【実施例】
【0045】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0046】
<実験I:カゼイン由来ペプチド画分の調製>
蒸留水500 cm
3を40℃に調整し、撹拌しながら、カゼイン25 gを、該蒸留水に少しずつ加えた(50 g/dm
3)。前記混合物に、5 mol/dm
3の水酸化ナトリウムを少量ずつ滴下して、pHを7.8付近に保持しながら、該混合物を2時間撹拌した。これにより、カゼインを溶解させ、均一な懸濁液を得た。
【0047】
得られた懸濁液の温度を、45±1℃に設定した。前記懸濁液を撹拌しながら、α-キモトリプシン(酵素)125 mg及び塩化カルシウム二水和物1.5 gを加えた。pHコントローラーを用いて、酵素反応溶液に1 mol/dm
3の水酸化ナトリウムを滴下して、pHを7.8付近に保持した。これにより、カゼインを酵素消化した。酵素添加から6時間経過した後、酵素反応溶液の温度を80℃で5分間保持して、酵素を失活させた。その後、酵素反応溶液を凍結乾燥して、24.5 gの白色粉末を得た。以上の一連の操作を再度行い、24.6 gの白色粉末を得た。2回の操作から、ペプチド混合試料49.1 gを得た。
【0048】
得られたペプチド混合試料15.0 gを、蒸留水300 cm
3に加えて撹拌した。前記混合物を、氷冷下で30分間撹拌した。その後、前記混合物を、4℃、10,000×gで10分間遠心分離して、上清を得た。この上清を、
図1に示す分画手順に沿って、以下のように分画した。
【0049】
前記上清に、硫酸アンモニウムを加えて、10.2質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を、30分間撹拌した。その後、前記硫安溶液を、4℃、20,000×gで、10分間遠心分離して、上清を回収した(上清a)。10.2質量%の硫安分画で得た沈殿(沈殿a)を水に溶解して、250 cm
3の水溶液を得た。得られた水溶液を、分画分子量1,000の限外ろ過膜(Millipore製Ultracel 1 KDa)で限外ろ過した。得られたろ過残渣を回収して凍結乾燥し、少量の白色粉末を得た。
【0050】
次に、前記上清aに、さらに硫酸アンモニウムを加えて、19.5質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を遠心分離して、上清bと沈殿bとに分離した。沈殿bを水に溶解して、水溶液を得た。得られた水溶液を、分画分子量5,000の限外ろ過膜(Millipore製Ultracel 5 KDa)で限外ろ過した。得られたろ過残渣を回収して凍結乾燥し、白色粉末(ペプチド画分A)を得た。続いて、前記限外ろ過の透過液を、分画分子量3,000の限外ろ過膜(Millipore製Ultracel 3 KDa)でさらに限外ろ過した。得られたろ過残渣を回収して凍結乾燥し、白色粉末(ペプチド画分B)を得た。同様に、前記限外ろ過の透過液を、分画分子量1,000の限外ろ過膜(Millipore製Ultracel 1 KDa)でさらに限外ろ過した。得られたろ過残渣を回収して凍結乾燥し、白色粉末(ペプチド画分C)を得た。
【0051】
前記上清bに、さらに硫酸アンモニウムを加えて、28.1質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を遠心分離して、上清cと沈殿cとに分離した。沈殿cを、沈殿bと同様の手順で、分画分子量5,000、3,000及び1,000の限外ろ過膜を用いて順次限外ろ過して、ペプチド画分D、E及びFを得た。
【0052】
前記上清cに、さらに硫酸アンモニウムを加えて、35.9質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を遠心分離して、上清dと沈殿dとに分離した。沈殿dを、沈殿bと同様の手順で順次限外ろ過して、ペプチド画分G、H及びIを得た。
【0053】
前記上清dに、さらに硫酸アンモニウムを加えて、43.4質量%の硫安溶液とした。得られた硫安溶液を遠心分離して、上清eと沈殿eとに分離した。沈殿eを、沈殿bと同様の手順で順次限外ろ過して、ペプチド画分J、K及びLを得た。上清eは、使用しなかった。
【0054】
前記で説明した全ての分画操作において、溶液のpHは、pH 7.0付近になるように、6 mol/dm
3の塩酸又は5 mol/dm
3の水酸化ナトリウムを滴下しながら調整した。
【0055】
前記分画操作によって得られた各ペプチド画分の収量を表1に示す。10.2質量%の硫安溶液では、ペプチドがほとんど沈殿しなかった。これに対し、19.5質量%、28.1質量%、35.9質量%又は43.4質量%に硫安濃度を増加させることにより、ペプチドが徐々に沈殿した。全画分のうち、35.9質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分(ペプチド画分G)が、最も収量が大きかった。
【0056】
【表1】
【0057】
<実験II:コエンザイムQ
10・ペプチド複合体の調製、及び分散性の評価>
実験Iで得られたペプチド画分A〜Lを、20 mgずつ秤量して、それぞれ10 cm
3の蒸留水を加えて、水溶液(2.0 g/dm
3)を得た。得られたペプチド水溶液に、1.0 g/dm
3のコエンザイムQ
10のアセトン溶液を1.0 cm
3ずつ加えて混合した。前記操作により、各ペプチド水溶液は、ペプチド及びコエンザイムQ
10を、20:1の質量比で含む。混合したペプチド水溶液を、30℃で2.0時間振盪した。得られた混合液中に含まれるアセトンを、減圧留去した。得られた混合液を凍結乾燥して、コエンザイムQ
10・ペプチド複合体を黄白色の粉体として得た。
【0058】
得られたコエンザイムQ
10・ペプチド複合体を、17 mg秤量した。秤量した複合体に、pH 7に調整した0.010 mol/dm
3のリン酸緩衝液を10 cm
3ずつ加えた。得られた混合液を、ボルテックス・ミキサーを用いて15秒間撹拌した。その後、混合液を、Φ0.8 μmのメンブランフィルター(アドバンテック製DISMIC 25CS080AN)を用いてろ過した。得られたろ液0.3 cm
3に、メタノール・エタノール混合液(体積比13:7) 0.7 cm
3を加えて希釈した。前記希釈液を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC、カラム:Waters 製XBridge BEH130 C
18 3.5 μm;流量:0.5 mL/min;測定波長:275 nm)で分析することにより、フィルターを透過したコエンザイムQ
10のみかけの溶解度を定量した。
【0059】
図2に、各ペプチド画分に含まれるペプチドと複合化したコエンザイムQ
10の見かけの溶解度を示す。図中、見かけの溶解度は、Φ0.8 μmのメンブランフィルターを透過したコエンザイムQ
10の濃度を表す。
図2に示すように、19.5質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分Aと複合化したコエンザイムQ
10が、他のペプチド画分との複合体と比較して、10倍以上高い見かけの溶解度を示した。本実験の結果から、比較的疎水性で限外ろ過膜を透過しにくいペプチド画分が、コエンザイムQ
10への優れた分散剤となることが示された。
【0060】
<実験III:ペプチド及びコエンザイムQ
10・ペプチド複合体の粒子径>
実験Iで得られたペプチド画分Aを、5.0 mg秤量して、0.010 mol/dm
3のリン酸緩衝液(pH 7.0)を5.0 cm
3加えて、1.0 g/dm
3のペプチド分散液を調製した。Φ0.8 μmのメンブランフィルター(アドバンテック製DISMIC 25CS080AN)を用いてろ過したペプチド分散液の粒子径を、動的光散乱法(DLS)によるナノ粒子解析装置(堀場製作所nano Partica SZ-100)を用いて測定した。
【0061】
実験IIと同様の手順で、ペプチド画分Aの水溶液(2.0 g/dm
3)と1.0 g/ dm
3のコエンザイムQ
10のアセトン溶液(1.0 g/dm
3)を体積比10:1で混合して、ペプチド及びコエンザイムQ
10を20:1の質量比で含む、コエンザイムQ
10・ペプチド複合体を調製した。この複合体10 mgを、0.010 mol/dm
3のリン酸緩衝液(pH 7.0)5.0 cm
3と混合して、1.0 g/dm
3の複合体分散液を調製した。得られた複合体分散液を、3,310×g、5分間で遠心分離し、さらにΦ0.8 μmのメンブランフィルターを用いてろ過した。得られた複合体分散液の粒子径を、前記と同様に動的光散乱法によるナノ粒子解析装置(nano Partica SZ-100)を用いて測定した。
【0062】
図3に、Φ0.8 μmのメンブランフィルターを透過したペプチド画分A、及びコエンザイムQ
10・ペプチドA複合体の典型的な粒子径分布図を示す。ペプチド画分Aの分散液は、僅かに白濁した安定なコロイド溶液であり、キュムラント平均粒子径は、180 nm程度であった。これに対し、コエンザイムQ
10・ペプチドA複合体の分散液は、僅かに黄白色を帯びたコロイド溶液であり、キュムラント平均粒子径は、250 nm程度であった。本実験の結果から、コエンザイムQ
10・ペプチドA複合体は、コロイド粒子として水溶液中に安定に分散することが示唆された。また、その粒子径は、原料のペプチドより大きくなることが示唆された。
【0063】
<実験IV:パクリタキセル・ペプチド複合体の調製、及び分散性の評価>
実験Iで得られたペプチド画分A〜Lを蒸留水に溶解させて、水溶液(50 g/dm
3)を得た。得られたペプチド水溶液0.50 cm
3に、パクリタキセルのエタノール溶液を0.50 cm
3ずつ加えて混合した。前記操作により、各ペプチド水溶液は、ペプチド及びパクリタキセルを、50:1の質量比で含む。混合したペプチド水溶液を、30℃で1.0時間振盪した。得られた混合液中に含まれるエタノールを、減圧留去した。得られた混合液を凍結乾燥して、パクリタキセル・ペプチド複合体を白色粉体として得た。
【0064】
得られたパクリタキセル・ペプチド複合体の全量に、pH 7.2に調整した0.100 mol/dm
3のリン酸緩衝液を0.50 cm
3ずつ加えた。得られた混合液を、30℃で1.0時間振盪した。その後、混合液を、Φ0.45 μmの遠心式フィルターユニット(Millipore製Ultrafree、ろ過膜:Durapore PVDF membrane 0.45 μm)を用いてろ過した。得られたろ液のpHを測定した。濾液0.040 cm
3を、アセトニトリル0.060 cm
3と混合した。得られた混合液を、3,000 rpmで3分間遠心分離した。得られた上清を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC、カラム:Waters 製XBridge BEH130 C
18 3.5 μm;移動相:リン酸バッファー(pH 7.2, 10 mM) : アセトニトリル = 50 : 50;流量:1.0 mL/min;測定波長:227 nm)で分析することにより、上清に含まれる、パクリタキセルのみかけの溶解度を定量した。
【0065】
図4に、各ペプチド画分に含まれるペプチドと複合化したパクリタキセルの見かけの溶解度を示す。図中、見かけの溶解度は、Φ0.45 μmの遠心式フィルターユニットを透過したパクリタキセルの濃度を表す。
図4に示すように、19.5質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分Aと複合化したパクリタキセルが、他のペプチド画分との複合体と比較して、3.9倍以上高い見かけの溶解度を示した。本実験の結果から、実験IIの結果と同様に、ペプチド画分Aが、パクリタキセルへの優れた分散剤となることが示された。
【0066】
<実験V:クルクミン・ペプチド複合体の調製、及び分散性の評価>
実験Iで得られたペプチド画分A〜Lを蒸留水に溶解させて、水溶液(10 g/dm
3)を得た。得られたペプチド水溶液0.20 cm
3に、0.1 g/dm
3のクルクミンのアセトン溶液を0.20 cm
3ずつ加えて混合した。前記操作により、各ペプチド水溶液は、ペプチド及びクルクミンを、100:1の質量比で含む。混合したペプチド水溶液を、30℃で1.0時間振盪した。得られた混合液中に含まれるアセトンを、減圧留去した。得られた混合液を凍結乾燥して、クルクミン・ペプチド複合体を黄白色粉体として得た。
【0067】
得られたクルクミン・ペプチド複合体の全量に、pH 6.8に調整した0.010 mol/dm
3のリン酸緩衝液を1.2 cm
3ずつ加えた。得られた混合液を、30℃で1.0時間振盪した。その後、混合液を、Φ0.8 μmのメンブランフィルター(アドバンテック製DISMIC 25CS080AN)を用いてろ過した。得られたろ液の吸光度を、紫外可視吸光光度計を用いて測定することにより、濾液に含まれるクルクミンのみかけの溶解度を定量した。
【0068】
図5に、各ペプチド画分に含まれるペプチドと複合化したクルクミンの見かけの溶解度を示す。図中、見かけの溶解度は、Φ0.8 μmのメンブランフィルターを透過したクルクミンの濃度を表す。
図5に示すように、19.5質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分Aと複合化したクルクミンが、他のペプチド画分との複合体と比較して、3.8倍以上高い見かけの溶解度を示した。本実験の結果から、実験II及びIVの結果と同様に、ペプチド画分Aが、クルクミンへの優れた分散剤となることが示された。
【0069】
<実験VI:レチノイン酸・ペプチド複合体の調製、及び分散性の評価>
実験Iで得られたペプチド画分A〜K(各25 mg)を蒸留水に溶解させて、水溶液(10 g/dm
3)を得た。得られたペプチド水溶液2.5 cm
3に、0.10 g/dm
3のレチノイン酸のアセトン溶液を2.5 cm
3ずつ加えて混合した。前記操作により、各ペプチド水溶液は、ペプチド及びレチノイン酸を、100:1の質量比で含む。混合したペプチド水溶液を、30℃で1.0時間振盪した。得られた混合液中に含まれるアセトンを、減圧留去した。得られた混合液を凍結乾燥して、レチノイン酸・ペプチド複合体を黄白色粉体として得た。
【0070】
得られたレチノイン酸・ペプチド複合体の全量に、pH 7に調整した0.100 mol/dm
3のリン酸緩衝液を5.0 cm
3ずつ加えた。得られた混合液を、30℃で1.0時間振盪した。その後、混合液を、Φ0.8 μmのメンブランフィルター(アドバンテック製DISMIC 25CS080AN)を用いてろ過した。得られたろ液の吸光度を、紫外可視吸光光度計を用いて測定することにより、濾液に含まれるレチノイン酸のみかけの溶解度を定量した。
【0071】
図6に、各ペプチド画分に含まれるペプチドと複合化したレチノイン酸の見かけの溶解度を示す。図中、見かけの溶解度は、Φ0.8 μmのメンブランフィルターを透過したレチノイン酸の濃度を表す。
図6に示すように、19.5質量%の硫安分画で沈殿し、且つ分画分子量5,000の限外ろ過膜による分離でろ過残渣として得られたペプチド画分Aと複合化したレチノイン酸が、他のペプチド画分との複合体と比較して、10.3倍以上高い見かけの溶解度を示した。本実験の結果から、実験II、IV及びVの結果と同様に、ペプチド画分Aが、レチノイン酸への優れた分散剤となることが示された。
【0072】
<実験VII:ペプチド画分Aに含まれるペプチドの分子量及びアミノ酸配列の分析>
実験Iで得られたペプチド画分Aを蒸留水に溶解させて、水溶液(0.5 g/dm
3)を得た。この水溶液を、3,000×g、3分間で遠心分離した。得られた上清を、ペプチド溶液とした。α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(HCCA)をマトリックスとして用いて、これをペプチド溶液と混合した。混合物を乾燥し、得られた試料を、MALDI-TOF MS質量分析装置(Bruker autoflex III TOF/TOF)を用いて分析した。校正標準試料として、Peptide Calibration Standard II(Bruker)を使用した。試料に含まれるペプチドの同定は、MALDI-TOF MS質量分析によって得られたMS/MSスペクトルのフラグメントパターンに基づき、Mascot(Matrix Science社)のデータベース検索エンジンを用いて行った。アミノ酸配列データベースには、Swiss-Protを用いた。
【0073】
図7に、カゼイン由来ペプチド混合物及びペプチド画分AのMSスペクトルを示す。カゼイン由来ペプチド混合物の主要なピークとして1202、1632、1718、1881及び2460 m/zのピークが確認された(
図7(a))。また、ペプチド画分Aの主要なピークとして、1718及び1881 m/zのピークが確認された。MALDI LIFT-TOF/TOF MS測定によって、ペプチド画分Aに含まれるペプチドのアミノ酸配列の解析を行った結果、1202、1632、1718及び1881 m/zのピークは、それぞれβ-カゼインの断片に、2460 m/zのピークは、α
S1-カゼインの断片に、それぞれ対応することが示された。
【0074】
ペプチド画分Aの主要なピークとして検出された1718及び1881 m/zのピークに対応するペプチドは、それぞれβ-カゼインのC末端側から、16残基(アミノ酸配列:QEPVLGPVRGPFPIIV;配列番号1)のペプチド、及び17残基(アミノ酸配列:YQEPVLGPVRGPFPIIV;配列番号2)のペプチドであることが同定された。同定されたペプチドの疎水性・親水性の指標として、各ペプチドのgrand average of hydropathicity(GRAVY)(J. Kyte and R. F. Doolittle, “A simple method for displaying the hydropathic character of a protein,” Journal of Molecular Biology, 157, 105-132 (1982))を計算した。1718及び1881 m/zに対応するペプチドのGRAVYスコアは、それぞれ0.59及び0.48であり、他のペプチドと比較して疎水性であることが示唆された。実験II、IV、V及びVIで示されたように、ペプチド画分Aに含まれるこのような疎水性ペプチドが、難水溶性物質の分散性向上に寄与していると推測される。