特許第6427272号(P6427272)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6427272
(24)【登録日】2018年11月2日
(45)【発行日】2018年11月21日
(54)【発明の名称】ボルト
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20181112BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20181112BHJP
   F16B 35/00 20060101ALI20181112BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20181112BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/54
   F16B35/00 J
   !C21D9/00 B
【請求項の数】4
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-526346(P2017-526346)
(86)(22)【出願日】2016年6月27日
(86)【国際出願番号】JP2016069050
(87)【国際公開番号】WO2017002770
(87)【国際公開日】20170105
【審査請求日】2017年12月8日
(31)【優先権主張番号】特願2015-129784(P2015-129784)
(32)【優先日】2015年6月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】390038069
【氏名又は名称】株式会社青山製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
(72)【発明者】
【氏名】小坂 誠
(72)【発明者】
【氏名】松井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】千田 徹志
(72)【発明者】
【氏名】千葉 圭介
(72)【発明者】
【氏名】蟹澤 秀雄
(72)【発明者】
【氏名】青山 一貴
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 和興
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 涼子
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平8−134586(JP,A)
【文献】 特開2012−233244(JP,A)
【文献】 特開平7−278672(JP,A)
【文献】 特開2007−239100(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/083599(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.32〜0.39%、
Si:0.15%以下、
Mn:0.40〜0.65%、
P:0.020%以下、
S:0.020%以下、
Cr:0.85〜1.25%、
Al:0.005〜0.060%、
Ti:0.010〜0.050%、
B:0.0010〜0.0030%、
N:0.0015〜0.0080%、
O:0.0015%以下、
Mo:0〜0.05%、
V:0〜0.05%、
Cu:0〜0.50%、
Ni:0〜0.30%、及び、
Nb:0〜0.05%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有し、
1000〜1300MPaの引張強度を有し、
式(3)を満たす、ボルト。
4.9≦10C+Si+2Mn+Cr+4Mo+5V≦6.1 (1)
Mn/Cr≦0.55 (2)
[固溶Cr]/Cr≧0.70 (3)
ここで、式(1)〜(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が不純物レベルの場合、式(1)の対応する元素記号には「0」が代入される。式(3)の[固溶Cr]には、前記ボルト中の固溶Cr量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載のボルトであって、
Mo:0.01〜0.05%、
V:0.005〜0.05%、
Cu:0.03〜0.50%、及び、
Ni:0.03〜0.30%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、ボルト。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のボルトであって、
Nb:0.0015〜0.05%を含有する、ボルト。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のボルトであって、
前記ボルトの表面から50μm深さまでの表層におけるP含有量をPs(質量%)とし、前記ボルトの中心軸でのP含有量をPc(質量%)としたとき、式(4)を満たす、ボルト。
Ps/Pc≦1.2 (4)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボルトに関し、さらに詳しくは、高強度のボルトに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題等に対応するため、自動車、産業機械、建築等に用いられる部材に対して、軽量化及び高強度化が求められている。特に、エンジンシリンダーヘッドボルト、コンロッドボルトに代表される、自動車用ボルトでは、1000MPa以上の引張強さが要求されている。
【0003】
しかしながら、ボルトの引張強さが1000MPa以上の高強度になれば、水素脆化感受性が高まり、耐水素脆化(遅れ破壊)特性が低下する。このような高強度のボルトの素材として、Mo等の合金元素を多量に含有するSCM鋼(JIS規格)、及び、V等の高価な合金元素を含有する合金鋼等が用いられている。これらの合金鋼は、線材に製造され、さらに伸線及び冷間鍛造されてボルトに製造される。
【0004】
上述の合金鋼をボルトとして使用した場合、耐水素脆化特性が高まる。しかしながら、これらの合金鋼は合金元素を多量に含有するため、焼入れ性が高い。そのため、これらの合金鋼を熱間圧延して線材を製造した場合、ベイナイト等の硬質組織が形成される。硬質組織を含む線材は硬いため、伸線及び冷間鍛造しにくい。そのため、これらの合金鋼の線材を用いてボルトを形成する場合、通常、伸線及び冷間鍛造を実施する前に、複数回の軟化熱処理を実施する。複数の軟化熱処理は、ボルトの製造コストを引き上げる。したがって、製造コストを抑えつつ、高強度化及び優れた耐水素脆化特性を実現できるボルトが要求されている。
【0005】
線材製造時におけるベイナイトの生成を抑制するためには、鋼中のMo及びV等の合金元素を低減すればよい。この場合、ベイナイトの生成が抑制されるため、軟化熱処理が省略又は簡略化できる。しかしながら、ボルトを高強度にすることが困難となり、さらに、耐水素脆化特性も低下する。
【0006】
高強度を有するボルトはたとえば、下記の複数の特許文献に提案されている。これらの特許文献に提案されたボルトは、ボロンを含有することにより焼入れ性を高めたり、粒界を強化して、強度を高めている。
【0007】
具体的には、特開平10−53834号公報(特許文献1)に開示されたボルトは、質量%でB:0.0008〜0.004%、C:0.4%以下、Ti:0.025〜0.06%、N:0.006%以下を含有する。このボルトでは、熱間圧延時のフェライト結晶粒度FGcとTiNを除くTi化合物との関係が、[TiNを除くTi化合物量/FGc1/2]×1000≧3を満たす。さらに、オーステナイト結晶粒度番号が5以上である。これにより、引張強度が785N/mmを超える、と特許文献1には記載されている。
【0008】
しかしながら、特許文献1のボルトでは、Mn含有量が高く、Cr含有量が低い場合、耐水素脆化特性が低い場合がある。
【0009】
特表2009−521600号公報(特許文献2)に開示されたボルトは、重量%で、炭素が0.35〜0.55%、シリコンが0.05〜2.0%、マンガンが0.1〜0.8%、ボロンが0.001〜0.004%、クロムが0.3〜1.5%、全酸素(T.O)が0.005%以下、リンが0.015%以下、硫黄が0.010%以下を含有し、さらにバナジウムが0.05〜0.5%、ニオブが0.05〜0.5%、ニッケルが0.1〜0.5%、モリブデンが0.1〜1.5%及びチタンが0.01〜0.1%からなるグループから選ばれた少なくとも1種を含有し、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。このボルトは、フェライトと焼戻しマルテンサイトからなる内部組織を有し、内部組織のうち、フェライトの含有量が面積率で3〜10%である。このボルトは、優れた耐遅れ破壊特性と高強度化を実現する、と特許文献2には記載されている。
【0010】
しかしながら、特許文献2で提案されたボルトは、ボルトの内部組織として面積率で3〜10%の軟質なフェライトと焼戻しマルテンサイトとの複合組織鋼である。そのため、焼戻しマルテンサイト単相の組織を有する鋼の場合と比較して、ボルト強度が低下しやすい。そのため、所望の強度レベルに調整するためには焼戻しマルテンサイト単相の鋼に比べて、より低温での焼戻し処理が必要となる。その結果、所望強度における耐水素脆化特性が低下する場合がある。さらに、製造工程において、再焼入れ及び焼戻し等、フェライト組織の調整処理が必要となる。そのため、製造コストが高くなる。
【0011】
特開2008−156678号公報(特許文献3)に開示された高強度ボルトは、質量%で、C:0.15%超0.30%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.5%以下、Ti:0.1%以下、Mo:0.3%以上0.5%以下、B:0.0005%以上0.01%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼を焼入れた後、100〜400℃で焼戻し処理を実施して、焼入後の平均旧オーステナイト粒径が10μm以下の鋼組織とする。これにより、ボルト強度範囲が約1200〜1800MPaの耐遅れ破壊特性及び耐腐食性に優れた高強度ボルトが得られる、と特許文献3には記載されている。
【0012】
しかしながら、特許文献3のボルトでは、Moが0.3〜0.5%含有されるため、焼入れ性が高くなりすぎる。そのため、伸線及び冷間鍛造前に長時間の軟化熱処理を実施する必要がある。この場合、耐水素脆化特性が低くなる場合がある。
【0013】
特開2012−162798号公報(特許文献4)に開示された高強度ボルト用鋼は、質量%で、C:0.20〜0.40%未満、Si:0.20〜1.50%、Mn:0.30〜2.0%、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.03%以下(0%を含まない)、Ni:0.05〜1.0%、Cr:0.01〜1.50%、Cu:1.0%以下(0%を含む)、Al:0.01〜0.10%、Ti:0.01〜0.1%、B:0.0003〜0.0050%およびN:0.002〜0.010%を夫々含有し、Cu,NiおよびCrよりなる群から選ばれる1種以上を合計で0.10〜3.0%含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる。この鋼ではさらに、Si含有量[Si]とC含有量[C]との比([Si]/[C])が1.0以上である。これにより、CrやMo等の高価な合金元素を多量に添加することなく、1100MPa以上の高強度であっても耐遅れ破壊性に優れたボロン添加高強度ボルトが得られる、と特許文献4には記載されている。
【0014】
しかしながら、特許文献4では、Ni含有量が高い。そのため、焼入れ性が高くなりすぎる場合がある。そのため、伸線及び冷間鍛造前に長時間の軟化熱処理を実施する必要がある。この場合、耐水素脆化特性が低くなる場合がある。
【0015】
特開平11−92868号公報(特許文献5)に開示された冷間鍛造用鋼は、質量%で、C:0.10〜0.40%、Si:0.15%以下、Mn:0.30〜1.00%、Cr:0.50〜1.20%、B:0.0003〜0.0050%、Ti:0.020〜0.100%を含有し、P:0.015%以下(0%を含む)、S:0.015%以下(0%を含む)、N:0.0100%以下(0%を含む)に各々制限し、残部はFe及び不可避的不純物からなる。さらに、鋼のマトリックス中に直径0.2μm以下のTiC、Ti(CN)のうち1種又は2種の粒子の総個数が20個/100μm以上である。これにより、結晶粒の粗大化を防止して耐遅れ破壊特性を改善できる、と特許文献5には記載されている。
【0016】
しかしながら、特許文献5はボルトに特化した技術ではなく、ボルトを製造した場合、耐水素脆化特性が低い場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開平10−53834号公報
【特許文献2】特表2009−521600号公報
【特許文献3】特開2008−156678号公報
【特許文献4】特開2012−162798号公報
【特許文献5】特開平11−92868号公報
【発明の概要】
【0018】
本発明の目的は、高強度を有し、かつ、優れた耐水素脆化特性を有するボルトを提供することである。
【0019】
本発明の実施形態によるボルトは、質量%で、C:0.32〜0.39%、Si:0.15%以下、Mn:0.40〜0.65%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.85〜1.25%、Al:0.005〜0.060%、Ti:0.010〜0.050%、B:0.0010〜0.0030%、N:0.0015〜0.0080%、O:0.0015%以下、Mo:0〜0.05%、V:0〜0.05%、及び、Cu:0〜0.50%、Ni:0〜0.30%、及び、Nb:0〜0.05%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有し、1000〜1300MPaの引張強度を有し、式(3)を満たす。
4.9≦10C+Si+2Mn+Cr+4Mo+5V≦6.1 (1)
Mn/Cr≦0.55 (2)
[固溶Cr]/Cr≧0.70 (3)
ここで、式(1)〜(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が不純物レベルの場合、式(1)及び式(2)の対応する元素記号には「0」が代入される。式(3)の[固溶Cr]には、ボルト中の固溶Cr量(質量%)が代入される。
【発明の効果】
【0020】
本発明の実施形態によるボルトは、高強度を有し、かつ、優れた耐水素脆化特性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、限界拡散水素量と、ボルト中のMn/Crとの関係を示す図である。
図2図2は、環状Vノッチ付きの試験片の側面図である。
図3図3は、実施例で製造したねじの側面図及び正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者らは、Mo、V等の高価な合金元素を多量に含有せず、C、Mn、Cr及びB等を含有するボロン含有鋼を用いて、ボルトの引張強度、耐水素脆化特性に及ぼす成分及び組織について調査検討を行った。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0023】
[ボルトの引張強度について]
ボルトの引張強度を1000〜1300MPaの高強度にするためには、十分な焼入れ性が必要である。しかしながら、焼入れ性が高すぎれば、線材等の鋼材に対して伸線及び冷間鍛造等の冷間加工を実施する前に、鋼材の軟化を目的とした長時間の軟化熱処理を複数回実施しなければならない。この場合、Mo、V等の合金元素を多量に含有しなくても、製造コストが高くなる。したがって、長時間の軟化熱処理を実施しなくても冷間加工が可能であり、かつ、上記引張強度が得られる焼入れ性を有する鋼材が望ましい。
【0024】
ボルトの化学組成が式(1)を満たす場合、優れた冷間加工性及び焼入れ性が得られる。
4.9≦10C+Si+2Mn+Cr+4Mo+5V≦6.1 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。Mo及びVに関しては、これらの元素が不純物レベルである場合、式(1)中の対応する元素記号には「0」が代入される。
【0025】
fn1=10C+Si+2Mn+Cr+4Mo+5Vと定義する。C、Si、Mn、Cr、Mo及びVはいずれも、焼入れ性を高める元素である。したがって、fn1は、焼入れ性及び冷間加工性の指標となる。
【0026】
fn1が低すぎれば、十分な焼入れ性が得られない。一方、fn1が高すぎれば、焼入れ性が高くなりすぎる。この場合、ボルト用鋼が線材に圧延されたとき、ベイナイトが生成され、強度及び硬さが高まる。そのため、次工程の伸線工程、及び、冷間鍛造工程の前に、長時間の軟化熱処理を複数回実施しなければ、冷間加工性が得られない。fn1が式(1)を満たせば、優れた焼入れ性を得つつ、軟化熱処理を省略しても、又は、長時間の軟化熱処理を実施しなくても、十分な冷間加工性が得られる。
【0027】
[耐水素脆化特性について]
[Mn/Crと耐水素脆化特性との関係について]
ボルトの引張強度が1000〜1300MPaの高強度であっても、式(2)を満たせば、優れた耐水素脆化特性が得られる。
Mn/Cr≦0.55 (2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。以降の説明において、fn2=Mn/Crと定義する。fn2は式(2)の左辺に相当する。以下、式(2)について説明する。
【0028】
図1は、限界拡散水素量と、fn2との関係を示す図である。図1は次の方法により得られた。
【0029】
表1に示す化学組成を有する鋼A〜Mを真空溶製して50kgのインゴットを製造した。
【0030】
【表1】
【0031】
製造されたインゴットを1200〜1300℃に加熱した後、熱間圧延を想定した熱間鍛伸を実施して、直径15mmの丸棒を製造した。熱間鍛造後の丸棒を大気中で放冷した。続いて、丸棒に対して、ボルト成形後の熱処理を想定した焼入れ及び焼戻しを実施して、丸棒の引張強度を約1200MPaに調整した。引張強度が調整された丸棒に対して機械加工を実施して、図2に示す環状Vノッチ付きの試験片を作製した。図2中の単位が示されていない数値は、試験片の対応する部位の寸法(単位はmm)を示す。図中の「φ数値」は、指定されている部位の直径(mm)を示す。「60°」は、Vノッチ角度が60°であることを示す。「0.175R」は、Vノッチ底半径が0.175mmであることを示す。
【0032】
電解チャージ法を用いて、各鋼A〜Mの試験片中に種々の濃度の水素を導入した。電解チャージ法は次のとおり実施した。チオシアン酸アンモニウム水溶液中に試験片を浸漬した。試験片を浸漬した状態で、試験片の表面にアノード電位を発生させて水素を試験片内に取り込んだ。その後、各試験片の表面に亜鉛めっき被膜を形成し、試験片中の水素が外部へ漏れるのを防止した。続いて、試験片のVノッチ断面に対して公称応力1080MPaの引張応力が負荷されるように一定荷重を負荷する定荷重試験を実施した。試験中に破断した試験片、及び破断しなかった試験片に対して、ガスクロマトグラフ装置を用いた昇温分析法を実施して、試験片中の水素量を測定した。測定後、各鋼において、破断しなかった試験片の最大水素量を限界拡散性水素量Hc(ppm)と定義した。
【0033】
さらに、JIS G4053(2008)のSCM435に相当する化学組成を有する鋼Mの限界拡散性水素量Href(ppm)を基準として、限界拡散性水素量比HR(以下、単に比HRという)を次の式(A)で定義した。
HR=Hc/Href (A)
【0034】
比HRは耐水素脆化特性の指標である。得られた比HRと各鋼のfn2とに基づいて、図1を作成した。
【0035】
図1を参照して、fn2が低下するほど、つまり、Cr含有量に対するMn含有量の比が小さくなるほど、比HRは顕著に高まる。そして、fn2が0.55以下になれば、比HRが1.00よりも高くなり、優れた耐水素脆化特性が得られる。
【0036】
[固溶Crと耐水素脆化特性との関係について]
耐水素脆化特性にはさらに、ボルト中の固溶Cr量が影響する。ボルトが式(3)を満たせば、耐水素脆化特性が高まる。
[固溶Cr]/Cr≧0.70 (3)
ここで、式(3)中の[固溶Cr]には、ボルト中の固溶Cr量(質量%)が代入され、Crには、ボルトの化学組成におけるCr含有量(つまり、全Cr含有量、単位は質量%)が代入される。
【0037】
本発明者らは、固溶Crは焼戻しマルテンサイトの水素脆化に対する強度を高めることを初めて知見した。本実施形態のボルトのマトリクス組織は焼戻しマルテンサイト単相である。そのため、ボルト中の固溶Cr量が高まれば、焼戻しマルテンサイト単相へのCr固溶量が高まるため、ボルトの耐水素脆化特性が高まる。fn3=[固溶Cr]/Crと定義する。fn3が0.70以上であれば、焼戻しマルテンサイトの強度を高めるための固溶Cr量が十分であるため、優れた耐水素脆化特性が得られる。
【0038】
従来のように、熱間加工により鋼材(たとえば線材)とした後、長時間の軟化熱処理を複数回実施すれば、製造後のボルトには、多数のCr炭窒化物が形成される。この場合、ボルト中の固溶Cr量が低下する。そのため、fn3が式(3)を満たさなくなる。
【0039】
そこで、本実施形態では、熱間加工後の鋼材に対して、伸線前及び冷間鍛造前に軟化を目的とした熱処理を実施しない、又は、熱処理を実施する場合であっても、鋼材に対して700℃以上の保持時間を40分未満とする。この場合、仮に、熱処理を実施した場合であっても、Crを含有した炭化物の生成が抑制される。その結果、fn3が式(3)を満たす程度の十分な固溶Cr量を維持することができる。
【0040】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態によるボルトは、質量%で、C:0.32〜0.39%、Si:0.15%以下、Mn:0.40〜0.65%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.85〜1.25%、Al:0.005〜0.060%、Ti:0.010〜0.050%、B:0.0010〜0.0030%、N:0.0015〜0.0080%、O:0.0015%以下、Mo:0〜0.05%、V:0〜0.05%、及び、Cu:0〜0.50%、Ni:0〜0.30%、及び、Nb:0〜0.05%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有し、1000〜1300MPaの引張強度を有し、式(3)を満たす。
4.9≦10C+Si+2Mn+Cr+4Mo+5V≦6.1 (1)
Mn/Cr≦0.55 (2)
[固溶Cr]/Cr≧0.70 (3)
ここで、式(1)〜(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が不純物レベルの場合、式(1)及び式(2)の対応する元素記号には「0」が代入される。式(3)の[固溶Cr]には、ボルト中の固溶Cr量(質量%)が代入される。
【0041】
上記化学組成は、Mo:0.01〜0.05%、V:0.005〜0.05%、Cu:0.03〜0.50%、及び、Ni:0.03〜0.30%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0042】
上記化学組成は、Nb:0.0015〜0.05%を含有してもよい。
【0043】
好ましくは、ボルトの表面から50μm深さまでの表層におけるP含有量をPs(質量%)とし、ボルトの中心軸でのP含有量をPc(質量%)としたとき、式(4)を満たす。
Ps/Pc≦1.2 (4)
【0044】
この場合、耐水素脆化特性がさらに高まる。
【0045】
以下、本実施形態によるボルトについて詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0046】
[化学組成]
本実施形態のボルトの化学組成は、次の元素を含有する。
【0047】
C:0.32〜0.39%
炭素(C)は、ボルトの焼入れ性を高め、焼入れ及び焼戻し後のボルトの引張強度を1000MPa以上に高める。C含有量が0.32%未満であれば、上記効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、焼入れ性が高くなりすぎる。この場合、熱間加工後のボルト用鋼材の強度が高くなりすぎ、冷間加工性が低下する。そのため、伸線、及び、冷間鍛造等の冷間加工を実施する前の鋼材に対して、軟化を目的とした長時間の軟化熱処理を複数回実施しなければならず、製造コストが高くなる。軟化熱処理を実施した場合さらに、耐水素脆化特性が低下する。したがって、C含有量は0.32〜0.39%である。C含有量の好ましい下限は0.33%である。C含有量の好ましい上限は0.38%である。
【0048】
Si:0.15%以下
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、焼入れ性を高めてボルトの強度を高める。しかしながら、Si含有量が0.15%を超えれば、焼入れ性が高くなりすぎ、鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.15%以下である。Si含有量の好ましい下限は0.01%であり、より好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%である。Si含有量の好ましい上限は0.12%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0049】
Mn:0.40〜0.65%
マンガン(Mn)は、焼入れ性を高めてボルトの引張強度を1000MPa以上とする。Mn含有量が0.40%未満であれば、この効果が得られない。一方、Mn含有量が0.65%を超えれば、焼入れ性が高くなりすぎ、ボルト用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Mn含有量は0.40〜0.65%である。Mn含有量の好ましい下限は0.45%である。Mn含有量の好ましい上限は0.60%であり、さらに好ましくは0.55%である。
【0050】
P:0.020%以下
燐(P)は不純物である。Pは、結晶粒界に偏析して冷間加工性を低下し、ボルトの耐水素脆化特性を低下する。したがって、P含有量は0.020%以下である。P含有量の好ましい上限は0.015%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0051】
S:0.020%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは硫化物を形成して冷間加工性を低下し、ボルトの耐水素脆化特性を低下する。したがって、S含有量は0.020%以下である。S含有量の好ましい上限は0.010%であり、さらに好ましくは0.008%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0052】
Cr:0.85〜1.25%
クロム(Cr)は、焼入れ性を高めてボルトの引張強度を1000MPa以上とする。Crはさらに、ボルト中の焼戻しマルテンサイトに固溶して、ボルトの耐水素脆化特性を高める。Cr含有量が0.85%未満であれば、これらの効果が得られない。一方、Cr含有量が1.25%を超えれば、焼入れ性が高くなりすぎ、ボルト用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Cr含有量は0.85〜1.25%である。Cr含有量の好ましい下限は0.90%である。Cr含有量の上限は1.20%である。
【0053】
Al:0.005〜0.060%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Al含有量が0.005%未満であれば、この効果が得られない。一方、Al含有量が0.060%を超えれば、粗大な酸化物系介在物が生成して冷間加工性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.060%である。Al含有量の好ましい下限は0.010%である。Al含有量の好ましい上限は0.055%である。本発明によるボルトの化学組成において、Al含有量は、鋼材中に含有する全Al量を意味する。
【0054】
Ti:0.010〜0.050%
チタン(Ti)は鋼中のNと結合して窒化物(TiN)を形成する。TiNの生成により、BNの生成が抑制され、固溶B量が増える。その結果、鋼材の焼入れ性が高まる。Tiはさらに、Cと結合して炭化物(TiC)を形成して結晶粒を微細化する。これにより、ボルトの耐水素脆化特性が高まる。Ti含有量が0.010%未満であれば、これらの効果が得られない。一方、Ti含有量が0.050%を超えれば、粗大なTiNが多量に生成する。この場合、冷間加工性及び耐水素脆化特性が低下する。したがって、Ti含有量は0.010〜0.050%である。Ti含有量の好ましい下限は0.015%である。Ti含有量の好ましい上限は0.045%である。
【0055】
B:0.0010〜0.0030%
ボロン(B)は鋼の焼入れ性を高める。Bはさらに、Pの粒界偏析を抑制して、ボルトの耐水素脆化特性を高める。B含有量が0.0010%未満であれば、これらの効果が得られない。一方、B含有量が0.0030%を超えれば、焼入れ性向上の効果が飽和する。さらに、粗大なBNが生成して冷間加工性が低下する。したがって、B含有量は0.0010〜0.0030%である。B含有量の好ましい下限は0.0015%である。B含有量の好ましい上限は0.0025%である。
【0056】
N:0.0015〜0.0080%
窒素(N)は、鋼中のTiと結合して窒化物を生成し、結晶粒を微細化する。N含有量が0.0015%未満であれば、この効果が得られない。一方、N含有量が0.0080%を超えれば、その効果が飽和する。さらに、NがBと結合して窒化物を生成し、固溶B量を低下する。この場合、鋼の焼入れ性が低下する。したがって、N含有量は0.0015〜0.0080%である。N含有量の好ましい下限は0.0020%である。N含有量の好ましい上限は0.0070%である。
【0057】
O:0.0015%以下
酸素(O)は不純物である。Oは酸化物を形成して冷間加工性を低下する。O含有量が0.0015%を超えれば、酸化物が多量に生成するとともに、MnSが粗大化して、冷間加工性が顕著に低下する。したがって、O含有量は0.0015%以下である。O含有量の好ましい上限は0.0013%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0058】
本実施形態によるボルトの化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、ボルトを工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0059】
[任意元素について]
上述のボルトはさらに、Feの一部に代えて、Mo、V、Cu及びNiからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼の焼入れ性を高める。
【0060】
Mo:0〜0.05%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Moは焼入れ性を高める。しかしながら、Mo含有量が0.05%を超えれば、焼入れ性が高くなりすぎて、ボルト用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Mo含有量は0〜0.05%である。上記効果をより有効に得るためのMo含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.015%である。Mo含有量の好ましい上限は0.03%であり、さらに好ましくは0.025%である。
【0061】
V:0〜0.05%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Vは鋼の焼入れ性を高める。Vはさらに、炭化物、窒化物又は炭窒化物を形成して結晶粒を微細化する。しかしながら、V含有量が0.05%を超えれば、炭化物等が粗大化して冷間加工性を低下する。したがって、V含有量は0〜0.05%である。上記効果をより有効に得るためのV含有量の好ましい下限は0.005%である。V含有量の好ましい上限は0.03%であり、さらに好ましくは0.02%である。
【0062】
Cu:0〜0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Cuは鋼の焼入れ性を高める。しかしながらCu含有量が0.50%を超えれば、焼入れ性が高くなりすぎて冷間加工性が低下する。したがって、Cu含有量は0〜0.50%である。上記効果をより有効に得るためのCu含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Cu含有量の好ましい上限は0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0063】
Ni:0〜0.30%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Niは鋼の焼入れ性を高める。Niはさらに、焼入れ後の鋼材の靭性を高める。しかしながら、Ni含有量が0.30%を超えれば、焼入れ性が高くなりすぎて冷間加工性が低下する。したがって、Ni含有量は0〜0.30%である。上記効果をより有効に得るためのNi含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Ni含有量の好ましい上限は0.20%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0064】
本実施形態によるボルトの化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Nbを含有してもよい。
【0065】
Nb:0〜0.05%
ニオブ(Nb)任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、NbはC及びNと結合して、炭化物、窒化物又は炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化する。Nbはさらに、ボルトの耐水素脆化特性を高める。しかしながら、Nb含有量が0.05%を超えれば、粗大な炭化物等が生成して鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.05%である。上記効果をより有効に得るためのNb含有量の好ましい下限は0.0015%である。Nb含有量の好ましい上限は0.04%であり、さらに好ましくは0.03%である。
【0066】
[式(1)について]
本発明によるボルトの化学組成はさらに、式(1)を満たす。
4.9≦10C+Si+2Mn+Cr+4Mo+5V≦6.1 (1)
式(1)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が不純物レベルの場合、式(1)の対応する元素記号には「0」が代入される。
【0067】
fn1=10C+Si+2Mn+Cr+4Mo+5Vは、焼入れ性の指標である。fn1が低すぎれば、十分な焼入れ性が得られない。一方、fn1が高すぎれば、焼入れ性が高すぎる。この場合、ボルト用鋼が線材に圧延されたとき、ベイナイトが生成され、鋼材の強度及び硬さが高まる。そのため、次工程の伸線工程、及び、冷間鍛造工程の前に、長時間の軟化熱処理を複数回実施しなければ、冷間加工性が得られない。fn1が4.9〜6.1であれば、優れた焼入れ性を得ることができる。さらに、軟化熱処理を省略、又は、長時間の軟化熱処理を実施しなくても、十分な冷間加工性が得られる。fn1の好ましい下限は4.95である。fn1の好ましい上限は6.0である。
【0068】
[式(2)について]
本発明によるボルトの化学組成はさらに、式(2)を満たす。
Mn/Cr≦0.55 (2)
ここで、式(2)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0069】
fn2=Mn/Crと定義する。図1を参照して、fn2が低下するほど、比HRは顕著に高まる。そして、fn2が0.55以下になれば、比HRが1.00よりも高くなり、優れた耐水素脆化特性が得られる。fn2の好ましい上限は0.50である。
【0070】
[式(3)について]
本実施形態によるボルトはさらに、式(3)を満たす。
[固溶Cr]/Cr≧0.70 (3)
式(3)の[固溶Cr]には、ボルト中の固溶Cr量(質量%)が代入され、Crにはボルトの化学組成におけるCr含有量(質量%)が代入される。
【0071】
fn3=[固溶Cr]/Crは、化学組成におけるCr含有量に対する、ボルト中の固溶Cr量の比を示す。fn3が高い場合、より多くのCrが固溶している。そのため、焼戻しマルテンサイトの水素脆化に対する強度が高まり、耐水素脆化特性が高まる。式(2)を満たし、かつ、式(3)を満たした場合、ボルトの比HRが1.00よりも高くなり、優れた耐水素脆化特性が得られる。fn3の好ましい下限は0.75である。
【0072】
固溶Cr量は次の方法で測定される。ボルトの中心軸を含む試験片を採取する。試験片を10%AA系電解液中で電解する。10%AA系電解液とは、10%アセチルアセトン−1%塩化テトラメチルアンモニウム−メタノール溶液である。電解後、0.1μmの孔径のフィルターを用いて電解液を濾過して残渣を回収する。回収された残渣中のCr量(質量%)を、誘導結合プラズマ(ICP)質量分析装置を用いて分析する。残渣中のCr量は、固溶Cr量以外のCr量(つまり、Cr炭窒化物等のCr析出物中のCr量)を意味する。したがって、残渣中のCr量を用いて、次の式(B)により固溶Cr量(質量%)を求める。
固溶Cr量=ボルト全体のCr含有量−残渣中のCr量 (B)
得られた固溶Cr量を用いて、fn3を求める。
【0073】
[式(4)について]
好ましくは、ボルトの表面から50μm深さ(ボルトの表面にめっき層等の被膜が形成されている場合は、被膜を除去したボルト自体の素材(地金)の表面から50μm深さ)までの表層におけるP含有量をPs(質量%)として、ボルトの中心軸でのP含有量をPc(質量%)としたとき、式(4)を満たす。
Ps/Pc≦1.2(4)
【0074】
この場合、ボルト表層のP含有量が、ボルト内部のP含有量よりも過剰に高くならない。そのため、表層において過剰なPが粒界に偏析するのを抑制でき、耐水素脆化特性がさらに高まる。
【0075】
表層のP含有量Psは次の方法で求める。ボルトの任意の1箇所において、表面から50μm深さまでの範囲(表層)のP含有量(質量%)を求める。具体的には、電子線マイクロアナライザ(EPMA)装置を用いて、ボルトの表面から50μm深さまで、1μmピッチでP含有量を測定する。測定されたP濃度の平均を、表層のP濃度Psと定義する。得られたP含有量Psを用いて、fn4=Ps/Pcを求める。ここで、Pcはボルトの化学組成におけるP含有量(質量%)とする。
【0076】
式(4)を満たすボルトを製造するためには、伸線時にPを含有しない潤滑被膜(潤滑剤)を適用すればよい。又は、Pを含有する潤滑被膜を使用して冷間加工を実施した後、後述の焼入れ処理前にその潤滑被膜をボルト表面から除去すればよい。
【0077】
[ボルトの組織]
本実施形態のボルトのマトリクス組織は、焼戻しマルテンサイト単相である。つまり、マトリクス組織において、焼戻しマルテンサイトの面積率は100%である。
【0078】
[製造方法]
本発明によるボルトの製造方法の一例について説明する。初めに、周知の製造方法によりボルト用鋼材を製造する(素材製造工程)。その後、ボルト用鋼材を用いて、ボルトを製造する(ボルト製造工程)。以下、各工程について説明する。
【0079】
[素材製造工程]
上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。又は、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造する。製造された鋳片又はインゴットを分塊圧延して鋼片にする。鋼片を熱間加工して、ボルト用鋼材(線材)とする。熱間加工はたとえば、熱間圧延である。
【0080】
[ボルト製造工程]
ボルト製造工程では、ボルト用鋼材を用いてボルトを製造する。ボルト製造工程は、伸線工程、冷間鍛造工程、及び、焼入れ及び焼戻し工程を含む。以下、それぞれの工程について説明する。
【0081】
[伸線工程]
初めに、線材に対して伸線加工を実施して鋼線を製造する。伸線加工は、一次伸線のみであってもよいし、二次伸線等、複数回の伸線加工を実施してもよい。伸線時において、線材の表面に潤滑被膜を形成する。潤滑被膜はたとえば、リン酸塩被膜や非リン系の潤滑被膜である。
【0082】
好ましくは、Pを含有しない潤滑被膜を用いる。又は、リン酸塩被膜を用いた場合、後述の焼入れ工程前において、鋼材(鋼線)表面を洗浄又は酸洗して、リン酸塩被膜を表面から除去する。洗浄はたとえば周知のアルカリ洗浄である。この場合、製造されたボルトが式(4)を満たす。
【0083】
[冷間鍛造工程]
伸線後の鋼材を所定の長さに切断して、切断された鋼材に対して冷間鍛造を実施してボルトを製造する。
【0084】
[軟化熱処理について]
従前の高強度のボルトの製造方法では、強度が高すぎるボルト用鋼材(線材)の軟化を目的として、伸線加工前及び冷間鍛造前に、軟化熱処理を複数回実施している。しかしながら、本発明によるボルトでは、式(1)を満たすことにより、このような軟化熱処理を省略又は簡素化する。これにより、軟化熱処理の実施による製造コストの上昇を抑えることができ、さらに、ボルトの耐水素脆化特性を高めることができる。
【0085】
簡素化された軟化熱処理を実施する場合、鋼材に対して700℃以上の保持時間を40分未満とする。この場合、Crを含有する炭化物が過剰に生成するのを抑制でき、ボルト中の固溶Cr量を十分に確保でき、式(3)を満たす。そのため、製造されたボルトが優れた耐水素脆化特性を有する。
【0086】
[焼入れ及び焼戻し工程]
冷間鍛造により製造されたボルトに対して、周知の条件で焼入れ及び焼戻しを実施して、ボルトの引張強度を1000〜1300MPaに調整する。伸線工程時にリン酸塩被膜に代表されるPを含有する潤滑被膜を利用する場合、上述のとおり、好ましくは、焼入れを実施する前に、鋼材(鋼線)の表面をアルカリ洗浄する。これにより、表面のPが除去され、焼戻し後のボルトが式(4)を満たす。
【0087】
以上の製造工程により、本発明のボルトが製造される。
【実施例】
【0088】
表2の化学組成を有する溶鋼を製造した。
【0089】
【表2】
【0090】
表2を参照して、上述のとおり、鋼MはJIS G4053(2008)のSCM435に相当する化学組成を有した。
【0091】
溶鋼を用いて連続鋳造法により横断面が162mm×162mmのビレットを製造した。ビレットを熱間加工(熱間圧延)して、直径11.5mmの線材を製造した。
【0092】
表3に示す各試験番号の線材に対して、伸線加工を実施して鋼線を製造した。このとき、試験番号2、5、14及び15に対して、軟化を目的とした熱処理を実施した。熱処理条件(熱処理温度、熱処理時間、熱処理後の冷却方法)は、表3のとおりであった。また、熱処理において700℃以上で線材が保持された時間(分)は、表3のとおりであった。なお、伸線加工前において、各試験番号の線材に対してリン酸塩処理を実施して、線材表面にリン酸塩被膜を形成した。
【0093】
【表3】
【0094】
各試験番号の鋼線に対して冷間鍛造を実施して図3に示すボルトを製造した。図3を参照して、ボルトの形状は、JIS B0205に準拠したメートルねじであって、より具体的には、呼び径(M)が12mmの細目ねじ(ピッチ1.25mm)であった。図中の各数値は、対応する部位の寸法(mm)を示す。
【0095】
ボルトを成形した後、ボルトを目視で観察して割れの発生の有無を調査した。
【0096】
割れが観察されなかった試験番号のボルトに対して、焼入れ及び焼戻し処理を実施して、引張強度が1000〜1300MPaとなるように調整した。焼入れ処理を実施する前に、試験番号1〜6、8〜15のボルト表面をアルカリ洗浄してリン酸塩被膜を除去した。一方、試験番号7のボルトに対してはアルカリ洗浄を実施しなかった。そのため、試験番号7のボルトに対しては、リン酸塩被膜が付着した状態で焼入れ処理を実施した。
【0097】
焼入れ処理では、表3に示す焼入れ温度(℃)で40分保持した後、油冷した。焼戻し処理では、表3に示す焼戻し温度で70分保持した。以上の工程により、ボルトを製造した。
【0098】
なお、所望のボルト引張強度(1000MPa〜1300MPa)を得るための焼戻し処理温度が435℃未満になる場合については、ボルトの強度不足と判断し、本発明の対象外とした。
【0099】
[引張試験]
JIS B1051(2000)に準拠して、室温(25℃)、大気中にて各試験番号のボルトの引張強度(MPa)を測定した。測定結果を表3に示す。
【0100】
[耐水素脆化特性評価試験]
各試験番号のボルトに対して、電解チャージ法を用いて、種々の濃度の水素を導入した。電解チャージ法は次のとおり実施した。チオシアン酸アンモニウム水溶液中にボルトを浸漬した。ボルトを浸漬した状態で、ボルトの表面にアノード電位を発生させて水素をボルト内に取り込んだ。
【0101】
ボルト内に水素を導入した後、ボルト表面に亜鉛めっき被膜を形成し、ボルト中の水素のボルト外部への漏れを防止した。続いて、ボルトの引張強度の95%の引張強度を負荷した定荷重試験を実施した。試験中に破断したボルト、及び破断しなかったボルトに対して、ガスクロマトグラフ装置を用いた昇温分析法を実施して、ボルト中の水素量を測定した。測定後、各試験番号において、破断しなかった試験片の最大水素量を限界拡散性水素量Hcと定義した。
【0102】
さらに、SCM435に相当する化学組成を有する鋼Mの限界拡散性水素量Hrefを基準として、式(A)を用いて限界拡散性水素量比HRを求めた。
【0103】
[固溶Cr量測定試験]
各試験番号のボルトの中心軸を含む試験片を採取し、上述の方法により固溶Cr量(質量%)を求めた。求めた固溶Cr量を用いて、fn3を求めた。
【0104】
[表層のP濃度測定試験]
各試験番号のボルトのねじ部において、任意のねじ底部を1箇所選定し、上述の方法により、表層のP含有量Ps(質量%)を求めた。求めたP含有量Psを用いて、fn4=Ps/Pcを求めた。ここで、Pcはボルトの化学組成におけるP含有量(表2中のP含有量)とした。
【0105】
[試験結果]
表3に試験結果を示す。
【0106】
試験番号1〜7のボルトの化学組成は適切であった。さらに、fn1は式(1)を満たし、fn2は式(2)を満たし、fn3は式(3)を満たした。その結果、これらの試験番号のボルトは、引張強度が1000〜1300MPaと高強度であるにもかかわらず、限界拡散性水素量比HRが1.00よりも高く、耐水素脆化特性に優れた。
【0107】
さらに、試験番号1〜6のボルトでは、アルカリ洗浄によりリン酸塩被膜を除去したため、fn4(=Ps/Pc)が式(4)を満たした。そのため、fn4が式(4)を満たさなかった試験番号7と比較して、比HRが高かった。
【0108】
一方、試験番号8のCr含有量は低すぎた。そのため、比HRが1.00以下と低く、耐水素脆化特性が低かった。
【0109】
試験番号9のMn含有量は高すぎた。そのため、ボルト用鋼材(線材)の冷間加工性が低く、冷間鍛造後のボルトに割れが観察された。
【0110】
試験番号10のボルトでは、fn1が式(1)の下限未満であった。そのため、焼戻し温度を435℃まで下げても、引張強度が1000MPa未満であった。
【0111】
試験番号11のボルトでは、fn1が式(1)の上限を超えた。そのため、ボルト用鋼材(線材)の冷間加工性が低く、冷間鍛造後のボルトに割れが観察された。
【0112】
試験番号12及び13では、fn2(=Mn/Cr)が式(2)を満たさなかった。そのため、比HRが1.00未満となり、耐水素脆化特性が低かった。
【0113】
試験番号14のボルトは、従来のボルトに使用されているJIS規格におけるSCM435に相当する化学組成を有しており、その限界拡散水素量を、限界拡散性水素量比HRの基準(Href)とした。
【0114】
試験番号15では、軟化熱処理時において、700℃以上での保持時間が40分以上であった。そのため、fn3(=[固溶Cr]/Cr)が式(3)を満たさなかった。そのため、比HRが1.00未満となり、耐水素脆化特性が低かった。軟化熱処理によりCr炭窒化物が生成して固溶Crが低下し、その結果、耐水素脆化特性が低かったと考えられる。
【0115】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2
図3