【実施例】
【0029】
「参考合成例1」
・ルチル型二酸化チタン量子ドットの合成
平均細孔径が1.2nmの多孔質シリカを20%の三塩化チタン溶液に浸漬させ、細孔内に前駆体溶液を浸透させた。細孔内に前駆体溶液が浸透することにより、多孔質シリカは赤紫色に変化した。これは、Ti
3+に由来する光吸収のためである。その後、シリカの外表面をエタノールで洗浄、乾燥し、空気中600℃で3時間焼成することにより多孔質シリカに内包されたルチル型二酸化チタン量子ドットを得た。乾燥過程で三塩化チタンは徐々に空気中の酸素により酸化されTi
4+の二酸化チタンとなるため、無色透明に変化した。
図6に、ルチル型二酸化チタン量子ドット合成中のUV−Visスペクトル変化を示す。UV−Visスペクトルから求めたバンドギャップより計算した、二酸化チタン量子ドットの粒子径は約1.1nmであり、マトリックスである多孔質シリカの平均細孔径とほぼ等しいことが確認できた。
【0030】
なお、本明細書中において、マトリックスの平均細孔径は、77.4Kの窒素ガスを吸着させて得られる窒素吸着等温線を、日本ベル株式会社の解析ソフト「BELMaster」に搭載されている細孔分布解析ソフト「BELSim」を用いてGCMC法(細孔モデル:シリンダー、吸着剤表面:酸素、分布関数:Gauss、ピーク数:1)により算出した値である。
【0031】
平均細孔径が2.6nmの多孔質シリカを用いた以外は上記と同様にして、粒子径が1.7nmのルチル型二酸化チタン量子ドットを得た。
得られた多孔質シリカに内包されているルチル型二酸化チタン量子ドットのUV−Visスペクトル(Taucプロット)を
図7に示す。粒子径が小さいほどバンドギャップ吸収に起因する吸収端が短波長側にシフト(ブルーシフト)し、粒子径に対応した顕著な量子サイズ効果が確認できた。
【0032】
「参考合成例2」
・酸化タングステン量子ドットの合成
平均細孔径が0.8nmの多孔質シリカを0.2Mの過酸化タングステン酸溶液に浸漬させ、細孔内に前駆体を浸透させた。その後、シリカの外表面をエタノールで洗浄、乾燥し、空気中600℃で3時間焼成することにより多孔質シリカに内包された酸化タングステン量子ドットを得た。量子ドットの粒子径を制御する目的で、浸漬〜焼成までの工程を1〜5回繰り返し、様々なバンドギャップを有する酸化タングステン量子ドット内包多孔質シリカを得た。過酸化タングステン酸、及び酸化タングステンは無色透明であるため、反応中の色変化は観測されなかった。
【0033】
平均細孔径が1.2nm、および2.6nmの多孔質シリカを用いた以外は上記と同様にして酸化タングステン量子ドットを得た。
得られた多孔質シリカに内包されている酸化タングステン量子ドットのUV−Visスペクトルを
図8に示す。上記ルチル型二酸化チタン量子ドットと同様に、粒子径に対応した顕著な量子サイズ効果が確認できた。
【0034】
「実施例1」
・二酸化チタン量子ドットと酸化タングステン量子ドットからなる量子ドット複合光触媒の合成
参考合成例2で得られた酸化タングステン量子ドットを内包する多孔質シリカを、20%の三塩化チタン溶液に浸漬させ、細孔内に前駆体溶液を浸透させた。その後、シリカの外表面をエタノールで洗浄、乾燥し、空気中600℃で3時間焼成することにより酸化タングステン量子ドットと二酸化チタン量子ドットとを複合化し、多孔質シリカに内包された量子ドット複合光触媒を得た。
【0035】
二酸化チタン量子ドット単独の合成と異なり、三塩化チタン溶液に浸漬した後の試料の色は青色を呈していた。これは、W
5+に由来する光吸収のためである。反応系では、酸化タングステン量子ドットのW
6+がW
5+に還元されるとともにTi
3+がTi
4+に酸化される。すなわち、この反応系において、酸化タングステン量子ドットは酸化剤として機能している。酸化タングステンが酸化剤として働くことにより、二酸化チタン量子ドットの生成する位置は、酸化タングステン量子ドットの表面に固定される。本実施例では、この反応形態をとることによって、二酸化チタン量子ドットと酸化タングステン量子ドットを確実に複合化させた。浸漬後呈していた青色は乾燥中に徐々に失われ、最終的に無色透明に変化した。これは、還元により生成したW
5+が空気中の酸素により徐々に酸化され、W
6+に戻ったためである。
図9に、二酸化チタン量子ドットと酸化タングステン量子ドットからなる量子ドット複合光触媒合成中のUV−Visスペクトル変化を示す。
【0036】
・量子ドット複合光触媒の電荷移動型再結合
参考合成例2で得られた酸化タングステン量子ドットは水やアルコールの存在下、紫外光を照射することにより、無色透明から青色に変化する。この現象はフォトクロミズムと呼ばれ、光照射によって生成する励起電子がW
6+を還元し、W
5+を生成することに起因する。一方、実施例1で得られた量子ドット複合光触媒は、酸化タングステン量子ドット上に生成した励起電子が二酸化チタン量子ドットのホールと速やかに電荷移動型再結合することにより、フォトクロミズムが観測されない。すなわち、フォトクロミズムの有無を観測することで、目的の電荷移動型再結合と空間的電荷分離の有無を確認することができる。
【0037】
酸化タングステン量子ドットと量子ドット複合光触媒にそれぞれ水を10mL添加し、6Wの紫外線ランプを用い、254nmの紫外光を照射したときのフォトクロミズムの様子を
図10に示す。
図10で横軸は紫外線照射時間、縦軸は1000nmの吸光度の変化を示す。酸化タングステン量子ドットでは青色のフォトクロミズムが観測されるとともに、UV−VisスペクトルにW
5+に由来する1000nmを中心とする吸収が現れた。一方、量子ドット複合光触媒では紫外線を照射しても目視ではその色味にほとんど変化はなかった。UV−Visスペクトルでは、W
5+に由来する1000nmを中心とする吸収が現れたが、酸化タングステン量子ドットと比べて3分の1以下の強度であった。
このことから、量子ドット複合光触媒では、フォトクロミック特性が失われており、電荷移動型再結合に伴う空間的電荷分離が達成されていることが確認できた
【0038】
・エタノールガスの光分解反応による光触媒活性の評価
エタノールガスの光触媒分解反応により光触媒活性を評価した。
約400mlの閉鎖空間内に、0.7〜1.0gの光触媒を均一に敷き、一定濃度のエタノールを含む空気を循環させ、エタノールを吸着させるため一時間放置した。その後、閉鎖系にして、光触媒に500Wの高圧水銀ランプを用いて紫外〜可視光を照射した。閉鎖系内は循環ポンプで空気を循環させ、一定時間経過後の二酸化炭素濃度をマイクロガスクロマトグラフィー(アジレント・テクノロジー株式会社製、装置名:Agilent 3000マイクロGC)で測定した。
【0039】
光触媒としてバルクTiO
2(ルチル)、バルクWO
3、ならびに参考合成例1、参考合成例2、実施例1で合成した平均細孔径2.6nmの多孔質シリカに内包されている酸化タングステン量子ドット、二酸化チタン量子ドット、量子ドット複合光触媒を用いた。遷移金属酸化物1gあたりのエタノール分解で生じた二酸化炭素量を
図11に、その拡大図を
図12に示す。なお、多孔質シリカに内包されている遷移金属酸化物量は、XRFにより測定した。XRF測定は、ペレット成型した試料を、測定時間100秒、X線管電圧50kV、X線照射範囲φ100μmの条件で無作為に選んだ5箇所で行いし、その相加平均値を遷移金属酸化物量とした。検量線として、多孔質シリカとTiO
2、WO
3を任意の割合で混合し、ペレット成型したものを5回測定し、その平均値をつなぐ2次曲線の式を用いた。
【0040】
バルクと量子ドットを比較すると約10倍の活性向上が見られた。これは、量子ドット化による比表面積の増大、量子サイズ効果による酸化・還元力の向上、及び、多孔質シリカの細孔内包効果によるものであると考えられる。量子ドットと量子ドット複合光触媒とを比較すると、さらに約10倍の活性向上が見られた。今回用いた二酸化チタン量子ドットと酸化タングステン量子ドットとは、両者の価電子帯、伝導帯の位置が大きく変わらないため、複合化による酸化・還元準位のシフトはわずかである。また、比表面積、細孔径、粒子の細孔内包状態はほぼ同一である。そのため、ここで観測された活性向上は複合化による空間的電荷分離の効果である。
【0041】
すなわち、バルクと量子ドットとを比較すると、活性向上は見られるが、空間的電荷分離ができないため、約10倍程度しか触媒活性は増加しない。一方、量子ドット複合光触媒では、空間的電荷分離されることにより、バルクと比較して約100倍も触媒活性が向上した。以上の結果から、量子ドットを用いた光触媒の潜在能力を十分に引き出すためには複合化による空間的電荷分離が非常に効果的であることが示された。
【0042】
「実施例2」
・量子ドット−有機化合物複合体1の合成
参考合成例2で得られた酸化タングステン量子ドットを内包する多孔質シリカに、電子供与性の有機化合物である2,3−ジヒドロキシナフタレンの飽和ベンゼン溶液を滴下・浸漬し、アセトンでシリカ外表面を洗浄、乾燥し、量子ドット−有機化合物複合体1を得た。
【0043】
・量子ドット−有機化合物複合体1の評価
量子ドット−有機化合物複合体1のUV−Visスペクトルを
図13に示す。
図7の酸化タングステン量子ドットのスペクトルと比較すると、酸化タングステン量子ドットが2,3−ジヒドロキシナフタレンと複合体を形成することにより、吸収端が大きく可視領域までシフトした。
【0044】
表1に参考合成例2で合成した酸化タングステン量子ドットのバンドギャップ(E
g)、伝導帯下端準位(CBM)、量子ドット−有機化合物複合体1の価電子帯上端準位の吸収端(電荷移動励起波長)(E
CT)、伝導帯下端と量子ドット−有機化合物複合体1の吸収端の差から求めた有機化合物のHOMO準位(CBM+E
CT)を示す。
【0045】
【表1】
【0046】
酸化タングステン量子ドットの場合、励起電子の有効質量の方がホールの有効質量よりも軽いため、量子サイズ効果は主に伝導帯に働き、粒子径が小さくなると伝導帯下端が大きく上方シフトするが、価電子帯上端はほとんど動かない。
量子ドット−有機化合物複合体1の吸収端は酸化タングステン量子ドットの伝導帯準位の上昇に伴いブルーシフトした。一方、伝導帯下端と複合後の吸収端の差から求めた有機化合物のHOMO準位(CBM+E
CT)はすべての試料で1.3±0.03eVでほぼ一定であった。
【0047】
ここで、Gaussianを用いて計算した2,3−ジヒドロキシナフタレンのHOMO準位は1.04V SHE(水素標準電極電位)である。有機化合物が半導体表面に配位したとき、有機化合物のHOMOが半導体のフェルミ準位(仕事関数)よりも高いエネルギーにある場合、半導体と有機化合物の間で電子の非局在化が起こり、HOMO準位が半導体のフェルミ準位にピニングされる。酸化タングステンのフェルミ準位は約+1.3V SHEと報告されており、本実施例で得られた酸化タングステン量子ドット内包シリカと2,3−ジヒドロキシナフタレンの複合体においても、酸化タングステンのフェルミ準位に2,3−ジヒドロキシナフタレンがピニングされている。
図14にバンドギャップが3.05eVのときのエネルギー状態図を示す。
【0048】
このことから、効果的な量子ドット−有機化合物の複合体が形成されていることが確認できた。また、
図10に示すように、量子ドット−有機化合物複合体のUV−Visスペクトルには、約1000nmを中心とするW
5+由来の吸収が観測されている。これは、合成中に照射された環境中の可視光により、フォトクロミズムが発現したことに起因する。このことは、可視光により酸化タングステン量子ドットの伝導帯に電子が励起されていることを示している。すなわち、酸化タングステン量子ドットと2,3−ジヒドロキシナフタレンとが量子ドット複合体光触媒を形成することで、可視光による電荷移動励起を達成することができた。
【0049】
・量子ドット−有機化合物複合体2の合成
参考合成例1で得られたルチル型二酸化チタン量子ドットを内包する多孔質シリカに電子供与性の有機化合物である2,3−ジヒドロキシナフタレンの飽和ベンゼン溶液を滴下・浸漬し、アセトンでシリカ外表面を洗浄、乾燥し、量子ドット−有機化合物複合体2を得た。
【0050】
・量子ドット−有機化合物複合体2の評価
量子ドット−有機化合物複合体2のUV−Visスペクトル(Taucプロット)を
図15に示す。酸化タングステンの場合と同様に、吸収端は大きく可視領域までシフトした。
図16にルチル型二酸化チタン量子ドットのバンドギャップ、伝導帯下端準位、価電子帯上端準位複合後の吸収端(電荷移動励起波長)、伝導帯下端と複合後の吸収端の差から求めた2,3−ジヒドロキシナフタレンと複合化した二酸化チタン量子ドットのエネルギー状態図を示す。ルチル型二酸化チタン量子ドットの場合、励起電子の有効質量の方がホールの有効質量よりも重いため、量子サイズ効果は主に価電子帯に働き、価電子帯上端が大きく下方シフトし、伝導帯下端はほとんど動かない。
【0051】
ルチル型二酸化チタン量子ドット内包シリカと2,3−ジヒドロキシナフタレンの複合体においても酸化タングステンの場合と同様に、HOMO準位の半導体のフェルミ準位へのピニングによる、2,3−ジヒドロキシナフタレンのHOMOの下方シフトが観測された。
酸化タングステンの場合と異なる点は、2,3−ジヒドロキシナフタレンのHOMOの下方シフト幅はルチル型二酸化チタン量子ドットの粒子径減少に伴い増加する点である。一般的に、量子ドットのフェルミ準位は、価電子帯上端のシフトに追随する形でシフトする。そのため、ルチル型二酸化チタン量子ドットにおいては価電子帯上端の下方シフトに伴い、フェルミ準位も下降し、ピニングにより2,3−ジヒドロキシナフタレンのHOMOが下方シフトすることで、電荷移動遷移のエネルギーが増大した。以上のように、ルチル型二酸化チタン量子ドットと2,3−ジヒドロキシナフタレンの複合体を合成することで可視光による、電荷移動励起を達成することができた。
【0052】
・量子ドット−有機化合物複合体3の合成
参考合成例1で得られたルチル型二酸化チタン量子ドットを内包する多孔質シリカに電子受容性の有機化合物であるp−ベンゾキノンの飽和ベンゼン溶液を滴下・浸漬し、アセトンでシリカ外表面を洗浄、乾燥し、量子ドット−有機化合物複合体3を得た。
【0053】
・量子ドット−有機化合物複合体3の評価
量子ドット−有機化合物複合体3のUV−Visスペクトルを
図17に示す。吸収端は大きく可視領域までシフトした。粒子径が小さいほどバンドギャップ吸収に起因する吸収端が短波長側にシフト(ブルーシフト)し、粒子径に対応した顕著な量子サイズ効果が確認できた。
【0054】
「実施例3」
・量子ドット−金属ドット複合体の合成
参考合成例1で得られた酸化チタン量子ドットを内包する多孔質シリカを真空中で5h放置後、真空下で0.02M塩化白金酸水溶液に浸漬させた。トルエンで表面を洗浄した後にろ過し、60℃で一晩乾燥させ、再び真空中に2h放置し、真空下であらかじめArガスで30分バブリングして脱気した蒸留水を滴下して少量の水を含ませ、真空状態を維持したまま紫外光を2h照射した。水で洗浄後に乾燥させ光電着法により酸化チタン量子ドット表面に白金を担持させて、量子ドット−金属ドット複合体を得た。
【0055】
・エタノールガスの光分解反応による光触媒活性の評価
実施例1と同様にして、エタノールガスの光分解反応による光触媒活性を評価した。
図18に酸化チタン量子ドットと、量子ドット−金属ドット複合体による、エタノール分解で生じた二酸化炭素量を示す。金属ドットとの複合化による空間的電荷分離により、光触媒活性が約10倍向上することが確かめられた。