【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本発明者等は、ダクタイル鋳鉄の断続切削加工等のチッピングを発生し易い切削条件においても、耐チッピング性に優れた酸化アルミニウム層をゾル−ゲル法により形成すべく鋭意検討したところ、アルミニウムのアルコキシド及びチタンのアルコキシドを原料として、あるいはアルミナゾル中にTi酸化物微粒子を予め添加したゾルを用いたゾル-ゲル法によりα型とγ型の混合組織からなる酸化アルミニウム層を形成した場合には、形成されるα型の酸化アルミニウム結晶粒を比較的大きな粒径で、かつ、その形状をアスペクト比が1に近い比較的粒状のものとすることができ、これによって、酸化アルミニウム層の靭性を高めることができるとともに、結晶粒形状の均一性に優れるため、結晶粒の尖端など脆弱な部分からクラックが発生するなどせず、潤滑性に優れたγ型酸化アルミニウム結晶粒と相俟って、耐チッピング性、耐剥離性を高めることができることを見出した。
そして、このような酸化アルミニウム層を被覆形成した被覆工具を、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用するダクタイル鋳鉄の湿式高速断続切削加工に供した場合、チッピング、欠損等を発生することがなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することを見出したのである。
【0012】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金、または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の表面に、硬質被覆層として、酸化アルミニウム層を0.5〜4.0μmの平均層厚で被覆形成してなる表面被覆切削工具であって、
(a)上記酸化アルミニウム層は、層中にTi酸化物を分散含有するとともに、α型酸化アルミニウム結晶粒とγ型酸化アルミニウム結晶粒の混合組織からなり、
(b)上記酸化アルミニウム層におけるγ型酸化アルミニウム結晶粒の平均粒径は50〜200nmであり、
(c)上記酸化アルミニウム層におけるα型酸化アルミニウム結晶粒の平均粒径は50〜300nmであって、また、平均アスペクト比は0.8〜1.2であり、
(d)上記酸化アルミニウム層の縦断面に占めるα型酸化アルミニウム結晶粒の面積割合が、20〜70%であるとともに、
(e)上記酸化アルミニウム層の縦断面を工具基体表面と平行に区分した各区分断面におけるα型酸化アルミニウム結晶粒が占める面積割合の標準偏差が15%以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)上記酸化アルミニウム層中に分散含有されているTi酸化物のTi含有量は、酸化アルミニウム層中に含有される全金属成分の0.5〜5原子%であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)上記酸化アルミニウム層中に形成されるα型酸化アルミニウム結晶粒のうち、70面積%以上のα型酸化アルミニウム結晶粒が一つ以上のTi酸化物と接していることを特徴とする(1)乃至(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4) 上記酸化アルミニウム層は、粒径が20〜100nmのTi酸化物微粒子を予め添加したゾルを用いたゾルーゲル法により形成されたものであることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5) 炭化タングステン基超硬合金からなる工具基体の表面に、硬質被覆層を被覆形成してなる表面被覆切削工具において、
上記工具基体の表面から深さ方向に0.5〜3.0μmの平均層厚を有する基体表面硬化層が形成され、該基体表面硬化層に含まれる結合相金属としてのCoの平均含有量が、2.0質量%未満であることを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(6) 炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の表面に、硬質被覆層を被覆形成してなる表面被覆切削工具において、
上記工具基体の表面から深さ方向に0.5〜3.0μmの平均層厚を有する基体表面硬化層が形成され、該基体表面硬化層に含まれる結合相金属としてのCo及びNiの合計平均含有量が、2.0質量%未満であることを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
を特徴とするものである。
【0013】
以下、本発明について、詳細に説明する。
【0014】
この発明の被覆工具は、硬質被覆層として、ゾル−ゲル法により成膜した平均層厚0.5〜4.0μmの酸化アルミニウム層を備えるが、該層の平均層厚が0.5μm未満であると、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、一方、平均層厚が4.0μmを超えると、チッピングが発生しやすくなるため、酸化アルミニウム層の層厚は0.5〜4.0μmと定めた。
【0015】
上記酸化アルミニウム層は、層中にTi酸化物を分散含有するα型酸化アルミニウム結晶粒とγ型酸化アルミニウム結晶粒の混合組織として形成される。
上記酸化アルミニウム層におけるγ型酸化アルミニウム結晶粒は、その平均粒径が50nm未満では耐摩耗性向上効果が少なく、一方、平均粒径が200nmを超えると高負荷が作用する切削加工において結晶粒の脱落が生じやすくなるので、γ型酸化アルミニウム結晶粒の平均粒径は、50〜200nmとする。
上記酸化アルミニウム層におけるα型酸化アルミニウム結晶粒についても、その平均粒径が50nm未満では耐摩耗性向上効果が少なく、一方、平均粒径が300nmを超えると高負荷が作用する切削加工において結晶粒の脱落が生じやすくなるので、α型酸化アルミニウム結晶粒の平均粒径は、50〜300nmとする。
本発明は、酸化アルミニウム層を、α型酸化アルミニウム結晶粒とγ型酸化アルミニウム結晶粒の混合組織として形成し、すぐれた潤滑性を有するγ型酸化アルミニウムと結晶粒形状の均一性によりクラックの起点となる結晶粒の尖端など脆弱な部分がなく、すぐれた高温硬さと耐酸化性を有するα型酸化アルミニウムを相兼ね備えた層構造としていることによって、積層にした場合等に危惧される剥離の起点となる脆弱層の形成がないことから、切れ刃に高負荷が作用する断続切削条件においても、チッピング、剥離等の発生を抑制し、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する。
【0016】
また、上記α型酸化アルミニウムは、高温硬さと耐酸化性を備えるものであるが、α型酸化アルミニウム結晶粒の平均アスペクト比を0.8〜1.2と定め、粒状結晶とすることによって、大きな衝撃の加わるダクタイル鋳鉄の高速断続切削においても、結晶粒形状の均一性に優れるため、結晶粒の尖端など脆弱な部分からクラックが発生するなどせず、その結果、耐チッピング性、耐剥離性をより一層改善することができる。
ここで、α型酸化アルミニウム結晶粒の平均アスペクト比が0.8未満及び1.2を超える場合には、高温硬さと耐酸化性を備え、酸化アルミニウム層の耐摩耗性を主として担うα型酸化アルミニウム結晶粒の結晶粒形状の均一性が低下し、その不均一性や針状結晶粒の尖端などからクラックが発生するなどして脱落チッピングが発生し易くなることから、α型酸化アルミニウム結晶粒の平均アスペクト比は0.8〜1.2とする。
なお、平均アスペクト比とは、例えば、電子線後方散乱回折装置(EBSD)を備えた走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いた断面観察において、酸化アルミニウム層中のα型酸化アルミニウム結晶粒を特定し、該α型酸化アルミニウム結晶粒の粒子幅w及び粒子長さlを、工具基体と水平方向に長さ合計10μmの範囲に存在するα型酸化アルミニウム結晶粒について測定し、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値である平均粒子幅Wと、個々の結晶粒について求めた粒子長さlの平均値である平均粒子長さLの比として定義されるアスペクト比L/Wを平均アスペクト比として求めることができる。
【0017】
本発明では、該酸化アルミニウム層の縦断面におけるα型酸化アルミニウム結晶粒の平均占有面積割合が20面積%〜70面積%の範囲となることとする。
これは、α型酸化アルミニウム結晶粒の占有面積割合が測定断面において20面積%未満であると、耐摩耗性の向上効果が少なく、一方、その占有面積割合が70面積%を超えると、潤滑性に優れるγ型酸化アルミニウム結晶粒の量が減少するという理由による。
また、工具基体表面と平行に区分した酸化アルミニウム層の各区分断面についてα型酸化アルミニウム結晶粒の占有面積割合の標準偏差を算出した場合、15面積%以下であると酸化アルミニウム層の層厚方向にわたるα型酸化アルミニウム結晶粒の面積割合とγ型酸化アルミニウム結晶粒の面積割合の分布がほぼ一様になるため、潤滑性、耐クラック性、高温硬さ、耐酸化性という本発明の酸化アルミニウム層の特性が、酸化アルミニウム層の厚さ方向にわたって均一に担保され、長時間にわたって上記効果を発揮することができるため、更に望ましい。
なお、工具基体表面と平行に区分した酸化アルミニウム層の各断面におけるα型酸化アルミニウム結晶粒の面積割合は、例えば、酸化アルミニウム層を層厚方向に、高さ0.2μm毎に区分し、区分された断面について、α型酸化アルミニウム結晶粒の面積割合を測定することによって求めることができる。
【0018】
本発明では、酸化アルミニウム層中にTi酸化物を分散含有しているが、層中に分散含有されているTi酸化物は、ゾル−ゲル法により酸化アルミニウム層を形成する際に、α型酸化アルミニウム結晶粒の核生成点となりα型酸化アルミニウム結晶粒の微細化を促進すると同時に、酸化アルミニウム層の靭性向上に寄与する。
酸化アルミニウム層中に分散含有されているTi酸化物の含有割合を、酸化アルミニウム層中に含有される全金属成分に対するTi量で換算した場合、Ti含有量が0.5原子%未満では、α型酸化アルミニウム結晶粒の微細化効果が少なく、均一組織の酸化アルミニウム層を形成することができず、一方、Ti含有量が5原子%を超えると、酸化アルミニウム層の硬度が低下することから、Ti酸化物の含有割合は、酸化アルミニウム層中に含有される全金属成分に対するTi量で換算した場合、0.5〜5原子%とすることが望ましい。
酸化アルミニウム層中の全金属元素に占めるTiの含有割合は、例えば、酸化アルミニウム層の縦断面視野領域(例えば、0.2μm×0.3μmの範囲)について、TEMに付属されたエネルギー分散形X線分析装置による観察視野範囲内の定量面分析を5視野実施し、その平均値を求めることにより測定することができる。
なお、酸化アルミニウム層中におけるTi含有量を0.5〜5原子%とするためには、原料に所定量のチタンのアルコキシドを同時に用いるか、所定量のTi酸化物微粒子を予め添加したゾルを用いたゾルーゲル法により酸化アルミニウム層を形成することができ、この場合、Ti酸化物微粒子としては、粒径が20〜100nmのTiO
2微粒子を用いることが望ましく、また、チタンのアルコキシドもしくはTi酸化物微粒子の添加量は、アルミナゾルの固形分に対する添加量として、0.005mol%〜0.05mol%とすることが望ましい。
【0019】
本発明では、特に高負荷が作用する切削条件において、微粒Ti酸化物がα型酸化アルミニウム結晶粒周囲を埋めるように負荷緩衝物として作用することから、α型酸化アルミニウム結晶粒の周囲には、一つ以上のTi酸化物結晶粒が接するように分散含有されていることが好ましい。α型酸化アルミニウム結晶粒が観察視野範囲に占める面積のうち、α型酸化アルミニウム結晶粒周囲にTi酸化物が接して形成されているα型酸化アルミニウム結晶粒が占める面積が70%を下回る場合には、切削時の負荷を緩和することができず、α型酸化アルミニウム結晶粒が脱落してしまいやすく、酸化アルミニウム層の靭性向上効果が低減されてしまう。
α型酸化アルミニウム結晶粒の周囲に、一つ以上のTi酸化物結晶粒が接して存在するか否かは、例えば、電子線後方散乱回折装置(EBSD)とオージェ電子分光装置(AES)を用いて確認することができる。まず、層厚×10μmの観察視野範囲に観察されるα型酸化アルミニウム結晶粒の位置をEBSDにて特定し、続いて、該観察範囲をオージェ電子分光装置を用いて、前記EBSDにて特定したα型酸化アルミニウム結晶粒周囲の元素分析を行うと、α型酸化アルミニウム結晶粒の周囲に、一つ以上のTi酸化物結晶粒が形成されているかどうか確認できる。
【0020】
なお、上記酸化アルミニウム主体層は、工具基体に直接成膜することで、その性能を発揮することは可能であるが、炭窒化チタンを含む超硬合金を基体とする場合は窒素雰囲気中での焼成により、工具基体表面付近に、Ti、Ta、Nb、Zrのうち、少なくとも1種の耐摩耗性の高い炭窒化物を多く含有させ、基体表面硬化層を形成させるとともに、酸化アルミニウム主体層と工具基体との密着強度を向上させ、工具寿命を延長することが可能となる。なお、該基体表面硬化層形成後の超硬合金基体の硬さはビッカース硬さ(Hv)で2200以上、2800以下であることが好ましい。その際、炭窒化物を多く含有させることで基体表面付近におけるCoは相対的に減ることとなり、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた表面から深さ方向に0.5〜3.0μmの断面観察を行い、分析視野領域1×1μmの範囲にて波長分散型X線分光法による定量分析により、結合相金属としてのCoの含有量を検出した場合に、Coの含有量を2.0質量%未満にすれば、基体の表面硬化の要因となる炭窒化物が十分に形成され、耐摩耗性がより向上する。
基体表面硬化層の平均層厚は0.5μm以下であると耐摩耗性が十分発揮できないまま比較的すぐに磨滅してしまい、3.0μm以上であるとチッピングしやすくなる。
【0021】
また、炭窒化チタン基サーメットを基体とする場合には、焼結工程において昇温及び最高温度で保持する際の雰囲気を所定の窒素雰囲気とし、保持の途中もしくは降温する際に減圧することにより、全焼結工程を一定圧力の窒素雰囲気中で実施した場合よりも表面を硬化させることができる。これは、最高温度で保持するまでの工程を一定の窒素圧力下で実施すると、基体内部に均一に硬さの高い炭窒化物が分散形成されるが、これを昇温、または保持の途中までは比較的高い窒素圧力下で処理し、保持の途中もしくは降温時から、より減圧された窒素雰囲気にして処理すると、基体のごく表面のみ脱窒されることにより、NiやCo金属結合相へのTiやNbなどの溶解及び内部から基体表面への拡散が活発となり、TiやNbなどの炭窒化物の形成が表面にて促進され、基体表面硬化層が形成されるためである。なお、該基体表面硬化層形成後のサーメット基体の硬さはビッカース硬さ(Hv)で2000以上、2600以下であることが好ましい。また、その際は上記超硬基体と同様に、基体表面付近におけるNi及びCoは相対的に減ることとなり、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた表面から深さ方向に0.5〜3.0μmの断面観察を行い、分析視野領域1×1μmの範囲にて波長分散型X線分光法による定量分析した場合に、結合相金属としてのNi及びCoの合計含有量を2.0質量%未満にすれば、基体の表面硬化の要因となる炭窒化物が十分に形成され、耐摩耗性がより向上する。
【0022】
本発明の被覆工具の表面層を構成するα型の酸化アルミニウム層は、例えば、以下に示すゾル−ゲル法によって形成することができる。
なお、本発明では、ゾル−ゲル法によってα型の酸化アルミニウム層を形成する際に、主として、原料であるアルミニウムのアルコキシドと同時にチタンのアルコキシドを使用するゾル-ゲル法、または、アルミナゾルにTi酸化物微粒子を添加するゾル−ゲル法を用いることができ、主に上記二つの方法について説明するが、Ti酸化物微粒子の添加の仕方としては、アルミナゾル中で均一分散できるような表面処理をしたTi酸化物微粒子を添加する方法、アルコールに均一にTi酸化物微粒子が分散されたスラリーとして添加する方法、分散剤を予めアルミナゾルへ添加した後にTi酸化物微粒子をアルミナゾルへ添加する方法等各種の添加が可能であるが、いずれの添加方法であっても構わない。
【0023】
なお、一般的に酸化アルミニウムの結晶化、特にα化には1000℃以上の高温が必要とされるが、Ti酸化物は酸化アルミニウムの結晶化促進に寄与し、Ti酸化物を用いると比較的低温で結晶化が可能になる。Ti酸化物による酸化アルミニウムの低温結晶化促進効果のメカニズムは明確に解明されているわけではないが、各種金属酸化物の標準生成自由エネルギーを考慮すると熱力学的にTi酸化物はAl酸化物よりも不安定であり、Ti酸化物はAl元素を酸化しうる、つまり、Ti酸化物が還元することにより、Alを酸化するための酸素供給源となると考えられること、さらに、複数の金属酸化物のうち、Alの標準生成自由エネルギーに最も近い金属元素がTiであるため、特にTi酸化物は酸化アルミニウムの結晶化促進に効果が大きいのではないかと考えられること、ゾル-ゲル法は例えば石英の製造方法で知られるように金属元素とOのネットワーク形成によるゾル状態、ゲル状態を経ることで通常では得ることのできない比較的低温で結晶化を達成出来る手法であることを考えると、Ti酸化物の酸素供給によりAlとOのネットワーク形成を比較低温の段階で形成助長させている可能性も考えられ、Ti酸化物の表面が酸化アルミニウム結晶粒の成長する起点となり、Ti酸化物近傍の限定した箇所においては比較的低温で結晶化が可能になる。
ただ、アルミナゾルに添加するTi酸化物微粒子の平均粒径が20nm未満であると、アルミニウムが酸化するのに必要な酸素の供給が十分ではないため結晶化しにくく、平均粒径が100nmを超えると、酸化アルミニウム層中に粗大なTi酸化物が含有されることとなり、焼成後はクラックや剥離の起点となりやすい。そのため、アルミナゾルに添加するTi酸化物微粒子の平均粒径は20〜100nmとすることが望ましい。
【0024】
アルミナゾルの調製:
まず、チタンのアルコキシドを使用するゾル-ゲル法を行う場合はアルミニウムのアルコキシド(例えば、アルミニウムセカンダリブトキシド、アルミニウムイソプロポキシド)にチタンのアルコキシド(例えば、チタンイソプロポキシド、チタンエトキシドなど)及びアルコール(例えば、エタノール、プロパノール)を添加し、次いで、酸(例えば、塩酸、硝酸)を添加した後、加水分解反応を徐々に進めて、前駆体を密に形成させるために10℃以下の温度範囲にて12時間以上攪拌することによってアルミナゾルを調製する。通常行われるアルミナゾルの調製においては、40〜80℃での攪拌と、その攪拌温度で数時間程度の熟成処理が行われるが、本発明においては、−10〜10℃の低温度範囲における攪拌と熟成を、例えば、合計12時間以上行う長時間かけて低温処理を行うことが望ましい。
これは、攪拌および熟成処理時の温度が10℃を超えると加水分解および重縮合反応が急速に進んでしまうため、酸化アルミニウム前駆体が密に形成されにくく、後工程の焼成処理で、α型酸化アルミニウムが形成されにくくなることから、攪拌および熟成処理時の温度の上限を10℃とし、一方、攪拌および熟成処理時の温度が−10℃未満では、加水分解および重縮合反応が進みにくく、結晶化しにくくなってしまうという理由からである。
なお、撹拌及び熟成時間を合計12時間以上としたのは、前記撹拌及び熟成時の温度範囲で起こる化学反応を十分に平衡状態までもっていき、加水分解縮重合したAlとOのネットワークが密に形成された安定な酸化アルミニウム前駆体ゾルを得るために必要な時間である。
【0025】
また、添加する酸の濃度は、0.01〜1.0Nが望ましく、アルコールに対する酸の添加量は、0.1〜2倍(容量)が望ましい。
【0026】
アルミナゾルの加熱処理:
次いで、上記アルミナゾルについて、ゾル中で起きている加水分解・縮合反応が平衡状態に至るまで進める目的で6時間以上加熱撹拌する。なお、加熱処理は一般的な有機合成で使用されるようなオイルバス等による還流加熱処理を用いることが望ましく、ゾルの成分にもよるが80〜180℃の温度で加熱処理を行うことが望ましい。
なお、チタンのアルコキシドを使用せず、アルミナゾルにTi酸化物微粒子を添加するゾル−ゲル法をとる場合には、−10〜10℃の温度範囲における攪拌の後、もしくは80〜180℃の温度範囲における加熱撹拌の後にTi酸化物微粒子を添加させることが望ましい。
【0027】
乾燥・焼成:
工具基体あるいは下地層(例えば、Ti化合物層)を被覆した工具基体を、上記で調製したアルミナゾル中へ浸漬処理し、その後、0.5mm/secの速度でアルミナゾル中からこれを引き上げ、それに続き100〜600℃で10分乾燥処理を施し、この浸漬処理と乾燥処理を所要の層厚になるまで繰り返し行い、次いで、700〜900℃の温度範囲で焼成処理を行う。
【0028】
上記乾燥処理によって、微粒のTi酸化物を分散含有するアルミナの乾燥ゲルが形成され、次いで行う焼成処理によって、酸化アルミニウム相中に、所定量(全金属元素の0.5〜5原子%)の微粒のTi酸化物を分散含有するα型酸化アルミニウム結晶粒とγ型酸化アルミニウム結晶粒の混合組織からなる酸化アルミニウム層が形成される。
【0029】
上記酸化アルミニウム層の膜厚は、アルミナゾルへの浸漬回数に依存するが、被覆形成された上記酸化アルミニウム層の平均層厚が0.5μm未満では、長期の使用にわたって被覆工具としてすぐれた耐摩耗性を発揮することができず、一方、平均層厚が4.0μmを越えると酸化アルミニウム層が剥離を生じやすくなることから、上記酸化アルミニウム層の膜厚は0.5〜4.0μmとする。
【0030】
また、焼成温度については、700℃未満では、チタンのアルコキシドやTi酸化物微粒子を用いたとしてもα型酸化アルミニウム結晶粒の生成速度がおそいため、所定面積割合のα型酸化アルミニウム結晶粒を形成できず硬さが十分でなく、湿式高速断続切削に効果のある、耐クラック性の強い十分な高温硬さを有する酸化アルミニウム層を形成することはできない。一方、900℃を越える温度で焼成した場合、所定面積割合のγ型酸化アルミニウム結晶粒を形成できないため、酸化アルミニウム層の潤滑性が低下し、湿式高速断続切削においてすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮することができない。
よって、焼成温度は700〜900℃とすることが望ましい。