特許第6424413号(P6424413)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6424413水性インクジェットインキ及び印刷物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6424413
(24)【登録日】2018年11月2日
(45)【発行日】2018年11月21日
(54)【発明の名称】水性インクジェットインキ及び印刷物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B41M 5/00 20060101AFI20181112BHJP
   C09D 11/322 20140101ALI20181112BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20181112BHJP
【FI】
   B41M5/00 120
   C09D11/322
   B41J2/01 501
【請求項の数】10
【全頁数】40
(21)【出願番号】特願2018-115552(P2018-115552)
(22)【出願日】2018年6月18日
【審査請求日】2018年7月3日
(31)【優先権主張番号】特願2017-129813(P2017-129813)
(32)【優先日】2017年6月30日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000222118
【氏名又は名称】東洋インキSCホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】711004436
【氏名又は名称】東洋インキ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】依田 純
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 義人
(72)【発明者】
【氏名】城内 一博
(72)【発明者】
【氏名】岡本 真由子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 紀雄
【審査官】 南 宏樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−079209(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/152580(WO,A1)
【文献】 特開2014−024944(JP,A)
【文献】 特開2016−190995(JP,A)
【文献】 特開2011−190400(JP,A)
【文献】 特開2015−117354(JP,A)
【文献】 特開2017−101160(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/124212(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41M 5/00
C09D 11/00
B41J 2/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
30m/分以上の速度で搬送される基材上に、水性インクジェットインキを、ラインパスタイプのインクジェット印刷方式により付与する工程と、前記基材に熱エネルギーを加え、前記水性インクジェットインキを乾燥させる工程とを含むことを特徴とする、水性インクジェットインキ印刷物の製造方法であって、
前記水性インクジェットインキが、少なくとも水、顔料、水溶性有機溶剤、及び、バインダー樹脂を含有し、
前記水溶性有機溶剤は、表面張力が30〜50mN/mであり、かつ1気圧下における沸点が180〜230℃である水溶性有機溶剤を含み、
前記表面張力が30〜50mN/mであり、かつ1気圧下における沸点が180〜230℃である水溶性有機溶剤の含有量が、水性インクジェットインキ全量に対し15〜50重量%であり、
前記バインダー樹脂が、カルボキシル基を有する構造単位を有する共重合体であって、樹脂中に存在するカルボキシル基を塩基性化合物により中和した水溶性樹脂であり、
前記バインダー樹脂が、(メタ)アクリル樹脂及び/またはスチレン−(メタ)アクリル樹脂であり、
前記バインダー樹脂のローディングインデックス値が、10以下であり、
前記バインダー樹脂の数平均分子量(Mn)に対する重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mn)が、1.0〜2.0であり、
前記バインダー樹脂の酸価が5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満である、水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項2】
前記水溶性有機溶剤が、炭素数4以上であるアルカンジオールを含む、請求項1記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項3】
前記炭素数4以上であるアルカンジオールの含有量が、前記水溶性有機溶剤全量に対し10〜95重量%である、請求項1または2に記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項4】
前記水溶性有機溶剤が、炭素数3以下であるアルカンジオールを含む、請求項1〜3いずれかに記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項5】
前記バインダー樹脂が、さらにアルキル基を有する単量体に由来する構造単位有する共重合体である、請求項1〜4いずれかに記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項6】
前記バインダー樹脂の重量平均分子量(Mw)が、5,000〜20,000である、請求項1〜いずれかに記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項7】
前記バインダー樹脂の含有量が、水性インクジェットインキ全量に対して2〜10重量%である、請求項1〜いずれかに記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項8】
25℃における表面張力が20〜35mN/mであり、かつ、25℃における粘度が1〜20mPa・sである、請求項1〜いずれかに記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項9】
前記水性インクジェットインキが、少なくとも顔料および水を含む顔料分散液と、バインダー樹脂と、水溶性有機溶剤とを混合撹拌する工程を含む製造方法で製造されたことを特徴とする、請求項1〜いずれかに記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【請求項10】
前記水性インクジェットインキを乾燥させる方法が、赤外線照射によるものである、請求項1〜いずれかに記載の水性インクジェットインキ印刷物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インクジェットインキ、及び前記水性インクジェットインキを用いた印刷物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタル印刷は、オフセット印刷等の従来の有版印刷とは違い、版を必要としない印刷方式であるため、コスト削減及び省スペース化の実現が可能である。中でも、インクジェット記録方式では、非常に微細なノズルからインキ液滴を印刷基材に直接吐出、及び付着させることによって、文字または画像を形成する。この記録方式によれば、使用する装置自身の大きさ及び騒音が小さく、操作性及びカラー化が容易であるという利点が得られる。そのため、デジタル印刷の出力機は、オフィスだけでなく、家庭でも広く用いられている。
【0003】
また、インクジェット技術の向上により、産業用途においても、デジタル印刷の出力機の利用が期待されている。実際に、ポリ塩化ビニル、PET等のプラスチック基材に対し、溶剤インキまたはUVインキを印刷する装置が市販されている。しかしながら、近年、環境及び人に対する有害性への配慮及び対応といった点から、溶剤及び単量体に対する使用規制が進められている。そのため、これら規制のある材料を含む溶剤インキ及びUVインキの代わりとして、水性インキの需要が高まっている。
【0004】
インクジェット用の水性インキとして、従来から、普通紙または写真光沢紙のような専用紙を印刷対象とした水性インキの開発が進められている(特許文献1、2、及び3)。一方近年では、インクジェット記録方式の用途拡大が期待されており、コート紙、アート紙、微塗工紙、及びキャスト紙等の塗工紙基材、及び、ポリ塩化ビニルシート、PETフィルム、及びPPフィルム等のプラスチック基材への直接印刷のニーズが高まっている。
【0005】
しかしながら、水性インキの主溶媒である水は表面張力が高いため、基材自体の表面エネルギーの小さい、上記基材のような難吸収性基材上では濡れ広がりにくく、また、基材中への浸透も起こりにくい。そのため、水性インキを用いて難吸収性基材上に印刷を行った場合、インキの濡れ広がり性が不十分であることに起因する白抜け、並びに、色相の異なる未乾燥のインキの液滴同士が合一することに起因する色境界にじみ及びモットリング(印刷部の濃淡ムラ)が発生しやすく、画質が低下しやすい。
【0006】
難吸収性基材に対する画質の向上を目的として、これまでにも様々な検討がなされてきた。例えば特許文献4には、特定範囲の沸点を有するアルキレンポリオール類と、ポリマー粒子とを使用したインキを用いることで、難吸収性基材上でのモットリングが低減し、画質に優れた印刷物が得られることが開示されている。しかしながら、バインダー樹脂としてポリマー粒子を使用すると、インクジェットヘッド中にインキを長期にわたって待機させた際に、インクジェットノズル端面でインキが固化しやすく、優れた吐出安定性の維持が困難であるといった問題があった。また、上記のインキを難吸収基材上に印刷した際、前記基材上に着弾したインキが十分に濡れ広がる前にポリマー粒子が成膜してしまい、印刷部に白抜け等が発生してしまうという問題もあった。
【0007】
特許文献5には、特定の構造を有する顔料分散剤、シリコーンオイル、及び有機溶剤を併用したインキによって、難吸収性基材上での印刷画質と吐出安定性とを両立できるとの記載がある。しかしながら、前記特許文献5で開示されているインキには、グリセリンを始めとした高沸点の有機溶剤が使用されており、難吸収性基材等への印刷時、短時間で十分に乾燥させることは難しい。またこの乾燥性不良に起因して、所望の塗膜耐性も得ることが困難であるという問題も存在した。
【0008】
更に特許文献6には、バインダー樹脂として、特定の酸価と、重量平均分子量とを有する水溶性アクリル樹脂を使用することにより、塗膜耐性を良化できるとの開示がある。しかしながら、前記特許文献6の実施例にて使用されている樹脂を実際に合成し、前記樹脂を含むインキを用いて、インクジェット1パス印刷方式による印刷実験を実施したところ、印刷後に印刷物を巻き取った際等に、前記印刷物が傷つくことがあることが判明した。このことから、特許文献6記載のインキは、印刷条件によっては、塗膜耐性の面で、実用品質には至っていないと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−354888号公報
【特許文献2】特開2004−210996号公報
【特許文献3】特開2008−247941号公報
【特許文献4】特開2012−251049号公報
【特許文献5】特開2013−203910号公報
【特許文献6】特開2010−047660号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記課題を解決すべくなされたものであって、その目的は、コート紙、アート紙及び微塗工紙等の難吸収性基材を用いても、白抜けのない優れた印刷画質を有し、かつ種々の塗膜耐性に優れる印刷物を得ることができ、更に、インクジェットノズルからの吐出安定性及び印刷時の乾燥性に優れる水性インクジェットインキを提供することにある。また、本発明の別の目的は、前記水性インクジェットインキの効果を好適に発現できる印刷物の製造方法を提供することにある。更に、本発明の別の目的は、上記に加え、更に保存安定性にも優れる水性インクジェットインキを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ね、使用する水溶性有機溶剤の表面張力及び沸点で、印刷基材上でのインキの濡れ広がり性と乾燥性を制御しつつ、酸価の低い水溶性のバインダー樹脂を用いることで、実用品質レベルの印刷塗膜耐性を実現できることを見出し、本発明を完成させたものである。
【0012】
すなわち本発明は、30m/分以上の速度で搬送される基材上に、水性インクジェットインキを、ラインパスタイプのインクジェット印刷方式により付与する工程と、前記基材に熱エネルギーを加え、前記水性インクジェットインキを乾燥させる工程とを含むことを特徴とする、水性インクジェットインキ印刷物の製造方法であって、
前記水性インクジェットインキが、少なくとも水、顔料、水溶性有機溶剤、及び、バインダー樹脂を含有し、
水溶性有機溶剤は、表面張力が30〜50mN/mであり、かつ1気圧下における沸点が180〜230℃である水溶性有機溶剤を含み、
前記表面張力が30〜50mN/mであり、かつ1気圧下における沸点が180〜230℃である水溶性有機溶剤の含有量が、水性インクジェットインキ全量に対し15〜50重量%であり、
前記バインダー樹脂が、カルボキシル基を有する構造単位を有する共重合体であって、樹脂中に存在するカルボキシル基を塩基性化合物により中和した水溶性樹脂であり、
前記バインダー樹脂が、(メタ)アクリル樹脂及び/またはスチレン−(メタ)アクリル樹脂であり、
前記バインダー樹脂のローディングインデックス値が、10以下であり、
前記バインダー樹脂の数平均分子量(Mn)に対する重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mn)が、1.0〜2.0であり、
前記バインダー樹脂の酸価が5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満であることを特徴とする、水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0013】
また本発明は、前記水溶性有機溶剤が、炭素数4以上であるアルカンジオールを含むことを特徴とする、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0014】
また本発明は、前記炭素数4以上であるアルカンジオールの含有量が、前記水溶性有機溶剤全量に対し10〜95重量%であることを特徴とする、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0015】
また本発明は、前記水溶性有機溶剤が、炭素数3以下であるアルカンジオールを含むことを特徴とする、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0016】
また本発明は、さらにアルキル基を有する単量体に由来する構造単位有する共重合体であることを特徴とする、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0018】
また本発明は、前記バインダー樹脂の重量平均分子量(Mw)が、5,000〜20,000であることを特徴とする、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0019】
また本発明は、前記バインダー樹脂の含有量が、水性インクジェットインキ全量に対して2〜10重量%であることを特徴とする、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0020】
また本発明は、前記水性インクジェットインキの25℃における表面張力が20〜35mN/mであり、かつ、25℃における粘度が1〜20mPa・sであることを特徴とする、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0021】
また本発明は、前記水性インクジェットインキが、少なくとも顔料および水を含む顔料分散液と、バインダー樹脂と、水溶性有機溶剤とを混合撹拌する工程を含む製造方法で製造されたことを特徴とする、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0023】
また本発明は、前記水性インクジェットインキを乾燥させる方法が、赤外線照射によるものである、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法に関する。
【0024】
また本発明は、上記水性インクジェットインキ印刷物の製造方法で得られた印刷物に関する。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、コート紙、アート紙、微塗工紙等の難吸収性基材を用いても、白抜けのない優れた印刷画質を有し、かつ種々の塗膜耐性に優れる印刷物を得ることができ、更に、インクジェットノズルからの吐出安定性及び印刷時の乾燥性に優れる水性インクジェットインキの提供が可能となった。また、本発明により、前記水性インクジェットインキの効果を好適に発現できる印刷物の製造方法の提供が可能となった。更に、本発明により、上記に加え、更に保存安定性にも優れる水性インクジェットインキの提供が可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、本発明の実施形態(以下、「本実施形態」ともいう)である水性インクジェットインキ(以下、単に「水性インキ」または「インキ」とも記載する)及び印刷物の製造方法について説明する。
【0027】
<水性インクジェットインキ>
上記でも説明したように、コート紙、アート紙、微塗工紙等の難吸収性基材は、基材自体の表面エネルギーが小さく、水性インキを十分に濡れ広がらせることは容易ではない。濡れ広がり性が不十分であると、ベタ印刷部等におけるインキの埋まりもまた不十分となり、白抜け等の画像欠陥が発生する。加えて、上質紙等の易吸収性基材に印刷したときと比べ、難吸収性基材ではインキの浸透等が起きにくいため、乾燥性が悪くなる。その結果、基材上に長期にわたって残存したインキ液滴同士が合一し、色境界にじみ及び/またはモットリングが発生する。以上のように、難吸収性基材に印刷する際は、インキの濡れ広がり性及び乾燥性を十分に確保する必要がある。
【0028】
特に、水性インキの主成分である水は、他の有機溶剤と比べて極めて表面張力が高く、濡れ広がり性に悪影響を及ぼす。上記問題点を補うべく、一般に水性インキでは表面張力の低い水溶性有機溶剤が併用される。表面張力の低い水溶性有機溶剤は、難吸収性基材上で濡れ広がり性を向上できるとともに、難吸収性基材内部への浸透を促進させることができることから、難吸収性基材上であっても白抜け及びモットリングを抑え、かつ乾燥性に優れた印刷物を得ることが可能となる。
【0029】
一方、表面張力の低い水溶性有機溶剤は、バインダー樹脂と併用したときに、インキ特性に悪影響を及ぼす恐れがある。水性インキでは、印刷物に塗膜耐性を付与するべく、バインダー樹脂を併用することが一般的であり、重量平均分子量が大きいバインダー樹脂ほど、印刷物の塗膜耐性に優れることが知られている。また、水性インキで使用されるバインダー樹脂には、大別して水分散性樹脂微粒子と水溶性樹脂の2種類があり、水性インキに要求される特性に応じて、いずれか、または、両方を組み合わせて用いる。
【0030】
ここで、表面張力の低い水溶性有機溶剤は、バインダー樹脂との親和性が高い。バインダー樹脂として水分散性樹脂微粒子を用いる場合、表面張力の低い水溶性有機溶剤が造膜助剤として働き、前記水分散性樹脂微粒子が溶解しやすい、という問題が発生する。特に、インクジェットノズル端面等の気液界面では、沸点の低い水が優先的に揮発しやすく、表面張力の低い水溶性有機溶剤が濃縮されることで、水分散性樹脂微粒子の溶解が促進される。その後、更に乾燥が進み、表面張力の低い水溶性有機溶剤が揮発すると、前記水溶性有機溶剤に溶解していた水分散性樹脂微粒子が析出し、皮膜化し、インクジェットヘッドノズルを閉塞する、または析出物となることで、吐出安定性が著しく損なわれてしまう。また、難吸収基材上でインキが乾燥する過程において、十分に基材上で濡れ広がる前に成膜が起きることで、印刷物に白抜けが発生しやすくなる。
【0031】
またバインダー樹脂が水溶性樹脂である場合、表面張力の低い水溶性有機溶剤に対しても一部が溶解すると考えられる。その結果、やはり気液界面において、水及び表面張力の低い水溶性有機溶剤の存在比率が、揮発とともに変化する過程で、水溶性樹脂の析出及び溶解度が飽和に近づくことに伴う増粘が発生し、吐出不良または吐出遅れ等の、吐出安定性の悪化に繋がる。更に、難吸収性基材上でインキが乾燥する過程において、インキが十分に濡れ広がる前に増粘することで流動性を失い、白抜けが発生する恐れもある。
【0032】
上記現状に対し、本実施形態では、水溶性有機溶剤として、表面張力が30〜50mN/mであり、かつ1気圧下における沸点が180〜230℃である水溶性有機溶剤(以下、単に「特定水溶性有機溶剤」ともいう)を、水性インクジェットインキ全量に対し15〜50重量%含むことを特徴とする。30〜50mN/mという表面張力範囲は、水溶性有機溶剤の中ではやや高く、バインダー樹脂との過剰な親和を防止している。
【0033】
一方で特定水溶性有機溶剤を用いた水性インキは、上記で説明した、表面張力の低い水溶性有機溶剤を用いた水性インキに比べると、難吸収性基材等における、白抜け、モットリング、及び乾燥性の改善には不十分となる。前記課題に対し、本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、併用するバインダー樹脂の酸価を、5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満とすることで、前記課題が好適に解決できることを見出した。詳細な理由は不明であるが、前記酸価を有するバインダー樹脂が、親水性ユニットである酸基と、疎水性ユニットである樹脂骨格とからなる界面活性剤として機能すると考えられる。その結果、難吸収性基材表面に着弾した水性インキの液滴がよく濡れ広がるとともに、バインダー樹脂が液滴表面に配向することで、液滴同士の合一が抑制される。そのため、吐出安定性を好適に維持したまま、難吸収性基材上であっても白抜け及びモットリングを抑え、かつ乾燥性に優れた印刷物を得ることが可能となると考えられる。
【0034】
上記のように、吐出安定性、印刷物の画質、乾燥性、及び塗膜耐性を両立したインキを得るためには、特定水溶性有機溶剤を選択し、かつ好適な酸価を有するバインダー樹脂との併用により、インキ性能をコントロールすることが不可欠である。なお、上記のメカニズムは推論であり、何ら本発明を限定するものではない。
【0035】
続いて以下に、本実施形態の水性インキを構成する各成分について述べる。
【0036】
(水溶性有機溶剤)
本実施形態で用いられる水溶性有機溶剤は、上記の通り、難浸透性基材を始めとした基材に対する濡れ広がり性、インキ乾燥性の向上、及びインクジェットノズルからの吐出性の確保等の観点から選択される。
【0037】
上記の通り、バインダー樹脂との過剰な親和を防止するとともに、比較的優れた濡れ広がり性及び難吸収性基材内部への浸透性を有するために、難浸透性基材上であっても、ドット同士のにじみを抑制しモットリングの少ない印刷物が得られやすいという観点から、本実施形態で用いられる有機溶剤として、表面張力が30〜50mN/mである水溶性有機溶剤を含む。
【0038】
なお本実施形態における表面張力とは、25℃の環境下において、Wilhelmy法(プレート法、垂直板法)により測定された静的表面張力を指す。本実施形態に用いられる有機溶剤の表面張力は、難吸収性基材に対する濡れ広がり性及び前記基材内部への浸透性に優れる観点から、30〜40mN/mであることがより好ましく、30〜36mN/mであることが更に好ましく、30〜32mN/mであることが最も好ましい。
【0039】
また、バインダー樹脂と併用した際に、好適な印刷画質、乾燥性、及び吐出安定性を有する水性インキが得られる点から、上記表面張力が30〜50mN/mである水溶性有機溶剤の、1気圧下における沸点は180〜230℃であり、好ましくは180〜220℃であり、更に好ましくは190〜210℃である。
【0040】
一方別の形態として、1気圧下における沸点が210〜230℃である特定水溶性有機溶剤を含むインキは、インクジェットノズルでの保湿性を確保することができ、吐出安定性に優れたインキとすることができる。
【0041】
なお、本実施形態における沸点は、例えば熱重量・示差熱分析(TG−DTA)等の熱分析装置を用いて測定することができる。
【0042】
本実施形態のインキでは、表面張力が30mN/m以上50mN/m以下であり、かつ1気圧下における沸点が180℃以上230℃以下である水溶性有機溶剤を、単独で、もしくは、複数組み合わせて使用することができる。具体的には、エチレングリコール、1,2−プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、3−メチル−1,3−ブタンジオール、2,2−ジメチル−1,3−プロパンジオール、ジプロピレングリコール等のポリオール系溶剤;
ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノベンジルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノイソプロピルエーテル等のエチレングリコールモノエーテル系溶剤;
ジエチレングリコールモノエチルエーテルアセテート等のエチレングリコールモノエーテルアセテート系溶剤;
N,N−ジメチル−β−メトキシプロピオンアミド、N−メチルピロリドン、γ−ブチロラクトン等の含窒素溶剤;等が挙げられる。
【0043】
上記具体例の中でも、含窒素溶剤以外の水溶性有機溶剤を使用することが好ましく、ポリオール系溶剤を使用することがより好ましい。
【0044】
上記具体例の中でも、本実施形態では、炭素数が4以上であるアルカンジオールである、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、3−メチル−1,3−ブタンジオール、及び2,2−ジメチル−1,3−プロパンジオールから選択される1種以上の水溶性有機溶剤を使用することが好ましく、その中でも特に、直鎖アルカンジオールである、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、及び1,4−ブタンジオールから選択される1種以上の水溶性有機溶剤を使用することが極めて好ましく、1,2−アルカンジオールである、1,2−ブタンジオールを使用することが最も好ましい。炭素数が4以上のアルカンジオールは、1分子中に、親水性ユニットであるヒドロキシル基と疎水性ユニットであるアルキル基とを有し、水に対する親和性が高い一方で、バインダー樹脂と同様に、インキの表面張力を好適な範囲まで低下させることができると考えられる。そのため、インキの濡れ広がり性を向上させ、印刷画質に優れた印刷物を得ることが容易になる。前記現象は、特に、ヒドロキシル基が近接して存在する1,2−アルカンジオールにおいて、顕著に発現すると考えられる。更に詳細は不明であるが、1,2−ブタンジオールを用いたインキは、保存安定性にも優れたものとなる。
【0045】
また別の形態として、表面張力が30mN/m以上50mN/m以下であり、かつ1気圧下における沸点が180℃以上230℃以下である水溶性有機溶剤として、炭素数が3以下であるアルカンジオールである、エチレングリコール、1,2−プロパンジオール、及び1,3−プロパンジオールから選択される1種以上の水溶性有機溶剤を選択することも好適である。前記炭素数が3以下であるアルカンジオールは、特定水溶性有機溶剤の中でも沸点が低く、前記炭素数が3以下であるアルカンジオールを用いたインキは乾燥性に特段に優れたものとなる。なお後述するように、前記炭素数が3以下であるアルカンジオールは表面張力が35〜50mN/mと比較的高いことから、基材の種類によらず、印刷画質にも優れたインキとする観点から、界面活性剤と組み合わせて使用することが好ましい。
【0046】
更に別の形態として、上記で説明した、1気圧下における沸点が210〜230℃である特定水溶性有機溶剤を選択する場合、上記例示した化合物の中でも、水酸基を2個以上有するものを用いることで、吐出安定性及び保存安定性に優れたインキとすることができる。具体的には、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、2,2−ジメチル−1,3−プロパンジオール、及びジプロピレングリコールから選択される1種以上の水溶性有機溶剤を選択することが好適である。
【0047】
なお、水性インキの印刷画質、吐出安定性、乾燥性、及び保存安定性を調整するために、上記炭素数が4以上であるアルカンジオール、上記炭素数が3以下であるアルカンジオール、及び、上記の1気圧下における沸点が210〜230℃である特定水溶性有機溶剤のうち水酸基を2個以上有するもの、から選択される水溶性有機溶剤のうち、2種類以上を併用してもよい。
【0048】
また本実施形態の水性インキには、先に例示した特定水溶性有機溶剤以外の水溶性有機溶剤を、単独もしくは複数併用することが可能である。但し、所望とする効果が低減しない程度に、その含有量を調整することが好ましい。
特定水溶性有機溶剤以外の水溶性有機溶剤の具体例として、1,2−ペンタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、1,6−ヘキサンジオール、3−メチル−1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、グリセリン等のポリオール系溶剤;
2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、3−メトキシ−1−ブタノール、3−メトキシ−3−メチルブタノール等の1価アルコール系溶剤;
プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル、トリプロピレングリコールモノメチルエーテル、トリプロピレングリコールモノエチルエーテル、トリプロピレングリコールモノプロピルエーテル、トリプロピレングリコールモノブチルエーテル等のプロピレングリコールモノエーテル系溶剤;
プロピレングリコールジメチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、トリプロピレングリコールジメチルエーテル等のプロピレングリコールジエーテル系溶剤;
エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコール−2−エチルヘキシルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノペンチルエーテル、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、トリエチレングリコールモノプロピルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル等のエチレングリコールモノエーテル系溶剤;
ジエチレングリコールメチルエチルエーテル、ジエチレングリコールメチルブチルエーテル、トリエチレングリコールメチルエチルエーテル、トリエチレングリコールメチルブチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジエチルエーテル、テトラエチレングリコールメチルエチルエーテル、テトラエチレングリコールメチルブチルエーテル等のエチレングリコールジエーテル系溶剤;
2−ピロリドン、N−メチルオキサゾリジノン、ε−カプロラクトン等の含窒素溶剤;等が挙げられる。但し、これらに限定されるものではない。
【0049】
また上記特定水溶性有機溶剤の場合と同様の理由により、前記特定水溶性有機溶剤以外の水溶性有機溶剤に関しても、炭素数が4以上であるアルカンジオールを含むことが好ましい。上記例示した化合物のうち、炭素数が4以上であるアルカンジオールとして、1,2−ペンタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、1,6−ヘキサンジオール、3−メチル−1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール等を挙げることができる。
【0050】
本実施形態では、上記説明した特定水溶性有機溶剤、及び、前記特定水溶性有機溶剤以外の水溶性有機溶剤の中でも、HLB(Hydrophile−Lipophile Balance)値が8以下であるものを使用することが好ましい。HLB値が8以下である水溶性有機溶剤を使用することで、保存安定性及び吐出安定性が特に優れる水性インキとすることができる。特定水溶性有機溶剤のうち、HLB値が8以下であるものとして、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、3−メチル−1,3−ブタンジオール、及び2,2−ジメチル−1,3−プロパンジオール等が挙げられる。
【0051】
なお、HLB値の算出方法にはグリフィン法、デイビス法、川上法等種々の方法があるが、本実施形態ではグリフィン法を用いてHLB値の算出を行う。グリフィン法とは、対象の材料の分子量を用いて、下記式(1)によってHLB値を算出する方法である。なお、HLB値は小さいほど材料の疎水性が高く、大きいほど材料の親水性が高い。
【0052】
式(1):

HLB値=20×(親水性部分の分子量の総和)÷(材料の分子量)
【0053】
本実施形態の水性インキにおいて、特定水溶性有機溶剤の含有量は、水性インキ全量に対して、15〜50重量%である。上記含有量は、好ましくは15〜40重量%以下であり、更に好ましくは15〜30重量%であり、最も好ましくは20〜30重量%である。上記水溶性有機溶剤の含有量を15重量%以上にした場合、インクジェットヘッド上での保湿性を付与しつつ、基材上でのインキの浸透力と乾燥性のバランスをとることが可能となるため、吐出安定性を確保しながら、高速印刷においても良好な印刷画質を実現することが可能となる。また、上記含有量を50重量%以下にした場合、インキ粘度を好適な範囲に収めることができ、良好な吐出安定性を得ることが容易となる。更に詳細は不明であるが、含有量を15〜40重量%とすることで、インキの保存安定性も良化する。
【0054】
また、特定水溶性有機溶剤は、特定水溶性有機溶剤以外の水溶性有機溶剤と併用してもよい。インキ中に含まれる水溶性有機溶剤全量に対する、前記特定水溶性有機溶剤の配合量は、50〜100重量%であることが好ましく、60〜100重量%であることがより好ましく、70〜100重量%であることが特に好ましい。特定水溶性有機溶剤の配合量が上記範囲内であれば、上記で説明した、特定水溶性有機溶剤の効果を好適に発現させることが可能となる。
【0055】
加えて、上記で説明した効果を特に好適に発現させ、吐出安定性及び保存安定性に優れるインキを得る観点から、炭素数が4以上であるアルカンジオールの含有量は、水溶性有機溶剤全量に対して10〜95重量%であることが好ましく、30〜90重量%であることがより好ましく、50〜85重量%であることが特に好ましい。なお、上記算出に用いる、「炭素数が4以上であるアルカンジオールの含有量」とは、特定水溶性有機溶剤に含まれる、炭素数が4以上であるアルカンジオールの含有量と、特定水溶性有機溶剤以外の水溶性有機溶剤に含まれる、炭素数が4以上であるアルカンジオールの含有量との合計量を意味する。
【0056】
(バインダー樹脂)
上記にも記載した通り、本実施形態の水性インクジェットインキはバインダー樹脂を含む。また、インクジェットインキに使用されるバインダー樹脂として、水分散性樹脂微粒子(以下、単に「樹脂微粒子」ともいう)と水溶性樹脂とが知られており、本実施形態の水性インキではどちらかを選択して用いてもよいし、両者を併用してもよい。
【0057】
(水分散性樹脂微粒子)
一般に水分散性樹脂微粒子は、水溶性樹脂よりも分子量が大きく、また分散状態でインキ中に存在するため、配合量も水溶性樹脂の場合に比べ増やすことができる。そのため、印刷物の塗膜耐性を高めるのに適している。
【0058】
但し、バインダー樹脂として水分散性樹脂微粒子を使用した場合、前記水分散性樹脂微粒子の最低造膜温度(MFT)を考慮する必要がある。MFTの低い水分散性樹脂微粒子を使用した場合、併用する水溶性有機溶剤によっては、水分散性樹脂微粒子のMFTが更に低下する。そのため、室温であっても水分散性樹脂微粒子が融着及び/または凝集を起こし、インクジェットノズルの目詰まりが発生し易くなる。上記不具合を回避するために、水分散性樹脂微粒子を構成する単量体の成分及び配合量を調整することにより、前記水分散性樹脂微粒子のMFTを60℃以上にすることが好ましい。なおMFTは、例えば、テスター産業社製のMFTテスターによって測定することができる。
【0059】
(水溶性樹脂)
一方、水溶性樹脂は、水分散性樹脂微粒子とは異なり、樹脂自身が溶解性を有する。そのため、上記でも説明したように、バインダー樹脂として水溶性樹脂を含むインキは、表面張力の低い水溶性有機溶剤を併用した場合、または、気液界面においてインキから水が揮発した場合であっても、樹脂成分が即座に析出し皮膜化することはない。したがって、インクジェットヘッドノズルでの目詰まりが起きにくく、優れた吐出安定性を得ることが容易である。これらの点から本実施形態では、バインダー樹脂として水溶性樹脂を使用することが好ましい。
【0060】
なお本実施形態における「水溶性樹脂」には、「ハイドロゾル」と呼ばれる形態も含まれるものとする。ハイドロゾルとは、構造中に存在する酸性及び/または塩基性の官能基が中和された状態で、樹脂が水性媒体中に存在する材料であり、粒子性を有する一方で、その表面の少なくとも一部が膨潤及び溶解しているという特徴を有している。
【0061】
ハイドロゾルは、例えば、溶液重合法等に従い、有機溶媒中で樹脂を合成した後、アミン等で樹脂を中和し、次いで、中和した樹脂を水性媒体に添加し、分散処理することで得られる。別法として、アミン等を含む水性媒体中に、上記樹脂の溶液を添加し、中和、及び分散処理を同時に行うことで得ることもできる。
【0062】
本実施形態において、バインダー樹脂が、水溶性樹脂か、水分散性樹脂微粒子かを確認する方法として、以下に示すローディングインデックス値を測定し、確認する方法が挙げられる。
【0063】
本明細書において「ローディングインデックス値」とは、試料であるバインダー樹脂の水溶液にレーザー光を照射した時の散乱光総量から算出される値を意味する。本実施形態の水溶性樹脂の場合、その少なくとも一部が水に溶解、または膨潤するため、液中における樹脂表面での散乱が弱くなると考えられる。このような観点から、ローディングインデックス値によって、水に対する樹脂の溶解性を判断することができる。通常、上記値が10以下であるバインダー樹脂は、その少なくとも一部が水に溶解していると考えられ、本実施形態の前記バインダー樹脂として好適に用いられる。
【0064】
ローディングインデックス値は、例えば、動的光散乱式粒子分布測定装置である、マイクロトラック・ベル社製のUPA−EX150を用いて、以下方法によって確認することができる。まず、25℃の環境下において、水を分散媒として、セットゼロ(バックグラウンド測定)を実施する。次に、上記装置のサンプルセル内に、固形分濃度が10重量%となるように調整した、バインダー樹脂の水溶液を投入する。水溶液の液面が静かになった後、サンプルローディングを実行して、表示されるローディングインデックス値を確認する。
【0065】
本実施形態の水性インキに用いるバインダー樹脂は、カルボキシル基を有する構造単位と、アルキル基を有する構造単位とを有する共重合体であることが好ましい。上記でも説明した通り、親水性ユニットであるカルボキシル基と、疎水性ユニットであるアルキル基とからなる界面活性剤として働き、難吸収性基材であっても、印刷画質及び乾燥性に優れた印刷物が得られるためである。
【0066】
前記構成を有するバインダー樹脂を得る方法として、例えば、カルボキシル基を有する単量体と、アルキル基を有する単量体とを用いて、前記バインダー樹脂を合成する方法、または、アルキル基を有する樹脂に対し、カルボキシル基を有する単量体、及び/または、カルボキシル基を有する構造単位を含む樹脂をグラフトさせる方法が挙げられ、いずれの方法を選択してもよい。
【0067】
前記カルボキシル基を有する単量体として、バインダー樹脂が(メタ)アクリル構造を有する場合は、(メタ)アクリル酸、クロトン酸、アンゲリカ酸、カルボキシメチル(メタ)アクリレート、カルボキシエチル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリロイルオキシエチルコハク酸、(メタ)アクリロイルオキシエチルフタル酸、(メタ)アクリロイルオキシエチルヘキサヒドロフタル酸等を;
バインダー樹脂がウレタン樹脂である場合は、2,2−ジメチロールプロピオン酸、2,2−ジメチロールブタン酸、2,2−ジメチロール酪酸、2,2−ジメチロール吉草酸等を;
バインダー樹脂がスチレン構造を有する場合は、カルボキシスチレン等を;それぞれ挙げることができる。上記化合物は1種のみ用いてもよいし、2種以上併用してもよい。なお本明細書において、「(メタ)アクリル」は、「アクリル」及び「メタクリル」から選択される少なくとも1種を表し、「(メタ)アクリロイル」は、「アクリロイル」及び「メタクリロイル」から選択される少なくとも1種を表す。
【0068】
また、上記アルキル基とは、具体的には炭素数8〜36のアルキル基を表し、好ましくは10〜30のアルキル基、更に好ましくは12〜26のアルキル基、特に好ましくは18〜24のアルキル基を表す。前記炭素数のアルキル基を有する構造単位を含むバインダー樹脂は、上記界面活性剤としての機能が好適に発現し、印刷画質が特段に優れた印刷物を得ることができるとともに、インキ中で安定的に存在できるため、好適に選択される。
【0069】
なお上記アルキル基は、直鎖構造、分岐構造、または環状構造のいずれであってもよいが、直鎖構造がより好ましい。直鎖アルキル基の例として、オクチル基(C8)、ノニル基(C9)、デシル基(C10)、ラウリル基(C12)、ミリスチル基(C14)、セチル基(C16)、ステアリル基(C18)、アラキル基(C20)、ベヘニル基(C22)、リグノセリル基(C24)、セロトイル基(C26)、モンタニル基(C28)、メリッシル基(C30)、ドトリアコンタノイル基(C32)、テトラトリアコンタノイル基(C34)、ヘキサトリアコンタノイル基(C36)等が挙げられる。
【0070】
更に、上記アルキル基を有する樹脂としては、(メタ)アクリル樹脂、スチレン−(メタ)アクリル樹脂、ウレタン樹脂、スチレンブタジエン樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリオレフィン樹脂等が挙げられる。前記樹脂に対して、例えば、上記例示したカルボキシル基を有する単量体、及び/または、カルボキシル基を有する構造単位を含む樹脂を、従来公知の方法でグラフトさせることができる。
【0071】
本実施形態において、バインダー樹脂は、上記の通り、水溶性樹脂であることが好ましい。したがって、前記構成を有する樹脂を用いる場合、前記樹脂中に存在するカルボキシル基を、塩基性化合物により中和し、水溶化することが好ましい。前記塩基性化合物として、例えば、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ジメチルアミノエタノール、2−アミノ−2−メチルプロパノール、等のアルカノールアミン;アンモニア;水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物を用いることができる。中でも、有機化合物であるバインダー樹脂との相溶性の点から、上記に例示したアルカノールアミンまたはアンモニアが好適に用いられる。
【0072】
本実施形態において、バインダー樹脂の種類としては、(メタ)アクリル樹脂、スチレン−(メタ)アクリル樹脂、ウレタン樹脂、スチレンブタジエン樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリオレフィン樹脂等が挙げられる。中でも、インキの保存安定性、印刷物の塗膜耐性向上、豊富な材料選択性についても考慮すると、(メタ)アクリル樹脂及び/またはスチレン−(メタ)アクリル樹脂が好ましく使用され、スチレン−(メタ)アクリル樹脂が特に好ましく選択される。なお特に限定するものではないが、バインダー樹脂としてスチレン−(メタ)アクリル樹脂を用いる場合、スチレン系構造単位:カルボキシル基を有する構造単位:アルキル基を有する構造単位:その他の構造単位の配合比(重量比)は、0〜35:0.5〜15:0.5〜50:0〜99の範囲とする(ただし、合計量を100とする)ことが好ましく、3〜20:1〜10:1〜25:45〜95の範囲とすることがより好ましい。
【0073】
また本実施形態では、バインダー樹脂として、公知の合成方法により合成したものを用いてもよいし、市販品を用いてもよい。その構成についても特に制限はなく、例えば、ランダム構造、ブロック構造、櫛形構造、星型構造等の構造を有する樹脂を任意に用いることができる。中でも本実施形態の場合は、親水性ユニットとなる部位と疎水性ユニットとなる部位とを分子内で明確に区別できるような構成にすることで、上記で説明した界面活性剤としての機能が好適に発現するとともに、気液界面での増粘が起きにくく吐出安定性を向上させることができる。更には詳細な理由は不明であるが、白抜け抑制と乾燥性とを両立したインキにできる観点から、ブロック構造、または櫛形構造を有していることが好ましく、ブロック構造を有していることが特に好ましい。
【0074】
本実施形態において、バインダー樹脂の重量平均分子量(Mw)は、5,000〜25,000であることが好ましく、7,500〜23,000であることがより好ましく、10,000〜20,000であることが特に好ましい。重量平均分子量を5,000以上に調整した場合、印刷物において良好な塗膜耐性を得ることが容易となる。また、重量平均分子量を25,000以下に調整した場合、インクジェットヘッドからの吐出安定性を良好な状態にすることが容易である。
【0075】
また、バインダー樹脂として水溶性樹脂を使用する場合、その分子量分布幅が小さいことが好ましい。分子量分布幅が大きいと、吐出安定性及び印刷画質に悪影響を与える可能性がある高分子量成分及び低分子量成分の割合が多くなる。そのため、例えば、高分子量成分に起因したインキの吐出不良又は吐出遅れ、及び白抜けが発生するか、あるいは、低分子量成分に起因した塗膜耐性の悪化が発生しやすくなる。したがって、分子量分布幅が小さい水溶性樹脂を使用することで、印刷品質の低下を抑制することができる。
【0076】
本実施形態において、バインダー樹脂として、数平均分子量(Mn)に対する重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mn)で表される分子量分布幅が1.0〜2.5であるものを使用することが好ましい。また上記バインダー樹脂の分子量分布幅は1.0〜2.0であることが特に好ましい。バインダー樹脂の分子量分布幅を上記範囲内に調整した場合、印刷初期を含めた吐出安定性の向上が容易である。また、印刷物において優れた画質及び優れた塗膜耐性を得ることが容易である。
【0077】
これは、Mw/Mnで表される分子量分布幅が小さいバインダー樹脂ほど、高分子量体及び低分子量体の量が少なくなることに起因する。すなわち、分子量分布幅が小さく、高分子量体の少ない水溶性樹脂を用いることで、気液界面におけるインキの増粘が抑えられやすいためと考えられる。このように、分子量分布幅が上記範囲内のバインダー樹脂を使用することで、吐出遅れの発生を抑制し、吐出安定性を更に高めることが可能となる。また、印刷時は、溶媒が揮発する過程でもインキが流動性を保持し、濡れ広がり性を向上させ均一なドットを形成することが可能となり、白抜け等のない印刷画質に優れた印刷物を得ることが可能となる。更に、バインダー樹脂として、好適な範囲の分子量分布幅を有する、すなわち低分子量体の少ないものを用いることで、十分な塗膜耐性を有する印刷物を得ることが可能となる。
【0078】
なお、バインダー樹脂の重量平均分子量及び数平均分子量は、常法によって測定することができる。例えば、重量平均分子量は、TSKgelカラム(東ソー社製)を用い、RI検出器を装備したGPC(東ソー社製、HLC−8120GPC)で、展開溶媒にTHFを用いて測定したポリスチレン換算の測定値である。
【0079】
本実施形態において、バインダー樹脂の酸価は、5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満であり、5〜50mgKOH/gであることが好ましく、5〜40mgKOH/gであることがより好ましく、5〜35mgKOH/gであることが更に好ましい。上記酸価が5mgKOH/g以上である場合、気液界面が固化してしまった後でも、再度溶解させることが可能となり、インクジェットノズル上での目詰まりを抑制し、吐出安定性が向上することが容易となる。また、上記酸価が60mgKOH/g未満である場合、耐水性等の種々の塗膜耐性に優れた印刷物を得ることが容易となり、また、インキの保存安定性が良化する点で好ましい。更に、本発明者らは、酸価が5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満の水溶性樹脂を使用した場合、印刷初期における吐出安定性が特に良好となることを見出した。詳細な理由は不明であるが、バインダー樹脂中の酸基を介して、上記水溶性有機溶剤が水素結合を形成し、インキの粘弾性が好適な状態になるためと考えられる。
【0080】
なお本明細書において、「酸価」とは、1gの試料中に含まれる酸性成分を中和するのに必要な水酸化カリウムのミリグラム数(mgKOH/g)を意味する。本実施形態において、バインダー樹脂の酸価は、前記樹脂を構成する単量体の構成から算出してもよいし、実験的に測定してもよい。なお、単量体の構成から酸価を算出する方法は、後述する実施例にて例示する。また、実験的に測定する方法を例示すると、京都電子工業社製の電位差自動滴定装置AT−710Sを用い、水酸化カリウムのエタノール溶液(0.1mol/L)で試料溶液を滴定する。滴定終了後、終点到達までに添加した前記エタノール溶液の量から、酸価を算出する。
【0081】
本実施形態では、バインダー樹脂のガラス転移点温度(Tg)を高くすることで、種々の塗膜耐性をより向上させることが可能である。具体的には、30〜110℃の範囲とすることが好ましく、より好ましくは50〜100℃の範囲である。ガラス転移点温度が30℃以上であると、耐水性を始めとした種々の塗膜耐性に優れたインキにしやすく、実用においても印刷物からの印刷の剥がれを抑制することができる。また、ガラス転移点温度が110℃以下であると、印刷物を折り曲げた際の印刷面のワレ及びヒビの発生を抑制できる。
【0082】
なお、本実施形態において、ガラス転移温度は、下記式(2)によって求めることができる。
【0083】
式(2):

1/Tg = Σ(Wn/Tgn)
【0084】
上記式(2)において、Tgは、重合体または各ブロックのガラス転移温度(K)を表し、Wnは、前記重合体または各ブロックを構成する各構造単位の質量分率を表し、Tgnは、前記各構造単位のホモポリマーのガラス転移温度(K)を表す。前記Tgnは、例えば、J.Brandrupら編、「ポリマーハンドブック(第4版)」(Wiley社、1998年)記載の値を使用できる。
【0085】
バインダー樹脂の含有量は、インキ全量に対して、2.0重量%以上が好ましく、2.5重量%以上がより好ましく、3.0重量%以上が特に好ましい。一方、上記含有量は、10重量%以下が好ましく、8.0重量%以下が好ましく、6.0重量%以下が特に好ましい。バインダー樹脂の添加量が2.0重量%以上の場合、界面活性剤としての機能が十分に発現するため、印刷画質及び乾燥性に優れたインキが得られる。更に、塗膜耐性にも優れたインキとなる。また、バインダー樹脂の添加量が10重量%以下の場合、インキ粘度を好適な範囲内に調整することが容易であり、また吐出安定性及び塗膜耐性に優れたインキとすることが容易である。
【0086】
(顔料分散液)
本実施形態の水性インキは、顔料を配合するときに顔料分散液を用いることが好ましい。「顔料分散液」とは、少なくとも顔料と水性媒体とを含み、前記水性媒体中に前記顔料が安定的に分散されている混合液を意味する。また「水性媒体」とは、少なくとも水を含む液体からなる媒体を意味し、「安定的に分散されている」とは、経時によっても顔料が凝集等を起こすことなく、均一に存在している状態を意味する。具体的には、顔料分散液を50℃の恒温機に1週間保存し、保存前後で体積平均粒子径(D50)を測定したとき、前記体積平均粒子径の変化率の絶対値が20%以下であれば、当該顔料分散液は、水性媒体中に顔料が安定的に分散されていると判断する。なお上記体積平均粒子径は、マイクロトラック・ベル社製のナノトラックUPA−EX150を用い、必要に応じて試料を水で希釈して測定した、メディアン径である。
【0087】
本実施形態において、顔料分散液を製造する方法として、(1)顔料分散剤を使用することなく、表面に官能基を付与した顔料(自己分散顔料)を水性媒体中に分散させる方法、(2)顔料分散樹脂または顔料分散界面活性剤を顔料分散剤として用い、顔料を水性媒体中に分散させる方法、(3)顔料表面の少なくとも一部を水不溶性樹脂で覆い、水性媒体中に分散させる方法、等が挙げられる。中でも、印刷物の光沢を向上でき、かつ、より保存安定性及び吐出安定性に優れたインキを得ることができる観点から、本実施形態において、顔料分散液は、上記(2)の方法によって製造されたものであることが好ましく、中でも、顔料分散樹脂を顔料分散剤として用いて分散された顔料を含むことが好ましい。
【0088】
(顔料)
本実施形態の水性インキで使用する顔料は、無機顔料、及び有機顔料のいずれであってよい。無機顔料の一例として、酸化チタン、亜鉛華、硫化亜鉛、鉛白、炭酸カルシウム、沈降性硫酸バリウム、ホワイトカーボン、アルミナホワイト、カオリンクレー、タルク、ベントナイト、黒色酸化鉄、カドミウムレッド、べんがら、モリブデンレッド、モリブデートオレンジ、クロムバーミリオン、黄鉛、カドミウムイエロー、黄色酸化鉄、チタンイエロー、酸化クロム、ビリジアン、チタンコバルトグリーン、コバルトグリーン、コバルトクロムグリーン、ビクトリアグリーン、群青、紺青、コバルトブルー、セルリアンブルー、コバルトシリカブルー、コバルト亜鉛シリカブルー、マンガンバイオレット、及びコバルトバイオレット、等が挙げられる。
【0089】
また有機顔料の一例として、アゾ顔料、フタロシアニン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料、イソインドリノン顔料、キノフタロン顔料、染料レーキ顔料、蛍光顔料等が挙げられる。具体的にカラーインデックスで例示すると、以下のとおりである。
【0090】
シアン顔料としては、C.I.Pigment Blue 1、2、3、10、11、14、15:1、15:3、15:4、15:6、16、18、19、21、22、56、57、60、61、64、66等が挙げられる。
【0091】
マゼンタ顔料としては、C.I.Pigment Red 5、7、9、12、31、48、49、52、53、57、83、84、85、89、97、112、120、122、123、146、147、149、150、168、170、177、178、179、184、185、188、194、195、196、202、206、207、209、224、238、242、254、255、260、264、269、282;C.I.Pigment Violet 19、23、29、30、32、36、37、38、40、50等が挙げられる。
【0092】
イエロー顔料としては、C.I.Pigment Yellow 1、2、3、12、13、14、16、17、20、23、24、74、83、86、93、94、95、97、108、109、110、115、117、120、125、128、129、137、138、139、147、148、150、151、154、155、166、168、180、185、192、193、199、202、213等が挙げられる。
【0093】
また、ブラック顔料としては、ファーネス法、またはチャネル法で製造されたカーボンブラックが挙げられる。例えば、これらのカーボンブラックの中でも、一次粒子径が11〜40nm、BET法による比表面積が50〜400m2/g、揮発分が0.5〜10重量%、pH値が2〜10等の特性を有するものが好適である。
上記特性を有する市販品として、例えば、No.33、40、45、52、900、2200B、2300、MA7、MA8、及びMCF88(以上、三菱化学製);RAVEN1255(コロンビアンカーボン製);REGA330R、400R、660R、MOGUL L、及びELFTEX415(以上、キャボット製);Nipex90、Nipex150T、Nipex160IQ、Nipex170IQ、Nipex75、Printex85、Printex95、Printex90、Printex35、及びPrintexU(以上、エボニックジャパン製)等が挙げられる。例示したいずれの市販品も、好ましく使用することができる。
【0094】
本実施形態のインキでは、上記カーボンブラックの他にも、例えば、アニリンブラック、ルモゲンブラック、アゾメチンアゾブラック等をブラック顔料として使用することができる。また、上記のシアン顔料、マゼンタ顔料、イエロー顔料等、及び下記のブラウン顔料、オレンジ顔料等の有彩色顔料を複数使用し、ブラック顔料を構成することもできる。
【0095】
先に例示したシアン、マゼンタ、イエロー、及びブラック以外の顔料として、C.I.Pigment Green 7、8、10、36、47;C.I.Pigment Brown 3、5、25、26;C.I.Pigment Orange 2、5、7、13、14、15、16、24、34、36、38、40、43、62、63、64、71、72、73等が挙げられる。
【0096】
上記顔料の含有率は、水性インキ全量に対して、0.1重量%以上15重量%以下であることが好ましく、より好ましくは0.5重量%以上10重量%以下であり、1重量%以上8重量%以下が特に好ましい。
【0097】
なお上記記載の通り、本実施形態では、表面に官能基を付与した顔料を自己分散顔料として用いてもよい。本実施形態では、公知の方法、例えば特開平9−151344号公報、特表平10−510861号公報、特開平11−323229号公報、特表2003−535949号公報等に記載の方法を用いて製造した自己分散顔料、及び/または、市販されている自己分散顔料を用いて、公知の方法により顔料分散液を製造してもよい。また、市販されている自己分散顔料分散液を、本実施形態における顔料分散液としてそのまま用いてもよい。なお市販の自己分散顔料分散液として、キャボット社のCAB−O−JET(登録商標)シリーズ、東海カーボン社のAQUA−BLACK(登録商標)162等が例示できる。
【0098】
(顔料分散樹脂)
本実施形態の水性インキにおいて顔料分散樹脂を用いる場合、その種類には特に制限はなく、例えば、(メタ)アクリル樹脂、スチレン−(メタ)アクリル樹脂、マレイン酸樹脂、スチレン−マレイン酸樹脂、ウレタン樹脂、エステル樹脂、アミド樹脂、イミド樹脂等から選択される1種以上の樹脂を用いることができる。中でも、顔料の吸着を強固にし、顔料分散体を安定化させるうえ、特定水溶性有機溶剤と組み合わせることで吐出安定性も向上できるという観点から、(メタ)アクリル樹脂、スチレン−(メタ)アクリル樹脂、ウレタン樹脂、及びエステル樹脂からなる群から選択される1種以上の樹脂を用いることが好ましい。また、これら樹脂の構成についても特に制限はなく、例えば、ランダム構造、ブロック構造、櫛形構造、星型構造等の構造を有する樹脂を任意に用いることができる。更に、本実施形態において用いられる顔料分散樹脂は、水溶性樹脂または水不溶性樹脂のどちらであってもよいが、インキの保存安定性を特段に向上できる観点から、水溶性樹脂を選択することが好ましい。なお顔料分散樹脂が、水溶性樹脂か、水不溶性樹脂かを確認する方法として、上記で説明した、ローディングインデックス値を用いた方法を利用することができる。
【0099】
本実施形態で用いられる顔料分散樹脂は、樹脂骨格内に炭素数10〜36のアルキル基を有することが好ましい。上記アルキル基を有する顔料分散樹脂を使用した場合、インキの保存安定性の観点、及びバインダー樹脂との相溶性の観点で、良好な結果を得ることが容易である。なお、アルキル基を有する樹脂を合成する方法の一例として、基本となる樹脂骨格におけるカルボン酸等の官能基に対して、アルキル基を有するアルコール及び/またはアミンを縮合させる方法が挙げられる。別法として、樹脂合成時にアルキル基を有する単量体を使用することでアルキル基を有する樹脂を合成する方法が挙げられる。
【0100】
顔料分散樹脂の分子量は、重量平均分子量が1,000以上100,000以下の範囲内であることが好ましく、5,000以上50,000以下の範囲であることがより好ましい。重量平均分子量を上記範囲内に調整した場合、水中で顔料を安定的に分散することができる。また、良好な吐出安定性が容易に得られるため好ましい。なお、顔料分散樹脂の重量平均分子量は、上記のバインダー樹脂の場合と同様に測定することができる。
【0101】
顔料分散樹脂の酸価は、60〜400mgKOH/gであることが好ましい。酸価が60mgKOH/g以上であれば、顔料分散樹脂が水に対して溶解しやすくなり、分散体の粘度を低く抑えることもできる。また、400mgKOH/g以下であれば、界面活性剤との相互作用を好適にすることができ、インキの粘度の上昇を防ぐことができる。更に、上記範囲内の酸価を有する顔料分散樹脂を用いたインキは、吐出安定性及び保存安定性にも優れる。顔料分散樹脂の酸価は、好ましくは100〜350mgKOH/gであり、更に好ましくは150〜300mgKOH/gである。
【0102】
顔料分散樹脂は、水への溶解度を上げるために、樹脂中の官能基を中和したものが好ましい。具体的には、酸基を中和する塩基として、アンモニア水、ジメチルアミノエタノール、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機塩基、または水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の無機塩基などが例示できる。
【0103】
顔料に対する顔料分散樹脂の配合率は、1〜50重量%であることが好ましい。顔料分散樹脂の比率を上記範囲に調整することで、顔料分散体及びインキの粘度を低く保つとともに、インキの保存安定性及び吐出安定性を向上させることができる。顔料に対する顔料分散樹脂の配合率は、より好ましくは2〜45重量%、更に好ましくは4〜40重量%であり、最も好ましくは5〜35重量%である。
【0104】
また、顔料分散樹脂として、(メタ)アクリル樹脂、スチレン−(メタ)アクリル樹脂、ウレタン樹脂、及びエステル樹脂からなる群から選択される1種以上の樹脂を用いる場合は、顔料分散樹脂中の芳香環構造を含む構造単位の割合が、樹脂に対して25重量%以上であることが好ましい。
なお、芳香環構造を含む構造単位の重量は、例えば、樹脂を製造するために使用した、芳香環構造を含む単量体成分の仕込み量から算出される。
【0105】
(水)
本実施形態のインキに含まれる水は、種々のイオンを含有する一般の水ではなく、イオン交換水(脱イオン水)を使用するのが好ましい。インキにおける水の含有量は、インキ全量に対し、20〜90重量%の範囲であることが好ましい。
【0106】
(界面活性剤)
本実施形態の水性インクジェットインキは、表面張力を調整し、基材、特に難吸収性基材上の濡れ広がり性を確保する目的で、界面活性剤(以下、単に「活性剤」と記載することもある)を使用することができる。界面活性剤としては、アセチレン系、シロキサン系、アクリル系、フッ素系等用途に合わせて様々なものが知られているが、インキの表面張力を十分に下げ優れた濡れ広がり性を確保するという観点から、少なくともアセチレン系界面活性剤、及び/またはシロキサン系界面活性剤を使用することが好ましい。
【0107】
アセチレン系界面活性剤を用いる場合、下記一般式(3)で表される化合物を使用することが好ましい。一般式(3)で表される化合物の市販品として、エアープロダクツ社製のサーフィノール(登録商標)104、サーフィノール420、サーフィノール440、サーフィノール465、サーフィノールDF110D、ダイノール(登録商標)604、ダイノール607等が例示できる。また例えば、特開2002−356451号公報で開示された方法等を用いて合成した化合物を用いてもよい。
【0108】
一般式(3):
【化1】
【0109】
一般式(3)中、sは0〜3の整数であり、t+uは0〜20の整数である。またEtはエチレン基を表す。
【0110】
またシロキサン系界面活性剤を用いる場合、水溶性有機溶媒との相溶性に優れる観点から、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤を用いることが好ましい。またポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤は、シロキサン鎖に対するポリエーテル基の導入位置によって、側鎖型、両末端型、片末端型、または、側鎖並びに両末端型に分類されるが、本実施形態の水性インキに用いる場合、相溶性の観点から、側鎖型、及び/または、両末端型のポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤を選択することが好ましく、両末端型のポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤を選択することが特に好ましい。
【0111】
なお上記に記載したように、特定水溶性有機溶剤として、炭素数が3以下であるアルカンジオールを用いた形態の場合、前記炭素数が3以下であるアルカンジオールの表面張力の高さを補い、基材によらず、白抜けのない画像が得られる観点から、上記界面活性剤を併用することが特に好ましい。その場合、気液界面及び基材−インキ界面への配向が速く、インキの濡れ広がり性を著しく向上でき、かつ、ドット合一を好適に抑制できる観点から、一般式(3)で表されるアセチレン系界面活性剤を選択することが好ましく、上記一般式(3)において、sが1または2であり、t+uが0〜15の整数である化合物を選択することが特に好ましい。
【0112】
界面活性剤の添加量の総量は、インキの全重量に対して、0.1重量%以上5重量%以下が好適であり、0.2重量%以上4重量%以下がより好ましい。また、アセチレン系界面活性剤と、シロキサン系界面活性剤とを併用する場合、アセチレン系界面活性剤の配合量に対するシロキサン系界面活性剤の配合量は、30〜500重量%であることが好ましく、60〜450重量%であることがより好ましく、90〜400重量%であることが更に好ましく、120〜350重量%であることが特に好ましい。
【0113】
(その他の成分)
本実施形態の水性インクジェットインキには、上記の成分の他に、必要に応じてpH調整剤を添加することができる。pH調整能を有する材料は、任意に選択することができる。塩基性化させる場合は、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ジメチルアミノエタノール、2−アミノ−2−メチルプロパノール、等のアルカノールアミン;アンモニア;水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物;炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウムなどのアルカリ金属の炭酸塩などを使用することができる。また、酸性化させる場合は塩酸、硫酸、酢酸、クエン酸、マレイン酸、無水マレイン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸、リン酸、ホウ酸、フマル酸、マロン酸、アスコルビン酸、グルタミン酸などを使用することができる。上記のpH調整剤は単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0114】
pH調整剤の配合量は、インクジェット用水性インキの全重量に対し、0.01〜5重量%であることが好ましく、0.1〜3重量%であることがより好ましく、0.2〜1.5重量%であることが最も好ましい。上記範囲内に調整することで、空気中の二酸化炭素の溶解などによるpH変化を防止できる。
【0115】
更に、所望の物性値を持つインキとするために、本実施形態の水性インキには、上記成分のほか、増粘剤、防腐剤、赤外線吸収剤、紫外線吸収剤等の添加剤を適宜添加することができる。その場合、上記添加剤の配合量は、インキ全量に対して0.01重量%以上10重量%以下であることが好ましく、0.05重量%以上5重量%以下であることがより好ましく、0.1重量%以上3重量%以下であることが更に好ましい。
【0116】
(インキの調製方法)
上記したような成分を含む、本実施形態のインキの調製方法としては、下記のような方法が挙げられるが、本実施形態のインキの調製方法は、これらに限定されるものではない。
【0117】
(I.顔料分散液の調製(顔料分散樹脂を使用する場合))
顔料と、水と、顔料分散樹脂とを混合し、撹拌(プレミキシング工程)したのち、必要に応じて後述の分散手段を用いて分散処理を行う(分散工程)。また必要に応じて、フィルタ等を用いた濾過処理、及び/または、遠心分離処理を行い、顔料分散液を得る。なお、バインダー樹脂の少なくとも一部を、上記プレミキシング工程、及び/または、分散工程の際に添加してもよい。
【0118】
なお、前記分散処理に使用される分散機は、一般に使用される分散機なら、如何なるものでもよいが、例えば、ボールミル、ロールミル、サンドミル、ビーズミル、ペイントシェーカー、マイクロフルイダイザー等が挙げられ、中でもビーズミルが好ましく使用される。
【0119】
本実施形態のインキはインクジェット用であるため、インクジェットヘッドノズルへの目詰まり防止の観点から、顔料の粒度分布を最適化することが好ましい。所望の粒度分布を有する顔料を得る方法として、上記濾過処理及び/または遠心分離処理を導入する方法のほかに、分散機の粉砕メディア径を小さくする方法、前記粉砕メディアの充填率を大きくする方法、分散処理時間を長くする方法、等が挙げられ、複数を組み合せてもよい。なおインキの粒度分布は、上記で説明した、顔料分散液の体積平均粒子径(D50)と同様にして測定できる。
【0120】
(II.インキの調製)
次に、前記顔料分散液に、バインダー樹脂、水溶性有機溶剤、水、及び、必要に応じて、界面活性剤、pH調整剤、及び/または上記で挙げたその他の添加剤成分を加え、よく撹拌する。その後、必要に応じて濾過処理を行うことで、本実施形態のインキとすることができる。
【0121】
なお上記撹拌の際、混合物の均一化等を目的として、前記混合物を加熱してもよい。その際、混合物の液温は、使用しているバインダー樹脂のガラス転移温度以下とすることが好ましい。
【0122】
また上記濾過処理の方法として、加圧濾過、減圧濾過、遠心濾過等が挙げられ、複数を組み合せてもよい。加圧濾過または減圧濾過においてフィルタを使用する場合、その孔径は0.3〜2.5μmであることが好ましい。
【0123】
(インキ粘度)
本実施形態のインキは、25℃における粘度が1〜20mPa・sであることが好ましい。この範囲であればインクジェットヘッドからの吐出安定性を保つことが容易となる。より好ましくは2〜15mPa・sであり、更に好ましくは3〜12mPa・sである。なお前記粘度は、東機産業社製のE型粘度計であるTVE−20Lを用い、25℃、回転数50rpmという条件で測定できる。
【0124】
(インキ表面張力)
また本実施形態のインキの表面張力は、20〜35mN/mであることが好ましく、21〜32mN/mであることがより好ましく、22〜30mN/mであることが特に好ましい。表面張力が上記範囲内であれば、白抜けのない、印刷画質に優れた印刷物を得ることができる。なお上記表面張力は、上記で説明した、水溶性有機溶剤の表面張力と同様にして測定することができる。
【0125】
<印刷物の製造方法>
本実施形態の水性インクジェットインキを用いた印刷物は、30m/分以上の速度で搬送される基材上に、上記記載の水性インクジェットインキを、ラインパスタイプのインクジェット印刷方式により付与する工程と、前記基材に熱エネルギーを加え、前記水性インクジェットインキを乾燥させる工程とを含む方法によって製造されることが好適である。
【0126】
一般に、インクジェットインキを印刷する方法として、インクジェットヘッドのノズルからインキを吐出させ、基材上にインキ液滴を付着させる方法が用いられる。前記インクジェットヘッドが搭載され、印刷に利用されるインクジェットプリンターは、印刷様式によって大きく2種類に分類される。一方は、ヘッドがインキを吐出しながら基材上を往復する「シャトルスキャンタイプ」であり、もう一方は、インキを吐出するヘッドの位置が固定され、基材が前記ヘッドの下部を通過する際にインキを吐出する「ラインパスタイプ」である。
【0127】
ラインパスタイプは、シャトルスキャンタイプと比較して高速印刷が可能であり、オフセット印刷等の既存の高速印刷機の代替が期待できる。しかしながら、シャトルスキャンタイプで行われる「捨て打ち」(flushing)ができず、また印刷する絵柄によってはインキが長時間吐出されないノズルが発生するため、シャトルスキャンタイプに比べて、吐出不良が発生しやすい。このように、特にラインパスタイプのプリンターにおいて、印刷速度の高速化と吐出不良の抑制とのトレードオフの解消は重要課題となる。
【0128】
一方、本実施形態のインクジェット用水性インキは、上記の通り、吐出安定性に優れるとともに、印刷物の印刷画質に優れる。そのため、本実施形態のインクジェット用水性インキは、ラインパスタイプのインクジェット印刷方式に対して、特に好適に使用することができる。
【0129】
(印刷速度)
本実施形態の水性インキを用いて印刷物を製造する場合、既存の高速印刷機の代替を図るためには、その印刷速度が30m/分以上であることが好ましく、50m/分以上であることがより好ましく、75m/分以上であることが特に好ましい。
【0130】
(インクジェット印刷方式で用いるインクジェットヘッド)
水性インキをインクジェットヘッドから吐出する方法として、ピエゾ素子の変形を利用するピエゾ方式、水性インキを加熱し発生させた気泡を利用するサーマル方式、水性インキとは逆の電荷を基材に与え静電引力を利用して吐出させる静電方式等があり、本実施形態ではいずれの方法を採用してもよい。本実施形態では、上記の中でもピエゾ方式を採用することが好ましい。詳細は不明であるが、好適な酸価を有するバインダー樹脂を含む、本実施形態の水性インキは、好適な粘弾性を有しており、ピエゾ方式の欠点である、吐出時にインキに与えるエネルギーの小ささを補い、安定した吐出が可能となる。またピエゾ方式は、熱及び電荷をインキに与えることがないため、吐出安定性の一層の向上が実現でき、この点からも好適に選択される。
【0131】
(インクジェットインキ乾燥工程における熱エネルギーの付与)
基材上に本実施形態の水性インキを付与したあと、前記水性インキを乾燥させるため、前記基材に熱エネルギーを加えることが好ましい。本発明で用いられる熱エネルギーの印加方法に特に制限はなく、例えば加熱乾燥法、熱風乾燥法、赤外線(IR)乾燥法、マイクロ波乾燥法、ドラム乾燥法などを挙げることができる。上記の乾燥法は単独で用いても、複数を併用してもよい。
【0132】
中でも、基材へのダメージ及び水性インキ中の水溶性有機溶剤の突沸を防止する観点から、上記のうち、赤外線の照射によって基材を乾燥させる、赤外線乾燥法を採用することが好ましい。その場合、赤外線照射に用いる赤外線の全出力の積算値の50%以上が、700nm以上1500nm以下の波長領域に存在することが好ましい。また、赤外線照射及び乾燥によって生じた液体成分の蒸気を除去し、乾燥性を更に向上させる観点から、赤外線乾燥時、基材表面付近に気流を作ることが好ましい。
【0133】
(基材)
本実施形態のインクジェット用水性インキを用いることができる基材は特に限定されるものではなく、当技術分野で代表的な公知の印刷基材を使用することができる。例えば、上質紙、コート紙、アート紙、キャスト紙、合成紙、及びインクジェット専用紙等の紙基材;ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、ナイロン、ポリスチレン、発砲スチロール、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリカーボネート等のプラスチック基材;ガラス基材;布帛基材等が挙げられる。これら印刷基材の表面は、滑らかであっても、凹凸が形成されたものであってもよい。また、透明、半透明、及び不透明のいずれであってもよい。更に、印刷基材の形状も特に限定されることなく、例えば、フィルム状、シート状、または板状の基材が例示できる。なお上記印刷基材として、2種以上の印刷基材を互いに貼り合わせたものを使用してもよい。更に印字面の反対側に、剥離シート等で表面を保護した粘着層等の機能層を設けてもよいし、印字後に、印字面に粘着層等の機能層を設けてもよい。
【0134】
なお、本実施形態のインクジェット用水性インキは、コート紙、アート紙、及びキャスト紙等の塗工紙基材、ポリ塩化ビニルシート、PETフィルム、PPフィルム、PEフィルム、ナイロンフィルム等のプラスチック基材に例示される、難吸収性基材への印刷に適したものである。難吸収性基材とは、水を吸収しない、もしくは吸収速度が遅い基材のことであり、そのような吸水性が低い印刷基材に従来の水性インキを使用して印刷を行った場合、色境界にじみやモットリング生じる恐れが高い。しかしながら、本実施形態の水性インクジェットインキであれば、インキ液滴界面への配向による前記現象の抑制効果により、印刷画質に優れた印刷物を得ることができる。すなわち、様々な印刷基材に対して優れた印刷画質を有するインクジェット用水性インキとなる。
【0135】
なお、難吸収性基材であるかどうかは、ブリストー法(J.TAPPI紙パルプ試験方法No.51−87)により測定した、水に対する吸収係数によって判別可能である。具体的には、熊谷理機工業社製自動走査吸液計と水とを使用し、接触時間100〜1000ミリ秒の間で得られた水の吸液量(ml/m2)と接触時間の平方根(msec1/2)の関係図から、最小二乗法により直線の勾配を算出し、これを吸収係数とする。本実施形態では、前記吸収係数が0〜0.6ml/m2msec1/2であるものを、難吸収性基材であると判断する。
【0136】
なかでも、本実施形態のインクジェット用水性インキは、60°光沢度が40以上の基材に対して使用することが好ましい。60°光沢度が40以上の基材を使用することによって、光沢感がある高品質の印刷物を容易に得ることができる。
【0137】
また一般に、60°光沢度の高い基材ほど吸水性が低く、乾燥性不良を起こしやすい。それに対して、本実施形態のインクジェット用水性インキは、上記の通り、乾燥性に優れるため、60°光沢度の高い基材に対しても好適に使用できる。
【0138】
一方で本実施形態では、60°光沢度が25以上40未満の基材に対して使用することも好適であり、27以上38以下の基材に対して使用することがより好適である。60°光沢度が25以上40未満である基材は、基材表面に存在する微細な凹凸に起因して、水性インキの濡れ広がり性が不均一になり、乾燥性及び印刷画質の悪化を招く恐れがある。それに対して、本実施形態のインクジェット用水性インキは、上記の通り、乾燥性及び印刷物の印刷画質に優れるため、上記60°光沢度を有する基材に対しても好適に使用できる。
【0139】
なお上記60°光沢度とは、光束の入射角を60°として測定した鏡面光沢度のことであり、基準板(屈折率1.567のガラス板)を100%としたときの相対値で表される。60°光沢度は、例えば、マイクロ−トリ−グロス(BYKガードナー社製)を用いて測定できる。
【0140】
60°光沢度が上記範囲となる印刷基材の一例としては、コート紙、アート紙、及びキャスト紙等の塗工紙基材、及びポリ塩化ビニルシート、PETフィルム、及びPPフィルム等のプラスチック基材が挙げられる。
【0141】
(コーティング処理)
本実施形態のインクジェット用水性インキを、プラスチック基材に印刷した印刷物は、必要に応じて、印刷面をコーティング処理することができる。前記コーティング処理の具体例として、コーティング用組成物の塗工または印刷;ドライラミネート法、無溶剤ラミネート法、押出しラミネート法、ホットメルトラミネートなどによるラミネーション等が挙げられ、いずれを選択してもよいし、両者を組み合わせてもよい。
【実施例】
【0142】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。なお、以下の記載において、「部」「%」及び「比率」とあるものは特に断らない限り重量基準である。
また、実施例1〜29、42、56〜58は参考例である。
【0143】
(分散樹脂X−1ワニスの調整)
ガス導入管、温度計、コンデンサー、及び撹拌機を備えた反応容器に、星光PMC社製スチレンアクリル樹脂X−1(重量平均分子量18,000、酸価110mgKOH/g)を20部と、ジメチルアミノエタノール3.76部と、水76.24部とを添加することによって、アクリル酸を100%中和し、水溶化した。得られた溶液1gをサンプリングして、180℃で20分にわたって加熱乾燥を行い、不揮発分を測定した。次いで、水を加えて、水溶性樹脂ワニスの不揮発分が20%になるように調整した。このようにして、不揮発分が20%である分散樹脂X−1ワニスを得た。
【0144】
(シアン顔料水性樹脂分散液1(以下、「シアン顔料分散液1」とする))
顔料としてLIONOGEN BLUE FG−7358G(トーヨーカラー社製C.I.Pigment Blue 15:3)を20部、顔料分散剤としてDISPERBYK−190(重量平均分子量2,400、酸価10mgKOH/g)を15部、水を65部、それぞれ、ディスパーを備えた容器に添加した。これらを予備分散した後、直径0.5mmのジルコニアビーズ1800gを充填した、容積0.6Lのダイノーミルを用いて、2時間にわたって本分散を行い、シアン顔料分散液1(顔料濃度20%)を得た。このとき、顔料の配合量に対する、顔料分散樹脂の不揮発分(固形分)量は、30重量%であった。
【0145】
(シアン顔料水性樹脂分散液2(以下、「シアン顔料分散液2」とする))
顔料としてLIONOGEN BLUE FG−7358G(トーヨーカラー社製C.I.Pigment Blue 15:3)を20部、顔料分散剤として分散樹脂X−1ワニスを30部、水を50部、それぞれ、ディスパーを備えた容器に添加した。これらを予備分散した後、直径0.5mmのジルコニアビーズ1800gを充填した容積0.6Lのダイノーミルを用いて、2時間にわたって本分散を行い、シアン顔料分散液2(顔料濃度20%)を得た。このとき、顔料の配合量に対する、顔料分散樹脂の不揮発分(固形分)量は、30重量%であった。
【0146】
(シアン顔料水性樹脂分散液3(以下、「シアン顔料分散液3」とする))
顔料としてLIONOGEN BLUE FG−7358G(トーヨーカラー社製C.I.Pigment Blue 15:3)を20部、顔料分散樹脂としてDISPERBYK−190(重量平均分子量2,400、酸価10mgKOH/g)を30部、イソプロピルアルコールを5部、水を45部、それぞれ、ディスパーを備えた容器に添加した。これらを予備分散した後、直径0.5mmのジルコニアビーズ1800gを充填した容積0.6Lのダイノーミルを用いて、2時間にわたって本分散を行った。そして、水を加えて顔料濃度が15%になるように調製することで、シアン顔料分散液3(顔料濃度15%)を得た。
【0147】
その他、実施例では、キャボット社製自己分散型銅フタロシアニン顔料分散液であるCabojet250C(顔料濃度10%)、キャボット社製自己分散型マゼンタ顔料分散液であるCabojet265M(顔料濃度10%)、及び、キャボット社製自己分散型イエロー顔料分散液であるCabojet270Y(顔料濃度10%)、を、それぞれシアン顔料分散液4、マゼンタ顔料分散液2、イエロー顔料分散液2として使用した。また、キャボット社製自己分散型カーボンブラック分散液であるCabojet200(顔料濃度20%)を等量の水で希釈し、ブラック顔料分散液2(顔料濃度10%)として使用した。
【0148】
(バインダー樹脂A(ランダム構造)製造例)
ガス導入管、温度計、コンデンサー、及び撹拌機を備えた反応容器に、ブタノール93.4部を仕込み、窒素ガスで置換した。反応容器内を110℃に加熱し、重合性単量体としてメタクリル酸を7.5部、メチルメタクリレートを67.5部、及びブチルメタクリレートを25部と、重合開始剤としてV−601(和光純薬製)9部との混合物を2時間かけて滴下し、重合反応を行った。滴下終了後、更に110℃で3時間反応させた後、V−601(和光純薬製)0.9部を添加し、更に110℃で1時間反応を続けて、バインダー樹脂Aを得た。東ソー社製HLC−8120GPCを用いて測定した、上記バインダー樹脂Aの重量平均分子量は約10,000、分子量分布幅は2.3であった。
【0149】
更に、上記バインダー樹脂Aを室温まで冷却した後、ジメチルアミノエタノールを9.2部添加して中和した後、水を100部添加した。次いで、得られた溶液を、100℃以上に加熱し、ブタノールを水と共沸させてブタノールを留去したのち、固形分が30%になるように調整することで、バインダー樹脂Aの水性化溶液(固形分30%)を得た。バインダー樹脂Aを構成する単量体の構成から算出した酸価は48.9mgKOH/g、上記式(2)を用いて算出したガラス転移温度は81.0℃であった。
【0150】
なお以下に、酸価の算出方法を具体的に示す。1gのバインダー樹脂A中に存在する酸基(メタクリル酸に由来するカルボキシル基)のモル数(MCOOHとする)は{7.5÷(7.5+67.5+25.0)}÷86.06≒0.000871(mol)であるため、1gの前記バインダー樹脂Aを中和するのに必要な水酸化カリウムの質量(単位:mg)は、MCOOH×56.11≒0.0489(g)=48.9(mg)となり、従ってバインダー樹脂Aの酸価は48.9(mgKOH/g)となる。ただし上式における86.06、56.11は、それぞれメタクリル酸、水酸化カリウムの分子量である。
【0151】
また、本明細書において「水性化溶液」とは、水性溶媒(水を含む溶媒)と、該水性溶媒に分散及び/または溶解した成分とを含む溶液をいう。
【0152】
(バインダー樹脂B〜G及びW〜AA(ランダム構造)製造例)
重合性単量体、及び中和のため添加するジメチルアミノエタノールの量を、それぞれ表1記載の配合に変更した以外は、バインダー樹脂Aの製造と同様にして、バインダー樹脂B〜G及びW〜AAの水性化溶液(固形分30%)を得た。なお、表1に示した、重量平均分子量、分子量分布幅、酸価、及びガラス転移温度は、それぞれバインダー樹脂Aと同様の方法で測定し、あるいは算出した値である。
【0153】
(バインダー樹脂H(ブロック構造)製造例)
ガス導入管、温度計、コンデンサー、及び撹拌機を備えた反応容器に、トルエンを20部;重合性単量体として、メタクリル酸を7.5部と、メチルメタクリレートを7.5部;重合開始剤として、2,2’−アゾビスイソブチロニトリルを0.9部;2−(ドデシルチオカルボノチオイルチオ)−イソ酪酸を3.6部;をそれぞれ投入した。反応容器内を窒素ガスで置換したのち、75℃に昇温し、3時間にわたって重合反応を行うことで、メタクリル酸とメチルメタクリレートとからなる共重合体(Aブロック)を得た。
なお、窒素ガスで置換する前の反応容器中の混合液と、重合反応後の混合液とを、ガスクロマトグラフィー質量分析計で分析し、原料として使用した、メタクリル酸及びメチルメタクリレートに由来する検出ピークを比較した。その結果、重合反応後の混合液では、メタクリル酸及びメチルメタクリレートに由来するピークがほとんど観察されなかった。この結果から、投入した重合性単量体のほぼ全てが重合したと考えられる。また、東ソー社製HLC−8120GPCを用いて測定した、上記Aブロックの重量平均分子量は約1,500、分子量分布幅は1.4であった。更に、Aブロックを構成する単量体の構成から算出した酸価は325.9mgKOH/g、上記式(2)を用いて算出したガラス転移温度は117.1℃であった。
【0154】
上記重合反応の終了後、反応系を常温まで冷却したのち、反応容器に、トルエンを60部;重合性単量体として、メチルメタクリレートを60部と、ブチルメタクリレートを25部;それぞれ投入した。反応容器内を窒素ガスで置換したのち、75℃に昇温し、3時間にわたって重合反応を行うことで、前記Aブロックに、メチルメタクリレートとブチルメタクリレートからなる共重合体(ブロックB)が付加したA−Bブロック構造を有する、バインダー樹脂Hを得た。
なお、上記ブロックAの場合と同様に、ガスクロマトグラフィー質量分析計で重合性単量体に由来する検出ピークの比較を行った。その結果、投入したメチルメタクリレート及びブチルメタクリレートのほぼ全てが重合し、疎水ブロックが形成されていると考えられることが確認された。また、ブロックBを構成する単量体の構成から算出した酸価は0mgKOH/g、上記式(2)を用いて算出したガラス転移温度は75.3℃であった。
【0155】
その後、反応系を常温まで冷却したのち、反応容器に、ジメチルアミノエタノールを9.3部添加して中和した後、水を200部添加した。次いで、得られた溶液を加熱し、トルエンを水と共沸させてトルエンを留去したのち、固形分が30%になるように水で調整することで、バインダー樹脂Hの水混合液(固形分30%)を得た。なお、東ソー社製HLC−8120GPCを用いて測定した、上記バインダー樹脂Hの重量平均分子量は約9,800、分子量分布幅は1.6であった。また、樹脂を構成する単量体の構成から算出した酸価は48.9mgKOH/g、上記式(2)を用いて算出したガラス転移温度は81.0℃であった。
【0156】
(バインダー樹脂I〜V(ブロック構造)製造例)
重合性単量体の種類と量、及び中和のため添加するジメチルアミノエタノールの量を、表2記載の条件に変更する以外は、上記バインダー樹脂Hの場合と同様にして、バインダー樹脂I〜Vの水混合液(固形分30%)を得た。なお、表2に示した、重量平均分子量、分子量分布幅、酸価、及びガラス転移温度は、それぞれバインダー樹脂Hと同様の方法で測定し、あるいは算出した値である。また、ガスクロマトグラフィー質量分析計による分析の結果、いずれの樹脂においても、投入した重合性単量体のほぼ全てが重合したと考えられることが確認された。
【0157】
また、上記バインダー樹脂A〜AAの水性化溶液10部に水20部を加え、固形分濃度10%としたのち、マイクロトラック・ベル社製のUPA−EX150を用いて、ローディングインデックス値を測定したところ、10以下であった。このことから、バインダー樹脂A〜AAは、本発明の実施形態における水溶性樹脂であることが確認された。
【0158】
【表1】
【0159】
【表2】
【0160】
上記表1〜2に記載された略語は、以下に示す通りである。
AA: アクリル酸
MAA: メタクリル酸
MMA: メチルメタクリレート
BMA: ブチルメタクリレート
2EHMA: 2−エチルヘキシルメタクリレート
LA: ラウリルアクリレート
STMA: ステアリルメタクリレート
VMA: ベヘニルメタクリレート
St: スチレン
【0161】
(バインダー樹脂EP(水分散性樹脂微粒子)製造例)
ガス導入管、温度計、コンデンサー、攪拌器を備えた反応容器Aを準備し、内部を窒素ガスで十分に置換したのち、水を150部と、メタクリル酸を1.5部と、ラテムルPD−104(ポリオキシアルキレンアルケニルエーテル硫酸アンモニウム、花王社製)を0.75部と、過硫酸カリウム0.04部とを仕込み、常温(25℃)下で攪拌・混合した。前記反応容器A内の混合物に、メチルメタクリレートを115.5部と、2−エチルヘキシルアクリレートを18部と、ブチルアクリレート15部とを混合した溶液を滴下し、重合反応を行うことで、プレエマルジョンを合成した。
一方、ガス導入管、温度計、コンデンサー、攪拌器を備えた別の反応容器Bを準備し、内部を窒素ガスで十分に置換したのち、水を200部と、ラテムルPD−104を3部と、過硫酸カリウム0.01部とを仕込み、常温(25℃)下で攪拌・混合した。その後、前記反応容器B内の混合物に、上記で合成したプレエマルジョンを滴下し、更に70℃で3時間反応させた。反応容器B内の混合物を常温まで冷却した後、水及びN,N−ジメチルエタノールアミンを添加し、固形分30%、pH8になるように調製することで、バインダー樹脂EPの水性化溶液(固形分30%)を得た。
なお、樹脂を構成する単量体の構成から算出した酸価は6.5mgKOH/g、上記式(2)を用いて算出したガラス転移温度は48.4℃であった。また、バインダー樹脂EPの水性化溶液10部に水20部を加え、固形分濃度10%としたのち、マイクロトラック・ベル社製のUPA−EX150を用いて、ローディングインデックス値を測定したところ、10よりも大きかった。このことから、バインダー樹脂EPは、本発明の実施形態における水分散性樹脂微粒子であることが確認された。
【0162】
(J819ワニスの調製)
ガス導入管、温度計、コンデンサー、及び撹拌機を備えた反応容器に、ジョンクリル819(重量平均分子量14,500、酸価75mgKOH/g)を20部、ジメチルアミノエタノールを2.38部、水を77.62部、それぞれ、ディスパーを備えた容器に仕込み、よく撹拌することによって、アクリル酸を中和し、水溶化した。得られた溶液1gをサンプリングして、180℃で20分にわたって加熱乾燥を行い、不揮発分を測定した。次いで、水を加えて、不揮発分が20%になるように調整した。このようにして、不揮発分20%のジョンクリル819ワニス(以下、「J819ワニス」ともいう)を得た。
【0163】
なお、後述する評価インキの製造にあたっては、上記で製造したバインダー樹脂の水性化溶液やJ819ワニス以外にも、市販品であるジョンクリル734(アクリル水分散性樹脂微粒子、BASF社製、固形分42%、酸価87mgKOH/g、ガラス転移温度30℃)やジョンクリル780(スチレンアクリル水分散性樹脂微粒子、BASF社製、固形分48%、酸価46mgKOH/g、ガラス転移温度92℃)を、バインダー樹脂として使用した。
【0164】
上記J819ワニス、ジョンクリル734、及び、ジョンクリル780を、それぞれ固形分濃度10%に調製したのち、マイクロトラック・ベル社製のUPA−EX150を用いてローディングインデックス値を測定した。その結果、J819ワニスでは10以下であり、ジョンクリル734やジョンクリル780では10よりも大きかった。このことから、ジョンクリル819は、本発明の実施形態における水溶性樹脂であり、ジョンクリル734やジョンクリル780は、本発明の実施形態における水分散性樹脂微粒子であることが確認された。
【0165】
(評価インキ1の製造例)
シアン顔料分散液4を20.0部、バインダー樹脂Aの水性化溶液(固形分30%)を20.0部(固形分換算で6.0部)、1,2−プロパンジオールを15.0部、それぞれ、ディスパーを備えた容器に投入したのち、全体で100部になるように水を加えた。前記ディスパーを用いて、これら混合物を十分に均一になるまで撹拌したのち、得られた混合物を、孔径1μmのメンブランフィルターで濾過し、ヘッドつまりの原因となる粗大粒子を除去することによって、評価インキ1を得た。
【0166】
(評価インキ2〜73の製造例)
材料の種類及び量(配合割合)を、表3〜6記載の条件に変更する以外は、上記評価インキ1の場合と同様にして、評価インキ2〜73を製造した。
【0167】
【表3】
【0168】
【表4】
【0169】
【表5】
【0170】
【表6】
【0171】
なお、表5〜6に記載された略語のうち、「J734」はジョンクリル734を、「J780」はジョンクリル780を、それぞれ表す。また表5〜6で使用した界面活性剤は、以下に示すとおりである。
・サーフィノール465:エアープロダクツ社製アセチレン系界面活性剤
・サーフィノール104:エアープロダクツ社製アセチレン系界面活性剤
・エマルゲン320P:花王社製ポリオキシエチレンアルキルエーテル系界面活性 剤
【0172】
(評価1:インキのデキャップ性の評価)
キャノンプロダクションプリンティングシステム株式会社製の、IRランプを搭載したインクジェットプリンター「Oce Monostream 500」を準備し、評価インキ1〜58(実施例1〜58)及び59〜73(比較例1〜15)をそれぞれ充填した。インキを充填したのち、ノズルチェックパターンを印刷し(ドロップボリューム:5pL)、全ノズルからインキが正確に吐出していることを確認した。その後、所定の時間インクジェット吐出装置を待機させ、再度ノズルチェックパターンを印刷した。このノズルチェックパターンにおける、ノズル抜けの有無を確認することで、デキャップ性の評価を行った。評価基準は下記のとおりであり、◎〜△評価を実用可能領域とした。
◎:3時間待機させた後に印刷してもノズル抜けが全くなかった
○:2時間待機させた後に印刷してもノズル抜けが全くなかったが、3時間待機させた後に印刷すると、ノズル抜けが1本以上発生していた
△:1時間待機させた後に印刷してもノズル抜けが全くなかったが、2時間待機させた後に印刷すると、ノズル抜けが1本以上発生していた
×:1時間待機させた後に印刷すると、ノズル抜けが1本以上発生していた
【0173】
(評価2:高速印刷時の吐出安定性の評価)
キャノンプロダクションプリンティングシステム株式会社製のインクジェットプリンターOce Monostream 500を使用し、一定長さの非印字部の後、続けてノズルチェックパターンを印刷する画像データを用い、マットコート紙(三菱DFカラーM、米坪104.7g/m2)のロール紙に対し、1パス印刷を行った。印刷速度80m/分にて印刷を実施し、非印字部の長さを変えた際、前記ノズルチェックパターンにおけるノズル抜けの有無を目視にて確認することにより、高速印刷時の吐出安定性を評価した。評価基準は以下の通りで、◎〜△評価を実用可能領域とした。
◎:非印字部の長さを1000mとしても、ノズル抜けが発生しなかった。
○:非印字部の長さを500mとしても、ノズル抜けが発生しなかったが、前記長さを1000mとすると、ノズル抜けが発生した。
△:非印字部の長さを100mとしても、ノズル抜けが発生しなかったが、前記長さを500mとすると、ノズル抜けが発生した。
×:非印字部の長さが100mであっても、ノズル抜けが発生した。
【0174】
(評価3:乾燥性の評価)
固定ヘッド搭載プリンターである、キャノンプロダクションプリンティングシステム株式会社製のインクジェットプリンターOce Monostream 500を用い、マットコート紙(三菱DFカラーM、米坪104.7g/m2)のロール紙に対し、印刷速度を変えて、印字率100%の1パスベタ印刷を行った。印刷後そのまま巻き取られた印刷物を用い、非印字部への色移り及び印刷面への傷(ブロッキング)を目視にて確認することで、乾燥性の評価を行った。評価基準は以下の通りであり、◎〜△評価を実用可能領域とした。
◎:印刷速度80m/分でブロッキングが発生しなかった。
○:印刷速度70m/分ではブロッキングが発生しなかったが、80m/分ではブロッキングが発生した。
△:印刷速度60m/分ではブロッキングが発生しなかったが、70m/分ではブロッキングが発生した。
×:印刷速度60m/分でも、ブロッキングが発生した。
【0175】
(評価4:印字率100%ベタ印刷物の埋まりの評価)
評価3で作成した、印刷速度違いの印字率100%ベタ印刷物を使用し、その白抜け度合をルーペ及び目視で確認することで、ベタ印字物の埋まりを評価した。評価基準は下記のとおりであり、◎〜△評価を実用可能領域とした。
◎:印刷速度80m/分で作成した印刷物で、ルーペ及び目視で白抜けが確認されなかった。
○:印刷速度70m/分で作成した印刷物では、ルーペ及び目視で白抜けが確認されなかったが、80m/分で作成した印刷物では、ルーペまたは目視で白抜けが確認された。
△:印刷速度60m/分で作成した印刷物では、ルーペ及び目視で白抜けが確認されなかったが、70m/分で作成した印刷物では、ルーペまたは目視で白抜けが確認された。
×:印刷速度60m/分で作成した印刷物でも、ルーペまたは目視で白抜けが確認された。
【0176】
(評価5:印刷物の耐水性の評価)
評価3で作成した、印刷速度60m/分のベタ印刷物を用い、当該ベタ部分を、水に浸した綿棒で擦った時の状態を目視で観察することで、耐水性の評価を行った。評価基準は下記のとおりであり、◎〜△評価を実用可能領域とした。
◎:水を浸した綿棒で15回擦っても、印刷物の剥がれ及び綿棒へのインキの付着が起こらなかった。
○:水を浸した綿棒で10回擦っても、印刷物の剥がれ及び綿棒へのインキの付着が起こらなかったが、15回擦ると、印刷物の剥がれまたは綿棒へのインキの付着が見られた。
△:水を浸した綿棒で5回擦っても、印刷物の剥がれ及び綿棒へのインキの付着が起こらなかったが、10回擦ると、印刷物の剥がれまたは綿棒へのインキの付着が見られた。
×:水を浸した綿棒で5回擦ると、印刷物の剥がれまたは綿棒へのインキの付着が見られた。
【0177】
(評価6:インキの粘度保存安定性の評価)
E型粘度計(東機産業社製TVE−20L)を用い、25℃、回転数50rpmという条件で各インキの粘度測定を行った。続いて、インキを70℃の恒温器に保存し、経時による変化を促進させた後、再度インキの粘度を測定することで、経時前後でのインキの粘度変化を評価した。評価基準は下記のとおりであり、◎〜△評価を実用可能領域とした。
◎:6週間保存後の粘度変化率が±5%未満
○:4週間保存後の粘度変化率が±5%未満であり、かつ、6週間保存後の粘度変化率が±10%未満
△:4週間保存後の粘度変化率が±10%未満であったが、6週間保存後の粘度変化率が±10%以上
×:4週間保存後の粘度変化率が±10%以上
【0178】
【表7】
【0179】
【表8】
【0180】
【表9】
【0181】
実施例1〜58は、水、顔料、水溶性有機溶剤、及び、バインダー樹脂を含有する水性インクジェットインキであって、前記水溶性有機溶剤が、少なくとも表面張力が30〜50mN/mであり、かつ1気圧下における沸点が180〜230℃である水溶性有機溶剤を、水性インクジェットインキ全量に対し15〜50重量%含み、前記バインダー樹脂の酸価が5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満である例である。これらの例では、インクジェットヘッド上でのデキャップ性、高速印刷時のインキ吐出安定性、乾燥性、印字率100%ベタ印刷物の埋まり、印刷物の耐水性、及び保存安定性の全てで実用可能領域となる結果であった。
【0182】
実施例1〜4は、使用される顔料種を変更し、評価機であるインクジェットプリンター上での乾燥性の違いを評価した系である。なかでも実施例4は、乾燥性評価が「○」であり、他色と比べて良好な結果となった。これは、実施例4のインキに含まれるカーボンブラックが、評価機の乾燥工程に使用されているIRランプをよく吸収することで、好適な乾燥状態を構築することが可能となったためと考えられる。なお以降の評価では、顔料に影響されることなく、水溶性有機溶剤とバインダー樹脂との組み合わせの効果を評価することを目的として、シアンインキを用いて評価を実施した。
【0183】
実施例1及び5〜15は、バインダー樹脂種及び含有量と溶剤含有量を同一とし、溶剤種を変更した例である。これらの対比によれば、実施例5、8、14、及び15のように、1気圧下における沸点が210〜230℃であり、かつ、水酸基を2個以上有する特定水溶性有機溶剤を使用したことにより、インクジェットノズル上でのインキの保湿性が確保され、デキャップ性及び吐出安定性が改善される結果となった。
【0184】
一方、実施例7、9、及び12のように表面張力が30〜32mN/mである特定水溶性有機溶剤を使用することにより、印刷基材上でのインキの浸透性及び濡れ広がり性が付与されることにより、乾燥性及び埋まりが改善され、画質向上効果を確認することができた。なかでも、炭素数4以上のアルカンジオールが含まれている実施例12では、インクジェットヘッドノズル上での保湿性確保と印刷基材に対する浸透効果及び乾燥性を両立し、デキャップ性、乾燥性、及び埋まりの評価において良好な結果となった。
【0185】
実施例16及び17は、実施例12をもとに、溶剤含有量を変更した例である。これら実施形態によれば、特定水溶性有機溶剤の含有量を15〜30重量%の範囲とすることで、インキの保存安定性及びデキャップ性が良好であることが確認された。デキャップ性が向上する要因として、長期間印刷機を待機状態にしてインクジェットノズル上での水の揮発が進み、水溶性有機溶剤の含有率が上がっても、顔料分散体の凝集が起こらないためと考えられる。上記結果より、特定水溶性有機溶剤は15〜30重量%含有することがより好ましいといえる。
【0186】
実施例18〜23は、特定水溶性有機溶剤と併用する水溶性有機溶剤の効果を検証した系である。実施例18〜23のように、インキに含有される水溶性有機溶剤全量に対し、炭素数4以上のアルカンジオール比率を10〜95重量%とすることで、デキャップ性に加え、保存安定性を向上でき、また、併用する水溶性溶剤の種類及び量によっては、吐出安定性、乾燥性及び埋まりを向上できることが見出された。
【0187】
実施例24〜42、58は、バインダー樹脂の酸価、ガラス転移点(Tg)及び樹脂構造を変更したときの効果を検証した系である。実施例24及び27は酸価の低い、または、ガラス転移点の高いバインダー樹脂を使用した系であり、耐水性が向上することが確認された。また、実施例30〜41は、ブロック構造のバインダー樹脂を使用した系であり、デキャップ性、吐出安定性、乾燥性、埋まりがいずれも「○」レベルと、吐出安定性の向上が確認された。なかでも実施例35、36、40、及び41は、Bブロックとしてステアリルメタクリレートを12.5重量%以上含有した系であり、詳細な理由は不明であるものの、インキの保存安定性が「◎」と、極めて良好な結果であった。
【0188】
実施例43〜49では、実施例41をもとに、バインダー樹脂の分子量及び含有量を変更した系である。このうち実施例45〜48は、実施例44をもとに、バインダー樹脂の含有量を変化させた系であり、前記バインダー樹脂の含有量が2.0〜8.0重量%である、実施例44及び実施例46において、全ての評価結果が「○」レベル以上と、特に好ましいことが確認された。
【0189】
また、実施例23と実施例30、及び、実施例42と実施例49は、それぞれ、バインダー樹脂の分子量分布幅(Mw/Mn)を変更したときの効果を検証した系である。分子量分布幅が小さいバインダー樹脂を用いた実施例30、49は、それぞれ実施例23、42と比較して、吐出安定性や耐水性が良好であった。なお実施例42と実施例49は、ともに吐出安定性評価が「△」レベルであったが、前記吐出安定性評価において、非印字部の長さを300mとした際、実施例42ではノズル抜けが発生しなかったのに対して、実施例49ではノズル抜けが発生しており、実施例23、30の場合と同様に、吐出安定性の違いが確認された。
【0190】
実施例50〜53は、実施例44をもとに、顔料分散体を自己分散体から顔料分散樹脂分散体へ変更した系である。中でも実施例51〜53は、顔料分散樹脂の酸価を100mgKOH/g以上とした系であり、ほぼ全ての評価で「◎」レベルであった。インクジェットノズル上で水が揮発する過程においても、顔料の分散状態を好適に維持することが可能となり、デキャップ性と吐出安定性の更なる改善が実現できたものと考えられる。
【0191】
実施例54〜55は、実施例45をもとに、炭素数3以下のアルカンジオールを使用した系である。実施例45において、乾燥性評価が「△」であったのに対し、実施例54〜55では同評価が「◎」となっており、炭素数3以下のアルカンジオールを用いたことによる、乾燥性の向上が確認された。また、実施例55のように、界面活性剤を併用し、印刷基材への濡れ広がり性を制御することで、埋まり評価も「○」レベルにすることができた。また、顔料分散液として顔料分散樹脂の分散体を用いたことで、前記顔料分散液の保存安定性が向上し、同じく1,3−プロパンジオールを用いた実施例5よりも、デキャップ性及び吐出安定性に優れた結果を得ることができた。
【0192】
なお、実施例56〜57に示したように、バインダー樹脂として水分散性樹脂微粒子を用いた場合であっても、酸価が5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満であれば、本発明の効果を奏するインキが得られる。
【0193】
上記に対し、表9に示すように、比較例1、7〜9、及び13〜15に関しては、特定水溶性有機溶剤を一切使用しない例に関し、いずれの評価においても実施例と比べて劣り、いずれかの評価において実用可能領域に満たない結果が得られている。特に低表面張力溶剤のみを使用すると、デキャップ性、吐出安定性、及び保存安定性が悪化することが確認された。
【0194】
また比較例1〜6では、酸価が5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満であるバインダー樹脂を使用しない例に関し、いずれの評価結果も実施例と比べて劣り、いずれかの評価において実用可能領域に満たない結果が得られている。特に比較例3〜5は、バインダー樹脂に使用される水溶性樹脂の酸価が高くなることで、デキャップ性、吐出安定性、及び保存安定性が悪化することが確認された。
【0195】
比較例10〜12は、特定水溶性有機溶剤の含有量が、水性インクジェットインキ全量に対し15〜50重量%ではない例であり、いずれかの評価において実用可能領域に満たない結果となった。
【要約】
【課題】
本発明の目的は、難吸収性基材を用いても、白抜けのない優れた印刷画質を有し、かつ種々の塗膜耐性に優れる印刷物を得ることができ、インクジェットノズルからの吐出安定性や、印刷時の乾燥性にも優れる水性インクジェットインキ、及び前記水性インクジェットインキを用いた印刷物の製造方法を提供することにある。
【解決手段】
少なくとも水、顔料、水溶性有機溶剤、バインダー樹脂を含有する水性インクジェットインキであって、前記水溶性有機溶剤が、少なくとも表面張力が30〜50mN/mであり、かつ1気圧下における沸点が180〜230℃である水溶性有機溶剤を、水性インクジェットインキ全量に対し15〜50重量%含み、前記バインダー樹脂の酸価が5mgKOH/g以上60mgKOH/g未満であることを特徴とする、水性インクジェットインキである。
【選択図】なし