特許第6424949号(P6424949)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6424949
(24)【登録日】2018年11月2日
(45)【発行日】2018年11月21日
(54)【発明の名称】シールリング
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/18 20060101AFI20181112BHJP
【FI】
   F16J15/18 C
【請求項の数】21
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2017-506493(P2017-506493)
(86)(22)【出願日】2016年3月10日
(86)【国際出願番号】JP2016057546
(87)【国際公開番号】WO2016148006
(87)【国際公開日】20160922
【審査請求日】2017年8月17日
(31)【優先権主張番号】特願2015-52653(P2015-52653)
(32)【優先日】2015年3月16日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2015-52675(P2015-52675)
(32)【優先日】2015年3月16日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2015-52691(P2015-52691)
(32)【優先日】2015年3月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125357
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100085006
【弁理士】
【氏名又は名称】世良 和信
(74)【代理人】
【識別番号】100096873
【弁理士】
【氏名又は名称】金井 廣泰
(74)【代理人】
【識別番号】100131532
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 浩一郎
(72)【発明者】
【氏名】吉田 勇介
(72)【発明者】
【氏名】許 方満
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 望
(72)【発明者】
【氏名】細沼 慎正
(72)【発明者】
【氏名】本田 重信
(72)【発明者】
【氏名】吉村 健一
(72)【発明者】
【氏名】酒井 陽平
(72)【発明者】
【氏名】當間 将太
【審査官】 杉山 悟史
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/105513(WO,A1)
【文献】 特開平08−121603(JP,A)
【文献】 特開2002−276815(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングと前記側壁面との摺動部の外部に排出可能な異物排出用溝と、
を備え、前記異物排出用溝の溝深さは、前記動圧発生用溝の溝深さよりも深いことを特徴とするシールリング。
【請求項2】
前記異物排出用溝は、前記合口部の周方向の両側にそれぞれ設けられていることを特徴とする請求項1に記載のシールリング。
【請求項3】
前記異物排出用溝は、シールリングの内周面から径方向外側に向かって外周面に至らない位置まで伸びていることを特徴とする請求項1またはに記載のシールリング。
【請求項4】
前記異物排出用溝は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられることを特徴とする請求項に記載のシールリング。
【請求項5】
前記異物排出用溝は、シールリングの外周面から径方向内側に向かって内周面に至らない位置まで伸びていることを特徴とする請求項1またはに記載のシールリング。
【請求項6】
周方向に見た場合に、前記動圧発生用溝が設けられる範囲は、前記異物排出用溝が設けられる範囲内に収まっていることを特徴とする請求項1〜のいずれか一つに記載のシールリング。
【請求項7】
周方向において前記異物排出用溝における前記合口部が設けられている側には、該異物排出用溝に異物を導く異物導入用溝が設けられていることを特徴とする請求項1〜のいずれか一つに記載のシールリング。
【請求項8】
周方向において前記異物排出用溝における前記合口部が設けられている側とは反対側には、動圧を発生させる補助動圧発生用溝が設けられていることを特徴とする請求項1〜のいずれか一つに記載のシールリング。
【請求項9】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングの内周面側に排出可能な異物排出用穴と、
を備えることを特徴とするシールリング。
【請求項10】
前記異物排出用穴の深さは、前記動圧発生用溝の溝深さよりも深いことを特徴とする請求項に記載のシールリング。
【請求項11】
前記異物排出用穴は、前記合口部の周方向の両側にそれぞれ設けられていることを特徴とする請求項または10に記載のシールリング。
【請求項12】
前記異物排出用穴は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられることを特徴とする請求項10または11に記載のシールリング。
【請求項13】
前記異物排出用穴においては、最も深い位置よりも外周面側の傾斜面は内周面側の傾斜面よりも傾きが大きく、最も深い位置よりも前記合口部とは反対側の傾斜面は合口部側の傾斜面よりも傾きが大きいことを特徴とする請求項12のいずれか一つに記載のシールリング。
【請求項14】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に設けられ、かつ内周面から前記合口部における端面に至る異物排出用溝と、
を備えることを特徴とするシールリング。
【請求項15】
前記異物排出用溝の溝深さは、前記動圧発生用溝の溝深さよりも深いことを特徴とする請求項14に記載のシールリング。
【請求項16】
前記異物排出用溝は、前記合口部の周方向の両側にそれぞれ設けられていることを特徴とする請求項14または15に記載のシールリング。
【請求項17】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングと前記側壁面との摺動部の外部に排出可能な異物排出用溝と、
を備え、前記異物排出用溝は、シールリングの内周面から径方向外側に向かって外周面に至らない位置まで伸びていることを特徴とするシールリング。
【請求項18】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングと前記側壁面との摺動部の外部に排出可能な異物排出用溝と、
を備え、前記異物排出用溝は、シールリングの外周面から径方向内側に向かって内周面に至らない位置まで伸びていることを特徴とするシールリング。
【請求項19】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングと前記側壁面との摺動部の外部に排出可能な異物排出用溝と、
を備え、周方向に見た場合に、前記動圧発生用溝が設けられる範囲は、前記異物排出用溝が設けられる範囲内に収まっていることを特徴とするシールリング。
【請求項20】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングと前記側壁面との摺動部の外部に排出可能な異物排出用溝と、
を備え、周方向において前記異物排出用溝における前記合口部が設けられている側には、該異物排出用溝に異物を導く異物導入用溝が設けられていることを特徴とするシールリング。
【請求項21】
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングと前記側壁面との摺動部の外部に排出可能な異物排出用溝と、
を備え、周方向において前記異物排出用溝における前記合口部が設けられている側とは反対側には、動圧を発生させる補助動圧発生用溝が設けられていることを特徴とするシールリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸とハウジングの軸孔との間の環状隙間を封止するシールリングに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用のAutomatic Transmission(AT)やContinuously Variable Transmission(CVT)などにおいては、油圧を保持させるために、相対的に回転する軸とハウジングとの間の環状隙間を封止するシールリングが設けられている。近年、環境問題対策として低燃費化が進められており、上記シールリングにおいては、回転トルクを低減させる要求が高まっている。そこで、従来、シールリングの摺動面側に密封対象流体を導き、動圧を発生させる溝を設ける技術が知られている(特許文献1参照)。しかしながら、このような技術においては、密封対象流体中に異物が含まれている場合、溝内に異物が噛みこまれることで、動圧効果が低減されて回転トルクの低減効果が十分に発揮されなくなってしまうだけでなく、摩耗が促進され、シール性が低下してしまうおそれもある。
【0003】
なお、異物がシールリングの摺動面から排除されるように、シールリングの摺動面側に、内周面側から外周面側に連通する溝を設ける技術も知られている(特許文献2参照)。しかしながら、このような技術の場合には、密封対象流体が溝から漏れるため、漏れ量が多くなってしまうおそれがある。
【0004】
ここで、上述した動圧を発生させる溝内に異物が噛みこまれる原因は、分析の結果、シールリングに設けられた合口部から異物が侵入することが主要因であることが分かった。この点について、図43を参照して説明する。図43は従来例に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。一般的に、樹脂製のシールリング500においては、軸に設けられた環状溝に対して、シールリング500を装着し易くするために、周方向の1箇所に合口部510が設けられている。合口部510には隙間が形成されるため、この隙間から図中矢印に示すように、シールリング500と上記環状溝の側壁面との間の摺動部に異物が入り込み、動圧を発生させる溝520に異物が侵入してしまうと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−121603号公報
【特許文献2】特開2002−276815号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、密封対象流体の漏れを抑制しつつ、安定的に回転トルクを低減可能なシールリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために以下の手段を採用した。
【0008】
すなわち、本発明のシールリングは、
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングと前記側壁面との摺動部の外部に排出可能な異物排出用溝と、
を備えることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に異物排出用溝が設けられている。従って、合口部から異物が入り込んでも、異物排出用溝によって異物は捕捉され、かつ異物は摺動部の外部に排出される。そのため、動圧発生用溝に異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。これにより、異物によって動圧発生用溝による動圧発生機能が損なわれてしまうことを抑制することができ、また、異物によって、摩耗が促進されてしまうことを抑制することができる。
【0010】
前記異物排出用溝の溝深さは、前記動圧発生用溝の溝深さよりも深いとよい。
【0011】
前記異物排出用溝は、前記合口部の周方向の両側にそれぞれ設けられているとよい。
【0012】
これにより、環状溝に対するシールリングの回転方向に関係なく、異物排出用溝によって異物は捕捉され、かつ異物は摺動部の外部に排出される。
【0013】
前記異物排出用溝は、シールリングの内周面から径方向外側に向かって外周面に至らない位置まで伸びているとよい。
【0014】
これにより、異物排出用溝から密封対象流体が漏れてしまうことを抑制することができる。
【0015】
前記異物排出用溝は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられるとよい。
【0016】
これにより、異物排出用溝から密封対象流体が漏れてしまうことを、より確実に抑制することができる。
【0017】
前記異物排出用溝は、シールリングの外周面から径方向内側に向かって内周面に至らない位置まで伸びているとよい。
【0018】
これにより、密封対象領域と、その反対側の領域(反密封対象領域)との差圧によって、異物排出用溝に捕捉した異物を、反密封対象領域に積極的に排出させることができる。また、異物排出用溝は、シールリングの外周面から径方向内側に向かって内周面に至らない位置まで伸びているので、密封対象流体が異物排出用溝に入り込む量を抑制することができる。
【0019】
周方向に見た場合に、前記動圧発生用溝が設けられる範囲は、前記異物排出用溝が設けられる範囲内に収まっているとよい。
【0020】
これにより、異物排出用溝を通らずに、動圧発生用溝に異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。
【0021】
周方向において前記異物排出用溝における前記合口部が設けられている側には、該異物排出用溝に異物を導く異物導入用溝が設けられているとよい。
【0022】
これにより、異物は異物排出用溝に安定的に導かれる。
【0023】
周方向において前記異物排出用溝における前記合口部が設けられている側とは反対側には、動圧を発生させる補助動圧発生用溝が設けられているとよい。
【0024】
これにより、補助動圧発生用溝においても、動圧を発生させることができる。
【0025】
また、本発明のシールリングは、
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側であって、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に設けられ、前記合口部から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリングの内周面側に排出可能な異物排出用穴と、
を備えることを特徴とする。
【0026】
本発明によれば、周方向において、前記複数の動圧発生用溝が配置されている領域と前記合口部との間に異物排出用穴が設けられている。従って、合口部から異物が入り込んでも、異物排出用穴によって異物は捕捉され、かつ異物はシールリングの内周面側に排出される。そのため、動圧発生用溝に異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。これにより、異物によって動圧発生用溝による動圧発生機能が損なわれてしまうことを抑制することができ、また、異物によって、摩耗が促進されてしまうことを抑制することができる。
【0027】
前記異物排出用穴の深さは、前記動圧発生用溝の溝深さよりも深いとよい。
【0028】
前記異物排出用穴は、前記合口部の周方向の両側にそれぞれ設けられているとよい。
【0029】
これにより、環状溝に対するシールリングの回転方向に関係なく、異物排出用穴によって異物は捕捉され、かつ異物はシールリングの内周面側に排出される。
【0030】
前記異物排出用穴は、前記側壁面に対して摺動する摺動領域内に収まる位置に設けられるとよい。
【0031】
これにより、異物排出用溝から密封対象流体が漏れてしまうことを、より抑制することができる。
【0032】
前記異物排出用穴においては、最も深い位置よりも外周面側の傾斜面は内周面側の傾斜面よりも傾きが大きく、最も深い位置よりも前記合口部とは反対側の傾斜面は合口部側の傾斜面よりも傾きが大きいとよい。
【0033】
これにより、合口部側から異物排出用穴に入り込んだ密封対象流体は、内周面側に向かって流れていくため、異物排出用穴によって捕捉された異物は、シールリングの内周面側に排出される。
【0034】
更に、本発明のシールリングは、
軸の外周に設けられた環状溝に装着され、相対的に回転する前記軸とハウジングとの間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持するシールリングであって、
前記環状溝における低圧側の側壁面に対して摺動するシールリングにおいて、
周方向の1箇所に設けられる合口部と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に、周方向に対してそれぞれ間隔を空けて設けられる複数の動圧発生用溝と、
前記側壁面に対して摺動する摺動面側に設けられ、かつ内周面から前記合口部における端面に至る異物排出用溝と、
を備えることを特徴とする。
【0035】
本発明によれば、環状溝の側壁面に対して摺動する摺動面側に、内周面から合口部における端面に至る異物排出用溝が設けられている。従って、合口部における隙間に異物が入り込んでも、異物排出用溝によって、異物はシールリングの内周面側に排出される。そのため、動圧発生用溝に異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。これにより、異物によって動圧発生用溝による動圧発生機能が損なわれてしまうことを抑制することができ、また、異物によって、摩耗が促進されてしまうことを抑制することができる。
【0036】
前記異物排出用溝の溝深さは、前記動圧発生用溝の溝深さよりも深いとよい。
【0037】
前記異物排出用溝は、前記合口部の周方向の両側にそれぞれ設けられているとよい。
【0038】
これにより、環状溝に対するシールリングの回転方向に関係なく、異物排出用溝によって、異物はシールリングの内周面側に排出される。
【発明の効果】
【0039】
以上説明したように、本発明によれば、密封対象流体の漏れを抑制しつつ、安定的に回転トルクを低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
図1図1は本発明の実施形態1に係るシールリングの側面図である。
図2図2は本発明の実施形態1に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図3図3は本発明の実施形態1に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図4図4は本発明の実施形態1に係るシールリングを外周面側から見た図の一部拡大図である。
図5図5は本発明の実施形態1に係るシールリングを内周面側から見た図の一部拡大図である。
図6図6は本発明の実施形態1に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図7図7は本発明の実施形態1に係るシールリングの模式的断面図である。
図8図8は本発明の実施形態1に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。
図9図9は本発明の実施形態1に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。
図10図10は本発明の実施例1に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図11図11は本発明の実施例2に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図12図12は本発明の実施例3に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図13図13は本発明の実施例4に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図14図14は本発明の実施例5に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図15図15は本発明の実施例6に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図16図16は本発明の実施例6に係るシールリングの模式的断面図である。
図17図17は本発明の実施例7に係るシールリングの模式的断面図である。
図18図18は本発明の実施例8に係るシールリングの模式的断面図である。
図19図19は本発明の実施例9に係るシールリングの模式的断面図である。
図20図20は本発明の実施形態2に係るシールリングの側面図である。
図21図21は本発明の実施形態2に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図22図22は本発明の実施形態2に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図23図23は本発明の実施形態2に係るシールリングを外周面側から見た図の一部拡大図である。
図24図24は本発明の実施形態2に係るシールリングを内周面側から見た図の一部拡大図である。
図25図25は本発明の実施形態2に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図26図26は本発明の実施形態2に係るシールリングの模式的断面図である。
図27図27は本発明の実施形態2に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。
図28図28は本発明の実施形態2に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。
図29図29は本発明の実施例10に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図30図30は本発明の実施例10に係るシールリングの模式的断面図である。
図31図31は本発明の実施例10に係るシールリングの模式的断面図である。
図32図32は本発明の実施例11に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図33図33は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図である。
図34図34は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図35図35は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図36図36は本発明の実施例12に係るシールリングを外周面側から見た図の一部拡大図である。
図37図37は本発明の実施例12に係るシールリングを内周面側から見た図の一部拡大図である。
図38図38は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図39図39は本発明の実施例12に係るシールリングの模式的断面図である。
図40図40は本発明の実施例12に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。
図41図41は本発明の実施例12に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。
図42図42は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
図43図43は従来例に係るシールリングの側面図の一部拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施形態及び実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、これら実施形態及び実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。なお、本実施形態及び実施例に係るシールリングは、自動車用のATやCVTなどの変速機において、油圧を保持させるために、相対的に回転する軸とハウジングとの間の環状隙間を封止する用途に用いられるものである。また、以下の説明において、「高圧側」とは、シールリングの両側に差圧が生じた際に高圧となる側を意味し、「低圧側」とは、シールリングの両側に差圧が生じた際に低圧となる側を意味する。
【0042】
(実施形態1)
図1図9を参照して、本発明の実施形態1に係るシールリングについて説明する。図1は本発明の実施形態1に係るシールリングの側面図である。図2は本発明の実施形態1に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、図1において丸で囲った部分の拡大図である。図3は本発明の実施形態1に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、図1において丸で囲った部分を反対側から見た拡大図である。図4は本発明の実施形態1に係るシールリングを外周面側から見た図の一部拡大図であり、図1において丸で囲った部分を外周面側から見た拡大図である。図5は本発明の実施形態1に係るシールリングを内周面側から見た図の一部拡大図であり、図1において丸で囲った部分を内周面側から見た拡大図である。図6は本発明の実施形態1に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、動圧発生用溝が設けられている付近を示す拡大図である。図7は本発明の実施形態1に係るシールリングの模式的断面図であり、図6中のAA断面図である。図8及び図9は本発明の実施形態1に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。なお、図8は無負荷の状態を示し、図9は差圧が生じた状態を示している。また、図8,9中のシールリングは、図6中のBB断面図に相当する。
【0043】
<シールリングの構成>
本実施形態に係るシールリング100は、軸200の外周に設けられた環状溝210に装着され、相対的に回転する軸200とハウジング300(ハウジング300における軸200が挿通される軸孔の内周面)との間の環状隙間を封止する。これにより、シールリング100は、流体圧力(本実施形態では油圧)が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持する。ここで、本実施形態においては、図8,9中のシールリング100よりも右側の領域の流体圧力が変化するように構成されている。そして、シールリング100は、シールリング100を介して図中右側の密封対象領域の流体圧力を保持する役割を担っている。なお、自動車のエンジンが停止した状態においては、密封対象領域の流体圧力は低く、無負荷の状態となっており、エンジンをかけると密封対象領域の流体圧力は高くなる。また、図9においては、図中右側の流体圧力が左側の流体圧力よりも高くなった状態を示している。以下、図9中右側を高圧側(H)、左側を低圧側(L)と称する。
【0044】
そして、シールリング100は、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などの樹脂材からなる。また、シールリング100の外周面の周長はハウジング300の軸孔の内周面の周長よりも短く構成されており、締め代を持たないように構成されている。従って、流体圧力が作用していない状態においては、シールリング100の外周面はハウジング300の軸孔の内周面から離れた状態となり得る(図8参照)。
【0045】
このシールリング100には、周方向の1箇所に合口部110が設けられている。また、シールリング100の摺動面側には、動圧発生用溝121を有する溝部120と、異物排出用溝130とが設けられている。なお、本実施形態に係るシールリング100は、断面が矩形の環状部材に対して、上記の合口部110と複数の溝部120と複数の異物排出用溝130が形成された構成である。ただし、これは形状についての説明に過ぎず、必ずしも、断面が矩形の環状部材を素材として、これら合口部110と複数の溝部120と複数の異物排出用溝130とを形成する加工を施すことを意味するものではない。勿論、断面が矩形の環状部材を成形した後に、これらを切削加工により得ることもできる。ただし、例えば、予め合口部110を有したものを成形した後に、複数の溝部120と複数の異物排出用溝130を切削加工により得てもよいし、製法は特に限定されるものではない。
【0046】
本実施形態に係る合口部110の構成について、特に、図2図5を参照して説明する。本実施形態に係る合口部110は、外周面側及び両側壁面側のいずれから見ても階段状に切断された特殊ステップカットを採用している。これにより、シールリング100においては、切断部を介して一方の側の外周面側には第1嵌合凸部111及び第1嵌合凹部114が設けられ、他方の側の外周面側には第1嵌合凸部111が嵌る第2嵌合凹部113と第1嵌合凹部114に嵌る第2嵌合凸部112が設けられている。なお、切断部を介して一方の側の内周面側の端面115と他方の側の内周側の端面116は互いに対向している。特殊ステップカットに関しては公知技術であるので、その詳細な説明は省略するが、熱膨張収縮によりシールリング100の周長が変化しても安定したシール性能を維持する特性を有する。なお、「切断部」については、切削加工により切断される場合だけでなく、成形により得られる場合も含まれる。
【0047】
溝部120は、シールリング100における摺動面側の側面のうち合口部110付近を除く全周に亘って、等間隔に複数設けられている(図1参照)。これら複数の溝部120は、軸200に設けられた環状溝210における低圧側(L)の側壁面211に対してシールリング100が摺動した際に動圧を発生させるために設けられている。
【0048】
そして、溝部120は、周方向に伸びる動圧発生用溝121と、動圧発生用溝121における周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を動圧発生用溝121内に導く導入溝122とを有している(図6参照)。また、動圧発生用溝121は、溝底が周方向の中央に比べて周方向の端部の方が浅くなるように構成されている。本実施形態では、この動圧発生用溝121の溝底は、平面状の傾斜面によって構成されている(図7参照)。ただし、動圧発生用溝121については、図示の例に限らず、溝内から摺動部に密封対象流体が排出される際に動圧が発生する機能を有していれば、各種の公知技術を採用することができる。更に、溝部120は、シールリング100が低圧側(L)の側壁面211に対して摺動する摺動領域S内に収まる位置に設けられている(図9参照)。従って、溝部120から低圧側(L)に密封対象流体が漏れてしまうことは抑制される。
【0049】
また、シールリング100における摺動面側の側面には、上記の通り、異物排出用溝130が設けられている。異物排出用溝130は、周方向において、複数の動圧発生用溝121(動圧発生用溝121を有する溝部120)が配置されている領域と合口部110との間に設けられている。そして、異物排出用溝130は、合口部110から侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリング100と側壁面211との摺動部の外部に排出させるために設けられている。また、異物排出用溝130の溝深さは、動圧発生用溝121の溝深さよりも深くなるように構成されている。更に、本実施形態においては、異物排出用溝130は、合口部110の周方向の両側にそれぞれ設けられている。
【0050】
<シールリングの使用時のメカニズム>
特に、図8及び図9を参照して、本実施形態に係るシールリング100の使用時のメカニズムについて説明する。エンジンが停止した無負荷状態においては、図8に示すように、左右の領域の差圧がないため、シールリング100は、環状溝210における図中左側の側壁面及びハウジング300の軸孔の内周面から離れた状態となり得る。
【0051】
図9は、エンジンがかかり、シールリング100を介して、差圧が生じている状態(図中右側の圧力が左側の圧力に比べて高くなった状態)を示している。エンジンがかかり、差圧が生じた状態においては、シールリング100は、環状溝210の低圧側(L)の側壁面211及びハウジング300の軸孔の内周面に対して密着した状態となる。
【0052】
これにより、相対的に回転する軸200とハウジング300との間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域(高圧側(H)の領域)の流体圧力を保持することが可能となる。そして、軸200とハウジング300が相対的に回転した場合には、環状溝210の低圧側(L)の側壁面211とシールリング100との間で摺動する。そして、シールリング100の摺動面側の側面に設けられた溝部120における動圧発生用溝121から密封対象流体が摺動部分に流出する際に動圧が発生する。なお、シールリング100が環状溝210に対して、図1中時計回り方向に回転する場合には、動圧発生用溝121における反時計回り方向側の端部から摺動部分に密封対象流体が流出する。また、シールリング100が環状溝210に対して、図1中反時計回り方向に回転する場合には、動圧発生用溝121における時計回り方向側の端部から摺動部分に密封対象流体が流出する。
【0053】
また、合口部110においては、切断部を介して一方の側の内周面側の端面115と他方の側の内周側の端面116との間に隙間が形成される。従って、この隙間から異物が侵入してしまうことがある。しかしながら、本実施形態においては、上記の通り、異物排出用溝130によって、合口部110から侵入してきた異物は捕捉され、かつ捕捉された異物はシールリング100と側壁面211との摺動部の外部に排出される。
【0054】
<本実施形態に係るシールリングの優れた点>
本実施形態に係るシールリング100によれば、上記の通り、合口部110から異物が入り込んでも、異物排出用溝130によって異物は捕捉され、かつ異物は摺動部の外部に排出される。そのため、動圧発生用溝121に異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。これにより、異物によって動圧発生用溝121による動圧発生機能が損なわれてしまうことを抑制することができ、また、異物によって、摩耗が促進されてしまうことを抑制することができる。
【0055】
また、本実施形態においては、異物排出用溝130は、合口部110の周方向の両側にそれぞれ設けられている。これにより、環状溝210に対するシールリング100の回転方向に関係なく、異物排出用溝130によって異物は捕捉され、かつ異物は摺動部の外部に排出される。
【0056】
以下、異物排出用溝のより具体的な例(実施例1〜9)を説明する。
【0057】
(実施例1)
図10を参照して、実施例1に係る異物排出用溝について説明する。図10は本発明の実施例1に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、合口部及び異物排出用溝が設けられている付近を拡大した図である。
【0058】
上記実施形態で説明したように、シールリング100における摺動面側の側面には、合口部110の周方向の両側に、それぞれ異物排出用溝131が設けられている。本実施例に係る異物排出用溝131は、シールリング100の内周面から径方向外側に向かって外周面に至らない位置まで直線状に伸びるように構成されている。これにより、環状溝210に対してシールリング100が図10中時計回り方向に回転した場合に、合口部110における端面115と端面116との間から矢印X方向に異物が侵入しても、異物排出用溝131により異物は捕捉される。そして、捕捉された異物は、異物排出用溝131から矢印Y方向に流れていき、摺動部の外部に排出される。
【0059】
また、本実施例に係る異物排出用溝131は、シールリング100の外周面には連通していないので、異物排出用溝131から密封対象流体が漏れてしまうことを抑制することができる。更に、本実施例に係る異物排出用溝131は、シールリング100が環状溝210における低圧側(L)の側壁面211に対して摺動する摺動領域S(図9参照)内に収まる位置に設けられている。これにより、異物排出用溝131から密封対象流体が漏れてしまうことを、より確実に抑制することができる。なお、図10においては、点線Mよりも径方向内側が、シールリング100が側壁面211に対して摺動する摺動領域Sに相当する。
【0060】
また、本実施例においては、周方向に見た場合に、動圧発生用溝121が設けられる範囲は、異物排出用溝131が設けられる範囲内に収まるように構成されている。つまり、平面形状が円環状のシールリング100の円の中心から異物排出用溝131の径方向外側の先端までの距離をR1とし、上記円の中心から動圧発生用溝121の径方向外側の側面までの距離をR2とすると、R1≧R2を満たす。これにより、異物排出用溝131を通らずに、動圧発生用溝121に異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。
【0061】
(実施例2)
図11には、本発明の実施例2が示されている。図11は本発明の実施例2に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、合口部及び異物排出用溝が設けられている付近を拡大した図である。なお、基本的な構成および作用については実施例1と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0062】
本実施例に係るシールリング100においては、上記実施例1で示した異物排出用溝131が、合口部110の周方向の両側に、それぞれ2つずつ並べて設けられている。本実施例の場合には、一つ目の異物排出用溝131で異物を捕捉できなかった場合でも、二つ目の異物排出用溝131により異物を捕捉することができるので、動圧発生用溝121に異物が流れて行ってしまうことを、より抑制することができる。
【0063】
以上のように、異物排出用溝131を複数並べて設けることで、異物をより確実に捕捉して、摺動部の外部に排出させることができる。なお、異物排出用溝131を3つ以上並べて設けても良い。
【0064】
(実施例3)
図12には、本発明の実施例3が示されている。図12は本発明の実施例3に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、合口部及び異物排出用溝が設けられている付近を拡大した図である。なお、基本的な構成および作用については実施例1と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0065】
本実施例においても、シールリング100における摺動面側の側面には、合口部110の周方向の両側に、それぞれ異物排出用溝132が設けられている。本実施例に係る異物排出用溝132は、シールリング100の外周面から径方向内側に向かって内周面に至らない位置まで直線状に伸びるように構成されている。これにより、環状溝210に対してシールリング100が図12中時計回り方向に回転した場合に、合口部110における端面115と端面116との間から矢印X方向に異物が侵入しても、異物排出用溝132により異物は捕捉される。そして、捕捉された異物は、異物排出用溝132から矢印Z方向に流れていき、摺動部の外部に排出される。また、本実施例においては、密封対象領域(高圧側(H)の領域)と、その反対側の領域(低圧側(L)の領域)との差圧によって、異物排出用溝132に捕捉した異物を、低圧側(L)の領域に積極的に排出させることができる。更に、本実施例に係る異物排出用溝132は、シールリング100の内周面には連通していないので、異物排出用溝132から密封対象流体が漏れてしまうことを抑制することができる。
【0066】
また、本実施例においては、周方向に見た場合に、動圧発生用溝121が設けられる範囲は、異物排出用溝132が設けられる範囲内に収まるように構成されている。つまり、平面形状が円環状のシールリング100の円の中心から異物排出用溝132の径方向内側の先端までの距離をR3とし、上記円の中心から動圧発生用溝121の径方向内側の側面までの距離をR4とすると、R4≧R3を満たす。これにより、異物排出用溝132を通らずに、動圧発生用溝121に異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。
【0067】
(実施例4)
図13には、本発明の実施例4が示されている。図13は本発明の実施例4に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、合口部及び異物排出用溝が設けられている付近を拡大した図である。なお、基本的な構成および作用については実施例1と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0068】
本実施例に係るシールリング100においては、上記実施例3で示した異物排出用溝132が、合口部110の周方向の両側に、それぞれ2つずつ並べて設けられている。本実施例の場合には、一つ目の異物排出用溝132で異物を捕捉できなかった場合でも、二つ目の異物排出用溝132により異物を捕捉することができるので、動圧発生用溝121に異物が流れて行ってしまうことを、より抑制することができる。
【0069】
以上のように、異物排出用溝132を複数並べて設けることで、異物をより確実に捕捉して、摺動部の外部に排出させることができる。なお、異物排出用溝132を3つ以上並べて設けても良い。
【0070】
(実施例5)
図14には、本発明の実施例5が示されている。図14は本発明の実施例5に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、合口部及び異物排出用溝が設けられている付近を拡大した図である。なお、基本的な構成および作用については実施例1と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0071】
本実施例に係るシールリング100においては、上記実施例1で示した異物排出用溝131と、上記実施例3で示した異物排出用溝132とを1組として、合口部110の周方向の両側に、それぞれ1組ずつ並べて設けられている。本実施例の場合には、一つ目の異物排出用溝131で異物を捕捉できなかった場合には、二つ目の異物排出用溝132により異物を捕捉することができるので、動圧発生用溝121に異物が流れて行ってしまうことを、より抑制することができる。
【0072】
(実施例6)
図15及び図16を参照して、実施例6に係る異物排出用溝について説明する。図15は本発明の実施例6に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、合口部及び異物排出用溝が設けられている付近を拡大した図である。図16は本発明の実施例6に係るシールリングの模式的断面図であり、図15中のCC断面図である。なお、基本的な構成および作用については実施例1と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0073】
上記実施形態で説明したように、シールリング100における摺動面側の側面には、合口部110の周方向の両側に、それぞれ異物排出用溝133が設けられている。本実施例に係る異物排出用溝133は、実施例1の場合と同様に、シールリング100の内周面から径方向外側に向かって外周面に至らない位置まで直線状に伸びるように構成されている。これにより、環状溝210に対してシールリング100が図15中時計回り方向に回転した場合に、合口部110における端面115と端面116との間から矢印X方向に異物が侵入しても、異物排出用溝133により異物は捕捉される。そして、捕捉された異物は、異物排出用溝133から矢印Y方向に流れていき、摺動部の外部に排出される。
【0074】
ここで、本実施例においては、周方向において異物排出用溝133における合口部110が設けられている側には、異物排出用溝133に異物を導く異物導入用溝133aが設けられている。これにより、異物は異物排出用溝133に安定的に導かれる。なお、異物導入用溝133aの溝底は、合口部110側から異物排出用溝133に向かって徐々に深くなる平面状の傾斜面により構成されている。ただし、異物導入用溝133aの溝底は、異物排出用溝133の溝底よりも浅くなっている(図16参照)。
【0075】
また、本実施例に係る異物排出用溝133においても、シールリング100の外周面には連通していないので、異物排出用溝133から密封対象流体が漏れてしまうことを抑制することができる。更に、本実施例に係る異物排出用溝133は、シールリング100が環状溝210における低圧側(L)の側壁面211に対して摺動する摺動領域S(図9参照)内に収まる位置に設けられている。なお、図15においては、点線Mよりも径方向内側が、シールリング100が側壁面211に対して摺動する摺動領域Sに相当する。また、本実施例においても、周方向に見た場合に、動圧発生用溝121が設けられる範囲は、異物排出用溝133が設けられる範囲内に収まるように構成されている。従って、実施例1の場合と同様の効果を得ることができる。
【0076】
なお、本実施例で示した異物導入用溝133aは、上記実施例3に示した異物排出用溝132に適用することも可能である。
【0077】
(実施例7)
図17には、本発明の実施例7が示されている。図17は本発明の実施例7に係るシールリングの模式的断面図である。本実施例では、上記実施例6の変形例を示す。基本的な構成および作用については実施例6と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0078】
本実施例においては、上記実施例6に示す構成に加えて、周方向において異物排出用溝133における合口部110が設けられている側とは反対側に、動圧を発生させる補助動圧発生用溝133bが設けられている。これにより、補助動圧発生用溝133bにおいても、動圧を発生させることができる。
【0079】
なお、本実施例で示した補助動圧発生用溝133bは、実施例1で示した異物排出用溝131や、実施例3で示した異物排出用溝132に適用することも可能である。
【0080】
(実施例8)
図18には、本発明の実施例8が示されている。図18は本発明の実施例8に係るシールリングの模式的断面図である。本実施例では、上記実施例7の変形例を示す。基本的な構成および作用については実施例7と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0081】
上記実施例7においては、異物導入用溝133aの溝底と補助動圧発生用溝133bの溝底が、同一の深さに設定されている。これに対して、本実施例においては、補助動圧発生用溝133cの溝底の深さが、異物導入用溝133aの溝底の深さよりも浅くなるように設定されている。これにより、異物排出用溝133に捕捉された異物が補助動圧発生用溝133cに逃げてしまうことを抑制している。なお、補助動圧発生用溝133cの溝底の深さは、密封対象流体中に含まれ得る異物の大きさよりも浅くなるように設定することで、異物が補助動圧発生用溝133cに逃げてしまうことを、より確実に抑制することができる。
【0082】
(実施例9)
図19には、本発明の実施例9が示されている。図19は本発明の実施例9に係るシールリングの模式的断面図である。本実施例では、上記実施例8の変形例を示す。基本的な構成および作用については実施例8と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0083】
本実施例においては、基本的な構成は実施例8と同一であるが、補助動圧発生用溝133dが異物排出用溝133から少し離れた位置に設けられている点のみ、上記実施例8と異なっている。本実施例では、補助動圧発生用溝133dと異物排出用溝133との間に隔壁が存在するため、異物排出用溝133に捕捉された異物が補助動圧発生用溝133dに逃げてしまうことを、より確実に抑制することができる。
【0084】
(その他)
上記各実施例1〜9においては、溝部120及び異物排出用溝130,131,132,133がシールリング100の片面にのみ設けられている場合を示したが、これら溝部120及び異物排出用溝130,131,132,133は、シールリング100の両面に設けても良い。要は、溝部120及び異物排出用溝130,131,132,133が設けられている面が摺動面となるようにすればよい。
【0085】
(実施形態2)
図20図28を参照して、本発明の実施形態2に係るシールリングについて説明する。図20は本発明の実施形態2に係るシールリングの側面図である。図21は本発明の実施形態2に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、図20において丸で囲った部分の拡大図である。図22は本発明の実施形態2に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、図20において丸で囲った部分を反対側から見た拡大図である。図23は本発明の実施形態2に係るシールリングを外周面側から見た図の一部拡大図であり、図20において丸で囲った部分を外周面側から見た拡大図である。図24は本発明の実施形態2に係るシールリングを内周面側から見た図の一部拡大図であり、図20において丸で囲った部分を内周面側から見た拡大図である。図25は本発明の実施形態2に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、動圧発生用溝が設けられている付近を示す拡大図である。図26は本発明の実施形態2に係るシールリングの模式的断面図であり、図25中のAA断面図である。図27及び図28は本発明の実施形態2に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。なお、図27は無負荷の状態を示し、図28は差圧が生じた状態を示している。また、図27,28中のシールリングは、図25中のBB断面図に相当する。
【0086】
<シールリングの構成>
本実施形態に係るシールリング100Xは、軸200の外周に設けられた環状溝210に装着され、相対的に回転する軸200とハウジング300(ハウジング300における軸200が挿通される軸孔の内周面)との間の環状隙間を封止する。これにより、シールリング100Xは、流体圧力(本実施形態では油圧)が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持する。ここで、本実施形態においては、図27,28中のシールリング100Xよりも右側の領域の流体圧力が変化するように構成されている。そして、シールリング100Xは、シールリング100Xを介して図中右側の密封対象領域の流体圧力を保持する役割を担っている。なお、自動車のエンジンが停止した状態においては、密封対象領域の流体圧力は低く、無負荷の状態となっており、エンジンをかけると密封対象領域の流体圧力は高くなる。また、図28においては、図中右側の流体圧力が左側の流体圧力よりも高くなった状態を示している。以下、図28中右側を高圧側(H)、左側を低圧側(L)と称する。
【0087】
そして、シールリング100Xは、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などの樹脂材からなる。また、シールリング100Xの外周面の周長はハウジング300の軸孔の内周面の周長よりも短く構成されており、締め代を持たないように構成されている。従って、流体圧力が作用していない状態においては、シールリング100Xの外周面はハウジング300の軸孔の内周面から離れた状態となり得る(図27参照)。
【0088】
このシールリング100Xには、周方向の1箇所に合口部110Xが設けられている。また、シールリング100Xの摺動面側には、動圧発生用溝121Xを有する溝部120Xと、異物排出用穴130Xとが設けられている。なお、本実施形態に係るシールリング100Xは、断面が矩形の環状部材に対して、上記の合口部110Xと複数の溝部120Xと複数の異物排出用穴130Xが形成された構成である。ただし、これは形状についての説明に過ぎず、必ずしも、断面が矩形の環状部材を素材として、これら合口部110Xと複数の溝部120Xと複数の異物排出用穴130Xとを形成する加工を施すことを意味するものではない。勿論、断面が矩形の環状部材を成形した後に、これらを切削加工により得ることもできる。ただし、例えば、予め合口部110Xを有したものを成形した後に、複数の溝部120Xと複数の異物排出用穴130Xを切削加工により得てもよいし、製法は特に限定されるものではない。
【0089】
本実施形態に係る合口部110Xの構成について、特に、図21図24を参照して説明する。本実施形態に係る合口部110Xは、外周面側及び両側壁面側のいずれから見ても階段状に切断された特殊ステップカットを採用している。これにより、シールリング100Xにおいては、切断部を介して一方の側の外周面側には第1嵌合凸部111X及び第1嵌合凹部114Xが設けられ、他方の側の外周面側には第1嵌合凸部111Xが嵌る第2嵌合凹部113Xと第1嵌合凹部114Xに嵌る第2嵌合凸部112Xが設けられている。なお、切断部を介して一方の側の内周面側の端面115Xと他方の側の内周側の端面116Xは互いに対向している。特殊ステップカットに関しては公知技術であるので、その詳細な説明は省略するが、熱膨張収縮によりシールリング100Xの周長が変化しても安定したシール性能を維持する特性を有する。なお、「切断部」については、切削加工により切断される場合だけでなく、成形により得られる場合も含まれる。
【0090】
溝部120Xは、シールリング100Xにおける摺動面側の側面のうち合口部110X付近を除く全周に亘って、等間隔に複数設けられている(図20参照)。これら複数の溝部120Xは、軸200に設けられた環状溝210における低圧側(L)の側壁面211に対してシールリング100Xが摺動した際に動圧を発生させるために設けられている。
【0091】
そして、溝部120Xは、周方向に伸びる動圧発生用溝121Xと、動圧発生用溝121Xにおける周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を動圧発生用溝121X内に導く導入溝122Xとを有している(図25参照)。また、動圧発生用溝121Xは、溝底が周方向の中央に比べて周方向の端部の方が浅くなるように構成されている。本実施形態では、この動圧発生用溝121Xの溝底は、平面状の傾斜面によって構成されている(図26参照)。ただし、動圧発生用溝121Xについては、図示の例に限らず、溝内から摺動部に密封対象流体が排出される際に動圧が発生する機能を有していれば、各種の公知技術を採用することができる。更に、溝部120Xは、シールリング100Xが低圧側(L)の側壁面211に対して摺動する摺動領域S内に収まる位置に設けられている(図28参照)。従って、溝部120Xから低圧側(L)に密封対象流体が漏れてしまうことは抑制される。
【0092】
また、シールリング100Xにおける摺動面側の側面には、上記の通り、異物排出用穴130Xが設けられている。異物排出用穴130Xは、周方向において、複数の動圧発生用溝121X(動圧発生用溝121Xを有する溝部120X)が配置されている領域と合口部110Xとの間に設けられている。そして、異物排出用穴130Xは、合口部110Xから侵入してきた異物を捕捉し、かつ捕捉した異物をシールリング100Xの内周面側に排出させるために設けられている。また、異物排出用穴130Xの深さは、動圧発生用溝121Xの溝深さよりも深くなるように構成されている。更に、本実施形態においては、異物排出用穴130Xは、合口部110Xの周方向の両側にそれぞれ設けられている。なお、異物排出用穴130Xは、貫通していない穴であり、かつ、シールリング100Xの内周面及び外周面から離れた位置に設けられ、かつ、合口部110X及び動圧発生用溝121Xからも離れた位置に設けられている。
【0093】
<シールリングの使用時のメカニズム>
特に、図27及び図28を参照して、本実施形態に係るシールリング100Xの使用時のメカニズムについて説明する。エンジンが停止した無負荷状態においては、図27に示すように、左右の領域の差圧がないため、シールリング100Xは、環状溝210における図中左側の側壁面及びハウジング300の軸孔の内周面から離れた状態となり得る。
【0094】
図28は、エンジンがかかり、シールリング100Xを介して、差圧が生じている状態(図中右側の圧力が左側の圧力に比べて高くなった状態)を示している。エンジンがかかり、差圧が生じた状態においては、シールリング100Xは、環状溝210の低圧側(L)の側壁面211及びハウジング300の軸孔の内周面に対して密着した状態となる。
【0095】
これにより、相対的に回転する軸200とハウジング300との間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域(高圧側(H)の領域)の流体圧力を保持することが可能となる。そして、軸200とハウジング300が相対的に回転した場合には、環状溝210の低圧側(L)の側壁面211とシールリング100Xとの間で摺動する。そして、シールリング100Xの摺動面側の側面に設けられた溝部120Xにおける動圧発生用溝121Xから密封対象流体が摺動部分に流出する際に動圧が発生する。なお、シールリング100Xが環状溝210に対して、図20中時計回り方向に回転する場合には、動圧発生用溝121Xにおける反時計回り方向側の端部から摺動部分に密封対象流体が流出する。また、シールリング100Xが環状溝210に対して、図20中反時計回り方向に回転する場合には、動圧発生用溝121Xにおける時計回り方向側の端部から摺動部分に密封対象流体が流出する。
【0096】
また、合口部110Xにおいては、切断部を介して一方の側の内周面側の端面115Xと他方の側の内周側の端面116Xとの間に隙間が形成される。従って、この隙間から異物が侵入してしまうことがある。しかしながら、本実施形態においては、上記の通り、異物排出用穴130Xによって、合口部110Xから侵入してきた異物は捕捉され、かつ捕捉された異物はシールリング100Xの内周面側に排出される。
【0097】
<本実施形態に係るシールリングの優れた点>
本実施形態に係るシールリング100Xによれば、上記の通り、合口部110Xから異物が入り込んでも、異物排出用穴130Xによって異物は捕捉され、かつ異物はシールリング100Xの内周面側に排出される。そのため、動圧発生用溝121Xに異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。これにより、異物によって動圧発生用溝121Xによる動圧発生機能が損なわれてしまうことを抑制することができ、また、異物によって、摩耗が促進されてしまうことを抑制することができる。
【0098】
また、本実施形態においては、異物排出用穴130Xは、合口部110Xの周方向の両側にそれぞれ設けられている。これにより、環状溝210に対するシールリング100Xの回転方向に関係なく、異物排出用穴130によって異物は捕捉され、かつ異物はシールリング100Xの内周面側に排出される。
【0099】
以下、異物排出用穴のより具体的な例(実施例10,11)を説明する。
【0100】
(実施例10)
図29図31を参照して、本発明の実施例10に係る異物排出用穴について説明する。図29は本発明の実施例10に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、合口部及び異物排出用穴が設けられている付近を拡大した図である。図30及び図31は本発明の実施例10に係るシールリングの模式的断面図である。なお、図30図29中のCC断面図であり、図31図29中のDD断面図である。
【0101】
上記実施形態2で説明したように、シールリング100Xにおける摺動面側の側面には、合口部110Xの周方向の両側に、それぞれ異物排出用穴131Xが設けられている。これにより、環状溝210に対してシールリング100Xが図29中時計回り方向に回転した場合に、合口部110Xにおける端面115Xと端面116Xとの間から矢印X方向に異物が侵入しても、異物排出用穴131Xにより異物は捕捉される。そして、捕捉された異物は、異物排出用穴131Xから矢印Y方向に流れていき、シールリング100Xの内周面側に排出される。
【0102】
また、本実施例に係る異物排出用穴131Xは、シールリング100Xの外周面に連通していないので、異物排出用穴131Xから密封対象流体が漏れてしまうことを抑制することができる。更に、本実施例に係る異物排出用穴131Xは、シールリング100Xが環状溝210における低圧側(L)の側壁面211に対して摺動する摺動領域S(図28参照)内に収まる位置に設けられている。これにより、異物排出用穴131Xから密封対象流体が漏れてしまうことを、より確実に抑制することができる。なお、図29においては、点線Mよりも径方向内側が、シールリング100Xが側壁面211に対して摺動する摺動領域Sに相当する。
【0103】
ここで、異物排出用穴131Xにおいては、最も深い位置よりも外周面側の傾斜面131Xbは内周面側の傾斜面131Xaよりも傾きが大きく、最も深い位置よりも合口部110Xとは反対側の傾斜面131Xcは合口部110X側の傾斜面131Xdよりも傾きが大きくなるように構成されている。これにより、合口部110X側から異物排出用穴131Xに入り込んだ密封対象流体は、内周面側に向かって流れていくため、異物排出用穴131Xによって捕捉された異物は、シールリング100Xの内周面側に排出される。
【0104】
(実施例11)
図32には、本発明の実施例11が示されている。図32は本発明の実施例11に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、合口部及び異物排出用穴が設けられている付近を拡大した図である。なお、基本的な構成および作用については実施例10と同一なので、同一の構成部分については同一の符号を付して、その説明は適宜省略する。
【0105】
本実施例に係るシールリング100Xにおいては、異物排出用穴132Xが、合口部110Xの周方向の両側に、それぞれ4つずつ並べて設けられている。本実施例の場合には、異物排出用穴132Xのサイズが、実施例10の場合よりも小さくなっている。なお、本実施例においても、異物排出用穴132Xにおいては、最も深い位置よりも外周面側の傾斜面は内周面側の傾斜面よりも傾きが大きく、最も深い位置よりも合口部110Xとは反対側の傾斜面は合口部110X側の傾斜面よりも傾きが大きくなるように構成されている。これにより、合口部110X側から異物排出用穴132Xに入り込んだ密封対象流体は、内周面側に向かって流れていくため、異物排出用穴132Xによって捕捉された異物は、シールリング100Xの内周面側に排出される。以上のように、異物排出用穴132Xを複数並べて設ける構成を採用することもできる。なお、異物排出用穴131Xを配置する数は、適宜設定することができる。
【0106】
(その他)
上記各実施例10,11においては、溝部120X及び異物排出用穴130X,131X,132Xがシールリング100Xの片面にのみ設けられている場合を示したが、溝部120X及び異物排出用穴130X,131X,132Xは、両面に設けても良い。要は、これら溝部120X及び異物排出用穴130X,131X,132Xが設けられている面が摺動面となるようにすればよい。
【0107】
(実施例12)
図33図42を参照して、本発明の実施例12に係るシールリングについて説明する。図33は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図(概略的に示した側面図)である。図34は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、図33において丸で囲った部分の拡大図である。図35は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、図33において丸で囲った部分を反対側から見た拡大図である。図36は本発明の実施例12に係るシールリングを外周面側から見た図の一部拡大図であり、図33において丸で囲った部分を外周面側から見た拡大図である。図37は本発明の実施例12に係るシールリングを内周面側から見た図の一部拡大図であり、図33において丸で囲った部分を内周面側から見た拡大図である。図38は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、動圧発生用溝が設けられている付近を示す拡大図である。図39は本発明の実施例12に係るシールリングの模式的断面図であり、図38中のAA断面図である。図40及び図41は本発明の実施例12に係るシールリングの使用時の状態を示す模式的断面図である。なお、図40は無負荷の状態を示し、図41は差圧が生じた状態を示している。また、図40,41中のシールリングは、図38中のBB断面図に相当する。図42は本発明の実施例12に係るシールリングの側面図の一部拡大図であり、図33において丸で囲った部分を図34よりも更に拡大した図である。
【0108】
<シールリングの構成>
本実施例に係るシールリング100Yは、軸200の外周に設けられた環状溝210に装着され、相対的に回転する軸200とハウジング300(ハウジング300における軸200が挿通される軸孔の内周面)との間の環状隙間を封止する。これにより、シールリング100Yは、流体圧力(本実施例では油圧)が変化するように構成された密封対象領域の流体圧力を保持する。ここで、本実施例においては、図40,41中のシールリング100Yよりも右側の領域の流体圧力が変化するように構成されている。そして、シールリング100Yは、シールリング100Yを介して図中右側の密封対象領域の流体圧力を保持する役割を担っている。なお、自動車のエンジンが停止した状態においては、密封対象領域の流体圧力は低く、無負荷の状態となっており、エンジンをかけると密封対象領域の流体圧力は高くなる。また、図41においては、図中右側の流体圧力が左側の流体圧力よりも高くなった状態を示している。以下、図41中右側を高圧側(H)、左側を低圧側(L)と称する。
【0109】
そして、シールリング100Yは、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などの樹脂材からなる。また、シールリング100Yの外周面の周長はハウジング300の軸孔の内周面の周長よりも短く構成されており、締め代を持たないように構成されている。従って、流体圧力が作用していない状態においては、シールリング100Yの外周面はハウジング300の軸孔の内周面から離れた状態となり得る(図40参照)。
【0110】
このシールリング100Yには、周方向の1箇所に合口部110Yが設けられている。また、シールリング100Yの摺動面側には、動圧発生用溝121Yを有する溝部120Yと、異物排出用溝130Yとが設けられている。なお、本実施例に係るシールリング100Yは、断面が矩形の環状部材に対して、上記の合口部110Yと複数の溝部120Yと複数の異物排出用溝130Yが形成された構成である。ただし、これは形状についての説明に過ぎず、必ずしも、断面が矩形の環状部材を素材として、これら合口部110Yと複数の溝部120Yと複数の異物排出用溝130Yとを形成する加工を施すことを意味するものではない。勿論、断面が矩形の環状部材を成形した後に、これらを切削加工により得ることもできる。ただし、例えば、予め合口部110Yを有したものを成形した後に、複数の溝部120Yと複数の異物排出用溝130Yを切削加工により得てもよいし、製法は特に限定されるものではない。
【0111】
本実施例に係る合口部110Yの構成について、特に、図34図37を参照して説明する。本実施例に係る合口部110Yは、外周面側及び両側壁面側のいずれから見ても階段状に切断された特殊ステップカットを採用している。これにより、シールリング100Yにおいては、切断部を介して一方の側の外周面側には第1嵌合凸部111Y及び第1嵌合凹部114Yが設けられ、他方の側の外周面側には第1嵌合凸部111Yが嵌る第2嵌合凹部113Yと第1嵌合凹部114Yに嵌る第2嵌合凸部112Yが設けられている。なお、切断部を介して一方の側の内周面側の端面115Yと他方の側の内周側の端面116Yは互いに対向している。特殊ステップカットに関しては公知技術であるので、その詳細な説明は省略するが、熱膨張収縮によりシールリング100Yの周長が変化しても安定したシール性能を維持する特性を有する。なお、「切断部」については、切削加工により切断される場合だけでなく、成形により得られる場合も含まれる。
【0112】
溝部120Yは、シールリング100Yにおける摺動面側の側面のうち合口部110Y付近を除く全周に亘って、等間隔に複数設けられている(図33参照)。これら複数の溝部120Yは、軸200に設けられた環状溝210における低圧側(L)の側壁面211に対してシールリング100Yが摺動した際に動圧を発生させるために設けられている。
【0113】
そして、溝部120Yは、周方向に伸びる動圧発生用溝121Yと、動圧発生用溝121Yにおける周方向の中央の位置から内周面に至るまで伸び、密封対象流体を動圧発生用溝121Y内に導く導入溝122Yとを有している(図38参照)。また、動圧発生用溝121Yは、溝底が周方向の中央に比べて周方向の端部の方が浅くなるように構成されている。本実施例では、この動圧発生用溝121Yの溝底は、平面状の傾斜面によって構成されている(図39参照)。ただし、動圧発生用溝121Yについては、図示の例に限らず、溝内から摺動部に密封対象流体が排出される際に動圧が発生する機能を有していれば、各種の公知技術を採用することができる。更に、溝部120Yは、シールリング100Yが低圧側(L)の側壁面211に対して摺動する摺動領域S内に収まる位置に設けられている(図41参照)。従って、溝部120Yから低圧側(L)に密封対象流体が漏れてしまうことは抑制される。
【0114】
また、シールリング100Yにおける摺動面側の側面には、上記の通り、異物排出用溝130Yが設けられている。異物排出用溝130Yは、環状溝210における低圧側(L)の側壁面211に対して摺動する摺動面側に設けられ、かつシールリング100Yの内周面から合口部110Yにおける端面に至るように設けられている。そして、異物排出用溝130Yは、合口部110Yにおける隙間に侵入してきた異物をシールリング100Yの内周面側に排出させるために設けられている。すなわち、環状溝210に対して、シールリング100Yが図42中時計回り方向に回転した場合には、合口部110Yにおける隙間に侵入してきた異物は、異物排出用溝130Yにより、矢印X方向に流れていく。本実施例に係る異物排出用溝130Yは、平面形状が円弧状の溝により構成されている。これにより、異物は滑らかにシールリング100Yの内周面側に向かって流れていく。
【0115】
また、異物排出用溝130Yの深さは、動圧発生用溝121Yの溝深さよりも深くなるように構成されている。更に、本実施例においては、異物排出用溝130Yは、合口部110Yの周方向の両側にそれぞれ設けられている。
【0116】
<シールリングの使用時のメカニズム>
特に、図40及び図41を参照して、本実施例に係るシールリング100Yの使用時のメカニズムについて説明する。エンジンが停止した無負荷状態においては、図40に示すように、左右の領域の差圧がないため、シールリング100Yは、環状溝210における図中左側の側壁面及びハウジング300の軸孔の内周面から離れた状態となり得る。
【0117】
図41は、エンジンがかかり、シールリング100Yを介して、差圧が生じている状態(図中右側の圧力が左側の圧力に比べて高くなった状態)を示している。エンジンがかかり、差圧が生じた状態においては、シールリング100Yは、環状溝210の低圧側(L)の側壁面211及びハウジング300の軸孔の内周面に対して密着した状態となる。
【0118】
これにより、相対的に回転する軸200とハウジング300との間の環状隙間を封止して、流体圧力が変化するように構成された密封対象領域(高圧側(H)の領域)の流体圧力を保持することが可能となる。そして、軸200とハウジング300が相対的に回転した場合には、環状溝210の低圧側(L)の側壁面211とシールリング100Yとの間で摺動する。そして、シールリング100Yの摺動面側の側面に設けられた溝部120Yにおける動圧発生用溝121Yから密封対象流体が摺動部分に流出する際に動圧が発生する。なお、シールリング100Yが環状溝210に対して、図33中時計回り方向に回転する場合には、動圧発生用溝121Yにおける反時計回り方向側の端部から摺動部分に密封対象流体が流出する。また、シールリング100Yが環状溝210に対して、図33中反時計回り方向に回転する場合には、動圧発生用溝121Yにおける時計回り方向側の端部から摺動部分に密封対象流体が流出する。
【0119】
また、合口部110Yにおいては、切断部を介して一方の側の内周面側の端面115Yと他方の側の内周側の端面116Yとの間に隙間が形成される。従って、この隙間から異物が侵入してしまうことがある。しかしながら、本実施例においては、上記の通り、異物排出用溝130Yによって、合口部110Yにおける隙間に侵入してきた異物は、シールリング100Yの内周面側に排出される。
【0120】
<本実施例12に係るシールリングの優れた点>
本実施例に係るシールリング100Yによれば、上記の通り、環状溝210の側壁面211に対して摺動する摺動面側に、内周面から合口部110Yにおける端面に至る異物排出用溝130Yが設けられている。従って、合口部110Yにおける隙間に異物が入り込んでも、異物排出用溝130Yによって、異物はシールリング100Yの内周面側に排出される。そのため、動圧発生用溝121Yに異物が入り込んでしまうことを抑制することができる。これにより、異物によって動圧発生用溝121Yによる動圧発生機能が損なわれてしまうことを抑制することができ、また、異物によって、摩耗が促進されてしまうことを抑制することができる。
【0121】
また、本実施例においては、異物排出用溝130Yは、合口部110Yの周方向の両側にそれぞれ設けられている。これにより、環状溝210に対するシールリング100Yの回転方向に関係なく、異物排出用溝130Yによって、異物はシールリング100Yの内周面側に排出される。
【0122】
(その他)
上記実施例12においては、溝部120Y及び異物排出用溝130Yがシールリング100Yの片面にのみ設けられている場合を示したが、溝部120Y及び異物排出用溝130Yは、両面に設けても良い。要は、これら溝部120Y及び異物排出用溝130Yが設けられている面が摺動面となるようにすればよい。
【符号の説明】
【0123】
100 シールリング
110 合口部
111 第1嵌合凸部
112 第2嵌合凸部
113 第2嵌合凹部
114 第1嵌合凹部
115 端面
116 端面
120 溝部
121 動圧発生用溝
122 導入溝
130,131,132,133 異物排出用溝
133a 異物導入用溝
133b,133c,133d 補助動圧発生用溝
200 軸
210 環状溝
211 側壁面
300 ハウジング
S 摺動領域
100X シールリング
110X 合口部
111X 第1嵌合凸部
112X 第2嵌合凸部
113X 第2嵌合凹部
114X 第1嵌合凹部
115X 端面
116X 端面
120X 溝部
121X 動圧発生用溝
122X 導入溝
130X,131X,132X 異物排出用穴
131Xa,131Xb,131Xc,131Xd 傾斜面
100Y シールリング
110Y 合口部
111Y 第1嵌合凸部
112Y 第2嵌合凸部
113Y 第2嵌合凹部
114Y 第1嵌合凹部
115Y 端面
116Y 端面
120Y 溝部
121Y 動圧発生用溝
122Y 導入溝
130Y 異物排出用溝
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35
図36
図37
図38
図39
図40
図41
図42
図43