特許第6427334号(P6427334)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6427334
(24)【登録日】2018年11月2日
(45)【発行日】2018年11月21日
(54)【発明の名称】非腐食性過酢酸製剤とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 59/00 20060101AFI20181112BHJP
   A01N 25/02 20060101ALI20181112BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20181112BHJP
   C23F 11/04 20060101ALI20181112BHJP
【FI】
   A01N59/00 A
   A01N25/02
   A01P3/00
   C23F11/04
【請求項の数】4
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-88258(P2014-88258)
(22)【出願日】2014年4月22日
(65)【公開番号】特開2015-205847(P2015-205847A)
(43)【公開日】2015年11月19日
【審査請求日】2017年3月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005315
【氏名又は名称】保土谷化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】飯田 有莉
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 憲一
(72)【発明者】
【氏名】平栗 かつ子
【審査官】 鈴木 雅雄
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−070441(JP,A)
【文献】 特開2004−244345(JP,A)
【文献】 国際公開第00/022931(WO,A1)
【文献】 特表平08−500843(JP,A)
【文献】 特表2009−507903(JP,A)
【文献】 特開2006−193631(JP,A)
【文献】 特開2004−083506(JP,A)
【文献】 特開2004−082021(JP,A)
【文献】 特開2004−244346(JP,A)
【文献】 特開昭54−148147(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 59/00
A01N 25/02
A01P 3/00
C23F 11/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化水素、酢酸、過酢酸及びポリアクリル酸を含む過酢酸製剤であって、該過酢酸製剤の全量に対して、前記過酸化水素の濃度が300ppm〜5000ppmであり、前記ポリアクリル酸の濃度が1ppm〜10ppmであることを特徴とする、過酢酸濃度が100ppm〜5000ppmとなる過酢酸製剤により腐食する鉄材を含む対象物を殺菌又は除菌するための過酢酸製剤であって、かつ、該鉄材の腐食を抑制するための過酢酸製剤
【請求項2】
前記過酢酸製剤の全量に対して、前記酢酸の濃度が前記過酸化水素濃度の3倍〜4倍であることを特徴とする請求項1に記載の過酢酸製剤。
【請求項3】
前記過酢酸製剤の全量に対して、前記酢酸の濃度が前記過酢酸の濃度の4倍〜8倍であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の過酢酸製剤。
【請求項4】
過酢酸製剤原液(A原液)に、過酸化水素原液(B原液)を添加し均一混合した後、更に水を用いて希釈する工程を含む過酢酸製剤の製造方法であって、前記A原液は、平衡状態において、A原液全量に対して6wt%未満の過酸化水素を含有し、且つ酢酸濃度が過酢酸濃度の4倍〜8倍であり、前記B原液は、B原液全量に対して6wt%未満の過酸化水素及び0.01wt%〜0.05wt%のポリアクリル酸を含有することを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の過酢酸製剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は主に殺菌・除菌分野で、施設、建屋、設備、機器、器具、用具、容器などの対象物の殺菌・除菌等の目的で幅広く使用され、これらの対象物に含む金属特に鉄に対する腐食の発生が抑制することができる非腐食性過酢酸製剤と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
過酢酸製剤は、強い殺菌性があり、環境に優しい過酸化物として、これまでにさまざまな殺菌用途で用いられてきた。特に、過酢酸製剤が低濃度でも殺菌力が強く即効性があり、抗菌スペクトルが広く、細菌芽胞、カビ、酵母等にも優れた殺菌・除菌効果を示す事から、近年、殺菌処置が必要とされる食品・飲料産業場面で広く使用されている。
【0003】
一般的には、過酢酸濃度が1重量%〜10重量%、過酸化水素濃度が3重量%〜20重量%、酢酸濃度が10重量%〜40重量%である過酢酸製剤原液を、過酢酸濃度が100ppm〜5000ppmとなるように水等の希釈液で希釈し得た使用液を、対象物に散布、噴霧、あるいは対象物を浸漬などして殺菌処理を行なう。
【0004】
過酢酸製剤の製造方法は酢酸を過酸化水素に加えて反応させる方法として知られている。この反応は、過酢酸、過酸化水素及び酢酸の平衡反応として進行し、過酸化水素と酢酸の濃度を高くするほど高濃度の過酢酸が生成する。平衡反応組成物である過酢酸製剤は、希釈等によって経時的に過酢酸、過酸化水素、酢酸の比率は変化するが、希釈後短時間であれば、希釈してもほぼ元の組成比率を保つことができる。したがって、過酢酸製剤の原液を希釈した後速やかに殺菌・除菌対象物に散布、噴霧すれば、元の優れた殺菌力は劣ることがなく、維持することができる。
【0005】
こうした、強力な殺菌作用を有する環境に優しい過酢酸製剤は、他の分野、たとえば病院や学校その他の公共施設、あるいは養豚場、養鶏場など畜産関係、ビニールハウスなどの農園芸施設でも有用性が見込める。しかし、そうした分野での使用は、まだ十分に展開ができていないのは現状であり、主に以下の課題があるためである。
【0006】
過酢酸は、過酸化水素と酢酸の混合によって、[過酸化水素]・[酢酸]⇔[過酢酸]・[水]で表される平衡反応で得る平衡反応生成物であり、基本的に原料である過酸化水素と酢酸を含む。主な殺菌性成分である過酢酸の濃度を高めるために原液中の過酸化水素濃度を6重量%以上に高めた場合、過酸化水素は劇物となり、運送、保管等の扱いを制限される。
【0007】
上記において、原液中の過酸化水素ではなく酢酸の濃度を高めると、過酢酸濃度が100ppm〜5000ppmとなるよう水で希釈した使用液を用いても、過酸化水素に対する酢酸の含有率は高いため、金属、特に一般的に広く使われている鉄材に対して腐食を発生させる原因となる。
【0008】
また、過酢酸製剤原液の濃度を低く下げられるが、使用場面において希釈倍率を更に上げることができないため、1回に扱う原液容量が増え、容器の大型化などによる取扱い性や運搬・保管性がよくないため、実用上は現実的な解決方法ではない。
【0009】
上記課題の解決策は、酢酸濃度による錆(腐食)の発生を抑制する手段として、たとえば、アルミニウムに対する腐食を抑える手段として、過酢酸とモノ〜トリカルボン酸と、さらにキレート剤、安定化剤、防腐剤、pH調整剤、緩衝剤から選択される添加物とを含有する組成物が提案されている(特許文献1)。
【0010】
また、医療器具としてのアルミニウム、銅、しんちゅう、ステンレス鋼等への腐食を抑える方法として、過酢酸とアルカリ金属リン酸塩、安定剤(ホスホン酸、シクロヘキサン−1,2−ジアミノテトラメチレンホスホン酸等)とを混合する方法(特許文献2)、過酢酸と1,2,3−ベンゾトリアゾール、アルキレングリコールを組み合わせる組成物(特許文献3)、過酢酸と、トリアゾール、アゾール、ベンゾエート、五員環化合物から選択されるもの、およびモリブデン酸塩、クロム酸塩、ホウ酸塩、バナジウム酸塩、タングステン酸塩から選択されるものからなる組成物(特許文献4)、等が開示されているが、過酢酸製剤の組成は複雑になるので、製造工程が煩雑になりうる、環境への配慮や生産コストの面も好ましくない。
【0011】
過酢酸製剤を水酸化ナトリウム等のpH調整剤でpH4.6〜6.2未満に調整する簡易な方法(特許文献5)が提案されているが、元も耐食性が要求されている医療器具としてのアルミニウム、銅、しんちゅう、ステンレス鋼等への適用しか言及していない。
【0012】
したがって、公共施設、畜産業場、農園芸施設等でもっとも一般的に広く使われている鉄材に対して、従来の過酢酸製剤は強い腐食性があるため、過酢酸製剤は優れた殺菌効果があり、且つ安価であっても、殺菌剤や除菌剤として幅広い分野での応用はまだ十分に展開ができていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】国際公開第2010/095231号
【特許文献2】特表平8−500843号公報
【特許文献3】特表2001−506971号公報
【特許文献4】特開平2−83301号公報
【特許文献5】特開2010−95448号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、環境にやさしい、高い殺菌・除菌力を有し、かつ金属特に鉄への腐食の発生を抑えることができる非腐食性過酢酸製剤と、その製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、微量なポリアクリル酸を添加した過酸化水素原液を、特定組成の過酢酸製剤の原液と混合した後、水で希釈してから得た過酸化水素、過酢酸、酢酸及びポリアクリル酸を含有する過酢酸製剤は、鉄材等への腐食作用を抑制できること、及び操作便利な製造方法を見出し、本発明を完成させた。
【0016】
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
【0017】
[1] 過酸化水素、酢酸、過酢酸及びポリアクリル酸を含む過酢酸製剤であって、該過酢酸製剤の全量に対する、前記過酸化水素の濃度が300ppm〜5000ppmであることを特徴とする非腐食性過酢酸製剤。
[2]前記過酢酸製剤の全量に対して、前記酢酸の濃度が過酸化水素濃度の3倍〜4倍であることを特徴とする非腐食性過酢酸製剤。
[3]前記過酢酸製剤の全量に対して、前記酢酸の濃度が過酢酸の濃度の4倍〜8倍であることを特徴とする非腐食性過酢酸製剤。
[4]前記過酢酸製剤の全量に対して、前記ポリアクリル酸の濃度が1ppm〜10ppmであることを特徴とする非腐食性過酢酸製剤。
[5]過酢酸製剤原液(A原液)に、過酸化水素原液(B原液)を添加し均一混合した後、更に水を用いて希釈する工程を含む非腐食性過酢酸製剤の製造方法であって、前記A原液は、平衡状態において、A原液全量に対して6wt%未満の過酸化水素を含有し、且つ酢酸濃度が過酢酸濃度の4倍〜8倍であり、前記B原液は、B原液全量に対して6wt%未満の過酸化水素及び0.01wt%〜0.05wt%のポリアクリル酸を含有することを特徴とする非腐食性過酢酸製剤の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明による非腐食性過酢酸製剤では、金属特に鉄に対し、錆(腐食)の発生が抑制されており、鉄材などが露出している施設や設備でも様々な場所で安心して散布殺菌剤として使用できる。また、含有する過酢酸濃度は100ppm〜5000ppmである該過酢酸製剤は、きわめて良好な殺菌力を有し、芽胞菌を含む広範囲な病害菌を殺減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳しく説明する。
本発明は、強力な殺菌力を有する過酢酸製剤の実用的な使用液濃度において、金属、特に施設、設備、機器等に幅広く使われている鉄に対する腐食の発生を実質的に抑制し、散布、噴霧、浸漬処理などの使用方法で幅広い殺菌・除菌用途で使用することができる非腐食性過酢酸製剤、およびその作製方法に関するものである。
【0020】
一般的に殺菌効果及び経済的な面から考量し、施設や設備の殺菌処理に用いる実用的な過酢酸濃度とは、100ppm〜5000ppmである。従来、過酢酸製剤原液を水等で希釈し、上記の過酢酸濃度を有する過酢酸製剤では、含有する過酸化水素の濃度は150〜9000ppm、酢酸の濃度は200ppm〜11000ppmである。これらの過酢酸製剤では、金属特に鉄に対して強い腐食性が持っている。
【0021】
本発明の非腐食性過酢酸製剤は、原液から水(例えば蒸留水、純水、脱イオン水等)を用いて希釈して得た使用液であり、全量に対して、過酸化水素の濃度が300ppm〜5000ppmであり、過酢酸製剤の元の組成である過酸化水素、酢酸及び過酢酸以外に、微量なポリアクリル酸のみを添加しただけ、金属特に鉄に対して、十分な錆の発生を抑制でき、且つ従来とおりの過酢酸製剤の殺菌力、環境への優しい特性及び経済性は保っている。
【0022】
上記非腐食性過酢酸製剤の全量に対して、含有する過酸化水素濃度が300ppm〜5000ppm、より好ましくは300ppm〜3000ppm、特に好ましいのは500ppm〜2000ppmである。
【0023】
上記非腐食性過酢酸製剤の全量に対して、含有する酢酸濃度が過酸化水素濃度の3倍〜4倍である。即ち、該非腐食性過酢酸製剤に含有する酢酸の濃度が900ppm〜20000ppm、より好ましくは1500ppm〜10000ppm、特に好ましいのは1500ppm〜5000ppmである。
【0024】
上記非腐食性過酢酸製剤の全量に対して、含有する酢酸の濃度が過酢酸の濃度の4倍〜8倍である。即ち、該非腐食性過酢酸製剤に含有する過酢酸の濃度が100ppm〜5000ppm、より好ましくは200ppm〜3000ppm、特に好ましいのは200ppm〜1000ppmである。
【0025】
上記非腐食性過酢酸製剤の全量に対して、含有するポリアクリル酸の濃度が1ppm〜10ppmであり、より好ましくは1ppm〜6ppmである。1ppm未満のポリアクリル酸を添加しても、鉄等の金属に対する腐食作用の抑制効果は不十分であり、10ppm以上のポリアクリル酸を添加する場合、増粘剤としてよく使われるポリアクリル酸は過酢酸製剤使用液の粘度が上げる恐れがあり、散布や噴霧するときのトラブルの原因になる可能性があり、必要以上の添加量は好ましくない。
【0026】
上記のような組成及び組成濃度範囲である本発明の非腐食性過酢酸製剤は、組成の構成は簡単であり、従来の過酢酸製剤は本来もつ強力な殺菌力及び環境への優しい特徴を有しながら、金属、特に鉄に対する十分な腐食の発生を抑制できるものである。
【0027】
本発明の非腐食性過酢酸製剤は微量なポリアクリル酸を含有することで、なぜ鉄等の金属に腐食を発生させないのか、そのメカニズムは不明であるが、ただ、過酸化水素と、リン酸や硝酸、シュウ酸などの酸を組合せたものは、鉄やニッケル、アルミニウムなどの金属の化学研磨に使われており、その際、金属表面との相互作用から液の粘度が重要なファクターとなることが知られている(十分な理論的説明はなされていない)。ポリアクリル酸は、高分子吸収素材として知られているが、他方で増粘剤の用途でも使用されており、この粘性が鉄等の金属表面と過酸化水素との相互作用を誘起し、結果として酢酸による腐食の発生を抑制しているものと思われる。
【0028】
本発明の非腐食性過酢酸製剤(使用液)のもととなる原液の作製に関して、幾つの留意点がある。先ず、過酸化水素は、その濃度が6重量%以上になると劇物に該当し、44重量%以上になると危険物に該当するので、その販売や保管に関して制限がかかる。産業上になるべく過酸化水素の濃度が44重量%以下の原料を使用して、6重量%以下の原液を作製することは好都合である。
【0029】
しかし、過酸化水素が6重量%未満となる場合、過酢酸濃度を3重量%以上、好ましくは5重量%以上とするためには、同時に存在する酢酸の濃度を高めてやる必要がある。そうした過酢酸製剤原液では、酢酸の濃度が20重量%〜40重量%となる。そうした過酢酸製剤原液を水等で単純希釈して、過酢酸濃度が100ppm〜5000ppmの濃度範囲内になるよう使用液となしても、該使用液中の過酸化水素の濃度と酢酸の濃度の比率は変わりがなく、酢酸による鉄材等に対して錆(腐食)を生じさせる状況を改善することができない。
【0030】
本発明に関わる非腐食性過酢酸製剤(使用液)の原料となる原液の作製は、以下のように工夫して行った。
【0031】
過酢酸製剤原液(A原液)の作製
市販の過酸化水素、酢酸と蒸留水等を適宜な比率で混合し、目標の過酸化水素濃度(6重量%未満)及び酢酸/過酢酸の濃度比率(4倍〜8倍)になるような平衡状態になるまで数日間静置する。
【0032】
具体的に、市販の35重量%〜40重量%の過酸化水素と、68重量%〜90重量%の酢酸と、蒸留水あるいは純水、脱イオン水等と均一混合し、4日間静置した後、含有する過酸化水素濃度が6重量%未満且つ含有する酢酸濃度が過酢酸濃度の4倍〜8倍になるように過酢酸製剤A原液が作られる。より好ましくは、含有する酢酸濃度が過酢酸濃度の6倍〜8倍になるように過酢酸製剤A原液が作られる。
【0033】
過酸化水素原液(B原液)の作製
市販の35wt%〜40wt%の過酸化水素にポリアクリル酸を添加した後、蒸留水、純水、あるいは脱イオン水等で希釈し、B原液の全量に対して、過酸化水素濃度が6重量%未満、0.01wt%〜0.05wt%のポリアクリル酸を含有する過酸化水素原液(B原液)を得る。
【0034】
ポリアクリル酸は、過酢酸製剤の使用液を調製した後に、過酢酸製剤使用液の全量に対して1ppm〜10ppmとなるよう添加してもよい。ただ、実際の使用場面を考慮すると、使用液において上記濃度となるよう、あらかじめA原液あるいはB原液に添加しておくほうが便利である。より好ましくはあらかじめB原液に添加しておくほうがいい。
【0035】
過酢酸製剤(使用液)の酢酸の含有率の調整
上記過酢酸製剤原液(A原液)と過酸化水素原液(B原液)を適宜な比率で混合し、所望の過酸化水素と酢酸の濃度比とした後、必要に応じて速やかに水で希釈すればよい。前記のように、A原液を水だけで希釈した場合、もとのA原液中の過酸化水素濃度と酢酸濃度の比率は、そのまま保たれるため、金属に対して腐食を発生させる原因となる。しかし、A原液にB原液を混合すると、B原液は過酸化水素を6wt%未満に希釈した液であり、A原液中の過酸化水素濃度とはほぼ同じであるため、混合しても過酸化水素の濃度は変わらず、酢酸の濃度を引き下げることができる。使用液中の過酸化水素濃度と酢酸濃度の比率は引き下げられるため、鉄材等に対して錆(腐食)を生じさせる状況を影響する原因である酢酸濃度を薄めることとなり、金属に対する腐食の発生を抑制できる原因の一つと考えられる。この方法によって、過酢酸製剤中の過酸化水素と酢酸の濃度比が自由に調整できるので、好ましい過酸化水素と酢酸の濃度比を有する組成液が調製しやすくなり、それをさらに所望の過酢酸濃度になるよう水で希釈することによって、十分な殺菌力を有し、且つ金属に対する腐食が抑制された過酢酸製剤(使用液)を作製することができる。
【0036】
過酢酸製剤原液(A原液)も過酸化水素原液(B原液)も、基本的に水を含むので、希釈に水を用いても、各組成の成分比率的にはなんら変わらない。
【0037】
A原液とB原液を混合する比率ですが、特に限定することがなく、実際の使用場面での操作便利さから考量すれば、A原液とB原液を1:1の混合比率は好ましい。
【0038】
しかし、過酢酸製剤が[過酸化水素]・[酢酸]⇔[過酢酸]・[水]で表される平衡反応のため、温度にも依存するが、1日以上放置したような場合には、新しい平衡状態となって、過酢酸濃度は低下する方向へ変化し、殺菌力や錆発生の抑制性が損なわれる恐れがある。
【0039】
希釈して経過時間は短いであれば、混合による濃度比はほぼそのまま保たれ、殺菌力や錆発生の抑制を保持させることができる。したがって、A原液とB原液の混合及び蒸留水等での希釈は、実際の使用場面で使用直前に行うことは効果的である。例えば、殺菌剤・除菌剤として使用する場合、その場でA原液とB原液を所定な比率(例えば1:1)で混合し、更に所定の比率で水を添加し希釈した直後に、速やかに殺菌・除菌対象物に散布または噴霧することは、より良い殺菌・除菌効果及び鉄等の錆発生の抑制効果が得られるので、好ましい。
【0040】
本発明の非腐食性過酢酸製剤は過酢酸、過酸化水素、酢酸及び微量なポリアクリル酸を含有する過酢酸製剤であり、更に腐食防止効果を高めるその他の組成成分を添加しても良いですが、環境への配慮、調製作業の易さ及びコストの面から考量すれば、その他の添加物の種類と量は少ないほどより好適である。
【0041】
また、過酸化水素、酢酸、過酢酸及び水からなる組成物の最終分解物は、水、酸素、酢酸となり無毒であるので、これの環境に優しい特徴を損じることがない組成は特に好ましい。本発明に使用したポリアクリル酸はアクリル酸の重合体であり,無毒、水に溶け易く、食品添加物としても使われるので、過酢酸製剤は本来もつ環境への優しい特徴を損じることがない。
【実施例】
【0042】
(各組成濃度の測定及び算定)
過酢酸の濃度は以下の方法によって求めた。以下に記載する「mol%」濃度から「重量%」濃度への換算方法は省略とする。
(1)全過酸物濃度の測定
過酢酸を含む溶液0.1gに純水約20mlを加え、10%硫酸10ml、1Nヨウ化カリウム溶液10ml、0.5%モリブデン酸アンモニウム溶液1〜2滴を加えてN/10チオ硫酸ナトリウム標準液で滴定し、全過酸物の濃度(mol%)を得た。測定機器は665Dosimat(Metrohm社製))を使用した。
(2)過酸化水素濃度の測定
同じ過酢酸を含む溶液0.1gに純水約20mlを加え、10%硫酸10ml、フェロイン指示薬2〜3滴を加えてN/10硫酸セリウム標準液で滴定し、過酸化水素濃度(mol%)を得た。測定機器は665Dosimat(Metrohm社製))を使用した。
(3)過酢酸濃度の算定
過酢酸濃度は、次式により、(1)全過酸化物濃度から(2)過酸化水素濃度を引いた値を過酢酸濃度に換算して求めた。
過酢酸濃度(mol%)=(全過酸化物濃度(mol%))−過酸化水素濃度(mol%))
(4)全酸濃度の測定
過酢酸製剤中の全酸濃度は水酸化ナトリウムを用いて中和滴定(1/10NNaOH滴定法)を行い、測定した。
(5)酢酸濃度の算定
酢酸の濃度(mol%)=(全酸濃度(mol%)−過酢酸濃度(mol%)
(6)ポリアクリル酸の濃度
単純に添加量から計算した全量に対する重量%濃度である。
【0043】
(原液の作製)
35wt%の過酸化水素(保土谷化学工業製)23.5g、80wt%の酢酸(日和合成製)54gと蒸留水(DMW)22.5gを混合し、40℃で4日静置した。その結果、過酢酸5.5wt%、過酸化水素5.8wt%、酢酸37.9wt%の過酢酸製剤(A原液)を得た。また、35wt%過酸化水素を水で希釈し、5.9wt%の過酸化水素原液を得た。得た過酸化水素原液にポリアクリル酸溶液(25wt%、和光純薬工業)を0.03wt%となるよう添加混合して、B原液を得た。これら原液を用いて、次の鉄への腐食性を調べる実験での過酢酸製剤使用液を作製した。
【0044】
(鉄片に対する錆発生の抑制効果の検討)
A原液とB原液と蒸留水を表1に示した希釈比率で混合し、各種混合割合での使用液を作製した。また、比較例1と比較例3はポリアクリル酸を添加していなかった過酸化水素原液とA原液と混合希釈して得たものである。過酢酸製剤使用液中に全量に対する過酸化水素濃度、酢酸濃度、過酢酸濃度及びポリアクリル酸濃度は表1に示した。
【0045】
作製した使用液の鉄に対する腐食性に関し、これら使用液の各100mlに研磨した鉄片(5cm×3cm×0.3cm)3枚を10分間浸漬した。その後鉄片を取り出し、表面に液体が付着した状態で空気に暴露した。そのまま3時間(付着液体が乾燥するまで)室温で放置して、錆の発生具合を目視で観察し、記号「◎」は鉄片の表面に完全に腐食なし、「○」は鉄片の90%以上の表面積に腐食なし、「△」は鉄片の10%〜30%未満の表面積に腐食あり、「×」は鉄片の30%以上の表面積に腐食あり、と評価した、その結果を表1に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
比較例1と比較例3の結果からわかるように、過酸化水素、酢酸及び過酢酸からなる従来の過酢酸製剤は単純に水で希釈して、酢酸の濃度を下げても、鉄片に対する腐食作用は変わりがなく、依然強い腐食性が持っている。一方、実施例1〜実施例4の結果から、同じ組成比率の過酸化水素、酢酸及び過酢酸の組成物に1ppm濃度以上のポリアクリル酸が含有すれば、該組成物は鉄への腐食作用を抑制できるものになることがわかる。
したがって、本発明の非腐食性過酢酸製剤は優れた殺菌・除菌効果が有り、且つ金属特に鉄に対する腐食の発生が抑制できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明による非腐食性過酢酸製剤は、食品関連、無菌包装容器、設備機器・容器類、室内環境殺菌、医療関連、高水準消毒・内視鏡・透析ライン・その他医療機器類・院内環境殺菌、リネン関連、農・漁業関連設備器具類、病原菌殺菌などの分野・用途で、芽胞菌を含む有害菌の殺菌処置に有効な過酢酸製剤である。
【符号の説明】
【0049】
◎・・・・・・鉄片表面に完全に腐食なし
○・・・・・・鉄片の90%以上の面積に腐食なし、
△・・・・・・鉄片の10%〜30%未満の面積に腐食あり、
×・・・・・・鉄片の30%以上の面積に腐食あり