【実施例】
【0040】
A.微生物(複数)の同定
I.微生物破壊とタンパク質の可溶化
[0054] 再び図面1Aに言及すると、工程a102に示すように、1種以上の微生物を含有することが疑われる試料を破壊して、その試料(例えば、尿)より直に微生物細胞を入手するように処理しても、それを使用して純培養物を単離してもよい。次いで、微生物細胞を使用して、タンパク質の可溶性画分を産生する。この試料は、1種以上の微生物を含有することが疑われるどんな種類のものであってもよく、限定無しに、培養プレート由来の単離コロニー;液体増殖培地由来の細胞;血液、唾液、尿、大便、痰、創傷及び身体部位スワッブ;食品及び飲料品;土壌、水、空気;環境及び産業上の表面スワッブが含まれる。
【0041】
[0055] 細胞破壊は、当該技術分野でよく知られていて、図面2に関して上記でより詳しく考察したような機械的、化学的、酵素的手段によって達成してよい。破壊の後で、この溶液から試料の不溶性部分(典型的には、細胞壁材料、ある種の脂質、沈殿タンパク質、及び他の細胞成分)を遠心分離、濾過(マニュアル、又は自動化のいずれか)、又は当該技術分野で知られた他の方法により除去してよい。試料調製は、1台以上のコンピュータによって制御されるロボットシステムを使用して、自動化してよい(図面2、202及び215を参照のこと)。このようなロボットシステムは、より大きなシステムの一部であってよく、他のデバイス又はコンピュータへ連結してよい。
【0042】
[0056] 1つの実施例では、1mmの細菌試験用ループ(bacteriological loop)を使用して、好適な培養プレート、例えば、OXOID
TM Tryptone Soya寒天プレート(Thermo Fisher Scientific)の表面より、活発に増殖中の大腸菌(E. coli)の細胞を採取する。この細胞をLC/MSグレード水中70%エタノールに懸濁して、数分間の処理後、この試料を遠心分離させて、上清を捨てる。次いで、この細胞を、ACN:水(1:1)中2.5%トリフルオロ酢酸を使用する溶解へ処して、その後でこの試料を14,000rpmで約5分間遠心分離させて、不溶性の成分を除去する。遠心分離に続き、上清を新しい試験管へ移して、遠心濃縮装置(speedvac)を使用することによるか又は窒素のフロー下において、定型的なやり方で完全に蒸発させてよい。分析に先立って、その試料をフローインジェクション又は直接注入のために2% ACN、98%水+0.2%ギ酸(クロマトグラフィーの使用が予測される場合)、又はACN:水(1:1)+2%ギ酸のいずれかで復元する。次いで、この復元した試料は、高解像度質量分析法による直接分析へ処されるか、又は高速部分クロマトグラフィー分離と高解像度質量分析法による分析を受ける。
【0043】
[0057] 別の実施例では、2mm細菌試験用ループを使用して、好適な培養プレート、例えば、OXOID
TM Tryptone Soya寒天プレート(Thermo Fisher Scientific)の表面より、活発に増殖中の培養細胞(例、大腸菌(Escherichia coli)、スタフィロコッカス・キシローサス(Staphylococcus xylosus)、コクリア・ロゼア(Kocuria rosea)、バシラス・リシェニフォルミス(Bacillus licheniformis)、マイコバクテリウム・スメグマチス(Mycobacterium smegmatis)、他)のほぼ10mg(湿重量)を採取し得る。この細胞を0.5mlの微量遠心分離管へ移して、25%アセトニトリル、25%水中50%ギ酸の溶液の20μlを加え;このピペット容積を40μlへ増やし;そして、この懸濁液中で上下に激しくピペッティングして、泡の出現によって示されるように、細胞を破壊する。次いで、180μlのアセトニトリル:水(1:1)を加えて、生じる溶液を14,000rpmでほぼ5分間遠心分離させる。上清を除去して、直接注入又はフローインジェクションのいずれかで必要とされるように希釈する。
【0044】
[0058] 別の実施例では、遠心分離機を使用して、液体増殖培地、例えば、Sabouraud液体培地(OXOID
TM,Thermo Fisher Scientific)よりカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)の細胞を採取する。この細胞を増殖培地より0.9%生理食塩水で3回洗浄して、沈殿させる。次いで、この細胞は、室温で10分以下の間、エタノール及びメチルtert−ブチル(7:3)の混合物で前処理してよい。この細胞を遠心分離によって沈殿させて、上清を捨てる。約70%ギ酸、15%アセトニトリル、及び15%水が含まれる混合物を使用してこの細胞を溶解させて、タンパク質を可溶化し得る。不溶性の成分を14,000rpm、5分間で沈殿させ、上清を清浄なバイアル又は遠心分離管へ移して、クロマトグラフィーに先立って、アセトニトリル:水(2:98)中0.2%ギ酸で希釈する。クロマトグラフィーが予定されない場合は、溶媒の濃度をアセトニトリル:水(1:1)、0.2〜2%ギ酸へ調整するようなやり方で上清を希釈する。アセトニトリルの代わりに、メタノールも使用し得る。次いで、遠心分離の後で、希釈した上清を、高速部分クロマトグラフィー分離を伴うか又は伴わないインライン固相抽出と高解像度質量分析法による分析へ処す。あるいは、アセトニトリル:水(1:1)、0.2〜2%ギ酸中の試料は、分析用の質量分析計へフロー注入されるか又は直接注入される。
【0045】
II.試料の脱塩、濃縮、及びクロマトグラフィー分離
[0059] 工程102での微生物の破壊によって産生される上清は、インタクトなタンパク質を含有し、これは、図面1Aの工程104に例示されるように、脱塩してこのタンパク質を濃縮するようにさらに処理してよい。1つの態様では、自動の固相抽出/液体クロマトグラフィー試料導入インターフェイスシステムを使用して、インタクトなタンパク質を同時に脱塩し、濃縮して、分離させる。このようなシステム(300)の概略図を図面3に示す。第一のフロー経路(302)において、システム(300)は、単回使用の使い捨て固相抽出(SPE)カートリッジ(304)を利用し得て、これは、ポンプ(306)、流体ライン(308)、第一切換え弁(310)、第二切換え弁(312)、及びエレクトロスプレーイオン化(ESI)エミッタ(314)へ連結している。SPEカートリッジ(304)は、例えば、2%アセトニトリル/0.2%ギ酸水溶液(ローディング緩衝液)を使用して調節してよい。次に、図面1Aの工程102において調製した試料を、実質的に同じ溶液よりロードして、例えば逆流を使用して、SPEカートリッジ(304)に通過させてよい。次いで、SPEカートリッジ(304)を2ベッド体積のローディング緩衝液で洗浄して、塩類や他の混入物を除去し得る。この洗浄工程の後で、各試料を10nl以下ほどに小さくても数10μlほどに大きくてもよい溶媒容積でSPEカートリッジ(304)より溶出させて、ESIエミッタ(314)と質量分析計(316)への送達のためにインタクトなタンパク質を濃縮して最適化する。
【0046】
[0060] 1つの態様において、このオンラインSPEカートリッジは、チップ中に固定化した結合性C
4、C
8又はC
18又は他の官能基を含有する少量のシリカ吸着剤を含むポリプロピレンチップ、例えば、Stage
TMチップ(Thermo Fisher Scientific)であり得る。代わりの態様では、高分子吸着剤又はキレート剤を使用してよい。ベッド体積は、ほぼ1μL〜1mlであってよい。この装置及び方法は、それぞれのSPEカートリッジが1回だけ使用されて、ある試料から別の試料への持込みの問題を最小化するので、微生物細胞に由来する複合試料に十分適している。
【0047】
III.イオン化、質量分析法分析、アミノ酸配列情報
[0061] 次いで、図面1Aの工程106に示すように、上記試料を質量分析法の分析へ処す。溶出したタンパク質を、例えば、液体クロマトグラフィーと容易にインラインで組み合わせることができるエレクトロスプレーイオン化(ESI)又は他の大気圧又は準大気圧イオン化技術によりイオン化する。ESIでは、タンパク質が、遊離N末端、ヒスチジン、リジン、アルギニン、又は配列中に存在する他の荷電アミノ酸の数に基づいて、多重の電荷を蓄積する。生じる質量スペクトルは、異なる質量/電荷(m/z)値で出現する、同じタンパク質に由来する多価イオンの分布(「荷電状態エンベロープ」)を反映する。m/z値は、エレクトロスプレーイオン化法より異なる電荷数を獲得する、同じ分析物の結果である。荷電状態の分布は、試料がインタクトなタンパク質を含んでも、及び/又はトップダウン法によって産生されたそれらの断片を含んでも、単段階又は多段階の高解像度質量分析法による検出に従う。タンパク質の分子量は、多様な方法で計算することができる。これには、単一荷電状態の隣接同位体の間のスペーシング(spacing)に注目すること、同じタンパク質に由来するいくつかの隣接する同位体的に分離不能なピークのm/z値を使用してそれを決定又は計算すること、及びこれらのピークの間のm/zスペースにおける距離を決定することといった、単純な方法が含まれる。分子量を計算するための他の方法には、スラッシュ(thrash)アルゴリズム及び最大エントロピーのアプローチも同様に含まれる。
【0048】
[0062] イオン化の後で、タンパク質を分析のために質量分析器へ通過させる。工程108及び110に示すように、試料は、選択したm/z範囲内において、フルスキャン高解像度MSモードで反復的に走査される。1つの態様において、質量分析計は、フルスキャン高解像度MSモードで、例えば、m/z 150〜m/z 2000の範囲においてほぼ1秒で反復的に走査されて、インタクトなタンパク質の質量測定をほぼ5百万分率(ppm)、3ppm、1ppm又はそれ以上の質量精度で提供する。この態様において、イオン源パラメータは、以下のように設定される:スプレー電圧=4kV、キャピラリー温度=270℃、及びイオン源温度=60℃。例示のLC流速:400μl/分では、イオン源のシースガスを35(任意単位)の流速で、補助ガスを流速5(任意単位)で、イオン源温度=60℃で提供する。入手される質量精度は、タンパク質の元素組成情報(例えば、該タンパク質に存在する炭素、窒素、酸素、水素、イオウ、又は他の原子の数)を提供するのに十分である。この情報は、微生物を同定するためのアルゴリズムの一部としてさらに使用することができる。
【0049】
[0063] 本明細書に使用するように、「質量精度」及び「ppm」という用語は、測定量の、その実際の真値に対する一致の度合いに言及する。イオンの質量、又はより具体的には質量電荷比を質量分析測定法において測定する場合、あるイオンの実験測定質量と精密質量の間の差異又は誤差は、以下の式:((測定質量−精密質量)/(精密質量))x10^6=質量精度(ppm)に従って、百万分率(ppm)の単位で表現される。
【0050】
[0064] あるイオンの精密質量は、そのイオンの荷電状態についての補正を含めて、当該分子の個々の同位体の質量を合計することによって得られる。例えば、2個の水素−1原子、1個の酸素−16原子を含有して+1の電荷を担うイオン化した水分子の精密質量は:((1.007825+1.007825+15.994915)−0.000549)=18.010016ダルトンである。このイオンの測定質量が18.010200ダルトン(Da)であったならば、その測定の精度は:((18.010200Da−18.010016Da)/(18.010016Da))x10^6=10.2ppmとなろう。
【0051】
[0065] 未知のタンパク質、又は生物学的に又はMS
nより派生するあらゆるタンパク質断片の質量を5ppm以上の精度で測定することにより、既知のタンパク質のデータベースを検索するときに見出される候補物の数が減らせる。
【0052】
[0066] 図面4には、直接注入により実施した、大腸菌(E. coli)抽出液のフルスキャンエレクトロスプレー質量スペクトルを例示する。スキャンは、m/z 400〜m/z 1800の範囲に及ぶ。この抽出液は、本出願における記載のように入手して、さらなる精製も脱塩もせずに操作した。存在するピークは、一部の低分子、低分子ペプチド及び脂質を除けば、多荷電で中質量及び高質量のタンパク質を主に表している。このスキャンは、この機器が適切に機能していて、そのシグナルが今後の詳細な分析でも安定しているという品質管理情報を提供する。全分析時間は、1秒である。
【0053】
[0067] 図面4に示した50Da枠の質量単離を図面5に示す。走査した質量範囲は、m/z 750〜m/z 800である。この図面に存在するのは、同位体的に分割された9より多いピークであって、9種の異なるタンパク質の異なる荷電状態を以下のm/z値で表す:759.4283(+18)、761.7664(+14)、766.8419(+12)、769.7618(+12)、771.5050(+10)、782.8381(+8)、788.1067(+10)、793.2172(+13)、及び795.5254(+12)。次いで、これらの荷電状態を荷電状態特異的な同位体スペーシングに基づいて分子量値へ変換する。これにより以下の分子量を得る:13651.71、10735.79、9190.10、9237.14、7705.05、6254.70、7871.07、10311.82、及び9546.30.これらの分子量について、病原体の分子量データベースに対してリアルタイムで検索して、絞られた数の潜在的な病原体の同定を取得することができる。例えば、きわめて高い測定質量精度を送達する高解像度質量分析法より入力データが由来するこの検索からは、50Sリボソームタンパク質(L27)、核様体タンパク質(YbaB)、50Sリボソームタンパク質(L17)、組込み宿主因子サブユニットb、30Sリボソームタンパク質(S16)、非特定タンパク質(YehE)、及びr50Sリボソームタンパク質(L31)が暫定的に同定された。
【0054】
[0068] この同定プロセスは、データ獲得の間、又は獲得の後でリアルタイムに起こり得る。図面1Aの工程110において規定したデータ獲得プロセスには、本出願において記載したような、タンパク質抽出液の直接注入、又はSPE浄化と組み合わせたフローインジェクションを含めることができる。ここでの重要な要素は、実験的に得られた計算分子量を微生物/病原体データベースのそれと合致させることである。この同定プロセスがデータ獲得時間の間に生じる場合は、ある規定された獲得枠について得られるきわめて正確な分子量情報をきわめて正確な分子量−微生物/病原体データベースに対して合致させる。これにより、あり得る微生物の同定候補の数をリアルタイムで(数秒のうちに)効果的に減らせる。
【0055】
[0069] 本発明の別の態様では、タンパクについて、上記に記載したように、その分子量によるだけでなく、その独自のアミノ酸配列に関するデータを使用して分析してから、微生物起源の既知のアミノ酸配列を含有するリファレンス(reference)データベースとそれを比較する。この態様では、インタクトなタンパク質の分子量を決定して、マルチステージ質量分析法よりタンパク質配列情報を入手する。これを図面1Aの工程112に例示する。工程108と工程110において決定した分子量を使用すると、タンデム質量分析法の後続工程により対象の微生物/病原体を明確に同定することが可能になる。分子量は、データ獲得が進行するに従って、同位体的に分割されたピーク中の同位体間の距離より直接的に計算し得るが、ごく高質量のタンパク質(ピークは、同位体的に分割されていない)では、質量中心とm/zスペーシングを決定することによって計算し得る。
【0056】
[0070] 典型的には、あるタンパク質の選択した荷電状態を質量分離させて、過剰なエネルギーをタンパク質前駆体イオン集団へ堆積させて、不活性ガス(原子状又は分子状)との衝突の結果として、又は当該技術分野で知られた他の方法によって、配列特異的な断片イオンの形成を誘導する。このエネルギー堆積法は、低又は高エネルギー衝突活性化(CA)解離イベント、赤外多光子解離(IRMPD)による赤外光子の吸収、単一UV光子の吸収より、電子移動解離(ETD)又は(迅速な断片化を受けない)電子移動生成物イオンの衝突活性化、電子捕獲解離(ECD)、又は他のものが含まれるイオン−イオン反応を介して誘導し得る。
【0057】
[0071] 典型的な態様において、この解離法は、規格化衝突エネルギーが5パーセントから50パーセントの高さに及ぶ(規格化衝突エネルギー、任意単位)、低又は高エネルギー衝突誘起解離(CID)である。前駆体イオンは、典型的には、どの所与タンパク質からも導かれる荷電状態分布における最も強いピークより自動的に選択される。
【0058】
[0072] 図面6は、図面4及び5に関して上記に記載したm/z 750からm/z 800までの50Da枠のタンデム質量分析法のスキャンを例示する。図面5に収載したすべての前駆体イオンをQ−Exactive高解像度/質量精度質量分析計のHCDセルを介した衝突誘起解離(CID)へ処した。規格化衝突エネルギーは、35,000の解像度で18%へ設定した。生成した派生断片イオンの荷電状態は、30種の最も顕著なピークで+1〜+9の範囲に及んだ。これらのピークは、図面5に示す(荷電状態により)標識された前駆体イオンの代表的なセットに由来する断片イオンに相当する。次いで、これら断片イオンの同一性を上記に収載した前駆体へ合致させるが、信号雑音比がごく低い前駆体イオンと関連付けることができる。このマッチングプロセスは、リアルタイムでも生じて、その病原体の大腸菌(E coli)への同定に絞り込むのに使用される。
【0059】
[0073] しかしながら、本発明の1つの態様では、所与のタンパク質のより高い荷電状態を選択してCIDを実行する。このことは、図面7に示すデータによって裏付けられる。ここでは、3ppm以上の質量精度で35,000の解像度として生じる生成物イオンが入手されている。示したタンパク質は、アンピシリンの存在下で増殖させた薬剤耐性大腸菌(E coli)株由来のDNA結合タンパク質H−nsと同定された。衝突誘起解離(CID)の方法を使用して、インタクトなタンパク質を811.9018(+19荷電状態、近似分子量15.4kDa)の前駆体m/z値で断片化した。この前駆体イオンを選択することによって、インタクトなタンパク質に由来する派生断片(b−yシリーズイオン)は、選好的な切断部位より同定することができる。この実施例において、813.82440、904.13885、及び1017.03210のm/z値は、アスパラギン酸(D)とプロリン残基(P)の間で切断するb
70イオンである。m/z 742.90741及び1077.57056での他の顕著なピークは、グルタミン酸(E)のC末端側で切断されて、b
26イオンとb
27イオンを生成する。このアルゴリズムの断片合致部分では、そのタンパク質を速やかに同定するために、より強い断片イオンを選好的に重み付ける。この情報をインタクトなタンパク質の分子量と組み合わせることによって、タンパク質を同定し得て、病原体を種のレベルで、そして多くの事例では、菌株のレベルで同定することができる。
【0060】
[0074] 1つの態様では、タンパク質の同定を確認するために、配列タグ情報も作成してよい。コンピュータソフトウェアプログラムは、生成物イオンの質量スペクトルについて、明白な配列タグを検証する。配列タグとは、生成物イオン質量スペクトル中の主要な断片イオン間の質量差によって推測される2以上のアミノ酸の短いストリング(string)である。この配列タグと、ペプチド又はタンパク質中のアミノ末端とカルボキシル末端に対するその位置をデータベース検索における制約事項として使用する。分子量と組み合わせて使用すると、配列タグ情報は、タンパク質の同定を高い信頼度で提供する。原核細胞と真核細胞において産生される多くのタンパク質は、N末端メチオニン、シグナルペプチドの喪失、又は他の翻訳後修飾イベントを受けるので、計算値を使用して、これらの修飾を説明する。この原理は、図面7にも例示される。図面7は、配列タグI/L I/L F Dに対応する、単一荷電y型イオンのシリーズを例示する。これを15.4kDAでの分子量と組み合わせて使用して、そのタンパク質を同定することができる。加えて、観測された最も強い断片は、アスパラギン酸(D)及びグルタミン酸(E)のC末端側とプロリン(P)のN末端側で切断が生じるものである。タンパク質のCID質量スペクトルにおいて典型的に観測される上記の選好的な切断を使用して、これらのピークを強度に基づいて重み付けることによって、データベース検索プロセスを速めることができる。
【0061】
[0075] 加えて、ProSight PTM、MS−Align、UStag、MS−TopDown、PIITA、及びOMMSA(Open Mass Spectrometry Search Engine)のようなプログラムを使用して、トップダウン質量分析実験に由来するインタクトなタンパク質を同定することができる。より低分子のペプチド及びタンパク質の断片は、対応する生成物イオンの質量分析時に、相関性ベース(Sequest)、確率ベース(Mascot)、期待値計算プログラム(!Xタンデム)、又は当該技術分野で知られた他のアプローチが含まれる、いくつかの異なるデータベース検索エンジンの1つより同定される。次いで、上記の方法からのタンパク質同定を使用して、該生物の属、種、亜種、菌株及び/又は血清型を同定する。同じタンパク質同定のワークフロー方法を病原性因子、耐性マーカー、及び他の関連マーカーに特異的なタンパク質へ適用することができる。
【0062】
[0076] 本発明の別の態様では、タンデム質量分析法を使用してペプチド又はタンパク質の断片イオンを生成して、生じるスペクトルをマルチステージ質量分析法の参照データベースに対して合致させて、該生物を同定する。このようなデータベースには、クロマトグラフィーの保持時間情報、あらゆる翻訳後修飾が含まれるタンパク質の質量、ペプチド又はタンパク質断片の質量、元素組成(C、H、N、O、S、又は他の原子)、全体のピーク強度又は選好的な切断に関連する場合の強度、並びに既知の微生物に由来する配列タグ情報も含めてよい。
【0063】
IV.データ解析と属−種レベルでの同定
[0077] クロマトグラフィーの保持時間、質量、強度、元素組成、アミノ酸組成、及びタンパク質配列情報のどの1以上も使用して、試料中に存在する微生物(複数)を同定することができる。同定は、MS及びMS
nデータと、既知の参照データベース(複数)と比較した上記パラメータのいずれにも基づく。クロマトグラフィーの保持時間は、試料の諸成分又は諸成分の群を分離するのに規定されたカラムとクロマトグラフィー条件のセットを使用して測定される場合は、絶対的であり得るが、分析される試料に存在しているか又は追加される何らかの他の単数又は複数の成分の保持時間に対しては、相対的であり得る。
【0064】
[0078] 試料中の未知の微生物についてのイニシャルIDを提供するためのアルゴリズムの諸工程は、1分未満で実施することができる。この同定プロセスは、クロマトグラフィー分離とデータ獲得の間に、又はデータ獲得及び/又はクロマトグラフィー分離の後でリアルタイムに生じ得る。データ獲得時間の間に、保持時間、質量電荷比(m/z)、及び強度情報のようなパラメータがシステム中の内蔵(on-board)メモリーに保存される。この同定プロセスがクロマトグラフィー分離/データ獲得工程の間に生じる場合、生データは、MS/MS(タンデム質量分析法)並びに同定アルゴリズムによる分子量マッチングの原理に基づいてリアルタイムで処理される。同定アルゴリズムは、保持時間、質量、元素組成、アミノ酸頻度、及び強度に基づいて、実験ピークを参照データベースに対して合致させることを含む。対象の微生物(複数)を同定するのに十分なデータが獲得されたならば、病原性因子及び耐性マーカーの同定及び/又は検出の確認を実施し得る。このMS/MSプロセスでは、微生物の同定に基づいて、確認ピークをリアルタイムで選択する。このMS/MSプロセスは、自動的に生じて、その結果は、既知の微生物についての配列情報を含有するMS/MSデータベースに対して検索される。
【0065】
[0079] あるいは、別のアルゴリズムを使用して、ピークを直接同定することができる。ある特定の生物についての病原性因子又は耐性マーカーの確認へ同じ原理が適用される。すべてのデータを獲得したならば、MSベースの情報とMS/MSベースのタンパク質/微生物同定情報をリアルタイムで更新して、そのような目的のために特別に開発されたアルゴリズムを使用して実施されるスコア付けプロセスにおいて使用する。
【0066】
[0080] これから図面1Bへ言及して、特に工程102乃至112(図面1Aを参照のこと)と工程110及び112(図面1Aを参照のこと)において入手されるデータに基づいて微生物を同定するために使用し得る、好適なアルゴリズム(130)の1例を例示する。このアルゴリズムには、分子量決定のために質量スペクトルデータを入手する工程132が含まれる。これは、図面1Aの工程110においてなし得る。次いで、このアルゴリズムには、ピーク検出の工程134、ピークのいずれが同位体的に分割されているかを決定する工程136が含まれる。このピークが同位体的に分割されていれば、そのアルゴリズムは、工程142中のピークに関連した分子量を計算する。このピークが同位体的に分割されていなければ、そのアルゴリズムには、同じ荷電状態エンベロープへ帰属され得る他の不分割ピークの存在をチェックする工程が含まれる。追加のピークがあれば、工程142に従って分子量を計算することができる。同じ質量スペクトル中に追加のピークが無ければ、このアルゴリズムは、近接した質量範囲を示す、質量スペクトル中の候補ピークを捜し求める。そのピークが見出されなければ、工程140における分析より元のピークを除外する。
【0067】
[0081] 計算された分子量(工程142)に基づいて、次いでアルゴリズム(130)は、分子量検索リストを創出して(工程144)、この分子量検索リストを分子量/微生物データベースに対して検索する(工程146)ことができる。次いで、アルゴリズム(130)は、工程148において、この分子量のすべてが合致するかしないかを尋ねる。この分子量が合致しなければ、アルゴリズム(130)は、MS/MS後マッチングのために未知のリストを創出し(工程150)、そして標的同定リストを創出する(工程152)。この分子量が合致すれば、アルゴリズムは、標的同定リストを創出する(工程152)。
【0068】
[0082] アルゴリズム(130)は、先に導いた試料中のタンパク質の分子量に関して導いた情報を使用して、該生物の同一性の帰属を精密化するための後続の分析を実施することが可能である。工程154において、このアルゴリズムは、工程132において獲得したピークに対してタンデム質量分析を実施するように質量分析機器に指令し得る。次いで、このアルゴリズムは、工程156において、工程152の標的同定リストからのタンデムMS断片データベースの創出を指令してから、工程158において、工程154由来の断片を工程156由来のデータベースに対して合致させる。工程160では、これらのデータ(工程152及び158)を使用して微生物を同定する。
【0069】
[0083] 次いで、アルゴリズム(130)は、工程162において、これが単一のIDに対する合致物(a match)であるかどうかをチェックする。工程162において単一の合致物があれば、アルゴリズム(130)には、マッチング工程150において作成されたリスト由来の質量を、あり得る翻訳後修飾及び/又はデータベースアノテーション中の誤差に対して合致させる任意選択の工程が含まれる。この試料は、工程172に例示されるように、本明細書の下記に記載のようなさらなる分析のために供出してよい。工程162での合致物が単一のIDでなければ、このアルゴリズムは、工程132において使用したのとは異なる質量範囲で、工程132乃至160を繰り返す。この合致物が工程162において得たものと同じであれば、この試料は、工程172に例示されるように、本明細書の下記に記載のようなさらなる分析のために供出してよい。この合致物が工程162において得たものと同じでなければ、その試料は、さらなる分析のために先送りしてよい(工程168)。
【0070】
[0084] すべての同定プロセスは、完全に自動化し得て、所与のデータ獲得プロセスのバックグラウンドで生じ得る。あるいは、これらの工程は、データ獲得後でも生じ得る。微生物同定の結果は、ユーザーフレンドリーな形式で、例えば、試料処理に先立って予め選択され得る、遠隔装置、モバイル端末、及び/又は集中コンピュータシステムへ提供することができる。
【0071】
[0085] 代わりのアプローチを使用して、高解像度/質量精度ESIデータを参照データベース中のスペクトルへ合致させてよい。このような方法には、限定無しに、線形、無作為化、及びニューラルネットワークのパターン合致ベースアプローチが含まれる。エレクトロスプレーイオン化は、ある所与の生物に由来するより多数のタンパク質が検出されることを可能にするので、パターン合致ベースのアプローチの特異性は、MALDIベースの技術に優って大いに改善される。本発明のLC−MS及びMS/MSベースのアプローチで入手できる情報含量が増加するほど、微生物の菌株又は亜種レベルでのより詳しい特性決定が可能になって、偽陽性率を最小化することができる。例えば、単一の試料に2種以上の異なる種、菌株、又は亜種が存在することは、MALDI−TOF質量分析法に基づいたこれまでの分析に対する課題を提示してきた。本発明のMSとMS/MS(MS
n)を組み合わせたアプローチの利点は、同定の精度をチェックするのにどの独自のタンパク質も使用し得ることである。データベースには、単一タンパク質の存在に基づいた明解な同定が可能な種に関する情報を含めてよい。さらなるチェックが求められる種については、独立して分析することができる。
【0072】
B.諸特性の標的分析
[0086] 属/種レベルでの同定が達成されたときに、その試料について、限定無しに、型決定(菌株及び/又は血清型)、病原性、又は抗生物質耐性及び/又は感受性に関連した情報が含まれるより詳しい情報を再分析してもよい。この第二分析(再分析)は、第一分析の間に同定された微生物(複数)の単数又は複数の同一性に基づいて、1以上の特定タンパク質を標的としてよい。これは、第一分析からの情報が第二分析を指令するために使用されることを示す、図面1Aの矢印(114)によって示される。
【0073】
[0087] 図面1Aの工程104乃至112における一連のイベントより得られる属又は種の同定に基づいて、機器ソフトウェアは、機器上級プログラミングインターフェイス(
Instrument
Advanced
Programming
Interface:IAPI)でコードされるプログラムを使用し得る。このIAPIソフトウェア(Thermo Fisher Scientific)は、試料がまだ分析されていて、分析物がさらなる分析のためにまだ容易にアクセス可能である間に、次の獲得工程のための意思決定ロジックのプログラミングをリアルタイムで可能にする、データ獲得指令性のマスタ制御プログラムである。このソフトウェアは、分析に対してオーバーヘッド時間をほとんど加えない、.NET適合可能イベント駆動性のソフトウェアである。このソフトウェアシステムは、非同期制御を有するので、単一のイベント又はトリガーに対して多数の「リスナー」が応答することができる。少数を列挙するだけでも、Cプログラミング言語、ビジュアルベーシック、及びパイソン(Python)のすべての派生物が含まれる、どの多様なコンピュータ言語も使用することができる。1例として、このソフトウェアは、先に記載されてデータ獲得の間に実施される、分子量データベース絞込みプロセスを駆動するのに使用される。本節では、型決定、病原性検出、及び耐性マーカー同定の選択的な実験を始動させるための方法論について記載する。
【0074】
[0088] 病原性大腸菌(E coli)の場合を例にすると、このソフトウェアは、適正に発現された病原性、耐性、又は型決定マーカーの検出についての迅速なスキャンを即座に立ち上げることができる。大腸菌では、付着、侵入、運動性/走化性、毒素、抗食作用タンパク質/分子、並びに免疫応答を抑制することに関与するタンパク質がこれに含まれよう。これらは、本出願の以下の節に記載するような高速部分分離質量分析法(FPCS−MS)及び標的タンデム質量分析法を使用してモニターすることができる。
【0075】
I.固相抽出
[0089] 図面1Aの工程116へ言及すると、1種以上の微生物を含有することが疑われる試料(上記に記載したような同定目的のために使用したのと同じ抽出液、又は同じ試料より調製した別の抽出液のいずれか)より抽出した可溶性タンパク質の第二注射液を第二の固相抽出(SPE)手順へ処してよい。
【0076】
[0090] 図面3へ再び言及すると、第二のSPE手順では、SPEカートリッジ(320)を流体管(322)によりクロマトグラフィーカラム(324)へ接続するために使用し得る第二フロー経路(318)、第一切換え弁(326)、第二切換え弁(328)、及びエレクトロスプレーイオン化(ESI)エミッタ(314)がシステム(300)に含まれ得る。SPEカートリッジ(320)については、図面1Aの工程104に関連して上記に記載した。SPEカートリッジ(320)は、例えば、100%メタノール又はアセトニトリル、又は他の好適な溶媒の組合せに続いて2%アセトニトリル/0.2%ギ酸水溶液(ローディング緩衝液)を使用して最初に条件付ける。次に、実質的に同一の溶液より試料をロードして、逆流を使用してSPEカートリッジ(320)に通過させる。次いで、SPEカートリッジ(320)を2ベッド体積以上のローディング緩衝液又は他のLC/MS適合緩衝液で洗浄して、塩類や他の混入物を除去してよい。
【0077】
[0091] この洗浄工程の後で、試料は、10nL以下ほどに小さくても数10μLほどでもよい溶媒容量でSPEカートリッジ(320)より溶出させて、クロマトグラフィーカラムへの送達のためにインタクトなタンパク質を濃縮して最適化し得る。次いで、このSPEカートリッジを、微生物細胞に由来するインタクトなタンパク質の高速部分クロマトグラフィー分離のためにクロマトグラフィーカラム(324)との流体接続状態に配置する。
【0078】
II.高速部分クロマトグラフィー分離質量分析法(FPCS−MS)
[0092] 図面1Aの工程118へ言及すると、試料は、部分クロマトグラフィー分離へ処してから、質量分析の分析を続ける。一般的には、FPCS−MSを実施する場合、様々な有機及び無機分析物(有機低分子、タンパク質とその天然に存在する断片、脂質、核酸、多糖、リポタンパク質、等)の複合混合物を含有する微生物細胞の粗抽出液をクロマトグラフィーカラムにロードして、クロマトグラフィーへ処す。しかしながら、ある勾配によって各分析物を別々に溶出させる(理想的には、クロマトグラフィーのピークに付き1つの分析物)代わりに、ベースライン分離を得るのに求められるずっと長い時間の代わりに、例えば、ほぼ8分以下、及び好ましくは5分以下で実質的にはクロマトグラフィーピークが得られない程度まで、この勾配を意図的に加速させる。むしろ、多くの分析物がそれらの特性と使用するクロマトグラフィーの種類(逆相、HILIC、等)に従って、どの所与時間でもカラムより意図的に同時溶出される。部分的又は不完全な分離は、限定されないが、化合物のカラム上での保持を抑制する移動相溶媒及び/又はモディファイアの使用、化合物のカラム上での保持を抑制する定常相媒体の選択(粒径、孔径、等が含まれる)、より高い流速でのクロマトグラフィーシステムの操作、上昇温度でのクロマトグラフィーシステムの操作、又は異なるクロマトグラフィー分離モード(即ち、逆相、サイズ排除、等)の選択が含まれる、当業者に知られた他の方法によっても達成し得る。
【0079】
[0093] 勾配の全域でクロマトグラフィーのピークが実質的に無いので、混合物中の分析物に関する情報の実質的にすべてが質量スペクトルより得られる。クロマトグラムに由来する実質的に唯一の関連情報は、カラムからの溶出時間である。記録されるそれぞれの質量スペクトルは、同時溶出する分析物の「サブセット」を表し、次いでこれを質量分析器においてイオン化し、分離させて、検出する。すべての同時溶出分析物が同時にイオン化されるので、それらは、限定されないが、(1)電荷競合、及び(2)さほど豊富でない分析物からのシグナルの抑制より生じる、混合物中の既知のイオン化抑制効果を受ける。一般に、イオン化抑制効果は、多くの質量分析法で「望まれない」と言及されるが、FPCS−MSでは、これらの効果を分析の利益のために使用する。しかしながら、イオン化抑制/「より豊富なもの」による「さほど豊富でないもの」の抑制の効果により、質量スペクトルには、有意に絞られた数のタンパク質由来のシグナルが記録される。
【0080】
[0094] 図面11A〜11Cは、オキソイド(Oxoid)トリプシン消化ダイズ寒天上に34℃で20時間増殖させた様々な微生物のFPCS−MS全イオン電流プロフィールを例示する。(A)−大腸菌(Escherichia coli)ATCC 8739;(B)−エンテロコッカス・ガリナラム(Enterococcus gallinarum)ATCC 700425;(C)−枯草菌(Bacillus subtilis)亜種、スピジゼニイ(spizizenii)ATCC 6633。試料中の分析物に関する全情報は、クロマトグラフィーの試行全体に及んで、それにより分析物のすべての同時溶出「セット」を表す各質量スペクトルより抽出されるデータから編集される。クロマトグラフィーのピークはほとんど無い(例えば、図面11A〜11Cに例示されるように、5分の勾配全域で3〜5本のブロードピーク)ので、すべての必要な情報は、質量スペクトル(m/z、強度)に由来して、LC試行に由来する唯一の情報は、分析物の「セット」の同時溶出時間である(この質量スペクトルでは、上記のようなイオン化/分離効果により、元の混合物成分の一部のみが表われる)。
【0081】
[0095] FPCS−MSは、「バリスティック(ballistic)クロマトグラフィー」又は「バリスティック勾配」で一般に実践されるような、高流速と組み合わせた、特別なカラムも、小型カラムも、異常形状カラム(例えば、V形状カラム)も必要としない。FPCS−MSにおいて使用するカラムは、標準的なクロマトグラフィーカラムであってよい。例えば、カラムの長さは、20mm、30mm、50mm、100mm、150mm、250mm、等であり得て、及び/又はそのようなカラムの内径は、2.1mm、1mm、500μm、150μm、75μm、等であり得る。粒径と孔径も、当該技術分野で知られるような標準サイズである。
【0082】
[0096] FPCS−MSにおいて使用する流速は、使用するカラムの型にとって標準的である。例えば、流速は、900μl/分、400μl/分、100μl/分、30μl/分、200nl/分、等であってよい。
【0083】
[0097] クロマトグラフィー条件(カラムの寸法と化学、粒径と孔径、移動相、及び移動相のモディファイア)、クロマトグラフィーのタイプ、及び個々の画分に複合混合物が依然として残存している複合試料のオフライン分画法を変更することによって、元の複合混合物の諸成分のきわめて異なるセットに注目することができる。
【0084】
[0098] 図面12に例示されるように、同時溶出分析物の質量スペクトルがたった1回の質量分析計スキャンから記録されるとしても、混合物中の分析物に関して入手し得る情報は、きわめて豊富である。
【0085】
[0099] Q−Exactive,Exactive質量分析計(Thermo Fisher Scientific)のような質量分析計又は類似の質量分析計の一部である静電型イオントラップの使用によって送達されるきわめて高い高解像度と質量精度は、組み合わせて、例えば、病原性因子、抗生物質耐性及び/又は感受性のバイオマーカー、菌株の差別化、等の発見とその標的の分析にとって強力なツールを提供する。
【0086】
[00100] 全般的に、FPCS−MSは、迅速な分析を提供し、設定された時間帯において分析し得る試料の数を最大化するとともに、その試料に関して必要な情報を提供する。
【0087】
[00101] 好ましい態様において、逆相クロマトグラフィー分離における移動相の組成は、使用するクロマトグラフィーカラムが、分子量が広範囲にあるタンパク質がそのクロマトグラフィーカラムから一緒に溶出することをもたらすために、ずっとより迅速な形式で勾配付けされる。
【0088】
[00102] クロマトグラフィーカラム中の定常相は、有孔性又は無孔性のシリカ又はアガロースの粒子であっても、カラムの内側で重合化されるか又は他のやり方で生成されるモノリシック材料であってよい。定常相は、タンパク質の分離を促進するために、C
18、C
8、C
4又は別の好適な誘導体といった適正な材料で被覆されてよくて、そのような材料は、カラムの内側の粒子又はモノリスへ化学的に結合してよい。粒径は、典型的には、約1.5〜30μmの範囲に及ぶ。孔径は、50〜300オングストロームの範囲に及ぶ可能性がある。カラムの内径は、典型的には、約50μm〜2.1mmの範囲に及んで、カラム長さは、約0.5cm〜15cm以上の範囲に及ぶ。移動相又は溶出液は、純粋な溶媒であっても、2種以上の溶媒の混合物であってもよくて、添加される塩類、酸類、及び/又は他の化学修飾剤を含有してよい。タンパク質は、大きさ、実効電荷、疎水性、親和性、又は他の物理化学特性が含まれる1以上の物理化学特性に基づいて、所定のカラムで、又は2つの連続的に又は並列して(二次元クロマトグラフィーにおけるように)連結したカラムで分離される。クロマトグラフィー分離法には、イオン交換、サイズ排除、疎水性相互作用、親和性、順相、逆相、又は他のクロマトグラフィーの1以上が含まれる。
【0089】
[00103] 1つの態様では、1.9μmの粒子を充填して孔径が175オングストロームである内径(ID)50mmx2.1mmのクロマトグラフィーカラム(C
18定常相)で、以下の2種の移動相:水中0.2%ギ酸(移動相A)とアセトニトリル中0.2%ギ酸(移動相B)を400μl/分の流速で使用して、逆相クロマトグラフィー分離を実施する。移動相A中2〜80%の移動相Bの勾配において、2、5、又は8分以内に分離を実施する。
【0090】
[00104] 迅速な分析及び試料の所要時間を提供するために、本発明の1つの態様において、勾配は、ほぼ8分以下で実行する。この圧縮された勾配形式により、分子量が広範囲にあるタンパク質がほぼ一緒に溶出するようになる。この態様を使用すると、質量70kDまでのタンパク質を検出することができる。この方法の重要な利点は、より高い質量範囲より得られる、改善された検出特異性である。ESI/MSベースの方法の質量範囲は、約12〜15kDの質量という実用上限を有するMALDI方法のそれを有意に越えて、加えて、ESI/MS質量スペクトルでは、MALDIスペクトルにおいて典型的に観測されるタンパク質のすべてが見出される。
【0091】
[00105] 他の態様では、内径0.32mm以下でC
4定常相が充填されたクロマトグラフィーカラムを、移動相A(水+0.2%ギ酸)中20〜60%の移動相B(アセトニトリル+0.2%ギ酸)の勾配で、ほぼ10μL/分の流速で使用する。クロマトグラフィー分離用の勾配溶出時間は、ほぼ10分〜20分の範囲に及んでよく、典型的には分離時間より少ない、短い再平衡化時間がそれに続く。
【0092】
III.イオン化と質量分析法
[00106] 図面1Aの工程120へ言及すると、試料は、本明細書の他所でより詳しく記載したようにイオン化されて質量分析法の分析へ処すことができる。図面8A〜8Fへ言及すると、バシラス・リシェニフォルミス(B. Licheniformis)、カンジダ・アルビカンス(C. albicans)、大腸菌(E. coli)、コクリア・ロゼア(K. rosea)、スタフィロコッカス・キシローサス(S. xylosus)、及びマイコバクテリウム・スメグマチス(M. smegmatis)由来のタンパク質抽出液を、上記に記載したFPCS−MS手順によって部分分離した。この分離は、粒径1.9μで孔径170オングストロームのHypersil Gold C
18様カラムを充填した5cmx2.1mm(内径)カラムで実施した。溶媒Aは、100% H
2Oと0.2%ギ酸から成って、溶媒Bは、100% ACNと0.2%ギ酸より作製した。開始条件は、98% Aと2% Bで、400μL/分の流速、そして40℃のカラム温度であった。フルスキャン分析に関連した上位3つの最強ピークのデータ依存解析を使用して、タンデム質量分析法を実施した。MS/MSを経た質量を、20秒の時間の間、動的排除リストに置いた。生じるタンデム質量スペクトルをProSight PTMソフトウェアのバージョン3.0により検索した。
【0093】
[00107] 図面8A〜8Fに示すデータは、FPCS−MSが異なる微生物の属を越えて広範囲の生物に有効であることを例示する。加えて、本明細書に記載したFPCS−MS手順は、図面1Aの工程116〜122の第二分析手順を、異なる生物に対して特定の勾配で、場合によっては特定の移動相で実行される手順に比べて、ずっと速やかに実施することを可能にすると理解されよう。同様に、本明細書に記載した手順は、混合物の諸成分のベースラインのクロマトグラフィー分離に依存しないので、勾配は、ずっと速やかに(例えば、30分に対して、又は90分に対して、5分で)実行することができる。実際のところ、ベースライン分離がなくて、諸成分がカラムより出るときに密集状態になるのは、記載した方法の利点なのである。例えば、上記に記載したように、タンパク質のサブセットが強制的に同時溶出されることで、混合物のイオン化が抑制される。イオン抑制は、一般的には不利であるとみなされているが、本法の場合、イオン抑制には、この質量スペクトルに記録される中で最もイオン化可能で大量のタンパク質だけからシグナルが生じるという事実によって、カラムから流出する複合混合物のイオンスペクトルを単純化する効果がある。
【0094】
IV.菌株の型決定
[00108] 図面1Aの工程122に示されるように、所与の菌株又は血清型に特異的なタンパク質(複数)を個々の単離株の型決定に使用し得る。微生物単離株内での変異は、しばしば、遺伝子(複数)全体の欠失及び/又は挿入の結果である。故に、異なる菌株には、数百の菌株特異的なタンパク質を潜在的に欠失又は獲得する場合があって、この変異により、比類なく識別力のある型決定システムが提供され得ることになる。
【0095】
[00109] 1つの例では、12種の大腸菌の菌株について、本発明の方法を使用して分析した。慣用のMALDI法を使用して検出されるより多数のタンパク質、より高分子量のタンパク質をより優れた質量精度で検出する本発明の能力について、この12種の菌株のそれぞれにおいて見出される35.4kDaタンパク質の多様性に関連して検証した。表1に示すように、ほぼ35KDaの質量を有するタンパク質の5つの異なる形態が検出された。
【0096】
【表1】
【0097】
[00110] 表1からは、アミノ酸配列における多様性により異なる質量を有する共通タンパク質に従って大腸菌(E. coli)の菌株を群分けすることが可能であることがわかる。このタンパク質は、ATCC10536において35413DaのMWを有して、ATCC11229において35426DaのMWを有する。2種の菌株(ATCC35421とATCC29194)では、このタンパク質について35497DaのMWを観測した。同様に、このタンパク質は、2つの他の菌株、即ちATCC11775とATCC35218より単離されたときに35167DaのMWを有して、5種の異なる菌株では、35176DaのMWが見出された。このタンパク質は、12種の大腸菌のATCC菌株において同じ保持時間で検出されて、本発明の1つの態様に従ってごく近縁の微生物の菌株を識別することについての本発明の有用性を例証した。この質量スペクトルはまた、異なる菌株において変動する他のタンパク質(アミノ酸配列が変化する同じタンパク質、又は異なる菌株中の異なるタンパク質のいずれか)も含有する。同定手順の一部としての多数のタンパク質の検出とタンデム質量分析法の使用は、菌株を型決定するときの正確な結果と信頼性を提供する。
【0098】
V.病原性因子及び耐性機序の特性決定
[00111] 第二分析はまた、同定される微生物に存在する病原性因子又は抗生物質耐性及び/又は感受性マーカーを同定するために使用し得る。このような分析には、試料の前処理[例えば、耐性、感受性、又は病原性に関連したタンパク質を誘導するために、1以上の抗生物質、又は他のストレス負荷条件(例、温度、1以上の栄養素の欠乏、鉄分不足、銅への曝露、等)への短い時間曝露すること]が必要とされる場合とされない場合がある。病原性因子及び/又は耐性マーカーの分析では、質量分析計を標的MS/MSモード(生成物イオンスキャニング)で操作して、既知の病原性因子又は耐性マーカーを検出する。
【0099】
[00112] この原理を、図面9A〜9Dに例示する。図面9A〜9Dでは、大腸菌(ATCC35218)の抗生物質耐性菌株をオキソイド・ミュラー−ヒントン寒天培地(Oxoid Mueller-Hinton Agar,Thermo Fisher Scientific)にて37℃で18時間、抗生物質の存在下と非存在下に増殖させた。図面9Aでは、オキサシリンの存在下に細胞を増殖させ;図面9Bでは、ナフィシリンの存在下に細胞を増殖させ;図面9Cでは、ペニシリンの存在下に細胞を増殖させ;そして図面9Dでは、アンピシリンの存在下に細胞を増殖させた。この実施例のそれぞれにおいて、囲み範囲は、抗生物質処理済培養物と非処理培養物に由来する細胞について入手した質量スペクトルにおいて有意な変化が観測される、クロマトグラムの部分を示す。この質量分析の実験では、タンパク質の発現における変化を示す。しかしながら、抗生物質の曝露より生じる変化には、個別に、又は複合して抗生物質耐性を示す、タンパク質発現、脂質、及び低分子における諸変化も含めてよい。
【0100】
[00113] 抗生物質とのほぼ10分以下の短いインキュベーションの後で、ある耐性、感受性、又は病原性のマーカーを検出することが可能である。さらに、耐性マーカー及び/又は病原性因子の分析は、定量的であり得る。このマーカー情報は、患者治療の目的のために微生物の病原型を決定して特性決定するために、又は疫学的な情報を収集するために有用である。
【0101】
[00114] 本発明の1つの態様では、耐性マーカー、β−ラクタマーゼの様々な形態を検討するためにトップダウンプロテオミクスを使用し得る。同じ細胞中でも多数のβ−ラクタマーゼ型(AmpC、ESBL、KPC、等)が生じて、スクリーニング検査や表現型確認検査においてエラーを導く可能性がある。耐性マーカー情報を使用して、慣用の表現型感受性の結果を証明して補正することができる。例えば、ポリンの変化、及び/又はAmpC過剰発現は、ESBLの表現型を模倣する可能性がある。KPC β−ラクタマーゼの存在は、ESBLの表現型をマスクする。MS/MSの方法では、インタクトなタンパク質のアミノ酸配列におけるどの変化又は置換も検出することが可能であるので、本発明のトップダウン法を使用して、これらのタンパク質を同定することができる。
【0102】
[00115] プロテオミクスの研究室によって普通使用される従来のボトムアップ手順と直接比較すると、本発明のトップダウン法の利点がさらに強調される。例を挙げると、該生物の全DNA配列が分析を実施する前に知られていれば、β−ラクタマーゼ酵素が発現される可能性があるかどうかを判定することができる。β−ラクタマーゼが実際に発現されていれば、ボトムアッププロテオミクス実験において、その酵素に関連した1以上のペプチドを同定し得る見込みがある。同定されたペプチド(複数)が1000種あるβ−ラクタマーゼの既知変異体の1つに特異的であれば、ある特定の型が確認されたと明解に言うことができよう。しかしながら、検出されて同定されたペプチドは、偶然にも、多くの様々なβ−ラクタマーゼの変異体に共通しているかもしれない。ボトムアップアプローチを使用すると、β−ラクタマーゼ変異体がわずか2個だけ異なる2種の大腸菌株を識別することでさえ、不可能ではないにしても、限界がある。
【0103】
[00116] 本発明の別の態様では、β−ラクタマーゼのような耐性マーカーの特異型を使用して、所与の微生物の同定を促進することができる。例えば、特定の基質特異型β−ラクタマーゼ(ESBL)を既知の微生物全体で直接比較すると、100%の相同性である2種だけの微生物(即ち、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)とアシネトバクター・バウマニイ(Acinetobacter baumannii))が明らかになる。この特別なESBLが発現されて検出されれば、微生物の同定は、他のどのタンパク質も考慮することなく、2つの生物へ絞られる。それぞれの同定を確認するには、1以上のタンパク質の同定で十分であろう。
【0104】
[00117] さらなる例として、大腸菌に特異的な通常のβ−ラクタマーゼ変異体について、すべての既知配列に対する類似性の検索を実施することができる。しかしながら、この酵素の軽微な修飾は、多くの異なる微生物に共通した変異体を生じるものである。大腸菌に特異的なβ−ラクタマーゼは、大腸菌を赤痢菌(Shigella)から識別するために使用し得る。フレキシネル赤痢菌(Shigella flexneri)と志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae)のβ−ラクタマーゼが大腸菌のβ−ラクタマーゼに見出される数である286個のアミノ酸を含んでなるβ−ラクタマーゼを含有するのは、注目に値するが、β−ラクタマーゼの赤痢菌バージョンの配列は、1つのアミノ酸だけが異なっていて(グリシンのセリンでの置換)、このことは、微生物の正確な同定をもたらすのに十分である。
【0105】
[00118] 微生物の混合物を含んでなる試料では、耐性マーカー配列によって提供される診断情報を使用して、それぞれの抗生物質耐性マーカーを発現する微生物を決定することができる。有用な情報を提供することが可能な他の耐性マーカーには、限定無しに、DNAジャイレース、アミノグリコシダーゼ、排出ポンプ(SrpA及びMFP)、葉酸代謝に関与するタンパク質、及びrRNA結合タンパク質が含まれる。
【0106】
[00119] 本発明の別の態様では、標的タンパク質の特異的マーカーパネルを使用して、微生物の同一性を決定することができる。これらのパネルには、特異的タンパク質の強度プロフィールを時間の関数としてモニターすることが求められる場合がある。標的タンパク質を同定するには、シングルステージ四重極に続いて、一連のイオン移動デバイス、低エネルギー衝突セル、C−トラップ、HCDセル、及びオービトラップ型(Orbitrap)質量分析器を利用するハイブリッドタンデム質量分析計を使用する。インタクトなタンパク質のMS/MS分析によりタンパク質同定を達成して、特定の微生物又は微生物群に関連したタンパク質だけを含有する、絞り込まれた微生物プロテオームデータベースに対して検索する。
【0107】
[00120] この原理を図面10に明示する。同定された病原体について特性決定することの一部は、耐性マーカー、病原性因子、菌株型決定、及び抗生物質感受性の患者アウトカムに対する潜在可能性を検証することである。フルスキャン又は選択したイオンモニタリングにより標的を同定することに加えて、ある事例では、病原性因子(例えば、付着、ホスホリパーゼ、及び分泌型アスパルチルプロテアーゼ)のレベルが患者アウトカムに影響を及ぼすのに十分決定的であるかどうかを判定するための定量が求められる場合がある。この図面10では、カンジダ・アルビカンス(C. albicans)に由来する4種の異なるタンパク質から抽出したイオンプロフィールの高解像/質量精度データを例示する。539.68341(+12)、698.09351(+6)、698.99127(+10)、及び703.70038(+20)のm/z値での上記イオンは、挿入図に示すように、3.5分と8.0分の間の保持時間範囲にわたって広がる6.46、7.27、6.97、及び14.0kDの質量のタンパク質に相当する。定量は、外部又は内部標準法、標準添加法、又は相対定量アプローチを使用して達成することができる。例には、ラベルフリー技術、選択反応モニタリング、インライン分光学的アプローチ、代謝物ラベリング、又は化学標識の使用が含まれる。量計算には、分割又は不分割の同位体クラスターを使用することによって所与のタンパク質の各荷電状態について入手した数値とともに、ピークの面積又は高さを使用することができる。
【0108】
[00121] 本発明は、その精神又は本質的な特性から逸脱することなく、他の具体的な形態で具現化し得る。この記載した態様は、どの点でも、例示としてのみみなされるべきであって、限定するものとみなしてはならない。故に、本発明の範囲は、上記の記載によるのではなく、付帯の特許請求項によって示される。この特許請求項の等価物の意味及び範囲内に収まるすべての変更は、その範囲内に含まれるはずである。