特許第6430369号(P6430369)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6430369
(24)【登録日】2018年11月9日
(45)【発行日】2018年11月28日
(54)【発明の名称】微生物学的分析用の装置及び方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20181119BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20181119BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20181119BHJP
【FI】
   C12Q1/04
   G01N27/62 V
   G01N33/68
【請求項の数】24
【全頁数】37
(21)【出願番号】特願2015-510437(P2015-510437)
(86)(22)【出願日】2013年5月1日
(65)【公表番号】特表2015-521035(P2015-521035A)
(43)【公表日】2015年7月27日
(86)【国際出願番号】US2013039094
(87)【国際公開番号】WO2013166169
(87)【国際公開日】20131107
【審査請求日】2016年4月5日
(31)【優先権主張番号】13/874,213
(32)【優先日】2013年4月30日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】61/687,785
(32)【優先日】2012年5月1日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】501466776
【氏名又は名称】オクソイド・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100117813
【弁理士】
【氏名又は名称】深澤 憲広
(74)【代理人】
【識別番号】100198018
【弁理士】
【氏名又は名称】取違 絵理
(72)【発明者】
【氏名】スティーブンソン,ジェームズ・エル・ジュニア
(72)【発明者】
【氏名】グヴォズジーカ,オクサナ
(72)【発明者】
【氏名】グライスト,ロジャー
(72)【発明者】
【氏名】カンベル,クレイ
(72)【発明者】
【氏名】ジャーディン,イアン・ディー
(72)【発明者】
【氏名】マイルチェリースト,イアン・シー
【審査官】 池上 文緒
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/65580(WO,A1)
【文献】 特表2012−532618(JP,A)
【文献】 J. Proteome Res. (2002) vol.1, issue 3, p.239-252
【文献】 モダンメディア (Apr 2012) vol.58, no.4, p.113-122
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00−3/00
G01N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1種以上の微生物を同定するための方法であって:
a.1種以上の微生物を含有する試料を提供する工程;
b.前記試料中に存在する前記1種以上の微生物を破壊して、流体性抽出液を提供する工程;
c.前記流体性抽出液中に存在する不溶性タンパク質画分より可溶性タンパク質画分を分離して、前記1種以上の微生物からインタクトな可溶性タンパク質を含む溶液を調製する工程;
d.前記インタクトな可溶性タンパク質をイオン化して、1以上のイオン化したインタクトなタンパク質を生成する工程;
e.前記1以上のイオン化したインタクトなタンパク質を質量分析計で分析する工程[ここで、分析する工程は:
i.第一の質量分析工程において、前記イオン化したインタクトなタンパク質の1以上を代表する1以上の質量スペクトルを獲得する工程;
ii.前記1以上の質量スペクトルから1以上のイオン化したインタクトなタンパク質の分子量を決定する工程;
iii.前記決定された1以上のイオン化したインタクトなタンパク質の分子量を使用して既知の微生物タンパク質の分子量を含有する第一データベースを検索して、前記第一データベースより候補微生物のサブセットを選択する工程;
iv.第二の質量分析工程において、前記1以上のイオン化したインタクトなタンパク質から1以上の前駆体イオンを選択して、前記前駆体イオンを断片化手段によって断片化して複数の生成物イオンを生成する工程;
v.前記複数の生成物イオンの質量電荷比(m/z)を使用して、既知の微生物タンパク質の分子量と前記既知の微生物タンパク質の生成物イオンm/z値、アミノ酸配列、又は翻訳後修飾情報の少なくとも1つを含有する第二データベースを検索する工程(ここでは、前記第一データベース由来の前記候補微生物のサブセットを使用して、前記第二データベースの検索を限定する);
を含む];並びに
f.工程(e)において入手した、前記試料中の前記1種以上の微生物のそれぞれ由来の1以上のタンパク質についての情報を使用して、前記微生物の少なくとも1つを同定する工程;
を含み、ここで工程(b)から(f)は10分未満で完了する、前記方法。
【請求項2】
工程(b)がグラム陽性菌、グラム陰性菌、酵母、ウイルス、マイコバクテリア、及び糸状菌に有効である、請求項1の方法。
【請求項3】
前記イオン化がエレクトロスプレーイオン化である、請求項1の方法。
【請求項4】
前記第一の質量分析工程において、前記1以上のイオン化したインタクトなタンパク質を代表する質量スペクトルが少なくとも15ppmの質量精度を有し、
ここで、質量精度は以下の式で定められる:
質量精度=((測定質量−精密質量)/(精密質量))x10^6
また質量精度は百万分率(ppm)の単位で表現される、
請求項1の方法。
【請求項5】
前記断片化手段が衝突誘起解離である、請求項1の方法。
【請求項6】
前記第二質量分析工程において、前記生成物イオンの質量電荷比が少なくとも15ppm以上の質量精度を有し、
ここで、質量精度は以下の式で定められる:
質量精度=((測定質量−精密質量)/(精密質量))x10^6
また質量精度は百万分率(ppm)の単位で表現される、
請求項1の方法。
【請求項7】
可溶性タンパク質の溶液をクロマトグラフィー分離無しにイオン化装置へ直接流し込む、請求項1又は請求項2の方法。
【請求項8】
1種以上の微生物を同定するための方法であって:
a.1種以上の微生物を含有する試料を提供する工程;
b.前記試料中に存在する1種以上の微生物を破壊して、流体性抽出液を提供する工程;
c.前記流体性抽出液中に存在する不溶性タンパク質画分より可溶性タンパク質画分を分離して、これにより前記1種以上の微生物からインタクトな可溶性タンパク質を含む溶液を調製する工程;
d.前記インタクトな可溶性タンパク質をイオン化して、イオン化したインタクトなタンパク質を生成する工程;
e.前記1以上のイオン化タンパク質を質量分析計で分析する工程[ここで、分析する工程は:
i.第一の質量分析工程において、前記イオン化したインタクトなタンパク質を代表する1以上の質量スペクトルを獲得する工程;
ii.前記1以上の質量スペクトル由来のイオン化したインタクトなタンパク質の分子量を決定する工程;
iii.この決定されたイオン化したインタクトなタンパク質の分子量を使用して既知の微生物タンパク質の分子量を含有する第一データベースを検索して、前記第一データベースより候補微生物のサブセットを選択する工程;
iv.第二の質量分析工程において、前記イオン化したインタクトなタンパク質由来の1以上の前駆体イオンを選択して、前記前駆体イオンを断片化手段によって断片化して複数の生成物イオンを生成する工程;
v.前記複数の生成物イオンの質量電荷比(m/z)を使用して、既知の微生物タンパク質の分子量と前記既知の微生物タンパク質のアミノ酸配列又は翻訳後修飾情報の少なくとも1つを含有する第二データベースを検索する工程(ここでは、前記第一データベース由来の前記候補微生物のサブセットを使用して、前記第二データベースの検索を限定する)を含む];並びに
f.十分な数のタンパク質について自動的に分析して、前記試料中の前記1種以上の微生物の少なくとも1つを同定する工程;
を含み、ここで工程(e)および(f)は、イオン化したインタクトなタンパク質を質量分析計で分析する間に、試料中の1種以上の微生物の少なくとも1つが同定されるようにリアルタイムで実施される、
前記方法。
【請求項9】
自動計装を使用して工程(b)〜(f)を実施する、請求項1の方法。
【請求項10】
前記第一の質量分析工程又は前記第二の質量分析工程の少なくとも1つが、前記1以上の前駆体イオンを質量範囲枠(a mass range window)より選択する工程と、十分な数の質量範囲枠が網羅されるまで前記第二の質量分析工程を繰り返して、前記試料中の前記1種以上の微生物の少なくとも1つを同定する工程を含む、請求項8の方法。
【請求項11】
1種以上の微生物を同定して特性決定するための方法であって:
a.1種以上の微生物を含有する試料の第一アリコートを提供する工程;
b.前記第一アリコート中に存在する1種以上の微生物を破壊して、流体性抽出液を提供する工程;
c.前記流体性抽出液中に存在する不溶性タンパク質画分より第一の可溶性タンパク質画分を分離して、前記1種以上の微生物からインタクトな可溶性タンパク質を含む第一溶液を調製する工程;
d.前記インタクトな可溶性タンパク質をイオン化して、1以上の第一イオン化インタクトなタンパク質を生成する工程;
e.前記1以上の第一イオン化インタクトなタンパク質を質量分析計で分析する工程[ここで、分析する工程は:
i.第一の質量分析工程において、前記第一イオン化インタクトなタンパク質の1以上を代表する1以上の第一質量スペクトルを獲得する工程;
ii.前記1以上の第一質量スペクトルに基づいて、前記1以上の第一イオン化インタクトなタンパク質の分子量を決定する工程;
iii.この決定された分子量を使用して既知の微生物タンパク質の分子量を含有する第一データベースの第一検索を実施して、決定された分子量に基づいて、前記第一データベースより候補微生物の第一サブセットを選択する工程;
iv.第二の質量分析工程において、前記1以上の第一イオン化インタクトなタンパク質の1以上の第一前駆体イオンを選択して、前記第一前駆体イオンを断片化手段によって断片化して第一の複数の第一生成物イオンを生成する工程;
v.前記第一の複数の第一生成物イオンの質量電荷比を使用して、既知の微生物タンパク質の分子量と前記既知の微生物タンパク質の生成物イオンm/z値、アミノ酸配列、又は翻訳後修飾情報の少なくとも1つを含有する第二データベースの第一検索を実施する工程(ここでは、前記第一データベース由来の前記候補微生物の第一サブセットを使用して、前記第二データベースの第一検索を限定する)を含む];
f.工程(e)において入手した情報を使用して、前記微生物の少なくとも1つを属種のレベルまで同定する工程;
g.工程(f)由来の情報を使用して、所定の分析法のリストより第二の分析法を自動的に選択する工程(この第二の方法も質量分析法を使用する);
h.前記流体性抽出液又は同じ試料の第二流体性抽出液の第二アリコートを提供する工程;
i.前記第二アリコート中に存在する不溶性タンパク質画分より第二の可溶性タンパク質画分を分離して、1種以上の微生物由来のインタクトな可溶性タンパク質を含む第二溶液を調製する工程;
j.前記第二溶液をクロマトグラフィー分離へ処して、インタクトな可溶性タンパク質のサブセットを提供する工程;
k.前記インタクトな可溶性タンパク質のサブセットをイオン化して、1以上の第二イオン化インタクトなタンパク質を生成する工程;
l.前記1以上の第二イオン化インタクトなタンパク質を質量分析計で分析する工程[ここで、分析する工程は:
i.第三の質量分析工程において、前記1以上の第二イオン化インタクトなタンパク質を代表する1以上の第二質量スペクトルを獲得する工程;
ii.前記1以上の第二質量スペクトルより、前記1以上の第二イオン化インタクトなタンパク質の分子量を決定する工程;
iii.前記第一データベースの第二検索を実施して、前記1以上の第二イオン化インタクトなタンパク質の決定された分子量に基づいて、前記第一データベースより前記候補微生物の第二サブセットを選択する工程;
iv.第四の質量分析工程において、前記1以上の第二イオン化タンパク質の1以上の第二前駆体イオンを選択して、該第二前駆体イオンを断片化手段によって断片化して第二の複数の生成物イオンを生成する工程;
v.前記第二の複数の生成物イオンの質量電荷比を使用して、前記第二データベースの第二検索を実施する工程(ここでは、前記第一データベース由来の候補微生物の前記第二サブセットを使用して、前記第二データベースの前記第二検索を限定する)を含む];並びに
m.工程(l)において入手した情報を使用して、菌株及び/又は血清型の同定、抗生物質耐性、抗生物質感受性、病原性、又はこれらのあらゆる組合せの何れかを示す1以上の可溶性タンパク質を同定して、定量してもよい工程を含んでなる、前記方法。
【請求項12】
同じ流体性抽出液を使用して前記第一の分析法及び前記第二の分析法を実施する、請求項11の方法。
【請求項13】
同じ試料の第二流体性抽出液を使用して第二の分析法を実施する、請求項11の方法。
【請求項14】
結合型シリカ吸着剤、高分子吸着剤、又はキレート剤を含んでなる固相抽出デバイスを使用して工程(c)を実施する、請求項1の方法。
【請求項15】
結合型シリカ吸着剤、高分子吸着剤、又はキレート剤を含んでなる固相抽出デバイスを使用して工程(c)を実施する、請求項8の方法。
【請求項16】
結合型シリカ吸着剤、高分子吸着剤、又はキレート剤を含んでなる固相抽出デバイスを使用して工程(c)を実施する、請求項11の方法。
【請求項17】
工程(j)のクロマトグラフィー分離が、前記第二溶液中のタンパク質の部分分離を提供する迅速な時間短縮クロマトグラフィーを含む、請求項11の方法。
【請求項18】
工程(b)に先立って、1種以上の微生物の破壊を促進する溶媒で前記試料を前処理する、請求項1の方法。
【請求項19】
工程(b)に先立って、前記試料を1以上の有機溶媒で前処理する(但し、唯一の有機溶媒を使用するならば、その唯一の有機溶媒は、エタノール以外である)、請求項1の方法。
【請求項20】
工程(b)に先立って、前記1種以上の微生物の破壊を促進する溶媒で前記試料を前処理する、請求項8の方法。
【請求項21】
工程(b)に先立って、前記試料を1以上の有機溶媒で前処理する(但し、唯一の有機溶媒を使用するならば、その唯一の有機溶媒は、エタノール以外である)、請求項8の方法。
【請求項22】
工程(b)に先立って、前記1種以上の微生物の破壊を促進する溶媒で前記試料を前処理する、請求項11の方法。
【請求項23】
工程(b)に先立って、前記試料を1以上の有機溶媒で前処理する(但し、唯一の有機溶媒を使用するならば、その唯一の有機溶媒は、エタノール以外である)、請求項11の方法。
【請求項24】
自動計装を使用して工程(a)〜(m)を実施する、請求項11の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願への相互参照
[0001] 本出願は、「微生物学的分析用の装置及び方法(Apparatus and methods for microbiological analysis)」と題した米国特許出願シリアル番号:13/874,213(2013年4月30日出願)の利益とそれに対する優先権を請求する。本出願はまた、その全体が参照により本明細書に組み込まれる、「微生物分析用の装置及び方法と指向性の経験的治療(Apparatus and methods for microbial analysis and directed empiric therapy)」と題した米国仮特許出願シリアル番号:61/687,785(2012年5月1日出願、発明者: James L. Stephenson, Jr., Oksana Gvozdyak, Roger Grist, Clay Campbell 及び Ian D. Jardine)の利益とそれに対する優先権を請求する。
【背景技術】
【0002】
[0002] 近年、質量分析法は、微生物を同定するための従来法に比較した場合のその精度の向上と結果到達時間の短縮により、微生物を同定するためのツールとして普及してきた。現在、微生物の同定用に使用される最も一般的な質量分析法は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型(MALDI−TOF)質量分析法である。MALDI−TOFでは、未知の微生物の細胞を好適な紫外線吸収性マトリックス溶液と混合して、そのまま試料プレート上で乾燥させる。あるいは、インタクトな(intact)細胞の代わりに微生物細胞の抽出液を使用する。質量分析計のイオン源へ移動後、そのタンパク質の脱離及びイオン化のためにレーザービームを該試料へ指向して、時間依存性の質量スペクトルデータを収集する。
【0003】
[0003] MALDI−TOF法によってもたらされる微生物の質量スペクトルは、その微生物の「指紋」を構成するインタクトなペプチド、タンパク質、及びタンパク質断片由来の数多くのピークを明らかにする。この方法は、未知の微生物の質量スペクトルにあるピークプロフィールを、実質的に同じ実験条件を使用して入手される既知の微生物のスペクトルの集合を含んでなる参照データベースへパターン合致させること(pattern matching)に依拠する。単離した微生物のスペクトルと参照データベース中のスペクトルの間の合致が良好であるほど、その生物の属、種、又は場合によっては亜種のレベルでの同定の信頼水準は高くなる。この方法は、MALDI−TOF質量スペクトルにおけるピークのパターンを合致させることに依拠するので、未知の微生物を同定するために、そのスペクトルにおいて代表されるタンパク質を同定するか又は他のやり方で特性決定する必要はない。
【0004】
[0004] MALDI−TOF法は、迅速で費用効果があるものの、応用範囲を制限する限定事項がある。MALDI質量スペクトル内の情報内容は、最も豊富でイオン化可能なタンパク質を反映するが、それは、ウイルスを除くと、使用する実験条件では、概してリボソームタンパク質に限られる。リボソームタンパク質は原核生物の間で高度に保存されているので、MALDI−TOFによる近縁微生物の識別化には限界がある。さらに、菌株及び/又は血清型、抗生物質耐性、抗生物質感受性、病原性、又は他の重要な特性の決定は、リボソームタンパク質以外のタンパク質マーカーの検出に依拠するので、これによりMALDI−TOFの微生物分析への応用はさらに限定される。微生物の同定にMALDI−TOFを使用する研究室は、その同定した微生物についてさらに特性決定するには、他の方法を使用しなければならない。加えて、スペクトルパターンの合致に基づくMALDI−TOF法の信頼性には、高品質の結果のために純粋な培養物が必要となるので、様々な微生物を含有する試料の直接的な検査は、概して適していない。
【0005】
[0005] 微生物の検出には、いくつかの他の質量分析法も使用されてきた。例えば、液体クロマトグラフィーとタンデム質量分析法(LC−MS/MS)を連結して、微生物試料に由来するタンパク質の酵素消化物より配列情報を入手する、質量分析法ベースのタンパク質配列決定法について記載されたことがある。「ボトムアップ」プロテオミクスと呼ばれるこのアプローチは、タンパク質同定のために広く実践されている方法である。この方法は、クロマトグラフィー分離により、抗生物質耐性マーカー及び病原性因子の特性決定に有用なものを含めて、リボソームタンパク質だけではない追加のタンパク質の検出が可能になるので、亜種又は菌株レベルまでの同定を提供することができる。このボトムアップアプローチの主たる欠点は、タンパク質の消化と長いクロマトグラフィー分離及びデータ処理時間の必要性により、結果到達時間が延長することである。故に、この方法は、ハイスループットアプローチへ適用し得ない。
【発明の概要】
【0006】
[0006] 本発明には、高解像度/質量精度シングルステージ(MS)又はマルチステージ(MS)質量分析法による微生物のタンパク質の特性決定に基づいた、培養物から単離後、又は試料から直接のいずれかでの微生物の同定用の新規な方法及びシステムが含まれる。本明細書にまた含まれるのは、実質的にすべての微生物へ適用可能な方法論と高解像度/質量精度シングルステージ(MS)又はマルチステージ(MS)質量分析法を使用する、病原性因子、抗生物質耐性マーカー、抗生物質感受性マーカー、又は他の特性の標的検出及び評価についての考察である。そして、以下の考察では、タンパク質の特性決定による微生物の同定が中心になるが、本明細書において考察する方法及びシステムは、低分子、脂質、又は炭水化物、等の1以上の特性決定による微生物の同定にも等しく適用可能である。
【0007】
[0007] 本発明は、1つの側面において、従来のボトムアッププロテオミクスの方法に代わるもの、即ち、グラム陽性菌、グラム陰性菌、マイコバクテリア、マイコプラズマ、酵母、ウイルス、及び糸状菌(即ち、微細菌)が含まれる実質的にすべての微生物へ適用可能である方法による、微生物細胞に由来するインタクトなタンパク質のトップダウン分析を提供する。本発明は、微生物の混合物、及び/又は純粋培養物及び/又は混合培養物より、及び素の試料(例、表面スワッブ、体液、等)より直接分析される微生物を含有する試料においても、微生物の同定を属、種、亜種、菌株型、及び血清型のレベルで提供する。加えて、本アプローチは、病原性因子、抗生物質耐性、及び感受性マーカー、又は他の特性について標的にした検出のために利用することができる。本発明の方法は、試料の化学的消化も酵素的消化も必要でなくて、データ処理がリアルタイムで達成されるので、簡単で迅速である。
【0008】
[0008] 例示の方法は、二相のプロセスを含む。第一相では、試料中に存在する微生物由来の可溶性タンパク質を速やかに抽出して質量分析計で分析して、分子量の数値と、抽出された可溶性タンパク質の1以上について決定される断片化分析に基づいて、その微生物を同定する。この第一相は、数分以内で、例えば、10分未満、5分未満で、又は約1分以内で実施される。第二相は、迅速なクロマトグラフィー分離及び質量スペクトル分析(例、標的にしたMS及びMS)を利用して、例えば、病原性因子、抗生物質耐性マーカー、抗生物質感受性マーカー、又は他の特性を決定することによって、第一工程において同定された微生物についてさらに特性決定する。この第二相は、数分以内で、例えば、15分未満、10分未満で、又は約5分以内で実施される。いずれの相も、微生物に由来するインタクトなタンパク質の、そのタンパク質のそれらの置換基ペプチドへの化学的、物理的、又は酵素的分解を伴わない、検出及び同定に依拠する。
【0009】
[0009] 試料中の1種以上の微生物を同定して特性決定するための別の例示の方法には、(a)質量分析法を使用する第一の分析法を実施して、1種以上の微生物のそれぞれ由来の1以上(例、1、2、3、4、5以上)のタンパク質を検出して同定する工程、(b)1種以上の微生物のそれぞれ由来の1以上のタンパク質の同一性を使用して、試料中の微生物の少なくとも1つをさらに同定する工程、(c)工程(b)からの情報を使用して、所定の分析法のリストより第二の分析法を自動的に選択する工程(この第二の方法も質量分析法を使用する)、及び(d)この第二の分析法を該試料に対して実施して、抗生物質耐性マーカー、抗生物質感受性マーカー、及び/又は病原性因子を示すタンパク質が該試料中に存在するかを決定して、該試料中に存在する抗生物質耐性マーカー、抗生物質感受性マーカー、及び/又は病原性因子を定量してもよい工程が含まれる。
【0010】
[0010] 標的微生物には、限定無しに、グラム陽性菌、グラム陰性菌、マイコバクテリア、マイコプラズマ、ウイルス、酵母、及び糸状菌が含まれる。この特性決定プロセスには、病原性因子、耐性マーカー、抗生物質感受性マーカー、及び、臨床結果に影響するものを限定無しに含めて、対象の微生物によって産生される他のあらゆる分子の検出を含めてよい。この方法は、血液、尿、大便、痰、創傷及び身体部位スワッブが限定無しに含まれる臨床試料に由来する純粋培養物又は混合培養物由来の試料が含まれる多様な異なる試料タイプへ、そして食品、飲料品、土壌、水、空気、及び表面スワッブのような産業試料又は環境試料が含まれる他の供給源に由来する試料へ適用可能である。
【0011】
[0011] 本発明の方法は、以下の工程の少なくとも1以上を含む:微生物細胞の破壊、タンパク質の可溶化、試料の浄化(脱塩する、不溶性の成分及び残滓を除去する、及び/又は濃縮すること)、試料注入又はフロー圧入、高速部分(partial)液体クロマトグラフィー分離、溶液中のタンパク質のイオン化、MS及びMS/MS形式での高解像度/質量精度マルチステージ質量分析法、及び分子量分析及び/又はタンパク質配列分析による微生物の同定。
【0012】
[0012] 本発明のシステムと試料調製キットは、本方法を実施するための手段を提供する。1つの態様において考慮されるように、迅速な抽出手順にオンライン浄化と直接分析を続ける。別の態様では、迅速な抽出に、インタクトなタンパク質の高速部分液体クロマトグラフィー分離を続ける。次いで、このタンパク質を、例えば、エレクトロスプレーイオン化によりイオン化する。このインタクトなタンパク質をMS及びMSにより分析して、微生物を、必要に応じて、属、種、菌株、亜種、病原型又は血清型のレベルで同定する。MS法又はMS法は、病原体の同定のために、直接配列決定アプローチ又はパターン合致アプローチを利用することができる。この同定プロセスは、獲得期の間にリアルタイムで生じる。それは、獲得期の後でも生じてよい。さらに本システムは、病原性因子、耐性マーカー、抗生物質感受性マーカー、及び/又は他のあらゆる関連マーカー(例えば、疾患に関連するもの)の定量的な検出及び同定を提供する。
【0013】
[0013] 限られた試薬のセットを使用する一般的な方法を実施するので、本発明の方法は、試料調製と質量分析法の完全自動化システム内での使用に適している。
【0014】
[0014] 理想的には、本発明の方法は、試料調製から結果報告に至るまで自動化される。結果は、病院の電子医療記録システムへ自動的に移管してよく、そこでそれらは、患者の治療戦略、保険、請求書作成へ直接繋げるか又は疫学的な報告に使用することができる。このような統合システムは、病院、地域、地方、及び全世界のレベルでのアウトブレイクの疫学的な追跡を容易にする。ハイスループットの研究室では、報告に先立って、様々な機器からのデータを統合する中央コンピュータへ多数のシステムをインターフェイスさせることができる。このシステムは、表現型の感受性データを移入することができて、本発明によって作成される同定、病原性、抗生物質耐性、及び型決定の情報とそれを組み合わせることができる。
【0015】
[0015] 本発明の上記及び他の目的及び特徴は、以下の記載と付帯の請求項よりさらに十分に明らかになるだろうし、以下に説明するような本発明の実施によって習得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
[0016] 本開示の上記と他の利点及び特徴をさらに明確化するために、本開示のより特別な記載について、付帯の図面において例示される、その具体的な態様を参照して示す。これらの図面は、本開示の例示される態様だけを図示して、それ故に、その範囲を限定するものとみなしてはならないと理解される。本開示について、付帯の図面の使用を通してさらに具体的かつ詳細に記載して説明するが、ここで:
図1A】[0017] 図面1Aは、微生物を同定するための方法を例示するフロー図である。
図1B-1】[0018] 図面1Bは、微生物を同定するためのアルゴリズムを概略的に例示するフロー図である。
図1B-2】[0018] 図面1Bは、微生物を同定するためのアルゴリズムを概略的に例示するフロー図である。
図1B-3】[0018] 図面1Bは、微生物を同定するためのアルゴリズムを概略的に例示するフロー図である。
図2】[0019] 図面2は、少なくとも1種の微生物を同定するための、少なくとも1種の微生物由来の可溶性タンパク質の迅速な抽出及び分析のためのシステムを概略的に例示するブロック図である。
図3】[0020] 図面3は、図面2に例示したシステムにおいて1つの態様に従って使用し得るフロー経路を概略的に例示する図である。
図4】[0021] 図面4は、直接注入により実施した、大腸菌(E. coli)抽出液のフルスキャンエレクトロスプレー質量スペクトルを例示し;
図5】[0022] 図面5は、図面4に示した大腸菌抽出液の50Da枠の質量単離を例示し;
図6】[0023] 図面6は、図面5に例示した50Da枠のタンデム質量分析法を例示し;
図7】[0024] 図面7は、大腸菌由来のDNA結合タンパク質H−snの+19荷電状態のMS/MS断片化を図示し;
図8A】[0025] 図面8A〜8Fは、バシラス・リシェニフォルミス(Bacillus licheniformis)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、大腸菌(Escherichia coli)、コクリア・ロゼア(Kocuria rosea)、スタフィロコッカス・キシローサス(Staphylococcus xylosus)、及びマイコバクテリウム・スメグマチス(Mycobacterium smegmatis)より抽出した可溶性タンパク質の高速部分クロマトグラフィー分離についての質量分析データを例示する。
図8B】[0025] 図面8A〜8Fは、バシラス・リシェニフォルミス(Bacillus licheniformis)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、大腸菌(Escherichia coli)、コクリア・ロゼア(Kocuria rosea)、スタフィロコッカス・キシローサス(Staphylococcus xylosus)、及びマイコバクテリウム・スメグマチス(Mycobacterium smegmatis)より抽出した可溶性タンパク質の高速部分クロマトグラフィー分離についての質量分析データを例示する。
図8C】[0025] 図面8A〜8Fは、バシラス・リシェニフォルミス(Bacillus licheniformis)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、大腸菌(Escherichia coli)、コクリア・ロゼア(Kocuria rosea)、スタフィロコッカス・キシローサス(Staphylococcus xylosus)、及びマイコバクテリウム・スメグマチス(Mycobacterium smegmatis)より抽出した可溶性タンパク質の高速部分クロマトグラフィー分離についての質量分析データを例示する。
図8D】[0025] 図面8A〜8Fは、バシラス・リシェニフォルミス(Bacillus licheniformis)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、大腸菌(Escherichia coli)、コクリア・ロゼア(Kocuria rosea)、スタフィロコッカス・キシローサス(Staphylococcus xylosus)、及びマイコバクテリウム・スメグマチス(Mycobacterium smegmatis)より抽出した可溶性タンパク質の高速部分クロマトグラフィー分離についての質量分析データを例示する。
図8E】[0025] 図面8A〜8Fは、バシラス・リシェニフォルミス(Bacillus licheniformis)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、大腸菌(Escherichia coli)、コクリア・ロゼア(Kocuria rosea)、スタフィロコッカス・キシローサス(Staphylococcus xylosus)、及びマイコバクテリウム・スメグマチス(Mycobacterium smegmatis)より抽出した可溶性タンパク質の高速部分クロマトグラフィー分離についての質量分析データを例示する。
図9A】[0026] 図面9Aは、標準増殖条件下とオキサシリンの存在下で18時間増殖させた抗生物質耐性大腸菌(ATCC 35218)の比較を例証するMSデータを示す。
図9B】[0027] 図面9Bは、標準増殖条件下とナフィシリンの存在下で18時間増殖させた図面9Aの抗生物質耐性大腸菌の比較を例証するMSデータを示す。
図9C】[0028] 図面9Cは、標準増殖条件下とペニシリンの存在下で18時間増殖させた図面9Aの抗生物質耐性大腸菌の比較を例証するMSデータを示す。
図9D】[0029] 図面9Dは、標準増殖条件下とアンピシリンの存在下で18時間増殖させた図面9Aの抗生物質耐性大腸菌の比較を例証するMSデータを示す。
図10】[0030] 図面10は、カンジダ・アルビカンス(C. albicans)に由来する4種の異なるタンパク質からの高解像度/質量精度の抽出イオンプロフィールを例示し;
図11A】[0031] 図面11A〜11Cは、オキソイド(Oxoid)トリプシン消化ダイズ寒天(Tryptic Soy Agar)上に34℃で20時間増殖させた様々な微生物のFPCS−MS全イオン電流プロフィールを例示する。(A)−大腸菌ATCC 8739;(B)−エンテロコッカス・ガリナラム(Enterococcus gallinarum)ATCC 700425;(C)−枯草菌(Bacillus subtilis)亜種、スピジゼニイ(spizizenii)ATCC 6633。
図11B】[0031] 図面11A〜11Cは、オキソイド(Oxoid)トリプシン消化ダイズ寒天(Tryptic Soy Agar)上に34℃で20時間増殖させた様々な微生物のFPCS−MS全イオン電流プロフィールを例示する。(A)−大腸菌ATCC 8739;(B)−エンテロコッカス・ガリナラム(Enterococcus gallinarum)ATCC 700425;(C)−枯草菌(Bacillus subtilis)亜種、スピジゼニイ(spizizenii)ATCC 6633。
図11C】[0031] 図面11A〜11Cは、オキソイド(Oxoid)トリプシン消化ダイズ寒天(Tryptic Soy Agar)上に34℃で20時間増殖させた様々な微生物のFPCS−MS全イオン電流プロフィールを例示する。(A)−大腸菌ATCC 8739;(B)−エンテロコッカス・ガリナラム(Enterococcus gallinarum)ATCC 700425;(C)−枯草菌(Bacillus subtilis)亜種、スピジゼニイ(spizizenii)ATCC 6633。
図12】図面12は、図面11Aにおいて示した、オキソイド・トリプシン消化ダイズ寒天上に34℃で20時間増殖させた大腸菌ATCC 8739のFPCS−MSで入手した情報より導いたタンパク質のデコンボリュートした(deconvoluted)質量を例示する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[0032] 本発明は、1つの態様において、グラム陽性菌、グラム陰性菌、酵母、マイコバクテリア、マイコプラズマ、微細菌、及びウイルスが含まれる少なくとも1種の微生物の細胞由来の可溶性タンパク質抽出液の迅速な抽出及び分析のための方法を提供する。タンパク質の分析を質量分析法より実施して、試料中に存在する微生物を同定してから、対象を絞った質量分析法の分析を実施して、抗生物質耐性及び/又は感受性マーカー、病原性因子、菌株の型決定、又は他の特性に関連したタンパク質について(定性的及び定量的に)特性決定してもよい。別の態様では、この方法を実施するための試薬、消耗品、デバイス、検量用試料(calibrators)、対照試料(controls)、及び標準試料(standards)の2以上を含んでなるキットを提供する。
【0018】
[0033] 図面1Aは、少なくとも1種の微生物の細胞由来の可溶性タンパク質抽出液の迅速な抽出及び分析のための方法(100)の一般的なワークフローの概観図を提供する。この方法(100)の工程は、様々な独立した機器及びデバイスを使用してマニュアルで実施してよい。あるいは、この工程の一部又は全部を自動化してよい。図面1Aの方法(100)を実施するのに適した典型的な自動化システムを図面2に例示する。この典型的な自動化システムについてのさらなる考察は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる、WO2012/058632及びWO2012/058559に見出すことができる。
【0019】
[0034] これから図面2に言及すると、1種以上の微生物由来のタンパク質の抽出、そのタンパク質の検出、及びその1種以上の微生物の同定のためのシステム(200)を概略的に例示する。このシステム(200)には、試料取扱いデバイス(215)、試料取扱いデバイス(215)によってアクセス可能である試料(210)、及び、試料取扱いデバイス(215)へ流体連結される試薬、緩衝液、等(220)が含まれる。システム(200)には、浄化すること(例えば、脱塩すること、混入物を除去すること、タンパク質を濃縮すること)のために構成された第一及び第二の固相抽出デバイス(235)(例、固相抽出カートリッジ)と、試料(210)を質量分析の分析に先立って液体クロマトグラフィーによって少なくとも部分的に精製するために構成され得る任意選択のクロマトグラフィーカラム(240)がさらに含まれる。試料(210)、第一及び第二の抽出デバイス(235)、及び任意選択のクロマトグラフィーカラム(240)は、流体取扱いポンプ(230)、試薬(220)、及び質量分析計(250)と流体連通(fluid communication)状態にある。
【0020】
[0035] 試料取扱いデバイス(215)は、1種以上の微生物を含有する広範囲の試料タイプを調製して、その微生物より抽出される可溶性タンパク質画分を分析用の質量分析計(250)へ送達することが可能である。試料(210)は、培養プレート由来の単離コロニー、液体増殖培地由来の細胞、血液、唾液、尿、大便、痰、創傷及び身体部位スワッブ、土壌、食品、飲料品、水、空気、及び環境表面スワッブが限定無しに含まれる、1種以上の微生物を含有することが疑われる、どんな種類の試料であってもよい。
【0021】
[0036] 試料取扱いデバイス(215)には、細胞破壊手段、ロボットの液体取扱い手段、遠心分離機、濾過手段、インキュベータ、混合手段、真空ポンプ、流体ポンプ、及び微生物の破壊と可溶性タンパク質画分の単離に使用し得る試薬(220)の1以上を含めてよい。細菌、真菌、マイコプラズマ細胞、ウイルス、等の破壊は、当該技術分野で普通に知られているような機械的、化学的、酵素的、及び他の手段によって達成してよい。機械的アプローチには、ビーズ破砕、フレンチプレス等のような加圧の使用、音波処理、又は当該技術分野で知られた他の方法が含まれる。化学的方法には、尿素、チオ尿素、又は塩酸グアニジンのようなカオトロープ(chaotropes)への曝露により微生物細胞を溶解させて、その中身を可溶化することが含まれる。あるいは、細胞を破壊するのに有機酸/溶媒の混合物を利用してよい。酵素的方法には、リゾチーム、リゾスタフィン、又は他の溶解酵素を使用して細菌細胞壁に「穴」を形成させて、その中身を周囲の溶液中へ漏出させることが含まれる。
【0022】
[0037] 図面2に例示されるように、システム(200)には、連結部分(270a〜270d)を介してシステム(200)の様々な構成要素へ連結することができる、任意選択の制御ユニット(260)がさらに含まれる。例えば、制御ユニット(260)は、試料適用を制御するために試料(210)へ、様々な試薬の適用を制御するために試薬(220)へ、流体取扱い、流速、等を制御するためにポンプ(230)へ、試料調製を制御するために試料取扱いデバイス(215)へ、そして質量分析法の諸変数を制御するために質量分析計(250)へ連結させることができる。例示の態様において、制御ユニット(260)は、例えば、質量分析計(250)からのデータを処理するか又は処理及び保存用のサーバー(複数)(サーバーは、図面2に示されていない)へデータを転送するためのデータ処理ユニットとしても役立ち得る。制御ユニット(260)はまた、諸結果を医療専門家へ自動的に転送するために使用することができる。
【0023】
[0038] いくつかの態様において、システム(200)は、試料調製、LC−MS操作、LC−MSの方法開発、等のすべての側面に必ずしも精通していない臨床医又は一般実験技術者によって使用されるように設計される。それで、制御ユニット(260)は、システム(200)のハードウェア全般や制御システムと相互作用することユーザーに要求することなく試料(210)をアッセイすることの本質的にすべての側面を始動させてモニターするのに使用し得る簡略化した適用インターフェイスをユーザーに提供することによってデータシステム環境を包含するように設計することができる。故に、制御ユニット(260)は、データをユーザー読み取り可能形式へ翻訳するためのデバイス、データファイル、及びアルゴリズムを制御する下位層のサービスとユーザーとの間にある度合いの分離を提供するように構成される。即ち、制御ユニット(260)は、臨床試料を分析するためのハードウェアを意識するか又はそれを制御することのユーザー側の必要性を無くして、質量分析計からの情報を送受信するための簡略化インターフェイスを提供するのである。
【0024】
[0039] 制御ユニット(260)は、それぞれの試料分析リクエストを内部でモニターするように構成し得て、開始から完了までの分析リクエストをシステム(200)により追跡することが可能である。試料(210)のデータがシステム(200)によって獲得されているか又は獲得されたならば、制御ユニット(260)は、ユーザーが選択したアッセイのタイプに基づいたデータの後処理を自動的に開始するように構成してよい。さらに、制御ユニット(260)は、ユーザーが選択したアッセイのタイプに基づいて後処理変数を自動的に選択するように構成し得て、アッセイがすでに選択されて分析が開始されたならば、システムと相互作用するユーザー側の必要性をさらに減らせる。制御ユニット(260)は、獲得用の試料アッセイを設定するのに必要とされる複雑性を減らすために、システム(200)とユーザーの間を適合させるレイヤー(layer)として設計することができる。制御システム(260)はまた、無関係な情報でユーザーが圧倒されるのを回避するために、最も重要なデータだけをユーザーへ戻すように構成することができる。
【0025】
[0040] 1つの態様において、システム(200)には、試料取扱いデバイス(215)へ機能可能的に連結しているか又はそれと統合されている試料検出デバイス(図示せず)をさらに含めることができる。この試料検出デバイスは、試料取扱いデバイス(215)とともに作動しても、試料取扱いデバイス(215)から独立して作動してもよく、以下の機能の少なくとも1つを実施することができる:
i.試料がこのシステムに入ることを確認する;
ii.このシステムに入る試料用のアッセイタイプを確認する;
iii.予期されるアッセイタイプ及び/又は分析対象物に基づいてアッセイプロトコールを選択する;
iv.試料取扱いデバイス及び/又は制御システムに試料中の分析対象物の分析を開始するように指令する;
v.アッセイのタイプ及び/又は分析対象物のために選択したアッセイプロトコールに基づいて1以上の試薬を選択するように制御システムに指令する;
vi.アッセイのタイプ及び/又は分析対象物のために選択したアッセイプロトコールに基づいて液体クロマトグラフィー移動相条件を選択するように制御システムに指令して、液体クロマトグラフィーシステムにそのアッセイを実施させる、及び/又は分析対象物を精製させる;
vii.アッセイタイプ及び/又は分析対象物のために選択したアッセイプロトコールに基づいて質量分析計セッティングを選択するように制御システムに指令して、選択したアッセイタイプ及び/又は分析対象物に関連した質量スペクトルデータを質量分析計に創出させる;又は
viii.選択したアッセイタイプ及び/又は分析対象物に関連した質量スペクトルデータを分析するように制御システムに指令して、分析対象物の存在及び/又は濃度を同定する。
【0026】
[0041] 試料、又は処理済の試料は、質量分析法による分析に先立って、浄化及び/又は精製してよい。このような精製又は試料浄化は、粗製の細胞抽出液より塩類又は脂質を除去する手順として、又は1以上の分析対象物を試料の1以上の他の成分に対して濃縮する手順として言及される場合がある。1つの態様では、このような精製又は試料浄化が、タンパク質抽出デバイス(235)及び/又は任意選択のクロマトグラフィーカラム(240)によって達成され得る。
【0027】
[0042] 1つの態様において、第一及び/又は第二の抽出デバイス(235)には、固相抽出(SPE)カートリッジを含めてよい。いくつかの態様において、SPEカートリッジ(235)は、高解像度/高質量精度の質量分析計(250)と直結されてよい。1つの態様において、SPEカートリッジは、少量のシリカ又はカートリッジ中に固定化した結合性C、C又はC18又は他の官能基を含有する他の吸着剤を含むポリプロピレンチップ、例えば、StageTipTMカートリッジ(Thermo Fisher Scientific)であり得る。代わりの態様では、高分子吸着剤又はキレート剤を使用してよい。ベッド体積は、1μL以下ほどに小さくてよいが、より大きい体積も使用してよい。この装置及び方法は、それぞれのSPEカートリッジが1回だけ使用されて、ある試料から別の試料への持込みの問題を最小化するので、微生物細胞に由来する複合試料に十分適している。
【0028】
[0043] 1つの態様において、任意選択のクロマトグラフィーカラム(240)には、試料中のタンパク質の少なくとも部分的なクロマトグラフィー分離のために構成されるカラムを含めてよい。クロマトグラフィーカラム中の定常相は、有孔性又は無孔性のシリカ又はアガロースの粒子であっても、カラムの内側で重合化されるか又は他のやり方で生成されるモノリシック(monolithic)材料であってよい。定常相は、タンパク質の分離を促進するために、C18、C、C又は別の好適な誘導体といった適正な材料で被覆されても、陽イオン交換体又は他の材料、又は上記の組合せを含有してもよくて、そのような材料は、カラムの内側の粒子又はモノリスへ化学的に結合してよい。粒径は、典型的には、約1.5〜30μmの範囲に及ぶ。孔径は、50〜300オングストロームの範囲に及ぶ可能性がある。カラムの内径は、典型的には、約50μm〜2.1mmの範囲に及んで、カラム長さは、約0.5cm〜25cm、又は他の範囲に及ぶ。移動相又は溶出液は、純粋な溶媒であっても、2以上の溶媒の混合物であってもよくて、添加される塩類、酸類、及び/又は他の化学修飾剤を含有してよい。タンパク質は、大きさ、実効電荷、疎水性、親和性、又は他の物理化学特性が含まれる、1以上の物理化学特性に基づいてカラム上で分離される。クロマトグラフィー分離法には、イオン交換、サイズ排除、HILIC、疎水性相互作用、親和性、順相、又は逆相クロマトグラフィーの1以上が含まれる。
【0029】
[0044] 試料を精製する追加の方法には、限定無しに、液体クロマトグラフィー、HPLC、UHPLC、沈殿、固相抽出、液体−液体抽出、透析、親和力捕獲、電気泳動、濾過、限外濾過、又は当該技術分野で知られた他の好適な方法が含まれてよく、精製に使用される。
【0030】
[0045] 質量分析法の分析に先立つ試料浄化のためのHPLCの使用に関連する様々な方法が記載されてきた。当業者は、本発明における使用に適しているHPLCの機器及びカラムを選択することができる。クロマトグラフィーカラムには、典型的には、化学部分の空間及び時間での分離を促進する媒体(即ち、充填材料)が含まれる。この媒体には、微小粒子が含まれてよい。この粒子には、分析物の分離を促進するために、様々な化学部分と相互作用する接合面(bonded surface)が含まれてよい。1つの好適な接合面は、アルキル接合面のような疎水性接合面である。アルキル接合面には、C、C、又はC18結合アルキル基、好ましくはC18結合基が含まれてよい。クロマトグラフィーカラムには、試料を受け入れるための入口孔と、分画された試料が含まれる流出液を放出するための出口孔が含まれる。例えば、検査試料を入口孔でカラムへ適用し、溶媒又は溶媒混合物で溶出させて、出口孔で放出させてよい。別の例では、1本より多いカラムを連続的に、又は2Dクロマトグラフィーとして使用してよく、ここでは検査試料を入口孔で第一カラムへ適用し、溶媒又は溶媒混合物で第二カラム上へ溶出させて、溶媒又は溶媒混合物で第二カラムから出口孔へ溶出させてよい。分析物を溶出させるために様々な溶媒モードを選択してよい。例えば、濃度勾配モード、均一濃度モード、又は多型的(即ち、混合)モードを使用して、液体クロマトグラフィーを実施してよい。
【0031】
[0046] 本明細書に使用されるような「質量分析法」又は「MS」という用語は、イオンをその質量電荷比又は「m/z」(「Da/e」と言及される場合もある)に基づいて、濾過、捕捉、検出、及び測定する方法を意味する。一般には、微生物タンパク質のような1以上の対象分子をイオン化して、引き続きそのイオンを質量分析機器へ導入すると、ここでそのイオンは、電場又は電磁場の組合せにより、質量(「m」又は「Da」)及び電荷(「z」又は「e」)に依存する空間経路に従う。
【0032】
[0047] 質量分析計(250)には、分画試料又は未分画試料をイオン化して、さらなる分析用の荷電分子を創出するためのイオン源が含まれる。例えば、試料のイオン化は、エレクトロスプレーイオン化(ESI)によって実施してよい。他のイオン化技術には、限定されないが、大気圧化学イオン化(ACPI)、光イオン化、電子イオン化(EI)、化学イオン化(CI)、高速原子衝突(FAB)/液体二次イオン質量分析法(LSIMS)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)、フィールドイオン化、フィールド脱離、サーモスプレー/プラズマスプレーイオン化、及び粒子ビームイオン化が含まれる。当業者は、測定すべき分析物、試料のタイプ、検出器のタイプ、陽イオンモード又は陰イオンモードの選択、等に基づいて、イオン化法の選択を決定し得ることを理解されよう。
【0033】
[0048] 試料をイオン化した後で、それによって創出された正電荷イオン又は陰電荷イオンについて分析して、質量電荷比(即ち、m/z)とシグナル強度を決定することができる。質量電荷比を決定するのに適した分析器には、四重極分析器、イオントラップ分析器、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)分析器、静電捕獲分析器、磁場偏向型分析器、及び飛行時間型分析器が含まれる。イオンは、いくつかの検出モードを使用することによって検出してよい。例えば、選択したイオンを検出してよい(即ち、選択イオンモニタリングモード(SIM)を使用する)、またあるいは、選択反応モニタリング(SRM)又は多重反応モニタリング(MRM)(MRMとSRMは、本質的に同じ実験である)を使用して、イオンを検出してよい。質量分析器を走査して試料由来のすべてのイオンを検出することによってもイオンを検出することができる。
【0034】
[0049] 1つの態様において、質量電荷比は、四重極分析器を使用して決定し得る。例えば、「四重極」又は「四重極イオントラップ」機器では、振動する高周波(RF)場に有るイオンが、RFシグナルの振幅、電極間にかけられた直流(DC)電位、及びそのイオンのm/z比に比例した力を受ける。特別なm/zを有するイオンだけが四重極の長さを移動して、他のすべてのイオンは外れるように、その電圧と振幅を選択することができる。このように、四重極機器は、機器へ注入されたイオンに対する「質量フィルター」、「質量セパレーター」、又はイオンレンズとして作用することができる。
【0035】
[0050] 例えば、三重四重極質量分析計の使用により「タンデム質量分析法」又は「MS/MS」を利用することによって、MS技術の解像度をしばしば高めることができる。この技術では、対象分子より産生された第一イオン、又は親イオン、又は前駆体イオンをMS機器において濾過し得て、引き続きこれらの前駆体イオンを断片化して、1以上の第二イオン、又は生成物イオン、又は断片イオンを産生してから、これを第二のMS手順において分析する。前駆体イオンを注意深く選択することによって、特定の分析物由来のイオンだけが断片化チャンバ(例、衝突セル)へ通って、ここで不活性気体の原子との衝突により、上記の生成物イオンが生成される。前駆体イオンも生成物イオンも、所与のイオン化/断片化条件のセットの下では再現可能な形式で生成されるので、このMS/MS技術は、きわめて強力な分析ツールを提供することができる。例えば、イオンの選択又は濾過と後続の断片化の組合せは、干渉性の物質を一掃するのに使用し得て、生体試料のような複合試料において特に有用であり得る。
【0036】
[0051] 別の態様において、質量電荷比は、高い解像と正確な質量決定が可能な静電型イオントラップ質量分析器を含有するハイブリッド質量分析計システム、例えば、四重極質量分析器とOrbitrapTM質量分析器を含有するQ−ExactiveTM質量分析計システム(Thermo Fisher Scientific)を使用して決定し得る。ここでは、四重極質量分析器によってイオンを選択してから捕獲デバイス中へ通し、ここで所与のイオン集団を採取し、衝突によって冷やして、高いエネルギーと正確な軌道でOrbitrap質量分析器の中へ注入する。あるいは、前駆体イオンを四重極質量分析器によって選択し、衝突セルへ通してそこで生成物イオンを生成させてから、捕獲デバイス中へ通し、ここで所与のイオン集団を採取し、衝突によって冷やして、高いエネルギーと正確な軌道でOrbitrap質量分析器の中へ注入する。イオンは、そのトラップを通過して(z/m)1/2(ここでzはイオン上の電荷であって、mは質量である)に比例した周波数で軸方向に振動する。これらの振動イオンの電流画像を検出し、その周波数ドメインデータをフーリエ変換の原理を使用して質量スペクトル情報へ変換する。遷移収集時間が長いほど、後続の質量スペクトルデータの解像度は高い。200,000を超過する数値では、5ppm以上の質量精度で高解像データを入手することができる。
【0037】
[0052] 例えば、おそらくは1以上の分析対象物を含有する、液体溶媒のクロマトグラフィーカラムからのフローがLC−MS/MS分析器の加熱式ネブライザーのインターフェイス部に入ると、この溶媒/分析物混合物は、蒸気へ変換される。分析対象物に由来するイオンが液相中に生成され得て、引き続き、ESI源中での噴霧化によるか又は中性の分析物と反応性イオンの間の反応によって気相の中へ追放されて、このとき分析物は気相に入る。
【0038】
[0053] このイオンは、機器の開口部を通過して、様々なレンズ、四重極、六重極、及び類似デバイスを通過した後で、機器に入る。1つの態様では、あらゆるm/z値の選択したm/z枠(例、3、5、10、20、30、40、50、100、1800、又はそれ以上のダルトン範囲のm/z)を分析して、その枠(複数)中のインタクトなタンパク質の分子量を決定することができる。一般的には、m/z枠サイズが小さいほど、信号雑音比を改善することができる。上述したm/z枠サイズに加えて、m/z枠サイズは、実験条件に依存して、どこでも動的に調整してよい。別の態様では、その枠(複数)由来の所定のイオン(複数)を衝突セル中へそのまま通して、そこでそれらを中性気体分子(例、アルゴン、窒素、等)と衝突させて、断片化する。産生した断片イオンを質量分析器に通過させ、そこでこの断片イオンを分離させて、検出器へ転送する。他の態様において、他の断片化プロセスには、限定されないが、赤外多光子解離(IRMPD)による赤外光子の吸収、単一UV光子の吸収、電子転移解離(ETD)、又は(迅速な断片化を受けない)電子転移生成物イオンの衝突活性化、電子捕獲解離(ECD)が含まれるイオン−イオン反応を介した断片化が含まれる。典型的な態様において、解離法は、高エネルギー衝突誘起解離(HCD)である。イオンが検出器と衝突するとき、それらはアナログシグナルを産生して、それがさらにデジタルシグナルへ変換される。
【0039】
獲得されたデータは、コンピュータへリレーされて、そこで「電圧」対「時間」がプロットされる。生じる質量クロマトグラムは、従来のHPLC法において作成されるクロマトグラムに類似している。何らかのクロマトグラフィーピークがあればクロマトグラム中のピーク下面積を計算することによって、又は質量スペクトル中のピークの強度を使用することによって、分析対象物の濃度を決定することができる。試料中の単数又は複数の分析対象物(例、タンパク質)の濃度決定は、外部又は内部較正、相対定量化、ピーク高さ又は面積カウント、標準添加法、又は最先端で知られている他のあらゆる方法に関連した、当該技術分野で知られている多くの異なる技術の1つにより達成される。
【実施例】
【0040】
A.微生物(複数)の同定
I.微生物破壊とタンパク質の可溶化
[0054] 再び図面1Aに言及すると、工程a102に示すように、1種以上の微生物を含有することが疑われる試料を破壊して、その試料(例えば、尿)より直に微生物細胞を入手するように処理しても、それを使用して純培養物を単離してもよい。次いで、微生物細胞を使用して、タンパク質の可溶性画分を産生する。この試料は、1種以上の微生物を含有することが疑われるどんな種類のものであってもよく、限定無しに、培養プレート由来の単離コロニー;液体増殖培地由来の細胞;血液、唾液、尿、大便、痰、創傷及び身体部位スワッブ;食品及び飲料品;土壌、水、空気;環境及び産業上の表面スワッブが含まれる。
【0041】
[0055] 細胞破壊は、当該技術分野でよく知られていて、図面2に関して上記でより詳しく考察したような機械的、化学的、酵素的手段によって達成してよい。破壊の後で、この溶液から試料の不溶性部分(典型的には、細胞壁材料、ある種の脂質、沈殿タンパク質、及び他の細胞成分)を遠心分離、濾過(マニュアル、又は自動化のいずれか)、又は当該技術分野で知られた他の方法により除去してよい。試料調製は、1台以上のコンピュータによって制御されるロボットシステムを使用して、自動化してよい(図面2、202及び215を参照のこと)。このようなロボットシステムは、より大きなシステムの一部であってよく、他のデバイス又はコンピュータへ連結してよい。
【0042】
[0056] 1つの実施例では、1mmの細菌試験用ループ(bacteriological loop)を使用して、好適な培養プレート、例えば、OXOIDTM Tryptone Soya寒天プレート(Thermo Fisher Scientific)の表面より、活発に増殖中の大腸菌(E. coli)の細胞を採取する。この細胞をLC/MSグレード水中70%エタノールに懸濁して、数分間の処理後、この試料を遠心分離させて、上清を捨てる。次いで、この細胞を、ACN:水(1:1)中2.5%トリフルオロ酢酸を使用する溶解へ処して、その後でこの試料を14,000rpmで約5分間遠心分離させて、不溶性の成分を除去する。遠心分離に続き、上清を新しい試験管へ移して、遠心濃縮装置(speedvac)を使用することによるか又は窒素のフロー下において、定型的なやり方で完全に蒸発させてよい。分析に先立って、その試料をフローインジェクション又は直接注入のために2% ACN、98%水+0.2%ギ酸(クロマトグラフィーの使用が予測される場合)、又はACN:水(1:1)+2%ギ酸のいずれかで復元する。次いで、この復元した試料は、高解像度質量分析法による直接分析へ処されるか、又は高速部分クロマトグラフィー分離と高解像度質量分析法による分析を受ける。
【0043】
[0057] 別の実施例では、2mm細菌試験用ループを使用して、好適な培養プレート、例えば、OXOIDTM Tryptone Soya寒天プレート(Thermo Fisher Scientific)の表面より、活発に増殖中の培養細胞(例、大腸菌(Escherichia coli)、スタフィロコッカス・キシローサス(Staphylococcus xylosus)、コクリア・ロゼア(Kocuria rosea)、バシラス・リシェニフォルミス(Bacillus licheniformis)、マイコバクテリウム・スメグマチス(Mycobacterium smegmatis)、他)のほぼ10mg(湿重量)を採取し得る。この細胞を0.5mlの微量遠心分離管へ移して、25%アセトニトリル、25%水中50%ギ酸の溶液の20μlを加え;このピペット容積を40μlへ増やし;そして、この懸濁液中で上下に激しくピペッティングして、泡の出現によって示されるように、細胞を破壊する。次いで、180μlのアセトニトリル:水(1:1)を加えて、生じる溶液を14,000rpmでほぼ5分間遠心分離させる。上清を除去して、直接注入又はフローインジェクションのいずれかで必要とされるように希釈する。
【0044】
[0058] 別の実施例では、遠心分離機を使用して、液体増殖培地、例えば、Sabouraud液体培地(OXOIDTM,Thermo Fisher Scientific)よりカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)の細胞を採取する。この細胞を増殖培地より0.9%生理食塩水で3回洗浄して、沈殿させる。次いで、この細胞は、室温で10分以下の間、エタノール及びメチルtert−ブチル(7:3)の混合物で前処理してよい。この細胞を遠心分離によって沈殿させて、上清を捨てる。約70%ギ酸、15%アセトニトリル、及び15%水が含まれる混合物を使用してこの細胞を溶解させて、タンパク質を可溶化し得る。不溶性の成分を14,000rpm、5分間で沈殿させ、上清を清浄なバイアル又は遠心分離管へ移して、クロマトグラフィーに先立って、アセトニトリル:水(2:98)中0.2%ギ酸で希釈する。クロマトグラフィーが予定されない場合は、溶媒の濃度をアセトニトリル:水(1:1)、0.2〜2%ギ酸へ調整するようなやり方で上清を希釈する。アセトニトリルの代わりに、メタノールも使用し得る。次いで、遠心分離の後で、希釈した上清を、高速部分クロマトグラフィー分離を伴うか又は伴わないインライン固相抽出と高解像度質量分析法による分析へ処す。あるいは、アセトニトリル:水(1:1)、0.2〜2%ギ酸中の試料は、分析用の質量分析計へフロー注入されるか又は直接注入される。
【0045】
II.試料の脱塩、濃縮、及びクロマトグラフィー分離
[0059] 工程102での微生物の破壊によって産生される上清は、インタクトなタンパク質を含有し、これは、図面1Aの工程104に例示されるように、脱塩してこのタンパク質を濃縮するようにさらに処理してよい。1つの態様では、自動の固相抽出/液体クロマトグラフィー試料導入インターフェイスシステムを使用して、インタクトなタンパク質を同時に脱塩し、濃縮して、分離させる。このようなシステム(300)の概略図を図面3に示す。第一のフロー経路(302)において、システム(300)は、単回使用の使い捨て固相抽出(SPE)カートリッジ(304)を利用し得て、これは、ポンプ(306)、流体ライン(308)、第一切換え弁(310)、第二切換え弁(312)、及びエレクトロスプレーイオン化(ESI)エミッタ(314)へ連結している。SPEカートリッジ(304)は、例えば、2%アセトニトリル/0.2%ギ酸水溶液(ローディング緩衝液)を使用して調節してよい。次に、図面1Aの工程102において調製した試料を、実質的に同じ溶液よりロードして、例えば逆流を使用して、SPEカートリッジ(304)に通過させてよい。次いで、SPEカートリッジ(304)を2ベッド体積のローディング緩衝液で洗浄して、塩類や他の混入物を除去し得る。この洗浄工程の後で、各試料を10nl以下ほどに小さくても数10μlほどに大きくてもよい溶媒容積でSPEカートリッジ(304)より溶出させて、ESIエミッタ(314)と質量分析計(316)への送達のためにインタクトなタンパク質を濃縮して最適化する。
【0046】
[0060] 1つの態様において、このオンラインSPEカートリッジは、チップ中に固定化した結合性C、C又はC18又は他の官能基を含有する少量のシリカ吸着剤を含むポリプロピレンチップ、例えば、StageTMチップ(Thermo Fisher Scientific)であり得る。代わりの態様では、高分子吸着剤又はキレート剤を使用してよい。ベッド体積は、ほぼ1μL〜1mlであってよい。この装置及び方法は、それぞれのSPEカートリッジが1回だけ使用されて、ある試料から別の試料への持込みの問題を最小化するので、微生物細胞に由来する複合試料に十分適している。
【0047】
III.イオン化、質量分析法分析、アミノ酸配列情報
[0061] 次いで、図面1Aの工程106に示すように、上記試料を質量分析法の分析へ処す。溶出したタンパク質を、例えば、液体クロマトグラフィーと容易にインラインで組み合わせることができるエレクトロスプレーイオン化(ESI)又は他の大気圧又は準大気圧イオン化技術によりイオン化する。ESIでは、タンパク質が、遊離N末端、ヒスチジン、リジン、アルギニン、又は配列中に存在する他の荷電アミノ酸の数に基づいて、多重の電荷を蓄積する。生じる質量スペクトルは、異なる質量/電荷(m/z)値で出現する、同じタンパク質に由来する多価イオンの分布(「荷電状態エンベロープ」)を反映する。m/z値は、エレクトロスプレーイオン化法より異なる電荷数を獲得する、同じ分析物の結果である。荷電状態の分布は、試料がインタクトなタンパク質を含んでも、及び/又はトップダウン法によって産生されたそれらの断片を含んでも、単段階又は多段階の高解像度質量分析法による検出に従う。タンパク質の分子量は、多様な方法で計算することができる。これには、単一荷電状態の隣接同位体の間のスペーシング(spacing)に注目すること、同じタンパク質に由来するいくつかの隣接する同位体的に分離不能なピークのm/z値を使用してそれを決定又は計算すること、及びこれらのピークの間のm/zスペースにおける距離を決定することといった、単純な方法が含まれる。分子量を計算するための他の方法には、スラッシュ(thrash)アルゴリズム及び最大エントロピーのアプローチも同様に含まれる。
【0048】
[0062] イオン化の後で、タンパク質を分析のために質量分析器へ通過させる。工程108及び110に示すように、試料は、選択したm/z範囲内において、フルスキャン高解像度MSモードで反復的に走査される。1つの態様において、質量分析計は、フルスキャン高解像度MSモードで、例えば、m/z 150〜m/z 2000の範囲においてほぼ1秒で反復的に走査されて、インタクトなタンパク質の質量測定をほぼ5百万分率(ppm)、3ppm、1ppm又はそれ以上の質量精度で提供する。この態様において、イオン源パラメータは、以下のように設定される:スプレー電圧=4kV、キャピラリー温度=270℃、及びイオン源温度=60℃。例示のLC流速:400μl/分では、イオン源のシースガスを35(任意単位)の流速で、補助ガスを流速5(任意単位)で、イオン源温度=60℃で提供する。入手される質量精度は、タンパク質の元素組成情報(例えば、該タンパク質に存在する炭素、窒素、酸素、水素、イオウ、又は他の原子の数)を提供するのに十分である。この情報は、微生物を同定するためのアルゴリズムの一部としてさらに使用することができる。
【0049】
[0063] 本明細書に使用するように、「質量精度」及び「ppm」という用語は、測定量の、その実際の真値に対する一致の度合いに言及する。イオンの質量、又はより具体的には質量電荷比を質量分析測定法において測定する場合、あるイオンの実験測定質量と精密質量の間の差異又は誤差は、以下の式:((測定質量−精密質量)/(精密質量))x10^6=質量精度(ppm)に従って、百万分率(ppm)の単位で表現される。
【0050】
[0064] あるイオンの精密質量は、そのイオンの荷電状態についての補正を含めて、当該分子の個々の同位体の質量を合計することによって得られる。例えば、2個の水素−1原子、1個の酸素−16原子を含有して+1の電荷を担うイオン化した水分子の精密質量は:((1.007825+1.007825+15.994915)−0.000549)=18.010016ダルトンである。このイオンの測定質量が18.010200ダルトン(Da)であったならば、その測定の精度は:((18.010200Da−18.010016Da)/(18.010016Da))x10^6=10.2ppmとなろう。
【0051】
[0065] 未知のタンパク質、又は生物学的に又はMSより派生するあらゆるタンパク質断片の質量を5ppm以上の精度で測定することにより、既知のタンパク質のデータベースを検索するときに見出される候補物の数が減らせる。
【0052】
[0066] 図面4には、直接注入により実施した、大腸菌(E. coli)抽出液のフルスキャンエレクトロスプレー質量スペクトルを例示する。スキャンは、m/z 400〜m/z 1800の範囲に及ぶ。この抽出液は、本出願における記載のように入手して、さらなる精製も脱塩もせずに操作した。存在するピークは、一部の低分子、低分子ペプチド及び脂質を除けば、多荷電で中質量及び高質量のタンパク質を主に表している。このスキャンは、この機器が適切に機能していて、そのシグナルが今後の詳細な分析でも安定しているという品質管理情報を提供する。全分析時間は、1秒である。
【0053】
[0067] 図面4に示した50Da枠の質量単離を図面5に示す。走査した質量範囲は、m/z 750〜m/z 800である。この図面に存在するのは、同位体的に分割された9より多いピークであって、9種の異なるタンパク質の異なる荷電状態を以下のm/z値で表す:759.4283(+18)、761.7664(+14)、766.8419(+12)、769.7618(+12)、771.5050(+10)、782.8381(+8)、788.1067(+10)、793.2172(+13)、及び795.5254(+12)。次いで、これらの荷電状態を荷電状態特異的な同位体スペーシングに基づいて分子量値へ変換する。これにより以下の分子量を得る:13651.71、10735.79、9190.10、9237.14、7705.05、6254.70、7871.07、10311.82、及び9546.30.これらの分子量について、病原体の分子量データベースに対してリアルタイムで検索して、絞られた数の潜在的な病原体の同定を取得することができる。例えば、きわめて高い測定質量精度を送達する高解像度質量分析法より入力データが由来するこの検索からは、50Sリボソームタンパク質(L27)、核様体タンパク質(YbaB)、50Sリボソームタンパク質(L17)、組込み宿主因子サブユニットb、30Sリボソームタンパク質(S16)、非特定タンパク質(YehE)、及びr50Sリボソームタンパク質(L31)が暫定的に同定された。
【0054】
[0068] この同定プロセスは、データ獲得の間、又は獲得の後でリアルタイムに起こり得る。図面1Aの工程110において規定したデータ獲得プロセスには、本出願において記載したような、タンパク質抽出液の直接注入、又はSPE浄化と組み合わせたフローインジェクションを含めることができる。ここでの重要な要素は、実験的に得られた計算分子量を微生物/病原体データベースのそれと合致させることである。この同定プロセスがデータ獲得時間の間に生じる場合は、ある規定された獲得枠について得られるきわめて正確な分子量情報をきわめて正確な分子量−微生物/病原体データベースに対して合致させる。これにより、あり得る微生物の同定候補の数をリアルタイムで(数秒のうちに)効果的に減らせる。
【0055】
[0069] 本発明の別の態様では、タンパクについて、上記に記載したように、その分子量によるだけでなく、その独自のアミノ酸配列に関するデータを使用して分析してから、微生物起源の既知のアミノ酸配列を含有するリファレンス(reference)データベースとそれを比較する。この態様では、インタクトなタンパク質の分子量を決定して、マルチステージ質量分析法よりタンパク質配列情報を入手する。これを図面1Aの工程112に例示する。工程108と工程110において決定した分子量を使用すると、タンデム質量分析法の後続工程により対象の微生物/病原体を明確に同定することが可能になる。分子量は、データ獲得が進行するに従って、同位体的に分割されたピーク中の同位体間の距離より直接的に計算し得るが、ごく高質量のタンパク質(ピークは、同位体的に分割されていない)では、質量中心とm/zスペーシングを決定することによって計算し得る。
【0056】
[0070] 典型的には、あるタンパク質の選択した荷電状態を質量分離させて、過剰なエネルギーをタンパク質前駆体イオン集団へ堆積させて、不活性ガス(原子状又は分子状)との衝突の結果として、又は当該技術分野で知られた他の方法によって、配列特異的な断片イオンの形成を誘導する。このエネルギー堆積法は、低又は高エネルギー衝突活性化(CA)解離イベント、赤外多光子解離(IRMPD)による赤外光子の吸収、単一UV光子の吸収より、電子移動解離(ETD)又は(迅速な断片化を受けない)電子移動生成物イオンの衝突活性化、電子捕獲解離(ECD)、又は他のものが含まれるイオン−イオン反応を介して誘導し得る。
【0057】
[0071] 典型的な態様において、この解離法は、規格化衝突エネルギーが5パーセントから50パーセントの高さに及ぶ(規格化衝突エネルギー、任意単位)、低又は高エネルギー衝突誘起解離(CID)である。前駆体イオンは、典型的には、どの所与タンパク質からも導かれる荷電状態分布における最も強いピークより自動的に選択される。
【0058】
[0072] 図面6は、図面4及び5に関して上記に記載したm/z 750からm/z 800までの50Da枠のタンデム質量分析法のスキャンを例示する。図面5に収載したすべての前駆体イオンをQ−Exactive高解像度/質量精度質量分析計のHCDセルを介した衝突誘起解離(CID)へ処した。規格化衝突エネルギーは、35,000の解像度で18%へ設定した。生成した派生断片イオンの荷電状態は、30種の最も顕著なピークで+1〜+9の範囲に及んだ。これらのピークは、図面5に示す(荷電状態により)標識された前駆体イオンの代表的なセットに由来する断片イオンに相当する。次いで、これら断片イオンの同一性を上記に収載した前駆体へ合致させるが、信号雑音比がごく低い前駆体イオンと関連付けることができる。このマッチングプロセスは、リアルタイムでも生じて、その病原体の大腸菌(E coli)への同定に絞り込むのに使用される。
【0059】
[0073] しかしながら、本発明の1つの態様では、所与のタンパク質のより高い荷電状態を選択してCIDを実行する。このことは、図面7に示すデータによって裏付けられる。ここでは、3ppm以上の質量精度で35,000の解像度として生じる生成物イオンが入手されている。示したタンパク質は、アンピシリンの存在下で増殖させた薬剤耐性大腸菌(E coli)株由来のDNA結合タンパク質H−nsと同定された。衝突誘起解離(CID)の方法を使用して、インタクトなタンパク質を811.9018(+19荷電状態、近似分子量15.4kDa)の前駆体m/z値で断片化した。この前駆体イオンを選択することによって、インタクトなタンパク質に由来する派生断片(b−yシリーズイオン)は、選好的な切断部位より同定することができる。この実施例において、813.82440、904.13885、及び1017.03210のm/z値は、アスパラギン酸(D)とプロリン残基(P)の間で切断するb70イオンである。m/z 742.90741及び1077.57056での他の顕著なピークは、グルタミン酸(E)のC末端側で切断されて、b26イオンとb27イオンを生成する。このアルゴリズムの断片合致部分では、そのタンパク質を速やかに同定するために、より強い断片イオンを選好的に重み付ける。この情報をインタクトなタンパク質の分子量と組み合わせることによって、タンパク質を同定し得て、病原体を種のレベルで、そして多くの事例では、菌株のレベルで同定することができる。
【0060】
[0074] 1つの態様では、タンパク質の同定を確認するために、配列タグ情報も作成してよい。コンピュータソフトウェアプログラムは、生成物イオンの質量スペクトルについて、明白な配列タグを検証する。配列タグとは、生成物イオン質量スペクトル中の主要な断片イオン間の質量差によって推測される2以上のアミノ酸の短いストリング(string)である。この配列タグと、ペプチド又はタンパク質中のアミノ末端とカルボキシル末端に対するその位置をデータベース検索における制約事項として使用する。分子量と組み合わせて使用すると、配列タグ情報は、タンパク質の同定を高い信頼度で提供する。原核細胞と真核細胞において産生される多くのタンパク質は、N末端メチオニン、シグナルペプチドの喪失、又は他の翻訳後修飾イベントを受けるので、計算値を使用して、これらの修飾を説明する。この原理は、図面7にも例示される。図面7は、配列タグI/L I/L F Dに対応する、単一荷電y型イオンのシリーズを例示する。これを15.4kDAでの分子量と組み合わせて使用して、そのタンパク質を同定することができる。加えて、観測された最も強い断片は、アスパラギン酸(D)及びグルタミン酸(E)のC末端側とプロリン(P)のN末端側で切断が生じるものである。タンパク質のCID質量スペクトルにおいて典型的に観測される上記の選好的な切断を使用して、これらのピークを強度に基づいて重み付けることによって、データベース検索プロセスを速めることができる。
【0061】
[0075] 加えて、ProSight PTM、MS−Align、UStag、MS−TopDown、PIITA、及びOMMSA(Open Mass Spectrometry Search Engine)のようなプログラムを使用して、トップダウン質量分析実験に由来するインタクトなタンパク質を同定することができる。より低分子のペプチド及びタンパク質の断片は、対応する生成物イオンの質量分析時に、相関性ベース(Sequest)、確率ベース(Mascot)、期待値計算プログラム(!Xタンデム)、又は当該技術分野で知られた他のアプローチが含まれる、いくつかの異なるデータベース検索エンジンの1つより同定される。次いで、上記の方法からのタンパク質同定を使用して、該生物の属、種、亜種、菌株及び/又は血清型を同定する。同じタンパク質同定のワークフロー方法を病原性因子、耐性マーカー、及び他の関連マーカーに特異的なタンパク質へ適用することができる。
【0062】
[0076] 本発明の別の態様では、タンデム質量分析法を使用してペプチド又はタンパク質の断片イオンを生成して、生じるスペクトルをマルチステージ質量分析法の参照データベースに対して合致させて、該生物を同定する。このようなデータベースには、クロマトグラフィーの保持時間情報、あらゆる翻訳後修飾が含まれるタンパク質の質量、ペプチド又はタンパク質断片の質量、元素組成(C、H、N、O、S、又は他の原子)、全体のピーク強度又は選好的な切断に関連する場合の強度、並びに既知の微生物に由来する配列タグ情報も含めてよい。
【0063】
IV.データ解析と属−種レベルでの同定
[0077] クロマトグラフィーの保持時間、質量、強度、元素組成、アミノ酸組成、及びタンパク質配列情報のどの1以上も使用して、試料中に存在する微生物(複数)を同定することができる。同定は、MS及びMSデータと、既知の参照データベース(複数)と比較した上記パラメータのいずれにも基づく。クロマトグラフィーの保持時間は、試料の諸成分又は諸成分の群を分離するのに規定されたカラムとクロマトグラフィー条件のセットを使用して測定される場合は、絶対的であり得るが、分析される試料に存在しているか又は追加される何らかの他の単数又は複数の成分の保持時間に対しては、相対的であり得る。
【0064】
[0078] 試料中の未知の微生物についてのイニシャルIDを提供するためのアルゴリズムの諸工程は、1分未満で実施することができる。この同定プロセスは、クロマトグラフィー分離とデータ獲得の間に、又はデータ獲得及び/又はクロマトグラフィー分離の後でリアルタイムに生じ得る。データ獲得時間の間に、保持時間、質量電荷比(m/z)、及び強度情報のようなパラメータがシステム中の内蔵(on-board)メモリーに保存される。この同定プロセスがクロマトグラフィー分離/データ獲得工程の間に生じる場合、生データは、MS/MS(タンデム質量分析法)並びに同定アルゴリズムによる分子量マッチングの原理に基づいてリアルタイムで処理される。同定アルゴリズムは、保持時間、質量、元素組成、アミノ酸頻度、及び強度に基づいて、実験ピークを参照データベースに対して合致させることを含む。対象の微生物(複数)を同定するのに十分なデータが獲得されたならば、病原性因子及び耐性マーカーの同定及び/又は検出の確認を実施し得る。このMS/MSプロセスでは、微生物の同定に基づいて、確認ピークをリアルタイムで選択する。このMS/MSプロセスは、自動的に生じて、その結果は、既知の微生物についての配列情報を含有するMS/MSデータベースに対して検索される。
【0065】
[0079] あるいは、別のアルゴリズムを使用して、ピークを直接同定することができる。ある特定の生物についての病原性因子又は耐性マーカーの確認へ同じ原理が適用される。すべてのデータを獲得したならば、MSベースの情報とMS/MSベースのタンパク質/微生物同定情報をリアルタイムで更新して、そのような目的のために特別に開発されたアルゴリズムを使用して実施されるスコア付けプロセスにおいて使用する。
【0066】
[0080] これから図面1Bへ言及して、特に工程102乃至112(図面1Aを参照のこと)と工程110及び112(図面1Aを参照のこと)において入手されるデータに基づいて微生物を同定するために使用し得る、好適なアルゴリズム(130)の1例を例示する。このアルゴリズムには、分子量決定のために質量スペクトルデータを入手する工程132が含まれる。これは、図面1Aの工程110においてなし得る。次いで、このアルゴリズムには、ピーク検出の工程134、ピークのいずれが同位体的に分割されているかを決定する工程136が含まれる。このピークが同位体的に分割されていれば、そのアルゴリズムは、工程142中のピークに関連した分子量を計算する。このピークが同位体的に分割されていなければ、そのアルゴリズムには、同じ荷電状態エンベロープへ帰属され得る他の不分割ピークの存在をチェックする工程が含まれる。追加のピークがあれば、工程142に従って分子量を計算することができる。同じ質量スペクトル中に追加のピークが無ければ、このアルゴリズムは、近接した質量範囲を示す、質量スペクトル中の候補ピークを捜し求める。そのピークが見出されなければ、工程140における分析より元のピークを除外する。
【0067】
[0081] 計算された分子量(工程142)に基づいて、次いでアルゴリズム(130)は、分子量検索リストを創出して(工程144)、この分子量検索リストを分子量/微生物データベースに対して検索する(工程146)ことができる。次いで、アルゴリズム(130)は、工程148において、この分子量のすべてが合致するかしないかを尋ねる。この分子量が合致しなければ、アルゴリズム(130)は、MS/MS後マッチングのために未知のリストを創出し(工程150)、そして標的同定リストを創出する(工程152)。この分子量が合致すれば、アルゴリズムは、標的同定リストを創出する(工程152)。
【0068】
[0082] アルゴリズム(130)は、先に導いた試料中のタンパク質の分子量に関して導いた情報を使用して、該生物の同一性の帰属を精密化するための後続の分析を実施することが可能である。工程154において、このアルゴリズムは、工程132において獲得したピークに対してタンデム質量分析を実施するように質量分析機器に指令し得る。次いで、このアルゴリズムは、工程156において、工程152の標的同定リストからのタンデムMS断片データベースの創出を指令してから、工程158において、工程154由来の断片を工程156由来のデータベースに対して合致させる。工程160では、これらのデータ(工程152及び158)を使用して微生物を同定する。
【0069】
[0083] 次いで、アルゴリズム(130)は、工程162において、これが単一のIDに対する合致物(a match)であるかどうかをチェックする。工程162において単一の合致物があれば、アルゴリズム(130)には、マッチング工程150において作成されたリスト由来の質量を、あり得る翻訳後修飾及び/又はデータベースアノテーション中の誤差に対して合致させる任意選択の工程が含まれる。この試料は、工程172に例示されるように、本明細書の下記に記載のようなさらなる分析のために供出してよい。工程162での合致物が単一のIDでなければ、このアルゴリズムは、工程132において使用したのとは異なる質量範囲で、工程132乃至160を繰り返す。この合致物が工程162において得たものと同じであれば、この試料は、工程172に例示されるように、本明細書の下記に記載のようなさらなる分析のために供出してよい。この合致物が工程162において得たものと同じでなければ、その試料は、さらなる分析のために先送りしてよい(工程168)。
【0070】
[0084] すべての同定プロセスは、完全に自動化し得て、所与のデータ獲得プロセスのバックグラウンドで生じ得る。あるいは、これらの工程は、データ獲得後でも生じ得る。微生物同定の結果は、ユーザーフレンドリーな形式で、例えば、試料処理に先立って予め選択され得る、遠隔装置、モバイル端末、及び/又は集中コンピュータシステムへ提供することができる。
【0071】
[0085] 代わりのアプローチを使用して、高解像度/質量精度ESIデータを参照データベース中のスペクトルへ合致させてよい。このような方法には、限定無しに、線形、無作為化、及びニューラルネットワークのパターン合致ベースアプローチが含まれる。エレクトロスプレーイオン化は、ある所与の生物に由来するより多数のタンパク質が検出されることを可能にするので、パターン合致ベースのアプローチの特異性は、MALDIベースの技術に優って大いに改善される。本発明のLC−MS及びMS/MSベースのアプローチで入手できる情報含量が増加するほど、微生物の菌株又は亜種レベルでのより詳しい特性決定が可能になって、偽陽性率を最小化することができる。例えば、単一の試料に2種以上の異なる種、菌株、又は亜種が存在することは、MALDI−TOF質量分析法に基づいたこれまでの分析に対する課題を提示してきた。本発明のMSとMS/MS(MS)を組み合わせたアプローチの利点は、同定の精度をチェックするのにどの独自のタンパク質も使用し得ることである。データベースには、単一タンパク質の存在に基づいた明解な同定が可能な種に関する情報を含めてよい。さらなるチェックが求められる種については、独立して分析することができる。
【0072】
B.諸特性の標的分析
[0086] 属/種レベルでの同定が達成されたときに、その試料について、限定無しに、型決定(菌株及び/又は血清型)、病原性、又は抗生物質耐性及び/又は感受性に関連した情報が含まれるより詳しい情報を再分析してもよい。この第二分析(再分析)は、第一分析の間に同定された微生物(複数)の単数又は複数の同一性に基づいて、1以上の特定タンパク質を標的としてよい。これは、第一分析からの情報が第二分析を指令するために使用されることを示す、図面1Aの矢印(114)によって示される。
【0073】
[0087] 図面1Aの工程104乃至112における一連のイベントより得られる属又は種の同定に基づいて、機器ソフトウェアは、機器上級プログラミングインターフェイス(Instrument Advanced Programming Interface:IAPI)でコードされるプログラムを使用し得る。このIAPIソフトウェア(Thermo Fisher Scientific)は、試料がまだ分析されていて、分析物がさらなる分析のためにまだ容易にアクセス可能である間に、次の獲得工程のための意思決定ロジックのプログラミングをリアルタイムで可能にする、データ獲得指令性のマスタ制御プログラムである。このソフトウェアは、分析に対してオーバーヘッド時間をほとんど加えない、.NET適合可能イベント駆動性のソフトウェアである。このソフトウェアシステムは、非同期制御を有するので、単一のイベント又はトリガーに対して多数の「リスナー」が応答することができる。少数を列挙するだけでも、Cプログラミング言語、ビジュアルベーシック、及びパイソン(Python)のすべての派生物が含まれる、どの多様なコンピュータ言語も使用することができる。1例として、このソフトウェアは、先に記載されてデータ獲得の間に実施される、分子量データベース絞込みプロセスを駆動するのに使用される。本節では、型決定、病原性検出、及び耐性マーカー同定の選択的な実験を始動させるための方法論について記載する。
【0074】
[0088] 病原性大腸菌(E coli)の場合を例にすると、このソフトウェアは、適正に発現された病原性、耐性、又は型決定マーカーの検出についての迅速なスキャンを即座に立ち上げることができる。大腸菌では、付着、侵入、運動性/走化性、毒素、抗食作用タンパク質/分子、並びに免疫応答を抑制することに関与するタンパク質がこれに含まれよう。これらは、本出願の以下の節に記載するような高速部分分離質量分析法(FPCS−MS)及び標的タンデム質量分析法を使用してモニターすることができる。
【0075】
I.固相抽出
[0089] 図面1Aの工程116へ言及すると、1種以上の微生物を含有することが疑われる試料(上記に記載したような同定目的のために使用したのと同じ抽出液、又は同じ試料より調製した別の抽出液のいずれか)より抽出した可溶性タンパク質の第二注射液を第二の固相抽出(SPE)手順へ処してよい。
【0076】
[0090] 図面3へ再び言及すると、第二のSPE手順では、SPEカートリッジ(320)を流体管(322)によりクロマトグラフィーカラム(324)へ接続するために使用し得る第二フロー経路(318)、第一切換え弁(326)、第二切換え弁(328)、及びエレクトロスプレーイオン化(ESI)エミッタ(314)がシステム(300)に含まれ得る。SPEカートリッジ(320)については、図面1Aの工程104に関連して上記に記載した。SPEカートリッジ(320)は、例えば、100%メタノール又はアセトニトリル、又は他の好適な溶媒の組合せに続いて2%アセトニトリル/0.2%ギ酸水溶液(ローディング緩衝液)を使用して最初に条件付ける。次に、実質的に同一の溶液より試料をロードして、逆流を使用してSPEカートリッジ(320)に通過させる。次いで、SPEカートリッジ(320)を2ベッド体積以上のローディング緩衝液又は他のLC/MS適合緩衝液で洗浄して、塩類や他の混入物を除去してよい。
【0077】
[0091] この洗浄工程の後で、試料は、10nL以下ほどに小さくても数10μLほどでもよい溶媒容量でSPEカートリッジ(320)より溶出させて、クロマトグラフィーカラムへの送達のためにインタクトなタンパク質を濃縮して最適化し得る。次いで、このSPEカートリッジを、微生物細胞に由来するインタクトなタンパク質の高速部分クロマトグラフィー分離のためにクロマトグラフィーカラム(324)との流体接続状態に配置する。
【0078】
II.高速部分クロマトグラフィー分離質量分析法(FPCS−MS)
[0092] 図面1Aの工程118へ言及すると、試料は、部分クロマトグラフィー分離へ処してから、質量分析の分析を続ける。一般的には、FPCS−MSを実施する場合、様々な有機及び無機分析物(有機低分子、タンパク質とその天然に存在する断片、脂質、核酸、多糖、リポタンパク質、等)の複合混合物を含有する微生物細胞の粗抽出液をクロマトグラフィーカラムにロードして、クロマトグラフィーへ処す。しかしながら、ある勾配によって各分析物を別々に溶出させる(理想的には、クロマトグラフィーのピークに付き1つの分析物)代わりに、ベースライン分離を得るのに求められるずっと長い時間の代わりに、例えば、ほぼ8分以下、及び好ましくは5分以下で実質的にはクロマトグラフィーピークが得られない程度まで、この勾配を意図的に加速させる。むしろ、多くの分析物がそれらの特性と使用するクロマトグラフィーの種類(逆相、HILIC、等)に従って、どの所与時間でもカラムより意図的に同時溶出される。部分的又は不完全な分離は、限定されないが、化合物のカラム上での保持を抑制する移動相溶媒及び/又はモディファイアの使用、化合物のカラム上での保持を抑制する定常相媒体の選択(粒径、孔径、等が含まれる)、より高い流速でのクロマトグラフィーシステムの操作、上昇温度でのクロマトグラフィーシステムの操作、又は異なるクロマトグラフィー分離モード(即ち、逆相、サイズ排除、等)の選択が含まれる、当業者に知られた他の方法によっても達成し得る。
【0079】
[0093] 勾配の全域でクロマトグラフィーのピークが実質的に無いので、混合物中の分析物に関する情報の実質的にすべてが質量スペクトルより得られる。クロマトグラムに由来する実質的に唯一の関連情報は、カラムからの溶出時間である。記録されるそれぞれの質量スペクトルは、同時溶出する分析物の「サブセット」を表し、次いでこれを質量分析器においてイオン化し、分離させて、検出する。すべての同時溶出分析物が同時にイオン化されるので、それらは、限定されないが、(1)電荷競合、及び(2)さほど豊富でない分析物からのシグナルの抑制より生じる、混合物中の既知のイオン化抑制効果を受ける。一般に、イオン化抑制効果は、多くの質量分析法で「望まれない」と言及されるが、FPCS−MSでは、これらの効果を分析の利益のために使用する。しかしながら、イオン化抑制/「より豊富なもの」による「さほど豊富でないもの」の抑制の効果により、質量スペクトルには、有意に絞られた数のタンパク質由来のシグナルが記録される。
【0080】
[0094] 図面11A〜11Cは、オキソイド(Oxoid)トリプシン消化ダイズ寒天上に34℃で20時間増殖させた様々な微生物のFPCS−MS全イオン電流プロフィールを例示する。(A)−大腸菌(Escherichia coli)ATCC 8739;(B)−エンテロコッカス・ガリナラム(Enterococcus gallinarum)ATCC 700425;(C)−枯草菌(Bacillus subtilis)亜種、スピジゼニイ(spizizenii)ATCC 6633。試料中の分析物に関する全情報は、クロマトグラフィーの試行全体に及んで、それにより分析物のすべての同時溶出「セット」を表す各質量スペクトルより抽出されるデータから編集される。クロマトグラフィーのピークはほとんど無い(例えば、図面11A〜11Cに例示されるように、5分の勾配全域で3〜5本のブロードピーク)ので、すべての必要な情報は、質量スペクトル(m/z、強度)に由来して、LC試行に由来する唯一の情報は、分析物の「セット」の同時溶出時間である(この質量スペクトルでは、上記のようなイオン化/分離効果により、元の混合物成分の一部のみが表われる)。
【0081】
[0095] FPCS−MSは、「バリスティック(ballistic)クロマトグラフィー」又は「バリスティック勾配」で一般に実践されるような、高流速と組み合わせた、特別なカラムも、小型カラムも、異常形状カラム(例えば、V形状カラム)も必要としない。FPCS−MSにおいて使用するカラムは、標準的なクロマトグラフィーカラムであってよい。例えば、カラムの長さは、20mm、30mm、50mm、100mm、150mm、250mm、等であり得て、及び/又はそのようなカラムの内径は、2.1mm、1mm、500μm、150μm、75μm、等であり得る。粒径と孔径も、当該技術分野で知られるような標準サイズである。
【0082】
[0096] FPCS−MSにおいて使用する流速は、使用するカラムの型にとって標準的である。例えば、流速は、900μl/分、400μl/分、100μl/分、30μl/分、200nl/分、等であってよい。
【0083】
[0097] クロマトグラフィー条件(カラムの寸法と化学、粒径と孔径、移動相、及び移動相のモディファイア)、クロマトグラフィーのタイプ、及び個々の画分に複合混合物が依然として残存している複合試料のオフライン分画法を変更することによって、元の複合混合物の諸成分のきわめて異なるセットに注目することができる。
【0084】
[0098] 図面12に例示されるように、同時溶出分析物の質量スペクトルがたった1回の質量分析計スキャンから記録されるとしても、混合物中の分析物に関して入手し得る情報は、きわめて豊富である。
【0085】
[0099] Q−Exactive,Exactive質量分析計(Thermo Fisher Scientific)のような質量分析計又は類似の質量分析計の一部である静電型イオントラップの使用によって送達されるきわめて高い高解像度と質量精度は、組み合わせて、例えば、病原性因子、抗生物質耐性及び/又は感受性のバイオマーカー、菌株の差別化、等の発見とその標的の分析にとって強力なツールを提供する。
【0086】
[00100] 全般的に、FPCS−MSは、迅速な分析を提供し、設定された時間帯において分析し得る試料の数を最大化するとともに、その試料に関して必要な情報を提供する。
【0087】
[00101] 好ましい態様において、逆相クロマトグラフィー分離における移動相の組成は、使用するクロマトグラフィーカラムが、分子量が広範囲にあるタンパク質がそのクロマトグラフィーカラムから一緒に溶出することをもたらすために、ずっとより迅速な形式で勾配付けされる。
【0088】
[00102] クロマトグラフィーカラム中の定常相は、有孔性又は無孔性のシリカ又はアガロースの粒子であっても、カラムの内側で重合化されるか又は他のやり方で生成されるモノリシック材料であってよい。定常相は、タンパク質の分離を促進するために、C18、C、C又は別の好適な誘導体といった適正な材料で被覆されてよくて、そのような材料は、カラムの内側の粒子又はモノリスへ化学的に結合してよい。粒径は、典型的には、約1.5〜30μmの範囲に及ぶ。孔径は、50〜300オングストロームの範囲に及ぶ可能性がある。カラムの内径は、典型的には、約50μm〜2.1mmの範囲に及んで、カラム長さは、約0.5cm〜15cm以上の範囲に及ぶ。移動相又は溶出液は、純粋な溶媒であっても、2種以上の溶媒の混合物であってもよくて、添加される塩類、酸類、及び/又は他の化学修飾剤を含有してよい。タンパク質は、大きさ、実効電荷、疎水性、親和性、又は他の物理化学特性が含まれる1以上の物理化学特性に基づいて、所定のカラムで、又は2つの連続的に又は並列して(二次元クロマトグラフィーにおけるように)連結したカラムで分離される。クロマトグラフィー分離法には、イオン交換、サイズ排除、疎水性相互作用、親和性、順相、逆相、又は他のクロマトグラフィーの1以上が含まれる。
【0089】
[00103] 1つの態様では、1.9μmの粒子を充填して孔径が175オングストロームである内径(ID)50mmx2.1mmのクロマトグラフィーカラム(C18定常相)で、以下の2種の移動相:水中0.2%ギ酸(移動相A)とアセトニトリル中0.2%ギ酸(移動相B)を400μl/分の流速で使用して、逆相クロマトグラフィー分離を実施する。移動相A中2〜80%の移動相Bの勾配において、2、5、又は8分以内に分離を実施する。
【0090】
[00104] 迅速な分析及び試料の所要時間を提供するために、本発明の1つの態様において、勾配は、ほぼ8分以下で実行する。この圧縮された勾配形式により、分子量が広範囲にあるタンパク質がほぼ一緒に溶出するようになる。この態様を使用すると、質量70kDまでのタンパク質を検出することができる。この方法の重要な利点は、より高い質量範囲より得られる、改善された検出特異性である。ESI/MSベースの方法の質量範囲は、約12〜15kDの質量という実用上限を有するMALDI方法のそれを有意に越えて、加えて、ESI/MS質量スペクトルでは、MALDIスペクトルにおいて典型的に観測されるタンパク質のすべてが見出される。
【0091】
[00105] 他の態様では、内径0.32mm以下でC定常相が充填されたクロマトグラフィーカラムを、移動相A(水+0.2%ギ酸)中20〜60%の移動相B(アセトニトリル+0.2%ギ酸)の勾配で、ほぼ10μL/分の流速で使用する。クロマトグラフィー分離用の勾配溶出時間は、ほぼ10分〜20分の範囲に及んでよく、典型的には分離時間より少ない、短い再平衡化時間がそれに続く。
【0092】
III.イオン化と質量分析法
[00106] 図面1Aの工程120へ言及すると、試料は、本明細書の他所でより詳しく記載したようにイオン化されて質量分析法の分析へ処すことができる。図面8A〜8Fへ言及すると、バシラス・リシェニフォルミス(B. Licheniformis)、カンジダ・アルビカンス(C. albicans)、大腸菌(E. coli)、コクリア・ロゼア(K. rosea)、スタフィロコッカス・キシローサス(S. xylosus)、及びマイコバクテリウム・スメグマチス(M. smegmatis)由来のタンパク質抽出液を、上記に記載したFPCS−MS手順によって部分分離した。この分離は、粒径1.9μで孔径170オングストロームのHypersil Gold C18様カラムを充填した5cmx2.1mm(内径)カラムで実施した。溶媒Aは、100% HOと0.2%ギ酸から成って、溶媒Bは、100% ACNと0.2%ギ酸より作製した。開始条件は、98% Aと2% Bで、400μL/分の流速、そして40℃のカラム温度であった。フルスキャン分析に関連した上位3つの最強ピークのデータ依存解析を使用して、タンデム質量分析法を実施した。MS/MSを経た質量を、20秒の時間の間、動的排除リストに置いた。生じるタンデム質量スペクトルをProSight PTMソフトウェアのバージョン3.0により検索した。
【0093】
[00107] 図面8A〜8Fに示すデータは、FPCS−MSが異なる微生物の属を越えて広範囲の生物に有効であることを例示する。加えて、本明細書に記載したFPCS−MS手順は、図面1Aの工程116〜122の第二分析手順を、異なる生物に対して特定の勾配で、場合によっては特定の移動相で実行される手順に比べて、ずっと速やかに実施することを可能にすると理解されよう。同様に、本明細書に記載した手順は、混合物の諸成分のベースラインのクロマトグラフィー分離に依存しないので、勾配は、ずっと速やかに(例えば、30分に対して、又は90分に対して、5分で)実行することができる。実際のところ、ベースライン分離がなくて、諸成分がカラムより出るときに密集状態になるのは、記載した方法の利点なのである。例えば、上記に記載したように、タンパク質のサブセットが強制的に同時溶出されることで、混合物のイオン化が抑制される。イオン抑制は、一般的には不利であるとみなされているが、本法の場合、イオン抑制には、この質量スペクトルに記録される中で最もイオン化可能で大量のタンパク質だけからシグナルが生じるという事実によって、カラムから流出する複合混合物のイオンスペクトルを単純化する効果がある。
【0094】
IV.菌株の型決定
[00108] 図面1Aの工程122に示されるように、所与の菌株又は血清型に特異的なタンパク質(複数)を個々の単離株の型決定に使用し得る。微生物単離株内での変異は、しばしば、遺伝子(複数)全体の欠失及び/又は挿入の結果である。故に、異なる菌株には、数百の菌株特異的なタンパク質を潜在的に欠失又は獲得する場合があって、この変異により、比類なく識別力のある型決定システムが提供され得ることになる。
【0095】
[00109] 1つの例では、12種の大腸菌の菌株について、本発明の方法を使用して分析した。慣用のMALDI法を使用して検出されるより多数のタンパク質、より高分子量のタンパク質をより優れた質量精度で検出する本発明の能力について、この12種の菌株のそれぞれにおいて見出される35.4kDaタンパク質の多様性に関連して検証した。表1に示すように、ほぼ35KDaの質量を有するタンパク質の5つの異なる形態が検出された。
【0096】
【表1】
【0097】
[00110] 表1からは、アミノ酸配列における多様性により異なる質量を有する共通タンパク質に従って大腸菌(E. coli)の菌株を群分けすることが可能であることがわかる。このタンパク質は、ATCC10536において35413DaのMWを有して、ATCC11229において35426DaのMWを有する。2種の菌株(ATCC35421とATCC29194)では、このタンパク質について35497DaのMWを観測した。同様に、このタンパク質は、2つの他の菌株、即ちATCC11775とATCC35218より単離されたときに35167DaのMWを有して、5種の異なる菌株では、35176DaのMWが見出された。このタンパク質は、12種の大腸菌のATCC菌株において同じ保持時間で検出されて、本発明の1つの態様に従ってごく近縁の微生物の菌株を識別することについての本発明の有用性を例証した。この質量スペクトルはまた、異なる菌株において変動する他のタンパク質(アミノ酸配列が変化する同じタンパク質、又は異なる菌株中の異なるタンパク質のいずれか)も含有する。同定手順の一部としての多数のタンパク質の検出とタンデム質量分析法の使用は、菌株を型決定するときの正確な結果と信頼性を提供する。
【0098】
V.病原性因子及び耐性機序の特性決定
[00111] 第二分析はまた、同定される微生物に存在する病原性因子又は抗生物質耐性及び/又は感受性マーカーを同定するために使用し得る。このような分析には、試料の前処理[例えば、耐性、感受性、又は病原性に関連したタンパク質を誘導するために、1以上の抗生物質、又は他のストレス負荷条件(例、温度、1以上の栄養素の欠乏、鉄分不足、銅への曝露、等)への短い時間曝露すること]が必要とされる場合とされない場合がある。病原性因子及び/又は耐性マーカーの分析では、質量分析計を標的MS/MSモード(生成物イオンスキャニング)で操作して、既知の病原性因子又は耐性マーカーを検出する。
【0099】
[00112] この原理を、図面9A〜9Dに例示する。図面9A〜9Dでは、大腸菌(ATCC35218)の抗生物質耐性菌株をオキソイド・ミュラー−ヒントン寒天培地(Oxoid Mueller-Hinton Agar,Thermo Fisher Scientific)にて37℃で18時間、抗生物質の存在下と非存在下に増殖させた。図面9Aでは、オキサシリンの存在下に細胞を増殖させ;図面9Bでは、ナフィシリンの存在下に細胞を増殖させ;図面9Cでは、ペニシリンの存在下に細胞を増殖させ;そして図面9Dでは、アンピシリンの存在下に細胞を増殖させた。この実施例のそれぞれにおいて、囲み範囲は、抗生物質処理済培養物と非処理培養物に由来する細胞について入手した質量スペクトルにおいて有意な変化が観測される、クロマトグラムの部分を示す。この質量分析の実験では、タンパク質の発現における変化を示す。しかしながら、抗生物質の曝露より生じる変化には、個別に、又は複合して抗生物質耐性を示す、タンパク質発現、脂質、及び低分子における諸変化も含めてよい。
【0100】
[00113] 抗生物質とのほぼ10分以下の短いインキュベーションの後で、ある耐性、感受性、又は病原性のマーカーを検出することが可能である。さらに、耐性マーカー及び/又は病原性因子の分析は、定量的であり得る。このマーカー情報は、患者治療の目的のために微生物の病原型を決定して特性決定するために、又は疫学的な情報を収集するために有用である。
【0101】
[00114] 本発明の1つの態様では、耐性マーカー、β−ラクタマーゼの様々な形態を検討するためにトップダウンプロテオミクスを使用し得る。同じ細胞中でも多数のβ−ラクタマーゼ型(AmpC、ESBL、KPC、等)が生じて、スクリーニング検査や表現型確認検査においてエラーを導く可能性がある。耐性マーカー情報を使用して、慣用の表現型感受性の結果を証明して補正することができる。例えば、ポリンの変化、及び/又はAmpC過剰発現は、ESBLの表現型を模倣する可能性がある。KPC β−ラクタマーゼの存在は、ESBLの表現型をマスクする。MS/MSの方法では、インタクトなタンパク質のアミノ酸配列におけるどの変化又は置換も検出することが可能であるので、本発明のトップダウン法を使用して、これらのタンパク質を同定することができる。
【0102】
[00115] プロテオミクスの研究室によって普通使用される従来のボトムアップ手順と直接比較すると、本発明のトップダウン法の利点がさらに強調される。例を挙げると、該生物の全DNA配列が分析を実施する前に知られていれば、β−ラクタマーゼ酵素が発現される可能性があるかどうかを判定することができる。β−ラクタマーゼが実際に発現されていれば、ボトムアッププロテオミクス実験において、その酵素に関連した1以上のペプチドを同定し得る見込みがある。同定されたペプチド(複数)が1000種あるβ−ラクタマーゼの既知変異体の1つに特異的であれば、ある特定の型が確認されたと明解に言うことができよう。しかしながら、検出されて同定されたペプチドは、偶然にも、多くの様々なβ−ラクタマーゼの変異体に共通しているかもしれない。ボトムアップアプローチを使用すると、β−ラクタマーゼ変異体がわずか2個だけ異なる2種の大腸菌株を識別することでさえ、不可能ではないにしても、限界がある。
【0103】
[00116] 本発明の別の態様では、β−ラクタマーゼのような耐性マーカーの特異型を使用して、所与の微生物の同定を促進することができる。例えば、特定の基質特異型β−ラクタマーゼ(ESBL)を既知の微生物全体で直接比較すると、100%の相同性である2種だけの微生物(即ち、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)とアシネトバクター・バウマニイ(Acinetobacter baumannii))が明らかになる。この特別なESBLが発現されて検出されれば、微生物の同定は、他のどのタンパク質も考慮することなく、2つの生物へ絞られる。それぞれの同定を確認するには、1以上のタンパク質の同定で十分であろう。
【0104】
[00117] さらなる例として、大腸菌に特異的な通常のβ−ラクタマーゼ変異体について、すべての既知配列に対する類似性の検索を実施することができる。しかしながら、この酵素の軽微な修飾は、多くの異なる微生物に共通した変異体を生じるものである。大腸菌に特異的なβ−ラクタマーゼは、大腸菌を赤痢菌(Shigella)から識別するために使用し得る。フレキシネル赤痢菌(Shigella flexneri)と志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae)のβ−ラクタマーゼが大腸菌のβ−ラクタマーゼに見出される数である286個のアミノ酸を含んでなるβ−ラクタマーゼを含有するのは、注目に値するが、β−ラクタマーゼの赤痢菌バージョンの配列は、1つのアミノ酸だけが異なっていて(グリシンのセリンでの置換)、このことは、微生物の正確な同定をもたらすのに十分である。
【0105】
[00118] 微生物の混合物を含んでなる試料では、耐性マーカー配列によって提供される診断情報を使用して、それぞれの抗生物質耐性マーカーを発現する微生物を決定することができる。有用な情報を提供することが可能な他の耐性マーカーには、限定無しに、DNAジャイレース、アミノグリコシダーゼ、排出ポンプ(SrpA及びMFP)、葉酸代謝に関与するタンパク質、及びrRNA結合タンパク質が含まれる。
【0106】
[00119] 本発明の別の態様では、標的タンパク質の特異的マーカーパネルを使用して、微生物の同一性を決定することができる。これらのパネルには、特異的タンパク質の強度プロフィールを時間の関数としてモニターすることが求められる場合がある。標的タンパク質を同定するには、シングルステージ四重極に続いて、一連のイオン移動デバイス、低エネルギー衝突セル、C−トラップ、HCDセル、及びオービトラップ型(Orbitrap)質量分析器を利用するハイブリッドタンデム質量分析計を使用する。インタクトなタンパク質のMS/MS分析によりタンパク質同定を達成して、特定の微生物又は微生物群に関連したタンパク質だけを含有する、絞り込まれた微生物プロテオームデータベースに対して検索する。
【0107】
[00120] この原理を図面10に明示する。同定された病原体について特性決定することの一部は、耐性マーカー、病原性因子、菌株型決定、及び抗生物質感受性の患者アウトカムに対する潜在可能性を検証することである。フルスキャン又は選択したイオンモニタリングにより標的を同定することに加えて、ある事例では、病原性因子(例えば、付着、ホスホリパーゼ、及び分泌型アスパルチルプロテアーゼ)のレベルが患者アウトカムに影響を及ぼすのに十分決定的であるかどうかを判定するための定量が求められる場合がある。この図面10では、カンジダ・アルビカンス(C. albicans)に由来する4種の異なるタンパク質から抽出したイオンプロフィールの高解像/質量精度データを例示する。539.68341(+12)、698.09351(+6)、698.99127(+10)、及び703.70038(+20)のm/z値での上記イオンは、挿入図に示すように、3.5分と8.0分の間の保持時間範囲にわたって広がる6.46、7.27、6.97、及び14.0kDの質量のタンパク質に相当する。定量は、外部又は内部標準法、標準添加法、又は相対定量アプローチを使用して達成することができる。例には、ラベルフリー技術、選択反応モニタリング、インライン分光学的アプローチ、代謝物ラベリング、又は化学標識の使用が含まれる。量計算には、分割又は不分割の同位体クラスターを使用することによって所与のタンパク質の各荷電状態について入手した数値とともに、ピークの面積又は高さを使用することができる。
【0108】
[00121] 本発明は、その精神又は本質的な特性から逸脱することなく、他の具体的な形態で具現化し得る。この記載した態様は、どの点でも、例示としてのみみなされるべきであって、限定するものとみなしてはならない。故に、本発明の範囲は、上記の記載によるのではなく、付帯の特許請求項によって示される。この特許請求項の等価物の意味及び範囲内に収まるすべての変更は、その範囲内に含まれるはずである。
図1A
図1B-1】
図1B-2】
図1B-3】
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図8D
図8E
図9A
図9B
図9C
図9D
図10
図11A
図11B
図11C
図12