特許第6421395号(P6421395)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人情報通信研究機構の特許一覧 ▶ 国立大学法人東北大学の特許一覧

<>
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000020
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000021
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000022
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000023
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000024
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000025
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000026
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000027
  • 特許6421395-SAR図からの立体地形図形成方法 図000028
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6421395
(24)【登録日】2018年10月26日
(45)【発行日】2018年11月14日
(54)【発明の名称】SAR図からの立体地形図形成方法
(51)【国際特許分類】
   G01S 13/90 20060101AFI20181105BHJP
   G06T 17/05 20110101ALI20181105BHJP
   G01C 7/02 20060101ALI20181105BHJP
【FI】
   G01S13/90 127
   G06T17/05
   G01C7/02
【請求項の数】7
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-181677(P2014-181677)
(22)【出願日】2014年9月5日
(65)【公開番号】特開2016-57092(P2016-57092A)
(43)【公開日】2016年4月21日
【審査請求日】2017年8月29日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成26年5月8日 一般社団法人情報処理学会発行の第192回コンピュータビジョンとイメージメディア研究発表会(2014年5月15−16日)、研究報告(Vol.192,No.6,pp.1−8)に発表。 平成26年8月12日 一般社団法人映像情報メディア学会の平成26年度メディア工学8月研究会(2014年8月19−20日)の技術報告(Vol.38,No.32,pp.43−46)に発表。 平成26年8月21日 電気関係学会発行の平成26年度東北支部連合大会(2014年8月21−22日)、講演論文集(No.2H19,p.226)に発表。
(73)【特許権者】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100082669
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 賢三
(74)【代理人】
【識別番号】100095337
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100095061
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 恭介
(72)【発明者】
【氏名】上本 純平
(72)【発明者】
【氏名】浦塚 清峰
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 博
(72)【発明者】
【氏名】青木 孝文
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 康一
(72)【発明者】
【氏名】酒井 修二
(72)【発明者】
【氏名】丸木 大樹
【審査官】 東 治企
(56)【参考文献】
【文献】 特開平04−199475(JP,A)
【文献】 特開2008−185375(JP,A)
【文献】 特開2004−021427(JP,A)
【文献】 Florence Tupin,Extraction of 3D information using overlay detcetion on SAR images,2nd GRSS/ISPRS Jonit Workshop on "Data Fusion and Remote Sensing over Urban Areas",IEEE,2003年 5月,pp.72-76,DOI: 10.1109/DFUA.2003.1219960
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/00−7/42
G01S 13/00−13/95
G06T 1/00−9/40
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一地域のデータを含む少なくとも2枚の互いに異なる航路で取得されたSAR図を用いて、上記同一地域の所定地点の標高を含む座標を決定する方法であって、
上記所定地点において、地表の対象点の位置のスラントレンジ面への射影における歪みを測定して上記標高を含む座標を決定するものであり、
(1) 少なくとも2枚の上記SAR図を、同一方角に向き同一縮尺のグランドレンジ面上のSAR図に変換するステップと、
(2) グランドレンジ面上の上記SAR図から共通の領域を選択するステップと、
(3) 共通の上記SAR図の一方における上記所定地点付近の局所図を動かして、上記SAR図の他方との最大一致を示す点を見いだすことで、上記所定地点の異なる上記SAR図上での対応点を見いだすステップと、
(4) 見いだした各対応点の座標をスラントレンジ面上の座標に変換して、スラントレンジ面上の該対応点の座標の位置から上記所定地点の標高値を見いだすステップと、
を含むことを特徴とする、SAR図からの立体地形図形成方法。
【請求項2】
上記所定地点のグランドレンジ面上のSAR図における位置は、上記グランドレンジ面上の上記局所図の重心位置とするものであることを特徴とする請求項1に記載のSAR図からの立体地形図形成方法。
【請求項3】
上記所定地点は、上記同一地域を構成する複数の各点であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のSAR図からの立体地形図形成方法。
【請求項4】
同一地域のデータを含む少なくとも2枚の互いに異なる航路で取得されたSAR図を用いて、上記同一地域の所定地点の標高を含む座標を推定することを含むSAR図からの立体地形図形成方法であって、
(1)上記SAR図の各々にグランドレンジ変換を行って各々のグランドレンジ図を得るステップと、
(2)上記各々のグランドレンジ図について、それらを重ね合わせるために必要な図間の回転角と並行移動量を推定するステップと、
(3)所定の地点に対応する上記各々のグランドレンジ図上の地点の座標を要素とする対応点群を求めるステップと、
(4)上記対応点の各々の要素について、上記グランドレンジ変換の逆変換を行ってスラントレンジ図上の対応点群に座標変換するステップと、
(5)スラントレンジ図上の上記対応点群について、プラットフォーム高度、スラントレンジ方向のビーム入射角、スラントレンジ方向、およびアジマス方向の分解能の逆数を含む上記SAR図の内部パラメータと、回転角と並行移動量とを含む外部パラメータと、を用いて上記対応点群の各々の要素の高度を推定するステップと、
(6)上記内部パラメータまたは/および外部パラメータについて、バンドル調整に基づく再投影誤差の最小化を実施し、該再投影誤差が最小となる最適内部パラメータまたは/および最適外部パラメータを求めるステップと、
(7)上記最適内部パラメータまたは/および最適外部パラメータを用いて、高度推定値を得るステップと、
を含むことを特徴とするSAR図からの立体地形図形成方法。
【請求項5】
請求項4の(2)のステップと(3)のステップは、位相限定相関法を用いたステップであることを特徴とするSAR図からの立体地形図形成方法。
【請求項6】
上記SAR図は、単偏波スラントレンジ振幅強度図であることを特徴とする、請求項4あるいは5に記載のSAR図からの立体地形図形成方法。
【請求項7】
上記バンドル調整における評価関数は、少なくとも2枚の上記SAR図のスラントレンジ面上の対応点群の各要素の座標と上記SARの内部パラメータまたは/および外部パラメータを用いて対応点群の各要素の3次元座標を算出し、再度2次元スラントレンジ面に投影した際の対応点群の各要素の座標との差の2乗和であることを特徴とする請求項4から6のいずれか1つに記載のSAR図からの立体地形図形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、合成開口レーダ(SAR:Synthetic Aperture Radar)によって得られる少なくとも2枚の異なる航路のSAR図から立体地形図を作成するためのSAR図からの立体地形図形成方法に関する。但し、ここで言うSAR図は、SAR画像を含むものとする。
【背景技術】
【0002】
<1. SARについて>
地球温暖化や大規模自然災害のような地球規模の問題に対処するために、リモートセンシング技術を用いた地球観測が行われている。人口衛星や航空機を用いたリモートセンシングでは、カメラのような受動型センサ、あるいは、レーダのような能動型センサが用いられる。光学センサであるカメラは、簡便に観測を行うことができるが、受動型センサであるため夜間に使用することができない大きな欠点がある。一方で、レーダは、能動型センサであるため昼夜問わずに観測することができたり、マイクロ波の透過特性から雲、霧、雨などの天候の影響を受けることなく観測できたりする利点がある。光学センサに比べて解像度が低い問題があるが、合成開口レーダ(SAR)を用いることで、光学センサと同等以上の解像度で計測できる。本発明では、その有用性から最も重要なセンサとして利用されているSARに着目する。
【0003】
SARは、電磁波を用いて地表面の画像を生成するイメージングレーダの一種である。電磁波の位相を利用した合成開口技術により、他のイメージングレーダと比べて、SARは高い空間分解能を持つ。人工衛星や航空機などの移動物体(プラットフォーム)にSARを搭載して、地表面などを観測する。プラットフォームは、移動しながらマイクロ波を照射し、地表面で後方散乱された反射波の強度、および、位相を測定する。
【0004】
受信信号の振幅と位相情報は、受信波の特徴を表現しており、これらを用いて、複数のデータを干渉させることができる。この干渉を利用して地形変動や標高を計測する干渉SAR(InSAR:Interferometric SAR)が提案されている。InSARでは、SARを用いて観測された同一地域の二つのデータの干渉から計算した位相差に基づいて、地形の標高を観測する。位相差を用いているため、生成される干渉縞の位相は、2πの不定性を持つ。また、地表が平らな場合でも軌道縞と呼ばれる干渉縞が生じる。地形図を作成するためには、軌道縞を除去する必要があるが、軌道情報の不確かさから、完全に除去することが困難であったり、除去できたとしても計測精度が低下してしまったりする場合がある。
【0005】
地表の3次元計測データは、数値標高モデル(DEM:Digital Elevation Model)が国土地理院から基盤地図情報の一つとして提供されている。これからも分かるように、この3次元計測データは、近年発達している地理情報システム(GIS:Geographic Information System)においてその利活用が促進されているデータであり、洪水等のハザードマップの作成、都市計画、地形変化の把握等の分野で利用されている。3次元計測の有効な手段の一つとしては、飛翔体搭載センサ等によるリモートセンシングデータを用いた方法が挙げられる。これは、比較的安価であること、及び広範囲でデータを取得する能力を有することからである。その中でも、アクティブレーダであるSARは、天候、昼夜を問わず地表の観測が可能であるため、3次元計測手法の1つとして期待されている。
【0006】
SARデータを用いた3次元計測法としては、クリノメトリー(Clinometry)、ステレオスコピー(Stereoscopy、レーダ測量法(Radargrammetry)とも呼ばれる)、インターフェロメトリー(Interferometry、InSAR)、ポラリメトリー(Polarimetry)が代表的な手法として挙げられる。これらの中で最も良く用いられていると考えられる手法はInSARである。しかし、InSARは位相差を用いる事により、高精度に地表面高度を計測できる長所を有するものの、適用可能なデータに厳しい観測制約条件がある事、及び手法原理上、計測結果に生得的な位相(2π)の不確定性を持つ事が短所として挙げられる。
【0007】
一方、レーダ測量法は、写真測量法(Photogrammetry)をレーダに適用した手法でInSARと同様に複数の図や画像を用いる手法である。計測精度がSARの画像分解能スケール程度であるため、SAR自体の画像分解能の低さに起因して近年まではInSAR手法の方が頻繁に用いられる傾向にあった。しかしながら、InSARと比較した場合、観測条件が厳しくなく、また計測結果に位相の不確定性が無い等の長所を有していることから、近年の高分解能SAR衛星の運用開始に伴い、レーダ測量法の手法が再注目されてきている。
【0008】
上記の写真測量法で本発明に近いものは、例えば特許文献1(特開2002−243444号公報)に記載された、ステレオ計測法と呼ばれるものである。これは、通常の光学立体写真用の2枚の写真やその画像データから、被写体の立体モデルを作成することができるもので、2つの視点を用いるものである。例えば左右に離れた地点から撮像した画像における被写体のずれがカメラからの距離に依存することを用いたものである。具体的には、例えば計測対象をステレオカメラで撮像するもので、同じ対象を、視点、つまり撮像位置、を左右に移動して撮像したものである。これによって得られた画像を用いて三角測量を行う。例えば、これらの画像を重ね合わせることで、視差、つまり同じ部分の左右のズレ、を見出し、このズレの大きさから、上記対象の奥行き位置、つまり被写体の撮像カメラ位置までの近さ、を判定するものである。
【0009】
また、近年の計算機能力の向上により2視点以上のディジタルカメラ画像等からマッチング技術を用いて3次元情報を復元する手法(多視点3次元復元技術)が急速に発展してきている。多視点3次元復元では、カメラの撮影位置により対象物体の画像上での写り方が変わることを利用し、画像間のマッチング結果とカメラの3次元幾何モデルから、対象物体の3次元形状を復元する。多視点3次元復元において重要となる基礎理論や要素技術としては、カメラの3次元幾何モデルに関する理論、カメラの校正やパラメータ推定技術、画像間のマッチング技術、及び複数画像の対応関係からの3次元座標計算に関する理論等が挙げられる。また、近年ではバンドル調整と呼ばれるカメラパラメータの最適化手法が確立し、事前にカメラの校正をしなくても撮影された画像のみから高精度な3次元復元を行うことができるようになってきている。
【0010】
本発明に関連する従来技術としては以下が挙げられる。
A.センサ/対象物間の関係式と画像マッチングを組み合わせた手法
SARセンサと対象物間の距離と方向等から導出されるセンサ/対象物間の関係式を、画像マッチング手法から見出した複数画像上での対象物対応点に適用し、高度値を得る手法である(非特許文献1、2等)。SARセンサの観測中の時々刻々の位置や速度等の情報を必要とする。また、高度値の精度向上の為に予め調査されたGCP(Ground Control Point)がしばしば用いられる。
B.ダイレクト立体レーダ測量法(Direct Stereo Radargrammetric)
これは、例えば非特許文献3で公開されたもので、SAR画像の高精度な位置情報と予め生成された粗い精度のDEMを必要とする。マスター画像のピクセル値に粗い精度のDEMから与えられる高度に幅を持たせ、スレーブ画像上の対応点位置を逐次算出し、算出対応点近傍でのピクセル値に対する相関係数の大きさから最適な高度値を計算する手法である。
C.ディジタルカメラ画像等からのマッチング技術を用いた3次元復元の従来技術
これは、カメラの撮影位置と対象物体形状に依存するカメラ画像間の投影位置の違いから、対象物体の3次元形状を計算するコンピュータビジョンに関するもので、非特許文献4、5等の例がある。この手法を適用するためには、カメラパラメータと呼ばれるカメラの焦点距離や撮像素子の大きさ、撮影位置・姿勢等を含む情報を必要とする。これらの情報は、既知パターンを用いたカメラ校正や、複数画像間の対応関係からのパラメータ推定により取得する。カメラパラメータ推定では、高精度化のためにバンドル調整がしばしば用いられる。また、複数画像間の対応関係を求めるために、カメラ画像間のマッチングを行う必要がある。
【0011】
カメラ画像間のマッチング技術としては、SIFT(Scale Invariant Feature Transform)に代表される特徴ベースのマッチングと、SAD(Sum of Absolute Difference)やPOC(Phase-Only Correlation)に基づく手法に代表される領域ベースのマッチングがある。一般に、カメラパラメータの推定には特徴ベースのマッチングが、3次元形状の復元には領域ベースのマッチングが用いられる。
【0012】
このように、コンピュータビジョンの分野では、複数枚のカメラ画像を用いて3次元計測を行う手法が数多く提案されている。SAR画像を、従来のディジタルカメラ画像のように扱うことができれば、コンピュータビジョンの原理に基づいて、複数の航路で取得したSAR画像から3次元計測を行うことが可能である。しかし、SAR画像とカメラ画像とでは画像生成プロセスが異なるため、カメラ画像を用いた3次元計測手法をSAR画像に適用することはできない。
<2.SAR画像の生成と特徴>
SARを用いて地表面を計測した信号から画像を生成するための原理とSAR画像の特徴について述べる。なお、本発明では、図1に示すように、SAR観測でよく用いられる基本的な用語を用いる。レーダを搭載する人口衛星や航空機をプラットフォーム、プラットフォームの進行方向をアジマス方向、進行方向と直角でマイクロ波を照射する方向をレンジ方向と呼ぶ。さらに、レンジ方向は、マイクロ波が照射される方向に対するスラントレンジ方向と、地表面を基準としたグランドレンジ方向に区別される。また、マイクロ波が照射される領域で、アンテナに近い側をニアレンジ、遠い側をファーレンジと呼ぶ。
<2.1 SAR画像の生成>
次に、SARの強度信号から画像を生成する原理について図1に沿って説明する。プラットフォームからレンジ方向にマイクロ波パルスを送信し、地表面で後方散乱された反射波を受信する。この一連の動作を、アジマス方向に移動しながら繰り返すことによって2次元平面を走査する。図2に受信信号の例を示す。この様な1次元時間関数として表される受信信号を、それぞれの送信信号からの遅れに関する時間関数として並べ替えることにより2次元画像を生成する。図3に、生成した2次元画像の例を示す。各画素の輝度値が受信信号の振幅(強度)であるため、生成された画像は、レーダ強度画像と呼ばれる。実際は、分解能を高めるために、アジマス方向、レンジ方向のそれぞれについてSAR圧縮処理を行う必要があるが、この圧縮処理の詳細については、例えば非特許文献6に記載がある。
<2.2 SAR画像の特徴>
次に、SAR画像には、画像の生成プロセスに起因するいくつかの特徴として、(i)アジマス方向とレンジ方向で分解能が大きく異なる場合があること、(ii)レーダ観測特有の画像変調が生じていることが挙げられる。
【0013】
一般に、SARは、レンジ方向に比べアジマス方向の分解能が高い場合が多い。また、グランドレンジ方向では、ニアレンジ側からファーレンジ側にかけて分解能が向上していく。そのため、生成されたSAR画像は、地表面を斜め上空から見たような画像となる。実際の地表面と対応させるためには、画像全体の分解能を揃え、地表面を真上から見たような俯瞰画像に変換する必要がある。なお、この俯瞰画像への変換を地上投影変換、地上投影変換前の画像をスラントレンジ画像、地上投影変換後の画像をグランドレンジ画像と呼ぶ。
【0014】
また、SAR画像特有の画像変調は、SARの幾何学的効果としてジオメトリック画像変調と呼ばれる。ジオメトリック画像変調には、フォアショートニング、レイオーバー、陰影効果がある。
<フォアショートニング、レイオーバー>
SARは、マイクロ波を斜め下方向に照射し、地表面に散乱されて戻ってきた順に反射波を記録する。そのため、プラットフォームまでの距離が短い地点ほど、プラットフォーム側の画像上に投影される。同じ水平位置でも標高が高いほどプラットフォームまでの距離が短くなるため、高さがある物体は、本来の位置よりプラットフォーム側に投影される。この現象をフォアショートニングと呼ぶ。フォアショートニングがさらに大きくなると、図4に示すように、散乱体AとBとが本来の位置関係と逆転して画像上に投影されてしまう。この現象をレイオーバーと呼ぶ。フォアショートニング、レイオーバーは、対象物の高さや、レーダの入射角の大きさに依存する。
<陰影効果>
図4のように、充分な高さがある物体(例えば山)によって、アンテナからのマイクロ波が遮られると、その物体の点Bより後ろ側の領域には、マイクロ波が照射されない。そのため、この領域からの受信信号は0となり、SAR画像上に影のように映ってしまう。この現象は陰影効果と呼ばれ、地表法線に対するレーダ波の入射角が大きくなるにつれて、この陰影効果の影響を受ける領域が増加する。しかしこの場合、フォアショートニングが小さくなる。そのため、SAR画像の利用目的に合わせ、適切なレーダ波の入射角を選択して観測を行う必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2002−243444号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Toutin, T., “Radarsat-2 DSM Generation With New Hybrid, Deterministic, and Empirical Geometric Modeling Without GCP”, IEEE TRANSACTIONS ON GEOSCIENCE AND REMOTE SENSING, Vol. 50., 2049-2055, 2012.
【非特許文献2】Capaldo, P., Crespi, M., “Fratarcangeli, F., Nascetti, A., and Pieralice, F., High-Resolution SAR Radargrammetry: “A First Application With COSMO-SkyMed SpotLight Imagery”, IEEE GEOSCIENCE AND REMOTE SENSING LETTERS, Vol 8., 1100-1104, 2011.
【非特許文献3】Balz, T., Zhang, L., and Liao, M.S., “Direct stereo radargrammetric processing using massively parallel processing”, ISPRS JOURNAL OF PHOTOGRAMMETRY AND REMOTE SENSING, Vol. 79, 137-146, 2013.
【非特許文献4】R. Szeliski, “Computer Vision: Algorithms and Applications”, Springer-Verlag New York Inc., 2010.
【非特許文献5】Y. Furukawa, “Multi-view 3D Reconstruction Techniques in Computer Vision”, 情報処理学会研究報告コンピュータビジョンとイメージメディア, Vol. 176, No. 12, pp. 1-9, 2011.
【非特許文献6】大内和夫:リモートセンシングのための合成開口レーダの基礎,東京電機大学出版局 (2004).
【非特許文献7】Takita, K., Aoki, T., Sasaki, Y., Higuchi, T. and Kobayashi, K.: “High-accuracy subpixel image registration based on phase-only correlation”, IEICE Trans. Fundamentals, Vol. E86-A, No. 8, pp. 1925-1934, 2003.
【非特許文献8】青木 孝文,伊藤 康一,柴原 琢磨,長嶋 聖, “位相限定相関法に基づく高精度マシンビジョン”,IEICE Fundamentals, Rev, 2007.
【非特許文献9】Takita, K., Muquit, M. A., Aoki, T. and Higuchi, T., “A Sub-Pixel Correspondence Search Technique for Computer Vision Applications”, IEICE Trans. Fundamentals, Vol. E87-A, No. 8, pp. 1913-1923, 2004.
【非特許文献10】Dellinger, F., Delon, J., Gousseau, Y., Michel, J. and Tupin, F.: SAR-SIFT: “A SIFT-like algorithm for applications on SAR images”, Proc. Int’l Geoscience and Remote Sensing Symp., pp. 3478-3481 (2012).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
従来技術の大きな課題の一つとして、画像処理に必要となるパラメータを予め取得することが困難であることが挙げられる。例えば、非特許文献3の手法では粗い精度で良いとは言え、予め3次元計測対象領域のDEMが必要となる。このため、この従来技術は、大きく地形が変化した場所(例えば西之島)では適用不能と考えられる。また、非特許文献2においてはSAR観測中のプラットフォームの時々刻々の速度と位置情報が必須とされ、GCP無しでも計算はできるものの、その場合は急激に精度が落ちる。更に非特許文献1では、GCPは必要としないものの、画像上のピクセル位置と実際の緯度/経度/高度を結び付けるための近似式(RFM)、あるいはその近似式パラメータ(RPCs)が計算に必要とされるが、非特許文献2によると代表的な商用衛星SARであるTerraSAR-X、COSMO-Skymedについては、RFM、RPCsが提供されていない。このため、3次元計測においては、予め必要となるパラメータの数が少なく、かつ取得が容易である手法が望まれる。
【0018】
また、ディジタルカメラ画像等からのマッチング技術を用いた3次元復元手法はカメラ画像を対象としており、SAR画像に直接利用することができない点が課題として挙げられる。多視点3次元復元をSARに応用するためには、SAR画像における投影プロセスのモデル化、及び各基礎理論や要素技術のSAR画像に特化した形での構築や開発が必要である。
【0019】
そこで、本発明では、少なくとも2枚の異なる航路のSAR図から立体地形図を作成するための、SAR図からの立体地形図形成方法、を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明では、SAR画像をカメラ画像と同様に扱うためにSARの幾何学的関係を定式化し、コンピュータビジョンの原理に基づいて3次元計測を行う手法を提案する。具体的には、SARの画像生成プロセスをレーダ画像投影モデルとして導出し、SARにおける内部または外部パラメータの定義を行う。これにより、三角測量に基づく3次元計測、バンドル調整によるパラメータの最適化を可能とする。提案手法は、InSARによる標高計測とは異なり、位相情報を利用しないので、位相を利用することによる問題点(2πの不定性、軌道縞の問題、プラットフォームの軌道制約)を回避しつつ、3次元計測を行うことが可能である。
【0021】
このように、本発明の場合は、視差を用いるものではなく、奥行きを判定するものでもない。本発明は、SAR図における、フォアショートニング効果等を用いて、計測対象の高さを測定するものであり、上記のステレオ計測法とは、用いる原理や、測定対象とする長さの方向が異なっている。
【0022】
より詳しく説明すると、本発明のSAR図からの立体地形図形成方法は、同一地域のデータを含む少なくとも2枚の互いに異なる航路で取得されたSAR図を用いて、上記同一地域の所定地点の標高を含む座標を決定する方法であって、上記所定地点において、地表の対象点の位置のスラントレンジ面への射影における歪みを測定して上記標高を含む座標を決定するもので、以下の特徴を備えるものである。つまり、
(1) 少なくとも2枚の上記SAR図を、同一方角に向き同一縮尺のグランドレンジ面上のSAR図に変換するステップと、
(2) グランドレンジ面上の上記SAR図から共通の領域を選択するステップと、
(3) 共通の上記SAR図の一方における上記所定地点付近の局所図を動かして、上記SAR図の他方との最大一致を示す点を見いだすことで、上記所定地点の異なる上記SAR図上での対応点を見いだすステップと、
(4) 見いだした各対応点の座標をスラントレンジ面上の座標に変換して、スラントレンジ面上の該対応点の座標の位置から上記所定地点の標高値を見いだすステップと、
を含む。
【0023】
上記所定地点のグランドレンジ面上のSAR図における位置としては、上記グランドレンジ面上の上記局所図の重心位置とすることができる。
【0024】
上記所定地点は、上記同一地域を構成する複数の各点とすることができる。つまり、図面の全ての地点の標高を求めることができる。
【0025】
特に、本発明は、同一地域のデータを含む少なくとも2枚の互いに異なる航路で取得されたSAR図を用いて、上記同一地域の所定地点の標高を含む座標を推定することを含むSAR図からの立体地形図形成方法であって、上記の特徴の他に、次の特徴を備えるものであってもよい。つまり、
(1)上記SAR図の各々にグランドレンジ変換を行って各々のグランドレンジ図を得るステップと、
(2)上記各々のグランドレンジ図について、それらを重ね合わせるために必要な図間の回転角と並行移動量を推定するステップと、
(3)所定の地点に対応する上記各々のグランドレンジ図上の地点の座標を要素とする対応点群を求めるステップと、
(4)上記対応点の各々の要素について、上記グランドレンジ変換の逆変換を行ってスラントレンジ図上の対応点群に座標変換するステップと、
(5)スラントレンジ図上の上記対応点群について、プラットフォーム高度、スラントレンジ方向のビーム入射角、スラントレンジ方向、およびアジマス方向の分解能の逆数を含む上記SAR図の内部パラメータと、回転角と並行移動量とを含む外部パラメータと、を用いて上記対応点群の各々の要素の高度を推定するステップと、
(6)上記内部パラメータまたは/および外部パラメータについて、バンドル調整に基づく再投影誤差の最小化を実施し、該再投影誤差が最小となる最適内部パラメータまたは/および最適外部パラメータを求めるステップと、
(7)上記最適内部パラメータまたは/および最適外部パラメータを用いて、高度推定値を得るステップと、
を含む。
【0026】
上記の(2)上記各々のグランドレンジ図について、それらを重ね合わせるために必要な図間の回転角と並行移動量を推定するステップと(3)の所定の地点に対応する上記各々のグランドレンジ図上の地点の座標を要素とする対応点群を求めるステップでは、位相限定相関法(POC:Phase-Only Correlation)を適用することができる。
【0027】
上記SAR図は、特に、単偏波スラントレンジ振幅強度図である場合に、発明の利点が明確である。
【0028】
上記バンドル調整における評価関数としては、種々の形式から選択することができるが、簡明な例としては、以下のものを挙げることができる。つまり、評価関数としては、少なくとも2枚の上記SAR図のスラントレンジ面上の対応点群の各要素の座標と上記SARの内部パラメータおよび外部パラメータを用いて対応点群の各要素の3次元座標を算出し、再度2次元スラントレンジ面に投影した際の対応点群の各要素の座標との差の2乗和とする。
【発明の効果】
【0029】
本発明の場合、干渉位相を用いずにSAR強度画像から3次元高度情報を得る事ができる。その際、InSARのように厳しい観測制限は課されない。また、予めGCPやDEM等の地上情報を必要としない。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】SAR観測でよく用いられる基本的な用語を示す図である。
図2】プラットフォームからレンジ方向にマイクロ波パルスを送信し、地表面で後方散乱された反射波を受信する際の、受信信号の例を示す図である。
図3】受信信号から生成した2次元画像の例を示す図である。
図4】陰影効果の例を示す図である。
図5】レーダ画像投影モデルを定義するための、3次元空間と2次元空間のそれぞれの位置を表す座標系を示す図である。
図6】スラントレンジ画像間の対応点を取得するまでのフローを示す図である。(a)マスタースラントレンジ画像(左)とスレーブスラントレンジ画像(右)、(b)グランドレンジ変換画像、(c)グランドレンジ画像上の対応点の表示例、(d)グランドレンジ画像間の対応点の取得、(e)スラントレンジ画像上の対応点の表示例、(f)高度計測結果(最適化前)、(g)高度計測結果(最適化後)
図7】実験で使用したSAR画像で、(a)が20,000×10,713ピクセル、(b)が20,000×10,338ピクセルである。
図8】地上投影変換後のグランドレンジ画像と標高マップを示し、(a)および(b)は、それぞれ航路1および航路2の地上投影変換後のグランドレンジ画像であり、(c)は、画像マッチングの際に基準点を配置した領域をグランドレンジ画像から抽出したものであり、(d)は、バンドル調整前のパラメータを用いて計算した標高マップであり、(e)は、バンドル調整で最適化されたパラメータを用いて計算した標高マップであり、(f)は、国土地理院の基盤地図情報(数値標高モデル)データ5mメッシュ(標高)を使用した標高マップである。
図9】実施例1を単純化した実施例2の配置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に、この発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0032】
汎用性のある3次元計測手順の概略を以下に示す。
【0033】
本実施例の手法は、例えば、SAR画像として最もプリミティブなプロダクトである単偏波スラントレンジ振幅強度画像に適用可能である。本手法を適用するために必要となる画像枚数は2枚以上である。ここでは説明を簡略化するため、2枚の画像を用いる際の手法について記載する事とし、一枚の画像をマスター画像、残りの一枚をスレーブ画像と称する。
<手順1> グランドレンジ変換(画像マッチングの下準備)
手順2における一連の画像処理の下準備として、マスター画像、スレーブ画像の両スラントレンジ画像(図6(a))について地上投影変換を実施する。この変換は、グランドレンジ変換と呼ばれる一般的な変換である。このグランドレンジ変換により得られる画像は、グランドレンジ画像と呼ばれており、画像全体での分解能が揃っているため、異なるSAR画像同士での画像マッチングが容易となる(図6(b))。なお、このグランドレンジ変換の際に必要となる各ピクセルの高度ZAについてはこの段階では任意で良い。また、グランドレンジ変換画像が既に手元にある場合は、この手順はスキップしても良い。
<手順2> 外部パラメータの推定と画像マッチング
手順1にて変換や生成されたグランドレンジ画像ペアについて、非特許文献8により公知である回転不変POCを適用し、画像間回転角φを推定する。その後、スレーブ画像のグランドレンジ画像について回転角φだけ回転させ、非特許文献7により公知であるPOCを用いて並行移動量(tx、ty)を推定する。推定した回転角φと並行移動量(tx、ty)を用いて変換したスレーブ画像とマスター画像について非特許文献9により公知であるPOCに基づく対応点検索を実施し、グランドレンジ画像間の対応点を求める(図6(c))。
<手順3>対応点のスラントレンジ変換
手順2で求められたグランドレンジ画像上の対応点のピクセル座標値について手順1と逆の手順でスラントレンジ画像上のピクセル座標値に変換する。これにより手順2で求めた対応点がスラントレンジ画像上に配される(図6(d))。
<手順4>内部および外部パラメータを利用した対応点の初期高度計測
手順3までで得られたスラントレンジ画像上の対応点について、SAR画像とともに提供される内部パラメータ(プラットフォーム高度Z0、スラントレンジ方向のビーム入射角θ、スラントレンジ方向、アジマス方向の分解能の逆数αu、αv)、及び手順2で推定した外部パラメータ(回転角φと並行移動量(tx、ty))を用いて、数7を計算する事で対応点における高度推定を実施する(図6(e))。
<手順5> 内部または/および外部パラメータの最適化
手順2で推定した外部パラメータは手順1で画像全体に渡り任意高度ZAを持つとしてグランドレンジ変換を実施しているため、真値では無い。また、SAR画像とともに提供されるパラメータについても誤差を含む可能性がある。これらの内部または/および外部パラメータについて非特許文献4の記載に沿ってバンドル調整に基づく再投影誤差の最小化を実施し、その再投影誤差が最小となる内部または/および外部パラメータを求める。
<手順6> 最適化された内部および外部パラメータに基づく高度計測
手順5で求められた内部および外部パラメータを用いて、最終的な高度推定値を得る(図6(f))。
<3.SARの3次元幾何の定式化>
ここでは、コンピュータビジョンの原理に基づいて3次元計測を行うために、コンピュータビジョンの分野における解法に合わせてSARの3次元幾何を定式化する。
【0034】
まず、3次元空間上の物体が2次元レーダ画像上にどのように投影されるかを記述する投影モデルとSARの内部パラメータを定義する。次に、異なる航路で同一の領域をSARで観測した場合のSARの外部パラメータを定義する。最後に、2枚のレーダ強度画像の対応関係とSARの3次元幾何に基づいて、地表面の3次元形状を求めるための理論式を導出する。
<3.1 レーダ画像投影モデルとSARの内部パラメータ>
レーダ画像投影モデルを定義するために3次元空間と2次元空間のそれぞれの位置を表す座標系(図5)を導入する。2次元空間の座標系には、原点を画像左上とし、アジマス方向を水平軸u、レンジ方向を垂直軸vとするディジタル画像座標系を用いる。3次元空間の座標系には、コンピュータビジョンの分野で用いられるカメラ座標系にならって、レーダ座標系と呼ぶ新たな座標系を導入する。レーダ座標系では、ディジタル画像座標系の原点に対応する3次元空間位置の標高0mの点を原点とし、アジマス方向をYR軸、レンジ方向をXR軸、高さをZR軸とする。このとき、2節で述べたSARによる画像生成プロセスを考慮すると、レーダ座標系で表される3次元空間上の点(XR、YR、ZR)とその投影点(u、v)との間に次式で表される投影モデルが定義できる。
【0035】
【数1】
【0036】
ここで、X0はプラットフォームから原点までの水平距離、DSLはプラットフォームから原点までのスラントレンジ距離、Z0はプラットフォームの高度を表す。また、αuとαvは、それぞれアジマス方向とスラントレンジ方向に関する分解能の逆数を表す定数である。X0とDSLは、Z0とレーダ入射角θを用いて以下の式で表すことができる。
【0037】
【数2】
【0038】
以上より、レーダ画像投影モデルの計算に必要なパラメータは、プラットフォーム高度Z0、スラントレンジ方向のビーム入射角θ、スラントレンジ方向、アジマス方向それぞれの分解能の逆数αu、αvである。これらを内部パラメータと呼ぶ。これらの内部パラメータは通常SAR画像とともに提供されるパラメータである。
【0039】
数1はアジマス方向の画像投影位置とレンジ方向の画像投影位置とを表す。上記のSAR画像の生成についての説明で述べたように、SARによるアジマス方向の画像生成は、1次元時間関数として表される受信信号を、送信信号から遅れの時間の関数として並べ替えることによって行われる。つまり、数1の第1式が示すように、ディジタル画像座標uは、単純にレーダ座標YRの定数倍で表現することができる。一方で、レンジ方向の画像投影位置は、プラットフォームから対象物までのスラントレンジ距離によって決定される。数1の第2式の第一項は、プラットフォームから(XR、YR、ZR)座標上の物体までの、次の数3の距離を、表している。
【0040】
【数3】
【0041】
数1の下段の式で、第1項から第2項DSLを引くことにより、(XR、YR、ZR)=0のときに、(u、v)=0となり、レーダ座標系とディジタル画像座標系の原点が一致する。
<3.2座標系間の変換式とSARの外部パラメータ>
異なる2つの航路1と航路2で同一の領域を観測した場合を考える。この時、それぞれの航路で定義されるレーダ座標系における3次元座標(XR1,YR1,ZR1)と(XR2,YR2,ZR2)との間で次式が成り立つ。
【0042】
【数4】
【0043】
ここで、Rは回転角φの3×3回転行列、tは並進ベクトルである。ここで、数4が示す座標系間の変換式を記述するために必要なR、tをSARの外部パラメータと定義する。SARの観測が行われている間、プラットフォームの高度は一定であると仮定すると、RはZR軸回りの回転、tはXR、YR方向の並進のみを考慮するだけでも良い。この時、R、tは,以下の式で表すことができる。
【0044】
【数5】
【0045】
<3.3 3次元計測の理論式>
導出した投影モデル(数1)が、ある世界座標系の3次元座標(X,Y,Z)の、異なる2つの画像上のディジタル画像座標(u,v)と(u´,v´)とでそれぞれ成り立つことから、異なるレーダ座標系間の変換式(数4)を用いて、これらのディジタル画像座標(u,v)と(u´,v´)との間に,以下の式が成り立つ。
【0046】
【数6】
【0047】
ここで,(u,v),(u´,v´)を対応点ペアとし,(XR2,YR2,ZR2)を世界座標系(X,Y,Z)とした。
【0048】
数6の4つの方程式をX、Y、Zについて解くことで、3次元座標を算出することができる。解法は、いくつか知られているが、最も簡明な例として、以下の方法を挙げる。つまり、上記4つの方程式から3つの方程式を選択することで、方程式を解析的に解く。この場合、3次元座標X、Y、Zは以下の式で表すことができる。
【0049】
【数7】
【0050】
以上のように導出されたX、Y、Zは、(XR2,YR2,ZR2)を世界座標系と仮定した場合の3次元計測の理論式である。ただし、この仮定は本発明において必須ではない。つまり、世界座標とレーダ座標が異なっていたとしても、計測されたレーダ座標系における3次元座標を、ある剛体変換で世界座標系の3次元座標に変換することが可能である。
<4.レーダ強度画像からの地表面の3次元計測>
レーダ強度画像間の対応関係とSARの3次元幾何に基づいて3次元計測を行う手法を詳しく説明する。その手法は、(1)地上投影変換、(2)外部パラメータの推定と画像マッチング、(3)内部または/および外部パラメータの最適化、(4)3次元計測の4つの処理で構成される。図6に、スラントレンジ画像間の対応点を取得するまでのフローを示す。以下では、それぞれの処理について具体的に説明する。
<4.1 地上投影変換>
SAR画像は、上記の2.(SAR画像の生成と特徴)〜2.2(SAR画像の特徴)の欄で述べたように、画像全体で分解能が変化しており、実際の地表面の見え方と異なる。航路によって被写体の映り方の違いが大きくなるため、そのままでは画像マッチングを行うことが困難である。そこで、地上投影変換により画像全体の分解能を揃えて俯瞰画像に変換することで、画像間の大きな変形を解消する。(u、v)を地上投影変換前のスラントレンジ画像上の点とし、(XR、YR)を地上投影変換後のグランドレンジ画像上の点とする。この時、地上投影変換式は、2節で定義したレーダ画像投影モデルである数1で表すことができる。ただし、ZRは任意の定数であるとする。本実施例ではZR=0とした。
【0051】
この地上投影変換式により、航路1と航路2のスラントレンジ画像をそれぞれのグランドレンジ画像へ変換する。
<4.2 外部パラメータの推定と画像マッチング>
グランドレンジ画像から外部パラメータの推定と画像マッチングを行う。まず、画像間の回転および平行移動を補正する。外部パラメータである回転行列Rと並進ベクトルtは、Z方向の回転と並進が0である。これを利用することで、2次元のグランドレンジ画像間の回転量と平行移動量から外部パラメータを求めることができる。本発明では、画像間の回転量推定に回転不変位相限定相関法(RIPOC:Rotation-invariant Phase-Only Correlation)を、並行移動量の推定にPOCを用いる(非特許文献7)。POCは、並行移動のみの画像変形を仮定している手法であるため、はじめにRIPOCを用いて画像間の回転角度を求める。また、航路2の画像を回転補正してからPOCを用いて画像間の並行移動量を求める。次に、航路1のグランドレンジ画像と、回転補正した航路2のグランドレンジ画像との間で画像マッチングを行う。航路1のグランドレンジ画像上に基準点を配置し、回転補正した航路2のグランドレンジ画像上の対応点をPOCに基づく対応点探索(非特許文献9)を用いて求める。得られた対応点を回転補正前の座標系に戻すことで、航路1と航路2のグランドレンジ画像上での対応点を得ることができる。最後に、グランドレンジ画像間の対応点ペアに、地上投影変換と逆の変換を行うことで、各航路のスラントレンジ画像上の対応点を求める。
<4.3 パラメータの最適化と3次元計測>
グランドレンジ画像間の回転角度と平行移動量から求めた外部パラメータは、厳密に正しい値ではない。地上投影変換でZR=0を仮定しているので、画像間の平行移動量に、航路の違いによる平行移動量とジオメトリック画像変調による平行移動量が含まれてしまい、両者の区別がつかないことが原因である。また、内部パラメータには、計測による誤差が含まれていると考えられる。そこで、バンドル調整に基づく再投影誤差の最小化により、内部または/および外部パラメータの最適化を行う。
【0052】
最適化を行う内部または/および外部パラメータをP、各航路におけるスラントレンジ画像上のN個の対応点ペアをm1、i=(u1、v1i、m2、i=(u2、v2i、(1≦i≦N)とする。このとき、次式で定義されるコスト関数E(P)の最小化を行う。
【0053】
【数8】
【0054】
ここで、mrep、i(P)は、対応点ペアm1、i、m2、iとパラメータPを用いて、3次元計測の理論式に基づいて復元した3次元点をレーダ画像投影モデルにより再度2次元平面に投影した点の座標(urep、i、vrep、i)を表す。また、mrep1、i(P)は、航路1のスラントレンジ画像上に再投影した点の座標を表し、mrep2、i(P)は、航路2のスラントレンジ画像上に再投影した点の座標を表す。
【0055】
航路iを世界座標系として定義した場合の3次元計測の理論式を利用して求めたコスト関数をEi(P)とする。このとき、最小化を行うコスト関数E(P)を以下のように定義する。
【0056】
【数9】
【0057】
数9で定義されるコスト関数は非線形関数である。このコスト関数の最小化を行う方法は、多変数関数の最適化問題として既によく知られており、一例として、ここでは、非線形最小二乗アルゴリズムの1つであるレーベンベルグ−マルカート(Levenberg-Marquardt)法によりコスト関数の最小化を行う。そして、コスト関数E(P)が最小となるときのパラメータPを最適化されたパラメータとして用いる。以上により求めた内部および外部パラメータとスラントレンジ画像間の対応点ペアを用いて、数7に基づいて3次元計測を行う。
【実施例2】
【0058】
上記実施例の特殊な例として、図9に示すように、2つの航路1と航路2が直交している場合の簡単なケースについて、3次元計測を行う例を示す。これは、数5の余弦項がゼロとなり、正弦項が−1となる場合である。また、簡単のため、ここでは航路1、航路2のそれぞれで観測した場合のディジタル画像(u´,v´)、(u,v)における対象物の位置はそれぞれ同定されているものとする。
【0059】
この場合の、ディジタル画像と3次元空間の変換式は以下の通りである。
【0060】
【数10】
【0061】
航路1、航路2に対する上記変換式は、それぞれ以下の数11、数12の通りである。
【0062】
【数11】
【0063】
【数12】
【0064】
図9からR1系とR2系の関係は、この例ではφ=−90°に相当し、(XR2,YR2,ZR2)≡(X,Y,Z)とすると、次式となる。
【0065】
【数13】
【0066】
数11、12、13から次の式を得る。
【0067】
【数14】
【0068】
数14から対象物の次の3次元座標を得ることができる。
【0069】
【数15】
【0070】
航路1が航路2と直交する様にすることで、ディジタル画像(u,v)、(u´,v´)における対象物の位置を同定することが容易になり、3次元座標を容易に求めることができる、という利点がある。
【0071】
しかし、本実施例では、航路1、2が直交から2°ずれた場合、標高が10%程度ずれる。この様に、この角度のずれが標高誤差に与える影響が比較的大きいため、上記のバンドル調整は重要である。
【実施例3】
【0072】
<5.精度評価実験>
本発明で提案する2枚のSAR画像から3次元計測を行う手法の計測精度を国土地理院より公開されている数値標高モデルと比較することで評価する。
<5.1データセット>
本実験で用いるSAR画像は、情報通信研究機構が開発した航空機SARであるPi−SAR2により取得されたものである。観測場所は茨城県東茨城郡城里町であり、観測領域はおよそ5km×5kmである。本実験で使用したSAR画像を図7に示す。SAR画像の大きさは、図7(a)が20,000×10,713ピクセル、図7(b)が20,000×10,338ピクセルである。これらのSAR画像を取得したときのPi−SAR2の撮影諸元を表1に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
<5.2実験方法>
まず、本発明を用いて2枚のSAR画像から地表面の3次元計測を行う。そして、復元した3次元点群と、真値であるDEMの3次元メッシュモデルをICP(Iterative Closest Point)により位置合わせをし、標高の残差で評価する。国土地理院によって公開されているDEMは、航空レーザー測量によって計測したデータから、建物および橋などの人工構造物や樹木などの植生をフィルタリング処理によって除去し、5m間隔に標高を内挿補間して求めた数値標高モデルデータである。本発明によって求められる3次元点群が1m間隔であるのに対し、DEMは5m間隔の点群である。そのため、3次元点群であるDEMをドロネー三角形分割により3次元メッシュに変換して精度評価を行う。
【0075】
本実施例の地上投影変換では、約20,000×10,000ピクセルの画像を5,000×5,000ピクセルの画像へと変換する。観測領域は5,000×5,000m2であるため、画像全体の分解能は、1ピクセルあたり1mである。内部パラメータは、既知であるとし、表1の値を用いる。POCに基づく画像マッチングのウィンドウサイズは、128×128ピクセルとする。画像マッチングを行う領域は、2つのSAR画像間で共通する領域でなければならない。そこで、基準点は、5,000×5,000ピクセルの画像の共通領域である3,200×3,200ピクセルの領域に配置する。また、POC関数のピークによる誤対応除去の閾値を0.15に設定する。
【0076】
バンドル調整により最適化を行うパラメータは、航路i(i=1、2)におけるレーダ入射角θi、スラントレンジ方向の分解能の逆数αvi、外部パラメータRの回転角度φ、外部パラメータtのxおよびy成分であるtxおよびtyの7つである。
<5.3実験結果>
地上投影変換後のグランドレンジ画像と標高マップを図8に示す。図8(a)および(b)は、それぞれ航路1および航路2の地上投影変換後のグランドレンジ画像である。図8(c)は、画像マッチングの際に基準点を配置した領域をグランドレンジ画像から抽出したものである。図8(d)は、バンドル調整前のパラメータを用いて計算した標高マップである。図8(e)は、バンドル調整で最適化されたパラメータを用いて計算した標高マップである。図8(f)は、国土地理院の基盤地図情報(数値標高モデル)データ5mメッシュ(標高)を使用した標高マップである。また、本発明の手法によって計算された3次元点群とDEMとの残差と3次元復元点数を表2に示す。
【0077】
【表2】
【0078】
【表3】
【0079】
バンドル調整前後のパラメータ値と再投影誤差を表3に示す。以上の結果から、本発明を用いることで10m以下の誤差で3次元計測が可能であることが確認できる。また、図8(d)、(e)、(f)から、バンドル調整を用いてパラメータの最適化を行うことで、高精度な3次元点群を取得できることがわかる。SAR画像の3次元計測においても、コンピュータビジョンで用いられているバンドル調整が有効であることを示している。
【0080】
本実験で真値として用いたDEMは、人工物や樹木などの影響を除去した地表面の標高モデルである。これに対して、実験で使用したSAR画像は、樹木などを含めたデータであり、このSAR画像から求めた3次元点は、樹木の高さに相当する数メートル分の誤差が含まれている。本実験では真値にDEMを用いているが、建物や樹木などの高さを含んだ地表モデルである数値表層モデル(DSM:Digital Surface Model)を用いることができれば、提案手法の計測誤差は小さくなると考えられる。
【0081】
また、計測誤差が生じる原因に、レーダ画像特有のジオメトリック画像変調やスペックルノイズによる画像マッチングへの影響が考えられる。そのため、これらを考慮したSAR画像のための画像マッチングアルゴリズムを検討する必要がある。たとえば、Dellingerらは、スペックルノイズを考慮したSAR画像のためのSIFTアルゴリズムを提案している(非特許文献10)。
【0082】
ジオメトリック画像変調の中でも、陰影効果が生じている箇所は、受信信号が0でありデータが存在しない領域であるため、マッチングを正しく行うことができない。表2に示したように最大残差が77mであったが、明らかに誤対応点を用いて3次元計測をした結果であり、全体の計測精度を悪化させる原因となっている。このような影響を除去するためには、画像中の陰影領域を抽出し、陰影領域に基準点を配置しないで画像マッチングを行う必要がある。また、3枚以上のSAR画像から陰影領域が生じないように適切に画像選択を行うことで、陰影効果による影響を受けずに3次元計測を行えることが容易に予想される。
【産業上の利用可能性】
【0083】
最も本発明の効果が発揮される利用例として対自然災害の緊急SAR観測時における3次元計測が挙げられる。衛星SARによるInSARの場合、周回軌道の制約から3次元計測結果を得るには、通常、数日間以上の日数を要する。例えば陸域観測技術衛星だいちの場合、周回周期の半分の23日程度以上と考えられる。また、従来のレーダ測量法の場合、高精度な3次元計測結果を得るためには予めGCP取得の為に災害現場での地上作業が必要とされる上、精密な軌道情報の配信を待つ必要があると考えられる。災害規模によっては現地での地上作業が不可能である事も有り得る事は容易に想像できる。
【0084】
本発明による3次元計測手法は、精密な軌道情報、及びGCP取得の為の地上作業を必要としないことから観測画像取得後、即時に3次元計測結果を得る事ができると考えられる。
【0085】
また、本発明をInSARと併用することによって、InSARの欠点である、位相の2πの不定性を克服することができる。つまり、InSARにおける位相の2πの不定性を本発明による結果によって解消することで、正確なSAR図から正確な立体地形図を形成することができるようになる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9