(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6418514
(24)【登録日】2018年10月19日
(45)【発行日】2018年11月7日
(54)【発明の名称】金属ナノ・マイクロ突起黒体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 5/00 20060101AFI20181029BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20181029BHJP
【FI】
G02B5/00 B
C23C26/00 E
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-168117(P2012-168117)
(22)【出願日】2012年7月30日
(65)【公開番号】特開2014-26197(P2014-26197A)
(43)【公開日】2014年2月6日
【審査請求日】2015年6月9日
【審判番号】不服2017-15586(P2017-15586/J1)
【審判請求日】2017年10月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095359
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100143834
【弁理士】
【氏名又は名称】楠 修二
(72)【発明者】
【氏名】田中 俊一郎
(72)【発明者】
【氏名】千葉 雅樹
【合議体】
【審判長】
中田 誠
【審判官】
樋口 信宏
【審判官】
宮澤 浩
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−56638(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/026853(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/013401(WO,A1)
【文献】
特開2004−361906(JP,A)
【文献】
特開2008−68384(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/00
C23C 26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛からなる基板又は亜鉛層を表面に有する基板と、この基板から斜めに成長・形成された亜鉛を主体とする多数のナノ・マイクロ突起とからなり、
このナノ・マイクロ突起の形状が円錐体及び円柱体を含む横断面丸形であり、ナノ・マイクロ突起の底面の3μm以下の直径に対する高さの比であるアスペクト比が3以上であって、
このナノ・マイクロ突起の成長方向に対して30°以内の角度で入射する紫外光又は可視光又は赤外光を95%以上吸収することを特徴とする金属ナノ・マイクロ突起黒体。
【請求項2】
基板面に対して90°の角度で垂直に入射する光に対して、基板面上に基板面に対して60°〜90°未満の角度でナノ・マイクロ突起を斜めに成長・形成して、紫外光又は可視光又は赤外光を95%以上吸収するよう構成されていることを特徴とする請求項1に記載の金属ナノ・マイクロ突起黒体。
【請求項3】
基板面に対して30°〜90°未満の角度で斜めに入射する光に対して、基板面上に基板面に対して30°〜60°未満の角度でナノ・マイクロ突起を斜めに成長・形成して、紫外光又は可視光又は赤外光を95%以上吸収するよう構成されていることを特徴とする請求項1に記載の金属ナノ・マイクロ突起黒体。
【請求項4】
真空中で、基板面に対し30〜90°未満の照射角度で、加速電圧2〜20kVで高エネルギービームを照射して、亜鉛を主体とする多数のナノ・マイクロ突起を、高エネルギービームの入射方向に成長・形成させて、請求項1又は2又は3に記載の金属ナノ・マイクロ突起黒体を製造することを特徴とする金属ナノ・マイクロ突起黒体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外〜可視〜赤外光を95%以上吸収可能な金属ナノ・マイクロ突起黒体及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
黒体は、あらゆる光を完全に吸収できる物質であるが、光をほぼ完全に吸収できる物質として非特許文献1に示したカーボンナノチューブ(CNT)黒体が知られている。このものは、紫外線(UV)から可視光(vis)、遠赤外線(F-IR)までの200nm-200μmの広い波長域で98%以上の光(電磁波)を吸収することができる。このカーボンナノチューブは、カメラや光学機器の遮光、赤外線吸収材や熱型赤外センサー、電子機器の冷却などに利用が可能である。しかしながら、CNTは微粉末でその製造、取り扱いに困難さが伴う。
【0003】
発明者らは、先に特許文献1として、マイクロ・ナノ突起構造体及びその製造方法を発明した。そして、この構造体からカーボンナノチューブに匹敵する性能を有する金属ナノ・マイクロ突起黒体を開発した。この金属ナノ・マイクロ突起黒体は、高エネルギービームの照射方向を調整することによって光の吸収方位を選択的に調整することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献1】K.Mizuno et al. : Proceedings of the National Academy of Sciences 106:6044-6047.(2009)“A Black body absorber from vertically aligned single walled carbon nano tubes”
【特許文献1】特開2011−56638号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、紫外光から、可視光、遠赤外光までの広い波長領域にわたって光を吸収可能で、かつ光の吸収方位を選択的に調整することができる金属ナノ・マイクロ突起黒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するためになされた本発明に係る金属ナノ・マイクロ突起黒体は、亜鉛からなる基板又は亜鉛層を表面に有する基板と、この基板から
斜めに成長・形成された亜鉛からなる多数のナノ・マイクロ突起とからなり、このナノ・マイクロ突起の形状が円錐体及び円柱体を含む横断面丸形であり、ナノ・マイクロ突起の底面の3μm以下の直径に対する高さの比であるアスペクト比が3以上であって、このナノ・マイクロ突起の成長方向に対して30°以内の角度で入射する紫外光又は可視光又
は赤外光を95%以上吸収することを特徴とするものである。
【0007】
上記した発明において、基板面に対して90°の角度で垂直に入射する光に対して、基板面上に基板面に対して60°〜90°
未満の角度でナノ・マイクロ突起を成長・形成して、紫外光又は可視光又
は赤外光を95%以上吸収するようにすることができるし、基板面に対して30°〜90°未満の角度で斜めに入射する光に対して、基板面上に
基板面に対して30°〜60°未満の角度でナノ・マイクロ突起を
斜めに成長・形成して、紫外光又は可視光又
は赤外光を95%以上吸収するようにすることができる。
【0008】
また、本発明の金属ナノ・マイクロ突起黒体の製造方法は、真空中で、基板面に対し30〜90°
未満の照射角度で、加速電圧2〜20kVで高エネルギービームを照射して、亜鉛を主体とする多数のナノ・マイクロ突起を、高エネルギービームの入射方向に成長・形成させて、上記したような金属ナノ・マイクロ突起黒体を製造することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のナノ・マイクロ突起黒体は、基板の表面に亜鉛を主体とする多数のナノ・マイクロ突起が密集して形成されているので、この密集した構造が光を補足して逃がさず高い光吸収性を発揮することができる。亜鉛基板の表面にナノ・マイクロ突起が形成されているので、粉末と異なり製造、取り扱いが容易である。また、高エネルギービームの照射角度を調整することによってナノ・マイクロ突起の成長方向を決定することができるので、吸収される光の方位を適宜調整することができる。
【0010】
また、本発明のナノ・マイクロ突起黒体の製造方法によれば、上記のような特徴のあるナノ・マイクロ突起黒体を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】基板面に対して30°方向からArイオンビームを照射したときに形成されたナノ・マイクロ突起を示す走査電子顕微鏡写真である。
【
図2】基板面に対して60°方向からArイオンビームを照射したときに形成されたナノ・マイクロ突起を示す走査電子顕微鏡写真である。
【
図3】基板面に対して90°(垂直)方向からArイオンビームを照射したときに形成されたナノ・マイクロ突起を示す走査電子顕微鏡写真である。
【
図4】基板面に対し45°方向からArイオンビームを照射した試料のXRD結果を示す図である。
【
図5】基板面に対し75°方向からArイオンビームを照射した試料のXRD結果を示す図である。
【
図6】基板面に対し90°方向からArイオンビームを照射したナノ・マイクロ突起黒体の、90°方向からの外観写真である。
【
図7】基板面に対し75°方向からArイオンビームを照射したナノ・マイクロ突起黒体の、90°方向からの外観写真である。
【
図8】基板面に対し45°方向からArイオンビームを照射したナノ・マイクロ突起黒体の、90°方向からの外観写真である。
【
図9】基板面に対し45°方向からArイオンビームを照射したナノ・マイクロ突起黒体の、45°方向からの外観写真である。
【
図10】各条件で処理した亜鉛板に垂直方向から入射した光の反射率を示すグラフである。
【
図11】
図10から求めたArイオンビームの照射角と反射率の関係を、入射光波長毎に示すグラフである。
【
図13】ナノ・マイクロ突起の直径、高さ、アスペクト比に及ぼす照射角の影響を示すグラフである。
【
図14】ナノ・マイクロ突起の成長方向と、光の入射角度αを説明する2次元的な概念図である。
【
図15】亜鉛メッキ鋼板における垂直入射光の反射率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の実施例について説明する。
本発明においては金属ナノ・マイクロ突起黒体を形成する試料として、亜鉛からなる基板又は亜鉛層を表面に有する基板(以下、基板という)を用いる。亜鉛層を表面に有する基板として、亜鉛メッキ鋼板、亜鉛を蒸着したプラスチックなどを用いることができる。後述するように他の金属では黒体としての機能を発揮することはできない。ここでは、試料として10×10mm,t=0.1mmの冷間圧延した亜鉛基板を用いた。これを濃度が2モルの塩酸水溶液にて酸洗したのち、真空室に導き真空度を10
−2Paに保持した後Arガスを5〜10Pa導入し、Arイオンビームを基板面に対する照射角度5〜90°として、加速電圧7kV,電流0.5mA、照射時間30分の条件で照射した。
【0013】
図1には照射角度30°、
図2には照射角度60°、
図3には照射角度90°における試料表面の走査電子顕微鏡写真を示す。Arイオンを照射するとナノ・マイクロ突起はArイオンの照射方向に指向して成長する。照射角度30°の試料ではマイクロ・ナノ突起が斜めに成長しているので、細く伸長して観察されるが、照射角度90°の試料ではナノ・マイクロ突起は観察方向に成長しているので、突起の先端部が観察される。ナノ・マイクロ突起は、Arイオン照射によって形成された突起の核が、Zn原子の表面拡散により成長しチャージアップすることで、Arイオンビームの照射方向に成長するものと考えられる。
【0014】
形成されたナノ・マイクロ突起は、円錐体及び円柱体を含む横断面丸形の形状である。
図13には、ナノ・マイクロ突起の直径、高さ、アスペクト比に及ぼす照射角度の影響を示す。ナノ・マイクロ突起は、平均で長さが5μm、底面の直径(等価直径)が0.5μm、長さ/直径の比であるアスペクト比は10であった。また、数密度は、結晶面の方位によって異なるが、0.06〜6本/μm
2であった。
【0015】
マイクロナノ・マイクロ突起のX線回折(XRD)によるキャラクタリゼーションの結果を、
図4、5に示す。キャラクタリゼーションは、Cu−kαX線入射角度α=0.5degとしたGlancing Angle XRD による。ZnとZnOのピークが認められるが、ZnOのピークは小さく、ナノ・マイクロ突起は、ごく一部に不純物としてZnOを含有するが亜鉛を主体とするものであることが確認された。
【0016】
図6-8には、各ナノ・マイクロ突起黒体に対して90°方向から見た場合の外観写真を示す。90°照射材(基板面に対し90°の角度でArイオンビームを照射した材料、以下同様)、75°照射材においては、黒色を呈した。これはナノ・マイクロ突起の群が垂直方向に成長しているために、突起間に光が侵入しやすく、かつ侵入した光が吸収されて反射されないためであると考えられる。一方、45°照射材では灰色がかった銀色を呈したが、これは成長したナノ・マイクロ突起の側面に衝突する光の割合が多くなって一部が反射し一部が吸収されるためであると考えられる。この45°照射材を45°方向から観察すると、
図9に示すように、黒色を呈した。これは、ナノ・マイクロ突起の成長方向と光の侵入方向が一線上になるために、光が侵入しやすくなったためであると考えられる。なお、90°照射材は基板法線に対し30°以内、75°照射材は、突起の成長方向に対し30°以内で黒色を呈した。
【0017】
図10には、各処理条件の亜鉛板について紫外可視赤外分光光度計により測定した反射率と波長の関係を示す。使用した機器は、日本分光株式会社製のV−670紫外可視近赤外分光光度計である。白色板の反射率を100%とし黒色板の反射率を0%として、測定結果を補正した。測定は試料面に対し垂直方向から光を照射したが、Arイオンビーム60°、75°、90°照射材は、紫外〜可視〜赤外光の広い波長領域にわたって98%以上の良好な光吸収性能(光の反射率2%以下)を示した。
【0018】
Arイオンビーム30°45°照射材においては、可視光領域で90%前後の光吸収性能である。以上のように、Arイオンビームの照射方向を調整することによって、光の反射率を調整することができる。
図11には、Arイオンビームの照射角度と光の反射率の関係を示すが、60〜90°照射材においては突起の成長方向に対して入射光のなす見込角が30°以内で黒色を呈する完全黒体となる。
【0019】
30〜60°未満の照射材では、試料面に対して垂直方向から入射する光の吸収率は90%前後に低下するが、これらは、基板面に対して30°〜90°未満の角度で斜めに入射し、かつ突起の成長方向に対し30°以内で入射する光を95%以上吸収する。また、30°未満では垂直入射光の吸収率は60%程度と低下して、黒体として使用することはできないが、突起の成長方向に30°以内の入射光は95%以上吸収する。
【0020】
図12には、Arイオンビームの照射角度75°で成長したAg,Au,Cu,Fe,Zr,Znの突起体における垂直入射光の反射率を示す。Znを除く全てのものは、可視光領域では30〜80%超の反射率を示すが、Znのみがほぼ完全に光を吸収する完全黒体であった。Znのみが光を吸収する理由については、現在検討中である。なお、本発明の完全黒体は、亜鉛メッキした金属やプラスチック、例えば亜鉛メッキ鋼板表面にも形成することができる。
【0021】
図15には、亜鉛メッキ鋼板について75°の角度でArイオンビームを照射した材料の反射率の測定データを示す。表面を酸洗したものは、紫外〜可視〜赤外光領域に渡って95%以上の良好な光吸収を示す。
【0022】
さて以下に、本発明に係るナノ・マイクロ突起黒体及びその製造条件を数値的に限定する。
【0023】
本発明において照射せしめられるビームは、Arイオンビームに限定されるものではなく、ナノ・マイクロ突起を成長させうる高エネルギービームであればよく、Arイオンビームのほかに電子線、レーザービーム、X線、γ線、中性子線、粒子ビーム等を用いることができる。
【0024】
高エネルギービームの照射角度は、板面に対して30〜90°
未満、望ましくは60〜90°
未満とし、加速電圧は、2−20kVとするのが望ましい。照射角度が30°未満では、板面に対して効率よくArイオンビームのエネルギーを供給するのが難しいからであり、また、90°
未満を上限としたのは、それを超えて照射を行う必要がないからである。
【0025】
また、加速電圧を2−20kVとするのは、高エネルギービームであるArイオンビームを照射する場合には、点欠陥などの照射欠陥や注入イオンが導入されにくい20kV以下の低電圧とするのが望ましく、一方2kV未満では電圧が弱すぎるからである。ぺニング型イオン源を用いた場合には、加速電圧5−10kV、照射角度30〜90°
未満、照射時間10〜90分が望ましい。また、Arイオンビームの電流は、0.5〜1.5mAが望ましい。
【0026】
好適なマイクロ突起の形状は、ほぼ円錐体で横断面丸形であるが、円柱体を含んでいてもよい。なお、外表面は外側に膨出していても、内側に湾曲していても構わない。横断面は、真円に限定されず楕円等の丸形のものであればよい。
【0027】
ナノ・マイクロ突起、基部底面の直径dが10μm以下であって、直径に対する突起長さhの比であるアスペクト比(=h/d)が3以上であるのが望ましい。基部直径が10μmを超えると、微細なナノ・マイクロ突起を得るのが困難となるからであり、アスペクト比を3以上とするのは、3未満では比表面積を大きくして光吸収能を高めることができないからである。一方アスペクト比に上限を設けないのはこれが大きいほど光吸収能を高めることができるからである。
【0028】
また、本発明のナノ・マイクロ突起黒体において、光の入射角は、突起の成長方向、即ち、高エネルギービームの照射方向に対して30°以内、即ち見込み角30°以内の円錐方向以内とする必要がある。入射角が30°を超えると、光がナノ・マイクロ突起の側面に衝突して吸収されにくくなって、黒体としての機能が低下するからである。
図14には、ナノ・マイクロ突起の成長方向と、光の入射角度αを説明する2次元的な概念図を示す。この入射角度αが30°以内で入射光を95%以上吸収する。
【0029】
また、本発明のナノ・マイクロ突起黒体の反射率は、95%以上必要である。95%未満では、黒体として十分な性能を発揮できないからである。なお、反射率は98%以上であるのが望ましい。
【0030】
以上に説明した本発明のナノ・マイクロ突起黒体は、太陽光発電、太陽熱発電、光シャッター、光回路、ステルス基板、プラズモン励起基板等の多くの用途に用いることが期待される。