特許第6422044号(P6422044)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日立金属株式会社の特許一覧
<>
  • 特許6422044-摺動構造体および摺動構造体の摺動方法 図000005
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6422044
(24)【登録日】2018年10月26日
(45)【発行日】2018年11月14日
(54)【発明の名称】摺動構造体および摺動構造体の摺動方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20181105BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20181105BHJP
   C21D 8/00 20060101ALN20181105BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20181105BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/00 302Z
   C22C38/60
   !C21D8/00 A
   !C21D8/00 D
   !C21D9/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-525492(P2018-525492)
(86)(22)【出願日】2017年9月20日
(86)【国際出願番号】JP2017033812
(87)【国際公開番号】WO2018056282
(87)【国際公開日】20180329
【審査請求日】2018年5月15日
(31)【優先権主張番号】特願2016-183058(P2016-183058)
(32)【優先日】2016年9月20日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】久保田 邦親
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−002333(JP,A)
【文献】 特開2006−169624(JP,A)
【文献】 国際公開第2004/003246(WO,A1)
【文献】 国際公開第2016/152967(WO,A1)
【文献】 特開2009−174017(JP,A)
【文献】 特開2014−019920(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/034086(WO,A1)
【文献】 特表2008−513695(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/00
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.1〜1.6%、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、P:0.06%以下、S:0.01〜0.12%、Cu:0.1〜1.0%、Ni:0.3〜1.5%、Cr:0.5〜13.0%、(Mo+1/2W)の関係式によるMoおよびWのうちの1種または2種:0.1〜1.7%、V:0〜0.7%、Al:0.1〜0.7%、Nb:0.03〜0.3%、残部Feおよび不純物の成分組成を有する摺動部品であり、大気中で500℃に加熱した後の前記摺動部品の摺動面の成分組成が2.0〜10.0原子%のCuを含み、前記摺動部品の摺動面の硬さが40〜64HRCである摺動部品が、該摺動部品の摺動面に潤滑油が介在する環境下で、相手部品の摺動面と摺動するように構成された摺動構造体であり、前記相手部品の摺動面の硬さが40〜64HRCであり、前記相手部品が金属材料からなることを特徴とする摺動構造体。
【請求項2】
前記潤滑油が炭化水素系潤滑油を含むことを特徴とする請求項に記載の摺動構造体。
【請求項3】
質量%で、C:0.1〜1.6%、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、P:0.06%以下、S:0.01〜0.12%、Cu:0.1〜1.0%、Ni:0.3〜1.5%、Cr:0.5〜13.0%、(Mo+1/2W)の関係式によるMoおよびWのうちの1種または2種:0.1〜1.7%、V:0〜0.7%、Al:0.1〜0.7%、Nb:0.03〜0.3%、残部Feおよび不純物の成分組成を有する摺動部品であり、大気中で500℃に加熱した後の前記摺動部品の摺動面の成分組成が2.0〜10.0原子%のCuを含み、前記摺動部品の摺動面の硬さが40〜64HRCである摺動部品と相手部品とを、前記摺動部品の前記相手部品との摺動面に潤滑油を介在させた環境下で摺動させる摺動構造体の摺動方法であり、前記相手部品の摺動面の硬さが40〜64HRCであり、前記相手部品が金属材料からなることを特徴とする摺動構造体の摺動方法。
【請求項4】
前記潤滑油が炭化水素系潤滑油を含むことを特徴とする請求項に記載の摺動構造体の摺動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、内燃機関に組み込まれるピストンリングやカムローブ等の、各種摺動環境に用いられる摺動部品に関するものである。そして、これら摺動部品が組み込まれて構成される、内燃機関等の摺動構造体と、この摺動構造体の摺動方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、内燃機関の構成部品であるピストンリング、カムローブ、タペット、ピストンピン、シリンダライナー、ミッションギア、スラストプレートやベーン等の、摺動構造体を構成する摺動部品には、その素材としてJIS鋼種であるSUJ2やSKD11が用いられてきた。また、素材の成分組成を改良したことで、素材に優れた摺動特性(自己潤滑特性)を付与し、耐摩耗性を向上したプレス金型が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−002333号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のプレス金型は、その自己潤滑特性の発現によって、優れた耐摩耗性を有する。しかし、上記した用途の摺動部品の場合、その摺動面での摺動形態は、プレス金型等と違って、高い面圧下で、高速で往復摺動が繰り返されるといった過酷なものである。あるいは、そのような高い面圧下で、高速で同じ相手部品と摺動が繰り返されたり、高速かつ短時間で複数回の摺動が繰り返されたりするといった過酷なものである。よって、摺動部品には、更なる摺動特性の向上が求められていた。
【0005】
本発明の目的は、摺動特性に優れた摺動部品を提供することである。そして、この摺動部品を具備した摺動構造体と、摺動構造体の摺動方法とを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、質量%で、C:0.1〜1.6%、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、P:0.06%以下、S:0.01〜0.12%、Cu:0.1〜1.0%、残部Feおよび不純物の成分組成を有する摺動部品であり、大気中で500℃に加熱した後の上記の摺動部品の摺動面の成分組成が、2.0〜10.0原子%のCuを含む摺動部品である。
このとき、上記の摺動部品の成分組成は、質量%で、さらに、Ni:1.5%以下、Cr:13.0%以下、(Mo+1/2W)の関係式によるMoおよびWのうちの1種または2種:1.7%以下、V:0.7%以下、Al:0.7%以下、Nb:0.3%以下のうちの1種または2種以上を含んでもよい。
また、上記の摺動部品の摺動面の硬さは、40〜64HRCであることが好ましい。
【0007】
そして、本発明は、上記した本発明の摺動部品が、この摺動部品の摺動面に潤滑油が介在する環境下で、相手部品の摺動面と摺動するように構成された摺動構造体である。好ましくは、上記の相手部品が金属材料からなる摺動構造体である。また、好ましくは、上記の潤滑油が炭化水素系潤滑油を含む摺動構造体である。
【0008】
また、本発明は、上記した摺動部品と相手部品とを、この摺動部品の相手部品との摺動面に潤滑油を介在させた環境下で摺動させる摺動構造体の摺動方法である。好ましくは、上記の相手部品が金属材料からなる摺動構造体の摺動方法である。また、好ましくは、上記の潤滑油が炭化水素系潤滑油を含む摺動構造体の摺動方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、摺動部品の摺動特性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例で行った往復動摩擦摩耗試験を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
各種の摺動構造体を構成する多くの摺動部品は、ピストンリングやカムローブといった内燃機関の構成部品に代表されるように、その摺動面が、高い面圧下で、高速で繰り返し摺動するといった過酷な環境に曝される。そして、これらの摺動部品は、その摺動面に潤滑油が介在する環境下で、相手部品の摺動面と摺動して、使用されている。このような環境下で、本発明の摺動部品は、自己潤滑特性が効果的に発揮されて、摺動部品の耐摩耗性が向上することを突きとめた。以下、本発明の構成要件について、説明する。
【0012】
(1)本発明の摺動部品は、質量%で、C:0.1〜1.6%、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜3.0%、P:0.06%以下、S:0.01〜0.12%、Cu:0.1〜1.0%、残部Feおよび不純物の成分組成を有する。
上記の成分組成において、特に、本発明の摺動部品を特徴付けるのが、その自己潤滑特性の発現に大きく寄与する「SとCuとを共に含有する点」である。従来、SおよびCuは、鉄鋼材料の熱間加工性を阻害する元素であるとして、殆どの鉄鋼材料で積極的に添加されることのない元素であった。以下、本発明の摺動部品の成分組成について、その作用効果を説明する。
【0013】
・C:0.1〜1.6質量%(以下、単に「%」と記す。)
Cは、基地中に固溶して、摺動部品に強度を付与する元素である。また、炭化物を形成して、摺動部品の耐摩耗性や耐焼付き性を高める元素である。しかし、Cが多くなり過ぎると、基地に固溶するC量が増加して、摺動部品の形状に仕上げるときの被削性が劣化する。また、粗大な炭化物が生成されて、焼入れ時の熱処理変寸が大きくなる。よって、Cは、0.1〜1.6%とする。好ましくは0.2%以上である。より好ましくは0.4%以上である。更に好ましくは0.7%以上である。特に好ましくは0.9%以上である。また、好ましくは1.3%以下である。より好ましくは1.1%以下である。
【0014】
・Si:0.1〜3.0%
Siは、摺動部品の耐高温軟化特性を向上させる元素である。しかし、Siが多過ぎると、組織中のデルタフェライトの形成が顕著になり、摺動部品の硬さの維持を阻害する。よって、Siは、0.1〜3.0%とする。好ましくは0.2%以上である。より好ましくは0.3%以上である。更に好ましくは0.5%以上である。特に好ましくは0.9%以上である。また、好ましくは2.0%以下である。より好ましくは1.5%以下である。更に好ましくは1.1%以下である。
【0015】
・Mn:0.1〜3.0%
Mnは、焼入れ性を高める元素である。しかし、多過ぎると、被削性が劣化する。よって、Mnは、0.1〜3.0%とする。好ましくは0.2%以上である。より好ましくは0.3%以上である。更に好ましくは0.4%以上である。また、好ましくは1.0%以下である。より好ましくは0.6%以下である。更に好ましくは0.5%以下である。
【0016】
・P:0.06%以下
Pは、通常、添加しなくても、不可避的に含有し得る元素である。そして、摺動部品の靱性を阻害する元素である。よって、0.06%以下とする。好ましくは0.05%以下とする。より好ましくは0.03%以下とする。さらに好ましくは0.02%以下とする。
【0017】
・S:0.01〜0.12%
Sは、後述するCuと共に、本発明の摺動部品の自己潤滑特性の向上に寄与する元素である。本発明者は、特許文献1の成分組成を有する摺動部品を、その摺動面に潤滑油が介在した環境で使用したときに、摺動面に生じている現象を調査した。その結果、この使用中において、摺動部品と相手部品との摺動面どうしが焼付きを生じる程の高い面圧で接触すると、摺動部品の摺動面に吸着した潤滑油中の有機物成分が脱水素化されて、これがダイヤモンドやグラファイト等の物質に変化することを知見した。そして、これらダイヤモンドやグラファイト等の中でも、周期的に硫酸イオンまたは硫酸分子が挟み込まれた結晶構造を有する「グラファイト層間化合物」は、摺動部品の自己潤滑特性を向上させて、お互いの摺動面間の摩擦係数を低く維持できることを見いだした。
【0018】
そして、摺動部品中のSは、その使用中の摺動面において酸化され、硫酸イオンを生成する。そして、この生成された硫酸イオンが、グラファイト層間に挟み込まれて、上記のグラファイト層間化合物の形成を促す。または、この生成された硫酸イオンが、上記した潤滑油の脱水素化で生成された水素イオンと結合して、硫酸分子となり、これがグラファイト層間に挟み込まれて、上記のグラファイト層間化合物の形成を促す。これにより、グラファイトのC軸方向の面間隔が大きくなって、ナノレベルの状態でグラファイトがダイヤモンドに同素変態することを抑制し、すべりの自由度を高め潤滑性が向上する。しかし、摺動部品中のSが過剰になると、グラファイト層間に挟み込めない程の、過剰の硫酸イオンが摺動面に生成される。そして、この過剰の硫酸イオンが摺動面の損傷を助長して、自己潤滑特性の発現を阻害する。よって、Sは、0.01〜0.12%とする。好ましくは0.03%超である。より好ましくは0.04%以上である。さらに好ましくは0.05%以上である。また、好ましくは0.09%以下である。より好ましくは0.08%以下である。
【0019】
・Cu:0.1〜1.0%
Cuは、上記のSと共に、本発明の摺動部品の自己潤滑特性の向上に寄与する元素である。つまり、Cuは、上記の「グラファイト層間化合物」を生成するための触媒作用を示す元素である。Cuは、焼入れ焼戻し後の摺動部品において、その摺動面に濃化して、極く微量を析出させることができる。そして、摺動面に析出したCuは、グラファイト層間化合物に収納しきれなかった、硫酸あるいは硫酸イオンをCuSOにして固定化するので、極圧添加剤でみられるような過剰添加による腐食摩耗を抑制する。
しかし、Cuを過剰に含有すると、素材の赤熱脆化を招いて、熱間加工性が劣化する。よって、Cuは、0.1〜1.0%とする。好ましくは0.2%以上である。より好ましくは0.3%以上である。また、好ましくは0.8%以下である。より好ましくは0.6%以下である。さらに好ましくは0.5%以下である。
【0020】
以上の基本的な成分組成によって、本発明の摺動部品に自己潤滑特性を付与することができる。そして、この自己潤滑特性は、特に、その使用中の摺動面に潤滑油を介在させたときに、摺動面に介在する潤滑油の「摩擦による変質挙動」を利用して発揮される。よって、本発明に係る自己潤滑特性の発現には、その使用中の相手部品との間で、潤滑油を介在させることが好ましい。そして、この潤滑油について、例えば、炭化水素系といった潤滑油を含むことが好ましい。上記の自己潤滑特性の発現には、潤滑油が介在してさえすればよく、相手部品について、幅広い素材(材質)の選択が可能である。
【0021】
相手部品の材料には、各種の金属材料や樹脂材料を用いることができる。そして、種々の摺動環境に耐え得る機械的特性に対応しやすい点で、相手部品は、金属材料からなることが好ましい。金属材料としては、例えば、各種の鋼や、鋳鉄、アルミニウム、アルミニウム合金等が挙げられる。また、鋳鉄の場合、球状黒鉛鋳鉄が挙げられる。そして、鋼の場合、例えば、JIS鋼種であるSUJ2やSKD11を用いることができる。あるいは、本発明の摺動部品の成分組成の範囲を満たす金属材料を用いることができる。これら相手部品の摺動面の硬さは、好ましくは、40〜64HRCの範囲から選択することができる。より好ましくは45HRC以上である。さらに好ましくは50HRC以上である。特に好ましくは55HRC以上である。また、より好ましくは63HRC以下である。さらに好ましくは62HRC以下である。なお、上記の硬さは“常温”で測定したときのものである。
【0022】
また、本発明の摺動部品の成分組成には、上記した元素種の他に、下記する元素種のうちの1種または2種以上の元素を含むことが可能である。
【0023】
・Ni:1.5%以下
Niは、優れた焼入性を付与する元素である。また、後述するAlと共に含有した場合、焼入れ焼戻し工程で、Alと結合してNi−Al系金属間化合物を析出し、摺動部品の硬さの維持に寄与する元素である。しかし、Niが多過ぎると、焼入れ焼戻し前の焼鈍状態において、摺動部品の形状に加工するときの被削性が劣化する。よって、Niは、必要に応じて、1.5%以下を含有することができる。好ましくは1.0%以下である。より好ましくは0.8%以下である。さらに好ましくは0.6%以下である。特に好ましくは0.5%以下である。また、Niを含有する場合、好ましくは0.3%以上である。より好ましくは0.4%以上である。
【0024】
・Cr:13.0%以下
Crは、基地の焼入れ性を高める元素である。また、上述のCと炭化物を形成して、摺動部品の耐摩耗性や耐焼付き性を高める元素である。しかし、炭化物の増加は、被削性を劣化させる。よって、Crは、必要に応じて、13.0%以下を含有することができる。好ましくは11.0%以下である。より好ましくは10.0%以下である。さらに好ましくは9.0%以下である。特に好ましくは8.5%以下である。また、Crを含有する場合、好ましくは0.5%以上である。より好ましくは2.5%以上である。さらに好ましくは5.0%以上である。特に好ましくは7.5%以上である。
【0025】
・(Mo+1/2W)の関係式によるMoおよびWのうちの1種または2種:1.7%以下
MoおよびWは、焼入れ焼戻し後の組織中に微細な炭化物を形成して、摺動部品に疲労強度を付与する元素である。しかし、多過ぎると、被削性や靭性の低下を招く。
MoおよびWは、単独または複合で含有することができる。そして、この際の含有量は、WがMoの約2倍の原子量であることから、(Mo+1/2W)の式で定義されるMo当量で一緒に規定できる。そして、MoおよびWは、必要に応じて、その1種または2種を、(Mo+1/2W)の値で1.7%以下を含有することができる。好ましくは1.5%以下である。より好ましくは1.3%以下である。さらに好ましくは1.2%以下である。また、MoおよびWを含有する場合、好ましくは0.1%以上である。より好ましくは0.4%以上である。さらに好ましくは0.8%以上である。特に好ましくは1.0%以上である。
【0026】
・V:0.7%以下
Vは、焼入れ性の向上のために含有することができる。但し、硬質のVC炭化物を形成するため、過剰のVの含有は被削性を阻害する。よって、Vは、必要に応じて、0.7%以下を含有することができる。好ましくは0.5%以下である。より好ましくは0.3%以下である。さらに好ましくは0.2%以下である。
【0027】
・Al:0.7%以下
Alは、製鋼時の脱酸剤として使用される。そして、上記のNiと共に含有した場合、Niと結合してNi―Al系金属間化合物を形成し、摺動部品の硬さの維持に寄与する元素である。しかし、Alが多過ぎると、組織中のデルタフェライトの形成が顕著になり、摺動部品の硬さの維持を阻害する。よって、Alは、必要に応じて、0.7%以下を含有することができる。好ましくは0.5%以下である。より好ましくは0.45%以下である。更に好ましくは0.4%以下である。また、Alを含有する場合、好ましくは0.1%以上である。より好ましくは0.15%以上である。さらに好ましくは0.25%以上である。特に好ましくは0.3%以上である。
【0028】
・Nb:0.3%以下
Nbは、Vと同様、焼入れ性の向上のために含有することができる。但し、過剰のNbの含有は被削性を阻害する。よって、Nbは、必要に応じて、0.3%以下を含有することができる。好ましくは0.2%以下である。より好ましくは0.15%以下である。なお、Nbを含有する場合、好ましくは0.03%以上である。より好ましくは0.05%以上である。さらに好ましくは0.07%以上である。
【0029】
Ca、Mg、O(酸素)、N(窒素)は、不純物として素材中に残留する可能性のある元素である。本発明において、これら元素はできるだけ低い方が好ましい。しかし一方で、介在物の形態制御や、その他の機械的特性、そして製造効率の向上といった付加的な作用効果を得るために、少量を含有してもよい。この場合、Ca≦0.02%、Mg≦0.02%、O≦0.03%、N≦0.05%の範囲であれば十分に許容でき、本発明の好ましい規制上限である。
【0030】
(2)本発明の摺動部品は、この摺動部品の摺動面の成分組成が、大気中で500℃に加熱した後の状態において、2.0〜10.0原子%のCuを含むものである。
上述の通り、使用中の摺動部品において、その摺動面にグラファイト層間化合物を形成させると、摺動部品の摺動特性を向上させることができる。このとき、摺動部品が含んでいるCuは、上記のグラファイト層間化合物を生成させる触媒作用を有している。したがって、使用中の摺動部品の摺動面には、摺動部品が含んでいるCuを“積極的に”濃化させることが、摺動部品の摺動特性の向上に効果的である。そして、この摺動面でのCuの濃化は、摺動部品の使用を開始してから時間が経って、摺動部品の摺動面の温度が上昇しているときに、十分量が濃化していることが、Cuの触媒作用がより有効に機能して、摺動部品の安定した使用の継続に効果的である。
【0031】
以上の知見に対して、上述の成分組成を有する摺動部品は、その使用による摺動面の温度上昇によって、Cuが濃化する性質を有している。そして、内燃機関の構成部品といった摺動部品の場合、その使用中の摺動面は大気に曝されて、かつ、摺動面の温度は数百度になることを想定すれば、使用前における摺動部品の摺動特性を評価するときの摺動面のCu量(つまり、Cu濃化量)は、その摺動部品を大気中で500℃に加熱したときの値を基準とすることが、合理的である。そして、本発明の場合、上記の使用前の摺動部品を大気中で500℃に加熱したときの摺動面のCu量は、この大気中で500℃に加熱した後の摺動面を、例えば、室温にまで冷却してから、分析することができる。このとき、上記の摺動面の加熱は、摺動部品の全体が500℃に到達したときより、この摺動部品を1時間以上保持してから、冷却することができる。また、このとき、上記の冷却は、500℃から室温までを、例えば、空冷で行うことができる。そして、これら一連の工程を、大気中で行うことができる。そして、この大気中で500℃に加熱した後の摺動部品の摺動面において、摺動面の成分組成のCu量が「2.0原子%以上」であれば、使用中の摺動部品の摺動面に十分量のCuを濃化させることができて、上述の成分組成を有する摺動部品の摺動特性を更に向上させることができる。上記の摺動面のCu量について、好ましくは3.0原子%以上である。より好ましくは4.0原子%以上である。
但し、500℃に加熱した後の摺動部品で、上記した摺動面のCu量が増えすぎると、このCuが粒界に偏在して、一種の赤熱脆性のように脆くなり、かえって摺動部品の摺動特性が低下する。よって、上記した摺動面のCu量は「10.0原子%以下」とする。好ましくは8.0原子%以下である。より好ましくは7.0原子%以下である。
【0032】
本発明の摺動部品において、これを大気中で500℃に加熱したときに、その加熱後の摺動面に上記のCuが濃化するメカニズムは、次の通りと考えられる。まず、摺動部品が大気中で加熱されることで、その摺動面に、摺動部品を構成する元素(例えば、FeやCr等)の酸化物が“酸化膜として”形成される。そして、この酸化物に対するCuの固溶度は小さいことから、摺動部品中のCuが上記の酸化膜上に“染み出てきて”、摺動部品の摺動面にCuが濃化すると考えられる。よって、上記の「2.0〜10.0原子%」のCu量は、この酸化膜(不純物を含む)の成分組成を測定したときに得られる値であると考えられる。この濃化したCuは、専ら「単体」の状態で存在しているから、上記したCuの触媒作用を発揮させるのに有利である。
【0033】
このような摺動部品は、上述の成分組成に調整した上で、以下の製造条件によって、達成が可能である。例えば、出発材料となる鋳塊の作製段階において、鋳型に注がれた溶湯を、その固相−液相の共存域を速く通過するように冷却すること、例えば、10分以内の冷却時間で冷却することが有効である。また、さらに、熱間加工前の素材に、1130〜1180℃の高温で長時間の(例えば、10時間以上の)均質化処理を行うことが有効である。そして、上記の熱間加工において、その鍛錬成形比(断面積比)が7S以上の実体鍛錬を行うことが有効である(「S」は、実体鍛錬を示す記号である)。これらの条件によって、摺動部品の内部に濃化する「Cu偏析」を抑えることができ、使用中の摺動部品における摺動面でのCu量の確保に効果的である。
【0034】
(3)好ましくは、本発明の摺動部品は、その摺動面の硬さが「40〜64HRC」である。
摺動部品の摺動面の硬さを高くすることで、摺動面の耐摩耗性を向上させることができる。但し、上記の摺動面の硬さが高くなり過ぎると、摺動時に潤滑油中の有機物成分がダイヤモンド化しやすく、摺動特性が低下する。よって、本発明の摺動部品は、その摺動面の好ましい硬さを40〜64HRCとする。より好ましくは45HRC以上である。さらに好ましくは50HRC以上である。特に好ましくは55HRC以上である。また、より好ましくは63HRC以下である。さらに好ましくは62HRC以下である。なお、上記の硬さは“常温”で測定したときのものである。
【0035】
このような摺動面の硬さは、例えば、摺動部品に焼入れ焼戻しを行うことで、付与することかできる。この場合、焼入れ温度は、例えば、850〜1100℃とすることができる。好ましくは900℃以上であり、より好ましくは950℃以上であり、さらに好ましくは1000℃以上である。また、好ましくは1080℃以下であり、より好ましくは1050℃以下である。そして、焼戻し温度は、例えば、150〜700℃とすることができる。好ましくは200℃以上であり、より好ましくは300℃以上であり、さらに好ましくは400℃以上であり、特に好ましくは450℃以上である。また、好ましくは650℃以下であり、より好ましくは600℃以下であり、さらに好ましくは550℃以下である。
【0036】
本発明の摺動部品に関しては、上記の焼戻しによって、その摺動部品の摺動面には、既に(つまり、大気中で500℃に加熱する前に)、Cuが濃化していることも考えられる。しかし、通常、焼入れ焼戻し後の摺動部品の表面には、仕上げの機械加工が施される。よって、本発明の摺動部品に関して、大気中で500℃に加熱する前から、その摺動面にCuが濃化していたとしても、この濃化したCuは、上記の機械加工によって、先述の酸化膜ごと、除去されている。本発明の場合、このような摺動部品であっても、これを大気中で加熱して使用したときに、その摺動面に“改めて”Cuが濃化するので、摺動部品の摺動特性を向上させることができる。
【0037】
本発明の摺動部品の場合、その摺動面に浸炭処理を行って、浸炭層を有した摺動面とすることができる。通常、浸炭処理の後には、続けて、焼入れおよび焼戻しが行われる。そして、この場合、本発明に係る「大気中で500℃に加熱した後の摺動部品の摺動面の成分組成」は、この焼入れ焼戻し後の浸炭層の表面の成分組成で評価される。そして、本発明に係る「摺動面の硬さ」は、この浸炭層の表面の硬さで評価される。
【実施例】
【0038】
所定の成分組成に調整した溶湯を鋳造して、表1の成分組成を有する素材A、Bの鋳塊を準備した。素材Bは、JIS−G−4404の規格鋼種である冷間工具鋼SKD11である。なお、素材A、Bにおいて、Ca、Mg、O、Nは無添加であり、Ca≦0.02%、Mg≦0.02%、O≦0.03%、N≦0.05%であった。そして、鋳型への注湯後において、素材A、B共にほぼ同じ冷却速度とし、固相−液相の共存域の冷却時間は、素材Aで10分、素材Bで7分とした。
【0039】
【表1】
【0040】
素材Aの鋳塊に、1170℃で10時間の均質化処理を行った。そして、この均質化処理を行った後の素材Aを1100℃に加熱して、この加熱した素材Aに、鍛錬成形比(断面積比)が7Sの実体鍛錬による、熱間加工を行った。なお、素材Bの鋳塊については、均質化処理を行わずに、1100℃に加熱して、この加熱した素材Bに、鍛錬成形比(断面積比)が7Sの実体鍛錬による、熱間加工を行った。
そして、熱間加工を終えた素材A、Bの両方に、840℃の焼鈍を行った後、所定の形状に機械加工してから、1030℃からの真空焼入れと、500℃の焼戻しを行い(狙い硬さは、素材A:62HRC、素材B:58HRC)、その後、仕上げを含む機械加工を行って、摺動部品A、Bを作製した。
【0041】
次に、摺動部品A、Bに、後述の往復動摩擦摩耗試験を行うに際して、まず、摺動部品A、Bの摺動面を大気中で500℃に加熱したときの、その摺動面の成分組成のCu量を測定した。測定の要領は、次の通りである。まず、上記の摺動面を含む摺動部品の全体を、大気中で500℃に加熱した。次に、この加熱した状態の摺動部品を、全体の温度が500℃に到達してから1時間保持し、この後に室温まで空冷にて冷却した。そして、この冷却後の摺動部品の摺動面の表面をXPS(X線光電子分光装置)で分析して(線源:Co−Kα)、結合エネルギーが925〜970eVの範囲のCu量(金属Cuの量に加えて、Cu酸化物を形成しているCuの量を含む)を定量した。なお、XPSによる測定の際、摺動面には、表面エッチング等の前処理を行わなかった。そして、摺動面の分析において、残部はFeやCrの酸化物であった。結果を、摺動面の常温での硬さと共に、表2に示す。
【0042】
【表2】
【0043】
そして、摺動部品A、Bの摺動面に対して、図1の模式図で示す往復動摩擦摩耗試験を行って、摺動部品A、Bの自己潤滑特性(摺動特性)を評価した。図1において、試験片1が摺動部品を構成する。試験片1の形状は、直径8mm×長さ20mmの円柱状であり、その周面が摺動面である。相手材2は、JIS−G−4805の規格鋼種である軸受鋼SUJ2(硬さ55HRC)とした。試験条件は、最大速度を0.3m/sとし、潤滑油3として、室温の炭化水素系エンジンオイル0W20を、相手材との摺動面間に0.5cc/s(=cm/s)の頻度で注油した。荷重は、摺動回数が50回に達した毎に100Nづつ増加させた。そして、摩擦係数が0.3以上に達したときを「焼付きの発生」として、そのときの摺動面積と焼付き荷重からPV値(=焼付き面圧×速度)を求めた。なお、試験後の摩擦痕は、通常、楕円形であり、上記の摺動面積は、この楕円形における「(短径側の半径)×(長径側の半径)×π」で算出した。結果を表3に示す。表3において、PV値が大きい程、摺動特性に優れる。そして、本発明例の摺動部品Aは、比較例の摺動部品Bと比較して、1.5倍を超えるPV値の増加が認められた。
【0044】
【表3】
【符号の説明】
【0045】
1 試験片
2 相手材
3 潤滑油
図1