特許第6426503号(P6426503)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6426503吸着材、それを用いた分離精製装置及び分離精製方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6426503
(24)【登録日】2018年11月2日
(45)【発行日】2018年11月21日
(54)【発明の名称】吸着材、それを用いた分離精製装置及び分離精製方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/28 20060101AFI20181112BHJP
   B01J 20/26 20060101ALI20181112BHJP
   B01J 20/34 20060101ALI20181112BHJP
   B01D 15/00 20060101ALI20181112BHJP
   B01J 20/281 20060101ALI20181112BHJP
   B01J 20/22 20060101ALI20181112BHJP
   B01D 15/08 20060101ALI20181112BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20181112BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20181112BHJP
   G01N 30/54 20060101ALI20181112BHJP
【FI】
   B01J20/28 Z
   B01J20/26 H
   B01J20/34 H
   B01D15/00 G
   B01J20/26 L
   B01J20/22 C
   B01J20/22 D
   B01D15/08
   C07K1/14
   B01J20/281 R
   B01J20/281 X
   G01N30/88 E
   G01N30/54 F
【請求項の数】11
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2015-46482(P2015-46482)
(22)【出願日】2015年3月9日
(65)【公開番号】特開2016-165677(P2016-165677A)
(43)【公開日】2016年9月15日
【審査請求日】2017年8月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】特許業務法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】丸山 優史
(72)【発明者】
【氏名】多田 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 啓介
【審査官】 河野 隆一朗
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−136505(JP,A)
【文献】 特開2012−139678(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/027668(WO,A1)
【文献】 特開2014−219245(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/171437(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00 − 20/34
B01D 15/00 − 15/08
C07K 1/14
G01N 30/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的物質を脱着自在に吸着する機能性分子からなる吸着部位と、
温度変化によって相変化する温度応答性分子からなる温度応答部位と、
前記吸着部位及び前記温度応答部位を支持する担体と
を備え、
前記標的物質は、タンパクであり、
前記温度応答部位は、単量体として、リジン誘導体、グルタミン酸誘導体、アスパラギン酸誘導体からなる群より選択される少なくとも1種を含み、且つ、前記吸着部位に吸着している標的物質を昇温に伴う相変化によって脱離させる作用を有し、
前記吸着部位の分子量は、前記温度応答部位の分子量の2倍以下であることを特徴とする吸着材。
【請求項2】
前記温度応答性分子の相変化温度が、0℃以上60℃以下の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の吸着材。
【請求項3】
前記吸着部位の分子量が、40以上であることを特徴とする請求項1に記載の吸着材。
【請求項4】
前記吸着部位が、5員若しくは6員の芳香族環若しくはヘテロ芳香族環、スルフィド基、スルホニル基、アミド基、アミノ酸、核酸、糖、及び、疎水性空間を有する環状化合物からなる群より選択される少なくとも一種の分子構造を有する機能性分子であることを特徴とする請求項1に記載の吸着材。
【請求項5】
前記吸着部位が、ベンゼン骨格、ピリジン骨格、ピラジン骨格、ピロール骨格、トリアジン骨格、ジアゾール骨格、及び、トリアゾール骨格からなる群より選択される少なくとも一種の骨格を有する機能性分子であることを特徴とする請求項1に記載の吸着材。
【請求項6】
前記吸着部位が、ペプチド、タンパク、多糖類、ポリアクリルアミド誘導体、ポリメタクリル酸誘導体、多官能性ポリアミド、又は、多官能性ポリエステルからなる機能性分子であることを特徴とする請求項1に記載の吸着材。
【請求項7】
吸着材と、前記吸着材が充填されたカラムとを有する分離精製装置であって、
前記吸着材は、
標的物質を脱着自在に吸着する機能性分子からなる吸着部位と、
温度変化によって相変化する温度応答性分子からなる温度応答部位と、
前記吸着部位及び前記温度応答部位を固定化する担体と
を備え、
前記標的物質は、タンパクであり、
前記温度応答部位は、単量体として、リジン誘導体、グルタミン酸誘導体、アスパラギン酸誘導体からなる群より選択される少なくとも1種を含み、且つ、前記吸着部位に吸着した標的物質を、温度上昇に伴う相変化によって脱離させる作用を有し、
前記吸着部位の分子量は、前記温度応答部位の分子量の2倍以下であることを特徴とする分離精製装置。
【請求項8】
前記吸着材の温度を昇温させる加熱手段が付随して備えられることを特徴とする請求項に記載の分離精製装置。
【請求項9】
前記カラムに断熱材が介装されていることを特徴とする請求項又は請求項に記載の分離精製装置。
【請求項10】
被処理液に含まれている標的物質を、吸着材が充填されたカラムを使用して分離精製する分離精製方法であって、
前記吸着材は、標的物質を脱着自在に吸着する機能性分子からなる吸着部位と、温度変化によって相変化する温度応答性分子からなる温度応答部位と、前記吸着部位及び前記温度応答部位を固定化する担体とを備え、前記標的物質は、タンパクであり、前記温度応答部位は、単量体として、リジン誘導体、グルタミン酸誘導体、アスパラギン酸誘導体からなる群より選択される少なくとも1種を含み、且つ、前記吸着部位に吸着した標的物質を、温度上昇に伴う相変化によって脱離させる作用を有し、前記吸着部位の分子量は、前記温度応答部位の分子量の2倍以下であり、
前記分離精製方法は、
前記カラムに標的物質を含有する被処理液を通液し、前記標的物質を前記吸着部位に吸着させる吸着工程と、
前記標的物質が吸着している前記吸着材を前記標的物質が脱離しない条件で洗浄する洗浄工程と、
洗浄された前記吸着材を昇温させ、前記温度応答部位の温度上昇に伴う相変化によって前記吸着部位に吸着している標的物質を脱離させる脱離工程と、
脱離した前記標的物質を前記カラムから溶出させる溶出工程とを含むことを特徴とする分離精製方法。
【請求項11】
前記温度応答性分子の相変化温度が、0℃以上40℃以下の範囲にあり、
前記被処理液の温度が、0℃以上且つ前記温度応答性分子の相変化温度以下であることを特徴とする請求項10に記載の分離精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸着材、それを用いた分離精製装置及び分離精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質をはじめとする生体物質の分離精製処理には、標的物質に特異的な親和性を有する吸着材を用いたアフィニティクロマトグラフィが利用されることが多い。アフィニティクロマトグラフィによる分離精製処理では、所望の標的物質が含まれている被処理液を接触させることによって吸着材に標的物質を選択的に吸着させ、被処理液に含まれていた夾雑物等を洗浄して除去した後に標的物質を脱離させて、目的とする標的物質の分離精製を行う。吸着材に吸着させた標的物質を脱離させるためには、一般に、pHや塩濃度等を変化させて標的物質と吸着材との親和性を低下させる処理が必要である。
【0003】
しかしながら、pHを酸性域に変化させたり塩濃度を高めたりして標的物質を脱離させる処理を行うと、標的物質が変性する等して劣化する恐れがある。また、分離精製処理後には、酸性溶液の中和処理や高塩濃度溶液の透析処理等が必要となるため、工数や廃棄物が増えたり回収率が悪化したりする等の難がある。特に、医薬品や医薬原料として生体分子を取り扱う分野においては、品質管理の要求から、42℃以上の温度条件やpH5以下の酸性条件に生体分子を曝露する時間を極力短くした管理運用が望まれている。そこで、吸着材に吸着させた標的物質を脱離させる手段として、温度応答性分子の温度変化に伴う相変化を利用した方法の開発が進められている。
【0004】
例えば、特許文献1には、対象細胞を特異的に吸着する物質が導入された領域と刺激応答性高分子が結合した領域とを基材表面上に有する細胞分離用吸着材であって、対象細胞を特異的に吸着する物質が、該物質および基材の双方に親和性を有するが細胞には親和性を有しない高分子を介して基材に導入されている、細胞分離用吸着材が記載されている。そして、具体的には、温度応答性高分子として用いたポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を37℃から10℃に降温させることによって、吸着させた対象細胞を脱離させたことが記載されている(段落0061、段落0062参照)。
【0005】
また、特許文献2には、刺激応答性高分子および標的物質に対する親和力を有する親和性物質(リガンド)が独立して支持体に結合、好ましくは共有結合している親和力制御型材料が記載されている。そして、具体的には、刺激応答性高分子として用いたポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を40℃から20℃に降温させることによって、標的物質を脱離させたことが記載されている(段落0061参照)。
【0006】
また、特許文献3には、刺激応答性高分子と標的物質に対して特異的に相互作用する物質を含み、刺激応答材料高分子が物理的刺激により構造変化を起こすことで、標的物質に対して特異的に相互作用する物質の相互作用が化学的もしくは物理的環境の変化を受け、標的物質との相互作用力が物理的刺激により可逆的に変化する複合化材料を含む分離材料であって、刺激応答性高分子が標的物質に対して特異的に相互作用する物質に対して親和力のないことを特徴とする分離材料が記載されている。そして、具体的には、刺激応答性高分子として用いたポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を40℃から2℃又は10℃に降温させることによって、標的物質を脱離させたことが記載されている(実施例2、実施例3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−223195号公報
【特許文献2】特表2003−524680号公報
【特許文献3】国際公開第2001/74482号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、特許文献2及び特許文献3に記載されているように、温度応答性分子の温度変化に伴う相変化によって標的物質を脱離する分離精製材料(吸着材)を用いると、酸性溶液等による標的物質の劣化を避けることが可能である。しかしながら、これらの分離精製材料(吸着材)は、温度応答性分子の降温に伴う相変化によって標的物質を脱離するものとなっている。一般には、医薬品や医薬原料として取り扱われる生体物質は、活性や分子構造等が損なわれないように4℃程度の低温の溶液中で保管されているため、温度応答性分子の降温に伴う相変化によって標的物質を脱離させるためには、分離精製処理に先立って被処理液を相変化温度以上に昇温させておく処理が必要になる。
【0009】
分離精製処理に供される被処理液としては、大規模培養がなされた培養液や、濾過処理後の大量の濾液等が適用されることが多く、通常、分離精製処理に関わるスケールと比較して大容量である。そのため、生体物質が含まれている被処理液をあらかじめ相変化温度以上に昇温させておくのに、多大な加熱コストや加熱時間を要している。すなわち、温度応答性分子の降温に伴う相変化によって標的物質を脱離する機序を有する吸着材では、酸性溶液等による標的物質の劣化については低減できるものの、被処理液が大容量になるほど加熱コストや加熱時間を要したり回収率が低下したりして、被処理液の分離精製処理効率が損なわれ易いという課題がある。
【0010】
そこで、本発明は、被処理液に含まれている標的物質の分離精製処理に用いられる吸着材であって、分離精製処理を適切に行うことのできる吸着材、それを用いた分離精製装置及び分離精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために本発明に係る吸着材は、標的物質を脱着自在に吸着する機能性分子からなる吸着部位と、温度変化によって相変化する温度応答性分子からなる温度応答部位と、前記吸着部位及び前記温度応答部位を支持する担体とを備え、前記標的物質は、タンパクであり、前記温度応答部位は、単量体として、リジン誘導体、グルタミン酸誘導体、アスパラギン酸誘導体からなる群より選択される少なくとも1種を含み、且つ、前記吸着部位に吸着している標的物質を昇温に伴う相変化によって脱離させる作用を有し、前記吸着部位の分子量は、前記温度応答部位の分子量の2倍以下であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係る分離精製装置は、前記の吸着材と、前記吸着材が充填されたカラムとを有することを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係る分離精製方法は、被処理液に含まれている標的物質を、前記の吸着材が充填されたカラムを使用して分離精製する分離精製方法であって、前記吸着材は、標的物質を脱着自在に吸着する機能性分子からなる吸着部位と、温度変化によって相変化する温度応答性分子からなる温度応答部位と、前記吸着部位及び前記温度応答部位を固定化する担体とを備え、前記標的物質は、タンパクであり、前記温度応答部位は、単量体として、リジン誘導体、グルタミン酸誘導体、アスパラギン酸誘導体からなる群より選択される少なくとも1種を含み、且つ、前記吸着部位に吸着した標的物質を、温度上昇に伴う相変化によって脱離させる作用を有し、前記吸着部位の分子量は、前記温度応答部位の分子量の2倍以下であり、前記分離精製方法は、前記の吸着材が充填されたカラムを使用して、被処理液に含まれている標的物質を分離精製する分離精製方法であって、前記カラムに標的物質を含有する被処理液を通液し、前記標的物質を前記吸着部位に吸着させる吸着工程と、前記標的物質が吸着している前記吸着材を前記標的物質が脱離しない条件で洗浄する洗浄工程と、洗浄された前記吸着材を昇温させ、前記温度応答部位の温度上昇に伴う相変化によって前記吸着部位に吸着している標的物質を脱離させる脱離工程と、脱離した前記標的物質を前記カラムから溶出させる溶出工程とを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、被処理液に含まれている標的物質の分離精製処理に用いられる吸着材であって、分離精製処理を適切に行うことのできる吸着材、それを用いた分離精製装置及び分離精製方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施形態に係る吸着材の構造と作用とを模式的に示す図である。(a)は、吸着材に標的物質が吸着する前の状態、(b)は、吸着材に標的物質が吸着した状態、(c)は、吸着材に相変化が生じた状態、(d)は、相変化が生じた吸着材から標的物質が脱離した状態を示す。
図2】本発明の実施形態に係る吸着材の製造方法の一例を示す図である。(a)は、温度応答性分子を担体に結合させる工程、(b)は、機能性分子を温度応答性分子に結合させる工程を示す。
図3】本発明の実施形態に係る吸着材を適用した分離精製装置を備える製造システムの概略構成の一例を示す図である。
図4】比較例に係る吸着材を適用した分離精製装置を備える製造システムの概略構成の一例を示す図である。
図5】標的物質の回収率に対する、吸着部位と温度応答部位との分子量比の相関を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
はじめに、本発明の一実施形態に係る吸着材について説明する。なお、以下の各図において共通する構成については、同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0017】
図1は、本発明の実施形態に係る吸着材の構造と作用とを模式的に示す図である。(a)は、吸着材に標的物質が吸着する前の状態、(b)は、吸着材に標的物質が吸着した状態、(c)は、吸着材に相変化が生じた状態、(d)は、相変化が生じた吸着材から標的物質が脱離した状態を示す。
【0018】
図1(a)に示すように、本実施形態に係る吸着材1は、吸着部位10と、温度応答部位20と、担体30とを備えている。吸着材1は、被処理液に含まれている標的物質Lの分離精製処理に用いられる分離精製材料であって、例えば、アフィニティクロマトグラフィ用の分離精製装置(カラム)の充填材として好適な材料である。
【0019】
吸着材1には、所望の標的物質Lが他の夾雑物等と共に含まれている溶液が、分離精製処理の被処理液として適用される(図1(a)参照)。なお、図1においては、標的物質LとしてIgGが例示されているが、標的物質Lはこれに限定されるものではない。吸着材1と被処理液とを接触させると、図1(b)に示すように、被処理液中の標的物質Lは、相対的に高い親和性によって吸着材1の吸着部位10に選択的に吸着する。なお、このとき被処理液に含まれている夾雑物等は、吸着部位10に対する親和性が相対的に低く、吸着しないか吸着力が弱い状態にあるため、洗浄処理によって標的物質Lを残して除去される。
【0020】
本実施形態に係る吸着材1は、標的物質Lを温度応答性分子(温度応答部位20)の昇温に伴う相変化によって脱離する作用を有している。そのため、吸着材1を温度上昇させると、温度応答部位20は、図1(c)に示すように、相変化して凝集状態の立体構造に変化する。その結果、吸着部位10と標的物質Lとの親和性が低下し、吸着部位10に吸着していた標的物質Lは脱離することになる(図1(d)参照)。本実施形態に係る吸着材1では、このようにして、被処理液に含まれている所望の標的物質Lの分離精製処理が実現される。
【0021】
吸着材1は、詳細には、図1に模式的に示される枝状構造が無数に繰り返され、多数の吸着部位10と温度応答部位20とが担体30上に支持された構造を有する。そして、そのような担体30が、一体単独で又は多数の集合によって分離精製材料を構成する。
【0022】
吸着材1を用いた分離精製処理において処理される被処理液は、吸着部位10に特異的に吸着する所望の標的物質Lを含有する水性の溶液であるものとする。すなわち、吸着部位10との親和性が高い所望の標的物質Lと共に、吸着部位10との親和性が相対的に低い夾雑物等が含まれることがある溶液が処理に供される。水性の溶液としては、水を溶媒とする水溶液、及び、水と有機溶媒との混合溶媒の溶液のいずれであってもよい。なお、このような溶液には、懸濁液ないし分散液が含まれるものとする。
【0023】
吸着部位10は、標的物質Lを脱着自在に吸着する機能性分子からなる。機能性分子は、温度応答部位20の相変化温度よりも低い低温域においては、標的物質Lに強い親和性を示して標的物質Lを特異的に吸着し、温度応答部位20の相変化温度よりも高い高温域においては、標的物質Lが脱離し得るように親和性が弱まる性質を示す。
【0024】
吸着部位10への標的物質Lの吸着は、化学的結合及び物理的結合のいずれであってもよく、多点結合であってもよい。例えば、水素結合、疎水性相互作用、π−π相互作用、双極子−双極子相互作用、電荷−双極子相互作用、電荷−電荷相互作用、電荷移動相互作用、ファンデルワールス結合、アンカー効果等の適宜の相互作用や、これらの組み合わせによって可逆的な結合が形成される。
【0025】
標的物質Lとしては、吸着部位10に対して特異的に結合する物質であれば、生体物質、細胞、有機化合物、無機化合物、錯体、金属イオン、無機微粒子、金属微粒子等の適宜の物質を適用することが可能である。吸着材1の特性を活かす観点からは、0℃以上20℃以下程度の低温域での保管が望まれる物質や、pH5以下程度の酸性域での安定性が低い物質が好適である。このような標的物質Lとしては、例えば、生体物質、細胞、pH5以下程度の酸によって分子内反応したり、夾雑物等と分子間反応したりする酸反応性物質、pH5以下程度の酸によって分解を生じる酸分解性物質等が挙げられる。
【0026】
生体物質としては、例えば、タンパク、ペプチド、アミノ酸、糖類、核酸、脂質、代謝物等が挙げられる。また、細胞としては、例えば、ヒト細胞、動物細胞、植物細胞、細菌や菌類を含む微生物細胞等が挙げられる。細胞として、血球、組換え細胞、融合細胞等を適用することも可能である。酸反応性物質や酸分解性物質としては、エステル、アミド等の各種の物質が挙げられる。
【0027】
吸着部位10を構成する機能性分子としては、分離精製の目的とする標的物質を特異的に吸着する分子であれば、適宜の構造の機能性低分子及び機能性高分子のいずれを用いることもできる。機能性低分子としては、例えば、5員若しくは6員の芳香族環若しくはヘテロ芳香族環、スルフィド基、スルホニル基、アミド基、アミノ酸、核酸、糖、及び、シクロファンやカリックスアレン等の疎水性空間を有する環状化合物からなる群より選択される少なくとも一種の分子構造を有する機能性分子や、ベンゼン骨格、ピリジン骨格、ピラジン骨格、ピロール骨格、トリアジン骨格、ジアゾール骨格、及び、トリアゾール骨格からなる群より選択される少なくとも一種の骨格を有する機能性分子等を用いることが好ましい。このような骨格を有する機能性分子を用いると、特に、タンパクや核酸等を標的物質とした場合に、多点結合による相互作用を形成させ易い。特に、スルフィド基は、Thiophilic interactionによって抗体結合能を示す機能性分子を形成することができる点で好適である。また、機能性高分子としては、例えば、ペプチド、タンパク、多糖類、ポリアクリルアミド誘導体、ポリメタクリル酸誘導体、多官能性ポリアミド、又は、多官能性ポリエステルからなる機能性分子等を用いることが好ましい。このような水溶性の安定した機能性高分子であると吸着部位10を分子設計し易い。
【0028】
吸着部位10を構成する機能性分子と標的物質Lとの組み合わせの具体例としては、抗体と、抗原、プロテインA、プロテインG、プロテインL、Fc受容体、これらのペプチド断片、又は、抗体吸着能を有する合成低分子若しくは合成高分子との組み合わせや、レクチンと、糖鎖、糖鎖の部分構造、又は、これらの誘導体との組み合わせや、タンパクと、タンパク受容体、タンパク受容体の部分構造、これらの誘導体、補因子、又は、色素等の特異的に相互作用する合成低分子との組み合わせや、核酸(DNA、RNA等のポリヌクレオチド等)と、相補的な核酸、又は、相補的な人工核酸との組み合わせや、ビオチンと、アビジン、又は、ストレプトアビジンとの組み合わせ等を例示することができる。
【0029】
吸着部位10は、担体30によって支持される。図1においては、吸着部位10は、温度応答部位20の側鎖に結合しているが、温度応答部位20の末端に結合していてもよいし、温度応答部位20に代えて担体30のみに直接的に結合していてもよいし、温度応答部位20と担体30の両方に直接的に結合していてもよい。また、吸着部位10は、単一の温度応答部位20や担体30に対して、単数が結合していてもよいし、複数が結合していてもよい。また、吸着部位10は、温度応答部位20や担体30との間にリンカー(スペーサー)を介して結合していてもよい。リンカーは、標的物質を不可逆的に吸着しない分子であることが好ましい。
【0030】
吸着部位10と温度応答部位20又は担体30との結合は、共有結合及び非共有結合のいずれでもよい。例えば、吸着部位10と温度応答部位20又は担体30との結合は、求核付加反応、求核置換反応、ラジカル付加反応、転位反応、シグマトロピー反応、縮合反応等の適宜の反応による共有結合や、多点吸着、水素結合、疎水性相互作用、π−π相互作用、双極子−双極子相互作用、電荷−双極子相互作用、電荷−電荷相互作用、電荷移動相互作用等による非共有結合によって形成することができる。より具体的には、例えば、エポキシドと求核剤、カルボン酸又は活性化カルボン酸と求核剤、アルキルハライドと求核剤、アリールハライドと求核剤、不飽和カルボニルと求核剤、不飽和ニトリルと求核剤、アミンとアルデヒド、シラノールとシランカップリング剤等による反応や、ビオチンとアビジン、ビオチンとストレプトアビジン等による結合を利用することが可能である。
【0031】
吸着部位10の分子量は、後記する温度応答部位20の分子量の2倍以下であるものとする。このように吸着部位10の分子量を温度応答部位20の分子量よりも小さくすると、分離精製処理における標的物質Lの回収率が高められ、30%以上程度の回収率を実現することが可能となる。吸着部位10の分子量と温度応答部位20の分子量との比は、回収率をさらに向上させるために変更することもできる。例えば、40%以上の回収率が求められる場合には、吸着部位10の分子量を、温度応答部位20の分子量の0.5倍以下にすることが好ましく、70%以上の回収率が求められる場合には、吸着部位10の分子量を、温度応答部位20の分子量の0.2倍以下にすることが好ましい。なお、吸着部位10の分子量は、40以上であることが好ましい。吸着部位10の分子量が40以上であると所定の標的物質を特異的に吸着させることが可能になる。
【0032】
温度応答部位20は、温度変化によって相変化する温度応答性分子からなる。温度応答性分子は、下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution Temperature;LCST)を示す。すなわち、温度応答性分子は、下限臨界溶液温度よりも低い低温域では被処理液中に溶解して存在し、下限臨界溶液温度よりも高い高温域では不溶性の状態に相分離して存在する。そのため、温度応答部位20は、下限臨界溶液温度を境界として相変化し、立体構造の顕著な変化を生じることで、吸着部位10と吸着部位10に結合している標的物質Lとの親和性を可変させる。
【0033】
温度応答部位20は、吸着部位10に吸着している標的物質Lを昇温に伴う相変化によって脱離させる作用を有している。温度応答部位20が、温度応答性分子が示す下限臨界溶液温度(相変化温度)よりも低い低温域から、下限臨界溶液温度(相変化温度)よりも高い高温域に昇温されると、相変化による立体構造の変化に伴って、吸着部位10と吸着部位10に吸着している標的物質Lとの親和性が吸着時よりも低下し、吸着材1から標的物質Lが脱離することになる。
【0034】
温度応答部位20を構成する温度応答性分子としては、下限臨界溶液温度を示す温度応答性高分子を用いることができる。温度応答性高分子は、単量体(単量体単位)として、アクリルアミド誘導体、メタクリル酸エステル等のメタクリル酸誘導体、アクリル酸エステル等のアクリル酸誘導体、ビニルアルコール誘導体、N−修飾ε−ポリリジン誘導体等のε−ポリリジン誘導体(リジン誘導体)、γ−グルタミン酸アミド等のγ−グルタミン酸誘導体(グルタミン酸誘導体)、δ−アスパラギン酸アミド誘導体等のδ−アスパラギン酸誘導体(アスパラギン酸誘導体)、乳酸、ジオール誘導体、カプロラクタム類、カプロラクトン類、糖類、シロキサン類等を含むことができる。温度応答性分子は、これらの単量体のいずれかによる重合体であっても、これらの単量体の組み合わせによる共重合体であってもよい。また、共重合体としては、ランダム型、ブロック型及びグラフト型のいずれであってもよい。これらの単量体は、互いに独立に、ヒドロキシ基、カルボキシル基、アミノ基、チオール基、エポキシ基、ニトリル基、ハロゲン原子や、メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、iso−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等のアルキル基や、これらを置換基として有していてもよいシクロアルキル基、アルコキシ基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アミノアシル基等の置換基(官能基)で置換されていてもよい。なお、温度応答性高分子は、直鎖状高分子に限られず、分枝状高分子、デンドリマー、ゲル、架橋ゲル等であってもよい。
【0035】
アクリルアミド誘導体としては、例えば、N−イソプロピルアクリルアミド、N−ジイソプロピルアクリルアミド、N−エチルアクリルアミド、N−ジエチルアクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N−ジメチルアクリルアミド、その他のN置換誘導体等が挙げられる。また、メタクリル酸誘導体としては、例えば、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸メチル、その他のO置換誘導体等が挙げられる。また、アクリル酸誘導体としては、例えば、アクリル酸ブチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸エチル、アクリル酸メチル、その他のO置換誘導体等が挙げられる。また、ビニルアルコール誘導体としては、例えば、ビニルアルコールメチルエーテル、ビニルアルコール酢化物、その他のO置換誘導体等が挙げられる。また、ε−ポリリジン誘導体としては、例えば、リジン吉草酸アミド、リジン酪酸アミド、リジンプロピオン酸アミド、N−ヒドロキシペンチルリジン、N−ヒドロキシブチルリジン、N−ヒドロキシプロピルリジン、その他のN置換誘導体等が挙げられる。また、γ−グルタミン酸誘導体としては、例えば、グルタミン酸ヒドロキシヘキシルアミド、グルタミン酸ヒドロキシペンチルアミド、グルタミン酸ヒドロキシブチルアミド、グルタミン酸ヒドロキシプロピルアミド、その他のO置換誘導体等が挙げられる。また、δ−アスパラギン酸誘導体としては、例えば、アスパラギン酸ヒドロキシヘキシルアミド、アスパラギン酸ヒドロキシペンチルアミド、アスパラギン酸ヒドロキシブチルアミド、アスパラギン酸ヒドロキシプロピルアミド、その他のO置換誘導体等が挙げられる。また、ジオール誘導体としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等が挙げられる。また、糖類としては、例えば、ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられる。
【0036】
温度応答部位20を構成する温度応答性分子としては、下限臨界溶液温度を示す温度応答性高分子と共に、下限臨界溶液温度を示す温度応答性低分子を用いることもできる。温度応答性低分子としては、例えば、光応答性と共に温度応答性を示す、スピロピラン、アゾベンゼン、ジアリールエテン、これらの誘導体、液晶分子等を用いることができる。
【0037】
温度応答部位20の相変化温度は、0℃以上60℃以下の範囲とすることが好ましく、0℃以上40℃以下の範囲とすることがより好ましく、10℃以上40℃以下の範囲とすることがさらに好ましい。温度応答部位20の相変化温度がこのような温度範囲にあると、標的物質Lの吸着や脱離を温和な温度条件の下で行うことができるため、標的物質Lの劣化を避けることが可能である。温度応答部位20の相変化温度は、被処理液の溶媒、夾雑物、pH等の影響を受けるが、温度応答部位20が、pH6以上8以下のpH条件で相変化するように分子設計することが好ましい。このような温度応答部位20の分子設計は、温度応答性分子に各種官能基を導入することによって行うことができ、例えば、親水性基と疎水性基とのバランスや、電荷相互作用の導入等に拠り実現することができる。
【0038】
温度応答部位20は、担体30によって支持される。図1においては、温度応答部位20は、側鎖を介して担体30と結合しているが、末端を介して担体30と結合していてもよい。また、温度応答部位20は、単一の担体30に対して、単数が結合していてもよいし、複数が結合していてもよい。また、温度応答部位20は、担体30との間にリンカー(スペーサー)を介して結合していてもよい。
【0039】
温度応答部位20と担体30との結合は、共有結合及び非共有結合のいずれでもよい。例えば、温度応答部位20と担体30との結合は、吸着部位10と温度応答部位20や担体30との結合と同様にして前記のとおり形成することができる。
【0040】
担体30は、吸着部位10及び温度応答部位20を支持している。担体30は、被処理液中において化学的及び物理的に高い安定性を有することが好ましく、吸着材1に機械的強度、賦形性、取扱い性等を付与する役割を果たしている。
【0041】
担体30は、適宜の形状とすることが可能であり、多孔質及び非多孔質のいずれとしてもよい。担体30の形状としては、具体的には、例えば、板状、ビーズ状、不織布や織物等の繊維状、膜状、モノリス状、中空糸状等が挙げられる。
【0042】
担体30の材質は、有機材料及び無機材料のいずれであってもよく、これらを併用した複合材料であってもよい。具体的には、例えば、アガロース、セファロース、セルロース等の多糖類や、ポリスチレン、ポリアルキルメタクリレート、ポリグリシジルメタクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリシロキサン、ポリフッ化エチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリ塩化ビニル、ポリ酢酸ビニル、ポリカーボネート、PA6、PA66、PA11、PA12等の合成樹脂や、グラファイト、炭素繊維、カーボンナノチューブ、フラーレン等の炭素材料や、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、酸化鉄等の酸化物、炭酸カルシウム等の炭酸塩、ハイドロキシアパタイト、リン酸アルミニウム等のリン酸塩、ホウケイ酸ガラス等のホウ酸塩、シリケート、珪藻土等のケイ酸塩、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウム等の硫酸塩、炭化珪素、窒化珪素等の無機化合物や、フェライト、パーマロイ、クロム鋼、鉄−アルミ合金、金、銀、白金、パラジウム、ロジウム等の金属材料等を用いることができる。これらの中でも好ましい材料は、安定性、製造容易性等の観点から、アガロース、セファロース、セルロース、ポリスチレン、シリカや、磁性担体として有用な酸化鉄又はフェライトである。
【0043】
担体30は、吸着部位10や温度応答部位20と共有結合を形成する、カルボキシ基、アミノ基、ヒドロキシ基等の適宜の反応性基を表面に有していてもよい。また、担体30は、吸着部位10及び温度応答部位20以外の分子によって表面修飾されていてもよい。例えば、標的物質の非特異的な吸着を防止するブロッキングや、吸着部位10又は温度応答部位20の配向性を制御する表面修飾や、担体30の分散性又は吸着性を改質する表面修飾等が行われていてもよい。
【0044】
本実施形態に係る吸着材1は、従来知られている適宜の反応を利用して製造することができる。例えば、吸着部位10を構成する機能性分子、温度応答部位20を構成する温度応答性分子、反応性基を有する担体30等は、公知の高分子反応等を用いて調製したり、担体表面を活性化する表面処理技術を用いたり、天然物や生化学的産物の分離精製技術を利用したりして得ることができる。また、吸着部位10を構成する機能性分子、温度応答部位20を構成する温度応答性分子、反応性基を有する担体30の各結合は、例えば、吸着部位10を構成する機能性分子と温度応答部位20を構成する温度応答性分子とを結合させた後に担体30と結合させる方法、温度応答部位20を構成する温度応答性分子を担体30に結合させた後に、吸着部位10を構成する機能性分子を、温度応答部位20を構成する温度応答性分子に結合させる方法、吸着部位10を構成する機能性分子と温度応答部位20を構成する温度応答性分子とを併せて担体30と結合させる方法等を採ることができる。
【0045】
図2は、本発明の実施形態に係る吸着材の製造方法の一例を示す図である。(a)は、温度応答性分子を担体に結合させる工程、(b)は、機能性分子を温度応答性分子に結合させる工程を示す。
【0046】
図2に示す吸着材1の製造方法は、温度応答部位20を構成する温度応答性分子を担体30に結合させた後に、吸着部位10を構成する機能性分子を、温度応答部位20を構成する温度応答性分子に結合させる方法を例示したものである。この方法では、担体30としてはカルボキシ末端を有する担体を使用し、吸着部位10と温度応答部位20との間にリンカーとしてグルタルアルデヒドを使用している。
【0047】
温度応答性分子を担体30に結合させる工程では、図2(a)に示すように、はじめに、担体30のカルボキシ末端とカルボジイミド塩酸塩(EDC・HCl)とを反応させて、担体30を活性化させる。この反応は、例えば、pH5.8、37℃で2時間程度とすればよい。続いて、未反応物や副生成物を除去した後、活性化させた担体30と温度応答部位20とを反応させる。この反応は、例えば、pH5.8、37℃で2時間程度とすればよい。このような反応を経ることによって、温度応答部位20が有する求核性のアミノ基を介して、温度応答性分子20と担体30とを結合させることができる(図2(a)の右図参照)。このようなカルボジイミドを脱水縮合剤として用いる反応によると、温度条件は4℃以上40℃以下程度、pH条件はpH4以上7以下程度の範囲の温和な条件で、温度応答性分子を担体30に結合させることも可能である。
【0048】
機能性分子を温度応答性分子に結合させる工程では、図2(b)に示すように、はじめに、温度応答部位20のリシン(Lys)のアミノ基とグルタルアルデヒドとを反応させて活性化させる。この反応は、例えば、pH9.0、37℃で2時間程度とすればよい。続いて、未反応物を純水で除去した後、温度応答部位20に結合したグルタルアルデヒドと吸着部位10のリシン(Lys)のアミノ基とを反応させる。この反応は、例えば、pH7.4、37℃で2時間程度とすればよい。このような反応を経ることによって、グルタルアルデヒドを介して、温度応答性分子20と吸着部位10とを結合させることができる。温度条件は常温から37℃程度まで、pH条件はpH6以上9以下程度の範囲であって更に中性寄りにおいても、反応を進行させることが可能である。
【0049】
このような製造方法によると、温度条件、pH条件が温和な条件で吸着材1を製造することが可能であるため、温度応答性分子20や吸着部位10の変性等が避けられ、吸着材1の性能を確保し易くすることができると共に、酸やアルカリの廃液の発生を低減することができる。また、図2においては、グルタルアルデヒドによる架橋を模式的に示しているが、実際の反応ではグルタルアルデヒドの多量体による架橋が形成され得るため、分子間の立体障害や相互作用が部分的に解消されることで、吸着材について一定以上の性能が確保し易くなる場合がある。
【0050】
次に、本発明の一実施形態に係る分離精製装置について説明する。
【0051】
図3は、本発明の実施形態に係る吸着材を適用した分離精製装置を備える製造システムの概略構成の一例を示す図である。
【0052】
前記の吸着材1は、例えば、図3に示されるように、製造システム100に備えられるアフィニティクロマトグラフィ用の分離精製装置70のカラム充填材として適用することができる。製造システム100は、医薬品や医薬原料等として利用される生体物質を製造する装置であって、培養槽50と、貯蔵槽60と、分離精製装置70とを備えている。また、分離精製装置70には、加熱手段80が付随して備えられている。本実施形態に係る吸着材1を適用した分離精製装置70は、このような製造システム100において、培養によって生化学的に生産された生体物質を夾雑物等から分離精製する役割を果たす。
【0053】
分離精製装置70は、詳細には、前記の吸着材1と、吸着材1が充填されたカラムとを有している。カラムは、任意形状の中空の容器で構成されており、標的物質Lを含有する被処理液、夾雑物等を洗浄する洗浄液、標的物質Lを脱離させる溶出液等を、カラムに充填された吸着材1に通液するための液入口と液出口とを有している。そして、このような液入口や液出口に配管が接続されることによって、分離精製装置70が製造システム100に組み込まれている。
【0054】
分離精製装置70のカラムの材質は、有機材料及び無機材料のいずれであってもよく、これらを併用した複合材料であってもよい。具体的には、例えば、ガラス、ステンレス鋼、アルミニウム合金、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリ塩化ビニル、ポリ酢酸ビニル、ポリカーボネート、PA6、PA66、PA11、PA12等を用いることができる。
【0055】
カラムには、断熱材が介装されていることが好ましい。断熱材は、例えば、充填された吸着材1とカラム内壁との間や、カラム外壁の周囲に設置することができる。充填材1と外気との間を断熱的にすることで、吸着材1の昇温に伴う熱損失が低減されると共に、充填材1における熱伝導によって効率的な昇温が可能になり、加熱コストや加熱時間をより有効に抑えることができるようになる。断熱材としては、例えば、ウレタンフォーム、フェノールフォーム等の発泡型断熱材や、ガラス繊維、鉱物繊維、樹脂繊維等の繊維型断熱材や、真空断熱材や、これらの組み合わせによるものを用いることができる。
【0056】
加熱手段80は、分離精製装置70に備えられる吸着材1の温度を温度応答性分子の相変化温度を挟んで昇温させる機能を有している。加熱手段80によって吸着材の温度が相変化温度を超えて昇温されることによって、吸着材1に吸着している標的物質Lの脱離が行われるようになっている。加熱手段80は、少なくとも0℃以上40℃以下の範囲、好ましくは0℃以上60℃以下の範囲で吸着材1を温調を行う機能を有することが好ましい。
【0057】
加熱手段80は、図3においては、分離精製装置70のカラムに付帯して設置されており、カラムに充填されている吸着材1をカラムの内部において加熱する形態とされているが、カラムから独立して設置し、標的物質を脱離させるための脱離液(溶出液)をカラムの外部において加熱した後に、標的物質Lが吸着している吸着材1に接触させる形態としてもよい。また、加熱手段80をカラムに付帯して設置する場合には、カラムの外部から熱伝達を行う形式であっても、カラムの内部に及ぶ伝熱管を配設してカラムの内部で温調を行う形式であってもよい。また、加熱手段80をカラムから独立して設置する場合には、脱離液が通流する配管において温調を行うインラインによる形態、及び、脱離液が一時的に貯留される貯槽において温調を行うオフラインによる形態のいずれでもよい。
【0058】
図3に示す製造システム100では、培養槽50において所定の細胞が培養されて、細胞によって生化学的に所望の生体物質が生産される。例えば、抗体遺伝子を導入した遺伝子組換え動物細胞等を培養することによって、抗体の生産等が行われる。そして、生産された生体物質を含む溶液は、貯蔵槽60に移送され、例えば、4℃程度の低温条件の下で一時的に貯蔵される。その後、生体物質を含む溶液は分離精製装置70に移送され、分離精製装置70において生体物質を標的物質Lとした分離精製処理が行われる。
【0059】
次に、本発明の一実施形態に係る分離精製方法について説明する。
【0060】
本実施形態に係る分離精製方法は、前記の吸着材1が充填されたカラム(分離精製装置70)を使用して、被処理液に含まれている標的物質Lを分離精製処理する方法である。この分離精製方法は、吸着工程と、洗浄工程と、脱離工程と、溶出工程とを順次含む方法となっている。
【0061】
吸着工程では、吸着材1が充填されたカラムに標的物質Lを含有する被処理液を通液し、標的物質を吸着材1が備えている吸着部位10に吸着させる。被処理液としては、例えば、培養槽50で得られるような培養液や、培養液を濾過処理した濾液等であって、低温度の溶液が適用される。通液させる被処理液の温度は、好ましくは0℃以上、且つ、温度応答性分子の相変化温度以下であり、より具体的には、好ましくは0℃以上20℃以下の範囲、より好ましくは0℃以上15℃以下の範囲、さらに好ましくは0℃以上10℃以下の範囲、例えば、4℃程度(4℃±4℃)である。したがって、本実施形態に係る分離精製方法のより好ましい形態は、標的物質Lを含む被処理液をこのような低温域で貯蔵する貯蔵工程を吸着工程の前工程として含む方法である。
【0062】
吸着工程は、温度条件を吸着材1の相変化温度よりも低い温度として行う。具体的には、吸着温度は、0℃以上20℃以下の範囲にすることが好ましく、0℃以上15℃以下の範囲にすることがより好ましく、0℃以上10℃以下の範囲にすることがさらに好ましい。このような温度で標的物質を吸着させるようにすると、被処理液を事前に調温すること無くカラムに通液させて標的物質Lの吸着を行わせることができるため、標的物質Lの劣化を避けることができる。また、pH条件、塩濃度等のその他の条件については、一定にして通液させてよい。他方、被処理液を通液するカラムについては、カラム内部温度が吸着材1の相変化温度よりも低い温度になるようにあらかじめ調温しておくことが好ましい。
【0063】
洗浄工程では、標的物質Lが吸着している吸着材1を標的物質Lが脱離しない条件で洗浄する。吸着材1を洗浄液で洗浄することによって、吸着部位10に対する親和性が低いために吸着しないか吸着力が弱い状態にある夾雑物等や、未吸着の標的物質Lが除去される。
【0064】
洗浄工程は、標的物質Lが洗浄によって脱離しないように、温度条件を吸着材1の相変化温度よりも低い温度として行う。具体的には、洗浄温度は、0℃以上20℃以下の範囲にすることが好ましく、0℃以上15℃以下の範囲にすることがより好ましく、0℃以上10℃以下の範囲にすることがさらに好ましい。その他のpH条件、塩濃度等の条件は一定にしてよい。洗浄液としては、PBS等の適宜の緩衝液等を用いることができる。
【0065】
脱離工程では、洗浄された吸着材1を昇温させ、吸着材1が備えている温度応答部位20の温度上昇に伴う相変化によって吸着部位10に吸着している標的物質Lを脱離させる。吸着材1としては、温度応答部位20の相変化温度が、0℃以上40℃以下の範囲にあるものが好ましく、20℃近傍(10℃以上30℃以下)にあるものがより好ましい。
【0066】
脱離工程は、温度条件を吸着材1の相変化温度よりも高い温度に昇温させることによって行う。具体的には、脱離温度は、21℃以上40℃以下の範囲にすることが好ましく、25℃以上40℃以下の範囲にすることがより好ましく、30℃以上40℃以下の範囲にすることがさらに好ましい。このような温度であれば、吸着材1の昇温に要する加熱コストが過大にならず、標的物質Lの熱変性も避けることができる。吸着材1の昇温は、加熱した脱離液の通液によって、又は、吸着材1と吸着材1に通液された洗浄液とへの加熱によって行うことができる。脱離液としては、PBS等の適宜の緩衝液等を用いることができる。
【0067】
溶出工程では、脱離した標的物質Lをカラムから溶出させる。吸着材1に溶出液を通液することによって、吸着部位10から脱離した標的物質Lは、カラムから溶出して回収され、分離精製処理が終了する。なお、溶出工程は、脱離液(溶出液)を通液した後、カラムの液出口で回収することによって脱離工程と一体として行ってもよい。
【0068】
溶出工程は、温度条件を脱離温度と等温度又は脱離温度よりも低い温度で行うことができる。標的物質の劣化を低減する観点からは、10℃以下程度の低温の溶出液を通液することが好ましい。溶出液としては、PBS等の適宜の緩衝液等を用いることができる。
【0069】
このような本実施形態に係る分離精製方法によると、脱離工程において、吸着材1に吸着している標的物質Lの脱離を、カラムに通液させる脱離液への加熱、又は、吸着材1と吸着材1に通液された洗浄液とが充填されたカラムへの加熱のいずれかによって実現することが可能であり、被加熱物の総熱容量は比較的低いものとなる。
【0070】
図4は、比較例に係る吸着材を適用した分離精製装置を備える製造システムの概略構成の一例を示す図である。
【0071】
温度応答性分子の降温に伴う相変化によって標的物質を脱離する従来の吸着材(比較例に係る吸着材)をアフィニティクロマトグラフィ用のカラム充填材として適用する場合には、温度応答性分子の相変化温度よりも高い高温域で標的物質Lを吸着させ、洗浄工程後に相変化温度よりも低い低温域に降温することによって吸着させた標的物質Lを脱離させる処理を行わなければならない。そのため、比較例に係る吸着材を適用した分離精製装置70Cを備える製造システム100Cでは、図4に示すように、分離精製装置70Cの液入口側(上流側)の配管に加熱手段80を備え、分離精製装置70Cにおける分離精製処理に先立って、生体物質が含まれている被処理液を相変化温度以上に昇温させておく処理が必要となる。
【0072】
製造システム100Cでは、培養槽50で培養された後、貯蔵槽60で低温条件の下で貯蔵されていた大容量の培養液等の全体をあらかじめ加熱しなければならないため、多大な加熱コストや加熱時間を要する。これに対して、本実施形態に係る吸着材1を適用した分離精製装置や分離精製方法によれば、吸着材1に吸着させた標的物質Lを、温度応答部位20の昇温に伴う相変化によって脱離させることができるため、大容量の被処理液をあらかじめ昇温させておくことを要しない。すなわち、本実施形態に係る分離精製装置や分離精製方法では、培養液等よりも少量である脱離液、又は、培養液等よりも総熱容量が小さいカラム内容物(吸着材1と吸着材1に通液されて充填された洗浄液)のいずれかの加熱で、標的物質Lを脱離させることが可能である。そのため、加熱コストや加熱時間が抑えられて、処理における標的物質の劣化が低減されると共に、処理効率が損なわれ難くなり、分離精製処理を適切に行うことが可能になる。さらに、こうした処理効率の改善の効果は、被処理液の容量や吸着材の吸着量が大きいほど、また、被処理液に含まれる標的物質濃度が低いほど有利なものにすることができる。
【実施例】
【0073】
以下、本発明の実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0074】
本発明の実施例に係る吸着材として、実施例1〜実施例3に係る吸着材を製造し、標的物質Lの回収率に対する、吸着部位10と温度応答部位20との分子量比の相関について評価を行った。また、併せて、本発明の実施例に係る吸着材の対照として、比較例1〜比較例3に係る吸着材を製造し、同様に評価を行った。
【0075】
製造した実施例1〜実施例3に係る吸着材、及び、比較例1〜比較例3に係る吸着材においては、温度応答部位20として、下記化学式に示すε−ポリリジン誘導体を使用した。なお、式中、Xは、n−ブトキシカルボニル基(−nBuCo)であり、mは1以上の整数、nはmより大きい整数であり、共重合形式は任意である。また、このε−ポリリジン誘導体の下限臨界溶液温度は28℃である。また、担体30として、カルボキシ末端を有するポリスチレン製マイクロプレートを使用した。
【0076】
【化1】
【0077】
<実施例1>
実施例1に係る吸着材としては、吸着部位10が下記化学式に示す(3−チア−5−ピリジルペンチル)スルホニルエチルアミンである吸着材を、次のとおり製造した。なお、この吸着部位は、Thiophilic interactionによって抗体吸着能を有する機能性分子である。
【0078】
【化2】
【0079】
はじめに、ε−ポリリジン誘導体水溶液に対して、3当量の吉草酸のN−ヒドロキシスクシンイミドエステルを添加し、室温で5時間にわたって反応させた。次いで、透析を行って低分子を除去して、側鎖の80%が吉草酸アミドに変換されたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)を得た。また、ジビニルスルホンと2−ピリジルエタンチオール塩酸塩とを、塩基存在下で反応させることによって(3−チア−5−ピリジルペンチル)ビニルスルホンを調製した。
【0080】
そして、得られたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)に、1当量の(3−チア−5−ピリジルペンチル)ビニルスルホンを反応させて、側鎖の80%が吉草酸アミドに変換され、側鎖の5%が(3−チア−5−ピリジルペンチル)スルホニルエチルアミンに変換されたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80−S5)を得た。
【0081】
続いて、得られたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80−S5)のPBS溶液(pH5.8)と、水溶性カルボジイミド(Water Soluble Carbodiimide;WSC)によってカルボキシ末端を活性化させた担体30とを反応させて、実施例1に係る吸着材とした。
【0082】
<実施例2>
実施例2に係る吸着材としては、吸着部位10が下記化学式に示すアミノ(4−ヒドロキシフェニルエチルアミノ)(フェニルアミノ)トリアジンである吸着材を、次のとおり製造した。なお、この吸着部位10は、プロテインAを模倣して合成された抗体吸着能を有する機能性分子である。
【0083】
【化3】
【0084】
はじめに、ε−ポリリジン誘導体水溶液に対して、1当量の吉草酸のN−ヒドロキシスクシンイミドエステルを添加し、室温で5時間にわたって反応させた。次いで、透析を行って低分子を除去して、側鎖の57%が吉草酸アミドに変換されたε−ポリリジン誘導体(EPL−V57)を得た。
【0085】
そして、得られたε−ポリリジン誘導体(EPL−V57)に、1当量のクロロ(4−ヒドロキシフェニルエチルアミノ)(フェニルアミノ)トリアジンを反応させて、側鎖の57%が吉草酸アミドに変換され、側鎖の10%がクロロ(4−ヒドロキシフェニルエチルアミノ)(フェニルアミノ)トリアジンに変換されたε−ポリリジン誘導体(EPL−V57−T10)を得た。
【0086】
続いて、得られたε−ポリリジン誘導体(EPL−V57−T10)のPBS溶液(pH5.8)と、水溶性カルボジイミド(Water Soluble Carbodiimide;WSC)によってカルボキシ末端を活性化させた担体30とを反応させて、実施例2に係る吸着材とした。
【0087】
<実施例3>
実施例3に係る吸着材としては、吸着部位10がプロテインAの抗体結合能を有する細胞外ドメインである吸着材を、次のとおり製造した。
【0088】
はじめに、実施例1と同様にして、側鎖の80%が吉草酸アミドに変換されたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)を得た。また、プロテインAをエンドプロテアーゼ「Glu−C」によって切断し、得られた消化物をゲルクロマトグラフィによって分画して、分子量約5000に相当するプロテインAの断片を回収した。
【0089】
続いて、得られたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)のPBS溶液(pH5.8)を、水溶性カルボジイミド(Water Soluble Carbodiimide;WSC)で活性化させた担体30と反応させて、温度応答部位20が結合した担体30を得た。
【0090】
そして、温度応答部位20が結合した担体30をグルタルアルデヒドで活性化させて、回収したプロテインAの断片のPBS溶液(pH7.4)を反応させることで、実施例3に係る吸着材とした。
【0091】
<比較例1>
比較例1に係る吸着材としては、吸着部位10がプロテインAの抗体結合能を有する細胞外ドメインである吸着材を、次のとおり製造した。
【0092】
はじめに、実施例1と同様にして、側鎖の80%が吉草酸アミドに変換されたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)を得た。また、プロテインAをエンドプロテアーゼ「Glu−C」によって切断し、得られた消化物をゲルクロマトグラフィによって分画して、分子量約24000に相当するプロテインAの断片を回収した。
【0093】
続いて、得られたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)のPBS溶液(pH5.8)を、水溶性カルボジイミド(Water Soluble Carbodiimide;WSC)で活性化させた担体30と反応させて、温度応答部位20が結合した担体30を得た。
【0094】
そして、温度応答部位20が結合した担体30をグルタルアルデヒドで活性化させて、回収したプロテインAの断片のPBS溶液(pH7.4)を反応させることで、比較例1に係る吸着材とした。
【0095】
<比較例2>
比較例2に係る吸着材としては、吸着部位10がプロテインAである吸着材を、次のとおり製造した。
【0096】
はじめに、実施例1と同様にして、側鎖の80%が吉草酸アミドに変換されたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)を得た。
【0097】
続いて、得られたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)のPBS溶液(pH5.8)を、水溶性カルボジイミド(Water Soluble Carbodiimide;WSC)で活性化させた担体30と反応させて、温度応答部位20が結合した担体30を得た。
【0098】
そして、温度応答部位20が結合した担体30をグルタルアルデヒドで活性化させて、プロテインAのPBS溶液(pH5.8)を反応させることで、比較例2に係る吸着材とした。
【0099】
<比較例3>
比較例3に係る吸着材としては、吸着部位10を備えない吸着材を、次のとおり製造した。
【0100】
はじめに、実施例1と同様にして、側鎖の80%が吉草酸アミドに変換されたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)を得た。
【0101】
続いて、得られたε−ポリリジン誘導体(EPL−V80)のPBS溶液(pH5.8)を、水溶性カルボジイミド(Water Soluble Carbodiimide;WSC)で活性化させた担体30と反応させて、比較例3に係る吸着材とした。
【0102】
次に、実施例1〜実施例3に係る吸着材、比較例1〜比較例3に係る吸着材を用いて、標的物質Lの回収率に対する、吸着部位10と温度応答部位20との分子量比の相関について評価を行った。なお、標的物質Lとしては、ビオチン化IgGを使用した。
【0103】
はじめに、各吸着材の担体30(ポリスチレン製マイクロプレート)の複数(6個)のウェルに、ビオチン化IgGのPBS溶液(pH7.4)を添加し、4℃で30分間にわたって静置させて、吸着材にビオチン化IgGを吸着させた。
【0104】
続いて、吸着材の担体30(ポリスチレン製マイクロプレート)の各ウェルを、PBS溶液(pH7.4)で洗浄し、吸着していないビオチン化IgGを除去した。
【0105】
そして、一部(3個)のウェルについては、4℃から37℃に昇温した後、1時間にわたって静置させて、吸着していたビオチン化IgGを脱離させた。また、この間に、残部(3個)のウェルについては、昇温させること無く4℃で保管した。
【0106】
その後、ビオチン化IgGを脱離させた各ウェルと、残部の各ウェルとに対して、標識化されたストレプトアビジンを添加し、ELISA法によって吸着していたビオチン化IgGを定量し、標的物質Lの溶出による回収率を算出した。実施例1〜実施例3に係る吸着材、及び、比較例1〜比較例3に係る吸着材における、回収率(%)と、各吸着部位10及び温度応答部位20の分子量(kDa)と、吸着部位10と温度応答部位20との分子量比とを次表に示す。
【0107】
【表1】
【0108】
図5は、標的物質の回収率に対する、吸着部位と温度応答部位との分子量比の相関を示す図である。
【0109】
図5において、縦軸は、ビオチン化IgGの回収率(溶出量/全吸着量)、横軸は、吸着部位と温度応答部位との分子量比(吸着部位の分子量/温度応答部位の分子量)を表している。また、●のプロットは、実施例1〜実施例3に係る吸着材における値、■のプロットは、比較例1〜比較例2に係る吸着材における値、△のプロットは、温度応答性分子の降温に伴う相変化を利用して標的物質を脱離させる従来の吸着材(対照区)における値(特許文献3:国際公開第2001/74482号参照)を示している。
【0110】
図5に破線で示すように、従来の吸着材(対照区)では、回収率と分子量比とが正の相関を示し、分子量比が拡大し、吸着部位が相対的に大きくなるほど、標的物質の回収率が向上している。これに対して、温度応答性分子の昇温に伴う相変化を利用して標的物質を脱離させる実施例1〜実施例3及び比較例1〜比較例2に係る吸着材では、図5に実線で示すように、回収率と分子量比とが負の相関を示しており、分子量比が縮小し、吸着部位10が相対的に小さくなるほど、標的物質Lの回収率が向上していることが分かる。そして、比較例1〜比較例2に係る吸着材では、十分な回収率が得られていないのに対して、吸着部位10と温度応答部位20との分子量比が小さい実施例1〜実施例3に係る吸着材では、良好な回収率が実現されている。また、不図示の比較例3に係る吸着材では、標的物質の吸着は生じないことが確認された。このように、本発明の実施例に係る各吸着材においては、温度応答性分子の降温に伴う相変化を利用して標的物質を脱離させる従来の吸着材とは異なる傾向に基いて、吸着部位10と温度応答部位20との分子量比を設計することで、高い回収率を達成可能であることが分かる。
【0111】
次に、実施例に係る分離精製装置を製造し、その分離精製装置を用いてIgGの分離精製処理を行った。
【0112】
はじめに、実施例2と同様にして得たε−ポリリジン誘導体(EPL−V57−T10)と、表面活性化ビーズ担体とを反応させて、吸着部位10がアミノ(4−ヒドロキシフェニルエチルアミノ)(フェニルアミノ)トリアジンであり、温度応答部位20がε−ポリリジンであり、担体30が表面活性化ビーズ担体である吸着材を得た。次いで、得られた吸着材のPBS溶液(pH7.4)を、直径10cmの中空円柱形状のカラムの内部に高さ20cmとなるように充填し、カラムの周壁に断熱材を捲回すると共に、カラムの液入口と液出口とをそれぞれ管によって送液ポンプと加熱装置とに接続して、実施例に係る分離精製装置とした。
【0113】
続いて、10gのIgG(標的物質L)と夾雑物とを含有し、4℃で保管していた10Lの培養液(被処理液)を、流速200cm/hでカラムに導入してIgGを吸着材に吸着させた。
【0114】
次いで、1.6LのPBS溶液(pH7.4)を、流速200cm/hでカラムに導入して洗浄して夾雑物を除去した。
【0115】
そして、37℃のPBS溶液(pH7.4)を、流速200cm/hでカラムに導入した後に送液を停止し、37℃で30分間にわたって保持することで吸着材を昇温させて、吸着していたIgGを脱離させた。
【0116】
その後、37℃とした1.6LのPBS溶液(pH7.4)を、流速200cm/hでカラムに再度導入し、脱離させたIgGを回収した。
【0117】
その結果、標的物質Lの溶出による回収率は約80%であった。この分離精製処理においては、被処理液として10Lの培養液を供したのに対して、吸着材の吸着部位10に吸着している標的物質Lの脱離は、約4Lの溶液(PBS溶液)を昇温させる加熱のみで達成することができた。このように、温度応答性分子の昇温に伴う相変化を利用して標的物質Lを脱離させる形態によれば、被処理液の処理効率が損なわれ難く、加熱コストや加熱時間が低減されることが分かる。
【符号の説明】
【0118】
1 吸着材1
10 吸着部位
20 温度応答部位
30 担体
50 培養槽
60 貯蔵槽
70 分離精製装置
80 加熱手段
100 製造システム
図1
図2
図3
図4
図5