【実施例】
【0052】
以下に実施例をあげて本発明をさらに具体的に説明するが、これらの実施例は例示的に示されるもので限定的に解釈されるべきでないことはいうまでもない。
【0053】
<パターニングロールの製造>
円周600mm、面長1100mmの版母材(アルミ中空ロール)を準備し、New−FX(株式会社シンク・ラボラトリー製全自動レーザーグラビア製版ロール製造装置)を用いてパターニングロールの製造を行った。まず、版母材(アルミ中空ロール)を銅メッキ槽に装着し、中空ロールをメッキ液に全没させて20A/dm
2、6.0Vで40μmの銅メッキ層を形成した。メッキ表面はブツやピットの発生がなく、均一な銅メッキ層を得た。この銅メッキ層の表面を2ヘッド型研磨機(株式会社シンク・ラボラトリー製研磨機)を用いて研磨して当該銅メッキ層の表面を均一な研磨面とした。上記形成した銅メッキ層を基材としてその表面にフォトレジスト(サーマルレジスト:TSER−NS(株式会社シンク・ラボラトリー製))を塗布(ファウンテンコーター)、乾燥した。得られたフォトレジストの膜厚は膜厚計(FILLMETRICS社製F20、松下テクノトレーデイング社販売)で計ったところ、7μmであった。ついで、画像をレーザー露光し現像した。上記レーザー露光は、Laser Stream FXを用い露光条件300mJ/cm
2で所定のパターン露光を行った。また、上記現像は、TLD現像液(株式会社シンク・ラボラトリー製現像液)を用い、現像液希釈比率(原液1:水7)で、24℃90秒間行い、所定のレジストパターン部と非レジストパターン部を形成した。
【0054】
次に、非レジストパターン部の銅メッキ層に対して、塩化第二銅腐食液を20秒間スプレーエッチングし、エッチング深さが0.4μmのエッチング凹部を形成した。その後、レジストパターン部のフォトレジストを5%KOH水溶液で剥離除去した。
【0055】
次いで、前記中空ロールをニッケルメッキ槽に装着し、メッキ液に半没させて2A/dm
2、7.0Vで1μmのニッケルメッキ層を形成した。メッキ表面はブツやピットの発生がなく、均一なニッケルメッキ層を得た。
【0056】
次に、ニッケルメッキ層の上面にDLC被覆膜をCVD法で形成した。雰囲気はアルゴン/水素ガス雰囲気、原料ガスにトルエン、成膜温度80−120℃、成膜時間180分で膜厚1μmのDLC被覆膜を成膜した。
【0057】
上述のようにして、4種類の微細凹凸パターンを表面に備えてなるパターニングロールをそれぞれ製造した。なお、上述の製造例では、硬質被覆膜としてDLC被覆膜を形成した例を示したが、クロムやニッケルなど、硬質被覆膜であればいずれも適用可能である。
【0058】
この得られた4種類のパターニングロールの表面を光学顕微鏡で観察したところ、平面視が略四角形状の複数の溝部及び/又は突起部が形成されてなる微細凹凸パターンを表面に備えてなるパターニングロールが観察された。
【0059】
また、上述した例では、現像の後、エッチングによりエッチング凹部を形成した例を示したが、高さ1μmの突起部又は深さ1μmの溝部が形成されてなる微細凹凸パターンを形成する場合には、例えば、現像の後、エッチングせずにDLC等の硬質被覆膜でレジストパターン部と非レジストパターン部とを被覆することで、高さ1μmの突起部又は深さ1μmの溝部が形成されてなる微細凹凸パターンを形成するようにするのが好ましい。
【0060】
<非電導性抗菌シートの製造>
次に、
図10と同様にして、パターニングロールの表面に紫外線硬化型のアクリル系樹脂を供給し、前記パターニングロールの表面に合成樹脂フィルムとしてPETフィルムを連続的に搬送し当接せしめることで前記PETフィルムにアクリル系樹脂を転写した。そして、前記PETフィルムに転写された前記アクリル系樹脂に、紫外線を照射して紫外線硬化せしめ、
図1〜
図4に示したような4種類の微細凹凸表面を有する非電導性抗菌シートを製造した。
【0061】
<材料及び方法>
[非電導性抗菌シートの微細凹凸表面]
実施例1〜4では、非電導性抗菌シートとして、上述のように製造し、下記のような4種類の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなポリアクリレートプレートを用いた。また、比較例1として、PETフィルムにアクリル系樹脂を塗布して紫外線硬化させただけの平滑表面を有するポリアクリレートプレートを用いた。
【0062】
実施例1: ポリアクリレートプレートの微細凹凸表面は、
図1に示すような平面視が略四角形状であり長さの異なる複数の突起部が規則的に形成された微細凹凸表面とした。シート表面から突起部の頂上までの高さが0.4μm、突起部の裾幅が2μm、x方向スペースの幅が2μm、y方向スペースの幅が4μm。
実施例2: ポリアクリレートプレートの微細凹凸表面は、
図2に示すような平面視が略四角形状であり長さの異なる複数の溝部が規則的に形成された微細凹凸表面とした。シート表面から溝部の底までの深さが0.4μm、溝部の開口幅が2μm、x方向スペースの幅が2μm、y方向スペースの幅が4μm。
実施例3: ポリアクリレートプレートの微細凹凸表面は、
図3に示すような平面視が略四角形状であり長さ16μmの複数の突起部が規則的に形成された微細凹凸表面とした。シート表面から突起部の頂上までの高さが0.4μm、突起部の裾幅が2μm、x方向スペースの幅が2μm、y方向スペースの幅が6μm。
実施例4: ポリアクリレートプレートの微細凹凸表面は、
図4に示すような平面視が略四角形状であり長さ16μmの複数の溝部が規則的に形成された微細凹凸表面とした。シート表面から溝部の底までの深さが0.4μm、溝部の開口幅が2μm、x方向スペースの幅が2μm、y方向スペースの幅が6μm。
【0063】
[菌株及び培養条件]
Hassett et al.(非特許文献10)の方法に従い、緑膿菌(およそ10
8cells/ml)をL-タイプガラスチューブ(直径1.5cm、水平長さ13.5cm、高さ8cm)中で、5mlのグルコース(0.4%)VBMM最小培地(9)中で37℃で120rpmで撹拌しながら培養した。緑膿菌の細菌細胞増殖は540nmでの吸光度を測定することによって観察された。培地の量に対するプレートの領域の比率を調整するために、異なる表面形状を備えた25ピースのポリアクリレートプレート(1cm x 2cm)をL-タイプガラスチューブに加えた。
【0064】
[静的なバイオフィルム形成の測定]
非特許文献11に記載された方法に準じて、マイクロタイター静的バイオフィルムアッセイを行った。細菌細胞を一晩培養した液を初期吸光度(A540)が0.01〜0.02(およそ10
6 cell/ml)となるようにVBMM培地中で1:1000で希釈した。希釈した培養液(50μl)を撹拌せずに37℃で24時間96ウェルのマイクロタイタープレート中で培養し、細菌細胞密度を吸光度(A595)で測定して決定した。浮遊性細菌細胞を取り除いた後、室温で30分間0.1%クリスタルバイオレット溶液(0.2ml)でバイオフィルムを染色し、蒸留水で5回洗浄した。クリスタルバイオレット染色(Crystal violet stain)を20%酢酸(0.2 ml)で可溶化し、570nmでの吸光度を測定した。バイオフィルムの形成は、A
570/A
595で発現した。各々のウェルに、異なる表面形状のポリアクリレートプレート(直径6mm)を微細凹凸表面を上にして細菌がその上に静的に接するように敷設した。
【0065】
[スウォーミング運動性]
de la Fuente-Nunez et al. (非特許文献12)の方法に従い、スウォーミング運動性の実験を行った。細菌細胞は一晩培養したものを、VBMM培地で吸光度(A540)が0.05となるまで希釈した。5 μlの希釈した細菌細胞を、Luria-Bertani (LB) 培地を含む0.5%寒天プレートの中央にスポットし、異なる表面形状を備えたポリアクリレートプレート(1cm x 1cm)で蓋をした。寒天プレートを37℃で24時間培養した。写真をとり、スウォーミングエリアを測定した。
【0066】
[走査型電子顕微鏡(SEM)]
Lamppa and Grieswold(非特許文献13)の方法に準じて、SEMで観察した。細胞は、“スウォーミング運動性”の項で記述したように培養され、ポリアクリレートプレートは、4℃で一晩2%グルタルアルデヒドで固定した。プレートの脱水を、50%, 70%, 80%, 90% 及び 95%アセトンでそれぞれ15分間行い、100%アセトンと100%第三ブチルアルコールでの15分間の脱水に3回ずつ変えて行った。プレートはその後、真空蒸発器(JFD-310, JEOL,Japan)で3時間空気乾燥し、溶かしたアピエゾンワックス層とともにSEMのスタブに装着した。装着したプレートをその後、金及びパラジウムでスパッタコーティングし、SEM (JSM-6060LV, JEOL, Japan)で観察した。
【0067】
<結果>
[非電導性抗菌シート上のバイオフィルムの形成の減少]
非電導性抗菌シート自体が緑膿菌のバイオフィルム形成の減少にとって重要であるか否かを調べるために、細菌細胞の成長及び緑膿菌のバイオフィルム形成について、比較例1の平滑な表面を有するプレート及び実施例1〜4の微細凹凸表面を有するプレートで比較した。
【0068】
(実験例)−撹拌培養実験−
実施例1、実施例3及び比較例1の25ピースの種々のプレート (1 cm x 2 cm) を含む5mlのグルコースVBMM培地中で細菌細胞を撹拌培養した。また、プレートなしのものも比較のために同様に細菌細胞を撹拌培養した。
図11に、撹拌しての緑膿菌の細胞成長における、種々のタイプの微細パターンプレートの効果を示す。細胞成長は種々のタイプのプレートの存在下で吸光度[A
540]を測定することにより観察された。
図11に示すように、細菌細胞を撹拌培養した場合には、どの種類のプレートでも緑膿菌の細胞成長は抑制されなかった。
【0069】
(実施例1〜4及び比較例1)−静置での実験−
それぞれのウェルに実施例1〜4及び比較例1の種々のプレートを微細凹凸表面を上にして細菌がその上に静的に接するように置いてマイクロタイター静的バイオフィルムアッセイを行った。撹拌での細菌細胞成長とは対照的に、平滑なプレート(比較例1)の代わりに、実施例1〜4の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートを使用した場合、プレート上のバイオフィルム形成は著しく抑制された。実施例1〜4の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートによるバイオフィルム形成の抑制率は、およそ70%であった。実施例3及び4の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートを使用した場合でも、バイオフィルムの形成は抑制された。実施例3及び4のプレートによるバイオフィルム形成の抑制率は、およそ30%であった。また、バイオフィルム形成の減少は、突起部を設けた凸部タイプのプレート(実施例1及び実施例3)に対して、溝部を設けた凹部タイプのプレート(実施例2及び実施例4)が使用された場合であっても、バイオフィルム形成の抑制効果は、ほとんど同じであった。結果を
図12に示す。
図12は、撹拌なしで、種々のタイプのプレート上で培養後の緑膿菌のバイオフィルム形成を示すグラフである。バイオフィルム形成は上述の「材料及び方法」の項に記載したように評価した。実施例1〜4の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートの存在下で得られた値に対する比較例1の平滑なプレートの存在下で得られた値に対して、スチューデントのt検定(Student’s t test)を行った。
図12において、* p< 0.05; ** p< 0.01である。
【0070】
[非電導性抗菌シート上の細胞のスウォーミング運動性の減少]
それから、緑膿菌のスウォーミング運動性も非電導性抗菌シートによって抑制されるかどうかを検証した。何故ならば、細菌細胞のスウォーミングは細菌感染のための一つの重要な要素だからである。希釈した細胞を、柔らかい寒天面上にスポットし、実施例1〜4及び比較例1の種々のプレートを、寒天面上に静置した細菌の上に被せてカバーし、37℃で24時間の条件下で培養した。
図13及び
図14に、種々のタイプのプレートでカバーした0.5%寒天プレート上での緑膿菌のスウォーミングを示す。細胞のスウォーミングは、上述した「材料及び方法」の項に記載したように評価した。
図13が細胞のスウォーミングの写真、
図14が、実施例1〜4の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートでカバーされた細胞のスウォーミング領域の相対幅を比較例1の平滑なプレートでカバーされた細胞と比較したパーセンテージで示したものである。実施例1〜4の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートの存在下で得られた値に対する比較例1の平滑なプレートの存在下で得られた値に対して、スチューデントのt検定(Student’s t test)を行った。
図14において、* p< 0.05; ** p< 0.01である。
【0071】
図13及び
図14に示すように、細菌細胞のスウォーミングは実施例1及び実施例2の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートで強く抑制され、実施例3及び実施例4の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートだと、弱く抑制された。細菌細胞のスウォーミングは、比較例1の平滑なプレートでカバーをした場合と比べて、実施例1及び実施例2のプレートによるスウォーミングの抑制率はおよそ65%であり、実施例3及び実施例4のプレートによるスウォーミングの抑制率はおよそ50%であった。スウォーミングの抑制率は、溝部を設けた凹部タイプのプレート(実施例2及び実施例4)が使用された場合であっても、ほとんど同じであった。この結果は、実施例で用いた微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートによって細菌細胞のスウォーミングが抑制されることを示している。
【0072】
[プレート上の細菌細胞数の減少]
上述したスウォーミング運動性アッセイのために使用した実施例1〜4及び比較例1の種々のプレート上の細菌細胞の状態を、より詳細に走査型電子顕微鏡(SEM)で分析した(
図15)。種々のプレートの表面の微細パターントポグラフィを
図15Aに示す。
図15は、撹拌なしで、種々のタイプのプレート上で培養後の緑膿菌の細胞の数を測定したものであり、Aが種々のタイプのプレートのSEM写真、Bが種々のタイプのプレート上の緑膿菌のSEM写真である。細菌細胞は、
図13及び
図14の説明中に記載したように培養し、SEM上の10μm
2における細胞を20の異なるプレートにおいてカウントした。種々のタイプのプレート上の平均細胞数は、平滑なプレート上で培養した細胞と比較したパーセンテージで示した。パーセントの細胞数は、標準誤差の平均値(mean ± S. E.)である。実施例1〜4の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートの存在下で得られた値に対する比較例1の平滑なプレートの存在下で得られた値に対して、スチューデントのt検定(Student’s t test)を行った。* p < 0.05; ** p < 0.01である。
【0073】
プレート上の細菌細胞の数は、実施例1及び実施例2の両方で、比較例1の平滑なプレートに比較して約30%まで減少した。実施例3及び実施例4のプレートでは、比較例1の平滑なプレートに比較して約50%減少した。地形高さは小さい(0.4 μm)ため、細菌細胞は、実施例1及び実施例3のプレート表面の突起部の頂上及び実施例2及び4のプレートのx方向スペース上に位置しており、実施例1及び実施例3のプレート表面のx方向スペース及び実施例2及び4のプレートの溝部には位置していなかった(
図15B)。実施例1〜4のように、浅い凹凸(0.4 μm)表面を有するトポグラフィカルなプレートにおける細菌細胞の存在位置は、従来のsharklet(登録商標)の微細パターンのような深い凹凸(3μm) 表面を有するトポグラフィカルなプレートにおける細菌細胞の存在位置と対照的なものであった。これらの結果は、本発明の非電導性抗菌シート自体が、表面の凹凸が浅くとも、細菌細胞の数及びバイオフィルムの形成を減少させることに関係していることを示している。
【0074】
[考察]
シリコンエラストマーからなる鮫肌トポグラフィプレート(sharklet(登録商標))(地形幅及び隙間が2μmで地形高さが3μm)が、黄色ブドウ球菌(7)及び大腸菌(8)のバイオフィルム形成及びスウォーミングを抑制したことが報告されている。このプレートはまた、ウスバアオノリの遊走子(15)の付着も抑制した。
本発明者らは、ポリアクリレートからなる浅い地形高さ(地形幅及び隙間が2μmで地形高さが0.4μm)の微細凹凸表面を有するトポグラフィカルなプレートでも緑膿菌のバイオフィルム形成を抑制することを確認した。本発明の非電導性抗菌シートによれば、バイオフィルム形成の抑制はまた、大腸菌でも観察された(データは非表示)。さらに、本発明の非電導性抗菌シートによれば、バイオフィルム形成の抑制はまた、黄色ブドウ球菌でも観察された(データは非表示)。したがって、グラム陰性菌及びグラム陽性菌のいずれの菌でも効果が確認された。バイオフィルム形成及びスウォーミング運動性の減少には幾つかのファクターが関連しているものと考えられる。
【0075】
それらのファクターとは、表面特性、表面トポグラフィ、地形寸法、及び屈曲度である。バイオフィルム形成及びスウォーミング運動性の減少のためには、プレート上の表面トポグラフィの多様性により、屈曲度が重要であることを該結果は示唆している。この考えは、突起部を設けた実施例1及び実施例3のような表面形状と溝部を設けた実施例2及び実施例4のような表面形状を有するプレートで同様の抗菌効果が得られたということからも裏付けられる。
【0076】
また、最初の細胞の数が少ないと、本発明の非電導性抗菌シートによってバイオフィルム形成及びスウォーミング運動性が抑制される率はより増大する。本発明の非電導性抗菌シートでは、汚染された細菌の細胞の数が1 x 10
4 cells/cm
2よりも小さければ、ほとんど完全に除去できる。これらの結果を総合すると、もし、医療処置に関係する施設や人々が集まる場所などにおける建物及び器具が本発明の非電導性抗菌シートによってカバーされていれば、細菌感染を著しく減少させることができることを示している。