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特許6429372疎水性ペプチドを含有する難水溶性物質の分散剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6429372
(24)【登録日】2018年11月9日
(45)【発行日】2018年11月28日
(54)【発明の名称】疎水性ペプチドを含有する難水溶性物質の分散剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/42 20170101AFI20181119BHJP
   B01F 17/30 20060101ALI20181119BHJP
   A61K 9/10 20060101ALI20181119BHJP
   C07K 7/08 20060101ALI20181119BHJP
   A23L 33/18 20160101ALI20181119BHJP
   A23L 33/19 20160101ALI20181119BHJP
   C07K 1/12 20060101ALN20181119BHJP
   C07K 1/34 20060101ALN20181119BHJP
【FI】
   A61K47/42
   B01F17/30
   A61K9/10
   C07K7/08ZNA
   A23L33/18
   A23L33/19
   !C07K1/12
   !C07K1/34
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-204590(P2014-204590)
(22)【出願日】2014年10月3日
(65)【公開番号】特開2016-74613(P2016-74613A)
(43)【公開日】2016年5月12日
【審査請求日】2017年9月22日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名:化学工学会第46回秋季大会 開催日:平成26年9月17日〜19日
(73)【特許権者】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100180862
【弁理士】
【氏名又は名称】花井 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】大島 達也
【審査官】 佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−253783(JP,A)
【文献】 特開平04−108529(JP,A)
【文献】 日本化学会第93春季年会(2013)講演予稿集III, 2013, p.715頁
【文献】 化学工学会年会研究発表講演要旨集 CD-ROM, 2014.03, Vol.79th, p.58, SE3P15
【文献】 化学工学会秋季大会研究発表講演要旨集 CD-ROM, 2013, Vol.45th, p.335, C127
【文献】 化学工学会年会研究発表講演要旨集 CD-ROM, 2013, Vol.78th, L124
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/00−47/69
A61K 9/00− 9/72
A23L 31/00−33/29
C07K 1/00−19/00
B01F 17/00−17/56
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記:
(i)配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチド;
(ii)配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチド;
からなる群より選択される疎水性ペプチドからなる、難水溶性物質を分散させるための分散剤。
【請求項2】
請求項1に記載の分散剤と、少なくとも1種の難水溶性の薬物とを含有する医薬組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の分散剤と、少なくとも1種の難水溶性の物質とを含有する食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水性ペプチドを含有する難水溶性物質の分散剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食品及び/又は医薬品を経口摂取する場合、該食品又は医薬品に含有される栄養素、機能性成分又は医薬品の有効成分である薬物が消化管(例えば腸管)から吸収されるためには、これらの成分が消化管の内溶液中に溶解することが必要となる。しかしながら、食品又は医薬品に含有される栄養素、機能性成分又は薬物が難水溶性の場合、消化液への溶解度及び溶解速度は、非常に小さい。この場合、消化液への溶解が、これらの成分の吸収の律速段階となる。それ故、難水溶性物質の経口摂取における吸収率は非常に低く、その値は、場合により数パーセント程度に留まることもある。
【0003】
前記の通り、難水溶性の生理活性物質又は薬物を経口摂取する場合、消化液への溶解率が低いために、吸収率及び/又は生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)が低くなることが多い。このため、難水溶性の生理活性物質又は薬物を、様々な分散剤と複合化する技術が提案され、実用化されている。例えば、シクロデキストリンとの包接体形成、水溶性ポリマー若しくは糖との複合化、及びマイクロエマルション化等がよく知られている。
【0004】
前記技術に加え、ペプチド(例えば、タンパク質の加水分解物)と難水溶性物質との複合化についても検討されている。例えば、特許文献1は、難水溶性活性化合物を含む医薬製剤であって、100 Dを超える分子量をもつ架橋していない親水性ペプチド中に難水溶性活性化合物が分散して分布していることを特徴とし、かつ、水性溶液中で1 μm未満の粒子サイズをもつ分散形態で上記活性化合物を放出する、前記製剤を記載する。当該文献は、前記ペプチドが、コラーゲン、コラーゲン誘導物質、コラーゲン誘導物質の混合物;ゼラチン、分別ゼラチン、コラーゲン加水分解産物、ゼラチン誘導体;エラスチン加水分解産物;及び植物性プロテイン加水分解産物から成る群から選ばれ得ることを記載する。当該文献は、前記ペプチドの具体的な化学構造及び物性を記載していない。
【0005】
本発明者らによる非特許文献1〜3は、乳タンパク質であるカゼイン及びアルブミンの加水分解物が、特定の難水溶性の生理活性物質又は薬物に対し、水中での分散性を向上し得ることを記載する。当該文献は、前記乳タンパク質加水分解物の具体的な化学構造及び物性を記載していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2975112号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】A. Inada, T. Oshima, H. Takahashi, Y. Baba, Enhancement of water solubility of indomethacin by complexation with protein hydrolysate, Int. J. Pharm., 第453巻, p. 587-593 (2013)
【非特許文献2】T. Oshima, A. Inada, Y. Baba, Evaluation of hydrophilic and hydrophobic balance for the complex between indomethacin and casein hydrolysate using aqueous two-phase system, Solvent Extr. Res. Dev. Jpn., 第20巻, p. 71-77, (2013)
【非特許文献3】N. Matsushita, T. Oshima, H. Takahashi, Y. Baba, Enhanced water dispersibility of coenzyme Q10by complexation with albumin hydrolysate, J. Agric. Food Chem., 第61巻, p. 5972-5978 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記の通り、ある種のペプチドが、難水溶性の生理活性物質又は薬物の水中での分散性を向上し得ることが知られていた。しかしながら、難水溶性物質の水中での分散性向上に寄与し得る、ペプチドの具体的な化学構造及び/又は物性は知られていなかった。また、公知のペプチドによる分散性向上効果は、満足できる水準に到達していなかった。
【0009】
前記課題に鑑み、本発明は、難水溶性物質を水中において安定的に分散させる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、乳タンパク質の一種であるカゼインの加水分解物に相当するアミノ酸配列を有する特定のペプチドが、難水溶性物質を水中において安定的に分散できることを見出した。本発明者らは、前記知見に基づき本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0012】
(1) 疎水性ペプチドを含有する、難水溶性物質を分散させるための分散剤。
【0013】
(2) 前記疎水性ペプチドが、下記:
(i)配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチド;
(ii)配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチド;
(iii)前記(i)又は(ii)のペプチドにおいて、1〜5個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されているペプチド;
からなる群より選択されるペプチドである、前記(1)に記載の分散剤。
【0014】
(3) 前記(1)又は(2)に記載の分散剤と、少なくとも1種の難水溶性の薬物とを含有する医薬組成物。
【0015】
(4) 前記(1)又は(2)に記載の分散剤と、少なくとも1種の難水溶性の物質とを含有する食品組成物。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、難水溶性物質を水中において安定的に分散させる手段を提供することが可能となる。
【0017】
前記以外の、課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、カゼイン由来ペプチド画分の調製方法を示すスキームである。
図2図2は、カゼイン由来ペプチドの各画分に含まれるペプチドと複合化したコエンザイムQ10の見かけの溶解度を示す図である。
図3図3は、ペプチド画分A、及びコエンザイムQ10・ペプチドA複合体の典型的な粒子径分布図を示す図である。
図4図4は、カゼイン由来ペプチドの各画分に含まれるペプチドと複合化したパクリタキセルの見かけの溶解度を示す図である。
図5図5は、カゼイン由来ペプチドの各画分に含まれるペプチドと複合化したクルクミンの見かけの溶解度を示す図である。
図6図6は、カゼイン由来ペプチドの各画分に含まれるペプチドと複合化したレチノイン酸の見かけの溶解度を示す図である。
図7図7は、カゼイン由来ペプチド混合物及びペプチド画分AのMSスペクトルを示す図である。(a)カゼイン由来ペプチド混合物のMSスペクトル;(b)ペプチド画分Aに含まれる1881 m/zのピークに対応するペプチドのMSスペクトル;(c)ペプチド画分Aに含まれる1718 m/zのピークに対応するペプチドのMSスペクトル;(d)ペプチド画分Aに含まれる2460 m/zのピークに対応するペプチドのMSスペクトル;(e)ペプチド画分Aに含まれる1202 m/zのピークに対応するペプチドのMSスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0020】
<1:分散剤>
本発明者らは、特定のアミノ酸配列を有し、且つ高い疎水性を有するペプチドが、難水溶性物質を水中に安定的に分散できることを見出した。それ故、本発明は、疎水性ペプチドを含有する、難水溶性物質を分散させるための分散剤に関する。
【0021】
本発明の分散剤は、難溶解性物質を水に分散させるために使用することができる。本発明において、「分散」は、溶質である難水溶性物質が、溶媒である水に対して実質的に溶解しておらず、且つ難水溶性物質が水中で実質的に沈殿していない状態で存在することを意味し、「分散液」は、溶質である難水溶性物質がこのような状態で存在する液を意味する。ここで、溶媒である水は、所望により緩衝剤等の1種以上の他の成分を含有していてもよい。例えば、難水溶性物質は、本発明の分散剤を用いて得られる分散液において、通常は、本発明の分散剤と複合体を形成してコロイド形態で存在する。この場合、前記コロイドの平均粒子径は、通常は50〜1000 nmの範囲であり、典型的には100〜500 nmの範囲である。前記範囲の平均粒子径を有するコロイド形態を形成することにより、本発明の分散剤と難水溶性物質との複合体は、水中において実質的に沈殿せず、安定的に存在することができる。なお、本発明の分散剤と難水溶性物質との複合体のコロイドの平均粒子径は、例えば、該コロイドを含有する分散液を、動的光散乱法(DLS)によるナノ粒子解析装置を用いて解析することにより、決定することができる。
【0022】
本発明において、「難水溶性物質」は、通常の条件、例えば、通常は0〜100℃、典型的には0〜60℃、特に0〜30℃の範囲の温度、通常は約1気圧の圧力、且つ/又は、通常は5〜8、典型的には6〜8の範囲のpHにおいて、水又は緩衝水溶液に対する溶解性を実質的に有しない、すなわち水溶性が非常に低い物質を意味する。例えば、難水溶性物質の水に対する溶解度は、前記通常の条件において、通常は10×10-3 g/dm3未満であり、典型的には5×10-3 g/dm3未満である。このような難水溶性物質に本発明の分散剤を適用することにより、該水溶性物質の見かけの溶解度を大きく向上させることができる。本発明において、「見かけの溶解度」は、水分散液中において、前記の分散状態(通常は、前記のコロイド形態)で存在する難溶解性物質の量を意味する。例えば、本発明の分散剤を用いて得られる分散液において、難水溶性物質の水に対する見かけの溶解度は、前記通常の条件において、通常は5×10-3〜100×10-3 g/dm3の範囲であり、典型的には10×10-3〜50×10-3g/dm3の範囲である。本発明の分散剤は、前記のような特徴を有する難水溶性物質であっても、見かけの溶解度を向上させて、水中において安定的に分散させることができる。なお、難水溶性物質の溶解度及び見かけの溶解度は、例えば、以下の方法で決定することができる。前記通常の条件で、難水溶性物質のみ、又は難水溶性物質及び本発明の分散剤を、水又は所望により緩衝剤等の1種以上の他の成分を含有する水溶液に加えて分散させる。得られた分散液を、ろ過又は遠心分離等で処理して上清画分を得る。上清画分に含有される難水溶性物質を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析又は吸光光度分析等の分析手段によって定量して、溶解度又は見かけの溶解度を決定する。
【0023】
本発明の分散剤を適用し得る難水溶性物質としては、例えば、コエンザイムQ10、パクリタキセル、クルクミン、レチノイン酸、β−カロテン、α−トコフェロール(ビタミンE)、葉酸、レシチン、アスピリン、インドメタシン、イブプロフェン、エテンザミド、ニコチン酸トコフェロール、バルビタール、ペントバルビタール、ジアゼパム、フェニトイン、フェノバルビタール、プレドニゾロン、トルブタミド、グリベンクラミド、ドキソルビシン、ゲンタマイシン、ペニシリン、ストレプトマイシン及びエリスロマイシンのような難水溶性の薬物又は物質を挙げることができる。これらの薬物又は物質は、いずれも脂溶性が高く、水溶性が非常に低い。それ故、これらの難水溶性物質に本発明の分散剤を適用することにより、該難水溶性物質の見かけの溶解度を向上させて、水中において安定的に分散させることができる。
【0024】
本発明の分散剤において、疎水性ペプチドは、下記:
(i)配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチド;
(ii)配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチド;
(iii)前記(i)又は(ii)のペプチドにおいて、1〜5個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されているペプチド;
からなる群より選択されるペプチドであることが好ましい。前記(i)のペプチドは、乳タンパク質であるβ-カゼインのC末端側から16残基の位置のペプチド断片に相当するアミノ酸配列(アミノ酸配列:QEPVLGPVRGPFPIIV;配列番号1)を有する。また、前記(ii)のペプチドは、乳タンパク質であるβ-カゼインのC末端側から17残基の位置のペプチド断片に相当するアミノ酸配列(アミノ酸配列:YQEPVLGPVRGPFPIIV;配列番号2)を有する。前記(i)及び(ii)のペプチドは、高い疎水性を有する。また、これらのペプチドは、難水溶性物質と複合化して、水中においてコロイド形態で存在することができる。それ故、前記アミノ酸配列を有するペプチドは、難水溶性物質を、水中において安定的に分散させることができる。
【0025】
本発明の分散剤として使用し得る疎水性ペプチドは、他のペプチドと比較して高い疎水性を有する。例えば、前記疎水性ペプチドは、通常は、0〜2.5のgrand average of hydropathicity (GRAVY)スコアを有し、典型的には、0.4〜1.5の範囲のGRAVYスコアを有する。前記範囲のGRAVYスコアを有する疎水性ペプチドは、難水溶性物質と複合化して、水中においてコロイド形態で存在することができる。それ故、前記範囲のGRAVYスコアを有する疎水性ペプチドは、難水溶性物質を、水中において安定的に分散させることができる。なお、GRAVYスコアは、ペプチドの疎水性・親水性を定量的に表現する公知の指標である。疎水性ペプチドのGRAVYスコアは、公知の文献(J. Kyte and R. F. Doolittle, “A simple method for displaying the hydropathic character of a protein,” Journal of Molecular Biology, 157, 105-132 (1982))を参照することによって、算出することができる。
【0026】
前記(iii)のペプチドにおいて、欠失、置換若しくは付加されているアミノ酸残基は、通常は、1〜5個の範囲であり、1〜3個の範囲であることが好ましく、1〜2個の範囲であることがより好ましく、1個であることがさらに好ましい。前記(iii)のペプチドは、前記の欠失、置換又は付加を有し、且つ高い疎水性を有することが好ましい。好適な(iii)のペプチドは、(i)又は(ii)のペプチドにおいて、N末端側から1〜5位、1〜3位、1〜2位又は1位のアミノ酸残基が欠失又は置換されており、且つ高い疎水性を有するペプチドである。高い疎水性を有する前記(iii)のペプチドは、前記で説明した範囲のGRAVYスコアを有する。前記(iii)のペプチドを用いることにより、(i)及び(ii)のペプチドと実質的に略同等の高い分散性を発現することができる。
【0027】
本発明の分散剤は、乳タンパク質の加水分解物に相当する、前記で説明した特定のアミノ酸配列を有するペプチドである。それ故、本発明の分散剤は、前記で説明した特定のアミノ酸配列に基づき、当該技術分野で通常使用されるペプチド形成の手段を用いることにより、製造することができる。ペプチド形成の手段としては、例えば、固相系又は液相系のペプチド合成法を用いることができる。或いは、所定のアミノ酸配列を有するペプチド又はその全長タンパク質を産生し得る哺乳動物(例えばウシ)における該ペプチド又はその全長タンパク質をコードするDNAを使用して、大腸菌又は出芽酵母等の形質転換系で組換えペプチド又はタンパク質を大量発現させる方法を用いてもよい。或いは、所定のアミノ酸配列を有するペプチド又はその全長タンパク質を産生し得る哺乳動物(例えばウシ)の産生物(例えばカゼインのような乳タンパク質若しくは乳タンパク質を含有する生乳)、組織又は細胞から、天然のペプチド又はその全長タンパク質を精製する方法を用いてもよい。或いは、予め製造された所定のアミノ酸配列を有するペプチド又はその全長タンパク質を購入等して、そのまま又は場合により精製等を行った後で用いてもよい。いずれの場合も、本発明の分散剤の製造方法の実施形態に包含される。
【0028】
例えば、乳タンパク質から、前記で説明した特定のアミノ酸配列を有するペプチドを精製する方法を用いて、本発明の分散剤を製造する場合、以下の工程を含む方法によって実施することができる。タンパク質消化酵素による酵素消化又は酸若しくはアルカリによる加水分解によって、乳タンパク質を加水分解する。得られた加水分解ペプチドの混合物を、硫安分画、限外ろ過及びクロマトグラフィー(例えばゲルろ過クロマトグラフィー)等の当該技術分野で通常使用される手段によって分離して、該混合物から所望のペプチドを精製及び単離する。例えば、カゼインから前記(i)及び(ii)のペプチドを製造する場合、以下の工程を含む方法によって実施することができる。カゼインの加水分解ペプチドの混合物から、硫安分画によって10.2〜19.5質量%の範囲の硫安(硫酸アンモニウム)で沈殿する画分を分離し、次いで限外ろ過によって5,000以上の分子量を有する画分を分離する。これにより、前記(i)及び(ii)のペプチドを得ることができる。
【0029】
<2:分散剤の用途>
本発明の分散剤は、様々な難水溶性物質を水中に分散させるために使用することができる。それ故、本発明は、本発明の分散剤と、少なくとも1種の難水溶性の物質とを含有する食品組成物に関する。
【0030】
本発明の食品組成物において、少なくとも1種の難水溶性の物質は、前記で説明した難水溶性物質に包含される物質であって、食品成分として通常使用される物質である。少なくとも1種の難水溶性の物質としては、例えば、コエンザイムQ10、クルクミン、レチノイン酸、β−カロテン、α−トコフェロール(ビタミンE)、葉酸及びレシチンを挙げることができる。これらの難水溶性の物質は、いずれも脂溶性が高く、水溶性が非常に低い。それ故、これらの難水溶性の物質に本発明の分散剤を適用することにより、該難水溶性の物質の見かけの溶解度を向上させて、水中において安定的に分散させることができる。これにより、難水溶性の物質の吸収率及び/又は生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)を向上させることができる。
【0031】
本発明の食品組成物において、本発明の分散剤は、分散させるべき物質に対して、通常は、1を超える質量比で、例えば、2以上の質量比で、典型的には5以上の質量比で、特に10以上の質量比で含有される。本発明の食品組成物において、本発明の分散剤の含有量は、分散させるべき物質に対する質量比で、2:1〜500:1の範囲であることが好ましく、5:1〜200:1の範囲であることがより好ましく、10:1〜150:1の範囲であることがさらに好ましく、50:1〜150:1の範囲であることが特に好ましい。本発明の分散剤の含有量が前記下限値以下の場合、本発明の分散剤と難水溶性の物質とを複合化させることが困難となる可能性がある。それ故、前記含有量で本発明の分散剤を含有することにより、本発明の食品組成物は、本発明の分散剤と難水溶性の物質とを複合化させて、難水溶性の物質を安定的に分散した形態で含有することができる。
【0032】
本発明の食品組成物は、当該技術分野で通常使用される様々な食品の形態、例えば、固体状(例えば、粉末状、タブレット状若しくは顆粒状)、ペースト状、又は液状の食品に加工することができる。本発明の食品組成物は、前記成分に加えて、1種以上の食品成分、並びに食品的に許容し得る1種以上の防腐剤、安定剤、膨化剤、界面活性剤、油性液、緩衝剤、酸化防止剤、甘味剤、香味剤、色素及び顔料等を含んでもよい。
【0033】
本発明の食品組成物は、そのままの状態で食品として使用してもよく、他の食品若しくは食品成分と混合して、すなわち食品原料として使用してもよい。本発明の食品組成物の形態としては、例えば、通常の食品若しくは飲料品の他、サプリメントのような健康補助食品の形態であってもよい。健康補助食品の形態としては、例えば、必要に応じて糖衣や溶解性被膜を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤、タブレット、シロップ及び懸濁液等を挙げることができる。錠剤又はカプセル剤等に混和することができる添加剤としては、限定するものではないが、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム及びアラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン及びアルギン酸のような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖又はサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油又はチェリーのような香味剤等を挙げることができる。製剤がカプセル剤の場合、さらに油脂のような液状担体を含有してもよい。
【0034】
本発明の食品組成物に含有される本発明の分散剤は、乳タンパク質の加水分解物に相当するアミノ酸配列を有するペプチドである。このため、本発明の分散剤を含有する食品組成物は、安全で低毒性である。それ故、本発明の食品組成物は、摂取者の健康に実質的な影響を与えることなく使用することができる。
【0035】
本発明はまた、本発明の分散剤と、少なくとも1種の難水溶性の薬物とを含有する医薬組成物に関する。
【0036】
本発明の医薬組成物において、少なくとも1種の難水溶性の薬物は、前記で説明した難水溶性物質に包含される物質であって、特定の薬理活性を有する物質である。少なくとも1種の難水溶性の薬物としては、例えば、コエンザイムQ10、パクリタキセル、アスピリン、インドメタシン、イブプロフェン、エテンザミド、ニコチン酸トコフェロール、バルビタール、ペントバルビタール、ジアゼパム、フェニトイン、フェノバルビタール、プレドニゾロン、トルブタミド、グリベンクラミド、ドキソルビシン、ゲンタマイシン、ペニシリン、ストレプトマイシン及びエリスロマイシンを挙げることができる。これらの難水溶性の薬物は、いずれも脂溶性が高く、水溶性が非常に低い。それ故、これらの難水溶性の薬物に本発明の分散剤を適用することにより、該難水溶性の薬物の見かけの溶解度を向上させて、水中において安定的に分散させることができる。これにより、難水溶性の薬物の吸収率及び/又は生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)を向上させることができる。
【0037】
本発明の医薬組成物において、本発明の分散剤は、分散させるべき薬物に対して、通常は、1を超える質量比で、例えば、2以上の質量比で、典型的には5以上の質量比で、特に10以上の質量比で含有される。本発明の医薬組成物において、本発明の分散剤の含有量は、分散させるべき薬物に対する質量比で、2:1〜500:1の範囲であることが好ましく、5:1〜200:1の範囲であることがより好ましく、10:1〜150:1の範囲であることがさらに好ましく、50:1〜150:1の範囲であることが特に好ましい。本発明の分散剤の含有量が前記下限値以下の場合、本発明の分散剤と難水溶性の薬物とを複合化させることが困難となる可能性がある。それ故、前記含有量で本発明の分散剤を含有することにより、本発明の医薬組成物は、本発明の分散剤と難水溶性の薬物とを複合化させて、難水溶性の薬物を安定的に分散した形態で含有することができる。
【0038】
本発明の医薬組成物は、所望の投与方法に応じて、当該技術分野で通常使用される様々な剤形に製剤されることができる。本発明の医薬組成物は、前記成分に加えて、薬学的に許容し得る1種以上の担体、賦形剤、結合剤、ビヒクル、溶解補助剤、防腐剤、安定剤、膨化剤、潤滑剤、界面活性剤、油性液、緩衝剤、無痛化剤、酸化防止剤、甘味剤及び香味剤等を含んでもよい。
【0039】
本発明の医薬組成物は、通常は、経口投与に使用するための製剤である。経口投与に使用するための製剤としては、例えば、必要に応じて糖衣や溶解性被膜を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤、タブレット、シロップ及び懸濁液等を挙げることができる。錠剤又はカプセル剤等に混和することができる添加剤としては、限定するものではないが、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム及びアラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン及びアルギン酸のような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖又はサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油又はチェリーのような香味剤等を挙げることができる。製剤がカプセル剤の場合、さらに油脂のような液状担体を含有してもよい。
【0040】
本発明の医薬組成物は、難水溶性の薬物を安定的に分散した形態で含有することができる。それ故、本発明の医薬組成物は、非経口投与に使用するためのデポー製剤として製剤化することもできる。この場合、デポー製剤の剤形の本発明の医薬組成物を、例えば皮下若しくは筋肉に埋め込み、又は筋肉注射により投与することができる。本発明の医薬組成物をデポー製剤に適用することにより、難水溶性の薬物を、長期間に亘って持続的に放出することができる。
【0041】
本発明の医薬組成物に含有される本発明の分散剤は、乳タンパク質の加水分解物に相当するアミノ酸配列を有するペプチドである。このため、本発明の分散剤を含有する医薬組成物は、安全で低毒性である。それ故、本発明の医薬組成物は、少なくとも1種の難水溶性の薬物によって予防又は治療される種々の症状、疾患及び/又は障害を有する様々な対象に適用することができる。前記対象としては、例えば、ヒト又は非ヒト哺乳動物(例えば、ブタ、イヌ、ウシ、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ニワトリ、ヒツジ、ネコ、サル、マントヒヒ若しくはチンパンジー等の温血動物)の被験体又は患者を挙げることができる。前記対象に本発明の医薬組成物を投与することにより、少なくとも1種の難水溶性の薬物によって予防又は治療される種々の症状、疾患及び/又は障害を予防又は治療することができる。
【0042】
本明細書において、「予防」は、症状、疾患及び/又は障害の発生(発症又は発現)を実質的に防止することを意味する。また、本明細書において、「治療」は、発生(発症又は発現)した症状、疾患及び/又は障害を抑制(例えば進行の抑制)、軽快、修復及び/又は治癒することを意味する。
【0043】
本発明の医薬組成物の剤形は、単位用量形態の製剤であってもよく、複数投与形態の製剤であってもよい。また、本発明の医薬組成物の投与経路及び投与回数は、特に限定されず、経口的に単回若しくは複数回投与されてもよい。
【0044】
本発明の医薬組成物を、対象、特にヒト患者に投与する場合、正確な投与量及び投与回数は、対象の年齢、性別、予防又は治療されるべき症状、疾患及び/又は障害の正確な状態(例えば重症度)、並びに投与経路等の多くの要因を鑑みて、担当医が治療上有効な投与量及び投与回数を最終的に決定すべきである。それ故、本発明の医薬組成物において、有効成分である少なくとも1種の難水溶性の薬物は、通常は、治療上有効な量で含有される。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0046】
<実験I:カゼイン由来ペプチド画分の調製>
蒸留水500 cm3を40℃に調整し、撹拌しながら、カゼイン25 gを、該蒸留水に少しずつ加えた(50 g/dm3)。前記混合物に、5 mol/dm3の水酸化ナトリウムを少量ずつ滴下して、pHを7.8付近に保持しながら、該混合物を2時間撹拌した。これにより、カゼインを溶解させ、均一な懸濁液を得た。
【0047】
得られた懸濁液の温度を、45±1℃に設定した。前記懸濁液を撹拌しながら、α-キモトリプシン(酵素)125 mg及び塩化カルシウム二水和物1.5 gを加えた。pHコントローラーを用いて、酵素反応溶液に1 mol/dm3の水酸化ナトリウムを滴下して、pHを7.8付近に保持した。これにより、カゼインを酵素消化した。酵素添加から6時間経過した後、酵素反応溶液の温度を80℃で5分間保持して、酵素を失活させた。その後、酵素反応溶液を凍結乾燥して、24.5 gの白色粉末を得た。以上の一連の操作を再度行い、24.6 gの白色粉末を得た。2回の操作から、ペプチド混合試料49.1 gを得た。
【0048】
得られたペプチド混合試料15.0 gを、蒸留水300 cm3に加えて撹拌した。前記混合物を、氷冷下で30分間撹拌した。その後、前記混合物を、4℃、10,000×gで10分間遠心分離して、上清を得た。この上清を、図1に示す分画手順に沿って、以下のように分画した。
【0049】
前記上清に、硫酸アンモニウムを加えて、10.2質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を、30分間撹拌した。その後、前記硫安溶液を、4℃、20,000×gで、10分間遠心分離して、上清を回収した(上清a)。10.2質量%の硫安分画で得た沈殿(沈殿a)を水に溶解して、250 cm3の水溶液を得た。得られた水溶液を、分画分子量1,000の限外ろ過膜(Millipore製Ultracel 1 KDa)で限外ろ過した。得られたろ過残渣を回収して凍結乾燥し、少量の白色粉末を得た。
【0050】
次に、前記上清aに、さらに硫酸アンモニウムを加えて、19.5質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を遠心分離して、上清bと沈殿bとに分離した。沈殿bを水に溶解して、水溶液を得た。得られた水溶液を、分画分子量5,000の限外ろ過膜(Millipore製Ultracel 5 KDa)で限外ろ過した。得られたろ過残渣を回収して凍結乾燥し、白色粉末(ペプチド画分A)を得た。続いて、前記限外ろ過の透過液を、分画分子量3,000の限外ろ過膜(Millipore製Ultracel 3 KDa)でさらに限外ろ過した。得られたろ過残渣を回収して凍結乾燥し、白色粉末(ペプチド画分B)を得た。同様に、前記限外ろ過の透過液を、分画分子量1,000の限外ろ過膜(Millipore製Ultracel 1 KDa)でさらに限外ろ過した。得られたろ過残渣を回収して凍結乾燥し、白色粉末(ペプチド画分C)を得た。
【0051】
前記上清bに、さらに硫酸アンモニウムを加えて、28.1質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を遠心分離して、上清cと沈殿cとに分離した。沈殿cを、沈殿bと同様の手順で、分画分子量5,000、3,000及び1,000の限外ろ過膜を用いて順次限外ろ過して、ペプチド画分D、E及びFを得た。
【0052】
前記上清cに、さらに硫酸アンモニウムを加えて、35.9質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を遠心分離して、上清dと沈殿dとに分離した。沈殿dを、沈殿bと同様の手順で順次限外ろ過して、ペプチド画分G、H及びIを得た。
【0053】
前記上清dに、さらに硫酸アンモニウムを加えて、43.4質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を遠心分離して、上清eと沈殿eとに分離した。沈殿eを、沈殿bと同様の手順で順次限外ろ過して、ペプチド画分J、K及びLを得た。上清eは、使用しなかった。
【0054】
前記で説明した全ての分画操作において、溶液のpHは、pH 7.0付近になるように、6 mol/dm3の塩酸又は5 mol/dm3の水酸化ナトリウムを滴下しながら調整した。
【0055】
前記分画操作によって得られた各ペプチド画分の収量を表1に示す。10.2質量%の硫安溶液では、ペプチドがほとんど沈殿しなかった。これに対し、19.5質量%、28.1質量%、35.9質量%又は43.4質量%に硫安濃度を増加させることにより、ペプチドが徐々に沈殿した。全画分のうち、35.9質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分(ペプチド画分G)が、最も収量が大きかった。
【0056】
【表1】
【0057】
<実験II:コエンザイムQ10・ペプチド複合体の調製、及び分散性の評価>
実験Iで得られたペプチド画分A〜Lを、20 mgずつ秤量して、それぞれ10 cm3の蒸留水を加えて、水溶液(2.0 g/dm3)を得た。得られたペプチド水溶液に、1.0 g/dm3のコエンザイムQ10のアセトン溶液を1.0 cm3ずつ加えて混合した。前記操作により、各ペプチド水溶液は、ペプチド及びコエンザイムQ10を、20:1の質量比で含む。混合したペプチド水溶液を、30℃で2.0時間振盪した。得られた混合液中に含まれるアセトンを、減圧留去した。得られた混合液を凍結乾燥して、コエンザイムQ10・ペプチド複合体を黄白色の粉体として得た。
【0058】
得られたコエンザイムQ10・ペプチド複合体を、17 mg秤量した。秤量した複合体に、pH 7に調整した0.010 mol/dm3のリン酸緩衝液を10 cm3ずつ加えた。得られた混合液を、ボルテックス・ミキサーを用いて15秒間撹拌した。その後、混合液を、Φ0.8 μmのメンブランフィルター(アドバンテック製DISMIC 25CS080AN)を用いてろ過した。得られたろ液0.3 cm3に、メタノール・エタノール混合液(体積比13:7) 0.7 cm3を加えて希釈した。前記希釈液を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC、カラム:Waters 製XBridge BEH130 C18 3.5 μm;流量:0.5 mL/min;測定波長:275 nm)で分析することにより、フィルターを透過したコエンザイムQ10のみかけの溶解度を定量した。
【0059】
図2に、各ペプチド画分に含まれるペプチドと複合化したコエンザイムQ10の見かけの溶解度を示す。図中、見かけの溶解度は、Φ0.8 μmのメンブランフィルターを透過したコエンザイムQ10の濃度を表す。図2に示すように、19.5質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分Aと複合化したコエンザイムQ10が、他のペプチド画分との複合体と比較して、10倍以上高い見かけの溶解度を示した。本実験の結果から、比較的疎水性で限外ろ過膜を透過しにくいペプチド画分が、コエンザイムQ10への優れた分散剤となることが示された。
【0060】
<実験III:ペプチド及びコエンザイムQ10・ペプチド複合体の粒子径>
実験Iで得られたペプチド画分Aを、5.0 mg秤量して、0.010 mol/dm3のリン酸緩衝液(pH 7.0)を5.0 cm3加えて、1.0 g/dm3のペプチド分散液を調製した。Φ0.8 μmのメンブランフィルター(アドバンテック製DISMIC 25CS080AN)を用いてろ過したペプチド分散液の粒子径を、動的光散乱法(DLS)によるナノ粒子解析装置(堀場製作所nano Partica SZ-100)を用いて測定した。
【0061】
実験IIと同様の手順で、ペプチド画分Aの水溶液(2.0 g/dm3)と1.0 g/ dm3のコエンザイムQ10のアセトン溶液(1.0 g/dm3)を体積比10:1で混合して、ペプチド及びコエンザイムQ10を20:1の質量比で含む、コエンザイムQ10・ペプチド複合体を調製した。この複合体10 mgを、0.010 mol/dm3のリン酸緩衝液(pH 7.0)5.0 cm3と混合して、1.0 g/dm3の複合体分散液を調製した。得られた複合体分散液を、3,310×g、5分間で遠心分離し、さらにΦ0.8 μmのメンブランフィルターを用いてろ過した。得られた複合体分散液の粒子径を、前記と同様に動的光散乱法によるナノ粒子解析装置(nano Partica SZ-100)を用いて測定した。
【0062】
図3に、Φ0.8 μmのメンブランフィルターを透過したペプチド画分A、及びコエンザイムQ10・ペプチドA複合体の典型的な粒子径分布図を示す。ペプチド画分Aの分散液は、僅かに白濁した安定なコロイド溶液であり、キュムラント平均粒子径は、180 nm程度であった。これに対し、コエンザイムQ10・ペプチドA複合体の分散液は、僅かに黄白色を帯びたコロイド溶液であり、キュムラント平均粒子径は、250 nm程度であった。本実験の結果から、コエンザイムQ10・ペプチドA複合体は、コロイド粒子として水溶液中に安定に分散することが示唆された。また、その粒子径は、原料のペプチドより大きくなることが示唆された。
【0063】
<実験IV:パクリタキセル・ペプチド複合体の調製、及び分散性の評価>
実験Iで得られたペプチド画分A〜Lを蒸留水に溶解させて、水溶液(50 g/dm3)を得た。得られたペプチド水溶液0.50 cm3に、パクリタキセルのエタノール溶液を0.50 cm3ずつ加えて混合した。前記操作により、各ペプチド水溶液は、ペプチド及びパクリタキセルを、50:1の質量比で含む。混合したペプチド水溶液を、30℃で1.0時間振盪した。得られた混合液中に含まれるエタノールを、減圧留去した。得られた混合液を凍結乾燥して、パクリタキセル・ペプチド複合体を白色粉体として得た。
【0064】
得られたパクリタキセル・ペプチド複合体の全量に、pH 7.2に調整した0.100 mol/dm3のリン酸緩衝液を0.50 cm3ずつ加えた。得られた混合液を、30℃で1.0時間振盪した。その後、混合液を、Φ0.45 μmの遠心式フィルターユニット(Millipore製Ultrafree、ろ過膜:Durapore PVDF membrane 0.45 μm)を用いてろ過した。得られたろ液のpHを測定した。濾液0.040 cm3を、アセトニトリル0.060 cm3と混合した。得られた混合液を、3,000 rpmで3分間遠心分離した。得られた上清を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC、カラム:Waters 製XBridge BEH130 C18 3.5 μm;移動相:リン酸バッファー(pH 7.2, 10 mM) : アセトニトリル = 50 : 50;流量:1.0 mL/min;測定波長:227 nm)で分析することにより、上清に含まれる、パクリタキセルのみかけの溶解度を定量した。
【0065】
図4に、各ペプチド画分に含まれるペプチドと複合化したパクリタキセルの見かけの溶解度を示す。図中、見かけの溶解度は、Φ0.45 μmの遠心式フィルターユニットを透過したパクリタキセルの濃度を表す。図4に示すように、19.5質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分Aと複合化したパクリタキセルが、他のペプチド画分との複合体と比較して、3.9倍以上高い見かけの溶解度を示した。本実験の結果から、実験IIの結果と同様に、ペプチド画分Aが、パクリタキセルへの優れた分散剤となることが示された。
【0066】
<実験V:クルクミン・ペプチド複合体の調製、及び分散性の評価>
実験Iで得られたペプチド画分A〜Lを蒸留水に溶解させて、水溶液(10 g/dm3)を得た。得られたペプチド水溶液0.20 cm3に、0.1 g/dm3のクルクミンのアセトン溶液を0.20 cm3ずつ加えて混合した。前記操作により、各ペプチド水溶液は、ペプチド及びクルクミンを、100:1の質量比で含む。混合したペプチド水溶液を、30℃で1.0時間振盪した。得られた混合液中に含まれるアセトンを、減圧留去した。得られた混合液を凍結乾燥して、クルクミン・ペプチド複合体を黄白色粉体として得た。
【0067】
得られたクルクミン・ペプチド複合体の全量に、pH 6.8に調整した0.010 mol/dm3のリン酸緩衝液を1.2 cm3ずつ加えた。得られた混合液を、30℃で1.0時間振盪した。その後、混合液を、Φ0.8 μmのメンブランフィルター(アドバンテック製DISMIC 25CS080AN)を用いてろ過した。得られたろ液の吸光度を、紫外可視吸光光度計を用いて測定することにより、濾液に含まれるクルクミンのみかけの溶解度を定量した。
【0068】
図5に、各ペプチド画分に含まれるペプチドと複合化したクルクミンの見かけの溶解度を示す。図中、見かけの溶解度は、Φ0.8 μmのメンブランフィルターを透過したクルクミンの濃度を表す。図5に示すように、19.5質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分Aと複合化したクルクミンが、他のペプチド画分との複合体と比較して、3.8倍以上高い見かけの溶解度を示した。本実験の結果から、実験II及びIVの結果と同様に、ペプチド画分Aが、クルクミンへの優れた分散剤となることが示された。
【0069】
<実験VI:レチノイン酸・ペプチド複合体の調製、及び分散性の評価>
実験Iで得られたペプチド画分A〜K(各25 mg)を蒸留水に溶解させて、水溶液(10 g/dm3)を得た。得られたペプチド水溶液2.5 cm3に、0.10 g/dm3のレチノイン酸のアセトン溶液を2.5 cm3ずつ加えて混合した。前記操作により、各ペプチド水溶液は、ペプチド及びレチノイン酸を、100:1の質量比で含む。混合したペプチド水溶液を、30℃で1.0時間振盪した。得られた混合液中に含まれるアセトンを、減圧留去した。得られた混合液を凍結乾燥して、レチノイン酸・ペプチド複合体を黄白色粉体として得た。
【0070】
得られたレチノイン酸・ペプチド複合体の全量に、pH 7に調整した0.100 mol/dm3のリン酸緩衝液を5.0 cm3ずつ加えた。得られた混合液を、30℃で1.0時間振盪した。その後、混合液を、Φ0.8 μmのメンブランフィルター(アドバンテック製DISMIC 25CS080AN)を用いてろ過した。得られたろ液の吸光度を、紫外可視吸光光度計を用いて測定することにより、濾液に含まれるレチノイン酸のみかけの溶解度を定量した。
【0071】
図6に、各ペプチド画分に含まれるペプチドと複合化したレチノイン酸の見かけの溶解度を示す。図中、見かけの溶解度は、Φ0.8 μmのメンブランフィルターを透過したレチノイン酸の濃度を表す。図6に示すように、19.5質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分Aと複合化したレチノイン酸が、他のペプチド画分との複合体と比較して、10.3倍以上高い見かけの溶解度を示した。本実験の結果から、実験II、IV及びVの結果と同様に、ペプチド画分Aが、レチノイン酸への優れた分散剤となることが示された。
【0072】
<実験VII:ペプチド画分Aに含まれるペプチドの分子量及びアミノ酸配列の分析>
実験Iで得られたペプチド画分Aを蒸留水に溶解させて、水溶液(0.5 g/dm3)を得た。この水溶液を、3,000×g、3分間で遠心分離した。得られた上清を、ペプチド溶液とした。α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(HCCA)をマトリックスとして用いて、これをペプチド溶液と混合した。混合物を乾燥し、得られた試料を、MALDI-TOF MS質量分析装置(Bruker autoflex III TOF/TOF)を用いて分析した。校正標準試料として、Peptide Calibration Standard II(Bruker)を使用した。試料に含まれるペプチドの同定は、MALDI-TOF MS質量分析によって得られたMS/MSスペクトルのフラグメントパターンに基づき、Mascot(Matrix Science社)のデータベース検索エンジンを用いて行った。アミノ酸配列データベースには、Swiss-Protを用いた。
【0073】
図7に、カゼイン由来ペプチド混合物及びペプチド画分AのMSスペクトルを示す。カゼイン由来ペプチド混合物の主要なピークとして1202、1632、1718、1881及び2460 m/zのピークが確認された(図7(a))。また、ペプチド画分Aの主要なピークとして、1718及び1881 m/zのピークが確認された。MALDI LIFT-TOF/TOF MS測定によって、ペプチド画分Aに含まれるペプチドのアミノ酸配列の解析を行った結果、1202、1632、1718及び1881 m/zのピークは、それぞれβ-カゼインの断片に、2460 m/zのピークは、αS1-カゼインの断片に、それぞれ対応することが示された。
【0074】
ペプチド画分Aの主要なピークとして検出された1718及び1881 m/zのピークに対応するペプチドは、それぞれβ-カゼインのC末端側から、16残基(アミノ酸配列:QEPVLGPVRGPFPIIV;配列番号1)のペプチド、及び17残基(アミノ酸配列:YQEPVLGPVRGPFPIIV;配列番号2)のペプチドであることが同定された。同定されたペプチドの疎水性・親水性の指標として、各ペプチドのgrand average of hydropathicity(GRAVY)(J. Kyte and R. F. Doolittle, “A simple method for displaying the hydropathic character of a protein,” Journal of Molecular Biology, 157, 105-132 (1982))を計算した。1718及び1881 m/zに対応するペプチドのGRAVYスコアは、それぞれ0.59及び0.48であり、他のペプチドと比較して疎水性であることが示唆された。実験II、IV、V及びVIで示されたように、ペプチド画分Aに含まれるこのような疎水性ペプチドが、難水溶性物質の分散性向上に寄与していると推測される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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