特許第6415807号(P6415807)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6415807パーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜及びその製造方法、並びに固体高分子型燃料電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6415807
(24)【登録日】2018年10月12日
(45)【発行日】2018年10月31日
(54)【発明の名称】パーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜及びその製造方法、並びに固体高分子型燃料電池
(51)【国際特許分類】
   C08J 5/18 20060101AFI20181022BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20181022BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20181022BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20181022BHJP
   C08L 27/12 20060101ALI20181022BHJP
   C08K 5/3472 20060101ALI20181022BHJP
【FI】
   C08J5/18CEW
   H01M8/10
   H01B1/06 A
   H01B13/00 Z
   C08L27/12
   C08K5/3472
【請求項の数】11
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-220763(P2013-220763)
(22)【出願日】2013年10月24日
(65)【公開番号】特開2015-81320(P2015-81320A)
(43)【公開日】2015年4月27日
【審査請求日】2016年10月7日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、独立行政法人科学技術振興機構、科学技術試験研究委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】金 済徳
【審査官】 赤澤 高之
(56)【参考文献】
【文献】 特表2009−534831(JP,A)
【文献】 特開2006−244920(JP,A)
【文献】 特開2006−252845(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0244135(US,A1)
【文献】 国際公開第2006/028190(WO,A1)
【文献】 特表2013−506234(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/100079(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 5/00− 5/24
C08L 1/00−101/14
C08K 3/00− 13/08
H01M 8/10− 8/2495
C08J 7/00− 7/18
H01B 1/06− 1/24
H01B 13/00− 13/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーフルオロスルホン酸ポリマー並びにピロール、テトラゾール、ペンタゾール、1,2,3−トリアゾール、ピラゾール及び1,2,4−トリアゾールからなる群から選択されるアゾールを含む混合溶液を反応させ、
反応後の溶液から膜を形成し、
前記形成された膜を130℃から200℃の範囲で熱処理することによる、固体高分子型燃料電池の電解質膜用パーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理は1時間から12時間の範囲で行う、請求項1に記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法。
【請求項3】
前記混合溶液の反応は25℃から200℃の範囲で行う、請求項1または2に記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法。
【請求項4】
前記混合溶液の反応は3時間から24時間の範囲で行う、請求項1から3の何れかに記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法。
【請求項5】
前記膜の形成は反応後の前記混合溶液を乾燥することによって行われる、請求項1から4のいずれかに記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法。
【請求項6】
前記混合溶液は更にアルコール及び水を含む、請求項1から5のいずれかに記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法。
【請求項7】
前記アルコールは1−及び2−プロパノールである、請求項6に記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法。
【請求項8】
前記パーフルオロスルホン酸ポリマーは以下の化学構造式
【化1】
で表される、請求項1から7の何れかに記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法。
【請求項9】
請求項1から8のいずれかに記載の方法によって製造されたパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜。
【請求項10】
請求項9に記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜を電解質膜として使用した固体高分子燃料電池。
【請求項11】
請求項9に記載のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜を電解質膜として使用した直接メタノール型燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高温PEMFC(proton exchange membrane fuel cell、固体高分子型燃料電池)用電解質膜等に適するパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜、これらのブレンド膜の製造方法、及びこれらのブレンド膜を電解質膜として使用したPEMFCに関する。
【背景技術】
【0002】
水素ガスと酸素ガスを使用するPEMFCは、クリーンなエネルギーシステムであり、高いエネルギー密度を有するとともに、変換効率が高いことから、次世代の電力発生機器として注目を浴びてきた。過去数10年間に亘ってナフィオン(イー アイ デュポン ドゥ ヌムール アンド カンパニーの登録商標)などのパーフルオロスルホン酸(perfluorosulfonic)イオン交換ポリマー(疎水性のパーフルオロカーボン骨格とスルホン酸基を持つパーフルオロ側鎖とから構成されるパーフルオロカーボン材料であり、tetrafluoroethyleneとperfluoro[2-(fluorosulfonylethoxy)propylvinyl ether]の共重合体である。本願ではこの共重合体を「パーフルオロスルホン酸ポリマー」と称する。)がPEMFCの電解質として使用されてきた。
【0003】
これらの膜のプロトン輸送性はそれらの含水量によって強く規定されるが、実際問題としては、これらはほぼ大気圧の反応物質圧力を利用する場合には90℃よりも低い動作温度に限定される。燃料電池を100℃よりも低温で動作させると、電極に関わる速度(electrode kinetics)が遅くなるのと、CO耐性が低くなることにより、性能が落ちる。100℃よりも高温で動作させることにより、Pt電極の一酸化炭素耐性が向上するという利点がもたらされ、また水、熱及び電気の併給効率を改善しながら、システム全体の熱管理が簡略化される。従って、高温(100〜200℃)に耐えるその代替の化学物質を使用した電解質膜が検討されてきた。このような代替の電解質膜としては、パーフルオロアイオノマー及びその複合材料(HPO、ヘテロポリ酸、シリカ、リン酸ジルコニウム、TiO、イミダゾール/HPO、ベンズイミダゾール、1,2,4−トリアゾール、及び1,2,3−トリアゾール)(非特許文献1〜9)、スルホン化ポリ(エーテル・エーテル・ケトン)(SPEEK)(非特許文献10〜13)及びポリベンズイミダゾール(PBI)(非特許文献14〜20)のような炭化水素ポリマー膜、並びに有機−無機ブレンド膜(非特許文献21〜25)等がある。通常、これらの膜のプロトン交換伝導性の試験は、加湿した、あるいはやや加湿した条件下で行われる。しかしながら、高温PEFCのためには、高いプロトン伝導度を示しながら無水条件下、あるいはできるだけ低湿度の条件下で動作することが重要である。
【0004】
無水電解質が幾つか報告されている。その中には酸塩基材料(acid-base material)(イミダゾール、ピラゾール、トリアゾール、ベンズイミダゾール)(非特許文献7、25〜29)及びポリベンズイミダゾール(PBI)−HPO(HSO)膜(非特許文献14〜20)がある。PBI−HPO電解質は、低いガス透過率を持つとともに100℃よりも高温で熱的に安定であるという良好な機械的特性を持つことが報告されている(非特許文献15)。しかしながら、PBI−HPOは炭化水素ポリマーを使用しているために可燃性が高いなど、実用化に当たって問題があるため、高温PEMFC用の電解質として使用可能な代替材料を見出すことが求められている。
【0005】
本願発明者らは以前にベンズイミダゾール及び1,2,4−トリアゾールモノマーを組み込んだナフィオン−塩基ブレンド膜を報告した(非特許文献9、26、30)。この塩基モノマーはパーフルオロ化アイオノマーモノマー(perflurorinated ionomer monomer)内でプロトン受容体として水を置換するために使用することができる。このブレンド膜は非加湿条件下で、100℃を越える温度領域において高いプロトン伝導率を示した。ナフィオン−1,2,4−トリアゾール及びナフィオン−ベンズイミダゾールブレンド膜は中間温度領域PEFC用として100℃を超える温度で使用できると考えられた。しかしながら、これらの膜は容易に損傷し、また高い電池性能を得るのは簡単ではない。従って、高度の柔軟性を有する、高温に耐える無水性のプロトン伝導性膜が必要とされる。柔軟性を有する無水性の膜を得るため、本願発明者等は1,2,3−トリアゾール(C)を見出し、室温(RT)及びオートクレーブ(AC)溶液処理を使用することによってナフィオン−1,2,3−トリアゾールブレンド膜を合成した。AC溶液処理を使用したナフィオン−1,2,3−トリアゾールブレンド膜は非常に安定であった(非特許文献7、8)。しかしながら、ブレンド膜の無水状態での伝送率は極めて高いというわけではなかった(200℃で1mS/cm)。
【0006】
また、スルホン化ポリ(エーテル・エーテル・ケトン)(SPEEK)電解質膜を活性化処理することが報告されている(非特許文献31)。溶媒に溶解した材料を流し込むことによって形成されたSPEEK膜では、当該膜のナノ構造内に溶媒が残留している。当該非特許文献では、SPEEK膜を1M HSOで処理することによってこの残留溶媒を除去した。その結果、活性化処理前のSPEEK電解質膜に比較して、活性化処理後の膜は吸水性、プロトン伝導性、更には燃料電池に使用した際の電池性能の点で優れていた。しかし、この報告はSPEEK電解質膜のみについてのものであり、それ以外の電解質膜に適用することについては示唆がなかった。
また、PEEK(polyetheretherketone)、PES(polyphenylenesulfide)、PPSU(polyphenyl sulfone)を用いてポリマーの繰り返し単位にスルホン基を高濃度で付加した後、有機溶媒であるDMSO(dimethyl sulfoxide)を用いて膜化し、これらを熱処理することで熱的に安定な電解質膜を開発した報告もある(非特許文献32〜34)。しかし、これらの報告は炭化水素系ポリマーをスルホン化したものについてのものであり、パーフルオロスルホン酸ポリマーへの適用可能性については検討されていなかった。更には、これらの報告では有機溶媒はこの反応過程に必須な物資であるとされている。しかし、有機溶媒は人体に有害であるため、これを用いることは作業者の安全管理や環境汚染の面で問題を引き起こす可能性があり、また法的規制がかけられているため、産業上の応用の面からは好ましくない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、上述した従来技術の問題点を解消し、パーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜を熱処理することで、その熱的な安定を大きく向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一側面によれば、パーフルオロスルホン酸ポリマー及びアゾールを含む混合溶液を反応させ、反応後の溶液から膜を形成し、前記形成された膜を130℃から200℃の範囲で熱処理することによる、パーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の製造方法が与えられる。
ここで、前記熱処理は1時間から12時間の範囲で行ってよい。
また、前記混合液の反応は室温から200℃の範囲で行ってよい。
また、前記混合液の反応は3時間から24時間の範囲で行ってよい。
また、前記膜の形成は反応後の前記混合溶液を乾燥することによって行ってよい。
また、前記混合溶液は更にアルコール及び水を含んでよい。
また、前記アルコールは1−及び2−プロパノールであってよい。
また、前記アゾールはピロール、テトラゾール、及びペンタゾールからなる群から選択されてよい。
あるいは、前記アゾールは1,2,3−トリアゾール、ベンズイミダゾール、ピラゾール、イミダゾール及び1,2,4−トリアゾールからなる群から選択されてよい。
また、前記パーフルオロスルホン酸ポリマーはナフィオン、フレミオン及びアシプレックスからなる群から選択されてよい。
本発明の他の側面によれば、上記何れかの方法によって製造されたパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、上記パーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜を電解質膜として使用した固体高分子燃料電池が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、上記パーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜を電解質膜として使用した直接メタノール型燃料電池が与えられる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、パーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜の熱的な安定を大きく向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】熱処理前後のナフィオン−1,2,3−トリアゾールブレンド膜の構造変化を示す。
図2】熱処理なし及び熱処理済ナフィオン−1,2,3−トリアゾールブレンド膜のFTIRを示す図。
図3】本発明の一実施例の熱処理済み膜の電気伝導度を示す図。
図4】本発明の電池セルの特性測定結果を示す図。
図5】本発明の電池セルの耐久性の評価結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本願発明者は、上述したナフィオン−1,2,3−トリアゾールブレンド膜等のパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜を熱処理することにより、その熱的安定性が大きく改善されることを見出し、本願発明を完成させるに至った。
【0012】
以下の実施例では特定の条件下でパーフルオロスルホン酸ポリマー−アゾールブレンド膜を作製してそれを熱処理したが、これらの条件は当該実施例に示したものに限定されない。例えば、熱処理の温度範囲及び処理時間範囲はそれぞれ130℃から200℃の範囲及び1時間から12時間の範囲で変化させて良い。また熱処理すべき膜を作製するために原料のパーフルオロスルホン酸ポリマーとアゾールとを反応させるが、この際の反応温度及び反応時間はそれぞれ室温から200℃の範囲及び3時間から24時間の範囲で変化させて良い。また、アゾールとして1,2,3−トリアゾール(1,2,3-triazole)を使用した場合の例を以下で説明するが、他のアゾール類も使用することができる。また、以下ではパーフルオロスルホン酸ポリマーとしてナフィオンを例に挙げて説明するが、他のパーフルオロスルホン酸ポリマー、例えばフレミオン(Flemion)(旭硝子株式会社の登録商標)、アシプレックス(Aciplex)(旭化成株式会社の登録商標)も使用することができる(以前はThe Dow Chemical Companyからも同種の物質が提供されていた)。なお、以下にパーフルオロスルホン酸ポリマーの一般的な構造、及び上に例示したパーフルオロスルホン酸ポリマーの例の構造を示す。
【0013】
【化1】
【実施例】
【0014】
以下では本発明の一実施例である熱処理済みナフィオン−1,2,3−トリアゾール膜を説明する。
【0015】
[熱処理済みナフィオン−1,2,3−トリアゾール膜の作製]
先ず、市販のナフィオン5%溶液(Electrochem製。ナフィオンを5重量%、HOを10〜20重量%、1−及び2−プロパノールを75〜85重量%含有)6gと1,2,3−トリアゾール(Aldrich製、純度97%)5%(0.016g)とを混合し、25℃で1時間攪拌した。その後、オートクレーブ中で180℃において6時間処理し、ガラス板に流し出して60℃で24時間乾燥させた。その後、180℃の大気中で3時間アニール(熱処理)してから、水を用いてガラス板から剥がし、80℃の1M HSO中で2時間活性化処理を行った。活性化処理後の膜を80℃の脱イオン水にて2時間洗浄して水中に保管した。
【0016】
熱処理前の膜は無色透明であったが、熱処理後は淡褐色に変色していた。図1の左上に示すように、熱処理前の膜はナフィオン1−、2−プロピル−1,2,3−トリアゾール(Nafion-1-, 2-propyl-1,2,3-triazole)ブレンド膜であり、これを熱処理することによって、図1の右上に示すように、過剰な1,2,3−トリアゾールが失われるとともに、膜中での熱重合が起こると考えられる。更に、図1の右下に示すように、イソプロピル−1,2,3−トリアゾールや1−プロピル−1,2,3−トリアゾールがナフィオンのナノ構造中に導入され、安定な電解質膜ができていると考えられる。
【0017】
以下では、上述のようにして作製した本発明の一実施例である熱処理済みナフィオン−1,2,3−トリアゾール膜の特性を、以下に示す熱処理なしナフィオン−1,2,3−トリアゾール膜(以下、それぞれ熱処理済み膜、熱処理なし膜と称する)と比較して、熱処理済膜の各種の特性を示す。
【0018】
[熱処理なしナフィオン−1,2,3−トリアゾール膜の作製]
比較例としての熱処理なし膜を以下のように作製した。なお、使用した薬品は明記しない限り、上記実施例と同じものであった。
【0019】
[FTIR]
先ず、上と同じ市販のナフィオン溶液6gと1,2,3−トリアゾール5%(0.016g)とを混合し、25℃で1時間攪拌した。その後、オートクレーブ中で180℃で6時間処理し、ガラス板に流し出して60℃で24時間乾燥させた。このようにして形成された膜を水を用いてガラス板から剥がし、80℃の1モルHSO中で2時間活性化処理を行った。活性化処理後の膜を80℃の脱イオン水にて2時間洗浄して、水中に保管した。
【0020】
図2に熱処理なし膜と熱処理済み膜とのFTIR特性(図2中のそれぞれ(i)及び(ii)で示すグラフ)の比較を示す。図2の(a)には4000〜2500cm−1の波数範囲の、また(b)には2000〜500cm−1の波数範囲のスペクトルを示す。これらのスペクトルから、熱処理の有無による膜構造の大きな相違は認められなかった。ここで、3500cm−1のピークは水によるOHの吸収スペクトルであると考えられる。その他、両スペクトル中には以下の吸収スペクトルが観察された:
・1−プロピル基、2−プロピル基によるCH(2988cm−1)及びCH(2946,1467,727cm−1)の吸収スペクトル
・1,2,3−トリアゾールによるN−H(3135,790cm−1)及びCH(3016,2876cm−1)の吸収スペクトル
【0021】
[溶媒安定性]
熱処理なし膜と熱処理済み膜、更に参考としてナフィオン115膜の各種溶媒(水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、DMSO)に対する安定性を評価した結果を表1に示す。
【0022】
【表1】
【0023】
ここで、
・IPA:イソプロパノール
・膨潤率(%)=[(Wwet−Wdry)/Wdry]×100%
・Wwet:膨潤時の膜の重量
・Wdry:100℃で乾燥させたときの膜の重量
注1:熱処理なし膜とメタノールとの組み合わせでは、膜は溶解しなかったが、膨潤が極めて大きいために膨潤率を測定できなかった。
注2:ナフィオン115膜と水との組み合わせでは、膨潤することは確認したが膨潤率の正確な値は未測定であった。
【0024】
表1からわかるように、熱処理なし膜はエタノール及びイソプロパノールに溶解したが、熱処理済み膜は全ての溶媒(水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、DMSO)に対して、膨潤するものの、安定していた。さらに、ナフィオン115膜と比較しても膨潤率が小さい。更に、熱処理なし膜と熱処理済み膜の何れもFentone試薬(3% H+50ppm Fe)への耐性も有していることが分かった。
【0025】
上記溶媒安定性の評価結果のうちで、熱処理済み膜のメタノール耐性が高いことは注目される。このメタノール耐性により、本発明の膜は通常の固体高分子型燃料電池だけではなく、メタノールを燃料とするDMFC(direct methanol fuel cell;直接メタノール型燃料電池)用電解質に適した特性を有していると言える。
【0026】
[膜の物性:IEC、含水率(WU)、λ]
熱処理なし膜及び熱処理済み膜をオートクレーブ中で80℃、100℃、120℃、及び140℃で13日間処理した後のそれぞれの膜の含水率及びλ(スルホン酸1個当たりの水分子の個数)を調べた。その結果を以下の表2に示す。
【0027】
【表2】
【0028】
ここで、
WU(%)=[(Wwet−Wdry)×100]/Wdry
IEC(イオン交換容量)(meq/g)=(pH7での量(ml)× NaOH濃度)/試料重量(g)
(「pH7での量 (ml)」、「 NaOH濃度」とは、ここではNaOH溶液を用いた滴定法によってIECを測定したのだが、その際にpHが7になった(中和した)時のNaOH溶液の量及び使用したNaOH溶液の濃度をそれぞれ表す)
λ=[(Wwet−Wdry)×1000]/[18×(HOの分子量)×IEC×Wdry]
=(含水率(%)×10)/[HOの分子量×IEC]
【0029】
熱処理なし膜は、140℃における13日間のオートクレーブ処理によりすっかり溶解してしまった。一方、熱処理済みの膜は同じ140℃のオートクレーブ処理による高温・高圧の環境下でも膨潤しただけで安定していた。また、高温・高圧になるとともに膜の含水率は増加し、λも増加した。これらのことから、実施例の熱処理済みの膜は高加湿・高温・高圧の環境でも、また低加湿・高温・高圧の環境でも、安定していると考えられる。
【0030】
[伝導度]
熱処理なし膜、熱処理済み膜、更に参考としてナフィオンNR212膜も加えて、これらの電気伝導度を比較した。測定には米国Scribner社のMTS740型膜抵抗測定システムを使用し、膜温度120℃においてRH(相対湿度)40%、60%、80%、及び95%で測定を行った。その結果のグラフを図3に示す。
【0031】
図3に示された結果から、熱処理なし膜と熱処理済み膜の両者は、ナフィオンNR212膜よりは低いものの、比較的高い伝導度を示した。また、熱処理済みの膜は熱処理なし膜よりも高い伝導度を示し、RH95%においてその伝導度は0.06S/cmであった。
【0032】
[固体高分子型燃料電池の電池特性]
実施例の熱処理済み膜、比較例の熱処理なし膜、及びナフィオン212膜を使用して固体高分子型燃料電池を構成し、これらの電池特性を比較した。
【0033】
[電池の作製と試験の条件]
以下の条件で膜・電極接合体(MEA)を作製した。
・ホットプレス条件
温度:155℃
圧力:0.8MPa
時間:10分間
・使用した膜:ナフィオン212膜、熱処理なし膜、及び熱処理済み膜(厚さ=70μm)
・電極サイズ:2.2×2.2cm
【0034】
上記3種類の膜で構成したMEAをそれぞれ使用し、電極触媒は20wt%Pt/C(JM)(Pt20wt%、カーボン80%)にナフィオン溶液を40wt%入れて作製した。これらのMEA及び電極触媒で構成した単一セルの試験を、以下の条件で行った。
・試験温度・湿度:70℃(RH100%)、100℃(RH30%)、130℃(RH11%)
・ガス流量:H 60ccm(アノード側)、O 100ccm(カソード側)
・加湿器温度:アノード側、カソード側とも70℃
【0035】
[電池特性(電流密度、開路電圧、電力密度)の比較]
上で説明したようにして作製・試験した電池セルの特性測定結果を図4に示す。電池セル特性を測定するに当たって、先ず3日間活性化を行い、4日目に図4に示すデータを取った。ここで、「3日間の活性化」は具体的には以下のようにして行った。1日目は70℃において電圧をOCV(open circuit voltage)から0.3Vまで掃引した後、0.7Vで3時間動作させた。2日目と3日目は温度を70℃、100℃、130℃の順で循環的に変化させながら電圧をOCVから0.3Vまで往復で掃引した。熱処理済み膜を使用した電池では、測定した全ての条件で0.9V以上の開路電圧(open circuit voltage;OCV)が得られた。しかし、電池セルの電流密度及び電力密度性能についてはナフィオン212膜及び熱処理なし膜よりも低かった。また、高温・低加湿下では性能が低下した。しかし、熱処理済み膜は温度が上がってもOCVが高い値に維持されることから、膜の高温安定性は他の膜よりも良好であることがわかった。
【0036】
[電池の耐久性評価]
熱処理なし膜及び熱処理済み膜を使用した電池の耐久性を評価した。先ず4日間電池を動作させた後でこの耐久性評価試験を行った。この試験に当たっては、熱処理なし膜を使用した電池ではセル温度70℃、RH100%、出力電圧0.65Vで動作させた。一方、熱処理済み膜を使用した電池では出力電圧を0.7Vとし、温度・湿度条件を変えた以下の3種類の試験を順番に行った:1回目はセル温度70℃、RH100%で約140時間、2回目はセル温度100℃、RH30%で約140時間、3回目は1回目と同じセル温度70℃、RH100%で約160時間。
【0037】
図5からわかるように、熱処理なし膜を使用した電池セルは、約100時間で電池として機能しなくなった。一方、熱処理済み膜を使用した電池セルでは、上記3種類の試験を行った後(140時間+140時間+160時間=440時間後)でも安定しており、非常に良い耐久性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0038】
以上、詳細に説明したように、本発明により与えられる熱処理済み膜は熱処理なし膜に比較して熱安定性が高いだけではなく、溶媒に対する耐久性が非常に高いことから、プロトン交換を利用する分離膜や固体高分子燃料電池の電解質膜などへの応答が期待される。特に、本発明の膜はメタノールへの耐久性も高いことから、メタノールクロスオーバーが問題になっているDMFC用電解質への応用が大いに期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0039】
【非特許文献1】R. Savinell, E. Yeager, D. Tryk, U. Landau, J. Wainright, D. Weng, K. Lux, M. Litt, and C. Rogers, J. Electrochem. Soc., 141, L46 (1994).
【非特許文献2】S. Malhotra and R. Datta, J. Electrochem. Soc., 144, L23 (1997).
【非特許文献3】P. Staiti, A.S. Arico, V. Baglio, F. Lufrano, E. Passalacqua, V. Antonucci, Solid State Ionics, 145, 101 (2001).
【非特許文献4】P. Costamagna, C. Yang, A.B. Bocarsly, and S. Srinibasan, Electrochimica Acta, 47, 1023 (2002).
【非特許文献5】V. Baglio, A.S. Arico, A.Di Blasi, V. Antonucci, P.L. Antonucci, S. Licoccia, E. Traversa, and F.Serraino Fiory, Electrochimica Acta, 50, 1241 (2005).
【非特許文献6】Y.-Z. Fu and A. Manthiram, J. Electrochem. Soc., 154, B8 (2007).
【非特許文献7】J.-D. Kim, Y. Oba, M. Ohnuma, M.-S. Jun, Y. Tanaka, T. Mori, Y.-W. Choi, and Y.-G. Yoon, J. Electrochem. Soc., 157, B1872 (2010).
【非特許文献8】J.-D. Kim, M.-S. Jun, C. Nishimura, and Y.-W. Choi, ECS Transactions, 35, 241 (2011).
【非特許文献9】J.-D. Kim, Y. Oba, M. Ohnuma, T. Mori, C. Nishimura, and I. Honma, Solid State Ionics, 181, 1098 (2010).
【非特許文献10】S.D. Mikhailenko, K. Wang, S. Kaliaguine, P. Xing, G.P. Robertson, M.D. Guiver, J. Membrane Science, 233, 93 (2004).
【非特許文献11】P. Xing, G.P. Robertson, M.D. Guiver, S.D. Mikhailenko, K. Wang, S. Kaliaguine, J. Membrane Science, 229, 95 (2004).
【非特許文献12】S.L.N.H. Rhoden, C.A. Linkous, N. Mohajeri, D.J. Diaz, P. Brooker, D.K. Slattery, and J.M. Fenton, J. Electrochem. Soc., 157, B1095 (2010).
【非特許文献13】M.L. Di Vona, D. Marani, C. D’Ottavi, M. Trombetta, E. Traversa, I. Beurroies, P. Knauth, and S. Licoccia, Chem. Mater., 18, 69 (2006).
【非特許文献14】J.-T. Wang, R.F. Savinell, J. Wainright, M. Litt, and H. Yu, Electrochimica Acta, 41, 193 (1996).
【非特許文献15】L. Qingfeng, H.A. Hjuler, and N.J. Bjerrum, J. Appl. Electrochem., 31, 773 (2001).
【非特許文献16】D.J. Jones and J. Roziere, J. Membrane Science, 185, 41 (2001).
【非特許文献17】Y.-L. Ma, J.S. Wainright, M.H. Litt, and R.F. Savinell, J. Electrochem. Soc., 151, A8 (2004).
【非特許文献18】J.A. Asensio and S. Borros, P. Gomez-Romero, J. Membrane Science, 241, 89 (2004).
【非特許文献19】F. Seland, T. Berning, B. Borresen, R. Tunold, J. Power Sources, 160, 27 (2006).
【非特許文献20】Y.H. Cho, S.-K. Kim, T.-H. Kim, Y.-H. Cho, J.W. Lim, N.-G. Jung, W.-S. Yoon, J.-C. Lee, and Y.-E. Sung, Electrochemical and Solid-State Letters, 14, B38 (2011).
【非特許文献21】G. Lakshminarayana, R. Vijayaraghavan, M. Nogami, and I.V. Kityk, J. Electrochem. Soc., 158, B376 (2011).
【非特許文献22】K. Tadanaga, Y. Michiwaki, T. Tezuka, A. Hayashi, and M. Tatsumisago, J. Membrane Science, 324, 188 (2008).
【非特許文献23】J.-D. Kim, T. Mori, and I.Honma, J. Membrane Science, 281, 735 (2006).
【非特許文献24】J.-D. Kim and I.Honma, J. Electrochem. Soc., 151, A1396 (2004).
【非特許文献25】J.-D. Kim and I. Honma, Solid StateIonics, 176, 979 (2005).
【非特許文献26】J.-D. Kim, T. Mori, S. Hayashi, and I. Honma, J. Electrochem. Soc., 154, A290 (2007).
【非特許文献27】Z. Zhou, S. Li, Y. Zhang, M. Liu, W. Li, J. Ame. Chem. Soc., 127, 10824 (2005).
【非特許文献28】R. Subbaraman, H. Ghassemi, and T. Zawodzinski Jr., Solid State Ionics, 180, 1143 (2009).
【非特許文献29】C. Nagamani, C. Versek, M. Thorn, M.T. Tuominen, S. Thayumanavan, J. Poly. Sci.: Part A: Poly. Chem., 48, 1851 (2010).
【非特許文献30】J.-D. Kim, M. Onhuma, C. Nishimura, T. Mori, and A. Kucernak, J. Electrochem. Soc., 156, B729 (2009).
【非特許文献31】M.-S. Jun, Y.-W. Choi, J.-D. Kim, J. Membr. Sci. 396 (2012) 32-37.
【非特許文献32】M.L. Di Vona, E. Sgreccia, M. Tamilbanan, M. Khadhraoui, C. Chassigneux, P. Knauth, J. Membr. Sci. 354 (2010) 134-141.
【非特許文献33】J.D. Kim, Anna Donnadio, M. S. Jun, M.L. Di Vona, International Journal of Hydrogen Energy, 38 (2013) 1517-1523.
【非特許文献34】M. L. Di Vona, E. Sgreccia, S. Licoccia, G. Alberti, L. Tortet, P. Knauth, J. Phys. Chem. B, 113 (2009) 7505-7512.
図1
図2
図3
図4
図5