【文献】
GAIRE C. et al.,Low temperature epitaxial growth of Ge on CaF2 buffered cube-textured Ni,Journal of Crystal Growth,2012年,343,P.33-37
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
x=1.0、1.25、1.5、1.75、2.0、2.25、2.50、2.75、又は、3.0である請求項1から7までのいずれか1項に記載のCa−Ge−F系化合物。
【背景技術】
【0002】
Caを含む化合物として、種々の化合物が知られている。Caを含む化合物は、その結晶構造や組成に応じて様々な電気的特性や光学的特性を示すことから、これらの特性を利用して、種々の用途に用いられ、あるいは、用いることが検討されている。
【0003】
例えば、CaSi
2は、CaとSiとが交互に積層した結晶構造を持つ化合物であり、金属的性質を示す。このCaSi
2結晶を塩酸処理し、CaSi
2結晶からCaを抜くことによって、Siナノシートを合成できることが知られている。得られたSiナノシートは、ポリシラン:(Si
2H
2)
nやシロキセン:(Si
2HOH)
nを製造するための出発原料として用いられている。
CaGe
2は、CaSi
2のSiをGeに置き換えた化合物であり、CaSi
2と類似した性質を持つ。例えば、特許文献2には、トポ化学反応を用いて、CaGe
2薄膜からポリゲルミン:(GeH)
nを得る方法が開示されている。
【0004】
また、例えば、CaF
2は、蛍石型の結晶構造を持つ化合物であり、絶縁体的性質を示す。このCaF
2の絶縁体としての性質を用いた例として、特許文献1には、Si井戸層とCaF
2障壁層とを積層した超格子熱電材料が開示されている。
同文献には、
(a)Si(111)基板上に分子線エピタキシー法(MBE法)又は有機金属気相成長法(MOCVD法)を用いてCaF
2層とSi層とを交互に成長させることにより、このような超格子熱電材料が得られる点、及び、
(b)(111)配向Si/CaF
2系超格子において、Si層の厚みが0.75nmであって、CaF
2層の厚みが1.25nm(=4ML(モノ・レイヤー))である場合に、ZT値が最大に近づく点、
が記載されている。
【0005】
一方、CaF
2の表面にGe層を形成する試みもなされている。
例えば、非特許文献1には、Ni基板上にCaF
2をバッファ層として約500nmの膜厚で成長させ、その上にGeを成長させる方法が開示されている。
また、非特許文献2には、CaF
2基板上にGeをエピタキシャル成長させる方法が開示されている。
【0006】
非特許文献1、2においては、CaF
2層上にGe層を形成している。しかし、これらの文献で得られた材料において、CaF
2層及びGe層は、いずれも膜厚が厚く、数原子層ではない。また、CaF
2層とGe層の多層構造を備えていない。
すなわち、数原子層のCaF
2層と数原子層のGe層とが交互に積層された多層構造を備えたCa−Ge−F系化合物(特に、Ge面とF面とが対峙している構造を備えた化合物)が合成された例は、従来にはない。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. Ca−Ge−F系化合物]
本発明に係るCa−Ge−F系化合物は、以下の構成を備えている。
(1)前記Ca−Ge−F系化合物は、組成式:CaGe
2F
x(0<x≦3)で表される組成を有する化合物(CaGe
2F
x化合物)を含む。
(2)前記CaGe
2F
x化合物は、1〜6原子層のGe層と、1〜6原子層のCaF
2層とが交互に積層した積層構造を備えている。
Ca−Ge−F系化合物は、
(a)CaGe
2F
x化合物のみからなる場合と、
(b)CaGe
2F
x化合物に加えて、他の化合物を含む場合と、
がある。他の化合物については、後述する。
【0017】
[1.1. CaGe
2F
x化合物]
[1.1.1. 組成]
「CaGe
2F
x化合物」とは、Ca、Ge、及びFを所定の比率で含む化合物をいう。
CaGe
2F
x化合物は、製造条件に応じて、
(a)結晶質となる場合と、
(b)アモルファス又はアモルファスに近い状態(以下、これらを総称して「アモルファス状」という)となる場合と、
がある。
本発明において、単に「CaGe
2F
x化合物」というときは、結晶質、又はアモルファス状のいずれも含まれる。
【0018】
CaGe
2F
x化合物のGe/Ca比(原子比)は、形式的には2.0である。しかしながら、本発明において「CaGe
2F
x化合物」というときは、化学量論組成の化合物だけでなく、CaGe
2F
x化合物と同視できる限りにおいて、化学量論組成から若干ずれている組成を持つ化合物も含まれる。
化学量論組成からのずれの程度は、フッ素の含有量、空孔の含有量、CaGe
2からCaGe
2F
x化合物への変態の進行程度などにより異なる。後述する方法を用いた場合、Ge/Ca比は、2.0±0.15程度となる。
【0019】
CaGe
2F
x化合物のF/Ca比(x)(原子比)は、製造条件に応じて、0<x≦3の範囲で変化する。後述するように、CaGe
2F
x化合物は、1〜6原子層のGe層と1〜6原子層のCaF
2層とが交互に積層した構造を有している。x値の変化は、主として、積層周期の変化に起因していると考えられる。
【0020】
また、微視的に見ると、CaGe
2F
x化合物中のフッ素濃度は、連続的に変化するのではなく、段階的に変化する。現在、確認されている組成物は、以下の7種類である。
(a)x=1.0である化合物(以下、「CaGe
2F
1.0組成」ともいう)。
(b)x=1.25である化合物(以下、「CaGe
2F
1.25組成」ともいう)。
(c)x=1.5である化合物(以下、「CaGe
2F
1.5組成」ともいう)。
(d)x=1.75である化合物(以下、「CaGe
2F
1.75組成」ともいう)。
(e)x=2.00である化合物(以下、「CaGe
2F
2組成」ともいう)。
(f)x=2.25である化合物(以下、「CaGe
2F
2.25組成」ともいう)。
(g)x=2.50である化合物(以下、「CaGe
2F
2.5組成」ともいう)。
(h)x=2.75である化合物(以下、「CaGe
2F
2.75組成」ともいう)。
(i)x=3.00である化合物(以下、「CaGe
2F
3組成」ともいう)。
【0021】
なお、本発明において、「x=1.5」又は「CaGe
2F
1.5組成」というときは、x値が完全に1.5に等しい化合物だけでなく、CaGe
2F
1.5組成と同視できる限りにおいて、x値が若干ずれている組成を持つ化合物も含まれる。
所定のx値からのずれの程度は、製造条件により異なる。後述する方法を用いた場合、CaGe
2F
1.5組成のx値は、1.5±0.10程度となる。この点は、上述した残りの組成物も同様である。
【0022】
後述するように、CaGe
2F
x化合物は、CaGe
2にFを拡散させることにより製造される。例えば、原料としてCaGe
2単結晶を用いた場合、表面から内部に向かってF濃度が段階的に変化する。そのため、得られたサンプルから表層部分の内、特定の組成を有する領域のみを抽出することができる。
また、原料として所定の粒径を有するCaGe
2粉末を用いた場合、製造条件を最適化することによって、粒子全体を特定の組成にすることもできる。
【0023】
[1.1.2. 結晶構造]
[A. 原子層数]
結晶質のCaGe
2F
x化合物は、1〜6原子層のGe層と、1〜6原子層のCaF
2層とが交互に積層した積層構造を備えている。CaGe
2F
2化合物は、3原子層のGe層と、3原子層のCaF
2層とが交互に積層した構造が主な構造であるが、両層とも製造条件に応じて1〜6原子層の範囲で原子層数が変化する。
【0024】
これらの内、CaF
2層は、原子層数によらず、バルクのCaF
2(111)と同一の原子配列を持つ。
これに対し、Ge層は、原子層数に応じて、原子配列が異なっている。1原子層のGe層、及び、3〜6原子層のGe層は、バルクのGe(111)と同様の原子配列を持つ。
一方、2原子層のGe層(以下、これを「2層Ge」ともいう)は、バルクのGe(111)と同様の原子配列をもつものと、バルクのGe構造とは異なる特異な構造を持つものとがある。
【0025】
例えば、3原子層のGe層(以下、これを「3層Ge」ともいう)の場合、
(a)バルクのGeと同じ原子配列であるキュービックダイヤモンド(3C)構造を有する3層Ge、及び、
(b)3Cとは原子配列が同じでスタッキングが異なるヘキサゴナルダイヤモンド(2H又は4H)構造を有する3層Ge、
が確認されている。
【0026】
一方、2層Geの場合、
(a)バルクのGe構造とは異なる特異な構造であって、ある一方の端面(エッジ面)が四員環と五員環で構成される構造を持つもの(新規構造)、
(b)バルクのGeと同じ原子配列であるキュービックダイヤモンド(3C)構造を有する2層Ge、及び、
(c)3Cとは原子配列が同じでスタッキングが異なるヘキサゴナルダイヤモンド(2H)構造を有する2層Ge、
が確認されている。
3原子層以上のGe層は、主としてx>1.5の領域に現れる。一方、2層Geは、主として、x≦1.5の領域に現れる。
1原子層のGeは、原料のCaGe
2がキュービックダイヤモンド構造の(111)に相当するGeモノレイヤーとCaモノレイヤーが交互に積層した構造を有するため、F濃度が低いと、モノレイヤーGeが残っている。
【0027】
[B. 界面構造]
Si(111)基板上にCaF
2をエピタキシャル成長させた場合、Si層とCaF
2層の界面は、Si(111)面とCa面が対峙した構造となる。この場合、界面に存在するSi原子及びCa原子は、CaSi
2と同じスタッキングとなるため、界面のSi−Ca間にはイオン結合が形成され、界面Siにはダングリングボンドが形成されない(参考文献1〜3参照)。
[参考文献1]R. M. Tromp and M. C. Reuter, Phys. Rev. Lett., 61, 1756 (1988)
[参考文献2]E. Rothenberg and J. D. Denlinger, Phys. Rev. B, 50, 11052 (1994)
[参考文献3]C. Deiter, et al., Phys. Rev. B, 085449 (2010)
【0028】
Geに関しては報告例はないが、超高真空下でGe(111)上にCaF
2をエピタキシャル成長させること、又は、CaF
2基板上にGeをエピタキシャル成長させることは可能である。更に、GeとCaF
2との積層構造も形成可能であると推察される。しかし、この形成方法では、Si/CaF
2の場合と同様に、Ge層とCaF
2層の界面は、Ge(111)面とCa面が対峙した構造を形成してしまう可能性が高い。この場合、界面のGe層とCa層とは、CaGe
2のGe及びCaと同じスタッキングになり、界面のGe−Ca間にはイオン結合が形成され、界面Geにはダングリングボンドは形成されない。
【0029】
これに対し、本発明に係るCaGe
2F
x化合物において、新規構造の2原子層Ge及び3原子層以上のGe層とCaF
2層との界面は、Ge面とF面とが対峙した構造となること(すなわち、GeとCaF
2の積層構造において、Ge(111)上にはF面が来ること)を確認している。また、この構造は、マクロな組成がおおよそx>0の時に現れる。この構造は、従来の超高真空下でのエピタキシャル成長では形成不可能である。
また、キュービックダイヤモンド構造、ヘキサゴナルダイヤモンド構造、及び、ある一方向の端面が四員環と五員環で構成されている2層Geは、これまで報告がなく、本発明に係る方法のみで形成可能である。
【0030】
Ge面とF面とが対峙している場合、界面に存在するGeにはダングリングボンドが形成される。その結果、CaGe
2F
x化合物中のF濃度に応じて、Ge層の構造及び界面に存在するGeのダングリングボンド密度が変化する。また、これによってCaGe
2F
x化合物のバンド構造が変化する。
【0031】
なお、Au(111)基板上に1原子層のGeをエピタキシャル成長させた報告例もある(参考文献4)。しかし、この方法では表面再配列を起こしてしまう。そのため、シリセン同様に、2原子層のGeをエピタキシャル成長させた場合であっても表面再配列を起こし、キュービックダイヤモンド構造やヘキサゴナルダイヤモンド構造を保持できない。
[参考文献4]Germanene, New Journal of Physics 16 (2014)095002
【0032】
[1.2. 他の化合物]
後述するように、フッ素が共存する環境下においてCaGe
2を熱処理すると、CaGe
2中にフッ素が拡散する。そのため、熱処理条件を最適化すると、理想的には、CaGe
2のすべてをCaGe
2F
x化合物に変態させることができる。
一方、熱処理条件を最適化すると、CaGe
2F
x化合物以外の他の化合物を含むCa−Ge−F系化合物が得られる場合がある。
【0033】
例えば、基板上にCaGe
2薄膜を形成し、フッ素が共存する環境下において基板を適度に熱処理すると、CaGe
2薄膜の表層部分のみがCaGe
2F
x化合物に変態する。CaGe
2は、金属的性質を持つのに対し、CaGe
2F
x化合物は、半導体的性質を持つ。そのため、このようなCaGe
2層/CaGe
2F
x化合物層からなる接合体は、ショットキー結合として機能する。
【0034】
原料のCaGe
2の状態や熱処理条件などの製造条件によっては、CaGe
2F
x化合物の構造の変化を引き起こす場合がある。例えば、過度の熱処理を行った場合、あるいは、出発原料として粉末を用いた場合には、周期的な積層構造に乱れが生じたり、あるいは、アモルファス状に変化することがある。
【0035】
[2. Ca−Ge−F系化合物の製造方法]
本発明に係るCa−Ge−F系化合物は、
(a)CaGe
2を含む原料を準備し、
(b)CaGe
2にフッ素を拡散させる
ことにより製造することができる。
【0036】
[2.1. 原料準備工程]
まず、CaGe
2を含む原料を準備する(原料準備工程)。原料は、CaGe
2を含むものであれば良い。CaGe
2へのフッ素の拡散が可能な限りにおいて、原料の結晶構造、大きさ、形状等は、特に限定されない。
CaGe
2を含む原料としては、例えば、
(a)CaGe
2の多結晶、単結晶、又はアモルファスからなるバルク又は粉末、
(b)Ge基板、Si基板などの基板上に形成されたCaGe
2薄膜、
などがある。
【0037】
[2.2. 拡散工程]
次に、CaGe
2にフッ素を拡散させ、本発明に係るCa−Ge−F系化合物を合成する(拡散工程)。CaGe
2へのフッ素の拡散方法は、特に限定されるものではなく、原料の種類や目的に応じて、最適な方法を選択することができる。
フッ素の拡散方法は、特に、フッ素を含有する液相中において、原料を熱処理する方法が好ましい。このような方法により、容易にCa−Ge−F系化合物を合成することができる。
【0038】
[2.2.1. 液相]
フッ素を含有する液相としては、例えば、
(a)フッ素ガスを溶媒に溶解させた溶液、
(b)フッ素を含有する化合物を溶媒に溶解させた溶液、
(c)フッ素を含有する化合物の融液
などがある。
【0039】
フッ素を含有する液相は、溶液又は融液の状態でCaGe
2へのフッ素の拡散が可能なものであればよい。このような液相としては、例えば、[BMIM][BF
4]、[EMIM][BF
4]、[BMIM][PF
6]などのイオン液体がある。
【0040】
[2.2.2. 熱処理条件]
液相を用いてフッ素を拡散させる場合、熱処理(アニール)は、原料を液相中に浸漬した状態で行う。熱処理条件は、所定量のフッ素を効率よく拡散させることが可能な条件であれば良い。
フッ素源の種類によっては、フッ素の拡散は、室温近傍においても生ずる。すなわち、本発明において「熱処理」というときは、室温近傍での保持も含まれる。
【0041】
一般に、熱処理温度が高くなるほど、フッ素の拡散速度が速くなる。最適な温度は、フッ素源により異なる。一方、イオン液体の場合、熱処理温度が高くなりすぎると、イオン液体の分解が過度に促進されてしまう。従って、熱処理温度は、100℃〜300℃が好ましく、さらに好ましくは、200℃〜300℃である。
【0042】
熱処理時間は、熱処理温度に応じて最適な時間を選択する。一般に、熱処理時間が長くなるほど、フッ素の拡散量が増大する。
一方、CaGe
2へのフッ素の拡散量には限界がある。そのため、フッ素濃度の上昇という点において、必要以上の熱処理には実益がない。また、過度の熱処理は、Ca−Ge−F系化合物の構造の変化を引き起こす場合もある。
最適な熱処理時間は、Ca−Ge−F系化合物の用途や熱処理温度にもよるが、通常、10〜200時間程度である。
【0043】
[2.3. 後処理]
得られたCa−Ge−F系化合物は、そのまま各種の用途に用いても良い。あるいは、合成物から目的とする組成物のみを抽出し、これを各種の用途に用いても良い。
【0044】
[3. 複合材料]
本発明に係る複合材料は、
少なくとも表面がGe(111)面、Si(111)面、又は、CaF
2(111)面からなる基板と、
前記基板上に合成された、本発明に係るCa−Ge−F系化合物と
を備えている。
【0045】
基板には、少なくとも表面がGe(111)面、Si(111)面、又は、CaF
2(111)面からなるものが用いられる。これらの結晶面は、いずれもCaGe
2(111)面と良好な格子整合性を持つ。基板は、表面に所定の結晶面を露出させた単結晶基板でも良い。
【0046】
上述したように、Ge基板、Si基板、CaF
2基板等からなる基板上にCaGe
2薄膜を形成し、上記の条件下で熱処理を行うと、CaGe
2薄膜の一部又は全部をCa−Ge−F系化合物に変態させることができる。得られた複合材料は、そのままの状態で各種の用途に用いることができる。
あるいは、Ca−Ge−F系化合物は、製造条件によっては、表面から内部に向かってフッ素濃度が段階的に変化している場合がある。この場合、熱処理直後の複合材料の表層部分のみを選択的に除去し、目的とする組成を有するCaGe
2F
x化合物を表面に露出させた状態で、各種の用途に用いることもできる。
【0047】
[4. 半導体]
本発明に係るCa−Ge−F系化合物又は複合材料は、半導体として用いることができる。
例えば、CaGe
2層/CaGe
2F
x化合物層からなる接合体は、ショットキー結合として機能する。そのため、Ca−Ge−F系化合物は、ショットキーバリアダイオード、金属−半導体電界効果トランジスタなどに利用することができる。
【0048】
[5. 作用]
CaGe
2にフッ素を拡散させると、CaGe
2の全部又は一部が新規な化合物(CaGe
2F
x化合物)に変態する。この時、反応条件に応じて、フッ素濃度の異なる様々なCaGe
2F
x化合物が生成する。これらのCaGe
2F
x化合物は、いずれも1〜6原子層のGe層と、1〜6原子層のCaF
2層とが交互に積層した構造を備えている。また、2つのCaF
2層の間、又は、CaF
2層とCaGe
2層との間に挟まれた2原子層のGe層は、3種類の異なる構造を備えている。さらに、新規構造の2原子層Ge及び3原子層以上のGe層とCaF
2層との界面は、Ge面とF面とが対峙した構造を備えている。そのため、本発明に係るCa−Ge−F系化合物は、フッ素濃度を制御し、Ge層の構造を変化させることによって、種々の特性を示す。
【0049】
例えば、CaGe
2F
x化合物のF濃度を変化させることによって、2層Ge及び3層Geは、様々な構造に変化する。構造が変化すると、同じ層数でもバンド構造が半導体から金属まで幅広く変化する。よって、CaGe
2F
x化合物のみでナノデバイスが作製可能となる。さらに、2層〜3層Geと2〜3層のCaF
2の超格子構造を形成可能であることから、熱電材料への応用も期待される。
キュービックダイヤモンド(3C)構造を有する2層Geは、グラフェンと同様、線形分散なバンド構造を持つことが期待される。そのため、3C構造の2層Geを電界効果型トランジスタのチャネル材料として使用すれば、高速度デバイスの実現が期待される。
【0050】
また、界面に存在するGeのダングリングボンドは、Liとの結合が容易である。そのため、本発明に係るCa−Ge−F系化合物は、リチウムイオン電池の正極又は負極として利用可能である。
また、Si基板上にCaGe
2層をエピタキシャル成長させ、CaGe
2層にFを拡散させることにより、Si基板上に種々の特性を有するデバイスを作製することができる。
さらに、CaGe
2F
x化合物は、Ca及びFの濃度によって、金属、半導体、絶縁体へと変化する。そのため、オーミック接合やショットキー接合の形成技術となりうる。
【実施例】
【0051】
(実施例1: CaGe
2F
xの合成)
[1. 試料の作製]
CaGe
2の結晶粒をイオン液体[BMIM][BF
4]中で250℃−10hアニールすることで、CaGe
2F
x化合物を得た。
【0052】
[2. 試験方法及び結果]
[2.1. CaGe
2F
x化合物の組成]
250℃−10hアニールを行ったCaGe
2F
x結晶粒の組成分析をEPMAで行った。
図1に、アニール後の2つの結晶粒の反射電子像((a)結晶粒1、(b)結晶粒2)を示す。
図2に、
図1に示すCaGe
2F
x結晶粒のEPMA定量線分析結果((a)結晶粒1、(b)結晶粒2)を示す。測定方向は、
図1中に矢印で示した方向である。
結晶粒によって拡散するF量にバラツキはあるものの、250−10hアニールでは、組成範囲がCaGe
2F
x(0<x≦1.8)になることが確認された。
【0053】
[2.2. HAADF−STEM観察]
図3に、CaGe
2F
1.0-1.8組成エリアの高角度散乱暗視野−走査型透過電子顕微鏡(HAADF−STEM)像を示す。一般に、HAADF−STEM像のコントラストは、試料厚さ方向に投影した平均原子番号に依存し、投影原子番号が大きいほど明るくなる。明るいコントラスト相はGeであり、暗いコントラスト相はCaFxである。
図3より、1〜6層のGeと1〜6層のCaF
2が交互に積層しているのが確認される。3層Geの構造は、通常のバルクSiと同じキュービックダイヤモンド(3C)構造、並びに、これとはスタッキングが異なる2タイプのヘキサゴナルダイヤモンド(2H及び4H)構造が確認された。
【0054】
図4に、CaGe
2F
1.0-1.8化合物中の3種類の2層Geを含むエリアのHAADF−STEM像を示す。挿入図は、原子配列の模式図である。
図4に示すように、CaGe
2F
1.0-1.8組成エリアでは、新規構造、キュービックダイヤモンド(3C)構造、及び、ヘキサゴナルダイヤモンド(2H)構造の3タイプの2層Ge構造が確認された。
【0055】
[2.3. EDS分析]
図5に、CaGe
2F
1.0-1.8組成エリアにおける[11−2]
Ge and CaF2方位のHAADF−STEM像及びEDSマッピングを示す。
図5は、主に3層積層構造が形成されているエリアで撮影されたものである。nmオーダーで、Ge相とCaF
2相に相分離していることが確認された。
【0056】
[2.4. 2層Geの構造]
図6に、2層Geの構造モデルを示す。キュービックダイヤモンド(3C)構造の2層Geは、通常のバルクGeの{111}面のスタッキングと同じスタッキングであり、Ge6員環を反転操作で重ねた構造である。これに対し、ヘキサゴナルダイヤモンド(2H)構造の2層Geは、Ge6員環を鏡映操作で重ねた構造である。
【0057】
これらの構造は、空間群Fd−3m(227)で定義されるキュービックダイヤモンド構造の一部分(2層分)であり、空間群P6
3/mmc(194)で定義されるヘキサゴナルダイヤモンド構造の一部分(2層分)となる。キュービックダイヤモンド構造のスタッキングは、3C構造とも定義され、また、この2層GeをABスタッキングと表記する場合もある。ヘキサゴナルダイヤモンド構造のスタッキングは、2H構造とも定義され、この2層GeをAA’スタッキングと表記する場合もある。
【0058】
[2.5. 新規構造2層Geの構造]
図7に、新規構造2層Geの外観図を示す。新規構造2層Geは、
図7に示すように、2枚のGe−6員環ネットワークの積層からなる2次元周期構造体である。通常のダイヤモンド型Ge結晶の(111)原子面とは異なり、Ge−6員環ネットワークは、変形チェア型とボート型の6員環で構成されている。そして、2枚のGe−6員環ネットワークは、端面の4員環及び5員環を介して結合する。
【0059】
DL−Ge構造内に存在する2次元の周期は、それぞれ、a=0.66〜0.69nm、b=0.38〜0.4nmであり、aとbは直交する。なお、新規構造2層Geを挟んでいるCa面の距離は、10〜10.5Å(0.1〜0.15nm)であった。
図8に、この新規構造2層Geを各方向から見たモデルを示す。
図8中、投影方向は、それぞれ、(a)積層方向、(b)[01]方向、(c)[13]方向、(d)[11]方向、及び、(e)[10]方向である。
【0060】
新規構造2層Geは、2次元結晶であるが、2枚のGe原子層からなる3次元構造中には、いくつかの対称要素が存在する。これをより正確に表現するためには、3次元の結晶と見なして空間群を定義するのが適切と思われる。そこで、積層方向の周期を
図4に矢印で示した範囲、すなわち、「あるCaF
2層と新規構造2層Geの界面のF面と5員環頂点Geの中心距離の面から、新規構造2層Geを超えた逆側の同定義の面まで」と定義した。表1に、これを元に導出した格子定数、空間群、及び原子位置を示す。また、
図9に、3次元結晶の単位胞の模式図を示す。この3次元結晶の場合、4員環の中心(0.5,0.5,0.5)に対称中心があり、また、これを通るb軸に平行な2回軸がある。
【0061】
【表1】
【0062】
[2.6. 3層Geの構造]
図10に、3層Geの構造モデルを示す。3層Geの構造は、3タイプの結晶多形(ポリタイプ)が存在する。
図10(a)に示した構造は、通常のバルクGeであるキュービックダイヤモンド(3C)構造の{111}面スタッキングの3層Geであり、3次元結晶で表した場合の空間群はFd−3m(227)である。他は、
図9(b)、(c)の2タイプのヘキサゴナルダイヤモンド(2Hと4H)構造の3層Geである。3次元結晶で表した場合、どちらも空間群はP6
3/mmc(194)であるが、スタッキング周期が2周期と4周期で異なっている。
表2に、この3タイプの結晶構造をまとめて示す。尚、格子定数は、平均値である。
【0063】
【表2】
【0064】
(実施例2)
CaGe
2結晶粒をイオン液体[BMIM][BF4]中で300℃−5hアニールすることで、CaGe
2F
x化合物を得た。
EPMA分析の結果、組成は、CaGe
2F
x(2.8≦x≦3.0)であった。よって、CaGe
2F
xは、x=3.0まで変態することが確認された。
【0065】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。