特許第6425319号(P6425319)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6425319複数の再生毛包原基の製造方法、毛包組織含有シートの製造方法、毛包組織含有シート及び培養基板の使用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6425319
(24)【登録日】2018年11月2日
(45)【発行日】2018年11月28日
(54)【発明の名称】複数の再生毛包原基の製造方法、毛包組織含有シートの製造方法、毛包組織含有シート及び培養基板の使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20181119BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20181119BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20181119BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20181119BHJP
【FI】
   C12N5/071
   C12N5/0775
   C12M1/00 A
   C12M3/00 Z
【請求項の数】11
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2017-547834(P2017-547834)
(86)(22)【出願日】2016年10月26日
(86)【国際出願番号】JP2016081747
(87)【国際公開番号】WO2017073625
(87)【国際公開日】20170504
【審査請求日】2018年3月9日
(31)【優先権主張番号】特願2015-214547(P2015-214547)
(32)【優先日】2015年10月30日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】特許業務法人 志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 淳二
(72)【発明者】
【氏名】景山 達斗
(72)【発明者】
【氏名】吉村 知紗
(72)【発明者】
【氏名】大西 希咲
【審査官】 伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−029331(JP,A)
【文献】 特開2010−065082(JP,A)
【文献】 特開2011−041472(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/179559(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/115079(WO,A1)
【文献】 特開2005−027598(JP,A)
【文献】 HSIEH C.H. et al.,,Acta Biomaterialia, 2011, Vol.7, pp.315-324
【文献】 LI Y.C. et al.,,ACS Applied Materials and Interfaces, 2015.09.22, Vol.7, pp.22322-22332
【文献】 PAN J. et al.,,Journal of Biomedical Materials Research Part A, 2013, Vol.101A, pp.3159-3169
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
規則的な配置の微小凹部を有するマイクロ凹版に、間葉系細胞及び上皮系細胞を播種し、前記マイクロ凹版の少なくとも上面及び底面から前記間葉系細胞及び前記上皮系細胞に対して酸素を供給しながら混合培養することにより、前記微小凹部内に毛髪再生能を有する毛包原基を形成させる工程を備え、
前記マイクロ凹版が酸素透過性を有する材質からなり、
前記微小凹部1つあたりに播種される前記間葉系細胞及び前記上皮系細胞の合計細胞数が4.0×10cells以上1.28×10cells以下であることを特徴とする複数の再生毛包原基製造方法。
【請求項2】
Wntシグナル活性化剤を用いない、請求項1に記載の複数の再生毛包原基製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の製造方法で得られた複数の再生毛包原基を、前記微小凹部内に保持された状態で、生体適合性ハイドロゲルに転写する工程備えことを特徴とする毛包組織含有シートの製造方法。
【請求項4】
前記マイクロ凹版における前記微小凹部の密度が20個/cm以上500個/cm以下である、請求項に記載の毛包組織含有シートの製造方法。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の製造方法で得られた毛包組織含有シートであって、
間葉系細胞及び上皮系細胞を含む毛包原基と、
生体適合性ハイドロゲルと、を含有し、
前記毛包原基が、前記生体適合性ハイドロゲル上に規則的配置されており、
前記毛包原基の密度が20個/cm以上500個/cm以下であることを特徴とする毛包組織含有シート。
【請求項6】
さらに、前記毛包原基が分化し、毛包を形成している、請求項に記載の毛包組織含有シート。
【請求項7】
前記生体適合性ハイドロゲルがゲル化する細胞外マトリックス成分である、請求項又はに記載の毛包組織含有シート。
【請求項8】
前記細胞外マトリックス成分がコラーゲンである、請求項に記載の毛包組織含有シート。
【請求項9】
複数の毛髪再生能を有する再生毛包原基を製造するための培養基板の使用であって、
前記培養基板は、規則的な配置の微小凹部を有するマイクロ凹版を備え、
前記マイクロ凹版が酸素透過性を有する材質からなり、
前記培養基板の少なくとも上面及び底面から前記微小凹部に含まれる間葉系細胞及び上皮系細胞に対して酸素を供給しながら混合培養する前記培養基板の使用
【請求項10】
前記酸素透過性を有する材質がポリジメチルシロキサンである、請求項に記載の使用
【請求項11】
前記マイクロ凹版における前記微小凹部の密度が20個/cm以上500個/cm以下である、請求項又は10に記載の使用
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生毛包原基の集合体の製造方法、毛包組織含有シート、及び毛包組織含有シートの製造方法に関する。
本願は、2015年10月30日に、日本に出願された特願2015−214547号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
臨床応用に足る毛包再生医療の確立には、再生毛包が正常な組織構造を有し、移植部位に適した毛幹を有する毛が、形成、伸長することが必要である。毛等の皮膚付属器を含む外胚葉性付属器官は、通常、胎児期において、上皮系細胞及び間葉系細胞の相互作用により発生する。外胚葉性付属器官の一つである毛包は、個体の生涯にわたって成長及び退行(毛周期)を繰り返し、成長期における毛球部の再生は、毛包器官発生期と同様な分子機構により誘導されることが知られている。また、このような毛周期における毛球部の再生は、間葉系細胞である毛乳頭細胞により誘導されると考えられている。すなわち、成長期において、毛包上皮幹細胞が間葉系細胞である毛乳頭細胞により分化誘導され毛球部が再生される。
【0003】
これまでに毛包再生に向けて間葉系細胞(毛乳頭細胞及び真皮毛根鞘細胞)を置換することによる毛包可変領域の再生、毛包誘導能を有する間葉系細胞による毛包新生、又は上皮系細胞及び間葉系細胞による毛包の再構築等が試みられてきた。具体的には、上皮系細胞及び間葉系細胞の2種類の細胞集合体をゲル内で区画化して配置することで毛包原基を構築し、化学繊維等のガイドを挿入した後、それを移植することで毛包器官を再生する方法(例えば、特許文献1参照)、体性に由来する複数種の細胞にWntシグナル活性剤を添加した培養液を用いて混合培養することで、原始的な毛包器官を形成する方法(例えば、特許文献2参照)、毛包間葉系細胞の細胞集塊(スフェロイド)の外側に上皮細胞が接着している人工毛球体を作製する方法(例えば、特許文献3参照)等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2012/108069号
【特許文献2】特開2013−78344号公報
【特許文献3】特開2003−70466号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1〜3では、上皮系細胞及び間葉系細胞の2種類の細胞集合体を作製し、これらを融合させることで毛包原基を一つ一つ作製しており、数万本の毛髪を再生するには、作製効率及び移植効率に問題があった。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、哺乳動物の毛包組織と類似し、規則的且つ高密度の再生毛包原基の集合体を簡便に製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]規則的な配置の微小凹部を有するマイクロ凹版に、間葉系細胞及び上皮系細胞を播種し、前記マイクロ凹版の少なくとも上面及び底面から前記間葉系細胞及び前記上皮系細胞に対して酸素を供給しながら混合培養することにより、前記微小凹部内に毛髪再生能を有する毛包原基を形成させる工程を備え、前記マイクロ凹版が酸素透過性を有する材質からなり、前記微小凹部1つあたりに播種される前記間葉系細胞及び前記上皮系細胞の合計細胞数が4.0×10cells以上1.28×10cells以下であることを特徴とする複数の再生毛包原基製造方法。
[2]Wntシグナル活性化剤を用いない、[1]に記載の複数の再生毛包原基製造方法。
[1]又は[2]に記載の製造方法で得られた複数の再生毛包原基を、前記微小凹部内に保持された状態で、生体適合性ハイドロゲルに転写する工程備えことを特徴とする毛包組織含有シートの製造方法。
]前記マイクロ凹版における前記微小凹部の密度が20個/cm以上500個/cm以下である、[]に記載の毛包組織含有シートの製造方法。
[3]又は[4]に記載の製造方法で得られた毛包組織含有シートであって、毛包原基と、生体適合性ハイドロゲルと、を含有し、前記毛包原基が、前記生体適合性ハイドロゲル上に規則的配置されており、前記毛包原基の密度が20個/cm以上500個/cm以下であることを特徴とする毛包組織含有シート。
]さらに、前記毛包原基が毛包を形成している、[]に記載の毛包組織含有シート。
]前記生体適合性ハイドロゲルがゲル化する細胞外マトリックス成分である、[]又は[]に記載の毛包組織含有シート。
]前記細胞外マトリックス成分がコラーゲンである、[]に記載の毛包組織含有シート。
複数の毛髪再生能を有する再生毛包原基を製造するための培養基板の使用であって、前記培養基板は、規則的な配置の微小凹部を有するマイクロ凹版を備え、前記マイクロ凹版が酸素透過性を有する材質からなり、前記培養基板の少なくとも上面及び底面から前記微小凹部に含まれる間葉系細胞及び上皮系細胞に対して酸素を供給しながら混合培養する前記培養基板の使用
10]前記酸素透過性を有する材質がポリジメチルシロキサンである、[]に記載の使用
11]前記マイクロ凹版における前記微小凹部の密度が20個/cm以上500個/cm以下である、[]又は[10]に記載の使用
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、簡便に、規則的且つ高密度の再生毛包原基の集合体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本実施形態における毛包組織含有シートの製造方法の一例を示す概略図である。
図2A】実施例1におけるマイクロ凹版の作製方法を示す概略図である。
図2B】実施例1におけるマイクロ凹版の全体、底面、底面の断面を示す画像である。
図3】実施例1におけるマイクロ凹版にて形成された毛包原基のコラーゲンゲルへの転写方法を示す概略図、及び実施例1における位相差顕微鏡を用いて工程[a]〜[c]におけるコラーゲンゲルを撮影した結果を示す画像である。
図4】試験例1におけるマウス毛包組織含有シートを移植したヌードマウスの再生毛髪の様子を示す画像である。
図5A】実施例2における培養開始から1日目の混合スフェロイドを、位相差蛍光顕微鏡を用いて明視野で観察した結果を示す画像である。
図5B】実施例2における培養開始から1日目及び3日目の混合スフェロイドを、位相差蛍光顕微鏡を用いて暗視野で観察した結果を示す画像である。
図5C】「Microscope」は、実施例2における培養開始から3日目の混合スフェロイド中の核を、DAPI(4’,6−diamidino−2−phenylindole)染色液で染色し、位相差蛍光顕微鏡を用いて暗視野で観察した結果を示す画像である。「ALP」は、実施例2における培養開始から3日目の混合スフェロイド中のアルカリホスファターゼ(alkaline phosphatase;ALP)を染色し、位相差蛍光顕微鏡を用いて明視野で観察した結果を示す画像である。「SEM」は、実施例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドを、4%パラホルムアルデヒド固定液で固定化し、凍結乾燥させた後に、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;SEM)で観察した結果を示す画像である。
図6A】実施例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から14日目のヌードマウスの様子を示す画像である。
図6B】実施例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から21日目のヌードマウスの様子を示す画像である。
図7A】実施例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部あたりの毛髪の再生本数と移植した混合スフェロイドの細胞数の関係を示すグラフである。
図7B】実施例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの毛包組織の再生効率と移植した混合スフェロイドの細胞数の関係を示すグラフである。
図8】実施例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目、30日目、42日目、57日目のヌードマウスの移植部の様子を示す画像である。
図9】試験例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部の組織切片を作製し、HE染色したものを、位相差蛍光顕微鏡を用いて明視野で観察した結果を示す画像、試験例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部の組織切片を作製し、マウスVersican抗体で免疫染色したものを、位相差蛍光顕微鏡を用いて暗視野で観察した結果を示す画像、及び試験例2における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部の組織切片を作製し、マウスCD34抗体で免疫染色したものを、位相差蛍光顕微鏡を用いて暗視野で観察した結果を示す画像である。
図10】試験例3における培養開始から3日目のOxychip又はNon−oxychipで培養した混合スフェロイドを明視野及び暗視野で観察した結果を示す画像である。
図11】試験例3における培養開始から3日目の混合スフェロイドの切片を作製し、HE染色したものを、位相差蛍光顕微鏡を用いて明視野で観察した結果を示す画像である。
図12】試験例3における培養開始から3日目のOxychip又はNon−oxychipで培養した混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部の様子を示す画像である。
図13A】実施例3における培養開始から1日目及び3日目の暗視野での96ウェルプレートにて培養した各細胞数の混合スフェロイドを観察した結果を示す画像である。
図13B】実施例3における培養開始から3日目の明視野でのマイクロ凹版にて培養した4.0×10cells/ウェルの混合スフェロイドを観察した結果を示す画像である。
図13C】実施例3における培養開始から3日目の暗視野でのマイクロ凹版にて培養した4.0×10cells/ウェルの混合スフェロイドを観察した結果を示す画像である。
図14A】実施例3における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部における再生毛髪を肉眼で観察した結果を示す画像である。
図14B】実施例3における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの毛包組織の再生効率と移植した混合スフェロイドの細胞数の関係を示すグラフである。
図14C】実施例3における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部あたりの毛髪の再生本数と移植した混合スフェロイドの細胞数の関係を示すグラフである。
図15A】試験例4における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部の組織切片を作製し、HE染色したものを、位相差蛍光顕微鏡を用いて明視野で観察した結果を示す画像である。
図15B】試験例4における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部の組織切片を作製し、抗Nuclei抗体及びヒストファインマウスステインキットで免疫染色したものを、位相差蛍光顕微鏡を用いて明視野で観察した結果を示す画像である。
図15C】試験例4における培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に移植し、移植から18日目のヌードマウスの移植部の再生毛髪をデジタルマイクロスコープで観察した結果を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、必要に応じて図面を参照しながら、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0011】
<再生毛包原基の集合体の製造方法>
一実施形態において、本発明は、規則的な配置の微小凹部からなるマイクロ凹版に、間葉系細胞及び上皮系細胞を播種し、酸素を供給しながら混合培養することにより、毛包原基を形成させる工程を備える、再生毛包原基の集合体の製造方法を提供する。
【0012】
本実施形態の製造方法によれば、間葉系細胞及び上皮系細胞の混合細胞集塊(以下、「混合スフェロイド」とも呼ぶ。)の構造を高密度に保つことで効率的に毛包原基を形成させることができ、簡便に、規則的且つ高密度の再生毛包原基の集合体を得ることができる。
【0013】
本明細書において、「間葉系細胞」とは、間葉組織由来の細胞又はその細胞を培養して得られる細胞を意味する。例えば、毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞、発生期の皮膚間葉系細胞、万能細胞(例えば、胚性幹(ES)細胞、胚性生殖(EG)細胞、人工多能性(iPS)幹細胞等)から誘導された毛包間葉系細胞等が挙げられる。
本明細書において、「上皮系細胞」とは、上皮組織由来の細胞及びその細胞を培養して得られる細胞を意味する。例えば、バルジ領域の外毛根鞘最外層細胞、毛母基部の上皮系細胞、万能細胞万能細胞(例えば、胚性幹(ES)細胞、胚性生殖(EG)細胞、人工多能性(iPS)幹細胞等)から誘導された毛包上皮系細胞等が挙げられる。
細胞の由来として、好ましくは、動物由来細胞であり、より好ましくは脊椎動物由来細胞であり、特に好ましくはヒト由来細胞である。
【0014】
本明細書において、「毛包原基」とは、毛包のもととなる組織を意味し、上述の間葉系細胞及び上述の上皮系細胞から構成されている。毛包原基が形成される流れとしては、まず、上皮系細胞が肥厚し、間葉系細胞側に陥入することで、間葉性細胞の細胞集塊(スフェロイド)を包み込む。続いて、間葉性細胞のスフェロイドを包み込んだ上皮性細胞は毛母原基を形成し、間葉性細胞のスフェロイドは毛誘導能を持つ毛乳頭を形成することで、毛母原基及び毛乳頭等からなる毛包原基を形成する。この毛包原基では、毛乳頭細胞が毛母細胞に増殖因子を提供しており、毛母細胞の分化を誘導し、分化した細胞が毛を形成することができる。
本明細書において、「毛包」とは、表皮が内側に筒状に入り込んだ部分であって、毛を産生する皮膚の付属器官を意味する。
本明細書において、「再生毛包原基」とは、例えば、本実施形態の製造方法等により作製された毛包原基を意味する。
本明細書において、「再生毛包原基の集合体」とは、上述の再生毛包原基が複数集まった状態のものを意味する。本実施形態の製造方法では、簡便に、複数の上述の毛包原基が哺乳動物の毛穴の密度と同程度の密度で規則的に整列した再生毛包原基の集合体を得ることができる。また、再生毛包原基の集合体は毛包原基が分化し、毛包を形成していてもよい。
【0015】
従来では、間葉系細胞のスフェロイドを高密度で規則的な配列で培養した後に、上皮系細胞を後から播種し、間葉系細胞のスフェロイドの周囲を覆わせる方法によって、高密度で規則的な配列の再生毛包原基の集合体を得ていた。
これに対し、本発明者らは、間葉系細胞及び上皮系細胞の懸濁液を一緒に播種し、本実施形態の製造方法を用いて共培養することにより、簡便に、複数の毛包原基が哺乳動物の毛穴の密度と同程度の密度で規則的に整列した再生毛包原基の集合体を得ることに初めて成功した。
【0016】
本明細書において、規則的とは、等間隔で毛包原基が配置されている状態を表しており、哺乳動物の皮膚における毛穴と毛穴の間隔と同程度であればよい。また、哺乳動物の毛穴の密度と同程度の密度とは、具体的には、20個/cm以上500個/cm以下であることが好ましく、50個/cm以上250個/cm以下であることがより好ましく、100個/cm以上200個/cm以下であることがさらに好ましい。密度が上記範囲であることにより、正常な毛包組織の配置をより正確に再現した毛包組織を再生することができる。
【0017】
[マイクロ凹版]
毛包原基を形成させる際に使用するマイクロ凹版は、複数の微小凹部が規則的に配置されているものが好ましい。マイクロ凹版は、市販のものを用いてもよいし、後述の実施例1の方法等で作製してもよい。また、マイクロ凹版における微小凹部の密度は、20個/cm以上500個/cm以下であることが好ましく、50個/cm以上250個/cm以下であることがより好ましく、100個/cm以上200個/cm以下であることがさらに好ましい。密度が上記範囲であることにより、哺乳動物の毛穴の密度と同程度の密度で毛包原基が配置された状態で培養することができる。後述するとおり、この規則的な配置且つ高密度の毛包原基をそのままの配置を保ちながら、被験動物の毛包欠損部に移植することで、正常な毛包組織の配置をより正確に再現した毛包組織を再生することができる。
【0018】
また、微小凹部の開口形状について、特別な限定はない。例えば、円形状、四角状、六角状、ライン状等であってもよく、中でも、毛穴に近い形状であるという観点から、円形状であることが好ましい。
微小凹部の開口部の直径及び深さについて、混合スフェロイドを収容し培養できる大きさであれば特別な限定はないが、直径については、哺乳動物の毛穴と同程度の大きさであってよく、例えば、20μm以上1mm以下であってよい。また、深さについては、毛包組織含有シートの移植後の被験動物の皮膚への定着の観点から、1mm以下であってよい。
得られる毛包原基の配置及び大きさは、マイクロ凹版の微小凹部の開口形状、直径及び深さ等に依存するため、被験動物の種類、移植する部位等に合わせて、適宜マイクロ凹版の微小凹部を調製すればよい。
【0019】
マイクロ凹版の材質は、細胞培養に適したものであればよく、特別な限定はない。例えば、透明なガラス、ポリマー材等が挙げられる。中でも、酸素透過性を有するポリマー材が好ましく、より具体的には、フッ素樹脂、シリコンゴム(例えば、ポリジメチルシロキサン(poly(dimethylsiloxane):PDMS)等)等が挙げられる。これらの材質を単独で使用してもよいし、組み合わせて使用してもよい。
【0020】
本明細書において、「酸素透過性」とは、分子状の酸素を透過し、マイクロ凹版の微小凹部内まで到達させる性質を表している。具体的な酸素透過率としては、約100cm/m・24hr・atm以上5000cm/m・24hr・atm以下であってよく、約1100cm/m・24hr・atm以上3000cm/m・24hr・atm以下であってよく、約1250cm/m・24hr・atm以上2750cm/m・24hr・atm以下であってよい。なお、「24hr」は24時間を意味し、「atm」とは、気圧を意味しており、上記単位は、1気圧の環境下において、24時間で透過する酸素の1mあたりの容量を表している。酸素透過率が上記範囲である材質からなるマイクロ凹版を使用することにより、十分な量の酸素を混合スフェロイドに供給でき、毛包原基を形成することができる。
【0021】
[毛包原基形成工程]
まず、間葉系細胞及び上皮系細胞を上述のマイクロ凹版に播種する。続いて、酸素を供給しながら混合培養することにより、毛包原基を形成させる。このとき、播種する細胞が多いほど、毛包原基の形成効率が高く、毛包原基の大きさも大きくなるが、播種する細胞数はマイクロ凹版の微小凹部の大きさに応じて適宜調整すればよい。培養時間は、1日以上5日以下(好ましくは、3日)であってよく、培養温度は25℃以上40℃未満(好ましくは、37℃)であってよい。
【0022】
酸素を供給しながら培養する方法としては、マイクロ凹版に酸素を直接吹きかける等して供給しながら培養する方法や、酸素透過性を有する材質からなるマイクロ凹版を用いて培養する方法等が挙げられる。
【0023】
混合スフェロイドにおいて、毛包原基が形成される流れとしては、まず、上皮系細胞が肥厚し、間葉系細胞側に陥入することで、間葉性細胞のスフェロイドを包み込む。続いて、間葉性細胞のスフェロイドを包み込んだ上皮性細胞は毛母原基を形成し、間葉性細胞のスフェロイドは毛誘導能を持つ毛乳頭を形成することで、毛母原基及び毛乳頭等からなる毛包原基を形成する。この毛包原基では、毛乳頭細胞が毛母細胞に増殖因子を提供しており、毛母細胞の分化を誘導し、分化した細胞が毛を形成することができる。さらに、本実施形態の製造方法において、毛包原基が分化し、毛包を形成していてもよい。
【0024】
混合スフェロイドを共培養する際に使用する培地は、特別な限定はなく、細胞の生存増殖に必要な成分(無機塩、炭水化物、ホルモン、必須アミノ酸、非必須アミノ酸、ビタミン)等を含む基本培地であればよい。例えば、DMEM、Minimum Essential Medium(MEM)、RPMI−1640、Basal Medium Eagle(BME)、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium:Nutrient Mixture F−12(DMEM/F−12)、Glasgow Minimum Essential Medium(Glasgow MEM)等が挙げられる。
【0025】
<毛包組織含有シート>
一実施形態において、本発明は、間葉系細胞及び上皮系細胞を含む毛包原基と、生体適合性ハイドロゲルと、を含有し、前記毛包原基が、前記生体適合性ハイドロゲル上に規則的且つ哺乳動物の毛穴の密度と同程度の密度で配置されている、毛包組織含有シートを提供する。
【0026】
本実施形態の毛包組織含有シートによれば、簡便に、規則的且つ高密度の毛包組織を再生することができる。
【0027】
本実施形態において、間葉系細胞及び上皮系細胞は上述のものと同様のものが挙げられる。また、本実施形態において、毛包組織含有シートは上述の毛包原基が分化し、毛包を形成していてもよい。
【0028】
本明細書において、「生体適合性ハイドロゲル」とは、生体への適合性を有するゲルであって、高分子が化学結合によって網目構造をとり、その網目に多量の水を保有した物質を意味する。より具体的には、天然物由来の高分子や合成高分子の人工素材に架橋を導入してゲル化させたものをいう。
【0029】
天然物由来の高分子としては、ゲル化する細胞外マトリックス成分等が挙げられる。ゲル化する細胞外マトリックス成分としては、例えば、コラーゲン(I型、II型、III型、V型、XI型等)、マウスEHS腫瘍抽出物(IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン等を含む)より再構成された基底膜成分(商品名:マトリゲル)、フィブリン、グリコサミノグリカン、ヒアルロン酸、プロテオグリカン等を例示することができる。その他天然物由来の高分子として、ゼラチン、寒天、アガロース等を使用することもできる。それぞれのゲル化に至適な塩等の成分、その濃度、pH等を選択しハイドロゲルを作製することが可能である。また、これらの原料を組み合わせてもよい。
【0030】
また、合成高分子としては、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、ポリエチレンオキシド、poly(II−hydroxyethylmethacrylate)/polycaprolactone等が挙げられる。また、これらの高分子を2種以上用いてハイドロゲルを作製することも可能である。
【0031】
中でも、生体適合性ハイドロゲルは、天然物由来の高分子であることが好ましく、ゲル化する細胞外マトリックス成分であることがより好ましく、コラーゲン(特に、I型コラーゲン)であることがさらに好ましい。コラーゲンを含有することにより、より皮膚に近しい組成となり、高い毛包再生効率を実現できる。
【0032】
本実施形態において、上述の毛包原基が、上述の生体適合性ハイドロゲル上に規則的且つ哺乳動物の毛穴の密度と同程度の密度で配置されていることが好ましい。規則的とは、等間隔で毛包原基が配置されている状態を表しており、哺乳動物の皮膚における毛穴と毛穴の間隔と同程度であればよい。また、哺乳動物の毛穴の密度と同程度の密度とは、具体的には、20個/cm以上500個/cm以下であることが好ましく、50個/cm250個/cm以下であることがより好ましく、100個/cm200個/cm以下であることがさらに好ましい。密度が上記範囲であることにより、正常な毛包組織の配置をより正確に再現した毛包組織を再生することができる。
【0033】
<毛包組織含有シートの製造方法>
一実施形態において、本発明は、規則的な配置の微小凹部からなるマイクロ凹版に、間葉系細胞及び上皮系細胞を播種し、混合培養することにより毛包原基を形成させる工程と、前記微小凹部内に形成された毛包原基を、生体適合性ハイドロゲルに転写する工程と、を備える、毛包組織含有シートの製造方法を提供する。
【0034】
本実施形態の製造方法によれば、簡便に、規則的且つ高密度の毛包組織含有シートを得ることができる。
【0035】
図1は、本実施形態における毛包組織含有シートの製造方法の一例を示す概略図である。図1を参照しながら、本実施形態における毛包組織含有シートの製造方法について、以下に詳細を説明する。
【0036】
[マイクロ凹版]
毛包組織含有シートを製造する際に使用するマイクロ凹版3は、上述のとおり、複数の微小凹部4が規則的に配置されているものが好ましい。マイクロ凹版3は、市販のものを用いてもよいし、後述の実施例1の方法等で作製してもよい。また、マイクロ凹版3における微小凹部4の密度は、20個/cm以上500個/cm以下であることが好ましく、50個/cm250個/cm以下であることがより好ましく、100個/cm200個/cm以下であることがさらに好ましい。密度が上記範囲であることにより、哺乳動物の毛穴の密度と同程度の密度で毛包原基が配置された毛包組織含有シートを得ることができる。
【0037】
また、微小凹部の開口形状について、特別な限定はない。例えば、上述したものと同様の形状が挙げられ、中でも、毛穴に近い形状であるという観点から、円形状であることが好ましい。
微小凹部の開口部の直径及び深さについて、間葉系細胞1及び上皮系細胞2の混合スフェロイドを収容し培養できる大きさであれば特別な限定はないが、直径については、哺乳動物の毛穴と同程度の大きさであってよく、例えば、20μm以上1mm以下であってよい。また、深さについては、毛包組織含有シートの移植後の被験動物の皮膚への定着の観点から、1mm以下であってよい。
得られる毛包組織含有シートにおける毛包原基の配置及び大きさは、マイクロ凹版3の微小凹部4の開口形状、直径及び深さ等に依存するため、被験動物の種類、移植する部位等に合わせて、適宜マイクロ凹版3の微小凹部4を調製すればよい。
【0038】
マイクロ凹版の材質は、細胞培養に適したものであればよく、特別な限定はない。例えば、透明なガラス、ポリマー材等が挙げられる。中でも、酸素透過性が高いポリマー材が好ましく、より具体的には、フッ素樹脂、シリコンゴム(例えば、ポリジメチルシロキサン(poly(dimethylsiloxane):PDMS)等)等が挙げられる。
これらの材質を単独で使用してもよいし、組み合わせて使用してもよい。
【0039】
[毛包原基形成工程]
上述の<再生毛包原基の集合体の製造方法>と同様に、まず、間葉系細胞1及び上皮系細胞2の混合スフェロイドを、マイクロ凹版3に播種し、混合培養することにより毛包原基を形成させる。このとき、播種する細胞が多いほど、毛包原基の形成効率が高く、毛包原基の大きさも大きくなるが、播種する細胞数はマイクロ凹版3の微小凹部4の大きさに応じて適宜調整すればよい。培養時間は、1日以上5日以下(好ましくは、3日)であってよく、培養温度は25℃以上40℃未満(好ましくは、37℃)であってよい。
【0040】
間葉系細胞1及び上皮系細胞2の混合スフェロイドにおいて、毛包原基が形成される流れは、上述のとおりである。さらに、本実施形態の製造方法において、毛包原基が分化し、毛包を形成していてもよい。
【0041】
本実施形態の製造方法において、間葉系細胞1は、上述したものと同様のものが挙げられる。また、上皮系細胞は、上述したものと同様のものが挙げられる。
細胞の由来として、好ましくは、動物由来細胞であり、より好ましくは脊椎動物由来細胞であり、特に好ましくはヒト由来細胞である。
【0042】
間葉系細胞1及び上皮系細胞2の混合スフェロイドを共培養する際に使用する培地は、特別な限定はなく、上述したものと同様のもの等が挙げられる。
【0043】
[転写工程]
続いて、培地を除去して、生体適合性ハイドロゲルを含む溶液を添加して、生体適合性ハイドロゲルをゲル化させる。溶液中の生体適合性ハイドロゲルの濃度は、必要とするゲルの硬さに応じて、適宜調整することができる。また、ゲル化させるための時間についても、必要とするゲルの硬さに応じて、適宜調整することができる。ゲル化させる温度等の条件については、特別な限定はなく、例えば37℃のC0インキュベーター内で培養する方法等が挙げられる。
続いて、マイクロ凹版から毛包原基を含むゲル化した生体適合性ハイドロゲルを取り外すことで、毛包組織含有シートが得られる。
【0044】
本実施形態の製造方法において、生体適合性ハイドロゲルとは、上述したものと同様のものが挙げられる。中でも、生体適合性ハイドロゲルは、天然物由来の高分子であることが好ましく、ゲル化する細胞外マトリックス成分であることがより好ましく、コラーゲン(特にI型コラーゲン)であることがさらに好ましい。コラーゲンを使用することにより、より皮膚に近しい組成となり、高い毛包再生効率を実現できる。
【0045】
生体適合性ハイドロゲルを含む溶液は、Ham’s Nutrient Mixtures F−10又はHam’s Nutrient Mixtures F−12等の無血清培地や、生体適合性ハイドロゲル再構成用の緩衝液(例えば、水酸化ナトリウム、炭酸水水素ナトリウム、HEPES−Bufferからなる緩衝液等)等を含んでいてもよい。
【0046】
本実施形態の製造方法において、生体適合性ハイドロゲルをゲル化させる際に、ゲルの強度を補強するために、支持体を内包させてもよい。
支持体の材質としては、移植後に、毛包原基の上皮系細胞側の部分と被験動物側の上皮系細胞との連結を促進させることができるものであれば、特別な限定はない。例えば、ナイロン等のポリマーや合成又は天然の生体吸収可能なポリマーより作られた繊維、ステンレス等の金属繊維、炭素繊維、及びガラス繊維等の化学繊維、並びに天然の動物繊維(生体由来の毛髪等)や植物繊維等を挙げることができ、より具体的には、ナイロン糸やステンレス線等を挙げることができる。支持体の直径及び長さは、再生対象となる部分により適宜設計することができる。直径は、例えば、5μm以上100μm以下であってよく、20μm以上50μm以下であってよい。また、長さは、例えば、1mm以上10mm以下であってよく、4mm以上6mm以下であってよい。
【0047】
<再生毛包原基の集合体の移植方法>
一実施形態において、本発明は、規則的な配置の微小凹部からなるマイクロ凹版に、間葉系細胞及び上皮系細胞を播種し、混合培養することにより毛包原基を形成させる工程と、前記毛包原基を前記微小凹部の規則的な配置を保ちながら、被験動物の毛包欠損部に移植する工程と、を備える再生毛包原基の集合体の移植方法を提供する。
【0048】
本実施形態の移植方法によれば、簡便に、規則的且つ高密度の毛包組織を再生することができる。
【0049】
[毛包原基形成工程]
上述の<再生毛包原基の集合体の製造方法>と同様に、間葉系細胞及び上皮系細胞の混合スフェロイドを、マイクロ凹版に播種し、混合培養することにより毛包原基を形成させる。
【0050】
[移植工程]
規則的な配置の微小凹部内において形成された毛包原基を、例えば、上述の微小凹部と同様の規則的な配置である複数のチップ、ニードル又はノズルを有するマルチピペットを用いて吸引する。続いて、被験動物の毛包欠損部に規則的な配置のまま毛包原基を移植する。規則的な配置を保つことにより、正常な毛包組織の配置をより正確に再現した毛包組織を再生することができる。マルチピペットは手動のものでも、全自動のものでもよい。
【0051】
本明細書において、「マルチピペット」とは、複数のチップ、ニードル又はノズルを先端に有し、上述の微小凹部と同様の規則的な配置でチップ、ニードル又はノズルが備えられており、間葉系細胞及び上皮系細胞からなる毛髪原基を吸引及び排出できるものであれば、特別な限定はない。材質は、細胞に有害なものでなければ特別な限定はなく、また、マルチピペットに装着するチップ、ニードル又はノズルの先端の口径は、マイクロ凹版の微小凹部に差し込むことができる程度の大きさであれば、特別な限定はない。
【0052】
<毛包組織含有シートの移植方法>
本実施形態の毛包組織含有シートは、当業者に公知の方法で対象となる部位に移植することができる。例えば、シャピロ式植毛術やチョイ式植毛器を用いた植毛、空気圧を利用したインプランター等を使用し、移植することができる。シャピロ式植毛術とは、移植部位をマイクロメス等で移植創を作った後に、ピンセットを用いて移植する方法である。
本実施形態の毛包組織含有シートの大きさは、被検動物(ヒト又は非ヒト動物を含む各種哺乳動物、好ましくはヒト)の年齢、性別、症状、治療部位、治療時間等を勘案して適宜調節される。
【0053】
また、移植深度としては、再生対象となる部位により適宜変更することができる。例えば、0.05mm以上5mm以下であってよく、0.1mm以上1mm以下であってよく、0.3mm以上0.5mm以下であってよい。また、移植する部位としては、被験動物の真皮層内に移植することが好ましく、さらに好ましくは、毛包形成及びその後の発毛効率の優れた真皮及び皮下組織の境界面より上方とすることが好ましい。また、移植創上端部に毛包原基の上皮系細胞成分の上端部が露出するよう移植深度を調節すると、さらに被験動物の上皮系細胞との連続性を高めることができるため、好ましい。
本実施形態の毛包組織含有シートにおいて、皮膚接合用のテープやバンド、縫合等により、毛包組織含有シートと移植対象部位とを固定してもよい。
【0054】
本実施形態の毛包組織含有シートにおいて、上述の支持体を内包している場合は、再生器官原基を移植後しばらくして被験動物の上皮系細胞と、毛包原基の上皮系細胞由来の側との連続性が確保された後、移植部位より抜くことができる。移植後の状態により適宜設定することができるが、例えば、移植後3日から7日までに移植部位から抜くことが好ましい。
又は、支持体が、自然と移植部位より抜けるまで放置することもできる。生体吸収性の材料の支持体は、自然と移植部位より抜けるか、分解又は吸収されるまで放置することができる。
【0055】
また、本実施形態の毛包組織含有シートにおいて、上述の支持体を内包している場合は、毛包原基の上皮系細胞由来の細胞が、支持体に沿って伸長する。これにより、移植後の被験動物側の上皮系細胞と毛包原基の上皮系細胞側との連続性を向上させることができる。特に、支持体が移植部位の表皮より外に維持される場合には、被験動物側の上皮系細胞が、異物を排除するように、支持体に沿って移植部位の内側へ伸長するため、連続性をさらに向上させることができる。さらに、意図した方向へ毛包形成を促すことができる。その結果、毛包原基からの発毛率を向上させることができるとともに、発毛方向の制御も可能となる。
【0056】
<毛包組織の再生治療方法>
また、本発明の一側面は、疾患や事故等による表皮の欠損又は脱毛等の毛髪欠損部位の治療のための再生毛包原基の集合体を提供する。
また、本発明の一側面は、疾患や事故等による表皮の欠損又は脱毛等の毛髪欠損部位の治療のための毛包組織含有シートを提供する。
また、本発明の一側面は、疾患や事故等による表皮の欠損又は脱毛等の毛髪欠損部位の治療のための再生毛包原基の集合体の製造方法を提供する。
また、本発明の一側面は、疾患や事故等による表皮の欠損又は脱毛等の毛髪欠損部位の治療のための毛包組織含有シートの製造方法を提供する。
【0057】
また、本発明の一側面は、治療的に有効量の再生毛包原基の集合体を含む医薬組成物を提供する。
また、本発明の一側面は、治療的に有効量の毛包組織含有シートを含む医薬組成物を提供する。
また、本発明の一側面は、前記医薬組成物を含む、毛包再生治療剤を提供する。
また、本発明の一側面は、前記医薬組成物を含む、毛包再生治療剤を製造するための上記再生毛包原基の集合体の使用を提供する。
また、本発明の一側面は、前記医薬組成物を含む、毛包再生治療剤を製造するための上記毛包組織含有シートの使用を提供する。
【0058】
また、本発明の一側面は、上記再生毛包原基の集合体の有効量を、治療を必要とする患者に移植することを含む、疾患や事故等による表皮の欠損又は脱毛等の毛髪欠損部位の治療方法を提供する。
また、本発明の一側面は、上記毛包組織含有シートの有効量を、治療を必要とする患者に移植することを含む、疾患や事故等による表皮の欠損又は脱毛等の毛髪欠損部位の治療方法を提供する。
【0059】
本明細書において、再生可能な毛包組織を含む組織としては、毛包を再生し、さらに毛髪を再生したい体表皮であれば、特別な限定はなく、例えば、頭皮等が挙げられる。
また、適用可能な疾患としては、脱毛を伴う任意の疾患であって、例えば男性型脱毛症(Androgenetic Alopecia:AGA)、女子男性型脱毛症(Female Androgenetic Alopecia:FAGA)分娩後脱毛症、びまん性脱毛症、脂漏性脱毛症、粃糠性脱毛症、牽引性脱毛症、代謝異常性脱毛症、圧迫性脱毛症、円形脱毛症、神経性脱毛症、抜毛症、全身性脱毛症、症候性脱毛症等が挙げられ、これらに限定されない。
【0060】
治療対象としては、特別な限定はなく、ヒト又は非ヒト動物を含む哺乳動物が挙げられ、ヒトが好ましい。
【実施例】
【0061】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0062】
[実施例1]マウス毛包組織含有シートの作製
(1)マイクロ凹版の作製
マイクロ凹版の作製方法の概略図を図2Aに示す。具体的には、CADソフト(V Carve Pro 6.5)を用いて、作製するマイクロ凹版のパターンをコンピューターで設計した。続いて、切削機を用いて、設計したパターン通りにオレフィン系基板を切削することで、パターンをもつ凹鋳型を作製した(工程(I))。この凹鋳型にエポキシ樹脂(クリスタルリジン:日新レジン社製)を流しこみ(工程(II))、1日硬化させた後(工程(III))、離型することで、パターンをもつ凸鋳型を形成した(工程(IV))。続いて、形成した凸鋳型を6cmディッシュ底面に固定し、ポリジメチルシロキサン(PDMS)を流し込み(工程(V))、固化した(工程(VI))。続いて、離型することで、PDMSに規則的なパターンが形成されたマイクロ凹版を作製した(工程(VII))。なお、マイクロ凹版のパターンデザインは、日本人の頭髪の平均毛包密度に合わせて作製した。作製したマイクロ凹版を図2Bに示す。高さ1cm、2×2cm四方の容器の底面に直径約1mm、高さ500μmのウェルが約100ウェル/cmの密度で配置された容器を形成した。
【0063】
(2)毛包原基の形成
胎齢18日のC57BL/6マウスから上皮系細胞及び間葉系細胞を採取した。続いて、ポロキサマー処理したマイクロ凹版に採取した上皮系細胞及び間葉系細胞の細胞混合懸濁液を1mL(1×104cells/ウェル)加え、3日間培養した。培地は、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium;DMEM)(10%ウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum;FBS)、1%ペニシリン/ストレプトマイシン(P/S)含有)とHuMedia−KG2培地(倉敷紡績社製)を1:1で混合した培地(以下、「DMEM−KG2混合培地」とも呼ぶ。)を用いた。培地交換は毎日行った。
【0064】
(3)コラーゲンゲルへの転写
マイクロ凹版にて形成された毛包原基のコラーゲンゲルへの転写方法の概略図を図3の(A)に示す。毛包原基が形成されたマイクロ凹版(工程[a])から培地を除き、4℃で30分冷却したコラーゲンゲル溶液(新田ゼラチン社製)を1mL加え、滅菌ガーゼを支持体としてゲル内に包埋した(工程[b])。続いて、シーソー型攪拌機で撹拌しながら、4℃で50分間、ゲルをならした。続いて、CO2インキュベーターにて37℃で40分間静置した。さらに、DMEM−KG2混合培地を加え、CO2インキュベーターにて37℃で1時間培養した。続いて、容器の端をつつくようにしてゲルをはがすことで、毛包原基の規則的な配置を保ったままコラーゲンゲルに転写して、マウス毛包組織含有シートを作製した(工程[c])。工程[a]〜[c]でのコラーゲンゲルを位相差顕微鏡で観察した結果を図3の(B)に示す。図3の(B)において、黒矢頭は毛包原基を示している。
【0065】
[試験例1]移植により再生した毛包組織の評価試験
(1)マウス毛包組織含有シートの移植
ヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮膚に移植創を作製した。続いて、実施例1において作製したマウス毛包組織含有シートを移植部に合わせてトリミングし、ヌードマウスの皮膚に挿入した。移植から14日後の再生毛髪の様子を図4に示す。
【0066】
(2)結果と考察
移植部から発毛が確認され、毛髪は規則的に1〜3mmピッチで発毛した。さらに、移植した毛包原基は組織内に定着し、毛周期(発毛→脱毛→発毛)を繰り返した。
以上のことから、移植したマウス毛包組織含有シートは、正常な毛包を形成していることが確認された。
【0067】
[実施例2]マウス再生毛包原基の作製と移植
(1)マイクロ凹版の作製
実施例1(1)と同様の方法を用いて、マイクロ凹版を作製した。
【0068】
(2)再生毛包原基の作製
妊娠マウス(C57BL/6jjcl、妊娠2週間目)から間葉系細胞を1.5×10cells、上皮系細胞を1.5×10cells採取した。続いて、間葉系細胞を含む懸濁液1mLにVybrant(登録商標) Cell−labelling Solutions(Molecular probes社製)を5μL加え、20分間培養して、細胞を染色した。続いて、遠心分離を行い、上清を除去後、DMEM−KG2混合培地を加え、間葉系細胞及び上皮系細胞を表1に示す細胞密度でマイクロ凹版に播種した。
【0069】
【表1】
【0070】
(顕微鏡観察)
培養中の間葉系細胞及び上皮系細胞の混合細胞集塊(以下、「混合スフェロイド」とも呼ぶ。)について、培養開始から1、2、3日目に位相差蛍光顕微鏡を用いて観察した。
培養開始から1日目の細胞の明視野での観察結果を図5Aに、培養開始から1日目及び3日目の暗視野での観察結果を図5Bに示す。
【0071】
(DAPI染色)
培養開始から1、2、3日目の混合スフェロイドを4%パラホルムアルデヒド固定液に1時間漬けて固定した。続いて、DAPI(4’,6−diamidino−2−phenylindole)染色液(WAKO社製)を添加し、10分間インキュベーションして、核を染色した。染色された混合スフェロイドを、位相差蛍光顕微鏡を用いて観察した。培養開始から3日目の暗視野での観察結果を図5Cに示す(「Microscope」と記載されている画像である)。図5Cにおいて、NucleiとはDAPIにより青色に染色された核を示し、DermalとはVybrant(登録商標) Cell−labelling Solutionsにより赤色に染色された間葉系細胞を示す。
【0072】
(ALP染色)
培養開始から1、2、3日目の混合スフェロイドをクエン酸アセトン固定液に30秒漬けて固定した。続いて、Fast blue RR salt(Sigma社製)とナフトールAS−BS(Sigma社製)の混合液を添加し、30分間インキュベーションして、アルカリホスファターゼ(alkaline phosphatase;ALP)を染色した。染色された混合スフェロイドを、位相差蛍光顕微鏡を用いて観察した。培養開始から3日目の明視野での観察結果を図5Cに示す(「ALP」と記載されている画像である)。
【0073】
(SEM観察)
培養開始から1、2、3日目の混合スフェロイドを4%パラホルムアルデヒド固定液に1時間漬けて固定した。続いて、エタノールを添加し、脱水させた後に、t−ブタノールに置換した。続いて、凍結乾燥させた後に、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;SEM)で観察した。培養開始から3日目の観察結果を図5Cに示す(「SEM」と記載されている画像である)。
【0074】
(3)マウス皮下移植
培養開始から3日目の混合スフェロイドをヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に直接注入し、移植した。移植から14日目のヌードマウスの様子を図6Aに、21日目のヌードマウスの様子を図6Bに示す。また、移植から18日目のヌードマウスの移植部あたりの毛髪の再生本数(図7A参照)と再生効率(=発毛部/移植部×100(%))(図7B参照)を示したグラフを図7A及び図7Bに示す。さらに、移植から18日目、30日目、42日目、57日目のヌードマウスの移植部の様子を図8に示す。図8において、D18は移植から18日目、D30は移植から30日目、D42は移植から42日目、D57は移植から57日目を示す。
【0075】
(4)結果と考察
図5A及び図5Bから、培養開始から1日目において、赤い蛍光で示された間葉系細胞は上皮系細胞を覆うように局在化し、培養開始から3日目において、上皮系細胞と間葉系細胞はそれぞれ分離し、それぞれが重なりあった毛包原基構造を形成したことが確かめられた。
図5Cから、培養開始から1日目において、混合スフェロイドはそれぞれ上皮−間葉の2極化した構造を形成し、細胞数が小さくなるほど、2つの球が密着したような構造を形成することが確かめられた。また、ALP染色の結果から、細胞数に関わらず、間葉系細胞が紫色に染色された。
以上のことから、混合スフェロイドを構成する間葉系細胞は毛乳頭細胞に分化し、毛包形成及び毛幹新生を開始し始めていることが示唆された。また、今回作製した混合スフェロイドは毛幹新生能を持つ、「再生能力の高い毛乳頭」を形成していることが示された。
【0076】
図6Aから、全ての混合スフェロイドでホクロ様の黒ずんだ部分が形成されたが、細胞数の大きいものほど、この形成効率が高く、その大きさも大きい傾向が見られることが明らかとなった。
図6Bから、移植後21日目において、黒ずんだ部分から発毛が観察されることが確かめられた。
図7A及び図7Bから、細胞数が大きい移植体ほど移植部から生える本数が多く、再生効率が高い傾向にあることが確認された。
図8から、移植した混合スフェロイドから発毛した毛は毛周期を繰り返すことが示された。また、毛周期は生体とほぼ同様の3週間程度で繰り返されることが確かめられた。
【0077】
[試験例2]マウス再生毛包の評価試験
(1)再生毛包の染色
作製した混合スフェロイドが生体と同様の構造を持つ毛包を形成しているかを確認するために、毛包上皮幹細胞に特異的に発現するCD34と毛乳頭細胞が産生するVersicanを凍結切片の免疫組織化学染色により染色した。具体的な染色方法について、以下に説明する。
【0078】
(切片の作製)
実施例2(2)と同様の方法を用いて作製された混合スフェロイドを、実施例2(3)と同様の方法を用いてヌードマウスに移植した。移植後18日目のヌードマウスの移植部の皮膚を切り出した。続いて、20%ホルマリン(Wako社製)に1日浸漬することで、組織の固定を行った。続いて、10%、20%、30%スクロース溶液(Wako社製のスクロースを希釈して調製した溶液)にそれぞれ1時間ずつ浸した。スクロース置換した切片を凍結組織切片作製用包埋剤(Optimal Cutting Temperature Compound:O.C.T Compound)(サクラファインテック社製)を静かに流し込み、混合スフェロイドを封入した。続いて、クライオミクロトームを用いて微小の厚さにカットした。カットされた切片をスライドガラスに垂直に押し当て、転写した。
【0079】
(ヘマトキシリン・エオジン(Hematoxylin−Eosin:HE)染色)
得られたスライドガラスにキシレンを1mL滴下し30分間静置した後、溶液を除去した。続いて、キシレンを1mL滴下し、同じ操作をもう一度繰り返した。続いて、100%エタノールを1mL滴下し5分間静置した後、溶液を除去した。続いて、100%エタノールを1mL滴下し、同じ操作をもう一度繰り返した。続いて、90%エタノール溶液を1mL滴下し5分間静置した後、溶液を除去した。続いて、70%エタノール溶液を1mL滴下し5分間静置した後、溶液を除去した。続いて、蒸留水を1mL滴下し3分間静置した後、蒸留水を除去した。続いて、マイヤー・ヘマトキシリン染色液を1mL滴下し3分間静置した後、溶液を除去した。続いて、流水に13分間浸し、洗い流した。続いて、エマシンYを1mL滴下し4分間静置した後、溶液を除去した。続いて、90%エタノール溶液を1mL滴下し1分間静置した後、溶液を除去した。続いて、100%エタノール溶液を1mL滴下し1分間静置した後、溶液を除去した。続いて、100%エタノールを1mL滴下し5分間静置した後、溶液を除去した。続いて、100%エタノールを1mL滴下し、同じ操作をもう一度繰り返した。続いて、キシレンを1mL滴下し5分間静置した後、溶液を除去した。最後に、キシレンを1mL滴下し、同じ操作をもう一度繰り返した。スライドガラスが乾いたら、マウントクイック(封入剤)を少量垂らし、気泡が入らないようにマイクロカバーガラスをゆっくりかぶせ、封入した。位相差蛍光顕微鏡(オリンパス社製、IX−71)で観察した結果を図9の(A)に示す。
【0080】
(免疫抗体染色)
得られたスライドガラスにPBSを1mL滴下し5分静置した後、溶液を除去した(洗浄)。続いて、PBSを1mL滴下し、同じ操作をもう一度行い、洗浄した。続いて、5%スキムミルク含有ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(Dulbecco’s Phosphate−Buffered Saline:D−PBS)を200μL滴下し、30分間静置し、ブロッキングを行った。続いて、D−PBSで20μg/mLとなるように希釈した、ラットに免疫したマウスCD34抗体(Abcam社製)又はウサギに免疫したマウスVersican抗体(Millipore社製)を一次抗体としてスライドガラスに1mL滴下し、4℃で一晩インキュベートした。続いて、0.1%Tween−20含有PBS(PBS−T)を1mL滴下し10分間静置した後、溶液を除去した(洗浄)。同じ操作を2回繰り返して、洗浄を行った。D−PBSで20μg/mLに希釈したウサギ抗ラットIgG抗体(ライフテクノロジー社製)又はヤギ抗ウサギIgG抗体を二次抗体として、スライドガラスに200μL滴下し、アルミホイルで覆い、1時間常温でインキュベートした。続いて、0.1%Tween−20含有PBS−Tを1mL滴下し10分間静置した後、溶液を除去した(洗浄)。同じ操作を2回繰り返し、洗浄を行った。続いて、PBSで10ng/mLに希釈したDAPI(4’,6−Diamidino−2−phenylindole)溶液をスライドガラスに200μL滴下し、9分間インキュベーションすることで、核染色を行った。続いて、PBSを1mL滴下し5分静置した後、溶液を除去した(洗浄)。続いて、PBSを1mL滴下し、同じ操作をもう一度行い、洗浄した。スライドガラスが乾いたら、マウントクイック(封入剤)を少量垂らし、気泡が入らないようにマイクロカバーガラスをゆっくりかぶせ、封入した。位相差蛍光顕微鏡(オリンパス社製、IX−71)で観察した結果を図9の(B)(マウスVersican抗体)及び図9の(C)(マウスCD34抗体)に示す。図9の(C)において、バルジ領域とは、毛を作る「毛包幹細胞」と、色素を作る「色素幹細胞」が存在する部分であり、毛乳頭への発毛指令を司る部分である。
【0081】
(2)結果と考察
図9の(A)から、毛包のないヌードマウスの皮下に毛組織が新たに形成されたことが確認できた。
図9の(B)及び図9の(C)から、Versicanは毛球部、CD34はバルジ領域に発現しており、実際の毛包と同様の位置に毛の幹細胞群が存在することが確認できた。
以上のことから、混合スフェロイドは生体と同等の毛包を再生できることが示唆された。
【0082】
[試験例3]酸素透過性及び酸素不透過性マイクロ凹版を用いた毛包形成確認試験
実施例1(1)で作製した酸素透過性の高いマイクロ凹版(以下、「Oxychip」とも呼ぶ。)と、実施例1(1)で作製したマイクロ凹版をアクリルで周りを覆った酸素不透過性のマイクロ凹版(以下、「Non−oxychip」とも呼ぶ)で形成させた混合スフェロイドを比較することで、培養中の酸素供給が毛包形成に与える影響を解析した。具体的な試験方法を以下に示す。
【0083】
(1)マイクロ凹版の作製
実施例1(1)と同様の方法を用いて、マイクロ凹版を作製した。作製したマイクロ凹版の内、周りをアクリルで覆い酸素を不透過としたもの(Non−oxychip)も準備した。
【0084】
(2)毛包原基の作製
実施例1(2)と同様の方法を用いて、Oxychipに上皮系細胞及び間葉系細胞の細胞混合懸濁液を1mL(1×10cells/ウェル)加え、3日間培養した。Non−oxychipについても、同様に細胞混合液を播種し、3日間培養した。
【0085】
(顕微鏡観察)
実施例2(2)と同様の方法を用いて、培養中の混合スフェロイドについて、培養開始から1、2、3日目に位相差蛍光顕微鏡を用いて観察した。培養開始から3日目の明視野及び暗視野での観察結果を図10に示す。
【0086】
(切片の作製)
試験例2(1)(切片の作製)と同様の方法を用いて、混合スフェロイドの切片を作製した。
【0087】
(HE染色)
試験例2(1)(HE染色)と同様の方法を用いて、切片を染色した。位相差蛍光顕微鏡(オリンパス社製、IX−71)で観察した結果を図11に示す。
【0088】
(3)マウス皮下移植
培養開始から3日目の混合スフェロイドを、実施例2(3)と同様の方法を用いて、ヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)の皮下に直接注入し、移植した。移植から18日目のヌードマウスの様子を図12に示す。
【0089】
(4)結果と考察
図10から、Oxychipで培養した混合スフェロイドは、上皮−間葉構造を再構成することで毛包原基構造を形成することが確かめられた。一方、Non−oxychipで培養したものは上皮−間葉構造の再構成が観察されず、凝集体が崩壊していることが確かめられた。
図11から、Oxychipを用いた場合では、顕微鏡観察と同様に正常な毛包原基が形成していることが確認できた。また、Non−oxychipを用いた場合では、混合スフェロイドは崩壊しており、多くの細胞の核において染色されないことが明らかとなった。このことから、酸素枯渇によってネクローシスを起きたと推察できる。
図12から、Oxychipで作製した毛包原基は移植から18日目で毛髪を形成したのに対し、Non−oxychipで作製した毛包原基は毛髪を再生することができないことが確かめられた。
【0090】
[実施例3]ヒト毛乳頭細胞とマウス上皮系細胞とを用いた再生毛包原基の作製と移植
(1)マイクロ凹版の作製
実施例1(1)と同様の方法を用いて、マイクロ凹版を作製した。
【0091】
(2)再生毛包原基の作製
妊娠マウス(C57BL/6jjcl、妊娠2週間目)から上皮系細胞を1.5×10cells採取した。続いて、ヒト毛乳頭細胞(Promo cell社製)を含む懸濁液1mLにVybrant(登録商標) Cell−labelling Solutions(Molecular probes社製)を5μL加え、20分間培養して、細胞を染色した。続いて、遠心分離を行い、上清を除去後、ヒト毛乳頭細胞増殖培地(Follicle Dermal Papilla Cell Growth Medium;DPCGM)(Promo cell社製)とHuMedia−KG2との1:1混合培地を加え、ヒト毛乳頭細胞及びマウス上皮系細胞を表1に示す細胞密度でマイクロ凹版及び96ウェルプレートに播種した。
【0092】
【表2】
【0093】
(顕微鏡観察)
培養中のヒト毛乳頭細胞及びマウス上皮系細胞の混合細胞集塊(以下、「混合スフェロイド」とも呼ぶ。)について、培養開始から1、3日目に位相差蛍光顕微鏡を用いて観察した。
培養開始から培養開始から1日目及び3日目の暗視野での96ウェルプレートにて培養した各細胞数の混合スフェロイドの観察結果を図13Aに、3日目の明視野でのマイクロ凹版にて培養した4.0×10cells/ウェルの混合スフェロイドの観察結果を図13Bに、3日目の明視野でのマイクロ凹版にて培養した4.0×10cells/ウェルの混合スフェロイドの観察結果を図13Cに示す。
【0094】
(3)マウス皮下移植
ヌードマウス(ICR nu/nuマウス、5週齢)(オリエンタル酵母社から購入)の皮下にオフサルミックランス 20G(日本アルコン社製)で移植穴をあけて、マイクロピペットを用いて、培養開始から3日目の96ウェルプレートにて培養した各細胞数の混合スフェロイドをそれぞれ移植した。各細胞数の混合スフェロイドの移植から18日目のヌードマウスの移植部を肉眼で観察した結果を図14Aに示す。また、各細胞数の混合スフェロイドの移植から18日目のヌードマウスの移植部あたりの毛髪の再生効率(=発毛部/移植部×100(%))及び再生本数を示したグラフをそれぞれ図14B及び図14Cに示す。
【0095】
(4)結果と考察
図13Aから、培養開始から1日目において、赤い蛍光で示されたヒト毛乳頭細胞は上皮系細胞を覆うように局在化し、1つの混合スフェロイドを形成した後、培養開始から3日目において、スフェロイド内で同種細胞どうしが集合する傾向が見られた。
また、1.0×10cells/ウェル以上8.0×10cells/ウェル以下では、マウス上皮系細胞とヒト毛乳頭細胞とはそれぞれ分離し、それぞれが重なりあった毛包原基構造を形成したことが確かめられた。
一方、16×10cells/ウェル以上では、マウス上皮系細胞塊の周囲で複数個のヒト毛乳頭細胞塊が融合した1つの混合スフェロイドを形成した。
また、図13B及び図13Cから、マイクロ凹版にて培養した混合スフェロイドについても、96ウェルプレートにて培養した混合スフェロイドと同様に、自発的な毛包原基構造の形成が観察された。
図14Aから、移植後18日目において、4.0×10cells/ウェル以上の細胞数の混合スフェロイドを移植した移植部では、発毛が観察されることが確かめられた。
また、図14B及び図14Cから、4.0×10cells/ウェル以上の細胞数の混合スフェロイドの移植体において、平均再生効率及び平均再生本数は、毛包原基を構成する細胞数に依存せず、平均再生効率が約40%程度であり、また、平均再生本数が約1〜2本となることが確認された。
【0096】
[試験例4]ヒト毛乳頭細胞を用いた再生毛包の評価試験
(1)再生毛包の染色
ヒト毛乳頭細胞を用いて作製した混合スフェロイドが生体と同様の構造を持つ毛包を形成しているかを確認するために、抗Nuclei抗体(clone235−1)及びヒストファインマウスステインキットを用いて、凍結切片の免疫組織化学染色により染色した。具体的な染色方法について、以下に説明する。
【0097】
(HE染色用切片の作製)
実施例3(2)と同様の方法を用いて作製された混合スフェロイドを、実施例3(3)と同様の方法を用いてヌードマウスに移植した。移植後18日目のヌードマウスの移植部の皮膚を切り出した。続いて、ブアン固定液(ピクリン酸飽和水溶液15mL、20v/v%ホルマリン5mL、及び氷酢酸1mLの混合溶液)に1日浸漬することで、組織の固定を行った。続いて、70、90、100 v/v%エタノール、100v/v%エタノール及び2−ブタノールの1:1混合溶液、2−ブタノール、2−ブタノール及びパラフィンの1:1混合溶液、並びにパラフィンに、それぞれ1時間ずつ浸した後、パラフィンブロックを作製した。続いて、回転式ミクロトームを微小の厚さにカットし、パラフィン切片を作製した。カットされた切片をスライドガラスに垂直に押し当て、転写した。
【0098】
(HE染色)
試験例2(1)(HE染色)と同様の方法を用いて、切片を染色した。位相差蛍光顕微鏡(オリンパス社製、IX−71)で観察した結果を図13Aに示す。
【0099】
(免疫抗体染色用切片の作製)
実施例3(2)と同様の方法を用いて作製された混合スフェロイドを、実施例3(3)と同様の方法を用いてヌードマウスに移植した。移植後18日目のヌードマウスの移植部の皮膚を切り出した。続いて、10%ホルマリン(Wako社製)に1日浸漬することで、組織の固定を行った。続いて、70、90、100 v/v%エタノール、100v/v%エタノール及び2−ブタノールの1:1混合溶液、2−ブタノール、2−ブタノール及びパラフィンの1:1混合溶液、並びにパラフィンに、それぞれ1時間ずつ浸した後、パラフィンブロックを作製した。続いて、回転式ミクロトームを微小の厚さにカットし、パラフィン切片を作製した。カットされた切片をスライドガラスに垂直に押し当て、転写した。
【0100】
(免疫抗体染色)
得られたスライドガラスについて、抗Nuclei抗体(clone235−1)(Millipore社製)及びヒストファインマウスステインキット(ニチレイバイオサイエンス社製)を用いて、ヒト由来細胞の免疫染色を行った。位相差蛍光顕微鏡(オリンパス社製、IX−71)で観察した結果を図15Bに示す。
【0101】
(毛のキューティクル構造の観察)
毛のキューティグル構造を確認するために、4.0×10cells/ウェルの細胞数の混合スフェロイドの移植後18日目のヌードマウスの移植部を、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;SEM)を用いて観察した結果を図15Cに示す。
【0102】
(2)結果と考察
図15A及び図15Bから、移植部において毛包が形成されたこと、また、形成した毛乳頭がヒト由来細胞からなることが確認できた。
図15Cから、キューティクル構造を有する毛の再生が確認できた。
以上のことから、ヒト毛乳頭細胞を用いた毛包原基を免疫不全マウスに移植することでマウス皮下から毛髪を再生できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明によれば、簡便に、規則的且つ高密度の再生毛包原基の集合体を得ることができる。
【符号の説明】
【0104】
1…間葉系細胞、2…上皮系細胞、3…マイクロ凹版、4…微小凹部、5…毛包原基、6…培地、7…生体適合性ハイドロゲル、8…毛包組織含有シート。
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B
図7A
図7B
図8
図9
図10
図11
図12
図13A
図13B
図13C
図14A
図14B
図14C
図15A
図15B
図15C