【文献】
Archives of Biochemistry and Biophysics,2012年,522(2),p.107-120
【文献】
笹島耕二ら,ヒト気管支上皮細胞の培養と機能(1)培養法と増殖・分化,呼吸,1988年,7(9),pp.1044-1049
【文献】
CHOPRA, D.P., et al.,Propagation of Differentiating NormalHuman Tracheobronchial Epithelial Cells in Serum-Free Medium,JOURNAL OF CELLULAR PHYSIOLOGY,1987年,130,pp.173-181
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記炎症性サイトカインは、IL−8、TNF−α、AREG、BMP7、CCL27、CSF1、CXCL14、GDF15、IL11、IL18、IL23A、IL31、IL4、IL5及びTNFSF15からなる群から選択される1種又は2種以上である、請求項1に記載の抑制剤。
前記動物細胞において、ALDH18A1、AOC3、APEX1、ASPH、BDH1、CAT、CBR3、CRYZ、CYBB、CYP1B1、CYP4V2、DHTKD1、DIO2、GPX8、HTATIP2、IDH1、IVD、KDM4D、LOX、NQO1、PRUNE2、PXDNL、PYCRL、RTN41P1、SCO2、SDR16C5、SORD、STEAP3、TMEM195及びTXNからなる群から選択される1種又は2種以上の遺伝子の発現を増強するための、請求項4に記載の抗酸化ストレス剤。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書は、種々の細胞活性化作用を有するEPの作用に関連する遺伝子の発現レベルを明らかにすることにするとともに、EPの新たな利用を提供する。
【0018】
本明細書は、EPを細胞に投与した際の細胞に対する作用及び当該作用の起因となる遺伝子群の発現促進と発現抑制に関する。本発明者によれば、EPの新たな作用に関する知見とこれらの遺伝子の発現状況とに関する知見により、EPによる遺伝子の発現制御、EP様化合物やEP作用増強剤、EPとの合剤成分などのスクリーニング方法を提供できる、また、EPの作用に関連する遺伝子の発現解析に用いるための固相担体も提供される。
【0019】
さらに、EPは、動物細胞の機能増強、例えば、細胞増殖、アポトーシス抑制、バリア機能向上など多種にわたる機能を有している。また、毛髪育成作用も有している。さらに、炎症性サイトカインの抑制作用、抗炎症作用及び抗酸化作用を有している。
【0020】
以下、本明細書の開示について詳細に説明する。
【0021】
(遺伝子の発現方法)
本明細書に開示される遺伝子の発現方法は、EPを動物細胞に投与することにより、第1の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子の発現を促進し、第2の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子の発現を抑制する工程を備えることができる。本方法によれば、動物細胞に対するEPの投与により、動物細胞に対して特定の遺伝子の発現状況を構築できる。この遺伝子の発現状況は、動物細胞の機能増強に関与している。したがって、本発現方法は、こうした遺伝子の発現状況を呈する動物細胞の製造方法でもある。
【0022】
動物細胞としては、特に限定しないで、ヒト及び非ヒト動物の細胞が挙げられる。細胞の種類も特に限定されない。動物細胞は初代であっても株化細胞であってもよい。また、由来も特に限定されないが、肺、気道、表皮に由来する細胞が挙げられる。また、細胞形態として、上皮細胞であってもよいし、線維芽細胞などの結合組織の細胞であってもよい。さらに、動物細胞は、ES細胞ほか、体細胞から人工的に誘導された万能細胞(iPS細胞)であってもよいし、こうした細胞から分化させた細胞であってもよい。また、動物細胞は、組織又は器官又はその一部を構成していてもよい。
【0023】
動物細胞としては、なかでも、気道上皮細胞、肺線維芽細胞、角質上皮細胞及び毛乳頭細胞がEPによる細胞増殖対象として好ましく挙げられる。これらの細胞は、初代細胞であっても株化細胞であってもよい。また、動物細胞は、動物個体から採取された動物細胞とすることができる。
【0024】
動物細胞にEPを投与する方法は特に限定されない。動物細胞がEPを接触するようにすればよい。典型的には、EPを含有する培地において動物細胞を培養する態様が挙げられる。
【0025】
動物細胞にEPを投与して全ヒトゲノムを対象とした発現解析において1.5倍以上あるいは1/1.5倍以下(p<0.05)に変化した遺伝子(プローブ)はそれぞれ801個及び1939個であった。これらの遺伝子につき、機能解析(GO解析)した結果を以下の表7及び表8に示す。表7は、発現上昇した遺伝子の機能の抽出結果のうち上位20種であり、表8は、発現減少した遺伝子の機能の抽出結果であり上位20種である。なお、発現解析には、専用解析ソフトGene sSring(Agilent)を用いた。
【0026】
(EPにより有意に発現上昇した遺伝子の機能の分類、上位20種、p値に基づく順位)
【表7】
【0027】
(EPにより有意に発現減少した遺伝子の機能の分類、上位20種、p値に基づく順位)
【表8】
【0028】
表7に示すように、EPの投与により発現が上昇する遺伝子は、細胞増殖に関連するものとして血管形成や分化に関与する遺伝子機能(GO:0001568、0048514、0001944)が存在していた。
【0029】
また、表8に示すように、EPの投与により発現が減少する遺伝子は、細胞死、アポトーシスに関連する遺伝子機能(GO:0042981、0043067、0043070、0010941、0006917、0012502、0012503、0043065、0043068、0043071、0010942、0006915)が存在していた。
【0030】
表7に示すGO解析によって得られた機能分子のうち、機能分子(G:0001944)としての遺伝子(29プローブ、20遺伝子)を表9に示す。また、GO解析によれば、上位20位に含まれないが、細胞増殖(GO:0008283)に関与する遺伝子のうち発現上昇1.5倍以上(p<0.05)を満たす遺伝子(16プローブ、12遺伝子)を表10に示す。
【0031】
(EPにより有意に発現上昇した増殖関連遺伝子(血管形成関連遺伝子GO:0001944)
【表9】
【0032】
(EPにより有意に発現上昇した増殖関連遺伝子(細胞増殖関連遺伝子GO:0008283)
【表10】
【0033】
(EPにより有意に発現減少したアポトーシス関連遺伝子(アポトーシス制御関連遺伝子GO:0042981)のうちアポトーシス促進作用を有する遺伝子
【表11】
【0034】
(EPにより有意に発現減少したアポトーシス関連遺伝子(アポトーシス制御関連遺伝子GO:0042981)のうちアポトーシス促進作用を有する遺伝子
【表12】
【0035】
(EPにより有意に発現減少したアポトーシス関連遺伝子(アポトーシス制御関連遺伝子GO:0042981)のうちアポトーシス促進作用を有する遺伝子
【表13】
【0036】
(EPにより有意に発現上昇したアポトーシス制御遺伝子(アポトーシス制御関連遺伝子GO:0042981)のうちアポトーシス抑制作用を有する遺伝子
【表14】
【0037】
(EPにより有意に発現減少したサイトカイン又はケモカイン関連遺伝子
【表15】
【0038】
(第1の遺伝子群)
第1の遺伝子群は、EPを動物細胞に投与することにより、その発現が促進される遺伝子からなる。こうした遺伝子としては、表9、表10及び表14に示す遺伝子が挙げられる。これらの遺伝子は、EPによる特有の作用の発現に関連があると考えられる。第1の遺伝子群は、好ましくは表9に示す遺伝子群からなる。また、好ましくは表14に示す遺伝子からなる。
【0039】
(第2の遺伝子群)
第2の遺伝子群は、EPを動物細胞に投与することにより、その発現が抑制される遺伝子からなる、こうした遺伝子としては、表11〜表13及び表15に示す遺伝子が挙げられる。これらの遺伝子は、EPによる特有の作用の発現に関連があると考えられる。第2の遺伝子群は、好ましくは表11〜13に示す遺伝子からなる。また、第2の遺伝子群は、好ましくは表15に示す遺伝子からなる。
【0040】
こうした遺伝子の発現の確認は、通常のヒト全ゲノム遺伝子についてのプローブを備えるアレイ等を用いた発現解析手法を用いてもよいし、特定の遺伝子を標的とした発現解析を行ってもよい。アレイ等や必要な試薬は、商業的に入手できるほか、網羅的な遺伝子発現解析や特定遺伝子に関する発現解析は、周知技術であり、当業者であれば適切に実施することができる。
【0041】
(EPによる遺伝子発現評価用の固相担体)
EP投与による動物細胞における特定遺伝子の発現状況の確認は、好ましくは、第1の遺伝子群から選択される1又は2以上遺伝子を検出するための1又は2以上のプローブを固定化した第1の領域と、第2の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子を検出するための1又は2以上のプローブを固定化した第2の領域と、を備える、固相担体を用い行うことが好ましい。
【0042】
この固相担体によれば、第1の遺伝子群に属する遺伝子検出用のプローブと第2の遺伝子群に属する遺伝子検出用のプローブとが担体上の異なる位置に保持されているため、検出判定が容易になっている。なお、こうしたプローブを固定化した固相単体は、いわゆるサンプルDNAを含んだ溶液に固相担体を浸漬してプローブとサンプルDNAとのハイブリダイゼーションを行うものであってもよいし、こうした溶液を固相担体上を展開させてサンプルDNAとプローブとのハイブリダイゼーションを行うものであってもよい。ハイブリダイゼーションの形態に応じて、適宜固相担体の材料が選択されるほか、プローブを固定する配置も適宜選択される。さらに、ハイブリダイズ産物の検出についても、蛍光色素を用いるのみならず、目視にて視認可能な標識を用いることができる。細胞等から抽出したRNAやDNAに由来するDNAサンプルと特定遺伝子を検出するプローブとのハイブリダイゼーション技術は、当業者に周知であり、当業者であれば、周知技術に基づいて、第1の遺伝子群及び第2の遺伝子群で特定される遺伝子を検出するため固相担体を作製することができる。
【0043】
この種の固相担体は、また、本明細書に開示される発現方法のほか、EPの作用の調節剤のスクリーニング用固相担体、EPに対する動物細胞の反応性の評価方法、EP様化合物のスクリーニング方法等にも利用できる。
【0044】
本方法によれば、EPを動物細胞に投与することにより、特定の遺伝子群の発現を促進及び/又は抑制できる。こうした発現の動物細胞を得ることにより、細胞機能が増強した細胞を創出して、こうした細胞のさらなる機能や用途を開発するのに用いることができる。
【0045】
本方法によれば、特定の動物個体に由来する自家細胞である動物細胞(体細胞等)、ES細胞、iPS細胞にEPを投与して動物細胞の機能強化(バリア機能向上、アポトーシスの抑制)や細胞増殖を図って、それを自家に移植するための増殖細胞としてもよい。必要に応じて分化させてもよい。なお、こうした細胞、特に体細胞や分化させた細胞は、特定の3次元形態(シート、管状体等)の細胞構造体であってもよい。移植部位は、動物個体における状態に応じて、例えば欠損部位や損傷部位など、適宜決定される。自家移植は、皮膚、軟骨、骨、神経組織、肝臓等の各種臓器等が挙げられる。細胞を各種用途(発酵、医療(補綴や移植を含む)、薬剤、)に用いる場合において、細胞を増殖等させるのに有用である。
【0046】
(EPに対する動物細胞の反応性の評価方法)
本明細書に開示されるEPに対する動物細胞の反応性の評価方法は、EPを動物細胞に投与する工程と、EPを投与した前記動物細胞における第1の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子の発現レベル及び/又は第2の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子の発現レベルを測定する工程と、前記工程で得た1又は2以上の遺伝子の発現レベルに基づいて、EPに対する前記動物細胞の反応性を評価する工程と、を備えることができる。
【0047】
本方法によれば。EPを動物細胞に投与することにより、その動物細胞に対するEPの反応性を評価して、効果的に、EP投与により細胞の増殖能、バリア機能性、アポトーシスの抑制を強化できる細胞を選択することができる。動物細胞、動物細胞へのEPの投与、第1の遺伝子群及び第2の遺伝子群及びその検出については、既に本発現方法に関して説明した態様をそのまま本方法にも適用できる。
【0048】
反応性の評価にあたっては、第1の遺伝子群に属する遺伝子に対する一定以上の発現上昇を確認できた遺伝子数(比率)、発現上昇を確認できた遺伝子の発現強度が挙げられる。こうした遺伝子比率や遺伝子の発現強度が大きいほど、EPに対する高感度の反応性を肯定することができる。反対に、こうした遺伝子比率や遺伝子の発現強度が低いほど、EPに対する低感度の反応性を肯定できる。
【0049】
同様に、反応性の評価にあたっては、第2の遺伝子群に属する遺伝子に関する一定以上の発現減少を確認できた遺伝子数(比率)、発現減少を確認できた遺伝子の発現強度の低さが挙げられる。こうした遺伝子比率や遺伝子の発現強度の低さが大きいほど、EPに関する高感度の反応性を肯定することができる。反対に、こうした遺伝子比率や遺伝子の発現強度が低いほど、EPに対する低感度の反応性を肯定できる。
【0050】
(EPの作用を調節する化合物のスクリーニング方法)
本明細書に開示されるEPの作用を調節する化合物のスクリーニング方法は、動物細胞に対してEPと1又は2以上の試験化合物とを投与する工程と、前記動物細胞における第1の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子の発現レベル及び/又は第2の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子の発現レベルを測定する工程と、前記測定工程で得た1又は2以上の遺伝子の発現レベルに基づいて、前記1又は2以上の試験化合物のEPの作用に対する抑制作用又は増強作用を評価する工程と、を備えることができる。
【0051】
本スクリーニング方法によれば、EPの細胞機能増強作用をさらに増強するあるいは抑制する化合物をスクリーニングすることができる。こうした化合物を取得することで、EPとともに用いて一層細胞機能を増強できる化合物を提供できる。また、EPとともに用いるとEPの細胞機能増強作用を低下させてしまう化合物を特定して、こうした化合物を回避できる。なお、動物細胞、動物細胞へのEPの投与、第1の遺伝子群及び第2の遺伝子群及びその検出については、既に本発現方法に関して説明した態様をそのまま本方法にも適用できる。
【0052】
試験化合物としては、ホルモンやサイトカインカインなどのほか脂質を含む生体膜成分を含む低分子有機化合物のほか、ペプチド、タンパク質、糖類、DNA、RNA等、あるいはこれらの複合体など高分子有機化合物であってもよい。金属塩などの各種の無機塩類を含む無機化合物等であってもよい。試験化合物とEPとを動物細胞に投与する方法は特に限定されない。典型的には、試験化合物とEPとを含む培地で動物細胞を培養すること等が挙げられる。なお、被験化合物は典型的には、動物細胞の培地に一時的に、継続的に、あるいは断続的に供給することができる。
【0053】
EPの作用に対する増強作用の評価にあたっては、第1の遺伝子群に属する遺伝子に関する一定以上の発現上昇を確認できた遺伝子数(比率)、発現上昇を確認できた遺伝子の発現強度が挙げられる。こうした遺伝子比率や遺伝子の発現強度が大きいほど、EPの作用に対する増強作用を肯定することができる。反対に、こうした遺伝子比率や遺伝子の発現強度が低いほど、EPの作用に対する抑制作用を肯定できる。
【0054】
同様に、EPの作用に対する増強作用の評価にあたっては、第2の遺伝子群に属する遺伝子に関する一定以上の発現減少を確認できた遺伝子数(比率)、発現減少を確認できた遺伝子の発現強度の低さが挙げられる。こうした遺伝子比率や遺伝子の発現強度の低さが大きいほど、EPの作用に対する増強作用を肯定することができる。反対に、こうした遺伝子比率や遺伝子の発現強度が低いほど、EPの作用に対する抑制作用を肯定できる。
【0055】
(EP様化合物のスクリーニング方法)
本明細書に開示されるEP様化合物のスクリーニング方法は、第1の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子の発現産物及び当該遺伝子の発現を促進する化合物、並びに、
以下に示す第2の遺伝子群から選択される1又は2以上の遺伝子の発現産物に対して抑制的に作用する化合物及び発現を抑制する化合物
からなる群から選択される1又は2以上の試験化合物を動物細胞に投与する工程と、
前記動物細胞の1又は2以上の細胞機能を測定する工程と、
を、備えることができる。
【0056】
本スクリーニング方法によれば、EPの作用に関連する遺伝子の発現産物やその発現促進化合物、発現産物に対して抑制的に作用する化合物、遺伝子発現抑制化合物からなる群から試験化合物を選択し細胞に投与して細胞機能を評価することで、EPの作用の少なくとも一部を実現する化合物を効率的にスクリーニングできる。
【0057】
遺伝子の発現産物としては、RNA、タンパク質が挙げられる。また、その発現促進化合物といては、転写因子や転写因子を活性化する化合物等が挙げられる。発現産物に対して抑制的に作用する化合物としては、例えば、発現産物であるmRNAを消化するsiRNA等や発現産物であるタンパク質と拮抗するタンパク質等が挙げられる。遺伝子発現抑制化合物としては、siRNAほか、ノックアウトのためのコンストラクト等が挙げられる。こうした化合物の投与方法は、その化合物の種類に応じて適宜決定される。例えば、タンパク質の場合には、細胞に導入する当該タンパク質の発現コンストラクトとして投与する必要がある。また、siRNAの場合には、siRNAコンストラクトを細胞内に導入してもよいし、siRNA自体を細胞に導入するようにしてもよい。低分子有機化合物等動物の細胞膜を透過する化合物の場合には、培地に添加してもよい。
【0058】
細胞機能の評価は、以下に示す、EPが動物細胞機能増強剤として使用される場合の機能に基づいて評価することができる。すなわち、作用の評価は、細胞の種類や被験化合物の種類や作用の種類によって種々に異なるが、当業者であれば、評価の目的に応じて適宜設定することができる。
【0059】
(動物細胞機能増強剤)
EPは、動物細胞機能増強剤の有効成分として用いることができる。EPは、またそのリン酸基においてナトリウム、カリウムなどの一価の金属イオン、カルシウム、マグネシウムなどの二価の金属イオン等との塩を形成するリン酸イオンの形態であってもよい。
【0060】
EPの作用は、動物細胞、特には、ヒトを含む哺乳類動物細胞に有効である。また、こうしたEPの作用に基づけば、EPはそれ自体、外用のほか、血管等の脈管経由による投与、経口投与、注入や注射による投与のほか、各種投与形態において、動物細胞に対して各種作用を発現するものである。
【0061】
(細胞増殖機能)
細胞機能増強剤が増強する動物細胞の一つの機能としては、細胞増殖機能が挙げられる。EPの細胞増殖機能の一つの特徴は、血清又は各種成長因子などの増殖因子の存在下での細胞増殖のほか、血清及び増殖因子の非存在下であってもEPは動物細胞の増殖を確保することができることが挙げられる。換言すれば、糖などの炭素源と無機塩のみを含む基本培地にEPを添加することで動物細胞の増殖を確保することができる。これらの作用は、EPの代謝経路の類縁化合物であるエタノールアミン、ホスホリルコリン、CDP−コリン、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンでは得られない作用である。
【0062】
なお、ここで血清とは、動物の血液由来であれば特に限定されないが、典型的には、牛胎児、牛新生児、仔牛、成牛などのウシ、ヤギ、ニワトリ及びブタなどの各種動物の血液由来の血清が挙げられる。増殖因子も、特に限定されないで、公知の細胞増殖にもちいられうる内因性タンパク質が挙げられる。典型的には、上皮成長因子(EGF)、インスリン様成長因子(IGF)、トランスフォーミング成長因子(TGF)、神経成長因子(NGF)、脳由来神経成長因子(BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)、血小板由来成長因子(PDGF)、エリスロポエチン(EPO)、トロンボポエチン(TPO)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、肝細胞増殖因子(HGF)等が挙げられる。
【0063】
細胞機能増強剤の他の一つの特徴は、異形細胞よりも正常細胞の増殖を選択的に促進することが挙げられる。がん細胞などの異形細胞よりも正常細胞に対して選択的に増殖機能を発揮することで、特に、生体に適用した場合において、異形細胞の増殖促進に基づく悪影響がないこと及び正常細胞を増殖させることが治療上や予防上の意義が大きい疾患(例えば、各種のがんが挙げられる。また、創傷治癒が必要な疾患が挙げられる。)において有意義である。
【0064】
なお、異形細胞としては、正常細胞で通常観察される細胞形態から隔たっている細胞を意味している。典型的には、被験細胞を光学顕微鏡を使って観察した場合に、形態が正常から隔たっている細胞を意味している。ここで正常細胞とは、細胞の種類によって異なるが例えば核の大きさ等などによる評価によって決定されうる。また、異形細胞が有する正常細胞からの隔たりも細胞種類によっても異なるが、典型的には、がん細胞等が挙げられる。
【0065】
EPを細胞増殖剤として用いるとき、細胞増殖機能が発揮される範囲で添加されればよいが、例えば、100nM以上10mM以下、好ましくは1μM以上1mM以下、より好ましくは10μM以上1mM以下の範囲で培地等に含めることができる。
【0066】
(バリア機能促進機能)
細胞機能増強剤が増強する動物細胞の他の一つの機能としては、上皮系細胞のバリア機能促進機能が挙げられる。上皮細胞は、生体からのバリア機能を達成する組織を構成する細胞であり、上皮系細胞とは、分化により上皮細胞としてのバリア機能を発揮する細胞を意味している。上皮系細胞のバリア機能を増強することで、有害物質やアレルゲンの進入を抑制できる上皮細胞及び組織を作製できる。なお、EPは、上皮系細胞の細胞増殖機能も有していることから、効果的にこうした組織や細胞集団を構築できる。EPをバリア機能促進剤として用いるときは、バリア機能を促進できる範囲であれば特に限定されないが、例えば、EPを細胞増殖剤として用いるのと同様の濃度で培地等に含めることができる。
【0067】
本明細書におけるバリア機能とは、より具体的には、外界からの非特異的な高分子及び刺激性の低分子の侵入に対する侵入防止機構を意味している。生体の上皮は、異物侵入を抑制するために、上皮細胞間にタイトジャンクションと呼ばれる密接結合のための構造体を形成して隣接する細胞間(細胞間隙)の分子の移動を抑制している。本明細書におけるバリア機能とはより具体的にこうした異物侵入の抑制促進作用、換言すればタイトジャンクションの強度向上作用を意味している。こうしたバリア機能は、すなわち、タイトジャンクションの強度は、細胞シート上下の経上皮電気抵抗(transepthelial electrical resistance; TRT)により評価される。また、そのタイトジャンクションの強度の上昇はデキストラン等の高分子の細胞シート間の透過速度の低下により評価される。
【0068】
(アポトーシス抑制機能)
細胞機能増強剤が増強する動物細胞の他の一つの機能は、アポトーシス抑制機能である。アポトーシス抑制機能を発揮することで、細胞の増殖や機能を発揮させることができる。なお、既に説明したように、EPは、正常細胞の増殖機能を担っているので、アポトーシス抑制機能は、正常細胞のアポトーシス抑制機能であるといえる。アポトーシス抑制剤として用いるときは、アポトーシス抑制機能を促進できる範囲であれば特に限定されないが、例えば、EPを細胞増殖剤として用いるのと同程度の濃度で培地等に含めることができる。
【0069】
(培養細胞構造体の作製剤)
EPは、上皮細胞のほか線維芽細胞の細胞増殖機能を有していること、及びバリア機能促進機能を有していることから、上皮細胞、線維芽細胞、及びこれらの二つの細胞を増殖させて形成する各種の培養細胞構造体の作製剤として有用である。例えば、皮膚代替物となる細胞シートを始めとする各種形態の培養細胞構造体が挙げられる。培養細胞構造体の形態は特に限定されない。細胞構造体の形態は特に限定されないで、細胞構造体の用途や適用する組織や臓器形態に応じて適宜選択される。例えば、シート状、棒状、管状等、球形状等が挙げられる。また、培養細胞構造体の作製方法自体は、当業者において周知であり、EPの有効量を培養細胞構造体を培養する培地に含有させることにより、EPを培養細胞構造体の作製剤として利用できる。培養細胞構造体の作製剤として用いるときは、細胞増殖機能及びバリア機能を促進できる範囲であれば特に限定されないが、例えば、EPを細胞増殖剤として用いるのと同程度の濃度で培地等に含めることができる。
【0070】
(毛髪育成剤)
EPは、毛髪育成剤としても利用できる。EPは、毛乳頭細胞の増殖効果を有している。毛乳頭細胞の増殖は、毛髪の育成効果を意味している。したがって、EPを有効成分として含む、頭皮などを含む各種の皮膚に適用する外用の毛髪育成剤が提供される。毛髪育成剤としての形態は特に限定されないで、公知の頭皮や皮膚に適用される外用剤の形態が採用可能である。例えば、ローション、クリーム、エッセンス、シャンプー、リンス等が挙げられる。EPは、毛髪育成作用がある範囲で含まれればよく、例えば、0.000001質量%以上1質量%の範囲で含めることができる。好ましくは0.0001質量%以上0.1質量%以下である。また、外用剤としての用法・用量も特に限定されないが、例えば、1回以上3回以下/日を外用で用いることができる。
【0071】
(サイトカインカインの抑制剤及び抗炎症剤)
EPは、サイトカインの抑制剤としても利用できる。EPを細胞に投与することで、サイトカイン及びケモカインをコードする遺伝子の発現の抑制を確認できている。EP投与による発現が減少しているサイトカイン及びケモカインについては、既に表9に示した。これらのサイトカイン及びケモカインは、いずれも炎症性サイトカインである。また、後述する実施例においても示すように、LPS刺激を付与した動物細胞においては、IL−8及びTNF−αの誘導が明らかに抑制されていた。したがって、EPは、サイトカイン、より具体的には、炎症性サイトカインの抑制剤である。炎症性サイトカイン(炎症誘発性サイトカイン)としては、AREG、BMP7、CCL27、CSF1,CXCL14、GDF15、IL11、IL18、IL23A、IL31、IL4、IL5、TNFSF15、VEGFA等が挙げられる。
【0072】
EPは、抗炎症剤としても利用できる。すなわち、EPは、炎症反応に起因する炎症性疾患の予防又は治療用組成物として用いることができる。既に記載したように、EPは炎症性サイトカインをコードする遺伝子の発現を抑制し、LPS刺激を付与した動物細胞において炎症性サイトカインであるIL−8及びTNF−αの誘導を抑制する(Singhらの方法による)。これらのEPの抗炎症性の評価は、マクロファージのモデル細胞として長く研究の対象とされてきた細胞株であるヒト単球様培養細胞THP-1を用いて行っている。この細胞株は、近年h-CLATと呼ばれるアレルギー誘発物質の判定においても、その有用性が認められている(Toxicol In Vitro, 2006 Aug; 20 (5):763-73)。また本細胞株は、動物個体を使わない抗炎症作用のある化合物や食品評価に応用できることがSingh(Clin Chem. 2005 Dec;51 (12):2252-6)らによって示されている。
【0073】
炎症性疾患としては、例えば、多臓器(例えば、全身性紅斑性狼瘡(SLE)および強皮症など)、特定の組織または臓器(例えば、筋骨格組織(関節リウマチ、強直性脊椎炎))、消化管(クローン病および潰瘍性大腸炎)、中枢神経系(アルツハイマー病、多発性硬化症、運動ニューロン疾患、パーキンソン病、および慢性疲労症候群)、膵β細胞(インスリン依存性糖尿病)、副腎(アジソン病)、腎臓(グッドパスチャー症候群、IgA腎症、間質性腎炎)、外分泌腺(シェーグレン症候群および自己免疫性膵炎)、および皮膚(乾癬およびアトピー性皮膚炎)に関連する自己免疫疾患;慢性炎症性疾患(例えば、変形性関節症、歯周病、糖尿病性腎症、糖尿病性潰瘍、網膜症、慢性閉塞性肺疾患、動脈硬化症、移植片対宿主病、慢性骨盤内炎症性疾患、子宮内膜症、慢性肝炎、および結核など);IgE媒介性(I型)過敏症(例えば、鼻炎、喘息、アナフィラキシー、皮膚炎、および眼の疾患など)を含むが、これらに限られない、炎症性疾患を治療するのに用いられ得る。皮膚炎の病状としては、光線性角化症、酒さ性ざ瘡、尋常性ざ瘡、アレルギー性接触皮膚炎、血管性浮腫、アトピー性皮膚炎、水疱性類天疱瘡、皮膚薬剤反応、多形性紅斑、紅斑性狼瘡、光線皮膚炎、乾癬、乾癬性関節炎、強皮症、および蕁麻疹が挙げられる。眼の症状としては、加齢黄斑変性症(ARMD)、ドライアイ、ブドウ膜炎、および緑内障が挙げられる。
【0074】
EPは、炎症性疾患に用いられる公知の抗炎症剤、抗生物質等から選択される別の治療剤もまた投与される場合又はこれらの治療剤と組み合わせて投与される場合に、本発明に従って用いることができる。
【0075】
EPの炎症性疾患の予防又は治療用組成物としての使用に際しては、任意の適切な投与経路を用いることができる。例えば、経口、局所的、非経口、眼内、直腸、膣内、吸入、口腔、舌下、および鼻腔内の送達経路のいずれもが、適切となり得る。この目的のために、適切な医薬組成物を用いることができる。
【0076】
有効成分を含む医薬組成物は、経口使用に適する形態、例えば錠剤、トローチ剤、ロゼンジ剤、水性もしくは油性懸濁液、分散性の散剤もしくは顆粒剤、乳剤、硬質もしくは軟質カプセル剤、またはシロップ剤もしくはエリキシル剤であって良い。組成物は、即時放出形態または制御放出形態であって良い。
【0077】
なお、経口使用を意図する組成物は、医薬組成物の製造のための、当業者に知られている任意の方法に従って調製することができ、このような組成物は、甘味剤、矯味剤、着色剤、および保存剤からなる群より選択される1以上の物質を含み得るものであり、これらは当業者であれば適宜組み合わせて用いることができる。
【0078】
その他、EPを有効成分とする水性懸濁液、油性懸濁液、散剤もしくは顆粒剤、乳剤、硬質もしくは軟質カプセル剤、またはシロップ剤もしくはエリキシル剤等の公知の製剤形態を、当業者は適宜必要な添加剤を選択して製造することができる。
【0079】
EPは、坐剤として製剤化されてもよいし、局所使用のためのクリーム、軟膏、ゼリー、溶液、または懸濁剤などとして製剤化されてもよい。局所適用には、洗口液および含嗽剤が含まれる。
【0080】
EPの有効な投与量は、治療される個体及び投与方法により変化するものである。例えば、ヒトの経口投与を意図される製剤は、組成物の総量の約1〜約99%の間で変化し得る。例えば、投与単位形態は一般的に、約1mg〜約1mgの活性成分を含む。任意の個体についてのEPの投与レベルは、個体の年齢、体重、一般的健康状態、性別、投与に関連する食事時間(diet time of administration)、投与経路、排泄速度、薬物の組合せ、および治療を受ける特定の疾患の重篤度を含む様々な因子に因ることが理解されるであろう。
【0081】
(抗酸化剤又は抗酸化ストレス剤)
また、EPは、酸化に対する細胞の抵抗性を高める。このため、EPは、抗酸化ストレス剤としても利用できる。すなわち、生体における酸化に起因する疾患の予防又は治療剤として用いることができる。EPを細胞に投与すると、抗酸化物質であるチオレドキシン(TXN)や過酸化水素分解酵素(CAT)の発現上昇が認められたこと、並びに後述する実施例でも説明するように、過酸化水素による細胞毒性を低減することがわかった。以上のことから、EPは、細胞に対して酸化ストレスに抵抗性を付与できる。
【0082】
酸化や酸化ストレスに起因する疾患としては、アテローム動脈硬化症などの動脈硬化症及び動脈硬化に関連する狭心症などの、パーキンソン病、狭心症、心筋梗塞、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、脳梗塞、統合失調症、双極性障害、脆弱X症候群、慢性疲労症候群、脂質異常症、糖尿病、高血圧、心不全、肝癌。例えば、上記した炎症性疾患が挙げられる。
【0083】
EPは、また、食品又は栄養補助組成物としてあるいはこれらに対する各種機能発現のための添加物として用いることができる。食品としては特に限定しないで、各種の固形食品(ゲル状食品を含む)のほか各種の液状食品が挙げられる。
【0084】
EPは、当技術分野で知られている任意の適切な方法を用いて調製することができる。すなわち、EPは、市販で入手可能であるか、または有機合成化学の分野における当業者によって市販で入手可能な物質から容易に得られる。
【0085】
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照により本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0086】
以下、本明細書の開示を具現化した実施例について説明するが、以下の実施例は本明細書の開示を限定するものではない。
【実施例1】
【0087】
(ホスホエタノールアミンの細胞増殖効果)
96ウェルプレートに株化正常ヒト気道上皮細胞(BEAS−2B細胞)(ATCC)を1×10
4cells/cm
2となるように播種した。培地は、10%FBS RPMI−1640を使用した。24時間後に、細胞をPBSで200μl/ウェルで穏やかに洗浄し、0、0.125、0.25、及び0.5%FBSに置換した(90μl/ウェル)。培地交換後、10μl/ウェルでEP溶液を加える。96時間後に増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイの操作は以下のとおりとした。
(1)96ウェルプレートからデカンテーション及びタッピングにより培地を除去
(2)予め37℃で加温した無血清培地(RPMI−1640)に、10分の1の割合になるように、WST−8試薬(同仁化学)を混和し、培地を除去したウェルに添加した。
(3)CO
2インキュベータ内で1時間呈色反応を行い、吸光プレートリーダーで450nm及び650nmの吸光度を測定した。
(4)各ウェル間の補正として、吸光度450nm−吸光度650nmを求める。
(5)ブランクの4ウェルの平均値を全ウェルの補正値から差し引いて、これを相対的な細胞数相当値とした。結果を
図1及び
図2に示す。
【0088】
図1(a)及び(b)には、異なるFBS濃度下におけるBEAS−2B細胞に対するEPの細胞増殖効果を示す。(a)は、絶対値で示し、(b)は、EP0μM時の吸光度に対する比として表している。
【0089】
図1(a)に示すように、EP濃度依存的にBEAS−2B細胞は増殖した。mMレベルでの高濃度域でも、EPに起因すると考えられる明らかな毒性は認められなかった。また、FBSを一切含まない条件でも、EPは細胞を増殖させることができ、0.5%FBSの時とさほど変わらず細胞を増殖させることができた。
図1(b)に示すように、FBSが培地に含まれていないと、低血清ストレスで細胞は死滅する(EP 0μM参照)。しかしながら、EPを添加することで、最大11倍の細胞増殖が認められた(
図1(b)。
【0090】
また、
図2には、EP0μMとEP1000μMとの細胞増殖状態画像を示す。
図2に示すように、EP0μMでは、細胞死を起こしたりあるいは線維芽細胞状に萎縮したりしていたのに対し、EP1000μMでは容器底面を覆うように細胞が増殖した。また、細胞は同心円方向に進展し互いに密着した。
【実施例2】
【0091】
(初代正常ヒト気道上皮細胞(HBEpC)での増殖効果)
96ウェルプレートにHBEpC細胞(IWAKI)を3×10
4cells/cm
2となるように播種した。培地はBEGM(タカラバイオ、完全培地)を使用した。24時間後に、細胞をHEPESバッファーで1ウェルあたり200μlで穏やかに洗浄し、基礎培地(下垂体抽出物、ペプチド増殖因子を含まない培地)BEBMに対し、抗生物質GA−1000のみを添加したものに置換した(1ウェルあたり90μl)。培地交換後、設定濃度の10倍濃度のEP溶液を1ウェルあたり10μl加え、96時間後に、増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは、実施例1と同様に行った。結果を
図3に示す。
【0092】
図3に示すように、初代正常ヒト気道上皮細胞に対してもEPは増殖促進効果を有していた。また、基礎培地には、下垂体抽出物やペプチド増殖因子を含まないため、こうしたものとの組み合わせあるいは相乗効果に依拠せず無血清培地であっても、初代正常ヒト気道上皮細胞に対して増殖促進効果があった。また、EPは、濃度依存的に増殖促進効果を有しており、mMレベルでも毒性を示さず7μMでも2倍程度の増殖促進効果を発揮した。
【実施例3】
【0093】
(初代正常ヒト肺線維芽細胞 (NHLF)での増殖効果)
96ウェルプレートにNHLF細胞(タカラバイオ)を3×10
4cells/cm
2となるように播種した。培地は、10%FBSDMEMを使用した。24時間後に、細胞をPBSで1ウェルあたり200μlで穏やかに洗浄し、0%FBS DMEMに置換した(1ウェルあたり90μl)。培地交換後、10μl/ウェルのEP溶液を加え、124時間後に、増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは、実施例1と同様に行った。結果を
図4に示す。
【0094】
図4に示すように、初代ヒト線維芽細胞においても、EPは、増殖促進効果を発揮することを確認した。肺の線維芽細胞の増殖は、喘息における気道リモデリング形成に大きな役割を果たす。これまで気道リモデリングは、喘息や慢性閉塞性肺疾患などの病態形成に関与すると思われていたが、線維芽細胞の増殖は損傷した上皮の創傷治癒過程における重要な役割を果たすことが明らかになりつつあり、EPの喘息治癒効果の1つとして挙げられる。
【実施例4】
【0095】
(初代正常ケラチノサイト(角化細胞、HEKa)での増殖効果)
48ウェルプレートにHEKa細胞(タカラバイオ)を2×10
4cells/cm
2になるように播種した。培地は、基礎培地Epilife(M-EPI-500-CA, Invitrogen)に対し、添加因子としてHKGS Kit (S-001-K, Invitrogen)を使用した。なお、このHKGS Kitには、ウシ下垂体抽出物、ウシインシュリン、ヒドロコルチゾン、ウシトランスフェリン及びヒトEGFを含んでいる。24時間後に、細胞を1ウェルあたり400μlのPBSで穏やかに洗浄し、1ウェルあたり252μlの基礎培地 Epilife に置換し、24時間培養した。培養後、EP溶液を1ウェルあたり28μl加え、EP投与後21日後に、増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは、試薬及び培地量を2.8倍とする以外は実施例1と同様に行った。結果を
図5に示す。
【0096】
図5に示すように、初代ヒトケラチノサイトにおいても、EPは増殖促進効果を発揮した。増殖促進効果は、最低濃度15.6μMでほぼ最大効果が得られている。ケラチノサイトは皮膚を構成する細胞であり、この細胞を増殖および機能付加を行う物質は極めて有用性が高い。再生医療における、皮膚シートの作製時に、EPを応用することが可能であり、動物性のタンパクを含まない、アレルギー作用の少ない組織片作製のための培地成分として利用が可能である。
【実施例5】
【0097】
(初代正常ヒト毛乳頭細胞 (HHDPC)での増殖効果)
96ウェルプレートにHHDPC細胞(コスモバイオ)を1×10
4cells/cm
2となるように播種した。培地は、完全培地MSCM(500、ScienCell)を使用した。24時間後に、細胞を1ウェルあたり200μlのPBSで穏やかに洗浄し、1ウェルあたり90μlの0%FBS DMEMに体積比1%の完全培地MSCMを添加したものに置換して24時間培養した。培養後、EP溶液を1ウェルあたり10μl加え、EP投与後6日後に、増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは、実施例1と同様に行った。臨床で発毛作用が認められているミノキシジルについても同様に試験した。結果を
図6に示す。
【0098】
図6に示すように、EPは、臨床で発毛作用が認められているミノキシジルと同等あるいはそれ以上の増殖効果を発揮した。ミノキシジルの有効濃度は数十〜400nMの狭い範囲であり、それ以上では毒性が出るが、本成分は非常に広い濃度域で増殖効果が認められており、安全性の高い化合物であることがわかった。また、ミノキシジルは高濃度であると細胞毒性を呈するが、EPは細胞内内在性物質であり毒性を呈しない点において有利である。HHDPC細胞における増殖効果とヒトにおける発毛/育毛作用との相関が既に認められており、EPは、発毛/育毛剤として利用可能であることがわかった。
【実施例6】
【0099】
(がん細胞、および不死化モデル細胞での増殖効果)
(1)A549およびHEK293細胞;付着系細胞の場合
96ウェルプレートにA549(ヒトII型肺胞上皮細胞:腺癌)及びHEK293(アデノウイルス不死化ヒト胎児腎細胞)を1×10
4cells/cm
2になるように播種した。培地は0% FBS RPMI−1640を使用した。播種から24時間後に、1ウェルあたり20μlのPBSで細胞を洗浄し、0% FBS RPMI−1640に置換した。培地交換後、設定濃度の10倍濃度のEP溶液を1ウェルあたり10μl加えた。EP添加後96時間後に、増殖試験(WST-8 アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは、実施例1と同様に行った。結果を
図7に示す。
【0100】
(2)THP−1、HL−60細胞;浮遊経系胞の場合
EP投与前に対数増殖状態になるように、10% FBS RPMI−1640にて2〜10×10
5cells/cm
2となるように10% FBS RPMI−1640にてTHP−1(ヒト急性単球性白血病細胞)およびHL−60(ヒト骨髄性白血病細胞)を対数増殖培養した。その後、1000rpmで細胞培養液を遠心・沈殿させ、0% FBS RPMI−1640に2×10
4cells/cm
2になるように、1ウェルあたり90μlを96ウェルプレートに分注した。次いで、EP溶液を1ウェルあたり10μl加えて、72時間後に、増殖試験(WST−8アッセイ)を行った。浮遊系の細胞に対するWST−8アッセイは、培養中の細胞懸濁液に対して、直接WST−8アッセイ試薬を1ウェルあたり10μlずつを分注し、1時間後に、450nm、600nmの吸光度をプレートリーダーで測定し、以上の実施例と同様にデータ解析を行った。結果を
図8に示す。
【0101】
図7に示すように、A549、HL60及びHEK293については、EPは高濃度域でも全く細胞増殖能を示さなかった。これに対して、THP−1については、125μM以上の高濃度域においてわずかに細胞増殖能が認められた。
【0102】
以上の結果から、EPは、正常細胞に対して高い選択性で増殖効果を発揮し、がん細胞に対してはほとんど増殖効果を発揮しないことがわかった。
【実施例7】
【0103】
(MEK1/2阻害剤による本成分の増殖効果の抑制確認実験)
細胞増殖の調節はいくつもの細胞内シグナルが介在することが知られている。一般的には細胞外からの増殖シグナル(ホルモン)が、細胞膜レセプターに結合し、細胞内のタンパクを数段階の階層シグナルで活性化し、最下層の分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(Mitogen-activated Protein Kinase;MAPK)が細胞核内に移行し、次いで細胞増殖に必要な遺伝子の発現調節を行う事が知られている。MAPKはいくつかのファミリーが知られており、ERK1/2、JNK、p38,ERK5,ERK7などが同定されている。EPの増殖効果のメカニズムとして上記のいずれかが想定された。予備検討を実施したところERK1/2の上位階層にあるMEK1/2(ERK1/2を活性化(リン酸化する分子))阻害薬により増殖効果が抑制されることが分かった。
【0104】
株化正常ヒト気道上皮細胞BEAS−2Bを1x10
4cells/cm
2になるように、96ウェルプレートに播種した。培地には10% FBS RPMI−1640を使用した。24時間後にMEK1/2 阻害薬U0126(Cayman)を含む1ウェルあたり90μlの0.1% FBS RPMI−1640で置換した。その後、2.5μMのEP溶液を10ul/ウェルで加えた(最終濃度250nM)。72時間経過後、増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは、実施例1と同様に行った。結果を
図8に示す。
【0105】
図8に示すように、MEK1/2阻害薬で添加しないとき、EP250μMによる処理によって、細胞が3倍程度に増殖した。一方、異なるMEK1/2阻害薬を投与したとき、当該薬剤の単独処理により細胞数の減少が認められるが、25μMのEPによる増殖抑制効果はそれよりも上回っていた。以上のことから、EPの増殖メカニズムの一つとして、MEK1/2およびその下流のMAPKであるERK1/2を介した増殖シグナルが関与していることがわかった。
【実施例8】
【0106】
(EPの代謝上位/下位物質による増殖効果)
EPは細胞膜の主要成分ホスファチジルコリン(レシチン)および神経組織に多く存在するホスファチジルエタノールアミンなど細胞に必須なリン脂質の前駆体であることが知られている。EPの増殖効果が、これら細胞構成物質の補給に起因するかどうかを確認するための実験として、EPの代謝上位および下位の物質による増殖効果有無の検討を行った。EP及びEPの上位/下位成分の上記細胞構成成分に至る代謝マップを
図9に示す。
【0107】
株化正常ヒト気道上皮細胞BEAS−2Bを1x10
4cells/cm
2になるように、96ウェルプレートに播種した。培地には10% FBS RPMI−1640を使用した。24時間後に、1ウェルあたり90μlの0.1% FBS RPMI−1640で置換した。EPおよびEP代謝誘導体を10μl/ウェルで加えた。72時間後に、増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは、実施例1と同様に行った。EP及びその誘導体による増殖/毒性作用を
図10に示す。
【0108】
図10に示すように、EPは用量依存的に増殖作用をもたらしたが、その他の成分では大きな増殖促進作用は認められなかった。また、EPの代謝上位にあるエタノールアミンの作用は、EPに比べて極めて微弱であることがわかった。以上のことから、EPの増殖作用は脂質前駆体の補給によるものではなく、EPの特異的作用であることがわかった。
【実施例9】
【0109】
(GABA受容体作動薬による増殖効果およびGABA‐A受容体拮抗薬による増殖抑制作用)
本成分を包括的化合物データベースであるPubChem(http://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/)にて構造類似化合物を検索すると、生理活性物質GABA‐A受容体作動薬のhomotaurineが該当する。本成分による細胞増殖効果がGABA受容体を介するかどうかを確認するために、GABA作動薬および拮抗薬による介入実験を実施した。
【0110】
株化正常ヒト気道上皮細胞 BEAS−2Bを1x10
4cells/cm
2になるように、96ウェルプレートに播種した。培地には10% FBS RPMI−1640を使用した。24時間後に、1ウェルあたり90μlの0.1% FBS RPMI−1640に置換した。次いで、GABA (GABA−AおよびGABA−B受容体作動薬)およびhomotaurine(ホモタウリン)(GABA−A作動薬)を1ウェルあたり10μl加えた。72時間後に増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは実施例1と同様に行った。結果を
図11に示す。
【0111】
株化正常ヒト気道上皮細胞BEAS−2Bを1x10
4cells/cm
2になるように96ウェルプレートに播種した。培地には10% FBS RPMI−1640を使用した。24時間後に、1ウェルあたり、GABA−A阻害薬((−)−Bicuculline Methochloride,#14343 SIGMA;BMと略)を含む90μlの0.1% FBS RPMI−1640で置換した。EP溶液を1ウェルあたり10μl加えた。72時間後に増殖試験(WST−8アッセイ)を実施した。WST−8アッセイは実施例1と同様に行った。結果を
図12に示す。
【0112】
図11に示すように、GABA−AおよびGABA−B受容体作動薬GABAおよびEP構造類似物質GABA−A受容体作動薬ホモタウリンは統計的に有意な増殖作用をもたらさなかった。また、
図12に示すように、GABA−A受容体拮抗薬BMによりEPの増殖作用は阻害されなかった。以上のことから、EPの増殖作用はGABA受容体を介さないメカニズムによりもたらされることがわかった。
【実施例10】
【0113】
(EPによる無血清誘導カスパーゼ(caspase)3/7活性上昇阻害効果)
EPは無血清において、単独で細胞増殖をもたらす。一般的に動物細胞は複数の増殖因子の存在がなければ生存できない。これらが欠如すると、細胞に備わったアポトーシスと呼ばれる自殺機能(プログラムされた細胞死)が稼動する。アポトーシスの細胞内経路はいくつか知られているが、知られている全てのアポトーシス経路はcaspase3/7とよばれるペプチダーゼの活性上昇に集約される。よって、本成分のアポトーシス調節作用の有無はcaspase3/7活性を測定する事により推定が可能となる。そこで以下の実験を行った。
【0114】
株化正常ヒト気道上皮細胞BEAS−2B細胞を5x10
4cells/cm
2になるように96ウェルプレートに播種する。培地は、10% FBS RPMI−1640を使用した。24時間後に、1ウェルあたり200μlのPBSで細胞を穏やかに洗浄し、1ウェルあたり90μlの0% FBS RPMI−1640で置換した。培地交換後、EPあるいはFBS溶液を1ウェルあたり10μl加えた。24時間後に、増殖試験(WST−8アッセイ)及びcaspase3/7アッセイ(Caspase−Glo3/7アッセイ,Promega)を実施した。WST−8アッセイは実施例1と同様に行い、caspase3/7アッセイは、添付文書どおり行った。caspase 3/7活性は発光試験により測定し、ブランク平均値を引いた値から、WST−8アッセイの補正吸光度(相対的な細胞数に相当)で除算することにより、細胞あたりのcaspase 3/7活性を算出した。結果を
図13に示す。
【0115】
図13左のFBS濃度とカスパーゼ3/7活性との関係に示すように、無血清培地に交換する事により上昇したカスパーゼ3/7活性はFBS添加により濃度依存的に低下した。一方、
図13右のEP濃度とカスパーゼ3/7活性との関係に示すように、EP1000μMでカスパーゼ3/7活性は0.72倍程度に低下した。回帰曲線により、EP1000μMは、FBS2.2%の効果に相当する。以上のことから、EPは細胞増殖能に加え、アポトーシス経路の最終シグナル経路であるcaspase3/7を強く阻害することがわかった。したがって、EPはアポトーシス抑制剤として機能することがわかった。
【実施例11】
【0116】
(EPによる株化正常気道上皮細胞のバリア機能(経上皮電気抵抗・物質透過性)
株化正常ヒト気道上皮細胞BEAS2Bをセルカルチャーインサート(353104,BD FALCON)に1x10
5cells/cm
2となるように播種した(
図14参照)。使用培地は10% FBS RPMI−1640とした。培地量は、インサート側200μl、ウェル側を750μlとした。翌日、1% FBS RPMI−1640に以下4条件の試薬を調製したものに1日1回置換/培地交換し、MilliCell(ミリポア)にて経上皮電気抵抗(TER)を測定した。
条件1; コントロール
条件2; EP 1mM
条件3; デキサメタゾン 1μM (デキサメタゾン(Dex):バリア機能を高めることを知られる陽性対照物質)
条件4; EP 1mM およびDex 1μM
【0117】
細胞播種から7日後に、透過性試験を以下のとおり実施した。
[透過性試験]
4Kダルトンの蛍光デキストラン分子(SIGMA)を0.1mg/mlになるようにセルカルチャーインサートに加え、1時間後、ウェル側の培地を20μl取り出し、各濃度における蛍光強度から浸透した蛍光デキストラン量を推定した。インサート側からウェル側への物質の浸透速度Pappは一般的に下記の式で求められる。結果を
図14に示す。
Papp=(ウェル側培地の体積/インサート面積×初期インサート濃度)×(ウェル側の変化濃度/経過時間)
【0118】
図14左に示すように、EPを投与した株化正常ヒト気道上皮細胞BEAS2Bでは49%のTERの上昇が認められた。上皮のバリア機能は、一般的には、経上皮電気抵抗(TER)に相関することが知られており、物質の透過速度はTERと逆相関の関係にある。
図14右に示すように、蛍光デキストラン分子の透過速度Pappを測定したところ、EPを投与した細胞においては、25%もの透過速度の低下、すなわち、バリア機能の亢進が認められた。また、この細胞においては、陽性対照物質であるデキサメタゾン単独処理、及びデキサメタゾンとEPとの共処理ではTER上昇、Pappの低下は認められなかった。以上のことから、EPには、バリア機能の亢進および上皮細胞の増殖効果により、喘息患者の損傷した気道域においてアレルゲン等の透過が妨げられることにより、喘息治療効果が期待できる。
【実施例12】
【0119】
(BEAS−2B以外の細胞におけるEPのバリア機能修飾作用)
(Calu−3 ヒトがん化気道上皮細胞)
Calu−3をセルカルチャーインサート(353104, BD FALCON)に3x10
5cells/cm
2になるように播種した。10% FBS RPMI−1640にてコンフルエントになるまで培養し、コンフルエントになった時点で、0.1% FBS RPMI−1640に下記を含むものに置換し、1日1回培地交換した。実施例11と同様にTERを測定した。結果を
図15に示す。
条件1; コントロール
条件2; デキサメタゾン 1μM
条件3; EP 1mM
【0120】
(HEKa ヒト初代正常ケラチノサイト、成人)
HEKaをセルカルチャーインサート(353104,BD FALCON)に6x10
4cells/cm
2になるように播種した。培地は基礎培地Epilife(M−EPI−500−CA,Invitrogen)に対し、添加因子としてHKGS Kit(S−001−K,Invitrogen)を加えた完全培地で培養し、コンフルエントになった時点で、完全培地にCalu−3と同様の条件1〜3で特定化合物を含むものに置換し、1日1回培地交換した。実施例11と同様にTERを測定した。結果を
図15に示す。
【0121】
図15左に示すように、Calu−3、HEKaともにコントロールに対して統計的に有意なTER値の上昇が認められた(それぞれ2.0および2.3倍)。これらの結果から、EPによるバリア機能亢進作用は上皮細胞に一般的に認められる作用であることがわかった。また、ヒトの皮膚を構成するケラチノサイトの場合、EPにより細胞増殖の促進およびTER値の向上がみられるため、再生医療分野での質の高い移植片作製の際の有力な補助剤、あるいは化粧品分野における肌荒れ、敏感肌などに対する添加剤、あるいは抗アトピー薬有効成分として利用することが可能である。
【実施例13】
【0122】
本実施例はEPの各種作用に関連してDNAマイクロアレイによる網羅的な遺伝子発現解析を実施した。
【0123】
(細胞、アレイ、試薬等)
実験には正常株化気道上皮細胞BEAS-2Bを用いた。この細胞は10% FBS RPMI-1640で拡大培養し、24ウェルプレートに1x10
5/cm
2の密度で播種した。24時間後に0.1% FBS RPMI-1640に置換し、最終濃度0 もしくは1mM EPになるように投与した(n=4)。24時間後、細胞をDNAマイクロアレイのサンプルとした。RNA抽出はQIAGEN社のRNeasy Mini Kitを使用した。DNAマイクロアレイ実験はWhole Human Genome DNA マイクロアレイ 4x44K(Agilent)を利用し、DNAマイクロアレイ実験に必要なラベリング試薬等は全てAgilent社のものを用いた。
【0124】
(DNAマイクロデータの解析)
DNAマイクロアレイ実験データは専用解析ソフトGeneSpring (Agilent)にて統計解析および変動した遺伝子から遺伝子の機能解析(Gene Ontology [GO]解析)を実施した。GO解析は統計的に有意に変動した遺伝子セットが既知の機能分類遺伝子セットにどれぐらい当てはまるかを確率的に求めるものである。計算されたp値は与えられた全ての遺伝子数(本DNAマイクロアレイでは約4万の遺伝子数)から実際に変動した遺伝子の数だけ任意に取り出した時に、それらの遺伝子から類推される機能分類が、どれぐらいの確率で偶然起き得るかを示すものである。p値の計算式は下記の通り。
【0125】
【数1】
【0126】
N; 全アレイ遺伝子数
Np; アレイ中のある機能分類に含まれる遺伝子の総数
Nq; ある機能分類に含まれない遺伝子の総数
x; 変動遺伝子の中にある機能分類が含まれていた数
n; 変動遺伝子の総数
【0127】
細胞を1mM EP処理24時間後に変動した遺伝子のうち、1.5倍以上および1/1.5倍以下(p<0.05)に発現変化したプローブ*(遺伝子)は801および1939個であった。それぞれGO解析を実施し、一つの機能分類に関して、3個以上の遺伝子を含みかつp<0.05を満たすものをそれぞれ表7及び表8に示した(p値による上位20機能)。EP処理により、BEAS-2Bおよび多くの細胞の増殖が促進された。この時、EPにより発現上昇した遺伝子の中で細胞増殖に関連する機能に該当するものとしては、血管形成や分化に関与する遺伝子機能(GO:0001568, GO:0048514, GO:0001944)などが多く含まれていた。EPの細胞増殖を担う機能分子としてこれらの遺伝子(29プローブ*、20遺伝子)が挙げられる(表9)。また、GO解析では上位20位に含まれないが、細胞増殖(cell proliferation: GO:0008283)に関与する遺伝子のうち、1.5倍以上, p<0.05を満たす遺伝子(16プローブ*、12遺伝子)を表10に示した。これらの遺伝子はEPの細胞増殖機能を担う実行分子となりうることがわかった。
【0128】
なお、プローブは、DNAマイクロアレイ中に搭載されている遺伝子の断片的なDNA配列である。なお、同じ遺伝子が複数プローブを持つ(重複がある)場合があるため、遺伝子の種類はプローブ数よりも少ない。
【実施例14】
【0129】
EPにより、アポトーシス(細胞の自殺機能)が抑制されることをこれまでに見出した。これを裏付けるように、発現低下した遺伝子の中にはアポトーシス関連機能が際立っていた(上位20機能分類中9個、表8)。アポトーシス制御(regulation of apoptosis, GO: 0042981)に関して発現減少していた遺伝子は147プローブ(123遺伝子)存在した。「アポトーシス制御」はアポトーシスを促進あるいは抑制する機能を含む。また本GO解析は、コンピュータによる自然言語処理により抽出されており、一部該当機能との関連が認められないものが含まれる可能性がある。よって、本147プローブに関して、アポトーシスとの関連を医学生物学文献データベースであるPubMedにより調査し、その結果を表16に示す。
【0130】
【表16】
【0131】
GO解析では主要なEP機能として挙がらなかったが、EPにより統計的に有意に発現上昇(1.5倍以上、p<0.05)したアポトーシス制御遺伝子の促進あるいは抑制効果を表17に示す。
【0132】
【表17】
【0133】
EPにより、アポトーシスが抑制されることから、発現減少した遺伝子でアポトーシス抑制に重要なのはアポトーシス促進効果のある遺伝子であり、逆に発現上昇した遺伝子のうちアポトーシスを抑制する遺伝子がEPによるアポトーシス抑制機能をもたらす実効分子として挙げられる(表11〜14)。
【0134】
特に、主要な細胞死リガンドであるFASLGのレセプターであるFAS(A_23_P63896, TNF receptor superfamily, member 6) (FAS), transcript variant 1, NM_000043)は0.36倍 (p=0.0046)発現減少しており、有力なアポトーシス抑制実行分子として挙げられる。
【実施例15】
【0135】
(EPにより発現減少した遺伝子のH
2O
2処理サンプルでの遺伝子発現動態比較)
EPは酸化ストレスにより誘導される低分子として同定された。一方EPを細胞に投与すると細胞増殖機能の他、アポトーシス抑制作用をもたらす事を見出した。このことからEPは酸化ストレスに対して何らかの保護的な機能をもたらしている可能性があるため、代表的な酸化ストレス試薬である過酸化水素H
2O
2による遺伝子発現の相関解析を行った。
【0136】
EPの遺伝子発現データは実施例13のものを使用する。細胞調整およびH
2O
2投与は実験13と同様の方法で行い、最終濃度125μM H
2O
2を6時間処理したものをDNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析サンプルとした。
【0137】
EPにより2倍以上発現減少(p<0.05)したアポトーシス関連遺伝子(apoptosis, GO:0006915, 全734プローブ)のうち、EPおよびH
2O
2においてシグナルが検出可能な(マイクロアレイ解析ソフトGeneSpringにてPresent or Marginal)有効データ30プローブに関してボックスプロットを
図16に示した。EPにより発現減少したアポトーシス関連遺伝子は、酸化ストレス試薬H
2O
2により概ね発現上昇しており、EPは細胞に対して酸化ストレスと相反する作用をもたらすことが明らかになった
【0138】
(全アポトーシス関連遺伝子のEPおよびH2O2処理サンプル間の遺伝子発現動態比較)
全アポトーシス関連遺伝子(apoptosis, GO:0006915, 全734プローブ)を、EPおよびH
2O
2において十分なシグナルが得られた有効データ611プローブに関する散布図を
図17に示す。アポトーシス関連遺伝子は発現上昇・減少含めゲノムレベルにおいて、統計的に有意な負の相関にあることが示された(ピアソン相関係数0.48, p=3x10
-37)。
【0139】
(酸化還元関連遺伝子のEPおよびH
2O
2処理サンプル間の遺伝子発現動態相関解析)
上記散布図からアポトーシス関連遺伝子におけるEPとH
2O
2の発現変動は負の相関が認められた。このことから、EPにより細胞内が酸化ストレスに対して保護的(還元的)な環境がもたらされている可能性がある。酸化還元関連遺伝子は、細胞内の酸化・還元状態に対して発現が調節されており、EPにより細胞内が還元的な作用がもたらされているとすると、これらの遺伝子は酸化ストレスにおける動態と逆相関となる。
【0140】
酸化ストレス関連遺伝子(oxidation reduction GO:0055114 )に関して、EP-H
2O
2間の遺伝子発現相関解析を行ったもの(ボックスプロット:21プローブ、散布図; 614プローブ)を
図18及び
図19に示した。アポトーシス関連遺伝子同様、酸化還元関連遺伝子はEPおよびH
2O
2処理間で負の相関があることが、EPにより有意に発現減少したセットならびにゲノムレベルにおいて示された(ピアソン相関係数 -0.19, p=2x10
-6)。
【0141】
個別の遺伝子に着目すると、酸化ストレス指標として一般的に利用されるヘムオキシゲナーゼ-1 (A_23_P120883, HMOX1, heme oxygenase (decycling) 1, NM_002133)が1/2.3倍(p=0.017)に発現減少しており、EPによる細胞内の還元化が示唆された。また、この還元化に関して遺伝子発現産物であり抗酸化物質であるチオレドキシン(A_24_P175519, TXN, thioredoxin, NM_003329)の発現が1.4倍(p=0.021)に発現上昇しており、EPの抗酸化ストレス機能の実行分子のひとつとして挙げられる。
【0142】
(サイトカイン・ケモカイン類のEP-H
2O
2処理による遺伝子発現動態比較)
EPは酸化ストレスでもたらされるアポトーシス、酸化還元関連遺伝子の発現動態と負の相関にあることを示した。酸化ストレスは細胞死の他に、サイトカイン類など炎症を誘発する遺伝子や炎症などをもたらす免疫細胞を誘引するケモカイン類を発現誘導することが知られている。EPおよびH
2O
2により統計的に有意に発現変化(1.5倍以上あるいは1/1.5倍以下に発現変化、p<0.05)した遺伝子の数を
図20に示した。H
2O
2処理ではサイトカイン、ケモカインともに発現誘導がもたらされた。一方、EPは特にサイトカイン類を多く発現減少させており、炎症反応を抑える機能としては表15に示すサイトカイン類およびケモカイン類を減少させることが挙げられる。なかでも、炎症誘発性サイトカインとしては、AREG、BMP7、CCL27、CSF1,CXCL14、GDF15、IL11、IL18、IL23A、IL31、IL4、IL5、TNFSF15、VEGFA等が挙げられる。
【0143】
以上の結果から、EPおよび酸化ストレス物質H
2O
2によって変動する分子は逆相関にあることから、EPが細胞に対して酸化ストレスに対して保護的な作用(抗酸化作用)をもたらすことが期待される。EPによるこのような細胞保護効果の作用機序を明らかにするために、抗酸化に関連する遺伝子機能分類である酸化還元(oxidation reduction, GO:0055114)および細胞酸化還元恒常性(cell redox homeostasis, GO:0045454)に着目し、酸化ストレスに対して防御的な遺伝子の変動の抽出を行った。結果を表18に示す。
【0144】
【表18】
【0145】
表18に示すように、酸化還元(oxidation reduction, GO:0055114)および細胞酸化還元恒常性(cell redox homeostasis, GO:0045454)に関する遺伝子のうち、EPにより1.4倍以上発現上昇し、p<0.05以下を満たすプローブの数は34個あった。うち、遺伝子の発現上昇により、細胞保護作用・抗酸化作用あるいは酸化ストレスに起因する疾患に対する組織保護作用が推定される、あるいは、遺伝子の発現減少あるいは機能欠失により、酸化ストレスやそれに起因する疾患などがもたらされる遺伝子に関して、医学生物学文献データベースであるPubMedにより調査し、関連が認められるものに関して文献IDを表18最右列に付した。
【0146】
酸化還元(oxidation reduction, GO:0055114)および細胞酸化還元恒常性(cell redox homeostasis, GO:0045454)に該当する遺伝子セットのうち、上述のようにTXNの他、カタラーゼ(A_23_P105138, CAT, catalase (CAT), mRNA [NM_001752], NM_001752)やNADPH:キノンレダクターゼ-1(A_23_P206661, NQO1, NAD(P)H dehydrogenase, quinone 1 (NQO1), transcript variant 1, mRNA, NM_000903)などの活性酸素除去酵素や解毒代謝酵素の発現上昇をもたらす。特にCATは過酸化水素の除去酵素として機能するため、本遺伝子の発現上昇は活性酸素による細胞損傷に対して保護的に機能する。またNOQ1はキノン類の還元に関わる酵素であり、活性酸素の産生を抑制する抗酸化酵素としても知られている
【実施例16】
【0147】
(EP処理による酸化ストレス耐性獲得の確認)
EPによるによる遺伝子発現変化は、酸化ストレスによるそれと逆の相関にある。特に酸化ストレス指標HMOX1の発現減少は、細胞内が定常状態よりも還元的な環境をもたらされている事を示唆し、それを裏付けるように抗酸化物質であるTXNの発現上昇が認められている。一方で、上記のことは遺伝子発現変化からの機能類推であり、実際に酸化ストレスによる細胞毒性がEPにより減弱されることを示す必要がある。このため、以下の実験を行った。
【0148】
正常株化気道上皮細胞BEAS-2Bを96 ウェルプレートに1x10
5/cm2の密度で播種し、24時間後に最終濃度0, 250, 500μM EPを含む0.5% FBS RPMI-1640に置換した。培地交換からさらに24時間後に0.5% FBS RPMI-1640に置換し、段階希釈したH
2O
2を投与した (n=4)。H
2O
2投与から24時間後に細胞毒性試験WST-8 アッセイ(Cell Counting Kit-8, 同仁化学研究所)を実施した。データ解析は統計解析ソフトGraphPad Prism 5を用い、50%細胞死濃度EC
50を算出した。0, 250μM, 500μM EPを前処理した細胞におけるH
2O
2による細胞死の用量応答曲線を
図21に示した。
【0149】
図21に示すように、250μM および500μM EP前処理はEP前処理のないグループに比べ、高濃度H
2O
2で毒性が現れており、酸化ストレスに対して耐性能を獲得していることが示された。一般的に、化合物の細胞毒性の強さは50%細胞死濃度EC
50の逆数に比例する。各EP前処理におけるEC
50およびその時の相対毒性を表19に示す。
【0150】
【表19】
【0151】
表19に示すように、250−500μMEP処理によりH
2O
2の細胞毒性はおよそ3割程度減弱していることが示された。このことは、ゲノムレベルでの遺伝子発現変化のみならず、細胞の表現型として酸化ストレスに対して耐性能がEPにより付与されたといえるものである。
【実施例17】
【0152】
実施例15より、EPにより多くのサイトカイン・ケモカインの発現抑制をもたらされることが明らかになった。このことはEPに抗炎症作用の可能性を示唆するものである。炎症は細菌などの異物の刺激によって、全ての組織で生じうる急性反応であり、次いで血管透過性の亢進や、リンパ球などの免疫担当細胞の炎症部位への浸潤、免疫担当細胞から炎症誘発性サイトカイン分泌による炎症反応の拡大に繋がる。実施例15で使用した細胞は気道上皮細胞であり、免疫担当細胞における同様の効果を確認する必要がある。また、実施例15は遺伝子発現レベルの効果であり、抗炎症作用を示すには炎症担当細胞からの分泌される炎症誘発性サイトカインやケモカインが機能体であるタンパクレベルでの分泌抑制を示す必要がある。以下の実施例では、Singhら(Clin Chem, 2005 Dec; 51(12):2252-6)の方法によりEPの抗炎症作用を確認した。
【0153】
ヒト単球様培養細胞THP−1を10% FBS RPMI−1640を増殖培地として、以下のように対数増殖培養を行った。24well plateに4x10
5/mlになるように播種し(500μl/well)、EPを含む増殖培地を追加的に添加し、最終的に目的のEP濃度(0.1mM、1mM)になるように調整した。EP投与2時間後、さらにLPS(リポサッカライド)を含む増殖培地を投与して、0.1μg/ml及び1μg/mlとなるように調整した。
【0154】
リポサッカライドを投与後4時間及び24時間後に、培地を回収し遠心により細胞を沈殿させ、培地上清をELISAの試料とした。なお、ELISAの測定指標として、Singhらの報告と同じく炎症誘発性サイトカインTNFα及び炎症担当細胞を誘引するケモカインであるIL−8を用いた。結果を
図22及び
図23に示す。
【0155】
Singhらは短時間のLPS処理によるTNFαの分泌抑制により抗炎症薬のスクリーニングが可能であると報告している(既出)。これはLPS刺激によるTNFαの分泌促進が、通常なら2〜6時間程度でピークとなるためである。
図22に示すように、1μg/ml LPS刺激による誘導TNFα量が4時間刺激では約260pg/ml(EPなし)であったのに対し、24時間刺激では約70pg/ml(EP1mM)に減少しており、Singhらにおける評価と同様の結果となっていた。また、
図22に示すように、EPは、4時間及び24時間刺激の双方において、TNFα誘導を用量依存的に分泌抑制している。
【0156】
また、
図23に示すように、IL−8においても用量依存的な分泌の抑制がEPによりもたらされていた。IL−8はLPS刺激に対して4時間よりも24時間において分泌促進されやすい傾向にあったが、24時間刺激後においてEPによるIL−8分泌抑制効果が明確に現れていた-。
【0157】
さらに、
図22及び
図23において、24時間目(2時間の前処理を含むとEP処理26時間目)ではEPはLPS未処理の細胞に対しても、TNFα、IL−8の分泌を抑制していた。すなわち、1mMEP26時間処理でTNFαを約78%、IL−8を約43%分泌抑制した。これは特にLPSなどのような刺激がなくとも、マクロファージのような免疫担当細胞からのサイトカインやケモカインの恒常的な分泌抑制効果が発揮されることを示すものである。
【0158】
近年、メタボリックシンドロームに見られるように、肥満により特に外傷や感染症がない状態でも血中のTNFαなどの炎症性サイトカインの濃度上昇が動脈硬化のような疾患へ繋がることが報告されている(Isr Med Assoc J. 2008 Jul; 10(7):494-8)。また、肥満時に血中に増加する酸化LDLによりマクロファージファージよりTNF−αが産生され、動脈硬化が促進されると考えられている(Artrioscler Thromb Vasc Biol. 1996 Dec; 16(12); 1573-9).
【0159】
以上のことから、EPは抗炎症効果が期待されるだけでなく、炎症によって誘発されるサイトカインやケモカインによりもたらされる疾患(動脈硬化またはそれによる心筋梗塞や脳梗塞のような閉塞性血管傷害)に対しても予防・治療的な効果をもたらす可能性があることがわかった。
【0160】
以上、本発明の実施形態および実施例について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【0161】
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。