、筋肉片から採取したゲノムDNAの塩基配列を決定した。次世代シークエンサーとしては、イルミナ(illmina)社製のマイセック(MiSeq)を用いて行った。次世代シークエンサーから出力された配列データは、付属のソフトウェアを使用する事によりベースコール及び標準のフィルタリングを実施した。
【0042】
次に、コンピュータソフトウェア「キューディーディー バージョン3.1.2(QDD version3.1.2)」を用いて、ゲノムDNAの塩基配列データが収容されたファスタ(fasta)形式ファイルから、マイクロサテライト配列を含み、かつ、マイクロサテライト配列の両側にプライマーを設計するための十分な長さ(具体的には100bp以上)の隣接配列が存在する配列データを抽出した。これらの配列データうち、746個の配列データからフォワード側及びリバース側のプライマーセットの設計が可能であった。「キューディーディー」については、下記参考文献を参照することができる。
【0043】
(参考文献)
「キューディーディー:ア ユーザ フレンドリ プログラム トゥ セレクト マイクロサテライト マーカーズ アンド デザイン プライマーズ フローム ラージ シークエンシング プロジェクツ(QDD:a user−friendly program to select microsatellite markers and design primers from large sequencing projects.)」 バイオインフォマティクス(Bioinformatics),2010, 26(3), p.403−404
【0044】
次いで、これら746個のプライマーセットのうち、ポリメラーゼ連鎖反応物(つまり、PCR産物)の長さが300bp以下で、かつ、上述のコンピュータソフトウェア「キューディーディー バージョン3.1.2(QDD version3.1.2)」から出力されるプライマー3ペナルティスコア(PRIMER3 PENALTY SCORE)が0.1以下であるという条件を満たす26組のマイクロサテライト遺伝子座を特定した。後述のようにアマミノクロウサギの個体識別に実際に使用する8組のプライマーセット(具体的に、プライマーA〜P)について、遺伝子座名、その長さ、フォワード側又はリバース側の種類、標識用の蛍光色素の種類、アニーリング温度Taを表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
表1に示されるように、第1プライマーセットは、遺伝子座2rep−GA182のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーA(フォワードプライマー)及びプライマーB(リバースプライマー)からなる。プライマーAの配列を配列番号1に示し、プライマーBの配列を配列番号2に示す。
【0047】
第2プライマーセットは、遺伝子座2rep−CA61のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーC(フォワードプライマー)及びプライマーD(リバースプライマー)からなる。プライマーCの配列を配列番号3に示し、プライマーDの配列を配列番号4に示す。
【0048】
第3プライマーセットは、遺伝子座2rep−CA73のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーE(フォワードプライマー)及びプライマーF(リバースプライマー)からなる。プライマーEの配列を配列番号5に示し、プライマーFの配列を配列番号6に示す。
【0049】
第4プライマーセットは、遺伝子座2rep−CA71のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーG(フォワードプライマー)及びプライマーH(リバースプライマー)からなる。プライマーGの配列を配列番号7に示し、プライマーHの配列を配列番号8に示す。
【0050】
第5プライマーセットは、遺伝子座2rep−CA19のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーI(フォワードプライマー)及びプライマーJ(リバースプライマー)からなる。プライマーIの配列を配列番号9に示し、プライマーJの配列を配列番号10に示す。
【0051】
第6プライマーセットは、遺伝子座2rep−GA370のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーK(フォワードプライマー)及びプライマーL(リバースプライマー)からなる。プライマーKの配列を配列番号11に示し、プライマーLの配列を配列番号12に示す。
【0052】
第7プライマーセットは、遺伝子座2rep−GA1435のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーM(フォワードプライマー)及びプライマーN(リバースプライマー)からなる。プライマーMの配列を配列番号13に示し、プライマーNの配列を配列番号14に示す。
【0053】
第8プライマーセットは、遺伝子座2rep−GA142のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーO(フォワードプライマー)及びプライマーP(リバースプライマー)からなる。プライマーOの配列を配列番号15に示し、プライマーPの配列を配列番号16に示す。
【0054】
次に、第1〜第8の各プライマーセットについて、マイクロサテライトマーカーとしての有効性を確認する。具体的には、各プライマーセットを用いてPCRを行い、アマミノクロウサギの筋肉片30検体から抽出したDNAについて対立遺伝子の検出を行った。これらの筋肉片は、2009年〜2015年に奄美大島で回収されたアマミノクロウサギの個体から採取したものである。
【0055】
まず、キアゲン社製の「ディーエヌイージー・ティシュー・キット」を用いて、筋肉片からのゲノムDNAを抽出した。次に、鋳型DNA(濃度:50ng/μL)1.0μL、蛍光標識したフォワードプライマー(濃度:50μM)、未標識のリバースプライマー(濃度:50μM)各0.1μL、DNAポリメラーゼ(タカラバイオ(株)製の「TAKARA EX Taq(登録商標) HS」(濃度:5units/μL)0.05μL、酵素添付品の10×PCRバッファー1.0μL、及びdNTPmixture(濃度:2.5mM each)0.8μLの混合物を滅菌milli-Q水(つまり、滅菌超純水)で希釈して総量を10μLとした。鋳型DNAが筋肉片から抽出したゲノムDNAである。
【0056】
この混合液を以下のPCRサイクル条件で反応させた。
ステップ1(1サイクル):95℃、2分
ステップ2(30サイクル):95℃、30秒→各プライマーセットのアニーリング温度Ta(表1参照)、20秒→72℃、20秒
【0057】
次に、PCR産物を、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製の「3130 Genetic Analyzer」及びアプライド・バイオシステムズ社製の「The GeneScan
TM 500 ROX
TM Size Standard」を用いて検出し、アプライド・バイオシステムズ社製の「GeneMapper(登録商標) Software v4.0」により断片サイズを決定した。各操作は、添付のマニュアルに従って行った。
【0058】
各プライマーセットを用いて検出される対立遺伝子(つまり、アリル)の数を表2に示す。具体的には、上述の各プライマーセットを用いたPCRを行って検出されるPCR産物の長さのバリエーション数を計測し、これを対立遺伝子数とした。
【0059】
また、ヘテロ接合体率の期待値(つまり、エクスペクティッド・ヘテロザイゴシティ、expected heterozygosity)Hexp、ヘテロ接合体率の観察値(オブザーブド・ヘテロザイゴシティ、observed heterozygosity)Hobsを表2に示す。
【0060】
ヘテロ接合体率の期待値Hexpは、下記の数式(1)で計算される。数式(1)において、Piはi番目の対立遺伝子のサンプル頻度を示し、Kは対立遺伝子の数を示す。
【0061】
【数1】
【0062】
ヘテロ接合体率の観察値Hobsは、あるマーカー座におけるヘテロ接合している個体の割合を示す。
【0063】
また、アマミノクロウサギの個体識別に対する各プライマーセットの有効性を判断するために、コンピュータソフトウェア「ギムレット バージョン1.3.3(GIMLET version 1.3.3)」(ナタニエル・ヴァリエール(Nathaniel Valiere)作 2002)を用いて個体識別確率(プロバビリティ・オブ・アイデンティティ(Probability of identity))PIDを計算した。
【0064】
個体識別確率PIDには、非血縁個体間(つまり、非血縁集団内)の個体識別確率PID
theoricと、同胞個体間(つまり、血縁集団内)の個体識別確率PID
sibsとがある。非血縁個体間の個体識別確率は、集団内の血縁の存在を無視した理論上の値であるため、個体識別確率の理論値といわれることがある。
【0065】
非血縁個体間の個体識別確率PID
theoricは、パートコー・ディ・アンド・ストロベック・シー(Paetkau D. & Strobeck C)著、マイクロサテライト・アナリシス・オブ・ジェネティック・バリエイション・イン・ブラック・ベア・ポピュレイションズ(Microsatellite analysis of genetic variation in black bear populations.)、「モレキュラー・エコロジー(Molecular Ecology)」、米国、1994年、第3巻、p489−495の記載に従って計算した。第1〜第8プライマーセットについて、累積のPID
theoricの結果を表2に示す。なお、第1プライマーセットの累積のPID
theoricは、第1プライマーセットのPID
theoric値であり、第nプライマーセットの累積のPID
theoricは、第1プライマーセット〜第nプライマーセットまでの各PID
theoricの積から算出される。
【0066】
同胞個体間の個体識別確率PID
sibsは、タバーレット・ピー・アンド・ルイカート・ジー(Taberlet P. & Luikart G)著、ノンインベイシブ・ジェネティック・サンプリング・アンド・インディイジュアル・アイデンティフィケイション・データ(Non-invasive genetic sampling and individual identification.)、「バイオロジカル・ジャーナル・オブ・ザ・リンネン・ソサイティ(Biological journal of tele Linnean
Society)」、英国、1999年、第68巻、p41−55の記載に従って計算した。第1〜第8プライマーセットについて、累積のPID
sibsの結果を表2に示す。なお、第1プライマーセットの累積のPID
sibsは、第1プライマーセットのPID
sibs値であり、第nプライマーセットの累積のPID
sibsは、第1プライマーセット〜第nプライマーセットまでの各PID
sibsの積から算出される。
【0067】
【表2】
【0068】
表2より知られるごとく、第1〜第8プライマーセットにおいては、これら8つのプライマーセットを組み合わせた非血縁個体間の個体識別確率PID
theoricが2.35×10
-9であり、同胞個体間の個体識別確率(PID
sibs)が4.94×10
-4であった。即ち、別個体でありながら同じ対立遺伝子型を持つものが出現する確率は、非血縁集団を想定した場合において1/425350915個体、同胞集団を想定した場合においても1/2024個体と推定される。したがって、第1〜第8プライマーセットは、これらを組み合わせることにより十分な個体識別能を有していることがわかる。
【0069】
なお、本例においては、上述のように26種類のマイクロサテライト遺伝子座を特定し、実際には26組のプライマーセットを設定している。上記の8組以外の残りの18組のプライマーセットについては、これらを用いなくても上述のように十分に個体識別が可能であることが示された。したがって、これらの残り18組のプライマーセットについては、その塩基配列等の記載は省略する。上記の8組のプライマーセットとともに、これらの残りの18組のプライマーセットのうちの少なくとも1組とをさらに組み合わせることも可能である。この場合には、さらに正確な個体識別が可能になることを確認している。
【0070】
(実施例)
本例は、上述の実験例において有用性が確認された8組のプライマーセットを用いて、野外サンプルによる実証実験を行う例である。本例においては、野外の様々な場所で採取したアマミノクロウサギの糞サンプルからDNAを抽出し、糞サンプルから個体識別を行う。
【0071】
まず、アマミノクロウサギが生息する奄美大島の森林に設定した任意の調査ルートにおいて、野生のアマミノクロウサギの糞を6日間にわたり採取した。採取した糞は冷凍保存した。このようにして、207個のアマミノクロウサギの糞の検体(試料1〜試料207)を得た。これらの検体は、実験に使用するまで、−25℃のフリーザーで冷凍保存した。
【0072】
次いで、キアゲン社製の「キアアンプ・ディーエヌエー・ストゥール・ミニ・キット(QIAamp DNA Stool Mini Kit)」を用いて、糞からDNAを抽出した。抽出は添付のマニュアルに従って行った。また、フォワード側プライマーを蛍光標識した各プライマーセット(第1プライマーセット〜第8プライマーセット)を合成した。
【0073】
具体的には、マーカー座2rep−GA182の第1プライマーセットのフォワード側プライマー(つまり、プライマーA)、マーカー座2rep−CA71の第4プライマーセットのフォワード側プライマー(つまり、プライマーG)、及びマーカー座2rep−GA370の第6プライマーセットのフォワード側プライマー(つまり、プライマーK)には、5’末端側に、4,7,2’,4’,5’,7’−ヘキサクロロー6−カルボキシフルオレッセイン(つまり、HEX)からなる蛍光標識物質を結合させた。
【0074】
マーカー座2rep−CA19の第5プライマーセットのフォワード側プライマー(つまり、プライマーI)、及びマーカー座2rep−GA1435の第7プライマーセットのフォワード側プライマー(つまり、プライマーM)には、5’末端側に、アプライドシステムズジャパン社製のNEDからなる蛍光標識物質を結合させた。
【0075】
マーカー座2rep−CA61の第2プライマーセットのフォワード側プライマー(つまり、プライマーC)、マーカー座2rep−CA73の第3プライマーセットのフォワード側プライマー(つまり、プライマーE)、及びマーカー座2rep−GA142の第8プライマーセットのフォワード側プライマー(つまり、プライマーO)には、6−カルボキシフルオレッセイン(つまり、FAM)からなる蛍光標識物質を結合させた。
【0076】
次に、アマミノクロウサギの糞から抽出した鋳型DNA(濃度:50ng/μL)1.0μL、蛍光標識したフォワードプライマー(濃度:50μM)、未標識のリバースプライマー(濃度:50μM)各0.1μL、DNAポリメラーゼ(タカラバイオ(株)製の「TAKARA EX Taq(登録商標) HS(濃度:5units/μL)」0.05μL、酵素添付品の10×PCRバッファー1.0μL、及びdNTPmixture(濃度:2.5mM each)0.8μLの混合物を滅菌milli-Q水(つまり、滅菌超純水)で希釈して総量を10μLとした。
【0077】
この混合液を以下のPCRサイクル条件で反応させた。
ステップ1(1サイクル):95℃、2分)
ステップ2(35サイクル):95℃、30秒→各プライマーセットのアニーリング温度Ta(表1参照)、20秒→72℃、20秒
【0078】
次に、実験例と同様に、PCR産物の検出及び断片サイズの決定を行った。
【0079】
糞から抽出したDNAはアレリック・ドロップアウト(allelic dropout)やフォールス・アレル(false allele)による判定エラーを引き起こしやすいことが知られている。そのため、PCR増幅及び断片サイズの決定は、1検体あたり全ての座位について最低3回ずつ繰り返して行った。そして、3回のうち少なくとも2回以上同一の対立遺伝子型を示したものをその座位の対立遺伝子型とした。1回目と2回目と3回目の結果が異なる場合には、最高で5回目まで分析を繰り返し、3回以上同一の対立遺伝子型を示したものをその座位の対立遺伝子型とした。
【0080】
個体識別は、すべてのマーカー座について対立遺伝子型が決定できたサンプルのみを対象とし、コンピュータソフトウェア「サーバス・バージョン3.0.7(Cervus version 3.0.7)」を用いて判定した。かかる判定は、マーシャル・ティ.シー(Marshall T.C.)、スレイト・ジェイ(Slate J.)、クルーク・エル(Kruuk L.)、ペンバートン・ジェイ・エム(Pemberton J.M.)著、スタティスティカル・コンフィデンス・フォー・ライクリフッド−ベースド・パターナティ・インフェレンス・イン・ナチュラル・ポピュレイションズ(Statistical confidence for likelihood-based paternity inference in natural populations.)、「モレキュラー・エコロジー(Molecular Ecology)」、米国、1998年、第7巻、p.639−655に記載に従って行った。207個の糞サンプルのうちの一部の結果を表3及び表4に示す。
【0081】
【表3】
【0082】
【表4】
【0083】
表3、表4中、個体番号が同じものが同じ個体であり、各表は、同じ個体毎に整理されている。表3及び表4においては、1〜10番目の個体の結果を示しているが、他の個体も識別されたことを確認している。
【0084】
表3及び表4に示すように、野外から採取したアマミノクロウサギの糞サンプルによる実証実験では、全体の65.7%にあたる136検体において全てのマーカー座の対立遺伝子が決定できた。残りの71検体のうち、40検体では1つ以上のマーカー座で対立遺伝子が検出できたが、全体の15.0%にあたる30検体ではいずれのマーカー座でも対立遺伝子が検出できなかった。これらの71検体については、表への記載を省略してある。
【0085】
全てのマーカー座について対立遺伝子が決定できた136検体について個体識別判定を行った結果、48個体(個体番号1〜48)について識別ができた。これら48個体のうち、18個体(個体番号31〜48)は検出回数が1回のみであったが、残りの30個体(個体番号1〜30)は複数回にわたって検出できた。48個体のうちの10個体(個体番号1〜10)の結果を表3及び表4に示している。
【0086】
また、個体番号1〜10、個体番号13〜22、個体番号24〜25及び個体番号27については、複数日にまたがって糞が確認されており、少なくとも2日以上調査ルート近傍に滞在していたことが明らかとなった。
【0087】
以上のように、第1〜第8プライマーセットからなるPCRプライマーセットは、アマミノクロウサギの生息個体数の推定及び行動圏の把握に有用であることがわかる。