特許第6422669号(P6422669)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6422669
(24)【登録日】2018年10月26日
(45)【発行日】2018年11月14日
(54)【発明の名称】車輪軸受装置
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/64 20060101AFI20181105BHJP
   F16C 19/18 20060101ALI20181105BHJP
   B60B 35/18 20060101ALN20181105BHJP
   B60B 35/14 20060101ALN20181105BHJP
【FI】
   F16C33/64
   F16C19/18
   !B60B35/18 A
   !B60B35/14 V
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-108109(P2014-108109)
(22)【出願日】2014年5月26日
(65)【公開番号】特開2015-224655(P2015-224655A)
(43)【公開日】2015年12月14日
【審査請求日】2017年4月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100101616
【弁理士】
【氏名又は名称】白石 吉之
(72)【発明者】
【氏名】梅木田 光
【審査官】 岡澤 洋
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−191909(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/035756(WO,A1)
【文献】 特開2011−241938(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/64
F16C 19/18
B60B 35/14
B60B 35/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪を回転自在に支持するための車輪軸受装置であって、外周に2列の軌道溝をもった内方部材と、内周に2列の軌道溝をもった外方部材と、前記内方部材の軌道溝と前記外方部材の軌道溝との間に介在する複数の転動体とを有し、前記内方部材の軌道溝及び前記外方部材の軌道溝を、熱処理後の焼入れ鋼切削により形成し、前記内方部材の軌道溝のうちの少なくともアウトボード側の軌道溝について、溝深さをh、前記転動体の直径をdとしたとき、h/dが0.50を超える車輪軸受装置。
【請求項2】
前記外方部材の軌道溝について、h/dが0.40を超える請求項1の車輪軸受装置。
【請求項3】
前記内方部材の軌道溝の溝深さをhi、前記玉の直径をdとしたとき、hi/dが0.63以下である請求項1又は2の車輪軸受装置。
【請求項4】
前記内方部材がハブ輪を有し、前記ハブ輪が前記2列の軌道溝のうちの一方を有し、前記ハブ輪の軌道溝の溝深さをhhとしたとき、hh/dが0.63以下である請求項1、2又は3の車輪軸受装置。
【請求項5】
前記外方部材の軌道溝について、h/dが0.56以下である請求項1から4のいずれか1項の車輪軸受装置。
【請求項6】
前記外方部材の、アウトボード側の軌道溝の溝深さをインボード側の軌道溝の溝深さよりも深くした請求項1の車輪軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は車輪軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車輪軸受装置は自動車の車輪を支持するためのもので、ハブベアリングと呼ばれることもあるが、駆動輪用と従動輪用がある。
【0003】
車輪軸受装置は転動体を介して相対回転自在の内方部材と外方部材とからなり、一方を車体に固定し、他方に車輪を取り付ける。したがって、車体に固定する部材が固定側、車輪を取り付ける部材が回転側となる。内方部材に車輪を取り付け、外方部材を車体側に固定するタイプを内輪回転タイプと呼び、内方部材を車体側に固定し、外方部材に車輪を取り付けるタイプを外輪回転タイプと呼ぶ。どちらのタイプであっても、車輪を取り付ける部材はハブフランジを有し、このハブフランジに植え込んだハブボルトとハブナットを利用して車輪(ホイール)を固定する。
【0004】
駆動輪用の車輪軸受装置は、駆動輪に動力を伝達する必要があるため、内輪回転タイプとなる。すなわち、車輪を取り付けるためのハブフランジをもった内方部材を、ナックルに固定した外方部材によって回転自在に支持し、内方部材をドライブシャフトと連結する。
【0005】
従動輪用の車輪軸受装置は、内輪回転タイプでも外輪回転タイプでも可能である。内輪回転タイプの場合、内方部材にハブフランジを設け、車体に固定した外方部材に内方部材を回転自在に支持させる。外輪回転タイプの場合、外方部材にハブフランジを設け、車体に固定した内方部材に外方部材を回転自在に支持させる。
【0006】
車輪軸受装置には、所望の軸受剛性を有し、ミスアライメントに対しても耐久性を発揮するとともに、燃費向上の観点からトルクが小さい複列アンギュラ玉軸受が多用されている。複列アンギュラ玉軸受は、軸受内輪(インナレース)と軸受外輪(アウタレース)との間に複列の玉列を介在させ、各列の玉に所定の接触角をもたせた軸受形式である。そして、軸受内輪に相当する内方部材は外周に2列の軌道溝を有し、軸受外輪に相当する外方部材は内周に2列の軌道溝を有し、向かい合って対をなす軌道溝間で複数の玉が転動する。各列の転動体は保持器によって円周方向に所定の間隔に保持されている。
【0007】
軌道溝の深さ、すなわち溝深さは、肩高さと呼ばれることもあるが、両者は全くの同義ではない。つまり、肩高さとは、軌道溝の底から肩の上面(内方部材の場合は外径面、外方部材の場合は内径面)までの距離をいう。これに対して、溝深さは、軌道溝の表面すなわち軌道面の端に設けた面取りや面つぶし、補助軌道面等を肩高さから除外した値をいう。したがって、通常、溝深さは肩高さよりも小さな値となる。ここで、補助軌道面とは、負荷容量が過大になったときの対策として軌道面の端に設ける擬似的な軌道面である。軌道溝を横断面で見ると円弧状であるが、補助軌道面は軌道溝の円弧とつながってはいても同じ曲率の円弧の延長線ではない。
【0008】
特許文献1の段落0006には、軌道溝の断面を構成する円弧状の曲線からなめらかに続いた補助軌道面が記載してある。このような補助軌道面を設けることで、次のような作用が期待されている。すなわち、軸受に大きなモーメント荷重が負荷されて接触角が増大したときに、接触楕円は軌道溝から補助軌道面にはみ出すことになる。しかし、補助軌道面は軌道溝を構成する円弧状の曲線から滑らかに続いているため、接触楕円が補助軌道面にはみ出しても、エッジロードの発生が防止される。また、補助軌道面は、軌道面をそのまま延長させた面に比べて傾斜が大きくて、ある程度の傾斜角度を確保することが可能であり、研削加工するときに、砥石の側面で加工する状態とはならないため、研削加工の加工時間の増加が避けられる。
【0009】
特許文献2の段落0005〜0008には、軌道溝の端に設けた、軌道溝を構成する円弧状の曲線からなめらかに続き、かつ、その曲線よりも曲率の小さな曲線または直線からなる断面形状を有する補助軌道面が記載してある。補助軌道面の作用は特許文献1について上に述べたところとほぼ同様であるが、特許文献2では、さらに補助軌道面の縁部に続く断面円弧状の面取り部を形成することで、接触楕円のエッジロードがより一層緩和されるようにしている。
【0010】
溝深さをh、玉径をdとすると、玉径dに対する溝深さhの比の値h/dは、従来、機能面と加工面から、内輪の場合でh/d<0.50、外輪の場合でh/d<0.40とされてきた。軌道溝を横断面で見たとき、h/dが0.50を越えると、軌道溝の側壁が内側に反り返る形状になるため、研削加工が困難になる。さらに、外輪の場合、h/dの上限は0.40となる。
【0011】
軌道溝の溝深さの上限が内輪では0.50dであるのに対して外輪では0.40dである理由は次のように説明される。内輪については、研削砥石の当て方次第では、h/dが0.50を超えても加工は可能であるが、加工工数の関係上、現実的に、h/d>0.50とすることは困難である。しかし、外輪については、精度を出すために複列の軌道溝を同時に研削するが、そのためには、軌道溝の断面形状に合致した輪郭の総形砥石を用い、その送りを切込み方向とするプランジ研削とするしかない。したがって、深い溝加工は困難であり、h/dは0.40が限度となる。
【0012】
なお、上述の補助軌道面を設けることにより、内輪でH/d>0.50は可能である。ここで、符号Hは補助軌道面を含めた肩高さを表し、符号hは補助軌道面を含まない溝深さを表す。つまり、従来、h/d>0.50の軸受はないが、H/d>0.50の軸受は存在する(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2007−085555号公報
【特許文献2】特開2011−241938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
車輪軸受装置では、車両の走行中にコーナリングや縁石乗り上げ等で過大荷重が車輪から入力されると、玉と軌道溝との接触楕円が肩に乗り上げ、肩に圧痕が付いて異音が発生する場合がある。こうした圧痕の問題を解決するためには、肩高さを高くする必要があるが、肩高さを高くした場合、重量アップや加工性の低下等の問題が生じ、コストアップの要因となって好ましくない。また、内輪については、肩高さを高くするとシールの断面高さがその分減少して十分な密封性を確保することができなくなる。
【0015】
また、軌道溝の断面形状は、軌道溝の底から肩に向かって徐々に立ち上がった形状である。したがって、従来の研削加工では、研削砥石の切り込み方向の押し付け力が肩付近ではあまり作用せず、ワークに対して砥石を押し付ける力が小さくなることから、加工時間が長くなったり、焼けが発生したり、といった問題がある。さらに、補助軌道面を設けた軸受では、超仕上げ加工ができないことや、形状の検査方法に課題がある。
【0016】
本発明の目的は、述べたような問題点を除去して、軸受のサイズアップなしでコンパクトな、高負荷荷重に耐えうる車輪軸受装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によれば、上記目的は、軌道溝の加工方法として熱処理後に切削を行う焼入れ鋼切削を採用し、かつ、補助軌道面を設けない円弧状の軌道面とし、溝深さをh/D≧0.50と大きくすることによって達成される。
【0018】
すなわち、本発明は、車輪を回転自在に支持するための車輪軸受装置であって、外周に2列の軌道溝をもった内方部材と、内周に2列の軌道溝をもった外方部材と、前記内方部材の軌道溝と前記外方部材の軌道溝との間に介在する複数の転動体とを有し、前記内方部材の軌道溝及び前記外方部材の軌道溝を焼入れ鋼切削により形成し、前記内方部材の軌道溝のうちの少なくともアウトボード側の軌道溝について、溝深さをh、前記転動体の直径をdとしたとき、h/dが0.50を超えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、焼入れ鋼切削の採用により、研削加工で課題となる研削砥石の切り込み方向と押し付け力の小さいことに起因する問題すなわち、加工時間の増加や焼け発生といった問題が解消し、h/d≧0.50を超える加工が可能である。したがって、従来は軸受サイズアップ等で対応した高負荷荷重に対し、肩高さを大きくすることで、サイズアップなし(コンパクト設計)の軸受を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施の形態を説明するための車輪用軸受装置の半断面図である。
図2図1におけるハブ輪の拡大図である。
図3】(A)は図1における内輪の拡大図、(B)は図3(A)の軌道溝部分の拡大図である。
図4】(A)は図1における外方部材の拡大図、(B)は図2(A)のインボード側の軌道溝部分の拡大図である。
図5図4(A)と類似の外方部材の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面に従って本発明の実施の形態を説明する。
【0022】
図1に示す車輪軸受装置は、駆動輪用の、第3世代と呼ばれるタイプであって、主要な構成要素として、軸受内輪に相当する内方部材10と、軸受外輪に相当する外方部材30と、2列の転動体28a、28bを有する。内方部材10と外方部材30は転動体28a、28bを介して相対回転自在の関係にある。なお、実施の形態は軸受形式が複列アンギュラ玉軸受であるため転動体として玉28a、28bを使用している。周知のとおり、各列の玉28a、28bは保持器29a、29bにより円周方向で所定間隔に保持される。
【0023】
ここで、車両に組み付けた状態で車両の中央寄りとなる側をインボード側と呼び、車両の外側寄りとなる側をアウトボード側と呼ぶ。そして、2列の玉のうち、インボード側の玉にはサフィックス「a」を付した符号28aをあて、アウトボード側の玉にはサフィックス「b」を付した符号28bをあててある。このような符号の付け方は軌道溝16a、16b、36a、36b、保持器29a、29b、シールSa、Sbについても同様である。
【0024】
内方部材10はハブ輪10Aと内輪10Bとで構成され、内輪軌道に相当する2列の軌道溝16a、16bが内輪10Bとハブ輪10Aに配分的に形成してある。
【0025】
ハブ輪10Aは、たとえばS53C等の炭素0.40〜0.80wt%の中炭素鋼で形成され、図2に示すように、筒状部12と、筒状部12のアウトボード側(図1図2では左側)の端部寄りに位置するハブフランジ14とを有する。図2中、符号hhはハブ輪10Aのインボード側軌道溝16bの溝深さを表している。
【0026】
ハブフランジ14は車輪(ホイール)及びブレーキロータを取り付けるためのフランジであって、円周方向に所定の間隔でハブボルト15が植え込んである。なお、図2は、ハブフランジ14にハブボルト15を植え込む前の状態のハブ輪10Aを示している。このハブボルト15に図示しないハブナットを締め付けることにより、車輪及びブレーキロータとハブフランジ14を締結するようになっている。
【0027】
ハブ輪10Aの、ハブフランジ14よりもアウトボード側の端部には、短筒状のパイロット部が設けてある。パイロット部は段付き円筒状で、小径部分がホイールパイロット20で、大径部分がディスクパイロット22である。それぞれ、車輪(ホイール)とブレーキロータを取り付ける際の案内と心出しをする役割を果たす。パイロット部の内径側は肉をぬすんで円筒形状の内周面24が形成してある。
【0028】
ハブ輪10Aの筒状部12は、軸方向に貫通したセレーション(又はスプライン。以下同じ。)孔26を有する。実施の形態の車輪軸受装置は駆動輪用であることから、ハブ輪10Aのセレーション孔26に図示しない等速自在継手の外側継手部材のセレーション軸を挿入してトルク伝達可能に連結するようになっている。等速自在継手の構造は周知であり、また、本発明と直接関係するものではないため、詳細な説明は省略する。
【0029】
ハブフランジ14のフランジ面のうち、アウトボード側の、ディスクパイロット22から半径方向に立ち上がったフランジ面13は、ブレーキロータを取り付けるためのディスク取り付け面となる。インボード側のフランジ面の付け根部分には、シールSbのシールリップを接触させるためのシールランド17が設けてある。シールランド17の小径側は軸方向に延びて軌道溝16bにつながっている。筒状部12のインボード側(図1図2では右側)の端部には円筒形状の小径軸部18が形成してある。
【0030】
ハブ輪10Aの小径軸部18は内輪10Bを支持する部分である。すなわち、内輪10Bを小径軸部18に締まりばめではめ合わせ、小径軸部18から半径方向に立ち上がった肩面19に内輪10Bの端面を突き当てる。この意味で肩面19を内輪突き当て面又は単に突き当て面と呼ぶこととする。
【0031】
内輪10Bは、外周にインボード側の軌道溝16aを有し、図3中、符号hiは軌道溝16aの溝深さを表している。図3(B)から明らかなとおり、軌道溝16aの端縁に面つぶし23が形成してあるが、溝深さhiはこの面つぶしを含まない。この点は図2に示すハブ輪10Aのインボード側の軌道溝16bについてもあてはまる。
【0032】
図1では内輪10Bの固定方法につき図示を簡略化してあるが、たとえば、内輪10Bを突き当て面19に当てた状態で、ハブ輪10Aの小径軸部18の端部をかしめることにより、小径軸部18上に内輪10Bを固定することができる。このとき、内輪10Bが突き当て面19に向けて軸方向に加圧され、軌道溝16a、16b間の距離が短くなる結果、軸受予圧が付与される。たとえば、内方部材10と外方部材30を相対回転させたときのトルクを計測して、所定範囲のトルク値に達した時点でかしめを終了することで、予圧の管理をすることができる。
【0033】
外方部材30はスリーブ32とフランジ34とからなり、スリーブ32の内周に2列の外輪軌道すなわち軌道溝36a、36bが形成してある。すでに述べたとおり、軌道溝36aはインボード側の軌道溝、軌道溝36bはアウトボード側の軌道溝である。いずれも外輪軌道であることから、図4に示すように、軌道溝36a、36bの溝深さをサフィックス「o」を付けた符号hoで示してある。図4(B)から明らかなとおり、軌道溝36a、36bの端縁に面つぶし37が形成してあるが、溝深さhoはこの面つぶし37分を含まない。
【0034】
また、図4(A)はインボード側の軌道溝36aとアウトボード側の軌道溝36bとで溝深さhoを等しくした例であるのに対し、図5は溝深さを異ならせた例を示している。すなわち、インボード側の軌道溝36aの溝深さを符号ho−iで表し、アウトボード側の軌道溝36bの溝深さを符号ho−oで表してあり、インボード側の溝深さよりもアウトボード側の溝深さが深い(ho−i<ho−o)。
【0035】
これらの軌道溝36a、36bは内方部材10の軌道溝16a、16bと向かい合い、相互間に玉28a、28bが転動するための2列の軌道を形成する。このように、内方部材10と外方部材30は玉28a、28bを介して相対回転自在の関係にある。
外方部材30のフランジ34は車体(シャーシ)のナックルに固定するためのもので、そのための複数のねじ孔35が設けてある。外方部材30のインボード側の端部に、ナックルのハウジング穴に挿入して心出しをするためのパイロット外径38が形成してある。
【0036】
外方部材30の両端開口部にはシールSa、Sbを装着して、内部に充填したグリース等の潤滑剤のもれを防止し、また、外部からの異物の侵入を防止する。シールSa、Sbは、外方部材30の両端部に装着する。具体的には、インボード側のシールSaは、内側部材と外側部材からなるパックシールと呼ばれるタイプで、外側要素を外方部材30のインボード側の端部に形成した穴に圧入し、内側要素を内輪10Bの外径面にはめ合わせる。アウトボード側のシールSbは、外方部材30のアウトボード側の端部に形成した穴に心金部分を圧入し、シールリップをハブ輪10Aのシールランド17に接触させる。
【0037】
インボード側の玉28aの列とアウトボード側の玉28bの列は、いずれも接触角をもって内方部材10の軌道溝16a、16b並びに外方部材30の軌道溝36a、36bと接触している。接触角とは、軸受中心軸に垂直な平面(ラジアル平面)と、軌道溝16a、16b、36a、36bから玉28a、28bへ伝えられる力の合力の作用線(図1に玉の中心を通る一点鎖線で示す。)とがなす角度と定義されている。実施の形態は、背面配列すなわち、外輪の背面を近接させて並べた2個の軸受の配列に相当し、ラジアル荷重と両方向のアキシアル荷重を負荷することができるため、車両のコーナリング時のようにモーメント荷重が作用する用途に適している。
【0038】
上述の構成からなる車輪軸受装置においては、実車への取り付けに際し、外方部材30のパイロット外径38をナックルのハウジング穴に挿入し、フランジ34をボルト締結によってナックルに固定する。さらに、内方部材10のパイロット部(20、22)を利用して、ハブフランジ14のハブボルト15にブレーキロータ(図示省略)と車輪のホイール(図示省略)を取り付け、ハブナット(図示省略)を締め付けて締結する。その際、ホイールはホイールパイロットによって、ブレーキロータはディスクパイロットによって、それぞれ心出しされる。
【0039】
ところで、内方部材10の軌道溝16a、16b並びに外方部材30の軌道溝36a、36bは、玉28a、28bが負荷を受けた状態で転動する面であることから、表面硬化熱処理により硬化層を形成させる。硬化層の硬さはHRC50〜65程度である。
【0040】
表面硬化熱処理としては、高周波焼入れや浸炭焼入れ等が挙げられる。高周波焼入れとは、高周波電流の流れているコイル中に焼入れに必要な部分を入れ、電磁誘導作用によりジュール熱を発生させて、電導性物体を加熱する原理を応用した焼入れ方法である。浸炭焼入れとは、活性化した炭素を多く含むガス、液体、固体などの浸炭剤中で鋼を長時間加熱することにより、表面層から炭素を含浸させる処理(浸炭処理)を行い、この浸炭した鋼に対して、焼入れ焼もどしを行う方法である。
【0041】
軌道溝16a、16b、36a、36bは焼入れ鋼切削により仕上げ加工する。焼入れ鋼切削とは、焼入れ後に行う切削の意で、通常、切削加工は生材のワークに対して行うのに対して熱処理(焼入れ)後の切削であることを明確にする趣旨である。焼入れ後に切削を行うことにより、その過程で素材の熱処理変形を除去することができる。また、焼入れを行うと、引張残留応力が残りやすく、そのままでは疲労強度が低下するものであるところ、表面を切削することにより、表層部に圧縮残留応力を付与することができ、疲労強度が向上する。
【0042】
切削工具として、このような切削が可能なバイトを使用する。焼入れ鋼切削に使用し得るバイトとして、たとえばCBN(立方晶窒化硼素)に特殊セラミックス結合材を加えた焼結体工具等を挙げることができる。図3(B)及び図4(B)中、二点鎖線はバイトのひし形チップの例を示す。
【0043】
ハブ輪10Aの場合、ハブ輪10Aを切削装置で保持し、軸心まわりに回転させつつ、バイトの切込みと軸方向の送りを調節することにより、所定の曲率の断面形状をもった軌道溝16bを仕上げる。内輪10Bも、軌道溝16aの焼入れ鋼切削に関する限り実質的に同様である。なお、内輪10Bはハブ輪10Aにはめ合わせる前の内輪単体の状態で、熱処理を施し、その後、焼入れ鋼切削をする。
【0044】
外方部材30の場合、外方部材30を切削装置で保持し、軸心まわりに回転させつつ、バイトの切込みと軸方向の送りを調節することにより、所定の曲率の断面形状をもった軌道溝36a、36bを仕上げる。この場合、ハブ輪10Aや内輪10Bの焼入れ鋼切削が外径旋削であるのと異なり、中ぐりとなる。また、2列の軌道溝36a、36bを別々のバイトで焼入れ鋼切削する。
【0045】
このように、内方部材10の軌道溝16a、16b並びに外方部材30の軌道溝36a、36bを焼入れ鋼切削によって仕上げることにより、軌道溝16a、16b、36a、36bの仕上げに研削加工を行う必要がなくなる。
【0046】
外方部材30の軌道溝36a、36bを研削加工で仕上げる場合、2列の軌道溝36a、36bに対応する部分をもった総形砥石を用い、ワーク(外方部材30)に対して直角に切り込む。したがって、玉径dの50%を超える溝深さhの軌道溝を形成することは幾何学的に不可能であり、現状では40%を上限としている。この問題は焼入れ鋼切削を採用することによって解消する。
【0047】
上述の実施例の効果を要約して列記するならば次のとおりである。
【0048】
実施例の車輪軸受装置は、車輪を回転自在に支持するためのものであって、外周に2列の軌道溝16a、16bをもった内方部材10と、内周に2列の軌道溝36a、36bをもった外方部材30と、内方部材10の軌道溝16a、16bと外方部材30の軌道溝36a、36bとの間に介在する複数の転動体28a、28bとを有し、内方部材10の軌道溝16a、16b及び外方部材30の軌道溝36a、36bを、焼入れ鋼切削により形成し、内方部材10の軌道溝16a、16bのうちの少なくともアウトボード側の軌道溝16bについて、溝深さをh、玉28bの直径をdとしたとき、h/dが0.50を超える設定とする。
【0049】
外方部材30の軌道溝36a、36bについては、溝深さをh、転動体28a、28bの直径をdとしたとき、h/dが0.40を超える設定とする。
【0050】
内方部材10の軌道溝16a、16bの溝深さをhi、玉28a、28bの直径をdとしたとき、hi/dが0.63以下とするのが好ましい。焼入れ鋼切削を用いても、技術的な側面の限界値から、内方部材10の軌道溝16a、16bの溝深さhは0.63dが限界となる。
【0051】
ハブ輪10Aの軌道溝16bの溝深さをhhとしたとき、hh/dは0.63以下とするのが好ましい。
【0052】
外方部材30の軌道溝36a、36bの溝深さhの上限を0.56dとするのが好ましい。焼入れ鋼切削を用いても、技術的な側面の限界値から、外方部材の軌道溝の溝深さhは0.56dが限界となる。
【0053】
外方部材30の、アウトボード側の軌道溝36bの溝深さをインボード側の軌道溝36aの溝深さよりも深くするのが好ましい。アウトボード側の玉28b列は、インボード側の玉28a列に比べて、より大きなモーメント荷重が作用することから、肩乗り上げが厳しく、したがって、溝深さをできるだけ深くしたいところである。そこで、アウトボード側の軌道溝の溝深さをインボード側の軌道溝の溝深さよりも深く設定することで、アウトボード側の玉列に大きなモーメント荷重が負荷されても、耐圧痕性が向上するとともに、接触楕円の肩乗り上げを防止することができる。したがって、エッジロードが防止でき、音響特性と寿命も向上する。また、余裕のあるインボード側の軌道溝36aの溝深さをできるだけ浅くして加工時間を短縮することにより、全体としての加工時間短縮が達成できる。
【0054】
以上、添付図面に従って本発明の実施の形態を説明したが、本発明は、ここに述べ、かつ、図示した実施の形態に限らず、特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の改変を加えて実施をすることができることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0055】
10 内方部材
10A ハブ輪
10B 内輪
12 筒状部
14 ハブフランジ
16a 軌道溝(インボード側)
16b 軌道溝(アウトボード側)
17 シールランド
18 小径軸部
20 ホイールパイロット
22 ディスクパイロット
23 面つぶし
26 セレーション孔
28a 玉(インボード側)
28b 玉(アウトボード側)
29a 保持器(インボード側)
29b 保持器(アウトボード側)
30 外方部材
32 スリーブ
34 フランジ
36a 軌道溝(インボード側)
36b 軌道溝(アウトボード側)
37 面つぶし
38 パイロット外径
Sa シール(インボード側)
Sb シール(アウトボード側)
図1
図2
図3
図4
図5