特許第6429355号(P6429355)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6429355
(24)【登録日】2018年11月9日
(45)【発行日】2018年11月28日
(54)【発明の名称】放射性物質吸着シートとその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G21F 9/02 20060101AFI20181119BHJP
   D21H 11/20 20060101ALI20181119BHJP
   D21H 21/14 20060101ALI20181119BHJP
   G21F 9/12 20060101ALI20181119BHJP
   B01J 20/30 20060101ALI20181119BHJP
   B01J 20/02 20060101ALI20181119BHJP
   D21H 27/00 20060101ALI20181119BHJP
   B01J 20/06 20060101ALI20181119BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20181119BHJP
   B01J 20/32 20060101ALI20181119BHJP
【FI】
   G21F9/02 511C
   D21H11/20
   D21H21/14 A
   G21F9/02 511A
   G21F9/12 501A
   G21F9/02 511S
   B01J20/30
   B01J20/02 A
   D21H27/00 Z
   B01J20/06 A
   B01J20/28 A
   B01J20/32 Z
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-173949(P2013-173949)
(22)【出願日】2013年8月23日
(65)【公開番号】特開2015-40854(P2015-40854A)
(43)【公開日】2015年3月2日
【審査請求日】2016年7月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】後藤 博正
【審査官】 藤原 伸二
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−290759(JP,A)
【文献】 特開2009−185412(JP,A)
【文献】 特開2011−200856(JP,A)
【文献】 特開2013−127372(JP,A)
【文献】 特表2006−522234(JP,A)
【文献】 特開2009−132574(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0125856(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21F 9/02
G21F 9/12
B01J 20/00−20/34
D21B 1/00−1/38
D21C 1/00−11/14
D21D 1/00−99/00
D21F 1/00−13/12
D21G 1/00−9/00
D21H 11/00−27/42
D21J 1/00−7/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程:
(1)アニリン類モノマーを含む溶液に、少なくとも、セルロースを含む繊維材、界面活性剤およびプロトン酸を添加、混合して混合液を得る工程;
(2)前記混合液に酸化剤を添加してアニリン類モノマーを重合させ、前記繊維材にポリアニリン類が結合した、ポリアニリン類と繊維材の複合体を作製する工程;
(3)ポリアニリン類と繊維材の複合体に、硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種をドーピングする工程
(4)前記工程(3)の後、さらにフェロシアン化カリウムを添加し、繊維材上にポリアニリン類とプルシアンブルーが結合した、ポリアニリン類とプルシアンブルーと繊維材の複合体を得る工程;および
(5)前記工程(4)で製造された前記複合体にデンプンを添加し、ポリアニリン類とプルシアンブルーと繊維材とデンプンの複合体をシート状に抄紙する抄紙工程
を含むことを特徴とする放射性物質吸着シートの製造方法。
【請求項2】
前記工程(2)の後、還元剤を添加する工程を含むことを特徴とする請求項1の放射性物質吸着シートの製造方法。
【請求項3】
界面活性剤が、コール酸ナトリウムであることを特徴とする請求項1または2の放射性物質吸着シートの製造方法。
【請求項4】
シート状に抄紙された放射性物質吸着シートであって、セルロースを含む繊維材上にポリアニリン類、プルシアンブルーおよびデンプンが結合した、ポリアニリン類とプルシアンブルーと繊維材とデンプンの複合体を含むことを特徴とする放射性物質吸着シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性物質吸着材とその製造方法、および、放射性物質吸着シートとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電所の放射性物質漏洩事故により、環境中に多くの放射性物質が放出され、大きな社会問題となっている。放出された放射性物質は主としてヨウ素131、セシウム134、セシウム137である。これらの放射性物質を人為的に無害化することは困難であり、対策としては、放射性物質を生活環境中から除去し、管理された区域に封じ込めるなどの方法が必要となる。そして、例えば、セシウムを選択的に取り込める吸着材として、プルシアンブルー(フェロシアン化鉄(III)、フェロシアン化第二鉄などとも呼ばれる)が注目されている。
【0003】
一方、これまでに、本発明者は、ポリアニリン類についての研究を通じて多くの成果を得ている。
【0004】
ポリアニリン類は、電子材料や導電材料として各種の分野、たとえば電池の電極材、帯電防止材、電磁波遮閉材、光電子変換素子、光メモリー、各種センサー等の機能素子、表示素子などのへの応用が検討、実施されている材料であるが、ポリアニリン類は一般に溶媒への溶解性や溶融性が良好ではない。例えば、ポリアニリンは、脱ドープ後のエメラルディンベースで1-メチル-2-ピロリドンに溶融するもののそれ以外の溶媒への溶解は通常困難である。そのため、ポリアニリンの場合、キャストフィルムを作製する際には高沸点の有機溶媒など特定のものを使用せざるを得ず、また成形加工性も乏しいため、加工が容易でない。
【0005】
そこで、本発明者は、高い加工性と導電性を有し、抄紙後の強靭性も有するパルプ/ポリアニリン類複合体を、1段階の工程で低コストに製造可能なパルプ/ポリアニリン類複合体の製造方法を提案している(特許文献1)。この製造方法によれば、ポリアニリン類の加工性を格段に改善することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009-185412号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、プルシアンブルーへの注目が高まってはいるものの、プルシアンブルーを利用したセシウム吸着材の実用化は大きく進んでいるとは言い難い。その理由としては、プルシアンブルーは、導電性高分子に直接デポジットすることが難しいため、プルシアンブルーが脱離してしまうなど、その取扱いが必ずしも容易でないことが一因として挙げられる。
【0008】
また、放射性物質吸着材としては、セシウム吸着性のみならず、ヨウ素をも吸着することができる材料の開発が望まれている。
【0009】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、ポリアニリン類の特性、加工性を応用し、セシウム吸着性およびヨウ素吸着性を有する放射性物質吸着材と、この放射性物質吸着材を簡便で作業工程が少なく、低コストで得ることができる製造方法を提供することを課題としている。また、この放射性物質吸着材を抄紙した放射性物質吸着シート材とその製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の放射性物質吸着シートの製造方法は、上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
<1>以下の工程:
(1)アニリン類モノマーを含む溶液に、少なくとも、セルロースを含む繊維材、界面活性剤およびプロトン酸を添加、混合して混合液を得る工程;
(2)前記混合液に酸化剤を添加してアニリン類モノマーを重合させ、前記繊維材にポリアニリン類が結合した、ポリアニリン類と繊維材の複合体を作製する工程;
(3)ポリアニリン類と繊維材の複合体に、硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種をドーピングする工程
(4)前記工程(3)の後、さらにフェロシアン化カリウムを添加し、繊維材上にポリアニリン類とプルシアンブルーが結合した、ポリアニリン類とプルシアンブルーと繊維材の複合体を得る工程;および
(5)前記工程(4)で製造された前記複合体にデンプンを添加し、ポリアニリン類とプルシアンブルーと繊維材とデンプンの複合体をシート状に抄紙する抄紙工程
を含む。
<2>前記工程(2)の後、還元剤を添加する工程を含む。
<3>界面活性剤が、コール酸ナトリウムである。
本発明の放射性物質吸着シートは、
<4>シート状に抄紙された放射性物質吸着シートであって、セルロースを含む繊維材上にポリアニリン類、プルシアンブルーおよびデンプンが結合した、ポリアニリン類とプルシアンブルーと繊維材とデンプンの複合体を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明の放射性物質吸着材および放射性物質吸着シート材によれば、セシウムおよびヨウ素を確実に吸着することができる。また、本発明の放射性物質吸着材の製造方法および放射性物質吸着シート材の製造方法によれば、簡便で作業工程が少なく、低コストで放射性物質吸着材、放射性物質吸着シート材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1で得たシート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示した図(低倍率)である。
図2】実施例1で得たシート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示した図(高倍率)である。
図3】実施例1で得たシート材の赤外線吸収スペクトル(IR)を示したグラフである。
図4】実施例2で得たシート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示した図(低倍率)である。
図5】実施例2で得たシート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示した図(高倍率)である。
図6】実施例2で得たシート材の赤外線吸収スペクトル(IR)を示したグラフである。
図7】実施例3で得たシート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示した図(低倍率)である。
図8】実施例3で得たシート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示した図(高倍率)である。
図9】実施例3で得たシート材の赤外線吸収スペクトル(IR)を示したグラフである。
図10】実施例1で作製したシート材(放射性物質吸着シート):ポリアニリン/プルシアンブルー/セルロース(パルプ)複合体の電子スピン共鳴測定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の放射性物質吸着材の製造方法の第1実施形態は、以下の工程:
(1)アニリン類モノマーを含む溶液に、少なくとも繊維材、界面活性剤およびプロトン酸を添加、混合して混合液を得る工程;
(2)前記混合液に酸化剤を添加してアニリン類モノマーを重合させ、繊維材にポリアニリン類が結合した、ポリアニリン類/繊維材複合体を作製する工程;
(3)前記ポリアニリン類/繊維材複合体に、硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種をドーピングする工程;および
(4)前記工程(3)の後、さらにフェロシアン化カリウムを添加し、繊維材上にポリアニリン類とプルシアンブルーが結合した、ポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材複合体を得る工程
を含む。
【0019】
以下、各工程について説明する。
【0020】
工程(1)では、アニリン類モノマーを含む溶液に、少なくとも繊維材、界面活性剤およびプロトン酸を添加、混合して混合液を得る。
【0021】
アニリン類モノマーは、例えば、アニリンおよび、アニリンのアミノ基またはベンゼン環上の水素原子の1以上をアルキル基、アリール基、アルキルエーテル基、カルボキシルエステル基、シアノ基、ハロゲン基等の置換基により置換したアニリン誘導体などを例示することができる。
【0022】
繊維材は、合成繊維、植物繊維などを適宜使用することができる。合成繊維としては、例えば、ポリビニルアルコール、ビニロン、ザイロン、ナイロン、ポリウレタンフェルトなどを例示することができる。植物繊維としては、セルロースを主成分とする繊維から構成されるものを好ましく例示することができる。その具体例としては、例えば、針葉樹や広葉樹の木材パルプ、リンターパルプ等の非木材パルプ、メカニカルパルプ、ケミカルパルプ、セミケミカルパルプなどを挙げることができる。これらは1種単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0023】
繊維材の種類や形態、そして溶液中の濃度などは、繊維材の水分散性、重合反応の効率性、抄紙性、強度などを考慮して適宜設定することができる。分散安定性、反応性などの点からは、例えば、繊維材としてパルプを使用する場合、パルプ分散液は、カナディアンフリーネス値が、JIS P8121「パルプの濾水度試験法;カナダ標準型」に準拠して測定した値で100〜700mlであるものが好ましい。また、例えば、パルプ分散液中のパルプ濃度(固形分濃度)は、5〜20質量%での範囲を例示することができる。
【0024】
また、繊維材に対するアニリン類モノマーの量は、例えば、5〜30質量%の範囲を例示することができる。
【0025】
界面活性剤は、例えば、コール酸ナトリウム、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ポリエチレングリコール、エチレングリコール、ツイン20、タイロンなどを例示することができる。界面活性剤は、なかでもコール酸ナトリウムであることが好ましい。
【0026】
プロトン酸は、例えば、硫酸、硝酸、フッ化水素酸、塩化水素酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、過塩素酸、四フッ化ホウ素酸、六フッ化リン酸、メタンスルホン酸、トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸などを例示することができる。
【0027】
工程(1)では、例えば、アニリン類モノマーを蒸留水に溶解させた溶液に、界面活性剤、繊維材を添加するとともに、さらに、プロトン酸を添加した混合液を適宜撹拌することでアニリンがプロトン処理されてアニオンが生成される。
【0028】
工程(2)では、工程(1)で得た混合液に酸化剤を添加してアニリン類モノマーを重合させ、繊維材にポリアニリン類が結合した、ポリアニリン類/繊維材複合体を作製する。
酸化剤は、例えば、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム等の過硫酸塩、過塩素酸カリウム、塩化第二鉄、二酸化マンガン、二クロム酸塩、過酸化水素などを例示することができる。アニリン類モノマーと酸化剤の比は、適切設定することができるが、酸化剤の量がアニリン類モノマーに対して少な過ぎると重合反応が十分に進行せず、酸化剤の量がアニリン類モノマーに対して多過ぎると重合反応時に副生成物が多量に生成してしまう場合があるため、このような不都合が生じないようにアニリン類モノマーと酸化剤の比を設定することが好ましい。
【0029】
このように、工程(1)で得た混合液に酸化剤を添加してアニリン類モノマーを重合させることで、繊維材にポリアニリン類が結合した、ポリアニリン類/繊維材複合体を得ることができる。
【0030】
アニリン類モノマーの重合時の反応温度や反応時間は特に限定されないが、例えば、-5〜25℃で0.5〜24時間の間、常圧下にて反応混合物を攪拌させながら反応を行う方法を例示することができる。
【0031】
以上の重合反応により、アニリン類モノマーは、繊維材表面にコーティングされながら重合が進行する。このようにして、導電性が発現したポリアニリン類/繊維材複合体を得ることができる。
【0032】
ポリアニリン類/繊維材複合体を得た後、例えば、過剰の水、還元剤などで洗浄する工程、これを濾別し、乾燥する工程などを含むことができる。なお、洗浄後もポリアニリン類が繊維材から解離することはない。
【0033】
さらに、本発明の放射性物質吸着材の製造方法は、工程(2)の後、還元剤を添加する工程を含むことが好ましい。具体的には、還元剤としては、アンモニア水、ヒドラジン水溶液、ヒドラジンの蒸気、アルキルアンモニウム(例えば、トリエチルアミン、ジエチルアミン)などを例示することができる。還元剤を添加することで、後述する硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄が静電的に窒素部位に配位しやすくなるため、より多くのプルシアンブルーをポリアニリンと複合化させることができる。
【0034】
工程(3)では、ポリアニリン類/繊維材複合体に、硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種をドーピングする。
【0035】
例えば、蒸留水にポリアニリン類/繊維材複合体の乾燥体を添加し、ここに、硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種を添加して、ポリアニリン類/繊維材複合体に硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種をドーピングすることができる。硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種を添加した後は、撹拌する工程などを含むことができる。
【0036】
添加する硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄の量は、ポリアニリン類/繊維材複合体の量に応じて適宜設定することができる。
【0037】
工程(2)によって、繊維材表面のポリアニリン類に硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄を静電的に結合させることができる。
【0038】
工程(3)では、前記工程(2)の後、さらにフェロシアン化カリウムを添加し、繊維上にポリアニリン類とプルシアンブルーが結合した、ポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材複合体を得る。
【0039】
フェロシアン化カリウムを添加することで、繊維材の表面のポリアニリン類に結合している硫酸鉄、酸化鉄または塩化鉄とフェロシアン化カリウムとが反応し、プルシアンブルー(フェロシアン化鉄(III)、フェロシアン化第二鉄などとも呼ばれる)が合成され、繊維材の表面にコーティングされる。
【0040】
一般的に、プルシアンブルーは、組成式:Fe(III)4[Fe(II)(CN)6]3で表すことができるが、本発明におけるプルシアンブルーには、セシウム吸着性を有している限り、一部の鉄イオンが置換されているものなども含まれる。
【0041】
添加するフェロシアン化カリウムの量は、適宜設定することができるが、例えば、工程(2)を経たポリアニリン類/繊維材複合体の重量に対して、1%〜100%(w/w)程度を目安とすすることができる。
【0042】
本発明の放射性物質吸着材の製造方法で得られるポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材複合体は、ポリアニリン類を介して繊維材の表面にプルシアンブルーが結合しているため、セシウム吸着性を有し、放射性物質吸着材として利用することができる。また、本発明では、界面活性剤を用いることでアニリン類モノマーが水中で微粒子化し、これを繊維材の表面で重合させることで、繊維材の表面にポリアニリン類が滑らかにコーティングすることができる。
【0043】
さらに、例えば、プルシアンブルーは、紛体で用いると放射性物質を吸着した状態で分散する可能性があるが、本発明では、界面活性剤の作用によって繊維材の表面で浸透吸着したポリアニリン類の上でプルシアンブルーが合成されるので、プルシアンブルーが飛散する恐れがない。
【0044】
また、導電性高分子であるポリアニリン類は、ヨウ素などの電子受容体の気相ドープにより、絶縁体から導電体に転移する。このとき、ポリアニリン類は、電子をヨウ素に与え、ヨウ素は、ポリアニリン類から電子を受け取る。本発明の放射性物質吸着材の製造方法で得られるポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材複合体は、このような電荷移動相互作用も有し、ポリアニリン類によるドーピング機能によって、ヨウ素を吸着することもできる(ヨウ素がドーピング剤として機能する)。本発明のポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材複合体のように、セシウム吸着性とヨウ素吸着性を併せ持つ材料は、これまでに知られていない。
【0045】
このように、本発明の放射性物質吸着材は、セシウム吸着性およびヨウ素吸着性を有するため、例えば、環境中に放出された大気中のセシウム、ヨウ素を確実に吸着することができる。また、本発明の放射性物質吸着材は、例えば、繊維材として耐水性の合成繊維を使用した場合、水中においてもセシウム、ヨウ素を確実に吸着することができる。なお、本発明の放射性物質吸着材は、水中のセシウムを96.8%以上除去可能であることをXPSによる測定によって確認している。
【0046】
また、本発明の放射性物質吸着材の製造方法では、このようなセシウム吸着性、ヨウ素吸着性を有する放射性物質吸着材を、作業工程が少なく、簡便かつ低コストで製造することができる。
【0047】
さらに、本発明の放射性物質吸着材の製造方法では、ポリアニリン類の重合やプルシアンブルーの合成は水系で行われるため、有機溶媒などが不要であり、環境への負荷が少ない。また、生成したポリアニリン類は、繊維材の表面に吸着し、合成後の廃液にポリアニリン類などがほとんど残存しないため、環境への負荷が軽減されている。
【0048】
さらに、本発明のポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材複合体を、シート状に抄紙することで(抄紙工程)、放射性物質吸着シートが作製される。
【0049】
抄紙工程は、従来公知の抄紙装置などを利用して抄紙することができる。具体的には、抄紙工程は、湿式抄紙と乾式抄紙のいずれであってもよい。湿式抄紙は、慣用の方法で行うことができ、例えば手抄き抄紙器や多孔板などを備えた湿式抄紙機などを用いて抄紙することができる。乾式抄紙も、慣用の方法、例えばエアレイド製法、カード製法などを用いて抄紙することができる。
【0050】
放射性物質吸着シートの厚みは、特に制限はないが、例えば0.01〜20mmであり、導電性シートの目付けは、例えば10〜300 g/m2である。
【0051】
また、抄紙工程では、必要に応じて、さらに天然繊維、合成繊維、半合成繊維などの他の繊維を共に抄紙することにより含有させてもよい。さらに、抄紙工程では、その特性を損なわない範囲で、着色剤、芳香剤、脱臭剤、抗菌剤などの添加剤を配合することもできる。
【0052】
本発明の放射性物質吸着シートは、ポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材複合体を材料としており、プルシアンブルーによるセシウム吸着性と、ポリアニリン類のドーピング機能によるヨウ素吸着性を有しているため、例えば、環境中に放出されたセシウム、ヨウ素を確実に吸着することができる。また、本発明の放射性物質吸着シートは、例えば、包装材、運搬用などの箱材、被服、清掃用シート、フィルターなどに適宜加工することができる。
【0053】
そして、抄紙工程では、デンプンを添加し、ポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材/デンプン複合体をシート状に抄紙することが特に好ましい。デンプンを添加することで、ヨウ素デンプン反応によるヨウ素吸着能が付与されるため、放射性物質吸着シートのヨウ素吸着性をさらに向上させることができる。シート状に抄紙されたポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材/デンプン複合体についても、様々に加工して使用することが可能である。
【0054】
次に、本発明の放射性物質吸着材の製造方法の第2実施形態について設明する。第2実施形態について、第1実施形態と共通する部分についての説明は省略する。
【0055】
本発明の放射性物質吸着材の製造方法の第2実施形態は、以下の工程:
(1)アニリン類モノマーを含む溶液に、少なくとも繊維材、界面活性剤、プロトン酸およびデンプンを添加、混合して混合液を得る工程;
(2)混合液に酸化剤を添加してアニリン類モノマーを重合させ、繊維材にポリアニリン類が結合した、ポリアニリン類/繊維材/デンプン複合体を作製する工程;
(3)ポリアニリン類/繊維材/デンプン複合体に、硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種をドーピングする工程;および
(4)工程(3)の後、さらにフェロシアン化カリウムを添加し、繊維材上にポリアニリン類、プルシアンブルーおよびデンプンが結合した、ポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材/デンプン複合体を得る工程
を含む。
【0056】
工程(1)では、アニリン類モノマーを含む溶液に、少なくとも繊維材、界面活性剤、プロトン酸およびデンプンを添加、混合して混合液を得る。添加するデンプンの量は、ヨウ素吸着性などを考慮して適宜設定することができるが、例えば、繊維材に対するアニリデンプンの量は、例えば、1〜100質量%の範囲を例示することができる。
【0057】
工程(2)では、混合液に酸化剤を添加してアニリン類モノマーを重合させ、繊維材にポリアニリン類およびデンプンが結合した、ポリアニリン類/繊維材/デンプン複合体を作製する。第1実施形態と異なり、工程(2)において、デンプンは繊維材上に結合している。
【0058】
工程(3)では、ポリアニリン類/繊維材/デンプン複合体に、硫酸鉄、酸化鉄、塩化鉄のうちの少なくとも1種をドーピングする。工程(3)によって、繊維材表面のポリアニリン類に硫酸鉄、酸化鉄または塩化鉄を静電的に結合させることができる。
【0059】
工程(4)では、工程(3)の後、さらにフェロシアン化カリウムを添加し、繊維材上にポリアニリン類、プルシアンブルーおよびデンプンが結合した、ポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材/デンプン複合体を得る。
【0060】
ポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材/デンプン複合体は、セシウム吸着性およびヨウ素吸着性を有するため、例えば、環境中に放出された大気中のセシウム、ヨウ素を確実に吸着することができる。また、複合体中にデンプンが含まれているため、ヨウ素デンプン反応によるヨウ素吸着能が付与されるため、放射性物質吸着シートのヨウ素吸着性をさらに向上させることができる。
【0061】
さらに、この実施形態においては、工程(4)で得たポリアニリン類/プルシアンブルー/繊維材/デンプン複合体をシート状に抄紙する抄紙工程を含むことができ、これによって、放射性物質吸着シートが作製される。この放射性物質吸着シートにおいても、プルシアンブルーによるセシウム吸着性と、ポリアニリン類のドーピング機能によるヨウ素吸着性を有しているため、例えば、環境中に放出されたセシウム、ヨウ素を確実に吸着することができる。
【0062】
本発明の放射性物質吸着材とその製造方法、および、放射性物質吸着シートとその製造方法は、以上の形態に限定されることはない。例えば、放射性物質吸着材、放射性物質吸着シートのセシウム吸着性、ヨウ素吸着性を阻害しない範囲において、その他各種の物質を配合等することもできる。
【0063】
以下、本発明の放射性物質吸着材とその製造方法、および、放射性物質吸着シートとその製造方法について、実施例とともにさらに詳しく説明するが、本発明の放射性物質吸着材とその製造方法、および、放射性物質吸着シートとその製造方法は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0064】
<実施例1>
200mlの蒸留水にアニリン3.5gを溶解し、ここに、繊維材としてパルプ5g、界面活性剤としてコール酸ナトリウム2.8gを加えた。さらに硫酸4.4gを加えた後、1時間撹拌した。これを0℃に冷却し、ペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)5.18gを加え12時間撹拌して、アニリンを酸化重合させてポリアニリンを合成し、繊維材にポリアニリンが結合した、ポリアニリン/セルロース(パルプ)複合体を得た。
【0065】
このポリアニリン/パルプ複合体をろ別した後、アンモニア水で洗浄した。これをろ別し、これを乾燥させ、再び三角フラスコに移した。この乾燥品1.1gを蒸留水200mlに加え、撹拌を行いながら、2gの硫酸鉄(または酸化鉄)を加え、1時間半撹拌した後、室温でフェロシアン化カリウムを2g加えた(プルシアンブルーの合成)。
【0066】
これを12時間撹拌した後、ろ別、抄紙して、シート材(放射性物質吸着シート)を得た。
【0067】
図1図2に、シート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示す。図1は低倍率、図2は高倍率でのSEMである。図1図2に示したように、界面活性剤としてのコール酸の効果により、アニリンは水中にナノレベルで分散し、これがパルプのセルロース繊維上に吸着されたため、その表面は滑らかな形状となっている。
【0068】
図3に、赤外線吸収スペクトル(IR)を示す。3394cm-1にセルロース由来のOH伸縮振動(γ(OH))が見られる。2903cm-1のシグナルは、セルロース由来のγ(CH,CH2)である。また、プルシアンブルーのγ(CN)が2082cm-1に確認される。ポリアニリン骨格に由来するγ(C=C)が1609cm-1に観察された。
【0069】
以上により、得られたシート材(放射性物質吸着シート)は、ポリアニリン、プルシアンブルー(PB)、セルロース(繊維材)のコンポジット(ポリアニリン/プルシアンブルー/セルロース複合体)であることが確認された。
【0070】
<実施例2>
200mlの蒸留水にアニリン3.5gを溶解し、ここに、繊維材としてパルプ5g、界面活性剤としてTwin20を2.6gを加えた。さらに硫酸4.4gを加えた後、1時間撹拌した。これを0℃に冷却し、ペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)3.7gを加え12時間撹拌して、アニリンを酸化重合させてポリアニリンを合成し、繊維材にポリアニリンが結合した、ポリアニリン/セルロース(パルプ)複合体を得た。
【0071】
このポリアニリン/パルプ複合体をろ別した後、アンモニア水で洗浄した。これをろ別し、これを乾燥させ、再び三角フラスコに移した。この乾燥品1.1gを蒸留水200mlに加え、撹拌を行いながら、2gの硫酸鉄(または酸化鉄)を加え、1時間半撹拌した後、室温でフェロシアン化カリウムを2g加えた(プルシアンブルーの合成)。
【0072】
これを12時間撹拌した後、ろ別、抄紙して、シート材(放射性物質吸着シート)を得た。
【0073】
図4図5に、シート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示す。図4は低倍率、図5は高倍率でのSEMである。図4図5に示したように、界面活性剤としてのTwin20の効果により、アニリンは水中にナノレベルで分散し、これがパルプのセルロース繊維上に吸着されたため、その表面は滑らかな形状となっている。
【0074】
図6に、赤外線吸収スペクトル(IR)を示す。3394cm-1にセルロース由来のOH伸縮振動(γ(OH))が見られる。2903cm-1のシグナルは、セルロース由来のγ(CH,CH2)である。また、プルシアンブルーのγ(CN)が2082cm-1に確認される。ポリアニリン骨格に由来するγ(C=C)が1609cm-1に観察された。
【0075】
以上により、得られたシート(放射性物質吸着シート)は、ポリアニリン、プルシアンブルー(PB)、セルロース、のコンポジット(ポリアニリン/プルシアンブルー/セルロースの複合体)であることが確認された。
【0076】
<実施例3>
200mlの蒸留水にアニリン3.5gを溶解し、ここに、繊維材としてパルプ5g、界面活性剤としてTwin20を2.6gを加えた。さらに硫酸4.4gを加えた後、1時間撹拌した。これを0℃に冷却し、ペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)3.7gを加え12時間撹拌して、アニリンを酸化重合させてポリアニリンを合成し、繊維材にポリアニリンが結合した、ポリアニリン/セルロース(パルプ)複合体を得た。
【0077】
このポリアニリン/パルプ複合体をろ別した後、アンモニア水で洗浄した。これをろ別し、これを乾燥させ、再び三角フラスコに移した。この乾燥品1.1gを蒸留水200mlに加え、撹拌を行いながら、2gの硫酸鉄(または酸化鉄)を加え、1時間半撹拌した後、室温でフェロシアン化カリウムを2g加えた(プルシアンブルーの合成)。
【0078】
これを12時間撹拌した後、ろ別する。再びこれを三角フラスコに移し、300mlの蒸留水を加えた。そして、これに3gのデンプンを加え、撹拌した。1時間後、これを抄紙して、シート材(放射性物質吸着シート)を得た。
【0079】
図7図8に、シート材(放射性物質吸着シート)の走査型電子顕微鏡像(SEM)を示す。図7は低倍率、図8は高倍率でのSEMである。図7図8に示したように、界面活性剤としてのTwin20の効果により、アニリンは水中にナノレベルで分散し、これがパルプのセルロース繊維上に吸着されたため、その表面は滑らかな形状となっている。その間に球状のデンプンがセルロースに絡み合って吸着している様子が観察される。
【0080】
図9に、赤外線吸収スペクトル(IR)を示す。3394cm-1にセルロース由来のOH伸縮振動(γ(OH))が見られる。2903cm-1のシグナルは、セルロース由来のγ(CH,CH2)である。また、プルシアンブルーのγ(CN)が2082cm-1に確認される。ポリアニリン骨格に由来するγ(C=C)が1600cm-1に観察された。
【0081】
以上により、得られたシート(放射性物質吸着シート)は、ポリアニリン、プルシアンブルー(PB)、セルロース、デンプンのコンポジット(ポリアニリン/プルシアンブルー/セルロース/デンプン複合体)であることが確認された。
【0082】
<実施例4>
100 ppmのセシウム溶液に、実施例3で作製したデンプンを含むコンポジット(ポリアニリン/プルシアンブルー/セルロース/デンプン複合体)0.7367gを浸漬させ2日間放置した。その後、プラズマ質量分析装置(パーキンエルマー ELAN DRC-e)により、残留セシウム量を定量分析した。
【0083】
その結果、溶液中の96.18%のセシウムを吸着することができたことが確認された。
【0084】
一方、ヨウ素については、気相ドープにより、実施例3で作製したポリアニリン/プルシアンブルー/セルロース(繊維材)/デンプン複合体は、112.02%の重量増加が確認された(シート比11.2%のヨウ素吸着)。
【0085】
また、比較例としての純パルプ(NBKP100%)では、101.8%の重量増加であったことから、実施例1で作製したポリアニリン/プルシアンブルー/セルロース(繊維材)複合体は、ポリアニリンの静電相互作用によるドーピング機構とデンプンのヨウ素捕獲能により、ヨウ素を効率的に吸着できることが確認された。
【0086】
<実施例5>
実施例1で作製したシート材(放射性物質吸着シート):ポリアニリン/プルシアンブルー/セルロース(パルプ)複合体の電子スピン共鳴測定を行った。
【0087】
図10に示したように、マイクロ波9.236525GHz(X-band)でg=2.0388においてポリアニリンの伝導電子(ポーラロン)による共鳴が確認された。
【0088】
したがって、実施例1で作製したポリアニリン/プルシアンブルー/セルロース(パルプ)複合体は、繊維材としてのセルロース(パルプ)にポリアニリンが結合した、ポリアニリン、プルシアンブルー(PB)、セルロースのコンポジットであることが確認された。
図1
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図10