(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Taアルコキシド、Zrアルコキシド、β−ジケトン類及びジオールを還流して前記TaアルコキシドとZrアルコキシドを前記ジオールと反応させて第1合成液を調製する工程と、
前記第1合成液にTiアルコキシドを添加して再び還流して反応させて第2合成液を調製する工程と、
前記第2合成液にPb化合物を添加して更に還流して反応させて第3合成液を調製する工程と、
前記第3合成液から溶媒を除去した後、アルコールで希釈して第4合成液を調製する工程とを含み、
前記Taアルコキシド、Zrアルコキシド及びTiアルコキシドを合計した量を1モルとするとき、前記合計量に対して前記ジオールを7〜11モルとなる割合で、前記β−ジケトン類を1.5〜3.0モルとなる割合でそれぞれ含む
ことを特徴とするPTZT圧電体膜形成用液組成物の製造方法。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−333105号公報(請求項1、請求項2)
【特許文献2】特開2006−287254号公報(請求項2、要約)
【特許文献3】特開2012−256850(請求項1〜3)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】W. Zhu et. al. "Domain Wall Motion in A and B site Donor-Doped Pb(Zr0.52Ti0.48)O3 Films", J. Am. Ceram. Soc., 95[9] 2906-2913 (2012)
【非特許文献2】J. Yin et. al. "Enhanced fatigue and retention properties of Pb(Ta0.05Zr0.48Ti0.47)O3) films using La0.25Sr0.75CoO3 top and bottom electrodes", Appl. Phys. Let. Vol.75 No.23, 6 December 1999
【非特許文献3】H. Shima et. al. "Influence of Pb and La Contents on the Lattice Configuration of La-Substituted Pb(Zr,Ti)O3 Films Fabricated by CSD Method", IEEE Transactions on Ultrasonics, Ferroelectrics, and Frequency Control, Vol. 56, No.4, April 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記非特許文献2で報告されているPTZT強誘電体膜は、不揮発メモリーであるFeRAMの膜としての評価結果は有るものの、圧電体膜としての評価は進んでいない。
【0008】
本発明の目的は、圧電特性が良好で平均破壊時間が長くかつ配向度が高いPTZT圧電体膜及びその圧電体膜形成用液組成物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、Pb、Zr及びTiを含有するABO
3で表されるペロブスカイト構造の金属酸化物のBサイトイオンであるTi、Zrの一部をNbに置換しようとしても、3、4、5価を取り得るNb原子が3価としてAサイトイオンと置換する可能性を非特許文献3から知見した。そのため、Nbと同じ原子半径をもち、5価がより安定なTaに着目した。即ち、本発明者らは、Zr、Tiの一部を5価でより安定であるTaに置換するとともに、前駆体物質を合成するときに、TaアルコキシドとZrアルコキシドをジオールと反応させることにより、プロセス中に炭素分が膜中に一定の濃度で残留させて、適度に炭素を膜中に含有させると、圧電特性が良好で平均破壊時間が長くかつ配向度が高いPTZT圧電体膜を形成できることを知見して本発明に到達した。
【0010】
本発明の第1の観点は、Pb、Ta、Zr及びTiを含有するペロブスカイト構造の金属酸化物からなり、前記金属酸化物が更に炭素を含有し、前記炭素の含有量が80〜800質量ppmであ
って、Zr原子とTi原子を合計した金属原子に対するTa原子の割合が0<Ta≦0.04の範囲にあるPTZT圧電体膜である。
【0012】
本発明の第
2の観点は、Taアルコキシド、Zrアルコキシド、β−ジケトン類及びジオールを還流して前記TaアルコキシドとZrアルコキシドを前記ジオールと反応させて第1合成液を調製する工程と、前記第1合成液にTiアルコキシドを添加して再び還流して反応させて第2合成液を調製する工程と、前記第2合成液にPb化合物を添加して更に還流して反応させて第3合成液を調製する工程と、前記第3合成液から溶媒を除去した後、アルコールで希釈して第4合成液を調製する工程とを含み、前記Taアルコキシド、Zrアルコキシド及びTiアルコキシドを合計した量を1モルとするとき、前記合計量に対して前記ジオールを7〜11モルとなる割合で、前記β−ジケトン類を1.5〜3.0モルとなる割合でそれぞれ含むことを特徴とするPTZT圧電体膜形成用液組成物の製造方法である。
【0013】
本発明の第
3の観点は、第
2の観点に基づく方法により製造されたPTZT圧電体膜形成用液組成物を基板の配向制御膜上に塗布し乾燥することによりPTZT前駆体膜を形成する工程と、前記PTZT前駆体膜を仮焼する工程と、前記仮焼されたPTZT前駆体膜を焼成する工程とを含むPTZT圧電体膜の形成方法である。
【0014】
本発明の第
4の観点は、第
1の観点に基づくPTZT圧電体膜を有する電子部品である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1の観点のPTZT圧電体膜は、Pb、Zr及びTiにペロブスカイト構造の金属酸化物において5価のTaを添加して作製される。このTa添加のときに、TaがAサイトイオンと置換する可能性が低く、BサイトのZr、Tiの一部と確実に置換する。また上記金属酸化物が炭素を所定量含有する。これらのことから、添加したTaがBサイトを置換することによりPZTに鉛欠損が生成し、ドメインの移動が容易に起こりやすくなったことに起因して、圧電特性が良好で平均破壊時間が長くかつ配向度が高いPTZT圧電体膜となる。
【0016】
また本発明の第
1の観点では、Zr原子とTi原子を合計した金属原子に対するTa原子の割合を0<Ta≦0.04とすることにより、後述するPTZT圧電体膜形成用液組成物を調製するときに溶液に沈殿が生じにくくなる。
【0017】
本発明の第
2の観点では、第1合成液を調製する工程でTaアルコキシド、Zrアルコキシド、β−ジケトン類及びジオールを還流してTaアルコキシドとZrアルコキシドをジオールと反応させることにより、この液組成物からPTZT圧電体膜を形成したときに、所定量の炭素を圧電体膜に含有させることができ、またTaアルコキシドとZrアルコキシドを複合化させて安定化させることにより沈殿を抑制し保存安定性を高めることができる。
【0018】
本発明の第
3の観点では、第
2の観点の方法により製造されたPTZT圧電体膜形成用液組成物を基板の配向制御膜上に塗布し乾燥することによりPTZT前駆体膜を形成し、これを仮焼し焼成することにより、配向制御膜の配向に制御された配向度の高いPTZT圧電体膜を形成することができる。
【0019】
本発明の第
4の観点では、第
1の観点のPTZT圧電体膜を用いて圧電特性が良好で平均破壊時間が長い電子部品が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に本発明を実施するための形態を説明する。
【0021】
〔PTZT圧電体膜〕
本発明のPTZT圧電体膜は、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等のPb含有のペロブスカイト構造を有する金属酸化物にTaがドープされた、かつ炭素を平均値で80〜800質量ppm含有するPTZT圧電体膜である。炭素の含有量が80質量ppm未満ではPTZT圧電体膜における焼成界面近傍に炭素原子が不足するとともに、リーク電流が十分抑制できないことにより、PTZT圧電体膜が経時的劣化が早まる。この結果、PTZT圧電体膜の平均破壊時間が短くなる。また800質量ppmを超えると結晶性が劣化するため、PTZT圧電体膜の圧電特性が悪化する。炭素の含有量の好ましい範囲は100〜300質量ppmである。また圧電体膜中のTa原子の割合は、Zr原子とTi原子を合計した金属原子に対して、0<Ta≦0.04の範囲にあることが好ましい。圧電体膜中のTa原子の割合が0.04を超えるように、後述する液組成物を調製すると、調製時及び保存時に溶液が沈殿し易くなる。好ましい圧電体膜中のTa原子の割合は0.01〜0.03の範囲である。またTaを全く含有しないと、PTZT圧電体膜の圧電特性を向上させることが困難になる。
【0022】
本発明のPTZT圧電体膜は、Pb、Ta、Zr及びTiが所定の金属原子比となるように含まれる。具体的には、PTZT圧電体膜中の金属原子比(Pb:Ta:Zr:Ti)が(0.99〜1.04):(0.01〜0.04):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たすことが好ましい。Pbの割合が下限値未満では、PTZT圧電体膜中にパイロクロア相が多量に含まれてしまい、圧電特性等の電気特性が著しく低下し易くなる。一方、Pbの割合が上限値を超えると、PTZT圧電体膜中に多量にPbOが残留し、リーク電流が増大して膜の電気的信頼性が低下し易くなる(平均破壊時間が短くなり易くなる)。即ち、膜中に過剰な鉛が残り易くなり、リーク特性や絶縁特性が悪化し易くなる。またZr、Tiの割合が上記範囲から外れると、PTZT圧電体膜の圧電定数を十分に向上させることが困難になり、更にTaの割合が0.01未満であると、PTZT圧電体膜の圧電特性を十分に向上させることが困難になる。一方、Taの割合が上限値を超えると、液組成物を合成することが困難になる。
【0023】
〔PTZT圧電体膜形成用液組成物の製造方法〕
(1) 第1合成液の調製工程
第1合成液の調製工程では、Taアルコキシド、Zrアルコキシド、β−ジケトン類及びジオールを還流してTaアルコキシドとZrアルコキシドをジオールと反応させることにより第1合成液を調製する。具体的には、Taアルコキシド及びZrアルコキシドを、成膜後のPTZT圧電体膜中で上記所定の金属原子比を与える割合になるように秤量する。秤量したTaアルコキシド及びZrアルコキシドをβ−ジケトン類とジオールとともに反応容器内に投入して混合し、好ましくは窒素雰囲気中、130〜175℃の温度で0.5〜3時間還流して合成液を調製する。
【0024】
Taアルコキシドとしては、タンタルペンタエトキシド等のアルコキシドが挙げられる。このタンタルペンタエトキシドは、入手が容易で好ましい反面、反応性が高く極めて沈殿を生成し易い。このため第1合成液の調製工程では、Zrアルコキシド、Taアルコキシド、β−ジケトン類及びジオールを同時に還流により反応させてTaアルコキシドの沈殿を防ぐ。Zrアルコキシドとしては、ジルコニウム−n−ブトキシド、ジルコニウム−tert−ブトキシド等のアルコキシドが挙げられる。またβ−ジケトン類(安定化剤)としては、、アセチルアセトン、ヘプタフルオロブタノイルピバロイルメタン、ジピバロイルメタン、トリフルオロアセチルアセトン、ベンゾイルアセトン等が挙げられる。このうちアセチルアセトンが入手が容易であるため好ましい。またジオールとしては、プロピレングリコール、エチレングリコール又は1,3―プロパンジオール等が挙げられる。このうち、プロピレングリコール又はエチレングリコールが低毒性、かつ、保存安定性を高める効果を有するため好ましい。ジオールを必須の溶媒成分とすれば、その添加量を調整することにより、PTZT圧電体膜中の炭素の含有量を所定の範囲にすることができるとともに、液組成物の保存安定性を高めることができる。
【0025】
(2) 第2合成液の調製工程
第2合成液の調製工程では、第1合成液の温度を維持しながら、反応容器内のこの合成液にTiアルコキシドを添加して、好ましくは窒素雰囲気中、0.5〜5時間再び還流して反応させることにより第2合成液を調製する。Tiアルコキシドとしては、チタンテトラエトキシド:Ti(OEt)
4、チタンテトライソプロポキシド:Ti(OiPr)
4、チタンテトラn−ブトキシド:Ti(OnBu)
4、チタンテトライソブトキシド:Ti(OiBu)
4、チタンテトラt−ブトキシド:Ti(OtBu)
4、チタンジメトキシジイソプロポキシド:Ti(OMe)
2(OiPr)
2等のアルコキシドが挙げられる。第1合成液の調製工程の後の第2合成液の調製工程でTiアルコキシドを添加するのはTaアルコキシドとZrアルコキシドを反応させ複合アルコキシド化させることにより保存安定性を高め沈殿の生成を抑制するためである。
【0026】
(3) 第3合成液の調製工程
第3合成液の調製工程では、第2合成液を室温下で放冷することにより室温まで冷却し、反応容器内のこの合成液にPb化合物を添加して更に還流して反応させることにより第3合成液を調製する。Pb化合物としては、酢酸鉛:Pb(OAc)
2等の酢酸塩や、鉛ジイソプロポキシド:Pb(OiPr)
2等のアルコキシドが挙げられる。第2合成液の調製工程の後の第3合成液の調製工程でPb化合物を添加するのは安定化したTa、Zr、Tiを含有する液組成物と酢酸鉛を反応させることにより複合アルコキシドを合成し沈殿を抑制するためである。
【0027】
(4) 第4合成液の調製工程
第4合成液の調製工程では、第3合成液から溶媒を除去した後、アルコールで希釈することにより第4合成液を調製する。溶媒は、例えば常圧蒸留や減圧蒸留の方法により合成液から除去して、本発明のPTZT圧電体膜形成用液組成物が調製される。アルコールとしては、エタノール、n−ブタノール、n−オクタノール等が挙げられる。希釈した後の液組成物の濃度は酸化物濃度で10〜35質量%、好ましくは20〜25質量%である。液組成物の濃度をこの範囲にするのは、下限値未満では十分な膜厚が得られにくく、一方、上限値を超えるとクラックが発生しやすくなるからである。液組成物中に占めるPTZT前駆体の濃度における酸化物濃度とは、液組成物に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、液組成物100質量%に占める金属酸化物の濃度をいう。
【0028】
(5) ジオール及びβ−ジケトン類の添加量
本発明のPTZT圧電体膜形成用液組成物中のジオールは、Taアルコキシド、Zrアルコキシド及びTiアルコキシドを合計した量を1モルとするとき、その合計量に対して7〜11モルとなるように添加する。ジオールの添加量が7モル未満ではPTZT圧電体膜中の炭素含有量が80質量ppm未満となり、11モルを超えるとPTZT圧電体膜中の炭素含有量が200ppmを超える。また本発明のPTZT圧電体膜形成用液組成物中のβ−ジケトン類(安定化剤)は、上記合計量に対して1.5〜3.0モルとなるように添加する。β−ジケトン類の添加量が1.5モル未満では沈殿が生成し、3.0モルを超えて添加しても効果は変わらない。
【0029】
本発明のPTZT圧電体膜形成用液組成物中に含まれるPTZT前駆体は、形成後の圧電体膜において上記金属酸化物を構成するための原料であり、前述したようにPTZT圧電体膜中で金属原子比(Pb:Ta:Zr:Ti)が(0.99〜1.04):(0.01〜0.04):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たすようにPb源、Ta源、Zr源及びTi源が含まれる。具体的には、PTZT前駆体中の金属原子比(Pb:Ta:Zr:Ti)が(1.00〜1.25):(0.01〜0.04):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)なるように、Pb化合物、Taアルコキシド、Zrアルコキシド、Tiアルコキシドが秤量される。
【0030】
〔PTZT圧電体膜の形成方法〕
上記方法で製造されたPTZT圧電体膜形成用液組成物を用いてPTZT圧電体膜を形成する方法について説明する。この形成方法は、ゾルゲル法による圧電体膜の形成方法であり、原料溶液に、上述のTaがドープされ、炭素を含有したPTZT圧電体膜形成用液組成物を使用する。
【0031】
先ず、上記PTZT圧電体膜形成用液組成物を基板上に塗布し、所定の厚さを有する塗膜(ゲル膜)を形成する。塗布法については、特に限定されないが、スピンコート、ディップコート、LSMCD(Liquid Source Misted Chemical Deposition)法又は静電スプレー法等が挙げられる。圧電体膜を形成する基板には、下部電極が形成されたシリコン基板やサファイア基板等の耐熱性基板が用いられる。基板上に形成する下部電極は、Pt、TiOx、Ir、Ru等の導電性を有し、かつ圧電体膜と反応しない材料により形成される。例えば、下部電極を基板側から順にTiOx膜及びPt膜の2層構造にすることができる。上記TiOx膜の具体例としては、TiO
2膜が挙げられる。更に基板としてシリコン基板を用いる場合には、この基板表面にSiO
2膜を形成することができる。
【0032】
また、圧電体膜を形成する下部電極上には、圧電体膜を形成する前に、(100)面に優先的に結晶配向が制御された配向制御膜を形成しておくことが望ましい。これは、PTZT圧電体膜を(100)面に強く配向させることにより、成膜直後から分極方向が揃った膜に形成できるからである。配向制御膜としては、(100)面に優先的に結晶配向が制御されたLNO膜(LaNiO
3膜)、PZT膜、SrTiO
3膜等が挙げられる。
【0033】
なお、配向制御層の優先的な結晶配向を(100)面に制御する方法としては、例えば、特許文献3に記載された結晶面が(111)軸方向に配向した下部電極を有する基板のこの下部電極上に、強誘電体薄膜形成用組成物を塗布、仮焼、焼成して配向制御層を形成するときに、上記下部電極上に結晶粒径制御層を形成しておき、この結晶粒径制御層の上に上記強誘電体薄膜形成用組成物の塗布量を上記配向制御層の結晶化後の層厚が35nm〜150nmの範囲内になるように設定し、かつ上記仮焼時の温度を150℃〜200℃又は285℃〜315℃の範囲内にする方法(以下、第1の方法という。)が挙げられる。
【0034】
基板上に塗膜であるPTZT前駆体膜を形成した後、このPTZT前駆体膜を仮焼し、更に焼成して結晶化させる。仮焼は、ホットプレート又はRTA等を用いて、所定の条件で行う。仮焼は、溶媒を除去するとともに金属化合物を熱分解又は加水分解して複合酸化物に転化させるために行うことから、空気中、酸化雰囲気中、又は含水蒸気雰囲気中で行うのが望ましい。空気中での加熱でも、加水分解に必要な水分は空気中の湿気により十分に確保される。なお、仮焼前に、特に低沸点溶媒や吸着した水分子を除去するため、ホットプレート等を用いて70〜90℃の温度で、0.5〜5分間低温加熱(乾燥)を行ってもよい。
【0035】
仮焼は、好ましくは250〜300℃に2〜5分間保持することにより行うが、溶媒等を十分に除去し、ボイドやクラックの抑制効果をより高めるため、或いは膜構造の緻密化を促進させる理由から、加熱保持温度を変更させた二段仮焼により行うことが好ましい。二段仮焼を行う場合、一段目は250〜300℃に3〜10分間保持する仮焼とし、二段目は400〜500℃に3〜10分間保持する仮焼とする。
【0036】
ここで、一段目の仮焼温度を250〜300℃の範囲とするのが好ましい理由は、下限値未満では前駆体物質の熱分解が不十分となり、クラックが発生しやすくなるからである。一方、上限値を超えると基板付近の前駆体物質が完全に分解する前に基板上部の前駆体物質が分解してしまい、有機物が膜の基板寄りに残留することでボイドが発生しやすくなるからである。また一段目の仮焼時間を3〜10分間とするのが好ましい理由は、下限値未満では前駆体物質の分解が十分に進行せず、上限値を超えるとプロセス時間が長くなり生産性が低下する場合があるからである。また二段目の仮焼温度を400〜450℃の範囲とするのが好ましい理由は、下限値未満では前駆体物質中に残った残留有機物を完全に除去できず、膜の緻密化が十分に進行しない場合があるからである。一方、上限値を超えると結晶化が進行して配向性の制御が難しくなる場合があるからである。更に二段目の仮焼時間を3〜10分間の範囲とするのが好ましい理由は、下限値未満では十分に残留有機物を除去でず、結晶化時に強い応力が発生して、膜の剥がれやクラックが発生しやすくなる場合があるからである。一方、上限値を超えるとプロセス時間が長くなり生産性が低下する場合があるからである。
【0037】
液組成物の塗布から仮焼までの工程は、所定の膜厚になるように、仮焼までの工程を複数回繰り返して、最後に一括で焼成を行うこともできる。一方、原料溶液に、上述した本発明の液組成物等を使用すれば、成膜時に発生する膜収縮由来の応力を抑制できること等から、ボイドやクラックを発生させることなく、1回の塗布で数百nm程度の厚い膜を形成できる。そのため、上記繰り返し行う工程数を少なくできる。
【0038】
焼成は、仮焼後のPTZT前駆体膜を結晶化温度以上の温度で焼成して結晶化させるための工程であり、これにより圧電体膜が得られる。この結晶化工程の焼成雰囲気はO
2、N
2、Ar、N
2O又はH
2等或いはこれらの混合ガス等が好適である。焼成は、600〜700℃で1〜5分間程度行われる。焼成は、RTAで行ってもよいRTAで焼成する場合、その昇温速度を2.5〜100℃/秒とすることが好ましい。なお、上述の組成物の塗布から焼成までの工程を複数回繰り返すことにより、更に厚みのある圧電体膜に形成してもよい。
【0039】
以上の工程により、PTZT圧電体膜が得られる。この圧電体膜は、Taをドープすることにより、また炭素を所定量含有することにより、圧電定数を向上することができるので、より大きな変位を得ることができるとともに、誘電率を低くすることができるので、センサとして使用する場合、利得が大きくなる。これは、添加されたTaがZr若しくはTiを置換し、酸素欠損を生じさせたことが主要因であると考えられる。このPTZT圧電体膜を用いて、圧電MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)、インクジェットヘッド、ミラーデバイス、オートフォーカス、焦電センサ等の電子部品が得られる。
【実施例】
【0040】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0041】
<実施例1>
先ず、ジルコニウムブトキシド(Zr源)、タンタルペンタエトキシド(Ta源)、アセチルアセトン(β−ジケトン類)、プロピレングリコール(ジオール)を反応容器内に投入して混合し、窒素雰囲気中、150℃の温度で0.5時間還流して合成液を調製した。得られた合成液に、チタンイソプロポキシド(Ti源)、アセチルアセトンを添加し、再び150℃の温度で0.5時間還流した後、室温まで冷却した。得られた合成液に、酢酸鉛三水和物(Pb源)を添加し、更に150℃の温度で1時間還流を行った。酢酸鉛三水和物を添加して得られた合成液100質量%中に占めるPTZT前駆体の濃度が、酸化物濃度で35質量%になるように減圧蒸留を行って不要な溶媒を除去した。脱溶媒後にエタノールで希釈を行い酸化物濃度で15質量%まで希釈を行った。希釈後の合成液(PTZT圧電体膜形成用液組成物)の組成がPTZT(112/2/52/48)となるように、ジルコニウムブトキシド、タンタルペンタエトキシド、チタンイソプロポキシド及び酢酸鉛三水和物をそれぞれ秤量して混合した。またジルコニウムブトキシド、タンタルペンタエトキシド及びチタンイソプロポキシドを合計した量を1モルとするとき、合計量に対してアセチルアセトン(β−ジケトン類)を2モルとなる割合で、また合計量に対してプロピレングリコール(ジオール)を7モルとなる割合で液組成物に含有させた。
【0042】
このPTZT圧電体膜形成用液組成物1000μLを前述した第1の方法により(100)面に優先的に結晶配向が制御されたPb
1.00Zr
0.52Ti
0.48O
3で構成された配向制御層付き4インチサイズのシリコン基板の最上層(配向制御層)上に滴下し、3000rpmの回転速度で15秒間スピンコーティングを行った。このシリコン基板上にはSiO
2膜(500nm)、TiO
2膜(20nm)、Pt膜(100nm)及び(100)面に優先的に結晶配向が制御されたPZT膜(60nm)が下から上に向ってこの順に積層されていた。上記括弧内の数値は膜厚である。スピンコーティング後、塗膜であるPTZT前駆体膜(ゲル膜)を大気中300℃のホットプレートで3分間仮焼成を行った。この操作を4回繰り返した後、RTAを用いて酸素雰囲気中で昇温速度50℃/秒で700℃まで昇温し、その温度で酸素雰囲気下で1分間保持することによりPTZT前駆体膜を焼成した。更にこの操作を5回繰り返してPTZT圧電体膜を得た。
【0043】
<実施例2〜8>
原料の配合を以下の表1のように変更した以外は、実施例1と同様にして実施例2〜8のPTZT圧電体膜形成用液組成物を調製し、実施例1と同様にして実施例2〜8のPTZT圧電体膜を得た。
【0044】
<比較例1>
ジルコニウムブトキシド、タンタルペンタエトキシド及びチタンイソプロポキシドを合計した量を1モルとするとき、合計量に対してプロピレングリコール(ジオール)を6モルとなる割合で液組成物に含有させた。それ以外は、実施例4と同じPTZT圧電体膜形成用液組成物を用意した。このPTZT圧電体膜形成用液組成物1000μLをスピンコータ上にセットされた実施例1と同じ4インチサイズのシリコン基板の最上層のPZT膜(配向制御膜)上に滴下し、実施例1と同様にスピンコーティングを行った。スピンコーティング後、塗膜であるPTZT前駆体膜(ゲル膜)を大気中75℃のホットプレートで2分間仮焼成を行った。その後、365nmの紫外線をPTZT前駆体膜に5分間照射し、RTAを用いて酸素雰囲気中で昇温速度50℃/秒で700℃まで昇温し、その温度で酸素雰囲気下で1分間保持することによりPTZT前駆体膜を焼成した。更にこの操作を19回繰り返してPTZT圧電体膜を得た。
【0045】
<比較例2及び3>
原料の配合を以下の表1のように変更した以外は、実施例1と同様にして比較例2及び3のPTZT圧電体膜形成用液組成物を調製し、実施例1と同様にして比較例2及び3のPTZT圧電体膜を得た。
【0046】
実施例1〜8及び比較例1〜3で調製した圧電体膜形成用液組成物中の金属原子比、ジオールのモル量、β−ジケトン類のモル量を以下の表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
<比較試験及び評価>
実施例1〜8及び比較例1〜3で得られた圧電体膜について、膜厚、膜組成、膜中の炭素の含有量、膜中のZr原子とTi原子を合計した金属原子に対するTa原子の割合、圧電定数、平均破壊時間、(100)面における配向度を以下に示す方法でそれぞれ評価した。これらの結果を以下の表2に示す。
【0049】
(1) 膜厚:圧電体膜の膜厚(総厚)をSEM(日立社製:S4300)にて評価した。
【0050】
(2) 膜組成:蛍光X線分析装置(リガク社製 型式名:Primus III+)を用いた蛍光X線分析により、圧電体膜の組成を分析した。なお、液組成物中のPbが成膜後の膜中において減少する実施例、比較例があったが、これは焼成等によりPb源が蒸発したことによるものである。
【0051】
(3) 炭素の含有量(質量ppm):二次イオン質量分析(CAMECA社IMS6f)により圧電体膜の深さ方向の炭素量をSiO2中の感度として定量した。3回定量した値を平均して炭素の含有量とした。
【0052】
(4) 膜中のZr原子とTi原子を合計した金属原子に対するTa原子の割合: 上記(2)の膜組成から求められた、Zr原子とTi原子の金属原子の和でTa原子を除して算出した。
【0053】
(5) 圧電定数d
33(pm/V):aix ACCT社Double Beam Laser Interferometerにより測定した。この測定には、厚さが0.525mmであるシリコン基板と、上部電極が直径3mmの円形状であるPt電極を使用した。
【0054】
(6) 平均破壊時間(秒):圧電体膜の電気的な信頼性を調べるため、高温、高電圧下で定電圧を印加することにより高加速破壊試験を行った。得られた圧電体膜の表面に、スパッタリング法により200μmφで0.2μm厚のPtからなる電極を形成した後、RTAを用いて、酸素雰囲気中、700℃の温度で1分間ダメージリカバリーアニーリングを行った薄膜コンデンサを試験用サンプルとした。これらの試験用サンプルについて、測定の温度を160℃に設定して0.52MV/cmの電界強度を印加し、リーク電流の経時変化を全てのサンプルが絶縁破壊するまで測定した。各実施例、比較例ごとに、それぞれ22個の上記試験用サンプルを作成し、ワイブル統計処理により63.2%のサンプルが絶縁破壊した時間を平均破壊時間(mean time tofailure: MTF)とした。 絶縁破壊時間はリーク電流が100μAに達した時間と定義した。
【0055】
(7) (100)面における配向度:X線回折(XRD)装置(パナリティカル社製、型式名:Empyrean)を用いた集中法により得られた回折結果から、(100)面配向度を以下の式により求めた。
(100)面配向度(%)=[(100)面の強度/{(100)面の強度+(110)面の強度+(111)面の強度}]×100
【0056】
【表2】
【0057】
表2から明らかなように、比較例1の圧電体膜は、Taを含有していたが、炭素の含有量が30質量ppmと低かったため、圧電定数d
33が110pm/Vと低く、また平均破壊時間が6.44×10
3秒と非常に短かった。また比較例2の圧電体膜は、Taを含有しておらず、また炭素の含有量が50質量ppmと低かっため、圧電定数d
33が87pm/Vと非常に低く、また平均破壊時間が1.08×10
4秒と短かった。更に比較例3の圧電体膜は、Taを含有していたが、炭素の含有量が820質量ppmと高かったため、平均破壊時間が1.83×10
4秒と長いにも拘わらず、圧電定数d
33は103pm/Vと低かった。これに対して、実施例1〜8の圧電体膜は、炭素の含有量が80〜800質量ppmの範囲にあり、かつTaを含有するため、比較例1〜3と比較して、圧電定数が高くまた平均破壊時間が長く、更に(100)面における配向度は92〜99%と高かった。